本棚/仙舟「羅浮」/薬王秘伝・証拠物集

Last-modified: 2024-03-07 (木) 09:04:44

薬王秘伝の一味から集めた様々な証拠物。

送り出せなかった家書

䔥蕾姉さん、お久しぶりです。

家を出て一ヶ月余り、全てが順調です。姉さんはご安心ください。

僕は幼い頃から体が弱く、いつも姉さんに心配をかけていました。此度は挨拶もせずに離れましたが、決して自死などしようというつもりではありません。ただ、これ以上姉さんに迷惑をかけたなかったのです。姉さんには安楽な生活を送って欲しいのです。

この「仰天望気の疾病」のせいで、父と兄が戦死するまでは彼らに迷惑をかけ、今では姉さんの生活を妨げている。二百年以上経ちましたが、いくら医士を訪ねても治らなかった。振り返ると、そこには伝えきれない自責の念しかありません。

でも、もう心配する必要はありません。僕は今、丹鼎司のとある機密計画の臨床試験に参加しているんです。

僕たちを担当する丹士長の話によれば、仙舟で人々を何百年も苦しめる慢性病を治療するため、彼らはやっとのことで六御の許可をもらって、新しい療法の開発を認めてもらったらしいのです。

でも、彼らは研究が進展し何らかの結果が出るまでは、関連情報を厳格に封鎖するとも約束しました。だからこの手紙も、暫くは僕が持っていなきゃいけない、いつか外で活動できるようになった時に、姉さんに送ることにします。

治療手段はかなり有効で、いつもは杖を使ってやっと歩ける程度だったのに、今では好きに歩き回れる。丹士たちも僕の回復に驚いていたんだ、僕は「万に一つの奇跡」だと。

そういえば、ここで使ってる薬、けっこう変わってるんです。丹士長に薬の名前を聞いたら、その人は笑いながら「これは慈悲深い薬王の恩典だ」、と言っただけ。何の意味かは分からなかったし、丹士長もそれ以上説明するつもりはなかったみたい。

どうであれ、この薬は効くから、それでいいと僕は思っています。

でも、これには代償があるのです。あの丹薬を服用する度に、全身が刺されたように痛み、記憶も混沌とする。

こんなことを姉さんに教えるべきじゃない、やっぱりいい知らせを言うことにします。臨床試験が終わったら、丹鼎司から多額な協力金がもらえる。

その時は、僕は健康な体と十分な資金を手に入れられます。そしたらいい場所の客舎を買おう。

大都市の埠頭が一番いい、そこで観光客を相手にした客舎を経営しよう。姉さんももう苦労する必要はない、うちはお金持ちになるんです!従業員を何人か雇って、僕も働くから、姉さんはやりたいことをやればいい。姉さんはそういう生活を送るべきだよ。

じゃあ、また会う日を楽しみにしています。

愚弟䔥居、翹首して返信を待つ。

緊急指示

青棠へ

雲騎軍内に築き上げた情報網が暴露され、多く仲間を失ってしまった。ここまで来たら、もう確定できる——我らの内部に猟犬が潜んでいる、それも一匹だけではない。そしてその大半は羅浮に潜んでいるはずだ。

今ある情報から推測すると、そのうちの何匹かは我らの重要作戦に参加していた、神策府で失敗したあの作戦にもな。猟犬が潜んでいなければ、あの無眼将軍はもう死んでいるはずだ。これが我らにどれほどの影響を与えたのかは、想像できるはずだ。

早く猟犬共を特定し、跡が残らないように始末せよ。活かしてはいけない、危険すぎるし、そうする価値もない。今までの経験から見れば、如何なる手段を用いても、奴らは口を開かない。

もし兄弟姉妹が暴露したら、猟犬の手に落ちる前に慈悲ある結末を渡すのだ。

数日前、首領様がおっしゃっていた。「今、羅浮での布石は極めて重要である。千年の大業はこの一戦に在り、如何なる失敗も許されない」と。そのお言葉、心に留めておけよ。

薬王のご慈悲を!

