第二部のイベント

出張中の遊雲先生からメールが届いた時、休暇を目前に控えた夢追い人は嫌な予感しかしなかった
こんなタイミングで指導教官から送られてくるものなんて課題以外にないのだから
それも「自分磨きのためのものでやってもやらなくてもいい」なんて文言まで添えられている、こういうものは絶対に面倒な話だと決まっている
はぁ……憂鬱だ
ひとまずスイートテイストに朝ごはんでも食べに行こう

スイートテイストはこの安禾ビル100階に最近出来たレストランだ
オーナーシェフであるスイートちゃんの作り出す革新的な料理は特に若者からの支持を集め、店はいつも繁盛している
そのはずなのに、今日は何かおかしい
開店時間だというのに店にスタッフが誰もいないのだ
この段階で帰っておけば、何事もなく休暇を過ごせていたかもしれない
しかし夢追い人はバイトの一斉退職にあい1人困り果てているスイートちゃんに声をかけてしまった
この時のスイートちゃんがすでに正気を失っていたとも知らずに……

不用意に助けの手を差し伸べてしまった夢追い人はそのままスイートちゃんに捕捉され、スイートテイストのスーシェフとして「あの男」との血で血を洗う地獄の抗争に巻き込まれていく
具体的にやることといえば、スイートテイストのワンオペ切り盛りとデータの海での素材確保だ
まあ素材確保の方は遊雲先生から出された「データの海での資源回収装置の調査」という課題と重なる部分もあり、ちょうどよかったかもしれない

データの海の探索はダレンさん、アハラムさん、葉荀さんなどスイートテイストの常連たちがこっちの苦労も知らずに飲んだくれてウザ絡みしてきたりして夢追い人がブチ切れる一幕もありながらも協力してくれたおかげで順調に進んでいった
しかし課題の方はなかなか面倒な事態に直面してしまう
挙動の怪しい資源回収装置を調査していたところ、夢追い人と同じ姿をした謎の人物に襲撃を受けたのだ

さすがに自分の手には余ると考え晨雪姉さんに相談したところ、彼女はすぐに夢追い人の前に現れた
ちょうど出張から帰るところだったと本人は言っていたけどそれ本当？

ちなみに晨雪姉さんは夢追い人が仮眠をとっている間に合鍵を使って勝手に入ってきて寝顔を眺めながら頭を撫でてくれていた
ねえ晨雪姉さん信じていいんだよね？
ダーク夢追い人捕まえて飼おうとしてたりしないよね？

その後もダレンさんに連れてこられたエイカちゃんがお手伝いしてくれるようになったりと店の経営も軌道に乗り始め、最初はホールのワンオペでこき使われていた夢追い人もスーシェフの肩書にふさわしい厨房の仕事を（結局ワンオペだけど）任されるようになり、最終的にはマネージャーとして金勘定しているだけで店が回るまでになって
ついでにスイートちゃんの攻撃的な経営戦略で支店を3軒出したりもしたが、どうやら独立採算制なようで夢追い人の預かる経営資金から初期投資の分が目減りしただけで売り上げには全く貢献してくれなかった、私もしかして詐欺られてる？
ていうか夢追い人のとても長期休暇中とは思えない超ハードなバイト生活のおかげで店は甌夏グルメ認定3つ星に認定され甌夏市グルメ界にグランメゾンとして名を馳せるまでになったが、よく考えたら今日までオーナーシェフのスイートちゃんがお仕事しているところをまるで見たことがない、これはさすがに許しておけないだろう

しかしスイートちゃんはそんなに薄情な子ではなかった
ホールの仕事もシェフの仕事もマネージャーの仕事も全て夢追い人にぶん投げていたとしても、彼女はちゃんと日夜新メニューの開発に明け暮れつつも従業員のことをよく見ていた
ここまで店を大きくしてくれたスーシェフへのお礼に、スイートちゃんは今の自分が作れる究極で至高で最高の料理を、誰よりも早く食べさせてくれたのだ
天才である彼女が自信を持って饗応するそれは、この長期休暇を労基が白目を剥いて泡吹いて倒れそうな過重労働につぎこんできた疲れが一気に吹き飛んでしまうような、至福の味だった

調査の方も大詰めに入る
夢追い人の姿を真似ていた謎の人物、通称「幻影」はスイートテイストの人々を幻で惑わし、その解除と引き換えに夢追い人を自身の根城に招いた
城のようなその空間で夢追い人は幻影の過去を覗き見ながら進み、そしてその最奥で真の姿に戻った彼女と戦い、勝利する

「──以上が今回の課題の最終報告です」
結論から言えば、調査対象となった抽出装置はいずれも同じものが2つ存在したのだ
1つはデータ研究所が設置したもの、そしてもう1つはそれを幻影が能力でコピーし置いたものだ
幻影は甌夏のようにアンカーの加護を受けて大崩壊を生き残ることができなかった街に住んでいたが、データの海に沈む中で奇跡のような確率でその意識を保ったまま再構築された元人間だった
彼女はデータの海の中を自力で移動でき、そして根源物質をある程度自由にコンパイルすることができる
他人の姿を真似たり、幻覚を見せたりしたのもその応用だろう
彼女が本気で甌夏を攻撃しようとすれば被害はスイートテイストの人々くらいでは済まないことは明らかである、しかしそうはしなかった
今回のことは偶発的な遭遇がもたらした、互いの不理解によって起こった衝突と言えるだろう
だから夢追い人は独断で彼女のことを見逃すことにした
とはいえ、大崩壊の生き残りを自称する異邦人が不干渉の約束を守ってくれるかどうかはわからない
報告を受けてデータ研究所はその能力に対する予防策をいくつか提案してくれたが、彼女を逃がしたことについては今でも不安を感じている
遊雲先生、この選択は間違ってるのでしょうか……

