Tiger I

Last-modified: 2021-06-11 (金) 03:05:00


Tier 7 ドイツ 重戦車 Pz.Kpfw. VI Tiger(パンツァーカンプフヴァーゲン ゼクス ティーゲル)/日本語表記: VI号戦車 ティーガー1型

 

伝説迷彩「Gamescom2016」

Gamescom2016

適用中は車両名が「Tiger 1 Gamescom」となる。
 

他の装備


Pz.Kpfw. VI H Ausf. H2 + 8.8 cm Kw.K. 36 L/56
真っ先に敵から初期装備だと判明されてしまう。大至急フリー経験値を使って最終砲塔に換装しよう。
 

ドイツの科学は世界一ィィィィ!!!
電撃戦の中核を担ったIII号戦車IV号戦車は機動力の面では優れていたが、ルノーB1マチルダII歩兵戦車などの連合軍の重装甲戦車に対しては無力であり、強力な主砲と装甲を持った突破戦車の開発が求められた。
Tigerは当時の連合軍の兵器に対して圧倒的に優位な防御力と攻撃力を誇り、大戦中盤以降のドイツの守勢において伝説的な活躍を数多く残した。
ドイツのみならず世界の戦車の代名詞的存在の一つである。

 

総統閣下からの素晴らしいお言葉

総統閣下「諸君!遂に私もこのような形で君たちに声をかけることができてとても喜んでいる。
さて、本題に入ろう。
この重戦車Tigerはその装甲と優れた主砲で最強の名を欲しいままにした!
しかし、なんとこのゲームではWGの陰謀ゲームバランスの調整によって、本来居るべきところから大幅にTierが上げられている。
史実的に見ればこのTigerはTier5-6相当なのだ。つまり、史実で最強であったこの装甲も主砲も後の時代の戦車相手にはそれほど脅威とならないのである・・・
そのため以前は豆腐戦車と揶揄され、この世界線では単なる弱戦車として扱われていた・・・
しかし諸君!大変喜ばしいことに我がドイツ車嫌いで有名なWGのVer6.7の調整で装甲厚が大幅に上昇した!これにより我らのTigerは再び重戦車の確固たる地位を築いたのである!もはや史実など関係ないのだ…
ただし、決して、この戦車の性能に溺れ、戦車兵としてのテクニックを疎かにしてはならん。
この戦車の能力を最大限引き出すためにも、君たち優秀な戦車長たちには昼飯・豚飯を活用することを命じる。
何?言っている意味が分からない?舐めた口を聞きよって。昼飯とは車両を傾けて実際の装甲厚より見かけの装甲厚を厚くし、跳弾、非貫通になる確率を上げることだ!!
ヒムラーを呼べ!このマヌケを今すぐ戦車から降ろし、アウシュビッツ戦術指南所へ送るのだ!
…本題から逸れたな。                           
まぁ要約するとだな、テクニックを活かすことで優位に立てる要素がたっぷりあるのだから、細かな心配りの積み重ねで史実以上の活躍も十分見込めるというわけだ。戦車の特性を活かすも殺すも諸君次第。ドイツ第三帝国の運命は諸君のスキルに託された。健闘を期待している!!」

 

車輌性能に関する変更点

v4.5.0改良砲塔搭載時の8,8 cm Kw.K. 43 L/71の装填時間が6.71秒から5.56秒に減少
砲塔の旋回速度が20.86度/秒から26.07度/秒に増加
改良砲塔に搭載可能な全ての主砲の防盾が100mmに変更
Maybach HL 230 TRM P45エンジンの出力が700hpから780hpに増加
最大後退速度が12km/hから14km/hに増加
v4.7.0改良砲塔搭載時の8,8 cm Kw.K. 36 L/56の装填時間が5.56秒から6.23秒に増加
改良砲塔搭載時の8,8 cm Kw.K. 43 L/71の装填時間が5.56秒から6.23秒に増加
 

関連車両:Tiger Kuromorimine SP/Tiger131/Icebreaker

 

基本性能(v6.10.0)

車体Tier国籍タイプ耐久値
(HP)
車体装甲厚
前面/側面/背面
(mm)
最高
速度
(km/h)
初期
重量
(t)
本体価格
(クレジット)
Tiger I
(Tiger I Gamescom)
VIIドイツ重戦車1400~1500165/82/8244/1455.871,390,000
 

武装

砲塔:Pz.Kpfw. VI H Ausf. H2

Tier名称発射
速度
(rpm)
弾種平均
貫徹力
(mm)
平均
攻撃力
DPM
(HP/分)
精度
(m)
照準
時間
(s)
総弾数弾薬費
(Cr/G)
重量
(kg)


VII8.8 cm Kw.K. 36 L/568.82AP
APCR
HE
145
195
44
220
190
270
1940
1675
2381
0.382.392252
3200 8
252
2,050+15°
-8°
 

砲塔:Pz.Kpfw. Tiger Ausf. E

Tier名称発射
速度
(rpm)
弾種平均
貫徹力
(mm)
平均
攻撃力
DPM
(HP/分)
精度
(m)
照準
時間
(s)
総弾数弾薬費
(Cr/G)
重量
(kg)


VII8.8 cm Kw.K. 36 L/569.23AP
APCR
HE
145
195
44
220
190
270
2031
1754
2492
0.382.392252
3200 8
252
2,050+15°
-8°
VIII8.8 cm Kw.K. 43 L/719.23AP
APCR
HE
203
237
44
220
190
270
2031
1754
2492
0.342.972252
4400 11
252
2,562+13°
-7°
 

砲塔

Tier名称装甲厚(mm)
前面/側面/背面
旋回速度(°/s)視界範囲(m)重量(kg)
VIIPz.Kpfw. VI H Ausf. H282/82/65252408,250
VIIIPz.Kpfw. Tiger Ausf. E100/82/82252408,950
 

エンジン

Tier名称馬力(hp)引火確率(%)重量(kg)
VIIMaybach HL 210 TRM P4565020850
VIIIMaybach HL 230 TRM P45780201,300
 

履帯

Tier名称積載量(t)旋回速度(°/s)重量(kg)
VIPz.Kpfw. VI H Ausf. H161.002819,000
VIIPz.Kpfw. Tiger Ausf. E61.003219,000
 

乗員

  1. Commander
  2. Driver
  3. Gunner
  4. Radio Operator
  5. Loader
 

派生車両

派生元:VK 36.01 (H)
派生先:Tiger II

 

開発ツリー

VK 36.01 (H)Tiger I
25,120

8.8 cm Kw.K. 36 L/56

Pz.Kpfw. Tiger Ausf. E
11,130

8.8 cm Kw.K. 43 L/71
20,630
Tiger II
78,000
2,450,000

Pz.Kpfw. VI H Ausf. H2

Maybach HL 210 TRM P45

Maybach HL 230 TRM P45
18,800

Pz.Kpfw. VI H Ausf. H1

Pz.Kpfw. Tiger Ausf. E
9,705
 

:必要経験値

解説

Tierによって性能が均一化されたゲーム内では史実と打って変わって全体的に防御は不得手であるものの、耐久性及び機動性、攻撃力は高めという印象の戦車となっている。

 

