図鑑/書籍/本文1

Last-modified: 2023-12-20 (水) 04:12:54

物語:キャラ/ア-カ | キャラ/サ-ナ | キャラ/ハ-マ | キャラ/ヤ-ワ || 武器物語 || 聖遺物/☆5~4 | 聖遺物/☆4~3以下 || 外観物語
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図鑑/書籍/本文1

テイワット観光ガイド

本文を読む

◆第1巻
――モンド編――
テイワット地理雑誌特集号ーアリスのモンド紀行

ダダウパの谷

この谷には繁栄しているヒルチャールの集落が3つある。仮に谷の中心部の低地に、球体の転がる巨大な檻を造り、そして周囲のヒルチャールを全て中に入れれば、動き回るヒルチャールによって転がる檻はモンド城すべての製粉所5年分の動力に匹敵する、らしい。もし年寄りと力尽きたヒルチャールを餌として加工し、力強いヒルチャールにあげれば、より大きな動力が発生すると思う。もしかしたら、スネージナヤにある大型工場を稼働させることも夢ではないかもしれない。
私の見立ててあれば、これは実現可能な話だ。
けど、この話を図書館司書のリサさんにしたら、私を見ながら考え込んでしまった。そして、優雅な微笑みを携えながら話題を変えられてしまった。

星拾いの崖

そういえば、風神は本当に些細なことにこだわらない神なんだろうね。もし私が神なら、こんな複雑に入り組んだ地形を放っておけないもの!適切な位置に、火力の十分な爆弾をいっぱい仕掛ければ、星拾いの崖のような広大な土地でも崩れ落ちるはずだ。そうすれば、モンドの地形は今よりもずっと整然とする。
残念なことに、モンドの騎兵隊長に私の提案は却下されたが。

風立ちの地

モンド全域で唯一地形が平らな野原。中心に近い地帯には非常に大きなオークの木が生えている。伝説によると、ヴァネッサがそこから天に上ったらしい。でも、私が木のまわりを何周回っても、発射装置の跡など見つけられなかった。
この辺にいたヒルチャールを捕まえて爆風で吹き飛ばしてみたが、清泉町の猟師小屋までしか飛ばなかった。がっかりだ。

鷹飛びの浜

実験の失敗によって清泉町が大混乱に陥ったため、騎士団のジンさんが私に見張りをつけた。鷹飛びの浜以外の立ち入りを禁止されてしまい、本当につまらない。空を飛び回っている鷹も、膨らんだ風スライムも退屈だ…そして、一番我慢できないのは何もできないこと!
けど見張り役の偵察騎士のお嬢さんは、楽しそうに子供たちと戯れている。

囁きの森

もう一つのモンドの森、あのアンバーという偵察騎士がこの辺をよく知っているらしい。アンバーが持っている爆弾のおもちゃはとっても面白い。もし私が改造を施せば、一撃でこの森を灰にするだけでなく、周囲の山を崩せるかもしれない。
私の提案に彼女は驚いていた。でも爆弾ぬいぐるみは、今までにないほど良いアイデアだ。
今度、ぜひ試してみよう。

明冠峡谷

やっと騎士団のストーカーを振り切り、シードル湖の北西の岸辺でこの谷を見つけた。古い装置が未だここを守っているけど、要所を鎮守した烈風の王の兵はもういない。時の風があてもなく吹き、知能のないヒルチャールとしゃべらない機械の守衛だけがここに残されてる。
ヒルチャールを使った遺跡守衛を操作する実験がまた失敗に終わり、遺跡守衛がバラバラになった。上に縛られているヒルチャールは、さらに悲惨な状況になっている…元々損傷の無かった遺跡も半分が崩れてしまった。

風龍廃墟

明冠峡谷の先に行くと、この巨大な古城遺跡に辿り着く、ここは孤高なる烈風の王・デカラピアンが建造した城だ。古城全体が環状になっていて、その内側と外側の間にスペースが空いている。そこは民一人ひとりのために用意されたスペースのようだ。古城の中心部には高い塔が立っており、そこが烈風の王の宮殿となっている。
人民のために生活の基盤を作ろうとした冷酷非情な君王、この壮大な遺跡に辿り着いた者はまだいない。
今後、ここに来た人がもっと簡単に塔を登れるよう、いくつか長い回廊を爆発させておこう。うん、なかなかの効果だ、より古い遺跡っぽくなったね。

◆第2巻
――璃月編――
テイワット地理雑誌特集号―アリスのモンド紀行

荻花洲

北を流れる碧水川が、一面の湿地と化している。高くそびえる石門をくぐり南へと向かう。目の前には、一面の荻草が広がっていた。最南端にあるのは、巨大な岩柱の上に建つ旅館だ。「望舒旅館」は荻花洲の一番高い場所にある。ここから南方を眺めれば、遥か遠くに帰離原と海に浮かぶ孤雲閣が見える。旅館の最上部に奇怪な若者がいる。彼が話している所を見た事がない。
旅館の食事は非常に豪勢だ。厨房の設備も充実しており、錬金術の実験にぴったりだ。
錬金術の実験と言えば、起爆物質に関していくつか新しいアイデアがある。計画通りに物事が進むのならば、ここで数日長く滞在した後、帰離原へ向かう。

帰離原

計画よりも数日早く、帰離原にやってきた。
古い書物によると、魔神戦争以前、帰離原はとても栄えていた市場だったようだ。
ここの狐や雀達の毛艶は素晴らしい。離月人から岩神への捧げものは、こいつらに盗み食いされているようだ。焼いて食べたら、果実の味がするのだろうか。
大通りの関所の検査は厳しかったが、兵士は友好的だった。私は現地で取れた材料で薬を調合し、ある兵士の吃音を治した。副作用も最小限に抑えてある。彼はスラスラと他人の言葉を復唱できるようになった。口調も完璧だ。

絶雲の間

聞いた話によると、絶雲の間のどこかの山頂に、仙人の隠れ家があるという。薬草を摘みに来た多くの璃月人が目撃した事があるらしい。私の経験上、怪しいきのこを大量に摂取すれば、似たような景色が見られるだろう。
ここは地形も非常に興味深い。そびえ立つ巨大な石柱は、地底の深部によく見られる形だ。この場所の地下には、大量の水源がある。もしそれらが全て海に流れ込んだら、絶雲の間は再び地底に沈むのだろうか?
同行者である鍾離さんは厳格な人だったが、私の考えを聞いて腹を抱えて笑っていた。
全く可笑しな人だ。

瑶光の浜

瑶光の浜では、よく霧が立つらしい。濃い時は伸ばした手の平すら見えないそうだ。だが惜しい事に、私は実際にその霧を見ることはできなかった。
砂浜には美しい貝殻が散乱している。魔神戦争時代から遺されているものは、いくつあるのだろう?
私はこの貝殻達でネックレスを作ったが、旅館で会った釣り野郎が上に座ったせいで、全部粉々になってしまった。
しかも、貝殻の破片がやつに刺さり、治療費を払う羽目になったのだ。
碧水川と海を繋ぐ河口の側には、大きなほら貝が佇んでいる。中には親切なお婆さんが住んでいた。彼女曰く、彼女の家族は昔、この法螺貝に乗ってここまで流れ着いたらしい。彼女は現在、岸部まで漂流した遭難者を助ける活動をしている。もしほら貝を操縦可能な船に改造すれば、もっと多くの遭難者を救えるだろう。
だが、三艘目のほら貝船がコントロールを失い爆発した後、海中から私を掬い上げたお婆さんは、その考えを断念した。

孤雲閣

ここはかつて、岩神が海中の魔神を鎮圧した場所である。海底に突き刺さった巨岩の長槍は、海面から天に向かって高く突き出している。岩の元素によって作られた六角柱の構造が大変興味深い。空中から見下ろせば、ある種の幻想を人に抱かせてくれる。まるで、この石柱達は緻密な計算によって配置され、海上に奇妙な図形を描いているように見えた。もしかしたら、当時の岩神がほんの悪戯心で、わざと長槍を投下したのかもしれない。
璃月港の鍾離さんは、ここの伝説に詳しいという。しかし、私は彼がここに来るのを見た事がない。ここからは、遠くにある望舒旅館が見える。この前会ったあの奇怪な若者は、きっと今もここを眺めているだろう。
ここは、地脈の流れも非常に面白い。璃月の他の場所と比べて、ここは活動が活発で、リズムも乱れている…まるで海底に隠された何かの力が、微動しているようだ。もしかしたら、鎮圧された魔神が今でも深海で蠢いているのだろうか。

◆第3巻
影向山
鳴神島北側にある大きな山には、美しく壮麗な櫻が生えている。これらの櫻は山頂にそびえる神櫻と共通の根を持つそうだ。
神櫻を奉るのは、稲妻でもっとも大きな神社――鳴神大社。
近年、この神社を仕切っているのは八重という小娘だけど、今はもう立派な大人になっている。以前のように彼女を簡単に泣かせることができなくなったのは、少しばかり寂しい。
昔みたいにすぐ酔っ払って、デタラメを言いながら泣くかと思いきや、先に酔ったのは私のほうだった…醜態を晒した私は、彼女に散々笑われた。くッ…まるで自ら恥辱を受けにいった老いぼれ女のようになってしまっている、なんとも悔しい。
…まったく、あの子をもっといじめたかったのに。

稲妻城
長野原に新しい花火のレシピを渡した。でも、難聴を治す薬のほうはその効果を聞いた後、難色を示し、最後まで受け取ってくれなかった。
長野原は爆発物のレシピに対して保守的過ぎる。いつも周囲に目立った物理的な変化を与えないよう爆発力を加減し、それぞれが持つ金属の燃焼反応だけを使って、単調な視覚効果を作り出そうとしている。それに引きこもって実験ばかりして、何が楽しいの?
勿体ない、実に勿体ないわ。

でも、彼の娘の宵宮は面白い人ね。お祭りで一緒に飴をたくさん集めたり、新しいレシピをたくさん試したりできて、楽しかったわ!
でも…すぐに消火隊の人たちに閑散とした海辺のほうに追い出された。稲妻の新しい治安規則とか言ってたけど、なに言ってるのかしら。

あの子と一緒に新しいアイデアを話し合ったところ、とてもいい意見をたくさんもらえた。本当に才能に恵まれているのね。クレーのために作った楽園で、彼女の花火を打ち上げられたら最高だわ!
ただ残念なのは、あの辛気臭い顔をした将軍に目を付けられたこと。彼女のためにおもちゃを改良する時間も、彼女を連れて行く時間もなかった。
以前、御膳所で飛行薬を調合した時、誤って若い天狗の大将を怪我させてしまった。左側の羽が生えるまで、おそらく半月ほどかかるかもしれない。あの子を手当てしたかったけど、あれ以来ずっと私のことを避けているみたい…
でも、薬は残しておいたわ。ちょうど、効果を試したいところだったのよね。
あの事故があってから、天守閣の引きこもりは兵士を使って私を尾行している。ひどい話だわ。
面と向かってちゃんと謝ったのに、しつこく付きまとうなんて。
それに、御膳所を実険用に貸してくれたのも、彼女だったのに!

あと神里のお嬢ちゃんをアイドルグループに誘ったけど、丁重に断られた。これで六回目。実に残念ね。

たたら砂
たたら砂は輪っか状の天然の島。海を見下ろすようにそびえ立つ山々が、中央にある壮大な鍛造用高炉を囲んでいる。ここで生産されているのは稲妻の「玉鋼」。倒された魔神の血と骨の結晶、それから良質な鉄鉱から錬成された硬い鋼材を、稲妻のお偉いさんに定期的に供給している。
これは、あの天領奉行様がもっとも誇るべき財産。だから、彼は労働者や技術者を大切にしている。
たたら砂を旅している時、鏡御前という女性が同行してくれた。彼女は地元労働者のリーダーで、幕府の代官を務めているそう。名目上は天領奉行様の部下だけど、労働者の前では、あの年寄りと対等に接しているように見えた。
労働者たちは彼女を信頼し、敬愛の念を抱いている。将軍を尊敬する以上に、喜んで彼女の命令に従っているみたい…でも、鏡御前はいつも眉をひそめ、思いやりとはかけ離れた表情を浮かべている。

たたら砂の労働者たちは、歴史の奔流により洗われた根無しの住人である。体に刻まれた入れ墨と労働中の歌声で互いを判別し、同時に彼らを繋いでいる。

たたら砂の他の労働者と同じで、鏡御前の体にも高温と「祟り神」に焼かれた傷跡がある。外部から見れば、それは短命や病気を患うサイン。でも、ここでは家族の一員である証のようなもの。

私は勝手に「御影炉心」のパラメータをいじり、バルブやパネルをいくつか取り外して海に投げ捨て、ついでに元々効果のないバリアを改良した。フォンテーヌのエンジニアはどんな顔して驚くかしら?
あの九条のじいさんは、生産能力の低下に頭を抱えるはず…でも、「祟り神」は過熱により暴走することはなくなる。今後、勃発するかもしれない戦争によって破壊されても、大きな爆発が起こることもない。少なくとも、私の個人的な見解から見ればそう。

ふふん、私の見事な介入で、戦争そのものがなくなるかもしれないわね。
占星術師の預言が外れた時、彼らの顔がどうなるのかとても楽しみだわ!

ヤシオリ島
ヤシオリ島の空に雲一つなし、実に心地好い天気。
あのつまらない陰陽師たちの話では、蛇神の残骸が漏れて島を汚染しないように、雷電将軍が「鎮め物」をいくつか置いたらしい…まぁ、大筋は大体こんな感じだったはず。やっぱり私には、あの宗教じみた言い方は真似できない。
観察したところ、あれら灯柱は実に興味深いものだった。外観は雷神信仰を借りたものなのに、そこに使われている技術は何か懐かしいものを感じた。
あっ、ガイドを書いているのをすっかり忘れてた。こんなつまらない学術の話はやめておきましょう!

緋木村では、村長の鷲津さんが温かく迎え入れてくれた。焼き魚とおにぎりは絶品だったわ。
それから「名椎の浜」と呼ばれる浜辺には、人懐っこい海賊がたくさん住んでいる…あの島に長く滞在できなかったのは実に残念ね。
島の鉱洞は賑やかだったけど、鉱夫たちの道具はとても簡易的で古いものばかり。将軍は島中に鎮め物を置いて、蔓延する「祟り神」をほぼ阻止することができた。それでも、長いこと蛇骨結晶の影響を受けた鉱夫の大半は、慢性疾患を患ってしまった。

陰陽師たちが鳴神大社から持ち帰ってきた櫻餅はとても美味しかったけど、八重の小娘が作ったものには到底及ばないわね。

次は浅瀬神社に行ってみようかしら。あそこのデブ猫、最近はどう過ごしているのかしら…前回、特製のかごで誘い出して捕まえようとしたけど、巫女に止められちゃったのよね、まったく冗談が通じないんだから。

モンドタワー

本文を読む

◆第1巻
遥か昔の貴族の時代、モンド城の広場には高い塔が立っていた。名目上は風神バルバトスを祀るため建てられたもの。だが実際は、貴族たちが自らの権力を誇示する象徴であった。あの暗黒時代、平民は貴族に搾取され続け、喜びを享受できたのはバドルドー祭の限られたひと時だけ。
ある年のバドルドー祭で、高い塔の上に異国の美しい少女が立った。彼女の名前はイネス、遠方の遊牧民であり流浪の歌手であった。またたく間に、貴族も奴隷も、老人も子供も、広場にいたすべての人が彼女の美しさに惹かれた。彼女がバドルドーを投げる姿を誰もが見たかった、異国の少女の歌声を聞きたかった。

「バルバトスの祝福はみんなのものです、こんな日に悲しい顔をするのは罪です!」

そう歌い続け、イネスは祭りで得た収入を町の貧者と孤児に配った。
人の群れに紛れ込んでいた、1人の痩せ細った男。彼は当時の大主教、そして彼はイネスに一目惚れをした。だが神に貫いた信念が故、自身の抑えられぬ感情を恥ずべきものと思った。その上、イネスの身勝手な行動と、教会にしか許されぬ貧民への施しに怒りを覚えた。
周知の通り、モンドの信仰は風神が唱えた「自分の愛を探し、自由になろう」だ。だが風神が眠っていたあの暗黒時代、貴族の圧迫統治と平民の貧困問題、魔龍の暴虐がもたらす災厄があった。「正統」を自称する傀儡の教会が、魔神から天罰を下されないよう禁欲を唱え、「聖潔」と認められた歌以外を風の象徴であるライアーで演奏することを禁じた。

「これ以上、あの子にここに居てもらっては、みんなが彼女に惑わされてしまう。こいつはいったい何の魔女なんだ?」と大主教は考えた。

そして、大司教はある計画を密かに企てた、イネスを教会に監禁し審判を受けさせるという計画を。だが、貴族の時代にはある慣習があった。バドルドーを投げる少女に選ばれた女性は祭りが終わった後、貴族の宮殿で三日間働くことになるのだ。この三日間の間に、女性は貴族の保護を受けるという。仕方なく、大主教は自分の養子であるオクタヴィ*を宮殿に潜入させ、イネスを誘拐することにした。
オクダヴィは人々に望まれない子供であった。生まれたばかりの彼は産みの親に捨てられ、大主教が彼を引き取り育てた。昔、幼かった彼は龍災を招いた不吉の兆しと思われ、暴力と排斥を受けてきた。彼を守ってくれたのは大主教だけ。オクダヴィは世間の辛さを味わったのだ。そんな彼にとって、大主教は父のような存在。だから、彼はほぼ無条件に大主教を信じていた。

「誰にもバレないよう、バドルドーを投げた少女を連れてきてほしい。もちろん僕の名前を出さないように」

大主教の命令により、心が純粋なオクダヴィは夜闇に乗じ、宮殿客室のバルコニーに侵入した。しかし、月光の下で少女は泣いていた。その予想外の姿にオクダヴィの心はさざ波が立つ。バルコニーから呆然と少女を見つめ、心を奪われた彼は自分の任務を忘れてしまうのであった。
貴族の従者の大きな声が、彼と少女の無垢な沈黙を破るまで……

ヒルチャール語詩試作■

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◆第1巻
Olah! Olah!
Yoyo mosi mita!
Nye, nye mosi mita,
Yeye mosi gusha!
Mosi gusha, mosi tiga,
Yeye kucha kucha!

