ストーリーブック/チェーンピースの子供たち

Last-modified: 2023-04-17 (月) 12:59:11

チェーンピースの子供たち

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チャプター1

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ベッドで本を読んでいたメイウィンは病室の外からのノックの音で頭を上げた。
 
反射的にベッドから降りてドアを開こうとししたが
足を動かせない現実を思い知らされただけであった。
仕方なく、大きな声で「はい、どうぞ」と言った。
 
家族がいないメイウィンの見舞いに来る一人は部隊員たちしかいなかったが、
すでにみな訪れた後であった。
外にいる人物は少しためらってたあと、静かにドアを開けて入ってきた。
メイウィンはすぐさま敬礼をした
 
固い表情で敬礼を受けたのはウーン・ライオニル大佐であった。
慰問品をベッドの横に置いて、ウーンは暗く沈んだ声でメイウィンに声をかけた。
 
ウーン
…具合はどうですか?
 
メイウィン
ご心配をおかけし、申し訳ございません。
しばらく治療を受ければ歩けるようになるそうです。
 
ウーン
そうですか。それは何よりです。
 
メイウィン
お忙しいところ、わざわざ…感謝申し上げます。
 
ウーン
いえ…そんな…。
 
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有能な若い大佐という評価とは裏腹にウーンは非常に口下手な男であった。
メイウインはため息をついた。
 
メイウィン
…大佐…しっかりしてよ。
階級は忘れて無礼講で話そうって
どうしてこっちから切り出さなければならないのよ。
 
ウーン
申し訳ございません。
 
メイウィン
そこの椅子にかけて。
まさか他の人のお見舞いの時もそんな感じ…?ふぅ…。
 
ウーン
…特に見舞いに限ったことでは…ありません。
 
メイウィン
イーグルアイ司令官とは違う意味で息苦しくさせるわね。
で、司令官はお元気?
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二人は当たり障りのない話をした。
主にメイウィンが聞きウーンが答えた。
この物静かな青年にはイタズラ好きの明るい少年の面影はもう残っていなかった。
メイウィンは苦笑いした。
 
メイウィン
もう完全に軍人になってしまったのね。
全然笑わないし。顔の筋肉がなくなっちゃった?
 
ウーン
申し訳ございません。
 
メイウィン
まったく…軍にはいつまで残っているつもり?
まだレベッカを探してるの?
 
ウーン
………。
 
メイウィン
もう諦めたら?10年も経ったのよ。
あの事故から運よく逃げられたとしても一人で砂漠で生き残るのは難しい。
カルテルに囚われたか、もう…。
 
ウーン
彼女は生きています。
あの時、崩れ落ちる洞窟から僕を脱出させてくれたのはレベッ力でした。
 
メイウィン
それで今は?あんたを助けた後どこに行ったの?
生きていたらどうして私たちの前に現れないの?
 
冷たい言い方かもしれないけど私だって生きていてほしいと思っている。
レベッカはチェーンピースのリーダーで…親友だった。
 
ウーン、あんたは軍服を見るだけで怯えてたわよね。
軍人なんて嫌いだって威張ってたのも本当は怖かったからよね?
今も好きで軍に残っているわけじゃないんでしょう?
自分を犠牲にしてまでレベッカを探す必要はないのよ。
 
ウーン
確かに意味のない行動かもしれません。
ですが、僕はレベッカを彼女の父親に会わせすると約束したんです。
 
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メイウィンは言葉を失った。
傷跡が急に痛み出したように感じた。
この前の負傷ではなく10年も前に負った傷跡から血が流れている気がした。
 
メイウィン
そう…。親子の再会を叶えてあげるのがあんたの夢だったんだ。勝手にすれば?
 
