ドイツ RankI 中戦車 Schwerer Kampfwagen (Beute) Mk.IV

概要
Update 2.45 “Hornet's Sting”にて追加され、2025年のエイプリルフールイベント『The Great War』に登場して報酬になったドイツの中戦車。
1916年のソンム河畔で人類の前に現れた鋼鉄の怪物は、1918年のアミアン近郊でついに敵同士で遭遇し、人類史における戦車戦の幕が開かれた。Mk.IV戦車はその際のイギリス軍側戦車であり、加えてドイツの国産戦車より遥かに多い数がドイツ軍に鹵獲された為、事実上のドイツ軍主力戦車にもなった。
本ゲームでは雄型*1のドイツ軍仕様で初登場。砲もドイツ軍のもの*2。性能面ではA7Vに主力を譲るものとなっている。
車両情報(v2.45.0)
必要経費
| 必要研究値(RP) | - |
|---|---|
| 車両購入費(SL) | - |
| 乗員訓練費(SL) | 200 |
| エキスパート化(SL) | 1,000 |
| エース化(GE) | 20 |
| エース化無料(RP) | 96,000 |
| バックアップ(GE) | 20 |
| 護符(GE) | 190 |
BR・報酬・修理
| 項目 | 【AB/RB/SB】 (初期⇒全改修完了後) |
|---|---|
| バトルレーティング | 1.0 / 1.0 / 1.0 |
| RP倍率 | 1.0 |
| SL倍率 | 0.1 / 0.1 / 0.2 |
| 最大修理費(SL) | 127⇒163 / 108⇒139 / 115⇒148 |
車両性能
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 【AB/RB&SB】(初期⇒全改修完了後) | |
| 砲塔旋回速度(°/s) | 6.0⇒10.0 / 9.5⇒18.8 |
| 俯角/仰角(°) | -6/12 |
| リロード速度(秒) (初期⇒スキルMAX+エース化) | 5.2⇒4.0 |
| スタビライザー/維持速度(km/h) | 無し / *** |
| 車体装甲厚 (前/側/後)(mm) | 16 / 12 / 12 |
| 砲塔装甲厚 (前/側/後)(mm) | 0 / 0 / 0 |
| 重量(t) | 28.0 |
| エンジン出力(hp) | 194⇒238 / 111⇒125 |
| *,***rpm | |
| 最高速度(km/h) | 7 / 6 |
| 実測前進~後退速度(km/h) | *** ~ -*** / *** ~ -*** |
| 視界(%) | 81 |
| 乗員数(人) | 7 |
光学装置
| 倍率 | 暗視装置 | 種類 | 世代 | |
|---|---|---|---|---|
| IR投光器 | - | 無 | - | - |
| 車長 | - | 無 | - | - |
| 砲手 | 3.8x-4.0x | 無 | - | - |
| 操縦手 | 1.0x | 無 | - | - |
武装
| 名称 | 搭載数 | 弾薬数 | 弾薬費 (SL) | |
|---|---|---|---|---|
| 主砲 | 57mm マキシム砲 | 2 | 282 | ** |
| 機銃 | 7.72mm ルイス1916 機関銃 | 3 | 4500 | - |
弾薬*3
| 名称 | 砲弾名 | 弾種 | 弾頭 重量 (kg) | 爆薬量 (g) | 初速 (m/s) | 貫徹力(mm) | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 10m | 100m | 500m | 1000m | 1500m | 2000m | ||||||
| 57 mm Maxim-Nordenfelt | Gr.m.P. | APHE | 3.1 | 120 | 487 | 40 | 38 | 32 | 26 | 21 | 17 |
| Gr. | HE | 2.75 | 160 | 487 | 4.6 | ||||||
| 武装名 | ベルト名 | ベルト内容 | 貫徹力(mm) | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 10m | 100m | 500m | 1000m | 1500m | 2000m | |||
| 7.72 mm Lewis 1916 | 汎用 | AP/T/AP/T | 20 | 19 | 16 | 13 | 11 | 10 |
