雷電

Last-modified: 2020-06-06 (土) 21:59:28
No.175
weapon175.png雷電局地戦闘機
装備ステータス
火力雷装
爆装対空+6
対潜索敵
対爆+5迎撃+2
戦闘行動半径2
装備可能艦種
駆逐艦軽巡洋艦重巡洋艦戦艦
軽空母正規空母水上機母艦航空戦艦
備考
開発不可、改修不可
全ての艦娘に装備不可、基地航空隊にのみ配備可能
2016年「7月作戦」ランキング褒賞
2016年春イベントE-5、甲・乙作戦突破報酬
2016年秋イベントE-1 、甲作戦突破報酬
期間限定任務『護衛始め!「海上護衛隊」なお正月!』選択報酬
任務「基地航空隊戦力の拡充」選択報酬
「十四試局地戦闘機」として開発された、対爆撃機要撃に特化した迎撃戦闘機「雷電」です。
零戦などの艦上戦闘機「甲戦」に対して、局地戦闘機「乙戦」として開発・運用されました。
格闘戦向きではありませんが、優れた上昇力と大火力を備えています。

ゲームにおいて

  • 2016年5月3日アップデートで実装された新装備。
    入手方法は2018年3月現在イベント報酬とランキング上位報酬のみ。
    • 2018年正月期間限定任務だが『護衛始め!「海上護衛隊」なお正月!』にて選択報酬の1つとして入手可能だった。
    • 2018年12月7日に任務報酬として本実装された。それまで配られた雷電はランカー報酬を除けば最大3機だったため、これで1中隊を雷電だけで埋めることが現実的になった。
  • 艦娘には装備できず、基地航空隊にのみ配備可能。
    • 艦娘は問わず装備画面で「・・・」(その他)、または【全装備】を選択で装備ロック/ロック解除が可能。
      この他に、基地航空隊への配備の際、艦娘の装備と同様の方法でロックする方法もある。
    • 廃棄画面では最後尾、洋上補給二式水戦改などの後にある。
  • 対爆+5は実装時の陸上機の中では最大だった。一方対空値は+6と零式艦戦52型と同程度。初期型がモチーフだろうか。
  • 詳しい使用方法は基地航空隊を参照。
    • 「出撃時」の制空値*1は対空+9相当と紫電改二程度だが、「防空時」の制空値*2は対空+18相当である。
    • 防空分野においては制空値こそ三式戦 飛燕(飛行第244戦隊)紫電改(三四三空) 戦闘301には及ばないが、対爆+5による強力な撃墜ボーナスを考慮すると防空用に最適の機体だと言えるだろう。*3
      • 拮抗状態でも敵機の全撃墜を狙える貴重な機体であるため、今後甲難易度への挑戦を考えている提督は万一の場合(拮抗で完全防空が要求されるなど)を考えるとできるだけ優先して入手しておきたい。

性能比較表(装備最大値/局戦・陸戦早見表/テーブルより転送)

No名称火力対空索敵対爆迎撃装甲対空値
(出撃時)
対空値
(防空時)
戦闘行動半径配置コストボーキ
消費*4
入手方法改修備考追加
175雷電65291826108任務、イベント、ランキング-編集
201紫電一一型81119.51136108、ランキング編集
202紫電二一型 紫電改913213.51446108改修、ランキング-編集
263紫電改(三四三空) 戦闘30111242171946108イベント-編集
333烈風改10621132449162イベント-編集
334烈風改(三五二空/熟練)1173115.52849162イベント-編集
350Me163B292201472ランキング、イベント-高高度局戦編集
351試製 秋水282181472ランキング、イベント-高高度局戦編集
352秋水393211472ランキング、イベント-高高度局戦編集
354Fw190 D-92123316.52138144イベント-編集
176三式戦 飛燕81312.51337126任務、イベント編集
177三式戦 飛燕(飛行第244戦隊)934151947126イベント、ランキング編集
185三式戦 飛燕一型丁92313.51647126改修、イベント、ランキング編集
218四式戦 疾風101111.51357126イベント-編集
221一式戦 隼II型62986472、イベント、ランキング編集
222一式戦 隼III型甲171311.5126472改修、イベント、ランキング編集
223一式戦 隼III型甲(54戦隊)2811312.5137472イベント、ランキング-編集
225一式戦 隼II型(64戦隊)11111518.5187472イベント、ランキング-編集
250Spitfire Mk.I17218.5124590任務、イベント編集
251Spitfire Mk.V193212175590改修、イベント-編集
253Spitfire Mk.IX(熟練)11024161846108イベント-編集
  • 濃緑色は局戦薄緑色は陸戦
  • 火力および装甲の効果は不明
  • 艦載機との制空値比較はこちらの表を参考のこと
  • ウグイス色は出撃時対空値空色は防空に関連する数値

