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雪風

Last-modified: 2018-08-18 (土) 14:01:13
No.005
陽炎型駆逐艦8番艦、雪風です!どうぞ、宜しくお願い致しますっ!雪風(ゆきかぜ)陽炎型 8番艦 駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久16火力10 / 29
装甲7 / 29雷装24 / 79
回避50 / 89対空12 / 49
搭載0対潜24 / 49
速力高速索敵6 / 19
射程50 / --
最大消費量
燃料15弾薬20
装備
12.7cm連装砲
61cm四連装魚雷
装備不可
装備不可
改造チャート
雪風雪風改(Lv20)
図鑑説明
陽炎型駆逐艦8番艦の雪風です。
私たち主力艦隊型駆逐艦の中で、十数回以上の主要海戦に参加しながらも、
唯一ほとんど無傷で終戦まで生き残りました。
奇跡の駆逐艦って?ううん、奇跡じゃないですっ!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:藤田咲、イラストレーター:しずまよしのり (クリックするとセリフ一覧が開きます)




目次 Edit

(クリックで開きます)

ゲームにおいて Edit

ステータス

  • 島風と並び、Lv20で仕上がる駆逐艦では最強の部類に属するステータスをもつ。さまざまな駆逐艦に改二が実装された現在でもやはりトップクラスである。
  • 改造前は駆逐艦の中で、対空、装甲と運の最大値が1位、雷装と回避が2位。 
  • 改造後は全艦娘の中で、回避が島風、島風改と並び1位、運の最大値が60でWarspite改の70に次いで2位。
    • 駆逐艦の中では火力、対空、装甲、回避と運が島風改と並び1位。雷装が島風改に次いで2位。
       

現在の入手方法

  • 非常にレアな駆逐艦で、入手は難儀。ただ通常の建造でも出る可能性がある分、第十六駆逐隊の中では最も入手しやすく、第十七駆逐隊の中でもマシな部類ではある(小ネタ参照)。
    • 島風の方はドロップするマップも多く、雪風よりは入手が容易な傾向がある。
  • 専用の建造レシピが編み出されているので、資材が有るなら建造で狙っても良いだろう。回せば出る。
     

出撃や任務関連

  • 島風と並ぶ高初期性能のため、駆逐艦が必要な場面では大いに活躍するはず。特に駆逐艦でないとクリアできない3-2などでは重宝されるだろう。
    • カットイン攻撃発動率の信頼性から、特にボスハンターの適性が高い。この雪風さえ生き残れば、カットイン魚雷攻撃でボスも水底に叩き返せる。回避の高さから生存性にも優れ、大破して夜戦に参加できなくなることが少ない。 
    • 強力なカットインが他の生き残り雑魚に吸われることを防ぐため、隊列最後尾に配属するといいかもしれない。
  • 夜戦では装備構成に依存した特殊な攻撃として、2連続攻撃を行う「連撃」と、強力な一撃を加える「カットイン攻撃」があり(夜戦(戦闘分類)参照)、運60を誇る雪風はカットイン攻撃の発動率も十分に高い。
    • 随伴艦でも約60%*1の確率で魚雷カットインが発動する。
    • 運の最大値は99。他に運99以上になる艦娘は現在の所長門改二(108、改も99)、神風改(99)、Iowa改(99)、瑞鶴改二(99、改二甲も同じく)、初霜改二(100)、Warspite改(109)がいる。
    • 運によるカットイン率上昇にはキャップ値が設定されているので、カンストしても全夜戦カットイン攻撃にはならない。
  • このため鬼や姫などのボス級への対策として、火力要員としても活躍できる優秀な駆逐艦となっている。
    • 戦艦や姫クラスが相手となると連撃では装甲を貫けない可能性もでてくるため、普段からカットイン装備でいいだろう。(連撃→1.2倍×2、魚雷カットイン→1.5倍×2)
  • 雪風が必要となる任務は現時点ではない。
     

その他

  • かなり珍しいことだが、島風と同じく改造してもホロのままでレアリティが変化しない。
    • Sホロ→Sホロや桜ホロ→桜ホロを除けばこの2隻のみ。
  • 透けている。うっすらとパンツに「ゼカキユ」とプリントされていることも確認できる。このプリントは、figmaやミディッチュでも確認できる。
     
  • 2018年2月17日、冬イベント開始と同時に、【エンガノ岬決戦】差分modeが実装された。
    通常の立ち絵は他の限定グラフィック同様、冬イベント終了後に図鑑に格納されたものの、
    通例は併せて格納されるはずの、カード状態に加工されたイラスト及び中破立ち絵は何故か図鑑に格納されていない。

小ネタ Edit

  • 艦隊決戦用に設計された陽炎型十九隻、ほぼ同型の朝潮型十隻、夕雲型の十九隻、合わせて四十八隻中、唯一隻終戦まで生き残った。
    ただ生き残っただけでなく、主要な海戦のほとんどに参加しつつ、毎回ほぼ無傷で帰還した。その幸運ぶりから「奇跡の駆逐艦」と呼ばれる。
    • 例えば戦争末期に行われた日米海軍の総力戦となったレイテ沖海戦で、雪風は最も敵の攻撃にさらされた第一遊撃部隊(通称栗田艦隊)に所属。米機動部隊の空襲やら敵艦隊との不帰遭遇戦など、5日間以上にわたる激戦で武蔵鈴谷など多くの艦艇が沈み、また傷ついた。帰還後部隊司令部は直ちに中央へ戦果と損害の報告をしているが、無傷で即戦闘行動可能と報告されている3隻のうちの1隻に雪風も入っている。
      • 出撃時は39隻いた第一遊撃部隊(栗田、西村両部隊含む)も28日にブルネイに帰着時は14隻まで激減していた*2。栗田長官は脱落艦も含めた所属艦艇の状況を確認し軍令部、連合艦隊に報告しているが、直ちに戦闘可能としているのは駆逐艦長波朝霜と雪風の3隻だけで、あとは大なり小なり修理が必要としている。但し長波朝霜は海戦冒頭に敵潜水艦の雷撃を受け大破した高雄の護衛につけられ早々に部隊を離れており、本格的な戦闘は経験せずに終わっている。つまり実際に激戦を経験したうえで帰還後も即戦える状態だったのは雪風だけだった訳である。まさに異能生存体しかも大体は激戦のど真ん中に居たというからもう……。*3
  • 尤も「奇跡の駆逐艦」や「幸運艦」は戦後に付けられたあだ名で、戦時中は武運の意味合いが強い「強運艦」や「不死身の駆逐艦」、直ちに戦闘態勢に入れる初動の速さから「超機敏艦」と呼ばれていた。 『雪風、いつでも出撃できます!
    • 「幸運艦」の名は軍事評論家の伊藤正徳氏が「武運と言う軍艦としての形容詞ではなく、かえって好運(幸運)と言う平凡な表現の中に雪風の偉大さを求めたい」と、戦後に自らの著書を持って広めた。
  • 沖縄特攻で生き延びたり、呉空襲では係留されたまま米軍機を落としたり(この時機銃弾を撃ち過ぎて、後で上から怒られた)と、乗員の練度も凄まじい。
    ううん、奇跡じゃないですっ!』 ゲームでの台詞は乗員達の腕前を讃えているのかも。
  • 戦争中から 時雨と並ぶ海軍きっての武運艦として海軍で有名だった。ついたあだ名は呉の雪風、佐世保の時雨
    「雪風の武運に肖ろう」と言う噂が部隊の間で広まり、雪風の塗装をお守りに忍ばせようとする兵士が出没。勝手に雪風のスカートペンキを剥がしていってしまい、雪風乗員を困らせた。
    呉の雪風、佐世保の時雨のあだ名について
  • 幸運を讃える声がある一方で、僚艦が次々大破、沈没する激戦でもピンピンしているのを気味悪がられることがあったとされる。
    夕暮(艦これ未登場)が沈んだ際は、敵の空襲を受ける前に各艦が個別回頭し、艦隊の右列先頭にいた雪風が左列先頭に、入れ替わりに夕暮が右列先頭となったため、当の雪風乗員で「雪風の身代わりになったのでは?」と気に病む人もいたらしい。
    • 但しこのエピソード、夕暮が身代わりになったというのは雪風乗員の勘違いである。戦時日誌によれば空襲を受けた際の右列先頭は清波(艦これ未登場)、夕暮はその後続であり、雪風との入れ替わりはなかった事が判っている。
      • 尚、「身代わりになったと考えた同僚がいた」と日記に記したとされる当時の水雷員だが、この水雷員の著書では雪風と夕暮の位置が入れ替わった(夕暮が列の先頭だった)とする記述はなく、従って身代わりになったと気にする同僚も登場しない。 それじゃこの話の出所は一体・・・?
    「乗員の記憶が正確で戦時日誌の方が間違っているのでは?」
  • この様に、気味悪がられたとされる根拠を調べてみるとデマや勘違いばかりであるため、味方に嫌われたと言う話は戦後の創作だとする見解もある。
    「奴が所属した部隊は奴一人を残し全滅する」、「奴は疫病神だ」と言う類のエピソードは有名なアメリカのTV番組「コンバット!」(1962年~1967年放映)でも使われたくらい昔からの定番ネタである。
     
