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研究領域
- wikipedia 規範
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%8F%E7%AF%84規範(きはん)とは、「~である」と記述される事実命題に対し、「~べきである」と記述される命題ないしその体系をいう。
法規範や社会規範がその典型であり、道徳や倫理も規範の一種である。
社会学において人間社会集団におけるルール・慣習(慣習法参照)のひとつでもある。
規範とは「~べきである」という命題体系である。
前提となる学問・研究領域
権力・要求・命令・禁止・権威・罰
- クリストファー・ボーム『モラルの起源』第5章 太古の祖先をいくつか再現する ルールに従う――さもないと P131
どんなに控えめに見ても、アフリカで発祥したヒトとほかの類人猿三種は、「ルール」の何たるかについても直感的に理解している。
それはふつう、より強い者がある種の行動を要求したり、望ましくない行動をなくすように強要したりすることであり、これが見込めるのは、権威者から危害を加えられるおそれがあるからである。
類人猿における規範は、より強い者がある種の行動を要求したり、望ましくない行動をなくすように強要したりして、罰として権威者から危害を加えられることによってこの要求を強行する、という形でなされる。
過去に位置する学問・研究領域
原因となる学問・研究領域
解決すべき問題となる学問・研究領域
目的となる学問・研究領域
属する全体である学問・研究領域
本質的な部分である学問・研究領域
非本質的な部分である学問・研究領域
前提となる学問・研究領域(疑いあり)
群衆・群集・無名の群れ・利害
社会規範とは社会全体の利益という目的に沿った「~べきである」という命題体系である。
なお、群れの中でも規範があることから、最少単位は社会全体ではなく群れとみなすべきである。
ただし、類人猿においては社会規範ではない、単なる命令等と罰のセットである規範が一般的である。
互恵的利他主義・互酬・サンクション
- ヒース「ルールに従う」第4章 志向的状態 4.4 規範性の諸源泉 P191
こうして、第1の人の好意が第2の人のサンクションに服するのとまったく同様に、第2の人のサンクション努力は第1の人のサンクションに服することになる。
もちろん、こうした互恵的なサンクションと期待の構造は、それに固有の後退を生み出してしまう。
(中略)
しかし、この後退はこうした期待とサンクションがすべて行動の単一のパターンに収束している場合――全員が特定の行動パターンを実効化しており、この行動パターンに関して、サンクションの逸脱したパターンをもサンクションしているとき――には明らかに無害である。
そしてこれらはまさに、われわれが実践に内包された規範が存在していると言いたくなるようなケースである。
ヒトにおける規範は互恵的なサンクションの均衡によってもたらされる。
ただし、類人猿においては規範は互恵的利他主義とは関係がない。
道徳・義務
- ヒース「ルールに従う」イントロダクション P5
道徳は、何らかの報酬を予想するからでなく、それ自身のために遂行されなければならない行為という形で義務を課するものである。
- ヒース「ルールに従う」イントロダクション P15
私は、「道徳的」問題と「倫理的」問題との間の、ますます標準的となりつつある用語上の区別に従うことにする。
すなわち、「道徳」は何が正しく(right)、間違っている(wrong)か、許され、許されないのかという問題(すなわち、義務論的形式を帯びた規範的判断)に関連するのに対して、「倫理」は価値、善の概念(いわゆる価値倫理学的問題)に関連するものである。
- ヒース「ルールに従う」第3章 義務的制約 3.2 原理 P125
われわれは今や完全な意思決定の木を持っている。
状態に結びついた信念、行為に結びついた原理、結果に結びついた欲求である。
実践的合理性の観点からは、これらの志向的状態のそれぞれは「主観的」なものとして扱われうる。
こうして、信念は事実に対し、原理が規範に対し、おそらくは欲求が善に対する。
- ヒース「ルールに従う」第4章 志向的状態 4.1 言語論的転回 P165
信念、欲求、そして原理はすべて志向的状態である。
- ヒース「ルールに従う」第4章 志向的状態 4.1 言語論的転回 P168
どのみち、われわれの思考が内容を持つ限り、それには言語的表現を与えることもできる。
このように志向的状態の集合は命題的内容を持つ状態の集合でもある。
言語的パースペクティブの根幹にあるのは、心的状態の志向性がそれに内容を与える命題から派生したかもしれないという示唆なのである。
- ヒース「ルールに従う」訳者解説 本書の基本的主張 P125
第1に、期待効用理論のような合理的意思決定の標準的理論の中に、主体が規範的行為に対して一定の重みづけをしている状態(本書では「原理[principle]」と呼ばれる)を組み込むことの方がより適切な表現の仕方となる。
ヒースの説によると、道徳または義務は、言語的な心的状態を持つ人間が、状況や結果と区別される行為に対して抱く重みづけ、すなわち原理の産物であり、言語以前の状況では用いることができない。