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初霜

Last-modified: 2018-10-19 (金) 04:09:57
No.078
初春型四番艦、初霜です。皆さん、よろしくお願いします!初霜(はつしも)初春型 4番艦 駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久16火力10 / 29
装甲6 / 19雷装27 / 69
回避43 / 79対空9 / 39
搭載0対潜21 / 49
速力高速索敵5 / 19
射程10 / 49
最大消費量
燃料15弾薬20
装備
12.7cm連装砲
未装備
装備不可
装備不可
改造チャート
初霜初霜改(Lv20) → 初霜改二(Lv70)
図鑑説明
初春型駆逐艦の4番艦、初霜です。
アリューシャン作戦、アッツ島沖海戦、キスカ島撤退作戦、マリアナ沖海戦、
北号作戦、坊ノ岬沖海戦など、様々な激戦に参加しました!
ほんと、頑張ったんです!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:小林元子、イラストレーター:やどかり (クリックするとセリフ一覧が開きます)




ゲームにおいて Edit

  • 赤茶の瞳と先端を縛った長い黒髪、赤ネクタイのブレザーが特徴的な駆逐艦娘。姉の若葉がブレザーを着崩しているのに対して、初霜はきっちりと整えている。
    容姿的に三日月と似ているが、あちらは黒セーラー服・瞳が黄色・アホ毛と、割と違いがある。なお、割と豪快に脱げてしまう。特に前が初霜ちゃんマジイケメン。
  • 見た目の割に老成した声をしており、穏やかな性格で口調も丁寧なものが多い。艦や人を守ることに大きな自負を持っており、戦闘時は勿論、最後の時も提督や仲間の安否を第一に考えるほど*1
    • 提督のセクハラに対しては「魚雷管の角度を直してくれている」と勘違いしたり、二周年記念での「輪形陣でお祝い」発言等若干天然な一面もみられる。また、節分でははしゃぎながら豆まきを楽しむ等見た目相応に子供らしい所もある他、史実では下記のやらかしからドジっ子な面も・・・。
  • 下記のような強烈な逸話や武勲を持っているが、サービス開始から長らく平均的な能力の1コモン艦に過ぎなかった。史実上関わった艦は結構な数になるのだが*2彼女らへの言及も無く、自身について言及してくれる艦も若葉のみ。彼女自身の大人しめな見た目や性格、特徴的な声も相まって数の多い駆逐艦娘の中に完全に埋もれている存在であった。*3
  • しかし時間が経つにつれ彼女の逸話が提督達の間に広まり、武勲艦枠の改二候補の筆頭として話題に挙げられるようになっていく。初春子日若葉に改二や追加ボイスが実装されるとその声はさらに高まり、「改二も時間の問題」として初霜に高い期待が寄せられていった。そしてついに、2015/1/23のアップデートでさらなる改装が行われる事となる。
    • このアップデートでは初霜改および改二に放置ボイスが追加され、矢矧浜風(小ネタ参照)に言及するようになった。
  • 任務『第二一駆逐隊』編成せよ!」「『第二一駆逐隊』出撃せよ!」「『那智戦隊』抜錨せよ!」で必要となる。
  • 2018年2月5日アップデートにて、改二に、姉妹艦では初春に続き時報が実装された。

小ネタ Edit

艦歴 Edit

略歴
艦長
  • 駆逐艦建造の名門である浦賀船渠出身の初春型の4番艦。*6自身の言葉通り数々の激戦をくぐり抜け、終戦の半月前まで生き残っていた数少ない駆逐艦。
    初霜の概要
  • 一見しっかり者の初霜であるが、実は彼女、進水式で急減速して停止、おまけに支柱を折るという失敗をしている。
    折しも大勢の来賓が見守る中、軍楽隊が軍艦行進曲を演奏し、くす玉が割れて鳩と五色の紙吹雪が飛び出すという華やかな式典の真っ最中。関係者は真っ青になった。(当時の新聞記事にもなっている珍事である→読売新聞(昭和8年11月1日)※12月2日に見えるのは、ホチキス等の綴じ痕。
    • 結局進水式は中止され、翌月改めて行われた。*8いきなりのつまずきに関係者たちは初霜の前途を案じたが、*9それが杞憂であったことはその足跡が物語っている。
      むしろ彼女の場合「ただでは水に漬かない=ただでは意地でも沈まない」という戦歴の前触れだったのかもしれない。
    • これ以外にも乗員が海に投げ出されたり、アッツ島沖海戦も微妙な結果だったり、さらに若葉長波と衝突するなどキスカ撤退以前の戦歴は微妙だったりする。