  • 艦艇の性能的に考えれば雪風が島風と同能力値になっているのはおかしく見えるかもしれないが、決して運が高いことで発生したエピソードを反映しただけではない。
    その理由は生存していたことによる乗員の練度上昇と共に、幸運艦として有名になるにつれて次々に搭載されていった装備類にある。
    なんと最終的には、当時最新でまだ開発途中のソナー、対水上・対空レーダー二基、針山のような対空火器を装備というとんでもないカスタムが施されていたのだ。
    • 優先的に新装備が施されたのも、「間違いなく帰ってくるだろう。新装備が沈没で無駄にならない、実戦データを持って帰ってくれる」という期待があってのこと。それもあってか小さな駆逐艦の癖に砲撃成績は優秀だったとか。ナイショだよ。
      • 一方で、最新装備が設置されたのは戦争中盤までで、戦争末期になると雪風に最新装備は行き渡らなかったとする証言もある。
        戦争末期となった昭和20年2月に雪風に着任したある士官は、前任の一等駆逐艦竹(昭和19年6月就役)と比べると雪風の兵装や航海計器は旧式なものばかりで「初めて乗った時とんでもない艦だと思った」と語っている。
        しかしいざ出港すると何だか様子が違う。「雪風は歴戦の勇士揃いで皆練度が高い。ツーと言えばカーと答える阿吽の関係ができていて、これが生き残った理由かと感心した」とこの士官は述べている。
  • グラフィックを担当したしずまよしのり氏によると、雪風が物を見ることしかできず武装としては特に意味をなさないはずの双眼鏡を持っているのは、雪風が数多くの艦が沈むところを見てきたためらしい。
    雪風の双眼鏡には仲間の最期を看取った涙が溜まっているのだという。
    • もっとも「見る事しかできない」と言う解釈は史実の雪風と異なる。戦闘で沈んだ僚艦の乗員の救助活動は勿論のこと、太平洋上を駆け回った雪風は戦闘以外でも航行中に漂流者と遭遇する機会が多く、
      輸送船平洋丸や樽島丸の生存者、撃墜された海軍機「月光」のパイロット、果てはうっかり海に落ちた僚艦の乗員たちなど、雪風の双眼鏡は数々の救助活動において探索に役立ち多くの命を救った。
  • 尚、頭に載っているのは測距儀、頭の横にあるのは22電探、口元にあるのは伝声管である。電探が装備された頃、雪風で「電探から出る電波が水虫に効く」と言う噂が流れ、電探を囲んで座って水虫の脚をかざすのが流行ったそうな。
    艦娘の雪風がそれをやられてるシーンを想像してみると…。
     

艦歴 Edit

  • マル3計画仮称艦名第24号艦として佐世保工廠で1938年8月2日に起工、1939年1月24日に「雪風」と命名。1939年3月24日進水、1940年1月20日竣工。
  • 太平洋戦争開戦時は、初風天津風時津風と共に第十六駆逐隊に所属していた。後に浜風谷風磯風浦風が所属している第十七駆逐隊へ編入されている。
    • ゲーム中において、天津風や時津風、浜風、磯風、矢矧は雪風について言及する事があり、彼女への信頼を感じさせる。
    • 第十七駆逐隊への編入は初風と時津風の沈没、天津風の大破による第十六駆逐隊の解隊に伴う措置だが、雪風編入当時、第十七駆逐隊は開戦当時の艦が健在であったため、異例の5隻編成の駆逐隊となった。
  • 幾多の激戦をほぼ無傷で生還した・・・という華々しい戦果ばかり強調されがちだが、損傷が少ない故に、大きな戦闘の合間も休みなく護衛や輸送の任務をやり遂げた功績を忘れてはならない。
    戦争後期になると味方駆逐艦の残存数が少なくなった分、行く先々で仕事を任される様になり、空母護衛のなんて無茶まで経験する。
    あまりの激務に雪風がどこにいるのか同じ駆逐隊の僚艦たちはおろか軍司令部さえ掴めなくなってしまった。 ブラック鎮守府ってレベルじゃねーぞ
    冗談のような話だが歴とした事実で、雪風乗組みを命じられたある新兵が雪風を探して横須賀からシンガポール、台湾、呉と6ヶ月も渡り歩き、とうとう呉でデング熱に倒れて療養・・・してたら雪風が寄港したので着任できたと言うとんでもない逸話がある*4
  • 彼女の生涯については『雪風ハ沈マズ』(豊田穣著・光人社)という名作がある。全期間を最前線で活躍した雪風らしく多くの海戦や他艦のエピソードも豊富で、艦これファンなら読んで損はない。
  • あまりにもエピソードが多いため、もっと詳しく知りたい提督諸氏はwikipediaや関連する書籍などで各自調べていただきたい。有志が作成した雪風任務表もあるのでどうぞ。
    • 百数十回の任務に出撃し、うち100回が成功。失敗した任務は10回にも満たず。連合艦隊を代表する駆逐艦の双璧として呉の雪風、佐世保の時雨と謳われたのは伊達ではない。
      連合艦隊の数少ない生き残りである事から「負け戦が多かった」、「雪風は幸運でも一緒に行動した艦の被害が多い」という俗説が生まれてしまったが、実際は太平洋戦争全般を通じて、雪風自身は勿論、護衛した艦や共に出撃した部隊の被害が殆どない超優秀艦だった。
      艦隊をお守りします!
       

艦長と乗組員たち Edit

初代(艤装員長) 田口正一大佐
2代目 脇田喜一郎中佐
3代目 飛田健二郎中佐
4代目 菅間良吉中佐
5代目 寺内正道中佐
6代目 古要桂次中佐
7代目 橋本以行中佐
8代目 佐藤精七少佐
9代目 高田敏夫復員事務官
10代目 東日出夫復員事務官
 
  • 雪風で戦った兵たちは、厳しい訓練で培った技術や新しい戦術によって生還したのに、「単に運がいいだけだ」と見られるのが嫌だったとか。
    • 雪風の乗員の練度の高さを伝えるエピソードとしては、戦闘時の被弾を想定した応急処置訓練に関する冬月(艦これ未登場)の士官の証言がある。
      訓練ではいつも雪風が群を抜いて早く、しかも精確な処置ができていた」 戦闘で中々損傷しないからって、日々の訓練を怠っていたわけじゃないのですよ?
  • 被弾損傷や人的損耗も少なかったもののゼロというわけではなく、終戦までに乗員9名が戦死。一般にはこの「9名戦死」が広く伝わっているが元乗組員達により出版された手記によれば13名戦死とある。
    仮泊中に行方不明となった兵(艦から落下した形跡があり溺者となったと考えられた)達も含めての死者の数であり、「戦闘中の死亡でなくても彼らを忘れないでやって欲しい」との元同僚達の願いが込められている。
  • 自称ではあるが、村上水軍の末裔を名乗る兵も雪風に乗っていた。
    マリアナ沖海戦やレイテ沖海戦で機関長を務めた竹崎大尉で、「不惜身命但惜身命」(「必要であれば身命を惜しむな。だがそのためにも命がけで身命を惜しめ」の意味)の家訓を日課として機関科の部下に語った。
    竹崎大尉が退艦した後もこの「不惜身命但惜身命」が雪風機関室における心得として残されたと言う。
  • 大和の特攻に同行した佛坂元軍医長は、復員後故郷の佐賀県で町医者として開業、2010年には地域密着医療に貢献した医師に贈られる賞を受賞しており、今もご健在である。NHKのデジタルアーカイブス でインタビューを見ることができる。
  • 同じく大和特攻時の砲術長だった田口大尉は雪風では珍しくツイてない人だった。元は榛名の砲術士で、雪風に異動後「駆逐艦乗りは何でもこなさなきゃならん」と航海長を任されたが、
    マリアナ沖海戦前に触礁してスクリューを破損、レイテ沖海戦では出航後にターボ発電機が故障、ヒ87船団護衛では機関部が故障するなど、田口大尉が舵を握ると何故か雪風はご機嫌ナナメになる事が多かった。 『あの、雪風に何か、ごよおでしょうか
    田口大尉は戦後、海上自衛隊に勤務し、護衛艦あまつかぜの艦長になるなど活躍した。
     

