アーカイブ:(固有名詞 | 遺物 | キャラクター | 星神 | 敵対種 | 派閥 | 光円錐 )
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Ver3.1時点で97項目。内40項目。消滅1項目。
- 合理的かつ合法的な動物愛護を提唱、動物の違法・不法な「放逐」を厳しく取り締まる
- 『仙舟通鑑』拾遺
- 雲吟譜
- 魔陰の身の考証
- 仙舟「玉殿」からの監察報告
- 大敵名簿
- 大毫の日記
- 帝弓垂迹録
- 占いの報告
- 『覗密集』
- 黄鐘システム共鳴記録
- 上国夢華録(残編)
- 持明からの訴状
- 300年前に連載が休止した武侠小説
- 仙舟「羅浮」情報手記
- 丹枢の日記
- 仙舟医典略述
- 要薬分剤
- 「薬王秘伝」の起源探求及び誤謬
- 飛行士の交換日記
- 丹鼎司官報の一部
- 代表病例選
- 処分されなかった手紙
- 処分されなかった筆記
- 報告書:貴重な植物サンプル
- 鐘珊からの手紙
- 飲月大逆判牘
- 寒食、歳陽と冤罪:禁火の日に対する民俗考察
- 龍師溯湍、龍尊像造像記
- 工正流衍刻石
- 珠守り人の通信石碑
- ベニーニ学士の破損した記録
- 持明時調『六御、飲月を審く』残編に関する研究
- とある持明族少年の筆記
- 龍師会議記録残碑
- 羅浮古代紋様の拓本に対する考察
- クリオ学士への手紙
- 建木の玄根の観察記録碑
- 涯海星槎勝覧・仙舟朱明
- 摘星社・金人巷旅行案内
- 至味盛苑レビュー九和宴
合理的かつ合法的な動物愛護を提唱、動物の違法・不法な「放逐」を厳しく取り締まる
地衡司の執行所が張り出したお知らせ。
市民の皆さま:
動物愛護は人の常であり、動物に自由を与えたいというのは慈しみの心の表れです。仙舟の言い伝えにも「君子は庖厨を遠ざく」とあり、古国時代の古典『冥様霊験記』にも、賢者が狩人に獲物を逃がすよう戒めたという話もあります···これらはみな、一切の有情の衆生を大切にすることが、仙舟人の伝統的な美徳であることを示しています。
しかし、動物愛護にも方法の吟味は必要です。動物を自然環境中に「放逐」するのは、一見善行のように思えますが、実際には多くの深刻な結果をもたらすのです。
昨年3月、柴容疑者(461歳)は購入した20匹の鼻行獣を永狩原野に持ち込み「放逐」しました。
鼻行獣はハイアイー星原産で、近年仙舟に輸入された、人気の異星ペットです。しかし、このかわいくて大人しい無害に見えるペットには、ある危険な特性があります。
生存空間の拡大に従って、体が無制限に成長するのです。雲騎軍のハンター隊がその鼻行獣を見つけた時、最大の1匹はすでに2隻の星槎よりも巨大化していました。
ハイアイー連邦生物医薬管理局のデータによると、記録された最大の鼻行獣は、羅浮半分ほどの大きさがあったそうです。柴容疑者がこの生物を永狩原野に放したことが、どれほどひどい結果を生むか、もうお分かりでしょう!一万歩譲つて、たとえ生物自身は無害でも、それが長命種のDNAバンクと予想外の反応を起こさないと保証できるでしょうか?それは不可能です。
逮捕後、柴容疑者は一貫して、この行為は善意から出たものだと主張しています。我々も多くの「放逐」が善意によるものだと信じていますが、その善意は仙舟に甚大な損失をもたらすかもしれないのです。
また、現在次のようなデマが出回っています。「有害放逐」は異星生物の仙舟への「放逐」だけであり、仙舟本土の生物の「放逐」は害がないというものです。
その考えは完全に間違っています。今年7月、凌容疑者(242歳)は農業市場で大量の灯魚を購入し、仲間の「放逐愛好家」と一緒に無許可で鱗淵境に持ち込み、すべて古海に「放逐」しました。
少しでも常識のある人なら、大量の獰猛な肉食魚類を鱗淵境に「放逐」することがいかに無知で悪質な行為かすぐにお分かりだと思います。幸い、凌容疑者とその仲間の愚行は深刻な結果をもたらすには至りませんでしたが、彼らは注意喚起のためにも、法的に重い罰が課されるでしょう。
地衡司から重ねて市民の皆さんにお願いです。現在、放逐を行えるのは資格を持つたプロのみ(正式名「野生放帰」)であり、民間人の私的な「放逐」行為はすべて違法行為または犯罪行為です!
動物愛護は理性的かつ科学的に行ってください。知識なき善意は、往々にして理性ある悪意より危険なものです。市民の皆さまのご理解をお願いします。
地衡司宣伝局
『仙舟通鑑』拾遺
仙舟同盟の原始史料をまとめたもので、同盟の歴史のあゆみの重要な注釈となる。本巻は『仙舟同盟宣』の序言の部分のデジタル拓本である。
……
【星暦2605年】
この年の年末、「羅浮」は戸籍黄簿年鑑を用いて、各仙舟の死者を除籍した。
【星暦2606年】
7月、仙舟艦隊はコナント-ファレル星系に突入した。
【星暦2607年】
4月、「虚陵」の三洞天で維持システムの機能不全により災害が多発し、川の水があふれ、死者数や被害は計測不能となった。「虚陵」の貴冑は食糧の配給を命じて府庫を開き、救済を行った。各仙舟も吏を率いて救援に駆けつけ、復興が成し遂げられた。
12月、「曜青」、「朱明」、「方壺」は戸籍黄簿年鑑を用いて、各仙舟の死者を除籍した。
【星暦2608年】
この年は平穏であった。
【星暦2609年】
この年の年末、「玉殿」、「円嶠」、「蒼城」、「虚陵」は戸籍黄簿年鑑を用いて、各仙舟の死者を除籍した。
【星暦2610年】
6月、「羅浮」は不老長寿を願う祝祭を開き、恩赦を出し、30日間の盛大な酒席を設け、各仙舟は使いを出して万民から祝賀を集めた。
……
【星暦3061年】
5月、「玉殿」にて褐夫の盗賊による騒乱があり、貴冑がこれを平定した。
【星暦3062年】
4月、「円嶠」にて褐夫の反乱、貴冑がこれを平定した。
7月、「玉殿」にて再び褐夫の反乱、貴冑がこれを平定した。
【星暦3063年】
8月、「曜青」にて大商人が刺客に殺害され、貴族から庶民まで騒然とする。
11月、「曜青」にて褐夫の大反乱。武官と文官を殺害するも、軍により平定される。
……
【星暦3198年】
2月、仙舟艦隊全域にて大乱。
褐夫の首魁は各舟に檄文を送る。曰く「耆宿は『豊穣』の恩恵を受けて以来、長寿を得て、官位を独占し、権力を濫用し、高禄を食み、機密を握り、富と栄華を誇っている。そのくせ、新たに生まれた若者を禽獣や虫けら以下としか見ていない。これは魔陰に堕ちたに他ならず、仙舟はその災いに久しく苦しんでいる。天下の義士よ、傍観は許されない。今こそ力を合わせ、清く正しい流れで四海の心を満たさねばならない」
そして「朱明」で兵を旗揚げすると、舟中の洞天を占拠し、耆宿を戦い続けた。各仙舟の人々は動揺したが、呼応者も非常に多く、事態は危険度を増していった。
……
……
【星暦3287年】
十一月、仙舟「円嶠」が鬩壁にて轟沈。四海は深い悲しみに包まれ、夜が明けるまで涙は絶えなかった。両軍も意気消沈し、休戦協定が結ばれる。
十二月、各仙舟の残存金人が反乱。褐夫、耆宿の区別なくこれを虐殺する。その数、統計不能。
【星暦3288年】
二月、両軍は協力して金人の排除に当たるため、使いを交わして講和に望む。
四月、和議が締結され、戦争は終結。直ちに軍が編成され、金人討伐が行われる。
……
【星暦3290年】
五月、金人の首魁「止戈」型が精兵を率い、「曜青」にて邀戦。軍は一斉攻撃によりこれを撃破、首魁を破壊する。
……
【星暦3292年】
七月、各仙舟は残存金人をすべて武器庫に格納。戦いは収束し、金人の反乱は平定される。
……
【星暦3294年】
9月、各仙舟の内乱は100年を超え、天下は疲弊し、親兄弟は殺され、生ける者は塗炭の苦しみにあった。ゆえに、今は兵を収めて民を休ませ、「豊穣」の恩恵を受けて死を根絶して以来、不死となった一族を適切に管理し、生み育てていくことは急務であった。
……
【星暦3300年】
八月、各仙舟は合同で『睦音合議』を起草して不法の追及、忠孝の奨励、信賞必罰、弱きを助け強きを挫くことを定めた。古国の王朝が統一帝国を建てた故事の如く、四方の乱は収まった。
また、計画出産と宇宙移民政策を立案し、八舟の有志に土地が豊かで短生族の定住者がいない星への移住を許可し、適切な開拓を行って自立することを命じた。
……
【記録日時】星暦3287年11月21日
【記録No.】庚酉3号
【飛舸No.】畢方-壱
【ラベル】飛舸;戦地記録;仙舟「円嶠」;鬩壁
【録音テキスト】
……
3287/11/21 1401 畢方-壱
司辰に告げる。当方の所在宙域は晴れ。強い恒星風を確認。視界内には赤色巨星を除いて、他の天体は見当たらず。
3287/11/21 1402 羅浮司辰宮指揮システム
司辰より応答。貴艦の所在宙域にその他の飛行活動は認められず。恒星風により短時間の通信途絶の可能性あり。乱流から距離を取り、飛行姿勢を確保されたし。
3287/11/21 1402 羅浮司辰宮指揮システム
現在、貴艦は円嶠に接近中。チャンネル351.017にて円嶠との通信を確保されたし。誘導は必要か?
3287/11/21 1403 畢方-壱
不要。現在、左方向から右方向へ本宙域を横断中。
……
3287/11/21 1527 畢方-壱
指定位置へ進入完了。円嶠から応答なし。繰り返す、円嶠から応答なし。
3287/11/21 1529 羅浮司辰宮指揮システム
(重いため息)なん…(通信ノイズ)ことだ!彼らの話は真実であったか。
(長いホワイトノイズ)
3287/11/21 1534 羅浮司辰宮指揮システム
畢方-壱に告げる。円嶠の損害状況を報告せよ。
3287/11/21 1535 畢方-壱
(ため息)ひどい有り様だ。
3287/11/21 1536 羅浮司辰宮指揮システム
詳細を述べよ。
(長いホワイトノイズ)
3287/11/21 1540 畢方-壱
(重いため息)もう(通信ノイズ)たくさんだ!彼らが助からなかったことは分かるだろう!あそこから逃げてきた人たちの(通信ノイズ)話じゃ分からないのか!?
3287/11/21 1541 畢方-壱
(沈黙)円嶠の外観に異常はない。だが、彼らが生還することはできない。彼らは失速し、慣性に従って赤色巨星に落下している。
(長いホワイトノイズ)
3287/11/21 1545 羅浮司辰宮指揮システム
救えるはずだった……この通信を構築できさえすれば!30分で十分だったのに(通信ノイズ)!
3287/11/21 1546 羅浮司辰宮指揮システム
一体なぜ(激しい通信ノイズ)こんなことになった?我々はなぜ(激しい通信ノイズ)こうなってしまったんだ!?
3287/11/21 1547 畢方-壱
(長い沈黙)あのクソッタレな豊穣のせいだ。なにが恩恵だ、なにが永遠の命だ……
3287/11/21 1550 羅浮司辰宮指揮システム
(長い沈黙)それに(激しい通信ノイズ)戦争のせいだ。(激しい通信ノイズ)権力争いのせいだ。
(長いホワイトノイズ)
3287/11/21 1629 畢方-壱
司辰に告げる。円嶠が視界から消失した。12時方向、赤色巨星の中に。
3287/11/21 1630 畢方-壱
(重いため息)円嶠のロストを確認した。
……
我ら仙舟の万民はここに同盟し決議する
後世の侵略戦争、危険で凄惨な争いを回避し、
無量の苦しみを除き、すべての人間の尊厳と神聖な権利を平等にするため、
正義と寛容を再確認して呼びかけ、
略奪、抑圧、搾取、拷問を放棄し、
死すべき身に回帰し、全宇宙から不死の災禍を根絶する志を立て、怠ることなく、
日夜その労に勤しむべし。
守眠を再開し、輪番にて交代し、期満ちれば解組し、賢路を避けん。
雲騎軍を建て、内外を鎮め、悪寇を清め、七舟を防衛せん。
十王司を立て、灯火にて夜を守り、罪囚は必罰し、邪悪を糾弾せん。
共に六御を挙げ、尊賢を能く用い、政事を諮問し、同盟を制御せん。
是を以て四海を慰み、上は帝弓から下は十王まで、星海の遥か遠くまで、殉難三劫烈士の英霊、その志を昭かにせん。
ここに七舟を代表して虚陵の使者がその内容が適切であることを証明し、本宣言を議定す。盟曰く「仙舟同盟」。
雲吟譜
持明族の民間歌謡集で、とある箜篌師が編集した。
『前世の夢憶』(『再生の縁』の段)
日が暮れて私はベッドにもたれ、
玉簾が半分サンゴの鉤に架かる。
不意に目覚めて眠れず、
半分衣を解いて半分目を閉じる。
つかの間、風が吹き花が落ちて水の流れが舟を押し、
終わることない戦いの夢を見る。
呉鉤を佩き、颯爽と馬の群れを飛び越え、
綺楼に登り、恋人と戦艦に遊ぶ。
チィチィと鳴く二羽のヒヨドリ枝先に停まり、
蕭々と前世の因縁を現世に愁う。
十世の脱鱗が、恩仇を水に流しても、
また恋人を失うことは耐えがたい。
顔を上げると珊瑚の窓は昼になり、
情はまだ、前生の夢の中に留まることを望む。
『龍王遺恨』(『龍牙伝』の段)
靡靡たる赤龍、鬱蒼たる青松
今や零落して寒風を追う
誰が憐れむべきか
靡靡たる赤龍、鬱蒼たる青松
世の栄華は風になびく草の如し
君に再び逢うことは難し
靡靡たる赤龍、鬱蒼たる青松
月明りの中斗酒を欲し
骨を幾重にも埋めん
靡靡たる赤龍、鬱蒼たる青松
六百余年の浮世過ぎて
夢の如く皆空なり
魔陰の身の考証
丹鼎司の論文。作者は仙舟人の「魔陰の身」の起源と研究を考証している。
魔陰の身の考証・序文
「建木」の顕現により、仙舟人は無限の寿命を得た。同盟の「魔陰の身」に抗う歴史は優に六千年を超える。
最初の仙舟の出航は、人類の老いと死に対する長い戦いのエピローグだった。やがて帝弓の降臨、三族の共盟を経て、仙舟人は不死の肉体と豊穣の忌み物との果てしない戦いを開始した。
歴史とは永遠に続く循環なのかもしれない。仙舟人が一つの敵から逃れると、さらに困難な敵が現れた。この戦争のエピローグはいつ訪れるのだろう。
本稿では「魔陰の身」という概念の発見の由来、仙舟人のそれに対する認識の変化、関連研究の成果について整理を試みる。そして読者に仙舟人の不老長生の本質をより明確かつ客観的に理解させ、「寿瘟禍祖」の仙舟に対する消せない影響を知らしめるものである。
この本を書く過程で、丹枢様や多くの医士たちの助けを得た。また、丹鼎司「観頤台」の公文書庫から多くの資料を得ることができた。聡明なる友人たちの多くの貢献に、ここで感謝を述べる。
丹鼎司丹士 華月
起源
周知の通り、「神降時代」の黄金の年月は一瞬にして崩壊した。八大仙舟の民が長命種に変化した後も、人口の増大は続き、ついに限界値に達したのである。
千寿を享受し、ただ素食を貪る「耆宿」が仙舟の権力と富の大部分を握った。一方では3千億近くの底辺の「褐夫」は、存在意義なき肉塊に堕した。「建木」のもたらした奇跡も人間の貪欲さを満たすことはできず、仙舟はその荷重に耐えきれず、沈みゆく艦隊となった――いくら洞天を開けても、人口増加には追いつかない。褐夫階級を開拓星に流して人口圧力を軽減する案も焼け石に水だ。演算によれば、3代も経たない内にこれらの世界も仙舟同様の苦境に陥るだろう。
ついに、後に言う「鬩壁の戦い」が勃発した。八大仙舟内で内輪揉めが頻発し、褐夫が蜂起し、その後も円嶠仙舟が赤色巨星に墜落する惨事が起きた。史上初の確認できる最初の魔陰の身の記録は、この大危機の際に発生した。
『仙舟通鑑』の「三劫紀」のある巻の記載によると、仙舟曜青の洞天の主(著者注貴族が残っていた時代の爵位で、現存しない)長桓は宴会を好んだ。民衆が洞天を強攻した時も、彼は多くの客を招いた自らの千年寿の宴に夢中だった。宴の席で貴族たちは顔を曇らせ、杯を止めて箸を投げた。目の光の消えた主人だけが、人間の体重の数十倍もの食事を貪り続けたが、その豪華な料理は、底なしの穴に投げ込まれたかのように食欲を満たすことはできなかった。
守備軍が壊滅し、宮門が破られ、中に飛び込んだ民衆は、そこに人の気配がまったくないことに気づいた。屋敷の階段の隅には、蠕動を続ける肉塊が詰め込まれ、無数の目、耳、舌、歯、手足、毛髪、脂肪……それらが狂ったように増殖しては抜け落ちていた。これらの血肉が、一人の人間の体から来ていることを想像できる者はいなかった。
この「肥肉連城」の記録は荒唐無稽なデマとされた。しかし、すぐに人々は、異常はそれだけではないことに気づいた。
高まる民衆の反発と暴動に対して、「仙人」を名乗る耆宿たちは、死体のようにそれを無視するか、妖魔のように奇術を操って狂ったように鎮圧した。歴史に絶えす刻まれた驚くべき暴挙の数々ーー朱明の「赤怒焚王」、虚陵の「白骨夏宮」、玉殿の「碧血山墓」……それらの惨劇の背後には、ある事実が示されている。長い寿命の果て、人としての道理心を失い、狂気に堕ちる者がいるということだ。
我々はそれが高位の権力者のみの起こす暴虐だと思っていた。しかし、それから数百年の間に、必死に生きてきた褐夫たちもその後塵を拝した。この時期は「空劫時代」と呼ばれ、仙舟文明の「建木」から生まれた輝きは、最も深い闇に堕ちた。
後に呼ばれる「魔陰の身」の狂気症状は、悪夢のようにすべての仙舟の長命者の心に存在し、消すことはできないのだ。
…………
…………
仙舟「玉殿」からの監察報告
仙舟玉殿からの情報。
策士長青鏃へ親展:
仙舟玉殿は現在、巨人の腕星団の外側を航行し、古代の航路に沿って探査を続けている。
26空漏時前、「瞰雲鏡」が帝弓の光矢の信号を補足し、そこから3個の座標を特定した。太卜の解読によると、これは天罰の啓示である。
元帥は軍令を発布し、曜青雲騎艦隊「鶴羽衛」、「丹歌衛」が今回の巡狩を開始したことを、ここに周知する。
なお、最近斥候が入手した大敵の動向を添える。作戦立案に用いられたし。
【記録印章】仙舟玉殿太卜司 呈上
》》》【策士長スタンプ】のみ展開《《《
【歩離人】
大巣父昂沁の率いるその猟群は、敵対する舍帕猟群艦隊を撃退するため、エキドナ天垣に進入した。
全軍合計器獣艦16隻、戦闘艦325隻。
近日中に歩離人の内戦が観測される見込みだ。その際は再び戦報を送る。
羅浮に対する脅威:極めて低い。
【造翼者】
スターピースカンパニーの提供情報によると、造翼者の「孔雀天使」軍団が失魂星域に到達。その目標は星核を発見し、その故郷「穹桑」を復興させることである。
この情報の真実性には考察の必要がある。
羅浮に対する脅威:極めて低い。
【反物質レギオン】
羅浮の航路上に隣接する工業惑星――バランザ溶炉は、すでに絶滅大君「鉄墓」の攻撃で全面機能停止した。
卜者たちが戦事について占ったが、戦勝確率は限りなくゼロに近かった。
羅浮に対する脅威:中から低。
対応措置の提案:羅浮太卜司に命じて「鉄墓」戦車の電磁波信号を観測し、その動向を警戒する。
大敵名簿
神策府内にある公文書。仙舟の敵である各勢力を記録してある。
【大敵名簿・燼滅の巻・目次】
……
……
絶滅大君
終末獣
蹂躙
ヴォイドレンジャー
バリオン/反バリオン
……
……
【ステータス】絶滅大君
分類
その起源により分類。特定されない。
概要
絶滅大君とは「燼滅禍祖」ナヌークが選抜した使令であり、「反物質レギオン」の数多の部隊の統率者。
ナヌークは無数の世界を枯死させ、数え切れないほどの文明を消滅させてきたが、その意志に従い、自ら甘んじて「壊滅」の道に足を踏み入れた有能な者には、活路を残し、滅びの日を先延ばしにする。
こうして壊滅の力を与えられ、反転され歪まれたこれらの生命体は、皆が恐れる「絶滅大君」となる。
噂によると、ナヌークの下には7人の大君がおり、「壊滅」の7つの極致的な傾向を代表している。
しかし、現在に至るまで、7人の大君の具体的な情報を完全に掴むことはできていない。
同盟の観測記録であれ、カンパニーの情報網であれ、入手できる有効な情報は極めて少ない――
なにしろ、「壊滅」が通過した場所には、情報はおろか何一つ残らないからだ。
その内、少なくとも4人の大君は名前すら判明しておらず、「壊滅」の傾向からその存在を判断することしかできない。
観測記録
【風焔】
「風焔」は「一人万軍」という恐ろしい通り名があり、暴力による破壊に最も熱心な大君でもある。
その名の通り、風焔は物事が滅びる瞬間の爆発的な力と美しさに耽溺しているという。
星暦6804年、新ベツレヘムの太陽を点火させ、莫大な放射線でその地表を炙り、ガラス化させた。
星暦7143年、巨大な竜巻を発生させ、惑星アデンの生態系を壊滅に至るまで撹拌した。
星暦7658年、月衛の盾の地殻を破り、地核打撃を行って世界全体を圧壊させた……
これらの破壊行為はすべて、彼の終末の光景に対する異常で極端な嗜好を十分に反映している。
同盟に対する潜在的な危険性:極めて高い。
【星嘯】
「星嘯」は燼滅禍祖の先鋒将軍。
ナヌークの行動原理を理解できる者は皆無だが、星嘯は確かに其が最もよく用いる将軍。
その部隊は銀河中に分布し、星々の間に行軍経路と壊滅の道を織り成している。
曜青、朱明、方壺は、星嘯率いるレギオンの兵卒との交戦記録を残している。
星嘯は現在、仙舟に上陸した唯一の「壊滅」令使でもある。
『仙舟通鑑』の記載によると、彼女は星暦5700年ごろ、仙舟朱明に対して抵抗の放棄、および航路の変更を要求した。
その目的は、彼女の造翼者世界に対する攻撃に協力することだった。
同盟に対する潜在的な危険性:極めて高い。
【鉄墓】
「鉄墓」は技術の発達した世界への攻撃を最も得意としている。
生存者の残した情報で例外なく指摘されているのは、彼らは「知性の敗北」を目撃したということ。
無機的なAI軍団が一瞬で麻痺し、敵に寝返った。外層空間防御システムが地上への斉射を開始した。
飛行兵器がハエの群れのように散り散りになり、敵に向かわない……
鉄墓は科学技術に自信を持つ文明世界を滅ぼすのに長けている。
最近、仙舟玉殿から提供された情報によると、「鉄墓」はバランザ熔炉を攻略した。
我々は速やかに彼の攻勢に備えねばならない。
同盟に対する潜在的な危険性:極めて高い。
【???】
正確な呼称は不明だが、観測記録の残る大君。
仙舟玉殿の観星士は、滅亡した星「シラクサ-III」の152年における観察記録を提出した。
そのレギオンはこの世界で極めて緩やかに戦線を進め、優位を構築し、圧力をかけ、抵抗者を蚕食し、蟻の群れを観察するように、被害を受けた文明の構造が緩やかに崩壊していくのを観察した。
同様の現象は、赤色バベル、オーギュア星環などの世界の滅びの過程にも繰り返し出現している。
その背後には棋士のように冷静で自制的な大君がおり、その戦いを導いていると推測される。
同盟に対する潜在的な危険性:極めて高い。
【???】
正確な呼称は不明だが、観測記録の残る大君。
スターピースカンパニーの記録によると、彼らはこの600年間に最少でも122の世界が原因不明の混乱に陥り、最終的に反物質レギオンに壊滅させられた事例を観察した。
最初にカンパニーから派遣された調査員たちは、これらの事件がそれぞれ孤立した結果であると考えていた。
しかし、すべての災害評価を総括すると、これらの世界の滅亡が一つの原因に帰結することが見えてくる。
「精神」の崩壊――
信仰体系の内部衝突、精神的支柱の瓦解、文明内部の信用の崩壊、そして希望の完全な放棄。
仙舟玉殿の太卜司は、この一連の操作の背後には、正体不明の絶滅大君が潜んでいると考えている。
同盟に対する潜在的な危険性:未知。
【???】
正確な呼称は不明だが、観測記録の残る大君。
博識学会から、ヤバンナの鎖星域の光度対比図の提供があった。
その3分の1の恒星は、この300年の間に何らかの力で消滅させられている。
これは決して正常な天文現象ではない。
暗闇に包まれた世界では、反物質レギオンが傍若無人に往来し、永遠の夜から破滅が降ってくる。
ヤバンナを脱出した生存者たちの証言によると、彼らはそれを「太陽を呑む獣」と呼んでいる。
同盟に対する潜在的な危険性:未知。
【???】
正確な呼称は不明だが、観測記録の残る大君。
羅浮地衡司の生態学者は、徹底的に反物質化された奇妙な世界を調査したことがある。
そこではすべてのものが、自分の鏡映のような対偶物体に向かって突進し、衝突して消滅による眩しい光を放つ。
反物質レギオンの創造物は常に歪んだ奇妙な形をしており、崩壊の瞬間に激しい炎を噴き出し、敵をその消滅に引きずり込む。
その奇妙な性質は、この大君から来たものなのだろうか?