◆第2巻

◆第3巻

ヴァネッサの物語

本文を読む

◆第1巻
モンドの酒を愛す友よ、飲め、騒げ
自由に、風の神に乾杯を!
始まりの騎士ヴァネッサに乾杯を!
モンドの子らよ、風神の恩賜を忘れるな!
だが――恩賜とは自由ではなく、抗いである

物語は遥か昔から始まる
酒友たちよ、主題から逸れた演奏を許してくれ
だがこの場にいる皆は分かっているだろう、我々モンドの栄光と自由は
バルバトス様が弾いた曲から誕生したことを
詩篇は英雄の名を唱える
無名の自由はもっと祀られるべきなのだ

あの時のモンドは貴族の枷に縛られ、叫んでいた
祭典は貴族のための戯れとなり
平民にとって偽りのものであった
モンドは風の中を揺れる檻
貴族は恣意的に奴隷を酷使した
貴族たちは気づかなかった、己が欲望によって檻へと堕ちることに

檻の中に一人の少女がいた
南の平原からやって来た彼女は
自由のもとに生まれたが、枷鎖に縛られてしまった
暴君が肉体を束縛したが
敬虔な少女は、信仰を諦めない
一族はモンドと、虚妄の自由のため祈り続けた

◆第2巻
モンドの酒を愛す友よ、飲め、騒げ
ついにバルバトスは、この熱き祈りに応えた
少女の赤い髪を追いかけ、風神は牢獄に降臨した
「万物に名前あり」いたずら好きの彼の者はそう言った、
「君の名で詩を作りたい、」
「報酬の代わりに、君と友情を結ぼう」
少女は快く応じた。心は解放の兆しに満ち溢れていた。

バルバトスの歌声に包まれて
少女は大地を蹂躙した魔龍を倒した
肥えた貴族は恐れ慄く
「モンドは自由だ」と、風が民衆のために歌った
木々の合間、孤独なそよ風が集まり、暴君の高い塔を吹き飛ばす
幼い獅子が風の中で頭を持ち上げ、枷を外した

少女は自分の名を勝ち取った
風神の演奏の脇役として、少女は感謝の気持ちで心が溢れた
しかし、彼女のお礼を風神は断った
「君の歌だから、君が主役だ」
「ボクは君の友情を受け取り、君の名を手に入れた」
「だから、これは君の自由を謳った歌なんだ」

酒を愛す友よ、もう一度乾杯!
これがモンドの自由の源、
周りが暗く、絶望を感じた時でも、
偉大な英雄ヴァネッサの物語を忘れるな
自由の希望を諦めるな!

ヒルチャール詩歌集

本文を読む

◆第1巻
モンドの生態を研究する学者ヤコブ・マスクが集めたヒルチャールの詩歌集。この本を完成させるために、マスクはあらゆるヒルチャールの集落に行き、ヒルチャールの生活拠点へ潜入して、ヒルチャールの生活を体験してきた。この本が出版されると、マスクは「丘々語詩人界のトップ」と呼ばれるようになったが、彼も研究対象のヒルチャールもこの呼び方が不満らしい。ヤコブ・マスクはヒルチャールの研究に全力を注いだが、晩年までヒルチャールと同列に扱われることを嫌ったそうだ。

其の一:
Mi muhe ye
Mi biat ye
Biat ye dada
Muhe dada

これはヒルチャールが決闘する前に歌う軍歌のようだ。筆者の観察によると、2体以上のヒルチャールがいる時、1体がこの粗悪な歌を歌えば、ヒルチャールはすぐに取っ組み合いのケンカを始める。しかも、かなり激しい。

其の二:
Eleka mimi-a-Domu
Mita domu-a-dada
La-la-la
La-la-la
Mimi mosi ye mita

ヒルチャールがトーテムポールを囲んで歌っているのは、ある集落の讃歌らしい。とても軽快で、ヒルチャールのお祭りでよく聞こえてくる曲だ。

其の三:
Mi muhe mita nye
Mi muhe mita nye
Muhe nye
Muhe nye
Gusha
Biat,gusha

筆者がある年寄りのヒルチャールシャーマンと話した時に偶然聞こえてきた切ない詩歌。詩歌の意味はよく分からないが、これが表現する切なさは筆者の魂を揺さぶり、優秀な詩人をも唸らせた。(年寄りのヒルチャール・シャーマンの加齢臭も驚くべきものだった。)

◆第2巻
其の四:
Celi upa celi
Sada shato lata
Kuji unu ya zido
Unu dada

ヒルチャールの詩歌、長老のヒルチャールの反応を見るからに、この詩歌はヒルチャールにとって一種の哲学を含んでいる。学界の見解からすれば馬鹿げた話かもしれないし、筆者も生半可な知識で学術に異を唱えるつもりはないが、ヒルチャールに哲学が存在しているかどうかは、ロマンチックな文学テーマだと言わざるを得ない。

其の五:
Nini movo muhe yoyo
Nini movo mimi tomo
Lata movo mosi yoyo
Celi movo celi yoyo

モンド人のように、風を崇拝するヒルチャールはいつも泥酔し風を称賛する詩歌を歌っている。この詩歌はヒルチャールシャーマンの頌歌で、ヒルチャールが泥酔した時によく聞こえてくる。

其の六:
Unu,unu
Yaya ika kundala!
Unu,unu
Mita dada ya dala?
Unu,unu
Kuji mita dada ye
Mita dada-a-mimi

これは敬虔な頌歌である。ヒルチャールは祭りの時にしか歌わないらしい。これを歌う時、ヒルチャールはいつも打楽器を使う――集落の中で一番弱い仲間のお尻を木の板で叩き、テンポよく澄んだ音を出すのだ。痛そうである。

其の七:
Mimi movo
Mimi sada
Mimi domu
Domu upa
Gusha dada

ヒルチャールの集落では月明かりの下、篝火を囲んで詩歌を交わし合う伝統がある。この詩もその一つであり、酋長のヒルチャールが歌う最終章だ。この詩が終わったら、集落の長老は「nunu!」と3回叫ぶ。多分、それは「寝よう!」という意味だろう。

冒険者ロアルドの日誌

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◆第1巻
――地中の塩――
荻花洲の川原に沿ってここまで歩いてきた。私の靴はずぶ濡れだ。この間、靴を脱いだ時、なんとカエルが靴から飛び出てきた。

遺跡の規模を見ると、数千年前のここは神殿と避難所だったはずだ。魔神戦争時に塩の魔神が建造したらしい。璃月の伝説によると、彼女は優しすぎる魔神だった。無慈悲な魔神たちの混戦の中、人類は微小すぎる存在だった。だが塩の魔神は冷酷な競争に参加せず、彼女は戦火で家を失った人々を連れて、ここで新たな町を建てたのだ。天地を覆すような世紀末、彼女は人々に慈愛と慰めを与え、魔神たちと元の平和に戻る方法を探していた。

町の一部が碧水川の川底に埋まっていて、この神殿だけが唯一の「生存者」らしい。

彼女は追従者を集め、現在「地中の塩」と呼ばれている集落で安定した生活を送った。魔神の死によって町が崩れるまで、数百年も存在していたそうだ。

優しい魔神は神との戦いで戦死したわけではない、彼女は愛していた人間に裏切られたのだ。

彼はこの地で初めてで最後の王だった。他の者と同じように、彼も塩の魔神を深く愛していた。だが、人間の懐では、神の愛を推しはかる事は出来なかった。力を得るため、彼は長剣で孤独な魔神を刺し殺した。こうして、塩の神殿は魔神が倒れると同時に崩れ落ち、人間の城も塩の塊のように苦い結末を迎えた。

裏切り者のその後については諸説があり、真偽は不明である。たぶん、彼は廃墟の中で孤独に包まれながら、町を数千年統治したのかもしれない。戦争が終わり、廃墟が川に飲み込まれ、王杖が朽ちた後、彼はやっと時間と共に灰となった。あるいは、神殺しの大罪を犯した後に、罪悪感に飲み込まれ自らを裁いたかもしれない。とにかく、塩の魔神に恵まれた一族は璃月の大地に四散し、伝説と共に、岩の神に治められた安全な港に引っ越した。故にこの物語は今まで伝わっている。

塩の魔神の遺体は今でもこの遺跡の奥深くにあるそうだ。体は塩の結晶と化しているが、依然、長剣に突き刺された瞬間の姿を保っている。

空に暗い雲が集まり、雨が降りそうだ。急いで出発しないと。これから北西にある軽策山に向かう。雨が強くなる前に辿り着ければいいが。後は急ぎすぎて、この日記を無くさないように…

◆第2巻
――軽策荘――
ドラゴンスパインを離れて、川に入り、荻花がたくさん咲いている砂州を歩く。空を遮るほどの竹林を通過し、私はやっと軽策山に辿り着いた。靴も服も水に浸ったせいでびしょ濡れで、さらに土砂降りの雨に降られて全身ぐしょぐしょだ。幸い、山荘の長老たちがとても友好的で助かった。集会用の部屋で服と靴を乾かせてくれただけでなく、新品の着替えと保存食まで用意してくれた。
軽策山荘にはたくさんの子供がいる。みんな可愛いがしつこい、そして年寄りも結構いる。みんながゆったりと裕福な生活を送っているのが見て分かった。長老たちの話によると、ここの若者のほとんどが璃月港で働いているそうだ。そして、その多くがそのまま璃月港に居を構え、生計を営み、毎月仕送りを送っている。若者が都市の華やかさや利便性を味わってしまえば、もうここに戻って生活できないのは当然かもしれない。璃月港のおかげで軽策山の住民の生活は豊かで楽になったが、ここの高齢化に歯止めはきかなそうだ。
言い伝えによると、「軽策」という言葉は上古の魔獣「螭」に由来するらしい。もちろん、現在の共通語では「螭(チ)」と呼んでいるが、「軽策」では荒れた時代の璃月先住民の発音が元となっている。
長老曰く、千年前にモラクスが璃月に害をもたらした螭獣を鎮めたらしい。螭は死後、その肢体が縮こまり頑石となり、その血が碧水に、鱗が棚田に、かつての魔獣の巣穴が今の軽策山となったそうだ。
けど、ざっと調査してみたところ、ここの山のほとんどは外部の衝撃により砕けた巨岩が元になっている。水元素の魔獣が存在した痕跡も見つからなかった。もしかしたら、螭の骸はとっくに朽ち果たのかもしれない。魔獣が山岳の由来となった話もただの眉唾なのではないかと思う。
これから絶雲の間の石林にある湖に行ってみる。伝説によると璃月人がそこに迷宮を建て、仙人がそこで隠居しているらしい。運が良ければ会えるかも。

◆第3巻
――絶雲の間・奥蔵の天池――
この前書いた日記をまたも失くした。日記をちゃんと保管しろ、日記をちゃんと保管しろ、日記をちゃんと保管しろ…って、3回も自分に言い聞かせたのに。それでも、冒険の途中でまたうっかり失くしてしまった。たくさんの紙を無駄にしている、草の神よ怒らないでくれ。

曲がりくねる山道と昔の薬草採りが敷いた桟道に沿って奥蔵山を登る。険しく、湿った岩壁を登ってこの天池に辿り着いた。以前出会った漁師が、この池の水深は数千にも及ぶと言っていたが、実際入ってみたら、やはり大げさだった。

だが、軽策山荘の老人たちが言ったことは本当だ。天池の湖水は温かくて甘い、さすが仙境という名を背負ってる。絶雲の間に入った当初、一人の年寄りの農民が私にこんなことを教えた。神通広大な仙人が雲と霧と化して雲海を漫遊する。その時は、そんな田舎の伝説を信じらなかったが、今この場で、湖面から霧が出て手が届きそうな雲海へと昇るの*見ると、信じざるを得ない。もしかしたら、探していた仙人が今、私の頭上を漫遊しているのに、私は全然気づけていないのじゃないだろうか?

東の奥蔵山から下山し、複雑な迷宮のような山林で道に迷った。再び視界がよくなった時、自分はまたも碧水川にいた。ここなら見通しが良く、休憩場所に最適だ。今日はここにテントを張ろう。

テントの支度をしている時、宝探しに来たように見える若い女の子と出会った。彼女はエドワルドと名乗った。彼女はこれから西に向かい、奥蔵山の下にある仙湖に行くらしい。

「伝説によると、奥蔵山の北の麓、ここより西のとある湖畔に一人の仙人が住んでいるみたいなの。なら仙人の秘宝もきっとそこにあるはず。アハハハ、宝物を見つけたら…」

彼女は急に真顔になると、こう言った。「協会に連絡してみて!私は冒険者協会の正規メンバーだからね、宝盗団とは100%無関係だよ!」

確かに、冒険を追い求める人もいれば、ただ宝をお金にするため追い求める人もいる。璃月人曰く、「人それぞれの志があり、想像などできぬ」とのことだ。でも雰囲気から察するに、彼女は善良な冒険者仲間だ。

西に行って、彼女が言っていた「仙湖」を探索するのも悪くないが、やはり計画通りにしよう。特別な事情がなければ、これから帰離原に向かい、あそこの風景と宝物を発掘する。もちろん、ヘマをしなければこの日誌も失くならない。絶対、ヘマをしないようにしなくては。

◆第4巻
――漉華の池――
碧水川の支流に沿い、南西へと歩く。すると天衡山の北にある山で一つの池を見つけた。池の水は空よりも澄んでいて、水温は人肌に近い。その上、口当たりは微かに甘かった。

この地の薬草採りの話によれば、千年前、この池は畑だったそうだ。魔神の戦いが混迷を極めた時代、家族に認められなかったある恋人たちがここで密会をしていたらしい。だが乱世に情は不要、男は岩神に付き従い、人間の身でありながら神々の戦争に身を投じた。…あの時代の数多の凡人たちと同じように、彼は帰ってこなかったという。

女は畑を徘徊し恋人の帰郷を待った。やがて花は荒れ果てた雑草に変わり、雑草もまた潮水によって朽ちていった。潮が引き、彼女が土に還った時、その涙が池と化したそうだ。これほどの深い想いが詰まっているからこそ、この池は澄んで温かいんだろうね。
私はここに一晩滞在した。そして、お風呂に浸かったまま、つい寝てしまった。目が覚めると、目の前には夜のとばりに光り輝く星座たち。

すると、一匹の小さなキツネが近くをうろうろしていることに気づいた。私が頭をあげると慌てて逃げていった。

その後、片方の靴がなくなっていることと、保存食の入ったカバンが荒らされていることに気付いた。

思ったよりも荷物の整理に長い時間がかかってしまった。次の目的地は北東方面、碧水川と海の境目である瑶光の浜だ。

◆第5巻
――瑶光の浜――
ここが碧水川と海の境目、川と共に流れてきた砂泥がここに積もり、広く平坦な砂浜になっている。やっと辿り着いたというのに、砂浜は海の霧に覆われていた。新しく買った靴はまたもずぶ濡れ。その上、霧の中から正体不明の魔物の鳴き声が聞こえてくる…けど、それがどこにいるのか分からない。
こうなったら、霧の中の物音に耳を澄ませながらテントを張り、霧が晴れるのを待つしかない。
望舒旅館で休憩した時、ある商人が私に「瑶光の浜」の名前の由来を教えてくれた――「広々とした瑶光がさざ波と共に去り、白い砂浜と螺旋の空が広がる」と。
碧水川が美玉のようにキラキラと光りながら海に流れ込んでいる。瑶光の浜にある「碧螺屋」を訪ねたが、誰もいなかった。
以前、霧の日にあの小屋を訪れた時も、そこの主には会えなかったと記憶している。
漁師の間ではこんな噂が流れているそうだ。「碧螺屋」は仙人の住処で、碧螺そのものも仙人の一部だと。彼女は濃霧で道に迷った旅人に休憩場所を提供し、海難事故の生存者の世話や治療、海中の魔獣を討伐する仙人のために餞別を送ったらしい。
けど、年配の漁師がそれに反論した。あそこに住んでいるのは仙人ではなく、代々巨螺に住んでいる普通の家族だ。彼らは人助けを己の使命としていて、遭難した漁師のほとんどが彼らに助けてもらっている、とのことだ。
霧が晴れる、微かな日差しが見えてきた。
これから船を借り、孤雲閣へ向かう。そこで岩の魔神が海魔を鎮めた遺跡を訪ねる予定だ。
順調に行けば、すぐ到着にする*でしょ、きっと。

◆第6巻
――孤雲閣――
島のヒルチャールにバレないよう、無事に孤雲閣に辿り着いた。上陸する時に、ちょうど六角形の大きな石柱が眩しい日差しを遮ってくれた、石柱の影はとても涼しかった。数千年の間、魔物の残骸を餌にしてきたのか、ここの砂浜に生息するカニは大きく、焼くと美味しかった。

今日の晴れ間を見ると、ここが岩の神と海魔が死闘を繰り広げた戦場であったとは想像しがたい。昔の血はとっくに青い海に溶け込み、跡形もなくなっている。一人が流した血も、無数の英雄の血によって形成された激流も、果てのない海の前では同じようだ。永遠に吹く風と海流が歴史の塵埃を洗い流してくれる、全てが元に戻るまで。

岩の神が岩を削って槍にし、巨槍をこの海域に投げ込み、深海で反乱を起こした魔神を貫いた。巨槍が時間の流れにつれて徐々に風化し、今の景色を作り出した。

夜は陸に戻ってテントを張った。ここから出港する船が見える。遠方で、「南十字」船隊が勢い良く帆を張り出航した。あの伝説の北斗様は今、七星商会のどんな任務を遂行しているのか。

夜はちゃんと寝れなかった、暗黒で陰湿な夢を見たせいだ。自分が岩神に貫かれた海底の妖魔であり、必死に足掻き、堅固な岩槍を引き抜こうとする夢だった。夢の中の全てから壮絶な苦しみと憎しみが感じられた…

どうやら、孤雲閣は一夜を過ごす場所として不向きなようだ。篝火を灯し、朝になったら出発する。次は璃月に戻り、支度を整えたらまた絶雲の間に向かう。前回の訪仙の旅は仙人に会えず、失敗だった。今度は慶雲頂にも行ってみる。もしかしたら、今度は会えるかもしれない。

注:もう日記を失くさないように!

