こんなのデマです!この記事を書いたのは誰ですか!信用しないでください!
ここは最近ウマ娘界隈で囁かれる真偽不明の原作ネタについて検証していくページです。
記事を執筆なさる際には可能であれば信用のおける証拠をお願いします
ちなみに妄想由来のネタとして楽しむ分には(不謹慎でない限りは)全然OKだと私は思ってます。
原作ファンでウマ娘のネタ・キャラ付けとして楽しんでる方もそれなりにいるようですしね。
大事なのはそのネタが本当にあったことだと誤認しないことだと思います。
ソースロンダリングにお気をつけください
(死語かもしれませんが)信頼ある機関・媒体・関係者の発表などを伴わない噂などをWebサイト・紙面などに載せ、
それをまた別媒体で取り上げさらにまた別の…という循環を繰り返すことをソースロンダリング(情報源洗浄)と言います。
ほとんどのデマはこの結果として生み出されます
推しの風評被害を防ぐためにも、その情報の大元が一次情報発信者であるJRA・関係者・各牧場などのものであるかを一度確認してみましょう!
ところでこのimg顕彰馬という風評被害なのですが・・・
誤解:◯◯は△△である
正しくは「□□」です
みたいな書き方で如何でしょうか?
初期案なのでどんどん改善していってください!
- ウマ違い
- タマモクロスとマキバオー
- 逸話
- イクノさんが屈腱炎になったけど治ったというのは本当?
- イクノさんとテイオーさんの恋愛事情+マックイーンの恋愛事情
- マスクド三冠馬(舎弟(オルフェーヴル))あれこれ
- キンイロリョテイ(ステイゴールド)と舎弟(オルフェーヴル)のプール訓練
- ゴールドシップ&ステイゴールドの「本気で走っていなかった」逸話
- ジャスタウェイ引退後のゴールドシップ
- シリウスシンボリ(+シンボリルドルフ)とその関係者たち
- シンボリクリスエスとゼンノロブロイ
- スペシャルウィークの種付け嫌い
- スマートファルコンの「砂のサイレンススズカ」という異名はあったの?
- 柵破壊神(タニノギムレット)
- マチカネタンホイザと蜘蛛
- メジロマックイーンの気性難
- 引退後のウイニングチケット
- 死因
- 馬の種付け・配合に関して
- 馬の毛色に関して
- 馬術・乗馬への転用(用途変更)
- その他、競馬関係について
- ウマ娘全般
- 本当だもん!ターボ見たもん!
- WANTED!情報募集中!
- 保留中
- 情報提供したいんですけど…
- コメント
ウマ違い
シャカラカブンブン(グラスワンダー)
誤解:この画像の馬はグラスワンダーである
正しくは「シャカラカブンブン」です
2012年の出走記録はこちら
https://en.wikipedia.org/wiki/2012_Grand_National
グランドナショナル時の写真とも似てるのがわかります
https://www.grand-national.me.uk/3182/shakalakaboomboom/
現状一次ソースとされる動画です
Shakalakaboomboomと綴るんですね!ウワーッ!読めません!
https://twitter.com/camillahendo/status/1246549962248392705
↑が消えてしまったのでWebアーカイブです
https://web.archive.org/web/20210815230613/https://twitter.com/camillahendo/status/1246549962248392705
エル。
タンポポが好きなのは本当である
https://www.youtube.com/watch?v=mVa3j46ESMQ
ユニラテラル(レッドディザイア)
誤解:この画像の右の馬はレッドディザイアである
正しくは「ユニラテラル」です
この写真はウオッカさんのアイルランドでの一枚で、フォトグラファー國廣 陽子様の作品の一枚です。
https://yoko-kunihiro.blog.ss-blog.jp/2010-04-04
あとユニちゃんは実際には仲の良いお友達だったらしいので、片思いはネタと理解した上で使用しましょう
シンボリの馬(名前不明)
シリウスシンボリ(原作)のページでも触れさせて頂いてますが、ウマ違いの写真が最近シリウスの写真として流れているようなのでここに書かせて頂きます。
最近見かけたものですが、ルドルフの写真集に収録されているこの画像の後ろの馬はシリウスではありません
*1
流星の形がパッと見は似ているのですがシリウスは後ろ脚の右側だけが白い「右後一白」ですが
画像の馬は左側の前脚と後ろ脚が白くシリウスではないことが分かります。
そうしてから額を見ると「丸い形から雫が短く落ちているシリウスの星」とは違い、ウマ違いの方の画像は「やや欠けた丸から細い雫が鼻近くまで落ちている流星」であることが分かると思います。
ルドルフと共に歩いてる画像ですと、以下の画像がシリウス本人です。
*2
ウマ違いにお気を付けください。
比較すると一目瞭然ですね
ちなみにウマ娘関連でシリウスの勝負服が初出となった「ウマ娘 シンデレラグレイ」では勝負服のデザインにもこの右後一白が反映されていることが分かります(塗り忘れでない限りは)。
*3
*4
デマを否定しても後から後から全く新しいデマが出てくるのは何故なんですか…そういう星の下に生まれた子だというんですか…
タマモクロスとマキバオー
マキバオー関連なのでこちらに記載しました
つの丸
逸話
馬名50音順で並べています(かなり増えそうなので並べ替えました)
イクノさんが屈腱炎になったけど治ったというのは本当?
誤:イクノさんが屈腱炎になったけど伝説の装蹄師が直した
正しくは「おそらく違うっぽい?」です。
ただし、イクノさんを取り上げた本(1998年発刊)では屈腱炎に掛かったことは一切書かれていませんが、
後年(2013年)装蹄師の方が亡くなったニュースでは治したと書かれていたり、
色々な馬とのエピソードの混同が原因という話もありますのでより一層の情報が必要と思われます
以下はコメント欄からの転記です
福永さんが亡くなった際(2013年)の日刊スポーツの記事を見るとイクノディクタスやハギノトップレディなど脚部不安の競走馬を何頭も立ち直らせ~という記述はありましたね。
ただ軽く検索してみてもイクノさんの話じゃなくて別の馬の話ばかり出てくる上にミル貝の脚注にある映像も残ってないので正直明確なソースは出せなさそうな気がします
いつも思うんですけど安楽死直前の馬を北海道からわざわざ広島まで持ってくる時点でちょっとなんかおかしいような……
netkeibaのイクノディクタスの掲示板[240-242]に一連のコメントがありますね。
コメント纏めると『屈腱炎になったことは無い』『エミノディクタスと混ぜた創作』『装蹄師に関する話はダンディアポロ』だそうです。
でこのコメント主の素性ですが、日記ページにイクノさんの馬主の息子という記述がありました。
これがほんとかどうかが問題ですが。
netkeibaのイクノディクタスの掲示板
コメント主の日記記事
2017年の壺のスレでも「優駿達の蹄跡」発祥のデマとする書き込みがありました
1992年のイクノディクタスのローテ無茶苦茶すぎ
この>>69ですですが匿名のレス以上のソースが見つけられていません
1998年3月20日に夏目書房から出版された『黄金の母たち』の19ページで確認とれました。
本の中には屈腱炎は影も形も語られていません。
イクノさんとテイオーさんの恋愛事情+マックイーンの恋愛事情
テイオー
誤解:イクノはテイオーに恋をしていた
正しくは「不明」です
片思いしてたって話を最近よく聞きますけどソース不明な上にウマ娘の2期やってる途中から流れ出した噂ですよこれ…
どこから出てきたんですかこんなの…
あとお馬さんの恋愛事情なんて一部のわかりやすい子を除いて人間にはわかりませんよ…
噂としては以下のようなものはあったらしいです(ただし、その噂の情報元は不明です)
https://uma-furi.com/ikuno-dictus/
……が、この記事を書かれた方はイクノディクタスのファンかつトウカイテイオーの大ファンのよう(御本人のTwitterでの検索結果)なので、そもそも噂があったかすら……
また、馬マンガの大御所よしだみほ先生の「馬なり1ハロン」の4巻にてテイオーさんとイクノさんが砂浜でコケて重なってしまった所を写真に撮られて誤解されて…というネタがありますが
読者なら当然ご存じかと思いますが馬なりはデジタルさんのような「キテル…」思考で様々なカップリングを描いておられる漫画ですからね?
私も劇中のカップリングは好きです(代表的なダイタクヘリオス×ダイイチルビーとか)…が、現実と創作は分けて考えるのが良いと思われます。
以下コメント欄から追記
イクノさんのnetkeiba掲示板[82]に鹿児島山下牧場にいる際に馬房が隣でテイオーが擦り寄ってきたのを弾き飛ばしたとのことなのでテイオーが恋してたかは怪しいですが接点はあったみたいです
netkeibaの掲示板にあるという話は前々からあるんですが、結局その書き込んでる人たちの身元が証明できない&そういうエピソードが雑誌や新聞から出て来ないってところが問題なんですよね…
また、これは山下牧場に行ってきたという個人の方の写真付きのブログなのですが、
山下牧場さん訪問記①
馬房の間隔が比較的あいており、頭をくっつけるのがやっとという感じです(もちろん馬房を建て直していた場合、当時と間隔が違う可能性はあります)。
さらに山下牧場さんは海岸でのトレーニングを施す育成牧場さんで馬を預かる立場です。他の方から預かっている高額な馬が、馬房で弾き飛ばされるような管理をしているのか?となります
イクノのさんの恋愛事情ですが、「なぜこのような噂が流れたのか」の考察を目にしました。
結論から言うと「トウカイテイオー イクノディクタス」で出てくるフリーペーパーの記事(2020)が元で、その記事のライターがトウカイテイオーのかなり強火なファンかつイクノディクタスのファンであったために生まれた供述だと推測されていました。
また、「イクノディクタスはトウカイテイオーを嫌っている」説は、netkeibaイクノディクタス掲示板の2011年頃のイクノディクタスとエミノディクタス、その馬主の馬にかなり詳しい関係者を名乗る方がそう仰っていました。
(その方はかなり長い間イクノディクタス掲示板で質問に答えていたようで、実在する関係者の話もかなり詳しくされています。)
…………要はどっちも信頼度が低いですが多分より低いのは前者ですね。
マックイーン
色んな関係者がマックちゃんが恋してたって話してますが念のため記載
『黄金の母たち』19ページより
マックイーンの厩務員が「イクノが出ているのでしょう。マックがイクノばかり気にしていて落ち着かない」とこぼしたお話。
競馬中はフケさえ見せなかった彼女だから、マックの恋心など我関せずかもしれない。と書かれています。
排卵誘発剤に関して
イクノさんの薬ネタについてですがこちらの個人ブログに出典付きでありましたhttps://plaza.rakuten.co.jp/syoso2342/15029/ 『発情も全く見せなくて、あて馬を見せても寄りつかないし、最後に注射で一応呼んだ形で受胎させたんだ』(五丸農場場主五丸忠雄/「黄金の母たち」より)なので書籍の確認が取れれば実際にあったネタと言えるのではないでしょうか -- 2021-09-25 (土) 21:54:34
ちなみにイクノさんに限らず排卵誘発剤を使うのは牝馬の排卵管理で割と普通のことだったりします。
参考:JRAの育成牧場が書いてるブログ、JRA育成馬日誌より
交配前後の繁殖牝馬の管理について(生産)
交配前後に使用する薬剤(写真4)
①排卵誘発剤
以前は直腸検査の結果から排卵時期を予測し種付けするというスタイルが常識でしたが、近年はより効率的に交配するため排卵誘発剤が普及してきました。
ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)は、馬の排卵を直接的に誘発する黄体形成ホルモン(LH)様の作用を有しており、2,500~3,000単位を静脈内投与すると、24~48時間後に排卵する確立が高くなるため、種付けの前日に投与します。「卵胞が排卵できる状態」にあることが使用の前提となるため、前述の所見を確認後投与します。
少し専門的な話になりますが、このhCG製剤を繰り返し使用すると免疫反応によって繁殖牝馬の体内に抗体が作られ効果が減少すると言われているため、上記の所見が認められない場合は使用しないなど、無駄打ちをなくしなるべく使用回数を減らす注意が必要です。
海外ではこのhCGの欠点を改善した性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)の類似物質であるDeslorelinが使用されています。GnRHは前述のLHの放出を促進し、その結果間接的に馬の排卵を誘発するため、hCGより自然な排卵に近い効果が得られると言われています。2.1mgを皮下注射すると48時間以内に排卵すると言われていますが、卵胞の大きさが30mm以上であることが使用の前提であるため、投与前に超音波検査を実施することが不可欠です。
JRA育成馬日誌
マスクド三冠馬(舎弟(オルフェーヴル))あれこれ
幻覚ウマ娘なんですがコメント欄にいくつか疑問・情報などがあるので万が一将来的に実装された時の記載漏れが怖いので項目を作ってます。
ikzeの事好きなの?
疑問なんですがマスクド三冠バがikze大好きって何か根拠あるんですか?
