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金剛

Last-modified: 2018-10-15 (月) 12:26:35
No.021
Wow!Congratulations!金剛(こんごう)金剛型 1番艦 戦艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久63火力63 / 89
装甲52 / 69雷装0
回避30 / 59対空24 / 69
搭載9対潜0
速力高速索敵13 / 39
射程12 / 49
最大消費量
燃料80弾薬110
搭載装備
335.6cm連装砲
315.2cm単装砲
37.7mm機銃
装備不可
改造チャート
金剛金剛改(Lv25) → 金剛改二(Lv75)
図鑑説明
超弩級戦艦として建造技術導入を兼ねて英国ヴィッカース社で建造された、金剛デース!
太平洋戦域でも持前の高速力を活かして、大活躍デース!
期待してネ!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:東山奈央、イラストレーター:コニシ (クリックするとセリフ一覧が開きます)
(放置ボイス追加→金剛改 時報ボイス追加→金剛改二)




ゲームにおいて Edit

  • 金剛型戦艦は、装備・入渠上は巡洋戦艦/高速戦艦というカテゴリになっている。*1通常の戦艦(低速戦艦)との違いは、
    • 速力が「高速」となっている。
    • 改造前の装備スロット数が3つ。*2
    • 中口径主砲が装備できない。
      • 中口径主砲は大口径主砲より性能が劣るので装備できなくても特に問題はない。
      • かつては九一式徹甲弾が装備出来ず、弾着観測射撃のバリエーションが制限されていた。2014年7月28日のアップデートで徹甲弾が装備可能に。
      • 同様に探照灯を装備できるというメリットも存在したが、11/20のアップデートで全戦艦(航戦含む)が装備可能になった。
    • 入渠時間の倍率は重巡や軽空母と同等の1.5で、他の戦艦や正規空母の2.0よりも短い。
    • 羅針盤制御等においては戦艦として扱われることが多いが、戦艦と高速戦艦を区別する場合もある。
  • 金剛型はそれぞれLv25で改造可能。また金剛改比叡改霧島改の3隻はLv75で、榛名改はLv80で更なる改造が可能となっている。
    • 金剛改二の場合、火力/対空/装甲+5・耐久+7・回避+3・運+1といった能力向上が図られ、コストは燃料+10、弾薬+5と多少割増となる。
金剛について言及する艦娘
  • 金剛の一人称は「わたし」と発音するのは確かなのだが、文字で書き起こすと漢字で「私」(田中P原作の「いつか静かな海で」で「私たち」と言う)なのか、カタカナで「ワタシ」(「艦娘型録」の時報ボイス一覧)なのかは判然としない。
    その他の公式漫画・小説でも「私」表記と「ワタシ」表記は書き手によってまちまちである。*3
  • 提督LOVE勢筆頭「提督を想う気持ちは誰にも負けないネ!」
    • 艦これ稼働初期は提督に好意を寄せる艦娘は少数だったが、中でも彼女は明確且つ積極的に好意を寄せてくる艦娘の代表格であった。
      ボイス追加、新規実装などで他に提督に対して「好き」だと自ら発言する艦娘が増えた現在でも、その元祖と言うべき位置づけから「提督LOVE勢筆頭」と評価されている。
  • 2016年10月21日のアップデートでなか卯コラボ限定グラフィックとして【買い出しmode】が実装された。
    • いつもと違う落ち着いた印象の私服姿を披露してくれる。
限定イラスト:なか卯コラボVer.
  • 2018年8月17日の第2期アップデートで、艦種別ソートで並べた際、一番最初に来るようになった。

小ネタ Edit

金剛生誕の地 イギリス「ヴィッカース社」 Edit

  • 新時代の超弩級戦艦や巡洋戦艦の建艦技術がないことに焦った大日本帝国が、イギリスの先進的建艦技術を学ぶべくヴィッカース社に発注した艦。
    なお"金剛"の名を英訳すれば"Indestructible"(インディストラクティブル)、まさしく英国面イギリス生まれの巡洋戦艦である。
  • ゲームにおいて外国人口調で喋るのは、イギリス製であることに由来していると思われる。
  • ヴィッカース社は当時の英国を代表する重工業メーカー。\名門出身なのデース!/
    • 開発から1世紀以上経過した現代でもインド等が保有している「ヴィッカース重機関銃」、英空軍の爆撃戦力を支え対独戦で活躍した「ウェリントン爆撃機」も彼女と同じヴィッカース・ブランドの傑作兵器として有名であり、さらにスピットファイアのスーパーマーリン・ブランドの製造もヴィッカースグループであった。
    • 1920年代にはもう一つの英国重工業の雄・アームストロング社*4と合併。ヴィッカース・アームストロンググループとなった。
    • 戦後の事業国有化と業界再編でブランド自体は2004年に消滅してしまったが、その遺伝子はBAEシステムズ社などに受け継がれている。
      機械・材料工学等を専門に学んだ提督は「ビッカース硬度(HV)」という言葉を一度は目にしたことはあるだろう。まさにそれがヴィッカース社の名残である(測定器の基礎、硬度規格を作ったのがヴィッカース社であることにちなむ)。
      ちなみにビッカース硬度測定器側の試験片として使うのはダイヤモンド、つまり日本語で言うところの「金剛石」である。もちろん戦艦金剛とは関連性はないのだが、縁とは不思議なものである。
  • ヴィッカース社への発注は金剛が初めての事ではなく、技術力も工業力も発展途上だった日本は海軍草創期からたびたび大型艦を英国に発注している。
    日露戦争の武勲艦で、戦艦としては大先輩の「三笠」もヴィッカース社製であり、同じ造船所で建造された。
    • 三笠は聯合艦隊旗艦として、当時世界最強と謳われたロシア帝国のバルチック艦隊を日本海海戦で完膚なきまでに打ち破り、その名を世界に轟かせた。
      この三笠の活躍にはヴィッカース社員も大喜びしたそうな。
    • 生誕の地である、イングランド カンブリア州 バロー・イン・ファーネスにある博物館の記念碑には、今も金剛の名が三笠と並んで刻んである。
      接頭辞が簡易的なIJN(Imperial Japanese Navy、大日本帝國海軍艦)ではなく、HIJMS(His Imperial Japanese Majesty's Ship、大日本帝國の天皇陛下の軍艦)と丁寧な書き方をされている。
    • また、館内には進水式関連の各種パンフレットや建造当初の金剛の1/100スケールの模型も展示してある。
      この大きなスケールでの展示は5隻しかないらしいので、海外に売られたという事を考えても破格の扱いである。
      それによると進水記念食事会メニューのデザートに供された飲み物はコーヒーあれ、紅茶は…?*5

