22号対水上電探

Last-modified: 2020-01-19 (日) 11:35:24
No.028
weapon028-b.png22号対水上電探小型電探
装備ステータス
火力雷装
爆装対空
対潜索敵+5
命中+3回避
射程
装備可能艦種
駆逐艦軽巡洋艦重巡洋艦戦艦
軽空母正規空母水上機母艦航空戦艦
備考
開発可改修可
任務『最精鋭「第八駆逐隊」、全力出撃!』選択報酬
任務『精鋭「三一駆」、鉄底海域に突入せよ!』選択報酬
2019年冬イベントE-1丙作戦突破報酬
2019年冬イベントE-2丁作戦突破報酬
「うずしお」での被害を軽減
改修更新
22号対水上電探22号対水上電探改四
初の実戦運用された対水上電探です。
当初動作不安定で実用に耐えませんでしたが、改良と調整により、徐々に効果を発揮していきます。
捜索以外にも限定的ながら射撃管制にも使用されました。

ゲームにおいて Edit

  • 小型の対水上電探としては最低位だが、初心者から上級者まで長くお世話になる装備。
    ホロ電探の開発に着手するまでの繋ぎとして、艦娘が持参する分を運用することになるだろう。
    • 33号対水上電探と比べると索敵値-2。33号の数が揃えば本装備はお役御免だが、33号は大型電探の32号対水上電探と同様に入手方法が開発のみと集めるのはなかなか難しい。
    • 22号対水上電探改四と比べると索敵値は同じ。22号改四は33号とは異なり、主に命中補正の方向で上位で、入手難度が高い。
      電探カテゴリは改修によって索敵能力が向上するが、それのみを目的とするのであれば難度が遥かに低い本装備がオススメ。
    • 21号対空電探に各ステータスがほぼ追いつかれているが、21号は比較的容易に入手可能なものの、対空電探且つ大型電探なので用途が異なる。
    • 空母系or水雷系秘書での鋼材テーブルレシピで開発可能だが、開発成功率はホロ電探とほぼ同等。*1空母系秘書なら大型電探と同時に狙うことも可能。
      • 表示上のレアリティは低いが、報告数の多い戦艦秘書・鋼材(燃料)テーブルのレシピで開発できないため、開発成功率が極端に低く見られていた時期があった。
  • 電探カテゴリは、うずしおによる被害を軽減する能力を持つ。3隻に載せれば被害を大体半分に抑えられるので、他装備とバランスして活用したい。
    • 軽減量は電探の装備数ではなく「電探を装備している艦娘の数」で決まる。1隻に3つ搭載しても軽減率は1隻分。詳しくは資材ページの該当項目参照。
  • 2015年6月26日のアップデートで22号対水上電探改四とともに改修可能になった。
    41cm連装砲零式艦戦52型同様、改修で本装備を要求する装備が複数あり地味に引っ張りだこ。
    • 素材としての詳細は改修消費装備一覧ページを参照してほしい(「装備名」が「22号対水上電探」のところ)。
  • 2017年9月12日のアップデートで追加された3種の任務で各2個(計6個)消費(廃棄)する装備として指定された。
    これら3種の任務には22号対水上電探以外にも要求される装備・アイテム・資源・条件(熟練や改修・搭載位置等)が多いので注意、任務ページで要確認。
    • 夜戦型艦上戦闘機の開発」:22号対水上電探×2個・13号対空電探×2個の廃棄が条件に含まれる。艦上戦闘機F6F-3Nの入手任務。
    • 夜間作戦型艦上攻撃機の開発」:22号対水上電探×2個・13号対空電探×2個の廃棄が条件に含まれる。艦上攻撃機TBM-3Dの入手任務。
    • 夜戦型艦上戦闘機の性能強化」:22号対水上電探×2個・13号対空電探×2個の廃棄が条件に含まれる。艦上戦闘機F6F-5Nの入手任務。
      • 後者2種の任務は同時に任務欄に出せる。
        だが達成条件に「原料の航空機を秘書艦(第一艦隊旗艦)第一スロットに搭載(装備非ロックで)」が両方に含まれているため同時達成は不可能。
        このため3種全てを達成するためにはで22号対水上電探×6と13号対空電探×6の消費は絶対に避けられない。
  • 2018年8月17日、「艦これ」第二期(HTML5)移行と共に島風初期装備として持参するようになった。(それまでの61cm四連装魚雷との入れ替わりである)
    • 沖ノ島海域(2-4)北方海域全域(3-4)でのドロップや、レア駆逐艦レシピ(250/100/200/30)での建造が可能なので、任務消化ついでに拾うことも可能。お陰で収集がかなり楽になった。
    • 第一期と異なり2-4-1ではドロップしない。初戦ドロップを狙いたいなら3-4-1がおすすめ。