実馬の方のマスクド三冠馬なら特に根拠はないと思います、集団幻覚ウマ娘の方のマスクド三冠馬だったらちょっとずつキャラ付けされていってるんだと思います。
成程…最近実馬のほうがレース後ikzeを振り落としたのは褒めて欲しいからとか怪我しないよう甘噛みしてたとかまことしやかに言われてますので少し気になっていました。ありがとうございます
どっかで読んだようなと思って調べたんですけど、記憶の記事にたどり着いたら「ikzeから志願があって池江調教師も受け入れた」って順序でした。なにかの縁があって相性が良くずっと乗ってたみたいに覚えてたんですけど、ikzeから志願したんですね……。
舎弟との関係っていうよりむしろデュランダルへの重さを再確認することになっちゃいましたし気性難請負人として認識され始めてたんですね……あと四位さんとめっちゃキテないですか!?
オルフェーヴルの池添が、ダービージョッキーとなって初めて話せた話とは
ドリームジャーニーの鞍上が騎乗停止で困ってたらそこにikzeがぜひ乗らせてほしいと志願した話ですね。そこから池江調教師とikzeの池池コンビが誕生し後のマスクド三冠馬の鞍上へとつながっていきます。
阪神大笑点の失速の原因は?
コメント欄より
阪神大賞典の舎弟の減速の原因を「ゴールだと勘違いした説」「ikzeが手綱を絞りすぎた説」とする話は根強いですね…
この話が原作のスレで出るたびにパトロールビデオと関テレの実況アナ裏話動画の事は書いてるんですが…3角を曲がるとき(向こう正面過ぎ)の出来事なのに客席前の出来事と勘違いしている人までいる始末です。
・ikzeのレース後コメントの「3コーナーをまっすぐ行ってしまった。外ラチぎりぎりまで行って…」の発言
・パトロールビデオでの曲がり切れず外ラチギリギリまで行ってしまっている記録
・裁決委員が逸走という裁定を下した事実
この3点を並べれば最も可能性が高いのは「3角を曲がり切れず逸走してしまったために減速した」ということだと思います。
手綱を絞りすぎた説に関してはTV映像だと映り具合的に引いている(ように見える)タイミングと失速したタイミングが合致するのが流布した理由としてありそうですね
「舎弟が先頭に立ったときにハロン棒の『2』が見えたからそれを見て加速した、だからゴールが分かっていた」という説も見ました。
まず大前提として、馬は数字を理解できませんし(真面目な話なので岡部君定型は禁止します)
先頭に立ったときは向こう正面なのでハロン棒の数字が2であることはあり得ません(あれはゴールまでの残り距離を示すもので200mごとに立っているものです)。
実際に阪神の360度動画を見ましたが向こう正面に2のハロン棒は立っていません。
舎弟が先頭に立った箇所は阪神芝1800mからの合流地点が過ぎた後なので2角が終わったあとの向こう正面と推定できることは動画から分かります。
そしてなによりも正面スタンド前と向こう正面では明らかに歓声が違うということに馬も気付くはずです(騎手視点のカメラ等を見ればその違いが分かるはずです)。
馬は人間の何十倍も耳がいいのですし舎弟はikzeの舌鼓で加速をしているため耳が悪いということもありえないはずです。
個人的には「ハロン棒とは何か」「正面スタンド前と向こう正面の違い」「競馬場のコース形態」を分かってないぐらいの知識の人がよく分からないままに推測を重ねているのがヘンテコな説が出てくる原因なのではと感じました。
キンイロリョテイ(ステイゴールド)と舎弟(オルフェーヴル)のプール訓練
誤解:ステイゴールドはプールで溺れたふりをして厩務員や調教助手を引きずり込んだことがある
誤解:オルフェーヴルは父親が溺れたふりをしたせいで本当に溺れた時に助けてもらえなかった
正しくは「そのような事実のソースは確認できません」でした
ステイゴールドが溺れたふりをして人間を引きずりこんだ、という話があるようですが、
この話をWeb上で探した時に出てくる最古の記録はアニオタwikiの2013/03/23 (土)の記事となっております。
ステイゴールドさんに関しては本も3冊出ているのですが、「黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語」ではそのような記述は見当たらなかったそうです。
以下は私が調べてきたステゴさんが載っているであろう本・映像媒体の一覧です(著者の情報があまりにも少ない電子書籍を除く)
これらをお持ちの方でプールに関する逸話をお知りの方はコメント欄でお知らせください、
→名馬を読む2ではプールに関する記述は見当たりませんでした。
本
- 黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語 2014/05/20発売 記載なし
- 名馬物語 Special Selection ~世界の頂を目指した日本馬たち~ 2013/09/28発売
- 名馬物語 The Best Selection いつの時代も強者がいる 2004/10発売
- 名馬を読む2 2019/9/3発売 記載なし
- THE LAST RUN―名馬たちが繰り広げた最後の戦い 2002/12/01発売
- ステイゴールド物語 -遙かなる黄金旅程 2002/04発売
- ステイゴールド永遠の黄金 2002/02発売 記載なし
- 週刊100名馬 Vol.86 ステイゴールド 2002発売
映像媒体
- ステイゴールド 旅路の果てに 2005/12/14発売
- ステイゴールド 2002/04/01発売
また、ステイゴールドさんの話がデマだったという前提だとオルフェーヴルさんの話も自然とデマということになります。
そもそもオルフェさんはドリジャさんのステマ配合の結果がある程度見えた後に、お母さんが空胎だったとは言え付けられて出来た子ですし新馬戦から兄の縁でikzeが乗ったので期待度はかなり高かったと思われますので、例え振りだろうとなんだろうとオルフェの価値を考えたら助けに行くと思われます(それに馬主サンデーレーシングですからね…滅多なことは起こせませんよ…)
ゴールドシップ&ステイゴールドの「本気で走っていなかった」逸話
ゴールドシップ
- 「引退後に検査したら大きな異常は見つからなかった」という話が「現役時代本気で走ってなかった」という伝言ゲームになり、本気で走っていなかったという噂になっているそうです。
- また、「身体が柔らかかったから怪我しなかった」という話が「現役時代は本気じゃなかった」「本気出せば最強」などという噂になっているそうです
- Number937号で「丈夫で足元の不安のない馬だったが自分でやめてしまったレースも多かったからダメージが少なかったのかも(要約)」とすがいさんが話していますので全く間違いではないのですが、常に手抜きしたとか舐めプしてたとは違いますね
- 3回目の宝塚記念に関しても「横山騎手が掲示板を諦めて怪我させないよう走った」などという話があるそうです…これは日頃のノリポツンのせいの憶測ですかね…?
- レースでやる気をなくした系の話があるので、やる気に関する話が混同されている可能性があるかもしれない
だそうです
ゴルシさんは色々ありますがお父さんのステゴさんから来た話も多いかもしれないとのことなので
ステイゴールド
- ステイゴールドさんは99秋天を最も悔しかったレース、01京都大賞典を失格とはいえステイの強さを最も実感したレースと関係者様たちが回顧しているので最後まで本気で走ってなかったというのはかなり誇張が入ってる印象を受けますね。
- 気分屋だったというのと、産駒に異様に強い馬が集中してたので「本人も同じくらい走れただろう」という疑惑が混ざってますね
- 度々問題になった斜行癖は彼なりに全力で走ってるからこそ表出したものだと思うんですけどね…それはそれとしてレースへの集中力は低い側の馬だったとも思います
- ラストランの香港ヴァーズ2,400mというやや長めの距離において今まで見せたことのない末脚を出したこと、そのゴール後も5分以上鞍上を振り落とそうと暴れていたことを鑑みるに、故障のリスクが無視できない領域まで上げられるギアを隠し持っていたのは確かなようです。
サラブレ2020年3月号の「JRA 調教師 池江泰寿のやっぱり競馬は難しいだから競馬は面白い」というコラム(165P目)にて、下記のような発言があったそうです。
池江師はインタビュアー(編集?)の「ステゴは小さな体で一生懸命走っている姿が人気を集めた」という発言に対して「それは違いますね」と否定し、
「一生懸命は走っていなかったですね。もたれたり、鞍上に反抗したりして、真剣に走らなかった。普通の馬ならば、レースに使った翌週は木曜日以降くらいから乗り出すのですが、ステイの場合は水曜日から乗らないとうるさくてしかたなかったですし。真剣に走っていたらGⅠなんてあんなに数を使えなかったのではないのかな」と発言されています。
また、直後に「その後年齢を重ねるとやんちゃな面も薄れてきて、ドバイシーマクラシック、香港ヴァーズでの走りに繋がったのだという。」ともありました。
ちなみに、「名馬を読む2」(江面弘也 著)の281~282Pでは
ステゴさんの調教師にインタビューをした取材記者さんの体験談として以下の文章が載っています、参考までに…
なにが勝っても2着はステイゴールド。
一時期、わたしがよく口にし、原稿にも書いたフレーズである。
(中略)
ところが6歳になったころから、人々のステイゴールドを見る目が変わってきた。判官贔屓からか、「善戦しながらなかなか勝てない馬」として、ちょっとしたアイドルのような扱いになってきたのだ。わたしはただ馬券の対象にしていただけだが——もちろん、買いつづけるうちに愛着もわいてきたが——、人気になって善戦するステイゴールドは穴党にはどうにも買いにくい馬になっていた。
「なにが勝っても2着はステイゴールド、と言って馬券を買ってました」
瞬間、池江の表情が曇った。いや、温厚な人の目が険しくなった。しまった、と察した。
わたしが喜んでいた「2着」は池江にとって悔しい「2着」だったのだ。関係者が馬を勝たせようと日々どれだけ努力していたかを考えない、浅はかな取材者の軽口だった。
「熊ちゃんいいやつでさ。引退後に俺の事語ってくれたんだ」沸騰! 日本サラブ列島掲載
「デビュー戦と2戦目に乗ったオリビエ(・ペリエ)が、もう乗りたくないと言うくらい、口向きが悪かった。
ソエが痛かったころにレースを使ったので、逃げることを覚えたんだと思います。素質は早くから感じていました。
走る馬に特有のバネがあって、芯がしっかりして、乗っていると400kgそこそこの馬には感じなかったですね。ムダのない、上手な体の使い方をする馬でした。
あの気の悪さや激しさが、産駒の勝負強さにつながっているわけですが、継ぐべきところを継いでいる子孫が走っているのを見ると、いいところというのは、おまけとしてついてくるものなんだと思いますね」
以下コメント欄からの追記
ステゴやる気ない説は、少なくとも中距離に限って言えば「阿寒湖特別以外の勝ちレースは2400以上」「2000年秋の天皇賞後の武豊「忙しい競馬は似合わない根っからのステイヤー」」から考えて、単純に適性外で片付きそうですよね。
それにしたって、「瞬発力のある競馬ができるようになったのは2001年から」とのことですから、いったいどれほど関係者が、特に結果としてコンビで重賞勝利とは至らなかった熊沢騎手なんかはどれほどの思いでステゴにレースのやり方を教えようとしていたのか…「やる気がなかった」のではなく「勝てなかった」んですよ。
「ステイゴールド 永遠の黄金」を入手して記述を検証しましたが、関係者の証言を総合すると
「ポテンシャルは十分にあったし走る気持ちもあったが鞍上の人間の思い通りに走りたくはなくレース中に鞍上の指示を妨害するためにもたれていた」
というのが一番真実に近く、
晩成傾向やレースでの集中力の無さは別にしても「やる気が無い」「本気で走っていない」というのは少々誤解と曲解があるように思います。以下は証言の引用です。
担当調教師のikeパパの証言(44P)
ラストランの香港もそうでした。「底知れぬエネルギーを秘めた馬だが、それをいつ出してくれるのだろう」と常々思っていましたが、
最後に、その力を出し切ってくれました。
作家・競馬評論家でステイゴールドの一口馬主であった山野浩一氏の証言(111P)
目黒記念で勝利した後の検量室でステイゴールドが怒っていたように見えたという証言です。
目黒記念での武豊騎手はわたしの考えていたとおりのレースをしてくれた。
インコースでじっと我慢して、ゴール直前にマチカネキンノホシに並びかけ、一気に抜き去って3年ぶりの勝利で初重賞を獲得した。
私は喜んで検量室に駆け下りていき、池江調教師と握手してまわったが、そのときに見たステイゴールドの恐ろしい顔は忘れることができない。
激しいレースをしての興奮もあるのだろうが、なにか自分の大切なものを壊されて腹を立てているかのように思えた。
確かに勝てば厩舎の人々は褒めてくれるけど、ステイゴールド自身にはさほど良いことがあるというわけでもない。
ステイゴールドは走るのが好きで、それを自分自身の楽しみとしているが、
人のために走る気は毛頭ないということではないだろうか。そう結論づけたとき、私はそれで良いと思ったし、
その後のステイゴールドには、さほど勝つことを求めなくなった。
ike師(当時調教助手)と藤 澤 和 雄師の証言(55P)
天皇賞秋後に左にもたれないように徹底的に調教と対策(ブリンカー着用)を行った結果ジャパンカップではもたれずに走りきったも関わらず
香港ヴァーズでは右にもたれそうになった現象についての証言です。
それにしても、あれだけ苦労して左にもたれないように教え込んだのに、最後の最後になって、まさか右にもたれるとは思いませんでした。
レース後の豊も、「最後まで、ワケわからんかった。まさか、右にもたれるとはなあ……でも、もうこれで引退だから、これ以上考えることないよ」
と苦笑いしていました。
帰国後、藤澤和雄先生とお会いしたとき、このエピソードを話して「僕も最後までこの馬がわかりませんでした」と言ったら
「あいつは人を困らせたいだけなんだよ!そういう性格なんだろう」と大笑いされました。
確かに、そう考えると、幼い頃からのステイの行動が、全部腑に落ちます。
藤澤師は馬なんじゃないかと思うくらい、馬の気持ちがわかる、さすがリーディングトレーナーだと思わされました。
結局、藤澤先生のこのひと言を聞くまで、僕にはステイゴールドという馬がわかってはいなかったのです。
調教師の側から見て「鞍上の言うことを聞かず余力を残している」という点をもってサラブレ2020年3月号での「一生懸命走っていない」という評価になるのは当然と言えば当然だとは思います。
ジャスタウェイ引退後のゴールドシップ
誤解:ゴールドシップは引退したジャスタウェイが使っていた馬房に別の馬が入ってきたとき抗議した
恐らく「そのような事実はありません」
この話は壺へ2015/01/23に書き込まれた話が初出のようです。
https://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/keiba/1421750517/776
個人ブログなどに同様の話が書かれていますが、同じ言い回しをしているので別ソースでは無いと思われます。
ジャスタウェイさんは2014年末に引退しています。
一方ベルラップさんは同年11月末の京都2歳ステークスを勝利後、3か月放牧され2015/2/5に帰厩しています。
……上記の書き込みがされたのは2015/01、ベルラップさんが放牧中の時期ですので明らかにおかしいですね!
