物語:( キャラ/ア-カ | キャラ/サ-ナ | キャラ/ハ-マ | キャラ/ヤ-ワ || 武器物語 || 聖遺物/☆5~4 | 聖遺物/☆4~3以下 || 外観物語 )
図鑑:( 生物誌/敵と魔物 | 生物誌/野生生物 | 地理誌 | 旅行日誌 | 書籍 | 書籍(本文) 1/2/3/4/5 | 物産誌 )
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衣装
【ジン】海風の夢
夏をモチーフにしたジンの衣装。涼しげな作りだが、同時に優雅さも感じられる。海辺の旅にぴったり。
代理団長の生活は歯車のように、重たくのしかかる責任によって動き、忙しい仕事の中で摩耗していく。
時間とともに、騎士の心得によって作られた「鎧」はジンの肌に溶け込んでいった。きちんとした身だしなみを維持し、制服姿で人に会うことは、すでに習慣になっていた。
しかし実際のところ、ジンの年齢は普通の少女と違わない。
少女たちが好きな小説によれば、鮮やかな服装とは、夜空に輝く星のように欠かせないものらしい。そのため、高貴な貴族の末裔は、宮殿のように広いクローゼットを所有している。ドレスが重なり合い、布が波のようになびく。
ジンもこのようなロマンチックな憧れを持っていたのかもしれない…華麗な服に憧れを持つのは誰にでも経験があるだろう。
そして今、ジンの願いは叶ったといえよう——彼女は自分自身に一番似合う夏の服装を手に入れた。この服は、小説にあるどの華麗な服よりも遥かに勝っていた。
「最初に提案したのはバーバラだ。リサと共にありとあらゆる店を回り、最も似合う水着を探したらしい。」
「職人にデザインを改良してもらうため、まさかガイアが本当にディルック先輩を説得するとは…」
「布地はアンバーが選んだ。ウサギ伯爵を作った経験を生かし、とても着心地の良いものとなっている。あまり貴重な物じゃなくて助かった…」
「アクセサリーに使われた宝石の中には、アルベドとクレーのコレクションがある。」
「裁縫の仕事はノエルが担当し、一針ずつ丁寧に縫った。」
「そして具体的なサイズは、リサが提供したんだ…彼女は手作りの美しい薔薇のアクセサリーを縫ってくれた…」
ジンのために皆が心を込めて作ったこのプレゼントが、これまでにないサプライズとなった。
前回の休暇は忙しい日々の中の短い休息だった。しかし今回の海辺の旅ならば、ジンの身も心もリラックスさせられるだろう。
「鎧」を脱いだ後の姿は、空に浮かぶ蒲公英のようにしなやかで、海に差す光に輝いていた。
「こんな穏やかな夏の休暇は…初めてだ…」
【ジン】グンヒルドの伝承
ジンの衣装。あらゆる場面に適応する、優雅で洗練された礼服。
「これ、お姉ちゃんの服だよね?部屋を片付けている時に見つけたんだけど…」
バーバラはきれいに畳まれた礼服を手にしながら言った。服についている騎士団の紋章は、陽光に照らされて金色の輝きを放っている。
見覚えのある服ではあったが、ジン自身はこのような服を持っていないと断言した。
そう言えば、普段着ている制服は、母が手縫いで作ってくれたものであることを思い出した。ということは…
「もしかして…これは母上様の?」
娘の問いに、フレデリカは珍しく笑みを浮かべた。
「ずいぶんと昔のことで忘れていたけれど、サイモンがまだ保管していたなんて。」
「これは、私が『赤楊騎士』の称号を授与した時に着た礼服よ。もしよかったら、あなたも着てみて。」
かつての苗木はすくすくと育ち、その木陰は慣れ親しんだこの地を守護している。
過去の栄光は受け継がれ、さらに輝きを増すことだろう。
彼女たちは互いに騎士の敬礼を行い、久しぶりに抱擁を交わした。
【バーバラ】サマータイムスパークル
海辺をモチーフにしたバーバラの衣装。夏の活気溢れる煌びやかなスカートからは、爽やかな海の香りが漂ってくる。
バーバラの踊りと歌はみんなの心を癒すためにある。
しかし人々に笑顔を届けるバーバラも、時に寂しさを覚える。
同い年の女の子みたいに、仲の良い友達とのんびり買い物をしたり、家族と温かい時間を過ごしたり。
他人にとっては些細で小さな願いかもしれないが、彼女にとっては贅沢なものだ。
アイドルとしての彼女は、出かけるたびに熱狂的なファンに囲まれてしまう。
せっかく休みを取り、両親と姉と一緒に過ごしても、幸せな時間はすぐに過ぎ去ってしまう。
優秀で忙しい姉はいつも仕事に没頭している。バーバラは彼女に悩み事を言おうとするたび、姉が抱える仕事のせいで口に出せない。
姉の疲れは見ればわかる。バーバラもそれをちゃんと知っている。
これは仕方のないこと、ジン·グンヒルドはみんなの代理団長だから。
「でも、できれば…お姉ちゃんを返してくれないかな?」
忙しい姉を見ながら、バーバラはそう独り言を呟いた。
その時、バーバラは奇妙な群島のうわさを耳にした。
夏、島、海…これは絶好のチャンスではないだろうか?
夏には冷たい炭酸水や甘い氷菓、金色の砂浜、青い海、水遊びに来た人々。
そうだ!砂浜、海!そうしよう。
海辺に行く準備をちゃんとしなきゃ。
お菓子にスイーツ…そうだ!それにピリ辛小魚、全部かわいいアヒルちゃんのバッグに入れておこう♪
それに服も!動きやすい水着に着替えないと。このミニスカートがいい感じかも、靴に付いている白いお花もかわいい♪
それに、襟にリボンを結べばもっとかわいくなるかも?
ラーララララーララ♪バーバラは嬉しそうに歌い始めた。
しかし、姉はきっと水着を用意する暇がないのではないだろうか?
それは困った。だけど方法がないわけじゃない。
「リサさん、時間ある?一緒に服を選んでほしいんだけど。」バーバラは微笑みながら図書館のドアを叩いた。
【モナ】星と月の約束
モナの衣装。占星術の概念である「運命の時」を迎えるため、特別に買った服。プラネタリウム予約金で得た三割引きクーポンに感謝。
星拾いの崖に着いた時、すでにモナは到着していた。
彼女は星空を見上げながら、あなたの知らない歌をうたっている。ちょっとしたイタズラ心で背後から忍び寄ると、肩を叩く前に彼女は歌を止めた。
「私を驚かそうって魂胆でしたら、もう遅いですよ。」
さすがは偉大なる占星術師、アストローギスト・モナ・メギストスだ。あなたは大人しく隣に座る。モナは声の調子を整えると、先生のように喋り出した——
「今夜は見事な星空です、観測するにはもってこいでしょう。しかも、先ほど星拾いの崖に居座っていたカップルを追い払いましたので、『占星術基礎講座』の場所も無事確保できました。」
マーヴィンとマーラが見当たらないのは、それが原因だったのか。
「では、始めますよ。」
「『占星』とは、物質の運動法則を研究する学問の総称であり、天体はこの学問の基礎的な研究対象でしかありません…」
最初は理解できたが、話が進むにつれて早口になっていき、不明な点が増えていく。だんだんと、彼女の考えが分からなくなってきた。しかし、熱く語る彼女の姿を見ると、とても口を挟める気にはなれない。
彼女のキラキラと輝く瞳と話す時の仕草を前にして、申し訳ない気持ちになってくる。おや?
「服を変えたの?」
いきなりの質問に彼女は戸惑ったが、すぐさま落ち着きを取り戻した。
「そうです。占星術を教えるのは厳粛なこと。ですから、あなたの教師として、その…敬意を表すために、服を着替えました。」
少し気まずい空気が流れたが、彼女がそう言うのだ、認めるしかない。疲れていたあなたは頬を叩き、気合いを入れて講義を聞くようにした。
「物質的なことは簡単で、一番難しいのは人に関する道理のほうです。だからこそ、私たち占星術師は…」
絶対に…寝ないようにと…自分に言い聞かせた…
「もう、仕方ありませんね。」と、占星術の先生はそう言葉を漏らすのであった。
【ロサリア】教会の自由人へ
ロサリアの衣装。彼女のためだけに教会から贈られた特注品のようだ。
「一応、みんなからの気持ちだよ!」
バーバラは嬉しそうに綺麗に梱包されたプレゼントを、不満と疑いに満ちたロサリアに渡した。
包装紙を破ると、箱の蓋にメモが貼られている。流麗で美しい筆跡は、まるで音符が踊っているかのようだ。
「親愛なるシスターロサリア。我々はバーバラさんにこのプレゼントを託されましたが、どうか彼女の見えないところで蓋を開けてください。」
背中を向けて蓋を開けると、内側にもう一枚メモが貼ってあった。同じ筆跡で、こう書かれている。
「親愛なるシスターロサリア、あなたが自分の誕生日を多くの人に知られたくないということは承知しています。しかし、この情報はファルカ団長があなたの履歴書に書いたものです。だから、この大切な日に、西風教会から特製の制服をプレゼントします。
どうかその無愛想なオーラを慎み、一日ぐらい普通のシスターとして振る舞ってください。」
ダリア助祭(この手紙は、シスターヴィクトリアの依頼で書かれたものです)
【アンバー】100%偵察騎士
アンバーの衣装。今回のは、よりフォーマルでカッコいい偵察騎士の制服だよ!
アンバーはこの三ヶ月間、ググプラムに悩まされていた。偵察の際、制服や靴下がその果物に引っかかり、破れてしまうのだ。その上、ここ最近は多忙で、縫う時間が取れない状況が続いてる。
騎士団の後方支援部隊からは、同じ制服が三着支給されている。そのため、一着ぐらい駄目になっても差し当たり問題はない。だが、三着とも大切にしてきたアンバーにとって、この出来事は心を痛めるものであった。
「わたしのウサギ伯爵も、この制服の色使いに合わせてデザインしたのに!」と、アンバーは落ち込んだ。
任務が落ち着いた後、アンバーは破けた箇所を補修したが、縫った跡が残ってしまった。
しかし、それからわずか半月後のことである。アンバーは騎士団の年末会議で新しい制服を支給されることになった。
以前のものよりフォーマルで、より洗練されたデザイン。しかも、頑丈で破れにくい!
その際に、後方支援部隊のヘルター隊長はこう言ったそうだ。「西風騎士団を代表して、唯一の偵察騎士に新しい衣装を贈ります!いつもありがとうございます。」
【刻晴】霓裾の舞
刻晴の礼服。海灯祭の佳景の中、過去の苦心により描かれた線には、今宵の軽やかで麗しい姿が織り込まれている。
一番最初に咲いた霓裳花の花弁を厳選し、古代の秘法で最高級の絹に織り上げる。紫の染料を艶やかな琉璃袋から抽出し、古画のように美しい色彩を作り出す。璃月と異国の風格を融合させたこの独特な服は、百日にも及ぶ時間をかけて緻密に縫製されたもの。一本一本の線は、まるで筆で書かれたかのように細く整っている。
おそらくこのドレスは、刻晴がこれまでに着た服の中でもっとも貴重なものだろう。その来歴も、実に美しきものだ——
「玉衡」に就任して以来、刻晴はその職位がもたらす恩恵を受けたことがない。それどころか、私的な時間を膨大に費やしてきた。普段着ている服は、仕事の効率を上げるため実用性に特化したもので、必要最低限の美しさと優雅さしか持っていない。そのため、かつての刻晴は、美しさを謳歌する年頃でありながら、美しさを引き立たせる服とかけ離れていた。
甘雨や凝光と共に仕事をした後、刻晴はあることを感じた——
夜通し働く甘雨の姿を見て、自分には半仙の血を受け継いだあの秘書の真似はできない。また、彼女はあることを知った。凝光が山のように積まれた明日の事務を忘れ、心身共に休むため——仕事を終えた後に湯浴みし、服を着替えて「気持ちの切り替え」を行っていることを。
刻晴は理解していた。変革の最前線にいるからこそ、勢いのみで行動してはならないと。自らの体と心を大事にしながら、目に見えない消耗を避け、着実に進んでいくべきだと。
刻晴を説得する時、凝光は簡潔に自分の期待を述べた。
「これまでのお祭りで、あなたはいつも同じ服装で人前に出ていた。だから、人々もその姿をよく知っている。でも、今の璃月は昔とは違う。もし新しい服で人々の前に現れれば、きっと皆を喜ばせ、大きな励みになるはずよ」
刻晴はもちろんそれを理解していた。彼女はただ同僚を心配させないよう、静かに変わっていきたいと思っていたのだ。
ならば、海灯祭の礼服から始めよう。
「この礼服は、私の仕事と生活が互いに干渉しないことを表す境界線。これのおかげで、私は一歩一歩着実に皆を先導して、璃月の新しい時代に近づけていける」
そんな思いから、刻晴は凝光の専属仕立てに服を依頼した。ただそれでも、最終的な設計は「最低限の贅沢」を遵守したものとなっている。その後、刻晴は仕事に戻り、海灯祭の準備を進めた。
再び、極端とも言えるような忙しい日々を過ごすが、それは小さな問題に過ぎない。
群玉閣で旅人と話をしながら、耳元で自分を心配する声を聞いた。より明晰な考えが浮かび上がると共に、少し前の自分の決断を思い出して、刻晴は軽く喜びの笑みを浮かべた。
呼吸が合うとはこのことだろう。理想的な旅の仲間は、常に心が通じ合っているものだ。
長いこと準備してきた礼服に着替え、旅人の眼差しを受けた後、そっとささやく。心地の良い返事を聞けた後、満開の花火を見上げた…
礼服には、虹のように華やかな星空が反射し、佳節の光が映っていた。そして、風に揺れる花のように、刻晴の澄んだ足取りに合わせて揺れ動いた。
【凝光】紗の幽蘭
凝光の礼服。紺色のドレスは彼女の優雅で美しい曲線を描き、足首を飾っている蝶の羽はたおやかさを演出している。
璃月の商界で燦々と光り輝く人物、天権凝光。その顔には常に、自信に満ちた微笑みが浮かんでいる。
しかしそんな彼女でも、普通の璃月人のように、挫折や未練、孤独といった悲しみを抱えている。
かつて凝光は、璃月港に災いが降りかかろうとした時、何年も苦心し建てた群玉閣を自らの手で犠牲にした。
過去の甘い記憶も苦い記憶も、群玉閣と共に大海へと落ちていった。それは凝光であっても、名残惜しさを感じるものだった。
たとえ時が過ぎ、かつての夢を再建する機会を得ても、彼女はため息を吐くだろう。
この世には、いつ消え失せるか分からないものが多々ある。
それを思い出すたび、彼女は心が沈むのだ。
空での宴が再び始まると、凝光は藍色の礼装を身にまとい、皆と共に祝杯を上げた。
しかし、酒が酌み交わされる合間、名品や珍玩、煌びやかな料理、音楽、笑声が飛び交う中で、
璃月の天権は、再び愁思に包まれていた。
雲がかった心で彼女は席を立ち、夜空の下を歩く。
遠くの楼閣から響く笑い声も、すでに聞こえなくなり、この広大な世界にまるで彼女しか存在しないかのように思えた。
彼女は昔と同じように、足元に広がる璃月を眺める——
輝く月光が、薄い絹のように璃月を包んでいた。碧水の原から璃沙郊まで、しなやかな白が大地の壮大さを引き立てている。
それが凝光のもっとも慣れ親しんだ景色だった。群玉閣が建てられてからというもの、彼女の目には毎晩のように、壮大な天地が映し出されていた。
時が流れても、山や海が変わることはない。
「この世には、簡単に変えられないものがある」
「でも百年もすれば、天地万物は変わっているかもしれない。その時が来たら、私の容貌も体も、すべてがなくなり、骨となっているわ」
「それはこのドレスも同じ。過去にどれほどの光を輝かせていても、色褪せる時が来る」
「けれど、私がこの世に存在する限り、数え切れないほどの財を手に入れ、天権の力を使うことができる」
「この一生を、思う存分生きるの。権力、富、友情、どれも欠けてはならない」
「これは、とうの昔に決めていたこと。だったら、過去のものにとらわれ、一時の喪失感で理性を失うなんてもってのほか」
「人生とは短いもの。だからこそ、この短い百年を大事にしなきゃいけない」
「どれほどの時と時代が過ぎても、後の者にこの名を覚えてもらえるように。そう——凝光という名を」
彼女が席に戻った時、心にかかっていた雲は消えていた。
その彼女の顔には、自信に満ちた微笑みが再び浮かんでいたという。
【ディルック】レッドデッド・オブ・ナイト
ディルックが隠密行動をする際に着る衣装の一つ。それはまるで、影の中で燃える炎のよう。敵の目に焼き付いた深紅の残痕は、彼らに消えることのない悪夢を植え付ける。
ラグヴィンド家の長男、騎士団史上最年少の騎兵隊隊長として、ディルックはかつて花束と拍手に囲まれ、大きな期待を寄せられていた。あの自由で気ままな北風騎士ファルカでさえ、「騎士団の誇り」と真剣な面持ちで褒めたほどである。
父であるクリプスは大いに喜び、ディルックが自分以上の成果を収めることに期待した。ラグヴィンド一族の栄光を受け継ぎ、モンドのためにアカツキを紡ぐだけでなく、群衆の頂点に佇むことで高貴な資質を導き伝え、良き西風騎士になるのだと。
その期待は普段の会話や訓練、生活の小さな瞬間にまで溶け込んでいる。それが誇らしかった父は、早くから準備を進め——ディルックのために礼服をオーダーメイドした。
しかし、あの陰鬱な雨の夜のこと。父親の賞賛は、ディルックが歩む騎士の道と共に消え去り、礼服もその意味を失ってしまった。
数年後、過去の悲劇と茶番は終わりを告げる。旅から帰ってきたディルックは、「罪悪を駆逐する」ため行動を始めた。
それは亡き父のためではない。苦慮の末に見出した信念を貫き、自分なりの方法でモンドを守るためであった。
埃まみれであった礼服は、彼の手によって新たな戦闘服に姿を変えた。この久しく懐かしい質感を持つ生地を、ディルックは心の中で大切にしている。
「さすが私の息子だ」。首にある宝石が赤い髪を映し、かつてそのような口調で話していた父の記憶が蘇る。
静寂に包まれし深き夜、眠りし刃は貴公子の名の下に鞘から抜かれ、その切っ先は脅威へと向けられる。刃は行く先々で大剣の弧光を瞬かせ、燃え盛る炎を立ち昇らせた。そして、罪悪が隠れ潜む場所を燃やし尽くしていく。
「闇夜の英雄」の名がモンドの人々の記憶に刻まれた頃、目を焼く真紅の赤は、すでに魔物や悪人たちから恐れられる色となっていた。
「真のアカツキは、まだ訪れていない。」
父の期待から外れたことを、ディルックは理解している。なぜなら、彼は「先駆者」となるからだ。
【フィッシュル】極夜の真夢
皇女フィッシュルの祭礼衣装。高貴なる者がいつまでも勇気と誠意、そして善良な心を持ち続け、いかなる悪にも屈しないように。
我々の聖なる統治者、幽夜浄土の皇女!
