ストーリーブック/帝国の幼き騎士
Last-modified: 2023-04-17 (月) 15:20:41
帝国の幼き騎士
チャプター1
- アラドを恐怖に陥れた邪悪な使徒、シロコを倒して
帝国に戻ったヴァン・バルシュテットに集まった関心は凄いものであった。
帝国の人々は長年経験を積んだ騎士にもできなかった偉業を成し遂げた
若いウェポンマスターを祝福し、賛辞を贈った。
女性たちは少年英雄に花を贈り、男性たは力強い拍手を贈った。
子供たちは大騒ぎでヴァンの行列の後に付いて行った。
お祝いのラッパの音と歓声にヴァンは戸惑いながら皇宮に入り、
皇帝の前でひざまずいた。
- ヴァン
- ヴァン・バルシュテット、 ただ今戻りました。
- レオン皇帝
- ご苦労だった。宮廷魔法使いたちもやられたと聞いたが
若いそなたが邪悪なシロコを倒すとはな。 実に素晴らしい。
- ヴァン
- 私一人の力ではありません。
共に戦った他のウェポンマスターたちがいなければ私もやられていたかもしれません。
- ヴァンの声は大きく、はっきりとした口調であった。
すべての功を自分一人のものにしてもよかったのに
彼は他のウェポンマスターたちに花を持たせた。
皇帝は優しい笑みを浮かべた。
- レオン皇帝
- 今日はそなたを労うためにみな集まったのだ。
そなたの功を隠す必要はない。
我が帝国の誇らしい騎士よ。
- ヴァン
- あの…。私は…騎士ではありませんが。
- 皇帝の間違いを指摘して良いものか困るヴァンを見て皇帝はまた笑顔を浮かべた。
- レオン皇帝
- 今まではな。だが、これからそなたは朕と帝国のために働き、
そなた自身の名を馳せるだろう。近くにきたまえ。
- 騎士という言葉を聞いたヴァンが顔を上げた。
ヴァンは騎士になるための手続きを踏んでいない。
実力は認められていたが複雑な政治的力が絡んでいる騎士候補生に
自分の名を載せることはできなかった。
さらに剣術を磨き上げるために忙しい日々を送っていたこともあり、
騎士という名誉にもあまり興味がなかった。
ウェポンマスターという名を与えられただけで十分だった。
剣術を認められたという点ではウェポンマスターの方が誉れ高い称号だった。
だが、皇帝に直接騎士爵位を与えられるとすれば別に断る理由もない。
- レオン皇帝
- ヴァン・バルシュテット、
そなたは騎士道に従い、正義を追い求め、人に仕え、
恥のない騎士になることを誓うか?
- ヴァン
- 誓います。
- レオン皇帝
- ヴァン・バルシュテット、
そなたはデ・ロス帝国の栄誉ある騎士として国に献身し、
そなたの命をかけて国を守ると誓うか?
- ヴァン
- 誓います。
- レオン皇帝
- ヴァン・バルシュテット、
そなたはデ・ロス帝国の第1騎士であり、
正統な支配者であるレオン=ハインリヒ3世の忠実なしもべとして
あらゆる危険から朕を守り、朕の命令に従うと誓うか?
- ヴァン
- 誓います。
- レオン皇帝
- そなたの忠誠には愛と信頼が与えられ、
そなたの裏切りには憤怒と処罰が下される。
この誓いは命が尽きる日まで続く。
顔を上げ、立ちなさい。
そなたはデ・ロス帝国の騎士となった。
また、ヴァン・バルシュテット伯爵としてその名は歴史に刻まれるだろう。
- ヴァン
- ………!
- 場がざわついた。
帝国の貴族たちは皇帝の宣言に目を見開いた。
そして聞き間違いであることを願った。
しかし、皇帝の言い間違いではなかった。
剣術の実力しか持っていないヴァン・バルシュテットが貴族、それも伯爵となった。
- シュマン
- (陛下は正気を失ったのか?あんなまぬけ伯爵を与えるとは!)