まあ悩んだところで何か変わるわけではない、結果はいずれわかるだろう
そういえばスイートテイストの一斉退職は買収を目論む『インフィニティエイト』なる通信大手企業の仕掛けたことで、ニガイさんはどこからかその噂を聞きつけてお弟子さんを派遣して助けてくれていたようだ
誤解が解けてスイートちゃんもお父さんと仲直り……とはいかなそうだけど少なくとも今回の件については感謝しているようだ
最後に、彼女の言葉を借りてこの美食を求め戦った休暇の日々を締めくくろう
「闇に包まれし国で、夜色を注ぐ甘美で優しき神よ……我はその御名を称えよう。願わくば、神々の食べ物が飢餓という名の荒廃を洗い流さんことを……」
──今日も甌夏は平和だ

『甌夏へ飛べ！』！！
ブロックを相手のデッキにシュゥゥゥーッ！！
超！エキサイティン！！
2Dパズルゲーム！
『甌夏へ飛べ！』、振り向くなプロダクションから。

『甌夏へ飛べ！』
甌夏の老舗ゲーム会社『振り向くな』プロダクションが多額の借金を抱えながら開発したこの作品は、最終的に通信大手のインフィニティエイトに支援を受けながらなんとか完成までこぎつけて発売され、空前の大ヒットを遂げていた
夢追い人もそんな流行りのゲームのプレイヤーの1人であり、現在『甌夏へ飛べ！』はインフィニティエイトが協賛する大規模なイベントの真っ只中にある
このイベントが成功裏に終われば経営に苦しむ『振り向くな』プロダクションにも多額の資金が入る……はずだったのだが、なぜかこのイベント、終わる気配が一向にない
唯一、プレイヤースキルにおいても手持ちの駒においても他を圧倒して現ランキング1位に君臨する『蒼き星からの来客』が最終ステージまで進んでラスボスに挑んだとの噂は聞くが、音沙汰がないことからするとそんな絶対王者をもってしてもクリアに失敗したのだろう
夢追い人のランキングは現在19位
しかし始めてから日が浅いにも関わらず楽しくて夢中でプレイしていたら勝手にこの順位まで駆け上がってしまった彼女のプレイヤーセンスはエイカちゃんが「私のような量産型ロボットではゲーム能力を強化するプログラムをインストールしたとしても不可能」と自虐するほどの領域にあり、まさに天才と言える
『振り向くな』プロダクションの大ファンでその事業を応援するエイカちゃんとアンキちゃんの期待に応えるため、『甌夏へ飛べ！』とこのイベントを楽しむため、そして自分より強いやつに会いに行くため、夢追い人は戦場へ向かった
求めるものは、最強という名の称号

本格的にイベントに参加した夢追い人の最初の餌食になったのは『甌夏へ飛べ！の門番』『フレイヤーランキンクの底で煌めく新星』『ダ ンスレジェンドのブレイジングガール』『セナイム』など数々の異名を持つバカセナディアだった
類まれなテクニックと実力と他のプレイヤーの自信を打ち砕く趣味を持つ夢追い人を相手にしてチュートリアルすらクリアできずにいたセナディアではまるで相手にならず、彼女はそのまま軍門に下った

その後、夢追い人は倒すに値する猛者(とも)だけを選んで戦いを挑んでいった
王ばあやとの権力闘争に敗れて現実の広場を追われゲームの中でラジオ体操界に返り咲くための材料を探している『ラジオ体操の名人-李じい』からラジオ体操の才能を見出され、父親のアカウントで大会に参加した手持ちの駒だけはいい中学生の『覇気帝王』をお姉さんのテクニックで翻弄し、離席しているような名前にして奇襲攻撃を仕掛ける『入力しています……』の卑劣な罠をかいくぐり、彼らとの熱い戦いの経験は夢追い人をプレイヤーとしての一段上の領域へと押し上げた
そろそろ第2ステージへと歩を進める頃、そう考えだした夢追い人のことを試すかのように1人のプレイヤーが立ちはだかる

アバターは明らかにヘリアのものだ、それにこの3人の関係性も知っている、しかし明らかに様子がおかしい
戦いで勝利した夢追い人の実力を認めて仲間に加わってはくれたもののどうにも意地っ張りで、素直ではなく、ハンマーを担ぎ、やたらオーラがエロく、セナのことをバカ扱いs「今あたしのことバカって言った？」「バカ、言ってないよ」
……まあともかく仲間になったへラリーの導きで第2ステージへの扉は開かれた

