ストーリーブック/赤き罪

Last-modified: 2023-04-26 (水) 11:56:22

赤き罪

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チャプター1

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帝国騎士団が皇女と共にヘンドンマイアに来るという知らせが広がると、
大勢の人々がそれを一目見ようと集まった。
 
公国からしてみれば、 本当は帝国の軍隊を迎えたくなかった。
しかし、そのリーダーがウェポンマスターのヴァンであったため、仕方なかったのだ。
 
ヘンドンマイアのすぐ隣にあるウェストコーストに突如天城が現れた。
異変に不安を感じる人たちは使徒シロコを倒した英雄、ヴァン・バルシュテットを一目見ようと集まった。
 
ロバート
(ヴァン・バルシュテット…。)
 
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帝国の皇女の後ろで馬に乗って行進しているヴァンの顔は騎士そのものであった。
若く、自信に満ち、節度ある行動。
ロバートは無意識のうち、鬼手をなでた。
重い鎖を巻きつけた黒くてねじれた腕。
鬼手であることに絶望感を抱いたことはないが
この鬼手によって命を失った人たちのことを思うと…
恥ずかしいことこの上ない。
 
ロバートも一時はあの誇らしげな帝国騎士たちの一人であった。
強さを重視する帝国で鬼手は別に欠点ではなかった。
凄まじい力を発揮する鬼手を羨ましがる者がいるほどであった。
 
そんな環境の中でロバートは特に問題なく順調に成長した。
貴族出身ではなかったため、様々な難関にぶつかったが
生まれつき才能と根性で人より多くの成果を出した。
 
だが、いつしか浮かび上がった疑問…。
帝国はなぜここまで強さに執着しているのか、
なぜ弱い者を助けるより自らの強さを誇っているのか…。
 
疑問は次第に大きくなり、ロバートは信頼できそうな
何人かの仲間たちに自分の悩みを打ち明けた。
しかし、返ってきた答えは腑に落ちないものばかりであった。
 
「まずは自分自身が強くならなければ他の人を
守ることができないからじゃないか?」
確かにその通りだが…。
 
ある時、騎士団長はロバートと他の団員たちを集め、このように言った。
 
「このアラドは腐り果てた。
秩序と法律は乱され、人々は欲に目がくらんでいる。
モンスターはこの混乱の隙を狙って人々に襲いかかってきている。
だからこそ、我々が厳しい法律と強い力でこの世の中を立て直さなければならん!」
 
それを聞いた瞬間、疑問から始まった揺らぎは一瞬にして止まった。
私たちは正しい。
いや、私たちが正しい。
私たちだけが世の中を救うことができる。
私たちはよりいい世の中を作るために戦う戦士たちだ!
 
このような素晴らしい使命を果たしている騎士団の生活は
厳酷ではあったが毎日が充実感で満たされた。
失敗した時は寛容を施され、苦しむ時は応援が贈られた。
 
厳格でモラルを守る団長はプライベートな場では不器用だが
優しい父親のような存在だった。
幼くして親を亡くしたロバートとしては初めて感じる深い絆であった。
みんなのためなら命を捨てることもできる。
 
堅い気質の帝国を守護する騎士団が
自由で家族のような雰囲気だというのは実に皮肉なものである。
しかし、それこそが皇帝の狙いだとロバートは思うようになった。
 
帝国軍。正確には皇帝を長とする皇室のために戦う精鋭軍。
絆が深いほど少しの違和感も許されない。
ロバートもまた帝国の方向性について疑問を抱いていることがばれ、
団長に呼び出されたことがあった。
 
怒られると思い怯える新入りを厳しい眼差しで見つめていた団長は突然にこりと笑った。
怒鳴りつけるより効果的な叱り方であった。
 
団長
確かに騎士団も、帝国も完璧な組織ではない。皇帝陛下もだ。
神ではないから、誰にでも限界はある。
間違いを犯す時もあるだろう。
それは俺たちも同じじゃないか?
 
