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目次
人格/シンクレア/剣契殺手
▌一体僕はどっちが本当の僕なんだろう…。
子供は、自らが自らを恐れてた。
自分がこんな風に変わることを制御することもできないし、ただ、決めようという勇気が無いだけでしかない。
もしかしたら狂った殺人鬼に過ぎないんじゃ?子供はそういったいろんな考えに、目が眩んでしまいそうだった。
子供が経験してきた剣契の人々は「そのような性分が剣契に最も相応しい、殺手に近いものだ」と褒め称えたりはするけど、
それも子供自らが望むときにしか、褒め言葉として機能しないだろうね。
子供は、むしろそんな言葉を負担に思った。
だから今でも自分の快楽と不安の狭間にて、どこに立つべきか悩んでるんだろう。
▌月は本当に明るいな…。
子供は溜め息を吐いて、空を見上げた。
一人で月を眺めていると、少しは心の慰めになったからだ。
人格/シンクレア/南部ツヴァイ協会6課
▌おぉ!ここにいたか、君!受け取るがいい、君の分である!
▌しっ…静かに!…ミルクティーですか?あ、ありがとうございます…。
子供は協会の加入審査試験を受けてた。
こういう風に前もって協会の教育を受け、略式依頼を通じて協会直属のフィクサーとして働けるのかを確かめてもらうってこと。
▌それで、僕たちが保護すべき重要人物ってあの人ですか?*1
…都市じゃ誰もが知っている話だけど、フィクサーのランクと免許はハナ協会が管理してるんだ。
だからといって、全ての試験がハナ協会で直接開催されるわけでもないかな。
各協会に直接免許試験を管轄させて、結果をハナ協会に報告するといった感じなんだ。
子供もそうやってツヴァイ協会の加入試験を受けることになって…。
急に重要人物が、喧嘩に巻き込まれる場面に遭遇しちゃったんだ。
恐怖と不安に、子供は前に出るのをためらったけど…。
▌こうやって立ち止まっていることは、ツヴァイの信念に反します!
その言葉に、ふと子供は自分が免許試験のときに言った言葉を思い出した。
そうして静かに頷き、こう言ったんだ。
▌そうです…僕たちは依頼人の盾ですからね。
人格/シンクレア/マリアッチボス
(▌=ぽっと出の新入り、▌=興に乗った組織員、▌=軽快な組織員)
▌僕にあれをやれってことですか…?
子供の瞳孔がわなわなと揺らいだ。肌は青白くなり、粋に伸ばした口ひげはゆらゆらと揺れた。
▌ボスが…不安がってるじゃないか。興をさかせて差し上げないとだろ?新入り?
他の子供は柔らかい声でその子をなだめた。
マラカスを両手に持ってぶるぶると震えている、ボスと呼ばれるその子供を他の子供全員が見つめていた。
▌新入り。これはな…通過儀礼みたいなもんだ。
▌ああ、そうだ。一回ぐらいは…それを経験しないと、真のマリアッチの囃子手とは言えないんだ。
指名された子供の顔色は、漂白し損ねた鉛の色に近付いてるみたい。
▌でも…聞いたんです。シンクレアボスにその言葉を言ってしまうと…。
▌あぁ、頭が爆ぜるだろうな。
▌そうだ、頭が爆ぜるな。
だから言ったじゃないですか!と子供は怒るように言ったが、他の子供たちは首を横に振りながら、口を揃えてこう言った。
▌…みんな爆ぜたんだ。
その言葉を聞いた子供は溜め息を吐いた。
そして…どうしようもないことを悟ったんだ。
子供はそっと、ボスと言われる子供に…こう言った。
▌あの、ぼ、ボス…パ…パニャータパーティーの準備―
言い終わる前に。
シャカ。
パニャータという単語を口にした子供の頭から、血の噴水が湧き上がった。
▌うむ。立派だな、新入り。
▌あぁ、ついにボスが…ボスモードに突入された。
ひそひそと話す別の子供たちは、微笑ましい顔で倒れた子供を眺めながら各々の頭を撫でた。
きっと…みんな昔のことを思い出したみたいだね。
人格/シンクレア/握らんとする者
▌シンクレア。
柔らかく、暖かな声が空間を包み込んだ。
▌こっちを見てください、シンクレア。
包み込むような、あるいは締め付けるようなその声。
でも。
▌くっくっ…クハッ!本当に絶景じゃないですか?