加えて、マロンチャンという競走馬は2頭登録されていますがそれぞれ2008年生と2016年生、どちらも地方所属のため3歳時点で中央の須貝厩舎にいることは考えられません。
よってこれはデマです!厩舎のボス馬に訳も分からず怒られた可哀想な馬はいません!
ちなみにゴルシさんとベルラップさんは何度か併せ馬をしていますので仲が悪い訳ではなかったようですね!
https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=96227
https://p.nikkansports.com/goku-uma/news/article.zpl?topic_id=1&id=1469206&year=2015&month=04&day=30
また、「ジャスタウェイさんの引退後ゴルシさんが目に見えて落ち込んでいた/寂しくて鳴いていた」という話も散見されます。
上記の話が伝聞を重ねて変化した可能性もありますが、これに関して何か情報をお持ちの方はぜひコメント欄で教えてください!
ジャスタ引退後にゴルシが寂しがってた
というのは本当かどうかの情報が募集されてたのですが、コメント欄で下記のような情報がありました。
Youtubeの須貝厩舎訪問ツアーゴールドシップジャパンカップ調教見学っていう動画の4:30あたりでそういうことは言ってますね
とのことです。
私も該当箇所はともかく、須貝師の厩舎を訪ねる動画を見た記憶があるんですが…
Youtubeで検索しても出てきません…(消えちゃった…?)
動画アドレスをご存知の方がいらっしゃいましたら、引き続き情報提供お願い致します。
シリウスシンボリ(+シンボリルドルフ)とその関係者たち
量が多いので単独ページだそうです
シリウスシンボリ(原作)
なんかもうデマの量が凄すぎで…
インターネットができる前の馬で、当時を知っている・当時の正確な資料を持っている人がいなくなると嘘が本当として伝わっていくってカンジですね…
シンボリクリスエスとゼンノロブロイ
「ロブロイさんがボリクリさんを負かして厩舎のボスとして君臨してた」という逸話が存在するそうです。
実際の所これの信頼できるソースをよく知らないのですが、実は真逆に近い内容だったら調教師の方が著述しておられます。
調教師の藤沢師の「G1の勝ち方」という著作の117Pでは2頭の関係性について以下のように語られています。
ゼンノロブロイは、3歳時には天皇賞を使わず菊花賞(4着)に行った。もちろんコントロールが利く馬で3000メートルでも大丈夫だろうと思ったのだが、何より、その年の天皇賞にはシンボリクリスエスがいた。その時点では、ゼンノロブロイまだシンボリクリスエスに迫力負けしていたから、恐らく勝てなかったのではないかと思う。
と、ロブロイさんはボリクリさんに迫力負けしていたという内容のことを書いています。
では「迫力負け」とはなんの事でしょうか?会長が併せ馬や対戦した相手の心をほぼ例外なく尽く折っていったアレが想像できますが…
Web辞書で検索してみると「迫力に負ける」として以下のように説明されています。
と、どうも普通に「ケンカや争い等で負ける」的な事と捉えた方がいい内容が書かれていますので、そうなると菊花賞(10/26)の時点ではロブロイさんがボリクリさんを負かしていたというのはやや考えにくいです。
ボリクリさんの引退は同年の12/28なのでひょっとしたら残り2か月の間に何かが起こった可能性はまだ存在しますがその辺はソースが存在しないため不明です。
ロブロイさんがボリクリさんを負かしていた、という内容について調教師以上に信頼できるソースをお持ちの方はコメント欄でお知らせください。
以下コメント欄より追記
ロブロイボス馬説、ソースとしては二次史料なので、弱いですが、グリーンチャンネルで藤沢先生の発言が放送されたそうです。
映像かつ有料放送番組なので、一次史料を探すのは難しそうですね……
http://blog.livedoor.jp/blandford/archives/50209101.html
2004年秋以降の話だとするとボリクリに迫力負けしていた、という話とは矛盾しないので信憑性ありそうなのですが、
ブログに載ってるロブロイの話の下でシリウスシンボリとシンボリルドルフの関係話で世間の噂を思いっきり真に受けて牧場関係者や写真家や大僧正や取材記者の残した証言と真逆のコトいっちゃってるのがなんとも…って感じですね
(案外シリウスがルドルフに怯えてた説とかこの辺りから出たのかもしれませんね)
スペシャルウィークの種付け嫌い
コメント欄より追記です
スペシャルウィークの話を遡ったら
2005年辺りから人間に暴力は振るわないけど種付けがあまりに多すぎるとストレスで放牧地を爆走するという書き込みがいくつかありました。
他にも最初の2年間は大丈夫だったとか、2009年1月発売のGallopのスペ特集で種付けが立て込んでくると「もういいんじゃない」みたいに泣きが入るって記事があったらしいのですが、自分では未確認です……。
書き込みって言うのはnetkeibaや壺ですかね?となると噂の域を出ないのでアレですが…
Gallopに載ってたという情報が出てきましたので、Gallopに載ってた情報を募集中です。
スマートファルコンの「砂のサイレンススズカ」という異名はあったの?
WANTEDで募集されていた疑問です
疑問:そういえばファル子さんが実装された時、「砂のサイレンススズカなんて呼ばれてないぞ」って言う人が結構いたんですけど、実際異名としてあったんですかね?
正しくは、
・壺では師匠呼びが定着
・ヒ(Twitter)では2010年頃から一部の人が呼称してる
・競馬ラボでは引退記事で砂のサイレンススズカと書いてた
です
以下はコメント欄に集まった情報
スマートファルコンの砂のサイレンススズカは壺で当時サイレンススズカと比べる人もいましたし現役引退後に自然発生したものじゃないかと思います。
壺の過去ログ検索したら2015年に砂のサイレンススズカと呼んでるレスありましたがそれ以上は遡れず…。
現役当時(2007年~2012年頃)はすくなくとも壺では師匠呼びが定着していました。
東スぺで扱うようなネタが定着していく過程については昔の壺の影響力は無視できないと思います。
ついでですけれどなんか久々に壺覗いたら現役当時スマートファルコンは嫌われてた!とまでいう人も多いんですね…。
個人的には帝王賞あたりから好意的な人が増えた印象があるんですけどイメージの変遷まで立証できる気がしません…というか無理では…史料に残らない部分が多すぎるのでイメージの初出も示せないですし
ツイッターの方で検索してみたところ2010年の東京大賞典で一部の人から砂のサイレンスズカと呼称されてますね!帝王賞でもツイッター上で呼ばれているのを確認できます!
あと競馬ラボのスマートファルコン引退時の記事では砂のサイレンススズカと呼称されていますね!
呼ばれていなかったというわけではなく一部の人が使っていた愛称だったんですがスマートファルコンさんという馬を説明するにあたり非常に語感がよく分かりやすいから使われるようになったのだと思います!
とのことなので競馬ラボの引退記事を探してきました、下記が該当する箇所になります(2012/9/5(水) の記事)
圧倒的なスピードと、他馬を寄せ付けないスピードで、「砂のサイレンススズカ」の異名をとった。ラストランは今年のドバイWCで10着。今後は社台スタリオンステーションにて種牡馬入りする。
スマートファルコンが突然の引退、種牡馬に
柵破壊神(タニノギムレット)
ローズ君との併せ馬
誤解:新しい牧場へ移動した初日にローズキングダムと併せ馬をしてマウントを取ったことがある
正しくは「正確には併せ馬と呼ばず、マウント行為でもない」です
競馬における「併せ馬」とは調教時に人間が馬に乗って併走することを指し、引退馬には行わないと思われます
https://www.jra.go.jp/kouza/yougo/w445.html
こちらが移動してきた初日の動画です、並走行動自体は初日に発生しています
動画中で「併せ馬」と書いているのをそのまま受け取ってしまったのが原因と思われます
https://www.youtube.com/watch?v=qEFDkPmNvzc
一方ヒで「放牧 併せ馬」で検索するとここで言われている用法での「併せ馬」という使い方が牧場関係者含め散見されますね
あくまで俗語として、放牧時の並走行為にもこの呼称がある程度浸透しているものと思われます
https://twitter.com/search?q=%E4%BD%B5%E3%81%9B%E9%A6%AC%20%E6%94%BE%E7%89%A7&src=typed_query
他馬に馬体を合わせて走るのは群れ生物である馬の本能的な行動で、親子関係などでもよく見られマウント行為ではありません
隣同士の放牧地で近くにローズキングダムがいるときに柵を破壊してその音でビビるという事象は別途あったようです
https://ameblo.jp/versailles-2020/entry-12611388143.html
柵破壊に関して
なぜ破壊したがるのかの詳細は不明ですが、牧場の人のブログによると
牧柵を蹴るのはよく見ていると色んなパターンがありますが、やはり何かしらで興奮した時。
で、最近よく見るのは自分のボロの匂い嗅いで、ヒヒーン!と脚でバコーン!と蹴っているケースをよく見かけます。
だそうです。
牧柵支援ってあったらいいなと想う日。より
リンゴは嫌い!!!(だった)
ギムレットのりんご嫌いについてはヴェルサイユファーム直々に投稿されてますね。
記事についてはこちらになりますloading...ただし後日りんごが食べられるようになったと動画付きで投稿がありますので
りんご嫌い"だった"が適切な表現になるかと思われます
このツイートの日時が2021/1/27です。
その後(2021/3/16)
さらにその後
【速報】タニノギムレット、りんごを食べれるようになる
が2021/3/27となっております
マチカネタンホイザと蜘蛛
誤:1994年有馬記念の出走停止の原因は「蜘蛛を食べたことによる蕁麻疹」
正しくは「蕁麻疹(原因は不明)」です
まずこの蜘蛛説がどこから来たのかですが、ミル貝にタンホイザさんのページができた当初にはこのような記述はありませんでした
2006年12月22日 (金) 21:21 最初にできたver
その約30分後の 2006年12月22日 (金) 21:59に、別の人が出典などを明記せずに「蜘蛛が原因という話もある」の記述を追加しております
2006年12月22日 (金) 21:59 30分後に編集されたver
現在はこの蜘蛛の記述に関しては要出典が付けられているため、今後確たる出典が出ない限りは出所不明の情報だったと捉える方がいいと思われます
要出典が付けられてから何年も経過したため、現在ではこの蜘蛛に関しては信頼度が無いということで 2021年6月21日 (月) 11:23 に削除されています。
こちらは旧情報です。 また、報道機関などで触れている物を探しましたが、スポニチのサイトの一つである「スポニチアネックス」の馬コラムの蕁麻疹に関して触れているところでは >ちなみに94年有馬記念ではマチカネタンホイザがじんましんで出走を取り消している。 との記述で留まっています。 https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2008/07/10/kiji/K20080710Z00001630.html |
こちらが新情報です こちらに関して調べて下さった中日スポーツの記者さんがおり、その詳しい内容が以下のリンク先となります 「食ってないよ」…マチカネタンホイザ有馬記念取消事件の真相に迫る 詳しくは上記の記事に書いてありますが、蜘蛛説の出所は 調教助手だった笹田師「そりゃ食べたところを誰かが見たわけではないよ。出たじんましんが、顔面に限局したものだったの。厩舎社会で古くから『クモでも食べたときに出る』と言われる『クモ疹』というやつだったから」 当時現場に出ていた社内の先輩によると、伊藤雄師は事後に「クモでも食ったんちゃうか」と言ったそうだ。他社の複数の先輩からも同様の証言を得た。弊紙は触れなかった(獣医学的には正しい判断だと記者は思う)が「タンホイザ、クモ食べて取消」という内容で打った社も複数あった。 という調教助手さんと調教師さんの発言があり、それらは遡ると厩舎社会に古くから伝わる内容だったためということが判明しました。 そして実際にその内容で報道したスポーツ新聞社もあるようです。 |
いや確かに新聞に載っていたハズだ!
