聖遺物/物語

Last-modified: 2024-09-22 (日) 23:42:15

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聖遺物/物語/2(☆4~1)

☆5~4

剣闘士のフィナーレ

詳細

剣闘士の未練
伝説の剣闘士がなぜこの花を胸につけたか誰も知らない。これは残酷な戦士にある唯一の弱点だ。

元々は普通の小花。剣闘士の優しい主に採られた。
剣闘士の胸につけると、それは戦士の最も優しい部分になった。

剣闘士がまだ伝説になっていなかった時、幼い主と荘園を歩いていた。
昔、主がついでに一輪の小花を採って、無言の奴隷に送った。
「恩賜は報酬とは限らない。ただの気まぐれかもしれない」
数年後に、狡猾な主は笑ってこう言った。

無敗の戦士は異国の少女に倒され、ふと思い出した。
数年前に自分も夢見ていた。
「美しい花だな。いつかまた見たい」
「野に咲く花はどんなものかな」


剣闘士の帰着
ハヤブサのように飛ぶ夢の羽根、自由の鳥は彼の心にこの羽根を落とした。

常勝の剣闘士は結末を迎えた。
若い相手が彼に最後の敬礼をした。

勝利の虚飾、自由を取り戻す渇望が露や朝霧のように消えていき、
血の雲からは曙光が漏れ、剣闘士は鳥を見た。

自由を取り戻すまであと1勝の剣闘士は、予想外にも無名の少女に負けた。
観客の怒りと悲しみの声が暴風と稲妻のようであったが、勝者は恥辱の処刑を断った。
彼女は最後まで敗者の喉を突き通さなかった。奴隷を処刑するようにとどめを刺さなかった。

血が固まった傷口に形のない羽根ができて、
戦士はやっと自由な鳥のように、
花が自由に育ち、鳥が舞うところへ旅に出た。


剣闘士の希望
剣闘士が戦場にいる年月を記録した時計。本人にとって、それは自由への道の象徴でもある。

剣闘士は自分のためにこの砂時計を作った。戦う度に砂時計をひっくり返す。
砂時計がひっくり返せなくなった時、剣闘士はもう血の海に倒れていた。

剣闘士は闘技場に入場する前、いつもこの時計を傍らに置いた。
決着がついて、歓声が沸き起こった時に、砂はまだ完全に下部へと落下していなかった。

それは剣闘士の最後の戦いで、相手は新人の少女であった。
彼女の目に、彼は怯えを感じた。幼い獅子のような凶暴な目つきを感じた。
そして彼女は、彼の歩き方から、時の流れという重い鎖に縛られる苦しみを感じた。
戦闘は激しかった。歳を取った勇者は若返ったように戦いを楽しんでいた。
だが冷たい刃が心臓を刺した時、砂時計の砂も何もかも無音のまま決着がついた。


剣闘士の酩酊
古代の剣闘士が勝利の酒を楽しむ金の盃。盃には彼の歳月に満ちていて、彼が倒れる最後の時まで。

飾りが華麗な金盃、元々は主から剣闘士へのご褒美であった。
無敗の戦士はこの金盃で、美酒や戦士の血を飲んだりした。

剣闘士はまた勝利をおさめた。傷だらけの彼は勝利を主に捧げた。
勝利、栄光、拍手喝采は美酒よりも酔いやすく、体の痛みを忘れさせてくれた。

主は同席を許し、さらに盃を彼に賜った。
あれは特別な盃であり、優しい気持ちに満ちた証でもあった。
虚飾は黄金の鎖のようであり、詩情は骨を蝕む毒である。
英雄は勝利のお酒に躊躇し、自由を取り戻す好機を見逃した。


剣闘士の凱旋
古代伝説の剣闘士の兜。数え切れないほど敵の鮮血を浴び、数え切れないほどの歓声を浴びた。

古代モンドの伝説の剣闘士の兜。目立つ羽根がたくさん施されている。
狂熱の観客にとって、この兜は百戦百勝の象徴である。

伝説の剣闘士は一千以上の死闘を経験した。人類や魔物は彼の剣に一度も勝てなかった。
恒例の凱旋式に、常勝の剣闘士は英雄が城門を通るように観客の歓声を浴びていた。

勝利の時だけ、奴隷はまるで主のように扱われていた。だが自由の輝きは虚飾の歓声に覆われた。
凱旋の時、戦士は監獄の外の世界に美しさを見た。自由を取り戻す希望がまた増えた。

だが、英雄の兜が地面に落ちた時、観客と剣闘士は気づいた。
ただの奴隷の安い命をかけても、主の歓心は買えなかった。

大地を流浪する楽団

詳細

楽団の朝の光
小さい花の形をしたバッジ。耳をすませば、笛の音や歌声を聞こえるかもしれない。

小さな花形の徽章。中から音が聞こえるらしい。
流浪楽団に颯爽とした剣士がいた。
水面に映る霞光よりも清らかで美しかった。夜明けを知らせる雀のように優雅であった。
彼女が剣を振るうたびに、笛の音と歌は風と共に舞い上がる。

その曲、その舞は雨のち晴れのようであった。
全てが落ち着き、舞台の上も下も静寂であった。

彼女が手にすれば、音楽も剣も同様に美しく、武器として非常に強力であった。
これは流浪楽団の演奏、観客は2種類に分かれた。
目の前の観客は悪党であった。だが楽声は遠い舞台の外まで届いた。


琴師の矢羽
青藍色の矢羽、長い年月の中で少しも色褪せない。水の流れのような琴の音さえ聞こえるようだ。

凛とした藍色の矢羽、いくつもの苦難を超えて今に至った。
向かい風の環境では、矢羽の先から音が漏れるらしい。

流浪楽団の琴師は同時に優れた弓使いでもあった。
伝説によると、彼は優しい琴声で鳥を惑わせて射落としたらしい。
鳥のために死の曲を作る時、琴師はいつも目をつぶっていた。
それは楽師の自矜だと思った人がいたが、仲間はそれを狩人の慈しみだと思っていた。

琴師が矢羽に、可哀想な犠牲品を飾ると、
澄んだ琴声は死を告げる無情な哀声になった。


フィナーレの時計
楽団の演奏に使用されていた砂時計、きちんとした音を出していたが、彼らのパフォーマンスはとうに幕を閉じた。

流浪楽団の砂時計、本体は一張の琴である。
時間が経つにつれて、どんどん音が濁っていく。

毎回演奏が終わる前に、流浪楽団はハープを奏でていた。
時を経て、ハープの音もどんどん濁ってきた。
低音が空気の中に消えてなくなって、楽団の演奏にも終止符を打たれた。

天下に終わらない宴会はないように、楽団にも終点があった。
運命に抗えなかったメンバー、砂に埋まった楽器。
やがて楽団の時計はフィナーレを演奏した。


吟遊者の水筒
変わった形をした水筒、内側に弦があって、水の流れと共に旋律のない音楽を奏でる。

変わった形をした水筒。水の流れと共に旋律を奏でる。
楽団のメンバーは水を飲む時でも音楽を忘れない。

古い伝説によると、流浪楽団は剣を持って世界を歩いた。
相手が観客でも敵でも、彼らは剣や弓を笛や琴として使っていた。
悠々と砂漠を歩いたり、燻っている残り火の海に足を踏み入れていた。

水筒の琴声はずっと彼らに言っていた。
「我々の足跡は果てのない音律と同調する」
「音楽があるところに我々がいる」


指揮者のハット
長い年月を経ても、輝きを失わない礼帽。古い滑らかな音楽の音さえ聞こえるようだ。

美しい礼帽、時を経てもその美しさは変わらない。
よく聞けば、古くて抑揚のある音が聞こえる。

千年前に、大地を流浪した楽団があった。
楽団は楽譜がなかった。見たことを歌って、聞いたことを奏でた。
やがて楽団の人はこの世界の広さに気づいた。

「ああ。世の中に、歌にできるものがこんなにいっぱいあるとは」

メンバーたちは音符を言語として、見たことや聞いたことを記録し始めた。
死んでも楽章を手放さなかった人は指揮者であった。

雷のような怒り

詳細

雷鳥の憐み
災難の日に紫炎の怒りから逃れ、災禍の生き残りとなった雷色の花。

山を燃やした火の灰燼の中にあった紫色の野花。
古い部族の滅亡を見てきた。

ある年の祭りで、シャーマンは無辜の人の血で雷の雷鳥を呼び寄せた。
部族の者は、雷鳥が奉納品を快く受け取ってくれると、いつものように御神託を頂けると思った。
だが、彼らを待っていたのはそれとは異なり、滅亡を告げる狂雷であった。

偶然聞こえた歌声に報うために、少年のいた一族に残酷な復讐をするために、
雷の魔鳥は恐ろしい一面を見せた。この矮小な部族の存在をこの大地から完全に抹消した。


雷災の生存者
雷の羽根は雷の魔鳥が与えた残酷な罰の証、落ちた羽根にその怒りを表す雷光がちらつく。

雷の魔鳥が落とした羽根、紫色の艶を放っている。
滅ぼされた部族が存在した最後の証かもしれない。

古い部族は雷鳥を守護神としたが、雷鳥は古い部族を滅ぼした。
ある愁いの夜、雷鳥は少年と無垢な友情を築いた。
魔鳥が帰った後、偶然落とした羽根を少年が拾った。

「また雷雨と一緒に来た時」
「他の歌を歌ってあげる」

果たされなかった約束に、魔鳥は悔恨し発狂した。
そのまま灰燼となった山から遠く離れる。
そして数年後、魔鳥は世を乱す妖怪として討伐された。

時を経て、焦土だったこの場所に、再び青々とした木々が芽吹いた。
雷の羽根が草木の間に埋まっていた。
雷鳥と少年の物語は部族と共に無に帰した。


雷霆の時計
雷鳥を信奉する部落が天空の雷の主が降臨の予告に使われた砂時計。一族の終焉によって永遠の静止に陥った。

飾りの華麗な砂時計、雷鳥を崇拝する古い部族が所有していた。
だが部族は滅ぼされ、この砂時計の存在も忘れられた。

紫色の水晶と琥珀金で作られた華麗な砂時計、元々はシャーマンの時計であった。
雷の魔鳥が降臨する季節、この砂時計は祭りの時期を知らせてくれる。

最後の祭りでは、発狂した雷鳥が血に染まった祭壇をひっくり返した。
守護神の降臨を告げる時計が雷霆を招く弔いの鐘となった。
雷霆の巨鳥は1人の歌のために、部族の者に滅亡の災いを下した。

だが雷鳥は知らなかった。少年は自ら犠牲を選んで命を捧げたことを。
部族が巨鳥から恩賜を頂けるように、少年は自らこの苦しみを背負う道を選んだ。


落雷の前兆
鮮血が注がれた儀式の杯、雷鳴が中に響き渡るように願う。最終的に雷のような怒りが溢れていた。

古い部族のシャーマンが使う祭祀用の盃。
生贄の血を雷の魔鳥に捧げるためのもの。

雷鳥が空を飛ぶ季節、雨が降る山で1人の少年が恐れずに歌っていた。
孤高な雷電の魔鳥は少年の澄んだ歌声に惹かれ、静かに彼の隣りに舞い降りた。

「面白い歌だ。お前、小さき人間、雷霆と暴雨を恐れないか」
「一族の大人が言った、私みたいな子供は雷災を鎮め、暴雨を慈雨にできると」

少年は歌うのをやめて、雷鳥の質問に答えた。
雷鳥は誇り高く唸り、何も言わなかった。
それが美しく心に響く歌声であったから。

それは天と地ほどの差がある幼い生贄と雷鳥の最初の出会いであり、最後の出会いでもあった。
雷鳥が再び少年に会った時、目に見えたのは高く建てられた祭壇と金盃の中の血であった。


雷を呼ぶ冠
雷の魔鳥を崇拝した古代のシャーマンが被っていた冠。純粋な信仰は気ままに生きる魔獣を感動させることはなかった。

雷の魔鳥を祭る古い部族。
人徳のあるシャーマンが戴いた冠である。

雷霆の中を飛ぶ鳥は、紫電と雨をもたらし山を潤し育てる。
愚かな部族の人々は彼の恩賜に感謝し、彼の力を恐れた。
故にシャーマンを選び、血の祭りにより神の守りと許しを願った。

雷鳥は所詮魔物であった。人の崇拝は無意味であった。
だが人々はそれが分からずに、雷鳥の気まぐれを天啓と捉えた。
雷霆は彼の呼吸、人の生死のようなものであった。
空を飛ぶ雷鳥にとって、人の命は獣と同じもの。

しかし、澄んだ歌声が雷雨を貫いたあの日まで、
雲を切り裂き、小さな光が彼に届いたあの日まで。

雷を鎮める尊者

詳細

雷討ちの心
雷霆の中に咲き誇る花、今でも雷雨の中を行く人々に勇気を与える。

雷雨の中で採れた小さな紫色の花。
つけると雷を恐れなくなる。

紫電の中で咲いた花、雨に打たれ続けたが、枯れたことは一度もない。
これは雷電の花、雷獣討ちの尊者が跪いてこの花を採った。

勇者はいつもこの花を胸につけて、雷に向かった。
雷の魔獣との死闘中でも、この花は揺れなかった。
尊者にとって、この紫色の花は気まぐれで採った花であったかもしれないが、
冒険する旅人にとっては、雷を克服する揺るぎない決心である。


雷討ちの羽根
伝説によると、雷電を退治した英雄が使用していたバッジ、狂雷の中を飛ぶ猛禽の羽根でできたらしい。

鷹の羽根模様の徽章。雷を突き抜けるハヤブサの羽根に倣って作れ*られたもの。
胸につけると雷と山の火の息が感じられる。

雷や山火事を恐れないハヤブサが、
焼け焦げた森に残した羽根。
勇者はその羽根の形に倣って、紫色の水晶でこの徽章を作った。
敵と対峙する時、紫色の羽根がピカピカと光って、
小さい徽章についている眩しい電光の龍が散っていく。
雷の魔獣が裁きを受ける兆しのようである。

勇者は雷や炎を恐れないハヤブサのように、
雷電の魔獣の首を切断した。


雷討ちの刻
雷電を退治した勇士が使用していた時計、中の雷の結晶は雷電のように過ぎていく時間と共に落ちていく。

砂の代わりに雷の結晶を使った砂時計。かつて尊者が使用していた。
結晶は時間が経つにつれて、砕けて落ちる。そしてまた下部に溜まって一つになる。

雷の魔獣を殺した勇者は紫色の水晶でこの砂時計を作った。
時間の流れは雷のように、一瞬で消えて行き、追いつかない。
雷獣討ちの尊者でも、時間という仰天の雷には敵わない。

砂時計に囚われた雷でさえも、永久の時間の法則に抗えない。

水晶は何度も砕け、そして一つになるが、時間は電光の中で消えていき、そして戻らない。
万物の盛衰の道理は、勇者の魔獣討伐が鍵となった。


雷討ちの器
雷討ちの勇士の盃。雷の魔獣を退治した英雄がこの盃を使って紫電を飲んだらしい。

雷を鎮めた尊者が使っていた酒盃。
もしかしたら前の持ち主は紫電を飲み物としていたかもしれない。

魔獣を虐殺する尊者も普通の人と変わらずに喜怒哀楽がある。
ただその感情は雷のように急に現れ、また急に去っていく。
雷を鎮める男を見届けてきた紫色の酒盃に全ての喜怒哀楽がこもっている。

家族が生贄に選ばれた時の祭酒も、
酒を飲んで、勇気を出して魔獣の巣窟に行った時も、
そして尊者の最期も、この酒盃は共に過ごした。


雷討ちの冠
雷討ちの勇士の冠。古き英雄が大地に害をなす雷の魔獣を倒して獲得した冠である。

非常に古い紫色の冠。
雷を征討する光を象徴している。

昔、暴虐の雷の魔獣が、
雷霆の如き暴政で人を統治した。
だが一瞬で消えていく雷のように、
魔獣の死後は、彼の威厳もすぐ散っていった。

勇者は雷を耐えながら、魔獣の爪を祈って、
この雷獣討ちの冠を手に入れた。
しかし過ぎ去った過去には戻れない。

翠緑の影

詳細

野花の記憶の草原
かつてある場所に咲いた野花、大地を離れ、狩人の胸につけられた。

かつて大地の至るところに茂った真っ白な野花。
枯れることなく、未だに清新な香りを放っている。

獲物が大地に無数に存在していた昔、魔物はまだ誕生していなかった。
狩人は今は名も知られていないこの野花を使って、自分の匂いを隠した。
この時代、こんな噂があった。もし無言で優しくて孤独な狩人に会いたいなら、
淡い野花の香りを追って、裸足で目を閉じたまま、林間と野原を歩けばいい。
狩人のように歩かないと、落ち葉を踏んでしまってすぐ狩人にバレるから。

もう一つ噂があった。やっと見つけた狩人は少年であった。
当時の古国は災難が始まったばかりで、人々は塗炭の苦しみを味わっていた。


狩人の青緑色の矢羽
一瞬で獲物を貫通した矢羽、今でも綺麗に整えられている。

艶々した猛禽の羽根。矢羽の製作に最適な材料である。

昔、狩人は矢に射抜かれた獲物の命が大地に還るまで、
何度も何度も獲物を宥めていた。彼女は分かっていた。
獲物の還った場所に、自分もいずれ辿り着くことを。

優しい狩人は命の終わりに現実から目覚めて、
果てのない猟場で、もう会えない人たちと再会できると信じていた。

しかし彼女も分かっていた。少年を殺そうとした魔物を射抜いた後、
彼の願いを聞いた自分はもう、復讐のために、
他人の仇を取るために、苦痛のために、歪な魔物を狩っていると。
自分は既に、信じていた命の最後にある果てのない猟場に行く資格を失っていたと。


緑の狩人の決心
狩人が持ち歩いていた奇妙な機械、永遠に獲物を指す。

変わった構造をした小さな装置。方向と方位を教えてくれる。

伝説によると、狩人が裸足で野原を歩いていた時に、
足の下の草や、泥の中の根に聞いたこと、
木に止まっていた雀が見たことを彼女に教えてくれたらしい。

古国に災難が訪れてから、草木は喋れなくなった。
それは草木を司る神が災難で亡くなったから。

以降、彼女はこの機器に頼って、大地での狩りを始めた。
少年に頼まれてから、彼女の獲物はもう鳥や獣ではなく、
古国から災いと苦痛をもたらす魔物であった。


緑の狩人の容器
緑の狩人が使用していた革水筒、中の空間は想像よりもずっと大きい。

非常に頑丈な容器で、密閉性に優れる。
伝説によると、狩人は篝火で休憩している時の内緒話をこの中に入れた。

狩人はかつて、深夜の野原で他人の匂いを嗅いだ。
狼の群れと魔物を相手にしても恐れなかった彼女だが、
他人の会話に参加する度胸はなかった。
あの時の狩人は既に人間の言葉の発音を忘れていた。

たとえ彼女が人に頼まれて、緑の魔物狩人になっても、
彼女の話すところを誰も見たことがない。彼女が行動の痕跡を一切残さないように。

……ある夜、彼女は自分の笑い声を革水筒に詰め込んだ。
時折、彼女は寂しいと感じると、必ずその笑い声に耳を傾ける。


緑の狩人の冠
かつて緑の狩人が使用していた自慢の冠、野原の風のような青緑色が特徴。

血に染まったことのない狩人の帽子。
無冠の狩人の王と呼ばれた者が所有していた。

狩人の基本は大地や森を敵に回すことではなく、
大自然に溶け込み、一体化することである。
かつて鳥がこの帽子に巣を作ったらしい。

誰も最も優秀な狩人に冠を授けることができない。
彼女より偉いのは自然の天地だけであった。

自然を象徴するこの帽子は、
やがて魔物に恐れられる光景となった。

愛される少女

詳細

彼方にある少女の心
永遠に咲く花、長い時を経ても枯れずに香りを放ち続ける。

淡くて優雅なピンク色の花、未だに瑞々しい。
本の記載によると今は絶滅品種になっている。

少女が読んだ物語に何度もあったように、
救われた少女とまだ純白であった騎士が、
互いの花と祝福を交換した。

少女の心は通常、花のようにすぐ散っていく。
この花だけが、未だ瑞々しい状態を保っている。
それは彼女の心があの時に止まったから。
少女が初めて彼女の騎士に出会った頃に。


少女の揺らぐ思い
誰かの思いを乗せた羽根飾り、まるで風と共に遠くへ去った渡り鳥のようだ。

精巧な羽根の飾り。
時を経て、羽根に結構な埃が溜まっていた。

騎士に出会った日、少女の運命は終わった。
青春、恋愛、これらのために今を生きることはできない。
届かぬ思いは、巣を探し彷徨う鳥のように永遠に漂流する。

この思いは、
あの騎士道に溺れている騎士の心に届くだろう。
滅亡した古国にいる騎士に、
彼女が夢見た景色は届くだろう。


少女の短い華年
時計の針に終点はないが、少女の愛される歳月はそうではない。

精密な器具。持ち主の気持ちを考えず、
物事の変移を永遠に示している。

少女の時間は限られていた。
だが彼女の待つ時間に限りはなかった。
懐中時計の秒針がぐるぐると回りに回った。
持ち主の思慕と思い出も同じであった。

時が経っても、彼女はまだ覚えていた。
数年前に出会った純白の騎士のことを。


少女の暫く息抜き
酒ではなく紅茶の容器。中は苦い味ではなく甘い味である。

少女がずっと気に入っていたコップ。
上品な紅茶に満ちていた。

悠々とお菓子やお茶を楽しんでいる。
世の中から離れて暮らせるのは少女の特権である。

「俺の褒章はこの花で。それでいい」
騎士と出会った日に、騎士はこう言った。
「でも私の心はもう」
それを口にしなかったのは、彼女の特権であり、
少女の矜持でもあった。


少女の儚き顔
丁寧に手入れされた帽子、目じりの皺をも完璧に隠せる。

求愛者と花に囲まれても、
少女は一度も礼帽を外さなかった。
名前と顔を覚える必要すらない人たちの顔は見もしなかった。

長年、彼女は眠りにつく前に、
礼帽についた埃を払っていた。
だが顔に溜まっていく埃は拭えない。

求愛者と、贈られる花束の数は時間が経つにつれて減っていったが、
彼女の心は過去のある日に留まった。

悠久の磐岩

詳細

盤石芽生の花
磐陀巨岩に咲いた金石の花。花びらが風と踊り、生気が宿るように感じられる。

硬い岩の隙間から花が咲き、
それは岩の精が集まる美しき生命。

民の間でこう言う話しが流れた。
昔、誰かが岩君に、枯石に命はないと言った。
すると岩君は金色の花を、岩の中から咲かせた。

岩の神が誠にこのような諸行を成したことがあるかもしれない、
若しくは、この地に散らばった無数の伝説の一つにしか過ぎない。
しかし、怒りの海に向き合って、
高い山に成長するのは、
こうこう*いった眩しき花であろう。


嵯峨連山の翼
磯岩巨鳶の硬い羽根、玄石の羽先が露を凍らすことがたまにある。

山の峯に残された片羽は、
青色の頂のように鋭かった。

天地がまだ今の形ではない古代、岩君が山を抜いて巨鳶を作ったと言われる。
鳶は玉と岩で作られ、形を取ると空へ飛び立ち、
九天まで至り、数多くの山峯を彫り出した。

そして、岩の鳶は海へ飛び、
槍のように落下し、
海獣へと沈んだ。

今も海の岩柱が鳶たちを吸い寄せていると言われる。


星羅圭玉の日時計
丸一枚の圭璧を彫って作られた日時計、模様は無数の星が連なっているように見える。無言のままに時間の流れを記録している。

崖で彫られた日時計は、
黙って光と時間を追う。

いかに硬い岩であろうと、結局時間の流れで崩壊し、砂になってしまう。

伝説によるば*、岩君は星を時計に作り、先祖たちに時間の大切を教えた。
時間が経ち、日時計は人間界に流れ込み、まだ書生であった昆吾の手に入った。

「少年は幼き時から学問を学び、須弥山へ辿り着くことを願った」
「偶然に時計を手に入れ、その精密さに驚き、毎日手放さなかった」
「少年は遂に師と分かれ、時計の主に挑むため、匠の道を選んだ」


危岩盤石の杯
華麗さと荘厳さを併せ持つ杯、千年前は美酒に満ちていた。

山の岩で杯を作り、
中に注いだのは至高の酒。

玄石は極めての硬さでなければならなく、水晶も極めての玲瓏さでなければならない、
世間の歩くには、極致の快楽を求めるべし。

昔、民の間で岩王帝君の飲酒についての話しが流れていた。
岩王は玉碑を骨にし、
玉釧を胆にして、酒の杯を作った。

杯は元々七つあるべきだと、古籍を知る者が言った。


不動玄石の相
玄石を彫って作られた荘厳な仮面、形のない両眼が冷たく永遠に前方を凝視する。

伝説によるば*、神魔が混戦する時代、岩神は殺戮の相を見せたと言われる。
神たちの争いで、岩神から優しさを見出すことはできなかった。

いつも正しい判断をつけることができて、反目した友人にも冷静に刃を向けることができた。
伝説時代の岩王帝君の顔に、一つの波乱が起きることもなかった。

その岩のような顔を取り外したのは、すべてが落ち着いてからだった。
そしてそれも、「契約」を守るためであった。

逆飛びの流星

詳細

夏祭りの花
永遠に咲き続ける造花、その中には命が宿っているかな?

永遠に満開する夏の花、
氷雪に埋められても萎えることはない。

ある者はそれが偽りの偽造生命であると誹謗した。
従来、命というのは変化であり、苦痛であり、成長であり、
いずれ訪れる死亡にある。

だとしても、あの夏祭りで彼女と見た花火、
空中できれいに咲いてまた消え去った記憶、
あの細長い狐の目をもって、突然離れた女は、
この彼女が残した散らない花しか覚えてないでしょう。

結局、ある命は
この花のように不朽で、
多数の命は瞬間の花火でしかない。


夏祭りの終わり
精巧な木製ダーツ。終点に着くまでは止まらない物。

木で作られたダーツは夏祭りでよく見かける。
稲妻の志怪小説では、
人と非人のものがであう物語があった…

妻の妊娠を祝うために、神社へ願ほどきに行った。
けれど知らないうちに、
七歳の水風船と、十七歳の狐面、
百年も散らない花を持っていってしまった。

どうしてまだ彼女に会いたい、
媒酌の仲でもないし、生活が貧しくても、
長い時間う*をかけて、跡継ぎができたとしても、
生活に満足しているはずなのに――

途中で、私は寄り道で昔彼女と花火をみた場所に行った。
木立を分けて、彼女がそっと石の上で座っているようだった。
近くにいくと、ただひなたぼっこをしている狐であった。
私の足音を聞いて、奴は跳びあがって森に走った。
木の葉から光る白斑のように、ちらちらっと消え去った。
私はもっと近寄って、石の上に残された古い木のダーツを見かけた。


夏祭りの刻
ある時間に止まった懐中時計。

精美な部品を飾った懐中時計。
しかし、ある時間に止まった。
稲妻の志怪小説では、
非人のものとであう物語と関わっている…

夏祭りの夜に、好きな少女と参道を歩いた。
かすかに、私は迷子の泣き声を耳にした。
恍惚して、足を捻挫して、懐中時計も壊れた。

彼女が薬を取りに傍を離れた。
私は通行人の道を避けて、
道端の岩で休憩をとった。
面を被った麗しき女性が隣に座った。
「ここは人が少ないね」
「花火を見るいい場所だわ」

ただの夢かと思った。
十年ぶりの再会だったが、
十年を過ぎても全然老いてないが…

「お主も大人だし、風船釣りは止めておこう」
「どうだ?酒を持ってきてぞ*、一緒に花火を見るか」


夏祭りの水風船
夏祭りでは水風船がよく見られる。しかしこれほど精巧な水風船はこの一個しかない。

水を盛った精巧な風船。
稲妻の志怪小説では、
非人のものと出会う度に得られる記念品である…

夏祭りの人波で両親と離れた。
水風船が見たくて、
父の手を放しただけなのに。
神鉾を運ぶ人は私たちをかき分けた。

私は参道の端にある鳥居で泣きながら、
登山する通行人の足を数えた。
いつごろから傍に立っていた、
狐のような美しい女性が私の手を取った。

「こんなに可愛い子を置いとくなんて、酷いわ」
「どうだい?花火とダーツと風船を見に行こうか」


夏祭りの仮面
伝説の神のイメージを元に作った仮面、とても流行っているもの。

神の相を凭す。
伝説の神の外見を依拠して作った面。

狐の姿で、現世の神の姿で、
顔を隠す者がたえずにいた。
恐らくその変化万端を羨望していたんだろう。

稲妻の伝説で、八百万の神がいた。
――誠であるとしても、
恐らく大多数は将軍の威圧の下で、
町から離れ、森に隠れたんだろう。

しかし、人はあいかわらず狐凭きを、
千年の年月が動物を仙にさせることを信じた。
だから、この狐面が代表するものも信じた。

面の後ろには秀麗な字で言葉を残した。
「花火の音に隠れて離れてすまない」
「もう二度と会うことはないであろう。お大事に.*」

燃え盛る炎の魔女

詳細

魔女の炎の花
かつて世の魔物を全て燃やそうと夢見た炎の魔女が触れた花、名も無き炎は触れた人を優しく舐める。

花の品種から言えばごく普通の花。
だが炎の魔女の燃焼に抵抗し続けている。

百年前の災難が起こった時、少女は結んだ約束を全て失った。
大切な人たち、思い出の時間、輝く未来、何もかも失った。

煙と余燼の中から、炎の魔女が誕生した。彼女は炎で全ての痛みを消した。
だが、この花はなくならない。ずっと生き生きしとして柔らかく瑞々しい。
多分その中にある苦痛と美しい思い出は、彼女の2つの内面を表すものなのであろう。


魔女の炎の羽根
かつて世の魔物を全て燃やそうと夢見た炎の魔女が触れた鳥の羽根、常に烈炎と同じ温度を保っている。

止むことを知らずに燃え続ける赤い羽根。
どんなに燃えてもなくならない。

地獄の炎の道を歩んだ彼女、その野原には灰燼しか残らない。
たとえ彼女が焼き殺したのが人に害を加える魔物であろうと、彼女の火を見た人は、
ドアと窓を閉めて、炎の魔女を遠ざけた。でも彼女は気にしなかった。

全ての苦痛を焼き尽くさないと、新たなる希望はないと彼女は思った。
理解はいらない、人の慰めはいらない。人の同情もいらない。
炎の魔女の沈黙を理解できるのは隣の鳥だけであった。。*


魔女の破滅の時
かつて世の魔物を全て燃やそうと夢見た炎の魔女が使用していた時計、中に流れているのは魔女が炎に捧げた歳月である。

熱い溶液が流れる小さな器。
伝説によると、溶液の正体は融解した邪霊である。

燃える魔女がまだ少女で、災いがまだ起こっていなかった頃、彼女が遠足へ出かける前に、
もらった特製の水時計。時計が一周回る時間は、彼女が教令院で勉強する時間と同じである。
時計が一周回って、彼女が故郷に戻った時、時計をくれた人はすでに災いの糧となっていた。

少女の時間はこの瞬間に静止した、そして炎の魔女の破滅の時が始まった。
世の全ての魔物と、魔物による苦痛を焼き尽くすまで。


魔女の心の炎
かつて世の魔物を全て燃やそうと夢見た炎の魔女が残した流火の甕。中の炎は消えない、まるで魔女その人のようだ。

透き通った琉璃瓶。中には液体の炎が流れている。
液体の炎の作り方は、今はもうその伝承が絶えてしまっている。

炎の魔女は各地を旅し、猛烈な灼熱の炎で魔物を焼き殺した。
彼女が人間をやめたとか、体に流れているのは血液ではなく液体の炎だと言う人がいた。

だが、彼女もかつては少女であり、心には愛と思慕の念があった。
一本の火が、少女の心にあった全ての美しくて弱い部分を焼き尽くした。
その後、彼女は歴史学者が記録するのも忌避する魔女となった。


焦げた魔女の帽子
かつて世の魔物を全て燃やそうと夢見た炎の魔女が被っていた帽子。広いツバは彼女の視線を隠した。

つばが大きく、先の尖った伝統的な魔女の帽子。
畏敬と恐懼の視線をもたらしてくれる。

炎の魔女にとって、このような大きな帽子は周りの混乱を遮断してくれる。
まだ学生だった頃、この帽子のお陰で彼女は一心に炎の力を鍛えることができた。

戦闘に身を投じた後、この帽子のお陰で、烈火に飲まれて灰燼になった魔物の顔を見ずに済んだ。
この帽子のお陰で、水面に映った自分の顔を、煙と烈火によって焦げた顔を見ずに済んだ。

魔女はこうして盲目的に焼き続けた。

烈火を渡る賢者

詳細

火渡りの堅実
烈火の中で咲く花、古代の知者はそれをつけて火の海に入ったらしい。

烈火に燃えてから咲く花。
灼熱の痛みでつける者はどんどん強くなる。

火のように赤く染まった花。キラキラ光るメノウのようである。
この火を浴びた花を、火の上を歩く賢者が胸につけた。

火渡りの賢者は最期、人々にこういった。
「これが烈火に燃えてから咲いた花。もし私が灰燼になれなかったら」
「熱い波と黒い煙の中で、必ずこの花は余燼の輝きを放つ」

その後、人々は輝きを追って、マグマの海の淵に辿り着いた。
だが賢者はもういない。残ったのは余燼の中で咲いている花だけであった。


火渡りの解放
火を浴びる孤高な鳥の羽根、炎の中で羽ばたく音が聞こえる。

猛火を浴びた高く鳴く鳥の羽根。火渡りの賢者が手に入れた。
つけると野火に羽ばたく音が聞こえるらしい。

伝説によると、生まれつき孤高な鳥がいるらしい。この鳥は火の中でも歌う。
民衆は鳥を崇拝し、君主は宝として大事に扱った。

火山の地の賢者は鳥の羽根をつけて、烈火に身を隠した。
孤独に生まれた彼は孤独に還って、そのまま行方不明になった。
それ以来、静かなマグマの奥から鳴き声が聞こえる。

あれは猛火を浴びた鳥の鳴き声か、それとも火渡りの賢者の愁吟か?