俺個人は帝国が強さを追い求めていること自体は悪いとは思わん。
領土が広いということはそれだけ守らなければならないものも多いということ。
お偉いたちは少し極端な考えをする傾向にはあるが、本質は同じだと思う。
 
守るべきものが多すぎると時には守れない場合もある。
お前の言う通り、弱い者を助けることができない場合もあるということだ。
それは俺たち騎士にとっては一番の恥じ。
 
そのために俺たちは毎日訓練に励み、経験を積んでいるのだ。
弱い者を一人でも助けるためにな。
だが、 本質を忘れ偉そうにバカをやらかす奴もいなくはない……。
お前がそんな奴を懲らしめてやればいい。
 
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新米騎士ロバートはその日からさらに剣術を磨いた。
皇帝の志通りにより多くの人たちを助けるために。
アラドの救援者、帝国がより多くのアラドの人たちを助けることができるように。

チャプター2

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安定した生活を送るにつれ抱いていた疑問も次第に薄れていった。
 
そんな「真面目な」疑問を抱くロバートだったが戦いが嫌いなわけではなかった。
負けず嫌いで誰よりも先に立ち戦った。
 
女には負けないと最初は見下していた仲間たちだったが、
鍛え上げた筋力から放つ怪力にいつも打ちのめされた。
 
だが、変わらず常に謙遜な態度で真面目に訓練に励んだ。
その誠実さと正義感の強い性格はまさに騎士の鏡であった。
もう少し経験を積めば、帝国最高の騎士になること間違いなしと期待が寄せられていた。
 
そんなある日、団長がロバートを呼び出した。
皇帝が若手の騎士を各地から呼び寄せ新しい騎士団を作るという話であった。
団長は喜んで推薦書を送ると言い、
ロバートはその日のうちに黄金の都市、ビタロンへ向かった。
 
首都、ビタロンに到着したロバートは新しい騎士団の入団試験に無事合格した。
さすがは帝国各地の人材が集まった騎士団の訓練…
体力と精神力の限界を試す訓練が毎日続いた。
 
しかし、不満を口にする者は一人もいない。
帝国の皇帝が名誉団長を務める騎士団である。
若い騎士たちの士気は天を衝くほどに高かった。
 
ロバートは初任務の前日のことをはっきりと覚えている。
ついに皇帝に自分の実力を見せられる時が訪れたのだ。
興奮して眠れなかった。
騎士たる者、主君に自分の実力を見ていただくことが一番の幸せではないだろうか。
 
遠足前日の子供のように眠れなかった夜、
夜空を照らす星はまるで応援のメッセージのように見えた。
 
だが、その時は気づいていなかったのだ。
騎士の最も大きな栄光は 「主君のために活躍する」という考えが間違いであることに…。
 
弱い者を助けるために剣を抜くという誓いをどうして忘れてしまったのか…。
くだらない名誉のために、また功名心に酔い、
皇帝の操り人形となり多くの命を奪ってしまった。
 
騎士団に命じられた任務というのは…
「よりよい帝国の未来のために剣を抜け」というものであった。
騎士団は強力な武力集団…彼らのやるべきことは名ばかりの副団長に聞くまでもなかった。
 
襲いかかる敵を倒し、彼らの領土を奪う。
帝国人の暮らす領土はいつも足りなかった。
彼らが本当に先に襲いかかってきたのかどうかはもはや重要ではない。
 
反逆者を斬り、その三族まで滅ぼす。帝国の秩序を守るために。
だが、処罰を受ける者たちが本当に反逆を起こしたかどうか定かではない。
ただ「疑いのある者を処罰した」という事実が重要であった。
 
何かが間違っていると考える余裕すらなかった。
皇帝への非難は騎士団の一人ひとりを非難するのと同じ…。
彼らは個人的な怒りも込めて剣を振り回した。
 
皇帝に代わり、遠くまで訪問してきた貴族はみな同じことを言った。
「帝国のために命がけで戦っている素晴らしい騎士たちよ」、
この言葉にみんな酔っていた。
 
もちろんその過程に理不尽なことがないとは思わなかった。
だが、巨大な車輪を転がすためには邪魔になる石は道からどかさなければならない。
悔しさと悲しみは石をどかす時に出来るすり傷のようなものだ。
みな自分にそう聞かせていた。
 