◆第7巻
――絶雲の間・慶雲頂――
この冒険日記を書く前に、自戒するためまず一言書かせてもらう。最近、文章をまとめた後、よくこの日記を失くしていることに気付いた。ロアルドよ、こんな悪習は正さなければ!

どれくらいの時間を費やし、こんな高いところまで登ったのか覚えていない。崖の縁には白い雲海が漂い、かつて自分がこの雲海のどこから山頂の「仙居」を眺めたのかが全く分からない。

この山頂から、変わった形の木以外の生物をほとんど見かけない。たまに石鳶が鳴きながら雲海へと急降下し姿を消す。この上は伝説の仙人の家だが、行く前にまず支度をしないと。当面の問題はこないだ落ちて壊れた登山の装備だ、あとはいくつかの傷の処置。絶雲の間に来た時、一人の年寄りの農民が私に膏薬をくれた。使う時にちょっとしみるが、効果は抜群だ。

こんな高い山頂で夜を過ごすのはあまり心地よくなかった。雲海上の寒風が骨に染みるように吹き、テントの隙間から襲ってきて全く寝れなかった。篝火を灯してもすぐ消えるし。山頂の仙居に住んでいる仙人はこの風の寒さを感じるのだろうか、孤独を感じられるのだろうか?

一晩寝れなかった、やっと月が海に沈む時がきた。カバンをチェックして、夜が明けたら山頂の仙居へ出発する。こんな高所で雨が降らなければいいが。

◆第8巻
――青墟浦――
また失くさないよう、今度はコケで日記の表紙に印をつけた。これならよく目立つ。よし、今夜は枕の隣におこう、もう失くすことはないだろう。これで失くしたら、「冒険者」じゃなくて「忘失者」だ。

天衡山を通り西へ進めば、「青墟浦」という遺跡がある。遺跡は高く険しい山々に四方を囲まれている。石造の楼門と岩の神が相まることで、自然の風景を作り上げていた。淡い朝霧が晴れ、山の岩々と遺跡が太陽の光を浴びる。今日もいい天気になりそうだ。

伝説では、岩の神が璃月を治める前から、これら遺跡は存在していた。魔神による戦争の時代に、璃沙郊の一帯は水没をした。水面から顔を出していたのは山の一角のみ。戦争が終わると璃沙が海水と共に流れ、先人が残した古い楼門が見えるようになった。

この前、望舒旅館でソラヤーという学者に出会った。彼女は璃沙郊について見識が深く、話し出すともう止まらない。彼女の話では、これらの廃墟はかつての魔神とその部下が残したものらしい。青い海が桑畑になるように、最強と謳われた魔神は倒された。先人たちが残した古都と神殿は荒れ果て、今の青墟浦となった。長く続いた戦争が終わり、遺跡の存在がやっと明るみに出た。

これらの遺跡は長生きである仙人や神様にとって、過去の記憶を呼び起こすものだろう……いずれにせよ、この静謐な遺跡は繁栄し続け拡大する港町や層岩巨淵の採鉱に影響されることなく、そのまま現在に残った。だが最近、遺跡が魔物に占拠され層岩巨淵の採鉱が中止されたそうだ。壊されたりしていなければいいが。

これは単なる憶測でしかない。もっと証拠を得るには、北へ進んで、霊矩関と遁玉の丘の遺跡を見に行く必要がある。

出発時にまたエドワルドと遭遇した。この時の彼女は仲間を連れていた。冒険者として彼女は忙しそうにしており、すぐ遺跡の中へと消えていった。

◆第9巻
――ドラゴンスパイン――
璃月の川岸や平原から昇るドラゴンスパイン南側のこのエリアは、なだらかな傾斜と穏やかな雪があり、水源も凍っていなく、拠点を築くにはもってこいの場所だ。物資の準備ができたら、ここをベースにして、山頂を目指す。

拠点を設置した後、周囲の遺跡の観察も行った。ここの遺跡はとても興味深い。建築の風格や模様が他の地域にある無名の古い建築と驚くほど一致している。この点から、伝説にある雪山の国は我々の足の下にあるのかもしれない。
残念なことに、遺跡では銘文は発見できなかったため、証拠がない。もっと高い場所に行けば、大吹雪に隠された情報がもっとあるかもしれない。

ここで夜を越えるのは大変だ。凍てつく寒さが風と共にやってきてテントを揺らす。それで悪夢を見る人も多い。水源地の山の洞窟に大きい空間があって、風が吹き入れると亡者の叫びのように響く音がする。しかし洞窟は柵で塞がれているため、外からは入れない。

少し経ってから、山頂に向けて進んだ。途中で年代物の遺物があって、まるでモンドがまだ貴族時代だった頃に遡ったかのようだった。それと、衣服の切れ端とボロボロの武器を発掘した。厚い氷雪が腐食を遅らせ、形を保っていたみたいだ。
遺物の分布状況から、ここは昔追逐か謀殺が起きたと推定できる。

凶暴な吹雪ですら、人の野心を阻止することができない。神に見放されたこの氷雪の地は人の罪悪に染められていた。

山に沿って登ると、吹雪がさらに激しくなり、気温は耐えられないほど急降下した。北東部の廃墟を探索したが、信じられないことに、一年中吹雪が吹き荒れるこの場所で、凍っていない水があったのだ!位置から判断すると、下の小川の水源につながっている可能性がある。
しかしこの区域は寒すぎて、凍死と溺死の危険を犯しながら進むことはできない。だから、大まかな記号を残した。吹雪で埋もれないことを祈るしかない。
もしかしたらここは、時間の経過とともに地下水に沈められた、古代の国の地下避難所である可能性がある。しかし、何千年も前の古代では、暴君は囚人を檻の中に閉じ込め、ゆっくりと大量の水を注ぐと聞いたことがある。その目的は、囚人がゆっくりと上昇する水位で徐々に沈んでいくのを見るため…
そのような罰はとても残酷であり、ましてやこんなに厳しい寒さの中で、そこから生き残ることができた人はいないだろう。

東側の山道は少し険しい、そこで少し馬鹿げた事故に遭遇し、足を骨折しそうになった。幸いなことに、皮膚への外傷だけで済んで、骨は問題なかった。しかし、防寒服は氷によって大きく破られ、ナイフを刺すように冷たい風が入り込み、非常にひどいものだった。
傷がしびれる前に、風が避難できる*隅を見つけ、破れた場所をかろうじて修正した…しかし、山頂に登ることは不可能になった。
その後、凍死寸前で拠点に戻った。焚き火の前で手足を温め、靴下を脱ぐと、すでに3本のつま先が凍って紫色になっていることに気づいた…とにかく、生きててよかった。

吹雪がしばらく止まってから、上を見上げると、雪山の頂上を囲む巨大な岩が、澄んだ空に静かに浮かんでいた。詩歌の中にあるこの場所に埋められた古代の龍も、その朽ち果てた眼でこの空を見つめているのだろうか?
雪山の麓に住む人々にとって、変異を遂げたこの山は、まるで神の視界の外に置かれた、とてつもない運命に支配された場所。モンドの古いおとぎ話では、この雪山は時間の風に放棄された懲罰の場所であり、すべてが凍てついた風によって凍りついたという。
しかし、山頂には何かが動いている。夢の中でその呼びかけを感じた――ささやく歌のように、甘くて不吉だった。

探検は順調ではなかったが、幸い命だけは助かった。ただ、このチャンスを逃した後、いつ山頂にたどり着けるかは分からない…
これから引き続き璃月を探索し続けるかもしれない。しかし、最優先事項は、以前に失われた物資を補充し、水に浸ってしまったこの日誌を取り換えることだ。

◆第10巻
――離島――
離島に来て数日、勘定が通してくれそうにない。いつまでここに留まらないといけないのか……久利須先生につてがあるといいが。早くここから出たい。

久利須先生は現地商会の会長だ。フォンテーヌ出身の、落ち着いた雰囲気の紳士だ。先生と話していると、まるで故郷に帰ったような安心感がある。

稲妻は排外的だと聞いていたが、離島の桟橋に上がってはじめてその度合を思い知った。
「鎖国令」が下されてしばらく経って、多くの外国人が離島に留まっては離れていった。店も次々と閉店して、とても寂れて見える。
数百年前、柊家の弘嗣公が奇跡的に荒れた島で商業港を興し、才能ある人を集め、自由貿易を推奨したため、この地は栄華を極めたそうだ。かの弘嗣公が今の離島の光景を目の当たりにしたら、どう思うのだろうか。
彼の子孫、すなわち今の勘定奉行様は良い暮らしをしているみたいだが。
まったく腹立たしい。

あれから少し経って、久利須先生が良い知らせを持ってきた。
もうすぐ南十字船隊が稲妻に到着し、しばらく滞在するそうだ。かの有名な武装船隊なら、私を密かに稲妻の島のどれかに連れて行けるだろう。今は待つ時だ。
久利須先生の情報が正確かどうかわからないが、用意するに越したことはない。まず野営道具を百合華さんから取り返さないと。お金払っても土下座でもして……

幕府が珊瑚宮のほうの前哨基地を襲撃したらしく、多くの死傷者が出たらしい……いや、逆だったか?
ここに残っていた外国人も、奉行の役職についている人間も、不安そうにひそひそとそんな話をしている。
何があったかは知らないが、また続々と商人たちが店を畳んで国に帰っていった。軍艦が港を出入りして、どうやら港は臨時的に軍に徴用されているらしい……

物資の分配で混乱しているこの隙に、なんとか私の荷物を倉庫から出せないだろうか。

そうだ、これも忘れてはいけない……今度こそ日誌を紛失しないように気をつけないと。
稲妻の筆記帳はきれいな表紙が多いけれど……古いものを蔑ろにする理由にはならないからな!

◆第11巻
鶴観での探索は順調とは言えなかった。

先日、カマという地元の青年が色々助けてくれたおかげで、離島から何とか抜け出すことができた。監視の目をかいくぐって鶴観まで来たが、彼の導きによって私が辿り着いたのは謎の霧の中。そこで私は島の古い文明、そして夢のような幻の景色を垣間見た。だが今、記憶の中の景色は霧のように消えている…しかし、これだけははっきりと覚えている――この死んだような静寂に包まれた島で、私はなんと一人の子供に出会ったのだ。

霧の中を浮遊する元素粒子で幻覚を見ただけかもしれない。あるいは、島のキノコのせいという可能性もある…たぶん、あの子はただの幻影、または偽りの記憶なのだろう。そう考えるのが現実的なのだが、二度目に島に上陸した時、私は食べ物を多めに持って行っていた…あの子に渡せればいいのだが。こんな物寂しい荒れた島で、独り暮らすのはきっと大変なことだろう。

再び島へ行くことを、私はカマに言わなかった。その結果、すぐさま道に迷ってしまった、そうあの濃い霧の中をだ…あらゆる手段を駆使したが、道は分からなかった。まるで意味もなくこの霧が、私のことを拒絶しているかのように感じたほどである。
あの金髪の旅人と「パイモン」という小さな精霊が助けてくれなかったら、収穫もなく帰っていたかもしれない。あそこの「ユウトウタケ」を採集してくれて本当に助かった。稲妻人の間で語り継がれる話によると、この菌類には鶴観の亡き者たちの古い記憶が凝縮されているらしい。淡い燐光を放ち、目と頭の働きを良くすると言われ、記憶力を上げる効果もあるとか。

ここ数日の試みで、この菌類には確かに心を落ち着かせ、気分を良くする効果があることが分かった。それに消化にもいいようだ…記憶力を上げる効果はあまり実感できなかったが。スメールの友人に研究してもらえるよう、これをいくつか残しておこう。

それと、金髪の旅人とパイモンが持ってきてくれた古代の壁画を映した写真も、大変興味深かった。後でじっくりと研究する価値がある。今回、こんなにも価値のある遺跡を発見できたのは、この二人の名高い冒険者が持つ熱意と知恵、そして止まることを知らない冒険心のおかげだ。

誰かの日誌

本文を読む

◆第1巻
親愛なるトントンへ

時間が経つの早いものだね、パパが海に出てからもう三ヶ月が経った。パパに会いたいかい?毎日ちゃんと時間通りに寝てるかい?山荘のおじいちゃんとおばあちゃんたちを怒らせたりしていないかい?パパはもうすぐ帰るよ。パパが稲妻国から帰ってきたら、一緒に埠頭で「南十字」の大船を見に行こう。今度はちゃんと約束を守るからね。

トントンは瑶光の浜を覚えてるかい?パパはあそこで砂金をいっぱい掘ったんだ、もう一人じゃ抱えきれないほどの量だよ。パパが戻ったら、稼いだお金でたくさんのうまいものを買おう。あとは山荘の製粉所を買って、他にないくらい柔らかい豆腐を毎日作ろう!でもやっぱり、パパはこのお金で璃月港に良い家を買いたんだ。海を眺められる広い家をね!パパが帰ったら、トントンに決めてもらおう。いいかな?

そうだ、帰離原にある漉華の池の向こうに、とても高い崖があってね、そこで遺跡守衛に遭遇したよ。そいつはずっと座ってて、頭を下げたままちっとも動かなかない*んだ。空に稲妻が走っても、雨に打たれてもね。…よく見てみるとそいつ寝てたんだよ!パパは身体を上手く使いながら、正面からそいつに登ってみたんだ、そうしたら頭を回してしまってね――カチャッて音がしたと思ったら、そのままゴロゴロと頭が転がっていってしまった!で、そのまま崖に。崖を覗いてみると、あんな大きな頭がバラバラだ、残念だよ。そうじゃなければ、「戦利品」として持って帰って、トントンにも見せてやりたかったのに。

あとは絶雲の間だ。トントンがもう少し大きくなったら、あそこにも連れていきたいな。絶雲の間から見る雲は海みたいで、滝が軽策山荘のものより何百倍も壮観なんだ。仙人の住処まで見えるようで、その絶景を言葉にするのは難しい。それにパパはさ、なんと伝説の仙人に会ったんだよ!一緒にお酒を飲んで楽しかった。仙人がパパに酒盃をくれたよ。中に息を吹きかけるとお酒が勝手に湧いて出てくるんだ。いくら飲んでもなくならない。でもトントンはまだ子供だから使ってはダメだ、未成年の飲酒は禁止されているからね。将来、トントンが大きくなったら、パパの宝物を全てあげるよ。

璃月での冒険は一段落ついたから、埠頭に行って「南十字」の大船で遠方へと旅立つ。新しい目的地ではきっと、さらなる絶景とお宝がパパを待っている。パパはトントンに見せたくてたまらないよ!トントン、毎日時間通りにちゃんと寝るんだよ。甘いものは歯に悪いから食べ過ぎないようにね。あと山荘のおじいちゃんとおばあちゃんとも仲良くするんだよ。喧嘩は絶対ダメだぞ!パパはすぐいっぱいの宝物を持って帰るから。

トントンを愛するパパより

◆第2巻
――瑶光の浜――
また霧が出た。ベテランの鉱夫たちの言うことを聞かなければよかったのに。あのジジイたちは何十年も前に定年退職した身だ、情報はどれも時代遅れだった…全く使えない!これからどうしよう、砂金のところか、濃霧のせいで家の方向まで分からなくなった。トントンはちゃんとご飯を食べているかな?