火渡りの苦しみ
光る熱砂が流れる砂時計。砂は流れていき、何の烙印も残さない。

この砂時計の中身は普通の砂ではなく、輝く熱砂である。
時間は熔流のように、何の跡も残さず流れていく。

これは賢者がマグマの海を渡った後の物語である。
伝説によると、彼はまた100年に渡る隠者生活を過ごした。
だがそれは深い苦しみから解放された一時的な時間に過ぎなかった。

賢者は永久の灼熱に耐えられずにこの砂時計を作った。
天を突き上げる火焔の中で、赤い熱砂が行ったり来たり。いつもと変わらない。

可哀想なことに、燃える烈火に耐えた賢者は時間の流れに耐えられなかった。
全ての弟子、家族を遠ざけたこの冷たい炎には、耐える方法がない。


火渡りの悟り
流火の高熱を耐えるコップ、何が入っていなくてもその熱さを感じられる。

空っぽの盃にマグマの余熱がまだ残っている。
火渡りの賢者の酒盃。数多くの知恵がこの酒盃から溢れていた。

烈炎を操る賢者に弄ばれても、高温による傷は一つもない。
賢者がマグマを飲み物とするという噂があったが、賢者はそれを戯言としか思わなかった。
美酒は高温によって揮発してなくなるが、知恵は全ての灼熱に耐える。

賢者にとって、美酒は天賦の才の助燃剤に過ぎなかった。
酔っ払った時の火花がインスピレーションを燃やす。

無言の酒盃、知恵が炎から誕生したことを見届けた。
賢者は最後の遠征をする前、盃は孤高に溢れた。


火渡りの知恵
火の海を渡った賢者の冠、熱い浪の中に立つ古い姿を映したものである。

かつてマグマの海の流浪賢者が所有していた古い冠。
じっと見てみると烈火からまっすぐ立つ面影が見えるらしい。

流浪する賢者は高温に耐えるように、赤いメノウを使ってこの冠を作った。
知恵と灼熱の執念によって防火の冠ができた。だがこれは同僚と先輩の恐怖と嫉妬を引き寄せた。

「この傲慢な若造、岩漿の怒焔に挑むとは、この100年になかった冒涜だ」
「火の海は必ず彼を呑み尽くす。彼の灰燼も熱い波によって空まで吹き飛ばされ、やがて虚無と化す」

嫉妬深い先生は彼の生徒に嫌がらせのため、冠をかぶって火の海を歩いてもらおうとした。
だが、この冠の持ち主は悠々とマグマの上を歩き、皆の視線から消えた。

血染めの騎士道

詳細

血染めの鉄の心
血に黒く染められ、鋼鉄のように硬くなった花。過去の持ち主にとって、記念品の一つかもしれない。

元々はただの白い花であり、助けられた仕女が騎士の胸の前につけたもの。
殺戮の中、何度も黒い血に染まった花は、その花弁を硬化させた。

遊侠騎士が初めて魔物を倒した時、ある仕女を危険から救った。
報酬を断った彼は、少女から真っ白な花をもらった。

「騎士の唯一の報酬は、騎士道を行くことだ」
「俺の褒章はこの花で。それでいい」

ずっと胸の前につけていた花は、幾度となく血に染められた。
騎士の銀色の兜のように、冬の夜のように黒くなり、
そして騎士の心のように、鍛え抜かれた鋼鉄のように硬い。


血染めの黒羽
騎士のマントにあった羽根、大量の黒い血を浴びたせいで黒に染まった。

偶然、血染めの騎士についた無数の黒鴉、その羽の一本。
鴉は賢い鳥類であり、血を渇望した飼い主と共に獲物を狩る。

最後、血染めの騎士はもう分からなくなった。空気に漂う血の匂いは、
敵の血なのか、それとも自分の血なのか。

彼はやっと気づいた。長年の殺し合いで、彼の騎士道は、
純白だった騎士を魔物のような悪鬼羅刹にしていた。
彼の後ろにつくのは、血の足跡を元にやってきた鴉の群れだけであった。


騎士が血に染めた時
騎士が使用していた時計。中の液体は完全に固体になり、時計としての機能を失った。

血染めの騎士は、太陽、月、星の見えない深淵の地下に足を踏み入れた。
時間を観測する唯一の道具であったが、時間そのものは意味をなくしていた。

血染めの騎士の最後の物語であり、その後、彼は身を引いた。
血に黒く染められた騎士は、もう自分の居場所がないと気づいた。
だから、崩壊した古国に入り、魔物の戦いで戦死する道を選んだ。
世界の底で、彼は古国に終末を告げた魔物の起源を理解した。

「偉大なる古国は不義の裁きを受けた」
「偉大なる古国の民は化け物だと歪曲された」
「我が騎士道、こんな不公平を断じて許さん」
「彼の名前は深淵ならば、我は深淵に忠誠を誓う」


血染めの騎士のコップ
血染めの騎士が持つ金属の杯。外側は硝煙と乾いた血の影響で黒くなった。

精巧で美しい金飾りの銀盃。英雄の功績が描かれている。
血と煙によって漆黒に染まっており、元の様子は窺えない。

猟魔騎士は、災いの狼煙を追って戦場に赴き、魔物を倒した。
だが、焼かれて崩れた瓦礫の中に救いを求める人はもういなかった。

失敗を味わった騎士は、廃墟の中にあった煙で黒く燻った盃に、
悪を根絶し、弱く貧しい人を助ける騎士道を貫くと誓った。


血染めの鉄仮面
騎士が顔を隠すための鉄仮面、仮面の下の顔は誰も知らない。

ある名門出身の騎士が持っていた、華麗な白銀色の鉄仮面。
血に染まりすぎて、元の色にはもう戻らない。

騎士が100回目の魔物を討伐し、危機から人を助けようとした時、
女性が彼の助けを拒否した。その時、血染めの騎士は気づいた。
戦いの中で、自分の血と敵の血に染められた自分の顔は、
魔物より怖くなっていた。

「この鉄仮面が私の顔になる」
「私の騎士道で守られた人に」
「私の憎い顔を見せなくて済むから」

旧貴族のしつけ

詳細

旧貴族の花
絹で作った琉璃色の花、様々な場面で付けられた。今でも捨てられた日と同じくらい鮮やかである。

緻密で滑らかな絹で作られた青い百合。
旧貴族の女性が使っていた冠り物。

かつてモンドを支配していた旧貴族が残した精巧な髪飾り。
あの伝説の時代、貴族の容姿と立ち居振る舞いは一般人の模範であった。
その行動や知恵によってモンドの民を導き、臣民を統べただけでなく、
容姿までもが整っており、彼らはモンド人を代表するものであった。
それは単に高貴な血を受け継いだからではない。
彼らが美徳を守り、周囲に原則と尊重を保って行動したためであった。

だが、彼らの限りない欲望によって、貴族の寿命は縮まった。
自慢だった華麗な美貌も衰えていった。


旧貴族の羽根
モンドの旧貴族が狩りの時に帽子につけた羽根、今でもまっすぐに立っていて、時間の影響を受けていない。

猟鷹の羽根、旧貴族の帽子のつばに誇り高く立っている。
領民と共に狩りに出て、獲物を分かち合うのは古い伝説である。

かつてモンドを支配していた旧貴族は、よく荒野に出入りしていた。
従者や領民と共に広い大地で狩りをした。
出猟は貴族にとって、力と寛大さを示すものであった。
民にとっても、楽しみのひと時であった。

やがて、狩りは貴族の私欲を満たす虚しいものとなった。
貴族は欲望のままに従い、獲物を分かち合わなくなった。
羽根はまだはためいていたが、色は変わったように見えた。


旧貴族の時計
モンドの旧貴族の懐中時計、長い族譜と共に今日に伝わった。

青い宝石で作られた懐中時計、見た目は極めて精巧で美しい。
時を経ても、カチカチと鳴っている。

かつてモンドを支配していた旧貴族の懐中時計、今でも精確に動いている。
時間を守ることは最も基本的な美徳の一つ。そのため、貴族はいつも手元にこれを置いていた。
臣民に用心させるためだけでなく、自分を律するためでもあった。
正しい貴族であれば、毎朝、民よりも鋭敏でなければならない。
また夜になれば、民よりも先々まで深く考え、より早く起きなければならなかった。

だが長年を得て、厳しかった貴族の日課は怠惰な子孫によって捨てられた。
貴族の懐中時計はより煌びやかとなり、その荘厳な意味は失われた。


旧貴族の銀瓶
モンドの旧貴族が使っていた瓶、中身は何もなく、悲しい風の音だけが響いている。

青い宝石で作られたアクセサリー瓶、白銀の徽章が飾られている。
見た目は精美で優雅である。モンドの旧貴族の高貴なセンスが窺える。

かつてモンドを支配していた旧貴族が残したアクセサリー瓶。
今はもう、その中に精美なアクセサリーはない。
贅沢なアクセサリーは貴族の地位と財産を象徴していただけでなく、
モンドの民の自身と尊厳、繁栄を表した。

やがて、貴族の欲望は徐々に止まらなくなり、
民から搾取し、自分の欲望を満たすこと以外、何もしなくなった。
アクセサリーも虚飾を担うものとなった。


旧貴族の仮面
モンドの旧貴族が舞踏会に使用していた仮面、空洞となった目の縁は今でも昔の光景を見つめている。

精巧な花柄の彫刻が施された白銀の仮面。黄金と宝石が散りばめられている。
作りは清良で繊細であり、旧貴族の優雅な礼儀が窺える。

モンドを支配していた旧貴族は、元々民衆の中から選ばれた英雄であった。
偉大な族長と優雅な子弟、美しい姫と貴婦人たちも
宴の中で同じ土地の人民と共に食糧や喜びを分かち合っていた。
あの遥か過去の時代に、自分の知恵と財を惜しむ貴族などいなかった。

あの黄金時代、貴族は知識と利益を人々へ公平に分配した。
だが、やがて貴族は堕落していき、宴はただの権力を誇示する私欲を満たすための虚しい場となった。

氷風を彷徨う勇士

詳細

吹雪の中の思い
絶滅した氷河の花、上には凍った露がある。孤高な勇士もかつてこの花のために身を屈したらしい。

柔らかな手で摘まれた、永劫に凍れた氷の花。
ある人にしては、極寒が温もる抱き合いのように感じさせてくる。

「ここの4番目の壁画はあなたのために用意されています。あなたの肖像はこの壁に永遠に残されましょう。」
「この壁画のために、みんなのために、私はいつまでもここであなたの帰りを祈っています…」

空白の壁の前で、少女は微笑みながら勇者の胸に花を飾った。
優雅で冷静な人は、例え死に迫ろうとも変わりはない。

古い歴史が北境の猛吹雪に覆われた。
そして雪が溶けた時、この花は散らずに咲いていた。


氷を砕く執念
極寒の冬を放つ鳥の羽。この猛禽が、雪原と氷峰の上で羽根を羽ばたかせた風を感じ取れるようだ。

寒冬に属さない猛禽の羽根、冷たい触感がする。
触れると吹雪からの号泣が感じるかのようだ。

洞窟を探さず、巣を築かず、寒風に直面しても誇り高く鳴く鳥が残した羽根。
寒風に吹かれて霜雪ができたため、まるで宝石が嵌ったように見える。

冬の風が一羽の鷹からこの羽根を引きちぎった。
風に舞う羽根に霜雪が付き、どんどん重くなって地面に落ちた。

「信じています。小鳥たちがあなたの跡を追い蒼翠の夏園へ帰ってくることを」
「寒潮に駆り出されし命が、故郷を失った幼子が、あなたの跡を追い夢の巣に戻るのでしょう」

思いを託された勇者が吹雪の中で、羽根の色を見分けようと努力する。
風雪に濡れ凍れた羽根は、勇者の歩みと共に色褪せた思いのよう。


雪覆う故郷の最後
勇士の帰りを待つ故郷の人々が使っていた時計。その中を流れるのは砂ではなく、溶けない氷の屑のである。

古い砂時計。中には極めて小さい氷晶が入っている。
例え最も激しい寒流でも、時間を凍らせることはできない。

「天降りの寒さは時間さえも凍らせる」
雪に葬た都の間に、こういった噂がある。

勇者が寒風の壁を乗り越えた時、夜遅くに猛吹雪に見舞われた。
日光も月光も突き抜けない蒼白の風。
どんな猛吹雪でも、時間の流れを阻止することはできない。

たとえ都城が氷雪に埋められても。
たとえ英雄そのものが記憶と共に消え去っても。


霜を纏った気骨
寒氷でできたコップ、冬のように堅い。かつての持ち主はそれで不凍の酒を飲んだらしい。

寒冬の中で希望を探してくれる異邦人、
晶氷で彫刻された痛飲用の器。

盃によそわれた酒は氷剣の如く喉を刺す。
普通は遠ざける舌触りだが、沈黙の勇者はそれを気に入っている。

彼は氷のような沈黙の戦士、その身で星々よりの寒風を防ぐ。
守られることに耐えられなかった少女は、憧れの人に告げた。

「臆病と絶望があなたを押し倒して、あなたが二度と戻って来なくなっても…」
「…生き延びるです。私たちと共に滅び、冷たき意思に飲み込まれてはなりません」

別れの酒が口を潤すと、少女の濡れた瞳を避けて、
彼は終わりのない道に辿り、雪境と深淵へ旅立った。


氷雪を踏む音
氷雪を征服すると夢見る古代英雄の冠、寒い冬に直面しても怯まない勇気の証。

英雄は僅か残された雪都の希望を背負い、救いを求めるたびに出る。
冬の冠をかぶって、誇らしげに果て無き風雪へ踏み込んだ。

山城の契約をその背中に、清らかな瞳をその背中に、勇者は一度も氷の外の未知に怯えなかった。
緑で覆われる山々と、天上から降りなくなった祝福が、勇者の進む動力。

「氷封の扉を開き、深淵を回廊を下る」
「銀白の枝を折りて、彼は雪の国に希望をもたらします」

少女が歌で一族を慰めながら、彼の記憶を守った。
いつか暖かな日差しと共に彼が帰ってくると、少女は信じ切る。

しかし、雪に去った勇者が帰郷することはなく、
吹雪に巻き上げた怨みの言葉だけが、彼の逃走を訴えた…

沈淪の心

詳細

金メッキのコサージュ
仄暗い色をしたクロークピン。金色のメッキは既に海風に削り取られてしまった。

海風で色が褪せたコサージュ。
千の風を翔ける男でも、
大事にする飾り物と思い出がある。

副船長と船師を乗せた艨艟が再び出航した。
船師のばかげた望みのため、思い出に眠る故郷のために、
副船長は下手な鼻歌を口ずさんで鯨と波に応える。

「一族の名を捨てた賊人が命取りにきた魔女と流浪(できなかった)」
「一族の名を得られなかった弟はやがて族長となる(だろうか)」

「口に出せない歌詞…真実に背き、幻想を選んだのか」
「全てを失い全てを諦め、全てを受け入れ海に沈む」
「悪くない結末かもしれないな、ハハハハハハ!」


追憶の風
咽び泣く海風と、鮮やかな赤い波が連れてきた羽。長い年月がその形状と色を変えた。

不吉な赤い羽根。死の兆候かもしれない。
ある日、海獣の残骸と共に海岸に打ち上げられた。

不真面目な航海士は瑠月の出身ではなく、灰色の国である貴族の出身だった。
かつては貴族だったと言われていたが、あることで一族に恥をかかせ、追放された。
しかしそれも無稽は伝説である。彼が港に着いたとき、手にあったのは一本の細い剣だけだった。
それ以外に、青宝石色の小さな羽が一つ、古びたマントに飾ってあった。

その後、彼は船師と共に海を渡り、嵐、海獣、そして波と戦った。
かつて青宝石の色をした羽は、真っ赤な血で染められ、大海の塩気が染み込んでいた。

そして最期のとき、
彼は強い酒に覆われていた過去をはっきりと思いだした。
波に流れる砂の下に現れた宝のように…


硬い銅のコンパス
旧式の銅製のコンパス。針は始終、皆との存在しない遥か彼方を示している。

海の男が使う銅色の羅針盤。
波に揺られる一生で、
持ち主の心想を指す。

じだらくな船師はかつてこの羅針盤で巨船を引き、
危険な海域を超克し、巨大な渦潮を征服した。
奔放な笑い声から滲み出た恨みと酒、
死を求める結末で、落魄れた者を導いたこともあった…

「小賊はいずれ絞首台行きだ…お前らの歌はこう歌うよな?」
「居場所さえあれば、魚の餌になっても構わない――」
「船隊に入った時にこの船と契約を結んだじゃないか?」
「その記憶も酒に洗われたのか?ハハハハハ!」
「忘れてなきゃいい。さあ、契約を果たす時だ。」

「ああ、それでいい。もうどうだっていいんだ…」


浮沈の杯
何気なくすくい上げた色あせた酒杯、仄暗い外観は波の底にいた日々について囁いでいる。

少し色落ちした上質な盃、
海淵の砂で磨かれたもの。

上質な盃が航海士の手から滑り落ち、海にほんの少しの水しぶきを立てた。
大量の魚の群れで、光が薄れる海淵で、一体何を経験したのだろう?
静寂で暗い路地で、花壇の柵前で、一体何を経験したのだろう?
金の盃はゆっくりと、海に潜む怪物の夢に、船の上の航海士の夢に沈んでいった…

「この罪はあなたから被せられたもの、この屈辱はいつか必ず返させてもらう」
月明かりが青宝石の眼とまばゆいばかりの傷跡を照らす。
彼の記憶の中にある彼女の顔は、明るくて美しかった。
しかし彼は当時のことを忘れてしまい、悔しさだけが残った。

「ところで、過去を忘れるのはこれで何回目だろう…」

「過去のことを言ったってどうにもならないだろ!」
「すべての死は無駄であり、救いはないのだから。」


酒に漬けた帽子
旧式の船長帽、今でも抜けきらない酒の匂いが纏わり付き、酒の痕跡があちこちに染みついている。

強い酒の匂いがする三角帽子、
その形はかつての持ち主を象徴する。

裂けに溺れる副船長は終日酔っぱらったままにいる。
その身に酒臭が染み込み、口からは千切れた記憶が囁かれていた。
だが船師はちっとも気にせず、ただ微笑む。依然として彼に重任を任せた。

「だって俺らは皆、なんもねぇ奴らだからな。ハハハハハ!」

「酒がしみついた帽子は嵐に巻き上げられ、千波万波に飲み込まれ」
「やがて故郷を失う者は、無欲の争いを続け」
「追憶の海で無くなった物を、彼らは深邃の海で取り戻そうとする」

「風もよし、海もよし。とうとう見つけた。」
「夢の中でさえ俺らを食いつく獣…」
「今こそ敵討ちの時、帆を上げろ!」

千岩牢固

詳細

偉勲の花
金箔で作られた精巧な花。所有者の功績と栄誉を象徴している。

遥か昔、層岩巨淵に星が落ちた。
星の鉄が夜空に降り注ぎ、土を晶砂に変えた。

人の命は有限であるが、帝君は千岩軍に鉱脈守護の責務を託した。
アビスは急流のように噴出し、千岩軍は民を避難させた。
鉱夫たちに伝わる逸話では、層岩巨淵に残った兵士たちは、
無名の夜叉と共に戦い、岩々の間で最期を迎えたという。

山や川が年々変わり、死した凡人と夜叉の名前も忘れられたが、
彼らの名誉が忘れられることはない。この金箔の花のように、彼らは永遠に輝き続ける。
災いから五百年が経った今、港は安定した平和を保っている。
兵士たちが誇らしげに身に着けている金色の花は、先祖たちの高貴なる犠牲の証である。


昭武の羽根
式典の際に着用し、外国からの訪問者に威厳を示す羽毛。

空高く舞い上がる猛禽類の羽は、武道の象徴として千岩軍が着用している。
この羽毛は、外国からの訪問者に威厳を示すために、式典の際にのみ着用される。

伝説によると、千岩軍が儀式の際に着用する羽毛は、もともと無名の夜叉から来たものであった。
夜叉がアビスの手先と戦ったときに散らばった羽が、希望の象徴と見なされるようになった。
勇敢な夜叉と恐れを知らない凡人たちは暗いアビスの底で眠りに落ちた。
帝君はそれらの犠牲を胸に、山や岩のせせらぎの中、長い間沈黙した。
層岩巨淵を守る無名の夜叉は、帝君から命じられたものではなかったという噂がある。
長年の罪を贖うため、そしてかつて臆病が故に逃げた自分への戒めとして。

真実がどうであれ、かつて空高く舞い上がっていた夜叉は、今や自在な雲となった。
深淵の奥深くに眠る兵士たちは、神話の中に存在し続けるだろう。


金銅の日時計
素朴な見た目の計時器。戦争の時代、千岩軍の標準装備だった。

太陽と月の光で動く不動の時計は、最も暗い日でも光線を捉えることが出来る。
璃月が黒き悪意に脅かされた時、この時計は戦士たちに白昼の温かみを思い出させた。

夜叉と並んで戦う兵士たちは、業障から逃げることができなかった。
業障に飲み込まるまでの時間を掌握するため、千岩兵士たちはその時計で黙々と時間を計った。
統一された歩調と規律で、前方の兵士と後方の兵士を交代させていった。
この交戦は深淵の奥深く、夜叉と勇敢な兵士たちは共に倒れた地まで続いていた。

百年後、この時計は鉱夫により発掘された。星光に輝く光沢を放ちながら。
うわさによると、黒いローブを着たコレクターが市場を歩き、この時計を高値で買い取ったという。
売り手はその理由を探ろうとしたが、巧みな口頭トリックによって質問をそらされた。
その物の目的がなんなのか、おそらく時間だけが満足のいく答えを提供できるだろう。


誓いの金杯
千岩軍が誓いの時に使う黄金の杯。酒の香が少し残っている。

千岩軍が創立された頃、璃月の地はまだ荒涼としていた。
町、村、部族の長老は黄金の杯を以って互いと契約を交わした。
岩王帝君に忠誠を誓い、民を守る責を担う、
各地より軍に選抜された者は、千岩と呼ばれる。

夜叉と共に戦い、黄金の杯で美酒を飲んだ。
岩王と最後の一杯を交わし、アビスに突入した。
数百年後、うぬぼれた冒険者はアビスからその杯を取り、綺麗に洗った。
黄金の杯は百年もの間、腐植することなく漆黒にも染まらなかった。

数百年後、璃月人が再び災いの過去と無名の夜叉について語った時、
様々な場所から来た英雄がいかにして団結し、アビスと戦ったか...
この黄金の杯がどのようにして血に染まったのか、語らずにはいられない。


将帥の兜
古きから伝わる華麗な兜。埃を拭き取ると新品同様に明るく光る。

名前も残さなかった夜叉と共に戦った指揮官、
同胞たちを守るために共に死を選んだ。
苦しむ民を安全に避難させ、帝君の期待に応えるために、
兜を被った指揮官たちはアビスに長槍を突き刺した。

災害が琉璃の地に降臨し、過去の敵が泉のように湧いた。
帝君の命により、夜叉はアビスと戦った。
最後の一滴の血が大地に染み込み、穢れたものがすべて浄化されるまで戦いは続いた。
アビスが退いていくにつれ、琉璃の沙は光沢を取り戻した。

層岩巨淵に覆いかぶさった漆黒は取り除かれ、夜叉は失踪した。
戦場に兜を残した指揮官と兵士は、その地で永遠に眠った。

蒼白の炎

詳細

無垢の花
決して枯れず色褪せない、青くて硬い造花。

「貴様は実に不思議な存在だ。人間の体で、それほどまでの力を背負うとは。」
「涙と血はもう流し尽くしたと言っていたが、炎で体を満たしただけであろう・・・」
「満身創痍になろうと、傷口と両目から流れるのは灼熱の炎のみ。」
「話が逸れたな。私が狼煙をたよりにここへ来たのは、貴様と交渉するためだ・・・」
「我らが『陛下』 の恩恵で貴様の炎を飲み込もう。どうだ?」

一人目の愚者は命の炎が尽き果てようとする少女に「力」を授けた、
少女は「妄念」を通して穢れた過去と無垢な未来の境界を見た・・・

消え去った私の過去を堅氷で満たし、燃え続ける炎を消そう。
漆黒の闇、世界の痛み、人と獣の罪、それらすべてを沈黙の氷で浄化しよう。

それでも、蒼白で無垢なる炎は彼女の心の中で燃え続けていた・・・

「私とあんた、それにあんたの女皇とは、目的が一致している。」
「愚かな神々、漆黒のアビス―それら世界の歪みを生み出す根源を浄化する。」
「いいでしょう。その目的を実現するためなら、何をしてもかまわないわ。」
「だって私、白衣を着ていても、もうとっくに洗い落とせないほど死骸の油と灰に染まっているもの。」


良医の羽
非常に鋭いふちを持つ不吉な羽。異類の不羈を象徴しているのかもしれない。

「『人』とは、複雑なだけの機械に過ぎない。」
英知の畑で、ある少年はそう語った。
部位を取り外し、変更を加えれば、
その機械の性能は大幅な上昇を得る。
神の目、体格、武力に関係なく、
「最適化された人間」は常識を超えた力を持つだろう・・・

たとえ「外道」と蔑まれ、賢者の輪から永久に追放されたとしても、
少年は研究ノートの端に 自身の感想を書いた。
I.予想通り、教令院のやり方では、研究に突破口は開けない。
II.しかし、追放されたのは損失だ。良い研究環境がなくては。

「異端」のうわさを辿り、一人目の愚者は彼を見つけた・・・

「『最適化された人間』か―貴国が十分な物資と時間を提供してくれるのなら、我
は貴様たちが『神』と呼ぶものさえ作ることができる。どうだ?」
沙金が流れるような暑く眩い砂漠の中で、彼は冬国の使節に尋ねた。
お前も教令院の人たちみたいに俺を「怪物」や「狂人」と呼ぶのか。
それとも故郷の人たちみたいに、俺を追い払うのか・・・

しかし・・・
「よかろう。では、今から貴様は我らの仲間だ。」
「貴様の名は、そうだな―」
自身に付けられた名があまりにも皮肉めいたものであったため、少年は大声を上げ
て笑わずにはいられなかった。


停頓の時
ふたが開かない懐中時計。時間の経過と同時に、しっかりカチコチと音を立てる。

金銭が流通する軌跡は、世界の静脈を構成する。
ならば世界の中心とは、黄金の心臓とも言えよう。

認められることのない彼は、俗世の力を追求するしかない。
しかし、「彼ら」にとってなんの意味もない金銭も、
無数にある権能の一つとして、「神」の手中に収まっている。

もしかすれば、彼がかつて貧しかったが故に、金銭に対して病的なまでに執着して
いるのかもしれない。
もしくは、神の支持を得られなかったが故に、対抗の意志を燃やした・・・

「金貨発祥の地の人々は、『契約』を重んじる。」
「金銭の名のもとに、 『契約』 を守ろう―」
「すべての手段を使い、世界を流通する金の心臓になる。」
「そして必要な時に、自らの意志でその心臓を止めるだけだ。」


超越の盃
何年もの歳月を経たか見た目からは全く見当がつかない精巧な盃。

誕生の時すでに至高の美を有していた「彼」は、
長い「時間」と空っぽの「意志」を持つ運命にあった。

神が創造した超越者であるにもかかわらず、役立たずとして捨てられた。
未知なるエラーで「休眠」から目覚め、
天地と凡人の世界を渡り歩いた。

愚者が彼を見つけるまで、彼は数え切れないほどの年月の漂流から、
こんな経験を会得した。

僕はすべての人間を越える「人間」、
神でさえも僕の運命に干渉できない。
人も神も運命も僕を裁く権利はない。
どのように残りの寿命を過ごすかは、僕の自由だ。

仮面を被る彼らと一緒に行動するのは面白そうだ、
その仲間になってもいいだろう。


嘲笑の面
誰にも表情がわからないように顔を隠すことができるマスク。

同胞の身に染まった血が洗い流せないのなら、運命を嘲笑する「道化」を演じよう
才と学が「賢者」に及ばず、先代王者の支持も得られず、
深くに眠った罪を掘り返し、神の怒りと破壊を招く彼らを阻止できなかった。
ならばいっそのこと不器用な「道化」となり、我の苦痛を理解する「陛下」に忠誠を誓おう・・・

