一式陸攻

Last-modified: 2022-02-21 (月) 21:56:40
No.169
一式陸攻陸上攻撃機
装備ステータス
火力雷装+10
爆装+12対空+2
対潜+2索敵+3
命中回避
戦闘行動半径9
装備可能艦種
駆逐艦軽巡洋艦重巡洋艦戦艦
軽空母正規空母水上機母艦航空戦艦
備考
開発不可、改修可入手方法
基地航空隊にのみ装備可能
改修更新
九六式陸攻一式陸攻一式陸攻 二二型甲*1 一式陸攻 三四型
陸上航空基地より発進、敵艦船への対艦攻撃及び敵飛行場等への対地攻撃などを行った
海軍の主力陸上攻撃機です。戦場の制空権を失った大戦後期は大きな犠牲を払いましたが、
本機「一式陸攻」は、まぎれもない海軍基地航空打撃力の中核として奮戦しました。

ゲームにおいて

  • 2016年4月25日に「九六式陸攻」と共にランカー報酬として配布された、艦これ初の【陸上攻撃機】。
    • 雷装と爆装、両方が付いた装備としても初。
  • 九六式陸攻」と比較し、爆装・雷装+2、対空・索敵・行動半径+1。性能としては単純に完全上位。
  • 入手が難しい上位機種に対して、量産できる陸攻として本装備の存在は大きい。

装備の運用について

  • 基地航空隊にのみ装備可能。詳しい使用方法は基地航空隊を参照。
    • 距離の遠いマスへの攻撃可否を分ける行動半径も1マス長いニニ型を除けば全て本装備と同じかそれ以下なので、これを揃えればイベントで想定される攻撃用途は概ね満たせる事になる。
    • 離島棲姫等への対地攻撃で参照される爆装はニニ型・三四型と同じで野中隊でも1しか差が無い為、この点においては上位陸攻と遜色ない威力が出せる。

  • 装備ロック/ロック解除は、装備画面で「」(大型機)、または【全装備】を選択することで可能。
    • この他に、基地航空隊への配備の際、艦娘の装備と同様の方法でロックする方法もある。
    • 廃棄画面では最後尾、洋上補給二式水戦改などの後にある。

改修更新について

  • 2021/10/15アップデートで改修可能となった。
    • 同時に「一式陸攻 二二型甲」への更新も可能となり、量産できる最上位陸攻の位置を譲った。
    • ★maxではおよそ雷装12.21*2・対空3.58*3となるため部分的にだが無しのニニ型・三四型などを上回る。
      • 2021/12/10アップデートでニニ型・三四型は改修可能となった。

    一式陸攻★maxと一部上位機種との比較表。折りたたんでいます。

    一式陸攻★maxと一部上位機種との比較表。
    黄色はトップの性能

    装備名火力雷装爆装対空対潜索敵命中回避半径制空値攻撃力*4ボーキ
    消費*5
    射撃回避改修備考
    銀河(江草隊)15153443712158.4234-
    銀河14143331912149.4234-
    一式陸攻(野中隊)12133241912133.2216
    一式陸攻 三四型無し11124241816126216-
    一式陸攻 二二型甲無し11123241012126216-
    一式陸攻無し101222398117216-
    一式陸攻★max12.21123.5823915135216-
    SM.79 bis(熟練)13143432812142.2252-
    SM.79 bis1214343812133.2234-
    • 制空値は「内部熟練度0、18機定数時の値」
    • 射撃回避(敵対空射撃回避)は☆>◎>◯>△の順に性能が高い(-は回避性能無し)。詳細はこちらを参照のこと
    • 一式陸攻★maxの雷装・対空については、表に記載するにあたり小数点以下第三位を四捨五入した値。実際の計算時には端数処理しない。

入手方法について

本装備を消費する用途

アップデート履歴

  • 2016年 05月03日アップデートでネームド機である「一式陸攻(野中隊)」が実装された。
  • 2016年 06月01日アップデートで「一式陸攻 二二型甲」が実装された。
  • 2016年 08月12日アップデートで「一式陸攻 三四型」が実装された。
  • 2021年 10月15日アップデートで改修可能になり、同時に「一式陸攻 二二型甲」へ更新可能になった。
    • ★maxではおよそ雷装12.21・対空3.58になり、「一式陸攻 二二型甲無し」を上回る。

性能比較表(装備最大値/陸攻早見表/テーブルより転送)

長いので折りたたんでいます

黄色はトップの性能

装備名火力雷装爆装対空対潜索敵命中回避半径制空値攻撃力*6*7ボーキ
消費*8
射撃回避入手方法改修備考追加
キ102乙改+イ号一型乙 誘導弾41420343312149.4*9?ランキング編集
キ102乙41119444416126?イベント編集
四式重爆 飛龍+イ号一型甲 誘導弾15205341521158.4*10270ランキング対艦誘導弾搭載機
対駆逐、軽巡級に有効
編集
四式重爆 飛龍(熟練)14165552521149.4252ランキング、改修-編集
四式重爆 飛龍14155441521149.4252-ランキング、節分報酬編集
銀河(江草隊)15153443712158.4234ランキング-編集
銀河14143331912149.4234-イベント、ランキング編集
一式陸攻(野中隊)12133241912133.2216イベント、ランキング、任務編集
一式陸攻 三四型11124241816126216-任務、イベント、改修編集
一式陸攻 二二型甲11123241012126216-任務、イベント、ランキング、改修編集
一式陸攻101222398117216-任務、イベント、ランキング、改修編集
九六式陸攻81012284100.8180-開発、任務、イベント、ランキング編集
Do 217 K-2+Fritz-X1624432416165.6*11306ランキング対艦誘導弾搭載機
対戦艦に有効
編集
Do 217 E-5+Hs293初期型1322432416142.2*12270ランキング、改修対艦誘導弾搭載機
対小型艦に有効
編集
SM.79 bis(熟練)13143432812142.2252イベント-編集
SM.79 bis1214343812133.2234-イベント編集
SM.7991323278108198-イベント編集
深山改1719211676180-イベント、ランキング大型陸上機編集
深山1617110373180-イベント、ランキング大型陸上機編集
爆装一式戦 隼III型改(65戦隊)39614252536*1372イベント、任務駆逐・PT特効有編集
Do 17 Z-2112524836234-イベント、任務編集
試製東海210580102.6~145.8162-任務、イベント-編集
東海(九〇一空)2116180109.8~156.6162-イベント-編集
  • 装備名色分け:
    • 【大型陸上機】カテゴリ
    • 雷装値無し装備
    • 対潜攻撃可能装備
  • 最大値の色分け対象外:
  • 火力の効果は不明
  • 制空値は「内部熟練度0、18機*14定数時の値」
  • 射撃回避(敵対空射撃回避)は☆>◎>◯>△の順に性能が高い(-は回避性能無し)。詳細はこちらを参照のこと

小ネタ

  • 元ネタは日本海軍の陸上攻撃機「一式陸上攻撃機一一型」である。開発符号はG4M1、連合国側のコードネームは「Betty(ベティ)」。
    • 元海軍搭乗員さん曰く、読みは「イッシキリクコー」ではなく「イチシキリッコー」が正しいらしい。
    • 九六式陸上攻撃機の後継機であり、武装強化と航続距離延伸に主眼を置いて開発された。設計主任は九六式陸攻と同じ三菱の本庄季郎技師。
    • 連合軍コードネームの「Betty」は、当時命名に携わっていた情報部のある軍曹の彼女の名前だといわれている。一式陸攻の側面銃座のふくらみを見て、彼女の身体的特徴を思った……とかなんとか。ところでつまりは巨乳なのか巨尻なのか……じゃない、リア充爆発しろ。