小ネタ

  • 元ネタは、帝国海軍の局地戦闘機「雷電」(J2M)。連合軍によるコードネームは「Jack」。
  • 支那事変で高々度を高速で飛来する爆撃機による爆撃の被害に悩まされていた海軍は艦戦だけではなく、海軍独自の陸上基地から発進する拠点防衛用の局地戦闘機を開発することを決断した。
  • 海軍は十四試局地戦闘機の開発を三菱に指示、設計主務者は零戦の堀越二郎だった。
    • これまで海軍の戦闘機が航続距離と運動性を重視していたのとは異なり、海軍はこの局地戦闘機に求めたのは敵爆撃機が飛行している高度に短時間で到達する上昇力と、敵爆撃機に追い付く速力、そして一瞬のチャンスに敵爆撃機へ致命傷を与え得る火力の三つであった。
    • これに対し、高い上昇力と高速性を実現するためエンジンは当時日本で最大馬力だった「火星」を選択した。
      • 「火星」は大直径の割に低馬力だったので*5、空気抵抗を可能な限り減少させるため、プロペラシャフトを延長して機首を絞り込み中央部が最も太くなる紡錘形の胴体を採用した。
  • 飛行試験が始まると最大出力発揮時に激しい振動が発生する問題が発覚した。原因はエンジンとプロペラの剛性不足による共振現象で、プロペラ減速比の変更とプロペラを剛性の高いものに取り替えることで問題ないところまで低減している。
    • この振動問題の対処により採用が遅れに遅れ、十四試局地戦闘機が「雷電」として制式採用されるのは昭和18年に入ってからだった。
    • ちなみに、同時期に陸軍が中島に発注したキ-44、二式単発単座戦闘機『鍾馗』は同じように一〇〇式重爆撃機『呑龍』のエンジンを搭載したが、無駄な部分はスパッと落とした構造で『雷電』と同程度の性能を発揮している。
      陸軍でも雷電を採用する計画があったとされ、キ65の案のひとつとして雷電の陸軍仕様の採用が検討されたと言われる。
      • ただし、例によって海軍と陸軍の仲の悪さはここにも影を落としている。海軍の飛行機はスロットルを前に押すとエンジンの回転数が上がるものであったが、陸軍機はこの逆、つまりスロットルを引くと加速する仕様だったのである。*6つまり、陸軍用に仕様を変更するか、さもなくば機種転換訓練を繰り返したとしても、現場の混乱は避けられなかったであろう。
        スロットルの操作方法が逆だったのは導入機材が関係しているとも言われる。*7
        一式戦以降の陸軍機のスロットルの操作は海軍機と同じ操作方法にしたとされる。
      • さらに加えるなら、鍾馗の戦力化は、少なくとも雷電よりははるかに順調に進んでおり、火力で勝るが多少運動性が良いこと以外に目覚ましいものがない雷電を陸軍が採用するという、この計画そのものに疑問符が付いていた。ただ、この案が検討されたのは昭和15年の末頃と言われており、この時期の鍾馗は最高速度などの要求性能未達に悩んでいた時であった。雷電の開発が順調ではなくなると、最終的にキ65は陸軍航空工廠が設計を行う重戦闘機に計画が変更された。
  • これまでの日本軍機は翼面荷重を控えめにすることを心掛けてきたが本機においては翼面荷重は約175kg/m2(以下単位は省略)と比較的高い数値であった。当時海軍で主流だった零戦は107、後期の五二型で128とかなり低い数値であったため、これが後述の零戦で訓練を行ってきた操縦士による扱いづらいという評価にもつながっている。翼面荷重の高い本機は不安定であり雲が苦手であったという評価もある。
