|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.477|
|&attachref(./477.png,nolink,Mi chiamo Conte di Cavour あんたが提督?ふーん。ジャ、よろしく頼むわ!);|>|Conte di Cavour&br;(カブール)|>|Conte di Cavour級 &br;1番艦 戦艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
//下記にもある通り、左側の初期値は改造直後の値とは異なります。
|~|~耐久|57|~火力|53 / 75|
|~|~装甲|50 / 67|~雷装|8 / 12|
|~|~回避|21 / 40|~対空|15 / 49|
|~|~搭載|5|~対潜|0|
|~|~速力|低速|~索敵|6 / 29|
|~|~射程|長|~運|22 / 77|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|70|~弾薬|105|
|~|~搭載|>|>|~装備|
|~|1|>|>|[[305mm/46 三連装砲>305mm/46 三連装砲]]|
|~|1|>|>|[[305mm/46 連装砲>305mm/46 連装砲]]|
|~|1|>|>|未装備|
|~|2|>|>|未装備|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''Conte di Cavour'' → [[Conte di Cavour改]](Lv48+高速建造材×10+開発資材×30)&br;→ [[Conte di Cavour nuovo]](Lv74+高速建造材×20+開発資材×50)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:Conte di Cavour級戦艦、一番艦、Conte di Cavourよ。&br;そう、第一次世界大戦中に建造された弩級戦艦。何?小さいからって舐めないでよ。&br;近代化改装で、今風の高速戦艦になったんだから!&br;第二次改装も予定していたし!|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、改造直後の値とは異なります。&br;最大値はLv99の時の最大値を指します。
//-改造後の艦の初期値など、不明なステータスは--を入れてください
//--回避、対潜、索敵については計算が終わって判明したら入れてください。
//--改造後で図鑑を持つ艦(~改二や千歳改など)の場合は、火力、雷装、対空、回避の初期値は図鑑に記載されているのでそれを入れてください。
//--具体例は[[こちら>艦娘詳細ページのステータス表記編集#o0daf9a7]]
#fold(CV:飯田ヒカル、イラストレーター:じじ (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:飯田ヒカル、イラストレーター:じじ
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>Conte di Cavour/定型ボイス]])
#table_edit(Conte di Cavour/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>Conte di Cavour/時報ボイス]])
#table_edit(Conte di Cavour/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>Conte di Cavour/季節ボイス]])
#table_edit(Conte di Cavour/季節ボイス)
~
}}
*ゲームにおいて [#game]
-2021/08/21実装。
--初登場は期間限定海域『[[増援輸送作戦!地中海の戦い]]』[[E-2>増援輸送作戦!地中海の戦い/E2]]突破報酬。
-[[Гангут]]同様、新規実装時にそのまま第二改装まで実装されている。
--あちらと異なり、この段階での艦種は純粋な「戦艦」である。