構想と開発の経緯

構想と開発の経緯

  • より強力な大攻・大艇と共に、日本海軍が思い描いた「漸減邀撃作戦*15」の中核を担うはずだった。
    • なぜ大型と中型を混ぜて使おうとしたかというと、お金がなかったから。重武装で防弾もしっかりしている大型陸攻は高価になりがちで多く揃えることができないので、ある程度性能を落とした中型陸攻とのハイ・ローミックスで数を補おうとしたのである。
    • そして十二試陸攻はインテグラルタンク*16の採用や徹底して無駄を省いたことにより海軍の要求以上の性能で完成。晴れて一式陸上攻撃機として制式採用されることになった。
    • ところが、肝心要の大攻の開発に失敗。海軍は本来サブとして使うはずだった中攻を主力として使わざるを得ない事態に陥ってしまう。
      そして後世の目で見れば妙にタフな飛行艇が浮いた存在に見えるのである。
      • 一式陸攻の原型である十二試中攻が発注された翌年に十三試大攻が中島飛行機に発注されたが、参考にした四発旅客機*17が失敗作とも言うべきものだったために失敗。これが「深山」である。
      • 諦めきれない海軍は再び中島に十八試大攻を発注する。しかし、これは終戦までに実用化できなかった。こちらは「連山」と名づけられた。
    • 性能向上に重点を置いて防弾を先送りにしたために常に被弾に不安を抱え、米軍から「ワン・ショット・ライター」「フライング・ジッポー」と呼ばれたとか。

技術的特徴

技術的特徴

  • 本機の特徴として、胴体を太い葉巻型としたこと、防御火力の充実を図ったこと、長大な航続距離を持つこと、大型双発機としては異例の運動性を持ったこと、などがある。
  • 太い葉巻型の胴体は広く、胴体内に爆弾槽を設けてむき出しだった爆弾や魚雷を収容したり、尾部に銃座を設けることが可能になった。
    • 本庄技師は、以前からの風洞実験などで葉巻型の胴体は太くてもそれほど空気抵抗が増さないことに気づいていた。そのため、九六陸攻では尾端にかけて絞り込んでいた胴体をぐっと太くすることにした。結果は良好で、特に空力性能悪化の原因になっていた雷爆装を機体内部に収容できたのは、燃費と速度の向上に役立っている。
  • 長距離飛行を考慮して乗降口の近くにはトイレがあり、さらに九六式陸攻と同じく自動操縦装置も搭載している。
    • 爆弾槽には覆いが設けられていたが、初期の型では構造複雑による重量増加を嫌って開閉式とされなかった。そのため偵察時は整形のために取り付けたものの、攻撃装備の時は取り外していた。一式陸攻の写真で腹がへこんでいるように見えるのものは、爆弾槽扉を取り外した機体のものである。
      • 後期型ではちゃんと開閉式の扉に改められている。ところが、高速で飛行すると「気を許したハマグリのように」徐々に開いてしまう不具合があったとか。
  • 九六陸攻が渡洋爆撃で大損害を出したのは防御火力の不足が原因とされ、九六陸攻の火力増強とともに新型陸攻では20mm機銃を最初から搭載することとされた。
    • 本命の20mm機銃は尾部銃座に1丁を配置。側面銃座にそれぞれ7.7mm機銃を1丁ずつ、操縦席後ろに後上方銃座を設け7.7mm機銃を1丁。また九六陸攻で廃止された機首銃座を復活させ7.7mm機銃を1丁。合わせて20mm1丁7.7mm4丁という当時の日本軍機としては強力な防御火力を得た。
      • 九六陸攻で機首銃座が用いられなかったのは指揮運用のしやすさであった。当時の機長や隊長は偵察将校が担うのが常識で、機首銃座があればその銃手を務めた。機首銃座を廃し、偵察員兼指揮官を胴体中央に持ってくることで指揮運用をしやすくしようとしたのである。
        しかしそれは防御火器の死角を生んでしまい、渡洋爆撃では正面から突っ込んでくる敵戦闘機に応戦できないという極めて重大な欠陥が判明した。そのため、新型陸攻では機首銃座を再び設けることになったのである。
      • だが機長が機首に行きっぱなしではやはり都合が悪いため、胴体後部に機長席を設けて状況に応じて使い分けられるようにした。
        一式陸攻では爆撃手が機首銃手を兼任した。
    • 防御火力は生産が進むにつれてさらに強化され、最後には後上方銃座は動力銃塔に、側面銃座はブリスタータイプから平窓にしてそれぞれ20mm機銃に換装。機首銃座は動力操作の13mm機銃に換装され、襲い掛かる敵戦闘機に対して強固に抵抗した。
  • 防弾に関しては開発時からあまり考慮してない。そのため開戦後から被弾による被害の大きさを用兵側から指摘されている。九六式陸攻で受けた火災への対策に関しては最初の11型はインテグラルタンク前後桁と側面に防弾ゴムを張っており、これに関しては当時の公式文書だった『一式陸攻取り扱い参考書』や『操縦参考書』に記載されている。また、昭和十七年度以降研究実験に関する件では火災防止法と防弾ゴムと鋼板のさらなる研究が進められているが、インテグラルタンクの構造上タンクの上面と下面は主翼外板が兼ねており、外板に装着すれば大幅な性能低下は免れない為防弾ゴムの装備方法について悩んでいた。さらに一式陸攻には致命的な弱点があり、エンジンに被弾すると容易に炎上や爆発し、かつエンジンの近くにある燃料タンクにまで誘爆するのである。これはニューギニア沖海戦で米海軍が気づき、各部隊へ伝達された。*18この頃になると火災対策として昭和17年秋頃には消火装置の研究も進められていた。その後ガダルカナル島周辺の戦いで陸攻隊の損失がかなり増える中、昭和十八年一月になり性能低下に目を瞑り既に生産・新規生産されていた11型の主翼タンクの応急消火装置*19の設置が行われた。これら応急改修は昭和十八年一月から始まり、短期間でかなりの装備率となった。同年二月からは11型の主翼タンク前後側面及び主翼外板下面に26mm厚の防弾ゴム貼り付け、応急消火装置の時と同じく優先して工事が行われた。これら改修を施した機体は書類上は11型のままであったが、いわゆる仮称13型と区別される機体となった。春頃になると応急消火装置は自動消火装置*20へと変更された。前線からの報告によると被弾に対して一定の効果はあったようだ。また、燃料集合槽も被弾時のリスクが大きい胴体内搭乗員区間にある一番タンクからから主翼付け根部分の二番タンクに移した。22型では本来の計画ならばインテグラルタンク内に防弾ゴムを装備するという画期的な計画だったが、ゴムが熱や燃料に反応して溶解する不具合を克服できず量産型では防弾装備に関しては前述の仮称13型を継承した。仮称13型と変わらない防弾装備の22型は、不利な戦況の中飛ぶ搭乗員の評価は低いものだった。この構造は二四型丁より胴体タンク及び機関席燃料コック、主操縦席背面に防弾鋼板を設置し、主翼付け根部分の燃料タンクには毒性があるものの消火効力の大きい四塩化炭素液層を設置と変更されている。*21完全な防弾化についてはは1944年3月に完成した三四型に記載するが、三四型が生産される頃には後継の陸上爆撃機「銀河」の配備が始まっていたこともあって少数生産に終わっている。とはいえ海軍と三菱が得られたモノもあり、海軍は銀河を、三菱は四式重爆でその戦訓を引きつぐことになった。
    • 防弾装備が後手後手に回ったのは海軍内で「将来20mm機銃が主流になり、それを防げる防弾装備は無理だから、代わりに速度と高高度性能を向上させて被弾を減らす」という思想である。また、日中戦争の戦況の好転と戦訓により九六式陸攻の大編隊を飛ばしたところ被害が減少し戦果を重ねていた点もある。とはいえ開戦してみれば実際には主な対戦相手である米軍機の主流は12.7mm止まりで戦況の悪化で陸攻を大編隊を飛ばしても被害は減らない。結果論として、海軍の方針は少々極端すぎたといえる。結果として大慌てで機体火災対策を行っていき、確かに効果を発揮する場面はあったものの戦局の悪化と迎撃の激化に晒される搭乗員からの評価は低いままだった。*22
      • ただし、イギリスやソ連は自国の航空機では20mm機銃を装備しており、12.7mmを大々的に使っているのはアメリカ軍のみである。そもそもアメリカが12.7mmを使い続けたのは彼らにおかれた状況が少々特殊だったからである。
        簡潔に言うと、「イギリスから取り寄せた20mmをコピーして作ったのはいいけど頻繁に弾詰まりして空戦には使えねえじゃないか!それに20mmよりM2ブローニングの方が弾道安定してるし初速も速くて命中精度が高い!!俺はM2を使い続けさせてもらう!!」という感じである。*23そのため20mm装備機は特定の任務を行う機体のみに絞られた。
  • 長大な航続距離は前述の漸減邀撃作戦を行ううえで必要とされ求められたものだが、一式陸攻では九六陸攻に引き続き主翼内をインテグラルタンクとすることで実現した。
    • 要求された最大航続距離は2600海里≒4815km以上。九六陸攻の4550kmでも大概だが、当時の一般的な双発機をはるかに上回り四発機に匹敵するものであった。
    • 必要な燃料搭載量は5000Lを超えると試算されたが、胴体は人間と爆弾ですでにいっぱい。翼内に別組みのタンクを収める従来の方式でも必要量を満たせないと判断した本庄技師は、翼そのものをタンクとすることで解決することにしたのである。
    • 当然海軍ではこのインテグラルタンクに関して被弾時のリスクではなく、ガソリン漏れと被弾後の修理に懸念を示した。
      そこで、シーリングにはなお一層の研究を重ねること、タンクには人が直接入れる点検口を設けることを伝えると、海軍も要求を満たすためなら、とインテグラルタンク採用を認めたのだった。
      • とはいえ開戦からしばらくたち、一式陸攻の損失が多くなると海軍は火災の原因になりやすいインテグラルタンクに見切りをつけて主翼構造を変更しようとする案があったものの、当の本庄技師が生産性と機体特徴の合理性の観点から反対している。結局この意見は却下され三四型への構造研究が始まる。
  • 一式陸攻の運動性はひとえに本庄技師の設計の優秀さにある。
    機体形状の空力学的洗練に加え、当時の常識より小さくとられた舵面によってよく効く舵になったという。
    • 重心設定をギリギリまで前方にずらした結果でもあるが、反面着陸時のブレーキ操作で逆立ちの危険があり、着陸時には手空きの搭乗員は後部に移動したという。
      • 離陸時にはタキシング中はブレーキ操作で機体が逆立たないように手空きの搭乗員が後部に移動し、いざ離陸となると今度は前方に移動するという、まるで潜水艦のようなバランス調整を行っていたとか。
    • 尾輪にステアリングが無く、単尾翼を採用したことでエンジン後方気流を利用した操舵もできなくなり、滑走路へのタキシングが九六陸攻より難しくなったとの評価もある。
    • 海軍側の離陸距離600m以下の要求を満たしたSTOL機でもあり、良好な馬力荷重と低い翼面荷重により数字上は空母からの発艦が可能である。え、翼が艦橋にぶつかる……????「ウチの出番やね!」
    • また本機は最高時速453kmという俊足を誇った。これを実現するために、葉巻型の胴体はもとよりエンジン後方に最大直径を持ってきたエンジンナセル、双発爆撃機としては薄く押さえられた主翼など随所に工夫が施されている。
    • 本機の主翼は九六陸攻とほとんど同じサイズだったが、断面形状は改良されたものを用いている。厚さは当時の双爆が15~18%ほど*24であったのに対し12.5%と異例の薄さであった。
      • ところで本機の主翼は二二型で15%厚の層流翼型、そして防漏タンクの三四型では単桁式にと、実に二回も空力ないし構造の大変更を行っており余り例のないそして設計工数がもったいないことをしている。層流翼へとレトロフィットを試みた有名な他の例にスピットファイアがあるが、こちらは製造開始前に戦争が終結してしまっている。主翼の大変更を伴う設計とは家の基礎から建てなおすようなもので、それだけ時間のかかる行為なのだ。
      • ただし、二二型から三四型への変更では一式陸攻に対する運用思想自体が変化していたため、設計の大幅変更は避けては通れなかっただろう*25