電探性能比較表(装備最大値/電探早見表/テーブルより転送) Edit

装備名火力対空艦隊防空対潜索敵命中回避装甲入手方法改修装備艦分類備考追加
22号対水上電探53開発、初期装備、任務水上編集
22号対水上電探改四258初期装備、改修、任務、ランキング水上編集
22号対水上電探改四(後期調整型)1279イベント、ランキング-水上編集
33号対水上電探75開発、イベント水上編集
32号対水上電探108開発、ランキング水上編集
32号対水上電探改119改修、ランキング水上編集
13号対空電探20.831開発、初期装備対空編集
13号対空電探改41.6421初期装備、改修、任務、イベント対空編集
GFCS Mk.37272.86921ランキング、任務、イベント-水上・対空射程:中編集
SG レーダー(初期型)131.23886装備、ランキング-水上・対空射程:中編集
21号対空電探41.642開発、初期装備対空編集
21号対空電探改52.0631改修、ランキング水上・対空編集
15m二重測距儀+21号電探改二183.27911初期装備、イベント、ランキング-水上・対空編集
42号対空電探62.454開発水上・対空第1期は「14号対空電探」だった編集
FuMO25 レーダー372.8910初期装備、イベント-水上・対空編集
SKレーダー83.21012イベント、ランキング水上・対空編集
SK+SGレーダー193.61244イベント、ランキング水上・対空射程:中編集
潜水艦搭載電探&水防式望遠鏡11428イベント、ランキング潜水専用魚雷CI装備,渦潮軽減効果なし編集
潜水艦搭載電探&逆探(E27)115311初期装備、ランキング-潜水専用魚雷CI装備,渦潮軽減効果なし編集
  • 装備可能艦
    • 小:駆逐以上の水上艦
    • 大:軽巡以上の水上艦
    • 戦:戦艦系のみ
    • 潜:潜水艦系のみ
  • 分類
    • 水上:素索敵値+5以上の(潜水艦装備以外の)電探。以下のトリガーとなる。図鑑上対空電探だがこの機能も持つものもある
      • 駆逐艦専用夜戦カットイン 
      • 装備ボーナスの水上電探シナジー
      • 水上電探装備数によるルート制御
    • 対空:素対空値+2以上の(潜水艦装備以外の)電探。以下のトリガーとなる
      • 対空カットイン
      • 装備ボーナスの対空電探シナジー
    • 潜水:潜水艦専用の電探。以下のトリガーとなる。渦潮軽減効果を持たず、素対空値+1でも対空カットインのトリガーとならない。
      • 潜水艦専用夜戦カットイン
      • 水上電探装備数によるルート制御(素索敵値+4でも可能)