---戦艦だが中口径主砲が装備不可、改造後も巡洋戦艦になるため装備不可。
~
-素の雷装値があるため雷撃戦に参加する。
-魚雷、対地装備を搭載可能。
-対艦強化弾、対空強化弾、大型電探、大型ソナー、司令部施設は''搭載できない''が、これらは改造後に搭載可能となる。
**キャラクター設定について [#character]
-1人称は「''ワシ''」。その割に顔だち含めてLittorioより幼いロリスタイル。実艦サイズの再現だろうか。
--1人称以外の口調は総じて今風であり、いわゆる「のじゃロリ」ではない。
---とはいえ古風な言い回しを使うこともある。単に寄る年波を認めたくないのだろう。
-胸部装甲は豊かで、胸元が大きく開いた制服デザインもあってかなり目立つ。
--Littorioと比べてスカート丈は長め。イタリア艦らしく(?)、腋の部分に開口部がある。
-新鋭艦である[[Littorio]]達に先輩風を吹かせつつも、自分が旧式であることは気にしている模様。
-艤装は三連装砲と連装砲の混載を再現。背中の第三砲塔が少々使いにくそう。
-放置時の「掘れば大きくなる」とは、大規模改修にて主砲の内径を削って大口径化したのが元ネタ。詳しくは[[改>Conte di Cavour改]]の小ネタを参照。
-小破時のボイスが猫っぽく、[[某重巡>足柄]]や[[某軽巡>Gotland]]を彷彿とさせる。
-中破時に制服が焦げるのだが特に胸部装甲付近の破損がすごく、南半球が結構見える上トップが髪でかろうじて隠れてる危うい有様となる。
-時報では「バジルおにぎり」なる創作料理を振舞ってくれる。[[同郷の>G.Garibaldi]][[艦娘達>L.d.S.D.d.Abruzzi]]及び提督の反応から察するに、味の方はイマイチだったようだ。&color(Silver){美味しすぎるとバルジが増えてしまうからこれでよかったのかも…};
--あまり馴染みのない組み合わせだが、ジェノベーゼソースと味噌を使った洋風焼きおにぎりや、塩蔵バジルを混ぜ込んだ高菜おにぎり風のレシピなど現実にも例が無いわけではない。
-同じ弩級戦艦のよしみという事か、[[Гангут]]とは仲が良く、飲み友達のような関係。一方[[Roma]]からは「ロートル」扱いされており、憤慨する場面も。
--Гангутにアルコール度数の高いウォッカを飲まされてもすぐに回復していることから、相当酒に強いことが窺える。&color(Silver){もしくはやせ我慢?};
--なお、[[例のZara級>Pola]]については「身内と思われたくない」とかなり手厳しい言葉を使っている。&color(Silver){さもありなん。};
--実際にRomaが「ロートル」と発言したかについては定かではない。&color(Silver){被害妄想による拡大解釈ともとれる};
最新鋭戦艦ながら戦歴の短いRomaと、旧式ながら改装を重ねて長く奮戦したCavourの対比でトラウマが刺激され、そんな言葉が出てしまった可能性も。
--ちなみに姉妹艦ジュリオ・チェーザレはイタリア降伏まで残存し賠償艦としてソ連に引き渡された。Гангутと仲がいいのは妹がソ連に渡ったというのもあるかもしれない。((ただしジュリオ・チェーザレ改めノヴォロシースクは黒海艦隊配備、ガングート(オクチャブリスカヤ・レヴォリューツィヤ)はバルト海艦隊なので[[ヴェールヌイ>Верный]]同様面識はない。[[タシュケント>Ташкент]]は黒海艦隊だが戦中に沈没している。))
---引き渡し後は「ノヴォロシースク」と改名され、またも魔改造((ソ連製レーダー設置のためのマスト新設、ソ連製機銃や高射装置の設置・増設、主機関の修理や発電機の交換など。))を受けたが、1955年に爆発事故を起こし転覆・沈没している。1956年に除籍され、翌1957年に浮揚の後解体された。((ちなみにこの事故を理由として2021年現在でのロシア唯一の空母「アドミラル・クズネツォフ」の由来であるニコライ・クズネツォフ提督が海軍総司令官職を解任されている。))
