F-15A

Last-modified: 2026-02-08 (日) 22:45:05

アメリカ RankVIII ジェット戦闘機 F-15A Eagle / イーグル

PSX_20231215_133001.jpg

概要

Update 2.33 "Air Superiority"にて追加された、かの有名なF-15 イーグルシリーズの初期型である。
前任のF-4EファントムIIとはまるで違うアビオニクスと機動性を持ち合わせる強力な機体である。更に搭載可能なミサイルもAIM-9M、AIM-7M等と大幅に強化された。

機体情報(v 2.53.0.72)

必要経費

必要研究値(RP)400,000
機体購入費(SL)1,080,000
乗員訓練費(SL)310,000
エキスパート化(SL)1,080,000
エース化(GE)3,400
エース化無料(RP)1,280,000
バックアップ(GE)65
護符(GE)3,100

BR・報酬・修理

項目【AB/RB/SB】
(初期⇒全改修完了後)
バトルレーティング12.7 / 12.7*1 / 12.7*2
RP倍率2.50
SL倍率0.90 / 3.20 / 4.90
最大修理費(SL)2,915⇒4,393 / 8,422⇒12,692 / 9,933⇒14,969

機体性能

項目(初期⇒全改修完了後)
【AB/RB&SB】
最高速度(km/h)2,563⇒2,657 / 2,531⇒2,592
(高度10,668m時)
最高高度(m)16,764
旋回時間(秒)20.9⇒19.9 / 20.9⇒20.5
上昇速度(m/s)288.1⇒383.4 / 273.6⇒330.0
離陸滑走距離(m)750
エンジン型式プラット・アンド・ホイットニー F100-PW-100
最大推力(kgf)5,730⇒6,580 / 5,850⇒6,140
A/B推力(kgf)8,100⇒8,950 / 8,220⇒8,510
毎秒射撃量(kg/s)10.02
燃料量(分)min10 / 20 / 30 / max34
搭乗員(人)1
限界速度(IAS)1,629km/h
フラップ破損速度(IAS)(戦闘)- km/h, (離陸)548 km/h, (着陸)481 km/h
主翼耐久度-4G ~ 13G

レーダー

航空機用レーダー解説ページを開く

分類有無距離
(km)
対応バンド対応レーダーモード
索敵レーダー19/37/74/148ISRC/PD
PD HDN/PDV HDN
追跡レーダーTRK
PD/PD HDN/PDV HDN
捜索中追尾×---
敵味方識別装置
IFF
-I-
 
分類有無探知距離
(km)
対応バンド対応レーダーモード
レーダー警報装置
RWR
70E-JSRC/SRC PD
 

火器管制装置

分類有無対応兵器対応バンド
火器管制装置
Lead Indicator
機関砲I
連続算出命中点
CCIP
CCRP
爆弾-

武装

分類名称搭載数装弾数搭載箇所購入費用(SL)
通常/ステルス
機関砲20mm
M61A1
1940右翼1,000/1,500

弾薬

搭載武装解説ページ(弾薬テンプレート置き場)を開く

武装名ベルト名内訳初速
(m/s)
最大貫徹力(mm)
10m100m500m1000m1500m2000m
20 mm
M61A1
既定HEF-I/API-T/
AP-I/SAPHEI
10304036221263
空中目標HEF-I/HEF-I/API-T/
HEF-I/HEF-I/AP-I
10304036221263
徹甲弾SAPHEI10304036221263
ステルスHEF-I/AP-I/
AP-I/SAPHEI
10304036221263
 

追加武装

凡例
記号意味記号意味
RKTロケットBOM爆弾
AGM対地ミサイルAAM対空ミサイル
GUN機関銃/砲CM対抗手段
MINE機雷TPD魚雷
 
分類名称パイロン
-1234567891011-
AAMAIM-9L1111
AAMAIM-9M1111
AAMAIM-7M1111
BOM500lb Mk.82666
BOM500lb Mk.82 Snakeye666
BOMBLU-27/B333
BOM200lb Mk.84111
GBMGBU-8111
DTKDrop tank
(610 gal.)
111