彼女が見せる英明な統治、公正な裁断、バラのように優雅な姿は称賛に値するものである。
雷霆は彼女のために咆哮し、高塔は彼女のために建てられた。
浄土の国の領主たちと、忠誠な大書記官オズヴァルド·ラフナヴィネスは、貴女の勅命を待っている。
そして、高き山嶺の如く静寂な騎士たちも今ここに集った。
第一席、勇気の騎士。龍の鱗を貫くほどの鋭い剣を持つ。
第二席、誠実な騎士。その鎧は、龍の翼が巻き起こす暴風にも耐えられるほど頑丈である。
第三席、善良な騎士。品行方正で、闇に怯むことはない。
他の騎士たちもその後に続き、塔の頂上にいる皇女の足元に集結した。
やがて皇女は、深き夜を見つめる目を逸らし、臣下たちに言葉を告げる。
「勇気、誠実、善良、それと卓越せし民たちよ、永劫にわたくしに従いなさい」
「何故なら、わたくしは幽夜浄土の至高なる者。心の臓が鼓動し続ける限り、あなたたちを見捨てることはないのだから」
騎士たちは、彼女にこう答えた——
「我々の剣と鎧は、貴女のためにあらゆる桎梏を打ち砕き、すべての侵略に抗いましょう」
「そして真心も捧げ、貴女の聖潔なる魂を守ります」
これは邪龍タスラクと対抗するため、皇女の腕となった騎士たちの誓いである。
彼方では、邪龍タスラクが万物を庇護せし夜空を引き裂き呑み込むと、それを己の巣穴としていた。
その爪と牙を研ぎながら、ゆっくりと歩む邪龍。火を孕んだ吐息が皇女の心を焼き、瞳を赤くした。
それは皇女の宿敵であり、いずれ戦うべき相手。
しかし、運命はすでに預言を下している。誠実で善良な魂たちにとって、それは心配する必要のないこと。
ただ目を見開き、彼女が勝利を収めて凱旋する瞬間を見届ければよいのだ。
——閉幕——
【神里綾華】花時に訪れた手紙
神里綾華のお出かけ衣装。娯楽小説の挿絵に登場するフォンテーヌ女性の衣装をモチーフにした洋服で、フォンテーヌの貴婦人の生活を垣間見ているような気分にさせてくれる。
神櫻の木の下に美しい錦が敷かれ、その上には様々な料理がずらりと並んでいる。
あなたが招待状の案内通り、「ピクニック」が催されている場所にやって来ると、目の前にはそのような光景が広がっていた。
しばらくして、「ピクニック」の主催者である神里綾華がその手に扇子を持ち、微笑みながら木の陰からゆっくりと姿を現した。
「フォンテーヌの人々はピクニックが好きだと聞いたので、私も試してみたくて…小説にある異邦の雰囲気を体験してみたいと思ったのです。」
無理もないことだ。八重堂から新たに出版されたフォンテーヌの娯楽小説『オルツィ嬢事件簿』は、今稲妻で人気を博しているのだから。
最近、綾華もこの小説を読み、あなたにこの本の推理についてたまに話している。彼女はこの物語を気に入っているようだ。
長い髪を束ねて、ドレスハットをかぶった綾華は、まるで小説の挿絵に描かれるフォンテーヌの麗人である。
その顔は馴染みあるいつもの綾華だが、不思議なことに服装を変えただけで、全体の雰囲気は一変していた。
目の前にいるフォンテーヌの麗人が、あなたにこう言う——
「『オルツィ嬢事件簿』を読んでいると、常々こう思います。違う国の文化と習慣には通ずる部分もありますが…」
「一個人の生活に関しては、似ている所より違う所のほうが多いと。」
「自分の経験から稲妻以外の国の生活を想像するのは、まるで厚い雲の向こうの月を見ているかのような感じがします…」
彼女は顔を伏せ、少し悩んでいるようだ。
社奉行のお嬢様である彼女は、冒険者のように気ままに生きることはできない。あなたはそれをよく知っている。
落ち込んでいる綾華を慰めようとすると、彼女は逆に会釈し、何かが吹っ切れたかのように先に口を開いた。
「現実はそうとはいえ、普通の人と比べたら、私はずっと恵まれていると思います。」
「貴方のような友人がいるから、たとえ遠出ができなくとも、知っている物語はもう稲妻に限られることはありません。」
「…他の皆様も、もっと稲妻以外の世界を知ることができればと願っています。」
あれ、綾華は自分のことで悩んでいたわけではないのだろうか?
「荒谷さんがおっしゃったように、稲妻の他にもスメール文学、モンド文学、フォンテーヌ文学などが盛んになっていますが…」
「私たちは、あまり詳しくありません…」
「ですので、より多くの外国作品を輸入するよう、お兄様と八重宮司様に提案したいと思います!」
「文学作品を窓口にすることで、見たことのない景色をたくさん知ることができるかもしれません…」
綾華の器の大きさは、あなたの予想を遥かに超えていた。さすがは社奉行神里家の白鷺の姫君だ。
「…八重宮司様とお兄様に進言する前に、詳細な一覧表を準備したいと思います。ですから、貴方の意見をお聞かせください。」
あなたが感嘆していると、いつの間にか綾華は詳しい話に移っていた。
あなたは少し思案したのち、一覧表の一行目にこう書いた。
「『イノシシプリンセス』ですか?」
「うん、これは残酷でありながら美しい童話で、普通のものとは一線を画してる。だから、きっと多くの人が面白いと思ってくれるはず。」
綾華は、数多の本を読破してきた荒谷編集にこの一覧表を提出した。ただ残念なことに、荒谷編集は何の迷いもなく『イノシシプリンセス』の名前を削除してしまう。
「えっと、この童話は少し特殊すぎるから、みんなにはまだ早いと思うわ…」
【リサ】葉に隠れし芳名
リサがスメールを再訪した際に作らせた衣装。服装の実用性とエレガンスのバランスは絶妙。リサの学生時代の制服と少し似ている。
一般人から見て、花の生長習性で希少度が異なるように、学術的成果も応用価値で違いが生じる。
ある一部の学者が、トップクラスの学術的成果をパティサラに、凡庸な成果をどこにでもあるミントに例えたことがある。
やがて、一部の学生もその影響を受けて、花をある種の称号として冗談を言い合うようになった。
皆が口を揃えて言ったのは、教令院でもっとも多いのは「スイートフラワー」と「ミント」であり、次が「薔薇」であること。それに対して、パティサラは非常に少ないということだ。
ただ理解に苦しむのは、天才であるリサ・ミンツには「パティサラ」の素質があるというのに、「薔薇」の称号を気にしていない点である。
彼女は先人たちが完成させられなかった多くのプロジェクトに、円満な形でピリオドを打ってきた。その論理的な基盤は確かなものと言えるだろう。
彼女はこれらの貢献で頭角を現し、指導教員から重宝されると、もっとも奥深いとされる課題の研究を許された。しばらく後、彼女は数多の実績を残すことになる。
当時、一部の学者たちは研究の方向性さえ調整すれば、彼女はいつか必ず最年少の賢者になるだろうと考えていた…
しかし、彼女は既存の学術的成果の署名式に出席せず、学院の核心となるプロジェクトからも手を引いた。その後、彼女は自らの意思で教令院を離れてしまう。
不思議に思う同級生からの問い詰めに対し、彼女はいつもと変わらず、優しく優雅にこう答えた。
「わたくしの仕事は散らばっている書籍を整理し、それらを探しやすい場所に配置するのと同じようなもの。ただそれだけなの。署名式のような立派なものなんて、わたくしには必要ないわ。」
「そうだ。学生の間で流行っている歌は覚えているかしら?」
「『カルパラタ蓮の控え目を求めず、パティサラの高潔さを求めない。』」
「『日々歌と共にし、香りを手にする。』」
「昔、薔薇は他と比べられないくらい珍しい花だった。けれど、一世代また一世代と学者が絶えず栽培の技術を研究し、今日に至って、薔薇はどこでも見られるようになった。」
「これは薔薇にとって悪いことかしら?もちろん違うわ。薔薇はいつもかぐわしい香りを放っている。珍しいかどうかなんて、人のつけた定義に過ぎないのよ。」
「だからいつの日か、みんなが主観的な考えでこれらの花を評価し、定義するのではなく——花たちの生長習性と環境を選ぶ理由に目を向けられるようになった時こそ、記念すべきことなんだと思うわ。」
【クレー】星燭に揺れる爛花
クレーが特定の演劇に出演する際に着る丁寧な作りの衣装。鮮やかな色をしており、まるでクリームの花と真紅のロウソクで飾られたケーキのように、「ハッピー」と「スマイル」を冒険の至るところに振りまいてくれる。
絶妙な火加減で焼き上げたふわふわのスポンジケーキのような柔らかい生地と、可憐でぜいたくなホイップクリームのような白を基調とした服。ダークブラウンの帽子と手袋、そしてプリーツスカートはまるでチョコレートのような質感だ。クレー専用の鮮やかな赤が、キャンディーで作った蝋燭の炎のようにキラキラと光る。
小さな火花騎士は、雲や木でさえも愛さずにはいられない夏の冒険を終えると、新しく「レッド・ヴェルヴェット・ウィッチ」へと変貌を遂げた。
「魔女にとって一番大事なことは何?」
モンドに戻った後、大きな騎士と小さな騎士は城壁の傍に座って、くるくる回る風車を眺めながらお喋りしていた…
クレーも以前から、「魔女」という言葉は聞いたことがあった。しかし、「炎のような赤い魔女」の物語を聞いて以来、クレーの中でこの言葉の意味はだんだん変わってきていた。
クレーは覚えている——大人たちが言う、その人の身元とすごく関係してる、大切なこと…確か「セキム」とか言ったっけ?
短刀の大盗賊は手に持った酒瓶を揺らしながら、神秘的な笑みを浮かべた。
「魔女が魔女と呼ばれるのは、不思議な魔法を使えるからだ。」
「魔女にとって一番大事なこと…それは魔法の不思議な力をどのように使うかってことさ。」
「当時、その赤い魔女は、魔法で砂漠に涼やかな楽園を作り、人々の願いを叶えてやった。だからこそ、彼女は人々に称賛され、幸せな物語として描かれ、休暇と笑顔の源になったんだ。」
「世界のどこかには、悪い性格の魔女や、悲しい出来事に遭遇した魔女もいるかもしれない。彼女たちは魔法の使い方を間違ったから、自分たちと同じように人々を悲しませ、泣かせる羽目になっちまった…」
「さて、レッド・ヴェルヴェット・ウィッチのクレーお嬢ちゃんは、どんな風に魔法を使いたいんだ?」
短刀の大盗賊はここで言葉を切ると、小さな魔女と軽く乾杯しながら、問い返した。
レッド・ヴェルヴェット・ウィッチは首を傾げる。コップの中のジュースに、純粋な笑顔が映り込んだ。
「クレーは…みーんなを幸せにしたい!」
しかしそう言うと、魔女は悩み始めた——
でも、悲しんでる人には、きっと悲しくなった理由があるはず。魔法で無理やり笑顔にしちゃったら、泣き顔よりも痛そうな、おかしな笑顔になるんじゃないかな?
幸い、よく回転する小さな頭の中に、すぐさま答えが浮かんだ。
じゃあ、みんなの悩み事を消してあげればいいんだ!