小ネタ Edit

  • 元ネタは、日本海軍の「仮称二号電波探信儀二型」である。仮称が抜けたりすることが多い。二号なので艦上見張用電探である。
    • 略称は「22号電探」だが、「マグロ」というあだ名もある。ご期待ください
    • なおこれに更に改良を重ね、射撃用レーダーとしたのが33号対水上電探である。32号対水上電探を小型化したのが33号だと間違えられがち。注意。
      もっともどっちも艦載実用化は間に合わなかったが。
    • 因みにイラストと小型電探という扱いから見るに、この装備の実際は後述の22号改二の模様。
  • 試作器ができたのは1942年のミッドウェー海戦前で、戦艦日向に搭載されアリューシャン列島沖に出撃する前に試験が行われた。
    • 試験の結果はまずまずで、濃霧の中でも35km先にいた戦艦伊勢を探知できた。出力2kW。また、周りが見えない中での進路維持にも役に立った。
      • しかしながら安定性が極めて悪く、21号電探のように対水上・対空両方に使えるわけでもない22号電探は結局撤去されると決定された。
        だが撤去する暇もなく出撃したアリーシャンでの有用性を日向艦長であった松田千秋大佐(当時)が説いて回ったため、一度は開発中止命令が内命されていた22号電探の命がかろうじて繋がったのであった。
      • この時の日向艦長であった松田千秋大佐(当時)はこの経験からレーダーの有用性を訴えたと言われている。
        というか松田艦長はそれまでレーダー搭載に消極的だった。なんという手のひら返し*2
        だが一度は不採用とされたこの電探が結局採用されたのも、心を入れ替えたこの人の発言が大きかったことは確かである。
    • キスカ撤退作戦には新鋭駆逐艦島風に搭載されて実戦投入されている。ここではまず快調に作動しかなり役立っている。
      • ここで珍事件が起こる。旗艦阿武隈が島を敵艦と誤認、島風も阿武隈からの通報で一緒に魚雷を発射した。
        島風に装備されていた本電探も、当時は島と船を見極められるほどの性能ではなかった。
    • 一方、作動が不安定で機械自体がとても大きく、実戦に使えるものではなかった。なんてったって電探が部屋ごと回転するっていうレベルのシロモノだったからね。
      • どれくらいデカいかというと…デカいことで有名(?)な32号とあまり変わらないくらいデカかった。fileデカすぎってレベルじゃねーぞ。ラッパの口の直径が1.5mもある。
  • というわけで、軽量化と安定化を目指して大幅な改良が進められる……はずだった。量産型ができたのはなんと諸々の事情で1944年まで遅れた。
    • 小型化については早期に達成できたものの、安定化が遅れたため完成に1年半かかった。
      • 小型化(直径80cm)のみ達成されたものは22号改二と呼ばれていた。勿論動作は不安定で、不満続出だったそうな。
    • その安定化が遅れた理由は、開発の関係者が
      機構が複雑な方式にすれば安定化する?バカ言え。そんなんで安定化するものか。実験するだけ無駄さw(要約)」
      的なことを言って実験を怠ったのが原因である。当時の関係者が機構が簡単な方式に固執したために起きた喜劇というか悲劇である。
      また、それだけでは無く電探に使用されていた真空管自体に不良品が多かった事も動作不良に繋がった。
    • この時期の日本において、マイクロ波帯におけるアンテナを含む高周波回路の技術は未だ確立されていなかった。
      電探の受信回路にスーパーヘテロダインを使うことは11号電探のように常識ではあったが、この時期には不可能であった。
      悪評高い受信回路も他に方法がないから選ばれたのであり、それですらできたのは昭和16年10月末であった。
    • また、生産も進まなかった。対水上にしか使えず動作も安定せず、他国でも実用化していないマイクロ波使用の電探よりも今すぐ使える21号で良いと海軍上層部は判断し、22号は21号が搭載できない海防艦や潜水艦の、いわば代用21号として使えるとの関係者の説得によりなんとか開発中止は撤回されたものの、当初の生産予定台数はわずか100台、しかも艦政本部は生産のための資材を割り当てず闇物資で生産を強行し完成したのは昭和17年末であった。
      安定版がようやくできたのは昭和19年の3月、すべては遅かったが技術者は怠慢どころか、超人的な努力でそれを成し遂げたのであった。
  • 上記のような社会構造上と技術力不足が原因で開発が遅延した22号電探は、レイテ沖海戦直前にようやく実用的な22号改四として量産化される。
    最終的な性能は、波長10cm、出力2kW、重量1,320kg、探知距離は戦艦を35km、駆逐艦を17km、潜水艦の潜望鏡を5km、誤差100mほどで測距儀を使用した光学的な測定よりも精度が高く評価は上々だった。
    • レイテ沖海戦時の戦闘詳報においては金剛「煙幕内にいる目標に対しても、電探により距離測距を行うとともに、我が方と異なる敵の砲口煙を眼鏡観測すれば、有効な砲戦は可能」「敵巡洋艦の電探射撃精度は我が方と大差なく、敵の電探恐るるに足らず、近日中に我が方が精度面でも優位にならん」 機械的信頼性についてはともかく。*3 大和では「「主砲の電測射撃は距離20キロ程度にあった目標(護衛空母または駆逐艦)に対して実施、精度良好(方位誤差3度以内)で射撃手段として有効と認められる」という戦訓があったようにかなり評価が高い。また、妙高においても夜間にアメリカ海軍の潜水艦、SS-320バーゴールから雷撃を受けた際、電探で潜望鏡の位置を探り出して即座に20cm砲で反撃・命中弾を与えるという荒業をやりとげてたりする。なお砲弾は過貫通したので信管は不発だったのがバーゴールにとって救いだった。それでもバーゴールは大破した状態で沈没こそ免れたが航行不能になったので味方の救援を呼ぶしかなかった。
    • しかし同時に欠点もあった。
      「敵を捕捉してもブラウン管に何が映ってるか判別困難」
      「敵艦が30度程度の変針した場合反応してくれない」
      「砲撃が当たらなかったのは貧弱な電探が悪い」
      と言う点が問題視され、今回の海戦最大の戦訓としてまともに使える電探の装備が急務であると言われてしまった。3つ目に至ってはただのイチャモンなような気がするが…