爆弾

名称重量
(kg)
爆薬量*3
(kg)
最大貫通力
(mm)
装甲車両
破壊距離(m)
非装甲車両
破壊距離(m)
500 lb
LDGP Mk 82
240.9117.59827119
 
名称重量
(kg)
爆薬量*4
(kg)
最大貫通力
(mm)
装甲車両
破壊距離(m)
非装甲車両
破壊距離(m)
500 lb
Mk 82 Snakeye
高抵抗爆弾
254117.59827119
 
名称重量
(kg)
爆薬量
(kg)
最大貫通力
(mm)
装甲車両
破壊距離(m)
非装甲車両
破壊距離(m)
BLU-27/B
焼夷弾
401.4358.3---
 
名称重量
(kg)
爆薬量
(kg)
最大貫通力
(mm)
装甲車両
破壊距離(m)
非装甲車両
破壊距離(m)
2000 lb
LDGP Mk 84
893.6578.6111718205
 
名称重量
(kg)
爆薬量
(kg)
最大貫通力
(mm)
装甲車両
破壊距離(m)
非装甲車両
破壊距離(m)
誘導
方式
GBU-81027578.6111718205TV
 
名称重量
(kg)
爆薬量
(kg)
最大貫通力
(mm)
装甲車両
破壊距離(m)
非装甲車両
破壊距離(m)
誘導
方式
GBU-38
JDAM
253.1117.59827119GNSS
 
名称重量
(kg)
爆薬量
(kg)
最大貫通力
(mm)
装甲車両
破壊距離(m)
非装甲車両
破壊距離(m)
誘導
方式
GBU-31
JDAM
893.6578.6111718205GNSS
 
名称重量
(kg)
爆薬量
(kg)
最大貫通力
(mm)
装甲車両
破壊距離(m)
非装甲車両
破壊距離(m)
誘導
方式
GBU-64
JDAM-ER
987578.6111718205GNSS
 

ミサイル

AIM-9L Sidewinder
弾頭重量
(kg)
爆薬量
(kg)
最高速度
(M)
tΔV
(m/s)
誘導
方式
ロックオン距離
(km)
誘導時間
(s)
最大G
TV*5
FoVIRCCM
(FoV)
近接信管
反応距離(m)
84.464.58M2.5819.27IR, 全方位11.0*6
3.00*7
40.030
No
3.6No5
 
AIM-9M Sidewinder
弾頭重量
(kg)
爆薬量
(kg)
最高速度
(M)
tΔV
(m/s)
誘導
方式
ロックオン距離
(km)
誘導時間
(s)
最大G
TV*8
FoVIRCCM
(FoV)
近接信管
反応距離(m)
84.464.58M2.5819.27IR, 全方位6.50*9
3.00*10
40.030
No
3.6SSO5
 
AIM-7M Sparrow
弾頭重量
(kg)
爆薬量
(kg)
最高速度
(M)
tΔV
(m/s)
燃焼時間
(s)
誘導
方式
誘導時間
(s)
最大G
231.015.094955.944.5*11
11.0*12
SARH7525
 

機体改良

解説ページを開く

Tier名称必要量(RP)購入費(SL)購入費(GE)
Iコンプレッサー10,00015,000320
胴体修理
チャフ/フレア
20mm弾薬ベルト
BLU-27/B
AIM-9L
II新しいブースター14,00022,000440
機体
耐Gスーツ
Mk82
AIM-7M
III主翼修理19,00029,000600
カバー交換
新しい20mm機関砲
Mk84
IVエンジン25,00038,000790
EFS
GBU-8
AIM-9M