- ヴァン、当の本人も戸惑っている今、
武人一族で有名なクルーガー家のコンラドもまた戸惑いを隠せなかった。
- コンラド
- (伯爵か…。シロコ討伐の功がいくら大きいとは言え、今回ばかりは…。)
(ひょっとして陛下は・・・。)
- 皇帝の突然の宣言に納得する者は
皇帝の腹の中を探っているコンラド以外誰一人いなかった。
この微妙な空気をヴァンも察していた。
身に余る待遇だと断ったが皇帝は食い下がった。
皇帝の性格をよく分かっているヴァンは仕方なく頭を下げ、感謝を表した。
- ヴァン
- 光栄でございます。忠誠を尽くします。
チャプター2
- 皇帝への謁見が終わるとすぐさま駆けつけた場所は、
一人の少女が待つ穏やかな庭園だった。
人々の注目を集めているヴァンがそこへ抜け出すのは至難の業だった。
だが、ヴァンは長い遠征中片時も忘れなかったエミリエに会うために
すべての難関を突破し、駆けつけてきたのだった。
- ヴァン
- エミリエ。
- いつも二人が会う場所で待っていた少女
は自分の名前を呼ぶ声を聞いて振り向いた。
突然現れたヴァンを見てびっくりしたが、
すぐさま恋する乙女の笑顔を浮かべた。
ヴァンはエミリエをお姫様だっこし、抱きしめた。
エミリエもまたヴァンを強く抱きしめた。
- エミリエ
- ヴァン!お帰りなさい!ヴァン!
- ヴァン
- 宮殿に行ってすぐ君に会いにきたのさ!
待たせてごめんな。
- 愛する少女に会ったヴァンだったが、その声は少し暗かった。
エミリエは大きな目で瞬きをした。
- エミリエ
- ヴァン?何かあった?
- ヴァン
- …何でもない。
- エミリエ
- ヴァン、何か隠してるよね? 私たちの間に秘密はないって言ってたじゃん!
- 会った嬉しさより突然襲われた寂しさでエミリエの目からは今にも涙が落ちそうだった。
名高い剣士、魔法使いたちも生きて帰ってこれない悲鳴の洞窟に
恋人を送ってから不安な毎日を過ごした。
勝利の報せより嬉しかったのは彼が生きているという報せだった。
この日が来るのを待っていた。
無事に帰ってきたヴァンの顔を見ているだけで嬉しくなった。
なのにどうしてヴァンはこんなにも暗い顔をしているだろう。
ヴァンはそんなエミリエを見て思い出した。
皇帝の思惑、貴族たちの反感、この先どうなるだろうという悩みより
大切なのはエミリエの笑顔じゃないか。
- ヴァン
- 大したことじゃないから。ちょっとびっくりしただけ。
騎士になったからさ。自分でもよく分からなくて…。
- エミリエ
- 本当?本当なの?私に会いたくなかったからじゃなくて?
- ヴァン
- そんなわけないだろう!ずっと君のことばかりを考えていたよ。
- ヴァンは詳しく説明した。
皇帝に爵位を与えられたが、それがいきなり伯爵で、
これからどうすればいいか分からないと正直に打ち明けた。
エミリエが涙を拭いた。
- エミリエ
- それはヴァンが凄いことを成し遂げたからよ
- ヴァン
- でも…いきなり過ぎないか?
- エミリエ
- この前コンラド様も言ったわ。ヴァンに爵位が与えられるって。
ヴァンが戦争に参加したわけじゃないけど、
アラドの脅威となった恐ろしい怪物と戦って勝ったでしょ?
誰もできなかったことをヴァンが成し遂げたのよ。
若いにもかかわらず、一度で成功したから陛下も感心したと思うわ。
- ヴァン
- そう・・・?そうかな?
- エミリエ
- そうよ。ヴァンがこれからもっと有名になれば
陛下は歴史に刻まれる素晴らしい騎士を持った皇帝になるでしょ?