艦名の由来と三代の金剛 Edit

  • 艦名は、奈良県と大阪府の境にある金剛山に由来する。
    • 金剛山はかつて北にある大和葛城山と合わせて「葛城山」(かずらきやま。葛木山とも書く)と呼ばれていた。現に金剛山頂には「葛木神社」が鎮座している。
      • 現在の山名は山頂の転法輪寺の山号に由来するとも、金剛砂(研磨剤などに使われる硬い鉱物の砂)の産地だったからともいわれる。『太平記』には「金剛山」という名で登場するので、その頃には定着していたようだ。
    • 「金剛」という言葉は、「世界で最も硬い金属」の意、転じてダイヤモンド(金剛石)のことを指す。もともとは仏教語である。
英国海軍の「ダイヤモンド(金剛石)」
  • 「金剛」という艦名は2代目。初代は金剛型コルベット艦1番艦「金剛」(コルベットが正式だがコルベット艦とも呼ぶ)であった。
    初代金剛も英国生まれ(アールス社製)で、比叡コルベットという英国生まれ(ミルフォード・ヘヴン造船会社製)の妹もおりました(なお初代金剛型は二人姉妹デース!)。
    • 稀に間違われる事があるが、日本とトルコの友好関係が始まったきっかけと言われるエルトゥールル号遭難事件にて生存者をトルコまで送還した金剛と比叡は、こちらのコルベット艦である。日露戦争に参加しているのもこちら。
    • 初代金剛は1910年に老朽化のため解体されたが、その甲板のチーク材は江田島の海軍兵学校の玄関床材に流用された。
      現在も同校は海上自衛隊幹部候補生学校となって現存するため、見に行く機会は十分にある。
  • 三代目は、海上自衛隊のこんごう型イージス護衛艦の1番艦「こんごう」(DDG-173)である。
    • 余談だが、「こんごう」は当初、「ひえい」「はるな」に続くヘリコプター搭載護衛艦に命名される予定だったが、諸般の事情*6で「しらね」になったたため、結果的にイージス艦第1号に回ったという逸話がある。
  • イギリスに発注、購入した初代と二代目金剛、そしてアメリカのアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦をタイプシップとするイージス艦「こんごう」(ちなみにタイプシップとは、設計の元となった船のことである)。
    奇しくも三代全てが海外の高性能艦をベースとした戦闘艦である。実は意外と珍しいことだったりするのだ。

金剛誕生前夜 「ドレッドノート・ショック」 Edit

  • 金剛発注より少々時間は遡る。
    当時日本は初の国産戦艦である「薩摩型」と後に巡洋戦艦へ分類される装甲巡洋艦「鞍馬型」を建造中で、どちらの艦型も当時の常識では十分な性能だった。
  • しかし1906年にイギリスが発表したドレッドノートの登場で生まれながらにして旧式化。世に言う『ドレッドノート・ショック』である。
    • 日本も弩級戦艦を保有するため河内型を設計・建造したが、風評に近い扶桑型とは異なりこちらはいくつかの欠陥を持っていた。
    • 一見すると軽巡洋艦のように主砲が左右に分かれて載っているように見えるが、前後の全周砲塔以外は砲身長が短かった*7
      そのため統制射撃には不都合であったが、長砲身側の装薬を減らし初速を統一することで問題は解決した。当たり前だが安定性も低い
      鞍馬型はドレッドノートと比較すると速度は同等だが火力や防御力が不足気味だった*8
      この辺を踏まえると、「取り敢えず英国に作ってもらおう」と言う決定は合理的ととれる。
    • ただ日本海軍にも、ドレッドノートに準じた画期的な単一口径主砲搭載戦艦の検討案自体は薩摩型の時点からあり、そして画期的すぎるがゆえに実現しなかった。
      用兵側が保守的だったこと、ドレッドノートですら見送った主砲の背負式配置で不具合(艦の復元性・給弾設備・発砲時の爆風問題)が恐れられたこと、そして何より船体規模が大きくなりすぎることは予算の関係で厳しかったことなど、革命的な戦艦の建造は当時の日本にはあまりにハードルが高すぎたのである。
    • ちなみにこのドレッドノート・ショックには英国海軍自身も陥っており、当時最優秀の威容を誇っていた自国の主力艦群まとめて旧式化というわりと洒落にならない事態を引き起こし、しかも既存艦だけならまだしも、まだ建造中の新鋭戦艦(ロード・ネルソン級)まで巻き込んで旧式化させてしまった*9。結果それまで圧倒していたドイツ海軍との格差を自ら縮めてしまうという事態を招く。オチまで含めて英国面とは、流石紳士の国。*10
    • とはいえ、アメリカのサウスカロライナ級などドレッドノートの設計思想に似た艦は他の国でも計画または建造中であり、既存の戦艦が旧式化するのは時間の問題であった。
  • だが、ここでめげるようでは大英帝国の名が泣く。これよりわずか3年後に超弩級戦艦(スーパードレッドノーツ)の雛形「オライオン級」の起工を発表し、大艦巨砲時代の本格的な幕開けを自らの手で行った。
    戦艦だけでなく巡洋戦艦もこの影響を受けた。んでジュットランド沖でドイツの大洋艦隊に沈められまくった。
    • どういうことかというと、「これだけ攻撃能力が高くて、しかも全方位に対応可能なら、防御なんて気にするだけ無駄じゃーん」という第二次大戦でどっかの国が航空機でやらかすことを巡洋戦艦でやっちまうのである。
    • 一方ドイツは巡洋戦艦*11でも比較的装甲が厚く*12、戦訓から消火設備の強化などを行っていたため、多少手数で負けている程度ではそうそう簡単に沈まず、最終的にはイギリス側が勝ったものの、その結果はドレッドノート以降の新型巡洋戦艦ばかりが沈むという散々な有様だった。
    • 金剛の先輩に当たるインヴィンシブルなどは、艦体がど真ん中でポッキリ折れるというこれ以上ないほど悲惨な沈み方をしている。