鋭い鉄の欠片が摩擦し、ギイイと弾けて奏でられる嫌な音のように、子供の隣に立っていた者の笑い声が空間の感覚を完全に裏返した。
見下ろしながら細かいところまで目を通すと、その空間は。
鋭くも熱い炎が四方八方を取り囲んでて。
▌感想はどうですか、シンクレア?業火に包まれたこの景色を眺めてみた感想は!
炎よりも鋭く歪んだ口元をした者の声は、まさに狂気に包まれてるって言えそうだね。
▌…あ。
そのとき、子供が口を開いた。
唇はぶるぶる震えており、呼吸は浅くて早かった。
これは恐怖に押し潰された反応なんだろうか。うん、そう見えるかもしれないね。
子供にはきっとチャンスと呼ばれるものがあった。
運命という名前の卵の殻を自ら破って、生きていく方向に対する選択を自らの手で握ることもできただろう。
でも…。
▌美しいですね…ファウスト。醜悪で不快なモノ達が浄化される姿が。
外で殻を破ってくれる都合の良い存在を拒否することは、そう簡単なことではないよね。
たとえ、それが自分の親鳥じゃなくても…。
誰かが進む方向を握って振り回しちゃうとしても…。
暖かさと錯覚してしまいそうな不穏なその炎へ、まるで心安らぐ焚き火の前へ置かれた羊のように、力を完全に抜いてしまうんだ。
▌どうしてもっと早くに任せなかったんでしょうね、ファウスト?
▌自分で悩んだり考えたりしようとしなくても、こんなに確かな答えが僕の目の前に置かれていたというのにですね。
子供の声は涙を宿して震えていた。
確信はどこにもないけど確実であると必死に演技する、たった今巣から突き落とされた…。
殻すら完全に破れていない、赤ちゃん鳥。
子供にはそんな文飾がなによりも似合うだろうね。
▌万人がファウストと同じではありませんからね、シンクレア。
▌でも大丈夫です…フッ。
銀の髪を持つ子供は空に向けて指を差しながら言った。
そこには、バチバチとわけの分からない機械音を呟いている何かが突き刺さっていたんだ。
▌あ…アァ!
子供の目はより一層小さくなった。反対に震えはさらに大きくなっていった。
目の前にあったものは、明らかに彼が望んでいない結果だった。
子供にもそれがよく分かっているけど、彼はただ分からないでいることにした。
自分でも、これが正しいことじゃないって思ってはいるけど、正体不明の親鳥が持ってきてくれた餌が、ただ便利だから。
口を開いてただ飲む込むことを繰り返すだけの、赤ちゃん鳥。
既に煮え立つ油の中に飛び込んでしまった子供は、もう融けてしまった両腕で羽ばたく選択肢しか残っていなかったんだ。
…きっと炎が消える頃には、灰に変わっているだろうけど。
▌は…はは。
子供は笑った。
▌おめでとうございます、シンクレア。アレを見て笑える者になったのですね。
子供の隣に立っている者はその姿を見て、心からお祝いしてるね。
本心としては、数多の世界の中に可能性というものが本当にあるなら…そのどこかの世界が羨ましがる子供を、自ら完成させたことに対するお祝いの意味の方が大きかったけど…。