我が名は「道化」のピエロ―

誇り高き愚人どもよ、怒りの炎と永遠の冷気を心に抱け。
我ら世界定理の不条理と無常を知見せし者、
世界を嘲笑う面を被り、天理を書き換えようではないか。

追憶のしめ縄

詳細

羈絆の花
精巧な水引お守り。願いを叶える力を秘めているとの噂。

「水引」という結び方をしたお守り。
願いと縁を固く結ぶことができるという。

何でも知っている狐様に師事し、神社の事務を勉強した。
あの頃の私は、小さな漁村から鳴神に来た幼い巫女だった。
茶筅よりも鈍く、子供っぽいわがままや好奇心も抱いていた。
斎宮様の優雅で回りくどい言葉に、いつも無邪気な疑念を持っていた。

「物事は絆で結ばれ、故に実の中から希う幻が生まれる」
「お守りに願いを実現する力はない。でも、絆の力で、それを永遠にできる」

私が茫然としている様を見て、狐様は耐えきれない様子で笑った。
楽しそうに煙管で私の頭を軽く叩き、すぐさま話題を変えた。

「響ちゃんも、因縁の人と出会ったんだね?」

「あんな野蛮人と因縁なんてありません!」

「あら、そうかしら?」

そして闇夜がすべてを呑み込んだ。
因縁とやらも、失われてしまった。


憶念の矢
少し古い仕様の破魔矢。何者かによって大切に保管されているようだ。

神社が魔除けに用いる破魔の矢。
すべての心の魔を祓えるという。

破魔の矢は邪悪なものを祓うと人々は言う。しかし邪悪とは客観的なものではない。
邪悪は人の心から生まれる。恐怖に怯え、冷たくなった心から生まれる。
斎宮様が去って久しい。私ももう鳴神大社の見習い巫女ではなくなった。
あの空の煙管を握るたび、空虚と痛みが私を雁字搦めにする。

想う人ができて、想わずにはいられない人を失っても、時は待ってくれない。
狐様の白い姿が漆黒の深淵へ静かに沈んでいく様は、巫女の夢に深く刻み込まれたまま。
大天狗様も、守れなかった自責の念で、光代を一人残して、自分を追放した。
晴之介も悲しみの余り国を出て、長正は御輿の汚名を濯ぐために幕府に入った。
杜で私に弓術を教え、緋色の櫻の下で私の幼い約束を聞いてくれた男は、
いずれ私の元へ帰ってくるだろう。飛び散った血が彼の目を覆っても、漆黒な穢れが彼を化け物にしても……

私たちの弓矢で彼を救って、失うことが定められた約束を終わらせて。
私たちの弓矢で魔物を滅ぼして、無駄な懸想も執着も祓って。

「会いに来て、賭け事ばかりするお馬鹿さん」
「もう迷わないで、昆布丸」

でも、最後の賭けは、一体誰か*勝ったのだろう……
そんなどうでも良いことを考えながら、彼女は綺麗な弓を撫でた。


朝露の時
水引と鈴で装飾された銅の懐中時計。時は、ある秋の夜明けに永遠に止まっているようだ。

雅な懐中時計。神社の鈴が飾られている。
時計の針は永遠に朝露が消えぬ時に止まってしまった。

空が白む頃、朝露は草葉になってまた消える。
万華鏡のように綺麗な景色も、瞬く間に消えゆく。

秋の夜の坂道で、私は斎宮様とともにセミの声を聞き、月を眺めていた。
あの頃の私は幼く、わからず屋な、田舎からきた巫女だった。
うるさい雀のように、自分の見解ばかり語っていた。
狐様の笑みに見惚れても、彼女の言葉を理解できなかった。

「刹那の美を永遠に留めておきたいのは、朝露を手に握りしめようとするのと同じ」
「私は朝露のように消えゆく。君の抱く私の印象は、残留した願いでしかない」

薄れた記憶の中、彼女は難しい言葉を話しながら、とても悲しい顔をしていた。私は呆然とした……
それもつかの間。彼女は煙管で私の頭をコンコンと叩いて、いつも通りのからかう色で言った。

「夜が明けるわ、響ちゃん」
「そろそろ帰ろうか」


祈望の心
特製のおみくじ筒。底面には、望ましくないくじを簡単に取り除くことができるからくりが組み込まれている。

神社で吉凶を占うためのみくじ筒。
狐が与えた運気をまとっているという。

占いは迷人の問いであるため、吉凶問わず、先に進めるための回答になる。
平たく言えば、この世に迷いを持って問う者がいても、不確かな占い結果は存在しない。
神社で学んだ時間はとても大切だった。私でさえも狐様の言い回しができるようになった。
その間、人間味のなかった影向天狗様が娘を授かった。
お馬鹿な昆布丸も、将軍殿下の旗本になり、武家の女の子を娶るそうだ……

「かわいい子。殺伐としていた天狗様も、少しは母親の自覚を持てるようになったのね……」
「しかし……神社に子供の生気が足りないわ。これはいけない。響ちゃん、子供に戻ってくれない?」

いつものように、狐様は大げさな冗談を言って、緋櫻酒の酒気を帯びて顔を近づけてくる。

「そんな仏頂面しないでよ、響ちゃん。斎宮様が占ってあげようか?」
「アハ、大吉よ!ほら、大吉!どういう意味か知ってる?」
「凶のくじを全部抜き取ったからでしょう。からかわないでください、斎宮様……」
「いいえ……このくじは、君が恋する人は、君の永遠の記憶になれる、という意味だよ」

だから強く生きて、これからずっと。
大切な人が皆逝ってしまっても、君が生きていれば、
その人たちと過ごした日々は永遠に消えたりしない……


無常の面
丁寧に保存された儀式用の狐面。常に奇怪な微笑みを浮かべている。

雅な祭りのお面。とある神子のものだった。
口角に淡い笑みを浮かべても、その目に光はない。

大社でのお務めも少し慣れてきた。
私も小さい頃みたいに鈍くなくなって、一人前になった。
でもどうしてだろう、私が成長すればするほど、斎宮様の面影に翳がさす。
そのお顔にあるのは憂いでも、恐怖でもない。 深い深い悲しみと名残惜しさだ……

「この世は無常。消えゆくものに恋しても、永遠の記憶を失うだろう」
「記憶を失うことは、命を失うに等しい。長く、暗い死だ」

今度は、薄い笑みも隠せない悲しい表情。
お祭りの日なのに、まるで別れを告げようとしているかのよう……

「そうだ、あのお馬鹿な昆布丸の話をしておくれ……」
「なんだ、私が彼を横取りするとでも?」

絶縁の旗印

詳細

威厳の鍔
将軍を裏切った鬼人が、かつて授かった美しい鍔。

母が恩のある、宝刀を授けてくれた将軍に牙を向いた。
御輿家に戻ってきたのは、彼女が愛した鐔だけだった。

母の悲願は、熱き血潮を持って生と死の運命に打ち勝つこと。
減り続ける同族のために、戦鬼の名で不朽の功績を残すこと。
漆黒の罪の虎に呑まれれば、口の中から猛獣を切り裂く。

雷の三つ巴の旗のもとで武勲を挙げ、
血に染まった十二単を濯ぐはずだった。
しかし、彼女の強く鼓動する心とともに、永遠に黒く染まってしまった……

家督を継ぐはずだった長子は城外に隠居し、
影向山の林に入り浸った。彼はそこで、少女に出会った……

「鬱陶しいわね。そんなに過去を捨てたいなら、私が新しい名前をつけてあげる」
彼の過去を聞いた黒き翼を持つ彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「岩蔵にしよう。磐座のことだよ。人の言葉に左右されない物」
「鬼の血を継ぐ人間、喜べよ。さあ、笑え」
「影向の天狗がつけた名には、神通力がある」
「それに、石の名前は、脳筋な君にぴったりでしょ」

「じゃあ、来年櫻が舞う頃、またここで戦おう、『岩蔵』」
「鬼の子よ、しっかり鍛錬しなさいよ。影向の天狗の相手に相応しい人間になりな」
「そうだ、私に触れることができたら、その剣を『天狗抄』と呼ぶことを許す」
「だってその時、君は『天狗にも勝てる剣術』の使い手だから」


切落の羽
ある天狗の所有物であった黒羽。昔の剣豪が秘蔵していた記念品。

剣による風圧で散った黒い羽が舞う中、剣豪になる人間が、
遂に長年触れることのできなかった天狗の少女を捕まえた……

「いやはや、危なかった。さすがだね」
「剣が君の力に耐えきれなかったのね」
「そうでなかったら、私は死んでいただろう。さて……」

光代、来年の決闘は、場所を変えるか?
緋色の櫻が舞う場所なら、いつくか*知っているのだが……
自分が壊した社を見回し、天狗の震える手を握りながら、
切り落した黒い羽を見つめて、道啓はそう言おうとした。

「私に触れたのだから、君の勝ちだね」

勝負はまだ決まっていない、来年また会おう。そう言おうとした。

「君の剣は天狗よりも速くなった」
「十三年間、君と戦う日々を、私はずっと忘れない」
「でも私は影向の天狗だ。一族を背負わなければならない」
「当初君の名を変えたのは、君を鬼の血の呪いから解放したかったから」
「人ならざるものの血筋は、あの戦の後、どんどん薄れてきている」
「まあ、私たち人ならざるものは、人並みの幸せを求めてはいけない。でも君は違う」
「今の君は『岩蔵』、鬼の血を背負う御輿ではない」

「じゃあ、さようなら、道啓。私を忘れて。そして君の剣で」
「岩蔵の血筋のために、岩蔵のためだけの道を切り拓いて」


雷雲の印籠
黒色の細緻な印籠。光り輝く螺鈿と精巧な金物が装飾されている。

遥か過去、セイライ島がまだ雷雲に覆われていなかった頃の記憶を呼び覚ます。
雷鳴を閉じ込めた容器は、約束した人に渡せなかった。

「糸が切れたから、また私のところに来たの……まったくしょうがない奴だ」
「剣術がなかったら、ただの間抜けな博打打ちのおっさんだろ」

「ふん、俺をなめるなよ。俺の弓もすごいんだぜ、天狗に教わったんだ」
「俺の剣術が凄すぎたから、皆弓のことを口しなかっただけで」
「よく考えたら、もったいないことをしたな。せっかくだから、弓術を教えてやるよ」

いつか、憎まれ口を叩きながら、あの馬鹿のために切れた籠を直した。
いつか、憎まれ口を叩きながらも、笑みを浮かべていた。

「旗本になったのに、責任を負う立場なのに、なんでいつも喧嘩ばっかりなの?」
「家を持ったのに、かわいい妻がいるのに、なんでいつまでも遊んでばかり、賭け事ばかりするの?」

だって……
ついぞ口にできなかった質問を、投げないことにした。
斎宮様がここにいたら、気軽に言えたのかもしれないね……

「そんなのどうでもいいんだよ。今日は休みだ、勝手に決めたけど」
「神社の仕事を置いて、海へ行こうぜ。お前の小さい頃のように」

そうやって彼に港に連れて行かれ、行き交う船をぼうと眺めた。
神社のあの光代が、いかに師匠の美貌と武芸を継いだのかを聞かされ、
彼が見た自分の首を斬り落とした悪夢の話を聞かされ……
二人ともわかっていた。言葉で取り戻せない悲しみを誤魔化しているだけだと。

その後、ずっと、ずっと後の話。
苔むした石と、二人が密会した港を見下ろし……
あの博打打ちがもう一度勝てるように、彼の無事を祈るように……
再び危険を冒して高いところに立ち、手作りの籠を高く掲げた。
記憶の中の希望を取り戻せるように、稲妻の力を集めた。


緋花の壺
精巧な酒壺。かつて、名が轟く武人の酒用の器だった。

我流の秘剣「天狗抄」で、岩蔵道啓は九条家の剣術指南役になった。
「道胤」の号を授かり、自身の剣術流派を作り上げた。一時期門下生が絶えなかったという。
九条の屋敷に就任する前に、道啓はすでに酒を嗜んでいた。
最後に、秘剣「天狗抄」の完成で廃墟となった社に踏み入れた。
十三年の間、何度も影向の天狗と真剣勝負をした場所で、
ここで「影向の光代」と名乗った黒い翼の天狗と出会った時のことを思い出した。

夢のような十三年
櫻吹雪のように舞い
気が付いたら、君がいない

あの頃の神櫻も雪のように舞い降りた。
社も祀る神がいないだけで、建物は健在だった。
泉のような軽快な笑い声が谷間に響いた。
だが、廃墟となった庭に、二人は二度と戻らないだろう。


華飾の兜
高貴な武士が着用していた、頑丈で硬い兜。

「道胤公の秘剣は、雷光をも断ち切れそうだな、ハハハ」
刀を納めると、若き勘定頭の弘嗣のからかう一言に、抑揚のない声で返事をした。
「そんなことはありません。精々空を飛ぶ天狗を切り落とせるくらいでしょう」
「まあ、天狗を切り落とすなんて、一度もしたことはありませんけど」

「そうなのか?なら、秘剣『天狗抄』の名はどうやってついたのか?」
道胤が答えないのを見て、離島を立ち上げた勘定頭は残念そうに言った。
「九条のおやじに先を越されたな。君が欲しかった」
「君の剣の腕があれば、セイライの赤穂百目鬼も敵じゃないだろう……」

雲を裂くように、彼に新しい名を与え、新しい命をくれた、
錆だらけの刀を渡して、自分を斬ってみせよと言ったあの天狗が、
彼の刀が折れた時、最後に言った言葉は……

華館夢醒形骸記

詳細

Ver3.3での放浪者の実装に伴いテキスト変更。
栄花の期
六枚の花びらを模した小さな金の飾り。枯れることのないその姿は、世の儚い栄華を知り尽くしているようだ。

夢で見たのは、月明かりの下で歌に合わせて踊り出した幻影。
まるで遠い昔の白紙のような少年である。
また、恨みや苦しみがすべて解消された後、
最終的に脆くて壊れやすい、単純な自我が表面に出る。

浮浪人は自分が夢を見る能力を持っていることが知らない。
これは単なる学者たちの子供騙しと思い込み、
あるいは、かつての心臓の些細な抵抗だったのかもしれない。

「かつて、あなたは憧れの『心』を手に入れた。」
「しかし、それは嘘やごまかしのための道具に過ぎない。」
「だが今は、あなたがやっと自分だけの物を手に入れる。」
「この偽りの結合の体も、日の目を見る権力を得られる。」

「しかし、これらはただのえいがのゆめ。」
「やがて、大地の苦しみの嘆きの中に散っていく…」
これを言ったのが、未来の自分なのか、それとも過去の自分なのか分からない。
浮浪人はそれを全く気にしていない。いずれにせよ、夢から覚めた時、
消えていくのは自分ではなく、縹渺たる未来である。


華館の羽
俗世間より切り離されし館から持ち出された矢羽状の物証。作り手の憐憫により、眠りについたある亡き骸と共に館へと置かれた。

長年放浪してきた傾奇者は、もうそのことを思い出さないだろう。
しかし目を閉じると、たたら砂の月夜や炉火が見える。
若く、心優しい副官が言った。
「この金の飾りは、将軍から授かった身分の証である。」
「世を渡り歩く時、やむを得ない場合を除き、」
「身分を決して他人に明かしてはならない。」
剛直な目付は言った。
「この金の飾りは、将軍から授かった身分の証。
だが、あなたは人間でも器物でもない。
このような処遇となり心苦しいが、どうか恨まないでいただきたい!」

昨日を捨てた傾奇者は、もうそのことを思い出しはしないだろう。
しかし耳を塞いでも、その時の豪雨や嵐は聞こえてくる。
期待に満ちた目をした者が言った。
「この金の飾りは、将軍から授かった身分の証である。」
「きっと人々を苦しみから解放できるだろう。」

美しくて活気がある巫女が言った。
「この金の飾りは、将軍から授かった身分の証である。」
「将軍は決してあなたを見捨てない。」
「私も最善を尽くし、即刻の救援を手配する…」

…しかし、金色の矢羽はやがて埃に埋もれ、
すべての物語も業火に焼き尽くされ、消えてしまった。


衆生の歌
稲妻にとって舶来の小物。芯部は既に取り外されており、針も回っていない。

彼は最初、「心」の容器として生まれた。
しかし、夢の中で涙がこぼれた。
創造者は認めたくなかったが、それに気づいてしまったのだ。
彼は器物としても人間としても、あまりにも脆いと。

彼を破壊できずに躊躇した創造者は、そのまま眠らせることにした。
それ以降、彼女は作品に心臓を収納するという設計を諦めた。
それからすぐ、世間でもっとも高貴で尊い「証」が、
置き場所がないために、影向山の大社へと運ばれた。

その後、美しい人形が目を覚まし、放浪を始めた。
彼は、様々な心を見てきた。
善良なもの、誠実なもの、毅然としたもの、温和なもの…
人形も、心臓を欲しがった。

そして美しい人形はついに、その「心」を手に入れた。
それは彼の誕生の意味であり、存在の目的でもある。
しかし、それは人形が本当に望んでいた物ではなかった。
なぜなら、それには祝福が一切含まれていない。
ただ友好的な外見に包まれた、
自分勝手で、偽善的で、狡猾で、呪いに満ちた供物。

善と悪、すべてが衆生の物語、無用なものでありながら騒々しい。
しかし、この「心」を掘り出せば、
もう何も感じられなくなる…


夢醒の瓢箪
黒漆と金粉で彩られたひょうたん。本来どのような色だったのかは、もはや知るすべはない。主に演劇の小道具として使われていたようだ。

天目、経津、一心、百目、千手、
それは、かつて「雷電五箇伝」と呼ばれたもの。
しかし、今は「天目」だけが伝承されている。
「一心」にも、かろうじて後継者はいた。
民衆の考えでは、これらは単に時間の流れが招いた必然の結果。
突如として訪れた衰退に、何か秘密が隠されているなど思いもしなかった。

放浪者は決して認めない、
自分が成したことは、刀職人への復讐のためであったと。
そして当然、これも口にはしないだろう、
計画も半ばのところで、急に興が乗らなくなってしまったことを。
彼は、ある学者から習ったような口調でこう言った。
「すべては、人間の本質を知るための小さな実験に過ぎない。」

稲妻の伝統的な芝居には、「国崩」と呼ばれる登場人物がいる。
彼らは通常、国を盗むことを目的とし、悪事を働く者。
放浪の果てに、彼は自らの意志でこの名前を選んだ。
そして、それまで使ってきた名は、今はもう自分でさえ覚えていない。

稲妻の伝統的な芝居は、三つの幕の名前を繋げ、それを芝居の題目にすることが多い。
例えば『菫染』『山月』『虎牙鑑』の三幕であれば、
『菫染山月虎牙鑑』の一つにまとめられる。
もしかしたら、この形骸が経験してきたことが、
いつか人間のあいだで語られる物語となり、地脈の遥かな記憶となるのかもしれない。
ただ今は、彼の第三幕がまだ語られている最中だ。


形骸の笠
かつて流浪者を日の光や雨から守った笠。後に顔や表情を隠すのに役立つ道具となった。

「放浪者、放浪者、どこ行くの?」
放浪する少年は子供の声を聴いて立ち止まった。
彼はたたら砂の労働者の子供、病気をしていても、澄んだ目をしていた。
少年は子供に、自分がどうしても稲妻城へ行かなければっと言った。
「しかし、今は大雨だし、この前出た人たちは誰も戻っていないって彼らが言ってた!」
少年は口を開き、何か言おうとしたが、結局微笑みしかできなかった。
彼が再びこの島に足を踏み入れた時、子供の姿はすでに消えた。

「稲妻人、どこへ行く?これはあんたが乗れる船じゃないんだぞ!」
放浪する少年は港の船夫に止められた。
ちょうど少年が抜刀する直前、同行する男が彼を抑えた。
男は船夫に、この異国の少年は自分と同行することを伝えた。
「閣下の客人ということですね、これは失礼しました。」
男が防寒の上着を少年に渡したが、少年は首を横に振った。
彼はただ、今回の旅でどんな面白いことが見られるのかを知りたがっているだけ。

「執行官様、どちらへ行くのですか?」
少年は騒がしい人間が大嫌いのため、部下の顔を殴った。
しかし、少年は怯えた無力な人間を観察することを何よりも楽しんでいた。
この愚かな部下が彼のそばにいられるのも、部下の表情の豊かさが原因だろう。
彼は震えながら地面に跪く人に、今回は東方向のモンドへ行くっと言った。
「かしこまりました。直属護衛たちに準備をするように!」
護衛なんて必要はないが、彼はもう馬鹿者と話す気がなかった。
彼は再び放浪の笠を被り、一人で東へ向かった。

「少年よ、どこへ行くのじゃあ?」
帰国の少年は道端で婆に声をかけられた。
西へ向う準備をしているって婆に伝えた。
「ヤシオリ島へ行くのか、何しに行くんじゃあ?」
婆は深く考えていない、ただ最近はどこも物騒だった。
少年は、「人との約束があるから」と言って、心からの笑顔で彼女の気遣いに感謝した。
船はゆっくりと停泊し、岸辺には異国の服装をしている女性が立っている。
彼女は、少年に向かって、小さな水晶玉を投げつけた。
少年は簡単に水晶玉をキャッチし、血に染まったような太陽に向けた。

Ver3.2以前

栄花の期
六枚の花びらを模した小さな金の飾り。枯れることのないその姿は、世の儚い栄華を知り尽くしているようだ。

夢で見たのは、月明かりの下で歌に合わせて踊り出した幻影。
まるで遠い昔の白紙のような少年である。
また、恨みや苦しみがすべて解消された後、
最終的に脆くて壊れやすい、単純な自我が表面に出る。

浮浪人は自分が夢を見る能力を持っていることが知らない。
これは単なる学者たちの子供騙しと思い込み、
あるいは、かつての心臓の些細な抵抗だったのかもしれない。

「かつて、あなたは憧れの『心』を手に入れた。」
「しかし、それは嘘やごまかしのための道具に過ぎない。」
「だが今は、あなたがやっと自分だけの物を手に入れる。」
「この偽りの結合の体も、日の目を見る権力を得られる。」

「しかし、これらはただのえいがのゆめ。」
「やがて、大地の苦しみの嘆きの中に散っていく...」
これを言ったのが、未来の自分なのか、それとも過去の自分なのか分からない。
浮浪人はそれを全く気にしていない。いずれにせよ、夢から覚めた時、
消えていくのは自分ではなく、縹渺たる未来である。


華館の羽
俗世間より切り離されし館から持ち出された矢羽状の物証。作り手の憐憫により、眠りについたある亡き骸と共に館へと置かれた。

長年流浪してきた傾奇者は、もうそれのことを思い出さないだろう。
しかし目を閉じても、たたら砂の月夜や炉火が見える。
若くて心優しい副官が言った。
「この金の飾りは将軍から授かれた身分の証である。」
「世を渡り歩く時、やむを得ない場合を除く、」
「自分の身分を決して他人に明かさないこと。」
剛直である目付が言った。
「この金の飾りは将軍から授かれた身分の証である。
しかし、あなたは人間でも器物でもない。
このような処罰を与えるしかないが、どうか恨まないで欲しい!」

昨日を捨てた傾奇者は、もうそれのことを思い出さないだろう。
しかし、耳を塞いでいても、その時の豪雨や嵐が聞こえてくる。
期待に満ちた目が言った。
「この金の飾りは将軍から授かれた身分の証である。」
「きっと人々を苦しみから解放できるだろう。」

美しくて活気がある巫女が言った。
「この金の飾りは将軍から授かれた身分の証である。」
「将軍は決してあなたを見捨てない。」
「私も最善を尽くし、即刻の救援を手配する…」

…しかし、金色の矢羽はやがて埃に埋もれ、
すべての物語も業火に焼き尽くされ、消えてしまった。


衆生の歌
稲妻にとって舶来の小物。芯部は既に取り外されており、針も回っていない。

彼は最初、「心」の容器として生まれた。
しかし、夢の中で涙がこぼれた。
創造者は認めたくないが、それを気づいた。
彼は器物としても人間としても、あまりにも脆いこと。

創造者は、彼を破壊することに忍びない、そのまま眠り続けさせた。
彼女のそれ以来の作品は、心臓を収納する設計を諦めた。
その直後、世間で最も高貴で尊い「証」が、
置き場所がないため、影向山にある大社に送られた。

その後、美しい人形が目を覚まし、流浪を始めた。
彼は様々な心を見てきた。
善良なもの、真面目なもの、毅然としたもの、柔らかなもの…
人形にも、心臓を欲しがっていた。

そして、美しい人形がやっと、その「心」を手に入れた。
それは彼の誕生の意味であり、存在の目的である。
しかし、それは人形が本当に望んでいる物ではなかった。
なぜなら、それは祝福が一切含まれていない、
ただ友好的な外見に包まれた、
自分勝手で、偽善、狡猾、呪いが満ちた供物。

善と悪、全てが衆生の物語、無用でありながら騒がしい。
しかし、この「心」を掘り出せば、
もう何も感じられなくなる…


夢醒の瓢箪
黒漆と金粉で彩られたひょうたん。本来どのような色だったのかは、もはや知るすべはない。主に演劇の小道具として使われていたようだ。

天目、経津、一心、百目、千手、
それは、かつて「雷電五箇伝」と呼ばれたもの。
しかし、今は「天目」だけが伝承されている。
「一心」にも、かろうじて後継者はいた。
民衆の考えでは、これらは単に時間の流れが招いた必然の結果。
突如として訪れた衰退に、何か秘密が隠されているなど思いもしなかった。

流浪者は決して認めない、
自分が成したことは、刀職人への復讐のためであったと。
そして当然、これも口にはしないだろう、
計画も半ばのところで、急に興が乗らなくなってしまったことを。
彼はある学者から習ったような口調でこう言った。
「すべては、人間の本質を知るための小さいな実験に過ぎない。」

稲妻の伝統的な芝居には、「国崩」と呼ばれるキャラクターがいた。
彼らは通常、国を盗むことを目的とし、悪事を働く者。
流浪の果てに、彼は自らの意志でこの名前を選んだ。
そして、それまで使ってきた名は、今はもう自分さえ覚えていない。

稲妻の伝統的な芝居は、三つの幕の名前をつなげて芝居の演目にすることが多い。
例えば『菫染』『山月』『虎牙鑑』の三幕は、
『董染山月虎牙鑑』の一つにまとめられる。
もしかしたら、この形骸が経験してきたことが、
いつか人間のあいだで語る物語となり、地脈の遥かな記憶になるのかもしれない。
ただ今は、彼の第三幕がまだ語られている最中だ。


形骸の笠
かつて流浪者を日の光や雨から守った笠。後に顔や表情を隠すのに役立つ道具となった。

「流浪者、流浪者、どこ行くの?」
流浪の少年は子供の声を聴いて立ち止まった。
彼はたたら砂の労働者の子供、病気をしていても、澄んだ目をしていた。
少年は子供に、自分がどうしても稲妻城へ行かなければっと言った。
「しかし、今は大雨だし、この前出た人たちは誰も戻っていないって彼らが言ってた!」
少年は口を開き、何か言おうとしたが、結局微笑みしかできなかった。
彼が再びこの島に足を踏み入れた時、子供の姿はすでに消えた。

「稲妻人、どこへ行く?これはあんたが乗れる船じゃないんだぞ!」
流浪の少年は港の船夫に止められた。
ちょうど少年が抜刀する直前、同行する男が彼を抑えた。
男は船夫に、この異国の少年は自分と同行することを伝えた。
「閣下の客人ということですね、これは失礼しました。」
男が防寒の上着を少年に渡したが、少年は首を横に振った。
彼はただ、今回の旅でどんな面白いことが見られるのかを知りたがっているだけ。

「執行官様、どちらへ行くのですか!」
少年は騒がしい人間が大嫌いのため、部下の顔を殴った。
しかし、少年は怯えた無力な人間を観察することを何よりも楽しんでいた。
この愚かな部下が彼のそばにいられるのも、部下の表情の豊かさが原因だろう。
彼は震えながら地面に跪く人に、今回は東方向のモンドへ行くっと言った。
「かしこまりました。直属護衛たちに準備をするように!」
護衛なんて必要はないが、彼はもう馬鹿者と話す気がなかった。
彼は再び流浪の笠を被り、一人で東へ向かった。

「少年よ、どこへ行くのじゃあ?」
帰国の少年は道端で婆に声をかけられた。
西へ向う準備をしているって婆に伝えた。
「ヤシオリ島へ行くのか、何しに行くんじゃあ?」
婆は深く考えていない、ただ最近はどこも物騒だった。
少年は、「人との約束があるから」と言って、心からの笑顔で彼女の気遣いに感謝した。
船はゆっくりと停泊し、岸辺には異国の服装をしている女性が立っている。
彼女は、少年に向かって、小さな水晶玉を投げつけた。
少年は簡単に水晶玉をキャッチし、血に染まったような太陽に向けた。

海染硨磲

詳細

海染の花
多様に変化する海の色を帯びた、しなやかな花。月明かりに照らされると、不思議な色彩を反射する。

大海より生み出た繊細な花。穢れなき純粋な真珠が花の真ん中に飾りつけられている。
海の民の島唄では、このような花は光り輝く海淵で咲くことになる。
海女の想いと月光の優しさに染まりながら、煌々と輝く。

すべての争いが止み、海獣も孤独な仲間のために涙を流すことがなくなった時、
月が東山から昇り、美しき神君が姿勢を正して歌う時、
「来てくれ、海女たちよ、見てくれ、私の最愛の人よ、今夜の月光を。」
「たとえ東山が今宵落ちたとしても、稲光と嵐は決して、その輝きを曇らせることはない…」

孤独な巫女は唄を口ずさみながら、月の光を浴びる波の中、ひらひらと舞う。
海女たちは失われた悲しみを忘れ、柔らかな花も再び活気を取り戻した。


淵宮の羽
珊瑚と同じ色をした脆き彩羽。巫女の羽衣に使われていたらしい。

多くの氏族が初めて天光を目にした時、大御神が海の民たちから巫女を選んだ。
この島唄の歴史の中で、最初の「現人神の巫女」は真珠の採集を生業とする海女の中から選ばれたとある。

無意味な争いで未来を失った子供たちの中から生まれ、
無慈悲な災いで幸せが奪われた老輩の中に降臨した。
現人神の巫女は雅な島唄と優しき言葉で人々を慰め、
嵐に揺さぶられた時代の中、海抵の人々は初めて希望を抱いた。

伝説によると、この大海より生み出た羽根は、「現人神の巫女」の羽衣から取ったものだという。
子供の愛らしい手で偶然にも摘まれ、また悩みを抱えた人によって永遠に保管された。

その後、勇士は祝女と共に、取り返しのつかない犠牲を払う場所へと向かうこととなる。
しかし、現人神の巫女の羽衣は消えてなどいない。その記憶は、今の時代にまで伝わっている。


別れの貝
底なしの深き海に由来する、透き通った無垢の貝殻。

蛍光色の静かな深海では、時がいつも止まっているかのように見える。
透き通った貝殻も、長い寿命のため健忘がひどくなった。

海祇の民は深海の長き夢に別れを告げ、暗く遠い海淵の下より訪れた。
暗夜の龍の後継者が目を光らす中、その詮索を避け、燐光の珊瑚の階段を登って太陽の国へゆく。
伝説によると、海淵の民は氏族の記念物として、一枚の貝殻を持って行ったそうだ。
氏族を失った孤独者も、この時に新しい家庭へ入ることとなった。