金剛型の建造 Edit

  • 明治37、38年度の日露戦争臨時軍事費で、失った戦力を急遽補充する目的で戦艦2隻と装甲巡洋艦4隻の予算案が上がった。この中に「卯号装甲巡洋艦(ひえー)」建造計画の予算案が上がったがこの時は着手されず・・・(ちなみにこれは推測だが卯号の「卯」は明治36年の干支が卯年であるためそこから取られたと思われる)。
    • その後、海軍整備案で新型主力艦として戦艦2隻、装甲巡洋艦1隻の予算案が上がった。この中にあった「伊号甲鉄戦艦」、「呂号甲鉄戦艦」はそれぞれ河内と摂津。そして「伊号装甲巡洋艦(金剛ちゃん)」建造計画の予算案も上がったが、この時も着手されず・・・(伊号の「伊」はいろは順のい=1である。なお、これと同時期に八八艦隊という計画が作られていた)。
      • その後、明治44年になって再び「卯号装甲巡洋艦(ひえー)」と「伊号装甲巡洋艦(金剛ちゃん)」の建造計画の予算案が裁可された。
        新型装甲巡洋艦の設計自体は、明治39年頃からすでに試案の検討が始まっており、この段階では先に建造された「鞍馬」型ベースの12インチ主砲4門の前ド級艦というべき仕様だった。
        しかしその後「ドレッドノート」に続く画期的な装甲巡洋艦(巡洋戦艦)「インヴィンシブル」建造の情報が入り、設計は一度振り出しに戻ってさらに30種類の試案が作られるがなかなかまとまらなかった。
        その最中に、英国ヴィッカース社から装甲巡洋艦建造の売り込みが始まり、日英の試案が慎重に比較検討された結果、「伊号装甲巡洋艦」建造は英国に依頼されることとなった。
    • 既に国内で戦艦の建造が可能になったのに英国への発注が決まった理由には、ドレッドノート(インヴィンシブル)ショックからの打開の他に、英国の最新技術を吸収することで日本の軍艦建造のレベルを一気に引き上げたかった思惑があった。
  • 金剛はよく「ライオン級巡洋戦艦をベースに改設計した」と言われているが、タイプシップはオスマン帝国(当時)が発注していた「レシャド5世」(後に英国が接収し、「エリン」に改称)。
    • どこが改設計かというとそれまで艦中央にあった砲塔を廃止して、前後のみの配置にした事である。これにより艦の長さを抑えられる上に重量の削減も可能といいことずくめであった。
    • 逆に金剛の建造経験を元にライオン級4番艦が改設計され、新型艦「タイガー」として登録されており、ヴィッカース社一同曰く、「ロイヤルネイビー向けの制約が一切ないので、好き勝手設計できて大変楽しかったデース(意訳)!」とのこと。いい意味での英国面の体現だったらしい。
  • 主砲はヴィッカース社で試作された、当時としては世界最大最強クラスの14インチ連装砲(35.6cm連装砲)が採用された。
    この金剛型を先駆けとして、長門型の41cm連装砲、そして大和型の46cm三連装砲と、新型戦艦に世界最大最強クラスの主砲を搭載することは日本海軍の恒例となる。
    14インチ砲搭載秘話
  • 英国ヴィッカース社のバロー=イン=ファーネス造船所で1912年5月18日に進水、1913年8月16日に竣工した。
    • 進水式の時、日本側(技術吸収のために技官が派遣されていた)の要望で薬玉を割ってみたところ、英国紳士からは珍しく好評だったとか。
      「軍艦の進水式に平和の使者である鳩を舞わせるなんて、日本人は粋ネ!」ということらしい。
  • 竣工した金剛は喜望峰回りで日本へ回航され、11月5日に横須賀に到着した。
    • この後、彼女のデータを元に妹たちが建造された。
      ちなみに比叡は海軍製(実際は英国から部材の大半を取り寄せた半ノックダウン方式)、そして榛名霧島は民間発注された日本初の主力艦。
      そして、金剛は海外に発注された最後の日本戦艦となった*13
    • また金剛発注の翌年贈賄事件が発覚。大スキャンダルとなり山本権兵衛内閣は総辞職に至った。
  • 正木生虎元海軍大佐(海兵51期:1902-1990)が『正木義太傳および補遺』で金剛についての感想を述べている。
    なお、生虎氏の実父が義太氏(海兵21期、日露戦争では旅順港閉塞作戦に参加、後に海軍兵学校教頭、戦艦河内艦長、呉海兵団長、横須賀海軍工廠長を歴任、河内爆沈事故では九死に一生を得ている)にあたり、義太氏は金剛建造のためにイギリスに派遣されている。
    以下引用

「最年長」艦 Edit

  • 1913年就役の彼女は、艦これに実装された日本艦の中では最年長である。
    • なんと第一次世界大戦経験者である。武人たる凛々しさを持つ長門や母性溢れる鳳翔さんよりも年上の大先輩。世界最大最強のあの娘だって彼女からすれば可愛い後輩である。*14
    • 彼女より年上で実装される可能性があるとすれば、おそらく太平洋戦争にも参戦した元敷島型戦艦の工作艦「朝日」(1900年竣工)*15*16か、元浅間型装甲巡洋艦の敷設艦「常磐」(1899年竣工)、もしくは練習艦として使用された出雲型装甲巡洋艦の「出雲」(1900年竣工)「磐手」(1901年竣工)などだろう。
  • 2016年8月の夏イベントで、金剛型と同世代でしかも本場の英国戦艦であるWarspiteが実装されたが、「オールド・レディ」の異名を持つ彼女の竣工は1915年で榛名・霧島と同年である。
    ちなみにWarspiteはクィーン・エリザベス級の二番艦だが、ネームシップの竣工も1915年である。
  • 実装から4年の間最年長艦の座にあったが、2017年春イベントにて弩級戦艦Гангут(1911年進水)の実装によりその座を譲った。
    • ただし、Гангутは1909年起工・1911年進水・1914年就役、金剛は1911年起工・1912年進水・1913年就役のなので就役日ならば金剛の方が早い。金剛のほうが先輩と言えるかもしれない。
  • 最年長の艦であるが故に、何かとネタにされることも多い金剛だが、公式には艦娘としての年齢設定は一切明らかにされていない。これは彼女に限らず、どの艦娘も同じ。
    そもそも艦種も区別せずに艦の年齢イコール艦娘の年齢では、例えば睦月よりはるかに年下の大和というおかしな事態になってしまう。
    果たして艦の年齢と関係あるかは今のところ(そして恐らく今後もずっと)不明である。解釈は各自に委ねられるが、そもそも女性に年齢はデリケートな話題であることは一応留意しておこう。
    • 公式見解ではないが参考として、担当の声優さん曰く「金剛型は大学生くらいという年齢イメージ」という演技指導を最初のボイス収録の際に受けたという。