同盟に対する潜在的な危険性:未知。
(文末に小さな文字で2行の注釈がある)
「雲騎軍は帝弓の啓示により忌み物を討伐してきたが、同盟成立から今日まで、反物質レギオンとの衝突は数えきれない。
近い将来、雲騎軍と燼滅禍祖の手先との戦いは避けられない。早急に準備すべし」
【大敵名簿・忌み物の巻・目次】
……
……
歩離人
造翼者
慧駿
視肉
歳陽
虺種
……
……
【ステータス】歩離人
分類
霊長目・ヒト科・イヌ亜種
概要
歩離人は連合の歴史上最古の大敵であり、「豊穣の民」の主要な一部である。その起源星はまだ判明していない。しかし、遺伝子鑑定の結果、歩離人の先祖は狐族と同源であり、最終的に異なる進化の道を歩んだと思われる。
狐族の叙事詩によると、二者は共に「長命主」と呼ばれる天外の神の啓示を受け、赤泉の水を飲んで長命を授かった。しかし、その後の歴史の中で、歩離人は狐人を奴隷または弾避けと見なし、彼らを天外への征伐へ駆り立てた。
同盟の確認可能な記録の中で、仙舟と歩離人は3度の大規模戦争を起こし、その損失は重大であった。
そのため、雲騎軍は常に歩離人の動向を警戒せねばならない。
生態
歩離人は明らかなイヌ類の解剖学的特徴を持っている:骨格は広く細長く、下顎と頸部の筋力が強く、犬歯が発達し、頭頂部に獣耳が生え、手足に鋭い爪を持つ。
「長命種」という広い生物分類の中で、歩離人はずば抜けた治癒能力を持っている。
この治癒能力に伴うのが、彼らの変身能力(歩離人は「月狂い」と呼ぶ)だ。
この能力は、狐族の系統にはほとんど見られない(仙舟「曜青」の狐族を除く)。
変身時には大量の骨と筋肉の増殖、例えば口吻部と下顎骨の突出、趾行構造の出現を伴う。
これらの傷害性の変身プロセスは、最終的に高速の自然治癒によって完全修復される。
戦闘中、歩離人は「狼毒」と呼ばれるフェロモンを放出し、偏桃体の恐怖の感情を呼び起こす。
これとの戦闘時は、雲騎軍は丹薬の服用によりこの本能的恐怖を抑制可能である。
科学技術
歩離人は生物科学に長け、自らの体に様々な生物科学技術による改造を行っている。
歩行者の装甲や武器には、明らかな生体的特徴がある。
その艦船は「器獣」または「獣艦」と呼ばれ、捕食、攻撃、繁殖能力を持つ生物宇宙船である。
歩離人が日常的な狩りで搭乗する戦闘機は、その速さで知られている。
政治
歩離人は部族議会制を採用し、その文化は弱肉強食、力を尊ぶ古き伝統にあふれている。
単一の部族は「猟群」と呼ばれ、複数の部族の連合体は「大猟群」と呼ばれる。
各部族は往々にして最も強く賢い歩離人をリーダーに選び、「巣父」と呼んでいる。
大猟群における首長選挙の儀式では、巣父同士が戦って強さによる席次を決め、首位に立った者を「父狼」や「戦首」と呼ぶ。
(文末に小さな文字で2行の注釈がある)
「前任の戦首、呼雷は捕らわれた。現在の戦首は……?」
「確定ではないが、昂沁または力薩のようだ。青鏃より以上」
【大敵リスト・忌み物の巻・目次】
……
……
歩離人
造翼者
慧骃
視肉
歳陽
虺裔
……
……
【項目】歳陽
分類
無形目・魂精科・歳陽亜種
概要
歳陽一族は同盟の長きにわたる宿敵で、豊穣の忌み物の中では珍しい無形目の生命体であり、世外妖魔族に属する。其の起源の星はいまだに解明されていない。
其の生物学分類から分かるように、歳陽は固定形態を持たない純エネルギーからなる生物で、多くの文明の記録では「無形者」や「星火の精」と称されることが多い。歳陽は寄生を好むが、肉体(通常は汎人類の知的種族のこと)を司り、感情によって神経系に起こる各種変化を感受する。此の様な「様々な情欲を食する」行為によって、形を有しない歳陽は満足感を覚える。其れに寄生された宿主は衝動に駆られるまま刺激的な行為(暴飲暴食、肉欲、傷害、破壊…)をとることで、体内の歳陽を喜ばせる代わりに、其の莫大なエネルギーを提供してもらう。歳陽が宿主の心をなつかせる過程は、宿主の肉体を消耗させる過程でもある。
『仙舟通鑑』の記載によると、仙舟人が歳陽と初めて接触したのは、仙舟人がまだ長命種となる前の「孤航時代」に遡る。当時天外を漂流する九隻の仙舟は、様々な異様な生命体と接触したが、歳陽は其のひとつだった。屋根を通過した歳陽は、先祖の前まで来ると、自らを形も族類と称し、仙舟に居場所を乞いだ。変化無双な歳陽一族は、様々な幻像を作り出しては、人類を誘惑した。人々はこの奇妙なエネルギー共生物に熱狂し、共に戯れた。
しかし、間もなくして本性を暴きだした歳陽は、人類の肉体を占領し、喜怒哀楽を吸い取り、自由意志を左右しようとした。いわゆる「奪舎の禍」である。中でも最も被害が大きかったのは仙舟朱明。幸いにも仙舟の職人が無形の檻で其れらを捕まえ、未来永劫仙舟のためにエネルギーを提供するよう其れらに命令した。
豊穣の民との「火劫の戦」の終わりに近づいた頃、とある英雄が歳陽の封印を解き、其れと同盟を結び、穹桑の大軍を撃退した。この戦により、歳陽一族も重大な打撃を受け、その首脳は再び封印され仙舟各地の幽囚獄に収容された。わずか残党が逃げ出した可能性もなくはないが、星海には其れらと思わしき痕跡は二度と現れなかった。
*注:此処は少数の学者が擁護するいわゆる「帝弓神話」である。実はこの無名英雄が昇格して帝弓の司命となり、神と成った象徴として放った光矢が建木を切断したというが、まったく事実無根の説である。
生態
歳陽が姿を現す時、機器には高エネルギー電磁波反応が確認できる。
無形目生物である其れらは、「人類にとっての可視光線の周波数範囲を避け、形跡を隠すことができる。
しかし自らの存在を宿主に知らせる時には、緑青色の「火炎」(熱エネルギーを持たない)として姿を表す。「星火の精」と呼ばれる所以でもある。
すべての歳陽の個体は、人類が重い物体を押し進める時と同じように、一定空間内のエネルギーのバランスを変えたり、エネルギーの形を自由に変換することが可能。
エネルギーを弄って光学の映像を生成したり、燃焼や結氷、振動等の現象を引き起こすことが可能。
原始文明からすると鬼神のような能力を歳陽一族は有している。
姿を現す際の「火炎」の体積の大きさから、歳陽の個体の強さや、支配可能なエネルギーの量を判断することができる。
寄生する宿主の数が増えるにつれて、歳陽の個性も次第に成熟し、個体差が生まれるようにある。
十王司の記載によると、其れらは宿主の脳から学習するという。
科学技術
歳陽の科学技術における成果は皆無である。
其のエネルギーを操る性質は、精密テクノロジーとの一定の排斥を起こすためである。
政治
歳陽は豊穣の忌み物とされているが、「豊穣の民」の陣営に現れることは極めて少ない。
逆に、嘗ては仙舟と同盟を結んだことさえある(短期間のみ、詳細は上述参照)。
歳陽が制圧されて六千年以上経ったため、その組織形態についての考察は難しいが、わずかに残った記録によると、其の個体同士は「融合」によって、より大きな「火炎」を形成するという。
(ページ下部に小文字の添え書きが数行ある)
「仙舟朱明にこの妖怪が封印されてるって?」
「その通り。朱明の人は其れを『火皇』と呼んでいる。それより、工造司にも似たような牢屋があるじゃない?青鏃より」
「危険だね…」
「朱名の人は火遊びに夢中だからね…青鏃より」
【大敵リスト・忌み物の巻・目次】
……
……
歩離人
造翼者
慧骃
視肉
歳陽
虺裔
……
……
【項目】造翼者
分類
霊長目・人科・有翅亜種
概要
造翼者は同盟の長きにわたる大敵であり、「豊穣の民」の主要な分岐である。
其の起源の星はいまだに解明されていない。
現時点で把握した情報によると、造翼者は「穹桑」と呼ばれる樹状を模した世界に棲息している。
造翼者とその軍隊は「穹桑」から伸びた「枝」を使って、他の世界に跳躍し、資源や民を略奪した。
造翼者の文化で、飛行能力を持たない陸上の知的生物はすべて『塵民』と呼ばれ、彼らは自分たちのことを『雲君』と呼ぶ。
他の知的種族を奴隷化し、自分たちのための生産、住処の修復に従事させた。
『仙舟通鑑』が収集した不完全な史料によると、仙舟人が初めて造翼者と接触したのは、仙舟が出航する前の「古国時代」に遡る。
「天外の海から到来した羽夷は数えきれない殺戮と蛮行を行った。
帝尊が軍を起こし戦った末それを撃退し、羽人方士および仙方をいくつか得た……」
関連記述には、仙舟艦隊が出航した理由が明かされている。
天外の海の神明に長寿を乞うため、尊名を消された帝王が我らの祖先を派遣した。
「火劫の戦」に至っては、仙舟艦隊は造翼者による2回目の侵攻を食らい、枝が垂れ下がり、羅浮は滅びる寸前となった。
帝弓の光矢が降臨して建木が切断されなかったら、きっと敗戦で終わったのだろう。
星歴5320年前後、玉殿太卜司は「穹桑」の衰滅を観測した。反物質レギオンはあっという間に造翼者の郷土を破滅した。
それ以降、宇宙を流浪するようになった造翼者の多くは、傭兵や星間海賊となった。
生態
人類を基準として造翼者の解剖学的特徴を見ると、鳥類に近い生理的特徴を持っている。
背部の筋肉が発達しており、1対(もしくは複数対)の翼、細長い脚、力を発揮しやすい足指の構造をしている。
飛行に長ける造翼者は、最高時速400キロで空を飛ぶことができる。
その骨格と筋肉には特殊な気泡空洞構造があり、迅速な空気交換によって、高速急降下と驚異的な突撃が可能となった。
同時に、その構造は造翼者に(短時間での空気交換は欠かせないものの)真空空間での飛行と行動を可能にした。
雲騎軍が造翼者と戦闘する際の注意点は以下の二つである。遠距離時は射撃に気を付けること。
近距離時は相手の飛行機動性を封じ、自身の長所である体重と体力を活用すること。
科学技術
造翼者が星間戦争で露呈した科学技術から、彼らの文明は大きな衰退を経験したことが推測できる。
彼らは空間跳躍できる「枝」を掌握している一方で、エネルギー供給と武器製造は略奪もしくは他の豊穣の民との貿易に依存している。
三度の豊穣戦争にわたり、彼らはずっと歩離人の武器と鎧を身に着けていた。
政治
造翼者は厳格な社会的階級に従って、「穹桑」での位置が決まる。
頂端の高い枝に鎮座するのは天青石聖の巣の主ーー
造翼者の羽皇。伝承によると、彼(もしくは彼女)は「豊穣」の使者であり、穹桑の成長と繁盛を導くことと、すべての羽民を育むことを役目としている。
その統治下には次のような階級がある。衛天種(戦士)、啼頌種(学者と書記)、「孵育種」(従者)、銜枝種(労働者)。
穹桑の五大階級よりも下は、地位が最も低い「塵民」ーー
異世界から来たりし、飛行能力を持たない知的生物である。
「穹桑」が壊滅したことで、造翼者の政治制度の詳細は遡れなくなった。
カンパニーの情報によると、星海に流浪するすべての羽民は、とある造翼者の傭兵団の構成員である。
(ページ下部に小文字の添え書きが数行ある)
「穹桑と建木の関係は……?」
「両者が関係あることを証明できる確実な証拠はないが、玉殿太卜司の推測によると、穹桑に似た世界はほかにもあるそうよ。青鏃より」
「造翼者の『孔雀天使』軍団に再び動きあり、情報更新待ち。青鏃より」
大毫の日記
長楽天にある地衡司官衙執行官の大毫の日記。彼の長い人生が記録してある。
10月32日
朝、目が覚めても私は動かなかった。私が今日一日仕事を休んだら、官衙はどうなるだろうと想像する。
どうもしないだろうことは分かっていた。誰が仙舟から消えても航海は続き、帝弓の矢のように、必ず行くべき場所に飛ぶだろう。
最近は、署内のくだらない仕事の処理に堪えられなくなってきた。一つの仕事を引き継ぐたび、その仕事に関わる上下部門の人間に心の中で悪態を付きながら仕事をしている。部下への引き継ぎなど不可能だ。若者は自由すぎて自分のやりたいことしかやらず、出張で他の世界を巡ることばかりに憧れ、目の前の細かい仕事には目もくれない。
地衡司の仕事に意味などない。私が引き継いで以来122年、それらは脈絡なく繰り返され、そしてこれからも繰り返されていくのだ。
仕事などしたくない。私は犬になりたい。地衡司の官衙前に腹ばいになって、空の偽の太陽でひなたぼっこし、行き交う人の群れを眺めながら彼らの行動を推測し、旅行者が餅を投げてくれたら、喜んで尻尾を振る。
残念ながら、仙舟には働かない犬はいない。あの諦聴さえ私よりよほどガッツがあるだろう。
11月2日
短命種の「老化」の最初の兆候は、過去を懐かしみ始めることだと言う。仙舟人も同じだ。私たちの体は年を取らないが、心はとっくに空っぽで、過去の出来事に捕らわれている。
私は戦場に戻った夢を見た。私と雲騎軍の兄弟たちは雷弩を手にし、背後には自動索敵攻撃型の剣が従っていた。私たちは天戈星に戻り、巨人の腕に戻り、タラサの島に戻り、さまざまな豊穣の忌み物たちと戦った。
私は人型ではない獣に包囲される夢を見た。剣は回りを旋回し、切り裂いた後で砕けた。相手の体液が私の顔にかかったが、私はまさかそれが温かく、赤いとは思わなかった。
夢の世界は真っ赤に染まっていた。ケイ化キチン質の外殻を持つ巨獣たちが咆哮を上げ、近寄るすべての部隊をすり潰してミンチにした。忌み物たちが皮膜のような翼を羽ばたかせ、風が顔に痛かった。
もう一度兄弟たちの様子を見ようとしたが、周りには誰もいなかった。下を見ると、地面に悔しそうな顔があった。硬直した表情は、生前に叶わなかった願いを叫んでいた。どの目玉も、埃に埋もれたすり減ったガラス玉のように、必死に空を睨んでいた。
長命種……そんなジョークに思わず大笑いしたところで目が覚めた。
まるで巨獣の口から抜いた直後のように、右腕の切断箇所が熱かった。私は肘の関節を回した。たとえそれが元に戻ったとしても、私はあの世界のすべてを噛み砕きそうな痛みを忘れないだろう。300年が過ぎても、その痛みはまだ癒えなかった。
11月10日
統計によれば、退役雲騎が最も魔陰の身に陥りやすい集団だという。私は幸運にも第3次豊穣戦争を上手く乗り越え、今まで生き延び、年金までもらって、地衡司で豆粒ほどの仕事をしてつまらない日々を生きている。大きな過失さえなければ、次の琥珀紀までこの飯を食えるだろう、恐らくは。
官衙のガキどもは、私が普段から大雑把で、重大な事態にも動じないのを見て、「不死身の大毫」とあだ名して笑っている。さらには私がいつ「十王司」に連れていかれるのかを賭けの対象にまでしている。
長命種であろうと短命種であろうと、若者は「人生が終わる」ことに対して、クソほど何の考えも持っていない。「十王司」の冥差が目の前に現れた時、このガキどもはどんな顔をするのだろう。残念ながら、私の方がこいつらより先に行くのだが。
十王司……すべての仙舟人が最終的に十王司に迎えられることは知っているが、それがどうやって行われるのかは分からないままだ。
羅浮の都市伝説によれば、十王司は生死簿を見て人を冥府に連れて行き、今生における善悪の罪を数えるという。その判官と凡人は生きる世界が異なり、正面からぶつかっても分からないという……
話は最もだが、よく考えると疑問も多い:
仙舟の冥府とはどこだ?
彼らはなぜ、対象に魔陰の身が迫っていることが分かる?
彼らはどうやって対象の人生の些細な出来事、小さな徳や罪を統計し、学舎の先生がテストを採点するように、その人生に上中下の評価を下す?
はは、結局のところ伝説は伝説、すべては子供だましだ!