カモフラージュ

クリックで表示
既定
War Thunder Screenshot 2026.01.17 - 14.40.38.85.webp
条件-
説明標準カモフラージュ。第1戦闘航空団の記章入り。
試験的三色迷彩
War Thunder Screenshot 2026.01.17 - 14.40.43.87.webp
条件プレイヤー750キル、または200GE
説明74-0110号機。尾翼に40110と番号が振られている。フェリス迷彩と呼ばれるスプリッター塗装が施されている低識別迷彩試験機である。
F-15A 'STREAK EAGLE'
War Thunder Screenshot 2026.01.17 - 14.40.52.01.webp
条件Gaijinマーケットもしくはスキンガチャで入手可能
説明72-0119号機。通称「ストリークイーグル」。ほぼ無塗装で大半の航空電子機器を撤去したF-15Aが、戦闘機の加速性能を実証した。同機は1975年1月16日から2月1日にかけて、ノースダコタ州グランドフォークス空軍基地において、8つの高度における上昇時間世界記録を更新した。
F-15A [eSports] RESTART Team
War Thunder Screenshot 2026.01.17 - 14.41.01.68.webp
条件Gaijinマーケットで入手可能
説明eスポーツ迷彩。

研究ツリー

 

解説

特徴

--加筆求む--

立ち回り

【アーケードバトル】
--加筆求む--

 

【リアリスティックバトル】
--加筆求む--

 

【シミュレーターバトル】
--加筆求む--

史実

F-15Aイーグルは、マクドネル・ダグラス社(現ボーイング社)によって開発された、アメリカ空軍の第四世代ジェット戦闘機の初期型。世界各国で運用され、戦闘機の代名詞的存在ともなったベストセラー機である。

開発史

F-15A_first_prototype_2.webp ランディングアプローチに入るYF-15A 71-0280号機。- USAF

1960年代、アメリカ空軍はF-4 ファントムIIを主戦闘機として運用していた。F-4は初期型ではミサイル万能論*13により機関砲を搭載せず、ミサイルで敵を撃墜することを目指していた。しかし、ベトナム戦争では北ベトナム側が運用する旧式だが小回りの利くMiG-17やMiG-21に苦戦を強いられた。F-4はミサイルを使用した「視界外戦闘」も交戦規定により制限*14され、至近距離での戦闘や格闘戦を強いられた。当時のミサイルは性能が良くなく、機動性の良い東側戦闘機を追従するのは困難であった。さらに、F-4自体も機動性が悪かったため、近距離での格闘戦勝負に大苦戦した。1967年にはソ連の新型戦闘機*15MiG-25が公開され、アメリカはこれをマッハ3で飛行可能であり、かつ格闘戦も可能な万能戦闘機であると誤解*16した。これを受けてアメリカ空軍は、1968年8月「次期戦闘機計画」を本格的に始動し始める。1968年9月30日、アメリカ空軍は主要な航空機メーカー8社に対し、詳細な提案依頼書を発行。この時の要求性能は、最高速度マッハ2.5級、高い出力重量比、低翼面荷重等があり、要求は非常に厳しい*17ものであった。1968年12月30日各メーカーからの提案が締め切られ、マクドネル・ダグラス、ノースアメリカン・ロックウェル、フェアチャイルド・ヒラーの3社が最終候補に残った。1969年12月23日アメリカ空軍はマクドネル・ダグラス社の案を採用すると発表、同時にF-15の開発および初期生産契約が締結された。1970年3月1日にはエンジンの開発競争も終了し、プラット・アンド・ホイットニー社のF-100エンジンが採用された。1971年4月F-15の設計審査が完了。紙上での設計が確定し、製造へ。開発は驚異的なペースで進み、設計が確定してからわずか1年でロールアウトしている。1972年6月26日、ロールアウトはマクドネル・ダグラス社 セントルイス工場にて行われた。YF-15A(一号機)シリアルナンバーは71-0280、機体はエア・スペリオリティ・ブルーというかなり明るい青色に塗装された。初飛行はロールアウトから約一ヶ月後の1972年7月27日、エドワーズ空軍基地に行われた。初飛行の結果は非常に良好で、試作機にもかかわらず目立った不備は無かったという。

装備・設計

r8blov18pewa1.webp 1980年代に撮影されたドイツ・スパンダーレム空軍基地で本当にF-15イーグルの上でテニスをしてたパイロットや整備員たち。 - Redditのr/MilitaryPornより引用