という方がいたので調べてくれたスペちゃんがいました。
調べましたが朝日、読売、日経とも「蜘蛛を食べたか?」と推測するような表現すら見えませんでした。特に東京新聞夕刊1995.09.18では「うま学」という記事で出走マチカネタンホイザがジャパンカップで鼻血による競争除外・有馬記念でじんましんによる出走取消になったことを例に挙げたうえ、記事内では当年の7月高松宮杯で快勝したことに触れています。それでも蜘蛛を食ったとか飼葉がわるかったとかいう表現はないです。人気馬のナリタブライアンに紙面を割いているのが実情で、当日の朝刊や夕刊が出走取り消しになった馬の飼料に言及してはいませんね。2000年まで読みましたが蜘蛛についていっている記事はやはり見つけられませんでした。
ところでじんましんの原因について飼料以外の原因と言っている記述も確かに見当たらないので、どこかに「蜘蛛原因説の原型になっていて且つ確認可能な記録」が存在する可能性はあるかもねとは思います。こういうときこそ記憶が頼りになるのでコメントを残してもらえれば探しに行く人手もあるかもしれませんよ!
上記の調べてもらった件と中スポの記事を併せると、国会図書館においてある朝日、読売、日経、東京新聞には記載なし、中日スポーツは「うちは載せてない」と言っているのでそれ以外のどこかの新聞が蜘蛛説の記事を載せていたと考えるのが順当ではないでしょうか
タンホイザが蜘蛛を誤食して蕁麻疹になったって話は当時の何かの活字で読んだ覚えがあるのよな。それがサラブレかギャロップかデイリースポーツか競馬新聞だったかは覚えていないのだけど。ネットもない時代の話。
マチタンの記事を朝日、毎日、日経で調べた私です。
スポーツ紙や(競馬や馬事のみを扱う)競馬新聞では大手報道紙と違い縮刷版が存在しないので調べにくいのです。かかる記事がありえないと言っているのではなくむしろ、載っているならそれらではないかと思うんですよね。
雑誌の方も有り得そうです、雑誌はむしろ出版社(本を作るところ)が出している関係であとから通号にまとめられ本として図書館におさめられている割合が高いです。
そのかわり新聞と違い、いつ頃にどの出版社からどんな名前の雑誌が出ていたか記憶のある人でないと具体的な雑誌名に辿り着けないきらいがあります。
この辺検索能力とは別の領域なのでぜひご協力いたしたいところてす。
以下はコメント欄にあった情報
マチカネタンホイザについてなのですが私が調べた限り最も古くクモについて言及されているのが 2002年時点の壺 なんですけど、 2000年の壺 だと誰一人話していなかったんですよね。
あとこれは個人サイトの話なのですが2004年8月30日に書かれたコラム中で蕁麻疹については言われてましたけどクモについては一切言及されていませんでした。このことを考えると蜘蛛の話は21世紀以降に出た話かもしれません。
そもそも本当に蜘蛛食べての蕁麻疹なら当時のよしだみほ女史がそんなおいしいネタを拾わない訳がないですね!蕁麻疹ネタはしつこいくらい描いてましたけど蜘蛛表記は一度も見た事ありません
よしだみほ先生がメインに読まれておられるのはスポーツ報知だったはずですので、となると「スポーツ報知も報道してない」という推測ができるかもしれませんね
追記:
お馬さんの蕁麻疹は様々な要因でなるらしく、原因を特定することは難しいようです。
馬の獣医さんによる蕁麻疹を説明したページ
ということで東スペではこの件に関しては典型的なソースロンダリングの結果が蜘蛛説の原因だと結論付けました!
中日スポーツさんの調査によりソースロンダリングではなく、古くからの言い伝え→調教助手さんと調教師さんがされた発言→一部の新聞社が報道というのが蜘蛛説の原因だと判明しました!
いかがでしたか?
役に立ったら3000円ください!
2022/01/15 追記:
中日スポーツの記事が出たことにより、蜘蛛説のソース元が判明しましたので追記しました。
(冒頭の正誤に関しての結論は変わってないようなのでそのままです)
ウマ箱2
ネイチャさんの小説でタンホイザさんが蜘蛛を食べたとしっかりと書かれちゃっていたそうです。
まぁ原作のお馬さんの話じゃなくてキャラの話ならネタって事でセーフかもしれませんが、なにやってんですかサイゲ…いやこの場合はアニメ制作委員会なんですかね…?
以下コメント欄からの追記です
ウマ箱3巻のウマ本の記事によると、サイゲのディレクターが蜘蛛の話を監督に話したところ監督が気に入って採用したとのことで、サイゲ側のポカですね…。
2期は(いとう)が不在のため競馬知識の大部分はサイゲに頼っているので、サイゲの持っている情報が間違っている可能性が高いです。
あとウマ本の別の記事ではサラブレ編集長の太田さんも「タンホイザは蜘蛛を食べて蕁麻疹を発症した」と語っていて…。かなり昔からあった噂(デマ)話だったんですかね…?
ギンザグリングラスの件*5もこの人(サラブレ編集長の太田さん)が原因ですし、正直あまり信用のおける人物ではないんじゃないかって気がしますね
その認識で合っています。太田氏がアニメ2期の元ネタを解説するコーナーで「タンホイザは蜘蛛を食べて蕁麻疹になった」と話していました
メジロマックイーンの気性難
マックイーンさんの気性難エピソードがよく見かけるにも関わらず中々ソースがないそうです。
それに関して調べてくれたスペちゃんによると
社台SSの人の話ではマックイーンさんは賢くてマイペースな馬だったと「人智を超えた馬・ステイゴールドの物語」で書かれていました。憶測ですがマイペースな性格とだけ聞いて、「マイペース=気性難」と原文に当たらず解釈しちゃった人がいたのかもしれません。
他の馬を品定めするように見回す話について、コメント欄から情報提供して頂きました。
「馬づくり馬育ての戦略」(著者・吉田照哉)の64Pにあるテイオーさんについての記述で
「メジロマックイーンへの新たな雪辱戦が来年に迫った。そんなことを知ってか知らずか、社台スタリオンステーションでは、隣どうしの放牧地で互いに見つめあうシーンを目にすることがある。」
と書いてあり、↑この事を見聞きして↓このような憶測が生まれて拡散した可能性があるかもしれません。
1.マックイーンはSS以外にもテイオーとも見つめあう
↓
2.見つめあう理由はなぜか?
↓
3.品定めしてるからでは?
↓
4.3の憶測がマックイーンは他の馬を品定めしているという話で出回る
とのことです!
引退後のウイニングチケット
誤解:ウイニングチケットは引退後、うらかわ優駿ビレッジAERUでボス馬になった
正しくは「ニッポーテイオー及びヒシマサル存命時はウイニングチケットはボス馬ではなかった。ヒシマサルの死後にボス馬になったかは不明。」です
競走馬のふるさと案内所によると
力関係で言うと、ニッポーテイオーの次の位置がウイニングチケットということになるでしょうか。ただ、基本的に平和主義ですから、喧嘩はしません。ニッポーテイオーがそばに来ると遠慮して退く、というのがウイニングチケットです。どうやらこの馬は人間に叱られるのがダメみたいで、種牡馬時代にこの馬を担当していた方から伺ったところによれば「とにかく可愛がってやれ」と。「叱ったらイジけるし、ビビってしまう。日常の管理にも支障を来たすので注意しろ」と言われました。傷つきやすいタイプなのかも知れません。(アエルスタッフ・談)
とのことで、チケゾーさんの上にニッポーテイオーさんがいたようです。
このニッポーテイオーさんについてですが、同じく競走馬のふるさと案内所のコラムにて「ボス」、「まとめ役」、「リーダー」とそれぞれ異なる表現でボス馬であることが記されています。
これらのコラムは2007年、2009年、2012年に書かれたものなのですが、2014年11月の引退名馬のコラムでは、
「ずっとボスだったと聞いています。今でも馬房の中では人に対して威張っていますよ。」
放牧地では、自分よりも若く、体の大きな馬にその座を譲っているものの、屈しているのではなくほかの2頭からは一定の距離をおいている。
とあります。「ボスだった」、「その座を譲っている」という表現からして、2014年11月時点でニッポーテイオーさんはボス馬ではなくなっていたみたいです。
そして、同じ放牧地にいたヒシマサルさんの2014年8月のコラムによると
一緒に放牧されているニッポーテイオー(31)、ウイニングチケット(24)の中ではリーダー的存在で、少々威張ってみせることもあるようだ。
とのことで、ニッポーテイオーさんがボス馬の座を譲ったのはヒシマサルさんではないかと思われます。
ヒシマサルさんが亡くなった(2018年3月6日)あとにチケゾーさんがボス馬になったかどうかは不明です!
もし知っている方がいらしたら情報をください!
以下はコメント欄から
関連しそうな記事を見つけたんですが、根拠として弱いのでこちらに載せておきます。 こちら の記事なのですが、ニッポーテイオーさんが亡くなってからはチケゾーさんはずっと単独放牧だそうです。
上で引用したコラムでは全て「同じ放牧地に放牧されている馬の中で誰がボスか」という形でボス馬を評しているので、単独放牧に切り替えた後はそもそもボス馬という概念自体なくなったのかもしれません。ただ同じ放牧地に放牧されていない場合でもボスという表現は使われるので、結論はよくわかりません!
死因
正直これに関していい加減なこと言うのが最も関係者に怒られると思うんですけどね…
ウオッカの柵破壊
誤解:ウオッカの死因は柵を破壊しようとしたことが原因
正しくは「不明」です
ウオッカさんの亡くなられた原因は右後肢第3指骨粉砕骨折に端を発する両後肢蹄葉炎であり、下記URLにある通り早朝に馬房内で異常が発見されたとのことから骨折になった直接の原因は不明です
ですが馬房内に柵は存在しないので柵を破壊しようとしたわけではないと思われます
何が起こったのかは誰にもわかりません
https://news.sp.netkeiba.com/?pid=news_view&no=153128
エアシャカールの柵破壊
誤解:柵に喧嘩売って死亡
正しくは以下のような経緯があるようです。
調べてみると「柵を突き破って放牧場外(あくまでも放牧場外です、敷地外への脱走つまり放馬ではありません!)へ出て左後脚骨折」と「左後脚骨折の状態で発見、柵も損傷していたので何らかの原因で接触したものと推測(柵の外に出た意味合いの表現はない)」の2パターンがみられました。頭っから突っ込んで即死したのではないものの柵にぶつかったことが予後不良→安楽死のコンボにつながったのは間違いないようです。
「柵をけ破って左後ろ脚を複雑骨折」とするのは2003/3/14の朝日夕刊。
「柵をけ破った際に左後ろ脚を複雑骨折」とまで言ってるのは同年03/15の日経新聞朝刊でした。
柵の外へ出たとするパターンは「柵を破った」をいわゆる「関所を破る」の文脈に読み違えて生じた誤解かと推測します。
インターネット上で言及している文章でも古いものは脱柵のような表現をしていません。
「脱柵した」と言っている記事の一番古いものがどれくらいの時期かわかりませんが、新しいものではお外のここなどです。
「柵に突進して死ぬほどの気性難」とするのは、モチーフとなった同名馬に関して「気性難であること(でした。に騎乗経験から「SSのわるいところが全部集まっていた」「頭の中を見てみたい」と評された。)」・「柵を蹴破ったために安楽死やむなしの負傷」の二つの事実から推察はできるかもしれませんが、
「エアシャカールの負傷はその気性難によるもの(or気性難のせいで例の負傷をした)」というようなすばりそのものはみつかりませんでした。
まぁ『number』(文芸春秋より発刊。『文春』が暴れて文藝春秋が怒られると『number』が煽りを食らうことで有名)の602号(2004年5月。SSについて総帥とでした。が対談する内容、でした。のエアシャカール評もここに見えるとミル貝が言ってます)をまだ読んでないんですけど、そこに書いてあったという話も見ないです。
サラブレッドが何かに驚いて負傷することはよくあることですし、あるいは負傷するほど激しい驚き方をしたのが気性難によっていた可能性はありますけど、原作のエピソードを引き比べてウマ娘の話をするときには勢いあまってめったなことは言わん方が良いでしょう。としつつ、「でした。に頭の中を見てみたいと言われたくらいの気性難だかんな!」というんなら嘘ではないです!