一式陸攻の四発案は実在したのか?

一式陸攻の四発案は実在したのか?

  • 一式陸攻の開発時に四発化案があった、というのはよく語られる話である。以下は「海鷲の航跡」(海空会編、1982年)からの引用。

    軍と三菱の第一回一式陸攻試作打ち合わせ会で、
    「九六陸攻の性能をさらに向上させる技術は特に見当たらず、馬力増大以外には無かったにもかかわらず、海軍側の出した一式陸攻の試作要求項目は、いたずらに機械としての効率が良いことに偏り、軍用機としての強さが不十分のように思う。それには防弾と消化および機銃性能の強化が必要である。要求項目を満足する機体はできるが、攻撃に対する防備が不十分に思う。特に小柄な機体に長い航続距離の要求は機体のいたるところに燃料タンクがあることになり、被弾すればそこに必ず燃料タンクがある状態になる。この弱点をなくすには四発機にする以外に方法がない。これによって、大きな搭載量と空力性能と兵儀装の要求を満たし、増やした二発の馬力で防弾用鋼板と燃料タンクの防弾と消化装置を運ぶのだ」
    と説明した。それに対して和田操空技廠長は、
    「用兵については軍が決める。三菱は黙って軍の仕様書どおり双発の爆撃機を作ればよいのだ」
    という一言で、重要な意見は議論もされず棄却されたのであった。

  • 以上の記述から、一式陸攻の四発架空機やそれに関連する架空戦記が多く出ているわけだが、実はこの話は一式陸攻の開発時にはなかった可能性がある。
    • 三菱社内に残る資料にはこの話は十六試中攻「泰山」の開発時のことと記されている。
      また横森周信氏の「海軍陸上攻撃機」(サンケイ出版、1979年)でもこの逸話は十六試中攻の時の出来事とされている。本書は本庄技師の回想を多く引用しているが、一式陸攻の開発時にこの話は触れられていない。
    • 十六試中攻「泰山」の最初の要求性能は『一式陸攻と機体規模と搭載量は同じで防御火器を強化し防弾タンクを装備、最高速度556km/h最大航続距離7400km以上に向上させ急降下爆撃を可能とする』という一式陸攻をはるかに上回る滅茶苦茶なもので、前任機から大きく向上させることを求められたという点で相似している。したがって、後年になって本庄技師が取り違えた可能性もないとはいえない。
  • 今後新たな資料が発見されて一式陸攻でも四発機案があったことが証明されるかもしれないが、今のところ、この話は十六試中攻の開発時のみであった可能性が高いといえる。
  • もう一方で、十二試中攻四発案説の根拠となる点もある。実は三菱はこの時点で四発大型機を試作した経験があるのだ。
    • 陸軍九二式重爆撃機(キ-20)。ドイツのユンカースG38大型旅客機……の名目で製作されていたK51重爆撃機*26を国産化の上さらに強化しようという試みである。結局本機も実用域には達せず、最後の5・6号機が製作される頃にはすっかり旧式化していて計画中止となるのではあるが……
      三菱にしてみれば「なんで大型多発機の経験が少ない中島*27に四発機をやらせてウチは双発なんだ」という思いがあったとしても不思議ではない。

活躍と終焉

活躍と終焉

  • 陸上攻撃機である一式陸攻はその航続距離や搭載量から爆撃や雷撃のみならず、哨戒や輸送、攻撃隊の誘導や偵察・索敵など多用途で使用された。
  • 一式陸攻の初陣は日中戦争最中の昭和16年7月。陸戦支援のため宜昌対岸にある敵陣地の爆撃を行い任務成功。翌日には重慶市街地への爆撃に参加し高度7000mから投弾、爆撃成功と判定された。翌8月には爆弾は携行せず成都にある航空基地の攻撃を行う零戦隊の誘導機を務める。夜間長距離飛行ではあったものの誘導に成功し、戦闘機も零戦隊によって壊滅、陸攻も敵戦闘機4機と戦闘し2機撃墜を記録している。この作戦の戦闘詳報には陸攻隊との協同で夜間長距離飛行を容易にし成都奇襲に成功した、と書かれている。
  • 太平洋戦争においても一式陸攻は多くの戦果をあげている。
    • 真珠湾攻撃後の12月8日の昼頃、フィリピンのクラーク飛行場に高雄空と第一航空隊が合同で空爆、さらに高雄空はイバ飛行場にも空爆を行い両飛行場の破壊、及び零戦隊の銃撃戦果と合わせて駐機されていたアメリカ軍の航空機をクラーク飛行場にて48機、イバ飛行場では60機を地上撃破という大戦果を挙げている。なお迎撃に上がってきたP40戦闘機30機は零戦隊と交戦しており、P40側が25機が撃墜され、零戦側は7機の損失であった。
      • この空襲で極東アメリカ航空軍は保有していた航空機の過半数を喪失、航空搭乗員や地上基地要員を多数喪ったことで事実上壊滅している。