    • ただしこの翼面荷重の増加に関しては世界的な動きであり、また大きいものが悪いという訳ではないのに注意が必要である。翼面荷重は翼面積当たりの重量で計算をされるが、エンジンの大型化や重武装化が進展するにつれコンセプトにより差はあれどこの数値は高くなっていくものである。*8零戦のような重武装+軽量+広い翼面積というのは特例のようなものである。なお軽量化のために防弾設備が犠牲になっている
    • 翼面荷重が大きくなると滑走距離が自ずと伸びてしまう。また旋回力が落ちるため格闘戦がやや苦手となってしまう傾向がある。そこで従来日本軍機は翼面荷重を抑えるよう計画をしていた(烈風に関してもこの点が重要視され設計の困難さが増していた)が、雷電は陸上運用と迎撃機として利用をされたため、この点に関しては問題となっていない。
  • 零戦に乗り慣れた古手のパイロットには着陸が難しく、幾人もの死者が出て殺人機の異名がついた。「雷電国を滅ぼす。国破れて銀河あり」と嘯くパイロットもいた。
    • 理由は雷電が失速速度付近の安定性が悪く、失速に入る前触れがない、失速したときに舵の効きが顕著に鈍くなる*9ため回復に時間が掛かり、回復するまでに大きく高度が低下する特性にある。また、キャノピー前付近の胴体が一番太く、断面も円に近かった為、操縦席からの前下方視界が悪いのも拍車をかけた。ベテランに染みついた着陸の際高めに進入して、エンジン出力を絞り失速気味に3点同時接地する空母への着艦方法は相性が悪く、狂気の沙汰とも言えるほど危険であった。
      • 余談だが横索式空母の着艦方法はアレスティングワイヤーをフックにひっかけて“落す”ものである。このため空母への着艦は『制御された墜落』とも言われる。
    • このような機体の場合、陸軍式に滑走路に低く進入して主車輪を接地してブレーキ、尾輪接地の方法なら問題なく着陸できるため、空母への着艦に慣れていない若手のほうがうまく扱えたのだ。*10
    • この急失速の性質は一度起こってしまうと立て直しが極めて困難であるため、熟練若手を問わず着陸寸前に墜落という事故が多発している。新鋭機の採用初期というのはこのような不測の欠陥を抱えていることも多かった。*11
  • 烈風が当初は十六試艦上戦闘機として発注されるはずが、三菱の開発スタッフが十四試局地戦闘機の開発と零戦の空中分解事故対策や改良型*12の開発で余裕がなかったため、一年先送りになった経緯がある。*13*14
    雷電の評価が芳しくなかったこともあって、「もしも雷電開発を中止して烈風を優先していれば」とする見解もあるが、これは結果論である。
    そもそも、一般的には「零戦の後継機は烈風」とされるが、雷電もまた零戦の後継機と目されていたという意外な一面があったのである。
    • 太平洋戦争開戦と前後して、海軍は空母艦載機隊よりも基地航空隊をより重視するようになっており、その意味では局地戦闘機もまた海軍の次期主力戦闘機の一角だったのだ。
    • そして雷電の存在は、零戦の延命にも影を落としていた。
      零戦のエンジンを金星に換装しようとする改良案が「雷電の生産が始まったので、三菱はそちらを優先させる」ために却下され*15、零戦そのものも大幅に減産*16*17しようとした。雷電が、零戦にとって代わるべき存在とみなされていたためでもある。
      しかし雷電の生産は捗らず、量産化後も不具合に悩まされたため、この目算はあえなく崩れ去り、零戦の増産と改良型の開発促進を再び命じる事態になった。
      そして、エンジンを金星に換装した零戦六四型は烈風同様に戦争には間に合わなかった。
  • 三菱に烈風の開発と雷電の生産を打ち切り紫電改ライセンス生産に切り替える指示が出た際、堀越二郎は怒り狂い川西に対する暴言を吐いている。