エアシャカールの柵破壊ですけどウイポ名馬列伝に書かれてたのが今の噂の根幹っぽいですね…なにやってんですかコーエー
エアシャカールの件は亡くなった当時のファンのブログなどで、なんらかの記事と思われる文体で厩務員さんが牧場に来てからはおとなしかった、大きな音にびっくりしてやってしまったのかもしれないと言ってらっしゃるのを紹介していますね。ただその記事っぽい文のソースが見つからない…
以下はコメント欄からの追記です
エアシャカール左後脚骨折
シャカールさんについての当時の記事がありました柵を蹴って死亡というのはやはり明確な根拠はないですね引退後は大人しい性格になっていたそうです
それでも柵の外に出ていたのは(記事を信頼するなら)本当みたいですね。
個人ブログの記事などでも文責を負う人間がいないから信頼できるソースとしては認めないのであって、
「信頼できる記事/公的なソースの手掛かり」になることはあって、シャカールに関しても柵を脱したと書いてあっても敷地外まで逃げたとは書いていないケースが複数あって、
「個人が好き勝手に書いてるうわさ話にしては妙な統一感があるな」と思ってました。この記事が原典ぽそうです。
シーキングザパールの落雷
誤解:シーキングザパールの死因は落雷が原因
正しくは「不明(ただし落雷の可能性アリ)」です
デイリーレーシングフォーム(北アメリカの競馬新聞)のWebサイトに当時の記事があります。
現在は消えているため下記URLは2013/08/26時点でのWebアーカイブとなります
https://web.archive.org/web/20130826042852/http://www.drf.com/news/seeking-pearl-found-dead
ここで大事なのは死因に関する記述の文は「perhaps caused by lightning.」と書かれていることです。
perhaps=おそらく
be caused by=~によって起きた
英語圏では断定できない事象を表す際は「probably」「perhaps」「maybe」の3つを主に使うのですが
ある程度の信頼度があるものをprobably、それよりも信頼度が下がるものにperhapsとmaybeを使う傾向が高いです
(なお私の英語の知識は洋ゲーで外人とfuck fuck言い合いながら身につけたものなので気になる人はよければ調べてください!)
ですのでこの場合の死因については「多分、落雷ではないかな?」程度の意味合いに捉えるのがいいと思われます
ケンタッキー州ベルサイユのレーンズエンドファームで、日本で最初に調教されたヨーロッパのグループ1レースで優勝したヨーロッパチャンピオンのシーキングザパールが亡くなりました。
リチャード・サンタリのジャイエフ「B」厩舎の血液ストックマネージャーであるレイノルズ・ベルによると、11歳のシーキングザゴールドは6月10日に牧草地で死んでいるのが発見されました。 とジョージPrussin。 ベルは、牝馬は怪我や闘争の兆候を示さなかったと述べ、おそらく雷が原因で彼女の死が突然であったことを示している。
シアトルスルーマーレページプルーフの娘であるシーキングザパールは、彼女が亡くなったとき、ジャイアンツコーズウェイの子馬を運んでいました。
バージニア州のレイジーレーンステーブルズによって育てられたシーキングザパールは、1998年にトレーナーの森秀行のためにフランスのグループ1モーリスドギースト賞を受賞し、その年に5~7ファーロングでフランスのトップマーレに選ばれました。 1999年に引退したとき、彼女は4,021,716ドルで牝馬の収益記録を保持しました。
(Google翻訳を基にちょっと整理しました!)
ケンタッキー州レーンズエンドファームで、日本調教馬として初めて欧州GⅠ競走を制したヨーロッパチャンピオン、シーキングザパールが亡くなった。
シーキングザゴールド産駒である本馬は、6月10日に牧草地で死亡しているのを発見された。11歳だった。
リチャード・サンタリ&ジョージ・プラッシン所有のジャイエフ“B”ステーブルズの競走馬マネージャーであるレイノルズ・ベルは、死因は特定できていないと話す。馬に外傷や暴れた跡はなく、恐らく落雷による突然死ではなかったかと推測している。
シアトルスルー産駒のページプルーフを母に持つシーキングザパールは、死亡時にジャイアンツコーズウェイの子を妊娠していた。
バージニア州レイジーレーンズステーブルズで育ったシーキングザパールは、1998年に森秀行調教師のもとでフランスGⅠモーリス・ド・ギース賞に勝利し、当年度のフランス短距離最優秀牝馬に選出された。1999年の引退時、4,021,716ドルという、牝馬としての通算最多賞金額を達成した。
馬の種付け・配合に関して
ゴールドシップは…
誤解:ゴルシのステマ配合は気性難を抑える狙いの配合である
正しくは「怪我し難い様に馬体の小さな子を作るための配合」です
有名なステマ配合によって生まれたゴールドシップさんですが、ステマ配合の目的は「馬体が小さくなり、結果として怪我しにくい馬を作る」であり
気性難をなんとかしようと思っての配合ではありません。そもそもマックイーンさん自体が結構いい性格してた馬ですからね
大体ドリームジャーニーさんがあんななのに気性難を抑えつけられると思うわけないでしょう!?
誤解:ゴルシの強さは突然変異で生まれた
正しくは「ステマ配合なので突然変異ではない」です
なんか最近やたらと突然変異という人を見かけるんでこちらも書いておきます。
父ステイゴールド×母父メジロマックイーンの配合はゴルシさんの配合がされた際には既にドリームジャーニーさんという成功例が出ていたため、決して突然変異などではなくきちんと考えられた配合の上での結果です。
ちなみにゴールドシップさんの誕生日が2009年3月6日なので大雑把に1年前の2008年3月までのドリジャさんの成績を見てみると、G1を1勝、G2を1勝、2008年3月時点までの成績はトータルでは(4-0-2-4)でした。
現在ではステマ配合は日本でのニックス(優秀な競走馬の生まれる可能性が高い血統の組み合わせ)の代表例として挙げられています。
ミル貝のニックスのページ
マックイーンの娘、乗馬から繁殖へ…奇跡の血が蘇る
ゴルシさんの突然変異説に関して、
ゴルシさんの突然変異云々は「体格が思ってたのと違う」から体格という単語が抜けて思ってたのと違う奴が産まれたみたいに変質しちゃった気がしますね
という推測をしているスペちゃんが居ましたので追記しておきます
以下はコメント欄からの追記です
ゴールドシップの「馬体が小さく頑丈な子を作るための配合」これも間違いです。
母ポイントフラッグの産駒達が母譲りで大きく生まれて足元不安があったので、小さく生まれやすいステイゴールドを付けたのであって、あくまで目的は小さい子を作るためだけで、頑丈な子をとまでは言ってない。
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/keiba/keiba/2012/05/24/post_50/index_2.php
インタビューからするとゴルシの配合は馬体を小さくさせるの一点だけを意図しただけのようで、
体質であるとか血統については言及無いですね。項目の方に血統を考えられたと書かれてますけどそっちのソースはどっかありますかね。
https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2012/05/23/kiji/K20120523003305130.html?amp=1
「軽さを出したいと思い、小林オーナーに相談してステイを選んだ。馬体が軽ければ故障のリスクを少しでも減らすことができる。牡馬なら480キロ、牝馬で460キロが目安。実は後から周囲に言われ“そういえばジャーニーと同じ配合だなあ”と思った。」
血統を狙って無かったのは明確でますね。
また項目内の「頑丈な子を作る」も正確には誤りですね。怪我し難い様に=小さくしたい とだけ考えてますので、「馬体が小さく頑丈な子 => 怪我し難い様に馬体の小さな子」これが正確でしょう。
突然変異に関して
「ゴルシの強さは突然変異」という部分の話なんですが、ポイントフラッグさんの近親やゴルシの全弟・全妹の競争成績を考えれば普通に突然変異でいい気がします。父と母父がドリジャと一緒だから血統的裏付けがあるという言い方は、牝系を無視したちょっと乱暴な意見に思えますね。ステマ配合もゴルシが結果を出した事で注目されたイメージがある(詳しい時系列知ってる方は教えて下さい!)ので、ゴルシ配合の時にドリジャがどれだけ意識されたかはなんとも言えないのではないでしょうか…。
スタッドブック確認するとゴルシの前年もステゴつけて流産してて、08年も同じ配合、無事生まれたのがポイントフラッグの2009=ゴルシ。というのを考慮するとリトライする時に産駒成績等を見直したかは分からない。まあ初回の種付け(07年3月)時点でもステゴの代表産駒は二歳朝日フィーチュリティg1勝ってたドリジャなので母父マックは視界に入るとは思うが。
ファインモーションの染色体異常
ファインモーションさんに対して男の娘疑惑を囁く風説があるようですが、
競走馬のふるさと案内所さんのWebでは牧場さんは「医学的に(受胎は)無理だと言われました」と仰っているようです。
ちなみに馬や牛などの大型動物の獣医さんは直検(直腸検査)によって子宮の位置の有無などを確認できますし、
エコー検査等も競走馬診療所では可能ですから現役時にそれらの臓器の有無が確認できないというのは考えにくいかと思われます。
参考動画
loading...
追記:
競走馬のふるさと案内所による牧場側への聞き取りでは「医学的に妊娠できない」と言っておりますが、
スポニチ競馬Webでは「引退後、染色体の異常で子どもを生めないことが分かった」と書かれているそうです。
ただ問題はスポニチの記事内では牧場の人の言ったことは「」で括られているのに染色体異常の文章に対して括っていない事、
そして括ってない染色体異常の元の情報はどこから出てきたの?が記事内では分からないということですね……と、かなり迷いましたが両方載せて読んだ人に判断をまかせます
どちらの方が信用できるかは読んだ方に任せます
以下にそれぞれの記事を貼っておきます
(競走馬のふるさと案内所)競走馬のふるさと案内所:ファインモーションを訪ねて~伏木田牧場
(スポニチ競馬Web)【純情牧場巡り】ファインモーション 伏木田牧場で悠々自適…若々し過ぎる19歳
以下はコメント欄からの追記です
今週の週刊Galopにファインモーションの染色体異常について載ってましたね (2021-10-15 (金) 19:18:24)
とのことですので、2021/10/05頃の週刊Gallopを持ってる方がいらっしゃいましたら情報提供をお願い致します。
以下、2023年時点での別人による追記です:
ファインモーションの不妊について述べられている記事について、上記2つを除いて時系列順に並べて引用します。
「生殖能力がないことが医学的に明らかになっており」(2015年11月、スポーツニッポン)>https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2015/08/11/kiji/K20150811010914850.html
「数万頭に1頭ともいわれる染色体異常で医学的に『子供を産めない体』ということが判明」(週刊Gallop2021年10月17日号,179p)
「染色体異常で繁殖牝馬にはなれなかった」(2022年8月、スポーツ報知)>https://hochi.news/articles/20220809-OHT1T51259.html?page=1
「染色体異常で繁殖牝馬にはなれなかったが」(2023年8月、サンケイスポーツ)>https://www.sanspo.com/race/article/general/20230815-3ISWHQI5GRKCFAIWSLQP3GDPVY/
上記のように2023年現在では、染色体異常と明記されている記事が多数となっています。
上記の記事は全て牧場への直接のインタビュー記事であるので信頼性は高いと判断できます。
「」で括った直接の発言の引用こそありませんが、牧場へのインタビュー記事上で全て別々の媒体が明確に表現している以上、
牧場の方がそう説明しているか、あるいは牧場とメディアの共通認識としてそうなっているのはほぼ確実であり、不妊の原因が染色体異常であるのもほぼ間違いないと思われます。
ハルウララの発情
誤解:「ウララさんは発情期になると柵などを使ってオナっている」
マーサファームのHPなどでは「発情期の間はよく人や柱に体をくっつける」程度のことしか書いていなかったです!
そもそも噂の一次ソースが不明(5月中旬頃?に急に言われ始めた)なのでよくわかりません!
だそうです
スペシャルウィークの種付け嫌い
ウォーエンブレムさんの逸話が流用された、ドーベルさんとはノリノリだったとか色々あるみたいですね
逸話を探しててすごいことに気付きましたよ。私がよく見るスレだとスペちゃんの脚色された種付け嫌いネタが見当たりません。よかったら何を見たのか教えてください。
他の人が書いてくださっても大丈夫ですよ!