長い遠征から帰った時、ロバートは一人ぼっちになっていた。
心の奥でうごめく疑問を孤高な愛国心で踏み消すことができなかったからだ。
 
命は尊い。だからと言って敵の命までも助けるということではない。
だが、自分のやってきたことに納得ができなかったロバートは騎士団を脱退すると告げた。
 
浮かない顔の副団長にいくつか質問され、行くところはあるのかと聞かれた。
ないと答えると推薦状を書いてやると言われた。
帝国から遠く離れたところで研究者を手伝いながら護衛する仕事だそうだ。
 
騎士として帝国を変えたかったロバートとしては迷いもあったが、推薦書を頼んだ。
違う環境で将来についてしばらく考える時間がほしかったからだ。
 
この決心によってロバートの人生は大きく変わった。

チャプター3

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ロバートが着いたところは森に囲まれた広い実験場であった。
騎士以外のことはほとんど門外漢だったロバートは
最新式の設備を目の当たりにして、しばらく開いた口が塞がらなかった。
 
最新の極秘技術で、絶対流出は許されないと研究員が言った。
 
実験場の警備業務として研究員を護衛する仕事は戦闘に比べれば楽な仕事だった。
時間の余裕も出来たロバートは自分の将来について考えた。
 
つかの間ではあったが平和な時間を過ごすことができた。
自己反省と溢れ出る意欲に気を取られ、そこがどんなところなのか
見抜くことができなかったことを今も後悔している。
 
人の気配がまったく感じられない森に隠されている理由は「技術保安」のため…。
なぜその時は疑うことができなかったのだろう。
 
いつしか実験場の雰囲気が変わってきた。
研究員は外に出ることさえ禁止された。
ロバートが所属する警備隊も同じく外に出ることを禁止された。
外に出られない代わりに、外から人が入ってきた。
 
大きな木箱が1日に何度も運ばれてきた。
時折聞こえる鳴き声は実験用動物の鳴き声だと聞かされた。
 
なかなか寝付けなかったある日、散歩がてら部屋の外に出たロバートは
実験場の奥に不穏な気配を感じ、息を殺して近づいた。
 
統制区域の中に入る権限はなかったが事故が起きたのかもしれないと思い中へ入った。
中に入ると奇妙な光景が目の前に広がった。
 
これまで遠くから見ていた実験装置とはまったく違う巨大な機械がそこにあった。
円形の鎖で繋がっているその機械は今にも壊れそうな轟音を発した。
 
そこにいた研究員たちはみな緊張した面持ちで立っていた。
だが、その緊張は恐怖からではなく、これから起きる何かへの期待によるものだった。
 
ロバートは無意識に箱の中に身を隠した。
 
しばらく轟音を発していた機械の中央が光、強力な光が放たれ始めた。
昼間になったかと錯覚を起こすほど眩しい光であった。
光と共に吹き上がる激しい風のせいで箱から顔を出すことすらままならなかった。
 
