紫電改(三四三空) 戦闘301

Last-modified: 2021-09-19 (日) 03:11:32
No.263
紫電改(三四三空) 戦闘301局地戦闘機
装備ステータス
火力雷装
爆装対空+11
対潜索敵
対爆+2迎撃+4
戦闘行動半径4装甲+2
装備可能艦種
駆逐艦軽巡洋艦重巡洋艦戦艦
軽空母正規空母水上機母艦航空戦艦
備考
開発不可、改修不可
全ての艦娘に装備不可、基地航空隊にのみ装備可能
2018年冬イベントE-7甲作戦突破報酬
本土防空の切り札、局地戦闘機「紫電改」。同機が集中配備された三四三空。
四国松山に展開した同戦闘飛行隊の一つ、精強な紫電改戦闘機隊、戦闘301。
優れた空中指揮官である菅野隊長の率いる同隊は、苦しい戦局の中、日本の空を守るために戦いました。

ゲームにおいて

性能比較表(装備最大値/局戦・陸戦早見表/テーブルより転送)

長いので折りたたんでいます

No名称火力対空索敵対爆迎撃装甲対空値
(出撃時)
対空値
(防空時)
戦闘行動半径配置コストボーキ
消費*2
入手方法改修備考追加
175雷電65291826108任務、イベント、ランキング-編集
201紫電一一型81119.51136108、ランキング編集
202紫電二一型 紫電改913213.51446108改修、ランキング-編集
263紫電改(三四三空) 戦闘30111242171946108イベント-編集
333烈風改10621132449162イベント-編集
334烈風改(三五二空/熟練)1173115.52849162イベント-編集
418零式艦戦22型(251空)1211316.5177472イベント編集
416零式艦戦21型(台南空)1111315.5167472イベント編集
417零式艦戦32型(台南空)1211418185472イベント編集
350Me163B292201472イベント、ランキング-高高度局戦編集
351試製 秋水282181472任務、イベント、ランキング-高高度局戦編集
352秋水393211472イベント、ランキング-高高度局戦編集
354Fw190 D-92123316.52138144イベント-編集
176三式戦 飛燕81312.51337126任務、イベント編集
177三式戦 飛燕(飛行第244戦隊)934151947126イベント、ランキング編集
185三式戦 飛燕一型丁92313.51647126改修、イベント、ランキング編集
218四式戦 疾風101111.51357126イベント編集
221一式戦 隼II型62986472、イベント、ランキング編集
222一式戦 隼III型甲171311.5126472改修、イベント、ランキング編集
223一式戦 隼III型甲(54戦隊)2811312.5137472イベント、ランキング-編集
225一式戦 隼II型(64戦隊)11111518.5187472イベント、ランキング-編集
250Spitfire Mk.I17218.5124590任務、イベント、開発編集
251Spitfire Mk.V193212175590改修、イベント編集
253Spitfire Mk.IX(熟練)11024161846108イベント-編集
  • 濃緑色は局戦薄緑色は陸戦
  • 火力および装甲の効果は不明
  • 艦載機との制空値比較はこちらの表を参考のこと
  • ウグイス色は出撃時対空値空色は防空に関連する数値

小ネタ

  • 説明文にある通り、愛媛県 松山市の海軍航空隊吉田浜飛行場に展開した第三四三海軍航空隊(2代目、通称(つるぎ)部隊)の紫電改部隊である。
  • 各前線から優秀なパイロットを多数集めたことで知られ、大戦末期の絶望的な戦局の中においても、本土防空において活躍した部隊として知られる。
    • 司令官は源田(げんだ)(みのる)大佐、終戦後は航空自衛隊の初代航空総隊司令、第三代航空幕僚長を務めた、航空自衛隊の育ての親としても知られる。
      • この他、曲技飛行隊のブルーインパルスを創設したのも彼である。
      • 海軍時代からアクロバット飛行は行われており、源田は特殊飛行部隊の3代目分隊長を務めた。これ以降、海軍航空隊の曲技飛行は源田サーカスの名で親しまれるようになる。
  • 現在の松山空港は、343空も使用した海軍航空隊の基地が前身であるため、(戦後開業することが多かった)空港の立地としては、非常に珍しく中心市街地から近い位置に存在する。
    • 松山市はこの恩恵を存分に受けており、新幹線が通っていない事やLCC(格安航空会社)の相次ぐ参入もあって、現在は中四国地方で最多の利用者数を誇る空港に化けている。*
    • 完全に余談だが、松山市は何かと軍と縁がある。
      日露戦争中には大規模なロシア人捕虜を収容する指定都市となり、当時の人口3万に対して延べ6千(同時に最大4千)のロシア人が収容された。
      • 外出は自由、温泉・観劇等を楽しむなど捕虜とは思えない温かい環境で処遇されていた。噂が広まり、ロシア兵が投降するときには、“マツヤマ”と叫んだそうな。*
      • 現在でもロシア兵墓地は丁重に管理されており、97名が眠っている。

