トリオがビデオゲームに手を出したら。自分の好きなゲームしか出してない件。妄想と拡大解釈とフィクションでできているページ。
「怒りのデッドラインと、陽気な死者たちの歌」
窓のないバンカーの図書室は、今日ばかりは絶好のゲーム日和だった。
ディーンが好むのは、指先に心臓の鼓動が伝わるようなアクションやFPSだ。コンマ数秒の反応速度が勝敗を分けるヒリついた緊張感。彼はその極限状態をぶっちぎる瞬間を何よりも愛している。
「――このクソ野郎、絶対チーターだろ!!」
ガン、と鈍い音が響く。クラッシャーさながらにキーボードを叩きつけたディーンが、ディスプレイを睨みつけた。プレイしていたのは世界的な人気を誇るFPS『APEX』。大作ゆえに蔓延する不正プレイヤーの餌食になり、ディーンの堪忍袋の緒はとうにぶち切れていた。彼は吐き捨てるように電源を落とし、コントローラーを放り出す。
「……あー、クソ。あれで口直ししねぇとやってられん」
不機嫌のどん底にいたはずのディーンが、ふと独特のほのぼのとしたメロディを口ずさみ始めた。
「……どうせ僕らは♪ 死んでいる、死んでいる、死んでいるみたい~♪」
およそ死闘の直後とは思えない間の抜けた歌声と共に、別のゲームが起動する。画面に踊り出たのは『デッドライジング』。ゾンビの大群を相手に、ショッピングモールのあらゆる日用品を武器にして戦う、カプコン製の「ゾンビ無双」バカゲーアクションだ。
「時にはCD10枚投げつけられて殺される~♪」
ディーンが歌い続けているのは、かつて公式が発表した伝説のプロモーションソング『どうせ僕らは』。
画面の中のディーン(の操作するキャラ)は、歌の歌詞をなぞるようにCDをかき集め、それを手裏剣のごとき精度でゾンビの群れに叩き込んでいく。次々と吹き飛ぶ死体。先ほどチーターにボコられた苛立ちは、このバカバカしい爽快感の中に霧散していった。
「そのうち殺される~♪ だけど前に歩いていく~♪ どうせなら好きにやる♪」
「……その歌、歌詞がまんま兄さんのことみたいだから、不吉だしやめてくれよ。……デッドラ? 懐かしいな」
淹れたてのコーヒーを手にやってきたサムが、モニターを覗き込んで苦笑した。
「これリマスターが出たんだよ!新作も発表されてるし… いいかサミー、これに勝るバカゲーが他にあるか? ゾンビ視点の自虐ソングまで作りやがった、最高にイカれた会社だぜ」
ディーンは鼻息も荒く、蟻のように群がるゾンビたちを、なぜか巨大なクマのぬいぐるみでなぎ倒していく。そのあまりに生き生きとした、そしてあまりにシュールな戦闘風景に、サムは「ほどほどにな」とだけ言い残して席を立った。
地獄の王や天使と渡り合う日常の合間。
バンカーの片隅では、今日も「死んでいるみたい」な陽気なメロディが、カウボーイの機嫌を直すために響き渡っていた。
バンカーの図書室、リサーチ用の重厚なモニターには、ディーンの派手なアクション画面とは対照的な、影の深いコントラストが映し出されていた。
サムは基本的にゲームにのめり込むタイプではない。だが、膨大な古文書の解読や呪文の照合に脳が焼き切れた時、彼は静かに、そして執拗に「死」を繰り返すジャンルへと逃避する。彼の愛する領域は、何度も死んで死んで死に尽くしながら、その屍を乗り越えて先を見つけ出すローグライクだ。
「……やっぱ、ショットガンが最強だな」
今、彼が長々とやり込んでいるのは『West of Dead』。燃え盛る骸骨の頭を持つ保安官が、煉獄のような暗闇を駆け抜けるガンアクション・ローグライクだ。アメコミ調の漆黒と鮮烈な光が交錯する世界観は、どこか彼ら兄弟の日常を皮肉っているようにも見える。
カン!