霧の中からヒルチャールの声が聞こえてきた。多分、反対方向に逃げれば助かるかも…

どのくらい歩いたか分からないが、濃霧はまだ晴れず、朝か夜かも分からない。でも前方のあれは人影か?もしや岩王帝君が道を誤らないように導いてくれているのかもしれない!あの人についていけば助かる!よし、行こう。

濃霧の中の人影が何だか怪しげだ。私はここにテントを張り、少し離れてからどうするか考えよう。もしかしたら、引き返した方がいいかもしれない。

やばい!ヒルチャールの声に囲まれている、私はどうしたらいいのだ。

【日記の内容はここで終わっている】

◆第3巻
――帰離原――
ついてない!

せっかくヒルチャールのキャンプから逃げ出したのに、また帰離原で遺跡守衛に狙われた!雨に打たれても全然動かなかったからとっくに壊れていると思ったのに。まさか奴が雷に打たれてカチャカチャと音を鳴らし――復活するなんて!

私には全く手に負えなかった。ひよこのように掴まれ、山頂から投げ出された…ぐるぐると転がった私は、幸い麓の石窟に隠れることができた。ヤツの攻撃範囲から逃れ、一命を取り留めた。さもなければ、私はバラバラにされ、蹂躙されていた…かもしれない。

ヤツはもう遠くへ行っただろう…だが、微かにブーンという音が聞こえる。数万匹のハチが耳の中にいるみたいだ。多分、骨が2本は折れてるだろう、腕の力が入らない。でもまだ大丈夫…多分ね。こんな歳だから、もう一息頑張らないと、トントンと妻に合わせる顔がない

◆第4巻
――絶雲の間――
麓で一人の優しい薬草採りに出会った。とても痛かったが、彼が手当をしてくれた。彼の話によると、遺跡守衛に遭遇した生存者の中で、私のように「健全」な者はめったにいないらしい。

元々人の気配の少ない絶雲の間は雲と霧に包まれており、俯瞰してもこの雲海の深さは分からない。石林の奥から妖魔か仙獣の咆哮が聞こえ、聞いているだけで恐怖を覚えた。ここなら良質な琥珀や高い薬草を見つけられるかもしれない。同じ山荘出身の貧しい人間が、薬草の商売で璃月で家を買い、結婚をしたから、この私でも行けるはずだ。

夕方になると大雨が降ってきた、岩壁が滑り上まで登れない。待ってきたロープと登山用のピッケルもどこかに落としたらしい。変だな、私はこんな忘れっぽい人じゃなかったはず。きっとここの山の妖魔の仕業だ!キツネの可能性も…

4、5日かけて、やっと良質な薬草が採れた。そろそろ帰るとしよう。実はもうちょっと探索したい気持ちもあったが、ここは本当に怖いところだ。夜の森に入ったら、私の後ろに影がついてきた気配がした。周りの山から聞こえていた何らかの妖魔の咆哮も次第に近くなってきている気がする。

下山する途中、古い酒瓶を拾った。泉水で洗ってみると、なかなかの良品だ。トントンにあげれば、きっと喜んでくれるだろう。そうだ、これは仙人がくれた宝瓶だと言えばいい。

◆第5巻
――璃月港――
不卜廬で薬草を売った。損失を埋めただけでなく、利益も少しあった。この効率であれば何年も経たない内に璃月で家を買える。その時はトントンを連れてきて一緒に暮らそう。ちょうどその頃には、トントンが学校に通う歳になる。

私が若い頃にちゃんと勉強していたら、宝盗団の連中とは出会っていなかっただろうし、父が残してくれた財産を使いきることもなかったはずだ。そう思うと、絶対トントンには優秀な教師をつけたくなる。そうすれば、ちゃんとした友達ができるだろう。私みたいにはさせたくない。トントンのためにも、まだ諦めない、もう一踏ん張りだ。

…と言っても一儲けしたいから、解翠行で運試しをした。お金をこんなことに使いたくはなかったが…口のうまい店主に乗せられてお金を全て使ってしまった。運は悪くなかった、なかなか上質な宝石もいくつか手にしたし。だが、より良い石が欲しくて負けてしまった、私は薬草を採るのに使う鎌と薬箱を質入れした。

私にはもう何もない。手に入れた宝石はいいが、お金に変えるのも簡単ではない。もう一賭けするしかない、海外に行こうか。南十字船隊に行けば、北斗様が私を受け入れてくれないだろうか?

甲板の清掃係でもいい。もう三日間、何も食べていないんだ。

◆第6巻
――刃連島――
海賊の船から小舟を一隻拝借して、三日三晩漕いで、やっと陸に辿り着いた。

ここから伝説の鳴神島の高い山と、その頂上にある巨大な櫻の木が見える。神櫻は月光に照らされてやさしい色をして……故郷を思い出させる。

トントンが軽策荘で寂しくしていないだろうか。金を稼ぐためにこんな遠くまで来たこと、未だに正しいかわからない。歳を取ると、あることないこと考えてしまうのだな。

島をぐるっと回って、紫色の瓜が取れた。特に味はしなかったし、皮ごと食べると歯と舌が紫に染まってなかなか消えてくれない……今度は煮てみようか。
島でキャンプを建てた。夜が明けたら南へ行こう……海賊に聞いた話だと、そこに稲妻城があるそうだ。

城に入れば働き口も沢山あるだろう。冒険なんて馬鹿なことをやめて、この国でまともな職につくのも悪くないかもしれない。金を貯めて、家を買ったら、トントンを連れてきて一緒に暮らそう。

ここの土地は璃月港より安いし。

絶雲紀聞

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◆第1巻
――石獣――
璃月の大地には、未だにまだたくさんの石像が残されている。それは璃月の民が五風十雨、山岳安定を祈念するために立てたものだったが、他にもっと古くから存在していた石像がある。
碧水川の漁師、荻花洲の荻花採取人、そして古い鉱山の採掘者の間で言い伝えられている話がある。璃月のある辺鄙の地に、古の石獣が涼しい秋の夜に急に目を覚め、この様変わりしていく世界を見渡り、自分と呼応する蛙と虫の鳴き声に耳を傾け、石化した喉から掠れた咆哮をあげる。そして、彼らはこの璃月の大地で歩き渡り、かつて自分たちが守っていた土地を巡る。
石獣たちが動いているところを目撃した人がほとんどいないが、地理に詳しい住民たちは、もう石獣の移動や姿勢の変化に慣れている。そして、夜に露営している眠りの浅い者たちも、時々水流の音よりさらに低い音を聞こえることがある。
この古の石獣たちはどこからきたんだろう。軽策荘の老人たちによると、彼らは昔岩王帝君のもとで征戦する仙獣だった。魔神の混戦が収束した後、璃月の大地から海水が消え、平和が再び訪れたが、仙獣たちは神々の戦で人間を守る役割を失った。その後、彼らは姿を隠し、俗世に関わらぬよう暮らしていた。
しかし、かつて岩の神に仕えた頃が懐かしく、これからも璃月を守り続けたいと願う仙獣もいた。仙獣は非凡な生き物ではあるが、寿命に囚われるのだった。だから、彼らは岩王帝君に願った、不変の岩になりたいと。こうして、慈悲深い岩の神は彼らの願いを聞き入り、彼らを朽ちることがない山岩へと変化した。

◆第2巻
――海神の宮殿――
花嫁を迎える日がきた。
凛々しい海神は硨磲の中央に端座し、二頭の螭獣の手綱を握っている――立派な轅の前に、どの螭獣も天衡山に比肩するほど雄大だった。海神は長老たちが捧げる真珠を受け取り、小さいな*花嫁を硨磲に迎える。村は海の魔神から結納の品をいただく――向こう一年間波風のない海だ。

お祝いの人々と孤独の母親を離れ、海神は花嫁を波の奥底まで案内する。巨鯨の骨格でできた長い回廊を経由し、紫貝と真珠で飾られた宮殿の扉を通り抜け、幼い少女は海の魔神が用意した寝宮に辿り着く。
「人間たちの茶番に関与する気はなかった」海神は漣のような声で花嫁を慰める。
「ここは女の子たちの新しい家、そして生涯を暮らす場所だ。同胞に追放された少女たちにとって、海は彼女たちの避難所、彼女たちの眠りを邪魔しない故郷だ」

しかし少女は真珠と螺蛳で飾られた新しい家がちっとも気に入ってなかった。きらきらと光る深海とその中に潜む生き物たちに恐怖だけを覚えたのだった。日の出や日没のない海中で暮らす少女は、郷愁にかられて日に日に憔悴していった。
ある日、海の魔神は少女の願いを気付いた。彼女の選択に失望したものの、彼女の意思を尊重することにした。
「完璧ではない世で暮らしていると、いつか後悔する」と螺貝を腰から外し、少女に贈る。
「いずれこれを吹くだろう。その時、貴方はここに戻ることになる」

少女は螺貝を持って陸に戻った。それから何年経つのだろうか、彼女も母親になった。静かに暮らす日々の中、海の宮殿はまるで子供時代の夢のようで、きらきらした光と奇々怪々な海獣たちが、時に彼女の記憶に姿を現れる*。こうやって時間が流れていった…そして花嫁を送り出す日がまたやってきた。長老は村人を率いり、彼女が抱える娘を連れていった時、彼女はやっと海神の忠告を理解した。
そして、婚儀の前夜、母親は螺貝を吹いた。
海神は約束通り波の中から現れた。村は大波に見舞わされ*、長老と村人たちは眠ったまま大波に呑み込まれた。巨大な螭獣は光る硨磲を引いて、高山のような姿を母親の前に現す。
幼い頃のように、母親は娘の手を握り、海の魔神の硨磲に登り、海に沈んだ村に別れを告げた。

◆第3巻
――無妄――
軽策山北にある山々の間に「無妄の丘」と呼ばれる山脈がある。そこはどこか不気味で、多くの言い伝えがある場所。
璃月人によれば、無妄の丘の森林には死した人の魂がさまよっているという。村の周囲を漂い、生前の執念が未だ拭いきれていない魂たちは、訪れる人間を危険な山道に引き付け…崖に落とし、魔物に喰らわせる。
山を覆う霧のような邪気は、悪意と共に旅人に纏わりつく。無垢な人々を陥れ、理不尽な咎めを与える――それが、「無妄」の由来。
無垢な民と旅人は魂たちに惹きつけられ、霧が漂う危険な森林に立ち入る。無妄の丘に潜む妖鬼は人々の心の弱みにつけこむことができ、思い人に化け、信じるものを見せ、亡くなった家族の温かみを与える。
そうした様々な手段を使って人々を山の奥へ誘うのだ。
しかし無妄の丘はなにもずっとこうだったのではない。遠くない昔、そこにはまだ人が住んでいた。そして遥か昔まで遡れば、そこは賑やかで平和な村だった。だが今となっては、陰湿な魂だけが住まう廃墟となってしまった。
軽策荘の子供たちの間で、こんなうわさがある――無妄の丘に住む若者は遥か遠くの海に潜む海獣の歌に誘惑され、幻想と夢を抱きながら海に飛び込み、その身を波に沈めた。やがて彼らは記憶のすべてを忘れ…彼らの幻想と夢は海獣の歌となったという。
そこの少年たちは皆そうやって離れていった。やがて大人たちも老いにより人の世を旅立ち、その村は岩王帝君が住む大港城の影に潜む廃墟となった。
しかし短命な人間とは違い、永遠の時を進む地脈はすべてを覚えている。湧き出る元素は霊体となり、かつての住民の夢を取り戻すように彼らの面影を再現する。そんな無垢で純粋な地脈は、まるで子供を失った母親。泣きわめく赤ん坊、老人の咳払い、すべての瞬間を再現した劇とも言えるそれは、海獣の歌のように、その地に訪れた人を惹きつける。

◆第4巻
――山霊――
璃月の山林には、主のない仙霊が数々漂っている。光を発するそれらの精霊は、山林の霧、古びた廃墟の中を延々とさまよっている。「神の目」を持つ旅人に道を指し、宝や装置の場所へと連れていく。
璃月人によると、それらの小さな精霊は吉兆の象徴で、死した仙人や名を残せなかった善良な魔神の魂だという。また一部の人は、仙霊は家族を失った人が山に残した心の声で、孤独な旅人に帰路を告げているのだと信じている。
璃月の里には古い言い伝えがある――山の中をさまよう仙霊は仙人よりも老いた存在であり、優美な形態と偉大な知恵を有している。山林の中を漂い、古城の広間を散歩した年月は、岩王帝君が魔神と戦った歴史よりも古い。
それはすでに失われた記憶。仙霊の先祖と外来の旅人が出会い、月の宮殿の三姉妹を証人として永遠の誓いを立てた。そのわずか30日後、災いが起こり、仙霊とその恋人は崩れ落ちる天地の間をさまよった。やがて災いは彼らの足どりを止め、冷酷な罰で彼らを引き裂き、記憶さえも打ち砕いた。
愛する者と決別してしまった仙霊とその姉妹たちは日に日にやつれ、優美な形態を保つことすらできなくなった。やがて山林に散り、小さな精霊と化し遺跡を漂った。自分たちの記憶を、声を、知恵を失ってもまだ、悲しみの歌を山林に鳴り響かせた。引き裂かれた恋人との思いを胸に、山林に立ち入った旅人を導き、失われた詩文や物語を追憶している。
無論、これらはすべて古き伝説。璃月の里に古くから伝わる信憑性の低い言い伝え。しかしそれでも、山林を漂う悲しき仙霊については、人それぞれ思うものがある。

◆第5巻
――麒麟――
璃月の伝説では、麒麟は高貴で慈悲深い仙獣だ。通常は山林に現れ、露と星明かりが交わる夜にだけ徘徊し、澄んだ甘露と香る草を食事とする。
麒麟は優しい性格をした仙獣で、優雅さと高貴さが血に流れている。麒麟は決して生き物を傷つけない。
例え小さな虫でも踏まないように気を付け、葉っぱを折る事すらしない。麒麟の習慣と振舞いは、何千年も変わらぬ古代の礼儀に従っていると言われている。
魔神が混戦していた荒涼な時代が終わると、仙人の殆どは人騒がしさに耐えきれず、岩王帝君の手配によって竹林や山々に隠れ始めた。人間世界を干渉しなくなった彼らは、自然を満喫し、生涯を楽しんだ。
しかし、その他の仙獣達は、千年に渡る人間との関わり合いで深い友情を築き、岩王の「仙力と慈悲で俗世を支える」という意志を貫く事を決意した。山野や村に隠れる仙獣もいれば、繁華街を歩き、人間と暮らす仙獣もいる。璃月港のあらゆる場所に独特な風味をもたらした。

民間に伝わる伝説では、何千年も前に、優雅な麒麟の一族の中では既に、まだ下等であった人間と愛し合った者がいた。
伝説によると、何千年も前の荒涼な時代には、人々はハスの葉を服とし、香葉を裳に使用していた。
ある日の夜、薬草取りが山の中の小池で入浴していた時、周囲に置いておいた服が麒麟に噛みちぎられていた。その幼い仙獣は、人間の羞恥を全く理解していなく、俗世で施すべき振舞いも理解していなかった。
犯した愚行を補うため、また、仙人の外見で貧弱な人間を驚かさないため、彼女は満月の光が池を照らした時、人間の姿に変身し、薬草採りの前に現れた。
仙獣はまだ幼く、結局人間の羞恥と欲望を理解することが出来なかった。冷たい月明かりとホタルが照らす山林は、露を服、月明かりをドレスとしていた。彼女はその凡人と共に花と幽閉の空間を彷徨った。仙人達の洞窟を紹介し、鳥や獣の言葉を解釈し、そして、静かな夜の虫の鳴き声の中で眠り、長いの夢へと陥った…
朝日の光に顔を照らされ、薬草採りは目を覚ました。しかし、高貴な仙獣は既に去ってしまった。

その後の話は、民衆の間でも多く議論されている。ある説では、ある日の夜に竹の籠を咥えた麒麟が、薬草探りの家の前にそれを置いた後、月明りの中へと去っていったという。薬草採りが外に出ると、竹の籠の中には、なんと小さな赤ん坊が眠っていたらしい。
また他の説によると、麒麟はあれから人間と一緒に暮らし始め、子供を持ち、俗世の生活に馴染み込んだとも言われている…