    第343海軍航空隊について

    第343海軍航空隊について

    • 紫電改と言えば、二代目第343海軍航空隊が有名である。
      これは海軍航空参謀であった源田実によって発案された飛行隊で残存のベテラン搭乗員やエースパイロットをかき集めて編成されていたというイメージがある。
      • 実際は源田実氏本人の著作でも、「各編隊の核心となるものは歴戦の古強者が多かったが、未経験者も少なくなかった」とあるように343空の搭乗員の半分以上は新人パイロットであったし、赤松貞明、岩本徹三、岩井勉、羽切松雄、角田和男といったように343空に行かなかったエースやベテランも多い。
      • また志賀飛行長も、これはいい男だなと目をつけた人間を源田司令に推薦したが、やはり全部がかなうわけではなかったという。なお、練度に関しては志賀飛行長、坂井三郎の両氏共に開戦時の精鋭とは比べられないと言っている。
      • 戦闘機隊は戦闘第701飛行隊、戦闘第407飛行隊、戦闘第301飛行隊、の3つに分かれており、結成当初、701は鴛淵孝、407は林喜重、301は菅野直が隊長を務めていた。
        また、各々の戦闘機隊には杉田庄一、武藤金義等が所属し、一時期は坂井三郎も教官として所属していた。
        関東圏の防空を担った厚木、横須賀空と並んで上層部から注力された部隊でもあった。
        • アメリカ軍からも戦後その実力を評価され、落日の日本海軍航空隊の中において有終の美を飾った。特にその徹底した組織的戦闘法は、日米ともに幾度となく語られることとなった。
        • 戦後も多くの関係者が手記や雑誌記事などを発表し、それが「敗戦色濃くなる中で少数精鋭のエース集団が大活躍をした」と実態以上に喧伝されたことで知名度向上へと繋がった。
      • 343空は既存の飛行隊を再編して編成され、搭乗員達も、もともとの飛行隊に所属していた人間が中核になっていたがそれだけは足りず、不足分を他の航空隊から引き抜いた。引き抜かれたほうにとっては戦闘にも、新人パイロットの教育にも必要な人間をとられるわけだから面白くない。このことが「他所の部隊から熟練搭乗員を引き抜いた(他の飛行隊の能力低下を招いた)」と批判される一因にもなっているが、そもそも熟練パイロットがどこでも不足していたのであり、かき集めた343空でもほかの航空隊より多少多い程度しか熟練パイロットはいなかったのである
      • 人員の育成に励む一方、連合軍の戦術を研究し、日本における航空兵力の問題点であった航空無線機類の問題を是正し、ペアによる戦闘、編隊対編隊の戦法を研究、実施していた。
        • だがやはり一朝一夕で編隊戦術ができるわけもなく、343空においては戦闘701分隊長、航空自衛隊においては源田参議院議員の求めに応じてブルーインパルスに5輪のマークを描かせた地上指揮官と源田実氏とも付き合いも長く、また心酔もしていた山田良市氏は「自衛隊でいろいろやってみた経験からいうと、当時の編隊空戦は全然なってなかったですね。ただかたまって飛ぶだけで。編隊空戦の基本は2機対2機で4対4ができれば十分。ようは2機だけは絶対に離れないことなんですがそれもうまくいってなかった。非常に幼稚でやらないよりまし、レベルでしたね」と語っている。山田氏自身も、当時はまったく未知の戦術であったスネークフォーメーションにより危うく撃墜されるところであった。なお彼がスネークフォーメーションを知ったのは航空自衛隊入隊以後のことである。