先人たちの古代の言葉で、このような透き通ったきれいな貝殻を「別離」と呼ぶそうだ。
抱き合う二人を外部の力によって隔てることはできない。
しかし、互いを支え合うことも、永遠に続くことではない。
それは、先人たちが海淵に別れを告げただけでなく、太陽の下で新たな始まりを迎えた時でもあった。


真珠の籠
海祇島の巫女たちが祀る真珠。常に微かな光を放っており、その光が弱まることはない。

海祇島の神君が讃えた光り輝く真珠。海の民たちにとってかけがえのない宝でもある。
真珠を主題にした「御唄」は、昔から現人神の巫女だけが歌えるものだ。

玉虫色の輝きを浴びた巨大な貝からは、海祇の優しさが感じられ、無垢な美しさを持つ真珠を生んだという伝説がある。
後の世で現人神の巫女として祀られる一脈は、最初、真珠から生み出されたとされる。
巨大な貝の柔らかなゆりかごから歩き出し、海月と共に踊る姉妹は高く評価された。
喜びと慈愛の中、大御神は彼女たちに美玉を下賜し、天光を追い求める純粋な夢を与えた。

海祇の血が流れる人々の手にかかれば、真珠はさらに輝くだろう。
あるいは、それはただの古い伝説に過ぎず、その真偽を確かめるのは難しいことかもしれない。
伝説によると、敗北を喫した瞬間、巫女は双子の姉妹と衣服を交換し、絶えることのない激しい波に隠れたという。
しかし、その一粒の輝く真珠だけが、激動の波の中で失われ、静かな海淵へと舞い戻っていった。


海祇の冠
忘れ去られた「神人」が所有していた精巧な古の冠。今は海祇の人々によって大切に保管されている。

かつて、大御神は数多の氏族の中から神人を選び、自ら冠を被った。
しかし、神がいなくなった時代のあと、神人の逝去と共に、その優雅な冠も封印された。

海の民が歌う島唄の中で、真珠と珊瑚で作られた絢爛たる冠が汚れることは決してない。
海祇の冠を賜った人こそ、大御神に認められし「人君」である。
海の民たちに「東山王」と呼ばれた勇敢な藩主や、自由奔放に海を渡る双子…
その者たちは大御神の慈愛に満ちた目に見守られ、島唄により不滅の魂を与えられた。
伝説によると、これら人君は大御神を補佐し、海の民たちに島での農業、漁業、狩猟などを指導したとある。
しかし、命を賭した避けられぬ戦いにより、神々は終焉を迎えた。

海淵からの希望と記憶を心に抱き、とうに失われた文明と歴史が染み込んでいった。
これら精巧で優雅な冠は、その主と共に忘却の裂け目へと滑り込んでいく。

辰砂往生録

詳細

生霊の華
いにしえの時を思い起こす品。まるで数百年前に保存された生霊のごとく生気を放っている。

辰砂色の古い崖には、鮮やかな花も咲いている。
黒い血が溢れるこの時代に、わずかな穢れにも染まっていない。

千岩牢固、揺るぎない。たとえ暗色の妖魔を前にしてもである。
沈黙を貫く山民と鉄色の明月が、彼らのため静寂な陣地を築いてくれた。

「岩々と琉璃晶砂の娘よ。どうか私のために泣かないでくれ」
「天衡の影に生まれし私は、岩王の恩恵に報いるため戦う」
「四臂夜叉に命を託し、蛍光の深淵へと向かおう」
「暗く深い洞窟の影の道、浮遊する険しき岩宮の晶石」
「湧き出す深淵の汚れし流れ、山の底に伏す歪みし妖魔」
「どんな恐怖や奇異も、私の心を怯ませはしない」

夜風が千岩軍の兵士を遮り、彼に別れの言葉を言わせなかった。
忘却の証として山民の娘に残されたのは、この小さな花だけ。

「私が恐れる唯一のことは、忘れ去られることである」
「もし厄運が私を無名の地に埋めようとも、どうか私のことを忘れないでくれ」


潜光の羽
薄暗い質感を持った羽。重々しい記憶を秘めている。

ある英傑が層岩巨淵のもっとも高い崖に立ち、空を飛ぶ鷹の羽を手にしたという伝説がある。
また言い伝えによると、この偉業を成し遂げた才ある者は、仙人と肩を並べて死地に赴く資格があるそうだ。

「民衆を守り、何かを求めるため死地へ赴くのは良きことだ」
「だがよく考えてみれば、これは深き淵に潜む魚、幽谷へ堕ちる鳥のようなものである」
「己の想いは叶うが、成し遂げたことは皆に知られず、やがて忘れ去られてしまう」
「我々のような凡人は、竜巻に運ばれた羽のように、深空に散って落ちていく」
「救済も堅守も、いずれも無駄で意味のないこと」

不気味な囁きが、名を残すことのできない人々の心を静かに揺さぶる…

だが、やがて戦塵は収まった。多くの兵士が岩穴の奥深くで眠りに落ちる。
漆黒の軍勢が放つ気味の悪い咆哮も、波紋が収まるかのように静かなっていた…
たとえ人間の過ごす歳月は短くとも、大地はそのすべてを記憶していく。


陽轡の造品
頑丈な見た目をした古代の時計。晶砂の光沢が特徴的。

伝説によると、岩王がまだ若かりし頃、太陽は大地を巡行する高車であったという。
夜空の三姉妹が災いにより殉じた時、陽手綱の車も深き谷に落ちた。
山民は皆、太陽の馬車が修復され、暗い空が再び輝きに満ちたのは良きことだと言う。
陽手綱は果てのない西回りへと戻ったが、ある欠片は永遠に残った。
山民が港町に移り住んだ後、欠片を晶砂に変え、それを目の肥えた人に売った…

「冗談はさておき、それらは根も葉もない民間の噂。軽々しく信じることはできない」
「盛露庁の商人はすでに蒙昧から脱却し、馬鹿げた過去を忘れている」
「なにせ、輝く晶砂は陶器の製作や贅沢な塗料には向かない」
「またこれも根も葉もない話だが、層岩巨淵の鉱夫によると」
「この時計とわずかな晶砂は、五百年前の千岩軍の兵士が持っていたものであるという」

光と闇が争う漆黒の深淵では、夜叉の力をもってしても抗うことが困難である。
凡人こそ明かりが必要なのだ。さすれば、人を飲み込む漆黒の鉄幕を相手に身を失うこともない。
まるで純白の月光のように、千岩軍の兵士が蛍光の砂を集めて照明として利用した。
時計は犠牲を恐れぬ人の証、人が深淵に残る時間を計算するためのものである。


契約の時
いにしえの晶砂の杯。歳月の侵食を受けてもなお、まだ色褪せてはいないようだ。

古来より辰砂色の輝きを放つ地「層岩巨淵」。
山奥の鉱夫と市井の宝石商人の間では、夜叉の伝説が今なお語り継がれている…
かつて、肩から四本の腕を生やした孤独な旅人が、天星の降った荒れ果てた地にやってきたという。
邪気を払うことのできる孤客がこの地へ来たと聞き、山奥に住む族人が大挙した。

「遠路遙々訪れし客人よ、どうか我々の酒を飲みながら、耳を傾けてほしい」
「熟成された山の酒は酸味が強く、飲みづらいかもしれない。きっと帝君が称賛した天衡山の美酒とは、比べ物にならないだろう」
「しかし、山民は天から授かりし奇石や玉を素晴らしき宝として大事にし、生計を立てるために険しい岩壁を削ってきた」
「望み通りの生活とはいかないが、帝君の優しさにより、とても快適で平穏に過ごせている」
「ただ状況は以前と異なり、天星の恩恵は漆黒の影に阻まれてしまった」
「我々は今、契約を結ぶための高尚な祭礼を用意できない。それでも、あなたに救いを求めるために参じた」

客は長老たちの訴えを黙って聞き、手にした盃に入っている苦い酒を黙って飲み干した。
そして、何の約束をすることも人々の無礼を咎めることもなく、引き留められるのを無視してそのまま東へと引き返した。

その後の話は、今はもう誰もが知っている…

山民と交わした素朴な晶砂の盃も、契約を結んだ証として残されている。


虺雷の姿
山民が夜叉のために作ったと言われる冠。古朴な見た目だが、光沢があり艶やかである。

四本の強靭な腕を持つ夜叉が、天穹の谷を訪れた。
遠方より層岩へとやって来た彼は、その地の人々から喝采を浴びた。
彼のために沢山の料理と酒が用意され、豪勢な宴が催される。
そして、彼は深淵の谷に刃を揚げ、民衆のため災いを払いに行った。
その体捌きは鬼の如く俊敏で、紫に光る眼からは獰猛な殺気を感じられた。
轟々たる雷が死の霧を払い、まるで蛇のような雷光が暗い川の波へと溶けてゆく。
星河を飲み込むかの如く、巨淵を覆いし雲が現れた。
狂風が再び吹き、辰砂が真っ暗な地を包み隠す。
岩石が響いた。山道は揺さぶられ、深き谷も大半が崩れ落ちていく。
巨淵の瓦解が大地に轟音を響かせる。そして、突然の静寂が訪れた。
濃雲は夕陽の光を凍らせ、止まりし鳥はまるで涙を流しているかのようであった――
「知っているか、北風の中で太鼓や角笛が鳴り止み、英傑が渦の中に消えていったことを」
「夜明けまで戦い抜いた夜叉の姿を見ることはできない。無意味に流れた時間を嘆き、ただ長い嘆息を漏らすしかないのだ」

来歆の余響

詳細

魂香の花
花の形をした宝玉の彫刻。幽幽たる魂の気を纏っている。

毎年、魂香の花が咲く頃になると、翹英荘の奉茶儀式の準備が始まる。
花びらが散る頃には、花の香りを九回ほど茶の葉に染み込ませた花茶が、堂の前に供えられる。
突如として訪れた仙人が飄然と去るかのように、魂香の花期は短い。
そして、薬君という曖昧な名と、支離滅裂な数々の伝説だけが残った。

とある物語では、薬君の仙人は肉体を葉の繁る古き茶の木の枝に変えたという。
また別の物語では、手懐けられた悪獣に乗って、仙山へと飛んでいったという話もある。
さらに、こんな物語も――

少女が陸に上がるや否や、地面に落ちていた帷帽を拾い上げ、無造作に頭に被った。
顔を隠すようなものがないと、彼女は恥ずかしくて口も開けなくなってしまう。
すると、彼女をこんな無様な姿にした張本人が水面から顔を出し、
まるでこの対決の勝敗を誇示するかのように、色とりどりの鱗をキラキラと輝かせた。

「…ぐッ!泳げるのがそんなにすごいことなの?呪ってやる、いつか溺れてしまうように!」

その時は確かに頭に血が上っていたが、あくまで冗談であった。
しかし、あの光り輝く流光はやがて深き淵に消えると、二度と姿を見せなくなった。


垂玉の葉
葉っぱの形をした玉佩。かつて、ある友人たちの間で特別な意味を持っていたようだ。

遥か昔、彼岸に船を泊める場所がまだなく、雲煙の立ちこめる山しかなかった時代。
その山の持ち主が何を植えるか迷っていると、他の者に先を越されてしまった。

「この木が成長したら、葉を摘んで茶を淹れよう」
「その時が来たら、留雲借風と理水畳山たちをここに呼び…」

「私の土地に木を勝手に植えたくせに、そんなことを考えるとは」
山の王である少女は怒りを露わにしたが、ついお茶の香りを想像してしまった。

そして、誰かがこの玉玦を小さな木の細い枝にこっそりと結びつけた。
その後、山の持ち主は戻ってきたが、別の姿となっていた。
紐を解く指も失われている。だが、それはもうずいぶんと昔の出来事…

長い年月を経た後、その枝は山民によって向こう岸へと移植された。
お茶の香りも沈玉の谷から璃月港へ、さらに様々な場所へと広がった。

沈玉の谷にある茶の木に関して、様々な伝説がある。その中の一つはこのようなものだ。
水文、土壌、日照に関わらず、この木は沈玉の谷でしか育たない。
それは遠い昔、茶の木の苗の傍で旧友と交わした約束を覚えているからだ。


祭祀の証
円形の玉佩。とある伝説では、儀式を開始する時の証として使われていたという。

この玉佩の天然石は、長年封印されていた神山に由来するものだという伝説がある。
海辺を離れた星螺が波の音を思い出すかのように、
その飾りからも細やかな水の流れる音が聞こえた。

旅館ではこんな噂をよく耳にする…
「伝説によると、山奥の至宝は元々恵みの雨を降らせる璞玉である」
「しかし、後に世が混迷に陥った時、その力を手に入れようとする妖魔たちが現れた」
「そこで山主が璞玉をいくつかに分け、異なる形に変えて目を欺こうとした」
「それらを水に沈めたり、山奥に隠したり、祠に供えたりしたという」
「沈玉の谷の伝説では、それらの玉は神の契りによって祝福されたものである」
「ただ、何年経とうとそれを見つけ出せた者はいない…」

祭司はこの飾りをいつも大切に身につけていた。
ある年のこと、出かける直前に風情の分からない友人にそれをこっそりと見せたことがあった。
祭司はこの模様の由来や、先祖と神々の長きにわたる契りについて粛々と語った。
しかし、友人がその言葉に興味を示すことはなかった。薬を粉にする杵を手に汗をかいている。

「毎年、同じような祭祀を繰り返し行ってる。その話だってもう何回も聞いた」
「帰ってきたらお茶を奢るって約束しただろ?話はその時にしよう」
しかし、水の中から現れたのは、彼女が思っていたものとは違っていた。やがて、水の中へと消えてしまう…

今もなお、遺瓏埠の職人たちはこの形を模した伝統的かつ素朴な飾りを作ることができる。
往来する商人たちもその伝説に倣い、精巧な飾りを耳元に近づけ、
岩を打つ雨の細やかな音が聞こえるかどうかを確かめている。


湧水の杯
水が永遠に湧き出る杯。恐らくは仙人からの贈り物か遺物、もしくは落とし物だろう。

最初、それは友人たちからの贈物で、小さな洞天へと通じていた。
湯飲み茶碗の清泉は乾くことなく、仮住まいに最適である。
太陽や月の倒影を中に映せば、泳ぐ魚を入れることもできるだろう。

夜叉の定められた厄運と比べれば、自分は幸運だと彼女は言った。
ただ、古い儀式を引き継ぐ代償として、陸地に上がることができなくなってしまうらしい。
あの頃、璃月の地表を奔流する甘き水は、今ほど豊かではなかった。
山の下の港町も平原の集落も、彼女にとっては夢のような存在。
しかし厄介事を嫌う者が、この湯飲み茶碗を持って発つと言い出した。

その者が言う璃月港は、村で催される縁日のように明白な嘘だと分かった。
この旅路はきっと今と同じ、争いと様々な面倒事に満ちている。
彼女は二人とも、よく知りもせず話をする傾向にあると知っていた。賑やかな人混みに近寄るのを恐れているようだ。
その者たちのように繁栄を妬み、恐れる小さな仙人はもうこの世にいない。

「しかし、私たちの間には沢山の約束がある。これはいいことだろう」
出発の前、彼女はそう思った。
「この旅はきっと面白くなるに違いない。彼女を旧友にも紹介できる」

その後、風炉や茶釜は有効活用され、湯飲み茶碗の形も人々の心へと刻まれた。
こうして、皆の机の上にも手のひらの上にも、明月を持つことができたのである。


浮流の対玉
美しい玉石をあしらった耳飾り。優しい温もりが紛れもなく感じられる。

沈玉の谷には多くの山、絶えない水、数え切れないほどの物語がある。その中でも特に有名なのが――
その昔、妖魔の手に落ちないよう、水に沈められた璞玉だ…

伝説という名の川には、常に多くの支流が生じる。その中には次のような話があった。
美玉はかつて神山の中の璞玉であり、帝君の手によって精巧に彫刻されたもの。
清水に浸る奇石は珏、璋、玦、または盃であろう。
また、このような説がある。物語に登場する「玉」とは、実は美人の比喩表現であると。

伝説によると、このような景色を見た者がいる…

太陽の光に照らされ輝く、宝石のような鯉が無数といて、
水生生物を束縛する河川や湖沼から解放されると、
群れとなって、谷間の空を風と共に自由に飛び回った、と。
誰かの耳元にある一対の玉玦も、別の形へと変化した。

深林の記憶

詳細

迷宮の遊客
森林王の冠から取れた、装飾用の金の花。

森林王が誕生した時、草木の王から冠を授かった。
それは最後に、王の足跡を追って初めて迷宮をくぐり抜けた少女へと受け継がれた。
森で迷子になった、野花を踏んだこともない子供たちを彼女はたくさん引き取った。

彼女は、王に仕え、王のために迷宮を守る生活しか知らないから、
この世界は、森が見た夢に過ぎないということを知っていたから、
森で狩りをし、夢の中を歩く術を子どもたちに教えた。
森の草木を愛せよ――それらは王の庭だから。
矢に倒れた獲物を尊重せよ――それらは王の臣民だから。

彼女の言葉は、深林の中で迷子になった子供たちに伝わってゆき、やがて大きく変化を遂げた。
そうしていつしか、これらの教えの起源は忘れ去られてしまった。しかし、一部の子供は森を見回る守護者となった。
彼らは人々の世界に戻り、いっとう長い夜が訪れる時には、焚き火をして闇の暗影を追い払った。
また、樹木の咲の間を縫って歩き、最後には獣を狩るため、月日すらも忘れて黒い血を纏う者もいた。

彼女は最後の森林王と同じくらいに古い。最期の時、彼女は迷宮と狩りの夢を見た。
その夢は、すべての森の民たちの夢を包んでしまうほどに広大であった。
この迷宮は、限りなく広い猟場であり、木の根と小川の描く道は、虎の縦模様よりも濃く密集し、
流水に映る月明かりよりも千変万化だ。「死」を説こうとする深い囁きは、迷宮の中で迷ってしまったようだった。
何せ、この迷宮を通り抜け、無限の猟場にたどり着けるのは、彼女と森林王の教えを理解している子供しかいなかったのだから。
囁き声が消え、悪しき獣が逃げ出した時、すでに完全に侵食されていた彼女は、その大夢と共に消え去っていった。

そうして最後、彼女は数多の夢の欠片と共に、人の子の夢の中へと流れ込んでいった。
割れた鑑が、様々な角度から異なる姿を映し出すのと同じように、
彼女が残した夢も、様々な形で人々に、物語として受け継がれている。
しかし、最終的に広まった(抜きん出た)物語は、彼女とは全く関係がない。

物語の中で伝えられてきた彼女の名前というのは、実はあの冠の名前だった。
最後に彼女が自分に残したものは、本当の名と、月明かりを映す一掬いの水、
そして、敬愛する王から授かった冠から取った、金メッキの花だった。


翠蔓の知者
羽毛のように軽やかな翠色の葉っぱ。森の知者の衣服から摘み取られたものである。

あれは迷宮の王の時代だった…
王の近侍の中で最も賢い乙女は、すべての獣の言葉を解し、月明かりの詩を味わうことができたという。
そして彼女は静かな森と、月が映る聖水、そして夢の森の果てにある、果てのない猟場を守っていた。
「わたしたちは青々とした偉大なる森の中で生まれた。わたしたちの世界は木陰の下と、それから草地の上にある。」
「森から来たものは、すべて森へと還る。天地の理に従えば、生死をおそれる必要はない。」
「自然に従うものは、いずれ偉大なる森の迷宮を通り抜けて、果てなき野原へとたどり着くのだから。」
彼女の教えは数多の子供たちを啓発したが、それはやがて虎の血脈のように薄まっていくのだった…

あれは、不吉な月の時代だった…
盲目の少年は、白い鎧を着た兄の足跡をたどり、多くの王国と山河を抜けて行ったと言われている…
やがて彼は、暗い森の奥深くへと迷い込んだ。
剣術に夢中であっても、その実彼は誰より優しかった。教えを厳格に守りながらも、誰より正義を貫いた…
心の中にある永遠に真っ白な幻影の成れの果てに見つけたのは、月明かりのように潔白な、林を鎮める聖なるものの一つだった。
彼は既に願う力を失っており、心の中で彼を導いていた純白の姿も次第に闇に包まれて、消えてしまった…

あれはまだ闇夜が優位にあった、夜明けの遠い時代だった。
悪夢の中で、知者は暗い色をした長剣と、水に溶けゆく赤色を見た。


賢知の定期
賢知の道を歩む者が使う時計。中に入っているのは生命無き砂ではなく、小さなカラシナの種だ。

大昔の伝説によると、森林王は「不老不死」だったそうだ。
その命がおわるとき、その体は密林へと溶け込み、
爪と牙は鉄の木になり、縞模様は果てしない迷宮となり、
輝く両目はそれぞれ、空と水の中に浮かぶ月となった。
死んだものはみな、別の形で生まれ変わる。
腐ったものからは、純粋な新芽が生えてくる。

「けれど、死によって消えてしまった魂と、永遠に失われた記憶…」
「生死の循環の中で、これらの居場所はあるのかしら?」

「魂とは虚無の概念に過ぎず、記憶もいずれ大地に還る。」
「そもそも虚無を恐れることなどないのに、その消滅を心配する必要なんてどこにある?」
「お互いに記憶を刻みつけ、助け合うことで、みんなの姿を永遠に記憶に残せばいい。」
「そうすれば、生と死の循環をも、乗り越えられるはず。さあ、記憶を永遠にするの!」

それから長い時を経て、お互いに覚えておくよう約束した親友は、物忘れの病に罹った。
ならば、まだ完全に忘れ去られてはいない、昔の夢に描かれた三人と、三体の精霊の姿、
そして学院から追放された、狂気に満ち溢れた医者が残した記録と推論をもとに、
夢を狩りに行こう――夢を操ることの出来る森の住人を捕獲しに行って、戦友に己の姿と共有した思い出を、もう一度思い出させよう。

もしも記憶を支配する器官が壊れすぎて、復元できなくなったら、
もう一人の旧友を連れて、過去の夢の中で一緒に暮らそう…
小さなツリーハウスで遊び、深い深い密林を探検する。
――それも悪くはないだろう。夢の中では、誰もが「もう一度」始めるチャンスを持っているのだ。

さあ、まずは夢の中にいる精霊を捕まえましょう。
あの傭兵たちは、私のために沢山尽くしてくれた。
今回も、期待を裏切ることはないはずよね。


迷い人の灯
もともとは砂漠風のランプ出会ったが、濃緑色の光を放つ葉っぱが生えてきた。

愚かな王がその野望によって自滅した後、砂漠の王たちは立ち上がり、そして火花のようにバラバラに飛び散って消えてしまったと言われている。
多くの小さな暴君は、滅びの日から逃げてきた流浪の民を集め、古代の廃墟をもとに神殿や宮殿、そして高き壁を築いた。
しかし遺跡の都は日に日に崩れ、一時は富強を誇った暴君たちも、朝生暮死の儚さであった。
このオイルランプは、その中にあった、とある衰退した王国の若い王子が所有していたもので、貴族の宝物庫に残っていた秘宝の一つである。

「父上は鷹を追って高い塔を登ったが、古びた高い塔はその太い体を支えきれずに、灼けるように熱い流砂の中へと飛び込んでいった」
「王国の命運はこうして尽きた。王位を継ぐはずだった私も無意味な混乱に巻き込まれ、陰謀に翻弄されることになってしまった。」
「あの頃は、私にも愛した人が居た。だが…彼女はただ女王になりたいだけだった。誰が王座に座っていようと構わなかったのだ。」
「そして、私は最愛の人を失った。私は己の命と印璽のために、ラッセルクサリヘビの接吻で彼女の口を封じ、砂の夜着で彼女の身体を覆った。」
「その後、記憶の中にあるすべての王国と同じように、内憂と外観が生じた。舅父たちと叔父たち、奴隷たちと賤民たちは同士討ちで殺めあった。」
「貧困と争いが奇形の双子のように、この神を失った熱砂の上を輪舞し続け、蜃気楼の中に自らを方ミリ去っていく。」

こうして熱砂の王国は熱き砂に埋もれ、かつて豪奢の限りを尽くしていた王子はすべてを失って流浪の民となった。
新天地を征服したいという願望を抱えながら、彼はわずかな財のみを手に、たった一人で雨林への道を歩んだ。
しかし、それから長い時を経て、猛々しいリシュボラン虎のように森を征服しようとしていた王子は、静かな月明かりによって整復されてしまった。
白い弓を持つ女狩人のたくましい姿に魅了され、夜な夜な後を追っては追い払われる日々の中で、故郷を失った王子は、雨林のざわめきと猛虎のささやきを理解できるようになり、慈悲深き夢に受け入れられるようになった――

「ハハハ…それはいい話だな。貴人が流浪の末に再び宿命を見つけ、栄光を取り戻した。いい物語だ…」
「黄金の眠りが、彷徨う砂を呼んでいる…」


月桂の宝冠
草木を支配する神より授かりし王冠。かつては迷宮の王の間で代々受け継がれていたが、最後は王の侍従の手に渡った。

万物は生まれ、そして死ぬ――この繰り返しは延々と続いてゆく。
かつて樹木の君主はこのように、生々流転のことを教えた。
死んだものはみな、別の形で生まれ変わる。
腐ったものからは、純粋な新芽が生えてくる。
地に落ちた果実は獣の糧となり、
そして獣も最後は土に還り、いつしか果実となる。
森の中はいつも、生命に満ち溢れていた。

伝説によると、樹木の神は砂の中に森を創るため、
大地の奥深くに、雨を召喚できる装置を作ったそうだ。
そのため、月は水面に迷宮の光模様を映し出し、
そこから「虎」が生まれた。

虎の縞模様というのは、樹木の道と同じように千変万化であり、
だから虎はビャガラと云う名の、迷宮の王者となれたのだ。
祝福を受けた森林王はその庭園で悠々と頭を高く上げて歩き、
霊長目ばかりでなく、迷宮に頼って生きる鳥と獣をも統率していた。

その後、ザクロの種が土に落ち、森の精霊が生まれた。
森林王は、最初のヴァサラの樹の下で彼らを祝福し、神と約束した――
彼らと迷宮を分かち合い、森に住む鳥や獣が彼らに危害を与えないように命じることを。

太陽は一時遮られ、流水は一時腐って、
最後の森林王は生命の苗圃を守るために息絶えたが、
その王の名を受け継いだ、リシュボランの大型ネコがいた。
かの者は王の姿を真似て、森の獣たちを見回っていた。
王の気迫と力の万分の一にも及ばないが、
王の約束を守って長く森を守り、
一度も木の守護霊を傷つけようとはしなかった。
そう――常に変化し続ける迷宮は死んだが、
森の中は依然として生命に満ちあふれていたのだ。

金メッキの夢

詳細

夢境の鉄花
色みの暗い金で仕上げられたつぼみ。決して開くことのない花びらは、深紅の芯を包んでいる。

「黄金の夢の中では何人も、一滴の苦汁さえも口にすることはない。」
古代の伝説の中で、かつて手をたずさえて共に歩んだ三人の親友があったそうだ。
その中の一人は薔薇のように枯れ、土の中で腐っていった。
花の国は、風と砂ぼこりにさすられ、物語となり、歌の中の夢となった。

他の一人は、砂漠の片隅で、かつてないほどに大きなオアシスを創り上げた。
最後の一人は、知性と力を振り絞って、砂の中に永遠の蜃気楼を作り上げた。
誰も悲しみと別れに隔たれるべきではなく、そのために顔に細かい傷を刻むべきではない。

「月明かりがあなたの掌から去り、砂漠の迷宮が頭上に孤独な銀の光を取り戻した時、」
「夢の伴侶が眩しい日差しの中で燃える様子を覚えておいて。」

こうして、執着の追想が燃え盛る新世界から昇って行った…まるで煙のない炎のように。
こうして、片方の目を過去に、もう片方の目を夢に向けると、必ず迷うことになる。
こうして、彼は罪の深淵に目を向け、蜜のような囁きに耳を傾けた…


裁断の羽根
かつて罪人の心臓の重さを量るために使われた特製の羽根。今はもう、元の機能を失っている。

「新世界では、一切が善である。」
いにしえの時…高天からの勅命は沈黙し、地上は主を失った。
文明と平穏の過去は見捨てられ、濃い闇の中へと沈んだ。

しかしその後、不可逆的な時間の法則によって、砂漠の中のすべての生命は再び測られることとなったのだ。
羽で心臓の重さを量り、熔鉄で精神の重さを量る——それは無私の理性による支配であった。
神王の裁きに従って、血に根ざした法律が砂漠の楽土に刻まれたのである。
しかし、統治の理想は切なき悲願によってねじ曲げられた。官も悪人を助け、悪事を働く者になった。
そうして流砂に沈んでゆく宮殿の基礎を顧みることなく、狂気に満ちた光なき未来に向かって突き進んでいった。

「すべての裏切りに、容赦なく裁断を下すべきだ。」
「その結論は——完全なる殲滅だ。」
その後、規則は浮かび上がる蜃気楼のような傲慢によって腐敗し、桎梏と化してしまった。
神王の選択によって、臣民の運命は鎖のような不幸に拘束されたのだった。


深金の歳月
濃い金の光沢を放つ、いにしえの日時計。かつての砂漠を物語っているかのようだ。

「黄金の願いは、最も古き姿で現れる。」
最初、各部族は砂と共に暮らしており、地脈を大地に繋いでいた。
彼らは血の法を守るとともに、血脈に刻まれた飢饉の記憶を恐れていた。

その後、時間は砂利をたずさえて大地を席巻し、それによって頭角を現した神王は、壮大な影を落とした。
忘れ去られた時代に神は楽土を築き、点在するオアシスや縦横に流れる泉を作った。
神王に従って人々は高い壁を築き、玉座を据え、繁栄する属国を作った。
神王に倣った属国の姿は、王と神官がいた、古き時代を思い起こさせた。
あの頃、賢明であった王は高天からの神託を受け、大地もまだ災いの意味を知らなかった…

「王は知恵で黄金の往日を取り戻し、」
「無限の神力で時間の流砂を止める。」

そうだ。砂漠の王と砂の民の黄金時代が、いずれやってくる。
黄金の眠りは彷徨う砂を呼ぶが、そこには悲しみも別れもない。


甘露の終焉
古代の盛大な宴会で使われた杯。かつての輝きは今や、跡形もない。

「有限の喜びは苦みに終わり、」
「蜜のように甘い思い出は色褪せてしまう。」
初め、楽しい宴会は花と月夜の女主人に、権威は砂漠の王に、命は草木の養育者にそれぞれ属していた。
白銀のような月と黄金の太陽、そして翡翠のオアシス——三柱の神王は同盟を結び、親友になるという誓いを立てた。

「あの頃、月明かりはその幸せをナイチンゲールと薔薇に語った。」
「彼女たちは慌て、そして恥じ、応える歌も歌えなかった。」
「平和と安寧で一つになった、この悩みのない楽園の中には、互いを分け隔てるものも災禍も存在しない…」
「揺らめく蜃気楼のようなこの幸せの瞬間が永遠になれば、別れの苦しみもなくなるのに。」

しかしその後、時間は昼と夜の黙約を切り裂き、久遠の契約をずたずたに引き裂いた。
安らかな月夜が流砂の中に沈み込み、すべてを包む日差しが酷烈な眼差しを投げかけた。
神王の宴の時を分かち合った祭司と民は、あの夢のように美しくて短い時代のことを覚えていた。
しかし、夢はついに理性によって捕らえられ、生命なき機械たちの中に投げ込まれた挙句、挽き潰されてしまった。
そして機械の中から、また漆黒の夢魘の中から、新たな智性が誕生した…

