T-80

Last-modified: 2020-08-24 (月) 10:30:25

Tier4 ソ連 軽戦車 (読み方 テー・ヴォスィミヂッシャット)

45mm 20K装備の初期状態。

45 mm VT-43を装備した状態。
対空戦車と見紛う程の仰角はなんと65度。
ちなみにWoTに存在する本物の対空戦車としてはPz.Sfl. IVc*1が居る。

スペック(v1.10.0)

車体

耐久値540
車体装甲厚(mm)35/25/25
最高速度(前/後)(km/h)45/18
重量(初期/最終)(t)11.3/11.71
実用出力重量比(hp/t)17.93
本体価格(Cr)140,000
修理費(Cr)
超信地旋回不可
 

武装

名称(通常砲)発射速度(rpm)弾種平均貫通力(mm)平均攻撃力AP弾DPM精度(m)照準時間(s)弾速(m/s)総弾数弾薬費(Cr)重量(kg)俯仰角
45 mm 20K28.57AP
APCR
HE
51
88
23
47
47
62
1,3430.462.3757
946
757
20014
800
14
250-8°/+65°
45 mm VT-4228.57AP
APCR
HE
75
110
23
55
55
65
1,5710.371.9870
1,088
870
17535
1,200
19
312
45 mm VT-4328.57AP
APCR
HE
75
110
23
55
55
65
1,5710.341.7870
1,088
870
15035
1,200
19
312
名称(機関砲)連射弾数/間隔(s)弾倉交換時間(s)弾種平均貫通力(mm)平均攻撃力弾倉合計攻撃力精度(m)照準時間(s)弾速(m/s)弾倉/総弾数弾薬費(Cr)重量(kg)俯仰角
37 mm Automatic SH-373/0.334.2AP
APCR
HE
46
62
19
40
40
50
2000.452.3900
1,125
900
5/21035
800
10
200-8°/+60°
 

砲塔

名称装甲厚(mm)旋回速度(°/s)視界範囲(m)重量(kg)
T-8035/35/35453302,000
 

エンジン

名称馬力(hp)引火確率(%)重量(kg)
M-8017020550
GMC 600421015991
 

履帯

名称積載量(t)旋回速度(°/s)重量(kg)
T-8011.5482,500
T-80 enhanced14522,500
 

無線機

名称通信範囲(m)重量(kg)
9R32580
9RM525100
 

乗員

1Commander(Radio Operator/Loader)2Gunner3Driver
 

拡張パーツ

Class3××××Class3
×××Class3×
 

隠蔽性

非発砲発砲時
静止時18.3%5.05%
移動時18.3%5.05%
 

開発ツリー

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45 mm 20K
(初期/2,530)
45 mm VT-42
(850/20,540)

37 mm Automatic SH-37
(2,600/26,980)
T-80
(初期/1,880)

45 mm VT-43
(1,100/22,750)
9R
(初期/1,980)
9RM
(4,040/24,240)
M-80
(初期/4,130)
GMC 6004
(400/4,500)
T-80
(初期/1,720)
T-80 enhanced
(940/3,980)
 

車両に関する変更履歴

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v0.8.5実装
v0.9.15HDモデル化
v1.9.037 mm Automatic SH-37の総弾数を120発から210発に変更
45 mm 20Kの総弾数を100発から200発に変更
45 mm VT-42の総弾数を100発から175発に変更
45 mm VT-43の総弾数を100発から150発に変更
修理費用を35%ダウン
収益性を8%ダウン
M-80エンジンのTierをIIIからIVに変更
HPを350から540に変更
コレクション車輌に移行

解説

  • 概要
    v0.8.5アップデートで追加されたTier4のソ連軽戦車。(コレクション車輌
    Tier3のT-70と非常に良く似た特徴を持つが、性能が進歩した点が少なく、マッチングするTierが高くなったことで若干苦に感じるかもしれない。
    T-70から、砲塔が2名用に大型化された事で搭乗員に砲手が加わり、3名となっている。
     
