物語 2

Last-modified: 2024-04-07 (日) 22:10:18

物語:キャラ/ア-カ | キャラ/サ-ナ | キャラ/ハ-マ | キャラ/ヤ-ワ || 武器物語 || 聖遺物/☆5~4 | 聖遺物/☆4~3以下 || 外観物語
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サ行

早柚

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キャラクター詳細
ほとんどの稲妻人は、「終末番」の存在を知らない。事実、「終末番」は「社奉行」傘下の秘密組織なのである。
そして、「終末番」に早柚という名の小さな忍者がいるが、彼女は更に知られていない。
早柚は「終末番」の中でも特別な存在。幼い頃から「終末番」で育った彼女は、組織に高い忠誠心を持っている。
しかし、彼女の一番の特徴は「忠誠心」ではなく「怠惰」だ。
「怠惰」は早柚の得意芸だ。逃げ技や気配の消し方など、様々な忍術を駆使してサボってきた。
彼女の習慣を知らない人は、彼女を見つけるのに一苦労するだろう。
怠惰について、早柚はこのように話している。「怠けているわけではない、ただ時間を有意義に使っているだけだ。」


キャラクターストーリー1
早柚は非常に小柄だ。
小柄は同時に、彼女が複雑に思う点でもあるーー
同年代の子は次々と身長が伸びていくが、自分は子供のまま、身長が全く伸びない。
早柚は非常に焦った。
日が経つにつれ、周りの全てが高くなっていくように感じるのに、自分はまだ小柄のまま。
次第に早柚は、身長を伸ばすことに執念を持つようになった。
「長く眠れば、いつか背が伸びるかもしれない!」
彼女は強く信じていた。そして、あらゆる機会を利用して寝るようにした。
機会がなければ自分で機会を作り、寝る環境がなければ無理やり寝られるようにした。
周りの人も小さな早柚に気を使い、邪魔しないようにした。
そして、今では、早柚は立ったままでも寝られるようになった。


キャラクターストーリー2
早柚の忍術は戦闘にあまり向いていないが、サボりたいときに非常に使いやすい。
彼女は姿を隠したり、痕跡を消したりすることに長けており、この分野の専門家だ。彼女が隠れようと思えば、普通の人に見つかることはない。
しかし、巧みな謎解きには必ず答えがあり、隠された宝物には必ず手がかりがあるように、早柚にもバレる時がある。
早柚と長い時間一緒に過ごすと、彼女の癖や好みが分かり、彼女を見つけ出すことも不可能ではなくなる。
例えば、早朝に早柚の部屋に行って布団をめくれば、大抵はそこにいる。
お昼に神社付近の木を観察してみれば、思いがけない発見があるかもしれない。
夜になると見つけ出すのが難しくなるので、早柚の家で待ち伏せする方がいい。
ただし必要な時以外は、くれぐれも成長している早柚の邪魔をしないように。
優しいウサギも怒ると人を噛む。早柚を怒らせると…同じようにしてくるかもしれない。


キャラクターストーリー3
早柚を探し出したからといって、彼女が素直に仕事するとは限らない。
それに、早柚の「終末番」での仕事は、毎日やることが決まっているようなものではない。必要な時に突如来る任務だ。
それゆえ、このようなことが起きてしまう。
新たな任務が下された時、彼女はいない場合が多い。
苦労してやっと彼女を見つけた時には既に、もっと適任の者が任務に向かっている。
また、早柚以外に適任者がいなかった場合、彼女はそれを避けるために逃げ出すことが多い。
これほど高度な忍術…もし仕事で真面目に使っていれば、「終末番」で大活躍していただろう。


キャラクターストーリー4
早柚は忍術流派――「嗚呼流」の最後の後継者である。
敵をいたぶることで有名な流派だが、早柚は逃走術や身代わり術だけを学んでいた。
これらの忍術は、実戦ではほとんど役に立たないが、鑑賞に長けている。
落ち葉の中、一瞬にして消える人影。そよぐ風の中、地面に突然現れる凧…驚くべき光景は、芸術的な演出に匹敵する。
そのため、お祭りになると、色んな関係者から招待され、不思議な忍術を披露することになる。
宵宮が来たら、早柚はまだ隠れたままでいられる。
だが来るのが八重宮司様の場合、早柚は抵抗を諦める。
身代わり術はあのお方の鋭い目を欺くことはできない。息止めの術も全く役に立たなくなる。
直接逃げることも、あのお方を怒らせてしまう恐れがある…
幸いなことに、宮司様が自らお出ましになることは滅多にない。
よってほとんどの場合、早柚はうまく逃げ切ることができるのだ。


キャラクターストーリー5
物心ついた頃から、早柚は「終末番」で先生から忍術を習っていた。
「終末番」は影で活動している組織だが、年長者たちはとても優しく、幼い早柚の面倒を見ていた。
「人に頼りすぎるのは、忍者にとって決していいことではない。」
忍術の勉強に詰まった早柚を見た先生は、心の中でそう思った。
年が経つにつれ、早柚は着実に成長していった。彼女が自分の身を守れるようになった頃、先生は静かに彼女のそばから離れた。
親の庇護から離れた幼い獣は、素早く成長する。先生は早柚にも同じことを期待していた。
若き忍者は先生の期待を裏切らなかった。間もなく、早柚は「神の目」を手に入れた。
そして、彼女は「終末番」で真面目に…サボるようになった。
早柚は常に寝たり隠れたりしている。そういう意味では、彼女も多忙だ。
時折、一人で月光を楽しんでいる時、彼女の心の奥底に迷いが生じた。
いつも共にいた人は、いつか離れていく…これが人生というものなのか?
それでも、もしかしたら未来のある日に、一緒にいてくれる人に出会えるかもしれない。
そう考えているうちに、小さな忍者は眠りについた…


小狢服
早柚の服は、先生からもらったものだ。
小動物の「ムジナ」を参考にした様式で、特別に早柚の好きな色を選んでいる。
軽くて動きやすいため、忍者に適している。
服の大きな頭巾は安心感をもたらしてくれるため、早柚は特に気に入っている。
長いしっぽは、木の上でバランスを保つためのものだ。
この服の唯一の欠点は…タヌキに似すぎているため、よく間違えられてしまうことだ。
最初は相手に真剣に説明していた。
「タヌキじゃない、拙は早柚だ!」
しかし、同じようなことが何度も起こった結果、早柚はタヌキを恨むようになってしまった。
今、このようなことが起きると、早柚は怒りを露わにする。
ゆえに、早柚と仲良くしたいのであれば、以下の内容をちゃんと覚えておこう。
早柚はタヌキではなく、早柚だ。
服装もタヌキ服ではなく、ムジナ服だ。