  • 描かれている機体は343-15A、説明文にある通り戦闘301飛行隊長・菅野直大尉(海兵70期)の搭乗機。
    • 昨今では別方面でも有名となった*3紫電改の代表的なエース。
      「菅野デストロイヤー」「イエローファイター」ともあだ名された名物男でもあり、その生き様・死に様から多数の航空隊ファンを魅了してやまない人物。
      • 前者はかなり無茶な操縦をするため、機体をたびたび壊したり故障させたりする整備士泣かせとして。後者はそんな強烈操縦技量で敵機を追い散らすため、敵兵から指揮官機マークである黄色い二重ラインに因んで付いた。
    • その人柄を一言でいえば「破天荒」。航空隊の生き字引赤松貞明と並んで、そのトンデモぶりで知られる。
      義に厚く、理不尽には正面から文句を言い、特に血の気の多さから喧嘩沙汰になることも珍しくなかった。知人や部下を思いやる人情味のある好漢であり、多くの人々に慕われている。*4
      一方、学生時代は文学好きで特にドイツ文学に傾倒していた。遺されている彼の学生時代の日記には、現代の学生の感覚ではおよそ書かないだろうレベルの哲学的な雑記がいくつも書き起こされている。
      • 幼少期から悪戯好きの悪童として近所では知られ*5、学生時代には台風で荒れた阿武隈川を向こう岸まで300m泳いで渡る*6など、すでに片鱗はあったものの、海軍兵学校で第38期飛行学生となって以降、練習機を幾度となくぶっ壊すという所業を経てデストロイヤーに覚醒。許可もしていないのに勝手に曲芸飛行をやり始めるなど、抜群の才覚を見せると同時に無茶苦茶な操縦をやるクセも発症する。*7
    • 上述の破天荒な性格は実戦でも顕著で、敵部隊を見かければ隊長にもかかわらず自分から率先して突撃し、詰め寄るように接敵して攻撃することで知られた。
    • 201空の戦闘306分隊長を務めていた頃。菅野は永らく前線で戦っていたので休養の意味も含め、零戦52型の受領のため内地に戻る事になる。しかし彼が内地に戻っている間にレイテ沖海戦が勃発し、部隊は「神風特別攻撃隊」を史上初めて結成して航空特攻を実施する。指揮官は菅野と海兵同期の関行雄大尉が選ばれたのだが、副長の玉井中佐曰くもし菅野が内地に戻っていなかったら彼を指揮官に任命していたらしい。菅野も関の特攻を聞くと「自分がいれば、関のところをとるんだったんだがなあ…」と寂しげに呟いていたという。
      • この話は実は戦後の脚色である。なぜなら、帰国する前、次はフィリピンだというのはわかっており、菅野は当然のごとく帰国を拒否したが命令だと強いて帰らせたのが玉井中佐であり、さらにハルゼーの機動部隊による一連の空襲が始まり、急いでフィリピンに帰還するといった管野に対し、今は帰ってくるなと命令したのも玉井中佐である。
      • また、菅野は特攻を熱望したが特攻隊の直掩および制空隊に必要不可欠であったために拒絶したとも言っている。実際にその時いた指宿正信大尉は、関がいくなら俺もいく、俺を一番にやってくれと玉井中佐に食い下がるも作戦に必要不可欠と拒絶されている。菅野大尉がいて熱望しても拒絶されたであろう。なお343空で菅野大尉に話を聞いた人間は、大尉は特攻には批判的であった、だが行けと命令されれば行っただろうと述べている。
      • 因みにこの零戦受領の際、内地から戻った菅野らは間違って別の基地に着陸してしまう。その基地指令にこっぴどく怒られた菅野は離陸する際、司令のいるてテント張りの指揮所の前で態とエンジンを全力にして離陸。プロペラからの猛烈な風圧で指揮所のテントを吹き飛ばすという仕返しをしている。
    • 破天荒エピソードで特に知られるのが、フィリピン・ルバング島での一件。
      • 1944年11月、ゼブ島へ特攻機を輸送するため零戦で護衛に付くも、現地で零戦を接収されてしまい、やむなく九六式陸攻に乗り込み帰還することに。ところが帰路で米軍のP-38から襲撃を受けて墜落の危機に陥る。死の恐怖に怯える操縦士から菅野が操縦桿を奪って制御し、どうにかルバング島へ不時着した。数日後に救援が駆けつけるが、そこにいたのは原住民に「俺は日本のプリンスだ」と豪語して原住民たちに敬愛されて王様のように過ごす菅野たちだったという。
    • 最期の戦闘は終戦間近の1945年8月1日、屋久島沖を飛行中に米軍爆撃機B-24の一団を発見して戦闘に突入。しかし戦闘中に二番機の堀光雄飛曹長の無線に「ワレ、機銃筒内爆発ス。ワレ、菅野一番」と入電があり、見れば空域から離れて低空で飛ぶ菅野の機体があった。*8空域を離脱して直掩に回ろうとする堀に、菅野は再三敵機攻撃を指示し、隊を戦闘空域へと向かわせた。*9しばらくして「空戦ヤメアツマレ」の菅野の無線が堀のもとに入るが、無線の発信源に辿り着くと既に菅野の機影はどこにもなかった
      • 結局、菅野はそれ以来行方知れずとなり、その日の内に殉職したものと扱われ、戦後に源田実の具申によってに二階級特進となった。
        総撃墜数は、南方戦線で個人撃墜破30機、343空にて個人撃墜18機・協同撃墜24機、計72機撃墜。最終階級は大尉(二階級特進により中佐)。*10
  • 愛媛県南宇和郡愛南町に戦後海底から引き揚げられた343空の機体が国内で唯一展示されている。塗装のみ塗り直し、引き揚げられた当時のボロボロのままで展示されているが、343空に関する貴重な資料が展示されている(ちばてつや氏書下ろしの『紫電改のタカ』のイラストも展示されている)。
    かなり僻地ではあるが興味を持たれた方は一度来訪されてはどうだろうか。
  • 2019年3月19日にデアゴスティーニ・ジャパンから発売された『第二次世界大戦傑作機コレクション』82号は、紫電改の343空…までは合っているのだが、戦闘701(維新隊)の鴛淵(おしぶち)(たかし)大尉機がモデルである。惜しい…
    モデル自体は第1号の紫電改のマーキング違いだが、初っ端製品だけのことはあって、タミヤやハセガワのプラモデルに劣らない完成度となっている。プラモデルを組み立てる時間と自信のない皆様にはお勧め。
    マガジンでは菅野大尉にもほんの少しだが記述がある。