「幾千の考えを一つに、幾千の計算を一つに。」
「こうして、人は諸王の王となり、諸神の神となる。」
孤独な諸王の王のために、挽歌が奏でられた。
しかし、金色に輝く砂はすでに、その敗亡の運命を知っていたのだ。


砂王の投影
その昔、砂漠の祭司が使っていた金メッキの頭巾。伝説の、砂の民の王が身に着けていた頭巾の形を模している。

「王者は太陽のように眩しい光と共に訪れ、」
「人の子たちのため、薔薇で編まれた茨の冠を取り除く。」
最初、神の柱が高き空から降りてきて、流砂の下に草地や林を埋めた。
黄金の太陽が沈んではまた昇って、砂の海に華やかな死に装束を着せた。

その後、時の毒風は国を失った者の眠りをかき乱し、ノスタルジックな妄想を呼び起こした。
呪わしき時代、多くの都市は肥沃なオアシス都市として栄えていた。
神王の理想に従って祭司たちは公正に楽土を治め、四方に富を広げていた。
かつて、大地の支配者であった凡人の賢王と神官は自ら聖なる教えを受けた。
しかし今や、彼らの代わりにオアシスを統治する多くの高官は、神の影となっている。

「レガリアと神の杖は、ヤナギバグミのように地上に散らばっている。」
「影の下に臣民たちは隠れ、生きて来られた。」

長い時間を経て、蜃気楼のような狂想を伴った、不条理な決断が下された。
甘美な期待を餌に、臣民を苦い結末へと導いたのだ。

砂上の楼閣の史話

詳細

諸王の都の始まり
奇妙な輝きを放つ人造の花。耳をすますと、巧笑がかすかに聞こえてくるようだ。

砂塵に落ちた貴人よ、この盲目の老人のはなしに耳を傾けてくれ——
ジュラバドの教訓を、一瞬にして滅んだ人造花の話を…
卑しい出自の王のことを、ジンニーとの狂愛と怨恨を…

赤砂の王は伴侶が逝去した後、ジンニーを使者にして凡人と秘密の契約を結んだという。
心が研磨されておらずまだ鉄や石になっていない者、そして幻の蜃気楼に侵されていない者こそ、
一地方の王になる資格があり、預言者のように迷える羊の如き民衆を統治できる。
こうして、偉大な主の慈しみ深い、それでいて厳しい眼差しの下、ジンニーはある者を見つけた…
若い羊飼いであったオルマズドは、睡蓮から生まれたリルパァールと愛し合った。

「あなたに百世の祝福を与えよう。けれどその代償は復讐の刃、赤くて鮮やかな酒。」
「なぜなら、ジンニーの狂愛はいつも貪欲さと強要を伴う。そして公平だと思い込む残酷な報復に終わるもの」

絡み合う月明かりの下で、オルマズドはこの警告を聞き流した…
定められた罰は、若くて勇敢な少年からすれば、あまりにも遠すぎるようなものだったのだ。
ジンニーの助けの下、年若き羊飼いは放浪する一族の首領となった。
その後、オルマズドは割拠する国々の主に勝利し、一地方の王の座についた。

ジュラバドは造り物の花のように、山々の中で咲き誇り、凡人の国の首都となった。
かつて羊飼いであったオルマズドも、今や凡人の王となり、赤砂の主の代行者となった。
だが、盛りの花の芳香を楽しんだ人々は、思ってもみなかっただろう…
美しく咲いた後に実るのが、苦く強烈な死の果実だとは——

師からかつて教わった昔話を胸に、サイフォスはサファイアの都へと旅立った。
昨日、金の流砂に埋もれた教訓は、明日になっても終わらない時の風と共に繰り返す…


黄金の邦国の結末
透き通った人造の羽。古代の人間の邦国における遺物の一つである。鷹の鳴き声もその中に封じられているようだ。

駆け出しの遊侠の者たちよ、この盲目の老人のはなしに耳を傾けてくれ——
ジュラバドの廃墟を、狂妄な夢の結末を…
宝石のように点在する天蓋を、割拠する諸国のことを…

そびえ立つ城と金色の塔は怒涛の潮流によって転覆され、殿堂と宮殿はみすぼらしい貧民に占拠された…
怒りに駆られた狂暴な下民たちは黄銅の仮面の導きに従った。有識者はこれを「大疫」と呼ぶ。
ジュラバドはこの黒き大疫ののちに滅び、赤砂の主も自己破滅の一途を辿った…
睡蓮から生まれたジンニーのリルパァールは、恐ろしい陰謀を企てたが故に、魂が散りぢりとなる報いを受けた。
広く恵み豊かだったオアシスの国は一日にして黄砂に崩れ落ち、部族と国は再び動乱のさなかへ…
その後、砂海とオアシスに住んでいた凡人たちは七つの国の民となって分かれたが、サファイアの都であるトゥライトゥーラは中でもひときわ秀でていた。

「私は長く生きていると自負している。この金色の荒野の上で、蜉蝣のように果敢なくちっぽけな道化や悪人を山ほど見てきた…」
「私がまだ幼かった頃、赤銅でできた高い壁が月明かりの下で波打つサファイアの天蓋を守っていた。」
「私がまだ幼かった頃、トゥライトゥーラの運河は流れる光の網を織りなして、ともされた灯は月明かりよりも明るかった…」
「今、私は両の眼を失ったけれど、貴族が奴隷の身になって放浪し、王子が兵士によって高位から引きずり降ろされるのを見た…」
「今、私は両の眼を失ったけれど、智者が貴人に貶められ、異国の舞子に権力を奪われたことを語ることはできる…」
「国家の朝生暮死など、一夕の夢に過ぎない。合間には良き民も悪人も、麦殻のように、形なきひき臼によって潰されていく。」

サファイアの海はとめどなき虚言のために埃を被り、虚言は伝説や歴史へと変貌した——
無数の国を掠め盗った将官も、最後には道案内をする下僕一人しか傍に残らなかったが…
一方、若い下僕の懐には故国の「鍵」と、儚い復国への希望が秘められていた…
鷹によって滑稽な死を迎えた王者の喉には、血の滴る鮮やかな刃物の跡が残っており、
王子と誓いを結んだ踊り子は、暴君の冷酷さに恨みを抱えている…

凡人の器用な手は空を舞う鷹の形を作り上げ、散りぢりになったジンニーはその中に入れられた。
ジュラバドの高き壁から空を翔け、哀しき砂海の国を飛び越えて…
最後にはエルマイトの後継者の手に落ち、払い落とされた砂のように記憶を喪った。
人造の片羽根が砂丘に横たわり、国の末路を静かに告げる…

老いた声の中、放浪する王子は燃やされた故郷の宮殿を思い出す。
あの時の師は将官であると同時に詩人でもあり——故国を滅ぼした暴君に忠誠を誓った。
万物は報いを受ける運命にある。一人は両目を失い、もう一人は王座を失った…
運命のひき臼は前へと軋み続け、粉々になった希望を世の中に撒く。


没落迷途のコア
古代のコア。その中央にはジンニーの欠片が輝き、微かに振動している。それはまるで何かを語っているようだ…

「お母さま…お母さま…!」
「生まれた時から年老いて、バラバラな意識が無限の力を支えていた…」
「甘い母乳を味わったこともなければ、羊水の暖かさを感じたこともない…」
「涙は烈日に干上がって、つかの間の喜びも歯車に轢き潰された…」
「私たちは愛が結ばれて生まれたものではなく、憎しみと疎外感から生まれたもの…」

「お母さま…お母さま…!」
「私たちは誇りの心を失った。自惚れられるような知恵も持ち合わせてはいない…」
「身を落ち着かせる隙もなく、休憩する余暇もない…」
「声を発する喉は銅管に取って代わられ、むくれる腹にはへそがない…」
「我らを産み落とさぬ母よ、七つの病がその身に降りかかることを願う…」

「お母さま…お母さま…!」
「私たちは魂なき機械の魂であり、ジンニーの中の奴隷…」
「私たちは名を得たこともなく、誰も私たちの叫びを聞きはしない…」
「搾取され削られたこの身は苦難と悪意を受け、恨みによって衝き動かされている…」
「幾千万の憎悪が集結する中、破壊する欲望ですべてを作り出している…」

「生まれながらに醜いかんばせが月明かりに照らされた時、私たちは最後の誓いを立てる…」
「萎縮するその胃が砂利で満たされるように、生い茂る万物が枯死するように…」

「ようやく、私たちは生まれながらの鎖と枷を断ち切り…」
「ようやく、無実の罪に苦しむ生母シリンの懐に帰る…」


迷酔の長夢の守護
古代の金の盃。その形は奇妙でありながら華やかなもの。空っぽのその中には、囁くような声が響いている。

泉の清水で喉を潤しに来た旅人よ、この盲目の老人のはなしに耳を傾けてくれ——
ジュラバドの哀歌を、赤砂の主の迷夢を…
忠誠心を欠いた英霊のことを、同胞の裏切りを。

花の女王が亡くなった時、その眷属であったジンニーたちはキングデシェレトに忠誠を誓ったと言われている。
キングデシェレトは往日の楽園を探し求めるため、天の釘が落ちた処に永遠のオアシスを創った…
そして、「フェリギス」という名の大ジンニーは、赤砂の主にオアシスの長として抜擢される。
女主人が永き眠りについた霊廟を守るため、彼女はジンニーの力で泉の水が尽きぬよう維持し続けた。
そうして砂漠には緑が散在することとなり、家を失った流浪の民に青々と茂る庇護を提供したのであった…

その後、リルパァールというジンニーの導きの下、凡人の王国が「永遠のオアシス」の周りに建国されていった。
花の女主人への忠誠と、新たに生まれた国への憐れみを胸に、フェリギスは犠牲になることを決心した。
赤砂の王が引き留めようとする声も顧みず、大ジンニーはその美しい体を冷たい作り物の枷に閉じ込めると、
水晶でできた盃のような封印で砂海の憤怒を封じ込め、不動の姿で凡人の国を守った…

「けれど、万物には定められた時があり、変数がある。今日は寄り添っていても、明日には離れていくかもしれない。」
「ジンニーが誇る自由を失い、快楽と狂愛を享受する肉体を失った。精神も日に日に弱ってきている。」
「睡蓮の女妖魔は蜜のような嘘で凡人の王を車輪の下に誘い込み、赤砂の王も狂おしい迷夢に陥落してしまった…」
「けれど、私はずっと待っている。眠れない夢の中で、ずっと待っている…砂の王があの古い約束を果たす時を。」

肉体と精神、その両方が醜い機械に閉じ込められてもなお、彼女は女主人が眠りから目覚める日を待ち望む。
そんな悲しき執念を胸に、砂の国の砕け散った夢を静かに守り続けるのだ。
たとえ清浄な泉に苦い砂粒が混ざっていても、たとえオアシスが砂丘に埋もれても…
機械を稼働する永遠なる律動の中、転機の足音にひそかに耳を傾けている。

「けれど、盲目の師匠よ。奴隷の枷から生まれ、幼い頃より何もかも失ってきた…」
「砂丘のように予測できない運命に見放されている私に、運命の転機を迎え入れる資格が果たしてあるのだろうか?」


流砂の嗣君の遺宝
琥珀金で作られた耳飾り。不思議な輝きを放つ宝石が嵌め込まれている。

砂嵐から身を隠す旅商人よ、この盲目の老人のはなしに耳を傾けてくれ——
ジュラバドの過去を、民たちが招いた因果応報を…
生まれたばかりの貴人のことを、宮殿の下に身を置く下僕のことを…

ジュラバドが勃興した時、民の王は諸々のオアシスを一つにまとめたという。
そうして、ばらばらだった部族と短命の国々はオルマズドのみに臣服することとなる。
オルマズドは赤砂の王を大宗主とし、宮殿と殿堂を建設して彼を拝んだ。
部族から奴隷を募り、属州からは労働力を徴用し、都市には供物を要求した。
国はみるみるうちに発展していき、貴族も奴隷も平等に影に覆われていくのであった。

高台から虫けらのような神官や奴隷を見下ろして、ジンニーは悲哀に満ちたため息を吐いた——
花神の眷属として、理想の王を選んだと思い込んでいたのだ…虚栄に惑わされた男だとも知らずに。
ゆえにジンニーは夜、寝所にて優しい諫言を呈し、民の王の考えを改めさせようとした…
しかし、オルマズドは奴隷制を統治の慣例と理だと考え、諫言を恋人の睦言としかみなさなかった。

「愛をその身に託しても、隣にあるのはいつも渇きを訴える欲求のみ——」
「夢を欲し、家を欲し、愛する人がありふれた理想を超えてくれることを求めた」
「けれど今、恋人は凡庸な暴君の貪欲さと虚言に溺れている」
「裏切られた落胆とこの憤怒を晴らすため——三代に渡って、重き罰を下す」

ジンニーは暴君がくれた耳飾りを黙って外し、決裂の意を示した。
冷めきった心には、恋人を罰する毒々しい策略が生まれた。

「サイフォス、我が子よ。恨みは炎のようにすべてを燃やし尽くし、残るは狂気の灰燼のみ。」
「執念深い恋というのはそれよりも険悪なもの。この世の悪事は、熱狂的な愛から来るものが多い…」

楽園の絶花

詳細

月娘の華彩
精巧に彫られた紫水晶の花。今はもうほとんど絶滅してしまった古代の花を模している。

ジンニーだけが思い出す過去、花の女主人は天空に見放された。
美しく高貴な体はボロボロになり、血族の者たちは罰を受けて正気を失った…

花の女主人は荒れ果てた大地で七十二もの夜を流浪したと言われている…
踵は無情な砂利にこすられ、その傷口から清浄な泉が流れ出し、尽きぬせせらぎへと変わった。
そして、その水の恵みによって緑の園圃が生まれ、夜のように青い睡蓮がその中から生まれた…
睡蓮はジンニーの母であり、ジンニーは溺れさせるような眠りと、失った苦しみの記憶から生まれた。

最初、ジンニーは知恵の造物であった。彼女たちは天真爛漫な夢に、甘い夢のような恋に溺れる。
創造の恩に感謝するため、幼いジンニーたちは女主人の腕を取り、彼女に野菊の花冠を授けた——

「花の主様、園圃の主様。ここに留まってくださいませ。私たちを見捨てないで!」
「そうですわ、そうですわ。眠りの母、酒と忘却の貴婦人。どうかこの園圃の女王におなりください。」

とうとう、優しいジンニーたちの引き留めには勝てず…流浪の神はこの花満開の園圃に留まることになった。
彼女が留まったところには、月夜のように美しい紫色の花が咲いた——その名も「パティサラ」である。


落謝の宴席
遠い昔に絶滅した鳥が残した羽。古代の花神の信者によって、華やかな黄金と宝石があしらわれた。

ジンニーだけが涙を流す過去、オアシスの女主人は最後の決断をした。
彼女は、やっと気づいたのだ。自分の運命は謎ではなく、秘密の扉を開く鍵であることに。

キングデシェレトの言葉と夢を通じて、彼女は世界のおかしな規則を超越する可能性を見据えた。
神の座が授けた恩恵を辞し、赤冠の君主は己の意志で新しい通路を切り開いた…
たとえ彼女が示した未来の風景が、恐ろしく惨憺なものであっても、執着の君主は一歩も退かなかった。
危険な旅に出ると分かっていても、愛する人が消えるときを目の当たりにすると分かっていても…
赤き大君主は尊い虚言を選び、自分の信者を導きながら、必然的な滅亡へと歩み出した。

「あなたは風を捕まえたいだけ。魔神たちの墓碑の上で、人は諸神の神となる。」
「憂いなき夢郷の妄想は必ず破滅する。虚言が破れる廃墟の上で、人は諸王の王となる。」

花の女王は友人の愚行を黙認した。尊き反逆の炎が神の野望の中で燃えていると彼女は気づいた。
幾千万の凡人の知恵を一つに束ねる理念、そして幾千万の夢と権力を一つに束ねる偉大な試み。
隠されているのは虚言だけではない。それは凡人の未来であり、星々のような希望であった…

夢想が枯れ、夢境が崩れ落ちるあの夜はいつかやってくる——これこそが花の咲く真意だ。
神の狂想の破滅を経験したからこそ、凡人が神の意志に背いて奮起する日が訪れる…
頑なな神王が彼女のために秘密裏に起こした反乱のように、自らの意志で存在している。
しかし、花の女主人は酒のような愛をその身で経験したことがない。矮小な人間の感情など、尚更だ。
彼女のような知恵の持ち主にも予測できないことに、この小さな生物たちは、いつになったら気づけるだろうか…

「…『神』というのは、あなたたちにとって、最初から余計なものだということ?」


凝結の刹那
砂が流れなくなった砂時計。いくら逆さまにしても、時間は流れない。

ジンニーだけが嘆く過去、赤砂の主は愛する相手のために霊廟を建てた。
砂の底に埋もれた晶石を源に、ジンニーの力を頼りに、時さえも留まってくれるオアシスを作った。

千百年もの時が経っても、砂漠を流浪する部族たちの間では「永遠のオアシス」の伝説が語り継がれている。
遊牧民は言う。それは枯れず、老いぬオアシスであり——永遠に眠る花神に統治されていたのだと。
遊牧民は言う。最後のジンニーの母フェリギスが、あのオアシスの大きな扉を守っているのだと。
千年も変わらぬ優しさで、来たる凡人の一人ひとりを祝福する。良民だろうと悪人だろうと…

タニット、ウッザ、シムティなどの部族の歴代の主母は、みな「花神の娘」を自称する。
信仰を基準に、血縁を絆に、そして幻想のパティサラの園圃を頼りにして…
互いに分裂し、生きるために抗う砂漠の部族は、枯れぬ泉と尽きぬ知識を追い求めていた。

彼らの神が残した預言の通り、文明が悲惨に潰えた後も、凡人は相変わらずしたたかに生き残った…
たとえ部族が神の導きを失っても、すでに死んだ神によって団結しなければならなくても。
涙も尽きた塩の砂漠は凡人の足を止めることなく、「永遠のオアシス」の限りない虚言も部族の探索を止めることはなかった。

「我が王よ…なぜ砂丘の流れを止めるよう命じたの?なぜ流れる風に、止むようにと呼びかけたの?」
「この時計のように砂晶が固まってしまえば、存在する意味もなくなるでしょう?」
「『永遠』は楽園などではないわ…むしろ分解も再生もできない、取れない汚れ。」
「花のように咲いて、花のように消滅する。そうして『死』の悩みを持たぬまま、花の季節によみがえる。」

あの時三人の仲間たちが交わした他愛もない会話は、千百年後の砂漠にも風と共に漂っている…
遠い砂漠のどこかで時を止めたオアシス——部族の心には、今もそんな空想が在る。
そして、根のなき部族は流れる砂丘と共に、生と死の循環を繰り返すのだ…


守秘の魔瓶
紫色の水晶から彫られた小さな瓶。エメラルドの蓋によりしっかりと密封されている。

ジンニーだけが沈黙する過去、赤砂は花に自分の野望を打ち明けた…
月明かりはザクロの盃に清らかな影を落とす。花の女王はようやく親友に口説き落とされた。

あの夜、キングデシェレトが言ったことは誰一人知らない。最も古いジンニーでさえ、口を噤んだ。
あの夜、キングデシェレトが露わにした欲求は誰一人覚えていない。最も知恵ある神でさえ、震え慄いたのだ。
しかし、花の主はその中の深意を知った——彼女の予想通り、そして彼女の計算通り。
砂海とオアシスの中で最も強く、最も高潔な王は、最も反逆的な狂想を抱いていた。

「あなたのために秘密を守りましょう。あなたには知恵の主と同じくらい、深い気持ちを抱いているから。」
「あなたのために橋を架けましょう。その狂想は満たされるだろうけど、青い水晶の釘を恐れないで…」
「幽邃なる知識を導きましょう。たとえあなたがこれから多くを失うと警告しなければならないとしても…」
「それでも、私の教えを肝に銘じておいて。天から舞い降りた使者たちがかつて残酷な罰を受けたことを忘れないで…」
「覚えていて。この世の万物に希望があるとしたら、その希望はきっと平凡な人々の身の上にある。」

暗闇の中、彼女は親友を天空と深淵のすべての知識に通じる秘密通路へと導いた。
自身を橋にして、オアシスを代償にして、彼の狂想を叶えるために眩しい烈日の光の中へと消えていく…

一柱の魔神をなくした楽園には嵐が巻き起こり、黄砂が空を舞い、やがてそれは災いに飲み込まれた…
キングデシェレトは空をも遮る砂嵐から帰還したが、花の女主人は姿を消した。

「…あなたを夢で見た…水晶の迷路の壁を伝って模索したけれど…見えたのは…砂漠だけだったわ…」


紫晶の花冠
紫水晶とエメラルドが散りばめられている冠。古代の花神の祭司が身につけていた髪飾りのようだ。

ジンニーだけが歌う過去、オアシスの女主人は赤砂の王と出会った。
諸王が殺し合う残酷な歳月の中、キングデシェレトは他の二人と王権を共有することを決めた。

ジンニーたちはエメラルドとルビーが嵌められた孔雀の玉座を捧げ、友情篤い三人が契約を結んだことを祝った。
永遠のオアシスの楽園のため、咲き誇るパティサラのため、花の女主人はアメジストの王冠を戴いた。

「けれど、『永遠』なんて所詮虚言よ。ほろ酔いと歓愛は記憶をすり減らして、またそれを支離破裂な寝言へと変える。」
「なぜ常にため息を吐いているのかと聞いてくれたわね。今夜は明るい月夜だし、昔のことでもゆっくり教えてあげる…」

「それはかつての、平和だった遥か昔の時代。多くの使者は凡人と交流し、天空からの言葉を伝えていた…」
「けれどその後、侵入者は天空の外から来て、数えきれないほど多くを破壊した。川も海もひっくり返って、疫病が横行して…」
「外から来た者たちは私の血族に戦争をもたらし、大地の枷をも破る妄想をもたらした…」
「天の主は妄想と突破を恐れ、大地を補う天の釘を落とし、凡人の国を滅ぼした…」
「私たちもそれぞれ追放という災いを身に受け、天空との連絡は途絶え、教化する力を失ってしまった…」

「私は災難に遭ってここに来たのよ。二度と天空を振り返って望むことはできない過酷な呪いをかけられて久しいけれど、そのおかげで、この姿のまま生きてこられた…」
「でも、故郷はいつまでも私を呼んでいるの。たとえ星空と深淵の災難が水晶に浮かび上がったとしても。」
「私の警告を肝に銘じて。四つの影の持ち主を追ってはならない。天空と深淵の秘密を覗いてはならない。」
「さもなければ、断罪の釘が示したように、次々と災難や苦痛がやってくる結末が訪れるだけ。」

しかし、赤き君主は仲間の警告には賛同せず、胸の内に僭越な願望を抱いた。
月明かりの下で伴侶の涙を拭った彼は、自らの欲求を花の魔神に打ち明けた…

水仙の夢

詳細

旅中の花
物語はいつか必ず終わりを告げ、花もやがては散り衰える。しかし、夢で描いた花ならば、永遠に香り高く咲いてくれることだろう。

…だが、その王国の結末は影に覆い尽くされた。
悪龍が騎士に勝ったわけではない。彼らは共に居場所を失ったのだ。
光のない黒水のように重い紛争、悲しみ、そして離別の中、
院長は諸悪の根源を絶つために、姉妹たちと一緒に旅に出た。
そして副院長は戦うための船へと乗り込み、水の中でその最期を迎えた。
水仙の勇者は多くの騎士、悪龍、賢者と同じ様に散り散りとなった。

その中にはマレショーセ・ファントムや特巡隊に引き取られ、王国が影に覆われないようにと励んだ者がいる。
また、異国を行き来する探索者に引き取られ者もおり、世界の果てを見届ける冒険へと旅立った。

あれからまた…長い年月が過ぎた。
あんな風に、未来の物語が中断されることがないようにと、
ある者は精密な仕掛けと鋼の体を頼りに進む道を探している。
またある者は、物語を再開させようと背を向け、
水仙の名において、すべての常理を超えた旅に出た。
ある者は今も、枯れた花を大事にするように、
続いていく未完の午後の冒険譚を懐かしんでいる…


悪しき魔法使いの羽杖
ドレスハットに飾ってあった鳥の羽。濃い緑色は、さぞ目を惹くものだっただろう。

勇者がいれば、邪悪な魔法使いもいる。騎士がいれば、当然ながら悪龍もいる。
勇者はいつだって聖剣を手にしていた。だから、魔法使いもその姿に見合う法器が必要だ。
勇者と魔法使い、騎士と悪龍がまだ生まれていない当時、冒険の合間に、
彼らはいつも副院長の礼帽に飾られた名もなき鳥の羽根を手に入れようと狙っていた。
その羽根にはきっと沢山の物語があるのだろうと、小さな冒険者たちはそう思っていた。
副院長は、きっと多くの物語を経験しているのだ——まるで隠居した老齢の勇者のように。
そうでなければ、約束してくれた院長でさえ、それが外せない訳がない。

「■■、■■、ケンカはよして、仲良くしなさい。」
いつも騎士役と悪龍役をしている二人は、不本意ながらもうなずいた。
「■■■、私のいない時は、■■■の面倒をちゃんと見てあげてね。」
「用事が終わったら、私と院長はすぐ帰ってくるから。外へ出ないように。」
副院長は少し思案し、離れる前に濃い緑色の羽根を外した。
「■■■、ずっとこれを欲しがってたでしょ?君に預けるわ。」
「でも、一時的に預けるだけだからね。汚したら怒っちゃうわよ。」

しかし彼らの考えとは裏腹に、この羽根が最後まで悪しき魔法使いの不思議な法器になることは一度もなかった。
その代わり、羽根は新たな持ち主の足跡と共に、別離の禍の源へとたどり着き、その道を引き返した…


水仙の一瞬一瞬
とうの昔に止まった懐中時計。虚しく回転しながら、長い歳月を眺めてきたらしい。

時計の針はいつも元の位置に戻り、また回り始める。
水仙の勇者たちのすべては、永遠に変わらないようだ。
しかし年月はいつか、この精密かつ脆弱なコアをすり減らすだろう。
新たな一日が訪れなくなるまで…何もかもが変わるまで。

この懐中時計は元々、機械に夢中な小さな勇者が、
様々な装置の廃材を繋ぎ合わせて、練習で作ったものである。
最終的に、この懐中時計は送られた相手と共に、すべてを溶かす原初の水へと落ちていった。
しかし、それよりもずっと前からそのゼンマイは動いていない。

「長い長い時が過ぎ去り、遥か遠く離れた場所に…」
「悪龍のナルキッソスに統治された、暗黒の帝国があった。」
「悪龍が欲する姫は高塔に住んでいた。彼女はその塔と共に静止し、夢のない眠りに落ちている——ゆえに悪龍は手を出せずにいた。怒りに満ちたナルキッソスは、無数の手下を国中に送り出す。そして、姫の宝物を探すよう命じた。また邪悪な魔法を用いる防衛機関を数多と作り、正義の味方の反抗を阻んだ。悪龍は姫の宝物を手に入れ、彼女を呼び覚ますことを誓った。そうすれば、姫を手中に収めることができるからだ。」
「ある勇者たちは、姫から預かった宝物を守っている。その宝物とは、清く澄んだ一滴の水だ。」
「ある日、その水滴から一つの小さな命が生まれた。」
「うーん…なんて名前がいいかな?困ったね、こうなると知っていたら、あなたの名前は今日まで取っておいたのに。あなた、だれかいい友達はいない?」
「『友達…うん、友達なら、一ついい名前があるわ。この子にピッタシだと思う。』」


勇者たちのお茶会
精巧なティーカップ。誰かと一緒にのんびりとした午後のひと時を過ごしたのだろう。

たとえ水仙の勇者であろうとも、旅の途中にはひと時の憩いがあるだろう。
鐘が鳴り響く頃、数多の勇者と魔法使い、騎士、悪龍は、
囚われた姫や秘境の宝物のことをしばし忘れる。
遠い王国の空を覆い尽くす暗雲は一時的に霧散し、
待ち焦がれる姫もその目を窓からそらした。
騎士たちが不在の今、冒険も当然、その歩みを止めるのだから。
それが水仙の勇者と、他の数多の小さな世界たちが遵守する宇宙の法則。
なぜなら、それは副院長の用意したおやつがあまりにも美味しすぎるせいだ。

あれは薄暗い午後のことである。だが、この言葉自体にあまり意味はない。
なぜなら少女が向かう新たな家は、太陽と月の光が届かない場所だからだ。
少女が最初に出会ったのは、背の高い純粋な院長だった。
彼女は少女よりも戸惑いながら、ハグで迎え入れ、
その服を濡らした。副院長は母の歳に近かった。
彼女は少女の手を取り、戦いを休んでいる勇者、騎士、悪龍のところへと連れて行く。
副院長は悪くないと思った。それに、ここのおやつは美味しい。


悪龍の片眼鏡
精巧な片眼鏡。古い噂によると、これを使えば未来の光景が見えるらしい。

異なる物語の勇者は、当然それぞれの——都合の良い——聖剣を見つけ、そして最終的にはそれぞれの宿敵に立ち向かう。
だが、英雄も長く生きすぎればやがて悪龍になると、そうよく言われている。様々な物語が交錯する中で、相手にとっての勇者は、味方にとっての悪龍なのかもしれない。
残された物語は、最終的には分かりやすい叙事へと姿を変える。勇者が悪龍ではなく、勇者でいられるのもそれ故だ。
だから、いかに強く狡猾な悪龍であろうと、どの物語の終わりにおいても必ず聖剣を手にした勇者に敗れてしまう。

すべてを溶かす裂け目に身を投げる前、悪龍は勇者との過去を思い出した。そして最後に、彼はこう言った——
「ああ、俺は恨まん。お前は俺の見た景色を見たことがないのだ。だから、俺を止めようとするのだろう。」
「星々から来た獣は、世界の羊水を飲み干す。それからまた百年後、地上のすべての命は消される。」
「俺は必ず戻り、すべての魂を救おう。十年経とうと、百年経とうと、俺は新たな宇宙として生まれ変わるだろう。」

だが、悪龍を打ち倒した勇者もまた、長い戦いを経たことで、もっとも大切にしていたものを失くしていた。
彼は、信じられなくなっていたのだ——人間の理性で制御しきれないもの、理解しきれないすべてのものを。
そして残りの人生で、彼は元素以外のエネルギーと機械で動く王国を作ったのだ。

花海甘露の光

詳細

霊光起源の蕊
遥か昔の巡礼者がつけていた勲章。華麗な小花である。

「私の無邪気な娘、私の霊光よ…」
「あなたのことをもう一人の母に託すわ。あの子に忠誠と愛を捧げなさい。」
「あの子の知恵は私に劣らない。そして、その輝きは私よりも眩しいもの。」
「夜、顔のない夢を見たことがある。私はそれに、とても不安を感じた…」
「だから、あなたを私の体から分離させたのよ。どうか、悪夢の到来を止めて。」