第2ステージでプレイヤーを待ち受けていたのは同じプレイヤーによる駒の収奪だった
皆が強くなることに取り憑かれて純粋にゲームを楽しむ気持ちを忘れ、徒党を組んで少数を囲み相手の駒をむしり取るような行為が横行する異常な環境……
こんな光景が主催者の望んだものなのだろうかと、運営側の方針に疑念を抱かざるを得なかった

松雀もそんな収奪される弱者の中の1人だったが、聞き慣れた命乞いを辿って来た夢追い人が助けに入ったことで事無きを得る
イベントが苛烈さを増していく中、信頼できる仲間が増えたことは心強いが、それと同時に松雀を襲っていた2人組から貴重な情報も得られた
この2人組は『ゲーミングGPT』というAIを活用して数多のクソゲーを量産してきたスタジオの熱狂的なファンであり、彼らの話によるとこのイベントも資金の枯渇した『振り向くな！』に代わってインフィニティエイト傘下にあるゲーミングGPTが企画運営しているらしい
おそらく第3ステージに待ち構えるラスボスにはそのAI技術が投入されており、かつてない強力な「作品」に仕上がっているはずだ、と彼らは語る

夢追い人とセナが松雀を助けている間にコラ……ヘリアはいつの間にか姿を消していた
代わりに遺された矢の目印を追って進む中には多数の罠が仕掛けられていたが、『欺瞞』の術である松雀の目を誤魔化すことはできず、一行はいかにも第2ステージの関門らしい塔にたどり着く
すると門番は物陰から放たれた矢によって眉間を貫かれて一撃で絶命し、ここまで一行を導いた射手がその姿を表した
「あんたたちも中々やるね……そこのバカを除いて。」
「夢追い人のことをそんな風に言うなんて、許さないよ！」
「……」
ヘリアのアバターを脱ぎ捨て明かしたその正体は、夢追い人の予想通りコラリーだった
コラリーがわざわざヘリアの姿と駒を借りて戦っていたのには理由がある　
それは敵の目を欺き、差し向けられた追手を躱すためだ
かつて最強のプレイヤー『蒼き星からの来客』としてラスボスに挑んだ彼女は、しかしその異常なステータスを前に敗れ、駒を奪われながらも辛うじて第3ステージからの生還を果たしている
そしてソロではクリア不能と判断したコラリーが駒を奪い返してリベンジを果たすべく協力者を探していたところ、十分な実力を示しここまで辿り着いたのが夢追い人だった
コラリーはここで初めて正体を明かし協力を申し出る、駒を失った現在の彼女には戦闘力はないが、それでも実際にこの先を見てきた彼女の経験は大いに助けになるだろう
ちなみに本物のヘリアはというと……

ラスボスにやられたコラリーが塔を攻略中のヘリアのところへ転送されたせいで罠が発動してしまい宙吊りのまま放置されていた

背が足りないコラリーに代わって囚われのヘリア姫を助け出した一行は、そのままコラリーの案内で第3ステージを目指し進んでいった
しかしその道中はかつてないほどの困難に満ちたものになる
どうやらゲーミングGPTスタジオ側はそもそもこのイベントをクリアさせるつもりがないようだ
コラリーの第3ステージへの到達すらも戦闘データを学習するために仕組まれたものであり、そしてそれを終えた今、ゲーミングGPTはコラリーをモデルにした戦闘AIを無限に生み出せる
第2ステージ最終ダンジョンにはこうして量産されたスパムアカウント『ゲーミングハンマー』が配置されており、その再現度は本物の1%（本人談）に過ぎないらしいが、それでも1体1体が並のプレイヤーよりはるかに強い敵集団などまともに相手をしていてはすぐに囲まれてやられてしまうだろう

大量の海賊版コラリーに追われながらなんとか第3ステージに飛び込んだ一行は、そこで無数のコピープレイヤーが放置されている光景を目撃する
どうやらゲーミングGPT側ではアカウントは作れても駒の方は他のプレイヤーから奪って手に入れるしかないようだ
よく見ると追撃をかけてくるゲーミングハンマーたちの中にも積極的に攻撃をかけてこない固体が1人だけいる、奇襲をかけて激戦の末に奪い返した駒こそ……

『蒼き星からの来客』のかつての相棒たちだ
戦線に復帰したコラリーは今まで叩いてきた大口が小型犬の無駄吠えではないことを証明するようにゲーミングハンマーたちを蹴散らしていく
相手の攻撃はヴェルトステップを前に全く当たらず、コラリーの19c爆撃は一撃で敵集団を薙ぎ払う
残るはラスボスのみ