「巡洋戦艦」(装甲巡洋艦)と戦艦 Edit

  • 超弩級の主砲を搭載する関係で勘違いされがちであるが、巡洋戦艦は装甲巡洋艦から発展したれっきとした巡洋艦である。
    計画速力が28ktとなっていたのは、当初装甲巡洋艦として建造する予定であったため。
    • 初期の金剛型は書類上も一等巡洋艦であった。名前が旧国名ではなく山の名前なのはそのため。金剛型以前の巡洋戦艦(筑波型・鞍馬型)も同様である。
巡洋戦艦とは何か
  • ワシントン海軍軍縮条約締結後、ユトランド沖海戦*23の戦訓対応を盛り込んだ第一次近代化改装を受ける。
    改装の主目的は、防御力の強化だった。*24
    • 同時に機関を艦本式ロ号重油専焼缶と同石炭重油混焼缶に変更することで航続力を伸ばし、煙突を3本から2本に減らしている。
  • この改装により排水量が約3,000t増加、機関出力は強化されなかったため速力が低下して約26ノットとなった。
    そのため海軍は「巡洋戦艦」という艦種を廃止し、金剛型は「戦艦」に艦種変更となった。
    • ただし姉妹の中で比叡だけは、ロンドン軍縮条約の影響で第一次近代化改装の途中から「練習戦艦」への改装に切り替えられている。そして比叡は、公式書類上にはその最期まで練習戦艦籍のままだった。
  • 巡洋戦艦時代は高速艦で編成される第二艦隊の主力に長年位置付けられていた金剛は、戦艦への転身により、主力戦艦部隊の第一艦隊に異動することになった。
    そして、1931年度から1934年度にかけて連合艦隊旗艦を陸奥と交代で務めている。*25
    • 公式四コマで金剛が「旗艦ならワタシもやりましたヨー!」と言うのはこれが由来。
    • 戦前の連合艦隊旗艦・第一艦隊第一戦隊所属といえば、もっぱら長門型が務めた象徴的なイメージが強い。
      しかし平時の連合艦隊は、予算の制約、工廠での整備・改装スケジュール等の関係で戦艦の全てを常に現役で並べることがなかなかできなかった。*26
      そのため連合艦隊旗艦がひんぱんに交代したり、連合艦隊の中枢たる第一戦隊も長門型のみではなく、金剛・扶桑・伊勢型の稼働可能艦が選抜されて各艦型が雑多に入り混じった時期もしばしばあった。
    • 金剛型で連合艦隊旗艦を務めたのは金剛のみ。*27

「高速戦艦」変身 Edit

  • 本来はワシントン軍縮条約の「建造後20年経った艦は新造戦艦で代替してよい」という条文にもとづいて1933年には比叡とともに廃艦になる予定だった。
    だが、1930年にロンドン軍縮条約が締結され代替計画がおじゃんになり、結果的に延命された。
    • この代替艦(いわゆる「金剛代艦」計画)を巡っては、当時の主任設計官だった藤本喜久雄氏の設計案を不満に思った平賀譲氏(当時絶賛左遷中)が勝手に自分で描いた設計図を提出し、艦政本部を混乱させたというエピソードも残っている。
      なおこの時の両人の代替艦の設計は、結果的に実物の金剛代替艦に反映された。
    • その後、金剛代艦計画は第二次ロンドン軍縮条約締結を想定して小型化した案も再検討されたが、同条約を脱退することが決定したため廃案。名目上は旧式化した金剛型「戦艦」の代替という扱いで大和型が建造される。
    • そして今度は、水雷戦隊に随伴する高機動艦としての金剛型「巡洋戦艦(高速戦艦)」の代替*28が求められて「超甲巡」が計画されたが、これもミッドウェー海戦の敗北による建艦計画の変更により廃案。
      結局日本海軍は、金剛型を後継艦に世代交代させることは最後までできずに終わった。
  • そしてロンドン海軍軍縮条約の期間満了に先駆け、旧式化の進んでいた彼女らは第二次近代化改装が実施される。
    • 第二次近代化改装の主目的は『漸減邀撃作戦において味方水雷戦隊に随伴するための高機動化』*29なのだが、そのための改装法は
      艦上構造物を撤去して船体上部を切開し旧機関*30を摘出、新型機関*31に換装。さらに艦尾に鋼材被せて7.4m延長*32というマジモンの魔改造であった。が、それをしっかりやってのけた辺り流石帝国海軍の技術力は高かった。つーかプラモじゃねーんだぞ……。*33
  • 結果、戦艦でありながら最大速力30ノットという高速艦にワープ進化。
    最古参かつ最高速の戦艦という愉快な立ち位置となった。
  • 一方で、元が巡洋戦艦で有る以上防御力の向上には限界があり、重量の問題や改装期間、費用対効果を検討した結果、第二次改装時は防御の強化をほとんど行わなかった。
    そのため第一次改装以降に登場した新型の徹甲弾や魚雷に対する防御力は不十分なものとなってしまい、これらは金剛姉妹の喪失に影を落とす事になった。*34
    • 第三次ソロモン海戦で比叡は至近距離から巡洋艦隊の集中砲火を浴びて大損害を受け、霧島は米新型戦艦が反撃を開始するとものの数分で致命傷を負った。*35そして金剛自身も、たった2本の魚雷で悲運の最期を迎えることになる。
  • 後に、米国のアイオワ級戦艦が最高速力33.0ノットに3連装16インチ砲塔3基という、金剛と長門を足したような変態仕様になるきっかけとなったとされているが、米国ではそのような記録は残されていない。
    • 上記の「アイオワ級対金剛級説」にはこのような異論もあり、U.S. Battleships An illustrated Design Historyという書籍の307pには米海軍情報部が1942年12月まで金剛型の最高速力を26ノット程度に把握していたという記述が存在しており、米軍の識別表にも26ノットと記載されている。この事からアイオワ級は金剛型ではなく日本や欧州の新型戦艦*36などに対抗するために建造されたのではないかという説も存在する。

