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研究領域
- チンパンジー・アイとそのなかまたち 京都大学霊長類研究所 岩波書店「科学」2012年7月号 Vol.82 No.7 連載ちびっこチンパンジー第127回『果実を分け合うボノボ』
http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/k/127.htmlチンパンジーでは,狩猟によって得た動物の肉が個体間で分配されることが知られている。
たいていの場合おとなのオスが肉を所持し,周りに集まってくる個体に分配される。
ボノボの食物分配が大きく異なるのは,果実が頻繁に分配されたことと,分配の中心にいるのがおとなのメスだったことだ。
ボリンゴというラグビーボールほどの大きさの果実(図1)が実る季節には,計72日間の観察で合計166例もの食物分配がみられた(図2)。
そして,そのうちの156例ではおとなメスが果実の所有者になっていた。
手を差し出して所有者の手や口から小片をおすそ分けしてもらう形で分配は起こる。
分配するといっても積極的に与えるのではなく,相手が取っていくのを許すという消極的なものだ。
この点ではボノボもチンパンジーも共通している。
チンパンジーの主におとなのオスは狩猟した肉を、ボノボの主におとなのメスは採集した大型の果実を、相手に取っていくのを許す、という消極的な形で分配する。
前提となる学問・研究領域
食事
食物分配は、食物を分配する。
贈与
食物分配は、消極的な形ながら、贈与である。
心の理論・メンタライジング・マインドリーディング
- 「ミラーニューロンと<心の理論>」序章 自己と他者 P8
「心の理論」とは、1978年にアメリカの動物心理学者デイヴィッド・プレマック(Premack, D.: 1925-)が「チンパンジーは心の理論を持つか」という論文の中で提案した概念であり、チンパンジーが仲間に食物を分け与えたり、逆に仲間を欺いたり、人間に近い高度な社会的行動を示すことに注目し、他者に心的状態を帰属させること(imputing mental state to others)を「心の理論」と定義した(Premack & Woodruff, 1978)。
食物分配は心の理論に基づく。
同情
同情とは、他者の感情・感覚・痛みなどの情動的な情報を正確に捉え、意識・体験・共有・理解し、利他的に気遣うことである。
相手が食物を欲しがっているという情動的な情報を正確に捉え、理解し、利他的に気遣うという形で食物分配が成り立っている。
よって、食物分配は同情に基づくといえる。
過去に位置する学問・研究領域
原因となる学問・研究領域
解決すべき問題となる学問・研究領域
目的となる学問・研究領域
子育て
- 山極寿一『家族進化論』第2章 進化の背景 18 平等な社会 P122
ただし、これらの食物分配はもっぱらオスから子供に対して行われる。
これらのオスは子育てをすることで共通している。
ゴリラのオスは乳離れ前後の子どもを、タマリンやマーモセットのオスは授乳中の赤ん坊を離乳して自立するまでことさら熱心に育てる。
食物の分配は乳離れを始めた子どもたちの自立的な食生活を補助する役割があり、子育ての一環だと考えることもできる。
タイトル:野生のゴリラにフルーツを分配する行動を発見 - 京都大学
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/documents/140623_2/03.pdf
最近の仮説では、霊長類300種のなかで、おとなの間に食物の分配が見られる種には必ず親子の間、あるいは養育者と子どもの間にも見られることから、食物の分配はまず親子の間に養育という目的で起こり、それがおとなの間の社会交渉に転用されたと考えられている。
また、食物分配が子供の成長の遅いヒト科の類人猿と双子や三つ子を産む中南米のタマリンやマーモセットによく見られることから、長い養育や多産による共同保育が食物分配を促進したとも考えられている。
食物分配は子育てのための手段という側面も持っている。
配偶システム
タイトル:野生のゴリラにフルーツを分配する行動を発見 - 京都大学
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/documents/140623_2/03.pdf
経過
(中略)
発情したと思われるメスが大きなオスから分配を受け、2日後に交尾をした事例もあった。
KAKEN(科学研究費助成事業データベース) - オランウータンにおける食物分配行動と繁殖戦略(10J01218)
https://kaken.nii.ac.jp/d/p/10J01218.ja.html
研究概要(最新報告)
(中略)
雌が雄に対して食物分配をせがんだ場合、フランジ雄は分配に応じず、アンフランジ雄のみが分配に応じることが行動観察から明らかになった。
しかしアンフランジ雄は子を残していないことが父子判定から示唆されたため、食物分配行動がアンフランジ雄の繁殖成功度を直接上昇させる機能を持つとは考えられない。