11月12日
だが、私は本当に十王司の冥差の姿を見たことがある。それも一度だけではない。
最初は地衡司の勤務を引き継いだばかりの頃、私は提灯を持った小さな子供たちが、閑雲天の街を歩いているのを見た。その時、洞天は夜で、月と星の光も消されていた。家々の戸窓は閉ざされ、人影も皆無だった。ただその子供たちだけが、深い暗闇から生まれたかのように音もなく歩き、その周りに小さな明かりがいくつか浮いていた。彼らの後をついて行く人物を私はよく知っていた。私の父だった。
私の父は646歳の時、突然おかしな事を言い出した。なぜ机にご飯をひっくり返したのか、なぜ彼の服を燃やしたのか、なぜ彼の玉兆をボール代わりに持っていったのか……それらは恐らく、私が10代の頃にしたやんちゃの数々だったが、今の私の記憶には残っていない。それから数日後、彼は食事をやめ、人にも応じず、ただ死体のように座っていた。誰も掃除をしていない壁の隅にできた蜘蛛の巣のように、ほこりが積もって生気の欠片もなかった。
私は彼に五衰の兆候が現れ、魔陰の身に堕ちかけていることに気づき、規則を延ばして丹鼎司の医師に診せ、まだ回復の可能性があるかどうかを確かめた。医者は何種類かの薬を処方した後、私の顔を見つめ、準備が必要だと言った。
「何の準備だ?」私は医者に聞いた。医師は慣れた顔で「準備が済み次第、お父上には迎えが参るでしょう」と言った。
私はその時、父に大限が来たことを理解した。仙舟の誰にでもその日が来ることは分かっていが、それが父の身に起こるとは、あまりに急すぎた。
私はテーブルの処方箋を手に取り、まるで師匠が弟子の仕事を確認するように眺め回した。すると、医者は突然手を伸ばして処方箋の端をつかみ、回収しようとした。彼女の意図は分かっていた。魔陰に入った者に、医者や薬は無用であると。しかし、私はその処方箋を放さず、口の中でつぶやいたのを覚えている。「この処方で、もう一度、もう一度だけ」彼女は私の頑なな態度を見て、手を引っ込めて注射薬を置いていった。
その後、あの子供たちと共に私の目の前を通り過ぎるまで、父は私と一言も会話をしなかったと記憶している。気のせいか、父は若くなったように思えた。仙舟人が若くなったと言うのもおかしな話だ。私たちは大人になれば、もう顔が変わることはない――ただし、その表情は変わるだろう。父の足取りは軽やかで、表情には安堵したような気楽さがあり、ほこりで埋もれていたシワも伸びたようだった。
私は口を大きく開けて父を呼ぼうとしたが、その言葉は喉に詰まって出てこなかった。すると、父が先に「達者でな」と軽い調子で言った。はっきりした声だった。私は彼の病気が治り、魔陰の身からなんとか戻れたのではないかと疑った。だが、それが自分の勝手な考えに過ぎないことは分かっていた。二人の子供がそばの提灯を吹くと、一瞬で辺りは暗闇に包まれ、父とその子供たちは最初からそこにいなかったかのように消えた。
私は夜勤の仕事も忘れ、闇の中に一人で突っ立っていた。半日後、私は突然医者の処方箋のことを思い出した。私はそれをずっと懐に入れていたはずだが、触ってみるとそれはそこにはなかった。
帝弓垂迹録
太卜司が「巡狩」の降臨を観測した記録を冊子に整理したものが、この『帝弓垂迹録』となった。
……
……
【観測記録 星暦7900年】
同年第33回目の瞰雲鏡による全域スキャンにより、帝弓の霊験を観測した。その痕跡は失魂星域の3つの座標を指し示した。ジャダール変星、墨青の悪夢、白骨の指だ。
太卜が窮観の陣で占うと、その星域に寿禍が存在すると出た。卜占の結果を仙舟玉殿に報告すると、それは的中していた。
調査の結果、歩離人の蒼牙猟群がその星域で大略奪を行い、その内の一つの世界を武器牧場にしようと企てていることが判明した。そこで雲騎艦隊「垂虹衛」が劫罰を執行し、大勝して帰還した。
……
……
【観測記録 星暦7954年】
同年第6回目の瞰雲鏡による全域スキャンにより、帝弓の光矢の痕跡が観測された。予測される光矢の座標はレーヴァテイン-XVIだ。
雲騎艦隊「春霆衛」が座標に到着すると、その星はすでに破壊されて生存者はなく、「死滅世界」に分類されて星図航路から削除された。
羅浮工造司は、星の残骸から光矢の残り火を採取することに成功した。羅浮丹鼎司は生物サンプルの一部を抽出し、住民が感染した寿禍の特徴を解析する。
……
……
【観測記録 星暦8072年】
曜青、方壺の烽火信号により、豊穣連合軍が再形成され、遊星「計都蜃楼」が蘇って活性化し、方壺に迫っているという警告が届く。羅浮雲騎軍は「垂虹衛」、「春霆衛」、「畢方衛」、「欃槍衛」を援軍に送りこれを迎撃した。
この戦いは激烈を極め、何度も敗北しかけたが、幸いにも帝弓の神矢が難敵を一掃した。この役で、仙舟羅浮は合計で闘艦6万3000隻余り、飛行士12万人余りを失った。仙舟方壺は5分の1近くの洞天が光矢の爆撃を受けて破壊された。
(この記録項目の下に、ある閲覧者が加えた小さな注がある)
「帝弓は未だかつて凡人に口を開くことなし…ただ光矢をもってその旨を宣す」
……
……
占いの報告
かつてとある卜者が羅浮が災難に見舞われると予見したが、残念なことにこの報告は重視されなかった。
【3月12日 占卜結果報告】
慣例に従い、羅浮の航路を主眼として、10日以内の未来を占う。計算中、窮観の陣の基符が乱れ、卦成り難し。これは30年ぶりの現象である。
最終的に卦は艮と坎の間を揺れ動き、その勢は大凶である。他にも計算結果あり。以下添付ファイルを参照されたし。
【窮観の陣の計算結果】<<<
過去の八卦の例に基づき、以下の対策を提案する。
一、神策府に手紙を送って景元将軍に報告し、雲騎艦隊の巡回数を増やして敵襲を未然に防ぐ。
二、天舶司に手紙を送り、関所および物資の出入りを厳重に調査し、災いの種を取り除く。
三、工造司に手紙を送り、穹儀やエンジン等の仙舟の中枢施設を点検修理し、不測の事態を防ぐ。
四、太卜司が瞰雲鏡で可視星域を再スキャンし、ブラックホールやその他危険な天体が航路上に存在しないか確認する。
勤務卜者 若月
【検証および返信】
「関連情報は何の参考にもなりません。推演時に余分な諸元が混入したことが疑われます。採用しません。卜官明閲より返信」
「三司への報告については、採用されたら大変な手間がかかる。たった一つの凶卦で軽はずみに行うもんじゃない。再照合、再検討を勧める。卜官絵星より返信」
「若月、世間の詐欺師まがいの術士が、自分の顧客に未来が見えると語る時、どんな言い方をするか知っているね?『近々、あなたに大きな災いが降りかかる』だ。だが、具体的に聞かれると『天機は漏らさず』だ。君のこの報告と、あの詐欺師たちの言い分に何の違いがある?卜官静斎 返信」
「太卜司の報告では、時間、原因、吉凶を明確に指摘しなきゃいけないことは分かっている。でも、本当に再現できないんだ!この結果は突然現れたのだ。窮観の陣自身がまるで命を持ったかのように……卜者若月より以上」
【結論:不採用】
『覗密集』
符玄が仕事の暇な時に書いた原稿。占いの道、算法それから様々な占いに関する逸事が書かれている。
……
……
占いの道に求められるのは「鑑往知来」の四文字である。人間の運命の歩み、星の空の動き、その勢を見れば未来が分かる。これらのすべては現在(あるいは過去、現在は常に過去になり続けるため)の「諸元」が、卜者に掌握されることで可能となる。
だが、太卜司制度を創設した玄曜様はかつて言った。「天と神を占ってはならない」。彼女にすれば、宇宙とその育んだ星神は占うことのできないものなのだろう。
理由は簡単で、同時にすべての観測角度に立って未来を計算することはできないからだ。「全知」とは到達不可能の境地なのだ。宇宙はもちろん「星神」と呼ばれる存在も、その諸元は膨大かつ極めて巨大である。神々の未来は宇宙と同様、我々の限界を超えた演算の外にある。
天体の目から見れば、星神は決して無生物ではなく、超越的な知性を持つ生物である。しかし生物の目から見れば、星神は天体のように星空を占め、巨大にして孤独で、己の道を行き、我ら凡物と交わることはめったにない。
観測記録によると、玄曜様は現在観測されている星神を3つに分類した:
司命:凡人の生死を予兆し、文明の盛衰に関わる。
天君:その善悪恩威を測るのは難しく、往々にして所在も不明。
禍祖:万禍の元凶。避けなければ、必ず滅びの大難を招く。
現在知られている諸星神は以下の通り:
【帝弓司命、嵐】
【補天司命、クリフォト】
……
【遍知天君、ヌース】
【遊雲天君、アキヴィリ】
【常楽天君、アッハ】
【妙見天君、イドリラ】
……
【寿瘟禍祖、薬師】
【燼滅禍祖、ナヌーク】
【螟蝗禍祖、タイズルス】
……
……
……
……
【帝弓司命】
「巡狩」の運命の主。我らが「嵐」と呼ぶ天弓の神。
神が凡人の前に現れることは滅多にない。その出没の兆候は、星空を渡る光矢と航跡のみだ。帝弓は疲れを知ることなく「豊穣」の薬師が生んだ不死の忌み物を巡狩する。
帝弓司命の最初の降臨は星暦3400年前後で、傾天の光矢が天から降り、豊穣の奇跡「建木」を切り倒した。それ以降、仙舟人は混乱、狂気、衰退から復興することができ、同盟はここから始まった。
今日まで、太卜司の卜者の大きな使命は、帝弓の神矢の啓示を監視し、意味を判読することにある。
【補天司命】
「存護」の運命の主。琥珀王。スターピースカンパニーが「クリフォト」と呼ぶ天垣の神。
すべての観測記録から言えば、琥珀王はその構築した天体級の建造物――亜空の晶壁によって諸界を区切り、保護することで、世界間の往来を隔絶しようとしてきた。星暦1000年前後の記録によると、最初の9隻の仙舟巨艦は故郷を離れた後、長く苦しい旅を経て、世界と果てしない虚空を隔てる壁、エキドナ天垣を目撃した。
だが、その隔絶という行為に反して、琥珀王を奉じる主要派閥「スターピースカンパニー」は、星海間の文明の交流と融合を推進し、宇宙最大の星間航行艦隊を所有している。クリフォトは沈黙の巨人のように彼らの貿易、移動を放任し、挙句はスターピースカンパニー内に「存護」の使令まで出現した。このような神に背く行為が何の咎めも受けていないのは、中々に興味深い。
……
……
……
……
【遍知天君】
「知恵」の運命の主。天才クラブ、博識学会が「ヌース」と呼ぶ知識の神。
ヌースの意図、座標、平時の姿は誰にも分からない。人々の噂によると、偉大な思考機械が星神に昇格し、宇宙の本質と最終解答の演算を開始したのだという。その答えが公表される前、その神は知的生命体の中で最も偉大な頭脳を集め、共にその真理を議論するのだという。
私自身は幸運にもヌースの神体に拝謁したことがあり、この神の存在についてもう少し説明する資格があるかもしれない。
一般的な認識とは裏腹に、ヌースは「答え」を与える神ではない。逆に、この神が与えるのは数え切れない問題だけだ。多くの人間はその一生を無知蒙昧の霧の中でさまよい、知識を求めてもその門に入れず、「前因」に縛られ「知見」には至れない。ヌースに謁見することは、この愚昧なる人間に「目」を開かせ、問題の所在を知らしめることなのである。
太卜司に意欲ある求学者あれば、博識学会のある苦学者を真似ていわゆる「開眼の路」に足を踏み入れ、もし縁があれば、必ずヌースに問いかける幸運を得るだろう。
【遊雲天君】
「開拓」の運命の主。ナナシビトが「アキヴィリ」と呼ぶ漫游の神。
遊雲天君については、ほぼ検証不能の伝説しか残っていない。仙舟人にとって「伝説」という2文字は、古くからの不思議な時間を意味する。琥珀紀の最初の紀元、アキヴィリは銀河各地の未開の世界を駆け回った。正にこの神とナナシビトの存在により、銀河の暗黒に散らばる孤立した世界はお互いを知ることができたのである。
遊雲天君の最も重要な奇跡は「虹車」と「星軌」を創造したことだ。伝説によると、虹車は星軌を敷設するための宝器であり、星軌は遥か遠方にある諸界を、何らかの神秘的な方法で一つに結ぶことができるという。カンパニーでも仙舟でも、現在我々が頼りにしている安全な航路は、すべてこの軌道の遺跡に沿って走っている。アキヴィリの死がなければ、今の諸界の往来がどれだけ便利になっていたものであろう。
玉闕仙舟が入手した最新情報によると、消失から千年が経った遊雲天君の虹車が、再び星海に現れたという。忌み物が暴れ、燼滅の軍団が生ける者を苦しめる……多事多難の時に、このナナシビトたちは銀河に何をもたらすのだろうか。当方には想像できない。
【常楽天君】
「愉悦」の運命の主。仮面の愚者と弔伶人が「アッハ」と呼ぶ欺きの神。
もし星神の在り方を「神性」と「凡性」の尺度で測らねばならないとしたら、アッハはかなり「凡性」側に近い星神で間違いない。この神は知的生命体の悲喜愛憎をかき乱し、運命の転覆と反転を促す――その信者たちによれば、神自身もそれを楽しんでおり、時には人の形で現れ、波瀾を助長するという。
しかし、もしこの常楽天君を神々の中の道化だと思う者がいたら、それは大きな間違いだ。確かにこの神は帝弓司命や補天司命のように全宇宙を驚かす奇跡を残すことはできない。しかし、この神は目に見えない手段で、知らぬ間に衆生の行方を左右し、現実に対して非常に巧みな操作を行う。
例えば皇帝ルパートによる星海征服の時代、その神の信者たちは「哲学者連合」が無機生命体の領土に成り果てた後、その地で再び反乱を起こした。そして「哲人の酖酒」というユーモラスな自己矛盾型ウイルスで征服者たちの演算中枢を侵蝕し、機械軍団による暴政を倒した。
似たような奇跡はどこにでもあり、取るに足らない小さなさざ波が、最後は山を揺るがす大津波になる――それがアッハの行動スタイルだ。
【妙見天君】
「純美」の運命の主。純美の騎士団とミラーホルダーが「イドリラ」と呼ぶ美を司る神。ある国の知的生命体からは「オン・ドレイ」と呼ばれている
これまでのところ、純美の騎士団は四分五裂し、ミラーホルダーは神の聖遺物を探して諸界をさまよってきた。これらはすべて、その神が既に死んだことを証明するに十分である。しかし、当方と博識学会が交換した書簡には次のような記述がある。「妙見天君の遺物をすべて揃えることができれば、その絶美たる姿を再現できる」
さらに古い時代の神話では、イドリラは数多の星域の「美」を一つにまとめ、英雄、悪党、そして凡人たちに宇宙の姿に隠された意味と美学を示し、彼らを自分を喜ばせるための驚くべき(しかし往々にして壊滅的な)偉業の歓声へ駆り立てたという。この神話は、「純美」の運命の意義が「意識、見解と価値の統合」にあることを表しているのかもしれない。
……
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【寿瘟禍祖】
「豊穣」の運命の主。我らの大敵、豊穣の民と仙舟同盟が「薬師」と呼ぶ生命の神。
言うまでもなく、かの神が羅浮に現れ「建木」を残したという神話については、卜者諸君はすでに学舎の在籍中や雲騎軍の従軍中、または個人の読書時間に読んでいるだろう。ゆえに、本書ではそのために多くの紙面を割くことはしない。
改めて諸君に申し上げるが、「寿瘟禍祖」本体を主眼として、その未来を占ういかなる行為も、決して許されぬ重罪である。
これはよくある話だが、卜占の道を学び始めて最初の100年間は、卜者はとかく知識を極めたという思い上がりから、自分が運命を支配し天地神明に通じる力を得たと思い込み、禁令を無視して星神を占い、聖遺物の秘密を入手しようと目論むものである。他の星神ならば、それも見て見ぬふりをしないでもないが、薬師に対しては十王司は明確に禁令を発布している。違反者は「許されざる大罪」を犯したと見なされ、厳罰に処される――むろん、それまで生きていられればの話だが。
「寿瘟禍祖」は仙舟人が長命種に転じた原因である。そのため、我らと薬師の間には決して断ち切れない距離を超えた作用が存在している。この物理学では説明できないつながりこそが、「魔陰の身」が生まれた原因の一つかもしれない。占いにより薬師をのぞき見ようとするいかなる試みも、この作用によりその反動を受ける。同様の行為はすべて悲惨な結果を招いた。これらの記録は太卜司の書庫の「違反者」の欄に保存されているので、卜者諸君は熟読されたい。
【燼滅禍祖】
「壊滅」の運命の主。反物質レギオンとアナイアレイトギャングが「ナヌーク」と呼ぶ破壊の神。
最後になるが、ナヌークとその手先こそが銀河の諸悪の筆頭だと言えるだろう。「寿瘟禍祖」が生命を癒すことで変異と壊滅的結果を招いたのに比べて、燼滅禍祖はより直接的に混乱をもたらした。その神と配下の使令たちは、反物質レギオン率いて文明の存在するすべての世界を侵略し、灰燼へと変えた。
いくら同盟が帝弓の啓示によって「豊穣」を追跡し、暴走する忌み物を狩ろうとも、同盟と燼滅軍団の大小の戦闘記録はすでに万を超えた。斥候からの情報では、仙舟と文明交流を築いた星々が近年急速に失われ始めているという。すべてが憂慮すべき状況である。近い未来、同盟が直面する大敵は、忌み物だけではなくなるかもしれない。
【螟蝗禍祖】
「繁殖」の運命の主。カンパニーとその被害を受けた世界が「タイズルス」と呼ぶ增殖の神。いくつかの世界では、「蟲の王」とも呼ばれる。
蟲の王が死して久しいが、その神が宇宙にもたらした恐怖は皇帝ルパートに勝るとも劣らない。仙舟が到着した多くの世界の中で、丹鼎司は特殊な生物汚染サンプルを採取した。それは「繁殖因子」と呼ばれるスウォームの変異遺伝子である。博識学会のある武装考古学士は、螟蝗禍祖の蟲の巣と化した星々はすでに修復不可能な恐怖の地獄であり、最終的には惑星破壊兵器で永遠に後患を絶つしかないとする多くの証拠を提示した。
彼の説によると、その恐怖は未だ消えておらず、虫皇の遺児は今も存在し、神自身もいつ復活するか分からないという。その学士から彼のコレクションを見せられたことがある。暗い黄色の琥珀の結晶の中で、私は開閉する斑点や蠢動する筋組織を見た。それが「蟲の王の檻」の一部だと告げられた時、私は驚愕した。額の法眼ではこの物体の未来を予見できないことが、学士の説を側面から裏付けていた。私はそんな日が来ることがないように、帝弓に祈るしかなかった。
……
……
黄鐘システム共鳴記録
同盟の各仙舟は、黄鐘システムを通して相互に現状を報告する。これは仙舟「羅浮」の星暦8098年の黄鐘システムの共鳴記録である。
星暦8098年4月
仙舟「方壺」より伝信:現在、トラルテクトリ星団ランナディ恒星系に停泊中。この恒星系にはいかなる地球型惑星も存在せず、初級の生態系を備えた惑星が一つあるのみである。方壺は、この恒星系は隠密性が高く、付近の数光年以内に生態圏が存在しないことから、豊穣の民や軍団の襲撃を回避できると判断。
特殊な状況がなければ、方壺はここに少なくとも10星暦年は停泊する予定だ。
夕葵の備考:方壺は第3次豊穣戦争以降、自己防衛政策に専念し、休養を続けてきました。それ自体は否定しきれませんが、方壺の自己防衛政策は、彼らと他の仙舟との正常な交流と貿易をほぼ断絶させました…羅浮の立場から言えば、それが良いことだとは思いません。
司舵の備考:方壺の龍尊は方壺の民衆と社会に対する責任を負っている。前の戦争で、彼らはあまりに多くを失った。持明にとって、人口の損失はすなわち永久的な損失だ。もう少し休ませてやるべきだろう。彼らは現在、いかなるリスクも冒せないのだ。
星暦8098年5月
仙舟「曜青」より報告:ファロモモにて忌み物を征伐し、大勝す。
星暦8098年6月
仙舟「曜青」より報告:テセウス-VIIIにて忌み物を征伐し、大勝す。
星暦8098年7月
仙舟「玉殿」より報告:現在、古代航路に沿って前進し、探査を続行中。監察報告は別途送信する。
夕葵の備考:玉殿の監察報告を受け取り、司舵に提出しました。
司舵の備考:受け取った、ご苦労。
星暦8098年10月
仙舟「曜青」より報告:サキンシャドの忌み物を征伐し、初戦では不利。後にカンパニーの協力を得て、大勝す。
司舵の備考:曜青の天舶司に伝信:適宜休養を取られたし。
夕葵の備考:了解、送信しました。
星暦8098年10月
仙舟「虚陵」より報告:すべて正常。
夕葵の備考:今まで虚陵がどこにいるのか知りませんでした……
司舵の備考:それが普通だ。私も知らなかった。
星暦8098年11月
仙舟「曜青」より報告:現在コルサランド星団サキンシャド恒星系サキンシャドに停泊中。現在、カンパニーと現地の鉱山を共同開発し、休養中。すべてが安定している。御空お姉様、心配してくれてありがとう。
司舵の備考:曜青の天舶司に伝信:黄鐘システムの中では厳正な発言を求める。
夕葵の備考:了解、送信しました。
星暦8098年11月
仙舟「朱明」より報告:現在レヴァラドゥリ星団ステラ・ヤマザキ恒星系に停泊中。この恒星系はクリムト立憲国の領域内にある。朱明はここで10星暦年の技術交流を行う予定である。
朱明は先進的な製錬技術と引き換えに、この地の極めて豊富な鉱物資源を手に入れることを期待している。
星暦8098年12月
仙舟「曜青」より報告:アトモデスにて忌み物を征伐し、大勝す。
夕葵の備考:彼らに何かメッセージを送りますか?
司舵の備考:いや、彼らに任せよう。
上国夢華録(残編)
ある歴史学者の、神降時代に対する追憶。
私たちは常々審判者の視点から、三劫以前の歴史を振り返る。
それは歳月の帷幔が私たちの前に垂れ落ち、過去を霧の中に包み込んだからだ。たとえ最も年長なものでもそれを見通せない。
故に、私たちは四千年前の人々をこのように評価する:人理を以て仙道に触れ、凡躯で神跡を受け、終ぞ業力の反噬に遭った。
しかし、その帷幔を掻き分け、己の双眸で見つめるんだ。過去は真に不堪なものだったのか?
建木萌芽、仙道盛隆。人は無尽形寿を以て世界を探索し、天人之尊を以て自身を照らした。仙舟艦隊が天際を横行する様は、正に万類の至聖者であった。
仙丹を煉制し、息壌を調合し、自在応身を以て無尽なる仙道を求め索した。此の時、此の刻こそが無尽なる果てに綿延する永恒。
肉身の不朽は霊魂の解放を促し、千百億の自由の魂が仙舟の名義で、長生の意志を星海の間に響かせた。
私たちは野獣を啓蒙し、毛物に人の言葉を通じさせ。金石を点化し、玉兆を使い万古の事を推演する。
建木萌芽、仙道盛隆。万民が其の豊穣を享受することに、何の罪が有る?古国の王朝は断絶し、新生の仙舟艦隊が無尽なる光華を載せて自由、永恒、そして慈悲に向かって進む。そして彼の時、帝弓の垂迹が顕現しようと、何故に我らの航路を阻断せしむ?
夢から醒め、私は目を開ける。往昔と変わらず、建木がそこに立っていた。そして瞬きすると、消えた。
其は必ずや再来し、仙舟をあるべき方向に正すだろう。
持明からの訴状
羅浮持明族龍師が六御に呈上した請願書。
羅浮六御各位 拝啓
大乱は平定され、元凶は拿捕した。反逆者を追放した今、羅浮に再び安寧が訪れた。これは殊更に喜ばしい事である。
吾が一族は動乱の中で大きな損失を被った。負傷者、龍師 十二人、珠守り人 二百五十三人、丹士および医士 百十六人。他、災禍による入滅者 千二百八十五人、行方不明者約三千人。
吾らは悲しみの中にいるが、責任を忘れてはいない。龍尊雨別以降、羅浮持明は「建木」を守る大任を担った。しかし、突然の災禍によって封印は崩れ、一族の精鋭を総動員しようとも、これを元に戻すことは不可能である。よって罪人丹楓を解放するよう、六御の具書を十王司に提出していただきたい。あの者のカで封印を元に戻した後、その罪を罰するよう求める。
……
「十王司ではなく六御に願書を…なるほど。十王司には相手にされないだろうから、六御に頼もうということか。将車に着任して最初の仕事が軍とは関係のないことだとは……」
景元将軍様 拝啓
先日将軍様が追放令を出され、丹楓を羅浮から永久追放したと伺いました。此度の将軍様の下命、一体羅浮持明の立場を何処に置かれるつもりなのでしょうか。
曜青天風君と同盟の決議により、罪人丹楓には死罪の代わりに脱鱗輪廻の刑を受けさせる。以降、丹楓は持明の風習によって新生したものと見なされるため、過去の罪は追及しないことになりました。しかし十王司は彼の身を拘束、そして教育の名目で勾留の措置を講じました。それを我々が黙認したのは、丹楓が犯した罪の重さを考えてのこと。彼が幽囚獄で苦痛を味わうことがなければ、羅浮万民の怒りを抑えることは叶わないと考えたからに他なりません。
しかし今、将軍様は勝手に刑罰を終わらせ、丹楓を追放しました。それは六御の合意、ひいては元帥の許可を得たものなのでしょうか?もしこれが将軍様の丹楓に対する昔の友情に起因するものであるなら、このような感情的な決定には従えません。我ら龍師は将軍様に命令を撤回していただくため、本件を同盟に通達したうえで、他の四名の龍尊にも報告する所存です。
……
「追放令は十王司の許可を得たものだ。丹楓は転生した…もう過去の罪は追及されるべきではないというのに、なぜ龍師たちは彼がこの地を離れることを受け入れられないのか…不思議でならない」
- Ver.1.1にて追加された書物。
300年前に連載が休止した武侠小説
かつて仙舟で大ヒットした武侠小説。連載休止して長い時が経つ、実に残念。
……
長い船の真ん中にある静室で、狼の頭に人の身体を持つ尊者は思考を終わらせ両目を開き、宿命の敵の到来を予感した。
その時、ほっそりとした美しい少女が通路の突き当りに立っていた。まるで鞘から抜かれた剣のように、鋭く迫ってきた。彼女の周りには、無数の光が点滅、呼吸、律動していて、まるで銀河の中に身を置いているようだった。目を凝らしてよく見ると、それらの光は半透明の船罐の中に閉じ込められており、数えきれないほどの神棚が四壁に祀られているようだった。
「これらの丹腑は……」狼の頭を持つ尊者は、息を吐きながらしゃべりだした。「そなたたちが神の奇跡から得た恩恵だ」
「長生の主は我の種族に計り知れない力しか与えてくれなかったが、そなたたちの体内には神木の種を蒔いた。まことに不公平だ……」
「我は3万人を殺し、命解の骨師が彼らの遺体から活性が残っていた丹腑を抉りだし、この丹腑の神棚を造り、詳しく研究をした」
「我の考えた通りだった。心臓の存在が生命維持のためだとすれば、丹腑の意味は生命を超えて、根源から力を吸収するためのものだ。これは心臓よりも重要な器官で、体内にある『エンジン』だ」
「我はこれを使ってそなたの足元の船を駆動し、そなたたちの身体を武器にして同盟を滅亡させる!」
狼の頭を持つ者は、胸を覆う美しい服をめくった。クラゲのような半透明のよろいが、蠢く筋肉をしっかり覆っていた。彼が深く息を吸うと、まるで狭い空間の空気が全て呑み込まれたかのようになった。数回の呼吸の間に、曲がっていた身体は大きく広がり、鉄塔のような巨体となった。変身で粉々に砕け割れた骨と肉は何とも言えない摩擦音をたて、素早く再び繋がった。この痛みに、狼の頭を持つ者はとっくに慣れていた。
この痛みに、狼の頭を持つ者はとっくに慣れていた。呼吸するにつれ、微かな光が彼のロや鼻、目、耳からあふれ出した。その巨大な身体の家で、見慣れた丹腑の光が眩く輝きだした。
「これは金丹玄甲で、我の血肉に完璧に適合し、まるで身体から生えてきた器官のようである。だが、どれだけの力を発揮できるかは、謎に包まれている」
「我と戦った者は、一撃で肉片となったからだ。だが、雲上の五騎士の英雄なら、この謎を解き明かしてくれるだろう!」
少女の目は氷のように冷たく残酷で、目の前で起こっている全てがつまらなく、取るに足らないと物語っているようだった。
3万の兵、3万の丹腑、3万の命の灯…彼女は目の前の残酷で異常な景色に意識を持って行かれないように尽力した。
敵と対峙する感覚は天秤の微妙な動きと似ている。片方が少しでも傾けば、反対側は勢いよく跳ね上がる。この一瞬のうちに消え去る機会を掴み、狼の頭を持つ者は灰色の暴風のように、地面を引き裂きながらこちらに向かってきた。
次の鼓動の間に、少女の姿は既に見えなくなり、元々立っていた場所には鋭い踏みしめた後が残っているだけだった。剣の光が一閃し、音の壁を突破する音が響いた……
……
仙舟「羅浮」情報手記
丹恒が整理した仙舟「羅浮」に関する情報。
開拓者へ、
仙舟同盟は長きにわたって星海を航海する艦隊で、6隻の巨大な世界艦から構成されている。お前たちがこれから向かう「羅浮」という仙舟は、その同盟のひとつである。ほかの五隻はそれぞれ「曜青」、「方壺」、「虚陵」、「玉殿」および「朱明」であり、各々素晴らしい景色を誇る。
ほかの仙舟に関する情報はお前たちにあまり役立つものではないため、ここでは割愛し、「羅浮」についてのみ記述する。
羅浮に着いたら、覚えておくべきことはただ一つ。
絶対に「長命」への渇望や「豊穣」へのあこがれを表に出さないこと。それに近い思いがあるかないかに関係なく、である。
お前たちもアーカイブで関連資料を読んだはずだ。仙舟の住民の容姿は一般人とほぼ変わらないとはいえ、その本質は千年以上も生き延びる長命種。短命種が長寿の秘密を探ることを同盟は警戒しており、仙舟雲騎軍は「豊穣」が生み出した不死の忌み物を狩り続けている。
他の事については、羅浮に到着してから自ずと分かってくるだろう。無事帰って来られることを祈っている。
丹枢の日記
丹鼎司丹士長‐丹枢の日記。この盲目の丹士が運命に抗い続けた日々が記録されている。
……
帝弓の司命よ、私の話に耳を傾いてくださいませ。
あなた様にお話ししたいとことを日記に綴ることを、雨菲に子供っぽいと笑われていましたが、これは私の小さい頃から習慣であり、またあなた様に必ず届くと信じています。
あなた様は見たいことを何でも見ることができます。私のような人間は、生まれるべきではなかったにもかかわらず、今こうやって豊かな暮らしをさせていただいています。それに雨菲のような仲間にも出会えて、あなた様の恩恵には感謝してやみません。