  • 火力
    初期状態からT-70の最終砲である45mm VT-42を搭載でき、発射速度と照準時間が強化されている。
    しかし、最終砲の45mm VT-43に換装しても大した性能の向上は得られず、主砲は実質据え置きである。
    俯角はいずれの砲も-8°とソ連車としては良好であり、地形対応力は向上している。
    なお活かせる機会は少ないが、仰角は驚異の65°(37mm Automatic SH-37のみ60°)と破格の数値を誇り、対空戦車かと見間違えられるレベルである。
    • 45mm VT-43
      VT-42より精度・照準時間がさらに強化されており、Tier4の中でも最高峰の精度と収束性、高い連射性能を誇る。
      特に精度は0.34と同格駆逐戦車をも圧倒し、照準の短さもあり中・遠距離狙撃への適性が極めて高い。
      また、発射速度の早い車輌にありがちな「照準が装填時間に間に合わない」ことが本車にはなく、絞りの時間の分DPMを下げてしまう事が無いのが最大の特長と言える。
      一方で低めの単発・貫通力が、Tier6までマッチングされる本車にとっての足枷となっている。絞る必要のない近距離戦では相変わらず低めのDPMが露わになってしまい、前身から貫通力は上がっていないので、重装甲相手には弱点や側面を狙うなどの工夫が必須となる。また、通常弾では同格にも通用しない車輌も出てくるため、課金弾も多目に積んでおこう。
    • 37mm Automatic SH-37
      3発→2発と発射される極めて異質な機関砲。弾倉ダメージ200に魅力を感じるが、このTierでは課金弾すら貫通力が不足しており、貫通可能な敵を見極めて撃つ必要のある上級者向けの主砲。
       
  • 装甲
    T-70と比較して、車体側面こそ15mmから25mmに増強されているものの、やはり軽戦車らしく薄い。T-70の強みである正面装甲も、防楯の形状が変化した以外に大きな変化はないため、Tierが上がった分むしろ弱体化した印象すら持つ。またTierが2つ上の強力な砲を持つ敵ともマッチングするようになり、立ち回りにはより一層の注意が必要となる。
    ただ、Tier4及び5で猛威を振るう十榴に耐えられる装甲厚ではあるので、同格の他LTよりはまだましと言えるだろう。
     
  • 機動性
    良好な部類ではあるものの、最高速度は45km/hと低く、走り偵察を仕掛けられるほどの速力はない。
    だが車体・砲塔ともに良好な旋回性を持ち、キビキビとした機動が可能だ。
     
  • 偵察性能
    少々背が高いものの、車体のサイズ自体はコンパクトで隠蔽率は良好。
    しかし視界範囲は330mと軽戦車としては劣悪で、置き偵察はこなせるが最低限拡張パーツで視界を補っておきたい。
    また、無線機の性能も不足を感じるほど悪くはないが、やはり全体で見ると今一つ。
     
  • 総論
    総じて目立った弱点はないが、どの場面でも精度以外の能力が中途半端で強みに欠ける車両である。
    軽戦車として扱うよりは、軽装な中戦車と考えた方が運用しやすい場面も多いだろう。また貫通不足から重装甲の車両とやりあうのを避けていくのも戦略のうちの一つだ。
    砲の精度と連射性を活かして、後方からの支援射撃に徹するか。前線にて移動と偵察と攻撃を繰り返し、正面から撃ち抜けない相手に対しては味方と連携してうまく側面を取るか。状況に合わせて臨機応変な運用が求められる。
    中戦車の動きの練習は勿論、精度が良いので狙撃の練習にも使える。爆発的な戦果は望みにくいが、今後のためのノウハウを得るには良いといえるだろう。
     

史実

詳細

T-80は、T-70の改良車両として開発された軽戦車である。
T-70は偵察戦車T-60よりも火力の強化された車輌だったが、砲塔が1人用だったために視察・砲と機銃の装填・照準射撃を車長が全て担当せねばならず、中隊長車では更に隊の指揮が加わりオーバーワークは明らかで、1942年7月初旬にブリャンスクと中央戦線から砲塔を2人用に拡大する必要があると報告された。
T-70が投入された殆ど直後の1942年7月15日に開かれた改良会議では4つの大きな改良点が示され、その1つとして8月1日までに2人用砲塔のモデルを用意し、8月5日までに砲塔システムをテストして45mm砲が搭載可能かどうか判定することが決定された。

 

その後予定通り8月には2人用砲塔の試作が完成。ちょうどテスト中だったT-70の側面装甲強化車体の砲塔リング系を966mmから1112mmに拡大して新砲塔を乗せ、9月27日から居住性と砲の発射速度のテストが開始された。
この砲塔では左に車長兼照準手、右に装填手が配置された。さらに砲塔後部が拡張され、無線機と10発の即応弾が納められた。(車長の後ろにある砲弾は装填手からアクセスできないのでやや失敗)
テストでは1人用砲塔では分間4~5発だった発射速度が分間8~9発に改善され、命中率も47.5%から71%に向上するなど良好な成績を収めた。
しかし椅子の配置の関係で砲塔の向きによっては弾薬ラックにアクセスし辛くなり分間5発まで落ちてしまう点、車輌の左側にある10発分の砲弾は装填手の手が届かないため使用できない点、大型化した1枚ハッチは重すぎて開閉困難などの問題もあった。
他にも撃発ペダルの配置や信号用小ハッチの取っ手に装填手の身体が当たるなど小さな問題が10以上あり、採用はこれらの問題を修正してからという判定になった。

 