馬の毛色に関して
白毛
誤解:白毛はアルビノによって白くなっている毛色である
正しくは「馬の正常な毛色の一種」です
白毛(競馬用語辞典) - JRA
白毛 - Wikipedia
ソダシちゃんが話題になっているので最近良く聞きますね…
ちなみにソダシちゃんのお母さんのブチコさんは名前通りの斑模様ですが、分類上は白毛になります
以下コメント欄より追記
アルビノについてですが、最も分かりやすい見分け方が目ですね。
アルビノはメラニン色素自体が作れないので虹彩(瞳)の色が薄くなるんです。
事実ソダシは目が真っ黒ですが、アルビノの馬は瞳もかなり淡い色なんですよね。
白毛の配合
誤解:白毛を遺伝させるためには芦毛と配合する必要がある
正しくは「無い」です
ソダシちゃんのお父さんがクロフネ(芦毛)だったのでやたらと誤解されますが白毛の遺伝子は顕性遺伝なので芦毛を相手にする必要はありません
ウイポプレイヤーのスペちゃんの情報によると、「ウイニングポストでは芦毛同士で白毛が生まれる確率が若干上がるので、そこが元ネタかもしれない…」とのことです
獣医師資格を持っておられる中日スポーツの若原記者の記事で下記のようなものがあります
白毛馬ソダシ”近親の鹿毛”からは白毛が生まれるのか?白毛一族対決が実現の阪神JF…もう一つの興味
馬術・乗馬への転用(用途変更)
ウマ娘化するような競走成績をあげたサラブレッド(主にG1を勝利している馬・種牡馬)を馬術競技用に用途変更した、って噂がいろんな子に言われてるみたいですね。
陸上選手にいきなり体操競技やれって言ってるもんで意味ないと思うんですけどなんでこんな噂が出るんですかねぇ…
ただし、気性がおとなしく歩様も適している競走馬が馬術に用途変更されることもあります、オースミイレブンとか
以下はその噂の対象となった人たち
というか乗馬用≠馬術用≠障害レース馬ですからね!?
ここがすべての誤解の原因な気がします
コメント欄より転用に対して詳しい解説がありました、ありがとうございます。
日本馬術連盟の登録馬匹は約3,500頭のところ、サラブレッドは約1,450頭います(DBからExcel引っ張ってこれます)。
この数字はあくまで「日本馬術連盟の公認競技向け」のエリート組だから、サラブレッドではない乗用馬向け品種の率が上がったうえでの数字です。
日本馬事協会が提示しているH26統計(中央畜産会)では、全国で14,744頭の乗用馬登録があるところ、非サラの乗用品種の肌馬登録が毎年40頭程度でほぼ増減なし、輸入で同じく200頭程度でほぼ増減なし。
つまり、その差は有り余ってる引退サラが埋めるしかないということです。オースミイレブンが例外的な表記になっているけど、あれはJRA馬事公苑の馬場馬術育成の連載で取り上げられているだけのこと。
当該連載でも、第一回冒頭に「日本で乗用馬・競技馬として使われている馬の中には競走馬から転用しているケースが数多くあります」と明記してあります。
勿論、馬場馬術のグランプリ課目やグランプリスペシャル課目で要求されるような、ピアッフェを複数回組み込まれるレベルだとサラにはキツいけども。
それでも「JRA Dressage Training」のP98には「サラブレッドもグランプリ馬として活躍していた実績がある」と記載もあるとおり、出来ないというものでもありません。
(なお、くどい程「馬場馬術」を強調しているのは、障害馬術や総合馬術であればもっと適性があるためです。)
メジロパーマー
誤解:現役時代に馬術競技用になったことがある
正しくは「ない」です
一時期、障害コースを走っていたのは本当ですが馬術競技に転用されたことはありません
アグネスデジタル
誤解:種牡馬時代に馬術競技用になったことがある
正しくは「ない」です
いやどう考えても種牡馬が馬術用の馬になるとかありえないでしょう…
「アグネスデジタルさんの産駒のカゼノコが乗馬用に」なら正解なのでこちらが伝言ゲームで変形したのかなと思われます。
https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2019/11/22/kiji/20191121s00004048481000c.html
カゼノコは現在は誘導馬を努めていますね、がんばって!
https://www.jra.go.jp/facilities/race/hanshin/yuudouba/
「アグネスデジタル産駒のトップキングダムが馬術競技で7位入賞」もありました。こっちから始まった伝言ゲームのほうが可能性高そうです。
http://www.jouba.jrao.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2018/12/20180720_jhf_syougai_bajutsu_kekka.pdf
タイキシャトル
誤解:引退後に乗用馬になっていたことがある
誤解:引退後に引取先がいなかった
正しくは「乗用馬になったことは無く、引退後の引取先もいた」です
1999年1月16日に競走馬登録抹消(競走馬引退)されておりますが、この後に種牡馬になることは決定していました。
種牡馬のお仕事は引退時までずっとしていますので乗用馬になるわけないですね
https://mag-p.com/1769/
引退後はミル貝の記述の引用ですが
>2017年をもって種牡馬を引退。11月1日、特定非営利法人引退馬協会に譲渡。同会所有のフォスターホースとしてイーストスタッドに預託される
となっているので引取先は存在しています。もちろん引退馬に乗用馬させるわけないですね
https://rha.or.jp/f/taiki_shuttle.html
なお、書類上では2018年1月1日に種牡馬引退となっています参考迄
https://www.jairs.jp/contents/tokei/tokei_pdf/18-13.pdf
ウイニングチケット
誤解:引退後に乗用馬になっていたことがある
正しくは「ない」です
下記URLは個人サイトさんですが、乗用馬になったことはないです
https://nidangyakufunsha.com/meiba_hyakka/winning_ticket.html
コメント欄によりますと、「熱心なファンが大金積んで乗せてもらった」という話があるらしいですが
検索してもそれらしい記事やサイトなどは見つかりませんでした。追加情報をお待ちしております。
ジャスタウェイ
いや常識的に考えたらありえないでしょう…
LWBRR2014で1位*6を取った馬ですよ…?
2016年から産駒が走って重賞を勝っていますし、2020年ホープフルSを勝ったのはダノンザキッドでその父こそジャスタウェイです。
その他、競馬関係について
実在の人物、団体などの噂
危険ですよ!実在の人物や団体に対する噂はマジで名誉棄損に当たります!
実在の人物や団体の根も葉もないうわさをする事は訴訟リスクがあることを重々承知の上で行ってください!
訴えられたら「おあしす」って言ってあげますから!
ちなみに例え事実だったとしても(◯kz◯には流星がある、すが◯はでぶ、等)訴訟リスクがあります!
社台&岡部の包囲網
オージの2000年有馬包囲網の首謀者を社台が~とか某騎手が~とか言う方がいるそうです。
オージ包囲網の話では最初は社台社台言われてたのが最近では大僧正がと言われることが多くなりその根拠が本人が反省の弁を述べたから…という謎の変遷をしているそうです。
しかしそれらのソースが見当たらないため、現時点ではこの包囲網を行った者についての詳細は不明です。
ルドルフ(実馬画像)のスレで「ルドルフ没後に大僧正が当時の事を振り返って『あの時の自分はどうかしていた』と言っていた」という事があったというスペちゃんがいましたが(画像参照)
「ふ~ん、そうなんだ」と思って優駿などのルドルフ没後特集号を読み返してみましたが大僧正の追悼コメントの中にそれらしいものは一切なく、ただただ当時を振り返り想い出に浸るものしかありませんでした。
大僧正が嫌いなのは人の好みなので正直どうでもいいんですけど、人をけなすためにルドルフまで巻き込むのはかなり最低な行為なので勘弁してほしいですね…
ていうか人や馬の死をネタに話を膨らませるのは法律以前に倫理的にアウトですよ…マジで…
また、大僧正が騎手を引退したのは2005年3月10日、ルドルフが亡くなられたのは2011年10月4日です。
つまり、2009年6月からJRAで裁定委員をしていた大僧正に頻繁なインタビューの機会などはなく(連載コラムはあるらしいですが私は読んでないので知らないです)、いったいどのような媒体で行われたかかなり疑問ですし、インタビューが行われたのなら必ず記録に残っているはずです。
一枚目の画像からソース不明なまま半年ほど経過
上記のように大僧正がやった説は根強く、大僧正説を主張する人的にはやはりインタビューがソースだそうです…が、根拠となったインタビューは未だ存在が確認されていません。
(そもそも社台が~説が濃厚だった半年ぐらいの間に大僧正説を一切見かけなく、社台説が出走メンバー的にありえないだろう…という流れが主流になった後にこの説が出てきたという変遷を遂げてる時点でアレなんですが…)
個人的な意見ですけど、既に亡くなったルドルフを巻きこんで話が膨らみ始めたというのは、話す人自身に倫理観がない表れなので巻き込んだ時点で話の信憑性は限りなくゼロに近いと思います。
もちろん私のチェックが抜けていた可能性は大いにあるので、この発言をした人は是非ともご自分が読んだ・見た媒体などを教えて頂きたいですね!
何か他に信用できる媒体のソースをお知りの方はコメント欄などでお伝えください。
WANTEDの項目でも募集中です!
キズナのダービー
関係ないですがご存知の方いたら教えてください 武豊がキズナのダービーに出走する際どうしても一番人気で勝ちたかったのっでオーナーに頼み込んで単勝をしこたま買ってもらい当日一番人気にしてもらったって噂はソースありますか? 探しても出てきません!
という話がスレでありました!
当然競馬関係者の馬券購入や購入依頼は違法ですが、どうやら近い話がマエコーさんのコラム?でされていたようです
なおこの記事は出典不明なのでご存知の方は情報提供お願いします!
レイアウト的に東スポっぽいという意見もあるため当時の東スポを探したら見つかるかもしれません!
この記事を読む限りではでした。が言外にそういう希望を匂わせていたり、あるいはマエコーさんの忖度があったりして馬券の大量購入がなされたと考えられます!
伝言ゲーム式に話の内容が歪んだ結果危険な話になってたパターンですね!