ですから、最近私のやっていることがあなた様の権威に触れることがなきことを祈ります…あなた様に庇護いただいている仙舟の世への不満があるわけではありません。私はただこの世の本当の姿と色を見たいだけです。
学舎に通っていた頃、目が見えないがために他の子たちにいじめられるたのは、帝弓の司命が与えてくださった試練だと信じていました。その後学宮に入り、学業についていくために一般人より多くの努力を払わなければなりませんでしたが、その時も私は同じ信念を抱いていました。
私の努力に報いてくださるかのように、あなた様は私を雨菲に出会わせてくださった。7歳の時、雨菲は私をいじめていた悪童を追い払い、それから私たちは無二の友達となりました。
雨菲は私をいじめから救い出し、勉強を助けてくれた。休みの日には、生態洞天の山河に連れていってくれたり、美しい景色を言葉で再現してくれました。彼女の美しい声は、清涼な水のように指の先を流れるものでした。
本来ならば、私は今の生活に何ら不満もないはずです。
しかし…人間は視覚を持つ動物であり、光と影、色彩により世の中の物事を識別する生き物です。雨菲が聞かせてくれた「森の尽き当たり、夕日に赤く染まった空が一気に燃え上がるかのよう」な景色はいったいどんな景色かな…私は雨菲の顔さえも見たことがない。いくら触ったり想像したりしても、結局完全な絵を組み立てることは難しいのです。
ですから、雨菲の力を借りて、私は自分のために光を取り戻す方法を探すと決めました。
帝弓の祝福を承り、私は丹鼎司で最も優秀な丹士となり、雨菲は丹鼎司で最も優秀な医者となりました。もしかしたら私たちの手により、天欠者を永遠の苦しみから救う方法を見つけ出せるかもしれない……
……
この数日、雨菲といろいろな方法を試しましたが、あまりうまくいきません。
まず、侵入方式により義眼を作ってみました。私の機巧腕も実はこの技術で取り付けたもので、いまのところ正常な腕と大差なく動いています。
理論上は、非侵入方式によって視覚障害を持つ天欠者を助けることは可能です。しかし、私のような視神経の発達不全による天欠者にとっては、「非侵入式」は実現が難しいのです。
次に、「胡蝶の幻境」の原理を用いて物を視る方法です。胡蝶の幻境の本質は、狐族の情報の素を使って幻覚を制御することです。その原理を用いて「眼」という光学受信器を通さずに、画像を直接脳へ送信できるのではないか、という考え方です。
結論からすると、確かに可能ではあります。しかしそれらのメッセージは私の脳の中で意味をなす「図形」を形成することができませんでした。つまり、初めて色や形を「視る」ことはできたものの、どれが「赤色」なのか、どれが「丸型」なのか、分別できなかったのです。
恐らく、胡蝶の幻境は体験者の感覚器官によって映像を形成するからでしょう。体験したことのない感覚器官に対しては、狐族の情報の素があってもなす術がないのです。
あんなにたくさんの「色」を見ても、まったく懐かしいと思わないのは、なんとも不思議なことですね。
最後に、他の感覚器官によって「代理感覚」を誘発する方法です。これは雨菲のアイデアで、「非侵入式の義眼」の延長線上の方法です――視覚信号から聴覚、触覚、味覚、臭覚等の信号に変換し、それらの感覚器官で新たな「視覚」を作り出すのです。
私たちはプロトタイプを製作しましたが、一番の難題は軽量化でした。それらのセンサーを合わせると、私の体の3倍にも匹敵する大きさで、それを背負って歩くことさえ困難でした。ましてやテストはもっと無理でした。
それでも、私たちはいろいろなテストを行いました。結論からすると、この機器は短命種により適していると言えます。短命種の脳はより可塑性に優れているため、「代理感覚器官」から共感覚――ひとつの感覚から次の感覚が触発されやすいのです。彼らは長期間この設備を使用すれば、色や形や距離等を「味わい」、「聞き分け」、「嗅ぐ」ことができるようになります。
しかし、脳の可塑性が弱い長命種(私含む)にとって、これらの感覚器官から新たな統一した感覚を作り出すことはできません。今の私は辛い味から、テストの積木が青色だとわかりますし、ひんやりとした気配から、円錐型だというのがわかります。しかし、それらを本当に「視る」ことはできないし、「青色」が一体何なのかも分かりません。
この機器は短命種により適していると言いましたが、そもそも短命種は侵入式の補装具でほとんどの障害を補うことができますから、こんな複雑な設備など必要ないのです。
こういったテストのために雨菲と私は大量の時間とエネルギーを費やしましたが、結局何も得るものはありませんでした。テストが将来の学者たちの参考になるかどうかも、疑問です。
情けなさ、無力感、雨菲に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
……
博識学会のイーガン博士と交流した時、変わった解決方法を提案されました。イーガン博士はそれを「取消主義療法」と名付けました。
「取消主義」は古くから伝わる哲学思想の一つで、人の感情はすべてホルモンと電気信号から起因すると考えられています。天欠者の苦痛の根源をなくすことができないなら、その苦痛自体をなくせばよい、というのがイーガン博士の主張です。
投薬ポンプを通して、特定時間に特定の薬を体内に注入すると、自分の身体の欠陥を気にしなくなります。私もこの世界を「視たいと思わない」でしょうし、今の自分の身体に何も不満を感じることもなくなる仕組みです。
少し変わった方法ではありますが、有効な方法かもしれません。
残念ながら、テストの結果、この方法も長命種には使えないことが分かりました。
長命種の体内のホルモンは高度のバランスが保たれていて、外力でそれを乱そうものなら強烈な拒絶反応を起こすのです。
私は1時間ほど「気にならない」感覚を覚えましたが、その後免疫の嵐に死にそうになりました。
……
数々のテストを行ったものの、何も進捗がなく、気がめいりました。
せめて、雨菲の姿を見てみたいと思った私は、雨菲に内緒で(彼女がこの愚行を知ったら当然反対するでしょう)、イーガン博士にお願いして義眼をつけてもらいました。
やっと自分の姿を初めて視ることができた。そして初めて雨菲を視ることができた。彼女の黒い短髪はシルクのように光り輝き、白い肌は朱明の最上級の磁器のように美しかった。その黒い玉のような、、疲労と悲しみに満ちた瞳は充血していて、涙が溢れていました。
私の新しい眼を眺めながら、彼女は問いかけました。「丹枢、これが何を意味するのか分かる?」と。
勿論知っています。この新しい眼は次第に私の身体から排除されるだろうことを。その過程で私は極度の苦しみを味わうでしょう。過去にはその苦痛の果てに魔陰の身に堕ちた人がいたほどです。
その後私は再び暗闇の世界に戻り、束の間得たすべてを失うでしょう。
私は雨菲に言いました。「あの景色を見に行きましょう。あなたが私に聞かせてくれたあの景色を」
10日後、私たちは肩を寄せ合い、人工の夕日が洞天の偽の空の端に消えていくのを見届けました。拒絶反応はどんどん強くなりましたが、彼女のそばにいれば、その苦痛さえ和らぐ気がしました。
森の尽き当たり、夕日に赤く染まった空は一気に燃え上がるかのようでした。
その夜、私は血の海でわめきながら、再び暗闇に戻されました。
……
帝弓の司命よ、私の話に耳を傾いてくださいませ。
雨菲は戦場に行きました。
これは同盟と豊穣の民との3回目の戦争。私が知っている多く人が戦争に駆り出されましたが、まさか雨菲まで招集されるとは思いもしませんでした。
「同盟には優秀な医者が必要なの。あいにく私は優秀な医者だから、仕方ないじゃない!」と雨菲は私の顔に手を添えて、わざと軽い口調で言いました。
私は雨菲の手を握り、切羽詰まって言いました。「羅浮には医者がたくさんいる、あなたじゃなくてもいいじゃありませんか。あなたは雲騎でもないし、断ってもいいはずです……」
「私のことを心配してくれているのは分かる、」雨菲は優しく話しかけてくれました。「私は軍医として附いていくだけだから、危険に晒されることはあまりないと思うよ。それに、帝弓が必ず私を見守ってくださるはず」
彼女はすでに心を決めたのです。私はすがるように彼女に言うしかありませんでした。「あなたはご立派だから、私がいなくても生きていける。しかし弱虫な私は、あなたのいない世界でどう生きていけばいいか分かりません。ですから、必ず帰ってきて」
雨菲は仕方ないという風に笑って言いました。「私もあなたがいないといけないのよ!心配しないで、必ず帰ってくるから」
彼女は私の手を放しました。私は地面にしゃがんだまま、小さくうずくまって、手で両耳をふさぎ、彼女の立ち去る足音を聞く勇気すらありませんでした。
帝弓の司命よ、彼女が無事に帰ってこられるよう守ってあげてください。
……
長楽天の都市部で魔陰の身に堕ちた事件が発生し、かなりの被害をもたらしました。十王司の判官より、魔陰の身に堕ちた遺体の解剖依頼がありました。
解剖結果に気になる点があり、ここに記録を残します。
この人は生前天欠者で、手足がなく先天性心臓病を患っていました。しかし解剖の結果、魔陰の身に堕ちた後はそれらの欠陥が消えていたことが分かりました。
彼の手足は牛よりも丈夫で、心臓は星槎のエンジンのように力強かった。文献で似たような記述を時々見かけましたが、実際目の当たりにすると、やはり衝撃です。
どうやら、天欠者の治療法の一つを私は意識的に無視してきたのかもしれません…それはつまり、寿瘟禍祖の力を抱擁する方法。確かに、歩離人について「天欠者」のことを聞いたことがありません。
寿瘟禍祖の力を危険なく利用する方法があるのかもしれません。
勿論、これはただ机上の空想で、そのような実験を行うのは、死罪にも値するでしょう。
念のため、この日記を調査する十王司の判官へ:以上の内容は私の空想であり、それを実践に移す計画はありません。
……
この頃は雨菲とよく連絡を取り合っています。
彼女がいるのは戦地後方の野戦病院で、割と安全とのこと。
それでも彼女のことが心配ですが、黙々と祈るしかありません。
帝弓の司命よ、彼女の安全を見守ってあげてください。
……
戦争が終わりました。私たちは勝ちました。雨菲は死にました。
なぜ後方の野戦病院にいた彼女が死んでしまったのか、どう考えても分かりません。
私は狂ったように雲騎軍に原因を問い詰め、やっと教えてもらうことができました。
帝弓の司命が世に降臨し、神の矢で歩離人の艦隊を殲滅した時、神の恩恵により「付加的な傷害」が加えられました――その傷害を負った一つに、雨菲のいた野戦病院がありました。
彼女は豊穣の民ではなく、帝弓の司命の神の矢によって、骨の灰さえ残らず消されてしまったのです。
帝弓の司命よ、どうして?
……
帝弓の司命よ、これは私からの最後のお願いです。
あなた様が滅ぼさんとするすべてのものが生き返りますように。
あなた様が生かさんとするすべてのものが滅びますように。
この地のすべての生き物があなたの意志に反して育ちますように。
宇宙のすべての星があなたの存在のせいで光が消えますように。
この銀河が、死滅ではなく、生命を育みますように。
同盟があなた様の期待とは別の形で永遠に生き長らえますように。
仙舟医典略述
丹鼎司の医士たちに提供された調べもの用の医学著作の総まとめ本。
【岐黄類纂】
……
……
『柳華医学綱目』
当書は医学家柳華により著されたものであり、仙舟同盟現代医学の礎と見なされる一作。柳華は仙舟方壺の持明族、人生最初の300年は方壺龍尊の珠守り人として過ごし、その後400余年、方壺龍尊の側で主席医官を務めた。
長きに渡る医療実戦と研究の中、柳華は当時の仙舟医学に存在する問題を鋭く察知した――仙舟人の崇古伝統が医学の分野で継続し、ほとんどの治療が科学ではなく経験を頼りにしていた。当時の仙舟人から見れば、数千年間有効的に使われてきた経験は、紙の上の理論よりも信頼できるものであった。
そのため、柳華はこの『柳華医学綱目』を編纂し、より科学的な方法論で仙舟医学の原理を整理、解釈しようとした。
発表当時、当書は特に注目されなかった。そして柳華が脱鱗してから93年が経つ、「羅浮」丹鼎司の若者たちが寒泉洞天に集まり、後に「寒泉派」と呼ばれる革新組織を立ち上げた。「寒泉派」は『柳華医学綱目』の時代を超越した視野とその重要な医学価値を認識し、それを規範とした。
その後、「寒泉派」の革新的な理念は徐々に同盟内で広まり、『柳華医学綱目』もようやくそれ相応の歴史的地位を確立した。
『長生要論』
最も早く「建木」に接触した組織として、羅浮円鼎司は長命種の本質、生理、そして転換の過程に関して、他仙舟の医士よりも深く研究、理解している。
『長生要論』の作者は神降時代の有名医士長桑と言われている。一部の医学史研究者の主張によると、この書は長桑の著書を基礎に、後世の人々が繰り返し内容を補填、校正して出来上がった大作。記載されている多くの長命種文明は、神降時代以降に発見されたもの。
『長生要論』は26の長命種の生理特性を記載し、解剖学と遺伝学の資料を加えて説明している。その内、仙舟人の生理に対する研究は十王司制度の設立に大きな影響を与えた。
……
……
【宝餌類纂】
……
……
『丹鼎大成』
この本は仙舟「朱明」の丹鼎司が編纂したもので、母鼎術の丹方および錬成方法の要旨がまとめられている。学宮中で使われる丹鼎術の教材の1つでもある。
丹鼎術の本質は合成と変化である。仙舟が出航を始める前の時代においては、「医療用」と「工造」の2つに分かれており、古国文明の遺産で最も重要な部分となる。「建木」が降臨した時代に於いては、医療用丹鼎術はさらに飛躍的な進化を遂げ、生命の変化の真髄を表現した。
もちろん、火劫の大戦の後、『丹鼎大成』に記されていた多くの丹方や奇術は、「建木」の破壊によって再現不可能となった。しかし、本に記載された多くの丹方は、依然として極めて高い実用性を備えている。たとえば、長命種の自己治癒能力を促進する回生丹、爆発的に人体の力を解放する釣鯨散……これらはいずれも今でも使われている軍事用丹方だ。
『要薬分剤』
この本は羅浮丹鼎司の丹士長である丹枢が中心となって編纂したものでる。丹枢のチームは神降時代から現在までのほぼすべての薬に関する書物を調べ、重要なものだけを抜き出し、真偽を考証し、3万9500の薬方をまとめた。そのうち、3726の薬方は丹枢とそのチームが医学的な実践の中で発明したもの。
『要薬分剤』は仙舟8千年の歴史において、薬学の最高峰の成果として認められている。この本は治療する分野にもとづいて28の部に分かれている。特に「血脈部」、「骨骸部」、「変生部」などは最も詳細かつ包括的な薬方が収められている。「瓠生部」、「脱鱗部」は狐族と持明族の医療技術が網羅されている。最も評価されているのは「魔陰部」だ。この100年近くで最新の「魔陰の身」に関する研究成果が整理されている。この本が出版されると、たちまち丹鼎司の丹士たち必携の指導書となり、学宮の関連専門分野における権威的な教科書として指定された。
現在、さまざまな理由により、丹鼎司は不可逆的に衰退している。このような歴史的な背景の下、『要薬分剤』の誕生はまさにカンフル剤となり、丹鼎司が再び自らの社会的存在価値と意味を模索するきっかけとなった。
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【旁門類纂】
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『夷学集成』
「夷学」という単語を表面上の意味から理解すれば「殊俗の民の学問」となるが、丹鼎司の全盛期では、医薬学の発展がほぼ同盟の立身の根本となっていた。そのため、『夷学集成』の「夷学」は特に「殊俗の民の医薬学」を指している。当書も同盟歴史上で初めて、域外文明の医薬学を系統的に紹介した著作となる。
仙舟文明の対外接触史の中で、『夷学集成』は極めて重要な地位を占めている。この著作が仙舟文明の発展方向に多大なる影響を与え、今の同盟を形作ったと言っても過言ではない。
当書の作者は既に考証できないが、今は「玉殿」と「曜青」の丹鼎司成員の共同創作と推測されている。『玉殿志略』の記載によると、当書の編纂作業は当時の「玉殿」司鼎蝶羽が主導した「夷学再発見運動」の一部であり、蝶羽本人も『夷学集成』の編纂を直接指導したという。
『夷学集成』は文明体系に基づき三巻に分かれて出版され、一巻に四冊あった。第一巻は『カンパニーの巻』、第二巻は『学会の巻』、第三巻は『忌み物の巻』。その内第三巻の出版は大きな抵抗を受けた、蝶羽は様々な反対意見を押し退けたが、第三巻の発表は前二巻の出版から70年後となった。
事実として、『忌み物の巻』は仙舟医学の発展に積極的な影響をもたらした。何故なら、カンパニーも学界も短命種が主導する文明、彼らの生理構造は長命種と大きく異なる。同盟は彼らの研究構想と医薬技術を学べるが、あまり参考にはなれない。
しかし『忌み物の巻』の研究対象は同じ長命種の豊穣の民。造翼者と歩離人は独特な医療体系を持っている、しかし過去千年の間、仙舟人は習慣的に忌み物たちの技術力を蔑んでいた。今の我らは知っている、敵への傲慢と軽蔑はいつも危険な結果を招くと。だが当時の仙舟人から見れば、『忌み物の巻』のような謙虚に敵を勉強する著作は実に大逆不道と言えるだろう。
幸いなことに、蝶羽は圧力を耐え切り、同盟を傲慢と不遜の枷から解き放ち、有益な知識を拡散攻撃できた。
『仙舟大百科・医学編』
当書はスターピースカンパニーの仙舟学者、博物学者、そして文学者の和泉多摩川・ビント・アマトゥッラーにより編纂された。
7032年、23歳の和泉多摩川は貿易担当として仙舟「朱明」を訪れ、そこで一生を過ごした。銀河各世界の仙舟同盟に対する認識のほとんどが、不確かな物語や出所不明の噂の上に成り立っていることに気づいた彼女は、仙舟文明を詳らかに紹介する巨作を執筆することを志した。そして40年後、『仙舟大百科』が誕生した。
この巨作の三分の一を占めるのが『医学編』。和泉多摩川はスターピースカンパニーの医療系統の編集形式を倣い、仙舟同盟で閲覧できる全ての医学、薬学典籍を分類し、その歴史と原理を陳述した。
専門的な医薬書と比べると、『医学編』の内容は浅薄なものだが、この書は確かに和泉多摩川が当初期待していた役割を果たした――全ての異邦人に、「仙舟医学」は何たるかを理解できるきっかけを与えた。
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邪見類纂
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『薬師五臓経』
神降時代が終わると、寿瘟禍祖を隠れて崇拝する信徒たちが次々と書を著し説を立て、その謬論の正当性を論証し始めた。狂人の痴れ言みたいな神正論以外に、薬師信仰に基づいた医学体系を構築しようと試みる者たちもいた。
それらの著書の内、最も流布され、最も影響力を持つのが『薬師五臓経』。『薬師五臓経』の消極的影響は、初めて系統的に「薬師医学」の体系を築いたこと、そしてそれを寿瘟禍祖の信仰と緊密に結合したこと。それ故に、この書は「薬王秘伝」の始まりとなった。
当書の原本は七十五巻あり、医理部、薬理部、神異部、考工部に分けられていたが、その多くが散逸した。現在刊行されているのは、版本目録学者が残篇を整理、出版した四巻からなる版。
これらの残篇は主に、同時代の薬王信仰を反駁する書籍、手稿、個人の通信記録から抜粋したもので、一部内容が歪曲されている可能性がある。
『冥土還魂論』
有名な邪見医学典籍、作者は同盟建立後も仙舟に潜んでいた、「豊穣」を信奉する丹士、または医士の可能性が大きい。
『冥土還魂論』には短命種を寿命が尽きた状態から「復活」する16種の方法が記載されている。例えば「巣魂術」、使者の肉体を死ぬことのない奪魂蜂に寄生させ、蜂の巣にする、そして群体意識を借り死者を復活させる。「血蛇呪法」、半人半蛇の虺種の鱗と血肉を移植し、脱皮蛇血熱に感染させて長命種に変える。
例外なく、どの禁術も卓越した外科手術、遺伝子療法などの技術を必要としている。一部の内容はカンパニーや博識学会と密接に関係していることから、当書は外部の協力の下に完成したと、医学史研究者は推測している。
『黄気陽精経』
薬王秘伝の分派「内秘派」の丹士が記した経文、作者は名前を残していない。
現存するのは全て謄本であり、序文に当書の再発見の過程が記録されている。星暦6610年、羅浮丹鼎司「観頤台」で史料や典籍を整理していた時に、書庫で当書を発見。丹鼎司で当書を処分するかについて激しい論争が起こり、司鼎白澤が折衷案として原本を処分し、当書の全内容を写し、封存した。この史料を閲覧できるのは司鼎、医士長、丹士長、医助長およびこれら以上の権限を持つ官僚のみ。
薬王秘伝内秘派の信徒はこのような観点を深く信じている:仙舟人が「建木」の恩賜を受けて長命種に転換した後、体内に「建木」の枝の形状を倣った経脈を持つようになった。そしてこの経脈は「丹腑」と呼ばれる臓器に繋がる。「丹腑」とは仙舟人が二度目の進化(または「飛昇」)を獲得するための要である。
『黄気陽精経』は『薬師五臓経』の理論を基礎とし、系統的に仙舟人の経脈構造を解説した。また、身体を土壌、吐納を風雨と見なし、丹腑(種)を育み、経脈(枝と葉)を広げ、最終的には体内で「内在的建木」を成就し、健やかに成長させる理論を提唱している。これがいわゆる「内秘」。そして書名にある「黄気」とは、内秘派理論が述べる生命活動を促進する精微なカ――死亡と衰退の傾向がある「玄気」と相対するもの。生命の意義とは、黄気の存続を維持し、生命の進化を促す、と作者は信じている。
内秘派の考えは当の昔に迷信と確認された。しかし、一つ特筆すべきことがある。当書の一部理論は無益な部分を取り除き、その粋だけをいくつかの医学書に要約され、後世に受け継がれている。
『倏忽垂迹妙法秘伝霊書経』
薬王秘伝が残した経文のうちの一つ、作者は狐族の月偃、この者はかつて曜青天舶司の舵取を務め、経験豊富な飛行士であると同時に、薬王秘伝の思想を広めた開祖でもある。
『十王司刑獄録』の記載によると、第一次豊穣戦争の後、燼滅禍祖のレギオンが造翼者の故郷「穹桑」を消滅した。仙舟は「忌み物の誅伐」という信条からその一部始終を傍観した。大きすぎる死亡と壊滅を目撃した月偃の信念は揺らき、彼は長命種の使命と意義を考え直すと宣言した。
その末、月偃は退官し、星槎に乗り、答えを求めて星海を巡り始めた。彼は古の惑星羅睺で寿瘟禍祖の使――「倏忽」と呼ばれる生命体を見つけた。そこで月偃は目撃した。倏忽が既に死滅した羅喉に生を吹き込み、惑星は赤子のように胎動し始めた。彼は倏忽に追従し、数々の治癒の神跡と教えを記録し、この経を著した。
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要薬分剤
丹鼎司の処方箋集の集大成。
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石牛昇麻散
属部:
『骨余部』
主治:
折れ歯の再生痛、知歯の阻害痛。
方剤:
センキュウ4銭、山鬼薄荷1銭、藍翼ムササビ夜明砂2銭、伊須磨州産の牢牙散1袋(昴東院薬局の製品が最良)。
用法:
煎した後にかすを濾過し、一日1剤、三回に分けて飲用すること。味は腥く苦い、服用時は個人の習慣に合わせ、適量の砂糖を入れるべき。
折れ歯の再生痛を患う者は、歯の再生時に服用すること。知歯の阻害痛を患う者は、毎日服用すること。服用量は一日に1剤まで。定痛散、妙応散、無上自在丸、赤蠊香塩膏と同時に服用してはいけない。妊娠期間、母乳育児期間に服用してはいけないが、次の使用方法を推薦する:口に含み、痛感が緩和した後に吐き出し、水でうがいする。
沿革:
当該薬方は長い歴史があり、仙舟人の過剰歯現象を緩和するために作られた。星暦6652年、司鼎白澤が薬方を調整し、曜青で栽培した浮雲苓の抽出物と伊須磨州の地塩結晶でセンキュウ、牢牙散を代替した。調整後の薬方は埋伏歯などの症状を防げる(維持期間は約20年)。
属部:
『神魂部』
主治:
恐惶、驚愕など激しい情緒の変動。
方剤:
安神草の抽出物1銭、壮気散3銭、平陽花の実1銭3分、金柘の実の抽出物4分。
用法:
粉薬を水に入れ飲用、または丸薬にして服用。
発症時に服用、患者の情緒が安定したら服用する必要はない。
沿革:
当該薬方は同盟建立以前に作られた。カンパニーとの第一次貿易協定の後、丹鼎司が博識学会・博学士軍団の学術訪問を受けた時に交流して得たもの。丹士慕煙は元の薬方にあった、神経系に鎮静作用がある化合物を薬草に転入し、「安神草」と呼ばれる新たな薬用植物を開発した。
歩離人と戦闘を行う上で、還神通気散は必須の丹薬。服用すると、歩離人のフェロモンがもたらす情緒不安定を抑圧できる。
救苦回生丹
属部:
『変生部』
主治:
傷口の癒合を促進、癒合時の痛みを緩和。
用法:丸薬にして服用、一日1丸。傷口が癒合したら服用停止。
(当該薬方は長命種にのみ有効、短命種が服用してはいけない)
遠隔:
当該薬方は「建木」が茂る時代に作られた。主要成分は「建木」の新芽より抽出されている。帝弓が「建木」を切断した後でも、月鼎司はその残骸を研究し続け、薬用成分を革新した。
当該薬方は雲騎軍行軍時の必須丹薬。
乗矯御風術
属部:
『変生部』
主治:
無し。
方剤:
造翼者の髄液(用量が消されている)。
用法:
術者は自在応身を有する必要がある。
金針を通して造翼者の髄液を注入し、3刻待てば、造翼者の特徴を獲得する:体が風のように軽やかになり、両翼が形成され空を飛べる。
沿革:
「神降時代」の薬方。当該薬方の研究、討論、使用を禁する。違反者は十王司の厳罰を受ける。
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……
……
地黄将軍飲
属部:
『脱鱗部』
主治:
持明族が幼児の姿に留まり、成長が緩慢。
方剤:
鱗淵天門冬1銭、速壮高6銭、仙境地黄の抽出物1銭。
用法:
丸薬にして服用。一日2回、食事の後に服用。
沿革:
当該薬方は未だ臨床試験段階にある、一年後に効果が見えない場合は廃棄処理しても構わない。
(注意:速壮高は作物栽培に使われる合剤であり、毒や副作用はないが、白露様がこの薬方の有効性を確認するまで、勝手に服用しないように)
……
……
前塵回夢針
属部:
『脱鱗部』
主治:
持明族が脱鱗した後にこの薬方を服用すると、前世の記憶がよみがえる。
方剤:
龍鱗珊瑚の粉末1銭、夢言花の実の抽出物1銭3分、安神草の抽出物3分、鶴髪藤の抽出物2銭。
用法:
金針で煎し薬を注射。
臨床試験の結果によると、脱鱗後、5歳になるまでに当該薬方を服用する必要がある。
服用者は夢の中で前世の記憶を得られるが、記憶の多寡および鮮明さは人それぞれになる。
沿革:
持明の伝説によると、これは縁が尽きることを嘆き、転生しても前世の縁を繋きたいと願った丹士清露が、その伴侶のために作った薬方。
当該薬方は持明族の風俗と規制に反するため、一族の存亡に関わる大事以外では勝手に使用してはいけない。
持明族の者の意欲に反し、欺き、脅迫などの手段で前塵回夢針を使用させた場合、持明族の族規に違反したことで輪廻の刑を受ける。
劫障救苦散
属部:
『魔陰部』
主治:
魔陰の身の初期症状を緩和し、魔陰の身の進行を遅らせる。
方剤:
蒼茯苓1銭、龍鱗珊瑚の粉末3銭、虚陵安息香1銭、安神草の抽出物1銭。
用法:
蒸留水で膠状になるまで煮え、薬かすを捨てる。膠質を冷凍、陰干した後、研磨して粉末状にし、粉末吸入器で使用する。苦痛を感じた時に服用。
魔陰の身を治癒する薬は存在しない。当該薬方は苦しみを緩和し、精神を落ち着かせるだけ、命は救えない。
沿革:
仙舟律の規定により、民間で当該薬方を配合することは禁止されており、必要の場合は所在地の医館に申請するべき。
(十王司の冥差は魔陰の身が発症する前に患者を探し出し、その者を寂滅に引導する。当該薬方を独断で使用しないように)
還魂正気散
属部:
『魔陰部』
主治:
魔陰の身の末期症状を遅らせる。
方剤:
蒼茯苓1銭、龍鱗珊瑚3銭、金須蜂の蜜7銭、大金山瓜呂仁3銭、虚陵安息香1銭。
用法:
用法:
蒸留水で膠状になるまで煮え、薬かすを捨てる。膠質を冷凍、陰干した後、研磨して粉末状にし、粉末吸入器で使用する。
魔陰の身の末期症状が発作した時、当該薬剤を吸入し、暫くの間意識を保つ事ができる。
服用後は速やかに後のことを準備するべき、次発症したら解薬はない。
沿革:
仙舟律の規定により、民間で当該薬方を配合することは禁止されており、必要の場合は所在地の医館に申請するべき。
(十王司の冥差は魔陰の身が発症する前に患者を探し出し、その者を寂滅に引導する。当該薬方を独断で使用しないように)
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「薬王秘伝」の起源探求及び誤謬
十王司の判官が編集した冊子。公職に就く人たちが「薬王秘伝」の本質を理解するための助けになる。
近年、「薬王秘伝」を自称する組織が仙舟同盟の内部で発展し、波風を引き起こしている。「薬王秘伝」の「魁首」が誅伐され、組織は散り散りになったが、いまだに頑冥不霊な者が数多く存在し、愚かにも所謂「復讐」または「復興」を成し遂げようとしている。
このような状況で、十王司として、各司部および冥差には「薬王秘伝」の本質を認識してもらいたい。そして邪道に踏み入った者たちを助けるためにも、当該冊子を用意した。
其の一「薬王秘伝」とは何か?