        爆撃後のアメリカ陸軍クラーク飛行場

        爆撃後のアメリカ陸軍クラーク飛行場

    • 昭和16年12月10日、マレー半島沖で生起した「マレー沖海戦」では九六陸攻と共同で英戦艦「レパルス」「プリンス・オブ・ウェールズ」の2隻を航空攻撃のみで撃沈。航空戦力の有用性を世界に知らしめる結果となった。
    • その後も高高度からの爆撃では零戦と共同して被害を抑えつつ戦果をあげている。

      『知られざる南西方面での戦い』

      • 例えばダーウィン空襲時の高雄空では高高度爆撃と零戦隊の手厚い護衛により後のソロモンと比較すると被害を抑えている。1942年の8月15日に行われた一式陸攻11型27機とダーウィン市街地に対する爆撃では高度7000m~8000mで空爆を行った直後、機体正面からオーストラリア空軍のP-40の編隊が迎撃を受けて多数機が被弾、機上戦死者2名出すものの炎上した機体はなく全機帰還した。このP-40編隊は零戦隊との空戦により追い払われた。高高度爆撃に徹底した理由としては前日にあたる1942年4月4日の爆撃を行った7機の陸攻中3機が撃墜、4機が被弾という被害が大きいものだった。その後4月29日からは高雄空は機材補充と錬成を行い8月に舞い戻ってきた。1943年の上旬には機材を仮称13型に更新し、5月2日には25機の陸攻が零戦27機の護衛のもとダーウィン強襲を行う。このころには敵の迎撃機はP-40ではなく砂漠仕様のスピットファイアMk.Vc(以下Mk.Vと呼称)となり、このMk.Vcを装備する第1戦闘航空団が防空任務を受けていた。また、オーストラリア空軍側の戦術にも変化が見られ、早期警戒の徹底を行い事前に高度9000mまで上昇後上部から攻撃を加えてきた。不利な位置で奇襲を受けるという形になったものの、零戦隊の活躍と陸攻の弾幕射撃により被弾6機のみで日本軍側は空爆成功、全機帰還した。28日のミリギンビ空襲では陸攻9機が零戦7機の護衛を受けたものの、スピットファイアの迎撃により陸攻9機中1機被撃墜、行方不明1機、被弾不時着1機、帰着した6機も被弾多数4機、被害なしは2機のみと被害が大きくこれら総合して戦死者は10名であった。7月6日には陸攻22機で零戦27機の護衛の元ブロッククリークス飛行場を爆撃し、スピットファイア33機から迎撃を受けることになった。爆撃は成功しB-24一機の地上撃破と基地の燃料を炎上させたものの、22機中1機が被弾炎上し撃墜され、もう1機が不時着大破、残りも被弾機が多数占める形となったが、多くの機体が被弾しても特に炎上せず帰還できたのは特筆すべきだろう。*28

      『陸攻隊の墓場、ガダルカナルとソロモン諸島』

      • しかし対艦攻撃においては、開戦前から予測された通り艦艇の対空砲火が著しく強化されて低空への侵入自体が熾烈なものとなった。特に敵空母部隊を攻撃する際が顕著であり、レーダーの実用化により早期警戒を行うようになっており攻撃位置にたどり着けない機体も続出した。珊瑚海海戦の戦訓では「今後雷撃は強襲しかなくなるだろう、高度500mから投下できる魚雷が望まれる」と魚雷の更なる遠距離投下で離脱確率上昇を要望されたほどである。小型の艦攻ですら「味方機の損耗と引き換えに刺し違えを図る」様相を呈してきた。ましてや大型の陸攻において……。機体やベテラン搭乗員は対空砲火や戦闘機の迎撃により次々に失われていき、開戦時の高練度を誇る陸攻隊は見る影もなくなっていった。
        • 一例を上げれば、昭和17年7月8日、ラバウル航空基地から四空、三沢空の一式陸攻23機(全機雷装済)が台南空の零戦15機の護衛のもと出撃した。ツラギ周辺の米艦隊に対し雷撃を行い、魚雷投下前にF4F-4より陸攻4機が被撃墜、艦艇からの対空砲火により約8機ほどが連続して被撃墜された。さらに1機は尾輪を海面に接触させた為不時着水、もう一機は旋回退避中右翼を海面に接触させてしまい水没という事故も起こしている。攻撃終了後、さらにF4F-4に襲われ4機が被撃墜した。結局のところ、ラバウルに帰還したのは5機であり*29一式陸攻の損害は18機、零戦も1機が自爆とかなり甚大な被害であった。戦果は輸送艦ジョージ・F・エリオットが魚雷と陸攻の体当たりにより撃沈、駆逐艦ジャーヴィスが大破した。
          • この戦闘において、もっとも被害が多かったのは"戦闘機隊の掩護を受けれない雷撃時"かつ、米護衛艦艇群の対空砲なので、中型機攻撃機のみで敵艦艇に対し肉薄雷撃するのが危険かというのを表している*30。しかし、前線のラバウル飛行場からガダルカナル島までは空母なき艦攻や艦爆では到底往復できず*31、陸攻隊はその後も昼間雷撃は中止して夜間攻撃などに変更などあったものの雷撃任務の一線に立ち続けることになった。ちなみに前日の7月7日に台南空の零戦18機の護衛の元、四空の一式陸攻27機はラバウルより出撃し高度4000mから爆弾投下、艦艇に対して有効弾はなかったものの、レーダー誘導された60機の米軍戦闘機と対空砲火に襲われた。爆撃終了後陸攻隊は零戦隊とはぐれてしまい、F4F隊により執拗に追尾され、実際にこの作戦に参加した関根精次一飛が「炎の翼」と形容したようにそこかしこで被弾炎上する機体があったとされているものの、損失は陸攻4機が撃墜され2機が不時着大破したのみであり雷撃時と比較すれば少なかった。*32
      • ガダルカナル島を含むソロモン諸島では、ラバウルより陸攻隊が爆撃や雷撃を行ったり輸送、偵察、哨戒も行っている。対艦戦果だけを挙げると、レンネル島沖海戦では九六式陸攻と共に攻撃を行い、重巡シカゴを撃沈、駆逐艦ラ・ヴァレットを大破させることに成功した。また、同様に11月8日、ソロモン諸島ブーゲンビル島のエンプレス・オーガスタ湾沖で軽巡バーミングハム*33を大破させるなどしっかり活躍をみせている
        • 昭和17年8月から11月にかけ、陸攻隊はあっちで爆撃をしてはこっちで雷撃をしまたそっちで補給物資を投下するような忙しい日々を送ったが日増しに増える損害は累積していき、この3ヶ月で陸攻隊は一式陸攻と九六式陸攻の合計100機以上を喪失。失われた人材はそう簡単に取り戻せるものではなくこれ以降は再建もままならずほぼ弱体化の一途をたどった。
          • 特に陸軍の支援爆撃を行ったヘンダーソン飛行場への空爆は被害が大きく、9月9から僅か5日間で16機もの陸攻を失った。*34
        • ガダルカナル島爆撃では9月12日が23%、9月13日が11%、9月27日が16%、9月28日が32%とすさまじい大損害を出していたが、10月にはいると一転して10月15日、20,21日のように損害0の日があり10月全体の損失は7%まで下がった。*35
          • これは海軍も一式陸攻の大損害に無為無策だったわけではなく、10月14日夜の金剛と榛名によるヘンダーソン飛行場砲撃の戦果である。飛行機の損害もさることながらが、ガダルカナル島に備蓄されたガソリンが焼き払われてしまい、カクタス航空隊は深刻なガソリン不足に陥ってしまったのである。*36高度8000mで侵入する陸攻隊を迎撃するためには40分前に離陸し空中待機する必要があったが、長時間の空中待機はできず、着陸したところに陸攻隊がやってきたり、攻撃も数分だけで終了せざるをえなかったりと陸攻隊が被弾する機会が激減した為である。
  • ガダルカナル島以降はソロモン諸島にも進出し哨戒飛行も行う。哨戒を行った702空では6月から9月までの3ヶ月間の間にコンソリ、飛行艇など複数の敵哨戒機との空戦を何度も経験したが、撃墜戦果はともかく全ての機体が帰投している。
    • 哨戒自体は中攻の任務の一つであり、各戦線でも投入されている。1943年まではともかく1944年以降は被害が増え始め、最新鋭の銀河も投入するも被害は減らなかった。
    • さらに戦局が進むと敵戦闘機も高度8000mへ上がってくるようになり、対地爆撃にも影が差し始める。
      • またこの頃は、海軍の方針転換や前線からの陳情で連続して仕様変更が行われ、生産に支障が出ている。
      • 結果として零戦も陸攻も消耗し、少数で送り出された攻撃隊は大きな損害を出していったのである。
  • 昭和18年4月18日、連合艦隊司令長官・山本五十六大将がブーゲンビル島で戦死した「海軍甲事件」で、山本が搭乗中に撃墜された機体として有名であり、数々の戦争映画で山本最期のシーンに本機が登場した。
    山本が搭乗した一式陸攻の左翼は、新潟県長岡市の山本五十六記念館に展示されている。
  • また、昭和19年10月15日台湾沖航空戦で第二十六航空戦隊司令官・有馬正文少将*37が自ら搭乗して自爆突撃を敢行したのも本機である。
    • 有馬少将は「戦争は老人から死ぬべきだ」との持論があり、自ら実践して見せたのだが、その思いは通じることはなく、多くの若者が特攻に駆り出されることになる。
  • 戦争末期には特攻兵器「桜花」の母機としても使用された。
    • 「桜花」とは簡単に言えば人力操舵の巡航ミサイル、紛う事無き「アレ」である。詳しくは各自調べられたし。
      • 桜花を扱った作品としては、松本零士作の「音速雷撃隊」とそれを原作とした「ザ・コクピット」が有名。
    • 第七二一海軍航空隊、通称「神雷部隊」が桜花特攻部隊としては有名である。詳しくはコチラ
    • ちなみに、桜花唯一の撃沈戦果である駆逐艦マナート・L・エベールを撃沈した土肥三郎中尉の搭乗機を投下した、攻撃第七〇八飛行隊の一式陸攻(三浦北太郎少尉、後日の出撃で戦死)は追撃を振り切り無事生還している。
  • なお、一式陸攻は終戦作業の一環である緑十字飛行に従事した機体のひとつである。
    • 緑十字飛行とは、終戦直前から1945年10月に全航空機の飛行禁止が下命されるまで連合軍監視下で行われた飛行の総称である。用いられた機体は白く塗られ、緑色で十字が描かれたことからこの名がついた*38
    • とりわけ、一式陸攻と本機の輸送機型である一式陸上輸送機の2機は、終戦交渉のための交渉団を木更津海軍基地から沖縄の伊江島まで送り届けている。交渉団は伊江島から連合軍機でマニラに向かい、条件交渉のあとは再び伊江島から緑十字飛行を行うこととなった。しかし、一式陸攻は故障のため飛行できず、先行した一式陸上輸送機は燃料切れで静岡県磐田市の海岸に不時着。幸いに代表団は怪我もなく翌日東京に帰着、遅れてやってきた一式陸攻は無事に木更津に帰りついた。この飛行が行われた1945年8月19日が、大日本帝国海軍による最後の公式飛行とされている。
      • ちなみに木更津に帰り着いた一式陸攻は9月末に破壊。不時着した輸送機はしばらく海岸に放置されていたものの、はずせる部品をあらかた盗まれた後台風の大波に飲まれて姿を消した。
        ところが、2006年に尾翼が、2011年に燃料タンクが発見されちょっとした話題を呼んだ。
  • 最後に太平洋戦争時の昭和16年12月から1945年8月までにおける陸攻・陸爆全般の生産数と損失についてではあるが、九六式陸攻が356機、一式陸攻は2258機、銀河は1099機と合計3713機が生産された。そのうち陸攻の消耗機数については3505機。消耗の内訳は戦闘によるものが1261機、自然消耗機数が2244機と実際は炎に包まれて墜落した機体よりも損傷と修理を繰り返し使い古されて廃棄された機体が多いことが分かる。とはいえ、総消耗数は機体生産数の94%と高く、陸攻隊の戦いは航空消耗戦だったという事実が残る。*39ちなみに直接比較はできないが、太平洋戦争開始後に生産が軌道に乗ったB-24の戦闘消耗数は1945年8月までに3,626機。*401945年9月までに18,188機*41が生産された為、損失で比較すれば陸攻・陸爆は33%が戦闘で消耗したのに対し、B-24側は19%と低い。もちろん出撃回数自体もB-24の方が多いという面があるものの、陸攻・陸爆が極端多く戦闘で失った訳ではないのである。