神の目
早柚が独り立ちしたばかりの頃のお話だ。
弱き生物がこの世を一人で歩めば、さぞかし怖い思いをするだろう。実際に経験しなければ、その様な気持ちを理解することはできない。
早柚もそうだった。観察力と回避に長けた彼女は、自分が戦闘に向いていないことを常に理解していた。
小柄すぎる体は、パワーの面では何の優勢もなく、実戦になると忍術もそれほど役に立たない。
任務は、忍者が完全に成長してから受けられるようなものではない。混乱の時代、早柚は小さな仕事でも危険に陥ったことがある。
強敵に囲まれながらも、必死の思いでなんとか逃げ切った。無事に情報を持ち帰るために、全力を尽くした。
疲れ果て、傷付き、気を失いそうになった早柚の心に残ったのはただ一つ。
「勝ち取ることができるのは強者だけではなく、弱者にも生き延びる道がある。弱いからこそ、見えない瞬間に気付いて運命を変えることができる…ここから脱出できる可能性は低いけど、拙の忍術はそのためにあるんだ。」
葉が落ちる瞬間、彼女は姿を消した。追っ手は皆、驚きを隠せなかった。小さな忍者は、まるで風の中の塵のように消えてしまったのだ。
翌朝、早柚は必死に起きようとしたが、足につけていた忍者袋が消えていることに気付いた。
しかし、忍者袋の代わりに、そこには意外なものがあった。朝日に輝く「神の目」だ。
「神の目」の力で、早柚は自分よりも背が高い両手剣を振り回すことができるようになった。もう、乱世での争いに怯える必要はない。
ただ、早柚の一番の悩みはまだ解決できていない。
彼女の身長に関しては、神の目でもどうにもならないようだ。

珊瑚宮心海

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キャラクター詳細
海祇島の住民は、かつて海の底にある淵下宮に住んでいた。
魔神オロバシが彼らを地上に連れて行き、そのおかげで今の海祇島の文明がある。
オロバシが雷神に斬り殺された後、遺体は骨となって残り、その怨念が祟り神を生むこととなった。
しかし、海祇島を守ろうとする意志は決して消えていない。
その意思は珊瑚宮家の血筋に溶け込み、代々受け継がれることになる。
その血筋を受け継いだ者が、海祇島の「現人神の巫女」だ。
それは神々の意思を俗世の人間へと宿し、彼らに代わって土地を守る者を意味する。


キャラクターストーリー1
心海が「現人神の巫女」になった日、海祇島に住む無数の人々が彼女に会うため珊瑚宮へと足を運び、彼女を遠巻きに眺めた。
驚き、疑い、戸惑い、喜び…彼らの表情がそれぞれ違うのは、彼女があまりにも若すぎるように見えたため。
陰謀が渦巻き、疑問の声は絶えず、野心家たちが裏で動き始める。嵐の到来が近づき、海祇島は平穏ではなくなった。
しかし、心海が即位して間もなく、一切が平常に戻った。
彼女は賞罰を公平に与え、民を愛し、軍事に長けていた。その優れた才が、多くの人の心を鷲掴みにしたのだ。
「珊瑚宮様がいれば、きっと大丈夫」という言葉が、そうして島中に知れ渡った。


キャラクターストーリー2
様々な要因が勝敗を左右する。
地形、天候、兵力や装備の差…いずれも慎重に検討する必要があるものだ。
細かなことに気を取られすぎては、戦局の変化を見逃してしまう。戦略だけを語る者は、机上の空論で判断している可能性が高い。
大局と細部の両方を把握できる者だけが、戦場で奇跡を起こすことができる。
その裏には、数え切れないほどの努力と、数多の失敗から得られた教訓がある。
最後まで研鑽を続けられる者はごく少数だが、心海はそれが得意であった上に、独自の戦術をも編み出した
「より大きな戦局を操り、相手を降伏させます。そして、最小の犠牲で戦に勝利しましょう。」


キャラクターストーリー3
戦場でも、戦場の外でも、心海は「敵を知る」ことを心掛けている。
彼女は事前にすべての可能性を想定し、戦略を考え、そのすべてを虎の巻に書き留めて実行者に委ねる。
その結果、虎の巻があまりにも分厚く、重くなるという問題が生じたが、この方法によって海祇島は安定した発展に繋がった。
現在、海祇島はさらなる繁栄に向けて、日々動いている。優秀な人材が多く登用されたことで、心海が手配する虎の巻も減っていった。
心海にとって、それは実に喜ばしいことである。


キャラクターストーリー4
時間に余裕がある時、心海は一人で海祇島を散歩することがある。
人混みを避け、紫色の森の中をあてもなく歩いたり、海辺に座って遠くを眺めたりするのだ。
太陽と月が海面から昇り、空には星々が輝く。波の音は耳に心地よく、心海に癒やしを与えた。
時折、貝殻を拾ってはそれを頭の上に乗せ、帰るときに元の場所に戻した。
その貝殻に迷い込んだカニが、そのまま住みつくかもしれない、そんな物語を想像しながら。
時に、心海は水の中に潜り、ひとり穏やかな雰囲気を楽しむ。群れを成して泳ぐ魚が、心の憂いをすべて海底へと沈めてくれるのだ。
心海は海祇島のあらゆる景色を大切にし、すべての人の名前を覚えている。
ただ残念なことに、美しい景色が変わることはなくとも、人の心は複雑で移ろいやすいもの。
戦に勝利することは容易なことだ。しかし、すべての人に幸せで楽しい人生を送ってもらうのは極めて難しいこと。
これもまた、彼女の憂いの一つだろう。


キャラクターストーリー5
心海は幼い頃から読書家だった、特に兵法に関する書物を好んで読んだ。
そのため、心海は豊富な知識を有し、あらゆる分野に精通している。
しかし、そのような兵法書や軍事図鑑に長年浸かってきた結果、心海は人付き合いが苦手になっていた。いつの頃からか、知らない人と接するのは彼女にとって大きな負担になっていたのだ。
現人神になったことで、心海は人付き合いや興味のないこと、苦手なことに向き合わなければならなくなった。
しかし、好きでもないことを無理して行ったことで、彼女の精神力は著しく消耗し、ひどい疲労感に苛まれた。
そこで心海は、自分の中に「エネルギー」という指標を設けた。自分が楽しいと思うことをすればエネルギーが回復し、逆に楽しくないことをすればエネルギーが減少する。
エネルギーがなくなると、心海は現人神の巫女としての仕事を一時中断し、自室に引きこもって、ただの少女に戻るのだ。
兵法の本を読みふけり、忙しない世間から身を引くことで、心海は煩雑な日常から一時的に解放される。
その束の間のひと時こそが、彼女にとって最も大切な休息なのである。