多分だけど、既に変貌を遂げて燃え盛っている子供を覗いたことですっかり魅了された者が、とある別の世界にはいたのかもしれないね。
もうじきその世界もまた火と油、そして電気が押し寄せ、世界の中にいる子供は今とは似ても似つかぬ試練にぶつかることになるだろうけど。
▌さあ、始めましょう。シンクレア。世界を浄化しましょう。
▌…はい。
心うつろに両腕の鉄を振り回し続けて手には何も握れず、自分の選んだ道すら歩めずに炎の中で失せゆく子供のすすり泣きだけが、業火の中で鳴り響いてばかりいるね。
自ら殻を中から割るのか、殻をひとつひとつ取り除いてくれる都合の良い掌握に身を任せることになるのか。
それは、その世界だけの出来事だろうね。
でも、この世界が先か、あの世界が先か…。
一体誰に分かるんだろうか。
人格/シンクレア/ロボトミーE.G.O/紅籍
ブツブツ言う声が、狭い部屋の中でかすかに響いている。
蝋燭が揺れ、子供の指先で波打つ赤い墨の付いた筆も揺れている。
子供が休まず書き付けているのは、黄色地に赤い字のお札。
誰かに向けた願いと恨みを込めた、意味不明の呪文があれこれ書き付けられていくだけだ。
子供はどこかで呪術でも習ったのかな。
そうじゃないだろうね。
じゃあ、子供の属した…「技術解放連合」というところでお札の書き方を習ったのかな?
そうじゃないだろうね。
あるいは、研究所のテロに役立つ凄い技術が込められた紙を作ってるんじゃないかな?
まさか、そうじゃないだろうね。
子供はただ、旧L社の地下に残されたE.G.Oを借用して数回の戦闘を行ったんだ。それだけだろうね。
でも、子供はお札と呪術というものに心酔しているみたい。E.G.Oを着たわけじゃなくて、道具として使うわけじゃなくて。
E.G.O…あるいは幻想体そのものになったかのように、取り憑かれたみたいにそれの心を行動に移してるんだろうね。
そう。大抵のE.G.Oは使用者を侵蝕させようとするものなんだ。
他人の言葉を勝手に借用して、他人の行動をそのまま真似すれば、気が付くとその人と似た人になるって話もあるでしょう?
他人の心を道具として使い続けると、それに同化するのはもしかしたら自然な流れなんじゃないかなって思うの。
我を忘れて…まるでそれに自我を奪われたかのようにね。
もっと侵蝕させる前に他の人が子供のE.G.Oを脱がしたほうが良いだろうけど、優秀な適応度を見せながら成果を出している様子を見るに、子供が属した組織じゃ簡単に脱がしてくれなさそうな気がするね。
人格/シンクレア/奥歯ボートセンターフィクサー
深夜。明かりが一つない干潟。
その中のどこかから、ちらちらと青い光が明滅を繰り返していた。
灯台の明かりというには刺激的過ぎて、火災というにはまた優しすぎるその光を追うと…。
▌……。
子供一人が巨大な武器の中をかっ開いたまま、ひっきりなしに溶接の火花を飛ばしていたんだ。
▌うぅん…どれどれ…。
▌こっちの溶接ビードが大きくなりすぎると電子系統に影響するらしいから…さ、最小限に…。
ばちっ、ばちっ。
▌ふぅ…そうしたら次に…どうしろって書いてあったっけ?