「例えば、魔法を使ってみんなが病気にかからないようにしたり、モラに困らないようにしたり。あと、毎日お魚を食べられて、元気になって、何も心配しないで、毎日楽しく過ごせるようにするんだよ。」
それでもまだ足りなかったのか、クレーは頬杖をついて、青い空と白い雲を眺めながら考え込んだ。
「それから…みんなの願いごとを教えてほしいな。一人一人の願いごとをメモして、世界で一番すっごい魔法で、世界で一番の幸せをみんなに届けるの。」
幸せな時の笑顔が一番すてきだということを、シードル湖の水面が以前クレーに教えてくれたのだ。
短刀の大盗賊は一瞬、呆気にとられたが、ふいに優しい西風が吹いてきて、驚きはすぐに安らぎと穏やかさへと変わった。
「だったら頑張ってくれよ、クレー。いつの日かきっと、クレーとクレーの魔法が、世界で一番イカした物語に出てくると思うぞ。」
物語の中で、レッド・ヴェルヴェット・ウィッチは、仲間たちと一緒にテイワットを隅々まで旅した。彼女たちの旅した場所からは、悩み事や悪者はみんな逃げてしまい、貧しさも病気も痛みも嘘のように消えて、綺麗なお花が沢山咲き誇った。焚き火と蝋燭の炎とお星さまが、みんなお友達になってくれて、楽しい歌声と軽やかな踊りは絶えず、楽しい宴は決して終わることがなかった。
【ガイア】帆影に戯る風
ガイアが舞台上で「短刀の大盗賊」を演じる時の衣装。「目を引く」ことをコンセプトとした華やかな作り。しかし、着用にはそこまで手間がかからず、むしろ一番手入れに時間を要するのは装飾品と短刀のほうになっている。
「ガイアお兄ちゃん、なんで短刀の大盗賊はいつも短刀を持ち歩いてるの?」
モンド城の西風騎士団の中で、大きな騎士と小さな騎士がおしゃべりしていた。
二人が舞台で大盗賊と魔女を演じ切ってから、もう数日経つのだが、小さな騎士はまだ、ある疑問を抱えたままだった。
コホンッ、大盗賊が短刀を持ち歩く理由か…——ガイアが使った台本の中には、短刀に関する説明はどこにも書かれていなかった。
もしかすると、キャラクターにカッコいい称号を付けようという、単なる監督の思い付きで、「短刀の大盗賊」に決まっただけなのかもしれない。
しかし、目の前の幼い騎士が眉間に皺を寄せて真剣に考え込む姿は、今日の夕飯が何かについて考えている時よりも深刻だ。
好奇心旺盛な子供はいつだって質問をしたがる。質問攻めにされる大人からしてみれば、少々困る場合もあるが、幼い頃の好奇心が満たされなかった子供は、好奇心を持つことを諦めた、退屈な大人になってしまうかもしれない。
人生における無数の可能性の中でも、退屈な人生ほど悲しいものはない。だから、子供の質問には誠意をもって向き合うべきだ。
「そうだな、なんでだろうな?とてもいい質問だ…」ガイアは微笑みながら答えた。
舞台の上で、少しの間ではあるが、大盗賊の身になった彼だ。照明の光に包まれながら、今の自分とは異なる人生についても考えてみた覚えはある。
騎士には騎士の生き方があり、大盗賊には大盗賊の生き方がある。
公明正大に弓と剣を背負い、守ることへの決心を見せるのが騎士の姿。
刃を隠し、暗闇の中で罠を仕掛けるのが大盗賊の姿だ。
生き方は人それぞれ。大盗賊が騎士の剣を持ち歩くことはないし、正統派を貫く騎士が、こっそり短刀を取り出して人を傷つけることはない。
もしこの鉄則に反する物語があるとすれば、きっとそのキャラクターは運命を裏切ったという設定であるはずだ。
しかし、そんな答えをこの子に聞かせる必要はないだろう。まして、答えは一つだけとは限らないのだから…そう彼は考えた。
短刀の大盗賊が持っている短刀は、仲間からの贈り物だったかもしれないし、大盗賊が侠客として生きてきた証かもしれないし、はたまた彼の偉業を讃える勲章なのかもしれない…
ならば、童話を作ってみよう。英雄譚、伝説、そして美しいファンタジーを織り込んで、これまでと同じように、子供に夢を与えるのだ。
彼は部屋に掛けてあった舞台衣装の腰辺りから、小道具の短刀を取り出した。
「そのことなら、大盗賊がまだ小さかった頃のことから話さないといけないな。ちょっと難しい物語だが、聞きたいか?」
「ガイアお兄ちゃん、また物語を聞かせてくれるの?クレー、聞きたい!」
【甘雨】玄玉瑶芳
軽くて優雅な佳節の衣装。竜葵の紫黒色と玉の青色を基調とした衣服と、清心の如き明るく美しい髪飾によって構成されている。まさに甘雨が最も好む組み合わせと言えよう。
半仙の血による不思議な体質のおかげで、甘雨の辛苦に耐える能力は、凡人のそれを遥かに上回る。彼女は年中、月海亭と総務司の事務のために奔走し、昼も夜もなく働き続けている。もちろん、衣服のことを気にする余裕などない。アクセサリーやメイクともなれば、尚更だ。
時が経つにつれ、甘雨に対するイメージは「忙しい」という単語と強固に結びついていった。短い休暇中の甘雨の姿を見かければ、残業の末にうとうとと眠りにつく彼女の様子が思い出されて、心配になる。あるいは、何かの急用を処理しに突然仕事に戻ってしまうのではないかと、気掛かりになってしまうのだ。
閑雲はそのすべてをしっかり目に留めており、対策も考えていた。再び海灯祭の季節が巡ってくる頃、閑雲はふと、街中で聞いたとあるアドバイスを思い出した。
「服を変えれば、気持ちも変わる…」
そんなわけで、真君は長年封印していたとある仕掛けを取り出した。友人のピンが育てた上質な霓裳花を原料に、洞天の仙草で作った染料を加え、多くの布地と織物を編む。質感も色合いも完璧だ。また、精巧な髪飾りとペンダントは、仙人の仕掛けと同じ材料で作られており、素朴にして優雅——ほのかに良い香りまで放っている。
その後、閑雲は布地と織物を持って、璃月港の優秀な仕立て屋を訪ねた。仕立て屋はたいそう驚いた——民間の価値感ではかるなら、これらの布地と織物は、「モラを溶かした糸で作ったもの」に匹敵するほどの価値があったのだ。
仕立て屋の反応に、閑雲はご満悦であった。
「妾の弟子はこれほど長く月海亭で働いてきたのだから、かなり偉いのだ。貴重な服を着るに相応しい!」
もちろん、この贈り物を甘雨に渡す時、閑雲は仕立て屋の腕前が良かったとだけ伝え、この織物や装飾品の特別なところについては何も言わなかった。
しかしその水のように滑らかな質感と瑕一つ無い精巧な作りから、甘雨は衣装の価値と真君の心遣いをしみじみと感じ取ることができた。
普段から着慣れた仕事着を脱いで、軽やかな姿で真君や友人たちに向き合うと、心にまで変化が訪れた。
それはまるで美しい玉の如き星々が照らす、明るい夜空が見えたような——芳しい花々が咲き誇る静かな幽境に身を置くような気持ちだった。
「全ての事務は一旦置いておき、皆さんと共に憂いなき海灯祭を過ごすのも、この上なく貴重な経験ですね。」
【申鶴】冷花幽露
申鶴が受け取った海灯祭祝いの贈り物。彼女の師匠である留雲借風真君が仕立てを依頼した典雅な礼服。両腕にある赤紐は昔のままだが、申鶴が胸に抱いている苦しみは今や既に薄らいでいる。
「子供たちはみなおもちゃが好きだ。」——これは申鶴が山ばあやのおもちゃ屋を観察して導き出した結論だ。
凧、霄灯、それから色とりどりの紙で作った装飾用の剪紙「窓花」。窓に飾られた切り絵の前を通りかかるたび、璃月の子供たちは、それらをじっと見つめている。
周りの大人たちは気が向いたら、おもちゃを買って子供たちにプレゼントする。すると、子供たちは笑顔を見せる。
申鶴の幼少時代に、このような記憶はない。だから、その瞬間の子供たちの気持ちはあまり理解できない。それでも、子供たちのキラキラ輝く瞳を見て、これらのおもちゃはきっと美しい感情と結びつくものなのだろうと思った。
彼女はまだ自身の抱える感情の正体を理解していなかったが、この美しい希望に触れて、少し柔らかい気持ちになった。
「申鶴はおもちゃに興味があるようだ。」——これは閑雲がおもちゃ屋を眺めながらぼーっとしている申鶴を観察して導き出した結論だ。
閑雲の弟子である申鶴は、幼い頃に家族を失ってからはずっと、閑雲と共に修行をしていた。そのため、おもちゃに触れる機会などはほとんどなかった。
今、申鶴は俗世の生活に戻り、閑雲自身も人間の姿となって俗世にやってきた。そして俗世に溶け込んだ閑雲は、一般の子供たちと比べて、申鶴が笑う機会をあまりにも多く失ってしまっていたことに気がついたのだ。
弟子のおもちゃ屋巡りに付き合ってやらねばならぬ。これは師たる者としての責任だ、と彼女は思った。
「師匠はおもちゃが好きなようだ。」師匠閑雲の強い要望に応える形で、閑雲と共に山ばあやとの六回目の会話に挑んだとき——申鶴は心のなかでそう思った。
正直に言えば、窓花や爆竹の魅力はよくわからない。
師匠はよく呪符で色とりどりの鳥を作り出し、洞天を飾り付けていた。呪符で作られた鳥は窓に飾られた切り絵などよりもよほど生き生きとしていて、色鮮やかな光を放つ姿が実に美しかった。爆竹の音は、彼女が聞き慣れた仙人界の美しい音楽と比べると、あまりに荒々しいものだった。
彼女にとって、おもちゃ自体の魅力は溢れるものではなかった。彼女が好きなのはあくまで、子供たちがおもちゃを見る時の笑顔なのだ。
しかし、師匠はおもちゃに興味があるようだ。色々なおもちゃの作り方から爆竹のコツまで、事細かに質問しているのだから。最後に、師匠は申鶴に好きなおもちゃについて尋ねた。
師匠が興味を持つ物事には、きっとそれなりの意味があるのだろう——そう思った申鶴は、ありのままに答えた。彼女の落ち着いた表情を見て、師匠は何やら考えを巡らせたようだっが、それ以上は何も言わなかった。
「申鶴はおもちゃが好きなわけではない。」何度か彼女を連れておもちゃ屋を回った後、閑雲はようやくこのことに気づいた。
山ばあやが売っている剪紙に使う用紙の弱点から、爆竹の表面をどのように改良すれば子供たちがより安全に遊べるかまで、山ばあやに感心されるほど話し込んだにもかかわらず、申鶴はあの日、おもちゃ屋の前で見せた優しい表情を一度も見せなかったのだ。
自分の弟子に必要なものは…おもちゃそのものではないのかもしれない。
人の幼少時代と青春は一瞬にして過ぎ去り、二度と戻らない。では、年長者である自分に、いったい何が出来るだろうか?
まもなく海灯祭の季節が来る。人間たちの風習に従えば、この祝祭はものを贈るのに適しているようだ。かつて、自分も七星から贈り物をもらったではないか…
贈り物…これはいい考えだ。
申鶴と甘雨が師匠から海灯祭の贈り物をもらったとき、申鶴は初めて師匠の意図に気がついた。
おもちゃ屋の前に立っていた時、彼女が哀愁に浸ることはなかった。だから、師匠の意図は意外に感じた。
贈り物の箱から師匠が用意した長いドレスを取り出し、滑らかな裾を優しく撫でる。この時、突然…あの日おもちゃを眺めていた子供たちの気持ちがわかった。
師匠と人間界に来て生活するようになって、自分はずいぶん変わった。これからも、このような驚きがおそらくたくさんあるのだろう——
失われた過去の笑顔を取り戻す機会は、これからもきっとある。周囲からもらった温かさは、全て彼女の心に降り積もり、心の奥底の雪を溶かしていくのだ。
【行秋】竹身雨化
飛雲商会が行秋のために用意した礼服。優雅な竹の模様が入っており、体にぴったり合うよう仕立てられている。なにより行秋が最も気に入っている点は、服の内側にあるほどよい大きさのポケット。薄めの小説がちょうど入るようになっている。
「なにっ、『遊侠猫』がいなくなっただと!?この肝心な時に?」
舞台裏で、座長の怒鳴り声が響く。
「よりによって、飛雲商会がフォンテーヌの貴賓を迎えるこの宴でか?ここで名を落とせば、俺たちの劇団はおしまいだぞ!璃月だけじゃない、フォンテーヌにおいてもだ!」
「遊侠」役の役者は、今や「游侠」の気迫の欠片もなく、ただただ恐れ、怯えた様子であった。
「わ、私たちの出番までにはまだ時間がありますので…今から探してきます!」
ちょうどその頃、窓の外——屋根の上には、行秋がのんびりと座っていた。
「なるほどね、『飛雲商会』に猫探しを依頼しなかったのは、名声を気にしてのこと…というわけか。さて、困ったな。君がここにいることを、どうやって彼らに伝えればいいだろう…ねえ、猫大兄?」
そう言うと、行秋は立ち上がって煙突の方を見た。大げさに飾り立てられた黒猫は、警戒した様子で彼を見つめ返している。
当然、宴席をこっそり抜け出して、自ら顔を合わせるわけにはいかない。「飛雲商会」の次男という身分で「遊侠猫」の存在を知らせにいけば、きっと劇団の人たちは気まずくなってしまうだろう。
「救い出して、こっそり舞台裏に連れ戻すしかないかな…はぁ、服が汚れないといいんだけど。でないと、兄上にまたどこに行ったか聞かれてしまう…」
行秋は注意深く煙突に手を差し伸べたが、「遊侠猫」はそれを受け入れなかった。ニャーと一声鳴いて、隅っこに隠れてしまう。
「…見知らぬ環境が怖いかい?それとも、君も宴会の雰囲気が好きじゃないのかい?でも猫大兄、他人を窮地に追い込むなんて、『遊侠』の名に恥じる行いだよ。」
行秋は苦笑いした。どうやら今日は多少身を汚さなければ、この「猫大兄」を帰してあげることはできないようだ。
宴はつつがなく進み、無事に劇団の出番が来た。
「遊侠猫」は力強い太鼓のリズムに合わせて素早く上下に飛び回り、拍手喝采が鳴り止まなかった。
「いいぞいいぞ!」行秋も兄を引っ張っていき、歓声を上げる。しかし、兄のほうは行秋の新しい服が気になってしまうのだった。
優雅な竹模様のフォンテーヌ風衣装は、体にぴったり合うよう仕立てられている。見ただけで名うての職人によるものだと分かるしろものだ…
しかし弟はこれを受け取った時、苦い顔をして「動きにくい」「隠れられない」などと言い放ち、一度試しただけでずっと仕舞いこんでいたのだ。それを今さら受け入れる気になったのは、一体なぜだ?
兄の困惑した表情を読み取ったかのように、行秋は微笑んでこう言った。「夜、本を読んでいたんだけど、その中にこんな一節があったんだ。『来る者、帰るが如し』…フォンテーヌからの賓客をもてなすなら、この衣装に着替えておくのもある種の礼儀だと言えるだろう?」
疑惑はほとんど解消され、兄はまた行秋を上から下まで眺めた。美しい衣裳の様子を見る限り、どうやら去年のようにこっそり外に逃げ出したりはしていないようだ。
あるいはこの一年で、多少成長したのかもしれない。兄はそう思い、少し嬉しくなった。
…ただ、そこらに漂う煤の匂いは、一体どこから来たんだ?