この装備についてのコメント

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 何だかんだで使ってるなあ。64持ってないから毎回出ずっぱりだ -- 2020-03-21 (土) 16:19:06
    • 64持ってるけれども毎回使ってる、陸偵のおかげでほぼ64並なのが有難い。 -- 2020-03-21 (土) 16:38:26
  • 登場直後は防空の計算式とか対爆の補正が云々と色々計算式の情報が錯綜してたから「半径低いし防空用としてもなんか微妙」みたいな扱いだったけど、熟練陸偵のおかげでかなり出番が増えたよ -- 2020-08-09 (日) 18:02:13
  • 某雑誌で「菅野デストロイヤー」漫画が始まったので再配布してくれないかな… -- 2020-08-14 (金) 01:35:22
  • 取得してからしばらくの間「三三四空」だと思い込んで使ってた。「三四三空」だったことに気づいたときなぜかほっとした。 -- 2020-09-10 (木) 15:46:52
    • な阪関無 -- 2020-09-10 (木) 15:51:21
  • 今イベでも甲クリア者の編成にちゃっかり入ってる辺り、なんだかんだでいい装備である -- 2020-12-13 (日) 01:12:42
    • 局戦なのに出撃する方が64戦隊に次いで強いのね。 -- 2020-12-20 (日) 06:52:54
  • 他の最上位機と違って★4なのは謎だよなぁ。格付けもスペックでも引けを取らないどころかSpitIXに至ってはコスト以外上位互換なのに。まぁ他にも星の数の少ない上位互換はいるけど(三号爆弾と南山とか) -- 2020-12-25 (金) 09:10:43
    • 烈風改があるからじゃない?結局どんなに乗組員が優秀でも機体性能にはかてないってはっきりさせたのがあれだし -- 2020-12-25 (金) 10:17:57
    • ★のパターン見るにその下位が紫電改で★3だから+1の★4じゃないかと。ただ一一型が★3だから違和感感じるけど紫電改が★4は変だし隼Ⅱ型が★2で見ればゲーム内スペックで★3なんだろうかなと -- 2020-12-25 (金) 12:13:47
    • もう一つ謎なのが、装備図鑑でこれの次とその次の装備が未だに未実装なのよね。これと縁の深い装備なのかはてまた別の全く関係のない装備になるのか皆目見当がつかない -- 2021-01-08 (金) 22:27:52
  • これ持ってないんだよなぁ・・・ -- 2021-01-08 (金) 22:21:18
  • 笠井智一さん、死去…まさにこの三四三空の戦闘301で戦ったパイロットがまた1人この世を去られたか… -- 2021-01-11 (月) 14:15:47
    • コレでありますね?Yahooニュースより。ぜひに提督諸氏にも読んでほしく、ココにアゲます -- かぼちゃ大王? 2021-01-17 (日) 13:22:35
  • これフリッツと足並みそろえられるじゃん。肝心のフリッツ持ってないけど -- 2021-02-05 (金) 01:24:40
  • 小ネタの注釈リンクが切れていたため最新の資料にリンクし直しました -- 2021-02-06 (土) 13:21:28
  • また今回のイベントの空襲への出撃制空で出番あって助かる。地味にこれの出番イベントの度に普通にあるんだよな・・・ -- 2021-05-27 (木) 23:53:30
    • ネームバリュー的に本来は地味に使えるじゃなくて64戦隊並みの活躍してほしいんだけどね…少なくとも防空のダントツ王者のポジションはあげてほしかった -- 2021-06-05 (土) 01:46:45
  • とうとう半径と制空能力で上をいく実質上の上位互換で出てしまったのか -- 2021-06-12 (土) 09:31:03
    • 性能だけで言うなら最初から64戦隊の下位互換じゃない? -- 2021-06-12 (土) 11:34:09
      • 64戦隊の下位互換だけど、64戦隊に次ぐ制空力だったから価値があったんよ -- 2021-09-19 (日) 03:11:28
  • 零戦部隊が一斉に来て「紫電改装備部隊なのにこれかぁ」みたいな感じ出ちゃったな。もうちょっと何かあっても… -- 2021-06-23 (水) 01:49:23
  • 改修来てぶっ壊れ防空装備とほぼ同等になれば文句は無いよ。且つイヤーリー任務にて改修MAXにした紫電一一型または紫電二一型(同時に改修追加)からの転換で、新型航空兵装資材×2+熟練搭乗員×2を要してこれに上位転換とかにすれば未所持勢救済にもなる。 -- 2021-06-27 (日) 17:38:55
  • これも今やユニークアイテムだな。剣魚3と一緒で持ってるとたまに便利くらいで。正直甲報酬はレアだけど性能微妙な奴でいいんじゃないかと思う。 -- 2021-09-15 (水) 22:04:16
URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