**[[限定グラフィック>艦娘カード一覧(期間限定グラフィック)]] [#graphic]
-2021/09/28のアップデートで、【[[浴衣mode>https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/1442806062407557120]]】が追加された。
--金魚柄の浴衣がよく似合う幼い感じと、帯の上に乗ってる迫力の胸部装甲の対比がなんともすごい。
中破するとかなり危険な着崩れ方になる。
--[[迅鯨]]のように、帯留め代わりに三連装砲が使われている。三番砲塔だろうか。
-
#fold(限定グラフィック:浴衣mode){{
限定グラフィック:浴衣mode
&attachref(./477_Autumn.png,nolink,えっと……キモノ? あ、そうか。ユカタだ! なんかいいなあ!……どう……かな?);
}}
-2022/01/01のアップデートで、【[[新春&晴れ着mode>https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/1476936921754451975]]】が実装された。
--巫女服を着て破魔矢片手にはしゃいでる可愛らしい姿と、いつものように袴の上に乗ってる迫力の胸部装甲との対比がすごい。
--中破で服は損傷しないが、着崩れ方がかなり危険。
-
#fold(限定グラフィック:新春&晴れ着mode(2022年) ){{
限定グラフィック:新春&晴れ着mode(2022年)
&attachref(./477_Nenshi_2022.png,nolink,提督、新年だ。今年もワシは誰にも負けない! の精神で行こうと思う。アンタらも……そうだな、誰にも負けない! ……知ってる。今年も頑張ろう!);
//中破絵は無しで
}}
-2025/09/26のアップデートで、【[[ハロウィーンmode>https://x.com/KanColle_STAFF/status/1971561274724258074]]】が実装された。
--大きなカボチャ型の連装砲とコウモリを背後に従えた修道女姿。連装砲の上にはお菓子を満載した籠が載っている。新春&晴着modeの巫女姿に続いて、「宗教施設に仕える女性」に扮することになった。
相変わらずの迫力の胸部装甲に加え、よく見ると服の腋が大きく開いており、中破するとカボチャ型連装砲の上に倒れ込んで腋と横乳が露わになってしまう。&color(silver){%%これでは聖職者ならぬ性職者%%};
--初出は「艦これ」運営鎮守府公式カレンダー二〇二四の10月のイラスト。なお、同イラストで描かれているイタリア艦娘たちの中で、[[Littorio]]のみハロウィーン絵が実装されていない。
-
#fold(限定グラフィック:Halloweenmode){{
限定グラフィック:Halloweenmode
&attachref(./477_Autumn_2025.png,nolink,いや…なんか楽しそう!ワシも行ってもいいか?);
//中破絵は無しで
}}
*小ネタ [#neta]
-イタリア海軍が建造したコンテ・ディ・カブール級戦艦の1番艦。
-"di"は英語の"of"、"Conte"は伯爵((英語の「Count」に対応。どちらもラテン語の「comes(コメス)」に由来。))のことで、日本語に訳すと「カヴール伯爵」という事になる。&color(Silver){ドイツの[[ツェッペリン伯爵>Graf Zeppelin]]とは同じ爵位という事になる。};
--「カヴール」というのはイタリア北西部の地名で、2006年に冬季オリンピックが開かれたトリノ(ピエモンテ州トリノ県)の南に位置する自治体である。&color(Silver){決してアフガニスタンの首都の事ではない。そもそもあっちは正確に転記するなら「カーブル」である};
--艦名の直接の由来は、この爵位を有するイタリア王国初代首相カミッロ・ベンソ(通称カミッロ・カヴール)にある。サルデーニャ王国によるイタリア統一を卓越した政治力によって実現した人物で、「神がイタリア統一のため地上に遣わした男」とすら称されるほど。軍人「ジュゼッペ・ガリバルディ」(([[同名の軽巡洋艦娘>G.Garibaldi]]の由来となった人物))や思想家「ジュゼッペ・マッツィーニ」とともにイタリア統一の三傑として知られる。