紫桂

蒔者の日記

……
3月9日

世の中は不公平だと、私はますます確信した。

雲騎軍の武器庫にある数多くの武器から、私は最も操りにくいとされる槍を選んだ。それ以降、人並み以上の鍛錬を積み重ねてきたつもりだ……なのに、游山には勝てない。私の胸くらいの身長しかない、たった60年間しか生きていない持明族の奴に勝てないなんて。対して私は、雲騎兵法の鍛身再造を受け、百年近くにわたり槍術を磨いてきた。

「剣は軽やかに、槍は雄壮に操れ」と師匠に常に言われてきた。剣に気を集中させて操るには、高度な神経反射が求められる。一方の槍は、力の制御の世界。敵を突き刺した槍から跳ね返る驚異的な反動を吸収するためには、血のにじむ筋肉の鍛錬が必要だ。

反射神経に関しては、自分は狐族に到底叶わないことは承知していた。しかし、力においてまで、持明族の相手にならないとは思いもしなかった。
游山に勝てないのは、決して私の武術の学びが甘いとか、稽古が足らないからではなく、ただ単に筋肉構造が違うからだ。鱗淵境の古海から転生した持明族は常に巨大な水圧の中を悠々自適に泳いでいる。陸にしか適応していない我々仙舟人が奴らの体力に叶うわけがない。

たとえ私にさらに数百年の命が与えたられたとしても、遺伝子の壁を打ち破って、游山より強い身体になることは不可能だろう。これが私の情けない運命、絶対に最強にはなれない宿命なんだ。

……
4月2日

丹鼎司に勤める知人の丹士からある薬を勧められた――「龍蟠蛟躍」とかいう薬で、飲むと龍力が身につくという。

不気味な薬の名前だ、と思った私の気持ちを察したのか、彼はにやにやしながら「この薬の精製に使われた材料を当てられたら、ただであげる」と言い放った。恐ろしいものが入っていることを暗示するように、目配せをしながら。

こいつらの丹士は一体何を目論んでいるんだ?薬は、買わなかった。

「龍蟠蛟躍」…その名前からして気に障る。持明人は、自分らのことを星神の末裔だと思い込んで「龍」を敬うらしいが、フン!私にとっちゃ龍と聞くと、游山を思い出すだけだ。
游山の奴は十衛長に抜擢された。師匠は、自身の後継者として奴を推薦し、弟子たちに教える任を任せるそうだ。游山の奴、心は天狗になってるくせに、私に会うたびに兄さん、兄さんとわざとらしく呼びやがって、その裏でせせら笑っているに違いない。本当に腹が立ってしょうがないのだ。
奴と稽古するたび、その肉体に槍を突き刺してやりたいと何度思ったことか。だけど、どうせ無理。游山に勝てないんだから。

稽古の結果は3戦3敗。ま、予想通りか。私は道場に一人、長い時間座り込んだ。
……
6月20日

ついにやった!この私が、やってのけたのだ!
ついに、游山を倒した!

「龍蟠蛟躍」はまさしく神の薬だった!薬が体内に入る際は、内から狂風が巻き起こるがごとく、張り裂けそうになるが、その激痛は束の間のこと。その後は、手に持った槍が針のように軽く感じられ、軽く振りかざすだけで、稽古相手の皆をいとも簡単に倒せるのだ。
私は素早く強くなった!ハハハ、游山とてもはや私の相手じゃない!

私の目には、奴の動きがアリみたいにゆっくりなんだ。手を伸ばすと、簡単に奴をとらえられた。そして槍先でじっくり奴を押しつぶしてやろうと思った。しかし残念ながら、そこで師匠が稽古を中止させた。師匠は軍医に私の身体を診断させたが、何も異常は見つからなかった。
ふん、まったく頭の固い老いぼれだ。知人によると、この薬を服用し続ければ、私はもっともっと強くなれる!

神策府に非常に剣術に長けた武官がいると聞いたが、もうしばらくしたら、そいつだって私の相手じゃなくなるかもな!
……
7月25日

紹介を経て、私は姉妹兄弟に仲間入りし、蒔者となった。
心に限って言えば、既に悟りを得ているつもりだ。

雲騎兵法を読む際、仙人にしか到達できなさそうな境地に関する記載があった――「秋豪分け」、「昆鋼砕き」、「陰陽転換」、「流光追い」……しかし、これらは伝説ではなく、遥か昔の仙舟人は確かにその境地に達していたのだ。

しかし、私の身体はまだまだ悟りの境地に至っていない。
その極限に達するためには、秘伝の丹薬を服用し、苦行を積み重ねなければならない。
何ら心術や神秘的な力によるのではなく、ただ単に肉体の強度によってのみその境地は開けるのだ
――それこそが「薬王秘伝」の仙道が私に授けてくださったお教え。