かつてコラリーでさえ全く歯が立たずに敗れたというラスボス
それはゲーミングGPTが叡智を結集して作り上げた、AIによって相手のデータを吸収して無限に成長する機械のバケモノだった
イベントをデモンストレーション会場として私物化したゲーミングプロデューサーは自スタジオの技術力を誇示する
ゲーミングGPTのAI技術なら1秒で100以上のプランを提供し迅速に商品化することが出来る、甌夏のゲーム業界を完全に掌握した暁には甌夏市民は毎日新しいゲームを遊べるようになるだろう
いやゲーム業界だけでは終わらない、ゆくゆくは全ての仕事をAIに移管し人々をあらゆる労働から開放するのだ
「社会の理想的な制度は『週休7日』であるべきだと考えています。日曜日の翌日、翌々日、さらに翌日……そうして永遠に続く日曜日──これこそが新世界の姿であり、何もしなくていい永遠に平和な日々なのです。」
そう語るゲーミングプロデューサーの姿はどこまでも慈悲深く、そしてあらゆるものに絶望した手羽先のように見える
しかし、夢追い人たちは彼女の語る理想の世界を拒絶した
その理由は周囲のマップを見るだけでもわかる、AIに出来るのは既存の素材を組み合わせるだけで、そこに創意工夫は何もない
ゲーミングGPTの評判が悪く『振り向くな』プロダクションやリーズンスタジオが支持されるのは、ゲームがただのプロダクトで終わらずそこに込められた制作者の愛と夢が人々に伝わっているからだ
ゲーム制作という仕事に疲れたからといって無限に再生産される過去に囚えたところで誰も幸せには出来ない

データを喰らって無限に成長する敵を前に、一行は学習の機会を与えず倒すため、夢追い人にデータを集める
集まるのはセナ、ヘリア、コラリー、松雀のデータだけではない
一行の背中を追って最終ステージに辿り着いたエイカ、アンキ、『ラジオ体操の名人-李じい』、『覇気帝王』、『入力しています……』その他多くのプレイヤーたちのデータと共にその想いまでも夢追い人は背負っている
「生命体はなぜゲームをするのか」、その答えは「ゲームを終えて現実と向き合うのが怖いから」なんて後ろ向きなものではない
「いつかゲームを終えて現実と向き合うため」、その力をプログラムの向こうにいる誰かからもらうためだ！

黄金の刻はようやく終わり、夢追い人は賞杯を手にした
インフィニティエイトは運営における不始末をゲーミングGPTの暴走として謝罪したが、全責任を押し付けられる形になったにも関わらずゲーミングプロデューサーの顔は晴れやかである
かつては彼女も理想のゲームを作るという情熱を持ってこの業界に入った
しかし望んだ評価を得られないまま日々の業務に摩耗していき、いつの日か初心を忘れて効率的に仕事を終えることだけを追いかけるようになってしまっていた
そんな自分の目を覚まさせてくれた夢追い人たちに謝意を述べてゲーミングプロデューサーは去っていく
AIの技術だって使い方次第だ、きっと再出発した彼女はその情熱を絶やさずに開拓の旅を続け、これまでの悪夢にうなされた日々をも糧にし、いつか傷つく誰かの心を守ることができるゲームを生み出すだろう
……そんな道を踏み外して再び歩み始めたゲーミングプロデューサーを見送りながら、コラリーは少しだけ不安にかられていた
誰もが彼女のように情熱を持ってこの業界に入ってくる、しかし誰もが『振り向くな』スタジオのように評価を得られるわけでもないのがこの業界の宿命である
リーズンスタジオはまるごとの愛と夢を集めて処女作を完成させた
その一翼を担ったコラリーはこの赤い星へ旅立つ日が来たために結果を見届けることはできなかったが、今頃故郷の蒼き星ではあのゲームに対する市場の評価が下されていることだろう
『甌夏へ飛べ！』の裏にあった栄光と挫折を見届けた今それを思い出し、少し心配になったのだ
……いや、たぶん大丈夫
『アラハト』は……きっと成功する、きっと……

死力を尽くした「アカリ」との戦いは決着を見ぬまま白及によって水入りとなり、一行は松雀を残して甌夏に追放された
七術に正面から挑んだ代償はあまりにも大きく、アストラルリングに力を求めたセナディアは傷つき、夢追い人と晨雪はその治療にあたっている
他方で、琅丘では白及が再び七術の犠牲をもってこの世界の泡を異変から救うために動いている
彼らは皆が時代を代表する傑物たちだ、きっと任せておけば何らかの結果を出すだろう
……だから宇宙人は黙って待っていろって？冗談じゃない！
この作戦に志願したのは、火星に来たのは、誰かに結果を与えられるためなんかじゃない、自分の手で運命を掴むためだ
出来ることがなさそうだからといって何もせずにはいられない
その時ヘリアが思い出したのは、自分に出来る精一杯を百年もの間やり遂げ続け、敵として立ちふさがりこの窮地を作り出した彼女のこと

『窃盗犯』ヘリアと『共犯者』コラリーは晨雪の管理するデータの海の監視室に忍び込み、記憶と時間の箱を盗み出した
今後松雀救出に動き出した時、自分たちの前に立ち塞がるかもしれない「アカリ」のことを知るためだ
実のところ、2人がこうしてちょっとした悪事に手を染めるのは初めてのことではない
あれは新作CDを買いに行くために夜に抜け出し聖フレイヤの塀を乗り越えて……うっこれ以上過去の傷をほじ繰り返すのはやめよう、mayさんに捕まった後のことは思い出したくない
そんな無駄話をしている間に箱は動き出し、2人を100年前のある影災にまつわる記憶へといざなっていく
それは「アカリ」が七術になる前、まだサフライと呼ばれていた頃の話だ
………