太平洋戦争 Edit

  • 開戦時は初春子日若葉と共に第二十一駆逐隊を組み、阿武隈率いる第一水雷戦隊に所属していた。
    だが初春型の航続距離の問題で二十一駆は機動部隊及び戦艦部隊と共に真珠湾に行くことは無く内海に留められた。
    • 第二十一駆逐隊は戦争末期の1945年6月に解散するまで存在し、日本が一番取り組むべきだった資源の輸送任務など地味ではあるが重要な任務に従事し続けた。坊ノ岬沖海戦に参加した数少ない駆逐隊のうちの一つである。
      • 初春型4隻以外にも、共に行動することは無かったが1944年末~1945年1月までは時雨が、北号作戦直後~坊ノ岬沖海戦までは朝霜が、坊ノ岬沖海戦直前~坊ノ岬沖海戦の間にはが第二十一駆逐隊に所属していた。
      • 坊ノ岬沖海戦で第二十一駆逐隊でたった1隻となった初霜は同じく雪風1隻の第十七駆逐隊に編入された。

南方攻略支援時代 Edit

  • そんな第二十一駆逐隊が最前線に行くことになるきっかけが1942年1月、フィリピンのダバオまでの輸送船団の護衛任務である。
    • 当時蘭印部隊は攻勢を活発化させ輸送船団の護衛艦不足に悩んでいた。そこへちょうどダバオまでやってきた第二十一駆逐隊をそのまま部隊に編入することにしたのだ。
  • そして初霜達はさっそく24日にスラウェシ島ケンダリーの攻略に参加することになる。
    • しかし25日早朝、攻略部隊の指揮下に入るためケンダリーに急行していたところ、遭遇した攻略部隊の旗艦長良初春が突っ込み、初春は大破、長良は小破してしまう。
      長良はダバオへ単独回航、初春若葉子日に護衛されてダバオへ向かい、長良が修理を終えて復帰するまでの間、初霜に将旗が掲げられることになった。
    • このため一時的とはいえ、初霜は初参加の作戦で第一根拠地隊旗艦*10を務めることとなった。
  • その後マカッサル攻略作戦、続いてバリ島攻略作戦に参加する。
    バリ島攻略作戦での初霜
  • バリ島攻略後の3月1日、初霜達第二十一駆逐隊は測量艦筑紫と共にバリ島とジャワ島間のバリ海峡を哨戒していた。
    • そこへスラバヤ沖海戦で生き残った米軍駆逐艦4隻がオーストラリアへの脱出をはかってバリ海峡へ到達。
      二十一駆は距離4,500mで火蓋を切ったものの、敵は戦闘するつもりが毛頭無かった。
      会敵した場合に備えて十分に缶圧を上げてあった米駆逐艦隊は直ちに最大戦速に速度を上げると猛スピードで振り切りバリ海峡を突破、二十一駆は敵艦の脱出を許してしまった。
    • もっともここで何も活躍していなかった訳でもなく、若葉と協力して発見した武装商船に砲撃、撃沈する戦果を上げていたりする。

北方海域時代 Edit

  • 1942年5月以降、初霜の姿は主に北方海域にあった。アリューシャン攻略のため北方部隊に組み込まれ、そのまま警戒任務に当てられたのである。空母や戦艦が激突した南方と比べると地味な印象がぬぐえない北方だが、マメにちょっかいを出してくる米軍に対し少ない戦力と資材で備えなければならず、加えて北方特有の天象もあり、こちらはこちらで苦労の絶えない海域であった。
    北方海域アッツ、キスカの初霜

改装空母護衛時代 Edit

  • キスカ撤退作戦も終わり、初霜は艦載機を運ぶ改装空母の護衛に従事することになった。
    1944年1月19日に能代旗艦のもと初春若葉、早波(艦これ未実装)と共に瑞鳳と雲鷹*11を横須賀まで護衛していたところ、雲鷹が米潜水艦ハダックの雷撃を受けてしまう。
    雲鷹護衛時の初霜