話は変わるけど私たち、会わない方がいいと思う。
レベッカが見つかるまで…いや、もう会わない方がいい。
あんたはどうか知らないけど、私がそうしたいの。
 
ウーン
………。
 
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ウーンは答えなかった。
メイウィンは彼の仮面のような顔を見てイラついた。
足さえ元気なら彼を蹴っ飛ばしたかもしれない。
叫べば少しは気が晴れるだろうか…。
だが、そんなことをしても悪夢のような現実から逃れることはできない。
 
10年前。
カルテルが嫌いだという子供の単純な考えで無謀な挑戦をし、失敗した。
悔しくて…そして辛かった。
何も手につかず、ただただ泣いていた。そんな中、国中が戦場と化した。
 
皇女がさらわれた国は傷を負った子供たちを再び戦場へと送り出した。
軍人が足りない状況で少年兵として戦いの経験がある
子供たちは大事な戦力であった。
たった一日で、地図から町が消える現実を目の当たりにし、
涙を流す余裕などなかった。
 
長い戦いもついに終わりを迎えたが、死んだ家族と友人は二度と帰ってこない。
何一つ変わらなかった。
変えたくても…変わりたくても…何も変わっていなかった。
避け続けた過去の傷が今になって猛烈な痛みを訴えてきた。
 
ウーンへの怒り…
それは的外れな八つ当たりと罪悪感の入り混じったものである。
あの日のことなんかもう忘れたと笑いたいのに、
まるで別人のように変わり果てたウーンの姿が
「お前は失敗したんだ。」と言っているようだった。
 
メイウィン
…もう帰って。
 
帰ってよ。あぁ、敬礼が必要?
 
ウーン
分かりました。失礼します。一日も早いご快癒…。
 
…申し訳ございません。
 
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ウーンが病室から出ていった。
メイウィンは何事もなかったかのように布団を整え、再び本を読み始めた。
ちょうど主人公の悲劇がクライマックスに達していた。
明日からは除隊準備で忙しくなりそうだから
ウーンのことは忘れてゆっくり療養しようと思った。
 
メイウィン
………。
 
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メイウィンは本を閉じた。
入院中の暇つぶして読み始めた悲劇のヒロイン小説はとてもつまらなかった。
 
それは…現実の方が遥かに悲しいから。

チャプター2

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レベッカは幼い娘であった。
老いた父は実に素晴らしい者だったが幼い子供は苦手だった。
娘が成人したら良き助言者になってくれたのだろう…。
 
しかし、レベッカはそんな父を理解できる歳ではなかった。
いつも家を空ける父に不満を持っていた。
 
父は能力を認められ、皇都に赴任することになった。
一緒に行こうと母を誘ったが砂漠で生まれ育った母は最後まで拒んだ。
カルテルの脅威より根深い差別を恐れたからである。
 
やむを得ず父は一人で皇都に渡り、母は父のことを死んだと思い生きていった。
故郷の人たちは家族を捨ててまで皇都に渡った父をあざ笑った。
 
父がいなくなってもレベッカは特に寂しがる様子もなかった。
ガキ大将の座をめぐって年上のジェイといつも喧嘩をしていた。
 
自分より幼い子供にしつこく喧嘩を売られ、腹を立てたジェイに何度も殴られ、
涙を流したが最後に勝つのはいつもレベッカの方だった。
 
離れ離れになった父からは頻繁に連絡があった。
難しい本もたくさん送られてきた。
母はそれを市場に売り出しては食べ物や武器を買ってきた。
武器は多いに越したことないというのが母の持論であった。
 
レベッカは父より母の味方だったが時々父の本をこっそり読んだりしていた。
母は気づかないふりをしていた。
戦いが始まる前のことであった。
 
怪しい気配を漂わせていたカルテルが海を渡り皇都を襲撃した。
村の住民たちはカルテルのことを憎んでいた。
だが、皇都の味方というわけでもなかった。
カルテルは誇らしい革命軍だと褒め称える人もいた。
それくらい溝は深かったのだ。
 
村にはレベッカ以外にもう一人、軍人の子供がいてその子の名はウーンといった。
家では父に殴られ、
外では村の子供たちにからかわれていたウーンの体はいつも傷だらけであった。
 