千年の真実がどうであれ、優雅な仙獣は璃月と共に歩んできた。人混みに隠れ潜み、岩王帝君の更なる招きを待ち続けている。

◆第6巻
――玉遁――
璃月港の北西、南天門の南の谷には、多くの古代遺跡が静かに聳え立っている。
そのうちの1つ、「遁玉の丘」と呼ばれる遺跡は、魔神混戦の時代より前から存在すると言われている。
言い伝えの多い古き伝説によると、「遁玉」とは「美玉の隠れ処」という意味だそうだ。
遥か古代、岩王帝君でさえ若かった頃、璃月の西の荒れ地に天星が落ちたことがある。天星の落下により、衝撃を受けた荒れ地は、壮大で深遠な巨大穴へと形を変え、中には沢山の美玉金石が生り、千年にも渡る鉱業を作り上げるきっかけとなった。
言い伝えによると、無名の星が落ちたとき、一枚の破片が璃沙郊北部の岩群へと落ちた。
無言の金石は霊気と精神を蓄えている。人間の理解が届かない古代では、彼らは自分の律で地脈の拍動に耳と目を向いた。そして山の泉が鳴り響き、岩がゆっくりと動き始めた。
しかし、空から落ちる流星は一味違う。大地の素朴な堅岩と比べると、高慢でせっかちな性格を持っている。

その後、地上の無数の魔神と君王は、天の王座をめぐって戦った。星空と深淵は色を失い、悲劇と悪行は山岩と流水の息を止めた。空から降り落ちた星は、巨岩の足止めを無視し、高い空へと逃げた。
天から降った美玉が星空に戻った後、天に深い穴が残された。人々は隕星の贈り物に寄りかかり、その上に強固な城と要塞を建て、身を守り続けた。
何千年にもわたる風説と激動の中、堅固な城は遁玉の丘に聳え立った。500年前までも、璃月港との交流は途切れることがなかった。
だが暗黒の災害が深淵から発生し始めると、遁玉の住民は古代都市を閉鎖し、遠く離れたところへ逃げ去っていった。千年もの混乱を経験してきた仙人や夜叉でさえ、彼らが故郷を封鎖した理由を理解できなかった。
そして、閉鎖された都市は巨大空洞の墓に放り込まれ、長い年月の間そこに眠った。璃月人がこの墓を「遁玉の丘」と呼んだのもこれが理由である。

ヒルチャール習慣考察

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◆第1巻
ヒルチャールの社会

ヒルチャールたちは、まだ原始社会のような村落暮らしをしている。彼らは小さな集落で荒野の中で住まいを構える。その集落は彼らにとって大家族のような存在だ。

一般的に、ヒルチャールの集落の中で一番権威があるのがシャーマンである。長期に渡る野外観察と交流を経た結果、シャーマンは集落で一番年上の者がなり、集落の「親」のような存在だと筆者は断言する。彼らは豊富な経験を用い、重大な問題において意思決定を行い、元素の力を駆使して自分の集落を守る。野外にあるヒルチャールの集落において、シャーマンの外観特徴はいつも顕著である。彼らはいつも独特な角付きの笑みを浮かべた仮面を被り、仮面の開いている部分から外の様子を観察する。そして、彼らはいつもボロいシャーマンの杖を手にし、口から意味不明な歌や呪文を唱えている。

ヒルチャールの地位を評価するのに年齢は唯一の判断基準ではない。多くの集落では、図体が大きく、戦闘能力が優れたメンバーが自然とシャーマンにとって代わって集落の長となる。そしてこのような集落は彼らの指導の下により好戦的になる。巨大な体と物々しい仮面を角を見れば、それは好戦的な集落の長だと容易にわかる。

ヒルチャールは外からやってくる人間に対して敵意を持つ、かつ言葉の壁まであるため、ヒルチャールの集落内部の資源分配状況について的確に判断することは難しい。西風騎士団の巡回報告によると、彼らは集落内で各自必要なものを採ってくるという形で資源の共有を実現しているようだ。ヒルチャール全員が採取者であり戦士であるが、一部戦闘をより重視するヒルチャールは鍛錬を経て図体の大きな戦闘要員になる。悪環境で十分生き延びることができれば、これらの戦士たちは集落の中で最も尊敬されるリーダーとなる。

ヒルチャールは知能が低く、その社会と組織はとても原始的であるが、面白いことに彼らは独特の元素制御能力を持っているようだ。この能力は老年のシャーマンでより顕著に現れる。一般的な人間にとって、元素の力は「神の目」があって初めて発揮できる。ヒルチャールはなぜ「神の目」なしで元素の力を制御できるのか、更なる考察と研究が必要だ。

◆第2巻
ヒルチャールの精神生活

テイワットの七国の住民と同様、ヒルチャールも自分たちの信仰を持つが、その崇拝対象は、現世に存在する七柱の神ではなく、抽象的な元素の力そのものである。モンドを例にすると、ある集落のヒルチャールたちはモンドの民と同じように「風」を崇拝するが、風の神バルバトスではなく、自分なりの作法で抽象的な「風の力」を崇める。同じ集落の中には、信仰の異なるヒルチャールたちが雑居している場合もあるが、彼らが信仰する元素は仮面の模様や体に塗る顔料の色によって示されている。

実地での観察によると、ヒルチャールの中で祭祀や崇拝儀式を担当するシャーマンは、自分の体と髪に様々な色を塗る。その色は集落が崇拝する元素の力と一致しているようだ。シャーマンが身につける衣服や飾りは、普通のヒルチャールよりさらに精巧。このような繊細な工芸品が、知能の低いヒルチャールによって作られたとは驚くばかりである。

シャーマンは、ヒルチャールの信仰体系で精神的リーダーのような存在である。ヒルチャールの崇拝儀式は歌と舞いがメインで、通常はシャーマンが舞いのリードをし、元素の讃歌を唄う。獲物に余りがあれば、祭壇に生肉を祭礼として供える。ヒルチャールたちはよく金銭や宝石などキラキラした物を拾い、奪う傾向があるが、肉だけが崇拝対象に相応しい供物のようだ。

ヒルチャールたちには「過去」と「未来」の概念がないようで、「今」だけを生きている。彼らは意識的に今後のために食料を蓄えないし、亡くなった先祖たちを偲ばない。ヒルチャールの集落では落書きがよく見られるが、考察を重ねた結果ある結論に至った。あれは古い遺跡に対する拙劣な模倣にすぎず、創造性が見られない。また、一部のヒルチャール集落は昔の遺跡に拠点を構える。彼らは生まれながらこのような古代の遺物に謎の親和を持つようだが、今把握している情報では、彼らと失われた古代文明にどんな繋がりがあるのかはまだわからない。

◆第3巻
ミステリアスな独居者

ヒルチャールにも一部神秘的な力を持つ者がいた。彼らは大きく強靭な体を持ち、元素を操り身体能力を高める事が出来る。例えば、元素を使い防御を固めたり、攻撃力を高めたり等である。

ヒルチャールは、このような強大な力を持つ者の事を敬い「Lawa」と呼んでいた。筆者が推測するに、これは「王」もしくは「統領」を意味する言葉だろう。だが、この者達が部落の中で、指揮を取るような行動をする事はない。どちらかというと、彼らは他の者を避け、単独行動をする事を好んだ。

通常、冒険者が彼らに遭遇する事は難しい。また、軽々豊富*な冒険者でも、彼らが出没するであろう地点に赴く時は、様々な危険に向けて準備をするのだ。

◆第4巻
ヒルチャール風習の多元化――モンドのダダウパの谷を例に

「好肉族」はご馳走が大好きで、集落の中にイノシシを飼育する小屋を建て、イノシシ飼いを任命して管理させている。彼らは火スライムを利用してかまどを熱し、大きな鍋で肉を煮込む。集落の一員なら需要に応じて誰でも食べることができる。
彼らの集落で、一番目立つのが巨大なリングだ。このリングの上に立った者が、集落の挑戦を受けるというのが暗黙の了解。そして、リングから落ちた者は集落全員に嘲笑われることになる。

「好睡族」は暇があれば居眠りする。また、彼らはより快適な睡眠を求め、そのための小屋を建て、柔らかく暖かい獣の皮を敷いて寝る。睡眠が充実しているからか、彼らはヒルチャールの中で最も狡猾で賢い。

「日食族」は、モンドヒルチャール集落の中で一番謎めいた種族だ。筋肉とずる賢さより、彼らは信仰の力を信じる。一般的なヒルチャールが信仰する自然の元素力とは違い、彼らが崇拝するのは太陽のような簡素なシンボル。また彼らのシャーマンは他の集落のシャーマンよりも更に強い力を持っている。集落の中央には、日食族の中で一番地位の高いシャーマンのために大きな「御座」が用意されている。

侍従騎士の歌

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◆第1巻
私はモンドの街道を全て歩いた。
息をすると不幸と酔い潰れる匂いがする。
最も傲慢な貴族を見て、
最も凄惨な平民を見る。
蜘蛛の巣のような暗い路地が彼らを隔て、
暗闇にカランと響いたのは、心の枷

モンドの街で、夜の巡回をする。
同僚と上司はこう叫んだことがある。
「我々は星光の騎士、頭をあげるといい!
星の輝きにある高貴な旗こそ、守るべき!」
星も、旗も、私は顔をあげて見たことがない。
あの汚い街角を、見ずにいられなかったのだ。

落ちぶれた商人の、静かに流す涙。
年老いた兵士の、血まみれのため息。
真夜中の静まり返った街。
貴族に捨てられた少女はバルバトスの善意を祈り求めた。
荒涼とした風が教会を揺さぶった。
悲しみと憎しみを挟んで、豪華な宮殿を揺らすのだ。

全ての母親の全ての叫び声と、
全ての子供の全ての鳴き声は、
最も固い盾に傷を残し、
最も鋭い矛を折るのだ。

その声は私を震わせた。
しかし巨大な宮殿も城も、
西風が吹き荒ぶ聖なる場所も……
アリの嘆きなど誰にも聞こえない。

◆第2巻
ある日、朝日の下、
剣を歌にする舞子がモンドを訪ねる。
全身を枷に縛られていたが、
彼女の沈黙の中に歌声が漂う。
それは自由の歌、それは高い壁の外、さらなる明るい朝日、
それは束縛されない民が楽しく歌う民謡である。

彼女は放浪楽団の朝の光、
そして貴族を殺める人殺し。
彼女に問う。「なぜ私たちの貴族に歯向かう。
彼らは私たちの首領だと知っているのか」

「なぜ彼らは高い壁を作らせる?」
彼女の声はそよ風の息吹を帯びる。
「自分を風の友だと思うなら、
自分がかつて自由を持っていたなら」

彼女は孤独の傾聴者に過去を語る、
神の力を持つ貴族の先祖の話、
かつての天使、神々と悪龍の話、
全ての国土の神とその民の話、
彼女はあらゆる伝説を歌に紡ぐ、
その歌は風に乗って全土に伝わった。

貴族の闘技場で、彼女は再び剣で歌う。
それは彼女の最後の歌だが、絶唱ではない。
名もない騎士が彼女の剣を血塗れの闘技場から持ち出し、
穏やかな風が集う場所に眠らせる。

清泉の心

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◆第1巻
水のような月光の下で、涙の少年は清泉に願いをかけた。
遠方の泉水に住む精霊は何気なく、静かに彼の声なき願いに耳を傾けた。

泉水の精霊は遠い記憶を覚えておらず、遠大な夢もない。彼らは混じりけのない水から生まれる顔のない天使の末裔。
だから、好奇を抱いた精霊が清泉から現れた。涙を通じて少年の心の声を聞き、精霊はすぐさまこの若くて弱い生命に興味を持つようになった。
無言の精霊は形のない手を差し伸べて、少年の額と頬に触れる。夜露のように冷たく、失われた祝福のように柔らかかった。

未曽有の感触に少年は驚いた。顔を上げると、精霊と目が合う。
「願いを叶えてくれるのか?」と少年は聞いてみた。
泉水の精霊は唐突にされた質問の意味を理解できなかった。だが彼女は声を出せない、ただ頷く。
少年は喜んでその場を去っていった。

泉水の精霊が孤独だったことを、少年は知らなかった。彼女には仲間も家族もいなかった、そして、ほとんどの知恵を失っていた。
石の隙間から泉水が湧いて池に流れ込み、さざ波に砕かれた月を見ている時だけ、彼女は思考能力を取り戻し、片言の言葉を話せるようになる。
好奇に満ちた精霊は無垢な愛と無知、そして幼稚な霊性を持ちながらこの世界を生きてきた。彼女は、ベリーを盗み食いするキツネやリスに喜び、銀河を覆う暗雲に悲しむ。

あの夜の少年に対して、彼女は複雑で未熟な感情を抱いていた。
孤独な彼女には力も知恵もなかった。彼の願いを実現することは所詮夢のような話。
しかし、彼女は願いを分かち合うことができる。彼の悩みから命をくみ取り、彼と共に分け合うことができる。

◆第2巻
さざ波に映った月光を見て、少年は泉水に自分の本音を話した。
彼の話から、彼女は彼の多くを知った。
そして彼女の沈黙から、彼は決意した。

泉水の精霊は理解し始めていた。この世界の美しさは月光とベリーだけではない、悲しいものは夜空を覆う暗雲だけではないと。
少年は彼女に森や町、高い壁の話をした。自分の喜び、悲しみと恐慌を分かち合った。
少年の話を聞いて、彼女はどんどんこの新しくて不完全な世界に惹かれた。

少年が自分の無力さに悩んでいる時、泉水の精霊が優しく無言のまま彼の涙を拭ってくれた。彼の涙を通じて、彼女は清泉以外の理解がまた深まった。
涙が池に溶け込み、精霊は涙を、少年に幸せな夢を見せる甘い泉水に浄化した。少年は現実世界にあった全ての痛みを忘れ、夢の中の清泉で沈黙の精霊と会う。

月光を映した池の水面に、安眠する精霊が笑顔を見せた。
露は少年の夢を潤し、少年の夢は孤独な精霊の心を潤した。
夢の世界で、泉水の精霊は少年に遥かな水の国の話をし、青い宝石のような故郷のことを話した。そして、追放者の望郷の念を歌ったり、故郷を去った心境と行く末を嘆いたりした。夢の中では、少年が沈黙の聞き手となった、彼は彼女の境遇に涙を流し、彼女の幸せを嬉しく思った。

そして、泉水の精霊は少年の記憶と夢の中で言葉を覚えていった。
そして、彼女と少年はなんでも話せる親友となっていった。

◆第3巻
吹いていた夜風が止み、池に映った月が丸くなり、少年は初めて精霊の声を聞いた。
人間と比べれば、精霊は生まれつき繊細で敏感な生き物。少年は思わず彼女の哀歌のような優しい声に心を奪われた。

繊細さと敏感さを持つ精霊だからこそ、少年の目から彼の隠しきれない思慕と今にも口に出しそうな誓いの言葉を感じた。

精霊は慌てた。

人間の命は強いが儚い。少年もいずれ成長し、そして歳を取る。若さと純真さが色褪せて、彼はどうやって原素の無垢な末裔と向き合うのか?歳を取った彼は、若さ故の過ちと自分を責めるのではないかと精霊は思った。

泉水の精霊は純粋で優しいが、人間の愛を分かっていない。彼女は人の奇跡を見たことがない。千年の月日を普通だと考える彼女にとって、別れは恐ろしいものだった。

人間が奇跡だと思う長年の時は、元素の精霊にとって儚く美しい一時にすぎない。
だが愛する人の衰えを阻止することは、例え精霊のカであってもどうにもならない。

そんな日を待ち望んでいない繊細な精霊は、口づけをして少年を止めようとした。
だが愚かにも少年は、精霊の冷たい拒絶の口づけを、自分の決心を受け入れたものだと勘違いした。

その瞬間、精霊はいつか少年から離れることを決意した。
その瞬間、少年は永遠に清泉のそばにいると誓った。

◆第4巻
時が流れ、少年は成長し、新たな仲間と共に新しい生活を過ごしていた。
精霊は若い時と変わらぬまま、彼のために静かに哀歌を歌っていた。

あの日、彼女は彼から離れた。少年のいる先へと向かわないように。
泉水の音は言葉を発さず、さざ波に砕かれた月も水面の足跡に寄り添わなくなった。
やがて唐突に、泉水の精霊は気づいた。行き先が見つかったって、幸せな一時を過ごせたって、自分は孤独なままだと。

少年ではなくなった少年が精霊の気持ちに気づかず、その孤独を自分のせいにした。
「たぶん彼女は、ただの稚拙な幻夢だったのだ」
清泉の音を聞きながら、彼はたまにそう思った。

でも、あの冷たい口づけは現実だった。彼女の長い髪にいたずらをした夜風のように、実際にあったことだ。
ふいに少年が気づいた、たくさんの仲間との出会いと別れを経験したって、たくさんの冒険をしたって、自分は孤独なままだと。

そして数年前と同じように、静かな池に少年の涙が零れ落ちて、水面に映した月を砕いた。
だがそれでも、泉水の精霊は出てこなかった。
彼女は背を向け続けた。永遠に近い命を持つ自分が少年の思慕の念を裏切るより、幼い頃の無垢な夢や遥か遠い異国からの余所者だと思われた方がましだったから。

言い伝えによると、大雨の日に池に落ちる雫の中に、精霊の涙が混じっているらしい。
老いても少年は依然として、こんな戯れ言を信じていた。
不幸なことに、自分の本心と向き合えなかった泉水の精霊にとって、これは戯れ言ではなく事実であったという。

浮浪記

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◆第1巻
――波が上がる――
空に月が輝く頃に、船歌は流れ始める。

