一式戦 隼II型

Last-modified: 2020-06-20 (土) 19:31:06
No.221
weapon221.png一式戦 隼II型陸軍戦闘機
装備ステータス
火力雷装
爆装対空+6
対潜索敵
対爆迎撃+2
戦闘行動半径6
装備可能艦種
駆逐艦軽巡洋艦重巡洋艦戦艦
軽空母正規空母水上機母艦航空戦艦
備考
開発不可、改修可
全ての艦娘に装備不可、基地航空隊にのみ装備可能
2017年3月作戦ランキング褒賞
2017年春イベントE-1甲作戦突破報酬
2017年春イベントE-2乙・丙作戦突破報酬
任務「運用装備の統合整備」選択報酬
任務「航空戦力の強化」選択報酬
改修更新
一式戦 隼II型*1 一式戦 隼III型甲
最も量産された陸軍主力戦闘機、一式戦「隼」、その改良二型です。
零式艦戦とよく似た機体ですが、防弾性にも留意したその機体はやや旧式ながら各戦線で戦いの最後まで奮戦を続けました。

ゲームにおいて

  • 2017年4月29日に2017年3月ランカー褒賞として先行実装された装備で、新たなカテゴリである「陸軍戦闘機」に属する装備。
  • 基本的な使い方は、敵の拠点に航空支援を行う攻撃機のエスコート用途で基地航空隊に配備する艦戦と同じでいいだろう。
    • 出撃時の制空は+9相当。この値はお世辞にも高性能とは言いがたいが、改修を重ねることにより上位機体の一式戦 隼III型甲へ装備更新でき発展性はピカイチ。
  • 2017年12月11日のアップデートで、クォータリー任務「運用装備の統合整備」の選択報酬として量産が可能となった。
    • 同日、明石改修工廠にて、あきつ丸春日丸神威のサポートで改修も可能となった。一式戦 隼III型甲への更新には新型航空兵装資材が1個必要なのに注意。
      しかし……改修に96式艦戦や零戦21型と、海軍の機体ばかり使うのには、陸軍である自分の心が痛むのであります……
    • 2018年10月26日のアップデートでクォータリー任務が更に追加。「航空戦力の強化」の選択報酬でも入手可能となった。

性能比較表(装備最大値/局戦・陸戦早見表/テーブルより転送)

No名称火力対空索敵対爆迎撃装甲対空値
(出撃時)
対空値
(防空時)
戦闘行動半径配置コストボーキ
消費*2
入手方法改修備考追加
175雷電65291826108任務、イベント、ランキング-編集
201紫電一一型81119.51136108、ランキング編集
202紫電二一型 紫電改913213.51446108改修、ランキング-編集
263紫電改(三四三空) 戦闘30111242171946108イベント-編集
333烈風改10621132449162イベント-編集
334烈風改(三五二空/熟練)1173115.52849162イベント-編集
350Me163B292201472ランキング、イベント-高高度局戦編集
351試製 秋水282181472ランキング、イベント-高高度局戦編集
352秋水393211472ランキング、イベント-高高度局戦編集
354Fw190 D-92123316.52138144イベント-編集
176三式戦 飛燕81312.51337126任務、イベント編集
177三式戦 飛燕(飛行第244戦隊)934151947126イベント、ランキング編集
185三式戦 飛燕一型丁92313.51647126改修、イベント、ランキング編集
218四式戦 疾風101111.51357126イベント-編集
221一式戦 隼II型62986472、イベント、ランキング編集
222一式戦 隼III型甲171311.5126472改修、イベント、ランキング編集
223一式戦 隼III型甲(54戦隊)2811312.5137472イベント、ランキング-編集
225一式戦 隼II型(64戦隊)11111518.5187472イベント、ランキング-編集
250Spitfire Mk.I17218.5124590任務、イベント編集
251Spitfire Mk.V193212175590改修、イベント-編集
253Spitfire Mk.IX(熟練)11024161846108イベント-編集
  • 濃緑色は局戦薄緑色は陸戦
  • 火力および装甲の効果は不明
  • 艦載機との制空値比較はこちらの表を参考のこと
  • ウグイス色は出撃時対空値空色は防空に関連する数値