太平洋戦争における雪風 Edit

開戦 Edit

  • 太平洋戦争開戦時の雪風は華の二水戦に所属。第十六駆逐隊の姉妹たちと共に南方に出撃した。日本海軍の初の水雷戦となったスラバヤ沖海戦や、ニューギニア方面攻略作戦で活躍。
    • ニューギニア方面攻略作戦の一環であるマノクワリ攻略戦(昭和17.4.12)では遅刻した陸軍に代わって時津風と共に上陸作戦を決行、マノクワリを占領すると言う働きまでしている。
       

南方方面戦域―アイアンボトム・サウンドにおける戦い Edit

  • ミッドウェー海戦後、二水戦から十戦隊に異動となると、機動部隊の護衛任務や南方海域での輸送作戦に従事。
    駆逐艦の墓場と呼ばれるほど日米両軍の駆逐艦が多く損失した海域で、殆ど損害らしい損害を受けずに戦い続けた事から呉の雪風と称される様になる。
     
  • 南太平洋海戦(昭和17.10.21~26)では空母瑞鶴を護衛。幸運艦2隻が揃った効果か戦闘開始と共にスコールが発生して瑞鶴の方に敵がやってこないと言う事態になった。
    • 戦闘に勝利した後、瑞鶴と共に戦場に残って帰還した味方艦載機の回収作業を行い、海に着水した多くの味方パイロットを救出した。
      実は南太平洋海戦の2ヶ月前、第十六駆逐隊の中で雪風だけ内地で飛鷹の着艦訓練(所謂「トンボ釣り」)に付き合っていたため、海に落ちた兵の救助に慣れていたと言う巡り合わせがあった。 これも幸運艦ゆえか・・・。
    • 瑞鶴を護衛した功績により山本五十六長官から感状を渡されている。『艦隊をお守りします!』 ・・・が、「トンボ釣りでたくさん味方を助けたんで五十六さんに表彰された」と回想する元乗員もいたりする。『兵隊さんもお守りします!
       
  • ガタルカナル島の米軍飛行場砲撃作戦に端を発して勃発した第三次ソロモン海戦(昭和17.11.12~13)には僚艦天津風と共に参加。
    近代海戦史で例を見ない夜間の近距離砲撃戦となったこの海戦で、雪風は比叡長良夕立らと共に敵巡洋艦、駆逐艦数隻を攻撃し、撃沈に至らしめた(共同戦果)。
    • 戦闘後は行動不能となった比叡を護衛した。奮戦空しく、残念ながら比叡を失う事となったが、西田艦長始め多くの乗員の救助を雪風は行った。
    開戦以来最大のピンチに・・・
    吉田俊雄著「戦艦比叡」、相良俊輔著「怒りの海」での雪風に関する記述について。
     
  • 20隻の駆逐艦隊による大規模な撤退作戦であるガタルカナル島撤退作戦(昭和18.1.28~2.7)にも雪風は参加。
    • 最終日の作戦決行前、海軍司令部は駆逐艦の出撃を渋り、大発艇による脱出作戦に切り替えようとした*13
      この時駆逐艦による作戦を継続させる切欠となったのは「予定通り駆逐艦で作戦を行うべき」と意見具申した雪風の菅間艦長と浜風の上井艦長だったとされる。
      作戦に参加した全駆逐艦の艦長も二人に続いて出撃を名乗り出て、駆逐艦による撤収作戦の決行となった(この後、陸軍側を説得する経緯は白雪の記事を参照)。
      それまでの作戦で実際に救助した日本兵のやせ細った姿を目の当たりにした駆逐艦の乗組員たちは「何としてもガタルカナル島の仲間たちを救ってやる」と言う気持ちになっていた。
    • この作戦は雪風ら参加駆逐艦の将兵にも極秘で計画され(ガタルカナル島への輸送任務と告げられていた)、撤退作戦であると明かされたのも彼らがラバウルに集結した作戦決行4日前と言う慌ただしさだった。
      徹底した情報の隠蔽と、突然の任務変更にも対応した駆逐艦各艦の能力、作戦に従事した陸軍将兵らの決死行によって撤退作戦は成功し、司令部の事前予想より少ない被害で1万人の日本兵の救出に成功した。
      • アメリカ軍総司令官のニミッツ元帥はこの撤退作戦をmagnificent performance(見事なお手並み!)と賞賛し、モリソン戦史も「有史未曾有の見事なる撤退戦」と記している。
         
  • 雪風と常に行動を供にしていたすぐ下の妹の時津風親方ビスマルク海海戦(昭和18.3.2~3.4)において失う。
    低速の輸送船で2日以上かかる敵の制空権下の航路を、昼夜を問わず堂々と突破セヨと言う無茶苦茶な作戦により8隻の輸送船団が全滅。日本海軍は時津風と共に白雪朝潮荒潮も失った。
    恨みは深し ダンピール
    電撃萌王「艦隊バトルメモリアル」のビスマルク海海戦について。
     
  • コロンバンガラ島への輸送任務中勃発したコロンバンガラ島沖海戦(昭和18.7.12~7.13)で、雪風は開戦前からの縁故の神通を失うも、戦力、火力ともに勝る連合軍艦隊に逆転勝利を収める。
    この戦いの詳細と神通の奮戦ぶりについては 神通の記事を参照。
    • 日本の輸送船団は出港直後に連合軍の地上偵察部隊に発見され、最新のレーダーを搭載した艦隊と夜間偵察機に待ち伏せされると言う絶体絶命の戦いだった。
      雪風は新たに搭載した逆探で敵のレーダー波を察知し待ち伏せを見破った*16。神通を失った後は雪風が駆逐艦隊を統率して反撃する。
      次発装填装置により魚雷の再装填を完了させると、スコールを利用して絶好のポジションまで敵艦隊に近づき雷撃を指示。敵の軽巡洋艦2隻、駆逐艦2隻を大破、駆逐艦1隻を撃沈する戦果を上げ、輸送任務の成功に貢献している。
       

本土防衛戦と大戦の終わり Edit

  • 日米機動部隊最後の決戦となったマリアナ沖海戦(昭和19.6.19~20)は、触礁によってスクリューを破損していたため本隊から外され、後方で補給部隊の護衛として参加した。
    • 海戦初日の夜、本隊の補給のため雪風ら補給部隊は前線に進出を命じられる。しかし翌日、本隊に合流したのも束の間、敵襲の警報を受けた本隊は低速の補給部隊を置いて撤退。
      雪風は全速力を発揮できないから後方に回されたのに、最前線で戦う事になってしまった
      • 補給部隊が空襲を受けた際、雪風は探照灯」で米軍機搭乗員の目をくらませ3機を撃墜するという世にも珍しい迎撃を行い奮戦。 公式4コマ35話でもネタにされている。
        残念ながら被害を受けた油槽船一隻を雪風が雷撃処分する事となってしまったが、 これだけの窮地の中、補給部隊8隻の内、損失を2隻(内1隻は至近弾による機関損傷が原因の自沈処理で、戦死者はゼロだった)に止めたのは見事とも言える。
         
  • マリアナ沖海戦後、スクリューの修理のため一足先に帰国の途に着いた雪風は、台湾沖で米潜水艦により沈められた陸軍輸送船の乗組員が筏で漂流している所に偶然通りかかり
    飢えと乾きに苦しんでいた80名の生存者を救助するという幸運艦ならではの働きをしている。
     
  • レイテ沖海戦(昭和19.10.23~26)には、矢矧率いる第十戦隊の第十七駆逐隊に所属して第二艦隊(栗田艦隊)第一遊撃部隊第二部隊の護衛として参加。
    出力が低いディーゼル発電機のみで4日間に亘る戦闘を前述の通り最後まで戦った艦艇で唯一無傷で生き延びた事や、無抵抗の敵艦を撃たず敬礼を持って見送った事など、多くのエピソードを残した。
    史上最大の海戦において
     