その極限に到達し、さらに突破する力は、薬王の慈悲によってのみ授けられるのだ。
ここでは多くの姉妹兄弟と知り合った。彼らは仙舟の各分野業界の出身で、中には殊俗の民もいる。ここに集った目的は人それぞれ。命を救うため、復讐のため、魅力ある指導者に憧れて、薬王に対する熱狂から来た人もいれば…はたまた妖弓禍祖への果てしない憎しみに駆られて来た人もいる。そして私みたいに、悟りを得るために来た人も。

私たちは協力し合いながら、丹薬を精製し、猟犬から隠れ、そして薬王を慕った。他の者の信念を疑ったり、その目的を笑ったりする人は誰一人いない…「社会秩序」の中で生きてきた自分の人生がバカみたいに思えるほどだ。

丹薬の服用に、壮絶な苦しみが伴うことは否めない。あのまずすぎる液体を呑み込むと、まるで針を呑み込んだかのように内臓が灼熱して沸騰する感覚に見舞われる。必死に吐き気を我慢して呑み込んだら、今度は肉を骨から無理やり剥ぎ取られるような激痛に襲われ、続いて骨と骨が石のごとくぶつかり合い、たちまち身体が崩れそうな痛烈さを味わう。骨がぶつかり合うたびに、その衝撃が脳を直撃するので、いっそのこと気絶して苦しみを忘れることすらできない。

だが、数時間の苦しみに耐え切った暁には、身体能力が著しく上昇する。
数百、数千年にわたる肉体の修行が、その数時間の間に凝縮されたものだと考えれば、その苦痛も何とか耐えられるものだ。
……
9月10日
さらなる力を得て 私はさらに強くなった

游山はおろか 師匠でさえ私に勝てない 次第に私は悟ったのだ

武を学ぶ極みは 爪牙の利 筋骨の強さにあり

勝つことこそ 即ち生者なり 即ち武徳なり

武徳 即ち薬王の慈悲なり

薬王よ 薬王よ 薬王の慈悲よ
薬王の慈悲 建木よ健やかに 蒔者は一心なり 共に仙道を登らん

薬王の慈悲 建木よ健やかに 蒔者は一心なり 共に仙道を登らん

薬王の慈悲 建木よ健やかに 蒔者は一心なり 共に仙道を登らん

薬王の慈悲 建木よ健やかに 蒔者は一心なり 共に仙道を登らん

薬王の慈悲 建木よ健やかに 蒔者は一心なり 共に仙道を登らん

薬王の慈悲 建木よ健やかに 蒔者は一心なり 共に仙道を登らん

※以降の数ページにわたり、この言葉が繰り返し書かれる※

作戦目標:景元

靛海棠へ
この一ヶ月で景元に対する排除作戦を5回も実行した、なのに何故ヤツはまだ生きている?お前たち、サボっているのか?
黄牡丹、九月十九日

黄牡丹へ
しょうがないだろ?こいつ「無眼将軍」って呼ばれていて、公務にもほとんど顔を出さないし…会える機会がほばないのに、どうやって始末しろと言うんだ?
靛海棠、九月廿二日

靛海棠へ
丹鼎司にあれほどの仲間が潜伏しているというのに、一人も役に立たないのか?いくら将軍だと言っても、丹鼎司で健康診断くらいはするだろう?その時を狙えないのか?
黄牡丹、九月廿四日

黄牡丹へ
兄弟よ、あんた羅浮は初めてなのか?景元みたいな大物が自分から足を運んで受診するわけないだろ?そういう時は専門の医士が神策府に行って診てあげるんだよ!神策府で手を出したら誰も逃げられない!
靛海棠、九月廿七日

靛海棠へ
薬王のご慈悲を。お前たち…そのように生を貪るとは、恥を知れ!
黄牡丹、九月卅日

黄牡丹へ
何を偉そうに、できると言うのなら自分でやれ。口ばっかり動かすな。
靛海棠、十月一日

靛海棠へ
貴様、どこにいる?逃げるなよ、二人で腹を割って話そうじゃないか。景元を始末できずとも、貴様くらいは始末できるわ。
黄牡丹、十月二日

薬王秘伝・密令

紫夷兄弟へ、

緊急の用事だから手短に説明する。君には丹鼎司の半夏という医士を捕まえてきて欲しい。司部で彼女の履歴を見て、煉薬の助けになれると思ったのだが…彼女が丹鼎司の洞天を脱出する手段を持っていたとは予想外だった。その上、彼女はとある名簿を持ち出した。

名簿の内容は言えないが、それは絶対に回収せねばならない。君は半夏の顔を知っている、そして私は君を最も信頼している。必ず彼女を連れてきてくれ、少なくとも名簿は処分しておくんだ。

情報によると、半夏は洞天が封鎖される前に龍女を連れて離れている。今洞天の外と連絡が取れる仲間は少ない、もし他の蒔者に出会ったら、手紙と薬方をその者に渡して、共に裏切り者を捜索するんだ。これは最優先事項だ、忘れないように。

薬王のご慈悲を!