ゲーム内の部屋にあるランタンを灯すと、激しい明滅と共に闇が払われる。光に晒された死霊たちは動きを停滞させ、サムはその隙に冷徹な精度でトリガーを引く。光を戦略の要とするこの仕組みが、慎重派のサムにはたまらなく心地よかった。
「よし、武器開放、っと」
一渡り戦い、納得のいく「価値ある死」を迎えてリザルト画面を見届けると、彼は続けざまに別のタイトルを起動した。
『Caves (Roguelike)』。
一見すると古めかしいピクセルアートの画面だが、その実は、一度ハマれば二度と地上へは戻らせない濃厚な高難易度ゲームだ。開始数秒で理不尽な死が訪れることすらある過酷な環境。だが、その絶望を実力でねじ伏せた瞬間に放出される脳内麻薬が、サムの知的好奇心を刺激してやまない。
「……またそんな不気味なやつを。死んだらそこまでだろ、現実もゲームも」
背後から覗き込んだディーンが、呆れたように鼻を鳴らした。
「兄貴はわかってないね。死んでも経験は残るんだ。それが次の周回の最大の武器になる。……それに、これを見てよ」
サムは滔々と語り始める。
「必死に駆け回って山のように集めた戦利品を、こうして吟味して取捨選択してるだけで、時間を忘れちゃうんだ。次はもっと深く潜れる、次はもっと効率よく敵を倒せる……その積み重ねが最高なんだよ」
理屈っぽい解説を始めた弟の熱量に、ディーンは苦笑して肩を竦めた。
(まあ、リサーチも頭脳戦もサムに丸投げしてるとこあるしな。そのお詫びになるなら、これくらいは多めに見るか……)
ディーンは、サムが山積みの戦利品リスト(インベントリ)を幸せそうに整理しているのを確認すると、そっとその場を立ち去った。
「おい、サミー! あと一時間だけだぞ! それ以上やったら、そのモニターを塩で清めてやるからな!」
遠ざかる兄の怒鳴り声を受け流しながら、サムは再び、暗い洞窟の奥深くへと意識を潜らせていった。
「立方体の神域と沈黙の爆発」
「キャスが部屋から出てこない!」
「またテレビだろ? 録り溜めた刑事ドラマでも観てるんだよ、放っておけ」
「違う、一ヶ月だぞ!? さすがにおかしい。扉の隙間から漏れる光が、ずっと緑色と茶色のドットなんだ!」
ディーンの剣幕に押され、サムも重い腰を上げた。いくら天使とはいえ、一ヶ月も引きこもるのは尋常ではない。二人は意を決し、カスティエルの部屋の扉を勢いよく蹴破った。
そこにいたのは、虚空を見つめて黙々と指を動かす、異様な集中力を纏った天使だった。
カスティエルが魅了されたのは、サンドボックスゲーム――『Minecraft』だった。
無から有を創造し、世界を再構築するその作業は、かつて自身のボスである「神」が行った所業をなぞるかのようで、彼の傷ついた恩寵に奇妙な安らぎをもたらした。だが、その探求心は、広告に誘われるまま手を出した日から、彼の天使生を修復不可能なほどに変えてしまった。
「キャス! もういい、お前の王国は誰も壊さないから落ち着け!」
ディーンが悲鳴のような声を上げる。
「やあ、ディーン、サム……見てくれ。私の天空都市だ」
カスティエルが指し示した画面には、遥か50,000×50,000ブロックという広大すぎるフィールドに、緻密な神殿風の天空都市が築かれていた。点在する建築物はもはや微細な彫刻の域に達し、土ブロック一つ、水流の一滴、樹木の一本に至るまで、神の計算によって配置されている。周囲を徘徊するブタやウシ、オオカミさえも、彼にとっては完璧に配置されたアートの一部だった。
寝食を必要としない天使にとって、マイクラは底なしの沼だった。
「次は、ネザーで全自動のレッドストーン回路を開発せねば……」
「もういい! ネザーのマグマは全部抜き去っただろ! 干上がりすぎて地獄の面影もねぇよ!」
「だめだディーン。エンドに『神の居城』を作るという、私自身の任務があるんだ」
「わざわざエンドラを倒さずに、ペットに見立てて檻に入れてから城を建てるなんて、やってることが無茶苦茶だよ!」
「私なら出来る!! 私は、この世界の神だ!!」
暴走するカスティエルを羽交い締めにし、無理やり部屋の外へ引きずり出そうとする兄弟。だが、執念に燃える天使の怪力に、二人は木の葉のように弾き飛ばされた。
「いかん!!!!」
突然、カスティエルが絶叫した。その形相は、ルシファーが復活した時よりも悲痛に満ちている。
「クリーパーだ!! 私のアートが、あいつの不条理な自爆で……!!」
ドォォォォン、という虚しい効果音が部屋に響き渡る。
一ヶ月の心血を注いだ天空都市の一部が、緑色の悪魔によって無慈悲に吹き飛んだ。
静まり返る室内。カスティエルは深淵を覗くような瞳で画面を凝視し、やがて静かに、そして恐ろしいほど低い声で呟いた。
「……ワールドを、作り直す」
「おい待て、最初からやる気かよ!!」
兄弟の制止も虚しく、バンカーには再び、ブロックを積み上げる「コト、コト」という乾いた音が響き始めた。