マリアナ、レイテ沖海戦 Edit

  • マリアナ沖海戦(あ号作戦)の際は補給部隊として参加。雪風卯月、夕凪*14と共に給油艦6隻を護衛する。
    小沢機動部隊への補給は無事に終えたもののギマラスへの帰路で米機動部隊の攻撃を受け、足の遅い給油艦2隻が航行不能となる。
    補給部隊は仕方なく2隻を処分。その後ギマラスへ落ちのびることとなった。
    • 補給部隊の大部分は6月14日にダバオを出航したのだが、初霜は給油艦速吸と遅れて16日に出航している。
      そしてその速吸は、被弾こそしたものの航行不能となること無くギマラスへ帰投することに成功している。
      船団に被害こそ出たものの、彼女が寄り添った船はここでも生還した。
    • 以後レイテ沖海戦まで初霜はマモ01船団やモタ23船団、マモ02船団などの輸送船団の護衛が主な任務となる。
  • レイテ沖海戦の際、初霜属する第二十一駆逐隊は那智を旗艦とする志摩艦隊の指揮下にあった。
    他部署の要請により分派された二十一駆は、マニラへの輸送任務を行った後、本隊を追ってレイテを目指した。
    レイテ沖海戦での初霜

多号作戦、マニラ沖空襲、北号作戦 Edit

  • レイテ沖海戦での傷が癒えた初霜は第二次多号作戦に参加、輸送船を護衛して無事オルモック突入に成功した。
    彼女たちは来襲する敵機に対し輸送船の周りをぐるぐる回りながら煙幕を焚いて護衛。この戦術は功を奏した。
    • しかしそのうち端にいて煙幕のバリアから外れてしまった輸送船能登丸が被弾し、沈没。
      この時木村昌福司令官が乗る第一水雷戦隊旗艦は「お前らは船団を護衛し先にマニラへ帰れ、本職は後始末をしてから帰る」との旨の命令を下し、その場に残った。
      後始末とは能登丸生存者救出にほかならない。極めて危険な状況下での救助に司令官自ら当たるというこの命令に初霜艦長(酒匂雅三少佐)は感服し、木村司令官を尊敬したという。
    • その帰り道、空襲を受け行方不明になっていた第131号輸送艦を探すよう命じられ、初春、第9号輸送艦とともに捜索。
      航行不能になっている第131号輸送艦を発見し、第9号輸送艦に曳航させることにして初春と初霜はその護衛に従事。マニラへ無事に帰還させた。
  • そうこうするうち、マニラを米機動部隊の大空襲が襲うようになった。11月5日の空襲では那智が沈み、続行したが大破。
    霞はただちに救助命令を発し、初霜も初春、とともに彼女たちの救助に当たった。
    しかし13日にまたもや大空襲を受け、木曾や先の空襲で辛くも生き残った曙、そして姉の初春も被弾、沈没していった。
    • このフィリピンにおける一連の戦闘で生き残ったのは、初霜、朝霜、竹(松型駆逐艦2番艦・未実装)のみだった。*16
    • この時図らずも、爆発炎上する初春の吹き上げた黒煙がすぐそばにいた初霜を覆い隠して守ったという。
      こうして初春型姉妹は初霜1隻を残し全艦戦没、初霜は一人ぼっちになってしまった。
    • マニラから脱出する際、初霜はマニラで戦没した那智の第五艦隊司令部を乗せ、ブルネイまで送り届けている。
      ブルネイで艦隊司令部は足柄に移乗して将旗を掲げた。
  • マニラ湾を脱出した後、初霜は霞と組んで榛名の護衛などを務めるが、タンカー日栄丸の護衛の際、レイテ沖海戦で損傷し応急修理後内地に向かおうとした妙高の再度被雷の報に接し分離、救援に向かった。
    • 妙高は大破した挙句、波で艦尾を引きちぎられ航行不能になっていた。初霜の援護のもと排水量や馬力に勝る霞が曳航しようとしたが、やはり重巡を曳航するのは物理的に無理であった。
      仕方なく羽黒に救援を要請、曳航してもらうことにしたのだが、途中、霞は礼号作戦参加要請を受け分離。初霜は妙高を守ることを優先とされ、礼号作戦に参加できなかった。
  • 北号作戦で奇跡と言われる完全成功を収めた6隻のうちの1隻でもある。日向伊勢らを護衛して制海権のない危険海域を突破、呉に帰還を果たした。(有志による地図)
    • この時伊勢は敵潜水艦の放った魚雷へ高角砲を乱射し爆破するという離れ業をやってのけているが、
      すぐ近くの海面へ撃ち込むため初霜めがけて跳弾が飛び、危なくて仕方なかったとのこと。
      そして初霜自身も潜水艦から打たれた魚雷8本をすべて回避している。
    • 尚、同時期に硫黄島上陸作戦があり、レイテ沖海戦からここまで伊勢・日向の四航戦を執拗に付け狙っていた米機動部隊は、上陸支援のため南シナ海にいなかった。潜水艦及び陸上機による攻撃はあったものの、空母群が待ち構えていなかったのは救いであった。