秘密のノート
「支配者の思いの通りに、民は動く。」
この戒めは昔、心海が母から聞いたものだ。
現人神の巫女は海祇島にとって最も重要な意味を持ち、その存在の一挙手一投足は常に人々に見られている。
彼女が好きなものは民間で流行り、嫌いなものは距離を置かれる。
心海は人々の生活に影響を与える事を望んではいない。それゆえ、普段は自分の好き嫌いを公にさらさないようにしている。
彼女はすべての物事に対して平等に接し、「公平公正」と「信賞必罰」を信条としている。
しかし、それは必ずしも彼女の本当の気持ちではない。そのため、彼女は自分だけの秘密の手記を用意した。
その中には彼女の「エネルギー」の変化だけでなく、気分の浮き沈みも記録されている。
夜が深まり、世界が静寂に包まれた後、心海は手記を開き、その日の楽しかったこと、悲しかったこと、残念だったことを書き留めるのだ。
…もちろん、絶対に他人には見られてはいけないものである。


神の目
強い意志を持った指導者は、周囲の人間を明確な方向に導くことができる。
しかし、心海はそのような考えを持ってはいない。彼女は人々の意思を尊重し、それぞれの道を歩んでほしいと願っているのだ。
広大な海が数多の生きとし生ける者とその欲望を受け入れることができるように、心海は自分の定めた規則もそのようにあってほしいと願っている。
目狩り令が下された時、民衆の憤りが反逆の叫びとなり、心海は彼らを率いて反旗を翻した。
そして戦争が終わり、人々の心が平和と安寧を望み始めた今、心海は政治と経済に力を注いでいる。
しかし、この労苦の源となったのは何だったのか。現人神としての意志、または彼女自身の使命感から来たものかもしれない…それとも、その両方か。
現人神の巫女として、当然ながら心海は自分の神の目を所持している。珊瑚宮から海祇島の海を眺めたあの日、その頃から彼女の願いは一度も変わっていない。
「海祇島のすべてを守り、人々が幸せな生活を送れるようにして見せます。」

鹿野院平蔵

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キャラクター詳細
鹿野院平蔵、彼は卓越した才を持つ少年探偵である。
天領奉行に所属しながらも、公権力の「威厳」、「恭しさ」、「厳粛さ」とは相反する印象を与える。
新人の誰よりも愛想がよく、礼儀正しいように見えるが、実際は常識から外れた人物だ。
他の同僚と違って、毎日のように奉行所に顔を出すことはなく、日頃の見回りにもほとんど参加しない。
時に十数日ほど姿を消して、事件現場にだけ顔を出すこともある。彼がいつも浮かべている笑みは、仕事をまじめにやっているのかと疑わしくなるほどだ。
しかし面白いことに、このような「公職が正しい道理に背く」ことは各方面から黙認されているようだ。
だが、同僚は喜んで彼の仕事に協力し、上司も彼の自由気ままな行動にほとんど口を出さない。
その上司のさらに上の立場の人でさえ、「最近、平蔵の調子はどうだ?」と時々気にかけている。
彼のこの独特な立場は、すべて類い稀なる事件処理能力から来ている。
奉行所が珍事件や大事件に直面するたびに、平蔵はいつも重役を任され、最後には解決する。
奉行所の責任者も、彼が持つ捜査の経験に感嘆の声を漏らすほどだ。しかし、平蔵本人はそれに対し、違う考えを持っている。
「経験というのは、人が過去に犯した失敗に使う別名だ。僕の切り札はそんなもんじゃないよ。」
「僕の才能は、生まれ持ってのものなんだ。」


キャラクターストーリー1
天領奉行に入るのは、そう簡単なことではない。能力試験に合格するだけでなく、厳しい身辺調査を通過する必要もあるのだ。
そのため、新人は貴重な財産など重要な情報の申告を求められることが多い。
審査を担当した大和田与力の記憶では、平蔵が入ってきた時の申告書には何も書かれていなかったという。
風薫る朝、大先輩の大和田はその真っ白な申告書と、向かいに座り好奇心から辺りを見回している平蔵を見ながら、意味深な言葉を発した。
「私はこれまで、思想の豊かな若者とたくさん出会ってきましたが、結局、誰一人として奉行所に入ることはできませんでした。」
その言葉を聞いた好奇心旺盛な少年は突如、辺りを見回していた視線を大和田に向け、背筋を正した。
「じゃあ僕みたいな若者はどうなの?」
少年に起きた変化が唐突すぎたからか、鷹のような眼差しで睨まれた大和田は息を呑む。
その瞬間、まるで自分が審査されているかのような不思議な錯覚に陥った。
大和田は緊張をほぐすように、冗談交じりにこう言った。
「天領奉行は貧しい人を拒まないが、申請書に何も書かれていない場合、より注意して審査することになる。」
だがそれに対し、予想をしていなかった沈黙が訪れる。相手は何も言わず、変わらずまっすぐ大和田を見つめていた。
大和田は気分が悪くなり、暑さのせいか額が少しむず痒くなると、手の甲で汗の滴を拭った。
しかし、額には何もない。それはただ拭うだけの動作となった。大和田は乾いた手の甲をぼんやりと見つめた。
すると、向かいにいる少年が突然笑い出す。大和田はそれを目にして、心にあった戸惑いが消え去る。
机の縁に体を預け、片手で顎をさすり、軽くうなずく平蔵。彼は笑みを浮かべながら、大和田を見てこう言った。
「僕が天才であること以外に、申告することはないよ。」