  • レイテ沖海戦後、信濃の回航の際護衛を務めていた雪風は、信濃を追跡する浮上中の米潜水艦を目にしながら漁船と誤認・・・雪風痛恨のミスとして語られるこのエピソードだが、実は全くのデマである
    日本側記録に「信濃を後方から追跡する船舶をレーダーが感知。調査に向かわせた雪風が『漁船と思われる』と報告した」とあり、これが実は信濃を撃沈した米潜水艦アーチャーフィッシュであったとする説だが、
    アーチャーフィッシュの艦長ジョセフ・F・エンライト少佐の証言によれば、この時間帯、アーチャーフィッシュは信濃の前方にいて、雪風が調査した船はアーチャーフィッシュでない事が判っている。詳しくはこちら
    • 「雪風が浮上中の米潜水艦を漁船と誤認した」と記したのは豊田穣氏ら数名の作家である。
      中でもエンライト少佐に直接取材をした豊田氏が、勘違いによるものか、意図的な脚色か、エンライト少佐の証言を正しく伝えなかった理由は不明である。
      但し豊田氏の著書では、別の時間帯に潜水艦を発見した雪風乗員の証言まで「確認できなかった」と変えられている点は記しておく*19
       
  • 大和の沖縄特攻(昭和20.4.7)に随伴艦として参加。
    沖縄へ向かう途上にて発生した坊ノ岬沖海戦で日本艦隊はアメリカ軍機動部隊の艦載機の空襲を受け大和、矢矧、朝霜、磯風、浜風が沈没。沖縄突入を断念する。
    雪風は敵機の機銃掃射を受け3名の戦死者と数名の負傷者を出すが、ほぼ無傷で戦闘を生き残った。
    不惜身命但惜身命
     
  • 太平洋戦争における雪風最後の戦闘は宮津湾空襲(昭和20.7.30)であった。
    B29による機雷投下によって、天橋立を眺める狭い湾内に閉じ込められた雪風と第十七駆逐隊最後の僚艦初霜を米爆撃隊が襲撃。
    機雷を投下しにくい陸岸付近を進みながら、20ノット前後の低速しか出せない不利な戦闘で開戦以来最大の死傷者(戦死1名、負傷者20名)を出したが、10時間に亘る戦闘でF4Uコルセア1機を撃墜する奮戦の末、雪風は生き残った。
    雪風としての最後の戦い
    初霜の触雷大破についての風評被害
     

復員輸送船として Edit

  • 終戦後は復員船として1万3千人以上を本土へ帰還させた。その中には、後に「ゲゲゲの鬼太郎」などをヒットさせる水木しげる氏の姿もあった。
    • 水木しげると言えば妖怪漫画で有名だが、ラバウルでの戦場体験を元にした『総員玉砕せよ!』などの戦記漫画も描いている。駆逐艦雪風をモデルにした*22『駆逐艦魂』という作品もある。
    • 雪風の帝国海軍籍からの除籍日は1945年の9月15日*23、10月5日*24、11月30日*25と諸説ある。特に11月30日は2015年に水木氏が亡くなった日でもあり、当時話題になった。
      • 因みに水木しげるが復員時に乗艦したのは雪風なのだが、召集され、ラバウルまで乗せていった船は日露戦争日本海海戦でロシアバルチック艦隊を最初に発見する功を立てた輸送船「信濃丸」だったという。この船も老朽化しつつも輸送船としてボロボロの船体*26を鞭打って働き続け、太平洋戦争を無事に生き延びた。その後は雪風同様復員船として活動し、作家の大岡昇平は信濃丸に乗って復員している。その後は戦前に籍を置いていた漁業会社に戻り、1951年に除籍されスクラップになるが、2度にわたる徴用を受けながら生還した同船も幸運の船と呼ばれる事がある
  • 復員輸送任務中、元乗組員は 1/4に減らされ、船に乗ったことが無い元陸軍兵や仕事を求めてきた従軍経験の無い民間人らと共に任務に出されたため、戦時中の雪風では見られなかった対立も生じたと言う。
    当時は気象予測も自前でやらなければならなかったため、台風に直面する事も多く*27、時には他の復員船が損傷、座礁するような大波の中で任務に当ったとある。
    • 乗組員たちは艦内の風紀を保とうと頑張った。引揚者に「とても綺麗な船ですね。日本は敗れて大変なことになったのに、今までどこで戦っていたのですか? 航海に出たのも初めてじゃないですか?」と責められた事もあったが *28
      腐る事なく初代艦長の時代から引き継いだ艦風を守って艦内を整備し続け、少しでも復員兵や引揚者を良い気分で日本へ送り届けてやろうと務めた。
      引揚者の中に妊婦がいて、雪風艦内で出産すると言う慶事にも恵まれた。当時の軍医長が取り上げ、佐藤艦長が名付け親となった男子がひとりと、軍医長不在の航行中に看護兵曹と部下の看護兵(歌手の榊原郁恵の父親)が取り上げた女子ふたり。3人の子供が雪風で産まれた*29
復員輸送中の雪風では有志らが雪風楽団を結成し、「復員者歓迎雪風の歌」を演奏して復員兵や民間の引揚者を慰めた。
  • 復員輸送は入港後48時間以内に乗員の交替、補充、物品の積み込み等を完了し、次の目的地に向かう48時間制の決まりがあったため、船員は終日上陸の暇なしの多忙な日々を送ったが、時には予期せぬ任務で出動した事もあった。
    横須賀寄港中の雪風は「銚子沖で遭難船あり」という電報を受け緊急出動。雪風より大きな第六青函丸*30が大波で漂流しており、一昼夜かけて浦賀まで曳航した。不沈艦に憩いはない。雪風は終戦後も変わらず働き者だった。
  • 中華民国海軍に引き渡しが決まったあとも乗組員たちは清掃や手入れを怠らず、艦体、機関は勿論、兵器ではない煙草盆に至るまで整備が行き届いていたという。
    雪風は戦時賠償艦の中からモデルシップ(最優秀艦)に指定され、連合国側から「敗戦国の軍艦でかくも見事に整備された艦は見たことがない」と感嘆された。
    伊藤正徳氏は著書の最後において「雪風は最後の日まで日本の名を守った」と記している。
雪風楽団が雪風とのお別れを前に作った「雪風袂別の歌」。
 

丹陽 Edit

  • 復員船の役目を終えた後に賠償艦として引き渡され、駆逐艦でありながら中華民国(台湾)海軍旗艦「丹陽(タンヤン)」として就役。
    どうも連合国にも雪風の強運っぷりは伝わっており、旗艦就任はそれを見込んでの事だったんだとか。蒋介石総統が台湾に逃れる際には雪風に乗艦したという。
…と言う話が有名だが
  • 雪風は帝国海軍時代にもわずか3日だけ艦隊旗艦を務めた珍しい記録*31がある。
  • この時陰陽思想で雪も風も陰に属する字のため名前がいまいちということで、陽である丹(赤)と陽を使うことになった。
    余談だが、中華民国海軍の艦艇名には日本からの賠償艦・米国からの供与艦を問わず○陽が多い……というか名付け元の都市名に○陽が多いというべきか。
    あちら流の験担ぎと思われ、総称して「陽字號」などと呼ばれることも。ちなみに、帝国海軍艦艇由来の「陽字號」は以下の通り。
    中華民国海軍での名称帝国海軍での名称
    丹陽(DD-12)陽炎型・雪風
    信陽(DD-15)橘型(改松型・改丁型)・初梅
    華陽(艦艇番号未付与)橘型(改松型・改丁型)・蔦
    瀋陽(艦艇番号未付与)峯風型(改峯風型・野風型)・波風
    汾陽(艦艇番号未付与)秋月型(乙型)・宵月
    衡陽(艦艇番号未付与)松型(丁型)・楓
    惠陽(艦艇番号未付与)松型(丁型)・杉
  • 引き渡された当初、武装は降ろされていたが、国民党海軍の手によって旧帝国海軍の鹵獲兵装を取り付けられ、後に補給の問題からアメリカ式の火砲に換装されている。
    • 旧海軍の鹵獲品装備時は、艦首に12.7cm連装高角砲1基、後部にはなんとあの10cm連装高角砲2基を装備。
      後者は上記の秋月型宵月の装備品・・・ではなく(復員輸送の時点で武装解除済)、台湾の防空砲台から転用されたものである。*32
    • 一方、12.7cm連装高角砲は嘗てマリアナ沖海戦で共に戦ったの装備品であったという説がある。
      1944年9月に響は台湾沖で機雷により艦首部を大破。台湾の左営市で応急修理を行ったが、その際一番砲塔を撤去した。
      その砲塔が台湾で防空砲台として使用され、終戦後も現地に残っていたものを丹陽に転用したとする説である。
  • なお、丹陽として就役した後も幸運ぶりを発揮。詳細は省くが、幸運を通り越した異能生存体っぷりは健在だった。中共艦艇と交戦中、突如ボイラーが本調子を取り戻したことで往時の高速を発揮し危機を脱したり、命中寸前の砲弾が突如空中で爆発したという逸話も残されている。
    • ソ連油槽船拿捕や人民解放軍の沿岸用コルベット撃沈等戦後も活躍し1965年に一線を退いたが、その後も訓練艦として就役していた。
      日本で雪風返還運動が始まり、1969年には1年後の返還が約束されるところまで漕ぎ着けたのだが、夏の暴風雨によって老朽化していた船体が大破し、あえなく解体された。栄えある帝国海軍最後の実働艦は、結局最後まで戦没することは無かった。
      • 実は台湾側とは食い違う。当時台湾海軍の少将だった鍾漢波將軍の駐外武官的使命-一位海軍軍官的回憶によると、日的要求厳拒否と返還しないことになっていた。20数年に渡り、台湾海軍総旗艦を務めた丹陽は台湾海軍にとっても栄光の艦であったのだ。なお、台湾側の名目はあくまで丹陽の一部を日本の友好団体の雪風会に贈呈したのであり、雪風を返還したのではない。
    • この時のこともあって、当時の中華民国だった台湾でも雪風、もとい丹陽は人気があるんだそうな。何せその生涯を描いた擬人化漫画があるくらいだし!
    • 取り外された錨と舵輪は1971年、元艦長や乗員たちが出迎える中で返還された。返還式典は火葬場の拾骨のように沈痛な空気に包まれ、「あの雪風がこれだけになってしまった」とかつての乗員たちは男泣きに泣いたという。
      現在は江田島の海上自衛隊第一術科学校校内の教育参考館に静かに安置されている。また台湾の中華民国海軍司令部(台北市)と海軍軍官学校(高雄市)には彼女のスクリューが残されており、軍官学校校史館には丹陽時代の資料や模型などが展示されている。
       