「君たちの手を煩わせることはない。自分で着替えるよ。」
宴が終わると、行秋は侍従を下がらせた。服を脱ぐと、ところどころ黒く汚れた服が現れる。
「ふぅ…危なかった。この衣装があって助かった。これがなければ兄上の目はとてもごまかせなかっただろうな…」
次の小説は、フォンテーヌから来た侠盗に関する内容にするのもいい——行秋は密かにそう思った。
「うん、冒頭はこうしよう——豪華な衣装が姿を隠すのに不利なものであることは誰もが知っているが、名士の身分こそが侠盗の秘密であるということは、誰も知らない…」
【ニィロウ】東風はこぶ花の吐息
ニィロウの優雅な衣装。まるで千の花で織ったかのような、軽やかなスカート。夜明けの東風に運ばれてきたと錯覚する淡い香りには、童話の世界の美しい祝福が秘められている。
美しきシムランカは「言葉」で構成されており、そこでは誰もが神秘の法力を手にする可能性を持つと言われている。
女神が書いた「運命」では、折り紙の住民たちを救うという重責を担った「祝福の森の妖精」が、いつか降臨するとされていた。
ニィロウが不思議な夢を通り抜け、この童話の世界を訪れた時、折り紙の住民たちはとある危機に陥っていた。
彼らは謎の病に罹り、記憶と自我を失いつつあったのだ。そして、色とりどりの森はだんだん灰色の世界へと変わっていた。
輝きをその身に纏ったニィロウの出現は、住民たちに希望をもたらし、ニィロウには熱い視線が注がれた。
すぐには住民たちの期待に応えられなかったニィロウだが、その重荷に怯えることはなかった。
無数の物語の序盤のように、天賦の才を持たない主人公は見知らぬ地で新しい友人と出会い、その地の独特なルールに少しずつ慣れていくものだ。
ニィロウは「花神誕祭」のダンスを練習する時も、何も知らないところから試行錯誤を重ね、何度も繰り返し暗記してステップを身に着けてきた。
だから、今は妖精の魔法を使えなくても、いつか必ず人々に祝福と希望をもたらせると、ニィロウは信じているのだ。
グランドバザールの煌びやかな舞台でも、鮮やかな色に溢れたこの祝福の森でも、彼女は唯一無二の魔法の力を持っている。
ニィロウは、ハミングで折り紙の住民たちに優しい旋律を教えた。響く音楽、そして初めて触れた感動は、皆の心の奥底に埋もれた楽しい思い出を呼び起こした。
彼女は、夜明けの東風が運んできた花の香りのように舞い踊る。軽やかに舞う晶蝶のような姿は不安を和らげ、皆の心にはびこっていた恐怖を追い払ってくれた——
そうして皆は落ち着きを取り戻し、不安に歩みを止めることなく、平和な日々を過ごせるようになったのだった。
危機に陥った森の住民たちが安らかな眠りについた、初めての夜だった。
ニィロウは自分の部屋に戻ると、シムランカのことをもっと知るために、静かに本のページをめくった。
本には、森の妖精の出現は、預言の勇者がやがて仲間たちと共に訪れることを示す、重要なサインだと書かれていた。
しかし、ニィロウが何もしないでそれにすがることはなかった。より具体的な知識を得て、預言を現実にする方法を探し続けたのだ。
彼女は真心を込めたきらびやかなダンスで、祝福の魔法を折り紙の住民たちに届け、この危機を徹底的に解決しようと考えていた。
そしてその後——彼女の望む通り、とても優しい物語が紡がれた。
待ち望んでいたすべての時間は無駄ではなかったのだ。すべての努力は、輝かしい成果によって報われた。
夢のようなシムランカの地を離れた後も、ドレスにはあの時の感動が息づいており、舞い踊るニィロウの呼吸の合間に、喜びのインクの香りを漂わせてくれる。
なぜ森の妖精に選ばれたのが自分なのか、ニィロウは考えたことがなかったが——
祝福とは最も美しい想いをもって、夜のように深く暗い、善悪がないまぜになった未来を前にしても、目指すべき方向を照らしてくれる星となることなのかもしれない。
もし祝福を織りなす人が、優しさと善良な心を持って人生のあらゆる瞬間を過ごした者でなかったなら、この星に与えられた限りある光が、複雑な過程を経てなお、人々に届くことは難しいはずだ。
朝露のように純粋で善良な者だけが、世界さえも受け入れざるを得ないような、何より真摯で効き目の高い祝福を捧げられるのだろう。
【綺良々】麗しき怪傑
綺良々の衣装。童話の中で弱きを助けるニャンコ剣士——願いを届ける可憐な少女、ここに参上!
シムランカには、万物は運命の女神の創造したイメージから逸脱してはならないというルールがある。
つまり綺良々の怪傑姿も、女神の書いた童話の登場人物を忠実になぞった結果というわけだ。
だがシムランカを隅々まで巡っても、怪傑が現実に姿を現したという話はとんと聞かなかった。
困惑したので、パイモンと二人、もののついでに探偵に尋ねた。探偵が女神の声を聞き、様々な秘密を伝えられたことを知っていたからだ。
そこで、彼の口からこんな話を聞いた——
女神は数ある動物の中でも猫が一番のお気に入りらしく、シムランカに彼らの楽園を作ろうとしたほどだったそうだ。
女神の計画では、その新たな国には大小様々な、あらゆる模様の猫たちが大勢住むことになっていた。
そこのルールは、幸福をバランスよく分配するというものだった。どの住民の笑顔にも、適度な幸せが含まれているということだ。
その国の猫たちは悲しみを知らない。一番憂鬱な時でも、「毛玉が喉につっかえたみたいでうっとうしい」という程度だ。
だが、思い切り咳をしても毛玉は吐きだせない。なぜならそれは彼らの心に漠然と存在する負の感情だから——
喜びは永遠に続き、悲しみは永遠に生まれない。心の天秤が釣り合わない設定は、アンバランスといえた。
しかし女神は他の原稿に気を取られて、展開が非常に気になるこの物語をいったん放り出した。
「物語には合理性を強く求めるという基本的な特性があるの。」後に女神はそうつぶやいたという。
内在する矛盾が解決されない場合は、プロットが好き勝手に動き出し、不条理は自然と解決に向かうというわけだ。
とある猫の怪傑が原稿用紙の片隅に姿を現した。女神が一瞬気を抜いた隙に、その猫は行間から逃げ出してしまった。
彼女は原稿の他のページから激しい怒りや涙、悲しみや嘆きを盗み取り、猫の国の町のあちこちにまき散らした。
住民たちの張りついたような笑みに変化が生じた。定められた運命が分岐し始めたのだ。
「自由気まま、それが猫本来の姿だよ。」機敏で愛らしい怪傑は、そう宣言した。
一方、女神は創作を邪魔されたことに不満を抱くどころか、怪傑の抗議を受けてある決定を下した。
その不完全なプロットを原稿用紙に残すと決めたのだ。女神は、猫の国は確かにもっと自由であるべきだと考えた。
どれだけ探そうと、二人が怪傑の痕跡を見つけられなかったのも無理はない。反逆児は原稿用紙から出ることなく、世界の設計図という記憶にのみ存在したのだから。
物思いに耽りながら、瞳を輝かせる綺良々にちらりと目線をやる。彼女は怪傑の物語が気に入ったようだ。
「どうしてわたしが怪傑の恰好をさせられたのか、やっと分かった!」
「綺良々が猫だからじゃないの?」そう思ったが、口には出さなかった。
「怪傑はみんなの心から抜け落ちた欲望を返してあげるんだ。配達員の仕事に、何だか似てる。」
「お客様の一番必要なモノを無事に届けて、願いをかなえてあげる。」
「それが配達員の仕事の本質なんだよ。怪傑も同じでしょ。」
綺良々はそう言うと、嬉しそうに、また誇らしげに尻尾を立てた。
こちらは綺良々の配達に対する情熱に心を打たれ——シムランカのルールがその意見を認めるかどうかはともかく——彼女が導き出したその等式を受け入れた。
「うん——配達員ってすごい仕事なんだよ!」
【胡桃】残雪に咲く紅
胡桃の衣装。暗い色を基調とした往生堂の服とは異なり、明るい色のワンピース。服は友人の香菱が胡桃のために用意してくれたプレゼントで、サングラスは胡桃の自前である。
街は身に染みる寒さに包まれ、璃月港の空気は冬らしくなってきた。それに伴い、胡桃が外出する機会も減っていく。
胡桃は数えてみた——客卿の鍾離に買い物を頼むのと、友人である行秋と対句を嗜むのと、節食中の雲菫を連れてご飯に行くのを除けば、最近はあまりにも娯楽が少ない。
…身体はまるで布団に引っ付いたかのようで、気持ちも凍ってしまったみたいである。まったくもって元気が出ない。
往生堂の胡堂主は、何よりも退屈や暇を嫌う。この憂鬱な気候と気持ちをどうにかすべく、往生堂堂主と万民堂の料理人がじっくりと話し合った。
その結果——美味しい羊肉の火鍋で解決できるという答えにたどり着いた!
鍋の準備は香菱に任せ、肉と野菜の買い出しは胡桃の担当となった。
料理人の専門的な意見によると、火鍋に使う羊肉は沈玉の谷のフワフワヤギを使うべきだそう。
香菱から貰った冬服を着て、胡堂主はチ虎岩から玉京台まで歩き、万有商舗で新鮮な仔羊肉をやっと見つけることができた。
値段交渉の押し引きを重ね、博来はついに割引に応じてくれた。
大損をした気分の博来が、ぶつぶつ呟きながら肉を切り分け、ちょうど油紙で包もうとしたところ——
「待って」と胡堂主は突然手を伸ばし、それを止めた。
「生き物である以上、人の食欲を満たすために死を迎えたのならば、葬儀を行うに値する。」
「残念だけど今は時間がなく、この仔羊ちゃんに完全版をやってあげることはできない。だから、ここで悼詞だけでも読ませてもらう。」
胡桃はサングラスを外して服を整え、真剣な口調で語りだした。
「仔羊よ、沈玉の谷に生まれ、泉の水を飲み、青々と茂る草を食べたのだろう。」
「しっかりとした肉づきは、山の上をよく走り回ったことを物語っている。」
「また脂も乗っている。おそらく食べ物に困らず、すやすやと眠れたのだろう。」
「よく食べて、よく眠り、悩みや憂いもなかった…その羊生は満足であったろう。」
「私の空腹を満たすために、犠牲になってくれてありがとう。この先はどうか安心していきたまえ。」
丁重に式を終え、胡桃は真剣な面持ちで肉を包んだ。ついでに、博来から葉野菜と凍り豆腐も頼んでおいた。
——ちょっと肉を買いすぎちゃったかな。胡桃は歩きながらそう考えた。他の人も呼んだほうがいいかもしれない。火鍋は人が多ければ多いほど楽しいんだから。
出来れば行秋と重雲、あとは雲菫に辛炎も。
もし道中で七七ちゃんに会えたら、連れて来るとして…あと白朮も興味がありそうだったら、一緒に来てもらおう!
そう考えると、寒い日にも寒い日の良さがある。うん、はやくみんなで楽しく火鍋をつつこう!
【香菱】大つごもりの歓声
香菱の衣装。冷たい風の中を燃えるかまどの炎のように暖かい。帽子は胡桃の提案により、グゥオパァーをイメージして特別にデザインされたもので、香菱のお気に入り。
寒い季節が巡ってきて、チ虎岩にある店も品物の入れ替えをしはじめた。
服屋は涼しい半袖をしまい、暖かい起毛の服を販売している。
冬服を着た香菱は、万民堂も季節に合わせてメニューを変えるべきだと気づいた。
暑さを和らげる豆スープはもう作らなくていいよね。今季のイチオシメニューはまだ決まってないけど——
人は本来、季節に合わせた食事をとるべきだ。暑い時には冷たい物を飲み、寒い時には辛い物を食べる。
身体の芯まで雪のように冷えた日々を過ごしていると、誰もが温かいものを欲しくなる。
口の中が温かくなれば、心も自ずと温かくなる。
温かいといえば火鍋。そうだ、羊肉の火鍋を作ろう。
親友と一緒に羊肉の火鍋の美味しいお出汁を飲み、ピリ辛の香ばしい羊肉を食べるのは、間違いなく年末を楽しむ最高の行事になる。
肥えた舌を満足させることができたら、みんなきっと喜んでくれるよね。
火鍋の材料は至ってシンプル。進んで手を挙げてくれた友人がいたので、香菱はすでにおつかいを頼んである。
難しいのは調味料だ。これは自分で作るつもり。
もちろん、グゥオパァーも興味があるようだったら手伝ってもらおう。火鍋が完成したら、グゥオパァーと一緒に食べよう。
調理台に常備してある濃厚ソースを薄めてトロミを取り、自家製のエビソースを加えて混ぜる。それからぬるくなった白湯をゆっくり入れる。
葉野菜は細かく刻み、調味料を入れて糊状になるまでグゥオパァーが混ぜる。そのあと、万民堂秘伝の発酵豆腐と一緒に、調味料の中に入れる。
茶色、緑色、赤色。色とりどりの食材を混ぜ合わせると、一年の中で最も温かな思い出になる。
ここで焦って口にしてはいけない。調味料を調合したあと、熱を通した絶雲の唐辛子の油をひと匙入れておくのが万民堂のやり方だ。
絶雲の唐辛子は乾燥していて、種を取り除いたものを使う。煮えたぎった油に赤い唐辛子を入れると、瞬く間に香ばしい匂いが漂ってくる。
この油を入れたら、火鍋の調味料の出来上がり。
刺激的だけど、よだれが出そうなほど香ばしい熱気に包まれ、香菱とグゥオパァーは同時に大きなくしゃみをした。
胡桃に頼んだ羊肉はいつ届くんだろう!はやくみんなと一緒に食べたくて、もう待ちきれないよ!