-進水日基準(1911年8月10日)だと[[Гангут]](1911年9月24日)を僅かに上回り、最年長艦の記録を更新した。しかし起工基準だと[[Гангут]]、就役基準だと[[金剛]]となるのでどれが本当の最年長に相当するかは微妙な所。
--2023年8月8日より実装された[[朝日]]の実装により、いずれの艦も最年長を譲り渡すこととなった。
-艦のモットーは"A nessuno secondo"。英語の"Second to none"に相当する。意訳すると「並び立つ者なし」「誰にも負けない」といったところか。
~
**艦暦(弩級戦艦時代) [#k555554d]
-コンテ・ディ・カブールは同級戦艦の1番艦として1915年4月1日に竣役。前年6月に発生したサラエボ事件で欧州情勢が緊迫するなか、アドリア海で対峙するオーストリア・ハンガリー帝国との領土問題があるイタリアとしては戦争に備えて戦力の拡充は優先事項で、前級「ダンテ・アリギエーリ」((イタリア海軍初の弩級戦艦だが、同型艦は無く、構造も三連装主砲4基を前後マストを2基ずつで挟むように配置する構造で、既に背負い式砲配置を実用化している英米と比べると旧式であった))しか弩級戦艦を持っていなかったイタリア海軍としては待望の新鋭戦艦だった。
--同型艦は以下の通り。
1番艦「コンテ・ディ・カブール」 ……本艦。艦名の由来は上記の通り。
2番艦「ジュリオ・チェーザレ」((日本語では「ジュリオ・チェザーレ」と表記されることもあるが、「チェーザレ」の方が原音に近い表記(カエサルやシーザーと同じアクセント)。)) ……共和政末期ローマの政治家「(ガイウス・)ユリウス・カエサル」のイタリア語読み。
3番艦「レオナルド・ダ・ヴィンチ」 ……ルネサンス期を代表する芸術家にして発明家。“万能人”。
-
#fold(コンテ・ディ・カブール級の性能){{
コンテ・ディ・カブール級の性能
***船体構造 [#gee69c41]
-船体は凌波性の良い長船首楼型を採用。主砲を前後に2基ずつ背負い式方式で配置し、更に1・2番煙突間にも1基配置して、計5基搭載していた。
-また、前級までは装備していた艦首の衝角(ラム)を廃止している。
既に衝角が使用されるような事例はほぼなく、逆に友軍艦艇と衝突事故を起こした際に、これを沈めてしまうような事件もあったので、各国とも廃止する潮流であったが、イタリアでは本級から廃止となった。
***火砲 [#l5717ad2]
-主砲は前級と同じ「1909年型305mm/46 砲」を、[[1.3.5番主砲を三連装>305mm/46 三連装砲]]、[[2.4番主砲を連装砲>305mm/46 連装砲]]にして、艦首尾線上に1.2番砲塔と4.5番砲塔を背負い式((主砲塔の後ろにもう一つの主砲を一段高く配置する方式。アメリカのサウスカロライナ級戦艦で初めて採用されたが、二番艦の方が先に竣工したので「ミシガン配置」ともいわれている))で、中央に3番砲塔をそれぞれ配置するという方法をとり、計13門搭載した。
--何故、三連装砲5基にしなかったのか?
簡単にいうと、背負い式だと高位置になる2.4番主砲に、重量のかさむ三連装砲を配置すると重心が高くなって荒天時の凌波性や安定性が悪化する事が懸念された為である。特に初めて背負い式配置を採用するイタリアとしては、あえて冒険はせず堅実な方式を採用したといえる
---オーストリア海軍のテケドフ級((1番艦フィリブス・ウニティスは1912年10月竣役))や、同時期にアメリカ海軍で建造していたペンシルバニア級((1番艦ベンシルバニアは1916年6月竣役))は、背負い式かつ2・3番砲塔も三連装砲を採用しているが、テケドフ級は3連装砲ながら揚弾機は1砲塔につき2基しか持たず、内部構造もそれに準じていたため重量が3連装砲にしては軽量であった。ペンシルバニア級は全長全幅共にコンテ・ディ・カブール級よりも大きく((全長はコンテ・ディ・カブール級の176.9mに対して185.32m、全幅は28mに対して32.4m))、重量物を高位置においても安定する構造だった。
---因みに主砲搭載数13門というのは、英国戦艦「エジンコート」の14門に次いで2位の搭載数である。