試作1号車。初期のT-34のような大きなハッチが見える。

 

一方で、赤軍内ではドイツ軍の地上攻撃機に対抗して対空能力の向上を目指しており自走対空砲(ZSU)の開発を急いでいた。
1942年秋頃、5月からレンドリースで貸与されていたM3 Leeの37mm副砲の仰角がかなり大きく、市街戦での高所射撃や対空射撃への適性が高い事に目を付け、この能力をT-80にも持たせようと画策し始めた。

 

これらの改良策をまとめて1942年10月末に新砲塔の開発が始まる。
まずはハッチを2枚に分けた上で装填手側のハッチにキューポラを設置した。(車長は砲手を兼任しているため忙しく、視察は装填手の仕事にしようとしたのだと思われる)そして、車長の視察装置も精度は高いが操作の難しいPTK潜望鏡から簡素だが操作しやすい英国のMk.IV潜望鏡に変更された。
次に対空能力の強化で、仰俯機能と防盾の変更で最大仰角60度を得たが、狭い砲塔で通常の照準器で高仰角の照準をするのは困難なため、爆撃機の旋回機銃用だったK-8T光像式照準器を装備することで解決した。

 


K-8T光像式照準器の設置設計。この為に専用のハッチが必要となった。

 

また砲塔の大型化により重量が11.2トンと2トン増加したため、エンジンをGAZ-203(70馬力×2)からM-80(85馬力×2)に増強した。
こうして試作2号車は1942年12月頭に完成しテストが開始された。
テストでは停止射10発で2分45秒で6発命中(T-70では4分42秒で3発命中)と良好な成績で、対空射撃においても阻止射撃テストで10発31~37秒で発射可能であった。もちろん本格的な対空自走砲に比べると発射速度は1桁ほども違うが、集中運用すればある程度の対空能力を持たせられると判断したようだ。
走行テストでは215kmを走行し、平均23.8km/h(悪路では12.1km/h)、燃費は100kmあたり184ℓを記録。機動力はT-70とほぼ同等だが、視察能力の向上は高く評価された。
重大な欠点として、発電機へのアクセスの複雑さと、エンジン部品の互換性の低さがあったが、それ以外はT-70Bより優れており、12月18日にテスト結果はスターリンに報告された。

 


試作2号車。仰角が大きくとれるようになっている。

 

こうして1942年12月27日に1943年4月に25両、5月に50両、6月に100両の生産が予定され、その後も若干の設計変更はあったが、1943年3月には最初の生産車が組み立てられた。
しかし3月末までに製造された8両の生産車のテストで不具合が発覚し、せっかくの売りの仰角射撃は25度までに制限されてしまう。
その後工場の爆撃や作業者の不足、品質不足もあって生産が滞り、実戦配備がもたついているうちに状況は変化。その頃にはもう軽戦車の存在そのものが疑問視されつつあり、火力不足も明らかであった。
改善として長砲身の45mm VT-43戦車砲や76mm歩兵砲への換装、追加武装として50mm S-51迫撃砲の搭載などが検討され、VT-43搭載型は実際に製造されるまでに至った。
このVT-43型の命中率は極めて良好であったが、装填速度が落ちた為対空能力は低下している。
しかしテストが終了したのは既にクルスク戦も終わった1943年10月15日。すでに45mm砲では対戦車能力に限界があり、それならばT-70車体の生産能力は歩兵支援に注力してSU-76Mの増産に回した方がよいと判断されT-80の生産は1943年9月には打ち切られてしまう。

 


VT-43搭載型。

 

実戦では1943年8月27日に戦車連隊に配備されたが、受け取った54両のT-80はかなり品質が悪く、故障に悩まされたようだ。
しかしどうにかドニエプル川、ザトンスク、ラコフカ、ジトームィル、ポヤルキンと1943年10月8日から1944年2月まで戦闘し、1月1日時点では25両のT-80が残っていた。
車輌は軽戦車なりにまあまあの成績だったが、損耗したため4月22日にValentineに置き換えられ、1944年夏に最後の戦闘を行ったあとは訓練用として活用された。

 


タンクデサント用に手すりが取り付けられたT-80。

 

T-80は戦車として大きな活躍することはできなかったが、改良案としては評価されたようで、開発者のアストロフはスターリン賞を貰っている(T-70の時も貰っているので2度目)
大戦を生き残ったT-80は1946年の時点でハリコフ戦車学校に約20両残されていたようだが、現在ではクビンカ博物館に1両残るのみである。

 


クビンカ博物館のT-80。

 

引用元
https://togetter.com/li/1194121
https://warspot.ru/10902-pervyy-t-80

情報提供

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マスター(M)バッジ報告専用スレができましたのでそちらへお願いします
使用感や装備など、アーカイブスペック解説に表記されています。

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*1 最大仰角は90度