キャラクターストーリー2
天領奉行が平蔵の探偵人生の始まりではない。
それよりも前に、平蔵は「万端珊瑚平蔵探偵所」という自分の事務所を持っていた。
それは、現在稲妻城にある「万端珊瑚探偵所」の前身であり、平蔵と珊瑚が設立したものである。
二人の物語は、互いに信頼する出会いから始まった。だが、残念なことに二人は異なる道を歩むこととなる。
探偵事務所の看板であった平蔵の名声も、協力関係が決裂したことで、当然のように消えてしまった。
そのすべての理由は、概ね「理念の違い」という一言に集約できる。
珊瑚にとって探偵の使命は、何よりも真実を明らかにすることであった。おそらく、ほとんどの探偵がそう思っていることだろう。
しかし、平蔵の考えはそれだけに留まらない。真実の裏には、より大切なものが隠されている可能性がある。
長年、事件の捜査をしてきた経験上、探偵が依頼を受けるということは、何か良くないことが既に起こっているということ。
加害者にいくら罰を課そうとも、誰かが傷ついている事実に変わりはない。
どんなに腕のいい医者であろうと、怪我人を治療した後、平気な顔して「ほら、傷も完璧に治ったし、怪我をしていなかったみたいなものだろ?」と言えないのと同じである。
だが怪我人は、医師や診療所、手術の跡を見るたびに、自分が負った傷のことを思い出してしまう。
暴行はどうして起こったのか?そう医師は無力感を覚える。犯罪はどうして起こったのか?そう探偵は無力感を覚える。
「諸悪の根源を断つことができなければ、僕は悪の天敵となるまで。」
「『鹿野院平蔵』の名は、テイワット中に広まり、世界中の悪人を抑止する力になるだろう。」
「闇に身を委ねた者には、必ず罰が訪れ、安寧を得られないことを理解させる。」
それに気づいた彼は、探偵所を辞めて、天領奉行にやってきた。
これが、「探偵」を目指す彼の原点である。


キャラクターストーリー3
「カツ丼には必ずトンカツが乗っているように、名探偵には助手が付きもの、って小説で読んだんです。」
奉行所内で、新人の上杉が満面の笑みを浮かべながら平蔵に近づいてきた。
「そこで平蔵先輩、僕が助手になるっていうのはどうです?僕って、けっこう賢いんですよ。」
平蔵は、その陽気な新入りの様子を窺いながら微笑み、顎をさすって答えた。
「君はあまり賢くない、僕の直感がそう言ってるよ。」
「え?平蔵先輩の直感が間違ってるんじゃないですか?」
上杉の言葉には、まるで喜劇のオチのような不思議な力があった。その言葉を発した途端、何人もの同僚や大先輩たちが思わず吹き出す。
賢い上杉は、自分が間違ったことを言ったとすぐに理解し、慌ててこう言い繕った。
「つまり…僕らの仕事は、直感だけに頼っていてはいけませんって意味ですよ!」
すると、今度はみんなが大笑いし始める。上杉は何がおかしいのか分からなかったが、ふと「自分は喜劇役者に向いてるのかも」と思った。
平蔵が手を伸ばし、肩の上の埃と気まずさを払う。
「さっきのは冗談だよ。上杉はきっと優秀な同心になれる、僕の直感がそう言ってる。」
「だから時間があったら、自分の助手を探しなよ。」
平蔵はそう言うと、戸惑う上杉と大笑いしている同僚たちを残して、風のように去っていった。
……
「そんなんで、鹿野院同心の助手になれると思ったのか?」
「僕はただ、平蔵先輩に助手がいないから、手伝おうと思っただけですが…」
「助手ならいるに決まってるだろ。あいつは何度も言ってたじゃないか。」
「えっ!?いたんですか?」
「ああ、何度も『直感がこう言ってる…』って言ってただろ。」
「えっと、つまり平蔵先輩の助手は…直感?」
「そう、あいつは直感を頼りに事件を解決するとんでもないやつなんだよ。」


キャラクターストーリー4
仕事の成果を鑑みれば、平蔵は何度も昇進できるほどの実績を残している。
しかし、実際は天領奉行に入ってからずっと、平蔵の役職は同心のままで一度も変わっていない。
それどころか、平蔵の功績のおかげで、同僚や上司の数多くが昇進をしている。
平蔵の従姉妹である鹿野奈々はそれを聞いて、不満を抱いた。
「あなたも大概だけど、天領奉行のやり方ってばあんまりじゃない?」
「あなたよりもずっとひどいわ。ちょっと話をつけに行ってくる。」
平蔵は彼女の性格をよく知っていたため、面倒なことにならないようにと、珍しく事細かに理由を説明したーー
「僕が上のお偉いさんよりも劣ってると思うかい?」
「奉行所の牢屋に行って聞いてみてよ。与力の名前を言える人が、牢屋に何人いると思う?」
平蔵は手の平を開き、それを鹿野奈々に向けると、「せいぜい、この数が精一杯だ」と言った。
鹿野奈々は彼が何を言っているのか理解できず、戸惑いながら「五人?」と聞いた。
「じゃあ、名探偵である僕の名前を言える人は何人いる?」
平蔵は再び手の平を開き前に出すと、今度は手の甲を見せた。「少なくともこの数はいる。」
「また五人?何が違うの?」
すると、平蔵は大笑いしながらこう言った。「毛の本数のことだよ!」
「与力の名を何名も言える犯人なんか、手の平のうぶ毛みたいに、一人もいないよ。」
「僕の名を言える犯人の数は、この毛の本数ほどいるんだ!」
「与力ほどの地位を得ても、僕の名声に勝てはしない。だから、役職に就いたところで何の役にも立たないのさ。」
「犯罪により近いところにいれば、もっと多くの悪党どもに『鹿野院平蔵』という名の恐怖を植え付けられる。それが僕の目指すものなんだ。」
「だから、心配しないで!今までも、これからも、自分の進みたい道から外れはしないよ!」


キャラクターストーリー5
平蔵自身が言うように、天領奉行の牢屋で一番有名なのは、与力でも天領奉行の将領でもなく…小さな同心の「鹿野院平蔵」である。
ここでは雷電将軍の名でさえ、彼と比べればやや霞むという。
何しろ、大物から小物まで、雷電将軍に捕まった賊は誰一人としていないが、「鹿野院平蔵」はその大半と関係しているからだ。
事の発端はこのようなものであったーー
ある日、自惚れた囚人たちが自分の犯罪手口がいかに巧妙であり、官兵たちをどう欺いたか自慢した。まるでそうすると、他の囚人たちから高い評価を得られるかのように。
しかし、なぜそんな巧妙な犯罪であったにも関わらず、尻尾が出てしまったのかを問われると、彼は歯を食いしばりながら自分を捕まえた「探偵」のせいにするほかなかった。
「俺は最善を尽くしたが、相手が悪かったみてぇだ。」
その「探偵」の名声は、徐々に牢屋内に広まっていった。
それからしばらくして、囚人たちが話していると、偶然にも自分を捕まえた「探偵」が「鹿野院平蔵」という同一人物であることが発覚する。そして、状況は一変した。
もし優れた頭脳を持つ犯罪者たちを何人も捕まえてきたのなら、その探偵は相当な凄腕だろう。
しかし、数々の狡猾な犯罪者は皆この探偵によって敗北を喫した。つまり、彼は「凄腕」という言葉だけでは物足りなくなる。
その瞬間、全員の頭にほぼ同じような人物像が浮かんだーー
それは人間に化けた狡猾な神で、陰湿で策士であり、あらゆる人間の心を簡単に見透かすことができる者。
服さえ変えれば、そいつは歴史上、もっとも完璧な犯罪者になれるかもしれない!
これ以上自分の罪を増やしたくなかった者は口をつぐむことを選び、悪意に満ちた者は口では不服を漏らしながらも、内心では怯えていたという。
「彼を敵に回さないほうがいい。もう悪口も言わないでおこう。」
囚人の中でもっとも闘争心に溢れ、攻撃的な者たちでさえ、その探偵と手合わせした経験から、彼を名前では呼ばず、代わりに「嵐」という名で呼ぶようになった。
看守を担当していた同心たちは、「一体、なんのことだ」と思い、「嵐」の意味を尋ねる。すると、囚人は小声でこう漏らした。
「あれは天災だ!犯罪者だけを襲う、天災なんだ!」