  • 採用が遅れたため米軍機と比較して特別高性能とも言えず、また当時紫電改の実用試験が始まっていたこともあり生産は少数であった。
    • とはいえ、紫電改では高々度性能が不足気味で、迎撃機としては雷電の方が適していた。B-29にもっとも善戦した海軍機は本機であった。
      日本では紫電改の影に隠れがちだが、世界的には陸軍の二式単戦『鍾馗』と並んでB-29キラーとして名高い。
      • 厚木海軍飛行場所属の第三〇二航空隊の雷電隊はB-29に対し多くの戦果を上げた。
        これは雷電の性能だけではなく、雷電隊の赤松貞明中尉の若手搭乗員に対する熱心な指導による部隊全体の練度向上のおかげでもある。
  • 雷電の型式には次のようなものがある。
    • 初期に開発されたJ2M1(十四試局地戦闘機)は火星一三型発動機を搭載し、曲面ガラスを使用した背の低い風防を装備していた(後に背を高くして視界を改善する)。
      • 武装は翼内20 mm機銃2挺、先端に7.7 mm機銃2挺であり、これは零戦と同じであった。
    • J2M2(十四試局地戦闘機改/試製雷電)は、J2M1をベースに水メタノール噴射装置と燃料噴射装置を追加した火星二三型に換装、排気管を集合式から推力式単排気管に変更し、20 mm機関砲を九九式二号銃三型に換装した型となっている。
      • 戦局の悪化から、この機体はトライアル中に制式化が決定。小規模な改修を施した後、試製雷電の名称のままで初期生産型が実戦投入された。その後雷電の量産体制が整うと、それに合わせて量産型を「雷電一一型」に名称変更した。
        一一型の中には武装を五式30mm機銃2挺に換装したものが少数存在していた。
    • J2M3(雷電二一型)は武装を翼内20mm機銃4挺に強化したタイプ。
      • この型は制式化の時期が当時の海軍の主力航空機用機関砲であった九九式20mm機銃の一号銃から二号銃への生産移行のタイミングとモロ被りしてしまい、二号銃の必要数を確保できない恐れがあったため、翼内側に二号銃、翼外側に一号銃を混載することとなった。少数だが、20mm機銃を二号銃に統一したJ2M3a(二一型甲)も試作された。
        こういったことは機関砲の移行時期にはよくある問題であり、陸軍でも隼(12.7mm2門の予定が、当初は7.7mmと12.7mmを1門ずつ積んだ)などで同様の対応をとった事例がある。
    • J2M4(雷電三二型)は発動機を排気タービン過給器付きの火星二三型丙に換装した高高度迎撃型。
      • 空技廠型と三菱型の2種類があり、少数が製造され実戦配備されたが、どちらの型も問題が多発し大々的な配備はされずに終わっている。
    • J2M5(雷電三三型)は二一型をベースに、発動機を火星二六型に換装し、風防の高さを50ミリ、幅を80ミリ増やした上で、胴体側面を削り視界改善を図るといった改修を施したタイプ。
      • こちらも20mm機銃を二号銃に統一したJ2M5a(三三型甲)や、武装を五式30mm機銃2挺に換装した機体が少数存在した。
    • J2M6(雷電三一型)は、二一型に三三型と同じ視界改善だけを実施した型。昭和19年(1944年)末以降の三菱生産機は主にこの型式。
      • 二一型・三三型と同様、20mm機銃を二号銃に統一したJ2M6a(三一型甲)も試作された。
    • J2M7(二三型)は二一型の発動機を火星二六型に換装したタイプ。三三型の性能低下もあって高座工廠では機体をそのままに発動機を換装することにしたが、生産数の不足によりほとんど生産されなかった。