小ネタ

  • 元ネタは大日本帝国陸軍が1941年に制式採用した戦闘機である「一式戦闘機」。試作名称は「キ43」。連合軍によるコードネームは「Oscar」。


  • 1937年に採用された九七式戦闘機は固定脚の格闘戦向けの機体であったが、世界では同世代にHe112*3I-16*4など引込脚の機体が登場しており、陸軍でも固定脚の限界を感じていた。
    そこで陸軍航空本部は日本製戦闘機開発の経験が豊富な中島飛行機1社に試作名称「キ43」の試作を内示。
    1939年末の完成を目指して開発が始まった。
    • 設計主務は九七戦に引き続き小山悌技師が選ばれ、他にも太田稔*5、糸川英夫*6といったメンバーが関わった。
    • 開発は基本構造を九七戦から踏襲したことで順調に進んだかに思えた。
      しかし、1939年4月の試作機の審査では、九七戦よりも航続距離こそ長いものの、旋回性は劣り最大速度も30㎞/h程度しか向上していなく要求速度に達していない事が判明する。
      更に5月に起こったノモンハン事件で、陸軍航空隊が善戦しその中でも九七戦がその旋回性能を武器に活躍した事が、キ43採用に逆風となった。
      11月には審査結果を元にスタイルを改めた増加試作1号機が完成するが、当時の軍内では軽戦闘機や重戦闘機などいくつかの戦闘機開発方針があり、軽戦闘機として開発されていたが性能的に中途半端とみられたキ43は制式化を見送られてしまう。
      代わりに、より強力なエンジンである「ハ105」*7を搭載する改良型の開発が改めて決定した。
    • こうして更なる開発が進められたキ43だが、日本を取り巻く国際情勢が悪化し、開戦による南方作戦が現実味を帯びるようになると、上陸作戦を行う船団を南部仏印から出撃して護衛できるだけの航続力をもつ戦闘機が必要とされるようになったことでキ43を取り巻く状況は一変する。
      • この時、条件に合う一番いい戦闘機は海軍でテスト中の零戦であり、次は川崎で試作中のキ61であるが、時期的に無理であろうとなった。
        海軍及び川崎に打診するも良い返事は得られず、困っていた時に審査不良で放置されていたキ43の改修案が出てきたのであった。
      • この改修案は、明野飛行学校の教官達からなる教育部の猛烈な反対にあった。その中心は誰あろう、のちに「加藤隼戦闘隊」を率いる加藤健夫少佐だった。
  • 1941年3月に改修試作機の再試験が始まり、5月に一式戦闘機として制式採用となった。
    • ただしこの改修試作機も旋回性が大幅に改善されたわけではない*8
    • だが、大きな転換点として、スロットルレバーの操作方法が今までの機体*9とは逆に、「押して加速、引いて減速」に変更となり、海軍機と同じスロットル操作になったことが挙げられる。もちろん配備直後には今まで慣れた方法で操作してしまい、誤ってエンジンをストップさせてしまったり、格納庫に突っ込んでしまう事故が多発したそうである。
    • 九七戦に旋回では勝てない、勝っているのは速度性能。ではどうする?
      その問いに、飛行実験部テストパイロットの岩橋譲三大尉は「速度と上昇力で垂直方向の格闘戦に持ち込む」という重戦的戦法で答えたのだった。
  • 制式採用が太平洋戦争開戦直前だったこともあり、開戦時点で一式戦闘機を配備していたのは上記の飛行第64戦隊と飛行第59戦隊の2部隊のみだったが、この2部隊は開戦後の南方作戦において3倍の敵戦闘機を確実撃墜という戦果を挙げており、同機が西洋列強の戦闘機に十分太刀打ちできることを世に知らしめた。
    • なお戦史家の梅本弘*10により、日本・連合軍双方の記録の比較検討や当事者へのインタビューが行われ、上記のような一式戦闘機の正確な戦果が判明している。
  • 実は「隼」とは“愛称”で、海軍の「紫電」や「烈風」と異なり“制式名“ではなかった。
    愛称といっても陸軍航空本部による正式なもので、その後も「鍾馗」(二式単座戦闘機)、「屠龍」(同複座戦闘機)、「飛燕」(三式戦闘機)、「疾風」(四式戦闘機)と、続いていった。
    • きっかけは、昭和17年3月の一般公表に際し制式名(「一式戦闘機」)は伏せなければならないが「新型戦闘機」では芸がない、ということで、航空本部報道係の西原勝少佐が愛称を付けることを発案したという。
      この一般向けに愛称をつけるアイディアは成功し、戦時中は零戦より隼のほうが有名であった(海軍が零戦の存在を極秘にしていたこともあるが。)。
    • ではその愛称の元ネタはというと、のちの「加藤隼戦闘隊」である飛行第64戦隊の部隊歌だった。
      制式採用直後から一式戦闘機が配備されていた縁で、「飛行第64戦隊歌」の歌い出し『エンジンの音 轟々と 隼は往く 雲の果て』から採られた。
      部隊歌自体は1940年2月末に安寧分遣隊で生まれ、歌詞の隼は戦闘機を猛禽類に例えたもので、当然、一式戦闘機とは無関係だったが、1944年公開の映画『加藤隼戦闘隊』で使用され、広く国民に「加藤隼戦闘隊」、「加藤部隊歌」として知られる事になる。