レベッカはいつもウーンをからかうガキどもを懲らしめ、
ウーンはいつもレベッカの隣にいた。
それはまるで年の離れた姉弟のようだった。
 
戦いが長引くにつれカルテルの悪事はさらにひどくなった。
レベッカの母は村の自警隊を率いていたがカルテルに襲撃され、
大きな怪我を負ってしまった。
今にも泣き出しそうな娘の瞳に母は夫の面影を見た。
そして無念にも母は息を引き取った。母の最期は実に悲しいものであった。
 
連絡が途絶えた父を探しに行くこともできず、探しに行きたいとも思わなかった。
そんなことより母が隠しておいた武器を取り出し、これからの計画を立て始めた。
 
チェーンピースという名はこの時に考えたものであった。
小さな平和(peace)を重ねていけばいつかきっと大きな平和が訪れるという意味を聞き、
ジェイはくだらないと笑った
 
「粉々(piece)にならないように頑張ろう!」
 
設立メンバーはレベッカとジェイ、そしてウーンの3人であった。
一番年上のジェイがリーダーとなった。
レベッカとウーンが情報を盗み、それをもとにジェイが作戦を練った。
 
最初は遊び半分だったが無法地帯で辛そうじて命脈を保っていた軍の協力を得て
それなりに活躍するようになった。軍もチェーンピースのことを頼りにしていた。
 
名が知られると行くところのない子供たちが集まってきた。
メイウィンもこの頃にチェーンピースに入った。
カルテルに嫌気が差した大人たちが武器と食べ物を支援してくれた。
ウェスピース軍も支援を増やしてくれた。
 
人数が増えると軍からの任務も多くなり、その内容も危険を伴うものが多くなった。
怪我を負うことも多くなったがその分たくさんの成果を出すことができた。
このままカルテルと戦っても勝てる気がした。
 
だが、それは子供の勘違いであった。現実はそんな甘くなかったのだ。
電気を喰らう怪物が現れ、カルテルは再び海を渡った。
皇都軍が負けているという報せを聞き、何日も眠れない夜を過ごした。
 
この時からジェイの様子がおかしくなった。
何人かと急激に仲良くなると、いつも群れるようになった。
ついには規律を正すという理由で友人まで殴るようになった。
外の活動で忙しかったレベッカは後からこの事を聞かされた。
 
二人は大喧嘩をし、ジェイはチェーンピースを脱退した。
新しいリーダーはレベッカが引き受けた。
子供たちは全員穏やかで真面目なレベッカのことが大好きだった。
 
ジェイが脱退してからのカルテルの追撃はより巧みで正確になった。
何度も危機にさらされた。
仲間を疑いたくはなかったが追及の末、裏切り者を見つけ出した。
 
子供たちは裏切り者を殺すべきだと主張したが、
レベッカは悩んだ挙句、本拠地を遠いところに移した。
その移動中に砂漠でロイという名の死にかけていた男を助けた。
 
ロイはかなりの変わり者だったが残骸で様々なものを作ってくれた。
いくつかの危機も彼の発明品のおかげで乗り越えることができた。
5ヶ月くらいを共に生活したロイが旅立った直後、
皇都で皇女がさらわれたという急報が入った。
 
共にカルテルに立ち向かって戦った多くの大人が銃を捨て降参した。
士気は地に落ち、絶望に陥った。
昨日の友は今日の敵という言葉通りの日々を送った。
 
だが、活動をやめるわけにはいかなかった。
皇女をさらってからも皇都への攻撃を続けたカルテルは
老人、子供関係なく手当り次第に捕まえては兵士として送り出した。
生き残るためには戦うしかなかった。
 
毎日が緊張の連続であった。
次第に子供たちは疲れ果て、つまらないことで喧嘩が絶えなくなった。
今となっては戦いより生きるか死ぬかの問題であった。
 
レベッカは仲間の前では気丈に振る舞ってはいたが、
一人の時は父のことを考えることが多くなっていた。
会いたくないと言ったら嘘になる。
しかし、生きているうちに会えないような気がした。
 
父と一緒に皇都に行くことを拒んだ母を恨んだことはない。
「両親はそれぞれの道を選んだだけ。
私も最後まで自分の選んだ道を進めばいい。」
それがレベッカの最後に残ったプライドであった。
 