- エミリエの言葉を聞いたヴァンはにっこりと笑った。
- ヴァン
- そうだね。君の話通りになればいいな~。
- ヴァンはエミリエをもう一度強く抱きしめた。
この先、色んなことが起きたとしてもエミリエさえ側にいてくれば何も怖くない。
ヴァンの気持ちが伝わったか、エミリエもまたヴァンを優しく抱きしめた。
そして小さな声でヴァンの耳元でささやいた。
- エミリエ
- それでね…ヴァンが伯爵になったらお母様も許してくれるかもよ。
私たちの結婚…キャー!
- ヴァンが高く持ち上げ、ぐるぐる回すと少女はびっくりして悲鳴を上げた。
照れて顔を赤くしたエミリエの目の前には嬉しさで顔が赤くなったヴァンがいた。
- ヴァン
- 当然だろう誰も俺たちを引き離せないぞ!
エミリエは俺の妻になるんだぞ!俺の妻に!
- エミリエ
- キャー!声が大きいよ!バカッ!
- そうやってしばらく騒いでいた少年はついに爆発した少女の怒りによって静かになった。
それからエミリエは木陰にヴァンと一緒に座って澄ました声で話した。
- エミリエ
- これからは言動に気をつけないとね。
伯爵が子供みたいに浮かれている姿を陛下に見られたらきっと後悔なさるはずよ。
- ヴァン
- そんなのどうでもいい。君と結婚できればそれでいい!
- 興奮したヴァンの声があまりにも大きくて、エミリエは慌てて周りを見渡した。
幸い誰もいなかった。
もしこんな姿を誰かに見られたらエミリエは恥ずかしくて気を失うかもしれない。
- エミリエ
- ところで、あの怪物はどうだったの?たくさんの人が命を落としたと聞いたけど…強かった?
- ヴァン
- 本当に大変だった!何度も死にかけてさ。
- 無理やり話題を変えると、ヴァンはまた熱くなって語り始めた。
エミリエは安堵の息をつきながらその話に耳を傾けた。
とても恐ろしい話だった。
- ヴァン
- 大変だったけど、得たものもたくさんあったんだ。
想像もしなかったものを目にしたんだ。
使徒の力って本当に恐ろしいんだ。
でもちゃんと研究すれば帝国の大きな力になるかもしれない!
- エミリエ
- 恐ろしい怪物でしょ…?
- ヴァン
- 確かに恐ろしい存在だけど…。
人の精神を蝕むその力は宮廷魔法使いでも阻止することができなかったんだ。
発想を変えて考えてみると…そんな力を自由自在に使えるようになれば
帝国はより強くなれる。
そうなると、帝国を脅かす者もいなくなるし、
竜や怪物による被害も減らすことができる。
- エミリエ
- でも…邪悪な力なんでしょ…。
- ヴァン
- それは使う側の問題さ。例えば…剣も使う者によっては
人を助けることも傷つけることもあるだろう?つまり道具にすぎないということさ。
- エミリエ
- でも、危険なことでしょ?
ヴァンは鬼手だから…辛い思いをしてきたし、
そんな危険なことは他の人に頼んじゃダメなの?
もしヴァンに何かあったら…私…。
- 今にも泣き出しそうな少女を見てヴァンは慌てて両手を振った。
- ヴァン
- 泣かないで君が泣いたらどうすればいいか…。
- エミリエはこぼれ落ちる涙を拭きながらヴァンを見つめた。
- エミリエ
- だからそんな危ないこと考えないでね。分かった?
- ヴァン
- …うん。
- ヴァンはしぶしぶうなずいた。
チャプター3
- 暖かな風と花の香りが実に爽やかなのどかな春の日だった。
こんな日は誰にとっても幸せな1日になってほしい…。
芽生えた緑の葉が赤い夕陽に染まる頃、
穏やかな小さな都市で煙が激しく立ち上った。
- ヴァン
- エミリエ!エミリエ!