  • 一式戦闘機二型(キ43-II)は開戦以来大活躍した一型の改良型で、一式戦闘機としては最多量産されたタイプ。一番の改良はエンジンを「ハ25」*11から海軍でも零式艦上戦闘機32型で採用された「ハ115」(海軍呼称:栄21型)に換装した事で、他にも外見的特徴としてプロペラを2翅から3翅にして直径を2.80mに短縮、主翼も左右30㎝ずつ短縮し、照準器を眼鏡式から光像式に変えた点が挙げられる。
    • 速力は従来の495㎞/hから515㎞/hに向上。更に増速効果のある推力式集合排気管を搭載した後期型で536km/h、単排気管だと548km/hを記録している。
    • 上昇力は一式戦闘機各型の中では最も良好で、5000mまで4分48秒、8000mまで11分9秒だった。
    • 最大速度では連合軍の戦闘機に見劣りするが、機体が軽くプロペラの直径が小さい事から加速性に優れており、一式戦闘機よりも遥かに高性能で最大速度も速いP-47やP-51でさえ低空で急加速した一式戦闘機に引き離されてしまう事例もあった。
      そのため連合軍は戦訓として「低速飛行中の一式戦闘機に不用意に近づくのは危険」としている。
    • 一式戦闘機は1,000馬力級のエンジン搭載機として非常に軽快な運動性能を持っており、その特性を活かして速度などで劣る連合軍の新鋭機と互角に渡り合った*12
    • I型では武装により甲乙丙と分かれ、甲が機首に7.7mm機銃2丁、乙が7.7mm機銃1丁と12.7mm機関砲1門*13*14、丙が12.7mm機関砲2門だったが、この二型では機首に12.7mm機関砲2門で統一された。
      火力的には20mm機関砲を搭載する後続機と比べて貧弱だが、炸裂弾である「マ103」を採用する事で補っている。
      その威力から、攻撃を受けた連合軍のパイロットが「20mm機関砲の攻撃を受けた」と報告した事例もあった。
      • 初期型は信管の不具合が発生する場合があったが、信管を信頼性の高い空気式に変更した「新型マ弾」が採用されるとその問題も克服され、これらによる攻撃で重防御を誇るB-24やB-29*15*16を撃墜した事例も報告されている。
    • また海軍の戦闘機と異なり陸軍戦闘機は対地攻撃力も付与されており、一式戦闘機は翼下に30~250㎏爆弾を各1発ずつ搭載できた*17。搭載した場合の速度や空戦能力は当然ながら落ちる。
    • 陸軍はノモンハンで多くのパイロットを失い防弾装備の重要性を痛感した為、防御力は海軍機と異なり充実しており、一型は7.7mm弾対応の防弾タンクを装備している他、二型では12.7㎜弾対応の防弾タンクと防弾板を装備している。
      その後の後期型などでは防弾ガラスや自動消火装置なども搭載した。
      • 図鑑には防弾性にもとあるが、実際は軽量化して空戦性能を上げるために、60kgもある座席後部の防弾板を外すパイロットも多かったという。
        64戦隊の戦死者37名のうち、13名が顔面及び頭部への銃創が原因であり、防弾板をつけていれば助かった人間は多かったと思われる*18