  • 本機の操縦者として名を馳せるのが、海軍航空隊きっての古豪・赤松貞明(あかまつ さだあき、1910~80)である。

    松っちゃん伝説

    • あだ名は「松っちゃん」。
    • 酒豪・女好き・喧嘩好きと、海軍航空隊指折りの大問題児(ベテランエース)
      どれだけ古株かと言うと、零戦虎徹・岩本徹三が34期生で、赤松は17期生という辺りで、お察しいただこう。*18
    • 同じ17期生には軍神と称えられた「南郷茂章」がおり、赤松とは親友だった。共に空母赤城乗り組みだった時は訓練で「どちらが標的に多くの弾を充てれるか」で競争し、初日は南郷が勝ち赤松はパイナップルの缶詰2つをおごらされた。翌日赤松は再戦を申込み今度は赤松が勝った。すると南郷は当時生まれたばかりだった赤松の子供のために横須賀で人形を買って贈ったという。赤松はこれを非常に喜び、南郷の死後もこの人形を大切にしていたという。
    • 空母勤務時代は赤城加賀龍驤でその腕を鳴らした。
    • 特に女好きで有名で、後輩の岩井勉も「あんなに堂々と女遊びやるので笑うしかなかったです」と述懐したとか。
    • 武芸百般で、荒くれだらけの航空隊にあってその典型のような人物であったが、実戦においては理論派とも言える戦い方で戦果を上げていった。
      部下には、敵の攻撃に真正面からぶつかる軽挙を戒め、敵航空編隊の端から切り崩す戦法により、数の優位性を生み出すよう徹底して指導し、合理的に戦闘を進めなければいけない事を常に強調していた。
      赤松が古豪にもかかわらず、雷電の性能を十二分に発揮できたのも、豪快な性格に反して論理的に雷電の特性を分析・把握していたからと言われる。
      赤松からすると、長く零戦の性能に甘え切って雷電の特性を理解しないベテランたちが情けなかったらしい。
      もっとも後述するが、赤松自身は海軍航空隊でもチートレベルの操縦者であることも付随しておく……。
    • 自称“撃墜王の中の撃墜王”と大言も憚らず、自己申告では「350機を撃墜した!!」と常に自慢していた。
      • ただ、公式記録では30機前後と10分の1。それでも太平洋側の戦闘機乗りとしては間違いなくエース級である。*19
    • そういった大言も実力に裏打ちされたもので、零戦に搭乗していた時はともかく、図鑑説明にあるように「対戦闘機としてドッグファイトに不向き」なハズの雷電を駆って、
      戦闘機P-51ムスタング、F6Fヘルキャットを撃墜する戦果を挙げている。わけがわからないよ……。
      • 坂井氏は、『雷電でヘルキャットと渡り合えるパイロットは、後にも先にも赤松中尉以外にはいない』と脱帽気味の言葉を残している。
    • 特に、彼の大胆さ・頭脳明晰さを伝える有名なエピソードとして、米陸軍のP-51(ムスタング)75機の群れに零戦1機で突っ込み、1機撃墜して帰ってきたのがある(しかもちゃんと米軍側に記録あり。米陸軍第7空軍第15戦闘航空団第45戦闘飛行隊所属のP-51D)。この時彼は硫黄島に帰ってゆく編隊の最後尾を狙い奇襲で撃墜し、そのまま群れに突っ込んだ。これはまっすぐ逃げると追いかけてくるが、空戦に入れば燃料に不安を抱えているP51のパイロットはかかってこないと読んだためである。読み通り編隊はそのまま直進していったが、誤算があり、撃墜した機の僚機だけはしつこく攻撃してきて危うく自分のほうが燃料切れになるところであったという*20
    • 生涯飛行時間6000時間、被撃墜回数0、被弾5発。
      良くも悪くも破天荒な「海軍航空隊の名物男」であり、支那事変から太平洋戦争終戦まで、一パイロットとして、そして後進への優れた指導者として第一線で活躍し続け、戦時の航空隊の行く末を見届けた生き証人。
    • 公人としての評価は甲乙分かれる人物だが、おおよそこの破天荒であけすけな性質から多くの関係者から慕われた好漢でもある。坂井三郎は自伝で彼を何度か紹介し、そのたび「良い先輩でした」と称賛している。
    • 戦争を生き延びた彼はその後、高知で酒屋を営みながら、漁業連やかつての仲間たちと小型飛行機を乗り回して過ごしたという。晩年は酒好きが祟り、気管を患い69歳で死去した。
      • 日本ニュース第254號1945年(昭和20年)7月1日公開の放送にて、生前の中尉が撮影されている。※You Tube映像