武道会優勝メダル
平蔵の考えでは、探偵は頭を使って相手の防御を崩すものである。
常に武力で悪人を裁くとなると、どうしても劣勢に陥る場合があるからだ。そのため、平蔵は日々の仕事の中で、できるだけそれを避けてきた。
そのような背景もあり、奉行所に入った当初の彼の評価は、貧弱な「頭脳派」というものであった。
しかし、奉行所内で行われた自由武道会で、彼は大勢の同僚に痛い目を遭わせることになる。
この自由武道会とは、階級や流派、武器に制限はなく、あらゆる手段で相手を幅五十歩の台から出すことで勝者となる。
「頭脳派」の平蔵は、神の目を使わないだけでなく、武器も持たず、素手で決勝戦に臨んで周囲を驚かせた。
決勝戦の観戦に来ていた将領·九条裟羅は、試合が始まってすぐにその勝敗を見抜いた。
「鹿野院同心の動きは機敏で、その拳はいかなる武器よりも勝る。近接戦闘で彼に対抗するのは困難だ。彼に勝てるのは、熟練した弓の使い手のみだろう。」
結果、鹿野院は相手の左肋骨に十七発も拳を打ち込み、勝者となった。なお、平蔵は刀で髪を少し切り落とされただけである。
しかし、平蔵の優勝が決まろうとしたその時、九条裟羅が自ら台に上がり、横の棚から弓と矢を手に取ると彼に勝負を挑んだ。
会場は騒然とした!大会に参加するのはどちらかというと下っ端の同心たちばかりで、まさか将領が自ら参加するとは誰も想像していなかったのだ。
平蔵は目を細め、九条裟羅を見つめた。元々この大会に参加したのは、腕試しをするのが目的で、知恵だけでは解決できない状況に備えて己の力量を見極めるためであった。
しかし、いざ将領から勝負を申し込まれると、少年特有の負けず嫌いな性格が災いし、彼はあっさりと戦いを引き受けてしまった。会場の空気は一瞬にして熱くなり、皆の顔も真っ赤になる。
「さすがです!平蔵先輩!」と観客席から上杉同心が興奮して叫んでいる。その横で大和田も静かに拳を握りしめていた。
しばらく準備した後、両者は台の上に立つ。ルールはこれまでと少し異なり、どちらも神の目は使わず、先に相手の体に触れたほうが勝ちというものとなった。つまり、幅五十歩の台の上で裟羅の矢と平蔵の拳、どちらが先に命中するかの勝負である。
熱く滾る空気の中、戦いの火蓋が切られた。しかし、強者同士の戦いは一本の矢が放たれるだけで終わってしまう。
裟羅が矢を放つと、五十歩先で平蔵が右手を胸の前で握りしめ、心臓から指二本分のところで、大蛇のように震える矢を受け止めた。
「なんという速度だ、僕の負けだよ。」と平蔵は笑いながら、掴んでいた矢を放り投げる。「かわしきれそうになかったから、手で矢に触れてしまった。」
「私が勝てたのは、このルールが私に味方したからだ。素手で私の矢を受け止められる者はそういない。これが実戦であれば、勝敗は分からなかっただろう。」
九条裟羅は鋭い目で彼を見据えたが、その目には感嘆の念が込められていた。
「鹿野院同心、お前の文武両道な姿には驚いた。少しばかり指導しすれば、必ずや大成するだろう。」
……
半月後、鳴神大社に天領奉行特製の武道会優勝メダルが、手紙を添えて届けられたーー
「姉さん、これは僕が勝ち取った小さな成果だ。時間があったら、おやじのところに持っていってくれ。これでおやじの教えに、少しは応えられたかな。」