坊ノ岬沖海戦 Edit

  • 坊ノ岬沖海戦では、敵機動部隊の艦載機の猛攻により僚艦が被弾し、撃沈されたり、航行不能に陥る中、唯一被弾なし・戦死なし・戦傷2名という正真正銘の奇跡を成し遂げ、最終的に多くの生存者を救助して帰還した。*17
    坊ノ岬沖海戦での初霜
  • 海戦後、初霜は二水戦の最期に立ち会った。
    佐世保へ帰投後の1945年4月20日13時、第二水雷戦隊の解隊に際する訓示、延いては解隊式が初霜にて行われたのである。
    華と謳われ、数々の仲間たちが散って逝った二水戦。初霜の「お疲れ様」という言葉は、きっと皆に届いたはずである
    • また余談ではあるが、初霜が付けている髪留めは乗員救助を行った矢矧のものではないかと言われている。
      卯月加古等の例があるが、矢矧の方が後から実装されているので真相は運営と絵師のみぞ知る所である。*20
    • 第二水雷戦隊司令部1945年4月10日付、天一号作戦海上特攻隊戦闘詳報には次の戦訓が記されている。
      “作戦は飽く迄冷静にして打算的なるを要す徒に特攻隊の美名を冠して強引なる突入戦を行ふは失ふ処大にして得る処甚だ少なし”
      初霜改二における戦績表示台詞こそ、実に水雷戦隊最後の願いだったのではないだろうか。

本土決戦 Edit

  • 最後は本土決戦に備え、ついに雪風と第十七駆逐隊を組む。もはや両艦とも隊を成すべき姉妹は無く、生き残ったもの同士で編成されたのである。
    7月30日、停泊していた宮津港が米機動部隊による空襲を受けた。これが初霜最後の戦いとなった。
    宮津港空襲での初霜

戦後 Edit

  • 尚、戦後もしばらく放置されていたこともあり、いくつかの航空写真でもその姿を見ることができる。(国土変遷アーカイブ内の地図・空中写真閲覧サービス参照。有志作成の比較写真→)
    初霜の戦後
  • 有名な「戦艦大和ノ最期」での記述を元に、いわれなき汚名を着せられることがある。
    初霜のいわれなき汚名
  • 初霜の慰霊碑は佐世保東山海軍墓地に建立されている。
    また最後に第十七駆逐隊に編入されていた縁から、呉海軍墓地の長迫公園にある「第十七駆逐隊之碑」にも初霜の名が刻まれ、合祀されている。
  • 初霜最後の艦長酒匂雅三少佐は、太平洋を縦横に走り、激務をこなしてきた叩き上げの駆逐艦長である。
    • 彼は初霜に坊ノ岬沖海戦を無傷で切り抜けさせ、宮津湾で触雷し行動不能となる7月30日まで艦長を務めた。最後の戦闘の際に負傷し大怪我を負ったが命は取り留め、終戦後にの艦長を務めた後、昭和21年に京浜産業を創業させている。
    • ちなみに、先述の十七駆逐隊之碑に初霜の名前が刻まれたのは彼の働きかけのお陰もある。
    • ネット上には終戦後の酒匂艦長の談話が存在する。初霜という艦について、終戦末期の当時の厳しい状況について知りたい提督には是非読んでいただきたい。
  • 2014年3月現在、初霜の名前は海上自衛隊には受け継がれていない。坊ノ岬沖海戦で共に生存した「雪風」は戦後すぐに、「涼月」「冬月」も2014年に同時就役を果たした新鋭艦が継承したので、残る彼女の復活も心待ちにしたいものである。
    • なお彼女は二代目で、初代は神風型(初代)の2番艦。国産駆逐艦としては最古参の艦であった。他の第二十一駆逐隊もこの頃からの姉妹である。
  • ただし、海上保安庁の巡視艇にはその名が存在した。
    • しらうめ型巡視艇(旧・海軍25トン内火艇(砲艇型))「はつしも(CL-61)」がそれである。
    • なお、姉妹艦は「きよしも」であった。

