カスティエルのくだらない喧嘩。妄想と拡大解釈とフィクションでできているページ。兄弟喧嘩はよくあるけどキャスが同レベルのをやったらどうなるのかの話
木こりと店員、あるいは「ごめん」の不時着
カスティエルとの喧嘩は、サムとのそれとは勝手が違う。
サムとなら、怒鳴り合い、インパラのドアを叩きつければ、数時間後にはビールを片手に「悪かった」で済む。それはもはやウィンチェスター家の呼吸のようなものだ。
だが、天使は違う。彼が沈黙すると、バンカーの空気そのものが凍りつくような錯覚に陥る。
原因は、些細な、本当に些細なディーンの軽口だった。
倉庫の整理中、カスティエルがかつて人間として生きていた頃の「コンビニ店員服」を見つけ、ディーンがニヤニヤしながら言ったのだ。
「これだよ、これ。お役所仕事が大好きなキャスには、この制服が世界一似合ってるぜ」
皮肉のつもりですらなかった。だが、カスティエルは動きを止め、氷のような瞳でディーンを見据えた。
「……君の、その『木こり』のような服に言われたくない」
ぴしゃりと、しかしどこかズレた反論を残し、天使は羽音さえ立てずに部屋を去った。それ以来、三日。カスティエルはディーンと一切口をきいていない。
「……なぁ、サミー。アイツ、何がそんなに気に入らなかったんだ? 木こりって、チェックのシャツのことか? 褒め言葉だろ?」
図書室で、ディーンは所在なげにベーコンを弄ぶ。
「ディーン、キャスは『自分に役割を押し付けられること』に敏感なんだよ。……ストレートに『ごめんね』って言って仲直りしちゃいなよ」
ノートPCから目を離さず、サムが呆れたようにけしかける。
「子供かよ……。クソ、分かったよ。言えばいいんだろ、言えば」
ディーンは重い腰を上げ、天使が潜んでいるであろうキッチンへと向かった。
理論派の亀裂、あるいは「腹痛」の再定義
ディーンとカスティエルの「冷戦」を仲裁したはずのサムだったが、彼自身もまた、別の火種を抱えていた。
普段、サムとカスティエルは「穏便派」として非常に仲が良い。直感で突っ走るディーンの手綱を二人で引くのがウィンチェスター家の様式美だ。しかし、その「観察眼」が身内に向けられた時、事態はややこしくなる。
「サム。腹痛を隠すな」
キッチンでハーブティーを淹れていたカスティエルが、背後を通ったサムを呼び止めた。
「……へ? なにが? 僕は何ともないよ、キャス」
「嘘だ。君の歩幅が右側に3センチ偏っている。怪我をしているのだろう」
サムの顔が引き攣った。以前の狩りで負った脇腹の傷。それは外傷としては塞がりつつあるが、内臓に達するほど深かったのは事実だ。
「……怪我はしてたけど、腹痛なんて言い方、やめてくれよ。内臓疾患みたいじゃないか!」
「どちらにしても、君が事実を隠蔽していることに変わりはない。内臓の損傷は生命維持に直結する。詳らかにするべきだ」
カスティエルの正論が、サムの神経を逆撫でする。心配からの言葉なのはわかってはいるが、この怪我はずいぶん前の話だ。「3センチ偏っていた」なんて無意識の範囲かカスティエルの見間違えとしか思えない。
「詳らかにしたくないから隠してるんだ! ほっとけって言ってるだろ!!」
「拒絶は懸命ではない」
「そういう問題じゃないんだよ!!」
珍しく、バンカーにサムとカスティエルの怒号が響いた。
ちょうど「ごめん」を言いに来たディーンが、その光景を見て硬直する。
「……おいおい、今度は何だ? お前ら仲良し平和主義コンビが喧嘩かよ」
ディーンが慌てて割って入る。サムは真っ赤な顔をして黙り込み、カスティエルは無表情のまま不満を全身から漂わせている。
「サム、どうした? 話を聞いてやるから、吐き出せよ。な?」
ディーンがサムの肩に手を置こうとすると、サムは獲物に狙われた小動物のように縮こまり、さらに距離を取った。
「……兄貴には、一番関係ないだろ!!」
「……え、俺!? なんで俺が刺されてんの!?」
カスティエルとの冷戦、そしてサムとカスティエルの理論派同士の激突。
ウィンチェスター家のリビングは、誰が誰に謝ればいいのか分からない、カオスな「感情の渋滞」に陥っていた。
堪忍袋の緒(ディーンの爆発)
図書室に漂う空気は、もはや「重苦しい」を通り越して「物理的に痛い」レベルに達していた。
右側では、カスティエルが広げた医学事典を無言で指でなぞり、その正確すぎる「内臓損傷のリスク」を無言の圧力として放っている。
左側では、サムがノートPCの陰に隠れるように丸まり、兄の「話を聞く」という親切心さえも「今はその距離感が一番きつい」と全身で拒絶していた。
ディーンは、その中間地点で立ち尽くし、一分間ほど天井を仰いだ。
「……あー、もう!! いい加減にしろ、この似非ラブアンドピース野郎ども!!」
ディーンの怒号がバンカーの石壁を震わせた。
サムが肩を跳ねさせ、カスティエルが不思議そうに首を傾げる。
「内臓疾患だの、木こりの服だの……。お前ら、自分の言ってることの小ささが分かってんのか!? 悪魔を地獄に叩き落とす連中が、なんで『ごめん』の一言で詰まってんだよ!」
「ディーン、私は事実を述べているだけで……」
「兄貴、だってキャスが……」
「うるせぇ! 二人とも黙れ!!」
ディーンはキッチンへ向かい、冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを三本、乱暴に掴み出してきた。
強制的な「乾杯」の儀
ディーンは、カスティエルの医学事典の上に一本、サムのノートPCのキーボードのすぐ隣に一本、叩きつけるように置いた。
「いいか、ルールは一つだ。このビールを今すぐ飲み干せ。一滴残らずだ。……そして、飲み終わるまでに、自分が悪かったところを一つだけ、一言で言え。余計な理屈(ロジック)は全部抜きだ!」
サムはビールの結露を見つめ、カスティエルは「アルコールは解決にならない」と言いたげな目でディーンを見たが、ディーンの眼光に押され、二人はしぶしぶ栓を抜いた。
「……まずはキャス、お前からだ」
カスティエルは一気にビールを煽り、喉を鳴らした。そして、少しだけ顔を赤らめて呟く。
「……ディーン。君の服を……その、実用性の低いファッションだと決めつけたのは、早計だった」
「……お、おう。……まあ、そうだな(たしかに木こりっぽいけどな)」
サムの降伏と「平和」の帰還
次はサムだ。彼は半分ほど飲んだところで、深く溜息をつき、ディーンとカスティエルを交互に見た。
「……ごめん、キャス。心配してくれてたのは分かってたんだ。……ただ、あの『腹痛』っていう言い方は……本当に、胃腸風邪みたいで恥ずかしかったんだよ」
「……そうか。ならば次は『腹壁の穿通性損傷』と呼ぼう」
「いや、普通に『怪我』でいいだろ!!」
サムの叫びに、ようやく図書室に笑い声が戻った。
ディーンは二人の肩を、今度は拒絶されることなく、力強く引き寄せた。
「ほら見ろ。理屈なんてビール一本で流せるんだよ。……さあ、次は俺の奢りでピザだ。キャス、お前の分は野菜多めにしてやるからな」
二人が顔を見合わせ、苦笑いする。
結局、ウィンチェスター家の秩序を守るのは、いつだってこの「野性的で、直感的で、誰よりも不器用な兄」の力技だった。