それじゃあ、アメリカの水上捜索レーダー事情はどうだったのよ?

頼むからあのチート国家の技術力と工業力を当時の日本と比較しないでくれ。
対水上捜索レーダーとしては、水上艦用のSGシリーズと潜水艦用のSJレーダーがある。*4
出力は両方とも最大50kWに達する。文字通り桁違い。
生産数は、SG及び改型のSG-1合計955台、SJ-1が300台。これはもう艦の新旧を問わず片っ端から積んでいける数である。
何より画期的だったのは、捜索に最適な「PPIスコープ」が開発・採用されたことにある。(採用前の初期型レーダーも適用・改良された)。
これにより全周360度は円形に表示され、目標の距離と方角を一度に把握、さらに目標と陸地の識別も容易になった。現代の「レーダー」画面の原型である。
オシロスコープを眺めるような職人芸を求められる従来の「Aスコープ」とは効率面でも比較にならなかった。

そして、肝心の戦果はというと、SGは、1942年10月のサボ島沖海戦(ワレアオバ)以降の夜戦での米軍への主導権移行*5、SJは、日本本土近海をはじめとする潜水艦による数々の艦船の撃沈破に直結している時点で、多くを語る必要もない。
戦後の米海軍の調査報告では「すべての面でわが国のレーダーに比べて技術的に立ち遅れている」とされたという。

  • だが、敗戦後この電探は意外な活躍を見せる。
    • 1946年、食料事情が悪化した日本はGHQの人を乗船させたうえで南氷洋捕鯨を再開した。第一次捕鯨は成功したものの、「第二次も頑張るぞー!」と意気込んでいる最中GHQが
      「いや、レーダーがついてない捕鯨船が南氷洋(波が高く氷山がいっぱいある海)に行くとかありえないからww レーダーつけなきゃ乗船拒否する」と言ってきた。GHQの人が乗船しなければ捕鯨は出来ない。でもレーダーを作ることは「敗戦国のクセにチョーシ乗んなよ!」と言われ拒否される。八方塞りになった日本は、この22号電探に注目した。GHQに接収された22号電探を捕鯨船にのせて使用したのだ。
    • 1947年の第二次南氷洋捕鯨において、22号電探は漁業用として活躍した。
    • その際、捕鯨船に乗り込んでいたGHQの英国人(退役大佐)がこの電探をこう評価した。
      「日本はこのレベルのものを使っているから戦争に負けたのだ。本国ロンドンではアンテナが回転して映像が画面に映るような、もっと良いものが市販されている」
    • ていうか帝国海軍軍人でもあった皇族の高松宮殿下*6にも「このレーダーは効果があるかね?僕もレーダーを使って知ってはいるが、故障が多く、(性能的にも)小さな氷山などには効果がないのではないか」とか言われる始末。
  • しかしこれらの批判があったにも関わらず、22号電探を装備した捕鯨船は増え、1950年の第五次南氷洋捕鯨の最後に海外製の船舶用レーダーに置き換えられその波乱万丈の人生を終えた。戦後の日本を支えた名電探である。
  • 余談ではあるが、雪風の頭の両側にあるラッパ状の物体はこの電探である。改にしても持ってこないけど。形が似ているが、口元にあるのは伝声管。
  • 22号電探に使用されていたマグネトロンが国立科学博物館に展示されている(ゼロ戦の目の前)。22号電探の写真もあるので機会があればぜひ見てみるといいだろう。