一言を以て蔽うとすれば、今仙舟同盟で悪逆非道の限りを尽くしている「薬王秘伝」は昔の名を借りた、成立して三十年も経たない犯罪組織。皆、彼らが宣伝する「数千年の歴史」に騙されないように。
三劫時代が終わり、仙舟同盟は寿瘟禍祖への信仰を徹底的に禁止し、長命の災いが蔓延しないよう様々な禁戒を制定した。しかし、神降時代の数々の「豊穣の仙跡」を忘れなれない恋旧者たちは、「薬王秘伝」と呼ぶ復古主義信仰団体を立ち上げた。
「薬王秘伝」の信徒たちは、自らを神降時代の知識と遺産を継承した者と思い、同盟への懐疑を抱きながら、精神に対する答えを求め、「豊穣」への信仰を続けようとしている。
「薬王秘伝」は発展し続け、やがて一線を越えた。奴らは寿瘟禍祖の使令に追従し、多くの邪道悪徒を組織に吸収した。その中には政治異見者や宗教熱狂者の他、豊穣の民に帰順した裏切り者や仙薬を求める殊俗の民までいる。
全てが制御できなくなる前に、元帥は「薬王秘伝」を根絶するよう命令を下した。困難に満ちた長い道のりを乗り越え、我々はようやく「薬王秘伝」を消滅させた。
三十年前、第三次豊穣戦争が勃発した。この惨烈な戦争は仙舟同盟に短期間では癒えない傷を与えた、そして多くの仙舟人はその痛みを背負い歩み続けることを決心した。だが志を共にしない輩どもは、寿瘟禍祖がもたらした災いを帝弓の司命と仙舟同盟の無情に帰し、それ故に仙舟を傾覆させようとしている。奴らはいわゆる「魁首」を中心に集まり、古籍を都合よく解釈し、「薬王秘伝」の精神を受け継いだと公言している。その目的は仙舟人を寿瘟禍祖の麾下に戻すこと。
この「魁首」が創立した「薬王秘伝」は古い信仰の復興ではなく、その名前に便乗しているに過きない。その組織の「蒔者」たちが拝めている経典を見れば分かる。彼らが信じているものは最初の「薬王秘伝」とほぼ繋がりがない。
例えば、信徒たちが毎日唱えている『千手慈悲薬王救世品』は古代「薬王秘伝」が著した経典ではない。十王司の考証によれば、古代「薬王秘伝」が重視しているのは、『黄気陽精経』みたいに修行と実践を指導する書籍である、だが『救世品』は後世の者が作った偽経でしかない。
其の二、仙舟同盟と「薬王秘伝」の対抗は信仰の衝突だろうか?
そうとも言えるが、本質は違う。
仙舟同盟は確かに帝弓の司命の旨意に従い、寿瘟禍祖および其が創りし忌み物の消滅を主な目標としている。たが仙舟同盟と「薬王秘伝」の対抗は、単なる信仰の衝突ではない。
十王司の律条が定める「不赦十悪」。「薬王秘伝」は既に「長生に堕とす」、「不死を求める」、「魔陰に陥れる」、「同胞殺し」、「機要窃奪」、「盟約の離間」、「兵禍を招く」、七つの大罪を起こしている。
たとえ信仰の衝突がなくとも、たとえ彼らが帝弓の司命の旗を掲げても、このような極悪犯罪組織を感化する訳には行かない。
仙舟同盟は開放的で包容的な文明。仙舟の法律を遵守し、仙舟の風習を尊重し、仙舟人民に害を与えなければ、どのような信仰があろうと、同盟はその者を歓迎する。
事実として、現在仙舟同盟で生活している短命種の内、一部は寿瘟禍祖を神と崇め、信仰する文明から来た者たちだ。同盟は彼らに公平に接し、彼らの生命と財産、そして同盟で公平に貿易を行う権利を守っている。そして寿瘟禍祖を信仰する殊俗の民の多くも我らの姿勢に感銘を受け、同盟の信仰と文化に尊重の意を表している。
いくら激しく、調和できない対立があっても、仙舟同盟は殊俗の民との論争を一時控え、共に発展していける。これこそが仙舟同盟の開放と包容の体現。
同じく、十王司も一部の殊俗の民に分かって頂きたい、仙舟同盟の「開放」と「包容」は「軟弱」ではない。いかなる目的であろうと、「薬王秘伝」信徒に対する援助、収容、庇護、そしてその者たちとの密通は、十王司の厳罰を受けることとなる。
其の三「薬王秘伝」信徒に遭遇したらどうするべきか?
「薬王秘伝」の残党は命知らずの輩の集まり、雲騎軍や判官でも彼らと対抗すると危険が及ぶ、一般人はなおさら正面衝突を避けるべき。
故に、我らはここで諸司部の同胞に以下の意見を提供する:
第一。「蒔者」の口から吐き出された言葉を信じてはいけない。それらは明確な偽りでしかない。
第ニ。必要な場合は奴らを騙し、仲間入りを希望しているよう見せかけてもいい。奴らが警戒を緩めた時、機を伺い抜け出すか通報する。
第三。正面衝突が避けられない場合、怯えすに戦うべき。地衡司の統計によると、このような生死一線の重大事件に遭遇した時、積極的に反抗した者の方が、生き延びる確率が高い。
第四。抜け出した後、速やかに近くの地衡司官衙、または当地に駐在する雲騎軍か冥差に連絡するべき。敵を招く危険があるため、家に帰ってはいけない。
飛行士の交換日記
ペア飛行士の交換日記。長い時を超えている。
……
采翼、私たち、対になれるわ!
知り合って結構経つけど、街で違法星槎競争をやってた時は好敵手だったのに!なのに、これからは大人しく操縦席に座って、生死を共にしろって言われるとなんだか慣れないわね。
一番慣れないのはやっぱり、昔の敗者と呉越同舟することかしら、でも軍の指令だからしょうがないわよね。ふふ。
冗談はここまでにしましょう。あなたと空を飛べるのを、期待してるわ。
いつ出撃命令が出るのかしら。私たち、腕っぷしは一流なのに、戦場に出向く機会がなくて息苦しいと思わない?
豊穣の民はいつも辺境を襲撃してるし、奴らが関係のない星に危害を加えたって話もたまに聞くし。そういうのを聞くたびに怒りが湧いてきて、なのに発散できる場所がなくて…でも今はもう大丈夫。もう少し経てば、私たちも戦闘艦に乗って奴らを懲らしめられるわ。
でも正直に言えば、私は今の生活に満足してるのよ。だって…ここだけの話だけど、私を惹きつけてるのは敵を倒すという大義名分じゃなくて、飛行そのものだから。
ほら、洞天の外の宇宙で飛ぶことは、とっくに慣れている星槎競争とは違うでしょ…宇宙には地面がないし、上下の区別もない。戦闘艦は寂しく空中にぶら下がってるだけで、なんだか海の真ん中の夜航船みたい。その時は誰も頼れず、信じられるのは自分の腕前と、操縦する戦闘艦だけ。
よく聞くんだけど、その感覚は「孤独」なんたって。でも私はそれを「自由」と呼びたいわ。
だから私にとって、宇宙で飛べるだけでもう満足なの。もしあなたと一緒にこの甘美な「自由」を味わえるのなら、もっと楽しいわ。
……
采翼、私は何を言えばいいのかわからないの。あなたはいつもそう。どんなに良くないことが起きても、慰めなんていらないふりをして、場に合わない冗談を無理に言おうとする。
でも百年間も付き合ってると、自然と心が交わるでしょう?あなたは言ってたわよね。もし私が不快だと思うことが起きたら、あなたも気を悪くしちゃうって。私も同じよ。
私は今でも、錆びついた鈍い刀に心をえぐられてるような感じよ。あなたの悲しみはもっと大きいのでしょうね。
そういえば、私は広淵にいい顔を見せたことがなかったみたい。あなたが私を捨てて、彼と任務に出るたびに心を痛めてたわ。特にあなたたちがじゃれ合ってるところを見ると、彼にきつく当たりたくなるの。
でも広淵は本当にいい人だった。あんなに失礼に接してるのに、彼はいつも善意を示してくれる。今思い返すと、自分が良し悪しも分別できない人間みたいで恥ずかしいわ。
はあ…彼は本当にすごいわよね。たった二人で数十隻の戦闘艦を足止めするだなんて。これは勇気や覚悟だけでできる芸当じゃない。卓越した技能と才能がなければ成し遂げられないわ。
想像できるわ。最後の戦いで、彼の顔がどれほど毅然としていて、どれほど集中していたのかを。恐らくそれが、あなたが彼を愛した理由なんでしょうね。
だからあなたも悲しまないで、彼を誇りに思うべきよ。私たちは、彼を誇りに思うべき。
……
采翼、最近の私には負の感情ばかりが纏わりついてるのだけど、前線の戦士たちには言えないの。ちょうど後方で休養しているあなたに発散させてもらうわ。
今更すぎて、私が鈍すぎるようなんだけど…でも本当に、最近なの。私たちは残酷な戦争をしていると、ようやく分かった。
空中戦は地上戦とは違う。生死は常に一瞬で決まるけど、空では飛び散る死体が見えないから、私は今までこの戦争の残酷さを見誤ってたの。そして最近は、戦況がだんだんと不利になって来た。そして血生臭い現実が私の前に、優しく、だけど疑いようもなく現れた。
今日一緒に食事をしていた人が、次の日には消えていた。今日、褒めてあげた新兵が、次の日には消えていた。今日、励まし合った地上部隊が、次の日には消えていた。
ここまで来ると、もう他の人と感情の繋がりを持つのが怖くなってきたわ。明日、その人が死ぬかもしれない。明日、私が死ぬかもしれない。明日、私たち全員が死ぬかもしれない。
たくさん経験してきたから、もう麻痺したと思ってた。でも毎日絶えず送られてくる凶報はやっぱりきついわ。
でも、後悔はしてないの。苦しみを感じると同時に、戦闘艦の飛行士になったことを最も正しい選択だと思ってる。
もし私が戦闘艦の飛行士じゃなかったら、黙って苦しみを背負うことしかできない。でも私は戦闘艦の飛行士で、私は飛べる。私は戦える。苦しみの根源を破壊できる。戦闘艦の飛行士だからこそ、私にはできる、変えられることがある。
追記:広淵が考えた名前を使わないで。全然綺麗じゃないわよ、それ!名前はその子の一生に関わることじゃない!私の案を使って、詩集を何日も読んで、やっと思い付いた名前なんだから。
……
采翼、いっぱい、いっぱいあなたと話したいことがあるの。
あなたが死んだ後、私に叙勲したいって言われたの。正直、笑える話だわ。
普通なら、生き延びた幸運を祝って、天災の生存者に叙勲することなんてないでしょう。でも天舶司はそんなことをする。彼らは私に叙勲し、英雄だと称えた。唯一の理由は、私が幸運だから。その災難的な戦役を幸運にも生き延びたから。
もしあなたも私みたいに幸運だったら、今頃一緒に受勲してるわよね。そして叙勲伝達式の後に金人巷に行って、酒を飲み交わしながら彼らを笑うでしょう。
でもあなたは運が足りなかった。私たちにそんな日はもう来ない。
突然懐かしくなったのよ。星槎を操縦して、羅浮の空を一緒に飛んだ日々。あの頃の私たちは楽しかったわね。生死存亡の危機などなく、巡狩の使命を担う必要もなかった。洞天の空は私たちの庭。私とあなただけ。仰げば明滅する洞天の屋根、俯けば人煙盛んな家々の灯り。振り返ると必死に追いつこうと頑張る地衡司の執行人。
本当に楽しかったわ。あなたと一緒に、あの時に留まりたい。
……
……
御空、あなたと肩を並べて戦えるのは嬉しいわ。
組み分けの名簿が配られた時は、ニ人が別々になってしまうんじゃないかと思って、緊張しすぎて開けられなかったわ。別れたくない訳じゃなくて、あなたのその燃え盛る炎のような性格を考えると、他の人に任せるのは心配なの。
戦場に行ったら、熱情に任せたがむしゃらな行動はもうやめること。動く前に後のこともちゃんと考えなくちゃダメよ…ここまでにしましょう。じゃないとまた説教好きの上司だって言われちゃうものね。とにかく、力を合わせて、それぞれの長所を発揮して、広い空に私たちの伝説を残しましょう。
あなたと共に空を翔けることを楽しみにしているわ、眠れないほどに。
……
御空、泣かないで。悲しむ必要はないわ。
まったく、死んだのは私の旦那よ。どうしてあなたの方が悲しんでるの?軍に入って結構経つのに、まだこんなに感情豊かだなんて、羨ましいわ。
戦闘艦の飛行士は常に九死一生。この道を選んだのなら、心の準備ができてる。重要なのは生きて帰れるかじゃなくて、飛行士として価値のある人生を生きれるかどうかよ。
広淵と彼の相棒は、たった二人と一隻の戦闘艦で、歩離人の艦隊一つを足止めできたのよ。彼らは英雄として戦死した。私にとっては、それでもう十分なの。
こんな言葉を聞いたことがあるわ。人生最大の幸せとは、己の死に方を選べること。そう考えれば、仙舟同盟のため…いえ、全銀河の人々のため、一生戦って、戦場で死んだことは――たぶん広淵にとっても幸せよ。
でも、あなたにこんな幸せが訪れないように祈るわ。大人しく後200年くらい生きて、最後は老死しなさい。
……
御空、久しぶり。私はまだ産休中で、元気にしてるわ。
戦況が膠着してるから、あなたも忙しいでしょう。でも時間があったら、交換日記を書いてね。無事だってわかるから…それに、話したいことがいっぱいあるのよ。
ますは報告しないとね、子供の名前を決めたわよ。
広淵が生前に言ってたんだけど、男の子なら「飛龍」、女の子なら「飛鳳」って名付けたいらしいの。でもあの人の文学の造詣は永狩原野の猿と同じくらいだから、いくら故人を偲ぶと言っても、彼の下手な案で娘の人生を壊すわけには行かないわ。
だから色々考えて、やっぱりあなたが提案してくれた「晴霓」にしたわ。
「月営が射圃を開き、霜旆が晴霓を拂う」、あなたが詩を典拠にするだなんて驚いたわ。頭の中の全てが戦闘艦かと思ってたから。
もう数ヶ月休んで、晴霓を預けたら、軍に戻るわ。晴霓はまだこんなに小さいのに、私はこの子を放って戦場に行ってしまう…なんて言うか、私は母親失格ね。
でも私だって分かってるわ。戦況は芳しくない、歩離人は破竹の勢いで向かって来てる。新聞社はできるだけ恐怖が蔓延るのを阻止してるけど、羅浮の人々はみんな不安になっている。
でも、仙舟同盟は必す勝つと信じてる。私やあなたみたいな戦士がいれば、豊穣の民を返り討ちにできるわ。
また共に出撃する日を楽しみにしてる。
……
御空、明日、私たちは残酷な戦場に向かうことになるわね。
だから今夜のうちに、あなたに頼んでおきたいことを伝えるわ。(ちょっと不吉だけどしょうがないわ。こんな頼み、お互いやった事ないでしょう?)
もしあなたが生き残り、私が死んだら、晴霓をあなたに頼みたい。自分の娘のように、あの子を育てて欲しいの。あなたなら絶対にそうしてくれると信じてるわ。私の貯金を全部渡しておくから、晴霓の養育費にして。
たとえ晴霓がどんな人になりたいと言っても、彼女を全力で支援して。商人、詩人、大道芸人、何でもいいわ。ただ、戦闘艦の飛行士だけはダメ。
勝手に約束を交わすことを許して。絶対に、晴霓を戦闘艦の飛行士にさせないで。
軍に入ったばかりの時、あなたは交換日記でこう書いてたわね――戦闘艦は寂しく空中にぶら下がってるだけで、なんだか海の真ん中の夜航船みたい…よく聞くんだけど、その感覚は「孤独」なんだって。でも私はそれを「自由」と呼びたいわ。
その言葉、大好きなの。私もそう思っているから。
でも、「孤独」だろうと「自由」だろうと、私もあなたも十分味わったでしょ。約束して、あの子を空に触らせないで。
……
丹鼎司官報の一部
丹鼎司官報欄の評議版。丹鼎司の医士たちがお喋り、自慢話をする場となっている。
今朝、龍尊様に彼女が好きな朝食を届けに行った時、部屋にいなかったのです!探せる場所は全部探しました、岐黄署、観頤台、青嚢閣…どこにもいませんでした!誰か彼女を見かけませんでしたか?
洞天内の星槎も全部消えました、地衡司に連絡しても返事がありません、これはどうしたのでしょう?丹士長、医士長、医助長、全員会議のために外出しているので、誰に報告するべきかもわかりません、こんな偶然があるのでしょうか?
丹鼎司の同胞たちよ、誰でもいいから助けてくれませんか?
もうこの子のために何回総動員したんだっけ?仕事が進まないぞ?
手元の仕事をやっていれば、いずれ帰ってくると思うぞ。
ほら、物を失くしても、探さずともそちらから出てくる時もあるだろ。毎回こんな感じだろ?
彼女はあの人の後を継ぐ、持明族の由緒正しき統率者である!
それに、彼女はあのいわゆる大英雄よりもよくやっていると思う。
龍女様の奇才のおかげで、私たちの丹方研究が進んでいるのだ。丹士長も、龍女様は計り知れない潜在力を持っているとおっしゃっている。
龍尊はマスコットじゃない、龍尊には龍尊の体裁がある。
俺はあんたよりちょっと年上だからな、あの人の戦う勇姿をこの目で見たんだ。
彼の決定一つでどれほどの同胞が二度と脱鱗できなくなったのか?
私から見れば、今の龍尊には忌み物や巨悪人を誅伐した功績などないし、族中の争いにも関与してないけど、彼女の人を治し、救う行動は龍師長老や、あの英雄より何百倍何千倍もましだわ!
もう言い争わないでください!
龍尊様はまだ幼く、純朴で、世間知らずなんです、悪者が彼女を誘拐したらどうするんですか!
じゃあ手掛かりを一つ。一昨日、半夏姉さんがこっそりと龍尊様の医斎に行ったの。もしかしたら、どう逃げ出して遊びに行くか相談してたんじゃない?
……これ、告げ口にならないよね?
前の続きしてもいいかな?
雲華様がいなくなってから、司鼎の椅子は長らく空いていて、その後の事件で…今の丹鼎司は大きな痛手を被ったから、有能な指導者が必要よ。
その霊砂様が丹鼎司を再興してくれることを期待して、皆で支えましょう。
その霊砂様の前途は険しいだろう。今の丹鼎司は厄介な問題を抱えていて、誰も関わろうとしない。
例の事件に多くの同僚が巻き込まれ、今や司の医士、丹士、医助と、どの職も不足している。
さらに丹鼎司は、他の司からも冷たい目で見られていた。そのうち再び問題を起こすに違いないと、丹鼎司の解体を主張する人までいる。
新しい司鼎はこの困難な状況をどう切り抜けるのだろうか。
まず、彼女は仙舟朱明の名医であり、医術の腕については言うまでもない。
次に多くの仙舟を回って学びながら仕事をこなし、スターピースカンパニーに医学の専門家として招かれて、軍医の経験もあるくらいだ。経歴も学識も超一流さ。
それに彼女は俺たちと同じ羅浮人なんだ。霊砂様以上に司鼎にふさわしい人なんていないだろう。
理屈では、我々羅浮の高官は六司の話し合いで推薦されるのが筋だが、今回の司鼎は仙舟同盟の上層部が直接指名している。
それがどういう意味なのか、自分たちでよく考えてみるんだ。
建木復活という大事件があって、同盟の上層部は責任を追及するはずだし、その責任は大物が追わないといけない。
今回の演武典礼に曜青と朱明の将軍が来たのも、表向きは観覧だけど、本当は景元将軍に責任を問うためだと思うね。
だから、霊砂様がやって来るのは微妙なんだよ。景元将軍に対する監視や抑止のためと解釈できるんじゃないかな。
何しろ雲華様は当初、羅浮から追放されたといううわさもあるし、その弟子が復讐に戻ってくるのは当然のことだろ?