神の目
平蔵は、自分の幼少期のことをほとんど語らない。それは、決して幸せなものではなかったからだ。
彼は稲妻の辺境の村で生まれた。父は武道家として少し名を馳せており、一応、名門の家柄である。
しかし、世の反抗期の子供たちと同じように、彼は家業を継ぐことから逃れたいと願いながら、仕方なく父から武術を学んでいた。
そんな状態が、とある祭りで裕福な商家出身の友人ができるまで続いた。
この友人は実に聡明で、よく「家の蔵にあったものだ」と言っては、いろいろな目新しい物を持ってきて平蔵と一緒に遊んだ。
スメールの本、フォンテーヌの不思議なおもちゃなど…これらは、単調になっていた平蔵の生活に大きな安らぎを与えてくれた。
大きくになるにつれて彼らの友情も深まっていったが、平蔵はあることに気づいたーー
友人の服がいつも汚れており、髪もボサボサなのだ。とても金持ちの商人の息子とは思えなかった。
そこで、彼は友人と胸の内を打ち明け合うことにする。それはまるで大人同士の会話みたいであった。
意外にも、友人はすぐに平蔵に嘘をついていたことを認め、贈った物はすべて地元の商会から盗んだものだと告白した。
初めて出会った祭りの時も、平蔵から貴重品を盗むつもりだったそうだ。しかし、いつの間にか仲良くなっていたという。
まるでこれは面白いことかのように、彼は豆を流す如く大笑いしながら話した。
平蔵は怒りを露わにした。だが、自分が何に怒っているのか理解ができない。一番の友人に騙されたからだろうか?それとも、友人が犯罪者だったからだろうか?
平蔵は彼に向かって、「君とはもう仲良くできない!」と声を張り上げた。
激怒した彼は家に帰り、貰った物を一つ一つ探し出して、すべて投げ捨てる。そして、最後に残ったのがある緑の石であった。
これは、二人が小川で釣り上げた一対の「お宝」のうちの片方で、二人が一枚ずつ持っていた。これだけは窃盗品ではなく、二人の友情よりも純粋なものだったかもしれない。
平蔵はそれを見つめ、心を鬼にして窓に向かって投げた。しかし、それは窓の枠に当たって跳ね返り、寝台の下へと転がっていってしまう。
平蔵の苛立ちが収まることはなく、まるで腹に穴があいた蛙のように、床に横になって動かなくなった。
彼は落ち込んで天井を見ながら、いつかこの嫌な思い出を忘れようと自分に言い聞かせた。だが、この世にある嫌なことは、忘れようと思えば思うほど、心に根付くものである。
一年後、その友人と初めて出会った祭りの日に、平蔵はなぜか寝台の下から小石を取り出し、それを握りしめて祭りに行った。
自分でも何を期待していたのか分からない。しかし、運命はすでに答えを用意していた…思いもよらない形で。
平蔵は祭りで再び友人と会ったが、なんと彼は血を流して道端に倒れており、観客も悲鳴をあげていた。
平蔵が到着するその少し前、親友は悪漢に財布を取られそうになっていた。そして二人は口論となり、取り乱した相手が短刀で親友の心臓を突き刺したのだ。
平蔵が親友の怪我を確認するため駆け寄ると、その拍子に手に持っていた石が地面に転がり落ちる。その石を見た親友の目が、一瞬光ったように見えた。
「平蔵…僕に会いに来たのか?」
平蔵は親友の胸元に手を押し当てるも、指の合間から血が流れ続ける。一年前よりも激しい怒りが湧き上がり、親友に向かって平蔵は怒鳴っていた。
「この馬鹿ッ!もういい、喋らないでくれ!」
親友は首を振って、命がけで守っていた財布を必死に開けた。中にはモラなど入っておらず、もう一枚の緑の小石が入っていた。
彼は最後の力を振り絞り、平蔵に石を差し出すと、血に染まった口角を持ち上げ、一年前に別れた時よりも大きな笑みを見せた。
「ぼ…僕も平蔵に会いに来たんだ…」
……
その後、どうやって家に帰ったのか、平蔵は覚えていない。頭の中は完全に真っ白で、あるのは怒りと吐き気のみであった。
その瞬間から、彼はあるものに対して怒りと嫌悪感を抱くようになる。自分とそれは常に敵対する存在であると認識したのだ。
それのせいで友情に偽りが混じり、命を突如終わらせてしまった。それこそが罪悪である。
しかし、それは友人の偽称や窃盗とは異なるもので、ましてや盗人が犯した殺人の罪でもない。もっと抽象的な、より高い段階にある何かであった。
それは、この世に漂うあらゆる罪の集合体であり、空を覆う大きな黒い影のように、美しい世の中を冷たく見下ろし、そしてそれを死に至らしめようとするもの。
一ヶ月後の早朝、平蔵は別れの言葉を残して静かに家を出た。宿敵を見つけた平蔵は、これから戦いの旅に出ることにしたのだ。
今回、彼の旅に同行するのは友情の証であるあの石ではなく、決意に満ちた神の目に変わっていた。

シャルロット

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キャラクター詳細
フォンテーヌ廷では、日々刻々と様々な「物語」が誕生している。
例えば、ロマリタイムハーバーが急に猫の手を借りたいほど忙しくなって、明らかにフォンテーヌ人ではない船員が大勢働いていたこと。ポワソン町の某魚屋が、唐突に一ヶ月間でいつもの三ヶ月分に当たる魚を買い占めたこと。某所の魚が格別美味しいというビラがフォンテーヌ廷に大量に出回ったこと…
凡庸な記者や一般市民は、それらを単独で発生した「物語」としか見ない。海面で絶えずうねる波のようにありふれた、些細な出来事ととらえるのだ。
三流記者たちも波を追いかけながら、その形、方向、流速といった退屈で「表層的な物語」を淡々となぞらえるだけ。
だがシャルロットにとって、これらの波は表層的なものでしかない。彼女が知りたいのは、波がなぜ激しく逆巻くのかといった物語なのだ。
海面を吹き荒れる狂風のせいなのか、タラッタ海底谷の底部の環境が複雑すぎるせいなのか、それともエルトン海溝の深部で微振動が起きているからなのか…
シャルロットはそうした「ディープなニュース」を追い求めていた。
記者は頑固で愚鈍な「記録者」ではなく、機敏で柔軟な「探求者」であるべき。
それがシャルロットの「仕事のモットー」だ。
どうすれば自分自身が「ディープなニュース」に押し流されずに済むか、その点についてはユーフラシア女史や明達な市民の皆さんのお力を拝借するしかなさそうだ。


キャラクターストーリー1
シャルロットは幼い頃からこの世界に強い関心を抱いていた。
春の庭で最初に咲くレインボーローズのひと際美しい花びら。嵐のあと枝葉に覆われた大通りで楽しげに水たまりを踏む子どもたちと、その隣で困ったように笑う家族。砂浜にひっそりたたずむ美しい貝とその下からおずおずと世界をのぞき見る小さなカニ。誕生日に家族と一緒に食べたプクプクシュークリーム。それと…シューの中の色がちょっと濃すぎるクリーム…
他の人の目には、花はただの花であり、貝殻はただの貝殻、甘すぎるシュークリームもただのシュークリームにしか見えないし、世界とはそんなものだ。
でもシャルロットにとっては、視界の端に人知れず潜む「ディテール」こそが世界の全貌を描き出す鍵であった。
野生動物の生態が専門のベテラン記者であるシャルロットの父は、「観察」に興味を持つ娘の才能に気づいた。彼は娘の十歳の誕生日に、特注の「写真機」を贈った。サイズやボタンの位置にまでこだわった写真機は、シャルロットの手にぴったりなじんだ。
「誰もが物事の些細で特別なところに目を向けて観察するわけではない。シャルロット、それはお前の唯一無二の才能だよ。」
——シャルロットの父である「草原の記者」ガラノポロス氏はそう言った。
それからというもの、大きな記者の隣にはいつも小さな記者の姿があった。父娘のコンビはフォンテーヌ廷の街や森、河畔のあちこちに出没しては、大小一台ずつの写真機を手に、数々の美しい光景をフレームに収めた。
優しく厳しいガニュ・プチ夫人は二人の「取材」にしょっちゅう苦言を呈した。でもシャルロットの笑顔を見ると、あきらめた顔で素早く愚痴をひっこめるのが常だった。汚れた服や帽子に関しては、何でも器用にこなすガラノポロス氏に任せきりだった。
シャルロットには世界が巨大な宝の隠し場所に見えた。
そして写真は、彼女だけの宝の地図なのだ。