  • 一式戦闘機は2名の連合軍エースパイロットの撃墜に貢献している。
    • 当時21機撃墜のスコアを持つ第348戦闘航空群司令ニール・カービィ大佐は24機撃墜のリチャード・ボング大尉とトップエースの座を巡り争っていた。昭和19年3月5日ニューギニア戦線において、カービィ大佐は新鋭機P-47Dサンダーボルトに搭乗、2機の僚機を従えて日本陸軍飛行第208戦隊所属の九九式双発軽爆撃機(ブーツ飛行場より出撃し、上陸船団または上陸部隊攻撃の任務中であった)を攻撃中、飛行第77戦隊所属の一式戦二型5機の反撃を受けた。カービィ機には2機の隼が挑み低空に低速で逃げ回るカービィ機を追い回しこれを撃墜、カービィ大佐は戦死した。
    • 昭和20年1月7日にはフィリピン戦線において飛行第54戦隊の一式戦1機がカービィ大佐の死後第二位のエースの座にいた撃墜数38機を誇るトーマス・マクガイア少佐率いるP-38Lライトニング4機編隊と交戦、1機を撃墜、さらに戦闘に加わった四式戦がもう1機撃墜、マクガイア少佐はこの戦闘で戦死している。詳細は一式戦 隼III型甲(54戦隊)のページへ
  • この他にも戦争終盤になってスペック的に大きく優る敵戦闘機相手でも一式戦闘機は善戦し、時には大戦果を挙げている事例は多い。
    • 特に米英を代表する戦闘機であるP-38ライトニング、P-51ムスタング、スーパーマリーン・スピットファイアはどれも太平洋戦線での一式戦闘機との初交戦では惨敗するという不名誉を受けている。
      • 1943年6月20日、陸軍第7飛行師団によるダーウィン空襲で飛行第59戦隊の一式戦闘機22機と46機のスピットファイアが交戦、倍以上の相手、しかも鈍足の一〇〇式重爆撃機「呑龍」*19の護衛という任務の中、逆にスピットファイアを2機撃墜し、損害は呑龍1機の損失のみという一式戦闘機の勝利に終わる。
      • 1944年11月27日、ビルマ戦線に配備されたP-38は戦爆連合による空襲に参加するも飛行第64戦隊第3中隊(隊長:黒江保彦大尉)の一式戦闘機8機、二式戦闘機1機の迎撃を受ける。第64戦隊は一式戦、二式戦各1機を失う(搭乗員は脱出して生還)もP-51を4機、P-38を2機、B-24を3機撃墜するという一方的な戦いに終わった。
    • 戦争末期においても一式戦闘機の活躍は続き、上記の梅本弘の調査では、日本軍が惨敗を続ける昭和19年8月中旬から終戦間際の昭和20年8月13日にかけて、例えば東南アジア方面を担当する第三航空軍所属の一式戦闘機は計72機(不確実含む)を撃墜し、損害は空中戦での損失は47機のみである。撃墜した機には格上のスピットファイア(3機)、P-38(2機)、P-51D(1機)の他にもB-29(5機)なども含まれている。
  • 全体の外観や、その似た性能から連合軍からよく零戦と間違えられて報告される事例が大戦の全期間を通して発生しており、「零戦の戦果とされているものの一定数は一式戦の戦果」とさえ言われている。飛行第64戦隊などが展開し、戦争末期まで一式戦闘機が活躍したビルマ戦線では、連合国軍の空戦報告では殆どが「零戦」と戦ったと報告されている。
    • 実際には零戦と一式戦闘機では天蓋・主翼・尾部および胴体の形状などで大きく異なるのだが、相手をじっくりと視認する余裕もない一瞬の判断が必要な戦闘機同士の空中戦では見間違いは多発するものであり、全体の外観では似ている両機では見間違いが発生しても致し方ないものがある。

(閑話 - 戦場での見間違いアレコレ)