-主砲の他に、副砲として「1909年型120mm/50 速射砲」を、単装で18基を船首楼側面に片舷9門ずつ配置((中央の三番砲塔を中心に放射線状に配置))、他にも対小艦艇用の「76mm 速射砲」を50口径のを13門、40口径のを6門。そして魚雷発射管を水中発射方式で3基搭載していた。
--戦艦が建造されだした頃は、魚雷戦も起こりうると考えられ、戦艦も魚雷を搭載する事例は多かった。
戦艦による砲戦に特化して建造された世界最初の弩級戦艦「ドレットノート」もちゃっかり魚雷発射管を搭載していたし、その流れをくむ[[この娘>Warspite]]や[[あの娘>Nelson]]、アメリカ生まれの[[この>Colorado]][[娘>Maryland]]も、帝政ロシア出身の[[あの娘>Гангут]]も、皆が竣役時は搭載していたのだ。
日本でも日露戦争に参加した戦艦6隻はみな水中発射管を片舷2基、三笠以外の5隻は艦首水線上にも1基搭載していたし、弩級戦艦、そして超弩級戦艦が建造されだした頃も「使用する事があるかもしれない」という事で竣工時は搭載していた戦艦が殆どで、実は日本海軍の戦艦で、「魚雷発射管を搭載したことがない」のは[[大和]][[型>武蔵]]だけだったりする((Conte di Cavour実装時点で、魚雷搭載経験の無い戦艦娘は[[大和]]、[[武蔵]]、[[Washington]]、[[South Dakota]]、[[Iowa]]、[[Littorio]]、[[Roma]]、[[Richelieu]]、[[Bismarck]]の9隻。余談だがBismarck級は妹のTirpitzは搭載していた))。
-戦艦が魚雷発射管を新造時から搭載しなくなるのは、海軍休日((海軍軍縮による新規建造の無かった期間の通称))あたりからである。
***防御 [#vfb46898]
-防御方式も前級同様全体防御方式を採用し、船体全体に装甲が張られている。舷側装甲だと、中央の主要防護区画((一番砲塔と五番砲塔の間))で250㎜、その他で110㎜の装甲がつけられ、その幅は水線上で1.2m、水面下で1.6mまで覆っていた。
-これとは別に水線上部の中央舷側部にも220mmから130mmの装甲が張られていた。
-主砲塔防御は砲塔前盾で280㎜、バーベットも280㎜と、ドレットノート級と同程度(部位によっては上回っている)を誇り、水平走行も四層の甲板全てに12mmから最大40mmの装甲が施され、水密区画も三層にするなど、弩級戦艦としては重防御の部類だった。
-船体は艦首尾を除く大部分が二重底である。特筆すべきは艦底部から舷側水線から甲板装甲まで連続した水密構造として水線下防御を担っている点である。二重底のない艦首と艦尾部も細かく区画細分化されており浸水への防御となっている。
***機関 [#t470b93b]
-機関配置は船体中央に三連装砲を配置する関係上、ボイラー室は前後に分かれ、やタービンの一部が主砲弾薬庫を囲むように配置されるなど、機関の生存性を高めるため機関区は防御装甲で覆われつつも中央部弾薬庫を守るよう前後左右から囲む極めて複雑な構造をしていた。
-主機はパーソンズ式直結タービン6基3軸推進である。この時期は低速用のタービンと高速用のタービンを併用して搭載する形式で本級では外側のタービン軸は低速用と高速用のタンデムを1組として左右で計2組。三番主砲塔背面のタービン室は左舷側が高速用1軸と右舷側が低速用1軸の2軸推進であった。
-主缶はバブコック&ウィルコックス式重油専焼水管缶12基と石炭・重油混焼水管缶8基。ボイラーはタービン室を守るように舷側に配置されて極力推進機関を守る設計であった。また、当時は石炭から重油へ燃料が替わる過渡期でもあったため、コンテ・ディ・カブールは重油850トンと石炭1,450トンを搭載していた。
--機関出力は31,000 hp、速力は最大21.5ノットと、当時の戦艦としては標準的な速力である。
航続力は速力10ノットで4,800海里と、日英米と比べると極端に短いが、地中海という限定された海域で活動する事が前提のイタリア海軍としては、これで十分な性能であった。
---地中海で有力海軍を持つフランスやオーストリアにしても、戦艦の航続力はイタリアと似たり寄ったりの性能だったりする。
-本級から前後のマストを三脚檣としたが前部マストを1番煙突の後方に配置したため煤煙で測距が妨げられ