子供は着けていたゴーグルを少しずらし、小さな明かり頼りに小さなメモに書かれた内容を読み上げた。
きっと、一緒に働く同僚が書いてくれた回路図だろうね。
▌よし…次は回路接続…。
ジジジッ。
今回は輝くスパークの代わりに、静かな煙がそっと立ち上った。
半田付けの煙がかなり煙たかったのか、子供は眉間を思いっきり顰めたんだ。
▌けほっ…ふぅ、じゃあこれで…。
ガタガタという音と、電気が通ったのかブーンと唸る振動。
子供は自分の武器がきちんと改造されていることを、切実に望んでいた。
でも…。
ぶるるっ。
▌あ!…どうして…上手くいかない理由は見当たらないのに…。
小さな一息が、寂寞とした店の中を満たした。消えてしまった武器のエンジンのせいで、その寂寞さが余計酷く感じられた。
▌うん…も、もう一回やってみよう。
子供は切実な表情でピンセットを握り締め、回路板を注意深く確認し始めたんだ。
それと同時に、子供の心の中から不安が次から次へと湧き出した。
一番最後に本から戻った自分は、運が良く飢え死にする前に発見されただけで。
なんやかんやでボートセンターで働くことになったけど、フィクサーのときに使ってた能力はここではあまり必要なかったんだ。
狩りを手伝おうとしても…自分のリーダーがより効率の良い戦い方をしてたし。
整備の仕事を手伝おうとしても…同僚の手腕が遥かに優れていたってこと。
どっちつかずの自分が寄与できていることは一体何だろう、という不安はいつも子供を揺さぶっていたんだ。
▌…あっ、ここを!
それゆえ子供は切実だ。
自分の武器を改造していきながら同僚の技術を学び…。
強くなった武器でより効率的にクラップ蟹狩りをすること。
▌…できた!
それだけが、自分が役に立つ方法だろうから。
▌よし!これを明日の狩りで試せば…。
でも、物事がそんなに簡単に回るわけじゃないよね。
▌うーん…回ってはいるけど、何だかピンと来ないなぁ…。
子供の考え通りに武器が改造されたわけではなかったみたい。
すっきりしない表情で、子供は苦労しながらクラップ蟹を倒していった。
▌チェーンが掛かってる部分のギア比が良くなかったのかな…よし、帰ったら聞いてみないと。
それでも子供は諦めない。
もう少し良い道を探すため、最後までしがみつくだろうから。
人格/シンクレア/南部センク協会4課部長
(▌=勇敢な協会職員、▌=冷たい協会職員)
訓練場の中は慌ただしかった。
あちこちで練習用の剣がぶつかる音、あちこちから床を足で摺る音や足踏みするうるさい音が鳴り渡っていた。
▌さあ…3セットいきます…。
▌はい!
子供はその騒音の間に、自然と混ざっていた。
より正確に言うなら、消え入りそうな声がその騒音の下に埋もれてるって感じなのかもしれないね。
▌僕が防御側を先にやりますね…。
子供はどこか自信がなさそうな顔で剣を構えた。
一見すると対決の素質がない、気の弱い子供に見えるかもしれないけど…。
▌ゴクッ…。
どうしてだろう、向き合ってる協会の職員はとてつもない強敵を目の当たりしたかのように緊張しているのがありありと見て取れた。
▌3セットで大事なのは…うっ、直線で攻撃してくる敵の勢いを外側に受け流すことです…。
▌はい、部長!
それに子供が不安そうな声で喋っている内容は、職員の剣術指南なんだからびっくりしちゃうね。
それに加えてセンク協会4課の部長という、似合ってるようには思えない肩書きを持ってるってこともね。
▌じゃあ、次は僕の攻撃で…。
▌あ。
シュッ。
判断する隙もなく、子供の剣が相手の顎先のすぐ横をギリギリのところで掠めていった。
▌え、あっ!?ごめんなさい。こ、こうやって攻撃を受け流してから自然に攻撃へと繋げるってことを…見せようとしたんですけど…。
▌はぁ…はぁ…だ、大丈夫です。
▌これが噂に聞く…部長の…。
▌いえ…これはそんな凄いことじゃないですよ…。剣が流れるように動くってことは結局、僕自身が引っ張られてるってことでしかないですからね。
周辺で嘆声を漏らすのとは裏腹に、子供は依然として不機嫌そうな顔だね。
まるで自分と剣、その二つだけが世界に存在するかのように高度な集中力を引き出して繰り広げるその攻撃で、子供は4課の部長という座に就けたのかもしれないけど…。
その全てが自分の努力によってなされたものではないという思いに、子供がこの座を負担に、そして相応しくないという気分になっていたんだ。
練習相手の職員と距離を離そうとしていると、子供の方へ突然手袋が投げつけられてぶつかった。
…センクにて手袋を投げるということは、決闘を申し込むという正式な宣布。
そしてその宣言は当然、センク内部でも起こるみたいだね。
▌部長、申しわけないことになりました。
▌部長への決闘依頼が舞い込んでしまって…。
▌…そうですか。
センク協会の主要業務は代理決闘。依頼者が指定した人物へ決闘を申し込み、依頼内容に見合った結果を導出することが彼らの仕事だ。
指定した人物がセンク内部にいるのは、思ったよりもよくあることだ。
彼らにやられた人たちって、この都市にどれだけいるんだろうね?