| AP belt | AP/AP/AP/T | 20 | 19 | 16 | 13 | 11 | 10 | |
| API belt | IT/IT/IT/AP | 20 | 19 | 16 | 13 | 11 | 10 | |
※搭載している機銃は7.72mm ルイス1916だが、ベルト構成はAI/AP-I/AP-I/AP-I/Tのみとなっている
車両改良
| Tier | 名称 | 必要量(RP) | 購入費(SL) | 購入費(GE) |
|---|---|---|---|---|
| I | 履帯 | *** | *** | *** |
| 修理キット | ||||
| 砲塔駆動機構 | ||||
| II | サスペンション | *** | *** | *** |
| ブレーキシステム | ||||
| 手動消火器 | ||||
| 砲火調整 | ||||
| III | フィルター | *** | *** | *** |
| 救急セット | ||||
| 昇降機構 | ||||
| IV | 変速機 | *** | *** | *** |
| エンジン | ||||
| 砲撃支援 | ||||
カモフラージュ
| 規定 | |
|---|---|
![]() | |
| 条件 | - |
| 説明 | 標準カモフラージュ |
| 冬季迷彩 | |
![]() | |
| 条件 | 撃破 75 |
| 説明 | 標準的な冬季迷彩 |
研究ツリー
解説
特徴
【火力】
「WW1の骨董品」と侮る勿れ、なんとこの砲はランク1の殆どの戦車を車体正面から貫通する事ができる。さらに、炸薬が120Gも詰まっている為人数が多く通常の戦車砲では手間取り易いT-28 (1938)やLVT(A)(1)なども容易く撃破できる。
ただし、砲弾そのものは何の変哲もないAPHEである為傾斜に弱いのは注意。また、フランスに実装されているFCM.36やH.39といった戦車達は、その滑らかなデザインと40mm以上の装甲が相俟って正面からだと砲塔リング以外では碌に被害を与えられず逆に撃破されかねないので注意。
本車の左舷砲は非常に扱いにくい代物となっているが、コントロール→地上車両→武装から設定できる「主武装を選択」キーを設定して押すことで照準が左舷砲に切り替わり右舷砲と同じように使うことができる。注意点として、「主武装を選択」状態では機関銃を使用することができないので「武器選択をリセット」キーを設定しておこう。*4ちなみに「副武装を選択」により機銃操作もできるが、選択した機銃しか撃てなくなるため一長一短。
なお正面から複数の敵に襲われた際の対処法として、このキー設定を生かして左右に車体を振りつつ右舷砲と左舷砲を交互に休みなく撃つというものがある。
【防御】
装甲は紙そのものであるが、搭乗員が多いためランク1に多いAPやHEAT相手なら意外と耐える。また、中央にエンジンを置きそれを左右の砲が挟む構造をしているため、側面から撃たれても搭乗員が全滅する事が少ない。その為速度が遅いのも相まって「敵に撃たせて撃つ」という重戦車チックな戦い方ができる戦車となっている。
ちなみに、砲弾を40発以下にすると後部の変速機近くの弾薬庫以外が空になる。誘爆対策に
【機動性】
WTに実装されている戦車の中でも二番目に遅い*57km/h。リス地を誤ると「戦闘終了まで一度も敵に遭わなかった」なんてことになってしまう。スポーンする際はできるだけ戦闘の起こりそうな場所に最も近い場所を選ぶべき。
一方、非常に長い履帯を有している為旋回性能は良好。また超信地旋回も可能性であり、固定砲塔ながら意外にも左右後方からの奇襲に対応しやすくなっている。
史実
Mk.IV戦車(Mark IV tank、マーク4戦車)は、イギリスが開発した菱形戦車である。
第一次世界大戦中に最も多く製造された戦車で、鹵獲によって敵対するドイツ軍の戦車戦力の主力をも構成していた。また、人類史上初の戦車戦を、ドイツ軍のA7V戦車を相手に繰り広げたとされる戦車としても知られている。
前史
Mk.I戦車は世界初の実戦投入された戦車となったが、それゆえに実戦運用したノウハウなど存在しておらず、戦車自体の構造にも戦闘どころかまともに走る事すら困難になるような致命的な問題が多数あり、信頼性も悲惨なものだった。第一次世界大戦中の1916年7月に起きたソンムの戦いがMk.I戦車の初陣となり、当初60両が用意されていたが、実戦に参加するまでに続々と脱落してゆき、戦場に到着できたのは49両、戦場に到着しても稼働できたのは18両、そして稼働に成功しても敵まで辿り着けたのはたったの5両だった。しかし、数の少なさにより戦果こそ限定的だったが、効果は十分に認められ、以降もイギリスはMk.I戦車を改良したものを造っていった。