藍芝

還塵駐形丹

蒔者の兄弟姉妹たちへ、

入教以来、皆宝餌を服食し、精勤に修行した。内丹を結成した者は甚く衆く、「薬王秘伝」の大業は期待できるものとなった、吾が心は甚く慰むものである。

或る蒔者は根器鋭利であり、早期に飛昇し、「薬王相」や「繁枝相」等の真仙の容貌を顕わしたが、日常の行動には不利となった。吾は汝らに「還塵駐形丹」の薬方を授予する。方に従い薬を服せば人の耳目を掩い、原の容貌を維持できる。

処方は以下に:

岱輿トウキ5銭
鱗淵天門冬2銭
波月古海龍鱗珊瑚3銭
蒼茯苓1銭
魔陰の身の骨粉1両(此の為同袍相食むべからず)
丹参骨膠、古根龍泪滴を佐け、研磨し薬丸を調製する。

皆の者よ、所謂「魔陰の身」とは薬王が我らに賜予した飛昇の天階、其の勢いは緩めるが、絶対に避けること能わぬ。頻繁に駐形丹を服用すれば、その薬力は次第に減弱し、無用に至る。蒔者の兄弟姉妹たちよ、留意するのだ。

薬王の慈悲、建木よ健やかに。

千手慈悲薬王救世品

如是我聞:

ある時、千手慈悲薬王は諸界を巡り、九万九千九百九十九人の蒔者と共に羅睺に住み、説を唱えた。

その時、倏忽使令、千手慈懐薬王に問いて曰く「衆生には病があり、みな苦しんでいる。すべての有情の衆生は生、老、病の苦に縛られている。苦の本とはいかに?」

千手慈懐薬王曰く「生、老、病の苦はみな死に帰する。生者の苦は、命に限りがあること。老者の苦は、必ず死に至ること。病者の苦は、死が近いこと。ゆえに生、老、病の苦とは、すなわち死にあり。死あることが、苦の本なり」

倏忽使令、合掌して曰く「一切の有情の衆生には、滅びの日もあれば、輪廻の日もあり。生、老、病の苦、いかにして断たん?」

千手慈懐薬王、倏忽使令に告げて曰く「彼の衆生は、肉体に捕らわれ、檻に囚われ、三苦刑を受けるが如し。私は今、永寿の神木を植えて彼の衆生を解脱させ、生きて限りなく、老いて至らず、死して生まれ変わりて、煩悩を断たん」

その時、倏忽使令、念じて曰く「薬王の慈悲、建木よ健やかに。蒔者は一心なり、共に仙道を登らん」

「薬王の慈悲、建木よ健やかに。蒔者は一心なり、共に仙道を登らん」

その時、蒔者九万九千九百九十九人、続けて曰く「薬王の慈悲、建木よ健やかに。蒔者は一心なり、共に仙道を登らん」

そう念じた時、蒔者九万九千九百九十九人はみな生、老、病の苦を断ち切った。

処方箋:龍蟠蛟躍

当薬品は武芸の修行者、または身体能力が常人とは異なる者が使用すること。
龍の血族は使用しないこと。

処方は以下の通り:
岱輿トウキ7銭
伏冬桑3銭
波月ニンジン1銭
乾燥タラサコガネ2匹(粉末)
乾燥方壺タツノオトシゴ1匹(粉末)
以上を蒸留し、沈殿物がなくなるまで濾過する。
常温になるまで放置し、波月古海水と1対1で混合する。
持明髄1両(生きたまま)を混合液に入れ12時間静かに置く。
金の注射針で薬液を取り、筋肉注射する。

