No.254 | ||||
---|---|---|---|---|
![]() | F6F-3N | 艦上戦闘機 | ||
装備ステータス | ||||
火力 | 雷装 | |||
爆装 | 対空 | +8 | ||
対潜 | +4 | 索敵 | +2 | |
命中 | +2 | 回避 | +3 | |
戦闘行動半径 | 5 | |||
装備可能艦種 | ||||
駆逐艦 | 軽巡洋艦 | 重巡洋艦 | 戦艦 | |
軽空母 | 正規空母 | 水上機母艦 | 航空戦艦 | |
備考 | ||||
開発不可、改修不可 2017年「7月作戦」作戦報酬 機種転換任務報酬 | ||||
大戦初期の太平洋上で零戦としのぎを削った艦上戦闘機F4Fシリーズの後継機、 大出力エンジンを装備した強力な主力艦上戦闘機F6Fシリーズ初期型の夜戦タイプです。 主翼下に機上レーダーを装備し、夜間の作戦行動を可能とした夜間戦闘機型艦載機です。 |
ゲームにおいて 
- 2017年08月29日、7月作戦報酬(21~500位)として実装。同日には上位互換のF6F-5Nも実装されている。
- このとき21位~100位には2機配布されている。それより上位はこれとF6F-5Nが各1機。
- 2017年09月12日には任務報酬として本実装。入手には練度maxかつ★maxのF6F-3が必要。
- F6F-3に比べ火力-1、対潜+4、索敵+1、命中+1、回避+1。
- 装備分類は艦上戦闘機であるが、アイコンが「夜戦」と専用のものになっている。
- 2017年9月12日のアップデート以降、Saratoga Mk.II(Mod.2は不可)に搭載するか、夜間作戦航空要員と一緒に搭載する事により、空母の夜間航空攻撃が可能になった。
性能比較表(装備最大値/艦戦上位早見表/テーブルより転送) 
装備名 | 対空 | 対潜 | 索敵 | 命中 | 回避 | 火力 | 装甲 | 半径 | 入手方法 | 改修 | 備考 | 追加 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
震電改 | 15 | 2 | イベント | - | 編集 | |||||||
烈風改二 | 13 | 2 | 1 | 1 | 5 | イベント | - | 一航戦に装備ボーナス | 編集 | |||
烈風改二戊型(一航戦/熟練) | 12 | 1 | 3 | 2 | 6 | イベント | - | 夜戦、一航戦に装備ボーナス | 編集 | |||
烈風改二戊型 | 11 | 1 | 2 | 2 | 5 | イベント | - | 夜戦、一航戦に装備ボーナス | 編集 | |||
烈風 一一型 | 12 | 5 | 任務、イベント、ランキング | - | 編集 | |||||||
烈風(六〇一空) | 11 | 1 | 2 | 5 | 任務、イベント、ランキング | △ | 編集 | |||||
烈風改(試製艦載型) | 10 | 2 | 3 | 1 | 1 | 4 | イベント | - | 一航戦に装備ボーナス | 編集 | ||
試製烈風 後期型 | 10 | 5 | 開発、初期装備 | - | 編集 | |||||||
紫電改四 | 10 | 1 | 3 | 1 | 4 | イベント、ランキング | △ | 編集 | ||||
紫電改二 | 9 | 3 | 3 | 開発、任務 | - | 編集 | ||||||
零式艦戦53型(岩本隊) | 12 | 3 | 2 | 4 | 6 | 任務 | ◯ | 編集 | ||||
零戦52型丙(付岩井小隊) | 10 | 1 | 1 | 2 | 6 | 任務 | ◯ | 編集 | ||||
零戦52型丙(六〇一空) | 9 | 1 | 1 | 6 | 初期装備、任務、ランキング | ◯ | 編集 | |||||
零式艦戦52型(熟練) | 9 | 1 | 1 | 2 | 6 | 任務 | ◯ | 編集 | ||||
零式艦戦32型(熟練) | 8 | 1 | 4 | 5 | 改修 | ◯ | 編集 | |||||
零戦21型(付岩本小隊) | 9 | 1 | 1 | 3 | 7 | 任務 | △ | 編集 | ||||
零式艦戦21型(熟練) | 8 | 1 | 2 | 2 | 7 | 初期装備、任務 | ◯ | 編集 | ||||
Fw190 A-5改(熟練) | 11 | 1 | 3 | 2 | 4 | イベント | - | 編集 | ||||