レベッカの心配は仲間の安全であり、
その中でも一番心配なのは次第に表情がなくなっていくウーンのことであった。
 
本当の弟のように可愛がり、何でも手伝ってくれたウーンが
一人で何時間も呆けている姿は見るにたえなかった。
戦場を駆け巡ってはいたがウーンはまだ幼い子供であった。
 
戦いから逃れ、遠くの村に行かせたかったが受け入れてくれるところが見つからなかった。
ウーンにしてあげられることは何もなく、誕生日に母の形見のネックレスを贈った。
 
慰めてあげたいという気持ちもあったがある予感に駆られ、ネックレスを送ったのだ。
どうしても逃れられない悪い予感にレベッカは常に苦しんでいた。
 
悪い予感はいつも当たる。
炎と悲鳴で溢れ返った洞窟から逃げ出した時、
しばらく会っていなかったジェイと再会したレベッカは口角を上げてにっこり笑った。
父親そっくりの笑顔だったがレベッカ本人に自覚はなかった。
 
この日を最後にチェーンピースの子供たちはレベッカに会うことができなくなった。

チャプター3

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ジェイは孤児であった。
家族はいなかったが歌が上手く人前に出ることが好きだったので、
何となく歌手になろうと思っていた。
子供たちの間では歌手よりガンマンの方が人気があったがジェイは銃声が苦手だった。
 
隣の村に来た有名な歌手を一目見ようと出かけた時、
ジェイは危くカルテルに囚われそうになった。
同じ年頃の子供たちより背が高かったため、大人だと思われたのだ。
生活問題は深刻で結局楽譜を燃やした。12歳の時のことである。
 
この頃ジェイはガキ大将になった。
ジェイより大きな子たちは馬鹿げた遊びからは卒業し、
射撃練習に打ち込んでいたため、決まってジェイがガキ大将になった。
しかし、レベッ力という女の子が食ってかかってくるようになると状況が変わった。
 
やけくそになった一人の女の子によってガキ大将の座を巡る戦いが始まったのだ。
単なる子供の喧嘩ではなく、派閥争いみたいなことをしながら激しく戦った。
 
村の大人たちにはくだらない喧嘩に見えたかもしれないが、
彼らにとっては真剣で崇高な戦いであった。
 
村の問題児として名高いジェイだったが彼なりのルールを持っていた。
「ロマンのため」であること。
ガンマンとして名を馳せた「砂風のベルクト」が立てた規則であった。
素敵な歌の歌詞にしようと思っていたものを自分の行動指針にした。
 
ロマンだと思ったからガキ大将の座にこだわり、
小さな子供を蹴る酔っ払いに立ち向かった。
ロマンだと思ったから…チェーンピースを創設し、
カルテルに立ち向かうというレベッカに賛同した。
 
しかし、「ロマン」が遺物と化したこともまたよく分かっていた。
ロマンは結局本当の気持ちを隠すための言い訳に過ぎなかった。
ガキ大将の座に執着したのは負けん気が強かったから、
レベッカの計画に賛同したのは生存のためであった。
 
カルテルは働き盛りの若者を手当たり次第に連れていった。
今のところは村の住民たちがなんとかカルテルを追い払っている。
だが、それも長くは持たないだろう。
 
チェーンピースを創設し、村を出た3人は行くところがなかった。
ガンマンと名乗ってはいたものの、実際は保護者のいない家出した子供たちであった。
むやみに義勇軍に入ったら肉の盾とされるかもしれない…。
だが、いつまでも砂漠を徘徊するわけにはいかなかった。
 
そこでジェイはウェスピース軍に接触を試みた。
 
彼らはそこで一匹狼状態であった。
無法地帯の人々はカルテルを恐れていたが、軍のこともよく思っていなかった。
ジェイは「何も知らない」女の子やちびっ子に情報を集めさせ、
その中から使えそうなものを軍に売った。
 
地域情報員が足りなかった軍は気に食わなかったがジェイの取引に応じた。
大人を相手に交渉するのは大変だったがジェイはなんとかそれをこなした。
報酬でもらったお金を貯め、この砂漠の島を脱出するつもりであった。
 
