T-90M

2000年代初頭にロシア連邦軍に採用されたT-90Aは、T-72系列の信頼性とT-80Uの高度な射撃統制装置を組み合わせ、コストパフォーマンスに優れた主力戦車として一定の評価を得ていた。しかし、2010年代に入ると、戦場環境は急速に変化し始める。世界各国の対戦車ミサイルやAPFSDS弾といった対戦車兵器の貫徹力は著しく向上し、また、都市部での戦闘や非対称戦といった新たな形態の紛争も増加した。このような状況下において、T-90Aは防御力、特に最新の対戦車兵器に対する耐性や、ネットワーク中心の現代戦に対応するための情報共有・指揮統制能力の面で限界を露呈し始めていた。

この課題に対応し、ロシア軍が保有するT-90のプラットフォームを最大限に活用しつつ、その戦闘能力を飛躍的に向上させることを目的として開発されたのがT-90Mである。この開発は、まず技術実証車としての性格を持つ「T-90AM "プラルィヴ"」として進められ、そこで得られた多くの新技術や設計思想を基に、ロシア国防省の要求仕様に合わせて最終的に量産型としてまとめられたのが「T-90M "プラルィヴ-3"」となる。

T-90AからT-90Mへの進化は多岐にわたる。まず防御面では、従来の「コンタークト5」爆発反応装甲に代わり、APFSDS弾やタンデムHEAT弾といった高性能な対戦車弾薬に対する防御力を大幅に高めたとされる新型の「レリークト」爆発反応装甲が全面的に採用された。砲塔形状も見直され、より被弾経始に優れた設計となり、複合装甲もモジュール化されたことで損傷時の交換や将来的な防御力向上が容易になった。特筆すべきは、砲塔後部に主砲弾薬の一部を隔離して搭載するバスル（外付け弾薬庫）が新設された点である。これは、被弾時の誘爆リスクを低減し、乗員の生存性を高めるための重要な改良であり、西側戦車では一般的な設計思想を取り入れたものと言える。さらに、車体側面や砲塔後部などには、RPGなどの成形炸薬弾に対する防御力を高めるためのスラットアーマーが標準的に装備されるようになった。

攻撃力に関しても大幅な向上が図られている。主砲は、射撃精度が向上し、より強力な新型APFSDS弾（3BM59「スヴィネッツ1」、3BM60「スヴィネッツ2」など）の運用が可能となった改良型の2A46M-5滑腔砲に換装された。これにより、より遠距離から敵の重装甲目標を撃破する能力が向上している。射撃統制装置 (FCS) は、T-90Aの「ESSA」から大幅に近代化された最新の「カリーナ」が搭載された。これには、高性能な車長用パノラマサイトや砲手用マルチチャンネルサイト（サーマル、可視光、レーザー測距）が含まれ、目標の自動追尾機能も備えることで、ハンターキラー能力（車長が索敵・照準した目標を砲手が迅速に攻撃する能力）が飛躍的に向上し、昼夜を問わず、より迅速かつ正確な射撃が可能となった。また、砲塔上部には新たに12.7mm Kord重機関銃を装備した遠隔操作式銃塔 (RWS) が搭載され、車内から安全に操作できるようになったことで、市街戦における近接目標や、近年その脅威が増している小型ドローンなどへの対応能力が向上している。

機動力と運用性、そして情報共有能力の面でも改良が施されている。エンジンは、出力が向上した1130馬力のV-92S2Fディーゼルエンジンに換装され、増加した車両重量に対応しつつ機動性を維持、あるいは向上させている。一部の車両では、操縦性の向上と乗員の負担軽減に貢献する自動変速機や、従来の操縦レバー式よりも直感的で疲労の少ない操縦を可能にするステアリングホイール式操縦装置が導入された。さらに、主エンジンを停止した状態でも各種電子機器や空調を作動させることができる補助動力装置 (APU) や、過酷な気候条件下での乗員の戦闘継続能力を維持し、電子機器の安定動作にも寄与するエアコンが標準装備されたことも、運用面での大きな進歩である。そして、現代戦において不可欠なデジタル化された戦術情報・指揮統制システムが導入され、車両間のデータリンク能力が向上し、ネットワーク中心の戦闘環境への適応が図られた。これにより、より効率的な部隊運用が可能となることが期待される。