  • 1945年2月、フィリピンのマニラ近郊の基地で、米軍が2機の雷電二一型を接収した。*21

    鹵獲された2機の雷電

    • 鹵獲された2機は米軍の徹底した調査の後、2度の試験飛行で日本側の公称値以上の数値をたたき出し、試験技師を驚かせた。この時乗ったテストパイロットは、「P-51よりは下だが、日本機の中では最良である」と感想を述べている。
      • ただし、この試験飛行は、事前調査で発覚した出来の悪い部品や計器は全部米国製の部品に替えた上、米軍の高オクタン価の燃料と高品質のオイルを入れた、オーバーチューンどころかチートレベルのいじりを行った上での試験飛行なので、日本人が真に受けてはいけない。*22
      • また、零戦の運動性に慣れきってしまった飛行士からは「視界が悪い」「運動性が悪い」「着陸が難しい」と散々な評価の雷電だったが、米軍のテストパイロットからは「狭いゼロのコックピットよりも乗り降りが楽で居住性も良い」*23「F4UやF6Fよりも視界が良い」*24「航続距離が長い」*25と全く逆の評価がされている。日本では深刻だった振動問題も、体格で優位に立つアメリカ人パイロットでは全く気にならなかったという。離着陸の難しさもこれに比べたら「はるかにマシ」というレベル。やっぱり肉を常食する連中の考えは分からん。


  • アメリカに全く同じ名前の、しかも性格まで似ている戦闘機がいた*26のは秘密だ。その名前を受け継いだ機体*27は中東で大活躍して有名になった。
  • この装備が実装される前から、が二隻集合してfile雷電というネタがあった。知っているのか雷電!