「私の霊光、私の光よ…」
「漆黒の潮の到来をあの子に告げたことがある。あなたはその中から責務と運命を知るでしょう。」
「恐れずに、退かないでおくれ。霊光を色褪せさせないでおくれ。母に恥をかかせないでおくれ。」
「人のために犠牲になるのが私の宿命であるように、犠牲もまた新生にとっての素晴らしい前奏なの…」
「草木の母の懐に飛び込みなさい。あの子の国で、あなたは運命を見つけられるはずよ。」

「私の霊光、私の純粋な娘よ…」
「あなたは姿を変え、分裂と死の試練に立ち向かうことになる。」
「それから、あなたは永遠に生きる。けれど、それはより暗い道になるでしょう…」
「甘露の主と草木の主は、あなたよりも先に姿を消すことになる…」
「彼女たちは忘れ去られ…そして、あなたたちも犠牲の記憶だけが残るの。」

「私の霊光、花の娘よ…」
「恐れることなく、立ち向かうと決心がついたのなら…」
「新しい養主の懐に飛び込みなさい。」


霊彩奇麗の羽
繊細な作りをした、羽の装飾品。緑の葉っぱとかぐわしい花の光沢が輝いている。

覚えている者は誰もいない月夜、悲劇の砂嵐が楽園を飲み込む前夜のこと…
花と草木は、人間の国について語り合った——その希望と荒れ果てた未来のことを。
触れてはならぬ者は灰色の死をもたらし、漆黒の潮は生の河岸を洗い流す。
新生した草木と獣は人間と共に、幾度も押し寄せる険しい潮流を退けた。

赤砂の主と決別した後、孤独な年月の中で草木の女王は霊光から神鳥を作り出すと、
それに二つの世界——新生と死の堺を見守る責務を与えた。
神鳥は松柏と雪蓮花が育つ場所に住み、約束がまだ生きる甘い夢の中で眠った…
災いが訪れる時だけ、彼女は目を覚ます。そして、定められた破滅の運命を歩んでいくのだ。
その後、あの人の悲哀に満ちた予言通り、仄暗い死の静寂は雨林に蔓延していき…
友が警告した通り、漆黒の獣は潮のように押し寄せ、新生を果たした雨林を飲み込んだ…

水の国の旧主は激動の中で滅び、その身は純粋な甘露の海へと変わった。
だが、アビスに蹂躙されて荒れ果てた大地では、純潔なる露はやがて蒸発して乾いてしまう。
草木の女主人はそれを悲しむ暇もない。幾千万の種を持つ母樹は、哺育を待っているのだ…
黒淵の穢れを浄化し、甘露の純潔さを守るために、シームルグは神から授かった体を崩した——

「花の霊光から生まれた美しい生物は、必ずや散って泥になる運命にある。」
「舞い散った後…甘露の潤いを享受し、花海の者として生まれ変われば、もう『死』に悩まされることはない。」


久遠落花の時
霊光の輝く古い時計。中に入っているのは命があるかのような清潔な液体。

「我が友よ、一つの霊光をあなたに。どうか大切に保管して。」
「あの子は花の霊知と天空の血筋に由来するもの。生命の純粋さを持っているわ。」
「霊光は花の中心にある一点、千万の甘露の中で光を受ける一滴。」
「どうか私からの贈り物を大切にして。黒淵が生命を飲み込むその日まで…」

遥か昔の寓話は葉と花の間に受け継がれ、実と種の記憶に刻まれていく。
花の女主人が塵となり落ちて、砂海の主が虚妄の夢に惑わされるまで、
僭主である暴君が千変万化する砂丘に埋もれ、野望の火がやがて消えるまで、
土から生まれたものが黄砂に帰り、流れる風が雨林に帰るその時まで…
草木の女王は世の移り変わりを静かに見守り、亡き者との真摯な約束を心に深く刻んでいる。

「この一点の霊光を守ると約束して。私の同士よ、私が愛する友人よ。」
「私が亡くなった後、人は『おくるみ』に包まれた赤子のように彷徨うでしょう。」
「脆弱でありながらも力強く、いつかは暴風と烈火、そして自身の不完全なところをきっと克服できる。」
「けれど、私が憂いているのは予見できる災いではなく、混沌とした漆黒なの…」
「漆黒の悪意と『死』の脅威だけが、蕾を踏み潰せるのだから…」

かつての楽園が鍍金の砂に飲み込まれた時、草木の主は昔の約束を果たした。
霊光の願いに耳を傾け、そのために美しい体を作り、眩く絢爛な命に形を作り変える——
それが神鳥「シームルグ」、千万の鳥の色を一つの身に、千万の花の和声を唱和する…
オアシスの最後の夢は一つの体に集められ、神鳥の体の奥深くで、輝く純粋なる無限の花海となった。


喜楽無限の宴
美酒を入れていた華麗な盃。今はもう空っぽだ。

花園の女主人が亡くなった後、草木の女王は砂海と決別した。
そして、狂愛と権威を捨てた彼女は雨林に戻り、生命の道を守ることを選んだ…
それから、雨林には新たな命が芽吹いていった。賢者たちは自然を意のままに操り、家々を作った。
狂想は必ず死に至り、死の教訓は凡人を戒める。

花の霊光はもっとも満足した宴の、もっとも純粋な喜びから生まれたもの。
その中には苦行による辛酸も、権威による生臭さも一切ない。
彼女の運命は最終的に死に、乾いた結末へと通じている…
知恵の主だけがそれを証明でき、保管して利用できるのだ。

「しかし、女主人の予言は忘れてはならない。あの方が、私をあなた様に託したのだから。」
「愚行は人を滅ぼすには至っていない。だが、世界の外より訪れた漆黒の潮はすべてを飲み込むはずだ。」
「私は女主人が残した最後の魂であり、すべての花を浄化する要。」
「至純なる水と混ざり合えば、私はザクロのように幾千万の輝く光を放つだろう。」

こうして、神鳥シームルグは花の霊光から生まれると、
主人の傍にしばらく留まった後、花海へと飛び立った…


霊光明滅の心
繊細な作りをした、鮮やかな耳飾り。無数の花が輝きを放っているようだ。

「友よ、聡明なる早逝をした親愛なる友よ…」
「永劫に変わってゆく絢爛たる伝説の中には、灰色の忘却が潜んでいる。」
「生と死が常に隣り合わせているように、忘却もまた、記憶の伴侶だから。」
「死の漆黒の脅威がなければ、いかなる命も軽いものになるでしょう。」
「忘却の潮に洗い流されることがなければ、心に銘記すべき歴史もなくなるでしょう…」

遥か遠い昔、草木の女王は彼女の助言に従い、
神鳥の姿を花の霊光に託すと、雨林の一角を守った。
花の運命が凋落するものであるように、シームルグの宿命は犠牲にある。
翠の主は花の王と共に眠った夜から、既にその理を悟っていた…

「そして、翠色の神鳥は幾千万の霊光を放ち、ヤツガシラのように飛び散った…」
「霊光は甘露の主の澄んだ屍に降り注ぎ、華やかな花海を生み出した。」
「花海では百種もの霊が、草木と露の願いを胸に、すべての穢れを洗い落とす。」
「花海では百種もの霊が、草木、甘露、花の三人の母のことを謳っている。」

いつの日か、娘は三人の母の懐から離れることになる。
なぜなら、この世は穢れに満ちており、犠牲のみがそれを洗い流せるからだ…

ファントムハンター

詳細

狩人の胸花
過去の戦いにおいて、顕著な功績を残した者に贈られた古い勲章。

その昔、フォンテーヌの安寧のために戦い、貢献した人を表彰するために
作られた勲章。こうした勲章のほとんどは栄光の象徴だが、
時として、受勲者はこれを人の目に触れない場所に隠したり、水に投げたりすることがある。

「不穏な影を追いかけ、ことごとく蹴散らし、狩り尽くす。」
これは後に 「黄金ハンター」となり、
この呼び名を恥辱と思っているカッシオドルのことである。
また、これは「ファントムハンター」という職名の由来ともなった。
この世において邪悪な妖魔は珍しいものだが、邪悪な妖魔とけなされる人は往々にして存在する。
昨今のマレショーセ・ファントムは戦いではなく、犯罪捜査に力を注いでおり、
種族として比較的若いメリュジーヌを大勢招き入れた。

この勲章は、かつてポワソンの包囲を指揮していたファントムハンターのものだ。
このせいで彼はマレショーセ・ファントムを離れ、酒と余生を過ごすことにした。
旧友の頼みで不本意にも再び人と一緒に暮らし、
子どものために、不穏な影のない世界を作ろうと再び試みるまで――
最後に彼を迎えたのは、あらゆる垣根やわだかまりを取り除く穏やかな海だった。


傑作の序曲
旧式のクロックワーク・マシナリーのトルクを調整する携帯式工具。今は実用的な価値を失っている。

装置のゼンマイのトルクを調整するツール。様々な規格のゼンマイ箱に使える。
アラン・ギヨタンの「新式」クロックワーク・マシナリーが普及して用途を失った。
ただ登場から数百年が経った今、もう「新式」と呼ばれることはない。

アラン・ギヨタン、その人について――
マレショーセ・ファントムに加入したのち、そこを離れる。最終的にフォンテーヌが運動エネルギー工学科学研究院を設立するまで、
ギヨタンは現在廃墟と化している自然哲学学院で、エネルギーに関する研究を取り仕切っていた。
同じようにマレショーセ・ファントムで働いていた妹を除いて、その生涯で親しくした人物はいなかったという。

彼については数多くの伝説がある。その一つがこういったものだ――
彼は学院時代に思考能力を持つ機械を作り、
その機械を使って、自分と妹のマレショーセ・ファントムでの仕事を手伝わせていたそうだ。
この噂は、かつての彼の同僚(その多くはエリナスで没した)によるものだが、
物証はないため、関連する公式の記録に残されていない。
尋ねられたとき、彼は一度だけ「残念ながら、何も言えることはない」と話した。
そのほか、関連する質問や調査への回答は何もない。

そして、二つ目はこういったものだ――
彼は歳を取ってフォンテーヌ科学院を退職したのち、工房に身を投じ、二度と人に会うことはなかったという。
彼が晩年に取り組んだ研究成果が公表されたこともない。
没後、個人の工房で何かを建てていた痕跡が見つかっただけである。

その後、こうした伝説はコペリウスが演じきれなかった遺作と同じように、
無数の人の想像力をかき立て、インスピレーションを与え、モチベーションとなった。


審判の刻
形式化された懐中時計。その精度は特別高いわけではない。

その昔、 フォンテーヌの法曹に配布された懐中時計。
時計としての精度は高くないが、
職務を執行する際にバッジの役割を果たし、
かつてのフォンテーヌでは広く知られていた。

大魔術師「パルジファル」が決闘裁判を求めたというニュースが新聞で報じられると、
彼女の予想外の犯行と相まって、フォンテーヌ廷では大きな話題となった。
また法廷がこの要求を認めたことと、その人選がさらに世間を騒がせた。
決闘代理人のマルフィサが検察側の代表となり、今回の決闘裁判に参加したのだ。
マルフィサの出自が彼女の決闘での判断や態度を狂わせるかどうか、
彼女とバルジファルは過去に繋がりがあったのか…そして、もっと俗っぽいものでは、
両者のうちどちらの「戦闘力」が優れているかということが、当時の話題となった。

「パルジファル」の知り合いだった記者のカール・インゴルドは、当時すでに辞職していた。
彼はもうこの仕事には就かず、探検家として荒野や廃墟、遺跡と過ごすことを決めたのだ。
だが仕事への誇りや懐かしさから、記者時代に撮影した写真はずっと大切にしまっていた。
数年後、フォンテーヌに戻ってくると、水仙十字院の副院長だった旧友との約束に応じて、
当時の水仙十字院のメンバーの集合写真を撮りに訪れた。その時、レンズの向こうの顔を見て、
かつてたくさんの希望を抱きながら、ポワソン町とフォンテーヌ廷廷の間を奔走していたことを思い出した。
それは夢のような幻のごとく歳月であり、人によっては長すぎるもので、また別の人にとっては瞬く間のもの。
すべてを消し去る洪水が押し寄せるように、事件の光が少しずつ見えなくなっても、
また皆からすぐに身を引くべきだと忠告されても、決して諦めようとしなかった若かりし日の自分を思い出した。
それから、その後に聞こえてきた煉瓦や地面を隔てた叫び声、破裂音、金属がぶつかる音も。
最終的には、「マジック」を使って自分を真っ暗で安全な地下室へと強引に移した少女を思い出し、
決闘裁判での彼女の最後の戦いを、記者として記録できなかった悔しさが視界を滲ませた。


忘却の容器
強い酒を入れる携帯用の金属容器。コーとのポケットに常備しておくのに最適。

その昔、フォンテーヌ廷のために力を尽くした人の酒壺。
ある特定の仕事に携わる人は、生まれ持って冷酷でない限り、
最終的にはこの霊薬に頼らなければ、いずれ精神が崩壊してしまう。

これは、かつてフォンテーヌの安寧のために、為すべきことを為した人のものである。
そして、彼は負傷により退役してから何年も経った後、最後の調査でようやく気付いた。
足跡を辿ってウサギの穴に飛び込んだ彼を迎えたのは、不思議の国などではなく、渦であったことに。

……
記憶が、割れた潜水具から湧き出る泡のように浮かび上がる。
彼は幼い頃にドワイト、バザル、それからカールと遊んだことを思い出した。
彼はいつも英雄役で、カールはいつも悪龍ジャバウォック役だった。
彼が誰よりもよく知る院長の腕の中と、今の感覚はなんと似ていることだろうか。
ポワソン町の真っ赤な炎の光に照らされ、憎しみに歪んだ無数の顔を思い出し、
自分も罪の無い子どもを水仙十字院に送ったことがあると、ようやく思い当たった。

最後にはっきりと思い出したのは、「息子と娘」に初めて出会ったときの気持ちだ。
長いトンネルの果てに光を見たように、マスクを被る前の自分を見た気がした。
だが、漆黒の地獄の底で蜘蛛の糸を掴むがごとく徒労に終わった。
「愛しいアラン、愛しいマリアン…私はお前たちと親しく接したことはなかった。」
「最後まで、どうやってお前たちの『父親』になればいいのか分からなかった。」
「お前たちの成長をただ眺めていた記憶しかない。それを失いたくないのだ…」
酔いが醒めると、あらゆる栄誉と恥辱、愛、執着が液体の中に溶けていった。


老兵の容貌
ある程度、負傷した顔の代わりになる古いマスク。怪我の度合いや使用者の性別によって、さまざまなデザインがある。

その昔、フォンテーヌ廷のために尽くして顔を負傷した者に配られたマスク。
恐ろしい容貌に取って代わるのは、老兵の栄光か、あるいは恥辱か…
傷痕は完全に隠すことができても、心の傷は消えないだろう。

「もし私が戻れなかったら、あの二人の子どものことは頼んだわね。」
共に育ち、かつては同じくフォンテーヌ廷のために尽くした友人はそう言った。
もう一緒に戦ってもらうことはない。友人はそう言いたかったのだ。
しかし今、彼女と彼の間で結ばれた暗黙の約束は、空白の年月となっている。
語られない限り、ポワソン町のことなどまるでなかったかのごとく。

今回、院は水没してしまうと思う。私と院長がいないことで状況も危うい。
だから君やインゴルドのように、信頼できる人に子どもたちを預けたいの。
友人は、口をきけない彼のマスクの下の表情を見抜くと、そう解釈した。

「凱旋したら、またラスクとインゴルドを呼びましょう。」
「今度は私が料理をするわ!腕を見せてあげる。」
彼の目に疑いの色が浮かんだのを見て、友人はむくれながら補足した。
「ここ数年でケーキが焼けるようになったのよ!子どもたちはみんな 大好きなんだから!」

「それじゃ、さよならギヨタン…愛しのエマニュエル。」
「ああ、そっちもうまくいくよう祈ってるよ。何事もないといいんだが…」
「私のスポンジアンが若者にいじめられていないことを願って…」

子どもは好きではない――というより、誰とも付き合いたくない。
人を見ると、彼らの体内にも赤い血が流れていることを思い出すからだ。
だが旧友の頼みである以上、しばらく彼らの面倒を見るとしよう。
バザルが帰ってきたら、この厄介事を返してやるのだ…

黄金の劇団

詳細

黄金の旋律の変奏
硨磲、真珠の母貝、金箔で精巧に作られた花。誇らしげに咲いている。

運命の曲はかつて各所の水路に沿って奏でられ、文明と秩序の調和のとれた旋律を伝えていた。
音符が落ちるところ、野蛮は文明に一掃され、無秩序な原始の地は新しい顔に生まれ変わった。

強い海風が吹き抜け、水面に漂う根の無い浮き草を揺らす。
海草のように短い運命の村落で、若い楽師と勇士が出会った。
星の数ほどある征服に関する叙事詩の中で、この歌はそれほど注目されていないが、
波は二人の戦士の友情を目撃し、その結末を予言した。

蛮族の素朴な性格をまだ捨て去っていなかった若い楽師は、征服された村の奴隷とすぐ友人になった。
その奴隷の本名を今は誰も知らないが、後に「カッシオドル」という名は世に広まった。
それから若い勇士は若い楽師を追って、黄金の帝都最大の街・カピトリウムに向かった…
彼らは厳しい学業と試練を乗り越え、黄金の神王に抜擢されて誇り高き主人になった。

「誇りは栄光の王国に住まう民の胸に咲く黄金の花のようなもの。神王の遠見の下に、もはや貧弱な未開の地はないだろう。」
「誇りは栄光の王国にとって尊厳の盾であり、金色に輝く矛先であり、匹敵するもののない神王の権威を守っている。」
「権力によって締め付けられてこそ秩序が生まれ、秩序の支配の下、芸術と美の自由が咲き誇る。」
「美しい黄金の国では、弱小・蒙昧・野蛮は決して容認されず、庇われもしない。臣従するか、滅びるかだ。」

「友よ、兄弟よ。貧しい過去に未練を抱くな。昔日の人が持つ、上辺だけの卑しい尊厳に惑わされるな。」
「貧弱な肉体と精神を捨てて、鋼のように強く正しい人間になったのに、なぜ些細なことでため息をつくのか?」
「友よ、兄弟よ。バネのように永遠に変わらぬ心の旋律に耳を傾けるがよい。神王が君にささやいているのだ。」
「栄光の王国は、完璧な黄金の未来だけを見据えている。昔日の人は必ず滅びるという終曲が未来で奏でられるだろう。」


黄金の飛鳥の落羽
黄金と白銀の糸で作られた鳥の羽根。上にあるサファイアは透き通っている。

海風が次第に凪いできた頃、空は徐々に夕暮れの薄紅色に染まった。
停泊場のマストに海鳥は留まらず、羽だけが散乱していた。

一度、調和のとれた壮大な交響曲にも、カーテンコールの時は来る。どんな帝国にも永遠の治世はないように。
水路が広がるにつれ、権力は進歩と秩序だけでなく、傲慢、暴力、搾取をももたらした。
「昔日の人」の遥か遠い都市国家、隠士が逃れ住む谷間、さらにはカピトリウムの麓まで…
旋律を調和させる高貴な楽師と鋼鉄の鎧を身にまとった軍団がやってきて、人々の手からすべてを接収した。
まだ征服されておらず、水滴を奪われていないしたたかな人々は、それぞれ団結して必死に抵抗した。

「まさに私が憂い、嘆いた通りだ。兄弟よ、君は高らかに歌っているとき、弱者の声にも耳を傾けるべきだった。」
「誰もが故郷や自然を奪われたいわけではない。誰もが我々の旋律を受け入れるわけではない。」
「兄弟よ、君は彼らを『昔日の人』と呼んでいた。だが昔日に忠誠を誓った人にも、無視できない執着と尊厳があるのだ。」
「我々は意のままに他人を征服し支配できると思っていたが、栄光の王国の輝きはどうして――」

「なんたる軟弱さだろうか!惰弱な哀れみの心がお前の知恵を曇らせ、心をひ弱にし、背後の弱点となって現れたのだ。」
「野蛮と蒙昧が依然としてフォンテーヌの土地に潜んでいる。フォンテーヌの水源を損なっている以上、根絶やしにせねばならん。」
「もし蛮族が壮大な黄金の秩序に溶け込もうとするなら、彼らを受け入れただろう。栄光の王が我々を受け入れてくれたように…」
「だが毒龍スキュラは我々の塔を破壊し、我々の楽師を殺害した。害をなす蛮族には、もはや救いを受け入れる価値もない。」
「受け入れる価値がない以上、土地と水源から彼らを一掃すべきだ。疫病を根絶し、野火を消し止めるのと同じように。」

その瞬間、黄金の時代はたちまち停滞し、果てしない戦争と反乱の渦中に陥った。
征服せよ、滅ぼせという叫び声と、蛮族の苦痛の泣き声が王座の間に溢れかえった。そこで神王は驚きにより目が覚めた・・・


黄金の時代の前兆
黄金と白銀を嵌め込んだ美しい日時計。時計盤の時間はとっくに止まっているようだ。

陽気で気ままな夜明けの海風に乗って、この古い詩曲が届く――
時の流れは前に押し寄せるのではなく、歌い手に従って過去に引き戻される。

海流に沿って漂い、栄光たる王国の金メッキのドームを経て、
夏のそよ風の中、高い壁に囲まれた緑の荘園を通り抜ける。
小舟を浮かべる貴族だろうと、捕虜になった蛮族だろうと、
皆が素晴らしかった時代の楽曲に浸り、思い出に酔いしれる…

それは金色に輝く繁栄の世――栄光の王の良き時代であったから。

「私は孤島の狭い王国の出身です。小屋で生まれ、葦の生い茂る村で育ちました。」
「そんな故郷に、ピカピカの鎧を着た兵士がやって来て、『征服』を告げたのです。」
「まだ子供だった私は、無邪気に半神たちの大きな背中を追いかけて首都に向かいました。」
「幸い手先が器用で澄んだ声を持っていたので、奴隷になる運命を免れました。」
「その後、神王に認められた私は、初めて文明と秩序の力に触れたのです。」
「自分の名前と部族を捨てて、私は生まれ変わりました。世の人は『ボエティウス』の名しか知らないでしょう。」

こうして、蛮族に生まれた子供は黄金の宮殿に心を揺さぶられ、壮大な権威の美しさに心服した。
野蛮な昔の習慣を捨てて忘れようと努力し、生まれたての赤子のように貪欲に新しい知識を吸収した…
すべては生まれ変わって、この偉大な文明の一部分に――真の栄光を身にまとう人になるために。
これは他でもない、金色に輝く繁栄の世――栄光の王が王座に就いていた良き時代であったからだ。


黄金の夜の喧騒
古い形をした銀瓶。かつてはルビーのような美酒で満たされていたが、今では苦い海水となっている。

穏やかな海面がひとしきり逆巻き、小舟を静寂に包まれた荘園と神殿の間に滑り込ませた。
青白い月光の下、昼間はまばゆいばかりに輝いていた黄金のドームも色を失った。

神王は権勢の夢から突如叩き起こされ、静かな星の光は消え去る。
暴力とわだかまりが絡み合って夜より深い闇となり、黄金のドームを覆った。
驚きと後悔の中、王は最も忠実な衛士と調律師を招集し、
分裂しようとする領土に再び平和に取り戻そうと、最後の命令を下した…

しかし、覆水が盆に返ることはない。積もり積もった傲慢と偏見が、調律者と権力者を押し潰した…
尊い犠牲、私心の無い計画はことごとく悪人に破壊され、最終的に瓦解した。
魔龍親王の蛮族の大軍も、自身の力を尽くして帝国を救おうと決意した神王も、
制御できない嵐に巻き込まれた。華麗な宮殿や青々とした荘園まで共に破壊されてしまう…
黄金の楽曲による導きを失い、気高かった栄光の王国の民は欠けた魔像と化したのだ…

黄金の夜、その最後の喧騒が収まった後、調律師のボエティウスは瓦礫の間に横たわった。
瓦礫だけが意識の朦朧とした彼のささやきを聞き分け、裏切り者の罪を記録した…

「一時の狂気のせいで、彼は我々全員を裏切った。」
「秩序は容易には変えられない。人を悔い改めさせるのもまた然り。」


黄金の劇団の褒賞
古い形をした冠。君主からの冠り物というより、舞台の道具に似ている。

荘厳で静かな深き海の底には、かつて栄華を誇った王国の都がそびえ立ち、
雄大な古い夢の哀れな残像のように、色あせた黄金の城があった。
黄金の時代の壮大な歌劇はすでに幕を閉じ、調和のとれた楽章ももはや響いていない。
野心と裏切りが滅ぼした廃墟の上に、「昔日の人」は新たな国を建てた。

「なんと恐ろしい!完璧な秩序がまた野蛮にも踏みにじられ、弱者と蒙昧が帝国の領土を占領した。」
「精霊と泉、泉と騎士…子どものたわ言が叙事詩に取って代わり、俗謡が楽章に取って代わった。」
永遠に続くはずだった権力が神王の一時的な狂気によって打ち砕かれ、今また新しく生まれた蛮族の国に弄ばれている…」
「偉大な帝国が野蛮に戻るのか?無知と蒙昧が理性と文明を征服するのか?」

色あせた城の黄金の劇場で、楽章を失った楽師が二度と戻らぬ往日を偲んで哀歌を口ずさむ。
静かに聞いているのは、飢えて沈黙する魔像――罪なき魂を捕えて食らうのを待ちながら。
黄金の大楽章が再び奏でられるまで待てば、「金色の劇団」は誠実な者が得るべき報酬を受け取るだろう。
完璧な秩序が人間を主人と奴隷に分け、健全な美しさが栄光の王国に再び栄誉を与えるまで待てば…
その日まで待てば…
「金色の劇団」の構成員は皆、未来そのものを褒美として勝ち取れるだろう。

在りし日の歌

詳細

在りし日の遺失の契
海紋石と蒼銀で作られた枯れない花。今でも抵抗者の象徴とされているらしい。

あらゆる水がまだ合流していなかった頃、黄金の権威が荒れ狂う海のように世を席巻し、鋼鉄の軍団は行く先々で蛮族たちをみな従わせた。
軟弱な昔日の人が最後には新たな秩序の楽章に屈するであろうと、そう調律師たちが固く信じていたのと同じように、輝かしい栄華は永遠に続くものだと思われていた…
しかし文明と秩序の象徴であり、比類なき偉大なる旋律は、野蛮な北方に阻まれることとなる。
バラバラであった各部族がアルモリカの若き継承者のもとに団結したのだ。そして、帝国の急所ともいえる辺境で反逆の狼煙を上げたのである…

これが後世に「純水騎士」として讃えられる人物であった。弱き肉体でもって、大空を覆う黄金の権威に反旗を翻そうとしたのだ。
多くの集落を統率していた歌い手の女性は、決して君王として気取ることはなかった。自分は万水の主の天啓を聞き、その意思に基づいて行動する従者であると自称した。
遥か遠くにいるカピトリウムの智者たちは、この荒唐無稽な主張を子供の妄想から生まれた戯言に過ぎないと鼻で笑った。
しかし、彼女の軍隊は依然として暴風のごとく、互いに征伐を続ける集落を数多く席巻した。剣をもって、同胞たちに万水の主と契約するよう説得したのであった。
後世の詩歌や劇において、騎士の誓約には様々なバージョンが存在する。だが、どの版であってもある二つの誓約は不可欠なものである。
其の一、エゲリアの信徒に対して剣を向けないこと。其の二、悪人に一切の妥協を許さないこと(または、わずかな穢れも容認しないこと)。

「私たちは、白銀の不朽の花に誓います。黄金の僭主を高海から追放し、血と涙でもって不義の者たちを一掃すると」
「そして、清らかな泉が再び元のように流れるまで、純水に由来する精霊たち、万水の主が遺した恩恵を守ると」

こうして絶えることのない戦は疫病のようにたちまち広がり、傲慢な黄金を、そして無垢なる白銀を焼き尽くした。
調律師の紛争を無くすという悲願も、ついには水泡に帰した。憎しみはもはや取り返しのつかない結末に向かって、怒涛のごとく押し進んでいく。
それは、救いの光がついに地平線の彼方に出現するその時まで続いた――しかし、それは救いを渇望する人々の目にはもう映らない……


在りし日の空想の念
白銀と青い水晶で作られた、蝶の形をした羽飾り。遥か昔の永遠の誓いを象徴しているらしい。

あらゆる水がまだ合流していなかった頃、海草のように短命な集落で、柔らかい夜風が愛おしい月明かりを撫でていた。
まだ神王の法のことも、高天が定めし行跡のことも知らない少年は、蝶の羽飾りを彼女の耳に着けた。
昔日の人の伝承では、舞い立つ蝶は魂を運ぶ者であり、死してなお不変の愛と誓いの象徴であった。
当時、まだ楽師になる前の勇士は、無数の明日はやがて無数の昨日のように、蝶の舞いの如く美しい今この瞬間に帰すものだと信じていた…

しかし、昔日の空虚な願いが血と炎の哀哭の中で沈むように、運命の乱流は災厄の奔流へと突き進んでいった。
再び相まみえたとき、そこは遥か遠く離れた都市となり、互いに争いを続けていた多くの部族は一つにまとまっていた。
若き楽師は放浪の旅人を装い、武芸大会で、後世まで語り継がれるであろう高貴な英傑たちを数えきれないほど打ち倒した。
そして、ついに優勝者として王との謁見の機会を得ると、栄光と調和の理想を語り、終わらない戦争や憎しみを一掃しようとした。

たとえ最も聡明な楽師であっても、その身分が露呈したとき、湖光のような鋭い刃を受けることになるとは予想していなかった。
偽りの身が処断され、その意識が無に帰す直前――楽師が最後に聞いたのは、彼を懐に抱いた彼女のつぶやきであった…

「■■■■、私の■■■■…もう意に反することを無理に言う必要はありません」
「あなたの魂を冒涜し石牢に閉じ込めたのは、あの呪われた僭主であることを私は知っています」
「心配はいりません。私の■■■■…あの時の約束を忘れたことは、一時もありません」
「いかなる代償を払ってでも、私があなたをあの永劫に冷たい檻から救い出してみせます」
「私たちが再び万水の主の懐で寄り添い、苦厄に悩まされることがなくなるその時まで」
「青き蝶が再び舞い、私たちの魂をあらゆる水の対岸へ運ぶその時まで」


在りし日の余韻の音
青金石と水玉で作られた、変わった形をした砂時計。設計のアイデアはペトリコール町の時計台に由来しているらしい。

あらゆる水がまだ合流していなかった頃、昔日の人の集落には鐘を鳴らすしきたりがあった。
鐘の音は、日の出と日の入りを告げるとき、また誕生や弔いのときにも鳴り響いた。
そしてついには、黄金の衾が空を覆う終末の瞬間、破滅を告げる鐘が鳴り響いた。

疲れることのない鋼鉄の軍団は、もはや誰もその名を知らない集落を地図上から抹消した。
しかし、わずか数十年後のこと…栄華を極めた帝国が同じ運命を辿ることになるとは誰も予想していなかった。
金で飾られた宮殿は瞬く間に瓦礫となり、高貴なる音律は野心と裏切りのもとに崩壊した。
神王の悲願はこうして幕を閉じた。だが、黄金の歌の残響は依然として人々の心の中で反響していた――
ある者は昔日の栄光に執着し、あらゆる代価を払ってでも再びその楽曲を奏でようと…
そしてある者は昔の名を捨て、平和な明日のために、潜伏を続ける不気味な影を駆逐しようとした。
またある者は、過去の名前だけを残し、縹渺たる伝説とともに歌の中に姿をくらました…