T-90Mは、その開発目的を達成するために、多岐にわたる先進的な装備を搭載する。

主武装としては、改良型の125mm滑腔砲 2A46M-5を装備する。この主砲は、改良されたカセトカ式の自動装填装置と組み合わされ、APFSDS弾、HEAT弾、HE-FRAG弾といった各種砲弾に加え、9M119M1「インヴァル-M」などの砲発射式対戦車ミサイルも発射可能である。副武装としては、主砲同軸に7.62mm PKTM機関銃が、そして砲塔上部の遠隔操作式銃塔には12.7mm Kord重機関銃が搭載されており、多様な目標へ対処する能力を有する。

防御面では、車体及び砲塔前面に複合装甲が採用されているほか、砲塔及び車体前面・側面に広範囲にわたってモジュール式の爆発反応装甲「レリークト (Реликт)」が装備される。これに加えて、車体側面後部、砲塔側面後部、砲塔後部バスル周囲などには、RPG-7のような成形炸薬弾に対する防御を目的としたスラットアーマーが取り付けられている。さらに、電子光学式のアクティブ防護システム (APS)「シュトーラ1」も搭載されており、これはレーザー検知器、赤外線ジャマー、そして902B「トゥーチャ」システムと呼ばれる煙幕弾発射機から構成され、敵の対戦車ミサイルの照準を妨害する役割を担う。核・生物・化学兵器環境下での行動を可能にするNBC防護装置や、車内の火災を検知し自動的に消火する自動消火装置も標準装備である。

射撃統制装置 (FCS) は、最新の「カリーナ (Калина)」が搭載される。これには、独立した全周旋回能力と熱線映像装置を備え、ハンターキラー能力を実現する車長用のパノラマサイト PK PANと、熱線映像チャンネル、可視光チャンネル、レーザー測距儀を統合し、目標自動追尾機能も有する砲手用のマルチチャンネルサイト「ソスナ-U (Сосна-У)」が含まれる。これらは高精度な弾道コンピューターや各種環境センサーと連動し、高い射撃精度を実現する。

動力・駆動系としては、最大出力1130馬力を発生するV-92S2F 液冷V型12気筒ターボチャージド・ディーゼルエンジンを搭載。トランスミッションは前進7速、後進1速の機械式遊星ギアトランスミッションが基本であるが、一部には自動変速オプションも存在すると言われる。サスペンションは伝統的なトーションバー式である。

その他の装備として、主エンジン停止時にも電力供給と空調作動を可能にする補助動力装置、乗員の快適性と電子機器の安定動作に寄与するエアコンディショナー、そして車両間での情報共有や指揮統制を円滑に行うためのデジタル戦術情報・指揮統制システム、自車位置を正確に把握するためのGPS/GLONASS航法システムなどが搭載され、総合的な戦闘能力と運用性が高められている。

T-90Mは、2017年頃からロシア軍への配備が開始された比較的新しい戦車であり、その大規模かつ注目すべき実戦投入は、2022年から続くウクライナ侵攻においてである。ロシア軍の最新鋭戦車の一つとして、ウクライナ各地の激しい戦闘に投入された。

この紛争において、T-90Mはウクライナ軍が運用する西側諸国から供与されたジャベリン、NLAW、スタグナPといった高性能な対戦車ミサイルや、近年急速にその脅威度を増しているFPVドローン、さらには精密誘導砲弾など、多様な対戦車兵器に直面した。その結果、多数のT-90Mが破壊されたり、損傷を受けたり、あるいは乗員によって放棄されてウクライナ軍に鹵獲される事例が多数報告されている。特に、砲塔上部や側面後部といった、比較的装甲が薄いとされる箇所への攻撃や、トップアタック方式のミサイルに対して脆弱性を示すケースが見られた。

一方で、T-90Mが搭載する「レリークト」爆発反応装甲や「シュトーラ1」アクティブ防護システムが機能し、敵の対戦車兵器の直撃を受けながらも乗員が生還した事例や、一定の防御力を発揮して戦闘を継続した事例も伝えられている。しかし、全体として見れば、最新鋭と位置付けられる戦車であっても、現代の多様化・高性能化した対戦車兵器に対して万全の防御力を提供することは困難であることが示されたと言える。

戦場では、特にドローンからの攻撃を警戒し、砲塔上部に金網状の増加装甲（兵士たちの間では「カニトップ」や「マンガル」などと呼ばれる）を急遽取り付けるといった、現場レベルでの対応策（現地改修）も多く見られる。
ウクライナ侵攻におけるT-90Mの戦歴は、現在進行形であり、その評価は今後の戦況や詳細な分析によってさらに明らかになるだろう。しかし、この実戦は、現代戦における戦車の役割、その脆弱性、そして将来の戦車開発や運用ドクトリンに多くの重要な示唆を与えるものとなっている。