その他 Edit

  • 現段階の実装済み艦娘でブレザーなのは初霜と一つ上の姉鈴谷熊野の4隻だけである。
    • 艦娘の制服としてはセーラー服勢が多い。セーラー服は水兵の制服としても女学生の制服としてもなじみ深いからだろうかちなみにブレザーの語源はイギリス海軍という説もあるらしい。ブレザーは全く海軍と関係ない訳ではない。
  • ハツシモという米がある。岐阜で作られ、大粒で歯ごたえがありサッパリ味。粘り気が控えめで寿司飯にも向く米でJAぎふのイチオシだとか。同じくイチオシである相方はコシヒカリ。
    ユキカゼとかヤハギという米は残念ながら存在しない。ヤマトライスというブランドを持つ企業はある。
    • この米を使って造られた初霜という酒もある。また雪の風大和川といった酒は存在する。ちなみに艦これ実装済み初春には全員同じ名前の酒が存在しているようだ。提督業のお供に是非。呑み過ぎは駄目、ですからね?
  • DMM-NEWSの記事で、初霜がピックアップされた。第二次世界大戦当時における駆逐艦という艦種の役割を簡潔に解説した上で初霜の艦歴を投影し、それが最も顕著に表れているセリフで締められている。提督なら一度目を通して損は無い記事であろう。
    参考文献
  • 公式4コマ第117話は初霜改二回だった。
    扉から最後のコマまで初霜と若葉のコンビが出ずっぱりで、全国の初霜提督が歓喜した。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の20件を表示しています。 コメントページを参照