コラリーは目を覚ました時、自分がサフライの膝枕の上で頭を撫でられていることに気づいた
どうやら自分は彼女に保護された被害者の役割を与えられたらしい
サフライが影災に傷つく憐れな少女に向ける態度は不器用ながらも慈母の如き優しさに満ちており、銃口を通して激しい殺意を伝えてきた100年後の彼女の様子とはまるで違う

そしてヘリアの方はというと、サフライと共に派遣された「灯」の新人『灰色星』の役割を与えられていた
サフライ先輩ー！なんて言いながら出てきた時はまた洗脳されてるのかと思ったわ
2人の任務は、人に擬態して「灯」の構成員を襲うと噂の敵の捜索と討伐である
この任務の鍵となるのは贋識駒という「灯」の開発した装備だ
これまでその敵と遭遇した構成員は全員が贋識駒を装備して出撃し、そしてそれを失っている
新種の影なのか、影に見せかけた野盗の類なのか、目標の正体は未だ全く掴めていないが、少なくとも贋識駒を狙っていることは状況証拠から明らかだった
つまるところ、『灰色星』は組織の用意した餌だ

そうとは知らずにサフライの目を盗んで2人で話そうなんてすれば、当然こうなる
贋識駒に興味を持ってmay先輩を召喚して遊んだりしていたことも、容疑を深める原因になってしまった
もはやコラリーに向けられる彼女の表情は膝枕をしてくれていた時の柔らかいものとはまるで違い、100年後の「アカリ」そっくりだ
ちなみに今回は急がないと琅丘が滅びるとかいう状況ではなかったからか、ちゃんと向こうから無実を証明する方法を提案してくれた
……なるほど確かに影なら刀でバラバラにしたら死ぬよね、でも影じゃなくても死んじゃうのは変わりないかな！
まずい、このままでは本当にコラリーの刺し身が出来上がりかねない
なんとか言い訳して誤魔化さな……

「ヘリア、サフライ、私を見捨てないで！2人は知らないと思うけど、私の家は遥か遠い場所にある。かなり前に、そこは影災によって破壊されたんだ。せっかくここまで逃げてきて、やっと安心できる場所を見つけたと思ったのに、結局少し歩いただけで影に襲われた。2人が助けてくれたから、影の餌食にならずに済んだんだ。2人から離れたら、また影に追いつかれてしまう。それが怖いんだ。それに私は一般人だけど、影に復讐するために、武術学校に通ったことがある。無力な女の子じゃないんだ。2人が使ってる鷹繊駒も、実はマスターしてる。だから私を連れて行って一緒に戦わせてほしい！きっと役に立つから！」
涙は女の子の最強の武器というが、コラリーがここまでその武器を使いこなせるとはヘリアも思っていなかった
よくこの一瞬でここまで口からでまかせを並べられるものだ
というかアンタ前に記憶と空間の箱で演技させた時はもっと棒じゃなかったっけ？

コラリーはヘリアのむっちりした太ももを堪能しつつなんとかサフライ先輩の信頼を勝ち取り、3人は手がかりを求めて「灯」の構成員に対する襲撃現場となった廃村に向かった
そこには戦闘の痕跡と共に多数の装備の残骸が散らばっていたが、やはりその中からあるはずの贋識駒だけは失われている
現場近くには、居合わせた民間人のものだろうか、クマのぬいぐるみと鞄が残されていた
これはまずい
影災の被害者は一度影災を逃れたとしてもその時に感じた恐怖から新たな影災を引き起こしてしまうものだ
贋識駒や犯人の捜索も重要な任務ではあるが、今はすぐにその被害者を突き止めて精神的にケアしなければならない
幸い、鞄の中からは豪華な装丁の招待状が発見され、送り主に尋ねればその身元を特定することは可能だろう
問題は普通であれば「灯」の下っ端や孤児が招待もなしに貴族の宴に忍び込むことなど不可能なことだが、幸いサフライ先輩と送り主には浅からぬ縁がある
……まあ借金のことだけどね

サフライが応接室に突入した時、セルマはその日3度目のアフタヌーンティーを飲み終えたばかりだった
セルマは何度礼儀作法を教えてもホールに不躾に踏み入ってくるサフライに苦言を呈しつつも招かれざる客の来訪自体は歓迎してくれているようで、ツンデレ貴族らしく見返りなど求めず一方的に恩恵を与えてくれる
招待状の送り先はカーヴァーという下級貴族
ここに来る人たちのほとんどは、屋敷の修繕資金が足りないだとか、商売で贔屓にしてほしいだとか、更には娘を嫁がせたいからいい人を紹介してほしいだとか、そういった頼み事をするためにセルマに会いに来る
彼らはセルマの機嫌をとるために様々な珍品を献上してくるが、カーヴァーの持ち込んだものは闇市に流れていた「灯」の装備品だったという
これは先程の無作法を償いすぎたサフライに対するお返しだと、そう言いながらセルマが戸棚から取り出したのは贋識駒だった
そして最後に、カーヴァーのことを知りたければ彼がよく出入りしているという互助会に足を運び、そこに出入りしている使用人兼情報屋に話を聞くのがいいだろうとセルマは告げ、謁見は終了した
やった！セルマ様最高！←コラリーあんた貴族嫌いじゃなかったの？