かつて璃月港には、軍船を操縦し海獣を狩る「船師」がいた。
船師達は勇気の象徴として、巨大な海獣の骨で船を装飾した。だが、船員達の歌う船歌には、海獣を狩る内容は滅多に登場しない。これは船師達が、己の功績をひけらかす事を嫌っているからではない。海が不安定だった時代、血生臭い船歌を歌うのは、不吉とされていたからだ。

大剣を振るう一人の船師がいた。彼は珊瑚礁や遠くの荒ぶる海域に赴いては、暴風と海獣の唸り声の中で横行闊歩していた。暗黒が海の中*も、彼にとっては狩場でしかなかった。荒ぶる海獣も彼の戦利品となり、船に飾られるのだ。

だが、波を横断する船師には、凡人の苦楽は理解出来なかった。彼の日常には、終わりの見えない捜索と殺戮、生臭い海風、そして重苦しい鯨の歌い声しかなかった。船員は彼に対し、尊敬よりも恐れの念を抱いていた。海草に絡みつく毒蛇のような息遣いに、恐怖を感じた。荒ぶる海の真ん中で、船師の船は音もなく冷たく前に進んでいく。

ただ、高くそびえる船首に座る少女だけが、船師の目に温もりを灯す事が出来た。波音に夢中な彼女は案内役だ。少女は鯨と共に歌い、船を海獣のいる海域へと導く。

案内役の少女は、全ての海風と波に敬意を払い、海を祭る歌を口にする。

「私と共に巨鯨の唸りに耳を傾け、波の音を聞け」
「海流が方角を示す時、深海に向かって出航せよ」
「既に世を去った神霊を敬い、我が主を敬え」
「乱れた水流で海の地図を書かせたまえ」
「全ての魂を故郷まで導いたまえ*」

歌声が止むと、船師は号令と共に出航する。巨大な船がゆっくりと港を離れ、朝日に照らされた波へと進んでいく。

これがいつも通りの、船師漂流物語の始まりである。

◆第2巻
――荒波――
「共に暴風の単窟に入り、冥海の唸りを聞け」
「海流が方向を示す時、渦潮に向かって進め」
「世を去った神の、子孫を祝福する声が聞こえる」
「彼女達を烈風と渦巻の乱舞から守りたまえ」
「海獣の巣穴を、勇士達の銛で揺り動かしたまえ」

天を引っくり返す暴風でも、船歌を掻き消す事は出来ない。少女の歌声は荒波と一体になり、危険な暗流を避けるように船師を導く。そして。真っすぐ海獣が蠢く場所へと連れていくのだ。

渦潮を越え、稲妻と竜巻の中を進み、船は巨大な獣の海域に突入した。雷光を背に、恐れを知らない船師は大剣を振り上げる。

船師の視線を追い、船員達はようやく、雷光が映し出す影は雲ではなく、連なる山のごとく巨大な体であった事に気付いた。過潮の中央にそびえ立つ恐ろしい影と比べたら、船に飾られている骨は幼獣のものに見える。

城壁のような体に向かって、人の持てる全ての力をぶつける。船師の命令に従い、巨大な弓が次々と射られ、岩や銛が海獣の体に痛々しい傷を残した。

海獣は苦痛な咆哮を上げ、赤い波を巻き起こしながら全力で船を叩く。軍船は海獣によって揺さぶられ、甲板に赤い塩水が流れ込み、歩くのも困難だった。生臭い水に浸かりながら、船員達は全てを司る神々を罵りながら、ひたすら岩や銛での攻撃を続けた。

冷酷な船師が敵を恐れる事はない。海獣の咆哮に、船首の少女は歌声で答える。波の流れに従って、船は海獣を中心に円を描く。鋭い牙と毒爪の攻撃に耐えながら、弓や銛、投石、そして人の血肉から発せられる恐怖や怒りをも獣にぶつけた。

海獣が疲労した頃には、海一面に切り捨てられた触手と爪が散らばっていた。船師側も酷く消耗していた。帆柱と射撃台は破壊され、半数以上の船員は既に海獣の腹の中だ。船師の大剣も真っ二つに折られた。
これは最初から負け戦だと決まっていた。幼子が巨人に挑むようなものだ。

重症を負った海獣は敵の士気が下がった事感じ取り*、海面に浮き上がる。鋭い牙が並ぶ口を大きく開けると、既に動けない船を一飲みしたのだ。

◆第3巻
――潮の息遣い――
黒い雲が月を覆い隠しても、船歌は止まなかった。

風が弱まった海面を、壊れた巨船がゆっくりと滑る。
海獣は螺旋型の口を大きく開け、体の底から雷のような唸りを上げた。海獣は満足そうに、固い珊瑚で覆われた瞼を開く。最後に、身の程知らずな相手の顔を見てやろうと思ったのだ。だが、それが船師に弱点をさらけ出す事となってしまった。

船師は巨大な目の中に好機を見た。そして海獣は、船師の小さな目の中に、深海よりも暗い心を見た。
最後の稲妻が空を走り、巨大な船は獣の歯の間で真っ二つに裂け、粉々になった。竜骨の叫びは、波の音に飲み込まれていった。

そして、暗闇が戻ったかと思うと、怒り狂った咆哮が海面に響き渡った。

折れた剣が、海獣の眼球に深々刺さっていた。船師は、剣が根元から再び折れるまで、何度も何度も獣の眼を刺した。
無数の爪に掴まれ、絶体絶命な状況下でも、船師は拳と歯と爪で戦っていた。そして、海獣に八つ裂きにされようとした時――

聞き慣れた歌声が、生臭い風と共に流れてきた。海獣の動きが鈍くなる。

「共に海の別れ歌を歌え、私の好きな歌を」
「海流が方向を示す時、私は彼を離れよ」
「世を去った主の呼ぶ声がする、私の帰りを待ちわびている」
「私と主の事を忘れずに、この旋律を復唱せよ」
「いつの日か、あなたは探しに来る、深い底に沈み眠る私を」
「――或いはその時、あなたも既に漆黒の渦に飲み込まれているのか」

海の巨獣は龍のような触手を、歌っている少女に向かって持ち上げる。鋭い爪が皮膚を切り裂き、触手が腕に巻き付き、スカートが引き裂かれても、彼女は船師に別れの歌を歌い続けていた。

そして少女は、海獣にゆっくりと漆黒の海に引きずり込まれた。

海が不安定に暴れる時代では、漂流に生きる者は一日で命を落とす事も少なくない。
船師は見知らぬ商船の上で目覚めた。船と全ての船員を失った彼に残されたのは、満身創痍の体と、船歌が永久に響く深海の夢だけだ――

「海流が方向を示すとき、俺は海へ向かい彼女の敵を討つ、波に魅入られた者よ……」

竹林月夜

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◆第1巻
サワサワと木の葉が鳴り、蛙と蝉の音が混ざり合う山岩の割れた場所は、竹林が枯れていく場所であった。

軽策山の竹林には、あらゆる形の化け狐の物語が伝わっていた。

雨が止んで竹の葉から落ちる水滴が優美な旋律を奏でる頃、慌てて山道を登る少年がいた。濡れた岩を越えて、雑草に肌を切られた少年は、ようやく軽策山の山岩の割れた場所で休憩を取ることに決まった。

少年は村の年寄りたちが言っていた狐の嫁入りを思い出した。彼らの話しによれば、天気雨には児童にしか見えない狐の嫁入り行列が、鼓を鳴らし、森をにぎやかにするのである。

そして、児童は絶対にその行列に近寄ってはダメだと……

「あまり近寄ると、狐に魂を奪われちゃうぞ!」
村の年寄りはこう言っていた。
「魂を奪われると、どうなるの?」
「狐に魂を奪われるともう二度と人間の世界に戻ってこれないね……一生狐の太鼓になって、殴られたり、打たれたりするぞ……」
こう言いながら、年寄りは太鼓を叩く真似をして若者たちを脅かした。

それから年を取った少年は、もう化け物語に騙されない。仙霊の導きで緑色の迷宮を彷徨う時、彼が耳にしたのは僅かの*狐の鳴き声であった。あれほどのずる賢い生き物が人間の前で姿を現すことはめったにない。

少しがっかりした少年は足元の小石を蹴り飛ばして、また道を沿って竹林に*深くに向かった。

年寄りたちはまたこう言う。この竹林はかつて岩神の統べる国であったと。岩神はどんな姿をしているのかな?岩神も人間と同じく手足がついていて、人の顔をしているのかな?それとも、川辺に散らばった石人や石獣の姿なのかな?

定期的に町へ薬を売りにいく採薬取りは必ず迎仙儀式の見聞を村の人に告げた。それにしても、好奇心旺盛な子供たちは自分の目で岩神を拝見することを願っていた。

軽策山の不変も岩神の恩恵なの?代に渡って平穏に老いていくのも岩神の先見なの?

その答えは山奥で衰弱していく村の外にしかない。

疑問と期待を抱えて竹林を歩く少年はうまく道に迷った。

◆第2巻
そして、緑豊かな場所で、彼は思わぬ仲間とであった。

「どうした、道に迷ったのか?」
細柔らかい声が嘲笑するように、後ろから伝わっていた。

少年は背を向けた。彼が目にしたのは泉に立つ白衣の女、泉水は彼女の蓑に映り、金色の瞳は夕日と混ざり合って優しく煌いた。

泉から出た白馬が仙人になって岩王を助けたと、村の年寄りたちは言った。
けれど、どこの泉で、何と名乗る仙獣なのかは言ったことがない。
まして、少年が目にした女性はあの金眼以外には、どう見ても仙人とはほど遠い姿であった。

仙人が雨の中で蓑姿をするのも怪しい。

「うつけだったとは。」
白衣の女はずる賢く笑い、金の目が新月のようになった。

「だれがうつけだ!」
少年は怒鳴って言い返した。
こいつはやっぱり仙人じゃない、言葉遣いが荒すぎる!

「僕は外へ冒険に出るんだ!船員になって、この目で帝君の巨岩槍を見てみるんだよ!」

「……で、家出したばかりで迷子になったね。」
女は落ち着いた口ぶりで言った。笑いが宿った目元は人を怒らせた。

「違う……」
「強がらなくていいのよ。さあ、私が案内するね。」
女は笑って彼に手を差し伸べた。その手は白くて夕日の余光を纏っていた。

「……ありがとう。」
少年は彼女の手をつないだ。その手は荀に落ちた小雨のように冷たくてしっとりした感触であった。

夕日はだんだん沈んで、空は一片の青色に染めた。

日が暮れると、山奥に陰気が集まりお化けが出てくると、山の年寄りたちが言った。
それらのお化けは死んだ者たちの怨念でできた悪霊。絡まった人に呪いをかけ、憔悴にするという……
「たまには通りかかりの人にかなわない願いごとを頼んで、危険に導いたり……
「たまには通りかかりの人に道を案内して、妖魔の巣まで導いたり。
「だから小僧、山に行くには決して気を抜けちゃあだめだぞ!」
村の年寄りは彼の頭をポンポンして、警告した。

ならば、彼女がお化け?
少年は不安な気持ちを抑えて、歩みを遅くした。

「どうした?」
女は振り返って彼に聞いた。月の光を後ろにした女は、金色の目だけ狐火のように光った。

◆第3巻
軽策山の竹林の夜はいつも余所より早くやってきた。
銀色の月は竹の葉でいくつの欠片に切り裂けられいた*。蛙と蝉の音が静まって、銀色の月光が照らす場所に、何本の筍が生えてきた。

軽策山の竹林には、あらゆる形の化け狐の物語が伝わっていた。

夜に入って頃、白衣の女は少年に物語を語った。女の物語は古話ばかりだったが、少年は聞いたことがなかった。

「昔々、夜空には三つの月がかけていた。三姉妹だった月たちは、岩神より長い寿命と、璃月港より古い誕生日を持っていた。
「月たちは詩と歌の娘であり、月夜の君王であった。彼女たちは銀色の車で巡行し、一旬回ると次の姉妹に王位を譲った。大災禍がくるまで、三姉妹はこうして統治を続けた。
「三つの月には同じ恋人がいた。司晨の星である。夜が朝に変わる瞬間、姉妹の一人は消えゆく星を突き抜けて、晨星の宮殿へやってくる。そして、朝日が昇るとまた匆々に車に乗って去った。
「三姉妹は互いを愛するように、唯一の恋人を同じくらい愛した。もちろん、大災禍が訪れる前の話しだけど。
「大災禍は君王の車も、晨星の宮殿も全部壊した。三姉妹は死別してしまい、残された枯れた屍は、冷たい光を放ちた*……」

女は面を上げ、竹の葉から月を見た。細長い首は銀色に染められ、金色の瞳はキラキラした。

「狼は月の子だ。狼の群れはまだ大災禍とその凄愴さを覚えている。だから満月になると、母のために泣くんだ……そして狼と生きる子たちは月の生き残った恋人――晨星を慟星と称する。」
「そうか……」
少年は言葉をできなかった。
それは村の年寄りから聞いたことのない物語であった。もしかすると、年寄りたちもまだ知らない物語かもしれない。それは狐の嫁入りより壮大で、岩王には勝らない物語だった。それは一晩見た綺麗な夢のようだった。

「これは現実じゃない、ただ人に忘れられた伝説さ。」
白衣の女は少年の髪を軽く撫でた。伏せた目から見える黄金色も少し暗くなった。
「仙祖が全てを一つにまとめる前、数多の神が大地にいた、仙人たちも含めて。ではその前は?」
「断片の記憶は、物語を伝え、その物語はやがて伝説となる…」
「たとえ仙人と神でも、この俗世を越えた記憶を聞くと悲しむだろう。」

女はため息を吐いた。すると隣の少年がすでに眠っていることに気づいた。
「まったく……」
致し方なく笑って、女は蓑を脱いで彼にかけてあげた。

その夜に、少年は三つの月が昇る夜空と、車が泊まる星の宮殿の夢を見た。

◆第4巻
夜が明けると、少年は起こされた。

化け狐の話しが回る竹林の朝は、白い霧が馬の尻尾になって浮かんでいた。

女は少年の手をつなぎ、光のある方向へ向かった。虫が暴れる茂みを越えて、滑る石板を越えて、彼女は竹林の出口まで少年を案内した。

「僕はまだ君の名を知らない、名前を教えてくれ!」
昨夜の物語がまだ恋しいのか、少年は女に向けて質問した。

「……」
女は朝日の光を後ろにして、少年を見つめた。彼女の瞳は黄金色を光っていた。
彼女ただ微笑んで、何も話さなかった。

そして数年後、この日を思い出した少年は分かった。自分は女と違う世界を生きる運命であると。少年の運命の果ては故郷から離れた璃月港で、岩神の宝を探すことにあり、女の運命は世間から、として*岩神の慈愛から遠ざかる場所で忘れられた物語を守ることである。

だから、少年と白衣の女は道を分かれたのだ。
彼が繁華な都市へ向かった時、女は竹林の境界で少年の運命の結末を予言していたかもしれない――海や俗世に疲れを感じて、老いた体を引っ張ってこの山へ戻ってくる姿を。

暖かい朝日の中で、少年は蹄の音を耳にした。
振り向くと、後ろにはもう何もなく、ただ真っ白たてがみが少年の肩に落ちてくるだけだった。

酔っぱらいの逸話

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◆第1巻
蒲公英酒の国で、傲語と流言は酒気と一緒に飛んでいく。
酔っ払いの間で、誇張された伝説は往々にもっと遠くまで広げられる。酒臭い戯言のように、あの伝説もごちゃごちゃでおもしろく見えがちである。

伝説によると、モンドのある時代に有名な酔っ払いがいた。休猟時間の清泉町の狩人と同じくらいに、彼は酒量が多く、いつも泥酔まで飲み続けた。金を使い尽くすまで、彼が酒場から出ることは決してなかった。

ある日、飲み終わった酔っ払いはふらふらと間違って狼の森に突っ込んでしまった。

今の奔狼領はすでに王狼の領地、理性ある者は大半森の殺気で逃げ道を選ぶ。北風の王狼が狼たちの魂を集めて、外部からの侵入を防ぐためであると、年をとった狩り人は言う。
遥か昔の時代。群狼の領主がまだ北風とともに森へ訪れ、狼族に秩序と平和をもたらしていない時代。森は狼たちが争い、血にまみれた遊戯をしてきた場であった。

こうして、モンドの有名な酔っ払いは狼の森に突っ込んだ。

黒い森の影に覆われ、草や枝が足を引っ張っても、酔っ払いは気にすることなく歩き続けた。
あっという間に、緑色の光る目が彼を狙った。
それは一匹の狼。狼は酔っ払いの後ろをつけながら心の中で囁いた。
「これは怪しいぞ!」

数百年の間に、狼の森に入ってくる人間は一人もいなかった。たとえ傲慢な貴族であっても、面倒にならないよう、奴隷をこの森に流すことを拒んだ。

「なのにこいつ、一人でここまでくるとは、実に怪しい!」
狼はこう思いながら、酔っ払いの酒気を耐えてその後ろをついていった。

◆第2巻
周知の通り、狼の嗅覚人間*より数万倍敏感である。
獲物を追いかける途中で、狼は酒気にいぶして、緑色の目には涙が留まった。

「フン……」
野原で生まれ、森で育った狼は一度も人間の文明に接したことがなかった。たまにシードル湖の向こうから酒の香りが吹いてくるが、狼がその匂いの意味を分かる術はなかった。