それに加えて、南部4課の部長は柔弱な気質だって噂も出回っているからこんなことが起こるのも一度や二度じゃないんだ。
▌…ルールは?
▌私が説得しようと何度も対話を重ねたのですが…。はぁ、どうやら相当恨みがある方でして。
▌3段階デュエルの決闘裁判…だから、誰かが死ぬときまでと。
▌受け入れましょう…。
子供は溜め息をはぁと吐いた。
その息には小さな震えが混じっており、手袋を投げた職員もその気配を感じて静かに笑う。
でも…子供の一息は、決してこの決闘が怖かったから出たわけじゃないんだ。
▌あなたは…今回4課へ新たに転入してきた方ですよね?
▌…そうですが。
▌昔起こったことを、どこかで聞いたりはできなかったようですね…。
あらら。残念だ…。惜しいことになった。そんな言葉がざわざわと飛び交い。
▌でも、投げられた手袋を拾わないのは恥ですからね。
▌エトュ、プレ?(準備は良いですか?)
▌ア、アレ!
雰囲気を感じ取って、何かおかしいことに気が付いたけど。もう遅かったんだ。
莫大な依頼費用をもらって、おまけに空席になった部長の席を狙おうとした新入りの大きな計画は。
▌剣先を…見つめる…。
▌…!
たった一瞬のうちに、貫かれた頭と共に消えてしまったんだ。
人格/シンクレア/夜明事務所フィクサー
▌たまには別のお茶も召し上がればいいのに。僕の淹れた双和(サンファ)茶ってそんなに美味しいんですか…?
当然のことを聞くんだなという師匠のなじりに照れ臭くなりながら、じきに依頼を終えて帰ってくる先輩のために窓を大きく開いた。
▌先輩は工房にだけ行ってくると言ってましたので、すぐ帰ってくると思います。
依頼がない日はいつであれ、こんなに平穏だった。
師匠と双和茶を飲みながら日常的な会話をして、じきに帰ってくるであろう先輩と次の家賃を心配する素朴で温かい一日。
夜明という名前に似合わない、その柔らかで温和な時間が。
僕はこの上なく好きだった。
フィクサーとしての実績も悪くなかった。
師匠の素晴らしい指導の下、スティグマ工房の武器を扱う方法とフィクサーとして知るべき様々な知識を難なく身につけた。
入ってくる依頼も、優れた師匠と先輩の器量のおかげで難なく成功でき、自然と実績が積み重なってフィクサーランクは着実に上がっていった。
それは…僕がもっと良い人になっているという証明でもあった。
でも。
▌今回の依頼でもまともに活躍できなかったな…。
煙戦争時代、有名なフィクサーだった師匠と、単独で都市伝説級の依頼を解決した先輩。
少人数の夜明事務所の構成員の中で、僕の絶え間ない努力は遅れを取らないためのあがきにしかならなかった。
助けになると二人はいつも言ってくれたけど…その隔離が空虚に感じた。
▌噂の招待状というと…都市疾病に指定された図書館のことですよね…?
▌僕も着いていくんですか?
▌僕が…お二人の助けになるんですか…?