る結果となり就役後に煙突をまたぐように四脚マストを立てた。
~
}}
-1915年5月24日の第一次世界大戦開戦と共に、コンテ・ディ・カブールはイタリア艦隊旗艦となり、ルイージ・アメデーオ・ディ・サヴォイア少将が指揮官として乗艦した。
--因みにこの提督は登山家として著名。また彼の名を冠して完成したのが[[彼女>L.d.S.D.d.Abruzzi]]である。
-期待を一身に背負ったコンテ・ディ・カブールだが、第一次世界大戦では全く交戦する機会はなく、もっぱらチレニア海とイオニア海間の船団護衛任務かオトランド海峡封鎖任務に出動したぐらいで終戦を迎えた。
--それどころか、妹の三番艦「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は、1916年8月2日に主砲塔の爆発事故をおこし転覆沈没してしまい、終戦後1919年9月に上下逆の状態で浮遊されるが修理される事なく、そのまま解体されてしまった((「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の艦名は1939年に進水したグリエルモ・マルコーニ級潜水艦に引き継がれ、こちらは第二次大戦でイタリア潜水艦のトップエースとして活躍した([[Luigi Torelli]]の小ネタ参照)。))。
-終戦後、小規模な近代化改装を受けたコンテ・ディ・カブールは練習艦任務を与えられ、北アメリカへの周遊航海をしたり、国王のアドリア海沿岸諸都市への巡遊のお召し艦になったりと、世界各地に出かけている。
--だが、世界情勢は流動的で、イタリアの周辺状勢は揺れ動いていた。
当時のイタリア海軍の仮想敵はフランス海軍であったが、フランス海軍が34㎝砲搭載の超弩級戦艦プロヴァンス級3隻、30.5㎝砲搭載の弩級戦艦クールベ級3隻を所持していたのに対し、イタリア海軍には30.5㎝砲搭載の弩級戦艦しかなく、隻数も5隻((コンテ・ディ・カブールと姉妹艦のジュリオ・チェーザレ、その次に建造されたカイオ・ドゥイリオとアンドレア・ドーリア、そして退役間近のダンテ・アリギエーリの5隻))だけと劣勢だった。
--そんな中の1927年、フランス海軍はワシントン海軍軍縮条約での代艦建造規定により、新造戦艦の建造に着手する。
この時フランスは、ドイツの建造した装甲艦「ドイッチュラント級」を意識して、「33cm砲8門、速力30ノット」の高速戦艦の建造を発表する。
-1928年には練習戦艦となっていたダンテ・アリギエーリの退役が予定されており、ただでさえ能力や数でフランス海軍に差が出る事が分かっていたイタリア海軍にしてみたら、フランス海軍が後に「ダンケルク級」となる新造戦艦を持てば、戦力バランスが大きく崩れてしまう重大な問題だった。
--イタリア海軍は直ちに対抗策を検討する。イタリアも代艦建造規定での新規建造枠はあった。しかしいくつかでた戦艦設計の計画も、「一から作っていてはフランスの新戦艦が先にできてしまう」という根本的な問題を解決できなかった。結局、代艦建造規定による新規建造と並行して、既存の戦艦に新技術を投入して大改装し、当面の対抗戦力とする事を決定。最初に選ばれたのがコンテ・ディ・カヴール級の2隻だった。
---そして同時進行で計画された新規戦艦が[[ヴィットリオ>Littorio]][[・ヴェネト>Roma]]級戦艦である。同級にはコンテ・ディ・カヴール級改装で得た情報や技術をリアルタイムで反映して設計されている。
**艦暦(大規模改装後) [#ndfd0989]
-予備役となっていたコンテ・ディ・カブールは1933年10月よりC.R.D.A,社トリエステ造船所で大規模改装に着手。1937年6月1日には改装を終えて再竣役、妹のジュリオ・チェーザレも同年10月1日に改装を終え、からくもダンケルクの竣役に間に合った。
この時の改装はほぼ「一から作り直した」かのような大規模なものであったが、詳細は[[Conte di Cavour改]]に詳しい説明があるのでそちらを見て頂きたいが、要は[[これ>https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/ea/Drawing_of_Conte_di_Cavour-class_battleships.jpg]]が、[[こうなった>https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b0/ONI_Drawing_of_Conte_di_Cavour-class_battleship.jpg]]のである。