日本のレーダー事情

日本のレーダー技術=連合国の技術より劣ると思われがちだが、一概にはそうとも言い切れない。
実は欧米各国のレーダーが高性能化したのは、ある日本人技術者の画期的な発明を用いた為である。
それが八木・宇田アンテナ通称八木アンテナである。
このアンテナの特徴は以下の通り。

  • 指向性が強く、13号対空電探のようにスタック(積上げ)するだけで更に強くなる*7
  • 構造が単純なので、小型・軽量化・量産が非常に簡単で故障知らず
  • ビームアンテナの一種で受信に電源が要らない。送信出力調整も簡単

………という具合で、レーダー用アンテナに必要な要素が全て揃っていたのだ。
発明されたのは1925年で、翌1926年論文が世界中に出回るやいなや、各国軍部はこぞって八木アンテナを用いたレーダーの開発に取り掛かった。
しかし日本では、八木アンテナは全く注目されず、完全に無視されていた。というのも、上記にあるようにバックローブの問題が大きく、当初想定されていた防空監視レーダーには全く不向きだったのである。*8
それでも、陸軍ではレーダーの有効性に着目して1930年頃から研究・開発が行われるようになり、1939年に初の国産レーダー「超短波警戒機甲」が完成し、中国大陸や日本本土に大量に配備される。
1941年には改良型の「超短波警戒機乙」*9の実用に成功し、順次「甲」と転換されていった。
これに対し、海軍では自ら電波を発するレーダーを「闇夜の提灯」と称して軽視し、無線機などの電波を探知する逆探知装置の開発を重視していた。
この判断が間違いだと気付いた時には手遅れに近い状態で、慌てて技術開発を行うも、連合国製はおろか、陸軍製のレーダーと比べても性能が低いものしか開発できなかった。*10
皮肉な事に日本が八木アンテナの存在を知ったのは、1942年にイギリスの植民地であったシンガポールを占領した時であった。
イギリスのレーダー関係の書類を押収した技術将校は、書類の中に頻出する「YAGI」という単語の意味を理解できず、悩んだ末に捕虜にしたイギリス兵に「YAGI」の事を尋ねた。
その質問にイギリス兵は呆れながら「あなたは、本当にその言葉を知らないのか?YAGIとは、そのアンテナを発明した日本人の名前だ」と答え、技術将校を仰天させたという。
その後、地上設置型と艦載レーダーの主流はパラボラアンテナに移行するが、八木アンテナを用いたレーダーは航空機に搭載できるまで小型化され、連合国の夜間戦闘機は夜空を支配した。
現在、八木アンテナはTV・ラジオ用受信アンテナとして世界中の家庭で活躍している。

続・日本のレーダー事情

八木・宇田アンテナのみならず、レーダーの発展に大きく貢献したもう一つの要素技術も日本で生まれている。マイクロ波発振機「マグネトロン」である。

発明したのはアメリカのアルバート・ハル。1920年のことである。これは円筒状の陽極の中に陰極の芯を通した「単陽極型」だったが、極めて効率が悪く低周波(20KHz)しか取り出せなかった。ハルは通信よりも電源コンバータへの用途転換を考えたほどである。後にチェコやドイツで100M-1GHzを発振していることが発見されていたが、日本の岡部金治郎(東北帝大)も学生と単陽極型の実験中何らかの高周波発振が起きていることを発見。1927年、陽極を縦に二つ割きしその間に振動回路を挟んだ「分割陽極型」を作ったところ、10GHz(波長3cm)のマイクロ波を安定して取り出せるようになった。1928年英語論文で発表。八木・宇田アンテナ発表の2年後のことである。

当時はBK管(バルクハウゼン-クルツ振動管)による1.25GHz(波長24cm)が最高だったっため分割陽極型は内外の注目を集め、1935年ドイツで「多分割型」が、1940年イギリスで水冷式の大出力型(下記)が開発・改良、これらの技術がアメリカへ齎され、最終的にはレイセオン社が大量生産に成功し連合国側の勝利に貢献することとなる。

だがこの間、岡部も日本のマグネトロンも不遇を託っていたわけではない。1929年工学博士号を取得し名古屋高等工業学校教授を経て、恩師八木秀次の招聘を受け1935年大阪帝国大学理学部助教授に就任し大阪管を発明、1944年(戦争中である)には文化勲章を受章している。1940年には西巻正郎(東京工大)が均圧環を考案し、朝永振一郎(理研)らが理論解析を集中的に進めた。大型化においては出力100kWのものが試作され、終戦直前には500kW管の開発も行われている。