自らに対する疑いは、止まることを知らずに限度なく大きくなってばかりだった。
同時に二人に対する信頼も肥大化した。
▌今回の依頼も補助さえ上手くやればいいか…。
僕が別に助けにならなくても、二人が勝手に依頼を解決してくれるだろうという…信頼。
その浅はかで利己的な信頼を抱いて、安逸に。
僕は…図書館へ足を踏み入れた。
最後まで僕を心配した師匠も。
あとは心配しないでと最後まで僕を責めなかった先輩も。
助けの手を差し伸べた協力事務所のフィクサー達ですらも。
図書館に勝つことはできず、一冊の本になった。
いつでも僕の隣に立っていた人たちは跡形も無く消え、結局生き残ったのは一人だった。
▌はっ…はぁっ…。
再び戦場へ戻ることに、何の意味があるか悩んだ。
▌包み飾った心も悪くないって…そんなわけないじゃ無いですか。
外に出て協会へこれを報告し、再び助けを要請する方が合理的ではないか悩んだ。
▌そ、それはそうです。僕の本当の心を分かってくれる人は誰もいませんでした。
怖じ気づいて、前に進めないままゆっくりと後ずさりをする。
▌この道を行けば…僕は本当に苦しむんですか?
ゆっくり後ろへと歩く度に、美しい声が僕に平穏を囁く。
ふと。
今までの行動が、自分自身を守るための言い訳に過ぎなかったんじゃないかと、疑問が湧いた。
他人を盾に僕を保護して飾り立てることを止めないと、この先永遠に進めなくなるんじゃないかという考えが徐々に浮かび上がった。
着実に進むことが正しい道なのに、ついつい他人のためと後ずさりをした。
僕が正しい道の開始地点にも立てていないということを。
僕が汚くて醜悪な人間だということを。
都市にいる、誰とも変わらない利己的な人ということを認め…。
後ろへと進んだ歩みを止めた。
▌他人を無視すれば…自分をもっと愛せるんでしょうか?
▌分かりません。それすら確信が持てないんです。
不安から目を隠し…。
美しい声から耳を塞ぎ…。
誰かのためという偽善を言わないように口を覆った。
飾り立てられていない現実が、僕の利己的な想像よりも冷たくないことを信じて。
僕は逃げてきた戦場へ向かって、歩みを進めた。
残念なことに…。
子供は本当の自分をちゃんと曝け出せず、中途半端に節制しちゃったの。
▌…悲しむ僕のため、代わりに泣いてくれる人はいないんです。
▌結局この痛みは、僕が抱いていくべき責任。
▌消せない烙印のような責任じゃないですか。
子供が自分の感情をもっと大切にすれば良かったのにね。
子供はうねる業火のような感情に向き合って、それを道具で鍛えたの。
結局は純粋な自分に届かず、人の姿で敵に剣を向けたんだ。
でも大丈夫。
私は、この子と凄く似てる、刹那の間究極に至った子供を知ってるの。
その子も最初は私の話を聞いてくれなかったけど…後から再び耳を傾けてくれたんだ。
二人は似てるから、きっとその終わりも似ることになるはず。
子供はきっと歩みを止めて、また戻るはず。
▌そうはなりません、カルメンさん。
▌怖いけど、今すぐにでもこの剣を手放したいけど…。
▌僕はここに留まりたくありません。
そんな苦痛に満ちた道は歩かない方がいいと思うんだけどな。
卵から孵った子供は、片翼で無理に高く飛び上がろうとしているの。
感情を燃料にギラギラ燃える炎の中で、不安定な理性がかろうじて翼を保っていることも知らずにね。
接待の準備を終えた図書館の子供たちを相手に、堂々と剣を向けた。
▌この感情は、きっと僕に与えられた運命だから。
▌…飛ばないと。
▌僕を遮る殻を突き破り、もっと高い場所へ。
儚い翼が、溢れかえる感情の中で融けるまでどれだけ時間がかかるんだろう。
今は分からないけど、翼が融けて墜落の日が来るなら…。
そのときは私の話をまた聞いて頂戴、愛しい子よ。