車体

VK 36.01 (H)から相対的に劣化してしまった。
正面上部はほぼ垂直の165mm装甲に、広い車体下部は145mmとなっており、20度傾けることで正面から見ればほぼ全ての範囲で実質装甲厚が170mmを越える。丸い機銃孔は100mmと周辺よりも薄くなっていて弱点である。
Ver6.7の調整で前面装甲が強化されたとは言え、課金弾を使われるとマッチングする大体の戦車に貫通されてしまう。さらに、ドイツ戦車にとっては恒例の車体下部のトランスミッション判定が存在し、そこを狙われやすいため闇雲に車体を晒すことはしないように。

側面装甲は82mmと平均的で、履帯裏の装甲も62mmに履帯が40mmの空間装甲の判定になりそれなりに強固である。ただし、下部の履帯に覆われていない部分は62mmしかなく、豚飯を行うとここを狙撃される可能性がある。また、狙われることは少ないものの車体が張り出した部分は28mmしかない上に手前に向かってせり上がっているため、撃ち上げられる際に狙われると低貫通の戦車にも貫通され、最悪の場合履帯ハメされるということは、頭の片隅に置いておいてほしい。
またこれもドイツ戦車恒例だが、車体の両側面には砲塔直下から車体底部に至る大きな弾薬庫があり、うっかり側面を晒していると運が悪ければ弾薬庫を飛ばされる可能性があることを注意しておきたい。

 

砲塔

部位によって大きく装甲厚が異なり防盾中段部は180mm程度であるのに対し、上下の端に近い部分では290mm近い装甲を持つ。
中段部は同格以下の中軽戦車および格上の一部の貫通が低い戦車の通常弾程度は防ぐことができる。ただし、課金弾を使用されると安定して貫通されてしまう。上下端及び砲身周りの傾斜した部分に関してはほぼ貫通されることはないものの、そもそも範囲が狭いためわざわざ狙われるような場所ではないので期待してはいけない。
大きなキューポラは言うまでもなく明確な弱点であり、マッチングするすべての戦車が貫通できる。
側面装甲が正面に張り出している部分は、急傾斜によって高い防御力を発揮しているため傾斜を緩めることにもなるよそ見はしてはいけない。
ハルダウンし、こまめに左右運動することで敵の照準をずらして防御力の低い防盾中段を撃たれないようにして、射撃時以外はできるだけ砲塔を見せないようにしよう。

 

主砲

  • 8.8 cm Kw.K. 36 L/56
    最終砲に対して照準速度と俯角が若干優れているだけでこちらを搭載するメリットはない。Tigerの魅力の1つである貫通力も同格LTに劣るレベルである。
    貫通力の不足がどれだけ深刻かというと、8.8 cm Kw.K. 43 L/71砲装備のTigerを相手にした場合、向こうの通常弾がこちらの正面装甲を容易に貫通するのに対して、こちらは課金弾を使用しない限り正面装甲を抜くことが不可能という状況に陥ってしまう。
    高い機動性を持つLTであれば側面に回り込むなどして低い貫通力を補えるが、重戦車である本車はさすがにそのような立ち回りは不可能である。
    結論から言うと、この砲を搭載しての戦闘はかなり味方に負担がかかるため、出来る限り最終砲を積んでから初戦に向かうことを推奨する。
  • 8.8 cm Kw.K. 43 L/71
    貫通力及び精度、DPMが高いため、平地で正面きっての撃ち合いならば同格HTに対し有利に立てることが多い。ただ、単発は高くはないため100mmや120mm砲との単発交換は控えるべきである。なるべく数発撃ち込める状況に持ち込もう。
    高い貫通力と精度を手に入れたことで取り回しが良くなっているが、俯角がわずかに狭まり照準時間がやや長くなるなど若干悪化した部分も存在する。
    とはいえ高い貫通力と精度による攻撃面の優位性は圧倒的であり、こちらを装備して初めてTiger1の本領発揮となる。
    Tiger IIの初期砲であるため、モジュールの互換性を活かしてフリー経験値を節約することも可能(詳細は下記の「初期の研究」で解説)。
 

機動性

史実や見た目とは裏腹に重戦車にしては良好な機動性を持つ。車体旋回速度はTier6-8重戦車中1位、砲塔旋回速度も合わせた総和は52度/秒と非常に優秀。快速車両相手にもある程度対抗可能で、陣地転換を得意とする。
一方で後退速度は遅いため、市街地戦の飛び出し撃ちなどにはあまり適していない。

 

立ち回り方

低い単発、薄い装甲、大きな車体、他の重戦車と比べて目立つ短所はあるものの、良好な速度、高い装填・旋回速度、高い貫徹力によって柔軟な立ち回りが可能である。ボトムでは、味方の重戦車のダメージレースを有利に進め、かつ包囲されないように「戦線の穴を埋める」ことが本車の役割である。味方重戦車が展開したら、回り込まれた時に迎撃できるようにポジション取りをしつつ、主戦場には飛び出し撃ちで前線のヘイトをこっちに向けさせよう。敵戦車が数両こちらに向かい、引き込んだ後にそれらを味方駆逐戦車と倒すのが理想である。トップでは豊富なヘルスと良好なDPMを活かして前線に立とう。豚飯を取ろうとして、味方戦車の邪魔をしてはいけない。

 

特徴

長所

  • 良好な砲性能
  • 昼飯をすれば同格までなら割と弾ける正面装甲
  • 良好な機動性
  • 高い耐久値
  • カッコイイ(個人差あり)

短所

  • 同格HTより少し見劣りする装甲厚
  • 遅い砲塔旋回速度
  • モジュール判定が広く、弾薬庫が損傷しやすい
  • いつもの車体正面下部火災判定

初期の研究

初期砲塔では最終砲が積めず敵からも簡単にバレてしまう為、フリー経験値を投入して最優先で開発しよう。
その後最終砲→エンジン→履帯と改良を進めよう。
なお、最終砲はTiger IIの初期砲であるので、Panther IからTiger IIの開発を終わらせるだけで最終砲が手に入る。


歴史背景

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写真は1943年4月21日に捕獲されたティーガーIで、分析後イギリス軍需省によって1951年9月25日にボービントン戦車博物館へと正式に寄贈されたアフリカ戦線第501重戦車大隊所属131号車。左下の砲弾は8.8 cm Kw.K. 36 L/56のもの。
ABROによる大規模な修復作業で稼動可能なエンジンを装備した。走行できる唯一のティーガーIであるため、映画Furyでも実際に使用された。

 

開発
1935年、30t級突破戦車として開発が始まった新型戦車は、VK 30.01 (H)VK 30.01 (P)VK 36.01 (H)、VK 45.01 (P)など様々な試作車が製作され、規模が拡大していったが、最終的に1942年、VK 36.01 (H)を拡大し、VK 45.01 (P)に搭載されていた砲塔(VK 30.01 (P)のものを拡大した砲塔)を搭載した57tの車両が、VI号戦車E型「ティーガー」として採用された。

VK.45.01(P)