雪風の帰還 Edit

  • 終戦から十数年が経過し、復興を果たした日本に、再び軍艦の建造が認められる事になりました。
    戦後初めての自国生産による軍艦。生まれ変わった日本にとって、そして発足して間もない海上自衛隊にとって、
    極めて重要な意味を持つことになる最初の護衛艦。はるかぜ型護衛艦。
    その二番艦が、一番艦はるかぜより一月早く進水する事となりました。
    戦後復興を象徴する、正真正銘の最初の護衛艦。
    この排水量1,700トンという小さな彼女に与えられた名は──
    「ゆきかぜ」
    ──です。
    この名が発表されたとき、旧海軍の関係者や、復員船となった雪風のおかげで祖国に帰ることができた人たちは、
    皆、同じ言葉をもって迎え入れたそうです。「おかえり」と。
海上自衛隊発足後初の国産護衛艦として
 

参考資料・書籍 Edit

  • 『雪風ハ沈マズ』―強運駆逐艦栄光の生涯 豊田穣 光人社NF文庫

コメント Edit

過去ログ

最新の20件を表示しています。 コメントページを参照

  • 5-4海域で割とドロップするので前は、「どうしよう? ヘタに扱うとタタられそうだし」と頭かかえていたけど最近は、新規の艦や改二になった艦を改装する時に使ったりしている。別にゲーム上のステータスで「運」が上がるわけじゃないけど、この艦の幸運を少しでもわけてもらいたいと思って -- 2018-05-05 (土) 17:33:49
  • 復員輸送船時代の小ネタにある榊原郁恵さんのお父さん、雪風勤務時代の写真を見たけど、郁恵さんお父さんそっくりだったw -- 2018-05-07 (月) 19:23:12
  • 改2実装マジでお願いします -- 2018-05-16 (水) 00:35:48
    • 姉二人の改二の靴が雪風とお揃いなのを見て少しほっこり。 -- 2018-05-16 (水) 07:28:12
  • 2-4ボスできみがきたよ・・・ちがう、ちょっと、ちがうんだよ・・・・・・ -- 2018-05-19 (土) 23:26:01
    • わかるわ、ちょっとこのげっ歯類繁殖し過ぎだよな。この2日間で3人、へたなコモン艦より出てる。 -- 2018-05-20 (日) 08:18:37
      • 言い回しはアレだが、雪風がいっぱい増えたシーンを思い浮かべたら、何か和んだ。 -- 2018-05-22 (火) 07:29:34
      • ねずみ算式って言うからね、しょうがないね -- 2018-05-22 (火) 09:26:36
  • この前艦これやってる友人が「雪風って史実では死神って呼ばれてたんでしょ?」と言ってきて軽くショックを受けた。割と史実オタなんで雪風に関して文献は色々見てきたけど死神と呼ばれていたって書いていた本は見たことないなぁ。でも艦これ二次創作でも雪風が死神扱いされていたってなってるのが多くて悲しい。 -- 2018-06-06 (水) 21:18:42
    • 過去はともかく現在そんないわれのないことを勝手に作られてる雪風ってコンバトラーの主人公をものすごく嫌ってそう -- 2018-06-06 (水) 21:45:56
    • 上のツリーでcoされた人が前に「乗員の手記(激動の昭和・世界奇跡の駆逐艦雪風)に雪風が死神と呼ばれていた証言が残ってる」と言ってたけど、最近この本入手したら(7万もした!)やっぱり死神と呼ばれていたと言う話は書かれてなかった。何でそういう嘘つくかな? -- 2018-06-09 (土) 12:36:50
      • ちなみに「乗員の手記」の中で、前に乗っていた船が沈んで雪風に転属になった兵が、同期の友人に「沈んだ船の兵が乗ってくるとツキが落ちると言うぞ」と言われたと言う、全く正反対のゲン担ぎが当時の海軍にあったと書かれている。確かに普通に考えたら生き残った船が沈んだ船より縁起が悪いと思われるのはおかしいよね。 -- 2018-06-09 (土) 12:46:17
      • そんなに値上がりしたのか。数年前は諭吉さん3枚で何とかなったのに・・・。 -- 2018-06-16 (土) 14:29:10
    • 「雪風は味方から死神と呼ばれていた」と書いた本が全くないわけじゃないんだけれど、大体2000年も過ぎた頃になって円道祥之、伊藤龍太郎らアニメ、ゲーム業界に関わっている様な人たちが、「呼ばれていたと言う」とか「そういう話があったらしい」とか、伝聞の形で書いたものばかりで、1950~1990年にかけて旧軍関係者や関係者に直接取材した研究家たちによって盛んに発表された戦記物の中で「雪風は死神と呼ばれていた」と書かれたものは見かけないね。「雪風=死神ネタは1979年に発表された「戦闘妖精・雪風」からの逆輸入だ」と言う説は案外正しいかも? -- 2018-06-12 (火) 07:28:37
    • wikipediaによれば艦これの同人誌を書いてる有馬恒次郎も一般書籍で「雪風は死神と呼ばれていた」と書いたとあるが、二次創作気分で書いたのが広まったのかな。 -- 2018-06-17 (日) 15:47:55
    • 艦これ以前の古い話だが、有馬が死神云々に触れた文面はそれより前に発表した伊藤のを写したんじゃないかと言われてたな。どっちもイカロス出版の本と言う話だし -- 2018-06-29 (金) 22:45:41
      • その伊藤龍太郎も去年ホビージャパンで駆逐艦雪風について書いた時は「雪風は死神と呼ばれていた」と書かなかったしね。この話を扱うのはウケ狙いで派手な話を書くレベルのライターだから、時流に簡単に引き摺られる。雪風死神説の根拠や裏付けはない、と艦これ人気と共に広まったのは無意味じゃないね。 -- 2018-07-05 (木) 06:17:57
      • ネタのつもりで悪評広めようとして世間体気にして引っ込めたら本末転倒という感じもするけどそういう変節漢はまだ何とかなる方で、下の枝で紹介されてるような「俺の持ってるイメージが歴史的真実として広まらねば我慢できん」という執拗なタイプに目をつけられると厄介極まりない。 -- 2018-07-14 (土) 14:10:44
      • 本当にそういう例あるんだというか史実関連でもいるんだなそういうの、俺はゲームで遭遇したわ。資料なしにwikiを改竄してるって例だけど。ああいうのは誰かが能動的に指摘してやらんとどうにもならんのか。 -- 2018-07-16 (月) 00:15:28
      • ↑wikipediaには「善意にとる(疑問が生じても可能な限り善意にとり続けてください)」と言うルールがあるから、出典として挙げた資料に書かれてないデタラメな話書いても「勘違いしただけ」と言えば編集取り消されるだけで、前科数十件の常習犯でもなければ処罰はうけない。wikipediaを悪用して史実改竄を図るレベルの人は大抵このルールを熟知してて、誰かに気付かれない限り何年でも嘘を掲載できると悟った確信犯だから、周囲の指摘なんて恐れないんだよね。 -- 2018-07-28 (土) 09:55:35
    • 故意に悪い噂を流してる人がいるそうだからね。ある軍事ヲタが「雪風がいたせいで味方が沈んだ」説を広げようとウィキペディアで頑張ってたらしい。指摘されてる雪風、谷風、信濃、夕暮、清波の記事の他、探したらコロンバンガラ島沖海戦の記事でも「戦闘詳報に書いてあった」と嘘ついて「艦列の先頭にいた(雪風と場所が入れ替わった説で言われてる艦列。本当は戦闘詳報で夕暮は艦列の最後尾だったと書いてあった)夕暮が轟沈」と書いていた。最近気づかれるまで7年くらいそのままだったと言う。 -- 2018-06-30 (土) 17:33:00
      • 酷いな・・・。ネタを流行らせようとしてるんじゃなく、風評を史実にしたがってる奴が布教してるのか。 -- 2018-07-01 (日) 12:27:46
      • 皇帝ネロ、石田三成、井伊直弼など例を上げればきりがないように、宗教上や政治上の都合で捏造、誇張してでも悪いイメージだけを植え付けようとする奴はいつの時代にもいるから始末に負えない -- 2018-07-04 (水) 20:26:22