しかし、ウェスピース軍はせっかく手に入れた情報員が逃げないように
常に監視の目を光らせていた。
レベッカに打ち明けることもできず、 悩みは募る一方であった。
 
いつしか軍の甘い誘惑は恐ろしい脅迫に一変した。
レベッカの父を利用しようとも思ったが、
一歩間違えばレベッカだけを奪われるかもしれない…
 
その程度で済むのならまだよかった。
カルテルの物資不足を知っていた天界上層部は
捨て地である無法地帯の平和維持にお金をかけるのを渋った。
 
足りない軍事費を増やすために血眼になっているウェスピース軍が
レベッカのことを知ったら…?
大人しくレベッカを父のところに行かせるわけがないだろう。
見るまでもなく、汚い手を使ってレベッカを生け贄にし、上層部を刺激するだろう。
 
悩んでいる間にチェーンピースの名は次第に有名になっていった。
必要以上に有名になってしまったのだ。
ウェスピース軍はカルテルに立ち向かう子供たちを一つの象徴にしようと目論んだ。
 
ウェスピース軍は宣伝用のモデルを要求した。
レベッカの名前と顔をばらすわけにはいかなかったため、代わりにウーンを見せた。
体よりも大きな銃を背負っている幼い子供の写真は刺激的なタイトルと共に記事になった。
 
海の向こうの人たちは身勝手だったが子供には弱かった。
支援が入ってくると調子に乗ったウェスピース軍は
チェーンピースを様々なところに利用した。
 
生まれつきなのか育った環境がよかったのかレベッカはこのような事情には疎かった。
典型的な優等生タイプであった。
作戦を成功させ、人々を救えればそれですべてよし、という考えであった。
ジェイはレベッカの戦術や銃の腕前は高く評価したが、馬鹿真面目だと思っていた。
 
ウェスピース軍の宣伝のおかげでチェーンピースのメンバーは次第に増えていった。
3人でも大変だったのに大人たちに早く組織を大きくして、偉業を成し遂げろと強いられた。
 
その分、支援も増えたので隙を狙えば脱出できると思っていた。
後もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせ続けた。
 
だが、現実はあまりにも過酷ではかないものであった。
天界の電力生産を担っていたイートンに巨大な怪物が現れ、
電気を吸収しているという報せが入ってきた。
 
にわかには信じがたかったが…それは事実であった。
次第に支援も切れ、ウェスピース軍は進退きわまった状態になり、不穏な空気が漂い始めた。
 
カルテルは混乱を見逃さなかった。
山奥の村の食器まで、資源になりそうなものをすべて奪い、再び皇都を襲撃した。
正規軍の勝どきは聞こえてこなかった。
 
入ってくる報せはすべて敗れたというものばかりで、その報せもいつしか入らなくなった。
ジェイは自分を見つめる仲間たちの眼差しで押しつぶされそうになっていた。
 
生き残るためにジェイは再び動き出した。
意気投合した何人かの仲間とこそ泥をしながら暮らした。
そしてジェイは捕まった。
捕まえたのはカルテルの兵士ではなく、故郷の大人であった。
辛うじて逃げられたがしばらく眠れなかった。
 
そうした中、レベッカにすべてがバレ、大喧嘩になった。
ガキ大将の座をめぐって戦った時のようにしつこく問い詰めるレベッカが憎くて、
腹が立って…申し訳なかった。だが、謝らなかった。
プライドが許さなかったこともあるが、
それより仕方がないという思いの方が大きかったからである。
 
また、自分を見て戸惑い始めたウーンの姿を見て、砂のように崩れ落ちた。
故郷では、いや、この前まで「兄さん、兄さん」と呼び仲良くしていた弟であった。
 
何があってもレベッカとウーンだけは悲しませたくなかった。
生き残るために、守るために戦った。
 
カルテルが嫌いで、卑怯な大人が憎かった。
だが、いつの間にか自分がそんな大人になっていた。
耐えられなかった。苦しくて…恥ずかしくてみんなと一緒にいられなかった。
 
チェーンピースを離れたのはそのためであった。
こそ泥をしていた何人かも一緒についてきた。
 
仲間を残して姿を消した夜、ジェイは夜空を見上げながら様々な思いを巡らせた。
もし、チェーンピースを設立しようというレベッカに反対していたら
今頃どうなっていたんだろう?歌手の夢を諦めなかったら…?
無法地帯ではなく他のところに生まれたら…?
 