一方でアンフランジ雄の発情雌に対する配偶行動がフランジ雄と同程度成功していたことから、アンフランジ雄によっておこなわれる食物分配行動が発情雌へのアクセスと近接状態の維持に寄与する可能性が考えられる。
食物分配は配偶システムのための手段という側面も持っている。ただし、オランウータンにおいては、直接的に繁殖をもたらすのではなく、アンフランジ雄の発情雌へのアクセスと近接状態の維持のためという間接的なものである。
対人関係・人間関係
果実を分け合うボノボ|京都大学霊長類研究所 - チンパンジーアイ
http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/k/127.html
食べ物自体が目的というよりも,食べ物を介した社会関係構築が重要な意味を持っているのかもしれない。
ボノボやオランウータンにおいては、人間関係の構築のために食物分配がなされている可能性がある。
属する全体である学問・研究領域
本質的な部分である学問・研究領域
採集
パパイヤの贈り物|京都大学霊長類研究所 - チンパンジーアイ
http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/k/071.html
大きなパパイヤの実を取ってきた野生チンパンジーが,それを「贈り物」に使うことがわかった。
大橋岳とキムバリー・ホッキングスを中心とする日英米葡4カ国の国際チームの研究成果だ。
調査対象は西アフリカのギニア,ボッソウ村のすぐ裏の森にすむ野生チンパンジーである。
(中略)
58回の観察例のうち,最も多い25回が,おとなの男性が盗ってきた作物をおとなの女性と分けるものだった。
とくにそのうちの21回が,パパイヤの大きな実だった。
(中略)
これまで,野生チンパンジーが狩猟をして,獲物のサルやイノシシやシカを,仲間に分け与えることは知られていた。
しかし,こうした肉の分配は知られていても,植物の分配はほとんどおこらない,と信じられてきた。
また,肉の分配の場合は,男性が狩猟して男性の間で分かち合う。
そこに発情期の女性も加わっておこぼれにあずかる,というパターンだ。
今回のパパイヤの贈り物の場合,とても重要な違いは,男性から男性へ分け与えることがほとんどないということだ。
パパイヤの実は,男性から,日ごろ親しくしている発情期の女性に対して分け与える。
子持ちの発情していない女性は対象にならない。
パパイヤの実を盗りにいく直前,おとなの男性は毛を逆立てて,自分の体をぼりぼり掻く。これは不安の兆候である。
ふだんの4倍程度の頻度で掻いていた。
つまり,民家の軒先のパパイヤを盗るので,かなり緊張していると考えられる。
こうして,高いコストを払って手に入れた貴重な食物ならば,ふつうに考えればそれを分け与えるのは得策ではない。
それをあえてするという点から見ても,これは「贈り物」といえるだろう。
果実を分け合うボノボ|京都大学霊長類研究所 - チンパンジーアイ
http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/k/127.html
チンパンジーと違って,メスが集団の中心にいる。
このことは食物分配でより顕著になった。
チンパンジーでは,狩猟によって得た動物の肉が個体間で分配されることが知られている。
たいていの場合おとなのオスが肉を所持し,周りに集まってくる個体に分配される。
ボノボの食物分配が大きく異なるのは,果実が頻繁に分配されたことと,分配の中心にいるのがおとなのメスだったことだ。
ボリンゴというラグビーボールほどの大きさの果実(図1)が実る季節には,計72日間の観察で合計166例もの食物分配がみられた(図2)。
そして,そのうちの156例ではおとなメスが果実の所有者になっていた。
ボリンゴの実を見つけたメスは,ピャーピャーとうれしそうな声を上げる。
するとそこに他のメスや若い個体が寄ってくる。顔を数cmの距離に近付けてのぞきこむ子もいるが,見ているだけで分けてもらえることはまずない。
手を差し出して所有者の手や口から小片をおすそ分けしてもらう形で分配は起こる。
分配するといっても積極的に与えるのではなく,相手が取っていくのを許すという消極的なものだ。
この点ではボノボもチンパンジーも共通している。
タイトル:野生のゴリラにフルーツを分配する行動を発見 - 京都大学
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/documents/140623_2/03.pdf
経過
人類に近縁な類人猿のうち、果実食のオランウータンやチンパンジーには食物を分配する行動が知られているが、葉や茎などを食べるゴリラにはほとんど報告されていない。
しかも観察されているゴリラの分配は、親と子どもの間に限られていた。
これは、野生でのゴリラの観察が果実がほとんど得られない標高の高い山地林にすむマウンテンゴリラに集中していたためで、最近低地の熱帯雨林でニシローランドゴリラの観察ができるようになると、ゴリラがチンパンジー並みに果実を食べていることがわかってきた。