Fw190T改 | 10 | 2 | 2 | 3 | 初期装備、イベント | - | 編集 | |||||
Bf109T改 | 8 | 4 | 1 | 2 | 初期装備、イベント | - | 編集 | |||||
Re.2005 改 | 11 | 3 | 1 | 3 | イベント、改修 | - | Aquila、Graf Zeppelinに装備ボーナス | 編集 | ||||
Re.2001 OR改 | 6 | 2 | 3 | 4 | 初期装備、ランキング | ◯ | Aquilaに装備ボーナス | 編集 | ||||
XF5U | 12 | 1 | 2 | 4 | イベント、ランキング | - | Intrepid、Saratoga、Gambier Bay、Hornet、加賀に装備ボーナス | 編集 | ||||
F6F-5N | 10 | 5 | 3 | 3 | 3 | 5 | 任務、ランキング | - | 夜戦 | 編集 | ||
F6F-5 | 10 | 1 | 1 | 3 | 1 | 5 | 改修、ランキング | ◯ | 編集 | |||
F6F-3N | 8 | 4 | 2 | 2 | 3 | 5 | 任務、ランキング | - | 夜戦 | 編集 | ||
F6F-3 | 8 | 1 | 1 | 2 | 1 | 5 | 初期装備、改修、任務、ランキング | ◯ | 編集 | |||
Seafire Mk.III改 | 9 | 1 | 2 | 1 | 1 | 4 | イベント | - | 編集 |
小ネタ 
- F6F-3の夜間戦闘機型の1つ、F6F-3Nが元ネタか。
- F6F-3の右主翼端にAN/APS-6レーダーを搭載し夜間戦闘を行えるようにしたタイプ。
229機が改装され、またAN/APS-4レーダーを搭載したF6F-5E夜間戦闘機が本機の前に18機つくられている。 - AN/APS-4はスペリー社、AN/APS-6
はウェスティングハウス社が開発した機上レーダーで、Xバンド*1を使用する。
それぞれ最大出力40kW*2、AN/APS-6の探知距離はスペックデータによると3cmの波長で探知距離が戦闘機7.3km、爆撃機9.1km、戦艦56km、照準距離914m、発射距離228m*3、周波数は9375MC/sec*4。AN/APS-4
は同じく波長は3cmで、探知距離は航空機9km、潜水艦30km、商船55km、海岸線140kmなっている。
- レーダーの他にも、電波高度計、IFF、後方警戒レーダーと至れり尽くせりの装備がされていた。ただ日本側夜戦との空中戦に備えた後方警戒レーダーは取り越し苦労とわかり、必要ない後方警戒レーダーは取り外されたものと思われる。
- その他に、キャノピーに計器の灯りが反射して見えなくなる対策として赤色灯に変更、曲面の多いキャノピー前面の枠を減らして、前面の平面ガラスの大型化を行った。これは好評で後に昼間型にも導入された。
- これらの改装により重量増加と空気抵抗の増加により、速度は580kmまで落ち、また上昇力も落ちた。
- F6F-3の右主翼端にAN/APS-6レーダーを搭載し夜間戦闘を行えるようにしたタイプ。
- 昭和18年以降、防衛側に回った日本陸海軍航空隊は昼間攻撃を行う傍ら、敵の迎撃が鈍くなる夜間において飛行場や水上艦艇へ雷撃や水平/急降下爆撃を行うことが増え、一定の被害を与えてアメリカ軍を悩ませつつあった。
- これに対応すべくアメリカ海軍は、当時の主力艦上戦闘機であったF4UとF6F-3に夜間戦闘用のレーダーポッドを搭載して夜間戦闘機として改装することとなった。AN/APS-4を搭載したタイプをF4U-2、F6F-3Eとして、AN/APS-6を搭載したタイプはF6F-3Nとして採用した*5
- F6F-3Nの高性能に喜んだ海軍はF6Fの半分を夜戦型にしようと考えたくらいである。だがレーダーの生産が追いつかないこと、夜間パイロットの条件がファイタースクールの成績優秀者か実戦経験者の中から選抜され、さらに29週間の訓練が必要とされたため断念した。
- F6Fによる初の夜間戦闘は1943年11月ギルバート諸島沖海戦。バットパトロールと呼ばれたレーダー搭載TBFとの連携作戦であり、この時使われたのは普通の昼間型F6F-3であった。
- 11月26日、野中五郎少佐率いる752空一式陸攻15機の迎撃に向かったこの最初の夜間迎撃隊を率いたオヘア少佐が未帰還となる。原因は味方のTBFの誤射ではないかと推定される。