  • 第二次世界大戦はその大半期においてIFF(敵味方識別装置)のない時代だったからこのような誤認は他にいくらでもあった。
    • まず日本で有名なのが三式戦「飛燕」。日本には他に彗星ぐらいしか例のない単葉単発の液冷機だったため、P-40やP-51と誤認されてフレンドリーファイアされるのはしょっちゅうだったそうな。
    • その米軍ではP-47がFw190と誤認されてフレンドリーファイアされる事が多かった。三式戦とは逆にP-47が活躍した欧州戦線では空冷が主体の米海軍機がほとんどおらず、米陸軍機にしろ英空軍機にしろ液冷がほとんどだったからである。
    • フレンドリーファイアではないが、日本は大戦末期に日本近海に英空母が来ていたことを把握していなかったため、シーファイアをP-51と誤認していたようである。
  • もっとも人間、極限状態になるともう反射的に引き金を引いてしまうもので、真珠湾攻撃のときなど枢軸機に似通った機体などいないSBD『ドーントレス』なども自軍の対空機銃から撃ちかけられたりしている。
    • 米軍の軍用機国籍マークはこの時まで、欧州の識別標識に合わせて「青い円に白い星、その中心に紅い円」と、国旗である星条旗の3色を使ったものだった。しかし日本軍と誤認されてのフレンドリーファイアが相次いだため、中心の赤丸を消したのである。こうして今もおなじみの現在の米軍用機国籍マークが出来上がったのである。もっとも80年代以降、戦術迷彩でグレイ一色になっている場合が多いのだが。
    • 日本では陸海軍が互いの飛行機を誤認し撃墜してしまった事例もある。1944年7月24日、北千島幌筵島(北東方面の海軍拠点で第五艦隊も拠点としている。なお2017年春イベの元ネタとなった占守島は同島のすぐ隣で、防衛戦を行った第91師団は司令部をこの島に置いている)に向かっていた九六式陸攻を敵偵察機と誤認した飛行第54戦隊北千島派遣隊の一式戦闘機が攻撃しこれを撃墜。搭乗していた第51航空戦隊参謀で真珠湾攻撃で艦戦隊総指揮官を勤めた経験を持つ板谷茂中佐が戦死している。
    • 台湾沖航空戦では、実戦投入直後だった三四一航空隊の紫電ヘルキャットと誤認され、「敵の戦闘機は日の丸をつけて飛んでくる」とまで言われてしまった。
    • 沖縄戦たけなわの1945年4月12日、護衛に向かう六〇一航空隊の零戦と空戦を行って帰投中の三四三航空隊の紫電改が互いに敵と誤認しかけた。紫電改隊が零戦隊の赤丸を見つけて同士討ちは回避されたが、増槽(外付け燃料タンク)を落とした零戦隊の護衛はキャンセルされてしまった。
  • 戦後残った多くの一式戦闘機はフランス軍やインドネシア軍、中国、朝鮮などに接収されたのちに運用されている。フランス軍では第一次インドシナ戦争で2部隊が運用し、インドネシアでは独立戦争に於いてⅡ型がイギリス、オランダ両軍相手に実戦投入されている。中国では共産党軍が関東軍第四錬成飛行隊長ら日本軍人による指導を受けて国共内戦で使用している。北朝鮮でも朝鮮人民軍が戦後の一時期訓練機として運用していたという。
  • 一式戦は後継の三式戦・四式戦登場後も生産され、終戦まで中核戦力であり続けた。性能的に大きく見劣りするなか、互角以上に渡り合った事例も記録されている。
    • ドッグファイトではスペックより戦術が勝敗を左右し、最も重要なのは有利な態勢を獲ることで「勝てる相手に勝つ」という、いわば基本中の基本を守って戦い続けたことが理由の一つといえる。
      飛行第64戦隊では、有利な状況をつくるため、多数の対空監視所を配置し敵機侵攻の早期察知に努め、さらに基地無線電信による誘導で好位置についてから攻撃を仕掛けている。
      搭載無線機は性能不足でやっぱり無線電話は使い物にならなかったが、モールス信号の電信は通じた。そこで正式のではなく覚えやすく戦闘中でも使いやすいよう簡易化した符号を考案し、これで交信を行っていた。無線機の性能不足を運用を工夫して補ったものといえよう。
      • 連合軍側も、零戦に性能で劣っていた戦争序盤には運用で対抗していた。
        「1対1で戦わず複数機で相手」「急降下性能に優れる機は上空から一撃離脱」など。ガダルカナルでも前進監視所を設けて早期発見し待ち構えるという、前述の64戦隊と同様の態勢を構築している。
    • 一式戦の運用が継続した背景として、安定した性能と稼働率が挙げられる。
      後継機はどれも高性能ながら発動機等の信頼性に問題があり稼働率が低かった。一部部隊では整備兵を特別に錬成して発動機の稼働率を高めた事例もあるが、そういった特別な対処を苦境に立たされる前線部隊が常に行える訳ではなく、大多数の整備兵が稼働率を高く維持できる一式戦闘機は前線部隊にとっては同機を高く評価する十分な要素であった。
      • 二式戦は、重戦闘機で離着陸の難易度が高く、運動性の高い機体になれた大多数の陸軍パイロットにとって扱いづらかった。*20
      • 三式戦は、搭載水冷エンジン「ハ40」の信頼性・生産性に問題があり全体的に稼働率が低くまた離昇出力も低かった。
      • 四式戦は、戦後アメリカ軍から「日本軍最優秀戦闘機」と評されるものの、「ハ45」の不具合や高品質潤滑油・高オクタン価燃料・交換部品の不良 不足により信頼性に難があった。
    • 近年、日本の戦史家である梅本弘が連合軍が記録した当時の一次史料と照会した結果、一式戦はその最後まで進攻迎撃ともに活躍を重ねていたことが判明しており、損害を上回る戦果を挙げていた事が判って来ている。
  • 中島飛行機は群馬県太田市に隼の生産工場を構えていた。この工場は後に四式戦「疾風」の生産ラインとなり、隼の生産は立川飛行機に継承された。終戦後、GHQの指示により中島飛行機はいくつもの会社に分割されてしまったのだが、1951年のサンフランシスコ講和条約発効後、分割された各社は再び手を携え、社名を『富士重工業』として再出発することになった。これが現在の『株式会社SUBARU』*21であり、太田の工場はほぼそのままの土地で*22自動車の生産工場に鞍替えして現在に至っている。スバルブランドは70年以上の長きにわたり、群馬県民の誇りであり続けている。*23*24

(小惑星イトカワと探査機はやぶさの縁について)