  • 提督、秋刀魚漁支援、ですか?了解しました。21駆、秋刀魚漁支援に抜錨します。 準備、かかれ!(母港・秋刀魚漁2018) -- 2018-10-11 (木) 18:55:49
    • なんだか声だけでなく喋り方でもキャラが立ってきた感じだね。 -- 2018-10-12 (金) 09:29:24
  • りんけい... -- 2018-10-12 (金) 18:46:31
    • りんけい… -- 2018-10-12 (金) 21:12:56
    • りんけい… -- 2018-10-12 (金) 22:07:39
    • りんけい…(すごく言いたげな感じだったね・・・というか、取り上げられたことがむっちゃ嬉しかったり。) -- 2018-10-12 (金) 22:46:01
  • そろそろ公式カレンダーに初霜さんが抜擢されないかな? -- 2018-10-15 (月) 18:15:49
  • 初霜ちゃんをお風呂に入れて残り湯でご飯炊いたらおいしいと思うの(真顔) -- 2018-10-22 (月) 20:24:18
    • え、むり -- 2018-10-22 (月) 20:31:58
    • 大腸菌の問題とかで無理(真顔)白露一番出汁は某世界にあるらしいが。 -- 2018-10-22 (月) 21:18:33
      • もふ157「かもして やっちゃいます!」 -- 2018-10-25 (木) 02:32:27
  • みんな秋刀魚の塩焼きを推してるけど、鰯をつみれ汁にして出してくれるこの子はどんな風に料理してくれるんだろう、と妄想中。採れたてだからそのまま捌いてお刺身とかにしてくれるかもしれん -- 2018-10-22 (月) 23:36:08
    • 鰯のつみれ汁でふと思った。寒くなってきた今時の料理としておでんが思いつくのだがどうだろう?具材としてもありだと思うし。。 -- 2018-10-23 (火) 19:59:58
  • そろそろ初霜がニュースで聞ける時期 -- 2018-10-23 (火) 14:56:33
  • ハツシモスキーあるある。ニュース等で「初霜」という言葉に敏感になる。 -- 2018-10-25 (木) 22:04:31
    • 夏の頃は、嵐や夕立 などに反応してしまいましたな   これからは 初雪 吹雪などかな -- 2018-10-25 (木) 22:24:15
      • 汎用的ですが、まさに「あるある」ですね。 -- 2018-10-26 (金) 20:55:51
      • 雷でもありそうだな。 -- 2018-10-27 (土) 19:03:26
      • 二十四節気の「白露(はくろ)」を「しらつゆ」と読みそうになる。 -- 2018-10-28 (日) 17:46:29
  • ワイ将店舗前で初霜売り切れを聞き無事死亡 -- 2018-10-27 (土) 18:51:54
  • 今日は初霜の1回目の進水式の日ですね~ -- 2018-10-31 (水) 02:21:18
  • 今日は内祝?の日だったか。 若狭湾をテレビの番組で放送していたのだが、初霜のコトは扱ってなかったのが残念 -- 2018-11-02 (金) 22:05:51
    • スマン日にちを間違えてしまった。 -- 2018-11-02 (金) 22:09:20
  • 進水日おめでとうコメント+ケッコン記念コメ(改二のほうだけど)。やっぱりこの子に渡すなら今日かなぁって -- 2018-11-04 (日) 11:29:43
  • 今日は進水日か。おめでとう・・・! -- 2018-11-04 (日) 11:59:14
  • 進水日おめでと -- 2018-11-04 (日) 16:35:34
  • 進水日おめでとう!! -- 2018-11-04 (日) 17:33:18
  • 初霜ちゃん進水日おめでとう。 今日は輪形陣でお祝いだ! -- 2018-11-04 (日) 18:19:16
  • ようやく帰ってこれた。ちょいおくれたけど進水日おめでとう。 -- 2018-11-05 (月) 01:00:09
  • テレビを点けたらもふもふモフモフっていう番組が流れてて焦った。猫の番組だけど -- 2018-11-08 (木) 22:44:07
    • 武田義信の人の声がしてる番組っぽいな。 -- 2018-11-15 (木) 18:42:45
  • 宇都宮で初霜…関東で今シーズン初めて。あれ?宇都宮って東北だろ? -- 2018-11-15 (木) 18:44:37
    • U字工事怒りの観測射撃 -- 2018-11-15 (木) 19:11:39
    • そんなこと言ったら中の人に怒られますよ。 -- 2018-11-15 (木) 19:31:42
      • 大丈夫だ、下野市のイメージキャラだから。明治時代は違う県だ。 -- 2018-11-15 (木) 19:47:06
      • なぜかイチゴを持った阿武隈にも怒られそう -- 2018-11-18 (日) 21:54:19
      • 大丈夫だ、宇都宮じゃなくてアレ真岡だから。 -- 2018-11-19 (月) 20:25:29
    • なんでこことか雪風が同じタイミングで栃木の話題になってんだ。海もないのに? -- 2018-11-29 (木) 21:49:21
