黒雲の楼閣
電撃のステイツ
担当声優:今給黎剛
お前の勇気を試してみよう。
目の前に置かれた槍がまるでそう語りかけているようだった。
ステイツは固唾を飲みながら、堅い表情でクラチェの槍の柄を握りしめた。
"ウウム!"
かみしめた唇の間から呻き声が漏れた。
槍の柄を握った手から始まった震えが全身に広がっていた。
血管が破れ真っ赤になった目を剝いたまま、彼はゆっくりとした動きでクラチェを宙に振り始めた。
一閃
クラチェの電流にさらされた全身の筋肉が悲鳴を上げ始めたが、彼はそれを無視してもくもくと姿勢をとった。
虚空の一点を突く度に、放出された電流が周りに飛び散る。
見ている人を退屈にさせるほどゆっくりしていた突きは、いつの間にか稲妻より早いものに変わっていった。
二連
一点だけに向かっていたクラチェの槍が異様に歪んだ。
突きつけられるよりもっと強く早い力に折れてしまった軌跡が、破裂音を発しながら四方を引き裂いた。
黄金色の気運が幻のようにその後に続いた。
ステイツの全身からうっすらと煙が立ち上がった。
見栄えのいい肌と鱗が黒く燃えていた。
それでも彼は、もはやまるで踊りのように変わったその動きを止めなかった。
いつの間にか押し寄せてきた黒雲が空を覆った。
他の竜族達はまだ眠りについている夜明け、黒雲の楼閣ではひっきりなしに雷が鳴り続けていた。
不動の池
寒気のゲルダ
担当声優:紗倉のり子
あの方の池を汚すなんて…
冷ややかな冷気をまとった美しい女が孤高な眼差しで下を見下ろした。
眩しいほど蒼白で蠱惑的な女の姿に、皆我を忘れてしまった。
もしかしたら、身を切るような寒さで頭まで凍り付いたせいで思考が鈍ったのかも知れない。
"よくも…その汚い足であの方の圏域に踏み入りましたね。"
怒りと嫌悪の感情が込められた言葉だったにもかかわらず、女はひどく無感情で冷ややかな表情だった。
目の前の美しい女が発した言葉とは到底思えないほどに。
だがそんな非現実的な感想も束の間、息が凍り付いて呼吸すらできないほどの寒気が押し寄せてきた。
一部はその寒さで立ったまま気絶し、一部は身体に開いている穴から入り込む寒気に苦しみながら喚き散らした。
地獄は血肉と魂を溶かす劫火でできた深い穴というが、
今この場所がまさに地獄だった。
極寒の寒さと苦痛さえも感じさせない寒気の中で、段々と感覚を失いながら固まっていく仲間を見る現世の地獄…
四肢の感覚が鈍くなっていく間にも、目の前の女は眩しいほど美しく恍惚としていた。
まるで氷で作った女神のように…
"冷たい安息があなたに届きますように…"
寒さの中で消えてゆく命を見て発した言葉にしては、あまりにも平穏で冷静なくちぶりだった。
氷に感情を刻めば、あのような創造物が生まれられるのだろうか…?
ちくしょう、思考まで凍ってしまったのか、まともなことが考えられない。
足先から感覚がゆっくりと鈍っていくのを感じながら、ただぼうっとあの女を見つめる事しかできない。
沁みるほど冷たく、凄まじく美しい結晶…
もしかしたらあのクソッたれ見たいな竜人に殺されるよりは、彼女に殺された方がまだマシかもしれない…
そう思いながら鈍っていく身体を寒さの中に委ねた。
冷竜の闘寒堂
冷竜スカサ
1フェーズ |
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2フェーズ |
担当声優:浅倉歩
"…凄まじい寒さだ。"
バカルが創造した三頭の竜の中で最も強い冷気を持っており、
存在するだけで周りのすべてを凍らせてしまう力を持ったもの、スカサ。
務のためにスカサの圏域に入ったサラは、奥に入り切ったわけでもないのに感じられる冷ややかな冷気に顔をしかめた。
既に予想していた状況だったため、前もって準備していた防寒着や体温維持用の道具で身体を温めた彼女は、よどみない足取りで圏域の中に進んでいった。
"誰だ…!ああ、貴様か…"
圏域の中には一部の竜族達が見張りをしていた。
彼らは圏域に入ったのがサラだと気付き無言で道を開けたが、彼女への警戒を緩めず注意深く観察していた。
竜族側に立ち、天界連合軍を捉えることに尽力してきたにもかかわらず、大半の者たちが彼女のことを快く思わなかった。
それでもサラは、堂々と振る舞った。
彼女はまるで散歩をしているような軽い足取りで周辺を歩き回り、
そのおかげでそれほど疑われることもなく、黒雲と氷に覆われた楼閣を過ぎ、全てが凍り付いている池まで見回すことができた。
「…どちらも場所が良くない…」
しかし目的を達成できなかったサラは、荒々しい吹雪をくぐりさらに奥まで移動し、
やがて果てしなく広がっている氷の湖がある闘寒堂に到着した。
"…ここが、スカサが眠っている場所…"
周りは今まで通ってきた場所と同じ場所とは思えないほどに静まり返っていた。
湖の周辺は薄い霧に包まれ、
巨大な湖であるにもかかわらず、水の音は一切聞こえてこない。
ただ全てが凍り付き、白と青の光だけを放っていた。
しかし少し前とは比べ物にならないほどの冷気が全身を包み、冷え切った風が肌を切り刻むように吹いてきた。
サラは身体の感覚が段々と麻痺していくのを感じた。
危険を感じた彼女は、湖の所々に刺さっている鋭い氷のかけらを避けながら急いで周りを調査し始めた。
それから間もなくして、サラの目線がある場所に釘付けになった。
「…よりにもよってこの場所…簡単にはいかないのか…」
湖の真ん中で、ほんのりと赤い色が光った。
そしてその下、不透明な氷の間から巨大な胴体がうっすらと見えた。