- 兵士
- いけません!今入ったら命はありません!
- ヴァン
- くそっ!離せ!あの中に俺のフィアンセがいるんだ!
- 兵士
- もう少しで消防魔法使いが到着します。
後もう少しだけ…うわっ!
- ヴァンは警備隊を振り切り館の中へ入った。
苦しそうに逃げる人たちをかき分け探したが、
どこにもエミリエの姿は見当たらなかった。
あちこち走り回ったヴァンの服は真っ黒になったが、
炎の中でも熱さなどまったく感じられなかった。
エミリエは結婚式を控え、友人の別荘に遊びにきていた。
友人たちにヴァンを紹介したいと言われたヴァンは
訓練を終えて先ほど到着したばかりだった。
どうすればエミリエの友人に気に入られるか悩んでいた。
だが…いい方法が浮かぶ前に目に飛び込んできたのは凄まじい火だった。
年上のウェポンマスターたちから冷静だと評価されているヴァンだったが、
エミリエがまだ中にいると聞いて激しく動揺した。
しばらく放心状態だったヴァンだが、
我に返ると腰の剣を抜き短い気合いと共に剣気を飛ばした。
激しい煙が消え、窓が割れた。
ヴァンは窓の外に体を出し、外の空気を吸って冷静さを取り戻そうとした。
- ヴァン
- (エミリエは昼食を取って一人で休んでいたと言った…。
どこで休んでいたんだろう…。
メイドが部屋にはいなかったと言ってたけど…まさか…。)
- 外から見た館の構造、エミリエの性格、救助に当たる者たちの証言…。
考えを巡らせたヴァンは再び通路に戻り駆け出した。
息を止めて走ることなど朝飯前だった。
体を燃やす炎など悲鳴の洞窟を満たしていた呪いに比べると大したこともなかった。
ヴァンは館の裏に回り、固く閉ざされた書斎の重厚な扉を壊した。
- ヴァン
- …こ、これは…。
- 鼻が麻痺するほどの異臭がしたがヴァンには慣れた臭いだった。
血の臭い…。
得体の知れない不安に襲われつつも書斎の隅々を探した。
そこは書斎というより図書館に近いところだった。
ヴァンはエミリエと友人が仲良くなったきっかけは本だったという
今はどうでもいいことを思い出しながら少女の姿を探した。
- ヴァン
- ………!
- 木で作られた大きな本棚の向こうにエミリエが倒れていた。
一人ではなかった。
大きな争いがあったのか本は散らばり後ろの本棚もすべて倒れていた。
そして顔を黒い布で隠した男二人が倒れていた。
エミリエは腹部から血を流している警備兵の後ろで気を失って倒れていた。
ヴァンはエミリエを抱きしめた。白い手が力なく落ちた。
その手には懐刀が握られていた。
ヴァンは警備兵の状態を確認した。
微かに息をしているエミリエと違い彼は死んでいた。
エミリエを探しにきて刺客たちと戦った末に死んだようだった。
ヴァンは感謝をこめて亡くなった警備兵の目を閉じてあげた。
そしてエミリエを強く抱きしめると、
書斎に押し寄せてくる炎を避けながら窓を割り外に飛び降りた。
チャプター4
- 数年後。
北方遠征から帰ったヴァンは皇帝の前でひざまずき、報告をしている最中であった。
- ヴァン
- ご命令の通り、我が帝国の領土を虎視眈々と狙う北方の異民族を討伐してきました。
彼らのリーダーである…。
- レオン皇帝
- 今回失った兵士の数は?
- ヴァン
- 12人です。ですが、敵の死傷者は….。
- レオン皇帝
- かなりの数だな。そうだろう?