Hey提督!私の戦歴デース!私の事をもっと知ってくださいネー! Edit

  • 太平洋戦争開戦時、金剛型4隻は第三戦隊を編制していた。
    • 昭和16年8月、当時の第三戦隊司令官小沢治三郎中将は、「第三戦隊はもっと手軽に考えるべき兵力であり、夜戦だろうが局地戦だろうが積極的に投入して特有の機動力と攻撃力を発揮させるべきである。虎の子扱いをして一切の気構えも行動も鈍重になるような癖でも付いたら宝の持ち腐れになりかねない。万事駆逐艦並みに扱うつもりで艦を練成しろ」と述べたと言われ、生粋の主力戦艦とは異なる運用思想が持たれていた。
  • 開戦後の金剛型は訓示の通り、特有の機動力と攻撃力を活かして機動部隊の護衛や警戒部隊支援、快足の打撃部隊としてなど様々に行動し日本戦艦でもっとも活躍した
    • 当初戦艦部隊の露払いとしか考えられていなかった機動部隊が海戦の主体となったこともあり、その随伴*37として虎の子扱いされた他の戦艦とは対照的に各戦域を駆け回った。その他にも、ガ島挺身砲撃など戦艦を主力とした作戦でも高速戦艦特有の能力を発揮した。*38
    • 金剛型は、大和型のように運用経費が問題となることもなく、長門型のように象徴としての権能を持たなかった。言い方は悪いが「攻防共に最弱の巡洋戦艦だから、仮に沈んでもダメージは最小で済む」という思惑もあった。そんな本型が新鋭戦艦を差し置いて活躍し、最古参にして最も活躍した戦艦と評されるのは日本海軍が考えた高速戦艦の構想が有益であったことを示しているだろう。
太平洋戦争前半
1942年10月ヘンダーソン飛行場砲撃
1944年10月レイテ沖海戦・サマール沖海戦
金剛の最期

余談 Edit

  • 観艦式で天皇陛下が座乗される「御召艦」といえば比叡が最多経験であり、榛名や霧島も観艦式で御召艦を務めたことがある中で、金剛のみは「観艦式で天皇陛下の御召艦」を務めたことがない。
    • ただ、広義の意味での御召艦になったことはある。
      大正時代に時の皇太子(後の昭和天皇)御座乗の御召艦として、比叡と霧島を供奉艦として引き連れて台湾を訪問したことがあるのだ。
  • 大正6年頃、横須賀の海軍機関学校で英語を教えていた縁から芥川龍之介が幼女巡洋戦艦時代の金剛に乗艦し「軍艦金剛航海記*44」という体験記を書き残している。有名作家を乗せたのは青葉だけではないのデース!
    その夜、「マストの上へ帽子をかぶつてゐる軍艦の夢」を見たという。微妙に擬人化のようで擬人化じゃない。
  • 金剛のキャラソン艦歌「軍艦金剛」は、ポリドール社によってレコードに吹きこまれ発売されている。
    「敷島艦行進曲」などの例を除いて、軍艦の艦歌が一般向けに発売されるというのは極めて稀なことであり、彼女がいかに国民に親しまれていたかが窺える。
    • ちなみに先代金剛の方は艦歌こそないが、「日清談判破裂して 品川乗り出す東艦 続く金剛、浪速艦…」と欣舞節に歌われている。
      後には手毬唄となって広く人口に膾炙したのでご存知の人も多いだろう。初代・二代目ともに、不思議と歌で国民に親しまれた艦でもあった。
  • 戦艦乗組員の「しごき」は苛烈なものだったと言われているが、金剛型もその例に漏れず4隻ともにおどろおどろしいあだ名が与えられている。
    ある戯れ歌にいわく「地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島、夜叉比叡」。別のあだ名では「鬼の山城 地獄の金剛 音に聞こえた蛇の長門」とも。
    特に山城とは「横須賀の山城、佐世保の金剛」と海軍しごきの両横綱として比肩された。
    「一国の象徴たる戦艦が生半可であってはならない」という帝国海軍精神の表れである。
  • 長い艦歴の中で金剛は実に32人の艦長を迎えている(つまりはほぼ毎年艦長は変わっている)が、
    その3代目艦長の名は「マツオカ・シュウゾウ(松岡修蔵)大佐」である。「Burning Love!!」の由来はもしかしたら・・・
    • 艦これ収録の日本戦艦のうち、最も歴代艦長が多いのは榛名の38代で、これに扶桑・山城の36代、日向の35代が続く。金剛は艦歴の長さにしてはむしろ歴代艦長が少ない方である。
  • 月刊コンプティークで連載されていたコミカライズ作品『艦隊これくしょんー艦これーside:金剛』では「無駄無駄無駄デース」や「この距離なら艦載機は使えないネー」というどこかで聞いたことのある台詞を金剛が喋っている。
    前者は『ジョジョの奇妙な冒険』におけるジョルノ・ジョバーナやディオ・ブランドーのラッシュ時の台詞、後者は『仮面ライダー剣』第47話で仮面ライダーギャレンがギラファアンデッドに接射をした際の台詞『この距離ならバリアは張れないな!』が元ネタ。
    • ちなみに『仮面ライダー剣』に登場する仮面ライダーギャレンはトランプのダイヤ(ダイヤモンドは和訳すると金剛石)モチーフで更に必殺技の名前に『バーニング』がつくなど金剛との共通点が一応ないわけではない。
    • ついでにいうと、剣の登場人物に剣崎一真(ブレイド)、上城睦月(レンゲル)といったキャラクターがいるためか、提督たちの間では祥鳳(旧:剣埼)や睦月がネタにされているらしい。
  • 2018年2月3日に、日本武道館で行われた東山奈央の1stライブの際、「金剛に扮した東山奈央」の描き下ろしイラストが発表された。