F-15は空飛ぶテニスコートと呼ばれる程巨大な主翼を有する。またその巨大な空気取り入れ口と強力なレーダーを搭載するための長い機首も特徴である。F-15Aは8発の空対空ミサイルを装備することが可能で、これは前任のF-4
と同じ搭載数である。同じ搭載数にもかかわらず機動性、上昇性能、速度、加速、一人乗りなどの大幅な性能向上を果たしており、これは当時としては極めて画期的であった。またA型特有の装備としては、エンジンノズルに装備されるターキー・フェザーを装備している。射出座席はA-4EやA-7コルセアIIに搭載されているエスカパックIC-7を装備する。C型以降ではACES II射出座席が装備される。これ以外にも、CP-1075 セントラル・コンピュータや
FASTパック非搭載など、後のF-15では当たり前となる装備が無かったり、旧式装備を搭載するなど旧式らしい一面もある。

実戦

初撃墜
画像_2026-02-01_062634663.webp 中央にいる人物がモシェ・メルニック氏 - Redditのr/Israelより引用
現在では世界各国で運用されている戦闘機の代名詞的存在のF-15。実はF-15Aの初実戦はアメリカではなくイスラエルのバズである。1979年6月27日、レバノン上空でイスラエル空軍がパレスチナ解放機構の拠点を攻撃中に迎撃してきたMiG-21との戦闘中にイスラエルのモシェ・メルニック准将が操縦するF-15A(バズ)がパイソン3でシリア軍のMiG-21を撃墜したことである。この戦闘では計4機のMiG-21が撃墜され、これはF-15が初めて実戦で敵機撃墜を記録した。
F-15伝説
EBUtxmlU4AI7_Rb.webp HUDがとらえたF-15がガンキルをする瞬間 - ぐり@関賢太郎 航空軍事記者のXより引用
1982年6月9日~11日、第1次レバノン戦争中で行われたベッカー高原の空中戦はF-15伝説の一つでもある。イスラエル軍はレバノンのベッカー高原に展開するシリア軍の地対空ミサイルサイトを破壊する作戦を開始し、シリア空軍気もMiG-21とMiG-23を迎撃にあたらせた。このベッカー高原の空中戦は近代航空戦稀に見る大激戦だった。イスラエル軍のF-15(及びF-16)はE-2Cと連携しながら片っ端からシリア軍機を撃墜した。この戦闘ではF-15Aの搭載するAPG-63レーダーのルックダウン能力が低空を飛行するシリア軍機をよくとらえた。結果としてイスラエル空軍は80対0*18の大勝利を収めた。この戦闘でのF-15の損失はゼロでありその強さを世界に知らしめる戦いとなった。
F-15の生存性
画像_2026-02-01_061939848.webp 奇跡的な帰還を果たした957号機 - theaviationgeekclub.comより引用
1983年5月1日、ネゲヴ砂漠での模擬空中戦中のイスラエルのF-15D 957号機がA-4Nスカイホークと空中で衝突する事故が発生した。F-15Dは右の主翼を根元から完全に失った。パイロットのジヴ・ネディヴィは右主翼が折れていることに気づかず、アフターバーナーを使い15km離れたラモン空軍基地へ着陸することになった。この事故はF-15の巨大な主翼とエンジンが有する飛行安定性を証明することとなった。なお、衝突した957号機は後に修理され前線に復帰し、1985年にはシリア軍のMiG-23を撃墜してもいる。
宇宙撃墜
ASAT_missile_launch.webp ASAT計画で見事宇宙に向かってミサイルを放った76-0084号機
1985年9月13日、アメリカ空軍のF-15A(シリアル番号76-0084)が放棄された太陽観測衛星 ソルウィンド P78-1を破壊した。F-15Aはマッハ約1.22で急上昇しながら高度約11,600mでASM-135 ASAT衛星攻撃ミサイルを垂直に近い角度で発射した。ミサイルは宇宙空間へと飛翔し、高度555kmを周回中だった老朽化した太陽観測衛星ソルウィンド P78-1に見事命中した。これにより、F-15は世界で唯一衛星を撃墜した戦闘機という称号を得た。