このようにマグネトロンパルスレーダーを開発する素地が十分すぎるほどありながら立ち遅れていたのは、日本軍や産業界の無理解や混乱、予算人材の都合だけではない。当時の軍事技術開発は外国製のリバースエンジニアリングが主体であり、自力で演繹的に開発しなかったという戦略的な要素もおおきかった。例えば遣独潜水艦作戦で齎されコピーを目論んだ射撃制御レーダー「ウルツブルグ」は単純にいってマグネトロンパルス式の前世代のものであり、逆に最初から国産マグネトロンを用いて開発されたのはこのレーダーのみ。だが完成までの経緯は上記の如しである。
如何に基礎研究が進んでいても、開発・生産・配備・運用され勝利に貢献するわけではない。そこに至るには戦争の展開が速過ぎたのだ。最先端技術戦略の難しさを思い知るばかりである。

余談だが、戦争末期の衆議院予算委員会にて八木秀次(当時技術院総裁)は「技術当局は『必死でない必中兵器』を生み出す責任があるが、その完成を待たずに『必死必中』の特攻隊の出動を必要とする戦局となり慙愧に耐えない」という意味の答弁を行い、出席者の中には涙する者もあったという。

  • 常に「ダメなレーダー」の代名詞のように語られる22号電探だが、使用周波数は3GHz、今で言うSバンドを採用している。この周波数帯は回折が発生しない・海霧など海象に影響を受けづらい・指向性が強くレーダーとして高精度なうえアンテナを小型化できるなど、水上レーダーとして理想的な性質を持っていた。直進性の強さゆえに到達範囲が限られる欠点もあったが、水上レーダーでは見通し距離(40km程度)をカバーできればいいので問題にならないとされた。
    • 以上、大変意欲的な設計だったが当時としては開発にかなりの困難を伴うものだった。しかしあえてこの周波数帯が選ばれたのは、周波数別の性質に対し日本の技術陣が明確な知見を持っていたからと言える。日本無線製3GHz帯マグネトロン「M312」が開発されたのは、ランドルとブート(バーミンガム大学)による3GHz帯キャビティ・マグネトロンより先んじること約一年であった。