『一式ライター』

『一式ライター』

  • 一式陸攻の開発の原点としては九六式陸攻が日中戦争において九六式陸攻が関係する。渡洋爆撃時に最新鋭の九六式陸攻が迎撃時に半数近くが喪失した為である。第一連合航空隊の戦闘詳報には被弾、炎上する悲痛な報告が満ちており、1937年の9月に行われた十二試陸攻の計画案審議の際、航空本部技術部長の杉山俊亮少将が「本陸攻試作の目的は九六式陸攻に欠陥ある故、この改良型をなるべく速やかに得るに在るということを申しておく。」と発言している。この結果、航空廠では九六式陸攻の燃料タンク外周に8mmほどのゴムで覆うのが効果的と結論付けた。が、重量が300kgほど増加する。これでは九六式陸攻には装備されず、十二試陸攻にて盛り込みことになった。*42
    • それもあり、一式陸攻の要求には防弾を考慮することとあり、8mmの防弾ゴムを張り付けた防弾タンクも開発されたが、7.7mmしか耐えれないのに300kgもの重量があり装備されなかった。被弾すれば燃える機体であることはみなわかっていたのである。
    • 太平洋戦争が始まるとすぐに一式ライターの悪名が広まった。悪名にはバリエーションがありその中に一撃ライターもあった*43
      • 誰が最初に言い出したかはわからないが、ガダルカナル島戦の頃は、アメリカ軍による日本軍向け宣伝放送で言われていたという。*44
      • ライターのあまりの悪評についに横空にて三菱の技術者を呼んで、実機を用いて実験が行われた。果たして機銃一連射で燃え上がり、技術者は泣き出したという。*45
      • 昭和19年になると訓練部隊の新人すらライターの悪名を知っており、まず教官がやることは陸攻という機材を信頼させることだった。*46
  • 以上のように搭乗員や開発者からの評価は低く、戦後長らく『よく燃える機体』、そこから果ては『一式陸攻は防弾が欠如していた』『燃料タンクに一発でも被弾すれば燃える』ということが事実のように語られ、人命軽視の象徴として語られることも多かった。確かに構造上被弾に強いとはとても言えないが、実態としては陸攻は常に防弾と火災対策の研究と実施が行われていたのも事実である。
  • が、最近になっては実は一式陸攻は脆い機体ではなかった、と再検討を加えたものもある。簡潔に述べると航空作戦が拮抗していた1941年~1943年の前半までという前提のもと、一式陸攻は被弾に弱いものの最も被害が大きいのは護衛機が居ない状態と雷撃時である。またこれは同じく防弾の脆弱なウェリントンも比較しても北海の戦いで同じような損失を出しており一式陸攻のみとりわけ脆弱と判断するのは早計である*47。地上攻撃時は米海兵隊戦闘機隊パイロットの中にはが高高度性能と防御火力を苦々しく回想しているものが多いように、ガダルカナル島の戦いでは述べ265機中損失は25機であり、損失率は9.8%とバトルオブブリテンの9月以降の戦いと比較して決して悪い数字ではなく、9月28日には33機のF4Fに奇襲攻撃を受け全機被弾したものの25機中5機を撃墜と3機が不時着したのみで残りは帰還しており、一式陸攻が簡単に火を噴く機体ではなかったとも証明している*48米海兵隊のエース、ジョセフ・J・フォス大尉がフライトシム*49を監修した際、一式陸攻を十分な耐久力や防御火力を持つ機体とするように要請した。結果としてそのゲームの一式陸攻は防御力に優れた機体となった。その理由として彼は「一式陸攻は脆い機体ではなかった」と述べた*50