1941年5月26日の兵器局との会議においてヒトラーは、前年のフランス侵攻作戦で強力な装甲を備えた連合軍戦車に苦戦した経験を基に、当時開発が進められていたVK.30.01やVK.36.01よりさらに重装甲で強力な火力を備える重突破戦車を開発することを要求した。
この重突破戦車は機甲師団の先頭に立って敵の陣地に突進し、その強力な火力と装甲によって後続の戦車の突破口を開く役割を担うものとされ、この車両を20両ずつ装備する戦車部隊を編制することが予定された。

ヒトラーの要求に基づいて兵器局第6課は45t級重突破戦車「VK.45.01」の開発を計画し、ヘンシェル社とポルシェ社に対してそれぞれ「VK.45.01(H)」と「VK.45.01(P)」の名称で開発を要求した。
ポルシェ社は兵器局第6課の要求に応じて、「タイプ101」の社内名称で45t級重戦車VK.45.01(P)の開発を開始した。

ポルシェ社は当時開発を進めていたVK.30.01(P)をベースに車体を拡大することでVK.45.01(P)を開発する方針を採り、VK.30.01(P)に導入した電気駆動方式の動力機構や縦置き式トーションバー・サスペンションも踏襲した。
ただしVK.45.01(P)は大幅に重量が増加したため、エンジンはVK.30.01(P)の出力210hpのタイプ100エンジン2基から、出力320hpのタイプ101/1 V型10気筒空冷ガソリン・エンジン2基に強化された。
これをジーメンス・シュッケルト社製のaGV発電機、D1495a電気モーターと組み合わせて動力機構としていた。

砲塔に搭載する武装もVK.30.01(P)と同じクルップ社製の56口径8.8cm戦車砲KwK36とされたが、VK.45.01(P)の砲塔はVK.30.01(P)より大型の馬蹄形のものとされ、装甲厚も大幅に強化された。
なおポルシェ社はVK.45.01(P)の設計のみを担当し砲塔と装甲板の製作はクルップ社、エンジンの製作はオーストリアのヅィマーリング・グラーツ・パウカー社、最終組み立ては同じオーストリアのニーベルンゲン製作所で行うことになっていた。

ヒトラーはVK.45.01(P)の主砲をより強力なラインメタル社製の74口径8.8cm高射砲FlaK41に換装することを求めており、兵器局第6課は1941年6月21日にポルシェ社に対し、VK.45.01(P)の砲塔にFlaK41の搭載が可能かどうか検討するように指示した。
9月10日にポルシェ社は不可能という報告書を提出しているが、結局ヒトラーの要望でVK.45.01(P)の最初の100両はKwK36を搭載して製作するが、101両目から新設計の砲塔にFlaK41を搭載して製作することが決定された。

1942年3月23日の会議において、ポルシェ社はVK.45.01(P)の生産数の半分をフォイト社製の流体式変速機を装備したタイプ(ポルシェ社内名称:タイプ102)として完成させることを提案し、これはタイプ101とタイプ102を9:1の割合で生産するという形で承認された。
しかしタイプ102の開発を進めている途中で後述のようにVK.45.01(P)の不採用が決定したため、結局タイプ102は試作車が1両製作されたのみで開発が中止された。

1941年6月22日に開始された独ソ戦において、ソ連軍のT-34中戦車やKV-1重戦車などの強力な新型戦車に対してドイツ陸軍の主力であるIII号、IV号戦車が苦戦を強いられていたため、ヒトラーはVK.45.01を一刻も早く実戦化するよう要求しており、さらに軍需省事務次官オットー・ザウアーがヒトラーの歓心を買うため、1942年4月20日のヒトラーの誕生日プレゼントにVK.45.01(H)/(P)の試作車を展覧することを考案した。

このため、ただでさえ厳しい開発スケジュールはますます過酷なものになった。
VK.45.01(P)の試作第1号車は、期限ぎりぎりの4月18日になってようやく完成した。
1942年4月20日にラシュテンブルクの総統本営で、VK.45.01(H)/(P)の試作車が披露された。
ヒトラーは明らかにポルシェ社のVK.45.01(P)を贔屓していたが、走行デモンストレイションではヘンシェル社のVK.45.01(H)の優位は明らかだった。

それでもまだ、どちらを選ぶか結論は下されなかった。
VK.45.01(H)/(P)はクンマースドルフ車両試験場に送られて性能比較試験が実施されたが、この試験においてヘンシェル社のVK.45.01(H)の方がはるかに性能が優れていることが確認されたため、兵器局第6課は1942年10月末にポルシェ社に対してVK.45.01(P)の不採用を通知した。

この時点ですでにVK.45.01(H)/(P)の両者とも生産型の量産が開始されており、VK.45.01(P)は同年5月に、VK.45.01(H)は6月にそれぞれ生産型第1号車が完成していた。
特にヒトラーが贔屓していたポルシェ社のVK.45.01(P)については、まだ試作車が完成する前の1941年7月に早くも100両の生産が命令されており、ポルシェ社ではこれを受けて同月中に100両分の装甲板と砲塔の製作をクルップ社に発注していた。

不採用が通知された1942年10月末の時点でVK.45.01(P)は10両がほぼ完成状態にあり、さらに90両分の車体と砲塔がすでに用意されていた。
このためVK.45.01(P)は10両を完成させて乗員の訓練や試験に用いることになり、残った90両分の製作部品については砲塔がヘンシェル社のVK.45.01(H)の砲塔に転用され、車体についてはフェルディナント重突撃砲の車体に転用された。

 

VK.45.01(H)

前述のように、兵器局第6課は1941年5月26日の会議におけるヒトラーの要求に基づいて45t級重突破戦車「VK.45.01」の開発を計画し、ヘンシェル社とポルシェ社に対してそれぞれ「VK.45.01(H)」と「VK.45.01(P)」の名称で開発を要求した。
ヘンシェル社は、当時開発を進めていたVK.36.01(H)をベースにこれを拡大することでVK.45.01(H)の開発を進めた。

砲塔についても7.5cm口径漸減砲ゲレート0725を装備するVK.36.01(H)のものを流用する予定であったが、前述のように1941年9月27日付でゲレート0725の開発が中止されてしまったため、急遽ポルシェ社のVK.45.01(P)と同じ8.8cm戦車砲KwK36に武装を変更することになった。
しかしゲレート0725用砲塔にKwK36を装備するのは不可能で、新規に砲塔を開発する時間的余裕も無かったため、やむを得ずポルシェ社がVK.45.01(P)用に設計した砲塔をVK.45.01(H)に流用することになった。

しかしこれには別の問題があった、砲塔リングの大きさである。
ヘンシェル社のゲレート0725用の砲塔リングの直径が1,650mmだったのに対して、ポルシェ社のKwK36用の砲塔リングの直径は1,850mmだったのである。
たった200mmの違いだが、砲塔リング径を拡げるには車体幅を拡げるなど大幅な車体の設計変更を行わなければならなかった。

VK.45.01(H)は開発期間を短縮するためにでき得る限りVK.36.01(H)の設計、コンポーネントが流用された。
車体こそ新設計だったが転輪やサスペンション等の走行装置、変速・操向機はVK.36.01(H)のものがそのまま流用された。
ただしVK.45.01(H)は大幅に重量が増加したため、接地圧の低減を図って第1、第3、第5、第7転輪は外側に転輪を追加して複列式にされ、履帯も725mm幅の新型のものに換装された。