「こいつも鼬の同類かもしれない。とっくに俺に気づいておならしたんだ!」
こう思った狼は酒の匂いに耐えて、足を急いだ。

酔っ払いは狼と違って慎重な生き物ではない。
酒は時に人を狂わせ、時に人の感覚を繊細化した。
原理は不明だが、酔っ払いは自分につく狼に気づいてしまった。
酒気でくらくらする狼が、松葉を踏んで音を出したかもしれない。

「だれだ、お前もトイレを探しているのか?」
酔っ払いは寝ぼけた口調で聞いた。
「人間、お前こそだれだ?すごい臭いぞ!」
狼は鼻をクンクンして、脅かすように応えた。

しわがれている狼の声に、酔っ払いは恐怖より、興味を感じた。
「だちよ、どういう事情かは分からないけど……モンド人につまらない酒は大禁忌だ。月もいいし、物語をしてくれ。」
話しが終わると、彼はげっぷをした。

狼は酔っ払いの言葉を無視して、その喉を一気に噛みきりたかった。
けれど、酒の悪臭で狼はその考えをなくすしかできなかった。
「フン、思えばそんなにお腹が減っているわけじゃねぇし……お前の戯言に付き合うか。」

酔っ払いが背伸びをすると、蒲公英が何本か舞い上がった。
そして、彼は今夜の物語をはじめた。

◆第3巻
遥か遠い荒原の上に、一匹の狼がいた。

やつはかつての王狼、自分の部族を率いて郷土を探し、狩りと戦いを経ってきた……あの頃の生活はやつの体に数多くの傷を残した。

やつは部族を率いて野原と古びた宮殿を越し、魔物と仙霊の領地を駆け抜けた。
荒原は残酷な地。日々に衰弱する王狼の群れもだんだん四散することになった。年月が経つと、群れには老いた王狼しか残っていなかった。

伝説によると、荒原は神が存在しない地、古い魔神が残した亡霊の残骸と旧日の仙霊が住んだ宮殿が残されているだけだった。独り身の老狼が灰色の宮殿を通りかかる時、やつは音楽の音に引きつけた。

「これほどの美しい響を耳にしたことがない。空腹感を忘れるいい音じゃ。」
狼は雑草が生い茂った灰色の広間に足を運んだ。砕いた石棺の上にある彫刻は依然として顔がはっきり見えた。

室内に入ると、狼は演奏をしている少女にであった。
彼女は灰のような蒼白の肌をしていて、目を目を伏せいでいた*。彼女はその細長い指でリュートの弦をかき撫で、悲しい曲を弾いていた。

狼は少女の前で座った。渇きと孤独を忘れたまま、やつは静かに少女の演奏を聞いた。

「昔日の秋夜の蝉鳴りは、流し者の吟唱であり、人類最初の歌であった。
「彼らはすべての形と神が宿る故郷を失い、歌と思い出しか残されていた*。
「最後の歌い手が、最初の仙霊が、終わりの曲を弾きながら天使のホールに座っていた。」

森で遊ぶフェアリーも彼女の歌に引かれて、敬意を捧げた。

「何の歌だ?」
狼は困惑の顔をして、彼女に問いかけた。単語も、音節も分かるが、少女の言葉は狼が聞いた幾多の言葉とも違った。

「仙霊の歌です。」
蒼白の少女は答える、
「遥かな昔、私たちが荒地の人間のために作った歌です。今は己の運命を歌っているんですけど……」

すると、狼は少女の旋律に従って不器用に呼応し始めた。
狼の声は滄桑して、悲しみに溢れていた。

「何を歌っていますか?」
少女が聞く。

「俺たちの歌だ。」
狼が応えた。

「聞き苦しいです。」
リュートを撫でながら、少女は情けなく評価した。
「一緒に歌うのはどうでしょうか?」

こうして、狼と少女の合唱が古びた宮殿のホールで響いた。今でもその地を通りかかる冒険者はその奇妙な歌声を耳にすると云う。

「これだけ?」
がっかりしたように、狼は口元を舐めた、
「そうだ、俺から一個教えてやろう。」

狼は咳ばらいをして、物語を始めた。

◆第4巻
言い伝えによると、モンド最初の酒は北風が吹荒れる時代に醸造されたらしい。

氷結の王達が争う時代、氷の嵐を生きる昔の人々達は、寒さの苦痛を和らげるために、果実から酒を作り出した。氷雪がモンドを覆い、蒲公英が空を見ぬ時代と向き合う勇気を、酒は与えてくれた。

モンドで初めて酒を発明したのは、一人の慌て者だった。

慌て者は、雪に覆われた部落で食料の見張り番をしていた。
いくら人影も見えぬ凍り付いた大地とは言え、時折寒さを耐えしのいだ小動物が、地下に蓄えられている食料を盗み食いするのだ。そのため、部落には食料を見張る者が必要なのだ。運よく、食料を盗む鼠を捕えられれば、食べ物も増える。

湿気で食料が腐敗しないよう、陰湿な洞窟を見張るには細心の注意が必要だった。それに時折、精霊が人間に小さな悪戯を仕掛けるのだ。

慌て者がいつものように怠けていると、風の精霊が狐の姿になり、果実の山に潜り込んだ。そして、酵母を発生させ、果実を発酵させた。
腹を空かせた慌て者が食べ物を取りに来ると、発酵した果実の濃厚さに虜になった。その時、獣の皮を使い絞り出した果汁が、今の酒となったのだ。

雪原で酒を発明した慌て者は、最初の酔っ払いであり、夢の中で彷徨った者でもあった。

最初の夢で、彼は一匹の狼になった。そして長い時間を経って、或いは遥か昔の時代で、彼は風雪の中で仲間と共に、人間と食べ物を奪い合った。そして、最初の仙霊とも出会った。

集団で暮らす人も、群れで生きる狼も、孤独に耐えられない生き物だ。酒の出現は、彼らの夢を繋げた。

しかし、両者の夢に対する反応は真逆であった。

人々は狼が駆け巡る草原に憧れを抱いたが、狼は人の欲望審*に恐怖を覚えた。狼には、なぜ人が危険な幻の中に溺れ、希望を見出すのか、理解できなかった。
更に狼が恐れるのは、己が人の夢の中で。自分が狼であるのか、または狼の魂を持つ人なのか、区別がつかなくなる事であった。

そのため、狼は人の作った酒という毒から離れることを誓った。
狼は風の民ではなく、酒と牧歌にも属さない。だから、狼は人間の領地から離れ、荒野と森で暮らした。

「これがお前たちが酒と呼んでいるものと、狼の関係の始まりだ」
狼は酔っ払いに向かって得意そうに言った。
しかし見ると、酔っ払いは既に柔らかな松葉の上で、ぐっすり眠っていたのだ。

狼は呆れたような息を吐き、酔っ払いを置いてその場から離れた。

帝君遊塵記

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◆第1巻
璃月は天下の宝物が集まる場所、宝物があるなら、自然にそれを弁える人がいる。

「希古居」の初代店主玟瑰がこうした特別なコレクターであった。

緋雲の丘に建てられた「希古居」にしょっちゅうお客が訪れた。この店は夜になると営業を開始し、訪れる客人も見る目があるベテランであった。

フォンテーヌの精密な時計も、スメールの香も、モンドの旧貴族の壺も、若しくは、仙人が掛けた椅子、岩王帝君が使った玉石の杯、風神がしくじって割れた酒瓶も……すべて店の中に用意していた。

夜、一人の貴公子が足を止めて、店の陳列物を細かく鑑賞した。

彼は山岩のような厳かな長衣を着ていて、その目は金珀のように光った。

ただ者ではないと、玟瑰は一目で判断をつけた。

「ようこそ、お気に入りの品があったらいつでも声をかけてくださいな。」
店主の優しい声が夜の閑静を破った。
「あ…おお、悪い。」
貴公子は気まずそうに笑った。

「私はこの精巧な偽物にしか興味ない。」

彼が目にしたのは一枚の欠けた古い玉札であった。

月の光が比較的に完全な面を照らし、絮の形をした玉瑕の影を照らし出した。破損した表面と整えてないへりは玉札の悲運を物語っていた。

「偽物……?どうして?」
客の嫌がらせに慣れた玟瑰であったが、面から諷刺されるのはやはり腹が立つ。

それにこの骨董はある冒険者がアビスの深境から命を張って発掘して、彼女ほぼ全財産を使って無理に買ったものであった。これが本当に偽物というのならば、玟瑰の資産だけじゃなく、「希古居」の名誉にも大きく関わることになる。

そこで彼女はこの玉札を目前の客人に売ることに決めた。

「もうちょっと、詳しく言ってくれます?」

――――――――

「知っての通り、二千五百年前のテイワット大陸では災厄が頻発して、魔神が混戦し、大陸全境が混乱に陥った。当時まだ七国はなかったが、人間は自分たちの集落と都市を持っていた。
「長い時間で名前を忘れた魔神も、かつて己の民に記念*され、崇拝され、愛されていた。だから先祖たちは海辺の真珠で、山奥の玉で、草地の石で、地中の塩で各自の神を彫刻した。
この玉札がその時代の産物である。岩王帝君を崇拝するある部族からきた……まあ、その時に岩王帝君はまだ岩王帝君と呼ばれていないかもしれない。
あの時に岩王帝君はまだ七国の共通貨幣モラを作っていない。だから部族は金石を媒介にして、岩王の肖像を価値安定の保証にした。
「見ての通り、人間の知恵は岩王の手配を越えていたんだ。」

貴公子は話しを中断し、思いに落ちた。
銀色の月光で、彼の身は少し小さく見えてきた。

「この種の玉札は極めて少ないし、山奥で発見されたりする。それに人間の手で作られて、一枚一枚が唯一無二だから…その価値は極めて貴重になる。
「惜しいのは、貴店の玉札は近代の模倣品だ。おそらくは貴方の父親の代で作られたものだね。
「『瑕なき玉はない』はないと業界は言う。この玉は瑕が少ないから、逆に先祖時代のものに見えない。
「それに、先祖時代の遺物で肖像が女性になっている状況もめったにない。」

貴公子は玉札を持ち上げ、月光を借りてもっと細かくみた。
「無数の言い伝えが流れているが、岩王帝君が女性に変化した事実を記載した典籍はない…」

貴公子は一目若そうに見えるが、老学者の風格をしていた。

「お客様は知らないでしょう…」
玟瑰は微笑んで、ずる賢い狐のように獲物を挑発した。
「私の話も聞いてもらえるかしら。」

店主は目を細め、客に話しを始めた。

◆第2卷
諸神がまだ大地を歩む頃、今日万人の敬意を受ける岩王帝君もその一人であった。
平民の間で岩王帝君は冷静で慈悲なき神であった。公正で、無情で、岩のように堅苦しい。
それでも、岩神の法律で公平な取引ができて、安全に生活ができる人々は彼を尊敬し、信じた。岩神も同じくその信仰心から己の力を強化してきた。

しかし、たとえ神でも、人間の信仰と疑いを左右することはできなかった。
公正の守護神であっても、その規約を一人一人の心に刻むことはできなかった。

明蘊町にとある軽薄な玉匠がいた。毎回依頼を受けると玉匠はあらゆる方法を考えて、最終日までにその依頼を完成した。

注文が猛獣を従える狩人の肖像であれば、完成品は逃げ回るイノシシであった。
もし、問い合わせがきたら、彼はこう答えた。
「猛獣を征服する狩人は顔を出さずとも、その気配で獣を怖気づかせる。」

注文が地位が高い人の玉彫であれば、完成品は華麗な権座であった。
もし、問い合わせがきたら、彼はこう答えた。
「身分や地位が高くても百年の命、長く残るのは権座のほうだ。」

こうして、玉匠は明蘊町で「変人」と呼ばれ始めた。豊かな璃月港には、富裕層たちが自分の変わった趣味を満足するため、わざと玉匠のところで注文をした。

――――――――

ある日の夜、一人の女が玉匠を訪ねてきた。
彼女は長い黒服を纏っていた。琉璃色の月の下で、その目は金珀のように光った。
玉匠はその日に彼女と初めて出会うが、不思議にも話が合った。彼女は明蘊町にある鉱脈の位置をすべて知っていて、鉱物の話をまるで我が子のように熟知していた。
しかし彼女はめったに風習や人との付き合い方を話さない。
人の道理がわからないのか、それともただ話したくないのか。如何にして、彼女がただ者ではないことははっきり分かる。
玉匠は思った。

「岩王の肖像が彫ってある玉札が欲しいです。」
門を出る前に、女は話し出した。
「けれど、想像によって岩の神を彫ってはいけない。その目にしたものを参考にして、岩王の肖像を彫ってほしいです。
「じゃなければ、私は一モラも払いません。」

こうして、二人は三日の期限を約束した。

初日、玉匠は友達と宴会を開き、すべての依頼を拒絶した。

次の日、玉匠は山を登って玉を探しに行き、すべての訪問を拒絶した。

最終日、玉匠はようやく家に引きこもって作業を始めた。

琉璃色の月が再び空を照らす時に、目が金珀のような女が玉匠を訪ねてきた。
玉匠は得意作を取り出した――
玉で作られた神札に彫刻されたのは美しい女性であった。

女は理解できなかった。
すると、玉匠は説明した。
「初日に、俺は博学な人を尋ねて、岩王の理が動く方法を理解した。これは骨である。」
「次の日に、俺は山中へ行き岩を観察して、元素の成長を傾聴した。これは血肉である。」
「最終日、、*俺は目を隠し、心のまま玉を彫っていった。これこそ魂である。」

すると、玉匠は気まずそうに笑った。
「俺にもどうしてこうなったのかわからない。」

女は玉の彫刻を見つめて話した。
「おもしろいですね。別の物語を思い出しました……」

彼女は石珀色の目を開け、口を開いた。

◆第3巻
璃月は天下の宝物が集まる場所、宝物があるなら、自然にそれを弁える人がいる。それは璃月港が最も繁盛した時の話であった。
今のように、それは商人と船長の時代であった。ビジネスの場と海の中で巨獣と力を競う時代であった。

そして、その時代にも、広大な埠頭には数え切れないほどの船員と労働者がいた。
言い伝えによれば岩王帝君はたまに貴人に扮するだけでなく、一般人にも扮装して採掘人や漁師の間を歩き回った。

当時の璃月の埠頭には人柄が悪く厳しい漁船の船主がいた。彼は毎度気に入らないことがあれば、勝手に労働者たちを叱って、時には給料を引いた。

ある日、船主は一人の少年に出会った。
少年は船主が雇った新しい労働者、褐衣に頭巾をして他の労働者と変わりなかった。そして彼の肌色と表情は自分が軽策荘からきた山の民であることを示した。その顔には岩の輪郭が刻まれていた。

少年は山の民らしく不器用だった。もっと腹が立つのは、魚介類を分ける時、彼はわざとべとべとして触手のある魚介類を避けた。

「いちいち選びやがって、お前はお金持ちの坊ちゃんか!」
船主はこうして彼の給料を押さえた。

これまでの少年は船主に叱られても何も言わず、いつもの通りに行動した。
しかしある日、少年は船主に聞いた。
「人には皆好きなことと嫌いなことがあるけど、どうしてわざわざその嫌いなことをするんですか?」

頑固頭な弟子に言われてびっくりした船主は少年の頭を殴った。
「世の掟がそうなんだ!誰もが好きな仕事だけすると、永遠にやり遂げられない!」

「これは岩王帝君が決めた規約じゃないと思うけど…」

「余計な言葉だ!」

「こうしましょう、僕からのいい物語があります。」
少年の目は夕日の中で光る金石のようだった。

「物語ができる?」
目前の頑固頭に物語ができると聞いて、船主は興味を持ち始めた。
「してみたら…おい、手の動きは止めるなよ!」

少年は笑った。
「では、玉札の物語をしますね…」

こうして、少年の物語で船主は時間の流れも、上前をはねた労働者の給料がこっそりと取られていることも忘れてしまった。

◆第4巻
それは、世間のあらゆる宝が璃月港に集まる時代のことであった。
ある日の夜に、「希古居」の店主玟瑰は無名の貴公子と遺物を研究しながら話を交わしていた。
彼らが議論をしていたのは一通の玉札であった。

知っての通り、璃月で古代玉器を偽造するのはわりと簡単なことである。精美な贋作は少し値が張るが、商人たちにとってはまだ受け入れられる範囲である。
難しいのは精美な物語をつくることである。

山奥を歩き回る玉職人や怪しげな漁師の少年のように、正しい道を離れた者の物語は人を引き寄せる力を持っていた。
岩王帝君は規則と契約を立てたが、人間にそれを守るようには説かなかった。彼は規則と契約は目的を果たすための手段でしかないことをよく知っていた。真の調和は一人一人の覚醒と選択にある。