こぼれ話:翼端掩護機

  • 十二試陸上攻撃機の開発が完了して間もない昭和14年、陸攻の生産に先んじて生産された特殊な機体があった。それはG6M1『翼端掩護機』である。編隊の外側を飛行し強力な銃座で敵機を近寄らせず編隊を守る目的で生産された。
    • 一式陸攻の初期型との大きな違いは尾輪が引き込み式である点、爆撃照準器の廃止と胴体下部に銃塔を設け、前後に20mm機銃を1挺ずつ搭載、ほかには翼内の最外側にある燃料タンクを廃止し爆弾層内部の増槽を固定装備とした。
    • 30機ほど作ってみたのはいいが改修により通常の陸攻より重量が増加、速度と運動性が低下した為陸攻隊に追従できないと判定され、さらに長距離飛行可能な零戦を陸攻の護衛に充てた為配備される前に計画を撤回した。
      • 作ってしまった30機はG6M1-L一式大型陸上練習機11型として改修され、さらにその後練習機から輸送機として改修された。輸送機として制式採用名はG6M1-L2「一式陸上輸送機」である。
      • 一式陸輸は一式陸攻譲りの胴体の広さがあり、九六式陸輸では人員10名ほどしか乗せられなかったのに対しおよそ20人ほど乗せられた。30機しか生産されなかった本機ではあるものの、零式輸送機や二式輸送飛行艇といった他の輸送機と同じく重用され人員や貨物の輸送に従事した。

一式陸上攻撃機の今

一式陸上攻撃機の今

  • 一式陸攻は損失率が高く、また残った機体も戦後処理でほとんどが破壊。数機がアメリカに持ち帰られたとみられるものの、完全な形で残っている機体は今現在世界のどこにも存在しない。
    • しかし、胴体のみならば河口湖自動車博物館・飛行館*51にて二二型が復元保存されている。また米国カリフォルニア州のPlanes of Fame航空博物館*52に一一型の残骸が、メリーランド州のポール・E・ガーバー維持・復元・保管施設*53に三四型の機首部分が保存されている。
    • そのほか、南洋の島々には多くの残骸が木々や珊瑚に埋もれ眠っている。
    • アメリカの偵察衛星よりどこかの地上の楽園にはMig19等に交じって、衛星写真で一式陸攻、それ以外に零戦やF4U等が保有されていることが確認されている。稼働状態であるかは不明。
  • 妖精さんが持っているのは零戦にも搭載されてる九九式二〇粍機銃の旋回機銃版で、尾部銃座に搭載されていたもの。後に後上方、側面にも装備されたのは上で述べたとおり。
    • ちなみにこのイラスト、目立った突起の無いつるりとしたエンジンカウリングやブリスター銃座、胴体下面は無塗装仕上げになっているなど一型の特徴をよく捉えている。垂直尾翼は本来こんなに角ばってないけど。