    • ピクシブやニコ動で「雪風は死神と呼ばれた」って作品見たとき「史実でそんな話なかったんじゃない?」と突っ込むと、作者や他の視聴者から「本当かどうかわからないがそういう話があるのでネタに使っただけだろ」と返ってくる。雪風好きにしたら許せん話だと思うが死神言う人の大半は「二次創作を真に受ける方がおかしい」て考えで史実や悪評には殆ど関心ないんじゃないかな。それと「俺は雪風は味方の運を吸い取った死神だと思ってる」と自分の口で言っちゃうと酷い奴と思われるから、他の誰かが雪風を死神扱いしたと言う話にして「事実だ」と広めてる人がかなりいると思う。 -- 2018-07-24 (火) 21:32:26
      • 二次創作で死神ネタやる人は「このあだ名かっこいい!」という動機がほぼ全てだろうな。史実と全然関係のない、こじつけの設定で雪風に死神というあだ名をつける作家もいるし。味方殺しの悪い意味のあだ名をそうまでして残すのはどうかと思うが。「僕の考えたかっこいい雪風」で済まず、「実在した雪風も死神ってあだ名で呼ぼうよかっこいいから!」もいるのが雪風の悲劇。ボクサーやプロレスラーのリングネームじゃないんだからさ…。 -- 2018-08-05 (日) 15:58:52
      • 姉妹艦が全て沈む中ひとり生き残った幸運を責められ自虐する雪風は個人的に好きなシチュだけど「死神と呼ぶのは悪口だ」と改まって言われない限り自分の嗜好が雪風と乗員への中傷だとは意識しないんだよね 正直に言っちゃうと -- 2018-08-08 (水) 20:20:31
      • 以前「日本人は雪風を酷いあだ名で呼んでる」と台湾で広まったと聞かされた時も「それは昔の人が呼んだ話」や「昔そう呼んだ人がいたから今ネタにする人がいる」と責任転嫁したことも恥ずかしながらある -- いつものIDで懺悔する度胸がないks提督? 2018-08-08 (水) 20:24:12
      • ↑お前なあ・・・・・・まあどうせそんなもんだろうとは思ってたけどさあ、萌えゲーで遊ぶ範囲と実在した人たちに触れる範囲は最低限弁えろよ。 -- 2018-08-08 (水) 22:29:05
      • あー第六青函丸実装されないかなー第六青函丸ー。あとジョンストンこーいジョンストンー早くこーい。 -- 2018-08-11 (土) 10:48:01
      • 青函連絡船実装させてどうするんだw嫁艦連れて北海道旅行か? -- 2018-08-16 (木) 14:51:16 New
    • 艦これだと創作でなく史実解説謳った漫画でも「周りが沈んでも生き残ったので同行を嫌がられた」つー嘘つきが定期的に湧く。大体ボトムズ見てた世代。チャーリーにしなかお前もか。 -- 2018-07-28 (土) 14:40:54
      • 最新アンソロの漫画?あれ雪風は一緒にいるのを怖がられたと解説する天龍と、それを雷が「わかる、わかる」と太字で頷くシーンの方が不味いと思った。天龍は解説役だからで言い訳できても雷はそういうの許すキャラじゃないだろうに。 -- 2018-07-28 (土) 18:02:59
      • 雷と雪風は共に第三次ソロモン海戦第一夜戦で被害を受け、翌日の第二夜戦へ出撃できず、日にちは違えど2隻とも修理のため内地に帰還した経歴があるので、雷が「幸運すぎる雪風との同行を怖がる気持ちがわかる」と言ったらおかしいですね。「同行を怖がる気持ちがわかる」のは雷でも当時の兵隊でもなく作者のチャーリーにしなか自身で、あまり深く考えず代弁者を選んだから史実の経歴やキャラの性格を無視した形になったのでしょう。 -- 2018-07-30 (月) 18:09:50
      • 兵器を解説するシリーズで「嚮導駆逐艦とは何か?」がテーマの回なのに、わざわざ1ページ使ってジャーヴィスは「戦死者ゼロで雪風以上の幸運艦」と記録が明確な面を出して上げ、雪風は「周りが沈んでも生き残るので逆に同行を怖がられたらしい」と伝聞情報を出して下げた(チャーリーは褒めたつもりかもしれないが)のは嫌な印象を受けましたね・・・。これまで兵器の性能面を比較するのは定番でも艦個別の経歴を比べて優劣語ったりしなかった分、特に。 -- 2018-08-01 (水) 19:43:49
      • 公式のアンソロで事実かどうか分からない悪評を書くのも、それを他の子に代弁させるのも見ててあまりいい気分ではないですよね。 -- 2018-08-01 (水) 22:29:20
      • 「〝周りが沈んでも雪風だけ生き残ったから〝死神と恐れられた」←雪風も周りも無事帰還した任務のほうがずっと多いととっくに判明してるのにいつまでこの嘘続ける気だ。恐れられた理由が嘘なんだから「死神と恐れられた」が本当のわけない。別の理由を考えて「死神と呼ばれたのだけは事実」と言い張る奴もいるが一度嘘だと判明した以上理由を変えて結論だけ曲げないと言い張っても無駄だ -- 2018-08-02 (木) 17:47:46
      • ひとつ上の枝で「二次創作で死神言ってる人は史実に関心ないと思う」と書いたらそのすぐ後に公式に梯子外されて痙攣起こしたよ。雪風のいる前で「雪風って周りから怖がられたらしい」「わかるわかる」と平気で会話する天龍と雷なんて見たくなかったなあ。 -- 2018-08-02 (木) 19:52:19
      • ↑2実際一昔前は「雪風が護衛した船は悉く沈むから」「雪風は無傷でも一緒に出撃した仲間が全滅するから」てのが一緒にいるのを嫌がられた理由だったのに雪風の経歴が詳しく知られ始めると「大戦全般を通じて一隻だけ無傷だったから」「16駆が解散したから」と何回もスケールダウンしてるんだよねw理由が変遷してる時点でもう作り話だと露呈してるのに。 -- 2018-08-02 (木) 20:05:00
      • ↑5「ジャーヴィスは勲章沢山貰った。戦死者ゼロだった。雪風以上の幸運艦だ。まあ雪風は味方に一緒にいるのを嫌がられるくらい幸運だったけどな」これで褒めてるわけないだろう。同じことをどこかのコメント欄に書いたらただの対立煽りだぞ。チャーリーは褒めたふりして雪風disっただけだ -- 2018-08-02 (木) 22:44:19
      • 佐世保アンソロ17読了。小ネタの艦歴の項に書かれている「雪風は幸運でも一緒に行動した艦の被害が多いと言う俗説」これが昔は通説みたいに語られていた。チャーリーにしなかの雪風観はその頃のままで、他意も何もなく「雪風で幸運と言ったらその話」と思ってるかもな。 -- 2018-08-04 (土) 15:14:54
      • ↑追記。通説みたいに語られていたのは漫画やアニメの雑談の範囲でね。本職の軍事研究家はすぐ嘘とわかるので相手にしてなかった。 -- 2018-08-04 (土) 15:18:50
      • 雪風は味方に怖がられていたと作者が信じているなら、それを自分の作品で発表するのは自由だし、雷と天龍も作者の中でああいうキャラならそう書くしかないだろう。ジャーヴィスは雪風以上の幸運艦と書くのも自由。ただ一方は高く評価された話で、もう一方は敬遠された話を晒すのは比べ方としておかしいと思わなかったのか。或いは本当にどちらも称えてるつもりだったのか? -- 2018-08-04 (土) 18:27:48
      • ↑4「そんなこと公式で描いていいのかよ」と興味が沸いたので久しぶりにアンソロ買ったら本当にその酷いオチで一周回って笑っちまった。作者の思惑がどうあれ監修ついてて編集部もチェックしたはずなのにお粗末過ぎる -- 2018-08-05 (日) 07:03:08
      • ぼっちで陰のある雪風を「すごく…いいよね?」と勧めてくる提督がたまにいるが、チャーリーもそれと同じで「孤独に戦う雪風すごくイイぞ!」という人ではないかな。で、1ページ出す程度なら願望優先して雪風の史実エピソードはスルーしたと推測。尤もそれだと「わざわざ雪風の話しなくてもいいだろ」になるが。 -- 2018-08-05 (日) 16:06:33
  • 幸運の女神「唇荒れました」@公式4コマ -- 2018-06-08 (金) 12:44:08
    • 異能生存体改め、対空頑張りつつ全部避ければ先輩w -- 2018-06-08 (金) 18:50:26