投薬後の全身の激痛、骨の異音、視力聴力の低下はすべて正常な症状である。
この苦難を乗り越えた者は、必ずや禅の境地を悟り、永久に仙道に登るだろう。

薬王の慈悲、建木よ健やかに。

「龍蟠蛟躍」の薬理作用に関する考察

「龍蟠蛟躍」の薬理作用について議論するためには、まずは少し話題を変えて、「長命」の原理から話す必要がある。

銀河に生きるほとんどの血肉の造物にとって、「長命」はもう一つの意味――つまり「癌」を内包している。無秩序に成長し、永久に生存する「長命」の細胞は、宿主の体内に浸蝕し、共倒れするまで戦い続ける。

実際、数万年にわたる試行錯誤と生存ゲームを経て、一部の癌細胞は変異の末に宿主を離れても生存できる能力を身につけ、「長命」によりほかの生物をも浸蝕する能力を得た。星暦7142年、博識学会の統治下にあるヤガールアトで感染のよる甚大なパンデミックが発生した。事後の調査で、病原体は本来珊瑚綱生物に寄生する癌細胞であることが判明した。それは偶然の変異で生物種を超えて感染する能力を獲得したのである。

単に医学的な視点から見ると、我々「長命種」は「長命」の細胞が全身に蔓延しているにもかかわらず、体内環境を一定に維持することができる。これは誠に不思議な現象と言わざるを得ない。

仙舟人と狐族の生存秘訣を簡単に説明すると、全身の細胞が必要に応じて、特殊化した細胞と幹細胞の間で変換可能である点だ。この変換は特定の秩序にしたがって行われ、その秩序が乱れることはない。

その変換の仕組みこそ最も奥深く不思議と言える。それは内分泌のレベルなどによるものではなく、その人が生まれた時から決められた「基準」で決まる。その「基準」により、細胞が分化や特殊化といった変換が行われる過程でも、身体特徴は当初の「基準」に基づいて維持される。

この生物学の規則から逸脱した現象を、我々は寿瘟禍祖の神力の現れだと帰結した。一方、長命種の生命周期がある臨界点に達した時、寿瘟禍祖の力は新たなレベルに突入することがある――本来の「基準」が壊され、肉体が極端で破壊的な成長を遂げ、文明世界に生きる「人」は、やがて理性を失った「忌み者」へと化する。それはつまり世の言う「魔陰の身」である。

また、持明族の長寿については仙舟人や狐族とは異なり、寿瘟禍祖によるものではなく、彼らが龍祖の末裔であることから、「不朽」の力がその血脈とともに流れているからとされている。

その特殊な性質から、持明族には他の長命種とは異なる生命周期が存在する。成体から幼体に戻ることが可能な生命周期を繰り返すが、それは細胞の分化転移によって実現する。また、この特殊な分化転移のおかげで、持明族は多くの長命種が悩まされる各種「長命病」にも見舞われずに済む。

「龍蟠蛟躍」の核心的な原理は、龍祖のこの力を他の生き物の体内に転移させることである。岱輿当帰、伏冬桑、波月水参…これらの薬剤の核心的な薬理作用はただ一つ、即ち持明髄の細胞を再生および活性化し、薬を注入された体内で活動を再開させることである。

長命種の中で、これらの「薬剤」は「制御可能」な形で魔陰の身を誘発する。本来であれば寿瘟禍祖の影響で無秩序に成長するはずの身体の組織が、龍祖の引導を受け、「制御可能な範囲で制御不可」の状態となる。それによって、受容体は理性を保ったまま、魔陰の身にしか得られない力を獲得するのである。

しかし短命種にとっては、これらの薬剤は純粋に龍祖の力を身体の中に埋め込むものである。この埋め込み自体、非常に乱暴なものではありながら、短期間だが確実に、本来は脆弱な短命種の身体機能を大幅に強化することができる。しかしながら、最初に埋め込んだ龍の血族の細胞が免疫反応によって全滅したあと、身体の各種機能は極度な衰退を迎えることとなる。この衰えを抑制ないし逆転することができるものは、おそらく薬王秘伝が精製した他の「妙薬」しかないだろう。

以上のことから、神策府が私に薬理作用の解析を依頼した目的は、解毒剤の製造と思われるが、残念ながら、「龍蟠蛟躍」のような薬物には解毒剤など存在しない。何故ならば、その薬理作用の核心は、龍祖の力を利用して人為的に魔陰の身を誘発するものであるからである。

もしその薬物の「解毒剤」を精製できるなら、魔陰の身ももはや不治の病ではなくなるだろう。

丹枢