設計・生産・運用
Mk.IV戦車は、Mk.I戦車の改良型の中でも最初に一定の完成形を見た戦車だった。しかし、Mk.I戦車と同様に、操縦するにはエンジンが車内中央で轟音を立てる中、操縦手、車長兼ブレーキ手、右変速手、左変速手の4名が連携して操作しなければならないという欠点を克服できておらず、最低1人で操縦できる型は次のMk.V以降からだった。それ以外の乗員もMk.I戦車同様、砲手・機銃手が4名おり、計8名での運用が想定されていた。
種類と武装については、これまでのMk.I戦車シリーズと同様に、戦車砲搭載型の「雄(male)型」と戦車砲非搭載型の「雌(female)型」があり、それ以外にも補給品運搬用の非武装型も生産された。雄型は23口径6ポンド(57mm)戦車砲2門と7.7mm機関銃3挺を搭載し、雌型は7.7mm機関銃5挺を搭載していた。ドイツ軍に鹵獲された車両の中には、主砲をドイツ軍が使用している57mm砲に変更したものもあった。*6
Mk.IV戦車の生産は1917年5月に開始され、第一次世界大戦の末期ごろに生産が終了した。合計1220輌(雄型420輌、雌型595輌、補給品運搬用205輌)が生産され、第一次世界大戦で最も多く製造された戦車となった。また、ドイツ軍にも40輌ほどが鹵獲されており、ドイツ軍の国産戦車A7Vの生産が最終的に20輌程度に留まった事もあり、ドイツ軍戦車戦力における事実上の主力を構成した。
実戦
1917年6月7日のメシヌ高地の戦いがMk.IV戦車の初陣となり、一定の戦果を挙げた。
1917年7月のパッシェンデールの戦い(第三次イーペル会戦)にも投入されたが、今度は砲撃と大雨で戦場が泥濘地と化しており、投入された戦車は続々と地面に沈み込んで動けなくなり、ろくな戦果を挙げられずに砲兵の餌食にされてしまう結果となった。
1917年11月20日から行われたカンブレーの戦いでは、イギリス軍による戦車の大規模な投入が行われ、その中核をMk.IV戦車が占めていた。
カンブレーの戦いとその結末
カンブレーの戦いは、合計476輌もの戦車が集中投入された戦いとなった。
イギリス軍はこの大規模な戦車部隊を先頭に、歩兵と砲兵が連携して前進するという諸兵科連合作戦を展開。この攻撃は猛烈な突破力を発揮し、ドイツ軍が築いた強固な防衛ライン「ヒンデンブルク線」を貫いて戦線を一気に押し上げ、戦車の有効性を強く示す事ができる戦果を挙げた。
しかし、戦車たちはその快進撃の中で故障と敵の攻撃によって次々に脱落してゆき、突破力は数日で力尽きた。そしてドイツ軍の反転攻勢が始まるとイギリス軍は後退に転じ、ヒンデンブルク線付近まで押し戻されてゆき、多くの戦車が置き去りになってドイツ軍に鹵獲された。
この戦いで戦車は防衛ラインに対する突破力を発揮した一方、最終的には半数近くを失うという苦い結果に終わった。Mk.IV戦車は40輌ほどが鹵獲され、これ以降ドイツ軍の戦車戦力の主力をも構成するようになる。
翌1918年、西部戦線におけるドイツ最後の大攻勢たる1918年春季攻勢では、ドイツ軍も鹵獲Mk.IV戦車と共に、出せる限りの国産戦車A7Vを投入した。そして4月24日、第2次ヴィレ=ブルトヌーの戦いにて、アミアン近郊でイギリス軍のMk.IV戦車とドイツ軍のA7Vがついに遭遇。人類史における最初の戦車対戦車の戦いが発生した。
人類史上初の戦車戦
1918年4月24日早朝、フランス北部アミアン近郊にあるヴィレ=ブルトヌーという名の地域には霧が立っていた。この時この周辺を守っていたイギリス軍が目にしたのは、霧の中から巨大な戦車を伴ったドイツ軍が迫ってくる姿だった。
ドイツ軍はパリ~アミアン間の鉄道線を遮断するための作戦として、このヴィレ=ブルトヌーに向けてA7V戦車13輌を伴った戦力を投入していた。霧と平坦な地形はA7Vの味方となり、イギリス軍は効果的な反撃ができずに撤退。ヴィレ=ブルトヌーはドイツ軍の手に落ちた。
ドイツ軍による攻撃の第一報を受けた連合軍は、イギリス戦車軍団第1大隊A中隊第1分隊の戦車3輌を緊急で向かわせた。この戦車戦力は、フランク・ミッチェル中尉が指揮するMk.IV戦車雄型が1輌と、雌型が2輌だったが、イギリス軍の戦車部隊はこの前にドイツ軍の毒ガス攻撃を受けて乗員に被害を出しており、ミッチェル車の乗員も4名に減っていた。
迎撃に向かうために移動していたこの3輌のMk.IVは、その途中で1輌のドイツ軍戦車に遭遇。相手はドイツ軍第3突撃戦車大隊所属の、ヴィルヘルム・ビルツ少尉が指揮するA7V戦車561号車「ニクス」号で、そちらも移動中に思いがけず会敵した状態だった。ここに人類史上初となる、戦車対戦車の戦いが幕を開ける事となった。