    • 雪風改二になって対空値上がれば「対空頑張る」も「全部避ける」も全部できるようになる(?)からあながち間違いじゃないなw -- 2018-06-09 (土) 01:23:35
  • 小ネタ、新しく実装された艦娘(サミュエル・B・ロバーツ)のリンク先と、コロンバンガラ島沖海戦の記述の誤字をちょっと修正。 -- 2018-06-21 (木) 06:22:52
  • ぶっちゃけて問いたい、雪風とジャーヴィスはどっちのほうがよりすごいんだ?俺提督にはどっちもすごくてどっちも強くてどっちも可愛いという答えの先に行けなかった -- 2018-06-29 (金) 03:39:49
    • 俺はどっちのぱんつも可愛いと言う所までたどり着けたぞ -- 2018-06-29 (金) 22:46:58
    • 知りたければ両者とケッコンして夜戦すれば分かると思う。 -- 2018-06-30 (土) 17:58:23
    • 一つ言えるのは、両方ツルツルだ。 -- 2018-07-01 (日) 12:39:23
    • ペスト持ってない方が凄いんじゃないかな -- 2018-07-08 (日) 03:24:50
  • 時報がないなら作ればいいじゃない、と今あるボイスを継ぎ接ぎして週末を潰して「無理だった」と理解し・・・た・・・HAHAHA -- 2018-07-01 (日) 12:13:02
    • 木主には正に雪風の時報が必要だったな…いつも忙しい雪風による時報だと却って時間が経つのを忘れそうだが。 -- 2018-07-05 (木) 06:22:48
  • レアレシピ回して1週間だがもう2隻も雪風が出たw最初は3回目でw なんか運命を感じるわ -- 2018-07-08 (日) 03:13:35
  • あ、上のは日課で回した、1日4隻引いておよそ24隻中ってこと -- 2018-07-08 (日) 03:16:57
  • ようやく呉の恩人と連絡がつながった…。幸運の女神のご加護があったような気がする。ありがとう。 -- 2018-07-09 (月) 22:53:32
  • 雪風3艘目来ちゃった・・・デイリー5日だけでまた1艘 雪風に取り憑かれてるのか俺?ちなみに島風はまだ -- 2018-07-14 (土) 10:57:41
    • おまえに幸運の女神がキスしてるぜ -- 2018-07-14 (土) 14:13:24
    • 島風なら2-4で日振掘ってるときに9隻…まあその幸運ならすぐ来るさ… -- 2018-07-14 (土) 14:30:51
    • 牧場に繋ぐとしても長10㎝若しくは酸素魚雷が開発当てにせず本当に確実に欲しいとき位だろうなぁ -- 2018-07-28 (土) 10:35:29
    • その後の経過ですが、島風は無事2艘引き当てました ついでに伊8も出ちゃいましたw -- 2018-07-29 (日) 17:27:17
      • 島風より先に取り憑いてくれた幸運の女神×3に感謝しなさい。しかしスク水ニーソ&履いてない×3&Z旗×2って、木主の鎮守府の風紀は大丈夫なのか…。 -- 2018-07-30 (月) 07:24:21
  • 響もアップされて、残るは、これと、矢矧の改二だな。次のイベは、やはり菊水一号ですか。 -- 2018-07-14 (土) 22:34:35
    • 待て待て待て、肝心要の大和の改二を忘れてはいかん。 -- 2018-07-15 (日) 15:32:16
    • 響は以前からちょくちょく能力更新されてるよ、回数なら多分トップ -- 2018-07-16 (月) 00:14:49
      • あれは専門家でも全容を把握できないВерныйを簡単に実装させた弊害だな。国を渡った船と言う経歴は魅力的だったのかもしれないが一時期は運営の「どう強くして良いか判らない」感がすごかった -- 2018-07-18 (水) 14:51:53
    • 夏の欧州・・・残念だったな。まあ菊水一号は冬月実装含めて参加艦の準備に時間が必要だしな。 -- 2018-07-28 (土) 14:43:46
  • 戦闘妖精のほうの元ネタだっけ -- 2018-07-23 (月) 11:43:27
    • 工廠の妖精さんだろw -- 2018-07-29 (日) 17:54:30
      • は? -- 2018-08-02 (木) 11:16:10
      • くしょん大魔王 -- 2018-08-02 (木) 12:07:57
      • 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん! -- 2018-08-02 (木) 18:30:19
      • ↑このノリ好き -- 2018-08-02 (木) 22:51:07
  • 何となく入手順見てたら、時津風→初風→天津風→(島風)→雪風だった… 最後だったのか、と驚いている -- 2018-07-31 (火) 19:33:26
    • 足回りや腰回りで無意識に提督を誘惑する度合いがだんだん強くなる順番(諸説および個人差があります) -- 2018-08-02 (木) 23:00:32
    • 時津風と初風が逆ならどんどん脱げて行く順だったのになw -- 2018-08-05 (日) 07:07:16
  • 水木しげる「駆逐艦魂」に登場する旋風・・・「艦首波を利用して魚雷を反らして回避」  実在した駆逐艦雪風・・・「艦首波で魚雷を反らそうとしたら偶然(珍しい艦長の指令ミスの結果だが)2本の魚雷の進路の中間を船が通過して回避」  創作より事実の方がミラクルって本当にこの船とんでもないなw -- 2018-08-04 (土) 18:10:57
    • 賠償艦として丹陽になってからも向かって来た砲弾が空中で謎の爆発とかこれだから異能生存体とか言われる訳でw 創作より現実の方が凄いというのは多々あるもの、最年少出産、早撃ち、巨乳症とか -- 2018-08-04 (土) 18:26:57
      • さいしょの航海で氷山にぶつかって沈んだ船もあれば、こうやって数々の「なにか」に守られていたとしか思えない船もいるんだな -- 2018-08-18 (土) 16:52:58 New
    • 菅間艦長が疲労の末退艦するひと月位前の話だな。この時指揮に支障を来すくらい疲れていたのかもしれないけれど、艦長がミスしてもすかさず雪風がフォローすると言う、人事を尽くして天命を待つ? -- 2018-08-06 (月) 04:27:24
  • 今日、若しサプライズ改二があるとしたら、この娘か一航戦(のどちらか)辺りかなと空想してますが、どうでしょうね。運営さんの事ですから何か仕込んで来そうですが、果たして…? -- 2018-08-17 (金) 12:25:10 New
    • もうサプライズやっちゃったから雪風は来ないと予想…ていうかこれ雪×谷コンビ好きには複雑過ぎて引き攣る雪×谷モノ増えろ(祈 -- 2018-08-17 (金) 18:43:46 New
  • 新人物往来社「海軍艦隊勤務」を読んでたら斎藤水雷長のお話があるんだけど、南太平洋海戦ではまず時津風と一緒に先遣隊としてヌデニ島の飛行艇母艦を攻撃せよって命令うけてたみたい、突入したけどいなかったんでその後瑞鶴護衛 -- 2018-08-17 (金) 19:29:51 New
    • 天津風と一緒にヌデニ島の基地を砲撃した話とは別の任務なのかな?情報ありがとう。今度探してみる。 -- 2018-08-18 (土) 15:49:02 New
  • この子と天津風は高画質になって更に透けてしまった様な… -- 2018-08-18 (土) 15:47:23 New
    • 中破が濡れ透けだった事に気付いた就任5年目の夏 -- 2018-08-18 (土) 15:56:46 New
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建造成果の報告は建造レシピ内にあるコメント欄に、
ドロップ報告に関しては出撃ドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。