VK.45.01(H)は砲塔リング径の拡張と履帯幅の拡張に伴って従来の戦車に比べて車幅がかなり広くなったため、そのままでは鉄道輸送用の貨車から履帯がはみ出してしまい輸送に不都合であった。
このため鉄道輸送時には第1、第3、第5、第7転輪の外側転輪を取り外してVK.36.01(H)用の520mm幅の履帯を装着し、車体左右側面のフェンダーも取り外すことになった。

VK.45.01(H)は重量の増加に対応してエンジンの強化が図られることになったが、新型エンジンを開発する時間的余裕が無かったため、VK.36.01(H)ベースの戦車回収車に搭載されたのと同じマイバッハ社製のHL210P45 V型12気筒液冷ガソリン・エンジン(出力650hp)が用いられた。
しかしVK.45.01(H)の戦闘重量は実際には45t級には収まらず57tにも達していたので、結局出力不足は解消されなかった。

兵器局第6課は1941年7月半ばにラインメタル社に対して、当時開発が進められていた30t級中戦車VK.30.02(後のパンター戦車)用に新型の長砲身7.5cm戦車砲および砲塔を開発するよう命じていたが、これに応じてラインメタル社が開発した70口径7.5cm戦車砲KwK42は8.8cm戦車砲KwK36より装甲貫徹力が優れていたため、この砲を装備するVK.30.02用砲塔をヘンシェル社が開発を進めていたVK.45.01(H)にも搭載することが求められた。

兵器局第6課は1942年2月にヘンシェル社に対して、ラインメタル社が開発したVK.30.02用砲塔をVK.45.01(H)に搭載可能かどうか検討するよう指示した。
VK.45.01(H)は8.8cm砲装備型が「ティーガーH1型」(ティーガー:Tigerはドイツ語で「虎」、”H”はヘンシェル:Henschelの頭文字)、7.5cm砲装備型が「ティーガーH2型」と呼ばれることになり、兵器局はVK.45.01(H)の最初の100両を8.8cm砲装備のH1型として生産し、101両目から7.5cm砲装備のH2型を生産することを計画した。

兵器局の要請に応じてヘンシェル社はVK.30.02用砲塔装備のVK.45.01(H)を設計し、さらに木製モックアップを製作してVK.30.02用砲塔を搭載可能であることを実証したが、VK.30.02はIII号、IV号戦車に代わるドイツ陸軍の新型主力戦車として大量生産が計画されており、ラインメタル社はVK.30.02用砲塔をVK.30.02以外の車両にまで供給できるほどの生産能力が無かったため、結局この計画は立ち消えとなった。

1942年4月20日のヒトラーの誕生日にラステンブルクの総統本営で行われたVK.45.01(H)とVK.45.01(P)の走行デモンストレイションにおいて、VK.45.01(H)はライバルのVK.45.01(P)より高い機動性能を見せ付け、その後クンマースドルフ車両試験場で実施された性能比較試験においても、VK.45.01(H)の方がはるかに性能が優れていることが確認されたため、ドイツ陸軍は同年10月にVK.45.01(H)を「VI号戦車ティーガーH1型」として制式採用することを決定した。

VK.45.01(H)は1942年4月に兵器局第6課より100両の生産が発注され、6月に生産型第1号車が完成したのを皮切りに1944年8月の生産終了までに合計1,346両が生産された。
通常は生産型の量産開始前に試作車が製作されるのだが、VK.45.01(H)の試作第2号車は1942年10月、試作第3号車は12月にそれぞれ完成している。
試作第1号車の車体前部には折り畳み式の増加装甲板が装備されていたが、生産型では廃止されている。

武装は高射砲から発展した8.8 cm Kw.K. 36 L/56であり、当時の連合軍戦車を遠距離から破壊可能であった。また、正面装甲は100mmに達し、連合軍戦車は近接射撃でも容易には貫通できなかった。足回りには悪路に強いトーションバーと挟み込み式転輪を採用し、セミオートマチックトランスミッションとハンドル型操向装置を採用するなど、当時のドイツの科学力を結集した戦車だったが、その機構は繊細で無理をするとすぐに故障するため、専門の整備中隊が用意される。加えて57tに達した重量は運用を制限し、パーツの損耗を早めた。約1300両(現存するのは僅か6両)という生産数は、万単位で生産される敵戦車(T-34など)と対峙するには少なすぎた。

 

運用
ティーガーは突破戦車として開発されたが、既にドイツ不利に傾いており、1943年夏のツィタデレ作戦が攻勢作戦としてはほとんど唯一のもので、残りは防衛・救援作戦だった。ティーガーを装備する部隊は突破してきた敵を撃退する「火消部隊」の役割を担っていたが、防衛作戦においては機動力がそれほど必要とされないため、ティーガーの装甲と火力が有効に働く結果となった。

 

その他
威風堂々とした佇まいと強力な火力と装甲から、ドイツ陸軍にはティーガー戦車の不敗神話が浸透しており、ティーガー戦車部隊は東西各方面から引っ張りだこで前線に長く滞在していることが多く、ミヒャエル・ヴィットマンやオットー・カリウスなど多くのエースを輩出した。彼らの総計撃破数は10000両を遥かに超える凄まじいもので、連合国軍を文字通り「恐怖のどん底」に落としいれた。これは、「タイガーショック」とも呼ばれ、ティーガーを恐れる余りノイローゼに陥る兵士まで現れた。故に、生産数は少ないが世界で最も有名な戦車に数えられている。

 

その後
大戦後半になるとIS-2などティーガーに匹敵する性能を持つ戦車が登場したため、ドイツはVI号戦車B型「ティーガー2」?を実戦に投入することになる。
ティーガー2の生産開始以降も、ティーガーは前線で戦い続け、最後の戦いとなったベルリン攻防戦にも参加し、ブランデンブルク門の前で死闘を繰り広げた末に撃破されたティーガーの写真が残されている。

 

改良案
7.5 cm Kw.K. 42 L/70を装備した砲塔を搭載するプランはH2型と呼ばれ、途中からこの型への移行を行う予定で設計が行われるも中止され、従来のタイプが最後まで生産された。1943年後半には砲塔をそのままに8.8 cm Kw.K. 43 L/71を搭載する改良案が計画され、クルップ社が提供した砲塔を基にヴェクマン社による試作が行われるが、完成は遅れ、ティーガーIIに譲る形で廃案となっている。

 

防御面では曲面装甲を車体前部に「装着」したいわゆる増加装甲プランがあったが、これは諸々の事情で、ペーパープランに終っている。

 

更に発展型としてF型が計画されたとの事なのだが、記録や図面が発見されておらず、詳細は不明である。

 

派生型

Wikipediaより

Panzerkampfwagen VI Ausführung B "Tiger II" (Sd.Kfz.182)?
ティーガーIの発展型。更なる重装甲、重武装が施されている。ティーガーIの後継車両として生産された。

 