- 皇帝の冷たい質問にヴァンは戸惑った。
確かに死傷者は出たが倒した敵の数を考えたら大きな損失でもない。
だが、死傷者が出たという事実に変わりは
ないため、頭を下げたまま答えた。
- ヴァン
- …はい。さようでございます。
- レオン皇帝
- それでは困る。戦いのたびに多くの兵士を失っては…。
皇后は野蛮人の斧に殺されるのではないかと恐れているぞ。
- ヴァン
- そのようなことは決して…。
このヴァン・バルシュテルが命をかけて…。
- レオン皇帝
- 信じるしか仕方あるまい。特に頼れる者もない。
- ヴァンの話が終わる前にレオン皇帝は話を遮った。
ヴァンは戸惑いを隠すため頭をさらに深く下げた。
- レオン皇帝
- そうだ、ご夫人の容態はどうだ?
おっと、まだ結婚はしていなかったな。すまない。
- ヴァン
- とんでもございません。
陛下のおかげでだいぶよくなりました。
私の顔も思い出せるようになり、一人で食事もできるようになりました。
- 不幸な火災事故で怪我を負ったエミリエはかろうじて一命を取り留めた。
出血はあったものの警備兵が守ってくれたおかげだった。
放火犯は帝国に不満を持つ冒険者たちであることが明らかとなった。
だが、意識が戻ったエミリエはヴァンを見て悲鳴を上げ、
手当たり次第にものを投げつけた。
エミリエの両親は恐る恐る婚約破棄を申し出たが、
ヴァンはエミリエ以外の女性を妻として迎えるつもりはまったくなかった。
だが、結婚も許されなかった。
貴族の娘であるエミリエは一族の名誉のために外へ出ることを許されなくなった。
その上、帝国の法律では新郎と新婦が本人の意志で結婚の誓いをした場合のみ
正式な夫婦として認められる。
自分の名前も思い出せないエミリエが結婚という概念を理解できるはずもない。
- レオン皇帝
- そなたを病を患う婚約者から離し、戦場に送り出したこと、すまないと思っている。
- ヴァン
- とんでもございません。 敵と戦うのは騎士の義務。
若造の私を信頼してくださったこと、誠に感謝申し上げます。
- レオン皇帝
- そう言ってくれるとありがたい。
だが、そなたもそろそろ子供がほしいのではないか?
若くして婚約したから本来であれば子供が一人くらいいてもおかしくはないだろう。
- ヴァン
- 子供はまだ…。
- レオン皇帝
- そうか。それならよかった。
- ヴァン
- はい?
- ヴァンは疑問の表情を浮かべたまま顔を上げた。
まさか結婚相手を…?
ヴァンとエミリエの事情を知るごく少数のうちの一人である皇帝には
十分考えられることであり、
彼の騎士であるヴァンは皇帝の命令による結婚を拒む立場ではなかった。
ヴァンの誤解に気づいた皇帝は報告を受た時の厳しい表情からにこりと笑った。
- レオン皇帝
- 誤解しないでくれ。
子供がいないそなたなら幼い囚人を見ても同情しないだろうと思ってな。
朕は公私を混同する者が嫌いなのだ。
- ヴァン
- はい…そのご心配でしたら問題ありません。
幼いとは言え、自分の犯した罪を分かっているはずですから。
自分の選択で罪を犯した者は老若男女問わず同情に値しません。
- レオン皇帝
- 実に素晴らしい。
他の貴族たちがそなたのように有能なら
兵士が一人二人死んだくらいで頭を悩ませることもないのに…。
褒めているのだ。そう緊張しないでくれ。
で、そなたの大切なエミリエのことだが、いずれは結婚するだろう?
結婚式の直前に事故が起きたと聞いたが?
- ヴァン
- はい、さようでございます。
ですが、エミリエが果たして結婚の誓いを言えるかどうか…。
陛下は本人の意志で結婚の誓いをした夫婦だけを認めておられますから。
彼女が結婚そのものを理解できるかどうかも…。
- レオン皇帝
- そうか…。彼女の状態について知る者はどれくらいいるのだ?