一体何が…?
周囲を見渡したロバートはさっきまで暗くて見えなかったものを発見し、
驚きのあまり腰が抜けそうになった。
 
そこには子供たちがいた。大人も何人かいた。
縛られ、怯えている彼らの腕は赤みを帯びていた。
ロバートは息が詰まった。
 
まさか…。
研究員たちが見つめていたものは光を放つ機械ではなく、
その下にひざまずいている一人の男だと気づいた。
 
他の鬼手の者たちと同じく、彼もまた鬼手でも切ることができない鎖で縛られていた。
そして体は傷だらけであった。
 
口は塞がれ、何を言っているのか分からなかったが、
怒りと憎しみで染まった目から彼のはっきりとした心の声が聞こえるような気がした。
 
ロバートは飛び出した。
研究員たちを止めるつもりだったが機械から放たれる光はさらに強くなり、
一帯が不気味な炎に飲まれてしまった。
 
しばらくして目を開けると信じられない光景を目の当たりにした。
機械の下にいた男は姿を消し、彼がいた場所には鎖で繋がれた奇妙な怪物がいたのだ。
 
その姿は実に凄まじいものであった。
 
何が起きたのかまったく理解ができなかった。
ただ目を見開いたまま怪物を眺めているしかなかった。
心臓が激しく鼓動した。
 
その時、誰かがロバートの肩をつかんだ。
驚いて振り向くと一人の女性研究員が立っていた。
彼女は慌てた表情で自分についてきてほしいと小さな声で言った。
 
敵意はなさそうだった。
ロバートは彼女の後を追って走った。
背後から感嘆の声とため息、悲鳴が聞こえてきたが、
ロバートは痺れるような痛みを感じる鬼手を掴んでいるしかなかった。
 
ロバートを外に連れ出した研究員は二度と入るなと警告し、再び中へ戻って行った。
 
その時、ロバートは悟った。
これまで帝国を変えるという一心で頑張ってきたがそれはかなわぬ夢であることを…。
 
一体ここで何が…?
これから私はどうすればいいんだ…。
 
この夜を境に、何もかもが変わってしまった。
笑顔を向けてくる研究員たちの顔と怪物の顔が重なった。
 
頼れる人もなく、ここで何をすればいいのかまったく分からなかった。
そんな中、極秘資料を盗んだ犯人を逮捕せよという命令が下りた。
 
やる気を失い、適当に捜索に参加していたロバートは
一群れの人を発見し、その場に立ち尽くした。
みすぼらしい格好で瘦せ細った彼らはみな鬼手を持っていた。
 
鬼剣士たちは何かに取り憑かれたかのように警備隊に襲いかかってきた。
ロバートはやむを得ず、何人かを殺すしかなかった。
そうしないと死んだのはロバート自身だったかもしれないから。
 
だが、いつの間にか自分以外の捜索隊はみな死に、
倒れた鬼剣士たちは凄まじい眼差しでロバートを睨みつけていた。
ロバートは今自分が選択の岐路に立たされていることに気づいた。
 
命令は絶対だ。彼らを生かせば自分も帝国に追われる身になってしまう。
最悪の場合は鬼手を持っている自分も実験対象として囚われ、あの恐ろしい機械の前に…。
 
ロバートがこうやって生きて彼らの敵として対峙している理由はたった一つ…
帝国の騎士だからだ。
 
ロバートはゆっくり彼らに近づいた。
恐ろしい怪物が目の前に浮かび上がる。
死ぬのは怖くない。
だが、自分があんな怪物になるかもしれないという不安は
死とはまったく違う恐怖だった。
 
悩んだ末、ロバートは覚悟を決めた。
鬼剣士たちに森から逃げる道を教えた。
そして後から到着した支援兵たちに傷を負わせた。
殺してはいないが明らかな裏切り行為であった。
 
その日からロバートは帝国の騎士でなくなった。
追手から逃げながらロバートはたった1本の券を持ってアラドを放浪した。
だが、あの時鬼剣士たちを助けたことを後悔したことは一度もなかった。
 
ヘンドンマイアに来たのは指名手配は取り消されてからである。
ビルマルクの研究員たちが行った人道外れた実験が発覚し、
皇帝の怒りを買って全員処罰を受けたという噂が広がった。
だが、真実は時の流れとともに闇に葬られた。
 
思いにふけっていたロバートは我に返り、
かなり遠くまで移動したヴァン・バルシュテットの後ろ姿を眺めた。
皇帝の剣となり、正義を取り戻したのがウェポンマスターである
ヴァンだという話は風の噂で聞いた。
 
果たしてあの男は帝国の真の正体についてどこまで知っているのだろう…。
ヴァンもまた帝国に利用されているのでは?
だが、こんな自分が英雄と称される彼に忠告するわけにはいかない。
今はただ帝国を変えるという思いを彼に託すしかない。
 
ロバートは人だかりから抜け出した。
自分の手によって命を落とした者と間接的に命を奪ってしまった
すべての者に謝罪し、冥福を祈るつもりだ。
今日は特にその罪の重みが増している気がした。