シュトルムティーガー
38cm RW61 auf Sturm(panzer)mörser Tiger
損傷を受けたティーガーIを改造して製作された、38cm臼砲を搭載した突撃砲。

ベルゲティーガー
Bergetiger
ティーガーIをベースとした戦車回収車。ティーガーIの砲身部分をウィンチに換装している。
ティーガーの様な超重量級の戦車を牽引するために、破損したティーガーIを現地の野戦修理中隊が独自に改造した車両であり、軍に制式採用された物ではない。
第508重戦車大隊の所属とされる1輌のみの存在が確認されているが、破壊され不完全な状態の写真しか残されておらず、その実体は未だ不明確であり、回収戦車ではなく地雷除去作業車ではないかとの説もある。

 

【小話】
大日本帝国陸軍がティーガー戦車のライセンス生産を考え、実車も購入したのは大変有名だが
ティーガーはその後契約に基づき10月14日発送、27日にはボルドーに到着、そこで足止めをとなる。
戦局の悪化から日本へ輸送できなかったティーガーは結局ドイツ軍にそのまま貸与という形が取られ
後に第101 SS重戦車大隊へ配備されている。
http://www.1999.co.jp/itbig33/10339731p.jpg

 

※(H)=Henschel ヘンシェル社
  (P)=Porsche ポルシェ社

 

参考資料
Wikipedia ティーガーI

 

実車解説動画(英語音声&EUユーザー向け各国語字幕) Part 1
http://youtu.be/_JhKTKsdlB8

 

↓より詳しく知りたい方向け(かなりの長文です)

ティーガーI戦車の生産数

1942年 生産目標 生産数 1943年 生産目標 生産数 1944年 生産目標 生産数
1月 30 35 1月 93 93
2月 30 32 2月 95 95
3月 40 41 3月 95 86
4月 45 46 4月 95 104
5月 50 50 5月 95 100
6月 5 1 6月 60 60 6月 75 75
7月 15 0 7月 65 65 7月 58 64
8月 10 8 8月 70 60 8月 9 6
9月 15 3 9月 75 85
10月 16 10 10月 80 50
11月 18 17 11月 84 56
12月 30 37 12月 88 67
合 計 109 76 合 計 717 647 合 計 615 623

 

●構造

ティーガーI戦車の車体デザインは従来のドイツ陸軍戦車のものを踏襲しており、装甲板をほぼ垂直に組み合わせた箱型構造になっていた。これは、パンター戦車やティーガーII重車がソ連軍のT-34中戦車の車体デザインの影響を大きく受けたため、避弾経始を重視して傾斜装甲を多用したデザインにされているのに対し、ティーガーI戦車は原型の開発が第2次世界大戦前であり避弾経始はあまり考慮されていなかった。

車内レイアウトは車体前部が操縦室、車体中央部が全周旋回式砲塔を搭載した戦闘室、車体後部が機関室という常識的なものであった。
ティーガーI戦車の装甲厚は車体と戦闘室の前面が100mm、車体前面下部、車体側面上部、車体後面が80mm、車体側面下部が60mm、車体上/下面が25mmと非常に強力であり、1942年の時点で本車の前面装甲を貫徹できる火力を備えた連合軍戦車は存在していなかった。

しかし、強力な装甲を持つ反面、戦闘重量は57tにも達し、機動性の悪さが大きな欠点となってしまった。
大重量に対応してエンジンは出力650hpのマイバッハ社製HL210P45 V型12気筒液冷ガソリン・エンジンが機関室に搭載され、駆動軸を前方に延ばして車体前部に搭載された同社製の「オルファー」OG401216A半自動変速機(前進8段/後進4段)に動力が伝達され、最終減速機を介して起動輪を駆動させるようになっていた。

エンジンの左右には容量186リッターの燃料タンクが1個ずつ設置され、路上航続距離は195kmとなっていた。
ティーガーI戦車の足周りは原型のVK.30.01(H)で導入されたオーバーラップ式転輪配置を踏襲しており、片側8個の複列式転輪(直径800mm)を左右の位置をずらして挟み込むように配置していた。
サスペンションは、III号戦車と同様にトーションバー方式を採用していた。

左右側面のフェンダーを含めた車幅が3.705mと従来の戦車に比べてかなり広いため、鉄道輸送する際には車幅を狭めるために最外部の転輪を取り外して幅の狭い鉄道輸送用履帯を装着し、左右側面のフェンダーは取り外すようになっていた。
通常装着する戦闘用履帯は全幅725mm、鉄道輸送用履帯は全幅520mmでいずれも片側96枚の履板を用いて構成されていた。

砲塔は前述のようにライバルであったポルシェ社のVK.45.01(P)のものを流用していたが、砲塔が電気駆動方式であったのを油圧駆動方式に改めていた。
砲塔は圧延防弾鋼板を溶接した馬蹄形のもので装甲厚は前面が100mm、側/後面が80mm、上面が25mmとなっており、防盾部は鋳造製で装甲厚は85~250mmであった。

砲塔内には左側前方に砲手、その後方に車長、主砲を挟んで右側に装填手が位置するようになっていた。
主砲は、クルップ社製の8.8cm高射砲FlaK36を戦車砲に改修した56口径8.8cm戦車砲KwK36を装備していた。
この砲はPz.Gr.39徹甲弾を用いた場合砲口初速773m/秒、射距離500mで110mm、1,000mで100mm、2,000mで84mmのRHA(傾斜角30度)を貫徹することが可能であった。

さらにタングステン弾芯のPz.Gr.40高速徹甲弾を用いると砲口初速930m/秒、射距離500mで156mm、1,000mで138mm、2,000mで110mmのRHA(傾斜角30度)を貫徹することができ、1942年時点で存在した全ての連合軍戦車を遠距離から撃破することが可能であった。
主砲弾薬は車体各部に合計92発が搭載されたが、弾種については徹甲弾と榴弾を半分ずつ搭載するのが一般的であった。

主砲の俯仰は砲手席の右側に設けられた俯仰用ハンドルを用いて手動で行うようになっており、俯仰角は-9~+10度となっていた。
主砲の照準機は双眼式のTZF.9b照準望遠鏡(倍率2.5倍、視野角25度)が装備され、主砲防盾の左側には照準機の位置に2個の穴が開口されていた。

 

●生産型の分類

極初期生産型
ティーガーI戦車は全体の生産数が少ないこともありA、B、Cなどの型式分類は一切行われなかった。
ただし生産時期によって少しずつ変更が加えられているので、以下それについて記述する。

一般に「極初期生産型」と呼ばれているのが、大体1942年6月~1943年1月の期間に生産されたタイプである。
以下、このタイプの特徴を挙げていく。

まず車体前面のフェンダーが2段に折れた簡単な構造の鋼板になっていたが、これは極初期型の後期までである。
ライトは、車体前面左右に鋼材を組んだ台座を設けて取り付けられていた。
操縦手用視察口の装甲ヴァイザー上には、ヴァイザーを閉じた時使用するためのペリスコープ用の2つの穴が開けられていた。