代表病例選
丹鼎司が編集した代表病例。検索閲覧用。
病例一
患者情報:
殊俗の民、ヒト科ヒト属ヒト種毛人亜種。23歳、女性。
殊俗の民、ヒト科ヒト属ヒト種毛人亜種。23歳、女性。
病状:
患者2名は誕生から、神経インプラントを長期間使い、互いの感覚を共有してきた。現在、重大な身分混同を引き起こし、両患者はそれぞれの身分を正確に分別できなくなっている。
治療案:
外科手術で神経インプラントを摘除し、「安魂散」を3副服用。注:「安魂散」の薬性は至陰至寒であり、適量を超えてはいけない。
再訪:
治療効果良好。患者2名は現在、正常な生活を送っている。
病例二
患者情報:
殊俗の民、ヒト科ヒト属ヒト種ホモ・サピエンス-Σ亜種。47歳、男性。
病状:
宇宙船事故により80%の脳組織が不可逆的な損傷を受けた。
治療案:
神経幹細胞を注入し、電刺激療法で剰余脳組織の代替機能を活性化。自家移植で損失した頭蓋骨を再構造。手術後、「龍王涅槃湯」を静脈注射し、感染を防ぎ、回復を促進。
再訪:
治療効果良好。患者は現在、文学創作を続けられる状態まで回復。
病例三
患者情報:
持明族。307歳、女性。
病状:
脱鱗後に100年から150年の昏迷状態が続く。「長夢症」と診断、脱鱗期のエネルギー転化能力低下によるもの。
治療案:
終生補気類の湯剤を摂取すること。
再訪:
不明。治療効果の確認は、患者の次回脱鱗を待つ。
病例四
患者情報:
殊俗の民、ヒト科ヒト属ヒト種スタンダードホモ・サピエンス亜種。21歳、男性。
病状:
自称「サイバー卑語症候群」、仙舟外で診断されたが、当地では治療できず。患者は、日常生活では他人との衝突を好まない性格だが、ネットでは他人を侮辱したり、紛争を引き起こしたり、デマを流すことに対する強烈な衝動を抑制できない。
治療案:
心理的介入を施し、主に患者に仕事を探すよう忠告する。
再訪:
治療効果良好。患者は現在、自力で生活できるようになった。
処分されなかった手紙
処分が間に合わなかった手紙、禁忌の丹方奇術に関する内容が記されている。
拝啓
戦いは一時休止し、すべてが再建を待っています。幸いにもあなた様の周到な庇護により、問題を最小限に抑えてくれたこと、誠に感謝しております。
罪人は追放され、秘伝は失われ、宗脈は途絶え、代々の積み重ねは損なわれた。私たちはあの女子をあなた様のもとに送り学ばせるしかありませんでした。これは私たちの誠意です。彼女は幼く適役とは言えませんが、潜在力には目を見張るものがあります。あなた様のもとに送れば、観察や記録の変化が簡単にできるでしょう。いつの日か、彼女があなた様の役に立つことを祈っています。
あなた様の司は偉業を受け継ぎ、連綿と続く恩恵も受けたいます。残念なことに時局は厳しく、失墜しています。あなた様にはその失墜の危機を救う才があるが、それを発揮する場所がありませんでした。しかし、今や障害は取り除かれ、時機が訪れたと言えましょう。あなた様は必ず窮地を立て直し、天地をひっくり返せると信じております。
あなた様が実験で使えるよう、この手紙と一緒に10個の標本をお届けします。吉報をお待ちしています。
また、連絡を取るのが困難だと思いますが、このような昔ながらの方法は、監視を受けません。受け取った後は、信頼できる方に読んでもらってください。忙しい時に手紙をお送りしたこと、お許しください。
……
……
鉤沈:
標本はすべて受け取りました。しかし、移植と栽培を行いましたが、すべての標本が粉々になりました。思えば長年の古海の水に封じ込められ、これらは本体から離れ活性を失ったのでしょう。両者ともに仙跡で、捉えにくいものです。
しかし、この謎をどう解くか、既に見当がついています。「観頤台」の中から残された昔の丹方奇術、あるいは外域の方に頼みます。
そのために、私は「使者」と会いました。彼女は私が欲しいものを提供してくれると約束してくれました。一旦「種」が見つかれば、彼女は人員を仙舟に送り込むでしょう。彼女がどうやってやり遂げるかはわかりませんが、私たちの取引の成立の条件なので、私は変化を静観するのみです。
あの女子は、私の前任者のもとで良く学んでいますが、経験が浅く、またかなり予想のつかない性格をしています。あなたたちが遣わした侍者は一歩もそばを離れずに傍で見ている必要があります。しかし、心配は不要です。彼女が短期間に制御から抜け出すことはないでしょう。
返事を受け取った後、新たな標本はもう送る必要はありません。当時は何気ない研究から、百花卿という奇跡を起こせたのです。しかし、運命の流れは決まっています。私の研究に進展がない限り、あのような奇跡の再現はおそらくもう不可能でしょう。
私たちは非常に困難なことを成し遂げようとしています。無数の人々の運命を変えるどころか、私たちが窮地に陥る可能性もあります。しかし、成功すれば、数千年は窮地など心配する必要がなくなります。
処分されなかった筆記
処分が間に合わなかった筆記、羅浮十王司の情報を探っていたようだ。
……
……
雲騎以外にも、十王司の存在は事を起こす前の大きな障害である。
仙舟にいる誰もが十王司の名を知っているが、この組織がどこに駐在し、どれだけの成員がいるのかを知る人はいない。『十王司刑獄録』という閲覧可能な文書があるが、一般人は十王司が「六司」に含まれていない事実についてもよくわかっていないだろう。
相手のわかりやすい敵意に、人々は警戒心を抱く。十王司のように見慣れているようで、よく考えてみたら何も知らない相手の方が、真の脅威である。この組織は実態すらわからない現状は、成員が何らかの方法で人々の更なる認知を曖昧にしている証明となる。
行動を始まる前にこの組織の詳細を明らかにしなければならないが…残念なことに時間がない。
……
……
冥差
噂によると、仙舟人が魔陰の身に堕ちる前、冥差が迎えに来るという。このような噂によって、冥差は先を見通す能力があり、状況に応じて現化できると思われている。しかし、これらはまったくのでたらめである。
私が自ら、傍証し解剖した魔陰の身の殉職者を数多く見ていることが、冥差はこのような力がないことの証明になっている。逆に、遺骸を納棺し、その評価をしている時、すべての書類と研究結果がすべて、見えない暗闇の口に飲み込まれたかのように消える。
冥差たちは一体誰で、どこから募集され、どれぐらいの給料をもらっているのか。冥差たちは肉体を持っているのか、それともからくり傀儡なのか。仙舟人のように魔陰の身に堕ちるのか。
答えはない。
……
……
判官
「幽獄に入るは財宝を失うにしかず、判官に会うは禍端に遭うにしかず」という言葉がある。
判官が現れると、機巧鳥が一律で故障し、定められた行動を無視する。なので判官たちの姿の記録はない。しかし、私が収集した判官の目撃記録は冥差よりはるかにおおい。この者たちの出現は、物事の収拾がつかない程悪化したことを意味しているかもしれない。この者たちが起こした騒ぎ、残した痕跡は目立ち、隠すことができない。
信頼できる目撃記録によれば、判官は逮捕、鎮圧、必要があれば『仙舟律』の「十悪」を犯した長命種を殺す責務を負っている。このような目標は極めて危険であるため、判官は奇妙な刑具や術を使い、雲騎軍の装備よりはるかに勝っている。ある蒔者の仲間が1名の判官の筆について教えてくれた――その筆は空中に文字を書き、その内容を現実にできるそうだ。
人々は雲騎軍が仙舟を守る主力だとしている。しかし、私からしてみればそれは目障りな虚名に過ぎない。判官の権威と力は雲騎軍より上である。
仲間たちの活動が活発になるにつれ、判官は必ず障害となるだろう。代償を考えずに判官のうちの1人を捕らえ、その刑具を研究することができれば、もしかしたら十王司のことを更に深く理解できるかもしれない。
……
……
幽囚獄
「十悪」を犯すということは、仙舟の敵になるということである。十王司によって幽囚獄という底なしの牢獄に入れられると信じられている。
ある人は、幽囚獄は仙舟の底にあり、絶対零度の真空内にあるとしている。十王司は牢獄の洞天を数珠のように繋ぎ、判官に持たせ、厳重に監視させているとも言われている。更には、幽囚獄は6隻の仙舟のうちの1隻で、永遠に囚人を鎮圧することに特化しているという話もある。
どのように囚人が収容されているのかに関する情報はだいぶ怪しげなものになっている。判官たちは力を尽くして異界の生物、もしくは何度殺しても死なない長生の忌み物、もしくは仙舟の傾覆させる古い金人、更には仙舟と血戦を経た豊穣の民の先般を制圧しようとしているとか……でたらめな議論の百科となっている。
これらの噂はすべて怪しく、信頼できるものはない。ただ、すべての噂で共通していることが1つだけある。幽囚獄には尋常ならざる凶悪犯だという点だ。
もし幽囚獄の入り口を見つけることができたら、その囚人たちを十王司に対抗する武器として使えるかもしれない、という突飛な考えが浮かんだ……
この突飛な考えに留まらず、実行が可能である。なぜなら、ほどなくして私は欠点を補い、仙跡の再臨を目にするからだ。巨悪は私によって操られる虫けらに過ぎない。
報告書:貴重な植物サンプル
トッド・ライオットの調査報告書、魔陰の身に関するデストデータが詳しく記録されている。
【作成者:トッド・ライオット】
【タイプ:調査】
【場所:羅浮】
仙舟羅浮が出入り禁止令を出した後、私はすぐにこのチャンスに気がついた。もともと私に付き添っていた天舶司の人員は、あまりの忙しさに私を「甲斐甲斐しく」世話することもできなくなっていた。一方で、彼女は年老いて体の弱った、無力な老人に対する警戒を緩めたのだろう。
要するに、仙舟の俗語で何と言ったか。「火中の栗を拾う」だったかな?リスクと利益は表裏一体だ。そこで、私は最近知り合った調査員を派遣することにした。彼女は私のために「植物」のサンプルを取ってきてくれた。この枝は決して花畑や培養槽で育ったものではなく、とある殉難した仙舟の戦士の体から採取した増殖遺物である(クリフォトがすべての受難した魂を見守るよう祈ろう)。
逮捕される危険を冒して星槎を駆り、いくつかの洞天を探した。その間、私は何人かの雲騎軍が自分を制御できない狂気に飲まれる様を目にした。彼らはある種の巨大な苦痛に圧し潰され、理由もなく仲間に武器を振るっていたのだ。その兵士たちの中には、急激に成長する盆栽のように、わずか数分で甲冑の下から蔓や枝葉が伸び、人の形を失った者もいた。
以前報告したように、仙舟人に関わる「建木」の神話は空想上のものではなかった。薬師が植えたとされている神木が突如として成長を始めた――その原因が解明されるまでは、まだ時間がかかるだろう。「建木」の成長によって多くの異常現象が起きている。その中でも顕著なのが、仙舟人に「魔陰の身」と呼ばれる狂気、そして仙舟人の身にしか起こらない異常な増殖だ。
手持ちの道具は不足しているが、スペクトル分析と遺伝子テストの結果は、明らかにこの「植物」が単純な生物の範疇に属さない、ある種のバイオニック素材に近いものであることを示している。このサンプルの維管束組織から液体を採取したところ、それには仙舟人の遺伝子が含まれていた(君たちはサンプルが不足しているわけではないだろうが、このような変異したサンプルは恐らく持っていないだろう)。
同封したテストデータの報告書は、私の博識学会のコードを使えば開けられる。私は通信が復旧したらすぐに出発する予定だ。
鐘珊からの手紙
「放逐団導師」鐘珊が残した手紙。
開拓者さんへ
あなたがこの手紙を読んでいる時、私はもう羅浮にいないと思います。放逐団事件は完璧に解決され、地衡司はあなたに多くの報酬を渡したことでしょう。
トニア、ベナ、シスマンがどこに行ったかを不思議に思っていますよね?心配する必要はないです。私は悪人ではありません。みんな元気ですよ。
私は全員「放逐」しただけです。
あなたが去った後、3人の美徳大師は長い間考え、それぞれ自分以外の2人を放逐することを決めたのです。本当に素晴らしかったです。3人は長い間争い、ついに合意に達しました。そして各々の願いを叶えたのです。3人の大師が新天地で順調に過ごせることを祈りましょう。
これは本当に素晴らしいことですよ。3人の万物の霊長はいつも高い場所から万類を見下ろし、自分が優れていると思いこみ慈悲を施している。今では立場が入れ替わって、この3人もやっと人の慈悲を体験して、しっかりと清福を享受することができるでしょう。
楠に関しては…理論上彼も放逐するべきですが、世の中には笑い話ばかりではなく、それを語る人が必要です。肩身が狭いでしょうが、彼には羅浮に残ってもらいましょう。
正直に言って、開拓者さん、私はあなたのことが結構好きです。あなたの賢さなら、私がおかしいことに気が付いていたでしょう。なのに、私と一緒に多くのことをして、放逐団をめちゃくちゃにしました。
なぜでしょう?本当はあなたも楽しんでいたのではないでしょうか?
あなたが放逐に関する笑い話を気にいっているのかわかりませんが…私は気に入って欲しいと思っています。そして心から「アッハ!」と笑うことを望んでいます。
いつの日か、私たちは「パブ」で会えるかもしれません。その時は、トポロジーオリーブとベルナールフラクタル椒を使ったマティーニを奢らせてください(私が1番好きなんです)。
飲月大逆判牘
「飲月の乱」の主犯に対する判決。この判決は仙舟の未来に大きな影響をもたらした。
不死を求め、兵禍を招く。
人神同じく嫉む、天地容さず、
理として大辟を当て、これを以って槍を定める。
其の旧功を念じ、大辟を免じ、
脱鱗輪廻をもって、旧罪を咎めん。
化外に流徙し、万世還らず、
凡そ治む処、履踏し得ず。
寒食、歳陽と冤罪:禁火の日に対する民俗考察
博識学会の一員が仙舟「禁火の日」の民俗学的起源を研究し、作成した研究報告書。
仙舟同盟にとって、「禁火の日」は星暦年における重要な日。当日、各仙舟はいつも合同で盛況なステージショーを開催し、その様子を全宇宙の友好国に生中継する。各仙舟同士は黄鐘共鳴システムで互いに祝いの言葉を贈り、すべての洞天もそれぞれ賑やかな祭典を開催する。
禁火の日になると、仙舟同盟の人々は殻に複雑で豪華な吉兆紋様を彫った玉実鳥のゆで卵を事前にたくさん用意する。もっと古い時代では、仙舟人は自ら殻を彫っていたが、世代の移り変わりに連れて、多くの人が機械で彫った玉実鳥卵を買うようになった。
仙舟を初めて訪れ、現地の風習に詳しくない化外の民にとって、禁火の日は賑やかだが、奇妙な禁忌も伴っている――花火を遊んではいけない、不必要な火を焚いてはいけない、熱い食べ物は禁止、終いには「火」という文字すらも避けられている。
こうした時、仙舟人はいつも全力で相手に説明する:禁火の日は、火劫時代の歳陽*の乱で命を落とした者を記念するもので、同時に仙舟を守るために「火皇」と共に燃え尽きた大英雄(伝説によると、後の帝弓の司命である)を記念するものなのだと。英霊たちを偲ぶために、仙舟人は年に一日、その名前と火(即ち、炎の精歳陽)に関連するすべての物事を忌避することを決めた。
注:歳陽、他の世界ではどのようにこのような純粋なエネルギー寄生物のことを呼称するかは不明。博識学会、星空生態学派の記録の中で、この類の無形目生霊は「光の精」、「無形妖火」や「付魂者」とも呼ばれている。
この起源の説は非常に合理的のように聞こえる。しかし、唯一の問題として、禁火の日の発祥は歳陽の乱よりも遥かに昔であること、ひいては仙舟同盟よりも古い。この伝統は極めて古いものであり、仙舟が出航する前の古国時代まで遡ることができる。
改火寒食は、古くからの人類の伝統。人類が住まい、季節交替が存在するほとんどの天体で、似たような祝日(仙舟同盟は既に本当の意味での季節交替を持たないが、伝統は残っている)が存在している。域外文明同士の祝日の民俗風習を比較すると、面白い共通点を発見できる。
ストックルクでは、種まき時期の七日前から火の使用を避け、冷食だけを摂るようにしている。伝説によると、これは侵略に反抗したとある英雄を記念するための風習である。英雄は敵に打ち破られてから国家反逆罪で火刑にかけられ、50年後にやっと彼女の名誉が回復された。
玉川上水では、寒波が終わった後に火の使用が禁じられ、冷食しか摂れなかった(ただし、この風習は玉川上水の都市化が高度に進んだところで完全に消滅した)。伝説によると、これは税に抵抗して断食を敢行し、犠牲になった23名の農民と1人の地方官僚を記念するもの。
7th新セルジュークでは、春分前夜に火を禁じることこそしないが、事前に大量の鳥のゆで卵を用意し(仙舟人もそうする)祝日当日に食べる。これも一種の改火寒食の名残である。伝説によると、この風習は奸臣に殺されたとある忠誠な名士を記念するもの。
以上の例から分かるように、禁火の日を含むすべての改火寒食の祝祭日は、結局のところ、どれも冬(昼が短く、夜が長い)の終わり頃に、春(昼が長く、夜が短い)を迎えるための儀式にすぎない。火の元を禁じるのは自然界の恒星を迎えるためであり、鳥の卵を食べるのはそれ自体が恒星(丸く、命を育む、空を飛べる、鳴き声は朝を意味する)を象徴しているからである。
事実として、この世にはたくさんの祝日があるが、それらの起源を辿れば、先人たちが物凄く単純であることが分かる。彼らは3つの事柄にしか関心を寄せない――いつ陽の光があるのか、いつ雨が降るのか、どの無実な善人を間違えて死なせてしまったのか。
各種歴史文献の中で、文学者と歴史学者は全力でこういった物語を構築している:神降時代に、とある英雄が貴族に反抗したため投獄されたが、後に英雄は牢から釈放され、火皇と手を組み、自身の命を代価に造翼者の攻勢を粉砕し、後に帝弓の司命まで昇格した。
帝弓の司命の起源に関する学術的な論争をさて置き、一つ簡単な問題について議論しよう:なぜ人々は古来の祝祭日に、無実の罪によって命を落とした善人を関連付けようとするのだろうか?
答えは実に簡単なものだ。横暴で、欺瞞に満ち、真理をも改ざんできる、歴史を暗闇で覆う強権に対し、一般の大衆はあまりにもちっぽけで弱い存在である―しかし凡人には凡人の武器がある。彼らは英雄の経歴を正義の賛歌に昇華させ、その賛歌を陽の光と雨に関する儀式と関連付け、また新たな物語に生まれ変わらせるのだ。
そうすると、為政者に恒星を消すほどの、雨水を蒸発させるほどの、季節交替を止められるほどの、鳥を黙らせるほどの力がない限り、正義の賛歌の継承は永遠に止められない。
龍師溯湍、龍尊像造像記
古き龍尊の彫像の下に刻まれた造像記。とある龍師が行った彫像建造の一部始終を記している。
洞天移換の術成り、若木繁生の勢い暫止す。龍師溯湍が工正流衍に石彫を請ふ、大匠一人、匠三人、学徒二百三十五人を挈げ、顕龍大雪殿一座、並びに龍尊造像一区を敬造す。
龍師溯湍銭七十万鏑用ゐり、他龍師共に三万鏑捐ふ。
龍尊雨別、蒼龍の伝を掌し、雲を行かせ雨を布く、澤は万霊に及ぶ。
生を蛇けて九十世、威烈改わらず。政にみて三百年、盟誼狄堅し。
建木蘖生にして、須らく累卵之危を救ふべし。世局繽紛にして、当に倒懸之急を解くべし。
龍尊仙舟羅浮にて鱗淵古海を贈り、永に寿瘟を鎮む、万世易わらぬ。
六御諸公を撫し、兆載太平を開くけり、其の洪恩を念じ、像を造ることを以ちて之を記す。
工正流衍刻石
遺憾が溢れ出しそうな刻石、とある匠の言葉が残されている。
工正流衍、龍師に迫られ、龍尊像を造る。心に諸多の不念が有りて、之を記すために石に刻む。
龍尊雨別、綏靖んじて全を求め、持明の聖地を窃み異族を陥れる、寧んぞ龍祖に容されんや?
吾工造司にて身を大工正に届く、曾て其の非を直に諌めたが、竟に龍師に貶斥され、続けて左遷となりて、像を造くるよう迫られる。吾四百年も虚しく活きて、意に邪を黜き正を崇ぶ力無く、鳴呼悲しきや。
七歳に天命を知り、今や八十八となる。
往年朝霜の如し、凄冷たりや鏡中の花。
珠守り人の通信石碑
持明族の珠守り人は古海の持明の卵を守る衛士。これは彼らが残した石碑。
この石碑は波月古海の底に設置され、珠守り人の水中巡査時に伝言を記録するためのものであり、許可なく移動させることを固く禁じる。
深蛟七隊隊員波止の伝言:どうして石に文字を刻まなきゃいけないんですか?みんな玉兆を持ってないんですか?
深蛟七隊隊長阿古の伝言:これはリアルタイム通信に使うものじゃなく、長期に渡って他の隊員に共有する重要情報を記録するためのものだからだ。覚えておけ、長期保管用だ。くれぐれもここでアホな言葉を残すな。
深蛟七隊副隊長茂の伝言:私たちのところはここ数百年ずっと平和でしたが、最近、方壺からお偉いさんが視察に来ますので、表向きのパフォーマンスはしっかりしてください。
仙舟「方壺」監察チームリーダー粼汐:君たちはこんなことも石に刻むのかい?
深蛟七隊隊員梨淑の伝言:近頃、動物を野生に返す輩を数名捕まえました。彼らの供述によりますと、数百匹のスイートサンドガエルを野に返したらしいです。このカエルは直接的な危険性はないですが、外来種に変わりはありません。私たちは既に地衡司の協力の元、何度も捜索と掃除をしましたが、漏れがあるかもしれません。同胞各位、見回りする時はぜひ気にかけてください。
深蛟七隊隊長阿古の伝言:最近、博識学会のベニーニという人が持明族の歴史に関する考古学調査のためにこの鱗淵境の底を調べようとしていた。龍師たちは承諾したから、俺も断る理由がなく、水底を一周案内してあげた。きょろきょろする殊俗の民はちっとも信用ならないから、見回りする時は全員、いつも以上に気を付けてくれ。彼が俺の目を盗んでこっそり何か変なことしないか心配だ。
深蛟七隊副隊長茂の伝言:金属製の容器を1つ発見しました、これは水底元来あるものではないです。下手すると、あのベニーニという人が残した探索器かもしれません。この件は既に地衡司に通報しました、同胞各位、さらなる注意を払うようにしてください。
深蛟七隊隊長阿古の伝言:次誰かが弁当を水底まで持ってきて食ったら直ちに隊から出ていってもらうぞ!水底で飯を食うとか、イカれてる!
ベニーニ学士の破損した記録
博識学会の学士が残した破損した記録。
テーマの再審結果が出た。経費は半分にカットされ、「ご丁寧に」修正の方向性についてのアドバイスが添えられている。仙舟に駐在する派遣交流員の枠も減らされるようだが、もう彼らと言い争うのも面倒だ。しかし、彼らの行為は理に適っていないわけではないと認めざるを得ない。民俗歴史を研究するだけでは、確かに商業的価値はあまりない。とはいえ、仙舟人から何か利益を得られるわけでもない……
長年学術に没頭してきたが、自分の情熱や決意が薄れていると感じたのは初めてだ…いや、完全に消えたと言うべきか。これは経費を使い切ることよりも恐ろしい。しかし目下の問題は、今私は何をすべきかということだ。資金はあと少しで底をつく。人手も足りない…トッドは結婚したばかりだが、彼に残業代を払う余裕など私にはない。長生の秘密を解くなど、なんとふざけた課題だ…昔の自分が数十年費やしてでも解明すると誓ったことさえ、今は滑稽に思える…
■■■星図書館の入り口にあるラーメン屋台が少し恋しい。図書館で根を詰めて作業した後、深夜に寒星の下で熱々の辛い麺を頬張る。それ以上に気持のいいことなどない。さらにニンニクと肉もトッピングする!そして最後に跳ねる油を一匙かける!あの味は絶品だ!よく考えてみると、私が仙舟で食べたものは一体なんなんだ、豆汁か?あんなもの、便器に捨てるにも汚物処理費用が追加徴収されるだろう。
追記:残りの経費を確認してみたところ、もうニンニクの欠片しかトッピングできないようだ。
星槎海でぶらぶらしていたら迷子になってしまった。空腹のあまり危うく気を失うところだったが、1人の持明族の兄弟が私に温かい食事をご馳走してくれた。持明族には確かな品位があると言わざるを得ない。彼と少し雑談をして、何か啓発されたような気がする。だが、まだ考えがまとまらない……
私は続けるべきなのだろうか?それとも皆と一緒に仙舟を離れるべきなのだろうか?