Mk.IV側は7.7mm機銃を浴びせたがA7Vには歯が立たなかった。そうしているうちにA7Vの57mm砲が火を噴き、放たれた57mm砲弾がMk.IV雌型に命中。被弾した雌型は戦死者こそ出なかったものの、その装甲は乗員の保護が困難になるほどの大きな損傷を受けた。2輌目もまた被弾して同様の状態となった。これにより雌型2輌は敗走し、双方の支援砲撃が降る硝煙の中にはミッチェル中尉のMk.IV雄型1輌とビルツ少尉のA7V1輌が残された。
全長およそ8mの鋼鉄の怪物同士は、互いに自分が攻撃しやすく、相手に攻撃されづらい位置につこうとして、移動と射撃を繰り返した。奮闘の末、やがて乗員わずか4名のミッチェル車が有利な位置を取った。ミッチェル車は自車を停止させると6ポンド砲を発射し、相手に3発の命中弾を与えた。相次いで被弾したビルツ車は被弾による内部の被害か、あるいは回避運動を誤った事によるスタックで、ついに行動不能となった。ミッチェル車は脱出を試みるドイツ兵に追撃を加え、最終的に5名を戦死させた。
ビルツ少尉のA7Vとの決闘を制したミッチェル中尉のMk.IV雄型だったが、少し離れた場所にはさらに2輌のドイツ軍A7Vが残っていた。状況的にはミッチェル車の方が困難だったが、2輌のA7Vは戦闘に消極的で、ミッチェル車も2輌のA7Vも後退していった。
こうして人類史上初の戦車戦は、戦力比3対3の戦いで、イギリス側がMk.IV雌型を2輌損失、ドイツ側がA7Vを1輌損失、及び乗員5名戦死という結果で幕を閉じた。
その後、ミッチェル中尉のMk.IVは後退中、さらにもう1輌のドイツ軍A7Vと遭遇。交戦していたところ迫撃砲弾に履帯を破壊された。乗員は走行不能に陥ったMk.IVから脱出し、イギリス軍の塹壕に逃げ込んだ。一方、行動不能となったA7Vビルツ車には乗員が再度乗り込んで始動する事に成功し、一時的に回収したものの、途中で故障を起こして再び行動不能になり、爆破処理された。
Mk.IV戦車はこれ以降も英独双方の主力戦車として第一次世界大戦の終戦まで使われ続け、終戦と共に実戦運用の終わりを迎えた。輸出も日本が研究用に1輌購入しただけに留まり、こちらも実戦には使われなかった。
小ネタ
日本史上初の戦車
日本陸軍も、戦車という新兵器の存在を知ると購入を検討し、当時最新のMk.V戦車の購入をイギリスに打診した。イギリスは最新兵器を渡す事に難色を示し、最終的に前型となるMk.IV戦車雌型1輌の売却と、乗組員を指導するための教官を派遣するという事で話がまとまった。こうして1918年10月17日に神戸港に到着したMk.IV戦車雌型が、日本の歴史における最初の戦車となった。
日本でこの戦車は「四號型重戦車」と呼ばれ、各種の研究や教練に使用されたが、日本は四號型重戦車が神戸港に到着するよりも前にルノーFT-17やマークAホイペット中戦車の購入も取り付けており、その後にFT-17とホイペットを運用する方針を採用したため、菱形戦車はそれ以上購入される事も国産される事もなかった。
使われなくなった四號型重戦車は靖国神社の遊就館で屋外展示されていたが、それ以降の行方は不明。第二次世界大戦中に爆撃で破損してスクラップにされたとも、戦後にアメリカ軍に接収されたとも言われるが定かではない。
4人掛かりの操縦
「設計・生産・運用」にも書かれている通り、Mark.IVまでの戦車は操縦手、車長兼ブレーキ手、右変速手、左変速手の4名が連携して操作しなければならなかった。具体的には操縦手が前進2段、後進1段の主変速機、車長兼ブレーキ手がブレーキ、二名の変速手が左右それぞれについた変速2段の副変速機を担当*7しており、操縦手は変速手へ轟音響く中手信号で変速を指示していた。
旋回は変速手が左右履帯の速度を変える事で行っていたが、あまりにも困難が多かったため大型尾輪*8による補助が行なわれていた。この車輪は車内からのケーブル操作により左右いずれかの回転を止める事ができ、それにより車輪の止まった方向に戦車が引き摺られるような形で車体の向きを変えていたのだ。
なおWTにおいては搭乗員が僅か二人になっても戦闘を継続する事ができる。
外部リンク
●[[DMM公式紹介ページ>https://warthunder.dmm.com/news/detail/14289]
コメント
【注意事項】
- 誤解や混乱を防ぐために、使用感を話題にする際はゲームモード(AB/RB/SB)の明記をお願いします。
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