この装備についてのコメント Edit

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • これ狙いに開発したらボーキ36000使って一個も出なかったわ。 レシピまで変わったってことはない・・・よな? おとなしく牧場するか。 -- 2018-08-22 (水) 00:19:14
    • でないねぇ・・・。変わったのかも。 -- 2018-09-30 (日) 22:18:41
    • 開発で出ないマン -- 2019-01-30 (水) 05:19:14
  • F6Fの改修がやっと終わったんでそのまま廃棄したら秘書官を明石と入れ替えるのを忘れていて……うう…… -- 2018-08-29 (水) 18:13:39
  • 改修素材についての記述が古い&冗長なのでコメントアウトし、専門ページへの誘導に置き換えました。 -- 2018-12-15 (土) 05:34:08
  • 水上電探の改修素材に使ってたらいつの間にか残り少なくなってた -- 2019-01-25 (金) 23:44:53
  • 渦潮の処理が変わっているのと、2-4-1のドロップ表に島風が入っていないのでその旨変更しました。 -- 2019-01-30 (水) 15:02:50
  • 改修素材が不足してきたので牧場したいが、開発でも島風もなかなか出ないし駆逐牧場もレベル30いるしきついな 地道に増やすしかないか-- 2019-02-06 (水) 01:09:19
  • どうでもいい話だけど、いま科学博物館で八木・宇田アンテナが展示されているよ。 -- 2019-02-13 (水) 04:35:57
  • 今日開発ではじめてコレが開発できた。本命だったがその前に33号が数個できた。 -- 2019-03-20 (水) 19:09:09
  • 水上電探全体に言えることだけど、本当に命中率上がってんのかねぇ。駆逐後期とか相手にしてると全く効果を実感できないんだが -- 2019-07-07 (日) 20:25:29
    • 電探を積んでることによるプラシーボ効果がメインだと思う -- 2019-07-07 (日) 21:00:54
  • 3‐4ぐるぐる廻るようになって島風大量に出た結果、電探が溜まるw改修して改4にしようかなぁ -- 2019-07-20 (土) 19:09:44
  • 沢山あったと思って改修してたら僅かに足らない。開発してみたが出ない出ない。島風ドロップ狙うのが早いか? -- 2019-08-13 (火) 04:16:34
  • 気付いたら80個も貯め込んでたいたのですが改修素材としての優先度は何が優先されますかね? -- 2019-11-08 (金) 01:06:01
    • 消費一覧を見る限り、筆頭は16inch三連装砲 Mk.7+GFCSでしょうね。次が22号対水上電探改四かな?正直、それ以外の改修は結構趣味の域がな気がしますので、使用用途はそれらが大きいかなと思います。 -- 2019-11-08 (金) 09:10:50
      • ありがとうございます。改四を改修しつつ16inchの更新を目指していくことにしました。 -- 2019-11-08 (金) 10:55:31
  • 「電探カテゴリは改修によって索敵能力が向上するが、それのみを目的とするのであれば難度が遥かに低い本装備がオススメ。」と書かれていますが、実際にコレを改修している人は居ますか -- 2019-12-01 (日) 01:31:28
    • 今となっては33号叩いた方が効率いい(33号の☆6で22号の☆9より性能上でコストも安い)んだけど記述が放置されている時点でお察し。まぁ電探自体改修する価値は然程じゃないし、敢えてやるなら最初から星付きで持ってくる13号改を叩くのがいいんで。 -- 2019-12-09 (月) 21:38:18
  • 「21号対空電探に各ステータスがほぼ追いつかれているが、21号は比較的容易に入手可能なものの、対空電探且つ大型電探なので用途が異なる。」とありますが、21号ではシナジー違うわ搭載可能艦違うわで、比較対象として全く不適切では。削除すべきではないかと愚考します。 -- 2019-12-01 (日) 01:31:38
    • 能力は近くても用途が違う(だから21号あれば要らないわけじゃない)って趣旨だろうし別に良いのでは -- 2019-12-09 (月) 21:42:02
  • 「レア駆逐艦レシピ(250/100/200/30)」というのは、(250/3/200/30)の間違いでは? -- 2020-01-19 (日) 11:34:55
    • (250/30/200/30)です -- 2020-01-19 (日) 11:35:24
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*1 電探の開発成功率はレアリティに関わらず、ほぼ2%前後と見られる。一方、秘書によって開発できる電探が異なる。
*2 松田艦長は砲術出身。彼に限らず砲術出身の士官は、従来の光学観測による高い命中精度に自信を持っていて、全くの新兵器であるレーダーに懐疑的になるのも無理の無い話であった。この後大和艦長に着任、少将に昇進後、四航戦司令官として日向伊勢を敵の猛攻から守り切った、日本海軍でも稀有の人外優秀な司令官である
*3 捜索はともかく、射撃レーダーとしては、米軍も一般的なイメージにあるほどの高精度ではなかったという事例が複数あったりする
*4 日本は22号を無理して潜水艦にも積んだ
*5 クラ湾夜戦やコロンバンガラ島沖海戦など奮闘した例はあるものの、村雨峯雲を失ったビラ・スタンモーア夜戦、萩風江風を失ったベラ湾夜戦、卯月天霧といった生存艦も逃げるのが精一杯だったセント・ジョージ岬沖海戦など、翌1943年には総崩れの様相を呈してくる
*6 昭和天皇の弟君。砲術科
*7 指向性が強いためバックローブも強いという問題があった。そのため用途によっては向き不向きがあるとされ、対水上レーダーである米軍のSGレーダーなどはパラボラ型のアンテナを使用していた。八木アンテナのバックローブ問題が解決されるのは1960年代になってからである。
*8 下手をすると敵の探知方向が180度入れ替わって表示される、なんてこともある。
*9 基本的な性能は、同時期のイギリス製レーダーに匹敵した。尤も、その後すぐイギリスは八木アンテナを使用したVHFレーダーの実用化→やはり元々は日本人が開発したマグネトロン(下記)を用いたマイクロ波レーダーの実用化→平面座標指示画面の世界初採用と、翌1942年には技術面で日本を大きく引き離すことになる
*10 陸軍は大戦後期に出力は低いものの、レーダーの小型化に成功して車載レーダーや航空機用レーダーを開発し、夜間戦闘機の実戦投入も行っている。対する海軍は小型化には最後まで成功しなかった。