思いを巡らせば巡らすほど虚しくなった。
そして涙がこぼれそうになった。
 
もう二度とレベッカやウーンに会うことはないだろう。
思い返せば二人が自分の家族だった。
平和が訪れるその日までどうか生き残ってくれ…とつぶやき、
ジェイは歩き出した。

チャプター4

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ウーンの父はハンターだった。身を隠しながら獲物に接近し、
正確に頭を狙う方法をいつから習っていたのかは覚えていない。
ただ、物心がついた頃にはすでに銃を手にしていたことと、父の実力だけは覚えている。
 
こそ泥も使わないような粗末な銃弾は酒よりも安かった。
ウーンは小動物を狩っては父の酒代を稼いだ。
軍人の母は家を空けることが多かった。
 
父が左足を失った後、母は軍人になった。
父は酔っ払うと決まってウーンを殴り、家から追い出した。
 
ウーンの弱い肌はいつも青あざと獣の爪による引っかき傷だらけだった。
村の大人たちはそんなウーンを見て見ぬふりをした。
 
村のガキ大将のジェイが父に殴られるウーンを助け、
気の強いレベッカの母がウーンを連れ帰り風呂に入れ、ご飯を食べさせた。
 
妹と弟が欲しかったこともありレベッカもウーンの面倒を見てあげた。
ウーンは気さくで愛嬌もあり、みんなに可愛がられた。
二人はすぐ仲良くなった。
 
だが、幼いウーンの礼儀正しく明るい性格は
乱暴な父と子供にまったく関心がなかった母の影響であった。
捨てられるかもしれないと無理に明るく振る舞うウーンを見て
レベッカの母は心を痛めた。
 
しかし、つかの間の幸せもレベッカの母が亡くなると終わりを告げた。
レベッカとジェイはカルテルに立ち向かうと覚悟を決めた。
ウーンも二人を説得し、参加することになった。
大人と戦うということは幼いウーンには想像もできないことだったが、
それよりも二人と離れることが怖かったからだ。
 
村を離れる日、レベッカが同じ名字を使おうと提案した。
ジェイはその提案をバカにしながらも様々な名字を挙げた。
悩んだ末、ライオニルという名字を使うことにした。
 
その日からウーンは「ウーン=ライオニル」となった。
二人の本当の弟になった気がしてとても嬉しかった。
だが、後になって分かったことだが仮名を使った本当の理由は
レベッカが自分の父親に気づかれないためであった。
 
チェーンピースは、その心意気はよかったが今にも崩れ落ちそうだった。
しかし、世論を動かす道具として使えそうだと判断したウェスピース軍は
彼らが死なない程度に支援をし、活躍のチャンスを与えた。
 
ウーンは腕前の狙撃手であった。
すべてが怖く恐ろしかったがいつもなんとかやり遂げた。
二人の邪魔になりたくない一心で…。
 
海の向こうの「カルテルと戦っている幼い英雄たち」のニュースは
同情と怒りの風を巻き起こした。
「ちびっ子ライオニル」というあだ名もこの時につけられた。
傷が深ければ深いほど反応は大きかった。
 
どうしても理解できなかった。
そんなに可哀想だと思っているのなら助けに来てくれればいいのに、
海の向こうの大人たちはただ遠くで見守っているだけであった。
 
ジェイはウェスピース軍と接触する時には必ずウーンを連れて行った。
従軍記者に会う日は決まって両ひざに怪我をさせられた。
そのため、ウーンは軍人が怖かった。
しかし、負けず嫌いな性格からそんなことはないと強がった。
 