この装備についてのコメント

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 物知り提督に聞きたいんだけど、こいつの英軍鹵獲機に書いてあるAtaiu sea ってどういう意味なの? -- 2019-07-04 (木) 19:37:41
    • Allied military Technical Air Intelligence Unit South East Asia の略です。日本語だと、連合軍 航空技術情報部 東南アジア局って感じでしょうか。英語wikiのここに記述があります。
      • 成程、スッキリした。有難うございます。 -- 木主? 2019-07-04 (木) 21:49:45
      • すごい詳しい方が。情報ありがとうございます。 -- 2019-07-21 (日) 03:09:18
  • 遂に上位互換が… -- 2019-09-01 (日) 03:02:21
    • 今回の防空ギミックとか考えるとまだまだ現役かもしれない。 -- 2019-09-09 (月) 07:32:30
  • この子位は開発落ちしても良いのでは、ボブは訝しんだ。 -- 2019-09-11 (水) 17:10:10
    • 雷電より先に鍾馗が来そう -- 2019-09-11 (水) 18:12:02
    • 今回の防空をみるとわりとガチで・・・2~3年前に甲報酬とるかど上位防空装備もらえたランカーにならないとギミック解除できないクソ仕様だし -- 2019-09-18 (水) 22:21:41
  • 雷電21型の航続距離は増槽なしでも約1800km。対して強風の航続距離は約1000km。雷電の方が航続距離が長いのは一目瞭然なのに、なんでこのゲームでは強風の方が長いんだろうね。 -- 2019-09-21 (土) 21:09:01
    • 瑞雲を囲んで踊りを始めるイベントをやらかしたゲームだぞ?元瑞雲乗りの方はドン引きした模様 -- 2020-02-22 (土) 10:29:21
      • 瑞雲と強風は種別も製造元も違うし全く関係ないぞ。 -- 2020-04-17 (金) 10:23:43
      • あの質問者が萌えミリ嫌い(ガルパンでの町興しも叩いていたみたい)で1/1瑞雲についてまともに説明をせずに質問をしていた(そのせいで元搭乗員の方も1/1瑞雲が模型だと知らずに答えることになった)って既にバレてるのにまだ言ってる人いるんだ… そもそも雷電と強風の話になんで瑞雲を持ち出したのやら -- 2020-04-22 (水) 21:58:35
  • P47って名前と性格は雷電とよく似てるけど、ルックスは紫電改に似てるよね。紫電と紫電改を足して2で割った感じ -- 2019-09-28 (土) 11:40:05
    • 米軍が接収した雷電で思い出したけどとあるフラシムで日本機で雷電だけこの時のデータを参照にしたせいで妙に高性能だった時期があったな(他の日本機は日本側データ参照だったので計測方法上不利な扱いだった -- 2020-02-16 (日) 00:48:04
  • ネームドの松ちゃん隊がそろそろ来てもいいころ -- 2019-09-28 (土) 12:29:15
    • 202x年…あの雷電についにネームド機が来ます!!「おっついに来たか!」   \寺村大尉!/ -- 2019-09-30 (月) 00:01:49
  • 鍾馗は完全に実装する機を逸してしまったなあ…雷電と同じタイミングならそこそこ活躍できたかもだが -- 2019-09-28 (土) 12:49:36
    • 史実エピソードから高高度重爆に特効ありとかならワンチャン -- 2019-09-28 (土) 13:16:41
    • 米軍をして「最高のインターセプターやん、なんでもっと量産せんかったの?」って言ってたくらいなのにね -- 2020-02-20 (木) 13:21:13
    • 今がある意味で一番実装の機会だと思う -- 2020-05-27 (水) 00:48:40
  • 胴体が国内で見つかったらしい -- 2020-01-16 (木) 18:34:01
    • https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200116-00000029-asahi-soci だね!赤松機実装求む -- 2020-01-17 (金) 08:12:17
      • ニュースにも出てましたよ。操縦席前方の上部カバー(の工作用見本)らしい。工廠に勤めていた持ち主の父親が、(終戦後?)持ち帰ってきた物だそうで、さつま芋の貯蔵庫?の蓋として75年近く使用されていたらしいとか。 -- 2020-01-17 (金) 18:59:27
    • まさか我が座間市から見つかるとはな -- 2020-01-18 (土) 14:36:52
  • 発見記念パピコ -- 2020-01-17 (金) 09:34:09
  • サプライズ配布ありそう。国内初って凄いな -- 2020-01-19 (日) 17:21:46
  • 庭の貯蔵庫の蓋になってたのか、雷電パーツ。こういう人知れず日常生活に溶け込んでるヤツまだまだあるんだろうね -- 2020-01-19 (日) 17:26:44