  • 近年、航空宇宙関連で小惑星探査機はやぶさが話題になった。はやぶさの調査対象である小惑星25143「イトカワ」の名前の由来となった「日本の宇宙開発・ロケット開発の父」こと糸川英夫博士は本機の設計に携わっていたことでも知られる。
    • そのため「“はやぶさ”の名前は一式戦“隼”にちなんだものだ」とまことしやかに言われることがある。
      しかしこれは順序が逆であり、はやぶさ打ち上げ後に宇宙科学研究所(JAXAの前身組織の一つ)がはやぶさの目的地である「1998 SF36」に糸川英夫の名前を付けるよう命名権を持つ発見者のLINEARに依頼している。
      これを受けてLINEARが国際天文学連合に提案、2003年8月6日に承認されて「ITOKAWA」と命名された。(また、はやぶさの名前が一般に公開されたのは打ち上げ直後であり、名称は慣例通り関係者同士の協議によって命名された。)
    • イオンエンジン実用化、地球によるスイングバイの実施、自立運用による小惑星探査の実践、そして史上初のサンプルリターンの達成という未踏の成果を挙げて日本の宇宙工学が世界の最先端に堂々と躍り出たプロジェクトであり、糸川氏から始まり戦後連綿と続いてきた技術研究の結実したプロジェクトにふさわしい名付けと言えるだろう。