もしかすると軍人の母に会えるかもしれないと探してみたが
どこにも母の姿はなかった。
大人になった今も母の生死は分かっていない。
 
チェーンピースでウーンは一番年下だった。
年は序列を決める重要な基準だったため、ジェイとレベッカはウーンに
「お姉さん」や「お兄さん」という呼び名の使用を禁止し、参戦会議にも必ず参加させた。
 
反発する子たちもいた。
しかし、素晴らしい射撃の腕を持つウーンのことをバカにする子供は次第に減った。
 
チェーンピースを率いていたジェイの脱退後レベッカが新しいリーダーになった。
アントンという怪物の登場と皇女がさらわれる事態によって
子供たちを追い詰める現実はさらに過酷なものとなった。
 
いいことがまったくなかったわけではないが辛かった。
カルテルは次第に勢力を大きくし、
逃げた仲間たちは敵になって現れるか死体となって発見された。
もはや生きる意味を見出せなかった。
 
そうした中でも生き残れたのはリーダーのレベッカのおかげだった。
一切辛いそぶりを見せず、食糧の調達から
カルテルに立ち向かって戦うときまでみんなのために頑張った。
 
ウーンはあの日のことさえなければ、あの日自分がレベッカを助けられたら、
もう少し戦いを早めに終わらせることができたかもしれないと何度も何度も考えた。
だが、助かったのはレベッカではなくウーンであり、レベッ力は未だ行方が分からない。
 
あの日の記憶を思いだし、レベッカの行方その手がかりを探したいと思っても、
断片的な記憶しか思い出せない。
 
赤い空。叫び声と爆発。死んだ仲間たちの顔。
そして血だらけになった自分を背負って逃げるレベッカ。
それ以外思い出せない。
 
誰の裏切りで、誰が爆弾を投揮したのかは覚えていない。
今はもうどうでもいいことだ。
怒りも悲しみもあの日すべて失った。
 
ウーンはあの日を自分の命日にした。
それから何度も自らの頭に銃口を向けたが
そのたびにレベッカの言った一言が引き金を引かせてくれなかった。
 
レベッカが誕生日プレゼントに自分の母の形見をくれた日であった。
ウーンの頭をなでながらレベッカは泣いているような笑顔で言った。
 
「もう遅いかもしれないけどお父さんに会いたい。」
 
レベッカの小さな願いを叶えてあげたかった。
チェーンピースでのことはあまり思い出せないのに
レベッカの声だけははっきりと思い出す。
 
生きているか分からない。
だが、死んだという証拠もない。
だからウーンは小さな希望を抱き、戦い続けた。
 
記憶の中ではいつまでも10代の少女であるレベッカが
平和な空の下、笑顔で父と再会できるように。
その眩しい光景を現実にするためにウーンは戦い続けているのだ。

チャプター5

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アントンを倒してゲントに帰ってきた後も軍人たちは緊張を緩めることができなかった。
戦いは終わったが治安はまだ不安定だったからである。
 
本来の天界天界軍人の主な任務は外部の敵と戦うことではなく、治安維持である。
孤立した地形と人口が少なく、細々とした組織を作って管理する必要もなかったため、
今まで特に大きな問題は起こらなかった。
 
しかし、平和だったゲントで頻繁に衝突が発生するようになった。
アラドから来た冒険者が起こす小さな争いから
戦いの後遺症とも言える盗賊の群れの発生まで。
すべて疲れ切った軍人たちが解決しなければならない問題であった。
 
そのため、ジェクトは思い切って与えた休暇を二日しか使わず
戻ってきた副官を見て頭を抱えた。
怒鳴りつけてでも休ませたかったが、新しい体制を整備しようとしている
ゲント司令部で彼が不在だった二日の穴は大きかった
 
司令官の悩みに気づくこともなく復帰手続きを済ませたウーンは
いつものように迅速かつ正確に業務を処理し、周囲を驚かせた。
上官が休暇を取ることで司令部内で唯一幸せな時間を送っていた
彼の部下たちだけが小さく不満を口にした。
 