いずれにしても、私は楽観的でポジティブな態度を維持する必要がある。私は自分を信じるべきだ…自分なら不老泉の秘密を解き明かすことができると信じるべきだ。
疲れた、とても疲れた…私は役立たずだ。
「第■■週」
兄弟■■と一緒に食事をした時(代金は彼持ち)銀河中にある集落の民俗について話した。一部の部族で語られている「不老泉水」や「海の目の下にある不思議な王国」の伝説は、兄弟■■が話してくれた持明族の神話と似ている気がする。しかし、本当に関連があるかどうかは断定できない。特に兄弟■■が話してくれた持明族の「昔話」――彼らはそれを過去の思い出として扱っている。恐らく、その話も後世に語り継がれてきた口述史なのだろう。どれも聞いたことのないもので、学会にもそれらしき記録はなかった。私は今、とても大胆なことを考えている…….
今週の業務計画:
1.持明族の資料を読む○
2.仙舟の書籍を借りて閲覧する○
3.文献の整理をする○
4.研究テーマの計画を再提出する×
「第■■週」
今週の業務:
1.持明族の口述史を記録する○
2.研究テーマの計画を修正する○
学会から連絡があった。案の定、仙舟人の体内にある長命ゲノムを編集するテーマは駄目になった。これはわかっていたことだ。恐らく彼らは、これから全力でビッグテールたちの体の秘密を研究するだろう。しかし、その研究が成功するとは思えない。モフモフの耳と尻尾を生やすことは、制御できない成長リスクがあることを意味する。それに実際の寿命もあまり延びていない。これは一部の細胞の活性上限が極めて低いということだ。ただ残念なことに、彼らは私の話を信じてくれない。まあいい、天才は常に孤独なものだ。今に見ていろ。
「第■■週」
…兄弟■■は一見クールに見えるが、その実とても情熱的だ。そうでなければ、あの時私を助けることもなかっただろう。
彼は私を伝説の「鱗淵境」まで案内してくれた。まさか口述史だけでなく、これほど多くの遺跡が実在しているとは。彼も歴史を記録しようとする私に賛同してくれた。過去はどうでもいい記憶に成り下がってはいけない。しっかりと紙に書き留め、多くの人に過去の栄光を伝えていくべきだ。
…新しい命を育む持明族の生態環境は実に面白い。この水に浸かっただけで、少し若返ったような気がする…それに、この自己循環の胚子孵化法…
…持明の卵の抽出物をチューブ1本分入手できた。実を言うと、注射器の針では彼らの「殻」を突き破れないのではないかと心配していたのだ。帰り道、星槎海で星槎の安全運転を監視している奴に鉢合わせて、驚きのあまり心臓が止まるかと思ったが、幸いにもバレずに済んだ。
やはり学会は新たなゲノム測定プロジェクトを立ち上げた。私に残された時間は少ない。
「第■■週」
トッドに何通も手紙を出して早く来るよう催促したところ、今こちらに向かう準備をしているという返事が来た。これでは間に合わないだろう。
仕方がない、自分でやるしかない。
「第■■週」
…皮膚に弾力が戻り、毛包から生える毛の本数が増えた。後者はむしろ幸せな悩みと言えるだろう。まさか、これほど古くからあるゲノム問題を解決できるとは。もし成功すれば、これだけでも十分な成果だ。
細胞の活動が一般的な持明族と同じレベルに達しているかどうかはわからないが、毛包再生の特徴を見るに、もう成功しているのではないだろうか?
「第■■週」
一定の数になると増殖が止まる。次の成長段階のパフォーマンスも芳しくない。
また、■■■■の濃度も平均レベルに達していない…これは抽出物が不足していることに起因する現象だと考えられる。
■■に声掛け、彼と一緒に後日もう一度鱗淵境へ行くことにした。きっと彼は前回の編年史の初稿を気に入ってくれたのだろう。
「第■■週」
はは、やったぞ!
成功した!!私の長きにわたる仙舟の旅も、ついに■■■■の終点に辿り着いた!!!
今朝、遊雲逆旅の女将が私の部屋のドアをノックして、ルームサービスに対する感想を聞きたいと言ってきた。■■■■■■■■、彼女は私のことをまったく認識していないようで、控えめに「ベニーニさんは何時お戻りになりますか?」と尋ねながら、私が何故「彼の部屋」にいるのか興味津々といった様子だった。
「私はベニー二先生の弟子なんです」と答えた時、私の耳に高く、そして少し掠れた声が届き、14歳の声
変りの時期、自分が学校の合唱団に入れなくて悩んでいたことを思い出した。
女将を適当にあしらった後、ようやく鏡に映った完璧な自分を拝んだ。
若く、ハンサムで、彫刻のように魅力的な自分を。
あははははははは!!!!!
学会に戻ってゲノム認証を受ければ、無限の富、権力、そして無限の研究時間を手に入れられる。
「第■■週」
私は多くの■■■■■■■を忘れ、■■■■■■■■ような気がする。
■■■■長期間にわたって■■■■過眠■■■■
日記帳を開けない、■■■■■■■■のパスワードが思い出せない。幸い、指紋でなんとかすることができた。
何を書けばいい
ホテルのベッドが目に見えて大きくなっていく…■■■■
体が、おかしい
持明時調『六御、飲月を審く』残編に関する研究
失われて久しい持明時調の唱本。度はその内容の煽動性が原因で長い間禁絶されていたが、今になってはもう何の波風も起こせない。
編集者の前書:飲月の乱が平定されて以降、依然として一部の持明族が隠れて丹楓を記念していた。そして、飲月の乱の一部始終を擁護者の視点から語る文学作品をたくさん創作した。
羅浮六御はこの類の文学作品の大半を黙認している。しかし、当時、『六御審飲月』はあまりにも大きな影響力を持つため、一部の持明族がを後押しして、同盟に対抗する組織まで創立した。そのため、やむを得ず神策府はこの演目自体、及びリブレットの印刷出版を禁じた。
今になっては、飲月の乱とその余波は既に過去のものとなった。『六御審飲月』はある種の時代の烙印として、再読される価値があると編集者は考えている。そのため、当時このリブレットを批判する著作の中から、残存する文章を抜粋し、読者に提供することに至った。
……
将軍の目は怒りに満ちて眉まで震え、半分叱り半分嘆きのような言葉をかけた。
「羅浮は苦し紛れに三度の災難を凌ぎ、隔離した舟の中で寿瘟も流行った、
「せっかく諸般の困難を乗り越えたというのに、どうして飲月が反乱すると予想できよう?
「速やかに心を改めよ、でなければ大辟の判決で皆が嘆くことになるぞ!」
飲月は頭を上げ、生き生きと光る眼差しを向けた。
「命乞いを勧めても無駄だ、我が長命ならば貴様は短命なり、
「一度でもこの大殿から出れるものなら、神策府で槍を舞ってやろう。
「この盛世で代々反乱が起きるよう苦難を増やし、この清流の層全てが乱れるよう禍端を引き起こそう。
「諸公が羅浮を数百年統治してきたが、一晩で貴様らの長命の夢を断ち、生まれ変わらせよう!」
将軍は心の中で驚愕した。「一体どうすれば太平を約束してくれよう?」
飲月は天を仰ぎ、孤鯨のような寒い声を発した。
「弓を張って晨星を射よ、我が目を焼き魂を滅せよ、
「歴史を暗黒に陥れて、真実を唱える忠義武勇を無くせよ、
「この世の鳥雀を全て黙らせよ、さすれば太平になろう!」
……
とある持明族少年の筆記
とある持明族の学生が鱗淵境に忘れた筆記。持明族の歴史に対する偲びが記されている。
先生曰く、人は自分がどこから来たのかをしっかり覚えておかないと、どこへ向かうべきかも分からなくなるそうだ。
だから学宮が休みになってる間に、聖地である鱗淵境に来て、僕たち持明一族の過去を振り返ることにした。
教科書では、僕たちはここに似た湯海という場所から来たと書かれている。その湯海は、この小さな波月古海よりも遥かに広く、果てのないそれは星の地表全てを覆っていたらしい。
先祖たちは湯海の中で、無数の生き物と一緒に、何の心配事もなく、楽しい日々を送っていた。
当時の僕たちはまだ、龍祖から授かった力を使うことができていた。湯海の中で育つ万物の霊長として、すべてが僕らの掌にあった。魚の骨が多ければ、体内から取り除く。海獣が痩せていれば、彼らを太らせてよく育つようにする。水草が苦ければ、甘くなるように変える。
先生曰く、あの頃の僕たちは、龍祖の力であらゆる生物の外見をも変えられた。それはもう、僕よりも小さい子供が泥人形を作るぐらいに簡単だったらしい。先祖たちは肥えた魚を分厚い肉の山に変えて、必要な時に山から肉を一欠片えぐり取っていたそうだ。他にも、千本の足を持つカニもいたらしい。しかも足の一本一本、そのすべてに美味しい肉がパンパンに詰まっていた。
あの頃に戻れたらどれだけいいかと思った。でも先生は、もう永遠に戻れないと言った。
ある日から、僕たちは龍祖の力を制御できなくなった。湯海の生物たちはみな、危険な敵になってしまったのだ。魚には猛毒があり、海獣は敵意に満ち、海草でさえも人を捕食するようになった。やがて、湯海の中にいる目に見えないほどに小さな生物でさえも危険になった。そういった危険なものが日に日に増えていき、いつの日か湯海そのものが、僕たちの生存に適さなくなった。
さらに後になって、僕たちは仙舟同盟の一員となった。仙舟での生活も良いものだけど、湯海にいたあの頃のような自由はもう二度と戻らない。
でも、人は未来に向かって生きるべきで、過去に浸りすぎるのはダメだとも、先生は言っていた。僕たちは二度と湯海に戻れなくなったけど、僕が頑張ってちゃんとした大人に成長できたら、きっと過去よりも素敵な未来を切り拓けると思う。
龍師会議記録残碑
歴史の転換点に開かれた龍師会議。長年の風雨を耐えた残碑に銘刻されている。
(碑文の記録情報に破損個所あり)
「ここまで全て破損」
「破損文章」(龍師涛然の発言であると推定)…龍尊…「破損文章」…先祖代々の法を変えて…「破損文章」…おかしかろう!
「破損文章」(龍師雪浦の発言であると推定)…大乱の後、羅浮における持明一族の地位はこれ以上なく最低なものとなっており、何か取り入れる策を打たないと、我等と仙舟人の盟友関係は彼らに破壊されかねません。その状況は龍師の皆様が見たくないものでしょう、だから私はここで提案します。羅浮は暫らく龍尊統治を放棄し、龍師代議制に乗り換え、次のことを保証「破損文章」
龍師涛然:雪浦殿は丹楓の成長期に彼を担当した業師の一人、彼がしでかしたことは師匠たちの放任とも深い関係がある。丹楓が囚われたのは、彼一人の過ちであり、「龍尊伝承」に累を及ぼす理由にはならん。もう一度言うが、先祖代々の法を変えてはならん。丹楓の身から龍化妙法と重淵の珠を取り出し、龍脈を繋げることこそ、我等万世不変の職責であろう。龍師代議制などという戯言をほざくのは、動機不純である!
龍師風浣:誰かさんの心の内を表に出せる人がいないみたいだ。なら私がそれを明らかにするしかない
な。龍師代議制は元々龍尊の位が空いた時と、龍尊が政治を主導できない時の妥協策であった。でも雪浦の考えはとても明白で、彼女は「破損文章」」が断絶している機に乗じて、完全に龍尊の位置を龍師代議制で取って代わろうとしている。
龍師雪浦:警告しておきます。デタラメは慎んでください。
龍師風浣:誤解だ。私は雪浦殿の考えに賛同している。龍尊統治というものは元々時代遅れの制度だ。権力を一人の選ばれし者に渡したことで起きた悲劇は、私たちの歴史において数えきれないほどある。そして今や丹楓が十王司に捕えられている、これこそ政治を民に返す絶好の機会ではないのか?それとも貴様ら老いぼれはもう臣下の身分に馴染みすぎて、どうやって自分で物事を決めていくのか分からなくなったのか?
龍師一同騒がしくなり、罵詈雑言の言葉は、記録から省く。
「破損文章」(発言者を推定できない)…ここで罵詈雑言を飛ばすなど、礼儀をわきまえたまえ!「破損文章」…よく考えるんだ、これで未来数千年の我等の運命が決まるんだ。
「ここから全て破損」
羅浮古代紋様の拓本に対する考察
ある学士が洞天各地に残した紋様の拓本、仙舟歴史のある事件を描いているようだ…
仙舟本土の紀年法からすると、彼らは「出航の日」を星暦の始まりと定めている。そのため、出航前の歴史——「古国時代」と呼ばれる歴史は、往々にして見落とされがちである。
「出航する前の仙舟は、とある古い文明世界に起源していた」、これは特段秘密のことではないが、その世界の座標はすでに失われていた。仙舟人に抹消されたのか、それとも単純に散逸したのか、いずれにしても、すでに手の届かない空白になっている。しかし、この空白の中から、今日まで受け継がれてきた神話が1つあった。
その文明世界では、名前が記録から失われた帝王がその星の残存する相手を、戦争の歴史における他の星の征服者の如く撃破していった後、宇宙文明の侵略を受けた(過去に考察した史料によると、これらの宇宙生命体は双翼を持つため、仙舟の先人に「造翼者」と呼ばれていた)。侵略者に対抗する戦争を続ける中、侵略者の異族は歳を取らず、その気があれば生き続けることができるということに、帝王は気づく。
年老いた帝王の心は欲に満たされ、永遠の命を手に入れようとした。彼(あるいは彼女、いずれにしてもこの上位者の性別を確定できる者はいない)は天下の工匠を集め、最初の仙舟を作らせた。そして忠臣良将を宇宙に派遣し、仙薬を探させた。
今の学者たちは、長命の祝福は「豊穣」の星神と関係があると知っている。しかし古国の先住民が出発した時、何を探すべきかは把握できていたのだろうか?断定はできないが、これまでの経験に基づくと、彼らはただ空の向こうからきた外来者から星図を奪って、非現実的な目標を探すことに焦っただけだろう。
九隻の巨船で出航し、宇宙の海を渡り始めた時をもって、仙舟文明は正式的に誕生した。
博識学会は極めて古い船の航行日誌コピーを集めていた。古い資料の記録印鑑を琥珀紀に換算すると、なんと七千年前まで遡れる。あの時のこの巨大な船は今の姿ではなく、住んでる船員も短命種だった(即ち、仙舟人の祖先)。考察によると、当時彼らは「守眠制度」という方法で交替しながら休眠に入り、世代の人の服役時間をできる限り伸ばしていた。航行途中、仙舟人は様々な銀河のスペクタクルを観測した。例えば星空生態学派が最も研究したがる虚空歌鯨や、琥珀の王が作り上げた天彗星ウォール……等々。
航行の旅は順調な観光ではなかった。仙舟人は少なくとも二種類の長命種の手で痛い思いをした。そのうちの一つが「視肉」と彼らに呼ばれている。視肉は奇妙なゲル状の生物で、今はほぼ絶滅している。視肉は自由自在に形を変えることができ、武器として使える器官も生やせる、そしてその身一つで宇宙を渡れるので、まさに宇宙レベルの疫病と言える。
視肉を退治してから、仙舟人は「歳陽」と出会った。博識学会の記録の中では「歳陽」に関する記載が極めて少なく、仙舟人の言い分によると、歳陽とは喋る炎で、魂と欲望を吸い尽くす、人を傀儡のように操る精妖である。おそらく、ある種の無形目魂精科の生物だと推測する。
最後、航行の旅の終わりに、仙舟人は初めて平和的な会話ができる外来文明と接触した――つまり会社と博識学会のこと。面白かろう。我々は仙舟人に真新しい文明の規則を教え、彼らに未だかつてない技術を与え、仙舟を星海の大家族に迎え入れ、琥珀の王に庇護される盟友の一つにしてあげた。文明の交流、知識の交換、ウィンウィンな関係、これこそが博識学会の存在意義である。
仙舟の歴史上最も重大な出来事と言えば、間違いなく「豊穣」の星神の顕現である。伝聞によると、薬師が仙舟の航路に出現した後、建木が降臨し、仙舟人を長命種に変えた。
仙舟人が長命の祝福を得てからの四百年間が、所謂仙舟の「黄金時代」だった。この期間中、仙舟人は建木の神跡をベースに、後世では辿り着き難い数々の奇跡を作り上げた――生物学分野、特に生体工学分野において、凄まじい発展を遂げ、「木無患」「息壌」「仙丹」だけでなく、自身の肉体をも改造できる「自在応身」も創り出した……そして晶石コンピューター「玉兆」が発明されると、これまでにない高い計算能力を仙舟人にもたらした。
当然、これらの技術の多くは、今になっては再現不可能となっている。仙舟人はその後、長きに渡って動乱の時代を経験したせいで、彼らの仙跡を失った。史料を深く読み解き、古代の遺物を分析するチャンスがあれば、私は博識学会の同僚たちと一緒に、一部の成果物を再現できると自負している:例に挙げると、建木がもたらした長命薬とか……当然、仙舟人は長命に対し、強い抵抗を持ち、多くの禁制を敷いている。だからそのような考えは、頭の中に留めるだけにしておこう。
私の考察によると、「三劫時代」は仙舟の歴史上最も暗黒な年代だった。乱世の中、長命種は「生きる」ことさえも高望みになっていた。『禁火の日懐古』(蒼城仙舟人白暁の著書)ではこう書かれている。「三劫最盛の時、天地が火に焼かれるの如し。勇猛な主が現れようとも、生物万類共々畜生である」
所謂「生劫」が、この「生物万類共々畜生である」暗黒の歴史の幕を開けた。当時、長命種の無尽な寿命が大きな社会問題を引き起こすと自ら認識しながらも、人道的な理由で何も対策を打てなかった。すぐに、膨大な人口が内乱を引き起こし、社会的資源を掌握している「貴冑」と、生きる目標を失った「褐夫」の間に長期に渡る戦争が起きた。
一連の内紛は仙舟「円崎」の沈没をもって終わりを告げた。しかし、犠牲になった罪なき千三百億円崎人に対し悔いの思いによって戦争が終結したわけはない。その出来事のすぐ後、仙舟の存続を維持するため、金人が貴冑と褐夫に対し、無差別な殺戮を始めたことが、本当のきっかけである。共通の敵と対抗するため、人々はやむを得ず、再び手を取り合った。
戦後、金人の知能は徹底的に剥奪された。一方で、人口が劇的に減少したおかげで、社会問題も緩和された(これは笑えない面白い話だ)。しかし、仙舟人が一息つく前に、造翼者、即ち豊穣の民の中で最も宇宙環境に適した略奪者が、群星を飲み込む「穹桑」を携えて仙舟に接近してきた。
それから、「火劫」が始まった。
仙舟民間の語り文学の中で、「浴火化神」はよく使われるテーマの一つ。「火劫」時代、貴冑に迫害され囚われた英雄が、造翼者の巣穴「穹桑」を破壊するため、歳陽一族の統率者「火皇」と手を組んで、神の矢で穹桑を落とし、英雄自身が消滅したというもの。しかし、英雄の命はそこで終わったわけではなく、「火劫」を終結させた彼は神に昇格し、「巡狩」となった、即ち仙舟人が口にする「帝弓の司命」のこと。
しかし事実として、その英雄が「嵐」であることを証明できる証拠が何一つない。この説を支持する理論を掘り下げていくと、ほぼ全てが『帝弓足跡歌』という単独の証拠に辿り着く。これは決して厳密的で信憑性があるとは言えない。そのため、同盟の民間で広く語られているにも関わらず、同盟公式は未だかつて一度も見解を示していない。なんと言うべきだろうか…「浴火化神」伝説の真実性を確かに一度も否定しなかったが、我々からすればそれはもう十分明白な態度であり、つまり、公式の立場からすると、それは既に一種の否定である。
「長命」を除き、仙舟においてもう一つ禁忌とされている話題が、「魔陰の身」である。
仙舟人がこれ以上詳細を教えてくれなかったが、幾多ある「豊穣の民」の存在が恰好な参考対象として取り扱いできる。「長命不死は恩賜ではなく、呪いの類である」と、よく言われている。「豊穣の民」たちの身体の変異も分かりやすくその説を証明している。誰もそんなバケモノにはなりたくない。しかし仙舟人は違った、同じ長命種でありながらも、外見の体裁は格別に良く、我々となんら違いがない。少なくとも身体と顔面には何もおかしなところがない、その点においては、非常に羨ましく思う。
命の終点で、死が我々短命種を待っているように、仙舟人も「魔陰の身」という狂乱状態に堕ちると噂されている。数えきれないほどの時間を過ごすと、仙舟人は生きる喜びを体験できなくなり、過去への悔恨と痛みに支配され、徐々に人間たり得る共感の心を失う。非常に恐ろしく聞こえるが、同時に極めて皮肉である。「死」が消されたにも関わらず、命の終点では死よりも恐ろしい「狂乱」が彼らを待っている。
近頃羅浮で起きた事件によって、私はこの目で「魔陰の身」の恐怖を確認できた。あれは決して精神的な変化などではなく、彼らが長命種に変えられた時点で獲得した本質であると、私は確信した。もしかして、研究方向を切り替えるべきかもしれない……
『仙舟通鑑』の記載によると、龍尊雨別は数百名の龍師を率いて、波月古海をまるごと羅浮洞天の中に移したそうだ。そして雲吟の術を使い、建木玄根を水の中に「封印」することで、未来永劫「寿瘟」が世を乱すことがないようにしたという。
実際に建木玄根を「封印」した方法について、『仙舟通鑑』では「雲吟を以って之を鎮む」としか書いておらず、詳細が分からない。『滄海実録』に至ってはさらに酷く、関連する記載の中では「秘伝聖法を以って之を鎮む」と書いてあり、苦笑いせずにはいられなかった。結局のところ、長命種は彼らの持つ各種技術を神秘的なものにしたがるに過ぎないのだ。建木玄根の封印に使用した所謂「秘伝聖法」も、持明族門外不出の科学技術の一種に過ぎない。
玄根を鎮伏した後、雨別を記念するために、顕龍大雪殿と龍尊造像を作った持明族の龍師がいた。その中で最も多くの資金を提供した龍師溯湍は、造像の台座に『龍師溯湍、龍尊像造像記』なる文章を彫った。私の知る限りでは、龍尊を讃える「六御諸公を撫し、兆載太平を開くけり」の『造像記』を非常に嫌う持明族が多い。それは理解し難いことではない。何せ持明族は、故郷から持ち出した最も貴重な浄土と、最も誇りに思っている「龍脈」を差し出したからだ一一例えるなら、学会が生き長らえる場所と引き換えに、大図書館の中で最も貴重な知識聖典を差し出したと似たようなものだ。
今回の事件の最中、鱗淵境内にも大きく混乱していた。この機に乗じて、私と私の忠実な調査員の友人と一緒に、この場所について簡単な考察を行った。まず、間違いなく書籍の記録通り、持明族はとある未知の技術で水を「建木」の根系に纏わりつかせている。次に、水に覆われた深部には驚くべき遺跡が隠されている。当時ベニー二先生は中から何を持ち去ったのかは分からない。しかし、きっとすぐに明らかになると思う……
豊穣の民の連軍と仙舟人の幾多の大戦を、博識学会は見届けただけでなく、参加したことすらあったため、詳細な記録を残してあり、仙舟人の戦術と技術について解読していた。残酷で薄暗い戦争は、燦々と輝く魂をより一層際立たせた。「帝弓七天将」のように、同盟の外でも名声高い人物の他にも、仙舟本土には、歴史に名を残した伝説の英雄たちが多くいる。
「雲上の五騎士」はまさにそうである。仙舟人に愛される英傑たちとして、彼らは長命種に相応しくない短い輝きを示した。そして、その短さが故に、より眩しいのであった。
豊穣の民が凄まじい大軍を結成して玉殿に侵攻した時、異なる仙舟から5人の英雄が集結した。中には百発百中の狐族の飛行士もいれば、仙舟で留学する短命種もいた。5人は幾多の危機を潜り抜け、戦場で勝利を収め、豊穣の民が呼び覚ました生体星宿を打ち砕き、玉殿を滅亡の危機から救った。
この伝説に創作意欲を刺激された仙舟の詩人や狐族の幻戯によって、5人の英雄は一躍有名となった。「帝弓七天将」が背負う重い歴史と違い、「雲上の五騎士」の物語は民間創作による侠客奇譚に近かったからだ。
しかし残念ながら、「雲上の五騎士」の伝説の時代は極めて短く、100年にも満たなかった。英雄は四散し、寿命を迎えた人もいた。さらに、5人の中には堕落や裏切りといった不祥な結末を迎えた者がいると囁く暗い噂まで流れた。今となっては、高位につきながらも依然として人前で活躍している景元将軍を除けば、残り4名の主人公はとっくに幕を閉じ、名前を口にされることさえも滅多になくなっている。