- ヴァン
- 使用人を除けば数人しか…。
- レオン皇帝
- 実は…。そなたは若くして婚約したがまだ結婚していない。
そのため、変な噂を言いふらす輩もいる。
「英雄ヴァン・バルシュテットがなぜ結婚をためらっているのだろう。
何か問題があるのでは?」と
- ヴァン
- …ですが、私にはエミリエしかいません。そしてエミリエも…。
今はクルーガー卿が守ってくださっていますが
婚約破棄となると一族から見捨てられてしまいます…。
- エミリエが本家の館にいられるのはバルシュテット伯爵のフィアンセだからである。
それに姪を思うコンラドの配慮もあり、エミリエの両親は娘の面倒を見続けているのだ。
この状況でヴァンまでいなくなったら…。
どうなるかは明らかである。
- レオン皇帝
- それでだが、二人の結婚を認めようではないか。
エミリエも不幸な事故に遭う前はそなたとの結婚を切に願っていたのだろう?
- 皇帝の突然の提案にヴァンの目が見開いた。
皇帝の言う通りエミリエと結婚し、自分のところに連れてくれば何の問題もない。
今までそれができなかったのは皇帝が定めた法のせいであった。
今それが許されたのだ。
- レオン皇帝
- 人に見られたらまずいだろうから盛大な結婚式は上げられないかもしれんが、
少し離れたところで小さな式でも挙げてやろう。
そこで夫婦の縁を結びたまえ。
だが、エミリエはそこでしばらく休み、そなたは先に帰ってきた方がいいだろう。
新婦を一目見ようと野次馬が集まるだろうからな。
二人きりでのんびりしたいところを意地の悪い皇帝が新郎を呼び出したと言えば、
みな納得するだろう。それに同情もしてもらえるだろうしな。ガハハ!
- ヴァン
- ご配慮をありがとうございます…。
- 言葉にできないほど感動しているヴァンを皇帝は満足げに見つめた。
- レオン皇帝
- その代わり、遠征の任務を頼みたい。
そなたにしかできないことなのだ。
- ヴァン
- …何でしょうか?どんな任務でも最善を尽くします。
- レオン皇帝
- 実に心強い。
先ほどの話に戻るが、我が帝国の安全を守るためには強い兵士が必要だ。
だから兵士たちを強くするための研究所を作ったのだ。
だが、貴族は反対するだろう。
そのため少し離れた場所に研究所を建てた。
- 「貴族が反対する」理由は明らかである。
- ヴァン
- 警備任務でしょうか?承知いたしました。
出発はいつごろに?
- レオン皇帝
- 改めて連絡する。
これから結婚式の準備をしなくてはな。
だが、あまり期待するなよ。
朕も結婚をしたが…結婚というものはする前は期待に胸を膨らませ…その後は…。
言わなくても分かるだろう?
ガハハ、もう下がってよい。
とにかく結婚式は朕に任せてくれ。
- ヴァン
- 誠に感謝申し上げます。
それでは、失礼いたします。
- ヴァンが帰ると皇帝は手を上げ、他の人たちも退室させた。
誰もいない謁見室でしばらく考え込んでいた皇帝が口を開いた。
- レオン皇帝
- 信じられん。頭のおかしくなった女を愛し続け、待っている男だぞ。
あんな奴、盾として使えばいいのに、なぜ…?
- ???
- あの方はこの帝国で最も使徒の力に詳しく、また憧れを抱いています。
きっと陛下のご意志に賛同するでしょう。
- 皇帝の後ろに垂れているカーテンの向こうから黒いローブをかぶった女が姿を現した。
- レオン皇帝
- それも予言の内容なのか?
- ???
- ええ。すべては帝国の安全とアラドのため。
この貴い志を知ればヴァン様は大きな力となってくださるでしょう。
- レオン皇帝
- 世の中が発展するために何を必要とするのかさえ分からないあの男が…?
- ???
- もうじき分かる日がきます。すべては偉大なる予言通りに…。
- まだ疑いを拭いきれないレオン皇帝を安心させるように
黒いローブの女が微笑みを浮かべた。