砲塔左右側面の後部には、かなり大きくてごついガンポートが設けられていた。
また排気管カバーは標準装備ではなかったが、後のものと異なる左右に補強リブが見られるカバーが使用されている例が見られる。
砲塔後部には大型の雑具箱が取り付けられていたがこれは生産途中から標準装備となったもので、それ以前の車両にはIV号戦車のものを流用したり自作した雑具箱が取り付けられていた。

ティーガーI戦車の車体側面は前から後ろに斜めに下がっていたが、当初これは一直線でなく途中に段があった。
このため極初期型では側面フェンダーが一直線でなく、少し段が付いて取り付けられていた。
ただこれは、極初期型のさらに初期だけである。
なお極初期型のさらに初期では、車体後部左右の大型エア・フィルターがまだ装備されていなかった。

ティーガーI戦車はこれまでの戦車よりはるかに重量が重いため、橋が渡れない場合に備えて1942年8月の生産車から潜水渡河装置が装備されるようになり、これに併せて車体機関銃のボールマウントに防水用のカバー取り付け部が設けられ、車体の各部に防水シールが施された。
また砲塔の左右側面前方に各3基ずつ、発煙弾発射機が装備されるようになった。

初期生産型
ティーガーI戦車で「初期生産型」と呼ばれているのが、大体1943年1月~1943年7月の期間に生産されたタイプである。
初期型ではまず車体前面のフェンダーが前面上部装甲板と面一になり、幅が車体左右側面のフェンダーの先端位置まで拡げられた。

鉄道輸送する際には車幅を狭めるために最外部の転輪を取り外して幅の狭い鉄道輸送用履帯を装着し、左右側面のフェンダーは取り外すようになっていた。
初期型以降は前面フェンダーの幅が拡げられたため、車体からはみ出す部分はヒンジで折り畳むことができるようになっており鉄道輸送時には折り畳まれた。
極初期型では車体前面左右にあったライトは、車体上面最前部の左右に移されている。

操縦手用視察口の装甲ヴァイザー上のペリスコープは廃止されて2つの穴は当初は栓で塞がれていたが、後には初めから開けられなくなった。
砲塔左右側面のガンポートは、右側が廃止されて脱出用ハッチに変更されている。
排気管が灼熱して夜間敵に発見されるのを防ぐために、取り囲むようにカバーが取り付けられるようになった。

また、砲塔後部の大型雑具箱は標準装備となっている。
側面フェンダーは、極初期型にあった段が無くなって一直線になっている。
なおエンジンは初期型の途中(1943年5月半ば以降)から、排気量をHL210P45エンジンの21リッターから23リッターに増加させて出力を向上させたHL230P45 V型12気筒液冷ガソリン・エンジン(出力700hp)に変更された。

中期生産型
一般に「中期生産型」と呼ばれているのが、1943年7月~1944年2月にかけて生産されたタイプである。
中期型での変更点は多岐に渡っているが、初期型で車体上面最前部左右に設置されていたライトは当初左側のものが廃止され、後に車体前面中央部に移された。
主砲防盾には左側に主砲用照準機の照準口が2つ開けられていたが、この部分の防御力を強化するため部分的に装甲厚が増やされ段が付いた。

初期型までは車体周囲の5カ所に対人擲弾発射用のSマイン発射機が装備されていたが、これは次弾の装填には車外に出なければならずすぐ破損することもあり廃止された。
車体後部左右の大型エア・フィルターは、破損し易く不要であるとして廃止された。
また潜水渡河装置は実際にはあまり使用されなかったため、中期型以降では廃止された。

これに関連して、車体各部に用意されていた防水用のカバー取り付け部やシールの類いも廃止された。
砲塔上面の装填手用ハッチの前にはペリスコープが追加されたが、これは初期型の終わりからである。
砲塔左側面のガンポートはごついカバーから単純な装甲栓に変更され、後に廃止された。
砲塔左右側面前方に装備されていた発煙弾発射機はSマイン同様、再装填に乗員が外に出なければならず、やはり破損し易いため廃止された。

砲塔上面のヴェンチレイターはこれまで上面右後方にあったが、排気効率を改善するため中央に移された。
砲塔上面左側の車長用キューポラは、それまで筒型で周囲に防弾ガラス入りのスリットが設けられたタイプが使用されていたが、背が低く周囲にペリスコープが取り付けられた新型に変更されている。
なお車長用キューポラ上面のハッチは従来は片開き式であったが、新型キューポラでは一旦上に持ち上げてからスライドして開く形式に変更されている。

また砲塔側面には左側に5個、右側に3個の予備履帯取り付け具が取り付けられるようになった(初期型後期から)。
車体上面右後部には、鉄道輸送時などに主砲を固定するトラヴェリング・ロックが追加されている。
なおドイツ陸軍戦車独特の磁気吸着地雷を防ぐツィンメリット・コーティングは、中期生産型の中期から塗布されるようになり以後の生産車では標準となった。

後期生産型
一般に「後期生産型」と呼ばれているのが、1944年2~8月にかけて生産された最後のタイプである。
後期生産型の最も大きな変更点は、転輪が従来のゴム縁付きのものからゴムを内蔵した鋼製転輪に変更された点である。
これは戦略物資であるゴムの節約のためであるが、ゴム縁付き転輪と同様の緩衝効果を発揮できた。

その他では主砲先端の砲口制退機が周りの出っ張りが少ない小型のものに変わり、車体前部のフック掛けが干渉を防ぐため抉れたようになった。
また主砲の照準機が従来の双眼式から単眼式のものに変更され、照準口が1つになっている。
最初は双眼の穴1つを栓をして塞いでいたが、後に初めから1つしか開けられないようになった。

砲塔上面は、装甲厚が増厚されて防御力が高められた。
これはドイツ軍が制空権を失い、航空攻撃が大きな脅威となったことを象徴している。
また砲塔上面右側の装填手用ハッチは周囲の跳弾板が省かれて、ハッチそのものが跳弾効果が発揮できる形状に変更されている。

砲塔上面には近接防御兵器発射機が装備されるようになったが、これは砲塔内部から擲弾と発煙弾を装填発射できるもので、廃止されたSマイン発射機と発煙弾発射機に代わるものである。
同じく砲塔上面にエンジン等の交換用の2t小型クレーンを装備するための、「ピルツ」(Pilz:茸)と呼ばれる取り付け具が3つ追加されている。

また、砲塔基部周囲には防弾装甲リングが追加された。
誘導輪も、形状は似ているが小型のものに変更されている。
また、中期型で新設された主砲のトラヴェリング・ロックは廃止されてしまった。
以上のようにティーガーI戦車は生産時期によってかなりの変化があったことが分かるが、基本的な攻撃力、防御力、機動力に変化は無く、実戦を通して得られた戦訓から信頼性と使い勝手を向上させていったのである。

 

●部隊配備と戦歴

ティーガーI戦車は元々生産数が少ない上に、戦闘でも酷使されたためにその配備数はごく限られていた。
登録数で最大となったのは1944年7月だが、その時点でもわずか671両に過ぎなかった。
しかし、その伝えられる活躍ぶりはその数を補って余りある。
ティーガーI戦車は通常の主力戦車とは別の重突破戦車であり、その配属先は一部の例外を除いて通常の機甲師団ではなく独立した重戦車大隊となっていた。