この装備についてのコメント

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 2019冬アニメ 荒野のコトブキ飛行隊で主人公機体。ガルパンスタッフなので期待。 -- 2019-01-20 (日) 20:53:38
    • こだわりがヤバかった。 -- 2019-01-20 (日) 22:02:51
    • 紫電相手なら格闘戦で余裕だったね -- 2019-01-23 (水) 02:39:10
    • ストライクウィッチーズみたいな変則技じゃなくて、ガチもんで機体を出していたのがビックリ。でも過去に実際の機体が映画に出ていたことも考えると、軍用機にしちゃ珍しくメディア露出が多い機体なのかな -- 2019-01-23 (水) 07:31:26
      • スト魔女は変則技で済む範疇じゃないだろうと思ったが、口に出したら艦これにブーメラン突き刺さるからやめた(無言でキーボードを叩くのみ) -- 2019-01-24 (木) 19:36:38
    • ま、あれはI型なんですけどね -- 2019-02-06 (水) 19:08:29
      • 最多量産されたのはII型なのに意外だった -- 2019-02-21 (木) 19:18:06
    • うーん、空中戦だけを見れば唸るモノはあるけど、物語全般は今のところビミョーかな・・・世界観が西部劇で幌馬車の商隊と拳銃使いの用心棒ってのを飛行船と戦闘機乗りに置き換えてるのだろうけど、似たような世界観 (こちらはランドシップとウォーカーマシン) で 「戦闘メカ・ザブングル」 という出来のイイ古典があるからなぁー、、、 -- 2019-02-14 (木) 08:04:17
    • あの強さは64戦隊を連想した -- 2019-02-21 (木) 19:21:42
  • はやぶさ2、新たなる伝説……!! -- 2019-02-22 (金) 20:01:06
  • りゅうぐう着陸成功おめでとう!艦娘の誰かが隼Ⅱ型と勘違いしそう -- 2019-02-22 (金) 20:01:34
  • もうちょいで6月のクォータリー任務がくるんだけど隼3機目って取ったほうがいいかな?それとも紫電取ったほうがいい?ちなみに他の陸戦は未所持かつ局戦も未所持 -- 2019-05-17 (金) 10:49:36
    • 基地航空隊←の下のほうに出撃&防空時の制空・行動半径の一覧があるから参考にするといいよ。手持ちの艦戦で防空いけそうなら陸戦を勧めたい。 -- 2019-05-17 (金) 11:02:40
    • 他に陸戦ないなら3機目獲得かなぁ。隼III型甲に更新さえできれば防空面でも紫電より優秀やし。ま、直近のイベント次第で優先順位変わるかもしれんけどね -- 2019-05-17 (金) 11:33:37
    • 返信ありがとう!防空は熟練52で代用できそうなんで隼にしようかな… -- 2019-05-17 (金) 12:53:25
    • 隼Ⅱ型の最終形の隼Ⅲ型甲は熟練提督が現役で使ってるぐらい強い。少しずれるけど、防空は任務F80の選択報酬のSpitfire Mk.I×2(を改修したSpitfire Mk.Ⅴ)がかなり強い。選択報酬の烈風と悩むけど、強い艦戦は他にもあって後々リカバリーが効くのでこっちを勧めたい。 -- 2019-05-17 (金) 13:46:36
      • もう烈風選んじまったよチクショウ! (なお後悔はしていない模様) -- 2019-05-17 (金) 14:44:36
      • 一応対空12艦戦は量産可能だからね(なおネジその他様々な資材が溶ける)。自分はそこまで待てそうになかったので烈風一一型取ったけど -- 2019-05-17 (金) 14:52:27
      • 構へん構へん。烈風も当然強い艦戦だし。ただ、基地航空関連って基本的に配布限定で自力入手が困難だから、基地航空関連が報酬に現れたら優先的に考慮に入れた方がいいかもね。 -- 2019-05-17 (金) 15:51:40
  • すごい個人的な意見なんだが、隼よりも99式襲撃機の方が零戦に似てると思う。確かにあっちは固定脚だが、零戦を固定脚にしたらあんな感じだと思う。 -- 2019-05-17 (金) 14:55:46
  • とりあえず甲にアプデできるのが二つ・・・三つ目もあればイベントも大体なんとなるかー? -- 2019-05-18 (土) 11:39:31
  • 空戦用の簡易モールス符号についてわかる資料ってありますか? -- 2019-05-30 (木) 21:57:31
    • 加藤隼戦闘隊の最後 -- 2019-06-13 (木) 23:12:28
  • 小ネタ はやぶさにちょっと加筆 -- 2019-06-10 (月) 19:09:42
    • ちょうど、九年前に「はやぶさ」が戻って来てくれた日に読むことができました。感謝。そして「はやぶさ2」は、小惑星リュウグウで困難なミッションを次々にこなしていて、「先代の遺産が生きているんだな」と感動 -- 2019-06-13 (木) 18:26:49
  • 万年丙提督なんですけど、これと紫電一一型っていくつ持ってるといいのでしょうか?隼はⅡが3つとⅢが1つ、紫電は4つあります。 -- 2019-08-28 (水) 22:43:55
    • 隼を全部3型に更新することをおすすめする。コスパ的な意味で。紫電の更新先の紫電改も強いんだけど、紫電の段階では微妙スペックなのでね… -- 2019-08-28 (水) 22:46:10
  • ところで主翼の形間違ってない? -- 2019-09-08 (日) 07:52:46
  • 船団護衛のために採用された戦闘機とか充実した船舶部隊とかほんとに日本陸軍は日本人と海との関係性を改めて思わせる組織だったんだな。 -- 2019-10-14 (月) 21:38:10
    • 海軍が艦隊決戦傾倒気味だったのも大きいかと… -- 2020-02-05 (水) 21:47:10
      • 海上護衛部隊の扱いをみるとね…定時連絡の傍受もあるけど… -- 2020-06-20 (土) 19:31:05
  • クォータリー、陸戦・局戦・高高度局戦ともう随分とあるし熟練搭乗員を温存した方がよさそうかな。 -- 2020-02-29 (土) 21:17:04