- それから2ヶ月後の1944年1月よりF6F-3Nを装備したVF(N)-76がバンカーヒルとヨークタウンにそれぞれ4機ずつ配属された。また海軍初の夜間戦闘隊のVF(N)-101のF4U-2もまたエンタープライズとイントレピッドに同じように4機ずつ配属された。このように当初は、専用の夜間空母ではなく、通常の空母に夜間戦闘隊が少数配属されるという形であった。しかしこの形はすぐに使えないことがわかる
- たとえば1944年1月29日から始まったクエゼリン環礁攻撃では、夜間戦闘隊は待機したままであった。なぜならば、この時空母からは夜明けから日没まで15時間以上に渡り発着艦が繰り返され、LSOを含む甲板での作業員が疲れ切ってしまった。これからさらに無理してたかだか数機上げたところで意味はないと判断されたのである。
- 待機を続けるうちに技量が低下し、低下した技量では空母の作戦関係者も彼らを信頼できず出撃を見送る悪循環であった。
- それでも2月17日のトラック島空襲の際、日本側の反撃を予期し夜戦を上空哨戒に上げたが、闇に紛れてやってきた97式艦攻を補足できず、イントレピッドが雷撃され艦尾を損傷した。翌18日にTBF-1Cによる艦載機による初の夜間攻撃が大成功したことから、夜間哨戒任務をふがいないF6F-3Nと交代したらという意見もでるくらいであった。
- 本機による初の撃墜は、2月22日であり零戦5機、一式陸攻1機が記録されている。ただこの時は夜が明けてからであり、夜戦能力とは関係なかった。
- 初の夜間撃墜はVF(N)-77のジョージ・タールトン少尉が6月20日グアム島上空で99式艦爆を撃墜したものである。
- 7月4日、海軍夜間航空隊で一夜の戦果としては最多の撃墜が記録される。
- ホーネットを発艦したVF(N)-76det.BのFred L. Dungan中尉とJohn W. Dear中尉は空襲本隊から先行し父島を偵察*6した際、佐世保海軍航空隊父島派遣隊の二式水戦9機と戦闘、二人は帰還後7機を撃墜したと報告した。この戦闘は夜明け直後に行われ夜間撃墜と認められた。両機は手ひどく被弾しており、操縦席に被弾したDungan中尉は負傷していた。佐世保空水戦隊によれば5機が撃墜され、1機が不時着、3機が帰還、直井輝行上飛曹(乙飛11期)はグラマン1機撃墜、2機不確実と報告している。なお父島派遣隊はキスカ島で奮戦した第452海軍航空隊水戦隊からのベテラン搭乗員揃いであった。
- このように夜間戦闘隊は戦果を上げていたが、艦隊の首脳にとっては戦闘機隊全体の戦果の中ではほんの僅かにすぎず、手間のほうが大きいと考えていた。戦闘機隊は昼間だけでいい、夜間攻撃は対空砲火と操艦で対処できるという判断であった。
- それを変えたのはVF(N)-79のターナー・コールドウェル中佐であった。彼は今までの少数の夜間飛行隊を各空母に派遣する方式ではなく、空母一隻すべて夜間航空隊にするよう進言、それがいれられ真珠湾に戻っていたインディペンデスが初の夜間空母とった。VF(N)-79は解体されVF(N)-41となり、新編されたVT(N)-41と合わせてCVLG(N)-41が編成されコールドウェルは航空群司令官に就任した。夜間専門航空群ができたことにより、今までの76から78の夜戦隊は9月までに解隊され、所属パイロットは昼間作戦に従事することになった。
- TF38には、計41機のF6F-3Nが各空母に分散配置されていたが、夜間撃墜はまれにしかなかった。一方CVLG(N)-41の1944年9月から1945年1月までの作戦行動で、撃墜46不確実3、そのうち夜間撃墜27と夜間空母というアイディアが正しいことを証明したのであった。
- 夜戦機としてのF6F-3Nは、機体が単座であり、夜間戦闘機隊はしばしば昼間でも防空任務を行ったあと*7夜間でも操縦することがあり、さらに操縦しながらレーダーを注視、その傍らコクピットから全方位への目視警戒、計器確認、敵機への照準とパイロットが一人なのに対し仕事量が非常に多く、パイロットは疲労しやすかったが、空母に載せられる夜戦はこれしかなかった*8のと、夜戦隊も昼間の戦果は多く、さらにアメリカ海軍の記録では夜間撃墜となっていても黎明だったり、夕暮れ時だったりと見える時間のほうが多く、純然たる夜間戦果は少ない*9ため、空母に載せる夜間戦闘機としては単座による夜間戦闘の際の不都合*10は多々あっても機動性に優れている方が有効であった。
この装備についてのコメント 
最新の15件を表示しています。 コメントページを参照