第501重戦車大隊
ティーガーI戦車装備の重戦車大隊として最初に編制されたのが、1942年5月10日にテューリンゲン州のエアフルトで編制された同隊であった。
当初ポルシェ社製のVK.45.01(P)が配備される予定であったが、VK.45.01(P)の開発中止に伴ってヘンシェル社製のティーガーI戦車が配備されることになった。

当初の編制は2個中隊で、ティーガーI戦車の不足からティーガーI戦車20両に支援用のIII号戦車16両の混成配備となっていた。
同大隊は1942年11月、戦雲急を告げる北アフリカのチュニジアに送られてアメリカ軍相手に大活躍をした。
しかし物量を誇る連合軍の攻勢にはかなわず、アフリカ軍集団と共に1943年5月に降伏している。

なお1943年3月に第3中隊が編制されているがこれは北アフリカには送られず、同年6月に機甲擲弾兵師団グロースドイッチュラントに配属されてしまった。
その後1943年9月にドイツ本国で再編制され(3個中隊でティーガーI戦車45両)、東部戦線の中央軍集団戦区でソ連軍相手に奮戦するが戦力を消耗する。
1944年7月に、ティーガーII戦車を受領して再編制された。

第502重戦車大隊
同隊は、1942年5月25日にバイエルン州のバンベルクにおいて2個中隊で編制された(ティーガーI戦車とIII号戦車の混成)。
そのうち第1中隊はティーガーI戦車初の実戦投入として、同年12月に東部戦線のレニングラード戦区に投入されている。
しかし、初陣は戦区の地形の悪さもあり失敗であった。

1943年初旬には、150両以上の敵戦車を撃破して伝説的戦車長となるオットー・カリウス少尉が第2中隊に配属された。
同年4月には大隊に第3中隊が配属され、その後北方軍集団戦区で粘り強く戦い続ける。
1944年10月にソ連軍の攻勢で、北方軍集団はクールランドで切断包囲されてしまう。
この時第1、第2中隊は逃げ延びたが第3中隊は包囲され、第510重戦車大隊に加わる。

その後機材を置いて兵員のみドイツに戻り、ティーガーII戦車で再編制される。
一方第1、第2中隊は東プロイセンで戦いを続ける。
1945年1月5日付で第502重戦車大隊は第511重戦車大隊に名称変更され、同年2月には改編が行われて残ったティーガーI戦車は全て第2中隊に集められ、第1中隊は代わりにヘッツァー駆逐戦車を受領した。

第503重戦車大隊
同隊は1942年4月16日からベルリン北西のノイルッピンで編制が開始されたが、編制途中のまま大隊は8月初旬にオーストリアのウィーンに移動した。
9月からポルシェ社がティーガーI戦車の試作車として開発したVK.45.01(P)を用いて訓練が開始されたが、この車両の不採用が決定した後砲塔乗員はプトロス射撃訓練場、操縦手と整備要員はヘンシェル社に送られて同社製のティーガーI戦車に乗り換えるための訓練・研修を受けた。

1942年12月になってようやく大隊はティーガーI戦車20両とIII号戦車N型31両を受領し、これらを用いて2個中隊が編制され東部戦線の南方軍集団に配属されて戦った。
1943年7月のクルスク戦時には、3個中隊45両の編制で参加している。
その後、南方軍集団戦区で戦い続け完全に消耗する。

1944年5月、フランスに下がって再編制。
同年6月に第1中隊はティーガーI戦車を受領、第2、第3中隊はティーガーII戦車を配属される。
6月6日に始まったノルマンディー戦に投入されるが8月には全車両を失って後退し、後にティーガーII戦車で再編制される。

第504重戦車大隊
同隊は、1943年1月13日に2個中隊で編制された。
同年3月にイタリアに輸送され第1中隊はチュニジアに渡るが、第2中隊はシチリア島に残留した。
この後、5月に第1中隊はチュニジアで降伏している。
第2中隊は7月の連合軍のシチリア島上陸を迎え撃ち、8月にはイタリア本土に後退した。
この時、中隊に残されていたティーガーI戦車は1両だけだった。

この間、1943年4月に編制されていた第3中隊はイタリアには送られず、7月に機甲擲弾兵師団グロースドイッチュラントに配属されてしまった。
1943年末にドイツ本国で再編制されるが、この時第3中隊としてティーガーI戦車と無線操縦の爆薬運搬車を装備する第314戦車中隊が配属された。
大隊は1944年4月からフランスに駐屯するが6月にイタリアに移動し、終戦までそこで戦い続けた。

第505重戦車大隊
第505重戦車大隊は1943年2月12日に2個中隊で編制、4月に第3中隊が追加される。
5月に東部戦線中央軍集団戦区に送られ、7月にクールスクの戦いに投入されている。
その後同戦区を転戦し、数多くの戦果を上げる。
1944年7月にティーガーI戦車を補修部隊に引き渡し、ティーガーII戦車に改編された。

第506重戦車大隊
同隊は1943年7月20日に編制開始、初めからティーガーI戦車だけの3個中隊で編制された初めての大隊である。
9月に東部戦線南方軍集団戦区に送られ、ソ連軍のドニエプル攻勢に対抗して火消し役として活躍する。
1944年7月にはほとんどのティーガーI戦車を消失、残存車両を第507重戦車大隊に引き渡して後退、9月にティーガーII戦車装備で再編制された。

第507重戦車大隊
同隊は1943年9月23日に編制、1944年3月に東部戦線北部に送られ以後ポーランド方面を転戦した。
1945年2月にはほとんどの装備を消失し、3月にティーガーII戦車を受領して再編制された。

第508重戦車大隊
同隊は1943年8月25日に編制、12月に第3中隊としてティーガーI戦車と無線操縦の爆薬運搬車を装備する第313戦車中隊が配属された。
1944年2月にイタリアに送られ以後イタリアで遅滞戦闘に従事、1945年2月に残った装備を第504重戦車大隊に譲り、残った兵員はオーストリアからドイツに移動、再編制されることも無く残存兵員は歩兵として戦い降伏した。

第509重戦車大隊
同隊は1943年9月9日に編制、10月末に東部戦線中央軍集団戦区に送られ以後キロボグラード、キエフなどを転戦、チェルカッシィ戦の後1944年9月に残った装備を第501重戦車大隊に譲り本国に帰還、ティーガーII戦車で再編制される。

第510重戦車大隊
同隊は1944年6月6日に編制、8月に東部戦線北部に送られた。
以後、クールランドで戦う。
1945年3月、大隊は再編制のためドイツ本国に向かうが一部と車両はクールランドに残り、終戦まで戦い続けた。

機甲擲弾兵師団グロースドイッチュラント
国防軍のエリート部隊である自動車化歩兵師団「グロースドイッチュラント」(Großdeutschland:大ドイツ)に、戦車大隊グロースドイッチュラントの第13中隊として1943年1月にティーガーI戦車装備の戦車中隊が編入された。
第13中隊の前身は1941年にフランス軍からの捕獲戦車をもって編制された第203戦車連隊の第3中隊であり、ファリングボステルで受領した9両のティーガーI戦車の他に10両のIII号戦車を保有していた。