今回、ガボン共和国ムカラバ国立公園で実施中の山極プロジェクトで、野生のゴリラが
Treculia africanaというフットボール大の果実を分配しているところを18例観察することができた。しかも、おとなどうしの間にも果実の分配が見られた。
果実が地面に落ちてくると、それを手にしたゴリラの周りに他のゴリラが集まり、少しずつちぎって地面に置いた破片を拾って食べた。
チンパンジー・ボノボ・ゴリラには果実の採集がみられ、これは分配される。
非本質的な部分である学問・研究領域
前提となる学問・研究領域(疑いあり)
肉食・狩猟
- クリストファー・ボーム『モラルの起源』第6章 自然界のエデンの園 「原初のチンパンジー属」の狩猟と分配のパターン P170
チンパンジーとボノボの狩りは気まぐれで、かなりまれで、飛び道具をもたずに小ぶりの獲物を追う(19)。
ボノボは、チンパンジー以上に狩りをすることが少なく、また、個々に狩りをしがちだ。
一方で、チンパンジーの雄は、魅力的な新鮮な肉を探し求めるときには、集団で狩りをすることもあるらしい(20)。
どちらの種も、食べたり分配したりするときには、脂肪分の多い脳を喜ぶようだ。
そしてゴンベで私が惹きつけられたのは、最大で十数頭ほどの興奮した類人猿がこうした獲物の肉を分け合う特別な方法だった。
チンパンジーとボノボは同じようなやり方でこれをおこなう。
通常は、獲物の肉を確保した地位の高い個体が、その後もしっかり所有して一番多く取り、近づいてきてせびる仲間のうち一部にだけ残りを分け与える――だが、ほかの仲間には決して分け与えないのだ。
- クリストファー・ボーム『モラルの起源』第6章 自然界のエデンの園 容認される盗みか、社会的な絆をもつ味方作りか? P174
ボノボの大人は、かなり大きくて脂肪とタンパク質が豊富な果物を分け合う(28)。
チンパンジー・ボノボには小動物の狩猟がみられ、これは分配される。
ただし、これはチンパンジー・ボノボのみの話である。
地位
- 山極寿一『家族進化論』第2章 進化の背景 17 食物の分配と共食 P118-119
チンパンジーではオスから他個体へ、ボノボではメスから他個体へ分配されることが多い。
これはチンパンジーではオスが、ボノボではメスが社会的に優位であることを反映している。
食物は優位な個体が分配することが多いのだ。
では、なぜ優位な個体がせっかく捕った自分の食物を仲間に分け与えるのか。
それは、彼らの社会的地位が仲間の協力と支持によって維持されているからである。
たとえ優位な個体であってもひとりではその地位を守れない。
みながこぞって攻撃すれば、最優位なオスも大けがを負って集団を追われてしまう。
(中略)
このため、オスは仲間から見放されないように振る舞う必要がある。
食物の分配もその一手段だというわけだ。
チンパンジー・ボノボにおいては、食物分配は優位な個体が地位を維持するための手段でありうる。
しかし、チンパンジー・ボノボ以前から種として存在するオランウータンにおいては、権力を示すフランジ雄が分配せず、権力のないアンフランジ雄が分配するので、オランウータンにおいてはこのメカニズムははたらいていない。
強者同盟・互恵的利他主義・互酬
- クリストファー・ボーム『モラルの起源』第6章 自然界のエデンの園 容認される盗みか、社会的な絆をもつ味方作りか? P172
フラックと私は、肉の所有者は肉をしっかり支配するのに必要な味方(同盟者)を確保するため、最小限の数の仲間とは肉を分け合うが、肉が欲しいとしきりに訴えて物乞いの列に少しでも前に並ぼうとするほかの多くの者とは分け合わないのではないかと提唱した。
(中略)
もっと一般的に言えば、こうした味方は、親しい政治的なパートナーになったり、のちの狩りでお返しをしてくれたり、ときには子作りのパートナーになったりする可能性が高い。
果実を分け合うボノボ|京都大学霊長類研究所 - チンパンジーアイ
http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/k/127.html
食物分配は,利他行動の典型例であり,人類進化の上で非常に重要な役割を果たしたと考えられている。
これまで,食物分配の進化については主にチンパンジーの肉分配を基に考察されてきた。
相手からの圧力に負けてしかたなく渡しているといった説明や,好きなメスと交尾をするためにプレゼントとして渡しているといった仮説が有名だ。
しかし,ボノボでは平和的な分配がなされるし,メス間の分配では交尾を目的とした分配仮説は成り立たない。
また,果実の分配・被分配者を分析すると,与える個体は与えるばかり,もらう個体はもらうばかりで,果実の受け渡しだけみても互恵的な関係にはなっていなかった。
どうもボノボの果実分配には異なるメカニズムが働いている可能性がある。
チンパンジーにみられる狩猟による食料分配の目的は、(そもそも肉を獲得・所有できる程度には強い者の)同盟・肉のお返しが含まれるが、これはチンパンジーのみにみられる。
また、ボノボの食物分配は互酬の要素は含まれていない。