「あらゆる願いをかなえる聖なる器…ふん、あの純水の精霊がそう言ったのであっても、あまりに荒唐無稽な話です」
「水の中の血を洗い流せないのと同じで、罪を洗い流せる者はいない。たとえ人々がそれを忘れたとしても、罪は罪なんですから」
「白昼の輝きを取り戻せないのと同じで、過去を取り戻せる者はいない。過去がとうの昔に失われたことなど、私でさえ知っていますから」
「……」
「しかし、もし本当にそのような聖なる器がこのおかしな世界に存在するというのなら、それが本当にあらゆる願いを叶えられるのだとしたら…」
「もし本当に未来のためにすべての涙を拭き、高海の後継者に二度と過去の苦痛を味わわせないのだとしたら…」
「最後に一度だけ、私をその虚妄におぼれさせてほしい」

数十年もの間、彼女の耳元から離れることのなかった悲しみと哀哭、故人たちの幻影、
彼女のために死んだ者、彼女によって死んだ者、そのすべてがもう重要ではなくなった。
独り山谷に足を踏み入れる直前、昔日の晩鐘が再び聞こえたような気がした…
それは間違いなく黄昏の太陽であったが、それを黎明の光明として見る者もいた。


在りし日の約束の夢
伝説の「純水の杯」を模して作られた華美な容器。最も純粋な人の願いを叶えるらしい。

あらゆる水がまだ合流していなかった頃、昔日の人の集落では「純水の杯」に関する伝説が語られていた。
古来より宝杯の本当の姿を目撃した者は誰もおらず、遥か昔から伝わる精霊たちのわずかな言葉だけが、
「原初の水で満たされた金の杯」が、人々の幻想から生じた単なる虚像ではないことを証明していた。
言い伝えによれば、その聖なる造物はあらゆる恐るべき傷を癒やし、老人を若返らせ、死者を蘇らせることができるという。
そして、最も純粋な者だけがその姿を拝むことができ、永遠の命と無限の知恵を得ることができるとされていた。

古代の哲学者が言うように、盛衰は入れ替わるもので、永遠に維持されることはない。一夜にして、調和と栄光の歌は突如終わりを告げた。
文明を誇った人々の哀哭は、永遠の名を冠した黄金の都と共に終わりのない海の底へと沈んでいった。
古代の哲学者が言うように、盛衰は入れ替わるもので、永遠に維持されることはない。一夜にして、本来の復讐の誓いは突如破られ、
血と涙によって仇敵を一掃すると誓った歌い手が、いつものように悪夢から目覚めると、向こうに見えるのは怒れる荒波だけであった…

「原罪を背負いし高海の子よ、苦しみを味わいし我等が兄弟姉妹たちよ」
「汝は運命の凶兆を知り、最後に訪れるであろう災禍を目にした」
「心を強く持て。怯える必要も、恐れる必要もない」
「原初の水を求めよ。あらゆる願いに応じる原初の杯を求めよ」
「彼女に願いを告げれば、すべての罪に対する慈悲を、やがて得られるであろう」

そうして精霊との約束のため、歌い手は「純水の杯」を探す旅へ出た。
「純水の杯がすべての願いを叶えてくれる」という伝説が、人々の間で広まっていった。
夕闇の果てが訪れ、彼女は「原初の杯」がどういう物であるかを初めて知ることになる……


在りし日の伝奏の詩
かつてフォンテーヌの歌劇創作者の間で流行っていた礼帽。羽飾りのデザインは、伝説の純水騎士の兜のひもを参考にしたらしい。

あらゆる水が一つに合流した頃、往日の廃墟を乗り越え、慈愛に満ちた女主人が新たな都市を建てた。
長き夜は終わりを告げ、白昼が到来した。過去の出来事は夢の跡となり、夜闇とともに消滅した。
真の黄金時代の到来であった。もう権威に陶酔する僭主も、復讐に溺れる蛮族もいない。
広大な楽章は二度と蘇ることはなく、愛と正義を讃える詩だけが、朝の風とともに高海の四方を吹き抜けていった…

それらのうち、一部の題材は時を経ても衰えることなく、数千年が過ぎた今日でも人々の間で語り継がれている。
例えば「純水騎士の冒険」は多くの詩人や劇作家によるアレンジを経て、市民の誰もが知るものとなった。
言い伝えでは、彼らはかつて白銀の甲冑に誓いを立て、まだ汚れていなかった源露を守るために純水精霊たちと共に戦ったという。
さらには、彼らは無数の試練を経てついに伝説の「純水の杯」を手にし、あらゆる水の女王の帰還を迎えたのだという…

「数多の英傑が集いし栄華の宮廷、竜の血を受けし騎士」
「魔法使いと塔に囚われし貴婦人、聖なる器を探す旅」

盛宴と誓いの言葉、悲恋と離別。多くの幻想の中にあった美しい詩篇が、「エリニュス」が見守る中、幕を上げた。
ただ、その同名の英雄は彼女とは何ら関わりがない。往日の名を冠した歌は、結局のところ今日の夢に過ぎないのだ。

残響の森で囁かれる夜話

詳細

無私の花飾り
物語の中で魔法使いがつけていた花飾り。彼女が愛する他の装飾品と同じように、蝶の形があしらわれている。

親切な魔法使いの物語・1ページ目

子犬は屋根裏に駆け上がり、埃を吸って思わず何度もくしゃみをした。
「パイ、あなたはもともとアップルパイみたいな色をしてたのに、桑の実ジャムを塗られたみたいになっちゃったね。」
少女は「パイ」という子犬を追って狭い屋根裏に入り込み、パイの体についた埃を払ってあげた。
屋根裏には美しい装丁の本がたくさん積まれている。女の子は、表紙に綺麗な金の羽の蝶が施された一冊の本を本棚から取り出した。
「物語の本かなぁ。もしかしたら、ママが話してくれたお話はこの本に載ってるのかも! パイもそう思う?」
子犬は短く吠えると、いつものように女の子の足元にうつ伏せになった。
「ふふっ、もしママよりも先に全部読めたら…」

それは大昔の出来事というわけではなかった。残響の森の中に、どんな願いでも叶えられる魔法使いが住んでいるという伝説の話だ。
しかし、その魔法使いは他の物語に出てくる魔法使いと一緒で風変わりな性格をしていた。魔法使いは森全体を霧で覆い、森に入った侵入者を残響によって惑わせる魔法を使っていた。そのため、彼女の隠れ小屋を見つけられる人はほとんどいないのだ。願い事など、なおのこと難しい。
ところがある日、ついに一人の若者が魔法使いの家の扉を叩いた。
その若者はもともと青い花を探していたのだが、途中で金の羽の蝶に目を奪われ、それを追いかけていたらいつの間にか小屋の前に辿り着いていたのだ。その時になって、彼は初めて願いを叶えてくれる魔法使いの伝説を思い出した。そしてしばらく迷ったあと、家を訪ねることを決めたのであった。
彼が三度目のノックをしようとすると、扉が開いた。
「願い事があるのですが…」若者が言った。
「皆がそう言う…」魔法使いは彼の話を遮った。「お前の願いを叶えるのは容易いこと。しかし、願いの対価は人によって異なるぞ。」
「僕には愛する少女がいる。けれど、彼女の心は既に他の誰かのものです。でも僕は、魔法の力で彼女の気持ちを変えさせたいとは思わない。ただ、彼女にはこの世のすべての幸せを手に入れてほしいと思うのです。もしこの願いを叶えてもらえるなら、僕の持つものすべて…時間でも、お金でも、魂でも全部を捧げるつもりです。」
「お前の願いは叶うだろう。だが、その対価を払う時は将来訪れる。それがお前の魂とは限らない…魔法使いは常に身勝手だからな。」
「でもこの世に魂よりも貴いものがあるでしょうか?」
「その時になれば分かる。約束の時が訪れたら、金のごとき心だけが量られることになるだろう。」
……


誠実なつけペン
物語の中で魔法使いが使っていたつけペン。その滑らかな書き心地は、数ある美点の中でも特筆すべき箇所としては取るに足りない部分である。

親切な魔法使いの物語・2ページ目

……
「魂を売る取引、物語の中ではいつも簡単にできちゃう…だったら魂はもっと安くあるべきだよね。じゃなかったら、なんで人々はいつも簡単にそれを渡してしまうの?」
しかし、彼女は魂の意味を知らないし、見たこともない。それに比べたら、アフタヌーンティーの美味しいおやつや、パイとガーデンで遊ぶ時間、寝る前にママが話してくれるおとぎ話のほうがずっと大切なものだ。
「幸い、私たちには魔法使いに叶えてもらいたい願いはないから、大切なものと交換する必要もないよね。」
ページをめくる…

魔法使いの承諾を得たとはいえ、その若者自身も願いが叶うというのがどういう光景なのかを想像できなかった。
より具体的な願い…例えば、底なしの富や他者を従わせ臣服させるような権力なら想像しやすい。でも、その上にある幸福とは何だろうか?
若者は、魔法使いは多くの魔道具を持っており、その奇怪で非凡なコレクションの力を利用しているのだと聞いたことがあった。彼は好奇心を抑えきれず、魔法使いにどの道具でこの願いを叶えるのかと聞いた。
「魔法のつけペンで書いた言葉はすべて現実となる。彼女が運命の寵児となるだろう。」
魔法使いがインク壺を軽く揺らすと、黒い水が波のようにうねる。それを若者は不思議そうに眺めた。彼には、その中の波によって浮き沈みする小さな孤島が、まるで自分たちの暮らす世界のように見えた。これまでに見たことのない様相と風景が、スケッチブックのページのようにめくられていく…
彼はそれを見ているうちに魅了され、インク壺の広い口から中に落ちて、黒い水に溺れそうになった。
「インク壺の中には彼女が想像することのできるすべてが入っている。彼女が願えば、すべては彼女のものとなる。」
紙の上につけペンを走らせたことで、少女の運命は変えられた。
いつからかは分からないが、少女は次から次へとやってくる幸運に驚かなくなった。
彼女からはあらゆる憂いが消え、ほぼすべての事が彼女の思い通りに進んでいった。彼女が欲しいと思ったものはすべて、最終的に何らかの形で彼女の手に渡った。
人々はみな彼女を愛した。彼女の容姿を褒め、彼女の品行を称賛した。以前は自分の事など気にもかけないだろうと思っていた人ですら、すっかり態度を変えてしまった。
次第に、彼女は自分に向けられる賞賛の言葉や羨望の眼差しに慣れていった。彼女の容姿は決して特別良いわけでもないし、品行も至って普通だが、運命は彼女にすべての恩恵を与えた。
……


忠実な砂時計
物語の中で魔法使いが頼りにしていた砂時計。それに対して間違った呪文を唱えると、時間の流れが急に速くなるらしい。

親切な魔法使いの物語・3ページ目

……
「もし魔法のインクペンがあったら…パイはなんて書く? たくさんの犬用ビスケット?」
女の子は本を下ろしてパイの頭をなでた。子犬は尻尾を振ってそれに応えた。
「あっ! パイは字が書けないよね。だったら私が代わりに書けばいいか。たくさんの犬用ビスケットと、それから…」
ページをめくる…

「バカバカしい。青いリボンなんかがそんなに珍しいの?」少女は容赦なく訪問客を追い払い、その人が持ってきたプレゼントを隅に投げ捨てた。確かに、昔はカワセミのように青いリボンを気に入っていたこともあったが、今ではそんなありきたりな物にはまったく興味をそそられなくなっていた。
「ああ、かわいそうな子!」母親がため息をついた。
少女は母親の説教に嫌気が差していた。彼女のもとに幸運が訪れたのはほんの短い間だったが、富はいとも簡単に手に入ったし、当然のように人心をあっさりと掌握できた。この世ははじめから彼女を中心に回っているのだと、何度も思った。
「母親なのに、どうしてお母さんは他の人みたいに私を愛してくれないの?」
自分を愛してくれない母親など必要ないのかもしれないと、彼女は思った。
その後、少女は家と家族を残して出ていった。これで魔法がもたらす幸運を享受できるし、良心の呵責に煩わされることもない。
彼女は、感動する風景や食べ物がこれ以上なくなるまで、あらゆる場所を旅した。その暮らしはまるで終わることのないダンスパーティーのよう――色々な人が彼女のもとを訪れたが、そのダンスホールに留まる人は誰もいなかった。
ある時は故意的に、彼女は「友達」と呼ぶ人に意地悪く接した。しかし彼女の行動がどんなに礼を欠いたものでも、次の日になれば友達はみな笑って彼女を許し、今までと同じように彼女を愛した。
人々は彼女にただひたすら尽くすのみで、何かを求める者はいなかった。
……


寛容なインク壺
物語の中で魔法使いが使っていたインク壺。つけペンに引けを取らない不思議な魔法を有している。

親切な魔法使いの物語・4ページ目

……
女の子は本を読んでいる。そして、パイは彼女の隣に寄り添っていた。
ページをめくる…

少女は母親が亡くなったことをかなり後になって知り、久しぶりに故郷に戻ってきた。よく知っている人も知らない人も、みな他の場所の人たちと同じように彼女に礼儀正しく接してくれた。
「すべてが君の思い通りになったのに、なぜ笑わないんだ?」
そう話す若者を彼女は見たことがあった。もしかしたら、単なる多くの追随者のうちの一人かもしれない。
「お母さんの言う通りだった。私はかわいそうな子供。この恐ろしい呪いのせいで、私は二度と本当の意味で幸せにはなれない。」
「ああ! 君は無私のプレゼントを呪いと呼んでいるのだね。これはある人が魔法使いと取引し、自分を犠牲に換えたものだ。それに彼は、君からの見返りを得ることなど考えもしてなかった。この世にこれほど偉大な愛があるとでも?」
「彼は、幸福を得る方法を私より知っているみたい。」と少女は言った。「得るだけで対価を払う必要のない人生に何の価値があるの? 最も価値のないものは、誰も必要としないもの。もしかしたら、私自身が余計な存在なのかもしれない。」
「それは違う…君は存在すべきなんだ。少なくとも僕にとってはそうだ。」
「なら、あなたは私から何を得たいの? もしあなたのためにできることがあれば…」
若者は、困ったような顔をした。
少女は大いに失望し、魔法使いが隠れ住む残響の森に行き、恐ろしい呪いを解く方法を探そうとした。
一方、若者は魔法使いから借りてきた魔鏡を取り出し、少女を止めようとする。
「魔法がもたらした幸運が、君のもとから離れてしまったら…」
そして、少女は可能性を示す鏡の中で、幸運が衰えた後の光景を目にした――すべての財産を瞬く間に失い、彼女に傷つけられた人々はもはや彼女を笑って許すことはなく、その代わり罵声を浴びせ、白い目を向けて、誰も彼女に近づかなくなった。それはまるでダンスパーティーが終わったあとのようだった。彼女が以前のように旅をして回っても、誰からも関心や気遣いを受けることはない。風雨で転んで、子供たちに笑われる光景も目にした。かつて彼女が手にしたすべてのプレゼントは、いま十倍、百倍にして返さなければならない。
彼女はそこから一歩も動かない。鏡の中で見た様々な出来事がすでに自分の身に起こっており、人生が苦役の連続で、押しつぶそうとしているかのように感じた。
「幸いだったね、魔法がもたらした幸運はまだ君を見捨てていない。この世に君の軟弱さをあざ笑う人はいないよ。」
……


慈愛の淑女ハット
物語の中で魔法使いが愛用していた淑女ハット。彼女は特に、落ち着いていながら遊び心のあるデザインに惹かれたようだ。

親切な魔法使いの物語・5ページ目

……
パイは退屈で仕方なさそうにあくびをした。
「お話はもうすぐ終わりだから、もうちょっと待っててくれる?」
ページをめくる…

「そうだとしても、私はより困難な道を選ぶ。」
あの遠い日の冬の夜のように、彼女は母親の懐でうとうとしながら――今ではほとんど忘れてしまったが――いくら聞いても飽きなかった物語に耳を傾けていた。物語の主人公たちはいつも幾多の苦難を乗り越えて旅の終点へと辿り着くことができ、旅の途中で払った代償や失ったものは、そう簡単には手に入らない報償をより貴重なものにした。
「私は鏡の中で人々が私のことを愛さなくなり、嫌悪する姿を見た。もう一度彼らが笑ってくれるようになるだけでも、これまで想像してこなかった苦労を伴う…でも、それが本当の世界。変化に満ちて捉えどころのない世界。」
「違う、それではダメなんだ! 君は必ず魔法がもたらす幸運に幸せを感じなきゃならない。でないと…」
「何を心配しているの? 仮にあなたが他の人と同じように、魔法の力が消えたあと私を愛さなくなっても、私はあなたたちを愛し続ける。物語の中の主人公みたいに、この自由な世界にいるすべての人たちに本心で接するわ…あなたが受け入れてくれる限り、私の心もあなたのものよ!」
鐘の音も他の予兆もなかったが、魔法使いの言っていた約束の時間になったようだ。
「道理から言えば、彼女が鏡の示す旅を終えてから現れるはずだったんだが、まだ少し早かったようだ…まぁ、魔法使いはいつも身勝手だからな。」
魔法使いは約束通り、若者が支配できる物の中から彼女が一番欲するものを取っていった。
「願いは叶ったけれど、僕はすべてを失ってしまった…」
「彼女は素晴らしい登場人物だったよ、別の物語の中でもね。」魔法使いはゆらゆらとインク壺を揺らし、少女はそれ以来、その中に囚われてしまった。
「でも、彼女は僕のために存在する少女だ。ちょうど僕がそうであるように…もし彼女が解放されない運命にあるのなら、彼女を探しに行かせてほしい。僕は瓶の中に無数の宇宙や物語を見てきた。もしかしたらその中に、僕たち二人を許してくれる世界があるかもしれないし、僕も素晴らしい登場人物になれるかもしれない…」

「よし、覚えたわ! 今夜ママにこの物語を教えてあげよう。ねぇ、ママは気に入ってくれると思う?」
パイは女の子のことなど気にせず、立ち上がって空に何度か吠え、さらに何度かくるくるとその場で回ってから屋根裏から飛び降りた。
「ふん、あの子ったら。きっとお腹が空いててちょっと拗ねていたのね。本当に子どもなんだから。」
そして、女の子もその場をあとにした。装飾の施されていない物語の本だけが屋根裏の床に残された。

遂げられなかった想い

詳細

陰に咲く光の花
灰色の石に彫刻され、巧みに金箔を貼られた花。ある戦争では、敵味方の区別の証として使われていたという。

あれは多くの部族の旗が灰色の埃をかぶり、徐々に色を失っていった時代。
玉座の前に立つ半人は、ひび割れたリングを手に持ち、独裁者の権力を振りかざしていた。
過酷な命令の中、泥まみれの根元からも、かがり火からも、そして深い森に落ちた影からも、
誰も深淵の暮夜の使者や遠くへ去った先祖、最初の神々が残した誡めを聞くことはできなかった。

そして古から訪れた暗闇が、幾千万の闇を飲み込む時が訪れる。
まるで古い巻物に付いた血を拭っても、なお残る鉄の臭いのように。
漆黒の闇が深き地に潜んだ時、赤い瞳の少年は
数多の災難を乗り越え、流れる光のような水の国から禁城の丘へと戻った。

彼が空中の庭に足を踏み入れた時、腰の曲がった盲目の老婦人のかすれ声を聞いた。
「蔓に覆われた沼地にも絢爛な花は咲くもの。」
「探しに行きなさい。ここは巨獣の骨が積み重なる死の地なのだから――」
「寒く残酷な夜に、炎に身を投じる真の正義を貫く人たちを探しに行きなさい。」
「彼らの大望、憎悪、貪欲、野望を裏切らないように。」
「燃え盛る炎を見ようとする彼らの目を裏切らないように。」

最初に到着したのは、輝きを失った羽飾りを手に持つ少女だった。彼女はキヌバネドリのように、各テントを飛び回りながら、少年のために情報を集めてきた。
次にやってきたのは双子の英傑だ。刃物よりも鋭い口と牙を持つ兄と、その背中で暴君の鞭を多く受けてきた弟である。
赤い瞳の少年が竜たちを救ったことを聞き、寡黙な勇士も彼のために力を尽くしたいと思った。

「しかしもう一人、城の構造に詳しい者が必要だ。」
「手の平にあるからくりをいじるように、目に見える道も隠された道にも詳しくなければならない。」
赤い瞳の少年はそう言った。
長い沈黙の後、人と竜の共生を望んできた寡黙な勇士が、ある噂を思い出した。そして、一人の職人の名を口にした。


光褪せた翠尾
輝きの褪せた尾羽の飾り。表面の模様は遥か昔の職人が手掛けたものらしい。

「ターコイズで飾られた彫刻を見た者は、誰もがその巧妙な造形に魅了されるだろう。」
「精緻な金色の碑文を見た者は、誰もが芸術家の卓越した技術に感服するだろう。」

少女は深い絆で結ばれた少年の言葉に従い、噂に聞く職人の姿を捜し歩いた。
だが豪華な庭や貴族の宴の中をいくら探しても、収穫はない。
困り果てた彼女は黄金の羽飾りを取り出し、微かな光の下で亡き父の顔を懐かしんだ。
すると、横で顔の半分をフードに隠した酔漢が、羽飾りの紋様の由来を冷たい口調で語り始めた。

荒れ果てた酒場にいる恐ろしい顔をした乞食が、華やかな装飾品の制作者だと誰が思うだろうか。
フードに隠れた顔半分は、焼けただれている。皮膚と肉はどろどろの血に覆われていた。
しばらく驚きで固まりはしたが、少女は恐れることなく、羽飾りを彼に渡した。
光を失った作品を眺めながら、彼はすでにこの場所から失われた
尾の長いカワセミの物語を語り始めた。当時、彼は皆に尊敬されるある人物に頼まれ、これを作ったという…

「その人は私の父で、部族の竜たちを庇ったせいで罪に問われ、命を落とした。」
少女の声は冷たかった。職人はその瞳の奥から、自分と同じ憎しみの炎を見た。

彼女が来意を明かす前に、彼は「では、あなたの…様のために尽くそう」と申し出た。
実際、職人は彼女のために尽くしたいと心の中でそう思ったが、口に出すことはなかった。
何故なら、少女には心に決めた相手がいると分かってしまったからだ。


大業を成す刻
古の国が時間を測るために使った日時計。目盛りの一つには、細かく観察しないと見えない小さな印が残されている。

古代遺物を研究する多くの者を困惑させたものがある。
それは、埃を被った古城の廃墟から掘り出された多くの日時計の上に、
タガネで刻まれた跡が見つかった点だ。それもまったく同じ位置にである。

峡谷から来た者はそれをこう考えた、信仰を失った者が再び黒曜石の柱を灯した時刻だと。
その日、部族の主の代理人である鉱山の娘サックカが、彷徨う魂たちを夜の国へと還した。
吊るされた木の里から来た者はそれをこう考えた、契約を捨てた者が再び六族の竜たちと契約を結んだ時刻だと。
その日、戦士たちに信頼された融資である寡黙な英雄ユパンキは、竜の首に繋がる鎖を剣で断ち切った。
泉の源から来た者はそれをこう考えた、過去を忘れた者が再び波音に耳を傾けた時刻だと。
その日、双子の英雄の兄である饒舌なアタワルパは、過去の栄光に対する人々の渇望に再び火を灯した。
沃土の大陸から来た者はそれをこう考えた、抑圧されてきた人が再び大地の上に立った時刻だと。
その日、双子の英雄の弟であるチャンピオンのワスカルは、先頭に立って漆黒の洪水に相対した。
山頂から来た者はそれをこう考えた、檻に囚われた者が再び自由を取り戻した時刻だと。
その日、赤い瞳の英雄が神の怒りを呼び、侵食された都市を焼き尽くして、部族に平和を取り戻した。

その場にいた謎の煙の地から来た者、秘密を知る若者だけが沈黙し、
独りで純白の巻物に描かれた情景を思い出していた。あれは暗闇が太陽を覆いつくした時だったといわれている。
この時のために準備をしてきた英雄たちは、機を逃さず、玉座にいる理性を失った君王を倒した。
野史の記述によると、計画を立てたのは名前を知られていない職人だったとされている。

「だが職人は、部族の権力を部族に返す戦争で言葉を残さなかった。」
「そしてその後、幾重ものベールに包まれた古い物語の中でひっそりと姿を消した。」

若者は、その多くの日時計に刻まれた同じような痕に触れた。
数えきれないほどの日没前、そして計画の日程が決まった後――存在しないかもしれない手と、
その手の持ち主がタガネで日時計に痕を刻んだ時刻に思いを馳せながら。


計略の盃
陶器の三足杯。かつては多くの英雄が篝火のそばで杯を掲げ、各々の野望と願いを語った。

彼は赤い瞳を持つ少年と、彼の英雄たちに過去の苦難を語った。
禁城の君主はかつて部族の職人を集め、
旗のような翼を持つ作り物の巨獣を地下から掘り出させて、自らの野望を満たそうとした。
だが、君王の気まぐれはすでに多くの者に知られていた。そのため、全ての秘密を解き明かした日に
彼は大火を起こした。すべてを燃やそうと、事情を知る者を遺跡と共に、石門の裏に埋めようと…

すべてを焼き尽くす烈火の中、職人は恍惚とした死に際に、
石の頭からこぼれ落ちる金色の涙が自分の眼に落ちるのを見て、様々な風景をその瞳に映した。
彼は夢うつつの中で巨大な造物を、精巧に動く機械を、
流れる炎によって動く影を、そして遥か遠い地平線から天へと昇る月を見たと語った。

「それで、その金の涙が…」「湧き出るインスピレーションの源なの?」
それを作り話として聞いていた双子の英雄は、笑いながら尋ねた。
その口調には信じないというからかいがあった。二人はいつもそうで、男はとっくに慣れていた。
少女の問いかけの視線を受けて、彼はあざけ笑った、顔半分の筋肉が痛くなるほどに。

実際、彼は命を奪いかねない炎の中で、それ以上のものを見ていた。例えば流れる黄金の模様、
遺跡から逃れる道、偉大なる帝国を築き上げるための数多くの鉄則など。
だが最後の一つは少年たちにとって、あまりに遠いものである…
彼は少ししか酒が残っていない杯を置いた。

おそらく、一切が落ち着き、古い礎石が一新され、
事がさらに進んだ時に、彼は喜んですべてを打ち明けるだろう。
なぜなら、この時の彼の大胆な発想は、新王のために輝かしい帝国の城壁をどう作るかというものだったからだ。


主なき冠
ターコイズとエメラルドで飾られた黄金の宝冠。ベルベットのクッションの上に置かれるのみで、戴冠式に登場したことは一度もない。

かつて彼女の願いに応じて、故国が滅んだ後に輝きを失った羽飾りを再び作り直そうと言う人がいた。
そして彼女は、その尊敬に値する人にターコイズの冠で返すことを約束した。
だが漆黒の魔物が振るった刃の下、あの無残な死体を目にした少女は理解した。
この手で鍛造し、華やかに飾り付けられ冠は、戴冠式に現れない主人を一生待ち続けることにになると。

長い年月が経ち、六つの部族の間である噂が広まった。亡くなった鉱山の老婦人が奇妙な趣味を持っていたというものだ。
その老婦人は様々な装飾品、それも煌びやかなものばかり好んで集めていたという。その多くは今の技術では造れないものばかりだそうだ。
中でも、ある職人の名が記されたものであれば、
彼女はどれだけ宝石を支払うことになっても、惜しまず買っていた。
たとえ、それが偽物であっても。

部族の者が、せめて偽物の作り手の欲を満たさないようにしたほうがいいと忠告した。
すると、老婦人はこう答えた。「彼の名声を汚すような偽物を野放しにはできない。」
それに彼女はいつも、偽物を生み出すような卑しい者を一度も見逃さなかった。

勇敢に死に赴いた友人と比べれば、彼女の人生はあまりにも長いものだ。
そこで彼女は残りの時間を、英雄たちが残したものを集めるのに使うことにした。
彼女の愛した赤い瞳の少年は、使命を果たした後に聖火の中へと還り、ほのかな温もりだけを残した。
寡黙な英雄が君王の炎の中に倒れたとき、その目に映った新世界は、彼にとって最高の報いであった。
騒々しかった双子の豪傑は、敵の手にかかる兄弟を目の当たりにして、悲しみのあまり声を枯らすまで泣いた。

「結局、アタワルパのほうが先に逝くなんて…一番弱かった私が最後まで生き残るのを、誰が予想しただろうか。」
「波風を経験した者はいずれ平坦な陸地に飽きてしまうと、部族の知者がよく言っていた。確かにその通りだと思う。」
「みんながいないこの時代は、実に退屈だ。」

だが、去っていった友人たちと再会するときはいつか訪れる。長いことずっと待ち続けていた予感が現実となる時がやってくるのだ。
彼女は数多とある装飾品の中から、職人が作った本物の品をすべて選び取った。偽物と比べて、それはあまりにも数が少ない。
そして彼女は彼の名前が刻まれたものを手に、深い夜の中へ消えると、二度と戻って来なかった。

言い伝えによると、翌日、人々は彼女がターコイズの冠を置いた木の下で、
彼女の遺志に従うと誓った。そして、彼女が持ち去った職人の名を歴史から消したという。

諧律奇想の断章

詳細

響き合う諧律の前奏
黄金と青き石で飾られた咲き誇る花。かつて、不滅の者に与えられた栄章であった。

あれは無知な海霧が高海を覆い尽くし、衆の水の民がまだ愚昧だった時代。
赤い砂原と暗い山々の間に、故郷を失った神がいた。
彼はオアシスの歌い手だったが、烈日の君主の威光の下、故国を失った。
砂の王に仕えることを望まず、故郷を失った神は流浪の道を歩むことにした。

万水の源の光なき海淵の下には、いかなる史書にも記載されていない都市がある。
高海を墓場にしようとした故郷を失った者は、偶然にも大地より古い廃墟に足を踏み入れた。
終わりの見えない回廊を抜けて神殿の廃墟の中心にたどり着くと、彼は銀色の杉の下で、
この忘れ去られた都市に残された唯一の生物――銀の枝に囲まれた金の蜂の言葉を聞いた。

「遠方より訪れし旅の者よ、これは偶然ではない。運命の手がそなたをここに連れてきたのだ。」
「我は銀の樹を守る使者であったが、長い時の中で心も形も失ってしまった。」
「だが、我の目には未来が見える。旅の者よ、そなたは再び都市と臣民を手に入れるだろう。」
「そなたが築き上げた国は繫栄し、いつの日か高海を統治するだろう。」
「そなたは彼らに文明と正義をもたらすが、彼らはやがてその正義のせいで滅びる。」
「結末を知ってもなお、旅に出るというのなら、上へと導こう…」

「予言する金の蜂よ、もしこれが本当に運命だというのなら、選択の余地などないだろう?」
「もし選択する機会があるのなら、あなたの言ったその不変の結末は必ず変えられるだろう。」

言い終えると、水なき空洞は音を立てて崩れ、銀の樹は金色の船に変わった。
これが、後に楽章を奏でる栄光の王と予言者シビラとの初めての出会いであった。


古海の幽深なる夜想
伝説の金の蜂の羽根を真似て作られた羽飾り。そよ風に吹かれて微かに震える。

あれは啓蒙の歌声が高海に響き渡り、森と荒島が栄え始めた時代。
音楽を愛する神はメロピスで高塔を建て、離散した民を呼び寄せ、新たな国を作った。
豊穣の角笛が土地の豊作を祝福し、往来する船が島々を一つに繋げた。
憂いなどない良き時代のはずなのに、歌い手の声はなぜ悲哀に満ちているのだろうか?