サフライはかつてのとある騒動のため互助会に対して敷居が高く感じていたが、それ以来互助会の主であるセラペウムとは親しくしていた
またセルマの言う互助会に出入りしているという情報屋とは松雀のことであり、情報代を吹っ掛けられることもなくツケで済んだ
まあ前の情報代もまだ払えてないからね、その情報を元に問題を解決できた代わりにストリートを2本多く破壊してまた借金が増えてしまったから
松雀とセラペウムによるとカーヴァーは困窮しながらも影災が多発し放棄された区画にいまだに妻子と共に住み続けているらしい
ヌートリスク家とは比べるべくもない下級貴族とはいえ彼にも体裁があるのだ
事態は一刻を争う
影災の拡大を止めるためにも、そして贋識駒をめぐる事件の手がかりを得るためにも、早く彼とその家族を助けなければならない

3人がカーヴァー一家の住む細雨街に到着した頃、すでに彼の家の周囲には大量の影が集まり、いつ惨劇が始まってもおかしくない状態になっていた
しかしそれはカーヴァーの引き起こした二次災害と考えるには規模が大きすぎ、むしろこの場所こそ影災の淵源と考えるのが自然に思われる
さすがに敵の数が多すぎる、さてどうしたものか……
冷静に状況を分析して作戦を練り始めるヘリアとコラリーの手慣れた様子は、彼女らがよく訓練された優秀な戦乙女であることを如実に示している
しかし一方で、まず思案を巡らせるところから入ったせいで2人は出遅れてしまった
何かをしなければならない
サフライ先輩は速戦即決で走り出し、2人の戦乙女が驚いて反応する間もなく影の塊の中に消えていった
はっきり言ってただの無謀だ
それでも2人は知っている、その蛮勇の果てに英雄と呼ばれるようになった100年後のサフライ、御影七術「アカリ」の姿を

突撃してきたサフライ先輩に影たちが引きつけられている隙にヘリアとコラリーは屋敷への侵入を果たし、カーヴァーとその妻を保護することに成功した
一方で先行するサフライ先輩はカーヴァー夫妻の娘デビを保護していたが、その酷く怯えた様子からこの影災の根源が彼女の恐怖であることを察した
よかれと思って返したクマのぬいぐるみもそれがところどころ破けていることに気づいたデビをさらに狼狽させ、逆に本格的な影災の開始を告げさせる結果になってしまう
コジーと名付けられたこのぬいぐるみは、影災の現場から「灯」の装備品を回収して闇市にながす危険な仕事に手を出したカーヴァーが、心配する娘のために家族みんなを守ってくれるナイトさんと言って渡していたものだ
しかもカーヴァーはコジーに贋識駒を仕込んでおり、デビはそれを使いこなし巨大化させて影と戦わせることさえ出来た
この父のはからいによってデビの心は廃墟寸前の細雨街に住んでいても平静を保てていた
しかしその平穏はカーヴァーが受けてきたある依頼をきっかけにして打ち砕かれる
いつもよりさらに危険だが見返りも大きな仕事だ、そう言って張り切るカーヴァーを気遣いデビは彼の仕事にコジーを持っていってもらった
コジーは無敵のクマの騎士だ、きっと父を守ってくれる、そう信じて
それなのにカーヴァーは怪我をして帰り、コジーもボロボロになって戻ってきた
少女の勇気の源は崩れ去り、代わりに恐慌が心を塗りつぶす

だからサフライ先輩は戦った
どんなに深い闇夜も光には勝てないとデビに教えるために
もしこの夜に光がないとしても……

その闇は自分が照らしてみせる！

倒すべき敵を見定めたサフライ先輩の髪は光り輝き、影は恐怖に慄く
ところでサフライ先輩はまだ術になったわけでもない普通の人のはずだけどなんで光るの？
闇を照らすのが灯だから？そう……
まあかっこいいからいいか！

こうしてサフライ先輩と2人の戦乙女はデビの心が産んだ影を追い散らし、影災は終息した
そして最後に残った標的は灰色星と孤児を名乗る謎の2人組
サフライ先輩は最初からヘリアとコラリーが身元を偽り自身のことを探っていたことに気づいていた
それでも2人をここまで泳がせていたのは、その心の中に正義を見ていたからだ
「あんたはいったい何者？」
その問に答えることは簡単ではない、なにしろどんな言い方をしても100年後からあなたを倒す方法を探しに来ましたなんて話は荒唐無稽にしかなりようがないし、証拠だって示しようがないのだから
それでもヘリアは正直に全てを話し、サフライはその言葉ではなく相手がこれまで示してきた態度を信じて去っていった
次に会うのは100年後
その時銃を向けるべき理由があるなら、「アカリ」の弾は外れない