*1 Lvにより最大4%程度変動
*2 ほかに脱落艦や、その護衛、沈没艦の乗員救助に当たった艦も存在
*3 因みに報告での内訳は、①沈没:武蔵、愛宕、摩耶、鳥海、最上、鈴谷、能代、②消息不明:山城、扶桑、山雲、朝雲、満潮、筑摩、野分、③本格的修理を行わざれば戦闘に支障あるもの:大和、長門、金剛、羽黒、熊野、妙高、矢矧、利根、早霜、浜風、清霜、時雨、④燃料補給小修理のうえ当面戦闘に支障なきもの:榛名、岸波、沖波、浜波、藤波、秋霜、島風、磯風、浦風、⑤直ちに戦闘可能なるもの:朝霜、長波、雪風、となっている。これは帰投中の10月26日20時時点のものであり、③の早霜、④の藤波はその後の帰路で失われている。
*4 昭和19年4月に着任を命じられた新兵5名。5月に日本を発ち、9月にやっと雪風に合流できた。浜風、浦風、磯風はこの新兵たちをシンガポールで拾い「雪風は呉にいる」と教えて送ってやったが、その時雪風は因島ドックにおり危うくすれ違いかけた。
*5 菅間艦長に関しては第二十七駆逐隊司令の原為一大佐が、寺内艦長に関しては雪風の元乗組員が、それぞれ「敵襲を予見して雪風を港外に仮泊させ爆撃を避けた」と証言している。宮津湾空襲でも早朝のうちに機関を作動させておいたため、戦闘開始と共に素早く抜錨できた。
*6 4代目艦長の菅間中佐も天蓋から身を乗り出して対空戦闘を行った等、雪風の天蓋には様々な逸話がある。着任したばかりの新兵が「お前来たばかりで配置決ってないからジャマにならん所におれ」と、陸軍輸送任務の真っ只中、天蓋にポツンと座らされたと言う尋常でない話も。
*7 梨は太平洋戦争終盤の1945年3月15日に就役。7月28日、山口県平郡島北岸沖にてアメリカ軍機動部隊艦載機の空襲を受け沈没。9年後の1954年9月、海中から引き揚げされ、修理改装の後、護衛艦わかばとして復活した数奇な艦歴を持つ船である。
*8 杉谷永秀大佐。最後の黒潮艦長であり、当時高田少佐は15駆僚艦である陽炎水雷長だった
*9 被弾した医務室から佐世保軍需部の刻印が入った弾丸の破片が見つかった。比叡の副砲の砲弾と言われる。
*10 あまり知られていないが第3次ソロモン海戦後の比叡の護衛命令は雪風には出ていない。退避中に長良と合流した雪風は比叡の窮状を知らされ、反転して救助に駆け付けた。そのため正式に護衛命令を受けた他の駆逐艦より一足早く比叡の側に到着している。
*11 一部の著書では墨水兵長と書かれるが加藤サダム水兵長が正しい。この間違いは、当時雪風に同姓同名、同郷の加藤サダム氏が2名乗船していたため起きたものらしい。「加藤サダムが戦死した」「いや、人違いだ。生きてる」のやり取りの末「戦死したのは加藤サダムではない」と伝わり、墨水兵長という架空の戦死者が産まれた。
*12 夜戦で医務室が破壊され、士官室で緊急の治療を行ったため、充分な処置ができなかったとある。
*13 この作戦に至るまでの駆逐艦の損失のあまりの多さと、アメリカ軍に撤退作戦が露呈しただろうと言う懸念があった(実際は彼らの情報統括が功を奏し作戦完了まで撤退作戦は知られなかったが)からで、海軍司令部にも言い分はあった。
*14 やられっ放しだったわけではなく、雪風は反跳爆撃を狙って低空飛行してくるB-25爆撃機に咄嗟に対応し、2機(米軍側資料では1機)を撃墜している。
*15 荒潮は艦橋が吹っ飛んで航海科員が全員戦死したため、接近する雪風の発光信号を読み取れず、最初は敵艦だと思い全員に自決用のピストルが手渡された。近づく艦影が雪風だと分かった時の嬉しさ、感激は筆舌に尽くし難かったと荒潮の生還者は後に語っている。
*16 日本の水上偵察機も連合軍の艦隊を発見したが、暗号通信の発受信に10分以上の時間がかかったため、日本艦隊はレーダーで捕捉される直前まで敵に接近されてしまった。
*17 発電機の歯車が摩耗により欠損したもので、被弾による損傷は少ない雪風だったが、休みもなく働き続けた影響により艦内部の消耗は激しくなり、1944年半ば以降は機関部の摩耗劣化に度々悩まされていた。
*18 元アメリカ海軍少佐。ウォールブルック海事アカデミー創設者で、退職後は海軍大学で戦略、政策を教える他、米国海軍研究所のディレクターを務めた。
*19 日直を引き継ぐ際の雪風砲術長の伝達が、引き継いだ航海長らの証言では「右前方に浮上した潜水艦を発見。駆逐艦一隻を派遣して制圧すべきと考えるが、現在も通常通り運航中」とあるのが、豊田氏の著書では「先程潜水艦らしきものが出たが、よくわからなかった」になっている。
*20 大和の士官には「潜水艦の潜望鏡が発見し難くなる」と説明して大和生存者の救助を16時40分頃に打ち切ったが、その後矢矧生存者の救助を行い、更にその後磯風の救助と自沈処理を行った頃には23時近くになっていた。
*21 航行不能状態の涼月への機銃掃射だったとの証言もある。アメリカ軍側によれば水上機の救助活動中に初霜と冬月が先に砲撃してきたとあり、一方で初霜側の証言では無抵抗な日本兵に対する米軍機の機銃掃射に憤っていたとある。
*22 作中では「旋風」という名前になっている
*23 『雪風ハ沈マズ』に書かれた日付
*24 英語版Wikipedia等に書かれた日付。この日付けの海軍公報で「復員還送を主任務とすることに指定された海軍艦船は、指定日を以て除籍し特別輸送艦と称する」とある。
*25 日本語版Wikipedia等に書かれた日付。海軍省最後の日で、翌日、海軍省から改組された第二復員省により雪風が特別輸送艦(復員船)に指定されている。
*26 水木氏いわく、触ると船体の鉄板が欠け落ちる程老朽化が進んでいたという
*27 最後は台風で破損して解体に至ったとの記録があるため、台風でアッサリ沈んだような印象を持たれるが、長寿だった雪風は結構何回も台風に遭遇しており、台湾回航時に幸運を発揮した話も含め台風関係のエピソードは多い。
*28 復員輸送艦には戦勝国の将官が監視のため乗り込み、乗員が復員兵や引揚者に戦争に関する話をする事を禁止していた。勇ましい話をすると反乱の切っ掛けとなり、悲観的な話をすると自殺されるからである。雪風の乗組員らは敗戦の責を問われてもじっと我慢し任務を続けた。
*29 マノクワリ上陸作戦でも雪風の兵が現地日本人の妊婦を救出している。この時は千歳の軍医により出産したが、雪風は軍属でありながら短い期間で4回出産に関係した珍しい経歴の艦である。
*30 最古参の連絡船のひとつ。昭和20年7月14日、米軍艦載機による空襲により青森湾野内沖で擱座。戦後、青函連絡船が不足していたため第六青函丸の修理が決定。函館港から修理先の浦賀ドックに曳航の上で回航の途中、強風浪のため曳索切断。雪風の救助を受け浦賀で修理を受けた。昭和22年に航路復帰。客貨船が不足していたため貨物専用船から客貨船となり、昭和39年まで17年間就役した。
*31 1943年7月に第八艦隊司令部の将旗を臨時に掲げたとされる。
*32 このことから、陽炎型の主砲を艦これのように10センチ高角砲に換装することは可能とされる。もっとも、量産の難しい10センチ高角砲の数を揃えるという問題があるのだが。
*33 東京湾で起こった大型タンカーと貨物船の衝突事故。5万7千トンものプロパン・ブタン・ナフサという可燃物を搭載していたタンカーは20日間爆発・炎上し、消防艇も太刀打ちできなかったため、なんとか太平洋まで曳航したところを、海上自衛隊の災害派遣部隊による「はるな」を旗艦とする護衛艦部隊の砲撃・対潜哨戒機の空爆・潜水艦の雷撃まで行ってやっと撃沈したという大騒動であった。