小ネタ

◆ストリークイーグル

240528-F-IO108-057 (1).webp
1970年代中盤、上昇時間の世界記録を持っていたのはソ連のMiG-25(記録上の名称:E-266)とアメリカ海軍のF-4ファントムIIであった。F-15が開発された当初、F-15はコストが高すぎるとして議会から叩かれており、F-15が本当にMiG-25より優れた戦闘機であることを証明する必要があった。作戦名Project Streak Eagle、内容は単純、地上からスタートし高度3,000m、6,000m……最大30,000mまで、どれだけ速く到達できるかのタイムを競うだけである。
記録挑戦のために抜擢されたのは量産前のF-15A(シリアルナンバー 72-0119)であった。この機体に対しては、最低限飛ぶための装備以外の全す徹底的な軽量化が行われた。更には機体の塗装も剥がし、これにより更なる40kg程の軽量化に成功した。この時のF-15Aは腐食防止用のプライマーと素材そのものの色が合わさって黄金色であったという。コックピット内も必要最低限の計器類以外は取っ払い、パイロット自体の装備も軽量化されてた。燃料も記録をギリギリ達成して滑空して戻ってくる分の燃料しか積まれなかった。1975年1月16日~2月1日の二週間の間、記録挑戦の場に選ばれたのはノースダコタ州グランドフォークス空軍基地であった。選ばれた理由は、グランドフォークス基地が極寒の地であり、ジェットエンジンが吸い込む空気が冷たく密度が高い程酸素を多く取り込めて推力が増加するからである。ストリークイーグルの飛び方は通常の飛行とは違った。まず122m程の滑走距離で離陸し、マッハ0.65程まで加速したら一気に4G~5Gを機体にかけながら機種を60°*19に向け急上昇した。推力重量比が1以上であるため、真上に登っているのに加速していくという物理法則を無視したかの様な軌道を見せたという。
到達高度   タイム    備考
3,000m    27.57秒  離陸からわずか30秒で到達。 1月16日ロジャー・スミス少佐操縦
6,000m    39.33秒  1月16日ウィラード・マクファーレン少佐操縦
9,000m    48.86秒 1月16日ウィラード・マクファーレン少佐操縦
12,000m 59.38秒  1月16日ウィラード・マクファーレン少佐操縦
15,000m 77.02秒  既存のMiG-25の記録を7秒以上早く打破。1月16日デビッド・ピーターソン少佐操縦
20,000m 122.94秒 1月19日ロジャー・スミス少佐操縦
25,000m 161.02秒 1月26日デイビッド・ピーターソン操縦
30,000m 207.80秒  成層圏に到達と同時にエンジンフレームアウト、その後は慣性により上昇。2月1日ロジャー・スミス少佐操縦
最終目標の高度30,000mにはMiG-25より36.06秒早く到達した。この36.06秒という記録は実に驚異であり、これによりF-15がMiG-25より優れた究極の戦闘機であることを証明した。その後この機体は短期間に極度のGと熱、急激な気圧変化に晒され続けたとして、これ以上飛ぶのは危険と判断された。その後、ストリークイーグルが空を飛ぶ日は二度と来なかった。現在は当時の見た目のままオハイオ州デイトンにあるアメリカ空軍国立博物館で静かに余生を過ごしている。なお、この記録は1986年~1988年にかけてソ連のSu-27(P-42)に塗り替えられるまで、世界記録を保った。