今回ヘリアがした全てのことは「アカリ」と仲良くするためのものだ
その意味で、彼女の人柄を知れた今回の旅は有意義なものになったと思う
しかし一方で、元の任務は何も解決していない気がする
確かに細雨街で起こった影災は鎮められたが、結局ヘリアたちは人に化けて人を襲う影など見つけていない
また、「アカリ」、セルマ、セラペウム、松雀と多くの未来の七術が登場人物に名を連ねていながらも本質的に誰も今回の件に深く関与しておらず、この影災の普通さがかえって不自然に思われた
あえて平凡さを演出しているかのような違和感がどうにも引っかかる
……ヘリアがそんなことを考えていると、戻ってくるサフライの姿が見えた
そして薄れていく意識は彼女の姿をした何かから攻撃を受けたことを表している
この物語は記憶と時間の箱で再現された灰色星の末路、彼女の持つ贋識駒を狙ったのは影ではなく人だった

「すまない2人とも……不本意だが……そうせざるを得なかった……」
贋識駒はある男の力を真似て作られた
しかし男はその力の秘匿を望んでいた
これは「灯」と男との抗争の始まりの1ページ
そして暗闘は琥珀街大恐慌へと至る

これは夢オチの物語
休暇のない大主教が就業中に居眠りし
残業という結末にたどり着く
有給消化は琥珀の嘘
定時退社はリタの食言
膨大なタスクの積み残し……
お祖父様は気にしない──
でもあたくしは違う
連絡を絶ち、鍋を振るのだ──
リスケしドタキャンせよ
期日の限界まで先延ばすのだ
休日に出勤はしない
職場で泊まりはしない！
これがあたくしの意思……
あたくしは……
もう働きたくない！

やる気に満ちた新人社員のスーサナが偉大なる大主教に仕事の秘訣を聞きに来た
はは……仕事の秘訣？そんなの簡単だ
今日出来る仕事は明日にも出来る、自分に出来る仕事は他人にも出来る、依頼を受けなければ仕事は発生しないし、社用スマホの電源を切っておけば誰も昼寝を邪魔出来ない、だって仕事に人生の貴重な時間を捧げるほどの価値などないのだから
しかし余計な仕事を増やす天才であるこのアホを私室に招き入れたのは失敗だった
電源を切っておいたはずの社用スマホはわずか数秒の間に山程の任務を受信しており、着信音はけたたましく鳴り響く
残念ながら受けてしまった仕事はどうしようもない
あーもう！じゃあいっそ仕事のついでに面倒でお蔵入りしてた最終計画も実行してしまおう！
全てはあたくしの平穏のために！いくわよスーサナ！
最初の目的地はmayの極東支社ね！

極東支社でこなすべき任務は一昨年と去年と今年と来年の忘年会の開催準備、そしてそのための人員手配と問題社員の指導だ
鍋振りが得意な問題社員の識ちゃんはその能力を評価し、仕事を割り振らせるために昇進させた
忘年会を開くための食材が足りなければスーサナをけしかけてフカの管理する畑からカボチャを根こそぎ収穫してやった
その人並み外れた身を隠す技術で連続1ヶ月も行方をくらませているワタリガラス……はさすがに見つからないから代わりを務める料理人を見つけないといけないけれど……

探せばいい人材が見つかるものね！

ちなみに勤務地から遠くに住む彼女はこれからmayの家に同居して通うらしい、まああたくしの知ったことではないけれど
とにかくこれで役者は揃い、ハードワーカーな悪魔の筋肉風船社員の乱入など色々ありながらも忘年会は決行された
テレサはそのビンゴ大会の優勝景品である魂鋼を手に入れ、極東支社を後にした

はぁ、久しぶりに仕事したから疲れたわ
何よスーサナ、今日の仕事？そんなに仕事したいならあなたに大主教の座を譲るから勝手にやりなさい
駄目？チッ……仕方ないわね……
今日の任務はネゲントロピー支社の調査
ネゲントロピー支社は社員の労働時間は短く、それでいて業績は他を圧倒する優良支社だ
しかしその業務効率は明らかに異常すぎた
足を運んでみれば理由は一目瞭然、ネゲントロピー支社の社員たちは過酷な人事評価を生き抜くため熾烈な成績争いを強いられていた
確かにノルマ自体は少ない、しかし社員たちはよりよいポジションを得ようとサビ残に明け暮れ、さらに同僚を油断させ出し抜くためにそれを隠し、時に陰ながら足を引っ張りあうことすらあった
それは支社単位でも行われており、極東支社の忘年会をめちゃくちゃにしようとしたあの悪魔の筋肉風船社員も調査の結果ネゲントロピー支社の送り込んだスパイであったことが判明している
また、このネゲントロピー支社の空気の被害者は社内のみに留まらず、正規雇用や契約打ち切りを示唆することによってアルバイトや下請け企業など立場の弱いものたちへも牙を向いていた
中には建前を信じて働いていた社員もいた
しかし何処かへと配置換えされていった彼らの姿を再び見たものはいない
唯一、ゼーレだけは定時内でしか働いていないにも関わらずこの社内で生き残っていた
しかしそれは期末になると不自然に増えるやった覚えのない仕事の成果のおかげに過ぎない
成果の付替えを行っていたのはブローニャと黒ゼーレだった
ちなみに内部告発を行ったのも重装ウサギが（窓から）飛べるウサちゃんになってしまったことで限界を感じたブローニャである
「一生一緒に働こうね❤」
学生の頃に誓いあったその夢を守るため、2人は闇に堕ち、代わりにゼーを光に残した
事態を露見させ夢を壊してしまったブローニャに対して黒ゼーレは怒りを顕にしたが、しかしそれ以上に怒っていたのがゼーレだった
2人を苦しめて見る夢なんて誰が望んだと言うのだろう、そんなことになるのなら仕事なんてもう辞める
ものすごい剣幕でブチ切れるゼーレに黒は泣きそうになってしまった
そしてその怒りの矛先は次第に支社長であるAIちゃんへ向かう
とはいえ相手はこれまで数多の監査を無傷でやり過ごしてきた労基違反の達人
確かに仕事の大半は社員が自主的に受けたものであり、ノルマとして課されているわけではない
それに証言を募ろうとしても支社長は昇進をちらつかせて証人の口を塞いでしまうだろう
キャベツは常々「社員は家族だ」と口にしているが、それは子が親を庇うことを強いているに過ぎず、逆にクビとなり会社を去ったものはもはや家族ではないと簡単に切り捨てられる
この恐怖政治の牙城を崩すためには証拠が足りない