  • 陸戦は艦戦と違い必ず18機で運用する関係上、☆1単位の改修でも制空値が -- 2020-03-08 (日) 06:05:27
    • 失礼、☆1単位での改修でも小隊として制空値が明確に1増える場合もある。劣勢調整で制空が1~2足りない時に確実に制空値を増やすため緊急に少しだけ改修する、なんて手もあるのね。 -- 2020-03-08 (日) 06:12:31
  • 1型の最大速度495kmって燃料が87オクタン価のものを使用した数値なのよね。開戦前に標準燃料が91オクタン価へ変更されてて、実際には500km超えてたらしいけど陸軍は最大速度を厳密に記録してもあまり意味がないと変更していない。 -- 2020-03-28 (土) 14:23:50
  • あきつ丸、春日丸、神威のどれもいなかったせいでどんなに「これは改修すべき」といわれても、改修担当がいないと諦めざるを得なかったが、今回の任務でやっと神威が手に入った。感謝。 -- 2020-05-08 (金) 14:18:56
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*1 新型航空兵装資材が1個必要
*2 1スロ当たり
*3 Bf109はHe112の競作機として扱われがちだが、He112はJumo210ないしDB600を前提とした機体であり、仮想敵をイギリスが開発中の新型エンジン(RR『マーリン』のこと)搭載機(つまりスピットファイアやハリケーン)を想定しエンジン自体が開発中のJumo211またはDB601搭載を前提に開発していたBf109とは世代自体が異なる
*4 ソ連・ポリカルポフ設計局。ノモンハン事変や日中事変で敵として出現した。九七戦や九六艦戦とは格闘戦では手も足も出なかったが、その高速で日本軍の爆撃機・攻撃機に被害を強いることがよくあった
*5 戦後初の日本製大型旅客機YS-11の開発に参加
*6 戦後日本製ロケット開発の中心となる。その名は小惑星25143に「イトカワ」と命名され、更に開発に関わった隼と同じ名をもつ探査機「はやぶさ」が同小惑星を探査することになる
*7 海軍呼称:栄20型相当
*8 蝶型空戦フラップが追加されているため若干の向上はしている
*9 厳密には百式司令部偵察機や百式重爆撃機「呑龍」まで。
*10 市村弘の名で作家や編集人も務め、模型雑誌モデルグラフィックスとその姉妹誌の編集・企画を手掛ける会社アートボックスの代表でもある。フィンランド軍についての第一人者でもある
*11 海軍呼称栄11型or12型相当
*12 もっとも隼のような1,000ps級の低空直援用の低翼面荷重機は米英も欲していた。FM-2ワイルドキャット(F4Fをゼネラル・モータースで転換生産したFMのモデファイ型)やハリケーンMk.IVなどがその例である
*13 陸軍では口径ではなく構造により機関銃と機関砲を分類している
*14 隼の装備する八九式7.7mm機銃とホ103 12.7mm機関砲は容易に交換可能だった。その為太平洋戦争開戦前にはすべての隼が乙型か丙型装備になっている。なお、乙型で7.7mm機銃と12.7mm機関砲を混積させたのは新兵器であるホ103の生産性と信頼性の為だと言われている
*15 んな馬鹿な! と思われるかもしれないが実は高々度を飛ぶことに特化したB-29は被弾するとB-17より脆かった。のっぺりと長い胴にアスペクト比の高い主翼、それに与圧キャビンが仇となって多少の被弾でも当たりどころが悪いと空中分解する危険が高かったのである。高アスペクト比の主翼をもちながら米軍機顔負けのパワーダイブを仕掛けてくる隼は充分危険な相手だった
*16 米軍が沖縄や硫黄島を陥落させてからは、P-51Dの護衛が付けられるようになり、B-29はより精度の高い低高度爆撃に移行している。とはいえ、低高度なら一式戦の格闘戦能力が存分に発揮されるため、結局のところ損害比は変わらなかったりする。物量で押したのだ
*17 但し海軍でももとより主翼内翼に30kg乃至60kgの爆弾搭載能力を要求している
*18 事実、「背後から銃弾を食らったが、防弾板のおかげで命拾いした」という証言がいくつもある
*19 陸軍の爆撃機は双発機としては速い機体が多い。特に呑龍などはもともと戦闘機の護衛なしの強硬爆撃というB-17後期型と似たようなコンセプトで設計されていたため防弾と速度は一流だった。ただしそのしわ寄せは搭載力と航続距離に行った上、結局敵「要撃機を自力で排除」という所期の目的は不達成に終わる。が連合軍側からしてみれば一式陸攻と比べても速いわ硬いわ嫌な相手だった
*20 水平方向での巴戦を得意とした一式戦に対し、垂直方向でのダイブアタックを主眼とした高翼面荷重の設計だったため、速度は出るものの舵の効きが悪く、パイロットからは不評だった。…が、エンジン出力が高く上昇性が良いことから、戦争末期では三式戦と並んで、陸軍におけるB-29迎撃の主力を担っている。
*21 2017年4月に現社名になった
*22 条約発効後にGHQから返還された
*23 なお、太田には北関東有数の風俗街がある。太田だけではなく、近隣の伊勢崎にはオートレース場、桐生には競艇場、前橋には競輪場、さらにその先の高崎には競馬場もあるのだが、これらは全部中島飛行機とスバルの工場で働く人のための娯楽施設と言っても過言ではない。それだけの経済効果を群馬県にもたらしているのである(群馬県南部が関東平野の北端に位置するため、開発がしやすかったという理由もある)。もっとも、高崎と足利の競馬場は平成の世に廃止されてしまったが…
*24 もっとも、スバル黎明期からのコアユーザー層(所謂「スバリスト」)は、特に2代目、3代目レオーネ、2代目、3代目レックス、また550cc化以降のサンバーといった“ミーハーに流されない質実剛健”を良しとしていたため、ミーハーに擦り寄り始めたレガシィの発売あたりから首を傾げ始め、WRC撤退・トヨタ傘下に入ってからは「スバルに非ずんば自動車に非ず」と言う勢いだった層が流失している。その流失先がスズキだったりするから笑えない(かつてのスバリストたちはボンバンブームの頃のアルトなど“安い大衆車”を大量生産するスズキを馬鹿にしきっていた)。一方すり寄ったはずのミーハー層はバブル崩壊、リーマンショックと二度の経済危機で国内販売は一時壊滅的になり、屈辱の軽撤退の後、現在は北米輸出が主軸と言われている……