キャラクターストーリー2
ガラノポロス氏がシャルロットに絶えず言い聞かせている言葉がある。
「写真に力強い美が宿っていれば、誰もそれを無視できない。」
ガラノポロス氏はシャルロットに断りを入れて、自分と彼女が撮影した写真を『スチームバード新聞』に送った。編集者たちは一瞬でその写真——主にシャルロットの撮った写真——に魅了された。彼らはガラノポロス氏の熟練の撮影技術を褒めたたえ、これまでと同様に紙面の目立つ場所にその素晴らしい写真を載せた。
写真が掲載されると、フォンテーヌ写真界に激震が走った。評論家たちは我先に称賛の声を上げ、新聞の切り抜き愛好家は自身のスクラップブックを華やかに彩りたい一心で、せっせと新聞を買い集めた。
評論家と記者仲間がガラノポロス氏の自宅を訪れ、美的センスの磨き方を尋ねようとしたとき…
ベテラン記者はシャルロットをそっと自分の前に押し出し、玄関先できょとんとする人々に静々と告げた。「私にはそんな写真はとても撮れません。それは全部うちの娘の手柄です!」
経験と幅広い見識を備えた紳士淑女たちはまず絶句し、それから驚愕の表情を浮かべた。そして誰からともなくヒソヒソ話を始め、最後には質問を始めた。
シャルロットは目をぱちくりさせて、仰天する大人たちを眺めた。それはまるで突然の嵐に見舞われ、慌てて隠れ場所を探す小さな虫のようだった。彼らは互いに触角を触れ合わせながら、「葉っぱはどこ!ねえ、葉っぱは!」と叫んでいるように見えた。
「はい!皆さん、こちらにご注目!」
幼い声に呼ばれてビクッと反射的に顔を上げた人々の目線の先で、特製の写真機がパシャリと音を立てた。
その刹那、玄関先で眉根を寄せ、口角を上げ、顔を真っ赤にして、髪を振り乱し、腕をぶんぶん振る人々の姿が写真に収められた。その細部が、嵐に遭遇して慌てふためく小さな虫たちの様子を存分に伝えていた。
小さな記者は写真機をぽんと叩き、にっこり笑った。
「この写真のタイトルは…『そんなんじゃダメ!』で決まりね。」


キャラクターストーリー3
シャルロットの卓越した写真技術が評判を呼ぶと、原稿の依頼人、雑誌の編集者、新聞切り抜きの愛好家や父親の記者仲間がひっきりなしに訪ねてきた。その中に『スチームバード新聞』の編集長、ユーフラシア女史がいた。
女史は単刀直入に来意を告げた。シャルロットを「専属記者」として招き、撮影や取材、執筆を任せたいというのだ。
…だが普段は人の好い父親が、「専属記者」の件に関しては断固反対した。彼は娘に心根の腐った、腹に一物ある人々と付き合ってほしくなかったのだ。
「大自然は厳しいが、誠実だ。暴雨は理由もなしに降らないし、猛獣も訳もなく襲ってはこない。」
「だが人間は息をするように嘘をつく。人の顔は写真機で映せても、人の心にピントは合わせられない。」
父は娘の選択を応援したいと思っていた。でもそれ以上に、平凡で幸せな暮らしを送ってほしい、どろどろした人間関係に足を踏み入れてほしくないという思いのほうが強かった。
この世界はシャルロットにとっては宝の隠し場所。お宝の手がかりを記した写真は、彼女の宝の地図だ。
だが彼女は初めて気づいた。その宝の隠し場所の裏には、まだ発見されていない無数の「真実」が渦巻いているのだと。
そうした「真実」は「お宝」ではなく、ほの暗い未練の数々だ。人々はそれらを故意に隠蔽、破棄、偽装して、そこに投げ捨てることで永遠に葬り、それらにまつわる物事に決着をつけようとした。
シャルロットは自分ならそれを発掘して、すべての真実を明らかにできると気づいていた。花園でチューリップの球根を掘り出したり、貝殻からヤドカニを引っ張り出したり、リスの隠した木の実を見つけ出したりするように。
…鳥が山津波を見下ろし、穴ネズミが地震を察知し、魚が津波の到来を感知するように。
彼女は才能という責任を帯びていた。
「真実」を発掘する能力のある者には、その「真実」を世に知らしめる義務がある。
唯一の問題は、彼女に「勇気」があるか否かだ。
両親は沈黙で応えた。彼らはもう娘の決心に気づいていたのだ。立派に成長したシャルロットは鳥のように巣から飛び立つ日を迎えていた。
翌朝ユーフラシア女史が時間通り出社すると、『スチームバード新聞』社の入口に写真機とノートを抱えた準備万端のシャルロットがいた。
「ようこそわが社へ、シャルロットさん。」
ユーフラシア女史は手を差し出してこう言った——
「次のラヴェール賞は、あなただと信じてるわ。」


キャラクターストーリー4
『スチームバード新聞』が出資して創設した「ラヴェール賞」は、フォンテーヌ廷の記者たちが最も価値を置く賞だ。
過去の受賞者には、傑出した記者がずらりと並んでいる。執律庭の苦難の道のりを取材し、未解決事件の真実を暴く過程を詳細に記したイライア女史。海洋生物の生態を撮影するために海辺で数十年暮らし、苦労の末に成功を収めたオブロー氏。また率直な物言いで知られるデューレブクス氏ももちろん受賞者だ。彼は数十年に及ぶ記者人生において、どんな脅しや個人攻撃にも屈することなく記事を書き続けた。
当然フォンテーヌ廷のメディア界に名をはせる天才記者シャルロットも、早々にその仲間入りを果たした。報道の分野で類いまれなる才能を発揮したシャルロットは、数度に渡る連続受賞を成し遂げたのだ。
評論家たちは彼女の記事を手放しで褒めたたえた。曰く、彼女の記事は「他の追随を許さない筆致」、「新鮮この上なき視点」、「疑問の余地なし」、「唯一無二」…
だがシャルロットに幾度も賞が与えられたのは、『スチームバード新聞』と「ラヴェール賞」選考委員会が結託していたからだと非難する者もいた。シャルロットは世間知らずのただの若手記者であり、彼らが名誉や利益のために推挙した操り人形に過ぎない…でなければ、なぜシャルロットが選考委員とあれほど親しいのだと。
だが部外者がどれだけ中傷しようと、シャルロットの才能は疑うべくもなかった。次期「ラヴェール賞」の選考が近づく頃には、彼女は同僚たちから次の受賞を確実視されていた。
彼女は犯罪集団のアジトに単身潜入し、悪徳業者の工場の極秘取材までこなした…幾多の障害や困難を乗り越え、片時も休まず無数の記事を書き上げた。真実を読者に届けたいというその一念で…記者としての素養、筆力、報道姿勢という点から見ても、シャルロットが選考委員の本命視する記者であることに疑いの余地はなかった。
人々は——特に投機家たち——シャルロットがどの記事を選考委員会に提出するか推理した。
その記事が「ラヴェール賞」獲得の足がかりになるはずだ、その記事の掲載紙はきっとプレミア感が増して…金銭的な価値が上がるはずだ、と。
だが誰も予想しなかったことが起きた。シャルロットは、提出するのはすでに掲載済みのどの記事でもなく、完成したばかりの最新記事だと宣言した。そこで史上まれに見る「真実」を明らかにするというのだ。
親愛なる読者の皆さん、どうか明日の『スチームバード新聞』の一面をお楽しみに!