聖地巡礼 Edit

  • 『造船所』ヴィッカーズ社は1999年に買収された後、2004年にBAEシステムズの子会社によって吸収されたため現存していないが、金剛はイギリスカンブリア州バロー=イン=ファーネス市で造られた。
    同造船所では戦艦三笠や香取といった日本戦艦も造られている。
    • ちなみに現地にある博物館では「三笠、金剛、香取」の資料も残されているとのこと。*45余談だが戦艦三笠は復元され博物館船となっている。*46
      さらに金剛に至っては建造当初を再現した大型模型も保存されている。
  • 『艦内神社』金剛山の麓に鎮座する「建水分神社」(大阪府)からの分祀である。尚、現在の「こんごう」は金剛山頂上の「葛木神社」へと変更されている。
  • 『金剛の碑』戦艦金剛の慰霊碑。長崎県佐世保市佐世保東山海軍墓地。
    • ちなみに榛名と霧島もここに祀られている。あれ?誰か足りないわ・・・ひえー(比叡は呉に祀られている)。
  • 『36cm一式徹甲弾』ガ島砲撃時に発射した弾。広島県江田島市海上自衛隊第1術科学校。
  • 『戦艦金剛のヤーロー式ボイラー』第一次改装で取り外されたもの。36基搭載されていたうちのひとつ。広島県呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)。
    • このボイラーは戦後も再利用され、海軍技術研究所をへて科学技術庁金属材料研究所にて暖房用ボイラーとして1993年まで活用されていた。
  • 『軍艦旗』沈没時に艦尾に掲揚されていたもの。福岡県飯塚市歴史資料館。
    • 沈没する金剛からの脱出時に、同市出身の乗組員がこの旗を身体に巻き付けて泳ぎ、そのまま中国の捕虜となったのちに釈放、軍艦旗も帰国後に同氏に返還されたという経緯がある。
    • ただし常設展示ではなく、主に毎年夏に行われる戦争企画展でしか展示されない(※撮影には受付で許可をもらうこと)。
  • 『戦艦金剛のカップ』「軍艦 金剛」の銘が入ったカップ。茨城県笠間市筑波海軍航空隊記念館。
    • 2014年に元搭乗員の遺族によって発見され、筑波海軍航空隊記念館に寄託されたもの。
      なお、贈呈式では記念館のスタッフが金剛(艦娘)のコスプレをしていた。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • "金剛型の姐さんがたが改装の際、榛名姐さんら国産艦が砲塔や胴部装甲を楽にカットできたのに、金剛姐さんのソレはドリルなど工具が全部ダメになるほど硬く、ヴィッカースの技術力の高さに海軍の技術士官の皆が唸った"というエピソードがあります。コレはぜひ書きこむべきでは? -- かぼちゃ大王? 2018-05-26 (土) 13:46:28
    • 冶金は当時の日本の苦手分野で、例えば大砲の砲身なんかは余所と比べて一桁も二桁も生産数が少ない。目立たない所だと「日本製の切削バイトは開戦前に輸入していた外国製のものより数倍早く摩耗する」とか言われてた -- 2018-06-06 (水) 17:00:50
      • 同じ手記に「日本の切削油や潤滑油はすぐ焼き付くかそもそも手に入らないので、戦前の輸入油を大事に、どころか水で薄めるか水だけで削ってた」なんて話も -- 2018-06-07 (木) 00:21:05
      • 44オートマグ「おっと、潤滑油の話は禁句だぜ」 -- 2018-08-08 (水) 19:37:21
    • その話も眉唾っぽいからなあ・・・比叡の部品もヴィッカース製なのにそこに触れられていないし。 -- 2018-06-06 (水) 17:15:17
    • そんな大規模な編集でもなさそうだし、出典がはっきりしているなら編集して報告するだけでいいんじゃないか。 -- 2018-06-08 (金) 12:45:34
  • 金剛さんって提督(ゴールド)の手前でいつもステイしてる印象があるんだけど -- 2018-05-26 (土) 13:58:40
    • ステイゴールド… ハイスタかな? -- 2018-05-26 (土) 14:48:32
      • 「改二(ゴールド)の手前でステイ」という用法もある。ハイスタじゃないよ。 -- 2018-05-26 (土) 19:53:37
      • パイスラ? -- 2018-05-30 (水) 18:26:07
    • ステイゴールドっていうと競走馬しか浮かばない。  -- 2018-05-26 (土) 20:18:52
      • 某ウマアニメではキンイロリョテイというそっくりさんがいるらしいよ -- 2018-06-16 (土) 14:13:40
      • 今村さんのラジオ番組の由来だったんだよな・・・・ -- 2018-07-01 (日) 21:54:15
    • それだよ。GⅠでゴールドの手前でステイしちゃう事が多かったが最後に念願を叶えた人気馬。 -- 2018-05-26 (土) 20:42:20
    • リアルゴールド?(難聴) ドリンクバー最強のドリンクがどうしたんだい? -- 2018-06-06 (水) 16:30:09
  • 金剛「ええと…イタリア語での挨拶は…えー…うー…ば、バームクーヘン?…何か違うデース」@公式4コマ -- 2018-06-08 (金) 12:36:35
    • おばあちゃん、無理すんな -- 2018-06-26 (火) 11:13:43
  • 活躍しすぎて消耗激しくもう使えない(頑張りました…)「金剛」(原文ママ) -- 2018-07-01 (日) 12:45:51
    • まさに史実再現ですね(白目) -- 2018-07-01 (日) 13:59:56
    • 金剛「燃え尽きたデース……真っ白に……」 -- 2018-07-01 (日) 14:03:24
    • ちょっとした伝説が築かれたな。金剛は榛名と並んでよみずいの一番の殊勲艦かもしれない -- 2018-07-01 (日) 21:22:56