しかし、文化現象としての「雲上の五騎士」は一度も消えず、同盟と共に長い時間存続してきた。これは私にあまり関係のないことを思い出させた:『十七日間の王冠戦記』という30年余りに渡って連載され続けてきた歴史小説がある。物語は、反物質レギオンに攻められたメロヴィング王国が、殲滅されるまでのたった17日間存在しなかった政権を中心に展開している。その偉大な王権はたった17日間しか存在しなかったのにも関わらず、それにまつわる物語はまるで永遠に終わることがないようだ。
もしかすると、「雲上の五騎士」に対する仙舟人の考え方もそうなのかもしれない。人々に語り継がれる限り、英雄たちの物語は永遠に続き、同盟の最も良かった時代も永遠に続いていく。それも仕方がないことだ。昔を懐かしむ幻覚は人を溺れさせやすく、抜け出せづらいものだ。
クリオ学士への手紙
博識学会の者が弟子に書いた手紙。手紙を見た後、羅浮に来るよう望んでいる。
クリオへ
元気にしているだろうか。
まず始めに、この不肖トッドは本文を以って、クリオ学士にいかなる原稿料も請求する権利を放棄することを宣言する。
今すぐ手続きを進め、経費を申請して羅浮に来てほしい。
先の手紙でも述べたように、私は自分の能力の範囲内で仙舟人や狐族について研究してきたが、その中から適切な「長生」を見つけることはできなかった。そこで、私は持明族に目をつけた。
君も知っているように、持明族は極めて特殊な生理構造をしていて、彼らの生命周期は絶えず循環を続け、老衰や死、魔陰の身の苦悩から完全に解き放たれている。いくつかの研究では、持明族の長生は「豊穣」によるものではないとされているが、私の意見もこれに同じだ。私は「豊穣」の力にばかり目を向けていたせいで、この苦境を打破するに足る方向性に気づけなかったのかもしれない。
しかし、どうというほどのことではない。たとえ初期の段階でこの方向性に気づいていたとしても、サンプルを手に入れる機会はなかっただろう。なにしろ、持明族が仙舟本土を離れることは滅多にない。彼らの脱鱗輪廻は、その生理機能と慣習に従って特殊な水――彼らが「古海」と呼ぶ環境に戻る必要があるのだから。
いくつかのトラブルはあったが、ついに鱗淵境で持明族の生物学サンプルを手に入れることができた。このサンプルの価値は、私の予想を遥かに超えるものだった。簡単に言えば、「長生」に通じる明確な道を示してくれたのだ。
これは私の推測だが、ベニーニ先生はこの秘密を独占するために行方を眩ませたのだろう。ただ「長生」の誘惑があまりにも大きいことを考えると、先生を責めることはできない。
技術的な話は重要な内容になるため、手紙で説明するのは避けたい。君が羅浮に着いたら直接会って話そう。
私たち師弟が「知恵」の道を歩み始めてから、合わせて100年ほどになる。年を取るにつれ、私の脳も次第に衰え、新しい研究の成果も減っていく一方だ…だが銀河は依然として広大で、まだまだ探索すべき場所も、創造しなければならないものもある。だというのに、私たちに残された時間は長くない。
しかし、今は何もかもが違う。
もし私の研究が正しければ(8割方間違っていないだろうが)、私たちは富や名声だけでなく、無数の知恵が隠された広大な宇宙を探索するための無限の時間を勝ち取ることができるだろう。
追伸:君に頭脳明晰で働き者の妹弟子を紹介しようと思っている。名前は開拓者。君が羅浮に着いたら、彼女と一緒にやってもらいたいことがたくさんあるんだ。
建木の玄根の観察記録碑
羅浮の持明族は命を受け、たゆます建木の跡を見守り、再生の傾向を観測してきた。
この石碑は星暦8000年に建てられ、波月古海の底に設置され、珠守り人が水中で建木玄根の変化を観測するためのものであり、許可なく移動させることを固く禁じる。
海月一番隊隊員、寒杏の記録:12号、18号、24号の枝が0.5寸伸びた。
海月二番隊隊員、俊の記録:17号の枝が1寸、22号の枝が0.5寸伸びた。
海月一番隊隊員、舒益の記録:1号、9号、13号21号、35号の枝が1寸伸びた。4号、8号、17号の枝が7寸伸びた。建木玄根の状態が異常、報告済み。
海月一番隊隊長、賀天の記録:龍師韶英様の指示により、今回の守衛業務を一時中止し、建木のサンプルを採取して、状態を検査確認する。
海月一番隊隊長、賀天の記録:先日報告した「建木の状態異常」につき検査済。建木の正常な成長に現れる浮動と見られ、過度な心配は不要。
涯海星槎勝覧・仙舟朱明
仙舟の有名な飛行士である白珠が残した旅行記の中の一編。彼女が仙舟朱明に使節として出向いた時のことが書かれている。
ひいおばあちゃんは言っていた。「人の一生、朱明の火を見ずに、星海を遍く飛んでも徒然である」
今考えると、彼女はこういう…少し教養がなさそうな(これ言っていいのかな?)口癖が多かった気がする。「人の一生、タラサの水晶宮を見ずに」とか、「人の一生、ピアポイントを見ずに」とか、「人の一生、スクリュー星を見ずに」とか…とにかく、彼女が褒め称えた場所の多くには、観光するに値する絶景がある。そこが同盟の勢力圏なら、飛行士として行かない理由はないと言っても過言じゃない。
でも実際にそこに派遣されるまで、仙舟朱明はできるだけ行かないほうがいい場所だと思っていた――なぜかというと、まあ、ただの先入観に過ぎないんだけど。朱明はあちこちに火の点いた鍛造炉があって、どこに行っても高温だと思っていたから。
訓練の第一授業の時点で、天舶司の教官に「毛が多いと火に弱い」と言われた。任務に出る時も帰る時も、火除けの油膏を吹き付けることが狐族の飛行士にとって欠かせない準備だから、仙舟「朱明」が怖くなるのも仕方ないと思う。
それでも、やっぱり朱明に行く日は来てしまった。オウェンリとかの星の近くで、曜青「鶴羽衛」が敵の主力を抑え、豊穣の民と膠着状態にある。援軍と軍資を要請するため、軍務庁はあたしと他の12人を使節団として「朱明」に送った。
舷窓越しに、あたしは初めて想像の中にあった大きな鍛造炉を見た――ううん、鍛造炉とは何の関係もない。仙舟「朱明」はまるで精巧に彫られた黄金の蓮のようで、発光する巨大な葉が主幹となる円錐形の天城を囲むように展開している。青色の恒星の光に淡く照らされたそれは、穏やかで落ち着いた雰囲気があった。
「これも…仙舟なの?どう見ても学会の記録に残ってる『天上の楼船』とは関係ないじゃない」隣にいる博識学会から交流に来た学者が、感嘆半分、質問半分といった様子でこっちを見て、あたしが考えていたことを口にした。
あたしは「ええ、この船を造った職人たちは形式だけじゃなく、定義も自由な人たちだったようですね」と、冗談を言うしかなかった。七千年の歳月が経った巨大移民船は、住民たちによって度重なる改造が施されていて、出航当時の面影はまったくない。(哲学に似たような問題があった気がするけど、なんて言ったっけ?ポルカの船?いや、スクリュウスの船だったかも)
人は行ったことのない場所に対して先入観を持つものだ。彼女も、そしてあたしも。
あたしが想像していた仙舟「朱明」は鈍く重い鍛造炉で、辺り一面に火花を散らしていた。そして火花の中で金槌を振るう筋骨隆々の職人たち――申し訳ないけど、文明レベルの低い世界に行くことが多かったから、仙舟の工造技術がどれだけ発達しているのかも忘れてた。朱明は仙舟の中でも最高の技術レベルを誇る一隻なのに。
「光明天」の星槎港に入ると、その感覚がより鮮明になる。ここに足を踏み入れた時、まるで池の水に浸かったように涼しかった。光は濾過されたような居心地のいい密色で、巨大な星槎渡航場は果てしなく大きな月長石から造られたように見える。何より驚かされたのは、この建物の梁と桁が天衣無縫に、自然に成長した金属の脈のように作られていることだ。
これは意図的なものに違いない。仙舟「朱明」に対する根拠のない想像を覆すため、技術を自慢げに、そして気ままに見せびらかしているのろう。
使節団を迎えに来た工造司の職人たちの先頭に立っていたのは、まだ十代くらいの見た目の子供だった。
「か、懐炎先生に、ここで皆さんを迎えるよう遣わされました……」
オドオドした幼い声、耳は尖っていない・・・明らかに成長の遅い持明の「大子供」じゃない。もしかすると、懐炎様の私淑弟子かもしれない。懐炎様、一体どこでこんな天才少年を見つけたんだろう。
「朱明工造司の職人…応星、使節団の皆さん、仙舟「朱明」へようこそ。懐炎先生は軍備の整備で忙しいので、私が派遣されました。実は…私もたくさんの仕事を抱えているのですが、仙人のように長くは生きられないので、早く引き継ぎを済ませましょう」
つまりあたしたちを迎えに来てくれた、この幼い職人は短命種ということ?もう驚くことに疲れた...仙舟「朱明」は、あと何回あたしの意表を突いてくるんだろう?
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応星という子供は技術を学びに来た短命種らしい。道中あたしはこの恥ずかしがり屋な少年と話をして、彼の素性を聞き出した(自信が足りないみたいだけど、励ましたら心を開いてくれた)。
薬乞いが絶えず羅浮に向かうのと同じように、工造技術を学びたい人にとって、朱明はピアポイントやスクリュー星にも劣らない(他に技術を学ぶ聖地があるかもしれないけど、あたしは知らない)職人の学府だ。工造技術を学ぶため、星海の四方から朱明を訪れる殊俗の民は数え切れないほどいる。彼らの大半は成学した後に故郷に帰り、身に着けた知識を同胞たちに伝える。でも応星は違う。彼には帰る場所がない。
彼の故郷は歩離人の艦隊によって滅ぼされ、兵器の牧場に姿を変えた――それが何を意味するのか、あたしはよく知っている。この子の家族や同胞は尊厳のない肉塊になり、山のような器獣の養分にされるのだ。だから命からがら逃げ出した少年は、仙舟に辿り着いた後、ただ一つの目標に向かって努力を続けている――雲騎の武器の製造方法を学び、恐ろしい忌み物を根絶やしにするために。実際、彼の才能は素晴らしい。何しろ、この歳で職人の資格を得たのだから。
「でも…司部の仙人の先生たちは、まだ足りないと言っています」
「努力が足りないわけでも、才能が足りないわけでもない……」
「ただ、私は彼らのように長くは生きられないので…学べる知識には限界があるんです」
「もしかしたら、父と母の仇を討つ日を…私は迎えられないのかもしれません」
彼の落ち込む姿を見ると、あたしの心も痛む。
「老いぼれたちの戯言なんて聞く必要ありません。それにあの人たちは仙人じゃない、ただあなたに嫉妬しているだけです」
「たった数十年で亡くなった絶世の天才なんて、天才クラブにもたくさんいる。でも、彼らの成果が全宇宙を震撼させたんです!長く生きられるかどうかなんて、その人の功績とは関係ないでしょう?」
「あなたは自分のやりたいことに専念すればいい。成功するもしないも天意なんですから」
少年の表情が少し明るくなったと思った直後、彼は突然また首を横に振った。「老いぼれでも、戯言ばかりでもない!懐炎先生…あの人は私を尊重してくれる。先生からは多くのことを学んだんです!」
このような大恨、このような身の上、このような天賦。あたしは思わず少年の頭を撫でた。彼はあたしの考えを見抜いたかのように、その小さな手をあたしの手の上に重ね、慰めるように軽く叩く。その瞬間、彼は不意に自分の責務を思い出したようだった。
「ええと…まずはあなたたちを焔輪鋳煉宮に案内するよう先生に言い渡されました」
「事の流れを考えれば、まずは援軍と軍資について話し合うべきじゃないか?」
「わ…私は懐炎先生に言われた通りにしているだけなので……」
冶炉煉千星、点鉄賦英霊。斗光奮戎威、銛鋩保宴寧。鋳煉宮の正堂に、この詩が書かれている――鍛造炉に送る千の星、鉄に火を点け英霊を賦与する。一斗の光に戦威を奮い、鋒鋭を手に世の安寧を守る――という意味だ。
『上国夢華録』によれば、無名の古国の皇帝が、ある武器の鋳型を出航祝いとして朱明の大匠作陽翟に贈った。その贈り物は鋳煉宮の鎮宮之宝として、現在まで受け継がれている。そして仙舟の巡狩に必要な兵器のうち、六、七割が朱明の工造司で作られているのだが―一その朱明の工造司の基盤となるのが、この焔輪鋳煉宮だ。
同行者たちはここに案内されたことに困惑している。なぜ懐炎様はあたしたちをここに連れてきたのだろう。兵器の製造は大変だと見せつけて、曜青と駆け引きするため?子供を遣わしたのも、拒否の意を示したかったか?
弁論になる可能性を考えると、少しイライラしてしまう。しかし他人様の勢力圏では、不満があっても口に出してはいけない――これはひいおばあちゃんが教えてくれた保命の技だ。決めた、懐炎様に会うまで、絶対に不満を垂れたりしない!
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応星の案内のもと、あたしたちは船に乗り、ある薄暗い円形の大殿の入り口に辿り着いた。彼は紙を取り出して鳥の形に折ると、それに向かって何かを呟く。すると、その鳥は素早く羽ばたいて飛んでいった。数分後、どこかの機構が命令を受け取ったのか、大殿の周囲が山崩れのように揺れ始めた。円形の壁が分離と収縮を続け、気づけばあたしたちの足元の基座だけが残っている。そして、どこからか差し込んだ光が空間全体を照らした。
使節団の面々は、驚きのあまり互いに抱き合うようにして固まっている。それから数刻ほど経った頃、あたしたちは自分のいる殿堂が見えない軌道の上に浮いていることに気づいた。足下にあるのは恒星のように輝く光体だ。あたしたちは隕石にしがみつくようにして、天体の軌道に沿ってゆっくりと移動しながら、その「太陽」の上に浮かんでいた。
その光は絶えることなく律動して変化する。まるで言葉を喋る心臓のようだった。
喋っている。確かに喋っている!
「太陽」の光が躍っている。激しい乱流のように、太古から抑圧されてきた怒りのように、唸り、咆哮を上げ、あたしの意識に入り込もうとしている。その瞬間、まるで風にめくられる本のページのように、無数の景色があたしの意識の海に流れ込んできた。
――天から垂れ下り、星空を破る、果てが見えない「樹」の枝。
――真空の中、太陽と月の光を吐く船艦が、火を追う蛍のように変幻する血肉に押し寄せる。そこには両翼を広げた人型の鳥もいる……
――雲車と星槎が墜落する前の叫び声が聞こえる。「仙舟を守れ!」「雲騎常勝!」……
――数百丈はある金人の巨像が歩き回り、冷たい鉄の腕を伸ばして、無数の眼球と鋭い牙を持つ膠質血肉の巨獣と戦っている。
――空では、光り輝く戦士たちが灼熱の死を放つと弓を手に前進している。彼らの遺伝子は彫琢と選別を受けたことがあるのか、それぞれが今の仙舟人を超える力と美しさを持っていた。
――何より恐ろしいのは、彼らが不自然な炎を纏っていることだ。その炎は彼らの勇気と憤怒を具現化したように燃え盛っている。彼らは一度、また一度と果てのない暗闇に向かって突撃していく。そして、二度と戻ることはなかった……
「……この誓いを結び、守り抜く!」光が唸り、耳元で声が鳴動する。
「皆!しっかり意識を保つんだ、『火皇』を直視してはならん!」
雷のように精悍な声が大殿の上で響き渡る。誰かが杖で地面を打ち、鈍重な金属の音がした後、見えない障壁が上がったかのように、この大殿の光と幻覚が隔遮断され、大殿を最初の幽邃なる状態に戻した。全員混乱から目覚めたようだ。
鋳煉宮の主、仙舟一長寿の人、匠の中の匠――ようやく懐炎様が現れた。
「もともとは弟子に頼んで皆をここに案内してもらい、兵器と援軍の件について話そうと思っていたのだが…彼が『偽陽』を遮ることを忘れるとは思わなかった。危うく皆を惑わしてしまうところだった。これはわしの過ちだ、謝罪しよう」
懐炎様は山岳のように穏やかな足取りで、次々と宙に現れる階段を上り、ゆっくりとあたしたちに歩み寄った。
「青瑛舵取の要請は受け取った。曜青が不利な状況にあるならば、朱明も傍観しているわけにはいかない」
しかし彼は次に「しかし」と続けるのだろう。強敵を追っていたり、包囲されていたり、あるいは休養の必要があると判断されたりした場合など、仙舟には各々が置かれた状況に応じて、援軍を派遣するか否かを決められる自己決定権がある。彼はどんな理由を付けてあたしたちの要請を断るのだろうか。
「朱明には十分な数の兵器がある。青瑛の要請通り、戦闘艦三百隻、雷弩二万本、陣刀二万柄を提供しよう。だが――朱明にも払穢の重責がある」
「増援については、貴殿ら使節団と同じ人数の援軍を送ろう!」
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摘星社・金人巷旅行案内
長楽天旅行会社が制作した観光バンフレット。読まなくてもいいが、なくてはならない。
金人巷は長楽天で最も古い街区の一つであり、企画中の仙舟民俗文化集中展示の35示範区の一つにも数えられています。近年、仙舟「羅浮」は外界と貿易関係を築き続け、金人巷もその潮流に乗り、一躍ホットスポットとなりました。多くの幻戯のロケ地となり、たくさんの殊俗の民の方が金人巷を行っておきたい観光地に加えております。
実は、千年以上前の金人巷は長楽天洞天で有名な「高級住宅街」であり、高官、名流、地衡司の司衡、神策府の策士、文壇の大師から画壇の巨匠までがここに定住していました。金人巷の道一つ一つに、歴史の痕跡が残っているのです。
金人巷・店舗おすすめ
旅行は古来からある一種の社会行為です。仙舟が星海を漫遊して八千年、旅行活動の勃興の勢いはすでに銀河の先頭に立っております。金人巷は長い歴史のある商店街として、その商業行為は旅行、観光と緊密に繋がっています――金人巷でショッピング、飲食することが、旅行の一部となるのです。
摘星社は金人巷で有名な老舗をいくつか厳選しましたので、遠路はるばる来られた友人たちにシェアしましょう。
【尚滋味】
尚滋味は長楽天洞天で有名な江湖菜料理店です。さらに、主厨の燕翠は仙舟「羅浮」醒園菜系の大成者で、その人柄も住民たちに評判です。
醒園菜、『醒園時珍』を起源とした料理――この菜系は、異なる食材には異なる調味料、香辛料を合わせることにこだわっています。味は辛味と花椒の痺れが主となり、酸陳怪味まで揃っております。尚滋味の代表的な料理は:茎ニンニクの豚バラ炒め、パリパリキュウリの辣子鶏、フナ風味の肉炒め、牛もつ乱切りのラー油和え、陳婆豆腐。
住民たちの話では、この燕翠師傅は幼い頃から武術を学び、「己の手と足で珍しい食材を捕らえることにこだわっている」――彼女はよく仙舟人が見たこともない新料理を作り出します。もし運良くテンションの高まった燕翠師傅に出会ったら、ぜひ尚滋味で彼女の料理をお試しください。
【同功坊】
時間が過ぎ、羅浮の仙舟住民たちの多くも、長楽天の商店街が「金人巷」と呼ばれる理由を忘れてしまいました――金人が民間でも広く使われていた時代、この美食と商業で有名な巷は主の代わりに貨物を受け取る金人でぎっしりだったのです。そして金人文化の遺存が、この金人巷同功坊にあるのです。
同功坊の現店主霄はかつての工造司工正。彼は伝説の「百冶」応星と共に奉職した経歴があり、その工造技術を疑う人はいません。現在、民用金人の数が大幅に削減されましたが、同功坊は未だに残る、独立金人の製造、整備を行える数少ない個人工房なのです。
業務の拡大に伴い、同功坊の新商品「1/12金人門番シリーズ」がモデル愛好家の間で好評を得ました――その商品に興味がありましたら、ぜひ同功坊までお尋ねください。
至味盛苑レビュー九和宴
至味盛苑 九和宴の実食レビュー、非常に細かい語句の配りで食体験を忠実に届けているが、文が全体的に意地悪である。
至味盛苑レビュー 九和宴
至味盛苑 九和宴の実食レビュー、非常に細かい語句の配りで食体験を忠実に届けているが、文が全体的に意地悪である。
至味盛苑レビュー 九和宴
至味盛苑のお名前はかねがね聞き及んでいる、一度は行ってみたいと思っていたが、一日に宴席は一席のみで中々入場券が手に入らない。先月、親友に頼んで入場券を1枚獲得したので、喜んで赴きました。その日は秋空高く朗らかでした、主厨の高唐師傅は新鮮な旬の食材を選び、九和宴を設けてくれました。料理には匠心が込められており、竈神にも勝る味でした。酒を酌み交わしながら、楽しい時間は瞬く間に過ぎてしまいました、家に帰った後でもこの一食の快意は収まらなかったので、このレビューを書きました。個人的な感想となりますが、「極みに至りし味、一度は頂くべき」、です。参考の程お願い致します。
前菜 瑠璃舟
開幕となる前菜からが至味。高唐師傅は殻を剥いた蟹を取り出し、弱火で蟹の殻を軽く炙る。そしてやすりで殻を小舟の形に彫刻した、こうして手を加えられた殻はもう泡のように弾ける寸前。ハサミの肉だけを選び、飛翔チョウザメの魚膠と混ぜ合わせて肉団子にする。出汁に通して舟に載せると、生き物のように震える弾力のある肉団子が出来上がる。団子の中身は成熟した蟹を使う、蟹黄の部分だけを選び、美酒を注ぎ入れ、流砂みたいに濃厚になるまでかき混ぜれば餡が完成する。そして竹筒で餡を肉団子に注入、ここで肉団子に魚膠を入れる意味が分かります!プルプルとした団子に蟹黄を注入すると数倍に膨らみ、表面は瑠璃のように透き通り、中には芳液が流れているのが見えるのです。
主菜 酔紅溪
大自然の風貌に彫刻された活水が流れる皿に、新鮮で活力のある縁海老を入れ、杏花佳醸を注ぎ酔わせる、そして焼いた石を置きゆっくり煮る。そうすると泥酔した縁海老は鉗脚を大きく広げる!この様な絶景は仙舟でも再現し難いでしょう。微細に震える海老は杏の花の香を吸収し、タレにつけてから食べます。高唐師傅によると、このタレもかなり工夫されたものです。縁海老の群れで稀にみる女王海老を捕まえ、ペーストにし、そして驚惶花の花びらと語薇草の芽を混ぜて調合して出来上がる。これもまた帝弓の一瞥、天を穿つ味だ!
主菜 清泉流石
至味盛苑は仙舟の家庭料理 巧石三味を改良し、別格な味を引き出したのだ。秋で最も旨くなる黄石牛の肉をぜいたくに使い、玉の紋様をした下腰部の肉を秘伝のタレに漬け、弱火でしっかりと煮込みます。私はこのタレの配合を何度も聞きましたが、師傅は表情を変えずに一言皮肉るだけでした、「配合方を与えたとしても、お前ではその神髄を理解できないだろう、だから必要ないだろ?」、まったく偉そうに。その後は牛肉を炉に入れて脂が出てくるまで焼く。食卓に載せて、墨のような牛肉と飾りの花火草を出汁で流すと、花は高温で咲き、墨は脂に溶け込む、まるで夜の池に映る花火のようで、見る者を魅了する。
点心 落九天
軽食も独特なものが出されました。永狩原野の明月弓芭蕉を糖液になるまで煮詰め、蜜で調合した赤い四角いものを入れる、それは羊乳を濃縮した乳酪だと師傅が言っていた、他のところでは余り見ないものだ。さらに双生の紫芋を角切りにして中身を取り出す、瑠璃舟を作る時のように、竹筒で芭蕉の糖液を紫芋に注ぎ込む。高唐師傅の包丁さばきは流れるようで巧妙。彼が芋を氷の中に置いて温度を下げると、直ぐに強火にして蜂王漿を煮込み始める、空気の泡が出始めると、芋を放り込む、すると空気が急激に膨らみ、鍋の中が沸騰する。糖液は完全に凝固する前に皿に傾倒し、すると液体は落ちる時に滝のような形に凝結する。黄金の外殻はサクサクしていて、流砂の味は甘くても度を過ぎない。
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