◆F-15N シーイーグル

1970年代、アメリカ海軍は新型艦上戦闘機F-14トムキャットの開発を進めていた。しかし、この計画は暗礁に乗り上げていた。F-14Aに搭載されていたTF30エンジンはF-14Aの重量に対して非力で、かつ信頼性も低いというありさまだった。更には開発会社のグラマンの経営難も合わさってF-14Aの単価は高騰した。そこに目を付けたのが当時F-15開発で勢いを得ていたマクドネル・ダグラス社であった。これには予算を可能な限り削減したいアメリカ議会も便乗した。わざわざ高いF-14を新規開発するより、既存のF-15を転用した方が安いやん!ということで、1971年にマクドネル・ダグラス社は海軍向けF-15の計画書を作成した。これがF-15N シーイーグルである。この時点でのF-15Nには、主翼の折りたたみ機能、ランディングギアの強化、アレスティング・フックの強化などが予定されていた。ここまではF-15をただ艦載機化しただけである。しかし海軍はこの提案を拒否した。当時アメリカ海軍のドクトリンはソ連の爆撃機編隊から艦隊を守る艦隊防空の思想であった。そのためには射程200kmを越える長距離ミサイルAIM-54Aフェニックスやそれを誘導するための強力なレーダーが必要であった。無論、当時のF-15Aに長距離ミサイルを運用する能力は無く、AIM-7とAIM-9の運用が限界であった。AIM-54Aフェニックスが積めれば良いのだろう、ということでマクドネル・ダグラス社はF-15NにフェニックスとAN/AWG-9を積めるようにした改良案F-15N-PHXを提案した。F-14Aと同様にAN/AWG-9レーダーを搭載し、フェニックスを積めるようハードポイントを増設した。しかし結果的にこれはF-15の良いところを潰しただけだった。巨大なレーダーとミサイルは重量を5t近く増加させ、出力重量比は大幅に低下した。更にはフェニックスを胴体下に吊るすと空気抵抗が激増。巡航速度はF-14Aにすら劣るという結果になってしまった。また、海軍のパイロットもF-15が採用されることを嫌った。F-15Nは単座でありもしF-14Aの能力を付与するには、フェニックス及びレーダー操作、艦隊との通信や着艦などがありこれらを一人でやるにはパイロットに大きな負担がかかってしまう。いろいろ考えたが、F-15を艦載機化しようとしても劣化版F-14Aができるだけであり、コスト的な面から考えても駄目であった。結局試作機すら作られず、完全なペーパープランとして終わった。軽量化で成り立っていたF-15を艦載機化(重く)したら、残念な性能になってしまった、というオチだった*20

外部リンク

 

WarThunder公式英語Wiki

 

WTフォーラム・データシート

 

公式Devログ

 

DMM公式紹介ページ

 

インターネット百科事典ウィキペディア

 

コメント

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*1 陸12.0
*2 陸12.0
*3 爆薬量はTNT換算
*4 爆薬量はTNT換算
*5 Thrust vectoring、推力偏向
*6 リアアスペクト
*7 オールアスペクト
*8 Thrust vectoring、推力偏向
*9 リアアスペクト
*10 オールアスペクト
*11 ブースター
*12 サステナー
*13 1950年代~1960年代に主にアメリカで提唱された軍事思想。ミサイル技術の飛躍的な成長により「将来の空戦では、ミサイルが主兵装となり、機体はミサイルを運ぶためのものでしかない」と提唱され、機体自体の機動性や攻撃能力は軽視された。この設計思想にもろに影響されたのがF-4であり、初期型のF-4では固定武装を搭載しておらず、機動性も決して良いものではなかった。
*14 当時F-4が搭載するレーダーにはIFF装置が搭載されていたが、信頼性が低かったため、誤射を恐れた上層部がBVR戦闘を禁止した
*15 実際は迎撃機
*16 一説ではこれはアメリカ空軍がF-15を開発するための予算を獲得するためにあえて危機感をあおったとされる
*17 この時の要求ははっきり言って狂気じみているほど厳しかった。出力重量比に関しては1以上が要求されおり、これは簡単に言うと機体重量と同じか、それ以上のパワーを出せ、というものである。F-15には一人乗りが求められていたが当時のF-4のような多機能的な戦闘機は二人乗りが常識であり、全部一人でやれは無理難題であった。更に、厳しい重量制限と素材は主にチタンが指定されおりマッハ2.5で飛べて、9Gの旋回に耐えられる、でも軽くという矛盾もいいところの内容だった。
*18 または82対0など諸説あり
*19 55°という記録も
*20 似たような教訓に、大日本帝国海軍の零式艦上戦闘機五二型丙の話がある。元々極端なほどの軽量化で成り立っていた零戦にエンジン換装無しで重武装、防弾装備を施した結果機動力が悪化し現場では嫌われ、装備も取り外されることが多かった、ということがある