厳しい漁船のオーナーはこれを分かってない。だから労働者に怯えられて愚弄される。

人間も、骨董も同じく、本当にその価値を決めるのは、希少性でも技術レベルでもなく、「物」に隠された「物語」である。

完璧主義の貴公子はこの話に納得できないまま、玉札が偽物であるとその価値を低く評価した。

しかし、「希古居」にある無数の珍宝をすべて貴公子の基準ではかると、おそらく残るものは一つもないだろう。

例えば、海の恋人が船長のために流した涙でできた永遠の真珠と、凡人の王様が亡くなった妻のために彫った彫刻に、自分の魂を封印した物もそうである。

これは消えゆく物語であるとともに、骨董の殻で隠された蠢く伝説である。

「おもしろい物語だ、この偽物は買っておくよ。」
貴公子は少し頷いた。金石のような目には笑いが宿っていた。

「私の物語を聞いてもまだ、これが偽物だと言うの?」
軽くため息をつく玟瑰。

「当然、」
貴公子は思わず微笑んだ、店に入ってから見せた一番の笑顔である。

「君の物語と一緒さ。玉札が古代貨幣って言うのも、こっちの戯言だよ。」

璃月風土誌

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◆第1巻
――手毬――
璃月では、婚儀の儀式の場で、花嫁は手鞠を賓客たちに投げる風習がある。その手鞠を受取るものは向こう一年の幸運に恵まれるという。商人なら金運上昇、貧しい人なら幸福を得て、未婚の男女なら良い緑に出会い、そして既婚の夫婦ならお互い真摯に向き合い、つまらない夫婦喧嘩から卒業する。
手鞠の材質は様々だ。時に花を束ねて花の球を作り、時に美しい霓裳花からできた絹で作られる。素朴の家なら、色とりどりの紙や布で作る場合もある。璃月では、家が貧しかろうと裕福であろうと、みんなが一同にこの風習を楽しんでいる。
この風習の起源に関しては、隣国「風の国」モンドのバドルドー祭の風習を受けた影響だという説があるが、魔神戦争より前、「塩の魔神」がまだ璃月の大地にいる頃にできた風習だという説もある。「塩の魔神」は璃月の神々のうちの一柱だが、優しすぎる故、自分の部下に殺され、残酷な魔神戦争であまりにも早い終幕を迎えた。
彼女を葬る地は、璃月の人々に「地中の塩」と呼ばれる遺跡の中だと言われている。欠片しか残ってない伝説によると、彼女は自分の民に花の玉を配り、幸福…そして乱世の中、少しでもの慰めを賜った。塩の魔神が再び元素の循環に戻った後、各地に流れた彼女の民はこの伝統を璃月の人々に残したのかもしれない。そして競争に長け、賑やかさを好む璃月の人々は自分たちの個性に合わせてこの風習を変えていった。
この風習が形成された当初は至極愉快なものだったが、璃月の千岩軍の安全記録によると、毎年手鞠の略奪戦による傷者が少なくはない。山の妖に襲われる事件に比肩するほど多かった。

◆第2巻
――神迎え――
「七星迎仙儀式」と呼ばれる神迎えの儀式は、璃月で最も有名な祭りの一つだ。
毎年、璃月の大地を守護している岩神が降り、直々に御言葉を伝える。それに従えば、物事はすべて上手く運ぶのだ。
遠い過去の時代では、璃月の先住民は農民の中から、岩神を迎え入れる代表者を選び出していた。
彼らは上等な供え物や厳かな祝詞を捧げ、神の御言葉を聞く。そして、群衆に今年一年の方針を伝えるのだ。それによって、人々は富を手にし、災いから逃れ、岩神の国を豊かな大地にした。
その後、魔神戦争が終わり、璃月は徐々に栄えていく。璃月港を代表する商人である「七星」が、民衆と岩神を繋げる存在となった。そして、明確単純な形で市民に神の言葉を伝え、その年の方針を発表するのだ。
「七星迎仙儀式」の進行役はその名の通り、「七星」の中からのみ選ばれる。
璃月港の商人にとって、岩神の御言葉は黄金よりも価値がある。
ゆえに、どんなに遠方に住んでいようが、岩神が降臨する日には故郷へ戻り、商売繁盛のため、御言葉の指示に耳を傾けるのだ。
雨林の国では、智者達が俗世を捨て、狂ったように隠された知恵を探し出そうとしていた。一方、盤岩の国では、人々は神の声に従い、国を豊かにしていった。
この世を共に歩む七神でも、時折、進む方向を踏み違えるようだ。

◆第3巻
――霓裳花――
璃月の人々にとって、霓裳花は生活に欠かせないものだ。霓裳花は色彩豊かな花であり、その柔順な花びらは絹に使われている。加工を施した後も、花の香りは保たれる。その特性により、璃月の人は霓裳花から上質な香膏を作り上げた。その中でも最も上質なものは、岩王帝君に捧げると決めている。
高価な霓裳花香膏は香りの品質がまるで違う。璃月の女性の間でもそれに特別な思いが込められている。なぜなら、璃月には不文律な規則があるからだ――日常生活の中で、むやみに女性に香膏のことを聞いてはならない。しかし、もし香膏の種類に気づき、その特徴と意味を語ることができたなら、相手の心を掴めるチャンスになる。
璃月の村に伝わる言い方によれば、霓裳花香膏は奥蔵山に暮らす仙人から人間に伝わったものらしい。平凡な者と平凡でない者が一同に暮らす時代――ある仙人が人間に植物や動物から愛を学ぶことを教え、またある時は優雅な仙鳥と化し、香膏の作り方を清水で洗濯をする少女に教えた。
一体どんな少女が山奥に暮らす仙人をも惹きつけたのだろうか?無数に語り継がれ、潤色してしまった物語では、もう真相は誰にも分からない。しかし霓裳花による香膏の作り方は、千年経った今も変わらず残っている。
生えている場所の環境や種類の違いにより、霓裳花はそれぞれ違う特徴を持つ。璃月の商人たちはこうした特徴に様々な名前を付け、岩王帝君や仙人といった神秘的な名を使って修飾した売り文句をつける。そして――璃月の人々は皆こぞってそれに惹きつけられるのだ。
霓裳花は高い需要があるため、璃月の花商人たちはいつも大量に栽培している。それにより、璃月の至る所に霓裳花が咲いている。残念なことに、長期的な地形変化や採掘活動により、野生の霓裳花はほとんど絶滅してしまった。残っているほんの少しの野生霓裳花は、仙人たちによって守られている。精魂込めて作り上げたそれは、城内のものとはまるで違った気質がある。
面白いことに、璃月人にとって、優雅に香る霓裳花は岩王帝君の象徴の一つでもある。男性の形象で人の世を歩む神は、花を受け入れるために女性の形象にもなったことはあるのだろうか?希少な資料と世間の言い伝えだけでは、それが本当かどうかはっきりと言い切ることはできない。
筆者はかつて、七天神像が女性を象徴する霓裳花を受け入れたのを見たことがある。岩の神がどんな気持ちでその民に応えたのか、よその者である私には分からない。

侠客記

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◆第1巻
――山叟編――
璃月より北の絶雲の間は常に雲や霧に包まれている。薬採りの間に仙人や神怪にまつわる幾多の伝説が伝わっている。
遠い昔、銭谷という薬商人が薬草の分布を考察するために絶雲の間に入ったが、四、五人の賊に後をつけられた。その晩、銭谷は休んでいるところを山賊に襲われ、金銭を奪われた挙句、縛られ谷に捨てられた。
真夜中、商人は目覚めた。彼は必死に足掻き、大声で助けを求めたが、絶雲の間の山谷は応じてくれなかった。深い森には、彼の悲鳴だけがとどろき、夜鳥を驚かす。
銭谷が途方に暮れ、呻き声をあげている時、夜梟の泣き声と山風の音に紛れ、ある掠れた声が聞こえてきた。
「起きろ!」
「無理だ!」と彼は悲鳴をあげ、夜の狐を驚かせた。しかし、彼が踠いているうちに、なんと、手足を縛る縄はとっくに解けていたのだった。
商人は立ち上がり、礼を伝えようとした時、また声が聞こえた。
「山を登りたまえ」
銭谷は曲がりくねった山道を歩き、山頂に辿り着く。東の空は既に白くなり始めていた。山頂で彼は曲がった松の木が、崖から突き出すようにして生えているのを見付けた。先程の山賊達がその技に吊るされており、重さで木がミシミシと音を立てていた。
その隣にある怪石に、髪も髭も真っ白な老人が座っていた。狼狽る銭谷を見るなり、老人は大声で笑い出し、賊に奪われた金銭を全部銭谷に返した。
銭谷の問い掛けに対し、老人は山中に暮らす人で、住む場所も眠る場所も定まらないという。商人は何度もお礼を申し上げたが、老人は一笑に付した。結局、銭谷の厚意に敵わず、老人は一枚のモラだけを受け取り、銭谷の娘の婚儀に出席する際のお祝い金として使うと約束した。
災い転じて福となしたのか、銭谷の薬屋が徐々に繁盛した。銭谷も璃月港で名の知れた富商となった。話によると、立身出世した銭谷は、再び絶雲の間に赴き、命の恩人を探しに行ったが、見つかったのはボロボロのテントと古い酒の瓶だけだった。瑶光の浜でこの老人が採掘人の姿をして絶壁を闊歩するところを見た人がいれば、老人が漁師であり、船から落ちて溺れる人を救っていたという人もいる。噂は様々だが、誰一人が老人の素性を知らなかった。
残念なことに、銭谷はもう歳を取ったが、娘はまだ婚姻を結んでいない。どうやら、山の老人が婚儀の宴に出席するのはまだまだ先のようだ。

◆第2巻
璃月の土地は最初から岩王帝君によって治められていたわけではない。遥か昔、数々の魔神がその地を歩いていた。

帰離原と呼ばれたその地は、かつて琉璃百合に覆われていた。しかし帰離原は戦争により毒され、民も去って行った。璃月港の繁栄で、ここで住んだほとんどの人はそこに移住した。しかし近代、この荒野には数々の侠客伝説が広まっている。

商人と運び屋の閑談では、かつて夜の帰離原に謎の人影が現れたことがあったという。青のローブを身にまとった女性で、小川に沿って歩いていた。月光が彼女の頬を照らし、夜風が彼女の言葉を星空に届けた。

望舒旅館の客によると、夏の夜にホタルの明かりで迷子になった者だけが彼女の姿を見ることができるらしい。ホタルの舞う光と仙霊が漂う夜に琉璃百合の香りを辿れば、その者の足跡が見つかる。その女性は過去を見失った仙獣で、死した魔神の残党だという人もいれば、ただの侠客で、自身の正体を他の侠客と同じように包み隠しているという人も少なくない。

彼女の物語がどこから始まったのかは分からないが、ある狩人の話で終わりを迎えた。商人の話とは異なり、月夜の下で剣を持って舞う彼女の姿を狩人は見たという。優雅に舞ったあとの彼女の姿はなく、血だけがそこに残されていた。
翌日、川のそばで死体の千岩軍兵士と土地測量士を見つけた。
その後、総務司から幾度も捜索届けが出されたが、彼女を見た者はいなかった。

あの剣の舞いが復讐のためであったのか、それとも彼女は元々盗賊であったか。このことに言い訳など考えても無駄だろう。世の規則を超越せし者、侠客とはそういうものだ。

しかし璃月港の明かりが荒野を埋め尽くしていくうち、この伝説も消えていった。
彼女が徘徊していた川岸には、今は琉璃百合の花が満開に咲いているという。

森の風

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◆第1巻
 ――物語抜粋集――
『森の風』と『湖の風』は二冊の叙事詩集。とある学者たちがモンドの有名ではない数多くの吟遊詩人の詩篇を整理し、この二冊にまとめた。
吟遊詩人は観客からモラを貰うため、詩の内容を誇張または捏造しており、内容としては信憑性が低い。
だが、その美しい想像力と才能溢れる表現力は、千の風と時間を越えた今でも伝わっている。
……
「語り継がれし古き物語、詩人は歌い出す」
「彼の時代、神々がまだ俗世にいた時代、遥か昔の物語である」
廃墟の話、ヴァネッサの話が終わると、詩人はまた風龍の話を始めた。「これから私が話すは遥か古代の物語。あの時代、神々はまだ人間界にいた」風元素を持った風龍は、その時代に空で誕生した(注1)。彼は緩やかに降臨し、世のすべてに好奇を抱いた。
村に降り立った龍は、恐怖に怯える人々から石を投げつけられた。彼には、人の怯えた声を理解する事はできなかった。
墓地に降り立った龍は、人々のすすり泣く声を聞いた。彼には、人の悲しみに暮れた声を理解する事はできなかった。
果実園に降り立った龍は、果樹を傷付けたため、人々から罵詈雑言を浴びせられた。彼には、人の怒りに満ちた声を理解する事はできなかった。
人間の世界は複雑怪奇。龍は迷い、戸惑うが、諦めずに挑戦した。
その日、龍が天空のライアーの音色を聞いた日。「天空」とはライアーの名前であり、風の神の伴侶の名前でもあった。龍は詩に惹かれ、世界一の詩人の隣に舞い降りた。
人々は恐慌に陥った。古来より強大な元素を秘めた龍と、世界を司る神々は上手く共存した試しがないからだ。
「見て、なんて美しい、なんて優しい」と風の詩人が言った。
「でも、何を企んでいるかわからない」と人々は反論する。
旋律と詩文が龍と人々を引きつけた。これは何の魔力か?龍は万物に自身の心を理解してもらうため、詩人のそばにいると決めた。彼は人間の言葉と風の詩人の御業を覚えた。
……中略……
後世の人々は、彼がモンドの四風のひとつであると考えた。

「古国に黒日が訪れ、明珠はその輝きを失った」
「色が失われた黄金、白い織物は黄昏に染まった」
これは地下に没落した王国、カーンルイアで起こったもう一つの物語である。
黒日王朝が滅ぼされ、災難が古国の城壁を突き破り大陸へと蔓延した。「黄金」と呼ばれた錬金術は罪人へと堕ち、漆黒の魔獣を大量に生み出した。漆黒なる大蛇――悪龍「ドゥリン」が海から這い出し、暗雲がモンドへと忍び寄る。その頃の西風騎士団は獅牙騎士の座が空席で、鷹の旗は地に降りていた。
巡り巡って、怨嗟が再びモンドの神を呼び起こした――風の詩人。天空のライアーの音色が響き、風龍が姿を表した。
今、このモンドで頼れるのは風龍しかいない。悪龍と風龍は暴風の中、決死の一騎打ちを行った。
風龍は勝利した。だが彼の牙が悪龍の喉を切り裂いた時、その毒血を呑み込んでしまっていた。悪龍の毒血は歪な黄金であり、山を崩し、大地を割るほどの力がある。
モンドを守った、これで人々が自分のことを理解してくれると思い、風龍は長い眠りについた。
天空のライアーは悲しみのメロディを奏でた。
長い眠りから目覚めた時、君には自由になってほしい。自由に大空を駆ける龍の美しさを、人々もいつか分かってくれるはずだから……

(注1:元素によって誕生した命。退化するとスライムとなり、進化すると晶蝶になる。また、ごく稀に危険な元素怪物にもなる。龍型の元素生物は珍しく、強大な力を秘めている。その力はかつての魔神に匹敵するほどである。)

◆第2巻
――龍の書物――
マスクの著作『風の国土の文明と習俗考察』より抜粋、『風土と人情誌』を通訳。

……
北風騎士の「狼」、蒲公英(獅牙)騎士の「獅子」、西風騎士団の「鷹」、そしてトワリン――「風龍」は古くから「四風守護」と見なされてきた。
獅牙騎士がモンドを解放し、西風騎士団が設立され北風騎士が入団した後、「四風守護」の伝統がモンドで形成された。そして、トワリンは遥か古より守護の一つとなっている。

およそ百年前、大陸全土が混乱の時代を経験した。暗黒の力が広がり、至るところが侵蝕された。数多くの蛮族が存在し、魔獣が大地を蹂躙した時代。人間の生活圏は城壁の内側まで圧縮され、外は危険に満ちていた。
その頃のモンドは苦しみに包まれていた。獅牙騎士の伝承者に相応しい人物が見つからず、西風騎士団も苦戦により人材を多数失う。その時、強大な腐敗魔獣、毒龍「ドゥリン」がモンドに襲いかかってきた。
モンドの人々の祈祷が最後に風神の意志を呼び起こし、そしてこの意志がまた風龍「トワリン」の召喚に至らせる。風龍はモンドの最後の守護者として、ドゥリンと死闘を繰り広げた。
戦いの結果は明らか、ドゥリンの骸骨は未だモンド南部の雪山に眠っている。だが戦いの過程は今では解明できない。噂によると、風龍が毒龍ののどを噛みちぎり、もろとも空から落ちた。ドゥリンの骸骨は寒天の雪山に落ち、トワリンは風神に召還され、長い眠りについたとされている。
……
人々は信じていた。いざという時には風龍が目覚め、モンドを守ってくれると。
だが安寧の時代に、四風守護の信仰はもう不要、四風守護それぞれの神殿も荒れたままとなっている。

「ある人の注釈:騎士団と幾度となく戦った見知らぬ害獣「風魔龍」が、かつての四風守護トワリンだと気付いた時には、憎しみに駆り立てられた感情はもう和解できない段階まで進んでいた。百年に渡った眠りから目覚めたトワリンは間違いなく、この町の裏切りを感じているだろう……」