【夜蘭】静謐の饗宴
夜蘭が休暇のために選んだ衣装。スマートな優雅さがあり、余裕綽々な彼女の品位を一層引き立てている。 同時にそれは、「攻撃的な」偽装でもある…
煙が立ち込める廃鉱坑を通り抜け、道案内の鉱夫を他の場所に休ませる。オイルランプを手に瓦礫を払い、逃亡犯が何年も前に埋めた毒薬を見つけ出す。
山奥に隠居する修行者と話し、古びた本棚の隅にある手紙を見つける。この人物が重要な情報を持つスパイだと確信する。
北国銀行にごく自然に訪れ、ビジネスの専門家として案内される。会談の中、遠回しに質問し、相手に資金の流れを漏らすよう誘導する…
夜蘭にとって、このようなことは日常茶飯事だ。
彼女は機密名簿を補完する間、ずっと危険人物の周りで活動していた。失敗と死の脅威は、彼女の偽装技術を鍛え続けた。
彼女は眼鏡をかけ、緊張した声で話す慎重な新人地質調査員になれる。
また、優美な伝統的ドレスに身を包み、一挙手一投足に古風な雰囲気を感じさせる水墨画家にもなれる。
さらには、礼儀正しく、言葉巧みに相手の警戒心を解く、かっちりと着込んだ投資家になることもできる…
彼女は千の顔を持つ。
必要とあれば、夜蘭は全く異なる見た目、体格、声を持つ別人になることができる…
こうした特別な経験を積み重ねてきたことで、夜蘭の隠れ家にあるクローゼットは、数々の衣装でいっぱいになっている。
夜蘭は日常生活の中で、様々な服装に対する美的感覚と、コーディネートに対する見方を磨いてきた。彼女の審美眼が、その道の専門家にも劣らぬほどだ。
「岩上茶室」のオーナーである夜蘭は、多忙を極める中でも休息の時間を確保する術を身に着けている。その隙間時間を利用して、彼女はよくサイコロ遊びをしている。何年も遊び続けていくうちに、「霊賽伝説」や「賽の魔人」といった畏敬の念を示す称号を手にすることになった…
本来の姿で外出する時、オーナーという身分は夜蘭にとってかなり役立つ。
少しでも物分かりの良い者なら、「岩上茶室」の大物をないがしろになどしない。
そして、最高のもてなしを受ける時は、こちら側も礼儀正しく振る舞うべきである。
フォンテーヌのリゾートホテルで着るこの衣装は、彼女の貴賓としての身分に相応しい。
このドレスは夜蘭が自らデザインしたもので、実力はあるが無名の仕立て屋数名に依頼して作ってもらった。
優雅で洗練されており、余裕と適度な冷たさが絶妙なバランスを成している。
肩掛けの素材は、「白き肩掛け」に近い肌触りのものを厳選し、慣れ親しんだ快適さをもたらしてくれる。
「幽奇の腕輪」にも新たな装飾が施されている。繊細な星銀の外殻に嵌め込まれたサファイアは、まるで気分を変えてくれる「デザート」のよう…
エピクレシス歌劇場で素晴らしいパフォーマンスを観る際にも、ホテル・ドゥボールで美食を楽しむ際にも、完璧に周囲に溶け込むことができる。
フォンテーヌ到着後、夜蘭は計画通りに休暇を楽しむことができなかったため、このドレスは大切な場面でようやく登場することとなった。
少々意外な旅は、まるで暗闇へと落ちるサイコロ。
その出目が示す満足感は、まるで唐辛子、仙茶、そして強い酒をブレンドした特製ドリンク…
予測できないほうが、人々は酔いしれるものだ。
【ベネット】燃えろ!ラクガキ大冒険
ベネットがナタの旅で着ていた衣装。ラッキーカラーのターコイズブルーと、燃えるようなオレンジ色は、生命力に満ち溢れたナタの地を彷彿とさせる。
「なぁ、見てみてくれ!何を持ってきたと思う?」
ベネットは、ぱんぱんになった冒険鞄からお宝を取り出し、ぱっと明るく笑って見せた。新しい服のおかげで、ベネットは余計に明るく見える。黄色いバンダナの下の瞳は、キラキラと輝いていた。
一つ目のお宝は、手のひらサイズの小さな赤い火山岩だった。炎のような模様が見え隠れしている。
「あの日、トゥラン大火山の近くで高温に耐えられる薬草を探してたんだ。そしたら足を滑らせて…昔のオレだったら、頭を打ってたと思う。もっと運が悪かったら、溶岩の池に落ちてたかもしれないな。」
ベネットは大げさにおどけた顔をして、笑ってこう続けた。「でも今回は、ちょっとよろめいて、この石の上に尻もちをつくだけで済んだ。石はつるつるだから、全く痛くなかった。しかも、立ち上がって見てみると、探してた薬草がすぐそばにあったんだ。大きさもちょうどいいし、まさに超ラッキーって感じだったよ!」
彼は笑いながら「ラッキーストーン」を渡してきた。石は温かく、火山の鼓動を宿しているかのようだった。
二つ目のお宝は、小さな金属の鳥笛だ。てっぺんにはキラキラと輝く石が嵌っている。
「あの日は、花翼の集の近くで珍しい鳥を見ようと思ったんだ。現地の人と同じように口笛を吹いたんだけど、どれだけ吹いても全然鳥は来なかった。それどころか、クク竜を何匹か怒らせちまって。」
「なんとかクク竜たちを撒いて、ぜえぜえ言ってたら…地面に落ちてた鳥笛が目に入ったんだ。拾って吹いてみたら、すごく澄んだ音が出て…それからどうなったと思う?ハルバード・サイチョウがオレの肩にとまったんだ!」
「後になって知ったんだけど、こういう笛は昔、猛禽類とコミュニケーションを取るために使われてたんだ。今は独特なデザインの装飾品になってるけどな。」
ベネットはその鳥笛をこちらに渡してきた。ターコイズブルーの石は太陽の光を浴びて、柔らかい光を放っていた。
三つ目のお宝は、つやつやした彩色貝殻のブレスレットだった。一番大きな貝殻には、波の模様が描かれている。
「あの日は、流泉の衆の近くで船を借りて海釣りをしてたんだ。釣り餌をたくさん使ったわりに、あんまり釣れなかったけど…」
ベネットは苦笑いを浮かべた。「そろそろ帰ろうと片付け始めたら、海から何かが流れてきたんだ——それは綺麗な模様が描かれた、小さな革製のボールだった。」
「戦利品を持って岸に戻ってみると、若い人が砂浜で何かを探しててさ。その人は、何日か前に開かれた大会に参加した時、おばあちゃんに作ってもらったボールを波にさらわれちまって、毎日それを探しに来てたんだ。」
「その話を聞いて、すごい偶然だって嬉しくなったよ!」ベネットは興奮気味にパンッ、と手を叩いた。「急いでボールを渡したら、すごく喜んでくれてさ。一緒に温泉に入ろうって言ってくれて、この貝殻のブレスレットもくれたんだ。水上安全祈願のお守りらしいぜ。」
「どうだ?オレ、ナタに来てからすっごくツイてるだろ!」ベネットはこちらに手渡した記念品を見て、自慢げに言った。「これがお前にも、幸運をもたらしてくれるといいな。」
感謝の気持ちと共に、彼の様々な物語を記念する贈り物を受け取ると、彼のまっすぐな喜びを感じた。ナタの大地と新しい衣装は、彼の波乱に満ちた冒険生活に鮮やかな色を添えた。かつて不運に見舞われ、傷だらけだった少年は今、笑顔で旅の物語を共有してくれている。
あなたは心から彼のために祈った。これからの旅路が、幸運に満ちたものでありますようにと。
【ドゥリン】物語の彼方
ドゥリンの衣装。母が書いた物語を受け継ぎ、ドゥリンの衣装は新たな姿へと変化を遂げた——母が記した過去に別れを告げる時が来たのだ。胸元の鎖が解かれた今、この物語は彼の心が向かう方へと続いていく。
作家にとって、一番の心残りとはなんだろうか——
「最後まで書ききれなかった物語を遺してしまうこと…?」
アリスはそう答えた。数々の世界を巡る中で、そのような無念を幾度となく味わってきたからだ。
何十年も作品を書き続けてきた作家が急病で突然亡くなり、剣と魔法の伝説物語が最終決戦の直前で止まってしまうこともあれば…才能あふれる作家が病に苦しみ、残された時間が限られているせいで、構想していた壮大な世界を読者たちに全ては届けられないことも…
読書好きのアリスはそれに心を痛め、思わずため息をついた。
「あたしにとっての一番の心残りは、あたしが書いた物語に必ず終わりを用意してあげなきゃいけないことなんだ。」
多くの童話を残した作家、アンヤ・「マリ」・アンデシュドッテルは、そのように答えた。
彼女が振り返って本棚を見る。そこにある書籍の中には、彼女が生み出した多くのキャラクターたちが眠っている。賢い子もいれば、勇敢な子もいて、その活躍は多くの読者の心を掴んできた。
しかし、どれほど魅力的なキャラクターであっても、物語の結末を迎えた瞬間、全ての可能性を失ってしまう。
「物語」は彼らにとって、決して抜け出せない「運命」になってしまうのだ。
長い間封印され、少し埃を被った書籍を見つめながら、アリスは親友の心残りを読み取った。
「アンヤ…」
「でも、もしあたしが握っているペンを物語の中の人物に渡して、彼自身に物語を書かせることができたら?」
アンヤの視線は原稿に戻った。これは彼女が残す最後の物語であり、最も特別な物語となるだろう。他の物語はいずれ「過去」となってしまうが、この物語は「彼方」へと続いていく。
それが親友の最後の願いであることを、アリスはすぐに理解した。
「アンヤ…あなたは私が知る中で、世界一創造力に溢れた、ロマンチックな作家ね。」
「こんなにロマンチックな考えのためなら…力を貸してあげる。」
【旅人】新たなる天地
旅人の衣装。双子の「星」と共に無数の世界を巡ってきた服装。いくつもの世界を見てきたが、宇宙の目的が何であるかはいまだに分からない。しかし追求し続けることで、きっと「最後の答え」にたどり着けるはず。
無数の世界、そして果てしない彼方へと赴き、様々な地質や風景を調査し、色とりどりの大気や空を見つめてきた。
——それはとてもロマンチックなことのようにも思えるが、実際は拷問に等しい苦役に過ぎなかった。
双子が鮮やかな色彩の夜空の下で、星々と数え切れないほどの衛星を見上げ、瞳を輝かせている——かつて其れは、そのような光景を想像したこともあった。
しかし、すぐに連想モジュールを遮断した。異常な色の夜空は、大気が生存に適していないことを示している。ましてや、こんなことを何百回も繰り返しているうちに、感動もしなくなった。
其れは深い眠りについた旅人の双子を目覚めさせることなく、ただ孤独に、計り知れないほど長い流浪と探索の時を背負い続けてきた。
岩石圏や大気圏、生物圏の具体的なデータはさほど重要ではない。
なぜなら地形の改造、大気の調整、生態系の再構築——これらは、文明の種火を運ぶ開拓船にとっては容易なことなのだから。
恒星の位置、距離、そして寿命は多少厄介かもしれないが、対策がないわけでもない。
本当に難しいのは「可能性」を秘めた世界を見つけ出すことだ。さもなければ、破滅は再び襲い来るだろう。
これは長い旅路の、取るに足らない些細な出来事に過ぎない。
通過した惑星は目標ですらない。その恒星はすでに終焉を迎えていたからだ。
惑星の生命圏や大気圏はすべて無慈悲に破壊され、地表には凝固した溶岩しか残っていなかった。
これは、超新星爆発がもたらした惨劇だ。
数週間から数か月にわたって、恒星は最後の光と熱を放った。そうして、永遠に冷たく暗い矮星へと変わり果てた。
爆発が発生した時期を計算した——
ああ、こんな偶然があるだろうか?岩層に残された放射線の痕跡によると、超新星爆発は双子が生まれた年に起きている。
もちろん、両者には何の関係もない。
彼らの誕生を祝うため、一つの世界の豊穣を犠牲とするなんて——この世にこれほど贅沢で残酷なことはないだろう。
だが、星間の旅は本当に危険が伴う。五、六光年先の超新星爆発でさえ、生物保管庫にダメージを与えるほどの威力があり、もしかしたら双子にも危害が及ぶかもしれない。
そんなことを考えると、其れはすぐにクローゼットの中の服を星間旅行に適した材質に改良し、スリープポッドの上に掛ける。たいした役には立たないかも知れないが、それでも気休め程度にはなった。
深い眠りに沈む双子は新たな庇護を得る。そして、其れは無数の大地と岩石、大気と空を巡る旅を続ける。
【ヌヴィレット】メリュジーヌの贈り物
ヌヴィレットがメリュジーヌから受け取ったサプライズプレゼント。プレゼントそのものも嬉しいが、制作に携わってくれた沢山の小さな手を想像するとたまらない。まるで川が海へと注ぐように、露は結晶して七色に輝く奇跡になった。
フォンテーヌに来たばかりの頃、ヌヴィレットはパレ・メルモニアで慎重に住居を選んだ。
彼はあまりに高い場所は好きではなかった。空に近すぎ、水面から遠すぎるからだ。かといって、低層階もまた不便だった。視界が十分に開けず、心安らぐ海の景色が望めないからだ。
最終的に妥協点である中間の位置を選び、そこに数少ない私物を配置した。自分に属さず、自分を所有してもいない人間の世界で部屋を選ぶことは、彼が下した最初の大きな決断と言っていいだろう。
彼はこのようなことで悩むことは二度とないと思っていた——メリュジーヌたちが徐々にマレショーセ・ファントムに加入し始めるまでは。フォンテーヌ廷から遠く離れた場所に住む人間の警察隊員たちは、パレ・メルモニアが提供する寮に住むことができる。当然、ここで働くメリュジーヌたちも、同じ権利を持っている。
保護者の観点から、ヌヴィレットは彼女たちに自分と近接する階層に住むことを望んだ。もし彼女たちが自分の真上の階に住まうなら、階段を上り下りする気配で、外出状況を把握できるはずだと考えたのだ。
しかし、またすぐに考え直した。もしかしたら、彼女たちはそこまで密接な関係を必要としていないのではないだろうか。そして、これまで審理を担当した事件からも、過度な善意がかえって厄介事を引き起こしうることを学んでいた。
最終的に、自分がフォンテーヌ廷に来た時のように、メリュジーヌたちに自由に選ばせることにした。
メリュジーヌたちは、喜んで彼のすぐ下の階層を選んだ。「ヌヴィレット様や人間の同僚たちの部屋からも近いし、緊急事態にもすぐに対応できてとても便利です!」とのことだった。
その後、良いことも悪いことも含め、様々な出来事が起きた。彼の胸中、自分でも把握できない深層心理のどこかで、自力ではどうにもならなかったことに対する自責の念を長い間抱いていたのかもしれない。
彼は水の龍として、この原初の世界に対して一定の責任を負うべきだと、常々感じていた。そして、世界が徐々に目の前に広がり、今の自分の立ち位置を受け入れた時、責任はもはや壮大な物語ではなく、確実に遂行すべき具体的な事務となった。
率直に言ってしまえば、この姿で生を受けた彼は、どれほど認めたくなくとも、否応なくこの時代に足を踏み入れ、何かを成し遂げたいという衝動に駆られざるを得ないのだ。
今この時も、ヌヴィレットは考えていた。メリュジーヌたちとパシーフの仲間たちの面倒を見ると決めた以上、備忘録にも「彼女たちの願いを叶えること」と書き留め、まだ間に合ううちに真剣に取り組むべき重要事項として扱わねばならないと——
その思いを胸に、彼は新しい服に着替え、確かな足取りで執務室を後にする。
しかしその後の事態は制御不能の展開を見せた。沈玉の谷でシグウィンとリオセスリに出会ったのは全くの偶然であったうえ、彼らと雑談しながら歩き回るうちに、予定外の場所に立ち寄り、予定外の買い物までしてしまった。
こんな旅の話をメリュジーヌとパシーフに聞かせても、彼女たちは喜んでくれるだろうか?ヌヴィレットはそんな不安を隠せずにいた。無計画で気ままな旅程は、彼女たちの好意を裏切ることになるのではないかと心配したのだ。
「…看護師長、責任感が強すぎることは、時に『傲慢』の表れになると思わないか?」彼が考え事をしている間、リオセスリは何かの話題に関してそう言った。気のせいか、公爵はシグウィンにそう尋ねながらも、ヌヴィレットに視線を向けたように感じられた。
ヌヴィレットははっとした。相手が褒め言葉だけを口にするならば、人付き合いを円滑にする社交辞令として聞き流せる。だが、このような「批評」に対しては動揺してしまい、自分はまた大雨の中でずぶ濡れになりに行くような、奇妙な行動を取ってしまったのではないかと反省する——彼はそういう性格だったのだ。
「だったら、公爵にはもっと『傲慢』になってほしいものね。まる一か月も外出して仕事を放っておくなんて、勘弁してちょうだい。」とシグウィンは不満そうに答えた。「それに引き換えヌヴィレットさんは、公爵の『謙虚さ』を見習うべきよ…あら、また分かれ道ね。」
シグウィンは沈黙したままのヌヴィレットに向き直り、にっこりと笑みを浮かべた。「ヌヴィレットさん、どっちに行く?」
「そうだな。」話題が変わったことに安堵したのか、それとも別の意図があってか、リオセスリもヌヴィレットの方を向き、尋ねる。「ほら、ヌヴィレットさん。三秒以内に、どっちに進むか答えてくれ。」
ヌヴィレットはその何の変哲もない分かれ道を見つめ、これまで幾度となく選択を迫られた瞬間を思い出した。しかし今回は、心に重苦しさは微塵もなかった。異国の穏やかな夜風のおかげだろうか、「責任」という言葉が突如遠いものに感じられた。自分の古来からの身分も、他人の期待も、どうにもならない出来事に悩む必要などない——自分が「何を望むか」を考えるだけでいいのだ。物事とは存外、こんなにも単純なのかもしれない。
「人が多い、こちらの道を行こう。」
…もちろん、放棄するわけにはいかない比較的軽い責任もある。
「だが、この先で霄灯が売られていなかったら、またここに戻ってこよう。メリュジーヌたちに、お土産に買ってくると約束したのでね。」
「はいはい、分かったよ。」
【ヨォーヨ】竹林に響く雨音
ヨォーヨの衣装。新たな梢の清き影、響くは机を叩く音。客は風かと振り向けば、思いもよらぬ姿あり。
「違う違う、この草も違う…おかしいな、師匠が薬の性質を教えてくれた時はこうだったはずなのに…」
何度も繰り返される呟きとともに朝の竹が落とす影も頷くように揺れ、眉をひそめ目を細める少女に寄り添うかのようだった。
しかし、背の高い竹たちには見えていた。彼女の背負い籠の中の饅頭はほぼ尽きかけ、果物も数個しか残っておらず、水筒もしぼんでしまって、とても先を急げる状態ではないことが…
水なら何とかなるだろう。雨上がりの竹の葉にはまだ雨水が残っているし、いざとなったら…それを舐めて渇きを癒すこともできる。山の麓の小川もそう遠くなく、下り続ければたどり着けるだろう。
「うん…きっと、違う場所に来ちゃったんだ。もっと高いところに行かないと!」
青衣の少女は石を軽く叩いて弾むように立ち上がり、背負い籠を軽く揺すると、再び山を登り始めた。
風が吹くと、竹林がため息をつくようにざわめく——どうしてこの娘は石のように頑固なのだろう。夜通し探し続けたのに、まだ諦めないつもりなのか?