馬場
重馬場の障害レース
誤解:障害レースは良馬場に比べて重馬場だとより危険になる
正しくは「台風・雪は例外として良馬場の方が危険」です
重馬場となった2020年の中山グランドジャンプにて予後不良が出てからこの言説が多く見られるようになりました
2008年にキングジョイで中山大障害を勝ったのち2013年にJRA賞最多勝利障害騎手に輝いた高田潤騎手のヒ投稿によると傾向としては全く逆なんだといいます
障害競走において馬に最も負荷がかかる瞬間は障害飛越からの着地です
重馬場は地面が柔らかい分着地の瞬間の衝撃が和らぎますが、パンパンに硬い良馬場だとそうはいきません
また良馬場だとスピードが乗りやすく、その分転倒した際の人馬にかかるダメージがより激しくなりがちです
ゆえに重馬場よりも良馬場の方がクッション性がなくスピードが出やすいため危険なんですね
ただし騎手や馬の視界が悪くなってしまうため、大雨・台風や降雪時は例外です
競馬関連のニュース
ばんえい競馬において、一時期炎上しかけた「ばん馬の顔を蹴る」というニュースについて、続報を知らないスペちゃんを見かけたのでここに書いておきます。
色々とアレな報道をすることで競馬ファンの間では有名なJ-CASTが、ばんえい競馬にて騎手が馬の顔を蹴る事件があった際に、
鈴木騎手の行為について、帯広市のばんえい振興課は4月21日、J-CASTニュースの取材にこう答えた。
「現場にいませんでしたので詳細は分かりませんが、騎手に事実確認したところ、馬が言うことを聞かなくてイライラして蹴ったと聞いています。ファンの方々の信用や信頼を失う行為だと認識しています。当日すぐに本人を呼んで、厳重注意しました。現在は、処分を検討しています」
レース中に馬の顔を蹴り飛ばす ばんえい競馬での一幕に批判も...馬主側が騎手を擁護する理由
という記事を載せていました
しかし、実際に取材を行った中日スポーツによると
この意味において、騒動を一報したJ―CASTニュースが、鈴木騎手のコメントを「イライラしてけった」としたのは、問題の持つ意味を大きくミスリードした。同騎手はこの種の発言を断じてしていない。
30日、鈴木騎手を電話で直撃した。騒動後、ほかに取材は一切受けていなかった。「ファンに不快な思いをさせた。本当に申し訳ない」。謝罪の言葉を重ねた同騎手も、言った覚えのない「イライラ~」というコメントには困惑していた。
ばんえい振興課によればJ社からの電話取材は21日午後3時半。記者が「イライラしてけったのか」と問うたのに対し「馬を起き上がらせようとして対処したもの」と答えたが、記者が発言したものを、あたかも鈴木騎手が話したかのように原稿化されたという。
同課ではJ社に抗議したが、受け入れられなかったという。鈴木騎手、ばんえい振興課の認識と、J社記事の隔たりについてJ社は7日、本紙の取材に文書で「ばんえい振興課への取材内容に基づき記事にしております。『イライラして蹴った』という記載につきましても、同課の担当者とのやり取りをもとに記事中に掲載しました。取材時点では、そのようなやり取りだったと認識しております」と回答した。
「騎手が馬の頭部をける」 ばん馬を思っての行動か虐待か…線引き難しい問題 ミスリードした報道には疑問
このJ-CASTさん、このニュースより後日の別件の馬についての記事で、文中で何回もサラブレッドの事を「サラブレット」と書いてしまう程度にはお馬さんに興味がない会社なんですよね…
ちなみにこの話題はばんえい競馬でしたが、2021年現在の中央競馬のトレセンに出入りできる報道機関・報道関係者はJRAに申請して許可を受けている者のみですので、あまりに過激な事や一方的な事を書くとお叱りを受ける可能性があります。
東西2つのトレーニングセンターは入退場のチェックが非常に厳しい。
われわれが普段使っている取材証では入ることができず、
さらに特殊な「写真入り入門証」が必要となる。
トレセンの住人、専門紙のトラックマン等にはもちろん配布されるが、
僕のようなフリーランスではなかなかもらうことができない。
ならば、取材時にはどうするか。
まずはJRA報道室に取材申請を行う。
すると、その取材依頼書がトレセンの警備係にファックス転送され、
入場門で訪問を告げると、その取材依頼書が確認される。
つまり、JRAにちゃんと許可を受けた者であるかどうか、のチェックを受けるわけだ。
続いて「入門許可書」(名前は違うかもしれない)を書かされる。
住所、氏名、所属、電話番号、訪問先、訪問目的等を記入し、
さらにはその紙に、トレセンで会った人にハンコを押してもらわなければならない。
退場する際には、ハンコの入ったその複写を返却する。
あー、こうして書くだけでも本当に面倒臭い(笑)。
トレセンで取材するには、信じられないほどにいくつもの手続きを踏まなければならないのである。
フリージャーナリスト河村清明さんのブログより
一方で、現地に来て取材する必要のない人たちはいくらでも過激な事を書けてしまうんですよね…それで何が書けるんだって気もしますけど
ウマ娘全般
引退馬支援に関わる団体への寄付について
誤解:ウマ娘のアプリ売り上げの一部が引退馬支援に関わる団体へ寄付されている
アニメ第一期トレーナーズBOX「ウマ箱」の売り上げの一部が引退馬支援に関わる団体へ寄付されている
→2023年3月に引退馬協会が株式会社Cygamesから寄付を受けたと公表している
「馬の福祉ならびに馬事文化への貢献」のための寄付について 2018.07.02
https://anime-umamusume.jp/archive/1st/news/20180702_02.php
https://www.cygames.co.jp/press/press-17822/
上記資料では下記2団体へ寄付がなされているようです
・公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル
・一般財団法人 ホースコミュニティ(Thanks Horse project)
アプリ売り上げ(課金)に関しては寄付されているという情報が見当たりませんでした
しかしながらThanks Horse Project協賛者の
・平成30年度(2018年度)にアニメ「ウマ娘プリティダービー」製作委員会が
・平成30年~令和2年度(2018~2020年度)に株式会社Cygamesが記載されています
Cygamesはアプリリリース前から協賛企業として関わっているようなので、今後も継続的に協賛するのではないでしょうか
なので正式アナウンスはありませんが『ガチャを回したら一部が寄付されている』というのはあながち間違いではないのかもしれません
直接支援したい!という私は「引退馬支援」で検索したり外部サイトを参照して下さい
こっちのガチャは0.3スぺから毎月寄付ができますよ!団体によっては優遇税制措置があったりしますので後は自力で調べてください
「馬の福祉ならびに馬事文化への貢献」のための寄付について 2022.09.01
https://www.cygames.co.jp/news/id-21469/
(株)Cygames 様よりご寄付をいただきました
https://rha.or.jp/topics/20230301_001.html
2022年9月にCygamesは引退馬協会への「寄付を行うことといたしました。」
2023年3月に引退馬協会は「Cygames様よりご寄付をいただきました。」
この時点ではアプリ売り上げ(課金)の利益からの寄付と思われます。
ウマ娘のダイワスカーレットのデザイン
誤解:ウマ娘のダスカは馬主さんから「もっと人気の出るキャラデザにしてほしい」「ウオッカより可愛くしてくれ」と言われた
正しくは「おそらく違う」です
ダスカの馬主さんのことをよく知っているセイちゃんの馬主さんのツイートによると、
ダスカの馬主さんは「最後の4年間(2016~2020年)に「ウマ娘」がわかる状態じゃなかった」
ダスカの馬主さんの息子さんは「オヤジほど熱心でない」
とのことなので、ダスカのデザインについては何も言っていないと思われます
本当だもん!ターボ見たもん!
いかにも嘘っぽいけど実は本当だったりすること
調子に乗んな!はコラじゃない
アニメのウマ娘1期12話においてスペちゃんがブロワイエに対して「調子に乗んな!」と発言しているキャプチャ画像がありますが、これはコラではありません。
調子に乗んな!の和訳がついていた時のフランス語発言は"La victoire est à moi!"
"La victoire est à moi!"は英語にすると"Victory is mine!"、つまり「勝利は私のものだ」となります。
ここから「お前に勝ちを譲る気はない」、そしてだいぶ大袈裟な意訳ですが「調子に乗るな!」となるわけです。
ちなみにこの言葉はエルちゃんがわざと教えたのでスペちゃんには悪意はいっさいありませんでした。
オージがリュージを噛んだ!
オペラオーの引退後、和田騎手がオペラオーの所を訪れた際に、オペラオーが和田騎手を乗せようとして断れたところ和田騎手に噛み付いたって話の出所って何処かわかりますか?
に対して、
https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2018/05/20/kiji/20180520s00004000188000c.html?amp=1
の記事で「会いに行って噛まれた」ということは書かれているそうです。
一方、「オペラオーが和田騎手を乗せようとした」という事については書かれていないため不明です。
ウマ娘のコパノリッキーの勝負服のデザインは馬主から修正依頼があった
2022年5月20日放送の東海ラジオ「OH! MY CHANNEL!」のゲストコーナー「OH!MY 相談室~コパFriday~」の冒頭で
ドクター「あと服装見てさ…風水的にこれ良くないから直してくれって注文入れてんの(笑)」
と仰っていたそうです
カレンチャンはボス
有料記事ですので課金の上ご確認ください!
https://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=47429
でも確かこれ以外にも引退後の牧場で牝馬グループのボスしてるって記事か動画はあった気はします(うろ覚え)
でした。はオグリが嫌い?
ネットでたまに見かける「でした。はオグリのことが嫌いだった」という情報ですが、
1989年12月21日の笑っていいとも!にでした。がゲスト出演した際に、
冗談めかして言った「(オグリは)何を考えているのか分からないところがあって、嫌いです」という発言がソースのようです。
だそうですので、冗談混じりで言うぐらいのレベルと思われます。
2021年2月以降の記事ですとウマ娘にとりあげられた過去の名馬たちにオグリも含まれて言及してますが普通に真っ当なこと言ってるって感じですね
以下コメント欄にあった候補
私は以下に関してそこまで詳しくないので編集できる方がいたらお願いします
・柵破壊神のキルスコア
・グラスワンダーの食っちゃ寝
WANTED!情報募集中!
ここには本当かどうかわからない情報で、出所や資料を探しているものを載せていきます。
情報を提示することにより、徳が積まれ次のレース予想が当たりやすくなる御利益があるかもしれません。
ソースは、信憑性のある関係者(信頼ある機関が関係者と紹介している等)が出していることを前提にお願いします。(つまり個人運営のまとめブログ・自分の脚で取材を行ってないブログ会社・netkeibaの掲示板がソースはアウトです。)
イクノディクタス
- イクノさんが屈腱炎になったけど伝説の装蹄師が直したというミル貝の記述はソースが漫画という話がさっきスレでありました!
- あれ作者が行った関係者への取材から描いてるってミル貝にありましたけど、そもそもこの漫画がソースとして成り立つかですね
- あの漫画レガシーワールドの話とか若者がおしゃれした!フラれた!もうダメ!って牧場の人に愚痴るだけの話なのでこんなの取材してて出来たって何ですか…ってなる話もありますよ…
- ノンフィクション作品って書いてない限りは参考にならないと個人的には思います。資料集めや学者への取材を丹念にして書かれてる司馬遼太郎の小説を歴史資料としては考慮しないのと同じ話だと思います。
- あれ作者が行った関係者への取材から描いてるってミル貝にありましたけど、そもそもこの漫画がソースとして成り立つかですね
というカンジなのでちゃんとしたソースを募集中です。
ちなみに
イクノ件に関しては同時期の同じ厩舎の別馬の件を勘違いして漫画にしたのでは?とイクノの厩務助手してた人が言ってたな
イクノディクタスはナチュラルに一回も怪我してない凄いやつだよって
屈腱炎はエミノディクタスでイクノディクタスはなってないからな…
っていう話も出回ってるようですがこちらもソースは不明です
項目が作れるぐらいには情報が集まったのですが、もし追加情報などありましたらコメント欄にお願い致します
ゴールドシップ
「ジャスタウェイさんの引退後ゴルシさんが目に見えて落ち込んでいた/寂しくて鳴いていた」という話に対して、何か情報をお持ちの方はぜひコメント欄で教えてください!
とのことです。
ウマ娘のゴールドシップの性格
ウマ娘のゴルシは開発当初無難なキャラ付けだったが、それを馬主さんに見せにいったら「ゴルシはもっと変なやつ」と言われたため、現在の性格になった
といった噂がネット上で流れていますが、ソース不明です!
これらの根拠となるインタビューやコラムや記事などを見かけたという方はコメントでお知らせください
シンボリルドルフ
2021/08/06の21時半に立った私のスレにて
シンボリルドルフの海外遠征についてレスしてた方へ
最近馬術に出るために空輸されたお馬さんの写真がありましたが
会長さんは航空会社にノウハウがなかった時代故に
空気穴1個開けたコンテナに詰め込まれてた事を思い出しましたね…
いいですよね
帯同馬なし!
野平厩舎のスタッフなし!
当時の未熟な航空馬輸送!
あっつい気候!
でアメリカに飛ばされた会長
の2点のレスがありましたが、私は専門家ではないのでよく分からないのですが
私が持っている優駿の資料では1レス目に関しては離陸時にコンテナの顔を出す用の窓を開けていた可能性(馬の全身の様子が確認できる程度の穴・窓のようなものが開けられていたことからの推測)の証言と、実際にそれらしき小窓が空いている写真が記録にあるため空気穴が一つという表現は妥当ではないと思っております。
また、航空会社に任せたのではなく馬の輸送専門会社に頼んでいた可能性が残された記録から高いと推測しています。
「思い出しました」と仰ってるということは当時リアルタイムで見た方と思われますのでよろしければコメント等で何をご覧になったのか教えて頂きたいです。
2レス目に関しては
- 当時の帯同馬の必要性が分かっていなかった可能性
- 招待遠征ではない自費遠征でトレセン所属のスタッフを連れて行く費用、もし払う際にそれが当時の競馬法では収賄にあたらないかの考慮
- 厩舎スタッフを連れて行くという前例ひいては発想自体がそもそも存在しなかった可能性(当時の日本中央競馬会に遠征時のトレセンスタッフの勤務についての細則はあるのか?)
- おそらくシリウスシンボリと同様に馬の輸送専門会社を頼んでいた可能性
- 当時アメリカに預けられた厩舎にいた日本人調教師さんの息子さんの調教助手(ジョンヘンリーの世話もされていた方です)にルドルフの世話を任せたという取材の記録
- 野平調教師がシンボリ牧場主催の2月開催の壮行会にも参加している写真
などを確認した資料から色々と考えております。
私は色々資料を集めてもルドルフのアメリカ遠征について断言できる材料がまだ足りないと思っているのですが、断言なされたと言うことは海外遠征の変遷の歴史について非常にお詳しい方であると考えたため、どのような資料を参考にしたか教えて頂きたいです。
また、「現代の価値観で過去の行動の拙さを論ってはいけない、当時の周りの技術力などを考慮に入れた上で行動の是非について論ずるべきだ」というのは古い記録を元に歴史検証を行う際の大前提であるため、当時の日本の遠征に関わる知識・コネクション構築・技術力をどのように把握されておられるかもお伺いしたいです。
この2つのレスを書いた方々のコメント欄でのお返事をお待ちしております。
また、ルドルフのことをよくお知りの方に改めてお伝えするまでもないと思いますが、シリウスシンボリのページでも触れていますが「シンボリ牧場と野平師などの関係者を対象にした、知識がない週刊誌記者による過剰報道があった」という岡部騎手の記述からも分かるように、信頼できる情報が極めて少ないことはご存知であるかと思います。
当方は信頼できる貴重な資料の情報交換を目的としております、よろしくお願い致します。
スペシャルウィーク
ウォーエンブレムさんの逸話が流用された、ドーベルさんとはノリノリだったとか色々あるみたいですが
情報の出所が分からないそうなので募集中です。
スペの種付け嫌いエピソードの一つとして追っかけの人のブログに「種付けの仕事がハードになってきてから仕事終わりに牧場を暴れ回るように走り回ったので、他の馬と一緒に放牧できなくなって箱入り息子になってしまったと世話係の人に聞いた」とありました。これも種付け嫌いの一つとしてのっけても大丈夫なものかよくわかりませんね… -- 2021-08-05 (木) 10:25:20
第65回ダービー優勝馬スペシャルウィーク号のアレ事情。で検索すると出てくるブログに種付けを遠くから見る機会があったが怒鳴られていたという記述がありますね -- 2021-08-15 (日) 00:14:08
だそうです、まぁこのブログはぶっちゃけ知ってたんですけど個人ブログなのでソースとして取り上げにくい…というのが実情だったりします…
テイエムオペラオー
オペラオーの引退後、和田騎手がオペラオーの所を訪れた際に、オペラオーが和田騎手を乗せようとしたって話の出所って何処かわかりますか?