    • 見てきた。おそらく史実でもこんな感じで酷使されたんだろうと思うと、金剛嫁提督としては涙を禁じ得ない。 -- 2018-07-14 (土) 15:11:47
  • コトブキヤのフレームアームズシリーズの新作で艦艇型に変形するFAの名前が「金剛」w -- 2018-07-05 (木) 19:50:27
    • フレームアームズガールかと思った。 -- 2018-07-06 (金) 23:49:29
      • そっちはフミカネ専門・・・、と思ったら既に違う絵師さんデザインの子もいるのね(笑 -- 2018-08-08 (水) 20:52:19
  • 「私がトップデース」 -- 2018-08-17 (金) 21:28:36
    • アオバのトップを防ぐ艦 -- 2018-09-14 (金) 21:41:50
      • ファンロードとは、懐かしすぎて、涙が出てくる -- 2018-09-17 (月) 00:42:36
  • まさかのソートがトップとは嬉しい誤算。地味にソートが姉妹でちゃんと並んでるので、うれしい -- 2018-08-17 (金) 21:52:07
    • ところでTOP嫁艦でない限りオート -- 2018-08-21 (火) 01:51:44
    • 訂正:ところで(筆頭嫁艦でない限り)ソートップはたいていドック入りした時に確認できるのだが、「ん、無傷でも関節に修理が必要なおばあちゃんかな?」と朝一でスーパー銭湯に行く姿が見えた -- 2018-08-21 (火) 01:57:27
  • 米海軍のライブラリと国会図書館の記録を適当に漁ってたら、金剛の一次改装で換装した煙突の施工業者の記録が出てきた。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1106094/104 浅野造船(JMU)だって。 -- 2018-08-27 (月) 17:42:24
  • ヌバーン (生き生きとした金剛を深海棲の艦に叩きつけたときの音) -- 2018-09-05 (水) 10:40:29
  • 補給ボイス違う(今更) -- 2018-09-12 (水) 12:06:54
  • 敬老の日、そうか今日は金剛おばあちゃんの・・・ -- 2018-09-17 (月) 22:23:44
  • サンマ食いながら金剛と一杯・・・の暇もなく次のイベントか。まあサンマ漁にいくんだけどな -- 2018-10-10 (水) 19:59:01
  • サマーのフィニッシュ by東山奈央太朗 -- 2018-10-11 (木) 21:02:33
    • サマーのフィニッシュにはただテートクにバーニングラーヴ! -- 2018-10-11 (木) 22:21:33
  • ジャーヴィスに親近感って、そりゃ、中の人が同じだからな。あと、最後にライバル認定してるコマが可愛かった(by4コマ) -- 2018-10-12 (金) 16:45:19
    • そこは「君は子供相手に何を言ってるのかね?」と突っ込むべき所では? -- 2018-10-13 (土) 16:40:37
    • 外の人も同じだな -- 2018-10-15 (月) 18:54:32
  • ドロップ関連の情報が一期のままだね。新規の人が読んだら混乱するかも。 -- 2018-10-15 (月) 12:18:39
    • 一旦削除しました。 -- 2018-10-15 (月) 12:26:54
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 三式弾増設バルジ(大型艦)探照灯の説明文に「巡洋戦艦」の記述が見られる。また、九一式徹甲弾の仕様変更時の説明に「高速戦艦」という記述が用いられた。
*2 速力と使用可能な装備が共通しているBismarckは初期でも4つスロットを持つ。
*3 ちなみに提督の呼び方も漫画や小説の多くは「提督」である一方で、艦娘型録では「テイトク」だったりとややこしい。
*4 幕末三大兵器が一つ・アームストロング砲の生産元であり、日本海軍の戦艦朝日などの建造も手がけた。
*5 なおほぼ同時期に同じ英国で竣工したタイタニックでもコーヒーだった。
*6 当時の金丸信防衛庁長官のワガママ意向で自分の出身地の町の名前を艦名につけたため(公式にはその町の近くにある同じ読みの山に由来、となっている)。まあ、武運めでたき大型艦の名を受け継ぐのなら最初から「こんごう」になるの方が自然。ようするに「はるな」も起工時の防衛庁長官の地元の山名をつけてるわけだが・・・。
*7 前後の砲塔は威力を大きくすべしと東郷平八郎が横槍を入れたということもあった。
*8 戦艦ではなく装甲巡洋艦なので当然である。
*9 なんでドレッドノートが就役したら陳腐化するような戦艦(前弩級戦艦)をドレッドノートと一緒に作ってたの、なんで明らかにドレッドノートより弱い戦艦を作ろうとしたの、とも思うが、これは画期的な高性能を持つドレッドノートに「こんなうまい話があるか」と懐疑的になり、予防線を張ったから。つまりは保守的だったのである。
*10 ただしそれでも、第一次大戦で英国海軍のドイツ海軍に対する戦力的優位が崩れることはついになかったのも事実ではあるが、大戦による損耗と戦艦建造競争は国力を著しく疲弊させてしまい、これが英国海軍一強体制のプライドを捨てて米国と同比率を許容した軍縮条約の締結に奔走させることになる。ワシントン軍縮条約の背景には、日本を抑制したかった米国のみならず、その米国のダニエルプランと日本の八八艦隊による戦艦建造祭りに付き合う余裕などなかった英国の切実な台所事情があったのだ。
*11 当時のドイツには巡洋戦艦という艦種はなく、このタイプの軍艦を「大型巡洋艦」と呼称した。
というか類別「巡洋戦艦」を竣工・就役させたのは後にも先にも英国(と金剛を発注した日本)だけで、米・独・露各国で計画・建造された巡洋戦艦はすべて未成(空母改装も含む)である。