この装備についてのコメント

  • まさか10機以上あったのが全て無くなるどこか足りなくなるとは思ってなかった。まだ改修で生産できるとはいえ慢心してたわ。 -- 2021-03-22 (月) 20:11:09
  • 「音速雷撃隊」など、一式陸攻はザ・コクピットでもよくでますが、ぜひここもどこからでもお目通しを!よもやあれが2,5次元劇になってるとは知らなんだ -- かぼちゃ大王? 2021-08-14 (土) 14:06:40
  • 設計者の本庄さんが風立ちぬに登場したり、鳥人間コンテスト第一回の優勝機体の設計者でもあったりするのが本当興味深くて面白い -- 2021-09-03 (金) 11:52:11
  • もしかしてこれの改修Maxha -- 2021-10-15 (金) 21:29:06
    • 誤送信、これの改修Maxは陸攻よわよわ提督にとってはそこそこ使えるのでは? -- 2021-10-15 (金) 21:30:01
    • ★maxで雷装12.21 / 対空3.58 相当やね。 -- 2021-10-15 (金) 21:50:50
    • 素の三四型に近いくらいにはなるのか -- 2021-10-16 (土) 01:54:27
    • イベントや期間限定任務を逃しまくってしまったけどネジには困ってないって提督にはいいかも。ほとんどの場合、上位陸攻持ってないような提督は先に改修すべきものがあるんじゃないかな -- 2021-10-19 (火) 01:53:12
  • 秘書艦 山城で改修出来ることを確認 -- 2021-10-16 (土) 01:46:42
  • 思ったより改修コストは重くはないなぁという印象 改修素材も入手しやすいし -- 2021-10-23 (土) 09:51:22
  • 管理板でも書いたけど好意的な意見を減らす、又はすぐ下に葉を生やして批判的な意見を書き込んだり数あるソースの中から特定の偏った意見だけを書いて独自見解を示したうえで「被弾に弱い」「燃えやすかった」と概要中に何度も連呼するのはあんまりよくないよね。ということで編集しました。 -- 2021-11-26 (金) 01:47:11
    • 単に自分の言いたいことに都合の悪いことを消しただけの、独断と偏見にみちた編集だな。そちらこそ特定の一部の偏った意見だけとりあげてむしろソースを無視してる。さらにいえば各ページの編集は各ページのコメント欄でやるものだ。というわけで差し戻し -- 2021-11-26 (金) 05:55:35
      • なんだってタワーららら -- 2022-02-05 (土) 23:47:06
    • さらにいえばさあ、なんで海軍が22型や34型で防御力増大したと思ってるの?都合の悪いことは特定の偏ったソースだって消すのはなぜか納得できる理由を説明してください -- 2021-11-26 (金) 06:00:29
      • 全方からの被弾に弱い~後方からの被弾に強い~って部分のソースも上げてね。 -- 2021-11-26 (金) 06:39:19
      • てか追加された出典部分見たけどほとんどが戦記モノでさらに言うならばかなり古い本ばかりで技術的な部分は丸メカとか最近の本は一切なし。一式陸攻はここ最近になって被弾に強かったって言われるようになったから新しい本をとりあげず古い本だけで叩くのは変でしょ。 -- 2021-11-26 (金) 06:51:38
      • ついでに枝主が特定のソースをあげて~と言うのはまんま枝主にも当てはまるしソースがソースが言ってる割には枝主も技術的な部分が無出典だったり元パイロットの批判する項目のみを抜き出したりと枝主が言ってることは全て枝主にも当てはまる。 -- 2021-11-26 (金) 06:57:12
      • 新しい本というか、あれだろ、学研本の陸攻の記述。あれは単に本文に書いたように統計のマジック。技術もなにもあまりに簡単に火がつくから実機で実験したら簡単に着火した、これがすべて。問題だからこそ海軍も22型以降防御力向上を行った。 -- 2021-11-26 (金) 07:39:41
      • また、実際の統計でも大損害。なお、多数被弾しても帰ってきた機体がいるのは事実。可燃物に着火しなければ燃えないのは当然で、燃料タンクそのものに被弾しても実は火はつかないのは当時の実験(海軍航空隊史)で確認されており、そこから漏れた可燃性ガスに着火することで炎上する。だからね、胴体後部には被弾しても書いたとおり穴が開くだけで致命傷にならない。前方にある燃料タンクに被弾しなきゃ燃えないし、すれば漏れたガスが翼全体に広がるからそこで被弾すると着火する -- 2021-11-26 (金) 07:45:22
      • あ、あと言い忘れたけど編集合戦はNGね。絶対やるなよ。 -- 2021-11-26 (金) 07:46:24
      • それって本ソースに独自の見解混じってるよね。 -- 2021-11-26 (金) 07:48:14
      • 米国のパイロットも(太平洋の試練)翼の付け根を撃つと簡単に爆発することに気づいた。日米どちらの資料でもあるんだが、むしろ被弾に強いという資料は一次資料に基づき俗説を打破するといって俗説を言ってる -- 2021-11-26 (金) 07:48:32
      • 編集に関してはずっと前だけど一応合意得てからやってるわけで、ルールでいえばなんの議論もなく不愉快だからという個人の感情でやったほうが無断編集で本来即差し戻してなんの問題もない。編集合戦の注意ならあっちに言え -- 2021-11-26 (金) 07:56:33
      • 2019年のコメントを見た。合意って言うけど大半の利用者からスルーされてるのに合意とは。 -- 2021-11-26 (金) 08:03:35
      • 結局新しい本は統計上のマジックと言い一次資料云々言ってる割に出典には二次資料の古い戦記本ばかりだったりとよく分からん人ね。 -- 2021-11-26 (金) 08:23:23
      • つーことでそのうち概要欄編集するわ。 -- 2021-11-26 (金) 08:28:58
      • スルーされてるというなら、数人が騒いでるだけで大半はスルーしてるとブーメラン帰るぞおま -- 2021-11-26 (金) 08:37:17
      • 枝外れたけど理解できた? -- 2021-11-26 (金) 08:41:25
      • ガ島航空戦にも大損害に防御力向上を訴える記述があるし、海軍機 -- 2021-11-26 (金) 08:46:03
      • 海軍のその後の対応もまず手動式消火装置、次に自動消火装置、性能を落ちることを承知で翼下側にゴム貼りとどんどんやってるのに新しい本だからと無批判に受け入れるのは理解できないね -- 2021-11-26 (金) 08:48:12
      • 古い本や戦記物を無批判に受け入れるのは?新しい本は統計マジックと切り捨てるのに古い本は切り捨てないの? -- 2021-11-27 (土) 02:00:07
      • だからこそ複数人の本を集め、米軍側の事情も調べている。そもそも実際のパイロットがどう思ってたかとか、なんと呼んでたかは古い本しかないし、空技廠の人間の証言もある。当時の海軍の人間が一致して言ってることを否定する根拠こそなんだって話だ -- 2021-11-27 (土) 06:13:55
      • 戦後の「旧日本軍は兵士の命を軽視していた」とする風潮もあったし、いわゆる噂が独り歩きした面があるのは否定できないと思うんだよね。ただ、火のないところに煙は立たない。記憶違いだったら申し訳ないけど、以前ご存命の一式陸攻パイロット経験者がテレビに出演した時に「「一式陸攻は攻撃を受けるとすぐ炎上する。だから連合軍の連中はワンショットライターと呼んでいた」って発言していたことがあるはず。連合側の呼称自体は戦後に聞いたものかもしれないけど、パイロットの間でも防御能力の低さは知られている。更に「新しい本や証言」のもとになれるパイロットは相応に一式陸攻に乗って戦争を生き延びた人が多いわけだから、中には被弾しても運良く生き残ったので「一式陸攻はそんな簡単に燃えない」と思っている人も少なくない。実際のところは、『いう程ぼうぢょ能力が低いわけではないけどやっぱりそれはそれで燃えやすい』くらいのところだったんじゃないかな -- 2021-11-27 (土) 06:58:19
      • 当たり前の化学の話するとね、可燃物がなければ燃えない。燃料タンクに被弾して、中から可燃性蒸気が漏れ出して機内に充満しない限り燃えない。書いたとおり数百発くらっても帰還できた人もいる。でもその人も戦友たちが次々炎上しておちてゆくのを見てる -- 2021-11-27 (土) 07:19:10
      • 極端な話すると戦争末期、ダミーに使われた機体は数千発被弾しても燃えなかった。当たり前だが燃えるものがなにもないからね。でもこれで一式陸攻は燃えない機体だったというのは違うだろ。他にもTBFと40分以上空戦して70発被弾して帰ってきた例もある。このように多数被弾しても帰還できたr -- 2021-11-27 (土) 07:39:15
      • できた例はある。どこに被弾しても燃えるわけじゃない。 -- 2021-11-27 (土) 07:40:32
      • 当事者の証言=正しい情報、とは限らないんだよね。記憶違い、思い込み、別の戦場での出来事と混同している。などなど、そういった要素もあるし「戦記」ものだと話を盛っていたという事例もある。今回のは燃えやすかったという証言もある一方で、海外で運用された他の双発爆撃機での事例から、それは一式陸攻特有の問題というよりは、そもそも双発爆撃機が攻撃に出たらそれくらいの損害は出るというのもある。自身が提示する資料「だけ」に固執して記事を書くのは間違いの元だと思うよ -- 2021-12-15 (水) 14:34:01
      • 戦記=「実際に戦った人の手記」ではないんだよね。基本的にゴーストライターが聞くなり見るなりして書いてる。もちろんそれが悪いという訳ではなく当たり前だけど今まで小説家でもなんでもない軍人がいきなり本を出せるわけがない。マトモなゴーストライターや戦った本人がキチンと監修してるならともかく中にはヤバいゴーストライターが居て特に1970年~80年代の戦記ブーム前後には戦った本人に聞かず他作品を見て勝手に解釈して断言し、それを発売するヤベェ奴も居るくらいだし戦記を過信するのはダメよ。 -- 2021-12-20 (月) 19:26:28
      • 艦これ界隈でも初期には戦記の内容をモロ信じてwikiとかで書いて、実は違っていただなんてことあったしね。翔鶴40ノット出てた説とか。あれも確かに戦記にはそう思われるようになっているんだけど、実は証言者の勘違いが重なって出た説だったし -- 2021-12-23 (木) 14:33:52
      • 双発爆撃機がというのも単なる誤認。まず設計年代が古い、かつての高速機が高速でなくなった時代に使われたケース。防弾があったところで滅多打ちにされれば、いつかは落ちるし損害は大きかった。 -- 2021-12-23 (木) 15:12:47
      • 資料に関しても、海軍零戦撃墜戦記とガ島航空戦で、比べて読めばB25と一式の落ちやすさは全然違う -- 2021-12-23 (木) 15:17:37
      • 潮が主砲を降ろしてそれが響に装備されてそれで撃ったのが日本海軍最後の砲撃だったという話も艦これ黎明期でよく聞いたけど実際はそういう事実はなかったのが正しいのだとか。あと速度がすごく出ていたと勘違いされていたというとSamuel B.Robertsが最後の雷撃の際に28ノット以上を出してたというのも色々な勘違いとかがあったという可能性だってあるかもしれないが夕立が戦果が疑わしい所あるっぽいけどあったとして能力設定やキャラ付けされてるあたりそういう前提で能力設定されてるのかも -- 2021-12-23 (木) 18:03:52
  • 統計のマジックというのはあの数字自体は正しい。正しいが、ガ島がガソリン不足になって迎撃機が飛ばす頻度が減ったから。ちゃんと書いてあるんだけど読まないのかな -- 2021-11-26 (金) 08:40:06
  • ああそうそう、今もう出勤中でしばらくはレスしない -- 2021-11-26 (金) 08:42:17
  • 俺もルールルールとしつこく言いたくないし、本家みたいにガチガチに縛りたくもない。だけどさ、ぽっとでのIDがアリバイ作りかどうでもいい更新したあと、ピンポイントでコメントアウトしてすぐ再更新して差分を消した。こういう卑怯なルール違反やられると言わないわけにはいかない -- 2021-11-26 (金) 20:26:19
    • こういう卑怯なルール違反はやめろ、な。 -- 2021-11-26 (金) 20:27:00
    • ちょっといいかな?一応新ページの創設やデザイン変更、ページ内容の変更等大きな編集を行う場合は提案掲示板で提案して賛同を得てから編集を行うことって明記されてるのよ。で、お前提案掲示板には一切行かず一月辺りにかなりの編集を行ってるよね。コメントアウトした奴は当然アウトだし擁護の余地は全くないしぶっちゃけ人としてどうかとは思うよ。編集されたら即座に差し戻してるけどお前も本来ならページを1月以前に差し戻されても文句言えないことをやってることをお忘れなく。とはいえ他の編集者でもワリとチラホラ見られるし通報するとか非難するつもりはないよ。要するに内容に同意を得られてもない上に手順踏んでないから差し戻されても本来文句は言えない立場なのに大規模編集して差し戻されたりコメントアウトされたら一丁前に被害者アピールするのはなんなの?-- 2021-11-27 (土) 00:06:31
      • 1月の前に1年ぐらい前かな、ちゃんとやると事前に通告して同意とってるよ。 -- 2021-11-27 (土) 01:05:58
      • 提案掲示板じゃなくてコメント欄にね。手順踏んでないから差し戻されても文句言う資格はない。 -- 2021-11-27 (土) 07:02:33
      • その話をいうなら1月以前の版もここでも提案掲示板でも同意とってないから白紙に戻されても文句言う資格ないってことになるな。 -- 2021-11-27 (土) 07:42:01
  • Q任務の調べ物で久々に見に来たら荒れてるね・・・言い争いこそ提案板でやって欲しい・・ -- 2021-12-10 (金) 09:30:41
    • 提案板は言い争いじゃなくて建設的な議論をする場所ですよ。「ID確認→悪意ある編集→さらに上書き編集」ってのは荒らしの常套手段なんで、問題があると判断したら管理板のほうで報告してください。 -- 2021-12-10 (金) 17:52:24
      • 補足: このWikiは各ページの自治が基本なんで、ページ内の編集だけなら提案板に言わなくて良いです(各ページのコメント欄で「こういう編集をしたよ」ってひとこと報告した方がいいのはまあその通りだけれど) -- ? 2021-12-10 (金) 18:00:33
  • 期間限定任務の報酬、一式陸攻が一番マシなんじゃないかって感じがするけどどうなんだろう…? -- 2021-12-11 (土) 21:27:18
    • 自分が一番だと信じるなら何を選んでもええんやで、後から後悔の愚痴ネガしない覚悟があるならば。 -- 2021-12-11 (土) 21:59:11
  • 何か知らんけど内容ダブってたので約半分削除しました。おかしなところあれば都度編集おねがいします -- 2021-12-13 (月) 02:27:08
    • 非常に読みやすくなったと思いますよ。 (^^) -- 2021-12-15 (水) 14:07:36
    • ありがとうございます -- 2022-02-05 (土) 23:39:09
  • エサ用のこれが3機ある。無印のドルニエ(1機目)☆MAXを改修更新するか、無印飛龍(2機目)☆6以降の改修に充てるか・・・どっちにすりゃええんや! -- 2022-02-04 (金) 22:13:34
    • 次イベの様子見てからでええやろ。3月になればクォータリー報酬で飛龍☆MAXにもできるし -- 2022-02-06 (日) 14:01:07
    • このタイミングだとイベントまで放置でいいが、基本的にはドルニエ更新安定。ドルニエは更新しないと改修した意味がないし更新先が強い、メリットしかない。飛龍は後半の改修効果が薄くてコスパ悪すぎるし、更新自体もすべきかどうか何とも言えない -- 2022-02-06 (日) 14:14:59
      • Do17はカス過ぎて持ってる意味ないもんな…。D0217になって初めて価値が出る -- 2022-02-06 (日) 14:51:25
      • 陸攻に自信ニキの皆さま、回答有難うございます。ひとまずドルニエ更新の方向で行こうと思います。 -- 2022-02-06 (日) 20:35:38
  • そういやクォータリーの改修更新で九六式の改修値引き継ぐんだろうか? -- 2022-02-21 (月) 21:46:56
    • 九六式陸攻の方のページに書いてあるが引き継がないそうで -- 2022-02-21 (月) 21:56:40