とのことです。
※噛みつきに関してはソースを提供して頂きました。ありがとうございます。→ オージがリュージを噛んだ!
ライスシャワー
コメント欄で疑問がありました
「ライスシャワー号の性格は実は雑穀に近かった」っていう真偽不明以前に意味もよく分からない噂の出所はどこなんでしょうね!
多分だけど「馬なり1ハロン劇場」のライスシャワーが元じゃないかなー。あっちでは金棒持って嬉々としてレコードブレイカーやるようなキャラだった。実際はおとなしい馬だったらしい。
ライスシャワー物語では、「負けたときは首をうなだれ、尻をこちらに向けたまま、声を掛けてもすねたように人を無視している。 勝ったときは馬房の中から、首を乗り出すようにして深谷がくるのを待ち構えている。頭を上下に揺すり、「どんなもんだい!」といわんばかりの顔をする。牧場にマスコミやファンがくると、わざと目立つようにその前を行ったりきたりと走り回る。そして誰かがカメラを向けるとその前で立ち止まり、ポーズを取る。」 という旨のことが書かれてますね。ここら辺が雑穀ぽいと捉えたんですかね。
その「ライスシャワー物語」ってのが8割方ソース不明の捏造エピソード
マジ?よくライス関連の話で引用されてるし俺も引用したこともあるんけどそんないい加減なソースなん?
とのことなので、より詳しい情報を募集中です!
古い!!!!海外馬!!!!(リボー & ドクターフェイガー)
コメント欄より
ここにいるスペたちならばリボーのクラシック未登録の理由はわかりそう。
テシオが無理をさせないためとか、リボーの血統が嫌いだからとか、本によって色々まちまちなんだよなー。
後、ドクターフェイガーの、引退後のエピソードでスピード違反の切符を切られたとかも本当なのかどうか教えて下さい。
馬名限らず、◯◯トレセンのボス系の話
コメント欄にあった疑問です
○○(馬の名前)はトレセン全体のボスって話を最近よく見かける気がします。
トレセン全体のボスって事は美浦or栗東の厩舎エリア全体のボスということなんでしょうが、トレセンの広さを考えたら不可能だと思うんですけどね…
厩舎のボスってのなら普通にありますが… http://www.ijta.or.jp/map/
補足情報を足しますと、
トレセン内の動画を見たことがある人ならご存知と思いますが、厩舎エリア内は土地ブロックごとに既定の建物(厩舎)が複数立っており、
ブロック間には車がきちんと走れるアスファルト舗装の道路や街路樹まで植えられてるなど厩舎エリアだけでも広大な土地を持っております。
1人の調教師が預かってる馬を20頭と仮定しても、それらが入れるぐらいに1厩舎というのは大きく、他厩舎の馬とトレセンで顔を合わせる機会は朝のトレーニング時間が被るのが挙げられる感じだと思います。
そんな広大なトレセン厩舎地区で、自由に放牧されてるわけでもない馬が一体どうやったらトレセン全体のボスになれるのか?
というのを考えると
トレセンのことよく知らない人がテキトー言ってるんだな…
という辺りに帰結する気もしますが…
社台&岡部
オージの2000年有馬包囲網の首謀者を社台が~とか某騎手が~とか言う方がいるそうです。
オージ包囲網の話では最初は社台社台言われてたのが最近では大僧正がと言われることが多くなりその根拠が本人が反省の弁を述べたから…という謎の変遷をしているそうです。
しかしそれらのソースが見当たらないため、現時点ではこの包囲網を行った者についての詳細は不明です。
何か信用できる媒体のソースをお知りの方はコメント欄などでお伝えください。
だそうです。
9/20に立っていたスレ画がルドルフのスレで
>>正気に戻るの遅くありませんでしたか…?
>没後までかかったんですかもしかして…?
ルドルフ没後にあの時の自分はどうかしていたって反省していたのではい
という書き込みがありました。
へーと思って優駿などのルドルフ没後特集号の皇帝シンボリルドルフを振り返る、などの記事を読んでみたのですが、ルドルフの追悼に寄せた大僧正の寄稿では、そういう発言は一切なかったです。
これらの根拠となるインタビューやコラムや記事などを見かけたという方はコメントでお知らせください
ikze
ikzeがオルフェの馬房につきっきりでいてあげて警戒を解いたっていう話もソース不明だそうです!
情報募集中です!
デム郎&デム次郎
デム郎とデム次郎が実はデム三郎とデム十郎だって話を最近よく見るんですがあれもソース見つかりません!
間に妹がいるのはJRAのサイトで書いてるところあったんですが
情報募集中です!
初期PV
「ゲーム本編の初期PVにいたキャラ4人がお蔵入りになった理由(そういう内部情報を外で話すことは機密漏洩で禁じられてるのでおそらく判明する日は永遠に来ないと思いますが…!)は、サイゲが事前連絡なく勝手に美少女化させて馬主を怒らせたから(社台系や金子さん家所有の馬は出演NG?)」という説が流布してるようです。
この、初期にキャラグラが発表されてお蔵入りとなっている4人が発表されたのは、ウマ娘初期発表時の名前すら未判明の段階でのキャラ原案状態です。(アイデアとして騎手の風車ムチがなんらかの形で登場したり、今だったらナーフされてそうな原作要素を取り込もうとしてたり…というぐらいのプレゼン段階)
お蔵入りになっている理由*7はいろいろ考えられると思いますけどね…
予想するだけなら色々あると思うのでむしろ「怒らせた」ってことになってることの方が私は不思議だったりします。
美浦トレセン
美浦トレセン建設の経緯ですが、 以前のwikipediaには最初の候補地として成田市三里塚が上げられたが、空港建設計画が浮上したことで譲った経緯が記載されましたが最新版では削除されていました。 馬産地であった御料牧場の跡地が候補にならなかったのは少し不自然だと思ったのですが実際はどうだったのでしょうか?
とのことなので、情報募集中です。
会長の密着取材本かなんかに御料牧場の土地がある程度売りに出されててそこの一部をシンボリ牧場さんが買ったみたいな話を読んだような読んでないような…
その辺から推測して登記情報提供サービス(年末年始はお休み)か地番検索で調べた時にあのあたりの土地がめちゃくちゃ細切れになってたのだけは覚えてるんですよね…
あのあたり一帯の登記簿をとったら何か見えてくるかもしれませんがリアルマネーが掛かりすぎる方法ですね…
もしくは成田市図書館の郷土史を調べたら何か載ってる可能性とかありませんかね…?
ヒシアマゾンの名前
ヒシアマゾンは本当はヒシアマゾネスという名前になる予定だった
といった噂がネット上で流れていますが、ソース不明です!
これらの根拠となるインタビューやコラムや記事などを見かけたという方はコメントでお知らせください
タイキシャトルの引退レース
コメント欄より
ミル貝のタイキシャトルのページに「本来はマイルチャンピオンシップを最後に引退する予定であったが、JRAからの要望により、予定を変更してスプリンターズステークスを引退レースとすることとなった。」と書いてあるんですがこれソースあるんでしょうか……?
これらの根拠となるインタビューやコラムや記事などを見かけたという方はコメントでお知らせください
弥生賞の略称
JRAは各誌に「『報知杯弥生賞ディープインパクト記念』を『弥生賞』と略してはいけない」というガイドラインを出している
という噂をネット上で見ました!
これらの根拠となる情報を見かけたという方はコメントでお知らせください
その他、書くかどうか迷ってる情報に関して
トルカータータッソの陣営が馬主調教師共に女性での凱旋門賞制覇ってデマ(実際は夫婦共同馬主+男性調教師らしい)がヒでバズりましたけどそんなスレに上がる話題でもないしここに書くほどか微妙なラインですかね?
保留中
一次情報と二次情報の違い
一次情報、二次情報ってなんなのっていう所があったほうがよさそうです!歴史の定説を基にした創作は楽しいかもですが、競走馬は利害関係者がいるものだし、そのほうが長く味わい深いコンテンツになると思います! -- 2022-05-21 (土) 17:39:56
これガチで書くと結構な容量を割く上に、歴史分野と科学分野で少々違ってきたりとするのでちょっと保留させてください。
競走馬の逸話は人から聞いた話(歴史寄り)と科学的分析(競走馬研究所データetc)が混じるので作るのに時間がかかる予感してます。
情報提供したいんですけど…
文章丸写しするの面倒臭い人のためにアップ用ページを作りましたので
携帯でサクッと撮影してアップしちゃってください
安心してください、「批判や研究に用いるために必要な画像」は載っていた場所を明示する場合に限り著作権法の引用の範疇に入りますのでアップしても著作権的にもほぼ大丈夫です(多分)
本当は法律的には著者名分かるなら書いた人の名前もないといけないんですけど今のご時世は国立国会図書館サーチでググればすぐ分かるのでこのページではなくても大丈夫です
コメント
ミスで多重送信されてるコメントなどは見やすくするために適宜整理します
コメントの先頭の ◯ にチェックを入れて返信するとそのレスに対してコメントができます。
「ライスシャワー物語」で書かれた性格や放牧時については、柴田さんが小説作家でもあるので創作なのではという疑問が浮かびました
「母ライラックポイントとは違って引っかかるようなところはないようだ。」(P116)
「(93年天皇賞勝利後)馬房に戻ると、すごくほっとしたような顔をした。いつもの静かで穏やかなライスシャワーに戻っていた。」(天皇賞の調教の頃から猛獣のような迫力と殺気のようなものが漂っていた頃との比較)(P138)
「顔つきがよくなって、体にも張りが戻っていたのが嬉しかった。牧場に戻った馬は、ふつうならボーっとしてしまうのだが、この時のライスシャワーはシャキッとした、いい顔つきをしていた。」(P143)
「余計なことは一切しない。それこそ、手綱で指示しなくてもこちらが思うだけで通じる、すばらしく賢い馬だった。」(P146)
「いつものように、ライスシャワーは穏やかで、いつものように、僕らはレースに臨んだ。」(P153) -- 2023-02-06 (月) 13:50:51
仮説1・馬主辞めて普通に生きてたがググっても情報がロクに出ないから蒸発扱いになった
仮説2・近い時期に素質馬が過密ローテで死去した「サンエイ」の馬主と混合されて「ケイエス」の馬主は破産したという話が出回りましたがそれのように
所有馬差し押さえ後に蒸発した関 口 房 郎オーナーの「フサイチ」と野 出 長 一オーナーの 「オサイチ」が混合されて、ここに長 一オーナーの息子で「カツラギ」の野 出 一 三オーナーが混合された -- 2023-02-15 (水) 10:54:50
まず、ミル貝では「野出長一(後に息子の一三に譲渡)」となっておりますが、1985年1月号の優駿42Pでは、「父の野出長一氏の引退による一三さんの代になって初めて持った馬がカツラギエースだという。」となっており、譲渡によるものなのか、代替わりをして初めて持った馬なのかで差異があります。
そして、本業として「大阪でトラック、タクシーなどを扱う運送業を営んでいる」とあります。
どのような噂なのかは見ていないので分かりませんが、ネットでは馬主さんの本業について触れた文は今まで無かったと思います。この書き込みをした日時以前に本業がなにであるかに触れていない噂はいい加減な物ではないかと思います。 -- 2023-02-15 (水) 16:09:50
「世界の名馬セントサイモンからケルソまで」(1970年刊行 P322)でクラシック未登録についてこう書いてありました
「生まれたときにあまりに小さく将来の見込みがあるまいと、特にテシオ夫人の意向により登録しなかった」
「たしかに柄は小さい。しかし、優れた資質と素晴らしい馬格は凡馬の持ち得るものではない。将来はきっとひとかどの馬になるだろう・・・」(P318 同書に有るテシオ氏によるリボー評)
テシオ未亡人によると、テシオ氏はリボーの母母父父Traceryを気に入っており、それで母母Barbara Burriniを購入した(P315)と書いていますのでリボーの血統や馬格などが嫌いだったというのは無いと思います
リボー(1972年没)存命時に出版されたこれより前のソースとなれば、イタリア語で書かれた物になりそうですのでこれより遡るのは、いやーきついでしょ(ikze並感) -- 2023-03-04 (土) 15:41:24