青衣の少女は大きな歩幅で前方へ駆け出し、竹たちは慌てて道の両脇へと身を避けた。少女の腕や頬が竹の葉で傷つかないようにと。少女が走っては立ち止まり、しゃがんでは独り言を呟き、ため息をつきながら首を振る様子を、竹たちは身を寄せ合って見下ろしていた。
竹たちはこう思った。
まさか、この娘は仙人なのか?いやいや、もし仙人ならば、足を滑らせて転んだ後、慌てて飛び起きてオレンジ色の小さな相棒と一緒に、背負い籠から転がり落ちた饅頭を追いかけたりはしないだろう。
小川に着いたら、仙人なら軽々と飛び越えるはず。だがこの娘は違う。あちこち迂回して、ようやく見つけた倒れた木に四つん這いになって、どうにか向こう岸へ渡ることができた。
「…これは…やっぱりそうだ!夜咳に効く草。それにこれは…うん、不眠症に効くかな?これも持ってこう。あのおばあちゃん、最近寝つきが悪いから…」
そうか、きっと平凡な薬採りに違いない。やれやれ、こんなにも心血を注ぐとは、一体どんな高価な薬草を探そうとしているのやら。その青衣もすっかり泥まみれだというのに。
「これは…香料かな?持って帰って師姐に見てもらおう…」
「こっちは…七七がよく摘んでるやつだ。うん、七七へのお土産にしよう…」
「この花は師匠のお気に入りだから、摘んで帰ろう…」
「煙緋ねぇねが前に言ってたっけ、友達が璃月の薬草を探してるって。これはきっと合うはず!持って帰らなきゃ…」
竹たちは降り注ぐ雨に打たれ、頭を揺らしていた。
変わった…実に変わった娘だ。山道を登り続けながら薬草を摘み、ずっと他人のことばかり考えている。青衣は何度も転んで泥まみれになったかと思えば、山の雨に打たれて本来の色を取り戻す。まるで泥に埋もれたタケノコのようにも思える。歯を食いしばって根を張り、岩を砕いてよろよろと地上に顔を出し、雨に打たれてようやく青々とした姿を見せるかのように。
この娘は仙人でも薬採りでもなく、ただ平凡な小さな竹だったのだ。
「…見つけた!見つけたよ…ふぅ、やっと…」
苦労して見つけた薬草を見つめながら、ヨォーヨはその場にどさりと座り込んだ。月桂は彼女の傍らで嬉しそうに円を描くように走り回る。周囲の竹たちは頭を揺らしながら葉を寄せ合って、この小さな竹に降る雨を少しでも防いでやろうとしていた。
「でもこれだけじゃ…おばあちゃんの咳を治すのに足りないかな?ダメダメ、もっと探さなきゃ!もう何本か見つけなきゃ!」
竹たちは慌てふためき、次々と首を振って葉を揺らし、何本かの竹は驚きのあまり大量の葉を落としてしまった。
残念ながら、ヨォーヨがそれに気づくことはなく、薬草を根から掘り出すと、そのまままっすぐ進んでいった。
【シトラリ】星と煙霧の夜話
シトラリの衣装。普段から家に引きこもっているシトラリは、少女らしさあふれる衣装に着替えることがある。その時に公務で彼女を煩わそうとする者は誰であれ、痛い目に遭うことになるのだとか。そうしたわけで、この衣装は恐ろしい代物として語り継がれている——見かけたら一刻も早く引き返せ、と。
まだ「少女」の身分を自称できた頃、シトラリはすでに極めて高いシャーマンの才能を発揮していた。しかし彼女は、その才能を携えて謎煙の主の祭壇へ向かうことはなく、気ままな引きこもり生活の快適さを追い求めた。
ウォーベンの達人すら驚嘆させるほどの技を、軽やかなスカートの裾を編むために使った。部族の祭司をも驚かせるほどの秘術を、魅力的な色彩を調合するために使った。最終的に、これらの並外れた才能によって生み出されたのは、少女が愛してやまない一着の衣装だった。
長老たちの中には、この衣装は外出にはあまり向いていないと遠回しに指摘する者もいたが、それはまさにシトラリの望み通りだった。彼女にとって、十分なお菓子の蓄えさえあれば、寝室こそが世界そのものなのだ。新しい衣装に身を包んだその日、彼女はすべての来客を断り、少女としての時間を一人で満喫し、その服を着たまま眠りについた。
しかし、この衣装はシトラリに心地よい眠りをもたらしただけでなく、二つの古き眼差しをも惹きつけた。瞬く星空の下、風に漂う謎煙がシトラリの夢の中へと流れ込んだ。うつろな意識の中で、シトラリは夜神と大霊の会話を耳にしたような気がした…
「彼女の手にかかれば、彩煙は細い糸へと紡がれ、星空は花模様として写し取られる。その資格はすでに証明された。そなたの祝福を降らせよ。彼女が果てなき時を越え、この古の使命を繋いでいけるように。」
「しかし、私が見通せる未来において、彼女はおそらく今と同じように一人きりのままだろう…いかにして長い時を乗り越えるのだろうか?」
「歴史を銘記する使命は、もとより孤独を伴う宿命にある。」
やがて夜風が謎煙を吹き散らし、星空も瞬かなくなった。
……
誰もが彼女を「おばあさま」と呼ぶ日々の中で、シトラリは時折この衣装を取り出しては、あの夜の夢を思い返す。大シャーマンとなってからは、必然的に様々な部族の務めが舞い込むようになり、彼女はより正式なシャーマンの長衣に着替え、寝室という小さな世界から外へ出ざるを得なくなった。そしてこの衣装もまた、少女だった日々と同様に、次第に彼女の生活から遠ざかっていった。
しかし、少女ならではの些細なわがままが百年以上の時を超え、今もシトラリの心の奥底に残り続けている——ある一定の期間ごとに、シトラリは再びこの服に着替え、今どきのアクセサリーをいくつか身に着けるのだ。この時、シトラリはすべての公務を放り出し、ドアに面会謝絶の札を掲げたり、外へ遊びに出かけたりする。もしそれでも空気の読めない者が邪魔をしに来ようものなら、十中八九、シトラリンに空の彼方へと叩き飛ばされることになるだろう。
【シャルロット】ハーロック変奏曲
シャルロットの衣装。『名探偵ハーロック』の撮影用衣装だったが、撮影終了後は記念品としてシャルロットへ贈られた。
「…ということは、原作通りなら、最後に私は鈴蘭十字結社の跡地でヤコバと決戦して、最終的に二人揃って…生死不明になるんですか?」
結局、レピーヌ・ポーリーンの誘いを受け入れ、共に台本を読み込んでいたシャルロットが尋ねた。彼女は間もなく、レピーヌ・ポーリーンが制作を進めている映影『名探偵ハーロック』においてハーロックを演じることになっている。
レピーヌ・ポーリーンの台本の中では、正義の名探偵ハーロックは聡明で鋭敏、また抜け目のない女性として描かれている。そして、彼女の助手であるヤコバも、威風堂々とした、力と知恵を兼ね備えた淑女として登場する。
しかしいずれにせよ、物語の主軸は変わらない。
最大の黒幕にして悪役のヤコバの暗躍により、ハーロックは次々と不可解な犯罪に巻き込まれていく。そしてすべての真相を見抜いた時、彼女は躊躇うことなく鈴蘭十字結社の跡地へと向かい、ヤコバと正義と悪の最終対決を繰り広げるのだ…
——この本の内容を、シャルロットがこの上ないほど熟知しているのは当然だった。なにしろ、当時『名探偵ハーロック』最終章の担当編集を務めたのは彼女自身だったのだから。
最終章では、ハーロックとヤコバは共に断崖から転落し、駆けつけたジーナ捜査官が見つけたのは、地面に落ちていたハーロックのステッキだけだった…
シャルロットははっきりと覚えている。この章が新聞に掲載された翌日、大量に贈られてきた手紙によって、『スチームバード新聞』は危うく埋め尽くされるところだった。ある者は、自分はハーロックに心を奮い立たせられて捜査官を志したのだから、この心の師が崖から身を投げて死ぬなど絶対に受け入れられないと訴えた。また、新聞社が著者に圧力をかけて無理やり早期完結させたため、このような急展開の結末になったのではと疑問を呈する者もいた。さらには、直接新聞社の入り口に押しかけ、何が何でも著者に一目会わせろと要求する者まで…
そして今、かつて『名探偵ハーロック』最終章の担当編集者だった彼女が、自らあの正義の名探偵ハーロックを演じることになったのだ。
「私を信じてください、あなた以上の適任者はいません!フォンテーヌ中を探しても、あなた以上にハーロックを理解している人はいないと信じています!あなたこそが、この役を演じるのに一番ふさわしいのです!」
レピーヌ・ポーリーンはシャルロットの手を強く握りしめた。半分は心からの興奮と確信によるものであり、もう半分は回収できるかどうかも分からない資金を再び全額投じてしまった緊張からだった。
「そのセリフ、本で読んだことある気がします…」シャルロットはどうにか、痛むほど握りしめられていた手を解放させたが、レピーヌ・ポーリーンがやまぬ熱意を伴い迫ってきたため、すぐにまた捕まってしまった。
「『なんてこと、おそらく彼女は世界で一番あなたのことを理解している人物よ、ハーロック。彼女に振り回されないで』…このセリフのことですか?ええ、しっかり覚えていますから!」
「でも…それはジーナ捜査官のセリフで、ヤコバのことを指してるんです。彼女はヤコバが黒幕だと知った後、鈴蘭十字結社の跡地へ向かおうとするハーロックを引き留めようとして…」
「やっぱりあなたにお願いして大正解でした!見てください、まさに本物のヤコバそのものです!」
「そうまで言われると、私の中の邪悪な一面がうずき出しそうなんですが…私が演じるのはハーロックじゃないんですか?レピーヌ・ポーリーンさん…」
「もちろんです、聞いてください——」
夜は長く、二人はハーロックの正義の大業と、この映影の将来的な興行収入について、いつまでも議論を交わし続けた。
幸い、映影はあくまで映影だ。シャルロットの心の中で微かに沸き立つ「邪悪な一面」も、演技のために発現したものに過ぎない…
「…あの、レピーヌ・ポーリーンさん、一つお願いがあります。」
「どうぞ!」
「もしこの映影の続編を撮る機会があれば、私…ヤコバを演じてもいいですか?」
「あら、悪役を演じたいのですか?あの邪悪な天才、すべての黒幕、ろうそくの下の影、壁の中の蛇、ハーロックの宿敵にして親友の…」
「違います!いや、じゃなくて、はい——でも、これは単なる映影ですよね?ハーロック以外にも、ヤコバだって演じがいのあるキャラクターですし——」
「問題ありません!私の直感が、これは絶対に名案だと告げています!この映影のすべての収入を続編に注ぎ込みましょう!」
「ぜ、全部ですか?もう少し考え直してみませんか!?」
「考え直しません!全額投入、それが私のやり方ですから!それに次回作でも、あなたは引き続き主演なんですよ!」
「うぅ…これじゃあ、まるで本当に私がすべての黒幕みたいじゃないですか!」
風の翼
始まりの翼
風の翼のデザイン。偵察騎士の熱い期待に満ちている。
偵察騎士に新米が入隊するのはずいぶん昔のことであった。
素質がある後輩が入ってきたらこの風の翼を直接渡そうと、アンバーは思っていた。
しかし何年が経っても、その日がくることはなかった。
偵察騎士は風の翼の使用率が高い職業である。何年もかからないうちに消耗する。
それに、アンバーの行動スタイルは結構「翼を消費する」、彼女に消耗された風の翼は少なくとも十着以上ある。
けれど、彼女は一度もこの「特別な」風の翼を使おうとしなかった。
なぜだか、その日は特別にいい気分だった。
久々に、アンバーはこのほとんど新品の風の翼を持って家を出た。
その日に郊外の討伐任務があったはずなのに。
その数日間風災が多発して、滑翔が極危険になっているはずなのに。
それからは…
どうしてかその金髪の異邦人を信じることになった。
どうしてかそいつに素質があると判断した。
あの人ならば、もしかして…
「それで、お礼っていうのはね——」
見守りの翼
風の翼のデザイン。あなたと共に飛べるように。
すべての翼に飛ぶ機会があるわけではない。
この世にはたくさんの飛べない雛がいる、
もちろんクオリティテストで不合格になった風の翼もある——
…あなたの表情から、彼女はあなたの悩みごとに気が付いた。
「——風の翼のテストで、傷を負った人はいないよ。」
彼女は続いて説明した。傷を負ったのはイノシシかヒルチャールの方だよ。
あなたが空を飛べるように協力した小さい命に対して、同情する気持ちになったが…
彼女の言葉はあなたを少し安心させた。
彼女は話した。
「風の翼が滑翔できるのは、ほぼ風神様の祝福のおかげ。」
「もちろん、今まで頑張った人たちの知恵も含まれているよ。」
彼女は自分が「風の印」を集めている理由を説明しなかった。
冒険者の血と商人の心が同じ体に共存しているからかもしれない、
彼女はペラペラと、探検者精神に溢れる者の話しをした。
その話によれば、数千年も前から滑翔設備を研究する探検者がいたらしい…
あなたは善意に咳払いをした。すると彼女は少し気まずそうに、続けてその特別な風の翼を説明した。
ちょっと変わっただけで、風の祝福を受けていないと疑われた。
ちょっと職人に勇気があるだけで、このきれいな作品と一緒に批難された。
この子にこれだけのつらい思いをさせて、ひどすぎる…
だけどあなたは勇敢な人だ。世間の視線に囚われない人だ。あなたならば、きっと上手くやっていける。
——彼女は特別な風の翼を君に渡した。
「もちろん飛べるさ、あんたを連れて高く飛べる。しかし前提があるの。あんたがこの子を信じて、この子を信じる自分を信じることね。」
降臨の翼
"PlayStation™Network"でプレイする時のみ使用可能。
風の翼のデザイン。これでまた太陽と月の間を駆けることができる。
これはあなたが特殊な方法でこの世界にたどり着いた証。
これは月日と星々を駆ける者にしか、羽織ることができない紋章。
「これからの旅は危ないかもしれない、」
あの人があなたに言った。
「この布が君を守れるとは思えないけど…」
確かに——
遥か天の彼方へ渡る旅で、すれ違った星は生まれ滅びを繰り返し、
追い払われた闇も再び光を呑み込んだ。
布一枚では灼熱と極寒も、呪いと悪念も防げない。
けれどたまにテイワットの夜を経験したら、布を身にかぶるのが何よりも役立っていることが分かる。
「だけど一つ、若しくは二つの世界からの敵意を受ける時、」
昔あなたに優しく接した人の姿がうまく思い出せない。あなたは頑張って思い出して見たけど、
「果てのない暗黒を、或いは宇宙を呑み込む光を前にして…」
でも、それはもう以前の世界の事情であった。
今のあなたは野宿をしなくて済む。
城内のベッドは柔らかくて心地良い。野宿をしても、草の手触りは雲のようで、生命の香りが漂いた。*1
そこで、女の子から風の翼をもらった瞬間、あなたの頭にそれの新しい使い方が浮かんできた。
今もう一度、月日と星々を駆けることができる。
蒼天清風の翼
風の翼のデザイン。モンドの認可と褒賞を得てもらった贈り物。
「風があればいいのにな。」
果てなき荒野を歩む旅人は嘆いた。
高天には、大気の子が住む。そのうちの、一陣の風が旅人の嘆きを聞いた。風は、旅人に清風をもたらしてよいかどうか尋ねた。
「——良いだろう。ただし、東の海岸から出発することだ。山と谷を越えて、小川と大きな川のほとりに沿って…そうしてはるばる、彼のもとに辿りつくのだ。」
そうして風は海岸線から旅に出た。
蒲公英の種も旅がしたいと言ったので、ついでに種たちを遠くへ運んであげた。
殻を破った鳥の雛も飛びたいと言ったので、彼らの羽根を浮かせてあげた。
年寄りが小麦を挽けずにいたので、少しのあいだとどまって風車を回してあげた。
人助けをし、大地を優しく撫でた風は、なんと変化し始めて人の姿を持つようになった。
だから、旅の終点であの旅人と再会した時、
彼はもはや、旅人が祈った風ではなかった。
「風があればいいのにな。」
彼はあの旅人と、大地を渡り歩く旅に出た…
——「これが西風教会の聖徒の物語よ。なかなか可愛らしいでしょう?とにかく、大切なのは人々を助ける精神を持つことなのですよ。あなたの善良さと優しさを称えて、この風の翼を贈るわ。」
金琮天行の翼
風の翼のデザイン。璃月の認可と褒賞を得てもらった贈り物。
「岩間や雲の深処に、秀逸な人と風流人がたくさんいる。裁虹と剪雪は名利を求めず、悪を制裁したり談笑したりする。」
——これが今から話す物語の始まりだ。
周知の通り、璃月の大地は名の通り、山、森、郊外、岩間や雲に仙道の侠客の跡が見つかる。彼らは七星の手が届かないところで任侠している。裁虹と剪雪、この二人の無名侠客のことは以前話した。今から話す内容、もう一人の侠客の話だ。
この侠客は東から風に乗ってくる者だったらしい。
彼は岩王から陰陽虎符を授かり、この金琮天行の翼を作り、そして璃月の大地で命令に従い人助けを始めた。
あの血飲みの邪悪な螭があちこちで災いを引き起こしたから、侠客は奥蔵山と同じぐらいの大きさの拳で、邪悪な螭を土の下まで叩き込んだ。
孤雲の邪悪な妖魔との戦闘で仙人たちが力尽きそうになった。助けに行った侠客は剣を振り回し、一瞬で妖魔の群れを一掃した。
またあるファデュイの御曹司が公の場で岩王を侮辱し七星を見下したと聞いた侠客は宴会であの御曹司をボコボコにした。結局あの御曹司が岩王と七星に土下座した後、宴会の場を去った…
確かにこの風の翼は華やかだし、璃月のみんなに褒められて、こんな綺麗なプレゼントをもらって嬉しい。
でも、講談といった形の説明書に侠客伝記の内容とは、ある意味で自分の期待を超えている…
雪隠れの翼
風の翼のデザイン。かつて空を高く舞っていた猛禽が残した宝。
我らは必ず戻ってくる。
すでに枯木は新しい枝を咲かせ、困難に立ち向かう準備をしている。
梟は鷹に忠告した。
しかし大地を見下ろし、空を支配する鷹は絶対的な自信を持っている。
自分たちが支配するこの空の下で、一体何に怯えればいいのか?