-一方、フランスのもう一つの仮想敵であるドイツ海軍も[[ビスマルク>Bismarck]]級戦艦の計画を発表する。これらの情報を得たフランス海軍はダンケルク級を上回る[[リシュリュー>Richelieu]]級の建造を決定する。するとイタリアもコンテ・ディ・カヴール級の改装実績を活かして、残りのカイオ・ドゥイリオ級戦艦の近代化改装も開始、欧州列強の軍拡はエスカレートしていく。
だが、カイオ・ドゥイリオ級改装のさなかの1939年9月1日、第二次世界大戦が勃発する。翌1940年6月10日にイタリアはナチスドイツについて参戦し、イタリア海軍は世界大戦に再度飲み込まれる事になる。
***第二次世界大戦参戦~カラブリア沖海戦 [#xfd6b279]
-この時点でイタリア海軍で活動可能な戦艦はコンテ・ディ・カブール級のみ((カイオ・ドゥイリオ級2隻の再竣役はイタリア参戦後の1940年7月と10月。ヴィットリオ・ヴェネト級2隻は参戦直前の1940年4月と5月にそれぞれ竣役しているが慣熟訓練中であり、即戦力として動けるのはコンテ・ディ・カブール級の2隻だけだった))であり、2隻の重要性は極めて高かった。だが、仮想敵であるフランスはドイツの電撃戦の前に敗北寸前で、イタリアが参戦を表明した12日後の22日に降伏、地中海の覇権はイタリア海軍が労せずに得るかに思われた。だがそれにまったをかけたのが大海軍国イギリスだった。
--イギリスとしてはインドや東南アジアにある植民地と、本国をつなぐスエズ運河~ジブラルタル海峡の地中海航路を、イタリア海軍によって抑えられるのは国の存亡に関わる重大事項だった。イタリアが参戦してきた時点ではドイツ海軍の戦力は乏しく((この時点でのドイツ海軍水上艦艇は北欧侵攻での大損害もあり、主要艦艇では戦艦2、ポケット戦艦2、重巡2、軽巡4、駆逐10の戦力しかなかった。))、Uボートも数が揃っていなかった((開戦の時点で保有していたのは56隻で、大西洋に派遣できたのは26隻のみ))ので、イギリス海軍にしてみたらドイツ海軍よりも参戦してきたイタリア海軍の方が戦力も大きく脅威であった((参戦時のイタリア海軍の主要戦力は戦艦4隻(実働可能なのは2隻)、重巡7隻、軽巡14隻、駆逐59隻。))。
---因みに海外艦娘の中には日本が参戦する1941年12月8日以前に戦没していて、メディアによっては日本が第二次世界大戦に参戦したことを知らないというのもいるが、そのうち[[Z1]]、[[Z3]]の2隻はイタリア参戦前に戦没((2隻は1940年2月に戦没している))しているので、実は日本どころかイタリアが参戦したことすら知らなかったりする((艦娘全体では、そもそも第二次世界大戦が起こった事すら知らない[[深雪]]もいる))。
-イタリア参戦直後の1940年7月9日、コンテ・ディ・カブール級の2隻はカラブリア沖海戦に参加する。マルタから出撃できずにいた二つの船団(MF1船団とMS1船団)をアレキサンドリアまで突破させるべくイギリス地中海艦隊((戦艦[[Warspite]]ら3隻に空母1隻、軽巡5隻、駆逐艦[[Janus]]ら16隻))が出動、その情報を掴んだイタリア海軍はリビアへ向かっている輸送船団の護衛と、地中海艦隊に対抗するために第一艦隊((戦艦コンテ・ディ・カブール、ジュリオ・チェーザレ、軽巡[[L.d.S.D.d.Abruzzi]]、[[G.Garibaldi]]ら6隻、駆逐艦20隻))、第二艦隊((重巡[[Zara]]ら5隻、軽巡4隻、駆逐艦[[Maestrale]]、[[Grecale]]、[[Libeccio]]、[[Scirocco]]ら16隻))が出動、カラブリア沖海戦が発生する。
--第二次世界大戦で最初の大規模海戦となった同海戦だが、端的に言うとイタリア駆逐艦1隻が大破着底して後に復帰しただけで、双方とも殆ど戦果の無いまま終結した。