第13中隊は1943年3月の第3次ハリコフ戦に投入されたがティーガーI戦車の戦闘での損失は無く、5月には6両のティーガーI戦車が補充されて定数どおりの計15両のティーガーI戦車を揃えることができた。
1943年6月23日に自動車化歩兵師団グロースドイッチュラントは機甲擲弾兵師団グロースドイッチュラントに改称され、同時に戦車大隊グロースドイッチュラントは戦車連隊に拡大されることになった。

戦車連隊グロースドイッチュラントの第1大隊は旧大隊が編入され、第2大隊は第203戦車連隊の第2大隊が改称編入された。
第3大隊は第13中隊を中心に編制されることになり第13中隊は第9中隊に改称され、北アフリカ戦線に送られるはずだった第501重戦車大隊第3中隊が第10中隊として改称編入、同じく北アフリカに送られるはずだった第504重戦車大隊第3中隊が第11中隊として改称編入された。

第3大隊は定数どおりの計45両のティーガーI戦車を保有しており、1943年7月のクールスク戦には間に合わなかったが8月以降戦闘に加入しキロボグラード戦に参加、以後ルーマニアまで後退戦闘を続けた。
1944年11月に残った装備を第511(第502から名称変更)重戦車大隊に引き渡し、12月に重戦車大隊グロースドイッチュラントとして再編制された。
同大隊は東部戦線を転戦し、1945年3月にハイリゲンバイルの包囲戦で最後のティーガーI戦車を失った。

この他国防軍では無線操縦の爆薬運搬車を装備した第301(無線操縦)重戦車大隊に、1944年10月以降ティーガーI戦車31両が配備され西部戦線で戦った。
また第316(無線操縦)重戦車中隊にも10両が配備されており、ノルマンディー戦に投入された。
この他、1944年7月にパーダーボルンで編制された重戦車中隊フンメル(当初は臨時重戦車中隊ダンケルクという名称であった)にも14両のティーガーI戦車が配備されていた。

SS第101重戦車大隊
一方SS(武装親衛隊)でも、幾つかのティーガーI戦車装備の重戦車大隊が編制されている。
SS第101重戦車大隊は1944年春に、SS第1機甲師団LAHに配備されていたティーガーI戦車装備の重戦車中隊を基幹として編制された。

同年6月にノルマンディー戦に投入されたが、そこで同大隊所属の伝説的戦車長であるミヒャエル・ヴィットマンSS大尉が戦死したのは有名である。
同大隊はノルマンディー戦でほとんどの装備を失い9月にティーガーII戦車で再編制され、名前もSS第501重戦車大隊に変更された。

SS第102重戦車大隊
同隊は1944年春に編制され、やはり6月にノルマンディー戦に投入された。
カーン付近で激戦を演じたが後退戦闘で全てのティーガーI戦車を失い、1944年末にティーガーII戦車で再編制され名前もSS第502重戦車大隊に変更された。

SS第103重戦車大隊
同隊は1944年春に編制されたが、同大隊の場合ティーガーI戦車は充足せず、ノルマンディー戦では兵員装備をSS第101、第102重戦車大隊に提供しただけで自身は戦闘に参加していない。
その後ティーガーII戦車を受領し、SS第503重戦車大隊に名称が変更されている。

 

各車諸元

<VK.30.01(H)>

全長:    5.81m
全幅:    3.16m
車体高:   1.85m
全備重量: 32.0t
乗員:    5名
エンジン:  マイバッハHL116 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン
最大出力: 300hp/3,000rpm
最大速度: 35km/h
航続距離:
武装:    24口径7.5cm戦車砲KwK37×1
装甲厚:   15~50mm

<VK.30.01(P)>

車体長:   6.60m
全幅:    3.20m
全高:    3.03m
全備重量: 30.0t
乗員:    4名
エンジン:  ポルシェ・タイプ100 4ストロークV型10気筒空冷ガソリン×2
最大出力: 420hp/2,500rpm
最大速度: 60km/h
航続距離:
武装:    56口径8.8cm戦車砲KwK36×1
装甲厚:   20~50mm

<VK.36.01(H)>

車体長:   6.05m
全幅:    3.14m
全高:    2.70m
全備重量: 36.0~40.0t
乗員:    5名
エンジン:  マイバッハHL174 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 550hp/3,000rpm
最大速度: 40km/h
航続距離:
武装:    75.5口径7.5cm口径漸減砲ゲレート0725×1
        7.92mm機関銃MG34×2
装甲厚:   20~100mm

<VK.45.01(P)>

全長:    9.34m
車体長:   6.70m
全幅:    3.14m
全高:    2.80m
全備重量: 57.0~59.0t
乗員:    5名
エンジン:  ポルシェ・タイプ101/1 4ストロークV型10気筒空冷ガソリン×2
最大出力: 640hp/2,500rpm
最大速度: 35km/h
航続距離: 80km
武装:    56口径8.8cm戦車砲KwK36×1 (70発)
        7.92mm機関銃MG34×2
装甲厚:   25~100mm

<ティーガーI戦車 初期型>

全長:    8.45m
車体長:   6.316m
全幅:    3.705m
全高:    3.00m
全備重量: 57.0t
乗員:    5名
エンジン:  マイバッハHL210P45 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 650hp/3,000rpm
最大速度: 40km/h
航続距離: 195km
武装:    56口径8.8cm戦車砲KwK36×1 (92発)
        7.92mm機関銃MG34×2 (5,850発)
装甲厚:   25~100mm

<ティーガーI戦車 中期型>

全長:    8.45m
車体長:   6.316m
全幅:    3.705m
全高:    3.00m
全備重量: 57.0t
乗員:    5名
エンジン:  マイバッハHL230P45 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 700hp/3,000rpm
最大速度: 40km/h
航続距離: 195km
武装:    56口径8.8cm戦車砲KwK36×1 (92発)
        7.92mm機関銃MG34×2 (5,850発)
装甲厚:   25~100mm

<ティーガーI戦車 後期型>

全長:    8.455m
車体長:   6.335m
全幅:    3.705m
全高:    2.855m
全備重量: 57.0t
乗員:    5名
エンジン:  マイバッハHL230P45 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 700hp/3,000rpm
最大速度: 40km/h
航続距離: 195km
武装:    56口径8.8cm戦車砲KwK36×1 (92発)
        7.92mm機関銃MG34×2 (5,850発)
装甲厚:   25~100mm


コメント

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ツリー化,枝化について

ツリー化,枝化とは?


  • コメント1 -- 2018-09-28 (土) 6:00:00
    • コメント1に関連したコメント2 -- 2018-09-28 (土) 7:00:00
    • コメント1に関連したコメント3 -- 2018-09-28 (土) 8:00:00
      • コメント3に関連したコメント4 -- 2018-09-28 (土) 9:00:00

上のように、関連するコメントを子要素にすることを「ツリー化」「枝化」などと言います。
この「ツリー化」を行わないと、どのコメントに対する意見なのか分かりにくくなることがあり、混乱を招くため、必ず関連するコメントをするときは「ツリー化」を行ってください。

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