鷹たちは梟の忠告を無視し、彼らを嘲笑った。
闇夜にコソコソ捕食する鳥は、臆病で哀れだと。
それから、鋭釘のように凍った霜雪が、国を覆う樹を粉砕した。
そして、洪水のごとく埋もれた大陸は、鳥がとまる枝さえなくなった。
鷹ですら、雀と同じように地に落ちた。
この出来事は、風の国の鳥たちにあることを教えた——
自由の空でさえも、凍える風によって白く染められ、黒に塗られる。
白日は完全に隠され、星と月の明かりもない。
雛たちは巣に縮こまり、最期の時を待った。
しかし光が失われた今、闇に輝く梟は夜の支配者となった…
それから時が過ぎ…
だれがくれたか分からない獲物を頼って、鷹は無事に大きく育った。
まだ氷雪に覆われていたが、空は少しずつ晴れ、大地にも命が芽生え始めた。
しかし、一体だれが助けてくれたのか。雛たちは知らない。
宝石のように美しい龍と同じように、闇夜に輝く梟の瞳も忘れ去られる。
鮮血に染まってはいたが、鳥たちが立つ枝も生えていた…
直接的なつながりはないが、闇を守ったはぐれ者の赤い鷹は夜梟の名を背負った。
静寂の夜、彼らの鳴き声に込められているのは——
我らは必ず戻ってくる。
すでに枯木は新しい枝を咲かせ、困難に立ち向かう準備をしている。
今、この翼で、一緒に見届けよう。
饗宴の翼
宴会や普段の夕食を記念する風の翼。いつもの夕食の手軽さで、宴会と同じ楽しみを。
これは異世界からここへと漂流してきた物、世界で最後の饗宴と、週末の到来を象徴している。
その世界のその時代、大地を支配しているのは龍だ。
だが物語のような空を飛ぶ龍ではなく、大きなトカゲと鳥の間の形をする。
海には巨大な魚龍がいて、大きな翼を持つ龍が空を飛んでいた。クレーにとっては想像できないかもしれないが、当時の世界はそういう感じだった。
彼らは強いゆえ、他の全ての生き物を軽蔑した。
その世界では、彼らは王だった。
その後、その世界には人類が現れた。
人類はどのように現れたかは誰にも分らない、隕石と共に落ちてきたのかもしれない。人類には不思議なな*2習慣がある、それが——「日曜日のディナー」。
その日が来るまでそれ程かからなかった。宴会の始まりだ。
龍のもも肉と龍の手羽肉は小麦粉で包まれ、人類が作り出した煉獄で烈火の炎を苦しんだ。
彼らは人類の食料と変わった。話によると、龍の肉はとても美味しい、人は思わず指をしゃぶり出す。
本来は毎週の日曜日だけのごちそうは、結局お肉が美味しすぎたゆえ、毎日の開催となった。
「素晴らしい!」
「日曜日のディナーを週7で頂く!」
人類はそう宣言した。
こうして、「龍」の時代は終わった。
この風の翼はあの大絶滅事件の記念だ。本来はこのような色ではなく、青と白だった。
クレーの母親は風の翼を家族の色に変え、これが今の姿だ。彼女は少しの間家に帰り、この風の翼を残して再び出発した。
「お母さんは忙しくなってきたの。ここ数年、テイワットの辺境はますます脆弱になったからね。」
雷騰雲奔の翼
風の翼のデザイン。稲妻の認可と褒賞を得てもらった贈り物。
「天狗って言うのはね、歴史の長い影向の天狗一族以外に、身のこなしの素早い人間や、神出鬼没な人間を指すこともあるのよ。ほら、天狗にも翼があるじゃない」
本当だろうか。
「『天狗』と呼ばれるには、まず空中で自在に飛べないと。君は稲妻のいたるところで風に乗って、屋根を走り、壁を登っていたわよね。その身軽さは、カラスやハヤブサにも負けないと思うの」
「その昔、稲妻にも天狗に憧れ、天狗の真似をする『天狗党』がいたのよ。天守閣の屋根の上や、高い杉の上、鳥居の上から、下にいる民衆や役人に対して高笑いして、さらに稲妻中を震わせた『天守閣下天狗落書き』を御苑に残したそうなの。不敬極まりないわ」
「自由すぎる人たちだったの。その後、その人たちは本物の天狗に捕まって、こっぴどく叱られたらしいわ」
「ああ、でも、君はちゃんと公序良俗を、法を守る人よね。この伝説を気にする必要はないと思うわ」
よく風の翼を広げて町を俯瞰したり、石垣や高い壁を登ったりしていたが、余計なことは言わないでおこう。
「それから、剣術に長けた剣客を天狗と呼ぶ時もあるそうなの。鳴神直伝の流派と、伝説になった『霧切』と『明鏡止水流』、まだ伝承されている『岩蔵流』などがあるわ。岩蔵剣術には門外不出の秘剣『天狗抄』があるの。剣筋が読めない、とてつもなく速い影向天狗にも勝てる剣術らしいわ。君の腕と戦果は、言うまでもないわよね」
「最後にね、天狗は風や雷を操る術を持っているの。影向の天狗に代々伝わる宝器の中には、『風雷の扇』というものがあるらしいわ。表は風を呼び、裏は雷を呼ぶ。君は風元素も雷元素も操れて、まさに天狗と称されるに相応しい人物ね!ちなみに、風雷の扇子はただの目くらましみたいよ。風を呼べる天狗と雷を呼べる天狗は、バレないように、良くつるんで出かけるんだって」
隣にいる裟羅のほうが気まずそうだ。
「君の稲妻への貢献を讃えて、この風の翼を贈るわ」
もしかして、天狗の翼もこうやって……?
疑いの眼差しに気付いた裟羅は、すかさず答えた。
「違うに決まっているだろう!」
銀河燦爛の翼
風の翼のデザイン。星海に響く合奏を見届けた者への贈物。
「ある詩人の知り合いがいてね。あっ、ボクのことじゃないよ…」
その緑色の人物はリンゴを一口かじり、話し始めた。
ボクには詩人の知り合いがいる。彼は戦争の炎が鎮まったばかりの時代を生きていた。あまりにも多くの、諍いや別れを経験した。
彼はあのような時代に、天空に向かって歌い、頑なな岩石に向かって演奏し、波立つ海に向かって詩を詠んで、そして星空に向かって演じた。
なぜなら彼は、誰かが世界の傷を癒さなければならないと知っていたから。そのためには、誰かが話し合いの方法を見つけなければならないと考えていたんだ。
もしも大空が、岩石が、海が、星空が応えてくれたら、きっと音楽は万物に通じるだろう。
最初、空からは何の返事ももらえず、鳥の影が彼の顔を横切るだけだった。岩石も反応を示さず、水が滴るのみ。海も同様、塩を含んだ風が嵐の予兆を伝えるだけだった。
そして星空も、答えてはくれない。
しかし、詩人は知っていた。この星空が答えてくれることなど何もないと。
それでも詩人は諦めなかった。それは心に信念を持っていたからではない、彼の本質がそうであったから。
その後、海が反応を示した。高い崖の上には望風の見張り台が設置され、当番のシスターたちは彼の演奏を拍手で讃えた。
そして、岩石も彼に応えた。岩石は手巾で顔を拭くと、こう言った。「お前の演奏は、確かにこの大陸で他に類を見ないものだ。しかし、もう一度酔っぱらって俺の頭に酒をかけてみろ。我慢できる保証はない。」
それから、空も彼に応えてくれた。ある日、頭上を飛ぶ鳥の影が、太陽そのものを隠した。詩人が頭を上げると、美しい龍が目の前に降り立ったんだ。
「いつか星海を感動させたいな。それができたら、流星群だって喚べるかもね。あっ、そうだ。この風の翼は、星海からの返事だよ。君と同じように、空から降ってきたんだ。」
緑の服を着た詩人は、リンゴの芯で空を指した。
「その詩人はボクじゃないけど、この風の翼は空から降ってきたもの。どっちを信じるかは君次第だよ、えへっ。」
樹花爛漫の翼
風の翼のデザイン。スメールの認可と褒賞を得てもらった贈り物。
かつてのスメールは夢が少ないから、人々はとある迷信を抱えている——睡眠中に心の相が形成すれば、それは草神の啓示や悟りであると信じている。その裏には、深遠で神秘的な事実があるに違いない。このような伝統があるからこそ、「アーカーシャ」が生まれたと言われるかもしれない。
かつてのマスターフィルナスは——今教令院にいる大先生のほうではない——夢が多くてそれを記録することに長けていると自称した。そのため、彼は詩人や白昼夢の患者としての身分は、自分の学者や発明家としてさらに有名である。何せ、スメールは夢が少ないから、もしそれが本当だったら、それも毎日クラクサナリデビの前にひれ伏す選ばれし列聖だろう。彼の才能を嫉妬する者にとって、白昼夢が夢でないことを幸いに思う他ならないだろう。
噂によると、彼は遠国の風の翼を見たことがある。器物としての運行原理は全く常識から外れたものと言える。もし風神の加護が風翼の一枚一枚に散りばめられていなければ、鷹がこのアイテムを付けても、空高く転落し、地上の亀甲を打ち砕くことになるだけである。
こうして、マスターフィルナスは——もう一度言わせてくれ、この人は教令院の大先生のフィルナスではない——風神の加護のこもってない風の翼を作ることに決心した。
そして数日苦労をして、ある日がようやく眠気に負けて寝てしまった。噂によると、彼は夢で草神に出会ったという。
生霊の守護者がマスターフィルナスの悩みを聞いた後、笑いながら物語を語った——
内容は人間の姿に化けた風と話せる石、あと…雷元素の木に関するもの。彼らは世の構成について議論していて、誰もが自分のほうこそ基本元素の一つだと思っている。石がこう言った——「俺は万物を支えている。」皆が頷いた。木がこう言った——「人間の脳の思考が瞬間的であるのは、雷のおかげだ。」皆が迷った、間違ったとは言えないがあってもない。次は風の番だ、彼はある物語を言った——
異世界の伝説によると、高天は沢山の大気の子供を持っている。彼らは全部、風の精霊である。他の精霊は山や岩を切り裂き、または竜巻を呼び起こして雲や水を運搬できる無類の力を持っている。しかし、一番幼い子は、命の息吹が弱いということで人々から軽視されてしまった。そのため、彼は身を隠していた。人間から授粉されていない風媒花は痛みを覚えた。そして、最も大胆な蒲公英は生命の息吹を見つけた。蒲公英を褒賞するために、風媒花はある物語を言った——
昔々、遠い国に太陽のように輝き、力強く美しい女王が住んでいた。しかし、彼女の弟は御曹司で放浪騎士であり…(中略)…彼女を褒賞するために、女王はある物語を言った——
…
その夜の後、マスターフィルナスが風の翼を作って、風神に加護を授けるようお願いした。最後の結果はとっくに発明された風の翼と一致しているが、教令院によってただの偶発と判定されてしまった。
話によると、マスターが起きてから最初に口にした言葉は——「分かったぞ!答えはすぐ周りにある。」
だが、本当の言葉は——「勘弁してくれ、分かったぞ!答えはすぐ周りにある。神の恩恵も世界のルール。これ以上口にしないでくれ。」
この物語から学んだこと——この世の真理を極める行為は尊重されるべきだが、空想的な夢に現実的な要素を求めない方が良いのである。
どう、このマスターフィルナスの風の翼を受け取るのか?