そこで頼ったのが天命からも外注を依頼しているヤクザの組長アトリエの代表、グレーシュだった
あのガメついキャベツは普段下請けへの支払いなど何かと理由をつけて履行しないが、彼女のアトリエだけは適正な条件で契約を続けていた
それはかつて彼女がキャベツを出し抜き、会話記録を握ることに成功したからである
本来他所の会社の内部告発への協力などメリットのないことであり、だからこそキャベツも彼女との衝突を避けてきたわけだが、仁義を重んじるグレーシュはゼーレたちの手を取ってくれた
こうして突破口を得た一行はキャベツの失脚へと動いていく

往生際の悪いキャベツはあの手この手を使って反キャベツ派の懐柔を図ったが、誰も耳を貸そうとはしなかった
結局恐怖政治を続けるだけの支配力を失ったキャベツを守るものはおらず、下からの成果のピンハネで積み上げられた実績を示す書類だけが彼女の手元に残った
実績は否定できない、いくら社員の人格を蔑ろにしようと彼女の社に対する貢献は事実なのである
だから……

そんなものは全部燃やしてしまえばいい！
これでネゲントロピー支社の問題は解決し、ついでにテレサはAIちゃんが本部から借りパクしていた前主教の手記「天命のお仕事ガイド」を取り戻した

はぁ息をするのもめんどくさい
しかしそれも今日までのこと、全ての仕事を最終的解決に導く用意が整ったのだ
それは永遠に疲れない体と仕事に飽きない心を持つ完璧な労働者を生み出す計画
魂鋼と「天命のお仕事ガイド」によって前主教オットー・アポカリプスを復活させ、好き勝手暮らしていたかつての日々を取り戻すのだ
しかしテレサの期待は脆くも崩れ去る
復活に成功したまではよかったが、彼はテレサにひたすら仕事を投げつけ続けたのだ

天命本部へ殴り込みオットーをボコボコのボコにしたテレサは彼に真意を問いただした
「どうして主教はあたくしでないといけないの？どうしてあたくしは終わらない仕事をしなくちゃいけないの？どうしてお祖父様はあたくしに主教の座を押し付けるの？適任者はあたくし1人じゃないでしょ？どの面から見ても、あたくしは一番の適任者じゃないわよね。デュランダルはあたくしよりも実力があるし、リタはあたくしよりもずっと注意深く、落ち着きがある。琥珀だって、あたくしより主教の仕事に詳しいわ。なのに、あなたはあたくしを選んだ。まさか、あたくしが元主教オットー・アポカリプス、あなたの孫娘だから？」
それに対してオットーは優しく応える
「すまないテレサ。相談もせず、君を人生の交差点に向かわせたのは僕が悪いと認めよう。しかし自分を卑下しないでおくれ。今の君は誰にも劣っていないさ。結局のところ、僕は君に選択の機会を与えただけだ。最終的にどこに向かうか、その決定権は君にある。一万歩譲って言えば、本当に自分が主教に向いていないと思うのなら、主教の座を降り、責任を他人に預ければいい。たとえば琥珀やデュランダル、リタとかにね。しかし君はそうしなかった。試したことすらなかった。君は僕の後継者であり、アポカリプス一族の継承者でもある。君の心には負けず嫌いな猛獣がいる。君はその責任を背負って、全力で僕以上の成果を上げようとするだろう。だからこそ、僕は君を選んだ。そして君は、僕が思っていた以上にうまくできているよ。」

夢から覚める
よく考えたら、2年前のあの日以来、オットーの夢を見たのは初めてかもしれない
夢に出てきた彼は相変わらず身勝手が服を着て歩いているような傍若無人さで、人の話をまるで聞かず、動く時には何の相談もなく、必要と判断すれば誰に反対されようとやり遂げてしまい、そして……その言葉は慈愛に満ちていた
もしかしたら、テレサは夢の中のように彼に褒めてもらいたかったのかもしれない
……弱気は駄目だ
あたくしは天命の大主教
お祖父様にできることなら、あたくしにだってできる
お祖父様に負けるはずがない
誰に認めてもらうまでもなく、自分が、本気で胸を張って引退出来る日まで、まだまだ働かなければならない
テレサはよだれを拭い、仕事に取り掛かった