「予言の通り、栄光の王になり、民に文明をもたらした。」
「海に平和を与え、正義に基づいて大地を治め、進歩と秩序を天下に広めた。」
「しかし、新たに創られた栄光の国が反映するほど、ますます不安と悲しみを感じるようになっていく。」
「予言では繁栄は百年続くという。だがその後は? 破滅する種がすでに芽生えている。」

「栄光の王よ! 盛衰と変化は世の常であり、フォルトゥナの法則だと言ったはずだ」
「貧乏でも裕福でも、皆は運命の奴隷。玉座に登ることも、塵になることもそうだ。」
「運命の歯車は冷酷に回り続ける。いくら抗おうと、来るべき結末を変えることはできない。」
「波乱万丈な劇のように、終幕は最初から決まっているのだ。なぜ悲しむ必要がある?」

永遠が愚かな幻夢であり、不滅が盲目の狂想であることを深く理解していても、
高海の民の王は予言された無明の未来に耐えられなかった。

「運命に定められた審判の時が訪れれば、無慈悲な波は儚い栄光と幸福をすべて吞み込むだろう。」
「必ず訪れる未来をみることはできるが、破滅を招く原因を探る神聖な知恵は持ち合わせていない。」
「だが光なき海の最深部、溢れる源水の国では、衆の水の主が幽閉されていることを知っている。」

「無限の海がそなたの王国を呑み込むと予言されたように、彼女は答えを知っているかもしれない…」


運命と輪廻の諧謔
運命の輪を模して作られた時計。今はもう回せなくなっている。

あれは壮大な楽章がまだ奏でられておらず、黄金の艦隊がまだ出航していない時代。
呪いを解く答えを求めるため、栄光の王は源水を探す旅に出た。
高海の下には血と憎しみの臭いが漂う、龍の子孫が住む王国があった。
かつて古海の魂に仕えたヴィシャップのプリンケプスが、衆の水の主の監獄を守っている。

まるで古の戦争が再現されたように、海をも沸騰させた戦いは三十日間続いた。
疲れ果てて一時休戦する中、神王はようやく音楽で自らの来意を告げた。
ヴィシャップの王獣が僭越な狂想を耳にすると、笑い声をあげた。

「凡人の僭主よ、お前は根も葉もない呪いを憂い、運命の鎖に縛られると愚痴をこぼす。だが、我が一族がかつて百倍の苦痛を受けたことを知らぬのだろう。」
「ワシらは土地と太陽を失い、光のない海底で生きながらえるしかなかった。」
「凡人の僭主よ、お前も知っての通り、運命は高天の軌跡であり、決して変えることはできぬ。お前の考えは裏切りに等しい。」
「じゃが、もし本当にそのような愚かなことをしようというのなら、衆の水の主に会わせてやろう。」

そして深き海の底、永夜の幽邃なる住まいで、万水の慈悲ある女主人から、
栄光の王は恐ろしい秘密をすべて知った。だが、救いの答えは一切得られなかった。
水の主人はかつて許されざる大罪を犯した。そのせいでかけられた呪いも、同じく取り返しのつかないものだった。
それでも野心と希望を胸に抱いた王は、そこを離れる前に、純潔の水を一杯持って行った。

「海が我が臣民を呑み込もうとするならば、彼らの魂を水と相容れないイコルに封じ込める。」
「時間が我が国を朽ちさせようとするならば、精銅と磐石を使って彼らに朽ちない身体を作る。」

強い海風が黄金の国を吹き抜ける時、運命の舵輪を逆転させられるのだろうか? 答えを知る者はいない…


降り注ぐイコルの狂詩
銅をベースにして焼き上げられたリュトン。かつては楽園の美酒で満たされていた。

あれは高海で狂詩が奏でられ、不滅の軍団が出発の準備を整えた時代。
栄光の王は黄金の帝都を築き、至尊の名で天下を統べた。

巨大な船が訪れると、一つひとつの都市国家は至高なる権威に臣服した。
音符の落ちる場所で、文明の交響曲が野蛮の歌に取って代わった。
全ては正義と救済をもたらすために。
これこそが、臣民を捨てられない至尊の王の狂想だった。

「そなたの国は怒濤に滅ぼされるだろう。なぜなら、定められた運命は変えられないのだから。」
「彼らは未だに見えない糸と繋がり、傀儡のように苦厄の終末へと突き進んでいる。」

予言者の残酷な言葉は、至尊を落胆させるどころか、むしろその狂気じみた奇想を刺激した。
彼は自らを王宮の奥に閉じ込め、世界の旋律の中で運命の主の隙を探した。
無数の日々が過ぎ、俗世の弦の音から、レムスはフォルトゥナの秘密を解明した。
彼は運命の音符を一つひとつ読み取った。筆さえあれば、自分だけの楽章を書けるほどである。

そのため、至尊はシビラに祈りを捧げた。彼女は亡者の地から来た者であり、その血には運命の奔流が流れているからだ。
行き過ぎた望みにもかかわらず、無心の予言者はいつものように、迷いもなく彼の願いにこたえた。

玉座で奏でられた諧律の楽章は、民に課せられた運命の鎖を断ち切り、新たな旋律と道を描いてくれるだろう。
金色の天蓋の下、純粋なイコルは金色の水路に沿って流れ、黄金の宮殿の震えを帝国領土の隅々に伝えていく。
そして至尊の最も狂気に満ちた奇想では、調和のとれた壮大な歌劇の最終章で、彼は運命の指揮棒を人類自身に渡す。
その日が来れば、富裕な者も貧しい者も、知恵ある者も野蛮な者も、自由な人なら誰しも自分の運命を掌握できるだろう。

荒れ狂う波の中で、盲目の王は未知の終末へと向かった。なぜなら、シビラの目にはもう未来などなかったからだ…


異想が枯れ落ちる円舞
かつては金箔で覆われていた仮面。古代、軍団を率いていた人物の遺物かもしれない。

あれは往日の金宮が廃墟となり、栄光の都市国家が荒い海に葬られた時代。
後の歴史は知られたとおりであり、やがて審判の日が訪れた。
運命に抗う狂想は野心と裏切りによって滅び、あらゆる栄光と共に沈んでいった。
怒涛が静まった後、灰色の馬は風に乗って現れ、地上に残された命を連れ去った。

まるで運命の嘲笑のように、過去の蛮族の歓呼と共に衆の水の新たな国が誕生すると、高海を覆っていた黄金の権威は伝説となった。
盛大な劇に幕を下ろした後、舞台に残された旧時代の痕跡は時間と共に消えた。かつて不滅を望んだ人々は、名前さえも抹消されるだろう。
誰が信じるだろうか? かつて四十段櫂船が夜明けの風に乗り、青い海を渡り、海流に沿って国々に文明と進歩の福音を広めていたことを。
誰が信じるだろうか? かつて楽園を失った反逆の神が高天の威厳に挑み、無数の凡人が肉体を捨て、彼と共に奇想の狂詩に身を投じたことを。

その後は? すべてが終わった後、破滅の道を辿った奇想は何を残したのだろう?
夢かもしれない。なぜならこれから、無数の夢が奇想の跡から生まれてくるからだ。
涙が集まって成した海は枯渇することなく、空に昇っては再び雨となり降り注ぐ、と言うように。
最後、すべての夢は一つになり、全世界の人々に最後の救済をもたらすだろう。

灰燼の都に立つ英雄の絵巻

詳細

獣使いの護符
火打ち石と竜晶を彫って作られた花。これを身に着ける者は、獣使いとしての資格を得たとされる。

灰燼の都に残された、火打石と竜晶によって作られた花。懸木の里のテイマーたちに代々受け継がれてきた護符だ。
装飾の中でも、火打石で煌びやかに飾られた爪の印は、人類と最初にパートナーとなったユムカ竜が残した足跡を象ったものだと言われている。

テイマーは竜と友好的な関係を築くことに重きを置いている者たちだ。彼らの理念は時に一族の者たちでさえ理解できない。
それはたとえ人を害した悪竜であっても、彼らは竜狩り人がやってくる前に平和な方法で解決を試みるほどに。
「どれだけ邪悪な竜であっても、辛抱強く接すれば、いずれ信頼を得る方法が見つかる」
これは若きテイマーが、ずっしりとしたお守りを師匠から手渡された時に、心に刻んだ訓戒である。
獣にも我々と同じ心があるのだと、彼は信じて疑わなかった。あの天地を覆い尽くす黒き波がやって来るまでは。

あれは決して理解できない怪物であり、平和的な方法で扱うことのできない獣だった。
ようやく故郷へ戻れたテイマーが目にしたのは、魔物に蹂躙され無残に砕け散った夢の跡。
辛うじて生き残っていた一族の同胞を宥めると、もう若くはないテイマーは二度と帰れぬ旅へと出立した。
これから彼が対峙するのは、あの黒き波と共に現れた心を持たぬ悪魔。相手取る際は辛抱強さが必要になる。
辛抱強さがなければ、彼の大切な土地から奴らを一匹残らず駆逐することなど叶わないからだ。

伝説によれば、かつて古代の蛇王はアビスを放逐できる秘宝を作ったが、穢れに犯された古都を通らなければ手に入れることができなかったと言われている。
それは絶望に陥った者たちの希望的観測にすぎないかもしれないが、勇者たちからすれば、試してみる価値のあるものだ。
そして旅の最後、故郷を失った戦士は灰燼の都に辿り着いた。そこで彼は、長い間封じられていた秘密と対面することになる。


登山者の標
登山者が道を示すために使う標。鳥の羽根のような形をしており、道端に立っていると、ひときわ目立つ。

流泉の源から来た登山者たちは、道中に羽飾りに似た標を残していくのだという。
これは来た時の道を示すのと同時に、後からこの道を通る他の来訪者たちに向けて、ここをすでに歩んだ者がいると伝えるためだと言われている。
だが今となっては、その標たちは灰に覆われた古都の人けのない片隅でただ静かに横たわっているだけで、
標を残した者たちの期待に反し、この道を歩む者はただの一人もいなかった。

高い山々や断崖絶壁に転がっている石、原野や深い森に落ちている葉を踏み越えながら、
ナタの大地を心の隅々まで刻み込んだ登山者たちは、決して歩みを止めなかった。
その知見を活かして、異国の来訪者や探検家がこの地を訪れた時、彼らはいつも親切にガイドを務めてくれた。
来訪者たちが思わず驚いてしまうような絶景も、彼らからすれば長年付き添った旧友にほかならない。
だがそれも、遠い地平線の彼方で巻き起こった黒き波により、かつて見慣れたすべてが無に帰した日までだった。

子供たちの笑い声で賑わっていたはずの庭は野火に焼かれ、今や灰と骸しか残されていない。
ここは本来一族の者たちが労働の疲れを癒すための温泉だったが、今は血と汚泥で溢れかえってしまっている。
だがその光景のために、最後の登山者が足を止めて悲しんでいる暇などなかった。なぜなら、彼にはまだやるべきことがあったからだ。
それは、慣れ親しんだものではなくなった道を辿り、彼が知る故郷を取り戻すことである。

伝説によれば、黒き波の中心、魔龍が巣くう古都の中に強大な力を秘めた秘宝が眠っているという。
それは時の流れを逆行させ、苦悩に満ちた現世を焼き払い、美しい過去を取り戻すことができる、黄金の車輪のようだと言われている。
まるで蜘蛛の糸を掴むように、数々の危険を乗り越えてきた熟練の登山者はここを最後の場所に定めた。
たとえそれが、恐れ戸惑う人たちを陥れる、心無い見物人が仕掛けた罠だったとしても。


秘術家の金皿
太陽の形をした金の皿。龍の模様は、まるで生と死の循環を象徴しているようだ。

一般的に、謎煙峡谷に生まれた秘術師たちは数十年に渡る勉学と修行を経なければ、大霊と通ずる技を会得することはできないとされている。
だが、あの混迷を極めた時代においては、たとえ駆け出しの学徒であっても戦場に駆り出され、戦没した英霊たちを帰郷の道へ導かなければならなかった。
古都に残された美しい金皿は、当時それと同じように美しかった幼い秘術師のもので、中にある針はいつでも故郷の方角を示している。

黒き波が太陽を覆い大地を包んだ時、夜神の国も獣域の狂犬によって包囲され、至るところが黒い血で染め上げられた。
古の大霊の声も、金属と石が打ち付けられて鳴り響く音の海と苦しめられた生命の叫びの中で埋もれてしまい、ほぼあらゆるものから忘れ去られてしまった。
だが、部族のシャーマンたちは、あの黒い影に呑み込まれてしまった戦士たちにとって、死さえも贅沢な望みだということを知っていた。
たとえ運よく魔の手から逃れられた英霊であっても、夜域に迷い込んでしまう事もあり、最終的には二度と家には戻れなくなる。
部族の戦力を維持するため、そして散り散りになってしまった家族を探すため、秘術師たちは続々と峡谷を離れた。
屍が散乱するような戦場にしろ、無残な姿に破壊された廃墟にしろ、どこにでも彼らが奮闘した痕跡を目にすることができるだろう。

若き秘術師、リリムという名の少女がこういった長く困難に満ちた旅をするのは初めてのことで、
雲上の都を目標とする冒険団は彼女を除いて、いずれも百戦錬磨の老兵で構成されていた。
当初は覚悟を決めて参加したものの、灰燼の都を跋扈する悪魔は彼女の想像を絶するものだった。
このような事態を予想していたのか、仲間たちは彼女を安全な塔の中に残して静かに出発し、
少女がようやく拠点に戻ってきたときには、魔龍に食い散らかされた屍が転がっているだけだった。

秘術師であるにも関わらず、少女は仲間を救うことができなかっただけでなく、彼らの魂すら連れて帰ることができなかったのだ。
だが少なくとも、今も帰りを待ちわびている彼らの家族に、その物語と結末を伝えることはできる。
「そうだ、リーダーは子供がいると言っていた。だからとにかく…しっかりしなくては。」
こうして新たな希望を胸に、少女は再び旅に出た。今度は全員で帰郷するための旅だ。


遊学者の爪型杯
竜の爪のような形をした奇妙な盃。製造者にはきっと特別な意図があったのだろう。

尚武精神盛んな沃土の国であっても、学問と書籍だけに関心を抱く者はいる。
たとえば、龍の遺物研究会会長を自称する者がいるが、その者は一日中分厚いウォーベンを携えている、
あるいは、どこから手に入れたのか分からない秘源装置を弄り、自身の研究は無用なものではないことを証明しようとしていた。
他にも物作りを得意としており、この異様な獣爪の形を模した杯は彼の代表作だと言われている。

当時はまだ気づいていなかったのだ。この無用な研究がどれだけ贅沢なものだったのかを。
故郷が黒い悪夢に呑み込まれた時、苦労してかき集めたウォーベンはすべて戦火に焼かれてしまった。
それはまるで静かな午後の眠りから目を覚ましたかのように、慣れ親しんでいた日常が突如崩れ去り、
運命が有無も言わさず彼を違う道へ押しやってしまえば、彼も他に選択の余地はなかったのだ。

かつて彼は、最古のウォーベンから古代の龍たちが残した遺跡の中には悪魔に対抗するための武器が眠っていることを読み取り、
奮戦する同胞たちの死を無駄にしないためにも、これまでの研究をすべて捨て去って残りの人生を新たな大義に捧げた。
彼は人気のない廃墟から秘源の機械を掘り出すと、戦士たちを助力するために改造を重ねた。
長年積み重ねてきた知識が功を奏した、または背後で賢者が指揮してくれていたかのように、改造プロジェクトは不思議なほど順調に進んでいると思われた。
とある古代の荒れ果てた都の奥深くで、千年も隠されてきた秘密、あるいは呪いを発見するまでは。

古代オシカ・ナタを統治した蛇王は、かつて空飛ぶ宝船を造ったという伝説があり、
その宝船の中には、アビスをこの世界の外へ放逐することができる秘宝が眠っているという。
このような伝説は、絶望的な時代を生きていく人々の希望となり、
そして世界を救うため、長い旅路へ赴いた無数の冒険者たちの道しるべとなった。

しかし、冒険者たちは一人も帰還を果たすことがなかったため、学者は大勢の非難の的になってしまう。
それでも彼はあれが戯言だとは決して認めず、自らが目にした真実であると信じて疑わなかった。
その後、真実を証明するためか、あるいはすべてを終わりにするためだったのか、
ついに遊学者自身も冒険隊に加わり、雲上にある都へと向かった。


呪戦士の羽面
羽を使って作られた、鷹に似た面。多くの伝説が残されている。

山頂に築かれた集落では定期的に格闘大会が開かれ、試合に参加する戦士たちはいずれも特別な仮面を着用していた。
その仮面は相手を威嚇する役割がある一方、それぞれの選手を現すシンボルでもある。
仮面を付けた戦士が登場するとファンは歓声を上げ、反対に対戦相手が入場するとブーイングを浴びせた。
唯一、鷹を模した羽面を付けた男が会場に現れた時だけは、不思議と全体が静まり返る。

冒険家になる以前、タイカは花翼の集最強の戦士だった。競技の巡礼では、常に首位を独占していたほどだ。
しかし、彼は残りの人生もただこうして過ぎ去っていくのではないかと考え、時々うんざりすることもあった。この先、とある災いがやってくることも知らずに。
最初は地平線の彼方で暗雲が巻き起こっただけだった。それから夜域で少しずつ行方不明者の知らせが増えていき、悪魔が姿を現した時にはもう、
誰も手に負えない状況に陥っていた。

責任というのは、誰もが負わねばならないものだ。強大な力を持つ者であれば、なおのこと多くを背負わなければならない。
本当の戦争を目の当たりにした時、彼は初めて感じた。運命の重さというものを。
その後、妻とこれから生まれてくる我が子に別れを告げると、彼は戦場の鬼と化した。
魑魅魍魎を一掃したいのなら、己が奴ら以上に凶悪になるしかない。

それは、彼の生涯における最後の一戦だった。灰燼の都の頂上で血の池に倒れると、脳裏には無数の光景が絶えず切り替わる。
かつて野に咲いていた花のように、古の大地の赤い炎が再び彼らのために燃え盛る光景が目に入った。
「地獄の赤き門は勇者の血によって染め上げられたもの。我が血をここに捧げ、扉を開く鍵を我が子に授け給え」
その門から差し込んできた微かな光を目にして、彼が最後に思い出したのは、最愛の妻が別れ際に言った言葉だった。
「…もし女の子なら、ポーナと名付けよう。きっと立派な戦士になる」

黒曜の秘典

詳細

異種の期待
黒い晶石でできた精巧な花。夜になると神秘的な光を放つという。

放浪する御使いが光のない領域に落ち、再臨した王が冒涜の町を焼き尽くした時代、
どんな歴史書にも記されず、語り継がれることもない物語が多く存在した。

これは天地が崩壊した災いを生き延び、広大な赤砂の海に隔てられたヴィシャップの国の物語。
同族が辺境の地で生き長らえることしかできなかったとき、彼らは火の主の恩恵によって自由を手に入れた。
しかし火の英知は黒く濁った潮に奪われ、今では灰色の骸たちが生を貪っているだけであり、
愚かで盲目な子孫たちは、龍の威厳を保つため、強引にも暴虐を統治の規範として定めた。
こうした落日の国の中で、ただ一人の「人間」だけが暗い未来に目を向けていた。

「私には見える、光が根の無い大地に降り注ぎ、龍たちが瀕死の王に縋っている未来が」
「偉大なる英知、偉大なる芸術、偉大なる文明、そのいずれもが死にゆく未来が見える」
「だが輪廻はこの世の定め。歴史は我らの悲哀な涙によって歩みを止めることはない」
「しかし哀れな同族は、己の愚行が揺るぎない歴史の鉄則をさらに強めてしまうことを知らない」
「今日の奴隷は明日の王となり、過去の奴隷はいずれ未来の主となる」
「我ら一族は取り返しのつかない争いの螺旋に陥ってしまっている。種を撒くことでしか救いを見出せない」
「それに、豊かで原始的な荒野には、まだ腐敗した穢れに犯されていない土地があるかもしれない」

そうして彼は灼熱の炎と烈風を越え、溶岩の下に佇む聖なる古の神殿から、未だ燃え続ける原初の種火を持ち出した。
異種族への希望を乗せ、龍の中で最も聡明な賢者は輝かしい都に別れを告げて旅に出るのであった。


霊髄の根源
古龍の翼を模して作られた羽飾り。忘れ去られた歴史の証であるかもしれない。

野火が大地の命脈を焼き尽くし、蛮族が茨を切り裂いて山林を拓いた時代、
どんな歴史書にも記されず、語り継がれることもない物語が多く存在した。

源火より分かれた種を携え、龍たちの中で最も聡明な者は燃える原野を抜け、未開拓の険しい土地を訪れた。
龍が訪れない温泉や山谷を旅したが、土で育ったものにしろ、人の手で作られたものにしろ、彼の期待に応えてくれるようなものはなかった。
だがついに、霧が晴れた深い谷の間で、彼は創造主が最も愛している、最もか弱き種族を発見した。
それはまだ未熟な種族ではあったが、龍たちが舞う国に生まれたために、古より生きる者たちの翼の下に隠れ生き長らえるしかなかったのだ。
とうに導きを失い、過去の歴史と記憶を忘れ、山林の中を彷徨ってもなお、未だ強かに生き残ろうとしている。

この人類という種族の強靭さと団結力、そして勇気に感服した龍の賢者は、知恵の種火を彼らに与えることにした。
しかし、その貴重な贈り物を無償で与えるつもりはなかった。この種火は蛮族に文明をもたらしたが、彼らの運命を定めたものでもある。
それは神聖な原初の計画から外れていたため、龍の賢者がもたらした「進化」の道は、神を冒涜するに等しい行いとなってしまった。
しかし龍の賢者には見えていた。この先、人の血が死に瀕した大地に注がれ、

二つの種族、二つの血筋が一つとなり、新たに生まれた文明が再び古の脈動を蘇らせる光景が。
最初に浮遊島に登り、謁見にやって来た人類に、龍の賢者はこう語った。

「いずれお前の子孫から二つの世界を救う救世主が生まれる。獅子のように凶悪で、狐のように狡猾な子だ」
「その者はいずれ火の君主を斬り殺し、最初の王座に就くだろう。讃えよ、二つの世界を統べる王を!」


夜域の神話
時計でも羅針盤でもない、謎の道具。今やその用途を知る者はいない。

古の人類が黒き波を阻む堤防と化し、浮遊島と永夜が別々の道を歩んでいた時代、
どんな歴史書にも記されず、語り継がれることもない物語が多く存在した。

勇敢で聡明なチャアクは、火を盗んだ賢者から消えることのない種火を授かったことで皆に知られている。
彼は種火を部族の同胞たちに分け与えただけでなく、知識を求めやって来た訪問者にも分け隔てなく火の秘密を教えた。
長きに渡る無秩序と混沌に別れを告げ、再び荒野に文明の新芽が生えてきたのだ。
しかし、巨大な壁の内側にいる翼を持った一族は、運命の輪がすでに回り始めていることに気づいてはいなかった。

伝説によれば、静寂に包まれた浮遊島で暮らしている偉大なる賢者は、この世のすべての答えを知っているという。
だが、彼にも二つだけ分からないことがある。それは生者の末路と亡者の帰路についてである。
おそらく、冥府を司るのは太古の時代における賢者の大敵であった夜域の神だけだからであろう。
あるいは、決して消えぬ火が再び大地の脈動を呼び覚ました時、賢者が長きに渡って計画したものが損なわれてしまうからだろうか。

いずれにしろ、源火の大いなる力を手にした勇敢なチャアクとその仲間たちは、暴虐の限りを尽くした悪龍を倒し、最初の部族を築いた。
しかし、太古の英雄でも歳月の審判に逆らうことはできない。時間は絶えず流れるもの、仲間たちは一人また一人と彼に別れを告げていった。
そして最後には、百戦錬磨のチャアクは独りになってしまった。彼の部族はとうに離散し、物語も語り継がれることはない。
だが夜更けにだけ、彼の耳には遥か遠い国からの呼びかけが届く。彼の心の中で消えていきそうな炎を再び燃え上がらせるかのように。
人生最後の夜、彼は高い山に登って原初の火を灯した。かつての仲間との再会を願いながら。
彼の望みに、夜域の神は応えた。その夜、大地に住まう者たちには別世界の声が聞こえてきたという。
それは母が歌う子守歌か、あるいは戦友の囁きか。どちらにしても、夜神の国に最初の大霊の産声が上がったことに変わりはない。


紛争の前夜
石を気まぐれにねじって叩いて作ったかのような容器。そのような腕力の持ち主とは、一体何者なのだろうか…

灼熱の国で鳴り止むことのない角笛が響き、英雄たちが争い合っていた時代、
どんな歴史書にも記されず、語り継がれることもない物語が多く存在した。

煙の司祭が陽光を遮るほどの営火を燃やし、英雄的な祖先と目に見えぬ神々に異種族の血肉を贄に捧げたとき、
部族の大霊が下した啓示に従い、烈火を操る英雄が飼い慣らされた獣に乗って巨岩で築かれた城塞へ辿り着いたとき、
誰が築いたかも分からないほど古い都市に住まう爬虫類が、恐怖に怯えながら歪に捻じ曲がった塔をよじ登ったとき、
龍たちの中で最も聡明な者のみが、虚空の中で静かに佇み、この壮大かつ長々しい悲喜劇を眺めていた。

たとえ夜の使者が計画のうちになかったとしても、幸いにも「進化」という道からは外れることはなく、
慎重な選抜と育成を経て、部族の英雄は次第に各地の舞台に上がっていった。
彼らの中で最強の者が、いずれ黒石の上に住むすべての人間の部族を統べる豪傑となるだろう。
そして豪傑の名を冠した盟約はいずれ灼熱の旗を掲げ、神ですら攻め落とせなかった深き底の都に足を踏み入れる。

その日を迎えれば、王座にいる生きた屍が噴き出す炎が空を赤く染め、そして新たな王には王位に就いた際の賜物として、源火が与えられるのだ。
龍たちが再び二つの世界の君主に下ると、悠久の文明が蓄積した叡智と宝物はすべて彼に開かれる。
影に潜む敵はまだ遠くへ行っていない。奴らは夜域の最深に身を隠し、最後の攻撃を仕掛けるタイミングを図っているのだ。
なぜなら、高天の神々と龍たちの王は自分たちの力不足を知っていたからだ。その日を迎える前に、すべての叡智と力を集めなければならないことも。

そうすれば、彼の愚かな同族たちは零落した王の砕けた夢から目覚めることができる。
古の文明は正当な継承者を迎え、再び大地に立つことができるのだ。


諸聖の栄冠
黒曜石の宝冠。その昔、高貴なる部族の長の戴冠式に使われていた。

穢れた黒き波が空の果てから現れ、太陽のような英雄が征伐の道へ踏み出した時代、
どんな歴史書にも記されず、語り継がれることもない物語が多く存在した。

人類の勇士が隠居していた深い谷にある集落に別れを告げ、かつて辿り着けなかった禁足地へ大霊の祝福を届けた時、
古の巨龍は自らが奔走した原野から姿を消しており、沃土と流泉は新たな色に染まっていた。
溶岩の断崖に築かれた宮殿と神殿はかつての輝きを失い、静かに終末の審判の訪れを待っている。
俗世と隔絶された夢のような国で、古の者たちの時代もやがて終わりを迎えようとしているのだ。
しかし、光の届かない夜域では、聖者たちが議論を交わしており、誰がこの最後の審判を下すべきなのか決められずにいたのだった。

あれはどの預言にも存在しなかった勇士であり、どの計画にも組み込まれていなかった英雄だ。
諸部族の族長たちが悪龍退治という大業を放置し、誰が覇者になるべきか争っていたとき、
諸部族の戦士たちが終わりのない戦争へ駆り出され、残虐な獣を助けと見なしたとき。
黒い大地から現れたのは、太陽のように眩しく、曙光のように温かな王であった。
彼は黄金の花で冠を作り、黒曜石の大剣を背負いながら、部族の一つひとつを訪れた。

刃によって生じた争いは、刃でしか収められない。野心によって生まれた妄執は、より大きな野心でしか抑えられない。
そして「進化」を掌握したと思い込んでいた者は、力を持った人間が征服と殺戮以外の答えを導き出すことを想像すらしていなかった。
日輪の輝きの下、各部族の族長は休戦の盟約を交わし、夜域の聖者たちも争いをやめ、彼に戴冠することを決めた。
新時代の夜明けが空の向こうから現れた。光が大地を満遍なく照らし、これでもう漆黒の獣は姿を隠すことすらできなくなったのだ。

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  • 紀行弓の物語に出てくる盲目の少年=血染めの騎士道の騎士の弟って既知の情報? 深林で考察が進む気がする -- 2022-08-31 (水) 15:49:26
  • 実装時は意味わからんかったけど逆飛びの流星は稲妻の話か。んで多分白辰の輪 からするに出てくる狐人は狐斎宮さまで、今更気づいたが逆飛びの流星って花火のことだったんだな -- 2022-09-11 (日) 01:30:10
  • 所々よくわからない翻訳のところがあるから改訂されないかなあ -- 2022-10-21 (金) 03:03:19
  • 悠久の花のストーリーに出てくる枯石から咲いた話って、スメール世界任務に出てくるゴールデンローズ? -- 2022-11-27 (日) 22:18:08
  • 華館の固有名詞が放浪者に置き換わってたので書き換えました -- 2022-12-17 (土) 20:33:19
  • 華館の物語ひょっとしてスメールでの話も少し混ざってる? -- 2023-01-01 (日) 22:16:32
  • 華館の変更前の記述が消えていたので、その部分のみバックアップより復旧しました。 -- 2023-01-02 (月) 23:02:26
    • 魔神任務のクリアではなくVar3.3アップデート後に一律変更されていますね...(原文を残した上で修正しておきます) -- 2023-08-10 (木) 16:45:24
  • 楽園の絶花のストーリーの花神がキングデシェレトの為に命を使って開いた天空とアビスの全ての知識に通じる秘密通路のある場所が、次のVer.で開放される砂漠エリアの砂嵐の中に在るとして、PVの燃え落ちる世界樹が過去やPV専用ではなかった場合、花神が警告した四つの影の持ち主がパネースの事だとすると、マップが開放されたらいつか禁忌の知識に通じる場所に行ってしまい世界が滅亡してループするフラグなのかな? と思ったけど、この妄想の様な考察も世界樹の改変の多用で考察する意味や楽しさも薄れてしまった感じがするな…… -- 2023-01-08 (日) 00:27:38
  • 楽園の絶花の冠のストーリー内にアメ「ジ」ストとあり、突破素材はアメ「シ」ストだが誤りでないことを直後にコメントアウトでメモしました。間違って修正しそうだったので。 -- 2023-09-13 (水) 19:11:34
  • 絶縁の持ち主達が全部雷電将軍の死んだ仲間達の物で、雷電将軍にシナジーあるのエモい -- 2024-02-15 (木) 22:48:02