四日間休まずにたまった業務を処理しつづけ、やっと一段落したウーンは
ふらつきながら執務室の隣にある資料室に向かい、長い椅子の上に倒れた。
部下たちが出勤するまでしばらく休むつもりであった。
 
午後には将軍たちと病院を慰問する。
貴族にに足りない病院をもっと建ててもらうためである。
しかし、ウーンは慰問の目的より最悪な治安の中での護衛任務の方が心配であった。
 
少し無理をしたせいか治りかけの傷から熱が出た。
それは別に何とも思わなかったが
10年前から時々聞こえる声が再び聞こえるようになったのが気になった。
 
聞こえるのは色んな人の声だった。守れなかった部下から倒した敵の声まで…。
長い戦いを経験したこの国の多くの軍人はウーンと似たような症状を経験している。
 
部下たちの苦しみには耳を傾けたが、ウーン自身は誰にもそれを打ち明けていない。
他人に自分の異常を気づかれないのが自ら与えた任務の中で最も重要な任務だったから…。
 
司令官に迷惑をかけないために、
また唯一の目的を成し遂げるために軍に残らなければならなかった。
そのためウーンは様々な場面で「正常である」ことを演じるようになった。
 
後ろにいるものが味方の場合は警戒しないふりをし、
チェーンピースの話を聞いた時は何も知らないふりをした。
辛かったがなんとか耐えている。
 
最初は自分でもできないと思っていた。
しかし、チェーンピースの生存者たちが一人、またひとりと
落ちぶれていく姿を目の当たりにし、そうせざるを得なかった。
ただ一つを除いて…。
 
ウーン
………!
ルカス
うわっ!
 
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人の気配で目を覚ましたウーンはまだ悪夢と現実の境にいた。
ぼやけて見える人影は巨大なカルテルの兵士に見え、タルタンにも見えた。
 
ルカス
ウーン大佐、ルカス少尉です。手紙がたまっていたので…
起こしてしまい、申し訳ございません。
 
ウーン
…新入りか?
 
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反射的に握った銃から手を放しながらウーンがぶっきらぼうに言った。
寝る前に抜いておいた弾倉が椅子の下に落ちる音がした。
 
ウーン
悪い。すぐに行くから先に行ってくれ。
 
それから…名前ではなく名字で呼んでくれ。
聞き取りにくいから…。よろしく。
 
ルカス
はい?…はい。承知しておきました。
それでは、手紙はここに置いておきます。
 
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年上の部下が慌てて出ていくのを確認し、ウーンは長いため息をついた。
冷や汗までかいていた。三時間くらい眠ったのだろうか。
完全に疲れが取れたわけではなかったが少しは方だが軽くなった気がした。
 
メイウィンの見舞いに行ってからずっと緊張していたようだ。
他でもなくチェーンピースの生存者が怪我を負った。
それもそうだろうと、ウーンは自分の状態をまるで他人事のように分析した。
 
外の小鳥の鳴き声を聞きながらルカス少尉が届けてくれた手紙の中から
メイウィンの手紙を見つけ、首を傾げた。連絡するなと言ったのはどこのどいつだよ…。
 
急いでいたのか書き殴った字で内容も短かった。
見舞いに来てくれて嬉しかったと、そして怒って悪かったと書いてあった。
また遊びにこいと住所も書いてあった。
 
ウーン
(本当気まぐれな人だ…。)
 
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そんなことを考えながら次の手紙の封を切った。
治安維持などを理由に足りない兵力を補うために
13歳から16歳の少年兵志願入隊募集案を通してくれという内であった。
 
ウェスピース司令部からの手紙で司令官に報告しなければならない内容だった。
何回も読み返したウーンは手紙をくしゃくしゃに丸めた。
再び声が聞こえてきた。
 
少年の声
助けて!ウーン!
 
少女の声
ウーン。ウーン!私…足が…ない…!痛い…!
 
少年の声
ウーン…助けて!痛い!私…死にたくない!
 
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ウーン=ライオニルは苦しそうに頭を抱えた。
そしてしばらく資料室から出てこなかった。