星宴の翼
風の翼のデザイン。はるか遠い世界の祭典を見届けた者への贈り物。
「それでは、このたびお届けした不思議な道具は、こちら——」
使者は言いつけに従い、アルカサルザライパレスの主に新しい発明品の由来を紹介しようとしたが、相手の注意は別のものに引かれていた。
「——あっ、違います!そちらは私のお昼ご飯です。不思議な道具とは、その横にある風の翼です。風の翼!」
「ですが…よくよく考えてみますと、この物語と食べ物は、関係がないとは言い切れないかもしれませんね…?」
「と、とにかく、アリスさん曰く、この風の翼はテイワットのものではなく、遥か遠い場所からここに流されてきたもので…」
あの遥か遠い場所で、ある人がこう言った——
「宴のない生活など、まるで宿屋のない長旅だ。」
美味しい食べ物、穏やかな音楽、楽しげな雰囲気、心地よい時間。そして何より大事なのは、みんなで共に作った思い出である。
完璧な宴を催し、美しい思い出を作ったのだから、同じように美しく、相応しい記念が必要というものだろう。
しかし、ただ気持ちを紙に書き留めるだけでは、いささかちっぽけに見えてしまうかもしれない。
なぜなら、たったの数ページや、二言三言では、すべての想いを書き切れないのだから。
最終的に、みんなは知恵を絞り、絶妙なアイデアを思い付いた。
「宴が終わる頃、私たちは見上げ、きらめく満天の星々を見た。星の光に、今この瞬間の願いを託そう!」
なぜなら、想いとは元より形のない光。思い出だけが、その想いを唯一無二の形へと作り変える。
みんなの思い出を一つに束ねれば、想いは輝く星々となって、果てしない夜空へと広がっていくだろう。
「飛んでいけ。飛んでいけ。今この瞬間の希望と願い、歌と宴を想いに乗せて、必ず星々の彼方へ、夢見る明日へと届けよう——」
夜空を眺める時、空を切り裂く流れ星が見えたなら、それは遥か遠い世界から来た、誰かのささやかな願いかもしれない。
子供たちが信じているように、目を閉じ、流れ星に願い事をすれば、きっと素敵な夢を見られるだろう。
もしかすると、今あなたのした願い事も、遠くにいる見知らぬ誰かにとっての、願いを叶える輝かしい流れ星になるかもしれない。
この風の翼こそが、最初に空を超えた数多の願いの中で、最も強かったものなのだ。
いつでも、どこにいても、幾千万の星の海を越えてさえ、変わらず誰かと共に飛ぶことを望んでいる。
「ですから、アリスさんもこの子の願いに応えて、今の形にしてあげたそうです。」
「——なんてこと、お客さまにお聞かせするわけにはまいりませんわ!宴の時、空から落っこちてきたことにしておきましょ!」
そう言いつつも、名高いサングマハベイ様はこの風の翼をあなたに渡す時、律儀にも仕入先から聞いた物語をそのまま教えてくれたのだった。
慈水怒濤の翼
風の翼のデザイン。フォンテーヌの認可と褒賞を得てもらった贈り物。
伝説では、原初の海の成分は血液に似ていて、生命は最古の海水に浸ると一つに溶け合ったと言われている。陸と空に足を踏み入れるべく、生命は血管を進化させ、そうすることで原初の海を体内に留めようとした。そして原初の海すなわち血の海を支配した心臓こそが、原初の水の龍である。心臓の鼓動が聞こえるたび、あらゆる生き物が繰り返し立ち上がり、そして跪くという。
——もちろん、これらは水のヴィシャップが言い伝える物語に過ぎず、信じるに値しない。他のヴィシャップの物語はまったく異なる内容かもしれない。一方、純水精霊の間ではこのような後日譚が伝えられている。
元々の心臓が取り除かれた後、天空の島の使者であり、聖霊を創造する使命を背負った統率者は、原初の海に別の心臓を創り出した。龍の如き気高さがありながら見た目は龍にあらず、神の如き威厳を纏いながら神聖な使命を持たない。君主の手で創られたが、素材と性質はこの世界に由来し、外来する要素は一つもない。
彼女は胎海に滴る涙の一滴である。交流と理解を追求し、それ故に涙を流す。まさにその慈悲の心のせいで、純水の生命が軽々しく口にはできないような原罪を犯す。
さらにその後の物語については人間が言い伝えるとおりだ。とは言っても研究者たちの間だけだが。
偉大なるレムスがフォンテーヌにやってくると、彼の幻視の中には偉大なる永遠の都、レムリアがあった。彼は人々に教えを説き、ついには自身の夢の一部に手を触れる。続いて告げられたのは予言者による、悪意のない、しかしこの上なく恐ろしい宣告だった。輝かしい楽章にはいずれ終わりが訪れ、レムリアは滅亡するであろう、と。
「英雄が故郷に帰る時、死ぬのでなければ必ずや暴君となる」とはよく言われる。レムリアが運命から逃れるために施した正義は、あまりの甚だしさについには暴政へと転じた。そして暴政は民衆たちによる怒涛の反乱を招く。偉大なるレムス、愚かなるレムス、思慮深きレムス、孤独なるレムス、そのどれもが姿を消した。
…
人々は後ろめたさから審判を渇望し、渇望ゆえに喜捨を望んだ——人は常に神の存在を求めるのだ。こうして胎海の心臓、慈心のエゲリアは原初のかの人物のピースを授かり、魔神の格および遅れて与えられた神聖な使命を抱くことになる。果たして人々の願いは天に届いたと言ってよいものか、それとも新たな陰謀の幕開けと言うべきか。
これはお前以外に誰も知り得ない物語だ。目が覚めた時、この翼はこれらの物語と共に枕元に現れるだろう。あらゆる種族に証拠を求め、彼らの間で伝わる物語の真偽を確かめることはできる。だが誰もお前を信じはしない。なぜならこの風の翼が、物語と共に何も無いところから現れることなどあり得ないからだ。
須臾の夢の翼
風の翼のデザイン。曲が鳴って昔の夢に入り込むことができたとき、意識が朦朧としている須臾の間に獲得したもの。
これは『かげろうの夢の羽』という弦楽曲に纏わる小さな物語だ。
優美な名曲とまではいかないが、メロディが感動的で一時期は広く親しまれていた。
だが流行というのは一瞬で、新しい曲が世に出れば過去の曲を聞く人は徐々にいなくなる。
さらに時が経つと、曲を書いた人の名を知る人もいなくなる。
人は皆こう言う。あの人の才能は憂曇華の花のように儚かった。現れてはすぐ消える数多くの歌手たちと同じように、と。
「才能は憂曇華の花のように儚かった。現れてはすぐ消える数多くの歌い手たちと同じように…」
街の人々からの評価を話しながら、彼女は縁側に腰かける姉を見ていた。
姉は彼女に背を向けて琴を斜めに持ち、慣れた手つきで弦を弾いた。
「世間はこうも言いました。一生の短いかげろうが、尚も夢に浸ろうとするなんて、だらしがないにもほどがある、と。」
記憶にある姉は始終彼女に背を向けたままで、引用された言葉にも反応せず、ただただあの徐々に忘れ去られたメロディーを奏で続けていた。
作曲者は自分の作った曲を愛するものなのだ。
しかしその後、姉もそういう余暇を過ごすことが減り、やがて…姉の弾くその曲を聞く機会は永遠に失われた。
とはいえ姉に比べて彼女自身は音楽に疎く、次第にそんな出来事さえも忘れていった。
次に曲を聞いたのは、一人で旅に出て、酒場の庇で雨宿りをした時のことだった。
目の見えない琴師が店主に酒をせびろうと、その曲を弾いたのだ。老人の腕前は上等とまではいかなかったが、十分に聞けた。
曲を弾き終えて一杯の酒を腹に入れ、ほろ酔いの琴師は、この曲は元々最も高貴なお人が作ったものだ、決して嘘ではないと言った。
だが、さすらいの旅芸人がホラを吹くのはよくあること。信じる者はどれだけいただろうか。
その場がどっと笑いに包まれる中、彼女だけが突然に記憶の中へ引き込まれた。
午後の日が明々と差す庭で、池を波立たせたあたたかい風。わずかに揺らめく木陰。手慣れた指が奏でる弦の響き…
そして最後に見てからもう随分と経った、琴を抱え縁側に座る人影を。
今まさに——今まさに振り返ろうと…
かげろうで何が悪い?万物は一瞬にして生まれ、滅びる。朝の白露が夜には塵になるとしても、情熱的な夢を抱くことはできる。
憂曇華の花の何が悪い?一晩で咲いて散るその姿は、目にした者の心に一生忘れられない景色を残す。
ならば思い出、思い出とは。
それはまさに、かつて風のように過ぎ去った日々を一瞬の恍惚の中で呼び戻すことではないのか?
「…この風の翼は、社奉行が骨董品を整理している時に埃の被る琴のそばで見つけたそうです。私にはあまり使い道がないから、あなたにあげましょう。」
女性がそう言った時、その手には既に綺麗に塗り直された琴があったが、楽器を持つ姿勢があまりに不慣れな様子だった。
期待の眼差しに気づいた彼女は軽く肩を落としてこう言った。
「先に言っておきますが、私の琴の腕前は武芸のそれとは程遠いですよ。」
昔のことを思い出し、彼女は唯一覚えたその曲を演奏する。
盛宴の翼
盛大な宴の再開を記念する風の翼。いつまでも、変わらぬ美味しさ。
これは宇宙旅行の乗換駅で起きた物語である。そこには、旅の者の心を癒す冒険者の店があった。年老いた店主は、船長として数々の星海を渡ってきたが、やがて人がまだ足を踏み入れていない未知の境地に挑む旅に疲れてしまった。そこで、錆びた星艦を旅の者が足を休められるレストランに改造したのである。
最初の客は、母星を壊され、流浪を余儀なくされた神だった。神は店主に宇宙の無常と星に宿る生命への愛を語った。
「私はかつて文明が光り輝く全ての瞬間を覚えていた。三平方の定理の発見から宇宙エレベーターの完成、人類初の洞窟壁画の誕生から銀河の景色を描いた五十三図にも及ぶホログラムの完成までを。」
黙々と客が注文したご馳走を作り、彼女のもとに運び続けていた店主が口を開いた。
「だが、あなたにはまだ彼らのためにできることがある——そうでしょう?食べ終わったら、すぐに取り掛かるべきです。」
実のところ、その神は星の知覚種族が作った人工知能だった。惑星の等級別に最適な資源配分を行うのが仕事なのだが——店主の言う通り、神にはあと一つできることが残っているのだった。
二番目のお客様は数多くの世界を破滅させた悪魔だった。悪魔は店に入るやいなや、次々に注文した。あまりの量に店主は思わず尋ねた。
「全部食べきれますか?」
「余計なお世話だ。余ったら持って帰ればいいだろ?」悪魔は舌なめずりした。悪魔の舌なめずりは蛇が舌を出すのと同じで、ただの情報収集のための行為である。
悪魔は運ばれてきたご馳走をむさぼりながら、かつて船長だった店主に自身の功績を自慢した。しかし結局、注文したものは残してしまった。
「残したのは、美味しくなかったからですか?」
悪魔はそんな風に問い詰められたのは初めてで、一瞬「美味しくない」と心にもないことを言いかけたが——フリントロック式の銃に手をかけた伝説の元船長を見て、おとなしく残り物を包んでもらうことにした。
悪魔は自分が命拾いしたとは知らない。実は「名誉一等航海士」の肩書きを得た時、店主は店内で騒ぎを起こす者を処刑する許可を得ていたのである。店主は、普段は時計の下に掛けてある、邪魔者除けの古きフリントロック式の銃の出番がなかなか来ないことを嘆いていた。
…
三十番目のお客様は魔女だった。その顔を見た瞬間、店主は彼女が何を注文するか察した。
店主と彼女は、そのまま無言を貫いた。
やがて、魔女が顔を上げた。夢中で食べていたようで、口の周りに食べこぼしをつけたまま、膨らんだ頬をもごもごさせている。
「あなたはどんな物語をお持ちで?」——無数の物語を見届けてきた船長が尋ねた。
「初めて店に来た時、全部話したでしょ?」魔女は飲み物を一口飲んだ。「こんなに美味しいのに、頻繁に食べに来ちゃいけないわけ?」
「それもそうですね。」店主は魔女にティッシュを一枚手渡した。
燎原烈火の翼
風の翼のデザイン。ナタの認可と褒賞を得てもらった贈り物。
謎煙の主の老祭司は、一掴みの粉を無造作に焚火に投げ入れた。焚火がまるで養分を得たかのように勢いよく燃え上がり、一段と明るく光を放つ。
「私が今から話すのは物語ではない。夜風が教えてくれた真実の歴史だ。」痩せた手で枝を一本取り出すと、焚き火をいじり、炎をさらに大きくしようとした。
「先生、今夜は暑いですから、やめてくださいな。」と、聴衆の一人が言った。
「お前に何が分かる。雰囲気が出るんだ。それに焚き火は、野生動物から我々を守ってくれるのだ。」
……
自らを「賢者と自称する者の末端」と呼ぶ龍がいた。それは翼を持ち、言葉を話した。彼は龍の親王の孫であり、各地を巡っては人類の邪魔をしていた。
ある日、彼はある人間と賭けをしたのだ。「燃素の力を持たぬ人間は、どのように空を支配するか?」とな。
——その人間が迷煙*3の知恵を持つ者であったなら、奥深くまで瞑想をすれば、額と頭頂部に隠れた力が身体を浮かすことができると分かっただろう。しかし、その人間にその知恵は無かった。
「難しいことではない。」
男は燃え盛る炎を起こし、縫い合わせた革で炎を包むと、風に乗って空へと飛んでいった。
……
「このような試練は数多くあった。ナタ人は犠牲を払って、ついに燃素を使う能力を手に入れたのだ。」老祭司はそう言って、高く燃え盛る炎に再び、粉を一握り投げ入れた。
「ぎ、犠牲って?」
「その時にはクク竜の同盟がなかった。彼は落ちて死んでしまった。」
「それなら、どうして他のナタ人は、この英雄が自らを犠牲にして生み出した風の翼を使わないんだ?」
「クク竜がいるのに、これを使う人がいると思うか?なんだ、私を信じないのか?序列で言えばシトラリ様に四番目に近いこの私を疑っているのか?」
交錯する運命の翼
風の翼のデザイン。二度の交錯、別れと再会。
偉大なる王が新たな王位継承者を宣言した時、その金髪の頭を彼は遠くからちらりと見ただけだった。彼にとって歓喜と賑やかな雰囲気は関わりのないものだった。撒かれた花は生花も造花も片づけなければならない。彼はその手伝いをしなければならないのだ。時折、振り返っては引き続き宮殿前の広場の秩序を維持する。今の彼は、ただの若い騎士にすぎない。
金髪の王は怪訝そうに人混みを見た。(♂:彼女♀:彼)はしばらく宮殿にいたのだが、この地下帝国にこれほど多くの人が暮らしているとは知らなかったのだ。(♂:彼女♀:彼)は失われた栄光の国の生き残りであり、一つの世界に対しての責任があった。しかしここでの短い生活の中で、住民の善意を感じ取った(♂:彼女♀:彼)は身をかがめて大地の支柱を背負った。世界の王から、わずか一国の希望へと身を落としたのだ。
若き騎士の出自は、けっして悪いものとは言えないが、大きな勢力に立ち向かうにはあまりに小さな存在だった。金髪の王はもともと高貴な運命を背負う者だったが、今は世界を失い、たった一つの国に心惹かれていた。
その後、その若き騎士は昇進し、「末光の剣」の称号を授かった。金髪の王は末代の黒王に率いられ、一歩ずつ王国の最深部へと進んでいった。若き青年騎士が英雄たちを招集したのは本来、予言を献上したために監獄に入れられ、両目を刺されて見えなくなった兄を救うためだった。国を救うという彼らの正義はそれに付き合わされたものにすぎなかった。一方、金髪の王はアビスの力を無限に吸収する容器として使われ、危うく世界を滅ぼすカギとなろうとしていた。
それは崇高なる者が光から深淵へと落ちる道、末端の者が暗闇から這い上がる道——その二つが交差する瞬間だった。
弑逆、大義、殺意、裏切り、すべてが荒廃するまで。その後、同病相哀れむ二人が共に旅をした時間は、両者がますます遠ざかっていく長い人生に比べれば、ほんの一瞬にすぎない。
夜来泊月の翼
風の翼のデザイン。空月の認可と褒賞を得てもらった贈り物。
それは妖精たちの間で語り継がれる、月下の集いで語られる物語。
月下の集いは古くからある儀式で、夜空に本物の月が掛かっていた時代から伝わるものだと言われている。あるいはその頃、月の下に集っていたのは妖精ではなかったのかもしれない。いずれにせよ、月を眺めながら古今を語り合うことは、妖精たちの中でも風変わりな者たちにとって、過去の秘密を分かち合う絶好の機会とされている。
そして数多くの物語の中でも、妖精たちが最も好むのは、こんな話だった。
伝説によれば、雪国の妖精の王、巨獣の亡骸から生まれし英雄は、大陸を統一するため、最後の敵を討たねばならなかった。
その敵は不老不死であった。その命がすべて体の外に隠されているため、雪国の王がどれほど倒そうとも、影の中から何度でも蘇ってくるのだ。
そこで氷霜の精霊と宮廷の外からやってきた旅人が、雪国の王のために敵の情報を探り、ついにその敵を倒す方法を知ることができた。
敵を討つため、雪国の王は岩層の最も深く暗い裂け目を探し出さねばならなかった。その裂け目の中で下向きに成長する木を見つけ、塔のように高くそびえる枝の上に宿る一羽の鴉を探し、その鴉の腹の中に潜む雪兎を見つけ、雪兎の瞳の中にある扉を見つけ出す必要があった。その扉を開けば、墨を流したような漆黒の闇の世界が天地を覆い尽くすだろう。その世界では全てが静止し、光も音もない。雪国の王は独りでその静寂の世界を進み、光なき宇宙の中心で一つの卵を探し出さねばならなかった。
その卵こそが敵の命が宿るものだった。卵を砕けば、相手は塵となって消え去るのだという。
扉を開けるまでは難しくないように思えた、と雪国の王は考えた。だが、あの漆黒で静寂な世界をどうやって渡ればいいのだろうか。
そこで氷霜の精霊と宮廷の外の旅人は、古い月光で二枚の羽を織り上げた——
それはおそらく、静寂なる空間を越えられる風の翼なのだろう。ただ、古き月光はその輝きを失い、かつてそれを使った雪国の王も姿を消してしまった。今となっては普通の風の翼と変わらぬ効果しか発揮できないのだ。そういえば、風の翼の発明は物語に登場する雪国の王の時代よりもずっと後のことなので、この話は風の翼のために作られた、こじつけの説明なのかもしれない。
最後の雪国の王の結末がどうなったかって?
その卵を打ち砕いた時、自分の最大の敵が自分と同じ顔を持っていることを、彼は初めて悟ったという者もいる。
また、その卵など最初から存在しなかったという説もあり、扉の向こうの世界は、ただ虚空へと誘う罠に過ぎなかったのだと。
諸説あるが、それはどうでもいい。どうせこの羽に関する物語において——
結末は、決して一番重要なものではないのだから。