*12 最もこの頃のドイツ大型艦は運用水域がドイツ近海に限定されていたため長時間の作戦行動能力を求められず、そのため居住性を犠牲にして防御を強化している部分も大きかった。
*13 最後の海外発注艦はターボ・エレクトリック推進研究のために1922年にアメリカから購入した給油艦「神威」。
*14 とはいえ、公式メディアで金剛が周囲から最年長の重鎮として恭しく扱われるようなことはほとんどない。アニメ版では戦艦として後輩のはずの長門から呼び捨てにされるくらいである。
*15 上述の「三笠」の姉妹艦であり、もちろん日露戦争では連合艦隊の主力として活躍した。敷島型の中でも2番艦「朝日」と4番艦「三笠」は準同型で、双子とでも言うべき間柄。1942年5月26日、米潜「サーモン」の雷撃により沈没。
*16 ちなみにネームシップ「敷島」も練習艦として終戦を迎えるまで帝国海軍に在籍しており、1947年に佐世保で解体された。「三笠」は1923年に除籍となったが、船体は記念艦として保存され、今日も横須賀にその姿を留めている。
*17 それは駆逐艦でもできるじゃんと思うかもしれないが、特型など大型駆逐艦が登場するまでは駆逐艦はそもそも危険な外洋に出ていけるだけの凌波性が無かった。外洋に出てしまえば一番小さいのは巡洋艦だったのだ。
*18 フッドはその性能の高さから戦間期の改装は小規模にとどまり大規模な改装を受ける前に第二次大戦が起こってしまった。フッドの主砲の威力はビスマルクでも侮れないものだった。しかし、デンマーク海峡海戦では不運にもビスマルクの砲弾が後部弾薬庫に命中、誘爆を起こし轟沈した。
*19 例えば長門型戦艦は装甲を犠牲に一定の速力が与えられており、30ノットの巡洋(高速)戦艦との連携が想定されていた。
*20 しかし水雷戦がソフトウェアでもハードウェアでも著しく進歩した結果、日本海軍は艦隊決戦部隊から水雷戦隊に主力をすり替えるようになり、金剛型は漸減邀撃作戦における水雷戦隊の前衛へと役割を転換された。結局、金剛型は艦隊決戦から切り離せない存在となったのである。他の戦艦と違って太平洋戦争で温存されずに前線に繰り出されたのは、高い速力と比較的低い戦力ゆえ使い勝手が効いたからだけでなく、水雷戦隊の発達も原因していたのだ。
*21 WWⅠ頃発生。ジュットランド海戦で戦艦の速度不足(ないし巡洋戦艦の速度過多)と巡洋戦艦の防御能力不足が問題視され提唱された。QE級戦艦(英)、巡洋戦艦フッド(英)、長門型戦艦などが該当。QE級とフッドは主砲の口径・砲門数が同じで排水量ではフッドがむしろ上回っている。
*22 霧島 榛名の竣工後約10年間一等巡洋艦の新造はなく、榛名の次に竣工した一等巡洋艦が古鷹である。
*23 ユトランド沖海戦:戦艦の重装甲・大火力・大食い化を進めるきっかけとなった海戦。
*24 装甲版の重ね張りやバルジの装着により水平・水中防御が強化され、砲戦距離2万~2万5千mで35.6cm砲弾に耐えられるようになった。ここで艦橋が長距離戦を意識して大型化、機関も換装された。
*25 金剛が就役して間もない頃、まだ連合艦隊が非常設だった時代にも、連合艦隊旗艦に準じる扱いの第一艦隊旗艦を務めたことがある。まだ扶桑型が就役しておらず、最新鋭の金剛が戦艦の薩摩型や河内型より強大であったためだが、戦艦を差し置いて巡洋戦艦が第一艦隊旗艦というのは収まりが悪かったようで、扶桑型の就役が急がれてすぐに交代している。
*26 いわゆる「太平洋戦争開戦時の連合艦隊編成」の整然とした顔ぶれも、国の総力を挙げた臨戦態勢ということで可能になったものだ。平時体制から戦時体制への移行となるこの出師準備を一度行ってしまうと、海軍は色々な意味で後戻りが出来なくなる。
*27 榛名もごく短期間連合艦隊旗艦を務めた(一時的に代行した)のではないかと窺わせる断片的な記録もあるようだが、今のところ歴代旗艦にはカウントされていない。
*28 いくら近代化改装をしたとはいえ、老朽化による限界が近いことは認識されていた。
*29 なぜ金剛型戦艦が水雷戦隊と行動するのかというと、敵主力艦を護衛する重巡洋艦を抑え味方の突破口を開くためである。
*30 エネルギーロスの大きな直結式蒸気タービンと、燃焼効率の悪い石炭重油混焼缶
*31 艦本式減速タービン4基、重油専焼のロ号艦本式缶8基に換装、最大出力は竣工時の約2倍の136,000馬力にまで跳ね上がった。
*32 パワーを上げ、艦を細長くすれば速力は出る。が、言うは易し行うは難し。しかもそれを戦艦でやっちゃうあたり結構な無茶と言わざるをえない。
*33 第一次改装もあいまって、竣工時の面影は殆ど残っていない。
*34 戦艦としては脆く、SHSを使用する米軍の艦が相手の場合重巡の砲撃にすら耐えられない。
*35 一方防御の充実したサウスダコタは霧島をはじめとした日本艦隊の砲撃を至近距離から浴び続けても、艦体中枢には大したダメージを負っておらず撃沈には程遠かった。限定的対35.6cm防御の古参巡洋戦艦上がりと対40.6cm防御の純粋な新鋭戦艦、至近距離とはいえ三式弾が徹甲弾だったらどうのこうのという問題ではなかったのである。
*36 米海軍情報部は大和型を16インチ砲搭載、速力30ノット程と予想していた。
*37 最も期待されたのは空母が損傷した際の曳航能力。
*38 前述したように、金剛型に期待された役割は主力部隊の前衛を務める水雷部隊に高速力をもって随伴し、戦艦並の砲撃力で敵の前衛を蹴散らして味方水雷部隊の突撃を支援する突破口を開くことである。つまり金剛型は主力の露払いの露払いであり、大型艦艇としては誰よりも最前線を駆け回るべき存在だったのだ。
*39 西村艦隊が栗田艦隊から分離したのは低速の扶桑型の処遇のためであり、当初は長門も西村艦隊に分離し、栗田艦隊の戦艦は大和型と金剛型のみにしようとする作戦案もあった。
*40 空母部隊の小沢艦隊は金剛型どころか、高速の駆逐艦で編制する第十戦隊すらも栗田艦隊に移されて、低速の松型が所属する第三十一戦隊で代用されている。これは当時の日本海軍が、空母部隊の機動力よりも戦艦部隊の機動力を作戦上重視せざるを得ない状況だったためだった。
*41 金剛に至っては測距儀が破損するなどの被害を受けたためさらに観測が困難になった。
*42 碑文の内容は以下のとおり。「10月25日敵機動部隊とサマール島沖にて遭遇、数千米の至近距離にて一大砲撃戦を展開、空母1駆逐艦2を撃沈せり」。
*43 疑惑は以前から存在していたが元乗組員などからの反発も多く、今まで本格的な検証がなされていなかったが『丸』2015年 4月号に検証記事が掲載され再度この問題が提起された。今後の更なる検証が待たれる。
*44 軍艦金剛航海記:青空文庫等にて無料公開中。
*45 博物館のHPでは金剛の進水式の写真などを閲覧することができる。
*46 神奈川県横須賀市記念艦三笠。