*1 新型航空兵装資材が2個、熟練搭乗員が2個必要
*2 10+0.7×√10
*3 2+0.5×√10
*4 18機、対水上艦、クリティカル・触接無し
*5 1スロ当たり
*6 18機、対水上艦、クリティカル・触接無し
*7 東海系は同条件での対潜攻撃力
*8 1スロ当たり
*9 駆逐艦・軽巡相手には169.2(雷装16.38相当)。
*10 駆逐艦・軽巡・雷巡相手には176.4(雷装17.25相当)。
*11 戦艦相手には225? 基本攻撃力に1.35倍して切捨て(基本攻撃力125)と仮定
*12 駆逐艦相手には153(雷装14.3相当)。
*13 駆逐艦・PT相手には239.4 雷装25相当
*14 大型陸上機は9機
*15 米艦隊が太平洋をやってくる間に潜水艦・航空機で戦力を低下させ、戦力的に互角となった状態で艦隊決戦を挑むというもの。ちなみに「ぜんげんようげきさくせん」と読む。
*16 翼内部を水密構造にして燃料タンクとする方法。
*17 DC-4Eのこと。戦後日本航空などでも運用されたDC-4……とはまったくの別物。DC-4はDC-4Eの失敗を踏まえて新たに設計されたものである。
*18 『帝国海軍一式陸攻 P167』より引用
*19 簡潔に述べると戦闘前に把手を引っ張り30キロ入りの二酸化炭素を燃料タンク付近やエンジンの機密区間に放出し、被弾時の火災発生リスクを抑える装置。
*20 エンジンや燃料タンクの火災を電気的を検知し、二酸化炭素を瞬時に噴射し消火する装置。構造的には二式飛行艇や零戦、紫電改や雷電に装備されたものと同じ
*21 『帝国海軍一式陸攻 P143、P160~P163』より引用
*22 『帝国海軍一式陸攻 P78、P79、P87』より引用
*23 『CANNON OR MACHINE GUN?The Second World War Aircraft Gun Controversy』より抜粋
*24 前後長さに対する厚みの割合。大きいほど分厚い。
*25 戦局の悪化に伴い航続距離よりも防弾装備や消火システムを重視しなければいけなくなった。それまでは航続距離と速力が最重要であり、そのために他を削らざるを得なかったのは先に述べた通り。
*26 当時はドイツはナチスによる再軍備宣言以前の所謂ヴェルサイユ体制であり、こうした技術を開発するには「建前」が必要であった。
*27 中島飛行機がダグラスDC-3のライセンス生産をしていたからであるが、純国産機に限って言えば大戦中に活躍した中島の大型機は一〇〇式重爆『呑龍』ぐらいであり、その呑竜にしてもなんやかや不満があって陸軍は早々に後継機を三菱に発注している。
*28 以上『一式陸攻戦史 第12章』『海軍零戦隊撃墜戦記2』より引用
*29 内訳は四空3機と三沢空2機。さらにこれとは別に三沢空の陸攻1機が不時着大破し、搭乗員は救出される
*30 日本海軍ではこれより以前に同様の被害から飛行艇による雷撃を中止している
*31 同じく8月7日において、陸攻隊の第一次攻撃隊の他に第二次攻撃隊として二空の艦爆9機が不時着水覚悟で出撃し、4機の被撃墜と5機の不時着水により全機損失と言う結果を出している。ただし搭乗員救助の為に予め不時着水地点として決められていたショートランド南東に味方駆逐艦が派遣されており、不時着水した艦爆隊員6名を救助し、搭乗員により連合軍艦隊の詳細が報告された。第二次攻撃隊の戦果は駆逐艦マグフォードが大破に追い込み、さらに第一次、第二次攻撃隊の搭乗員の目視により連合軍艦隊の詳細な情報を掴めたので翌日の8月8日に航空雷撃を行い、第一次ソロモン海戦で勝利に貢献した。
*32 『一式陸攻戦史 第9章』より
*33 アメリカ海軍のクリーブランド級軽巡洋艦。艦番号はCL-62。イギリス海軍でも同様の名前の軽巡があり混同に注意。
*34 『一式陸攻戦史 第十章』
*35 梅本弘 ガ島航空戦のデータ
*36 ガダルカナルの戦い―アメリカ側から見た太平洋戦争の天王山
*37 かつては翔鶴艦長として南太平洋海戦などを戦っている
*38 ちなみにこの塗装は連合軍側からの指定で、誤って撃墜してしまうのを防ぐための処置であった。
*39 『帝国海軍 一式陸攻 P95』
*40 『「Air Force Fifty」Air Force Association Turner Pub Co P.10』
*41 "Bombers 1939-45、Patrol and Transport Aircraft"
*42 『一式陸攻戦史 第一章』より
*43 望郷の戦記―奇蹟の一式陸攻 蔵増実佳 関根清次 炎の翼 進路0(ゼロ)、日本列島ヨーソロ 安丸信男 海軍よもやま物語 小林 孝裕 等何人もの陸攻乗り達が一式ライターや一撃ライターを語っている
*44 ヨーイ、テーッ!―海軍中攻隊、かく戦えり
*45 海軍陸上攻撃機隊
*46 ヨーイ、テーッ!―海軍中攻隊、かく戦えり
*47 『帝国海軍一式陸攻 P167』
*48 『帝国海軍一式陸攻 P169~P170』
*49 MS Combat Flight Simulator 2とされる。
*50 『帝国海軍一式陸攻 P172』
*51 ここには他に零戦や九三式中間練習機(所謂赤とんぼ)などの機体、栄や熱田などの発動機が保存・展示されている。一式陸攻も含めいくつかの機体はほとんど新造レベルの復元を、また栄発動機を起動可能までレストアするなど変態もといかなり高い技術を持っている模様。なお一般公開は毎年8月のみなので要注意。
*52 第二次大戦で活躍した日米の機やホームビルドのヘンテコ機などが展示されている模様。零戦や雷電が展示されているほか、九九艦爆二二型のフルレストアが進行中。
*53 スミソニアン国立航空宇宙博物館の付随施設。博物館に収まりきらない品を保管、復元、維持するための施設で、日本軍の機も多く収蔵されている(模様)。ちなみに震電はここにいる。