イギリス艦隊はA・B・Cの3グループに分かれていたが、速度の一番遅いCグループの戦艦「ロイヤルサブリン」に艦隊速度を合わせねばならず、なかなかイタリア艦隊との距離を詰める事が出来なかった。業を煮やしたのかBグループのウォースパイト及び前衛の巡洋艦部隊が前進を開始、15時過ぎに巡洋艦部隊がイタリア艦隊を捕捉して攻撃を開始する。しかしウォースパイトは後続の姉妹艦マレーヤの到着を待ち、後方で周回するだけで砲撃に参加しなかった。
--このためイギリス巡洋艦部隊は劣勢に立たされ、ガリバルディの一弾が軽巡洋艦「ネプチューン」に命中。砲撃が集中しだしたため巡洋艦部隊は距離をとるため撤退する。
一方ウォースパイトをたたくべく、第一艦隊司令長官イニーゴ・カンピオーニ中将は旗艦ジュリオ・チェーザレ、コンテ・ディ・カブールを前進させ、16時前より、戦艦同士の砲撃戦が始まる。だかここで今度はイタリア側が判断ミスをする。
---イタリアでは「複数の艦が敵一目標を砲撃したら、弾着がどの艦のものか分からなくなってしまう」というユトランド沖海戦での戦訓を踏まえ、「一目標を砲撃するのは1隻のみ」としていた。そのため2対1という好条件だったのに、ウォースパイトを砲撃するのはジュリオ・チェーザレだけで、コンテ・ディ・カブールは参戦しなかった((迫ってくるマレーヤに対応するため備えていたといわれる))。
--またウォースパイト側も、イタリア側のそんな事情は知らないので、双方を攻撃目標にしてしまい、火力を分火させてしまう。
---このため双方が決定的な打撃を与えられぬまま、カンピオーニ中将はイギリス側が戦艦3隻に空母がいる事をつかみ撤退を決断する。イタリアとしては輸送船団防衛の任は果たせたので、無理をして損害を出す必要はないという戦略的判断であった。
こうして第二次世界大戦最初の大規模会戦は、双方たいした損害を与えれぬまま撤退する事で終焉を迎えた。
--因みにこの海戦の時、ウォースパイトはジュリオ・チェーザレに対して、距離24,000m以上の距離から砲撃し命中弾を与えている。これは「砲撃による移動目標に対する最長の命中記録((1940年6月8日のノルウェー沖海戦において、戦艦シャルンホルストも空母[[グローリアス>Glorious(正規空母)]]に対し、距離24.2kmから命中弾を与えている。ウォースパイトの記録は、これと並び称されるものである。))」と言われている。
***タラント空襲 [#kf0ea8d0]
-些か不完全燃焼で終わったカラブリア沖海戦だが、それから間もない11月11日、突如コンテ・ディ・カブールに悲劇が訪れる。イギリス空母「イラストリアス」によって行われた「タラント空襲」に巻き込まれたのである。
-11日21時ごろ、イタリア海軍の拠点タラント軍港に接近したイラストリアスから、21機の[[Swordfish]]が出撃、23時前にタラントに到着した第1波12機は、照明弾を投下後雷爆撃を開始し、コンテ・ディ・カブールに魚雷1本が命中し浸水、沈没を防ぐためコンテ・ディ・カブールは故意に浅瀬に座礁させる。
--損害自体は魚雷1本の命中だけで、他に損害を受けた戦艦2隻(([[Littorio]]、カイオ・ドゥイリオの2隻))は1941年5月までには戦列復帰するが、コンテ・ディ・カブールは座礁した事がかえって災いして中々浮揚に成功せず、1941年7月になって漸く成功する。トリエステに移動して修理を始めるが、結局彼女の戦歴はここで終わった。
修理が完了する前にイタリアが降伏し、コンテ・ディ・カブールはドイツに接収される。しかし1945年2月15日のトリエステ空襲で損傷、転覆し放棄され、そのまま第二次世界大戦後も修復される事無く、1947年2月27日スクラップとなった。
***その後 [#ve30347d]
-こうしてイタリア参戦から半年も経ずに前線から去っていったコンテ・ディ・カブールは、現在その名を引き継いだ軽空母「カヴール」が現役で活躍している。
--因みに起工した時の名前は「ルイージ・エイナウディ」だったが、途中で「アンドレア・ドーリア」に変わり進水、そして「カヴール」と変更されて就役するという、艦船建造での節目(起工・進水・竣役)のそれぞれで名前が違うという経験をしている。
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