イルミナティ

Last-modified: 2025-06-02 (月) 03:19:31

19年11月・ウイニング競馬.jpg
19年9月・ウイニング競馬.jpg

概要

(きた) (むら) (ゆう) (いち)
競馬学校第22期生。同期にはタナパク師や黛、お兄さまの息子など
趣味は読書で「嫌われた監督」や後述の本などをインタビューで紹介した

先輩騎手に既に同姓同名がいるため、彼は専ら「机」「イルミナティ」と呼ばれるのだが、この渾名がついた経緯ははっきり言ってどちらもしょうもない

  • 「机」......13年11月2日の京都2Rのレース後、検量室で机をひっくり返す暴挙に及んだため。なおこのレースで斜行し騎乗停止4日の制裁が下っていたが、これによってさらに2日分のおかわりがついてしまった
  • 「イルミナティ」......19年のシリウスSを前に行われたインタビューで、何故かフリーメーソンとイルミナティ*1に言及。このインパクトが絶大だったため、あっという間に「イルミナティ」の渾名も普及した。最近ではイルミナティスレと合わさってユーイティ~~~!!等と呼ばれている
「愛馬」クロノジェネシス

07年10月の落馬→右手首骨折、09年7月には落馬→左上腕骨骨折、さらに12年9月には落馬→右手骨折など、度々落馬負傷に泣かされてきている
落馬(&それによる負傷)は騎手にはままあることなのだが、彼の場合はどうもタイミングが悪いことが多かった

とくに21年5月の落馬で負った怪我はこれまでで最も重く、椎体骨折・右肩甲骨骨折・背骨8本以上骨折の重傷で全治1年以上と診断された
これにより、新馬戦から全戦に騎乗し重賞5勝(うちGⅠ3勝)を挙げていた愛馬・クロノジェネシスとのコンビは事実上解消*2となってしまった
それでも同年12月、イルミナティはまともに歩けるようになったばかりという満身創痍の状態ながらクロノジェネシスの引退式に駆け付けた

その後22年5月には調教騎乗に復帰、翌6月11日にはレースにも復帰
24年ファルコンS(ダノンマッキンリー)で復帰後初重賞制覇を果たし、同年のホープフルS(クロワデュノール)で4年ぶりのGⅠ制覇を果たした*3

主な騎乗バ

  • 主戦騎乗・最多騎乗は太字、GⅠ級勝鞍は赤色、未勝利レースは灰色で表記
  • レース数・騎乗数*4は2025年6月1日現在。黄色欄は同時点で現役馬
馬名騎乗数主な騎乗レース備考
ウマ娘
トーセンジョーダン1 / 30
[1-0-0-0]
◆08年2歳未勝利
ラッキーライラック1 / 19
[0-0-0-1]
◆18年秋華賞(9着)
クロノジェネシス14 / 17
[7-3-3-1]
◆18年アイビーS、阪神JF(2着)
◆19年クイーンC、桜花賞(3着)優駿牝馬(3着)秋華賞
◆20年京都記念、宝塚記念有馬記念
非ウマ娘
ミヤビランベリ4 / 25
[2-0-1-1]
◆07年3歳500万下(3着)
◆09年新潟大賞典(6着)、目黒記念、七夕賞
ヒットザターゲット4 / 57
[1-0-0-3]
◆13年京都大賞典、天皇賞秋(7着)
◆14年天皇賞春(15着)
◆15年中日新聞杯(9着)
ファッショニスタ2 / 22
[1-1-0-0]
◆17年3歳500万下(2着)
◆20年JBCレディスC
ダノンスマッシュ7 / 27
[3-1-0-3]
◆18年函館日刊S杯、キーンランドC(2着)、京阪杯
◆19年シルクロードS、高松宮記念(4着)
ノーヴァレンダ4 / 18
[3-0-0-1]
◆18年もちのき賞、全日本2歳優駿イルミナティ初のGⅠ級勝利
アルアイン5 / 20
[1-1-0-3]
◆18年オールカマー(2着)天皇賞秋(4着)
◆19年大阪杯宝塚記念(4着)天皇賞秋(14着)
レシステンシア5 / 17
[3-0-1-1]
◆19年ファンタジーS、阪神JF
◆21年阪急杯
ダノンマッキンリー4 / 13
[1-0-0-3]
◆24年ファルコンS、NHKマイルC(13着)
クロワデュノール5 / 5
[4-1-0-0]
◆24年東スポ杯2歳S、ホープフルS
◆25年皐月賞(2着)東京優駿

コメント


*1 「イルミナティ」は18世紀後半のドイツに立ち上げられた友愛結社の1つで、ざっくり言うと『古代秘儀と啓蒙思想を結びつけた独自の思想を掲げ、キリスト教に取って代わらんとした集団』のこと。
*2 赤バッテンの規約に「牝馬は6歳春までに引退させる」と明記されており、どう考えてもラストランには間に合わない
*3 クロワデュノールはその後25年東京優駿も制し、イルミナティは騎手生活20年目にしてダービージョッキーとなった
*4 競走除外・出走取消も1戦としてカウント