  • お題:初霜が主人公のアニメのタイトルは? -- 2018-11-23 (金) 11:13:17
  • そういえば、実装済みボイスでは後輩先輩艦種関係なくさん付けなんだよな。姉妹艦は姉さん付けだけど妹はどう呼ぶんだろう? 気になるから有明と夕暮の実装はよ -- 2018-12-11 (火) 19:24:39 New
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 コンセプトは「新任教師(のような)」とのこと。
*2 共に行動した艦としては初春若葉子日雪風卯月長波浜風阿武隈長良能代矢矧等々。護衛した艦は大和千歳日向伊勢瑞鳳龍鳳妙高等々。
*3 サービス開始から1年半近く追加要素はゼロでゲーム以外でもメディアミックスや公式絵師の書き下ろしでの登場はほぼ皆無、一時期はファンによるイラスト数も深海棲鬼含む全キャラクター中最下位クラスである有り様だった。
*4 子日改を組み込まないでも達成できるが、その場合、子日の任務達成ボイスはオミットされる
*5 Внезапный。
*6 姉である若葉と比べると起工したのは遅いが、先に竣工したのは初霜である。設計に起因する問題で建造中から色々と手を加えられるはめになったのだが、その辺の事情は初春を参照。
*7 出典:「駆逐艦神風電探戦記」光人社NF文庫。
*8 一般に進水式を行う日は「大潮」であり、なおかつ六曜が「大安または友引」である方が縁起が良いとされるがそれが絶対条件と言う訳ではなく、あくまでも「その方が望ましい」という程度だった。(参考) また駆逐艦の進水式に関しては明治35年5月以降、鎮守府長官が随時執行しうるように制度が改正されている。(『世界の艦船』2013年9月増刊号より) ただし進水式失敗という事自体が極めて稀なことであり、参考にできる資料が少ないことからより確実な検証が待たれる。
*9 進水式で失敗したりトラブルに見舞われるのは大変縁起が悪いこととされる。実際、進水失敗した巡洋戦艦筑波(弾薬庫爆発事故で轟沈)や艦首のくす玉が割れなかった戦艦土佐(軍縮条約のため未成、標的艦処分)、ドック内壁に激突損傷した空母信濃(生まれて10日で撃沈される)や悪天候に見舞われた空母翔鶴(言わずもがな)など、散々な生涯を送った艦は多い。
*10 根拠地隊の任務は、占領地に設けられた海軍基地の防衛と管理。代打とはいえ、初霜は警備隊長として指揮を執ったのである。
*11 艦これ未実装の大鷹型の二番艦。元は客船だった船が戦争がきっかけに空母に改装された。ちなみに戦前まだ客船だった頃、姉妹艦の大鷹、沖鷹と共に女性に擬人化されたことがある。
*12 そして海風はトラックへ向かう途中で潜水艦に撃沈されてしまう。幸不幸は紙一重である。
*13 これらの艦が横須賀で補給している間、雲鷹の護衛は沖波岸波が引き継いでいる。
*14 艦これ未実装の神風型9番艦。夕凪2代目。
*15 運良く小型爆弾で、それも瞬発信管を付けていたため。敵機も突然初霜たちに出会って、地上攻撃用か何かの爆弾をとっさに投下したものらしい。これが大型爆弾だったり対艦用遅発信管を付けていたら、まず前部弾薬庫爆発は免れない。
*16 竹は第七次多号作戦で僚艦「桑」と2隻で行動中、優勢な米駆逐艦3隻に捕捉され、桑を失いつつも雷撃で米駆逐艦1隻を撃沈して生還した武勲艦である。
*17 この海戦の結果、大和、矢矧、朝霜、浜風が沈没。磯風、霞は航行不能にて処分され冬月、涼月は生還したがそれぞれ中破、大破。雪風は不発弾の直撃を受け死傷者を出した。このような大激戦の中、一際旧式でかつて失敗作の烙印を押された初春型の初霜が下記を含めた偉業を成し遂げたのである。
*18 新たに追加された放置ボイスで、初めて他艦に言及する相手が矢矧と浜風なのはやはりこのエピソード故であろう。なお軽巡の矢矧のみならず、同じ駆逐艦で後輩の浜風にも初霜はさん付けで呼びかけている。
*19 しかし既に係留する余裕もないほどに浸水が進行していた。佐世保到着時でさえ艦の中央部の乾舷が50cmを切り、艦首を引き摺ってバックで航行している有り様であったのだ。並のドックでは艦首が引っかかりトドメを刺してしまう恐れもあったため、曳船が無理やり本来の主を失った第七船渠へ引きずり入れたが、入港時に前進で入港したことがさらなる浸水を引き起こし、ドック内で排水を待ちきれずに着底。力尽き果てギリギリの生還であった。涼月は2017年秋イベ捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦(前篇)最深部、E-4のクリア報酬としてついに実装、この極限状況の生還劇の詳細は個別ページに詳しい記述有り。残るは冬月、これも是非艦これに実装してほしいものだ。
*20 さらに初霜改二では濃紺でボロボロの鉢巻を身に着けるようになり、これも矢矧のネクタイ型スカーフではないかという説が浮上している。
*21 空中から投下する機雷はどうしても岸に投下するのは難しいため。第十七駆逐隊の司令から陸側に寄せて難を逃れるように地上から指示が飛んでいたが間に合わなかった。
*22 因みに南方の戦いで機雷に散々悩まされてきた雪風は言われるまでもなく陸側を移動・回避していた。
*23 伊藤正徳著「連合艦隊の栄光」。同著では初霜が宮津湾空襲を耐え抜き、舞鶴に移動中被雷している記述である事から創作であると判明している。実際は雪風と共に舞鶴に移動したのは潜水母艦「長鯨」で、両艦の中間付近で機雷が爆発したため被害は出ていない。