*1 http://kancolleoperationroom.blogspot.com/2018/12/2tsundb.html
*2 1スロ当たり
*3 古くは1963年のちばてつやの漫画『紫電改のタカ』で広く知られるも、その容貌は「ひげ面の40代くらいのオッサン」とかなりアレンジが入っている。2000年以降は、2009年より平野耕太の『DRIFTERS』で「バカヤロウ」が口癖の青年パイロットとして登場しているほか、大鳳などをデザインした島田フミカネ氏原作『ストライクウィッチーズ』シリーズの『ブレイブウィッチーズ』に彼を元ネタにした「管野直枝」というキャラが登場している。
*4 部下だった笠井智一は「殴られたことも怒られたこともなかった」という。松山基地所属時代に近くの食堂を商っていた今井琴子夫人に「良い嫁さん見つけてよ」「落ち着ける家庭が欲しい」と言ったこともあったらしいが、モテる一方で相手を未亡人にするのは忍びないと思ったのか独身のままだった。
*5 例としては犬と格闘し手に負えないとみるやナイフで刺殺した、これぞドッグファイト
*6 台風による洪水で橋が落ち、登校できなくなった同世代のために学校へその旨を連絡するため。もちろん帰りも荒れた阿武隈川を渡って戻って来ている。
*7 紫電改の操縦指導者にサムライ・坂井三郎中尉もいたが、彼からは「クソの役にも立たない若造(超意訳)」と執拗にいびられていた。ただ坂井もこれが元で「(自分は水兵上がりの苦労人だったが故に)エリートコースの菅野たちを僻んでいたんじゃないのか」と、一部から穿った解釈をされてしまう。坂井もこの時分は右眼の失明を伴う重症から復帰したものの調子を戻せず指導者に後転し、海兵仕込みのしごきを躊躇しない苛烈な指導で若手と溝を生んでいる。
*8 左翼の日の丸に破孔が開いており、危険な状態だったという。
*9 何度も直掩を具申する堀に、最後に菅野は拳骨を突き付けて怒るしぐさを見せ、堀がそれを見て指示に従うと表情をやわらげたという。
*10 遺品は当人の遺言でほとんどが焼却処分となった。学友が航空隊の荒くれ然とした菅野を見て、早熟な文学少年だった頃とのギャップに驚いた一方、菅野が熱中していた石川啄木の姿と重なったという。学友への手紙に「君のように大学で研究に没頭できる生活が羨ましい、戦争が終わったら俺もそういう静かな生活を送りたい」と綴っており、本質では文学を愛する青年のままだったのかもしれない。