  • 「グスタフに翼を」を思い出すような使われ方だなw -- 2020-01-23 (木) 16:59:48
  • 妖精さんの泰然自若とした感じがかわいい -- 2020-02-01 (土) 03:02:23
  • https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200516-00010002-mmagazine-moto雷電+火星エンジンについて -- 2020-05-16 (土) 17:54:23
  • ココにも赤松氏の詳細があります。呑む、打つ、買う何でもありながらどデカい手柄を残した、坂井三郎氏にも伍しうる「サムライ」だったんですね。 -- かぼちゃ大王? 2020-06-06 (土) 19:36:03
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*1 対空+迎撃×1.5で計算
*2 対空+迎撃+対爆×2で計算
*3 http://kancolleoperationroom.blogspot.com/2018/12/2tsundb.html
*4 1スロ当たり
*5 一四試の時点ではまだ出力向上型の二〇系は開発途上だったため。実際に雷電に搭載された火星二三甲型はヘルキャットのエンジンであるP&W R-2800と比しても、ほぼ同じ直径、最大出力でやや劣りパワーウェイトレシオでやや勝る程度の性能だった。
*6 現代の航空機は、スロットルを前に押すと加速するように統一されている。
*7 海軍航空隊はイギリスに範を取った。一方、フランスに範を取った陸軍は、当時のフランス式の「引いて加速」方式を採用した。
*8 参考までに紫電改は161、烈風は153、三式戦は173、四式戦は185
*9 どのような飛行機でも失速すると舵効きは鈍くなる。ただし艦載機はその度合いが小さくなるように設計することが多い。九六式艦戦や零式艦戦が典型例
*10 また、横風を受けながら着陸する場合には3点同時接地よりも主車輪接地→減速→尾輪接地の方が安全。空母に降りる場合、空母と言う可動式滑走路の方でなるべく風向きに合わせてくれるが、陸上滑走路ではそういうわけには行かない。
*11 同様に新鋭機であった彗星もこのように不測の欠陥に悩まされた機体である
*12 発動機を換装した二号零戦こと、零式艦戦三二型である。
*13 もっとも十六試艦戦の発注先送りは、この時点で有望な小型大馬力エンジンがまだなかったという根本的な問題もあったためであり、十四試局戦だけが理由ではない。そもそも小型大馬力エンジンがなかったから雷電はあえて大型の火星エンジンを積んだのである。
*14 …………のだが、アメリカの戦闘機用エンジンとして多用されたR-2800はどうかと言うと火星とほぼ同じ直径だったりする。
*15 金星に換装すると燃費が悪化して、航続距離が短縮するのを嫌ったという事情もある。
*16 海軍の方針としては、三菱での零戦量産を打ち切り、中島飛行機で空母向けの零戦生産を小規模で継続するつもりであった。
*17 ついでに堀越が過労で倒れた。この為零戦の改良は一式陸攻の本庄李郎技師が担当し、本庄が担当するはずだった一六試陸攻は高橋己治朗技師の担当となった。三二型の主翼が他の方と明らかに違うのは、本庄が改設計を行った結果である。
*18 大空のサムライ・坂井三郎は36期生。岩本・坂井の両雄ともベテランだが、そのさらに倍近い年季を積んでいる。元上司の三四三空司令の源田実がまだ現役パイロットだったころ、源田サーカスで共に飛んだ間柄であり源田実が一年だけ先輩という程度である
*19 しかし、そのような奔放な言葉とは裏腹に、実際の戦闘では「編隊同士でカバーし合い、味方の被害を極力抑える」戦法を第一としていた。個々の戦闘技術に依存し「攻撃的だが、味方の被撃墜率も高い」という当時の日本海軍の戦法は、数的不利に繋がるとして忌避する考えを述べている。ちなみに赤松氏はあまり知らなかったのだろうか、陸軍では赤松の考え方の方が大勢を占めていて公式化されている。詳細は三式戦 飛燕の項で。
*20 赤松中尉の著作日本撃墜王より
*21 なぜ雷電がフィリピンにいたのかは不明だが、恐らくは油田の防空用途でバリクパパンに配備されていたと思われる。
*22 四式戦「疾風」の米軍テストでも同様の試験が行われ、こちらも並外れた結果を出したのだが、やっぱりチートしてるので、これも真に受けてはいけない。松の木の根っこから航空燃料を作った国とは訳が違うのだ。
*23 当時の日本人の標準体格では、雷電の操縦室は広すぎ、「飛びながら宴会が開ける」と揶揄されていた。
*24 この2機は機体サイズに比して風防が小さいので知られているが、風防の材料をケチったわけではなく、コックピット周辺の防弾対策を強化した設計のため。
*25 機内燃料だけでも1,000km以上飛行できた。日本の視点では「短い」が、米軍の視点では「長い」部類だった。ついでに言えば、機内燃料だけで空戦ができたことも高評価だった。大戦期のP-51Dに、両翼に増加燃料タンクを付けた飛行写真がやたらと多いのは、重量バランスに問題があり、機内に燃料を残した状態での空戦が禁じられていたためである。
*26 P-47 サンダーボルト
*27 A-10 サンダーボルトII