キャラクターストーリー5
「威信はどこに?『ラヴェール賞』選考に不正の疑い」
——それが授賞式当日の『スチームバード新聞』の一面だった。
その中でシャルロットは過去十年間に選考委員会常任委員と組織や個人との間で発生した金銭の授受、不公平な選考基準について詳細に指摘し、被害に遭った記者や報道の内容を具体的に列挙した。
報道が出ると、フォンテーヌ廷は騒然となった。記者が大挙して「ラヴェール賞」選考委員会の所在地に押しかけた。もちろんシャルロットもその中にいた。
写真機のシャッターが山海の鳴動のごとく鳴り響く中、彼女は事前に用意しておいた分厚い質問リストを広げ、呆然とする選考委員たちにそれを掲げて一つひとつ質問した。顔を真っ赤にした選考委員たちはしどろもどろに釈明したが、その説明は穴だらけだった。うろたえた彼らは質問の仕方がルール違反だと言い捨てると、記者たちの前からそそくさと姿を消した。
だがシャルロットの「報道」はまだ始まったばかりだった。
彼女は『スチームバード新聞』に「ラヴェール賞」関連の記事を続けざまに発表した。その矛先は選考委員会と結託する社内の人々にも向けられ、彼らがいかなる手段で利害関係にある記者を推薦したか、その記者からどんな見返りを受け取ったかを詳細に記した…
その記事はフォンテーヌ報道界に大騒動を巻き起こした。激しい糾弾の声を受け、執律庭は「ラヴェール賞」の徹底調査に乗り出した。選考作業を止め、疑惑の受賞者に対する本格的な聞き取り調査を始めたのだ。
シャルロットはその頃、新聞社に仮住まいしていた。彼女との「対話」を望む人々は、ユーフラシア女史によって固く断られた。終いには執律庭が社の入口に警備要員を派遣するほどだった。
シャルロットは誰も触れたがらない巨石を動かし、そこを隠れ蓑にする虫けらどもに強烈な「真相」を突きつけた。
執律庭の調査は三ヶ月で終わった。不正を働いた選考委員、不当な手段で賞を得ようとした記者、私腹を肥やした編集者…卑劣な者たちみな、当然の報いを受けた。
選考委員会も各方面の監督の下、組織を一新した。再編が終わった後、彼らが真っ先に手掛けたのは、威信の失墜した「ラヴェール賞」のトロフィーをシャルロットに贈ることだった。
だが、それはもはやただの鉄屑同然だった。
彼女にとっての真の栄誉は、あの一本の記事——とその後の多数の記事——が「真相」を白日の下にさらしたことである。


「ヴェリテくん」
父親から贈られた写真機は、今も彼女と共にある。
彼女が『スチームバード新聞』の専属記者に本採用された後も、父はその厄介な仕事を嫌ってはいたが、結局は娘の意思を尊重した。
彼は装置と写真機の改造に詳しい友人に、小さな写真機の大幅な改良を依頼した。
たとえばもっと素早くカバーを取り外せたら、シャルロットは片手で簡単にフィルムを取り換えられる。また写真機の筐体が防水防火、耐爆耐衝撃なら、激しい衝撃を受けて外部構造が全壊しても筐体内部の写真には傷一つつかない…
最初は「その必要はないだろう…」と苦笑していた友人も、父親の粘りに負けて写真機に高性能の拡声器を取り付けた。起動するだけで、大きな警告音が鳴る仕組みだ。さらに側面には鋭利なナイフを隠した収納部があり、ボタンを押すだけで強力なバネがナイフを超高速で弾き出す構造になっていた…
そのうえ「スローシャッター機能」、「オートフォーカス装置」も追加された…
父は思いやりと無数の装置を搭載して、写真機を娘同様に全幅の信頼に値するこの世でたった一つの…スーパー写真機に仕立てあげた。
改造が終わったその日、シャルロットは写真機に「ヴェリテ」という新たな名を授けた。
その意味は——「真実」である。


神の目
「神の目」については、シャルロット自身もいつそれを手に入れたのかはっきりと言えない。
先日、水中作業員の待遇に関する新たな記事を書くために、潜水士を大勢雇用しているドーランダー社長を取材した。そのでっぷりと太った社長は真実を話すつもりなどハナからないのか、あらゆる質問を適当に受け流し、その場しのぎの回答に終始した。彼の雇用する潜水士たちも何も語ろうとはしなかった。
長期間の潜水による肺や鼓膜の深刻な損傷、過重労働による疲労の蓄積、ズタボロの潜水服や喉を通らない食事…だがドーランダーの前では、誰もが口を閉ざした。ドーランダーは収穫ゼロのシャルロットを見て、勝ったとばかりにほくそ笑んだ。
翌日、シャルロットはコネを使って潜水服を手に入れ、密かに業務中の潜水士に近づき、労働者酷使の実態を写真に収めた。そこは巨大な海底地溝で、フォンテーヌ廷の潜水規則では作業が厳禁とされる場所だ。
それから彼女はぷつりと消息を絶った。『スチームバード新聞』の記者に分かるのは、執律庭の警察隊員たちが社に出入りしているということだけだった。ユーフラシア女史は珍しく不安な顔を見せ、毎晩遅くまで社内に待機していた。
ある記者は、古びた格好をした人が全身ずぶ濡れで社の入口にうずくまって震えているのを見たと証言した。
またある記者は先日のタラッタ海底谷大地震の際、ドーランダーという人物の雇った潜水士がそこで引き揚げ作業をしていて、危うく誰かをケガさせるところだったと語った。
さらにある記者は、ドーランダーという人物が写真機の捜索に密かに懸賞金をかけていると話した。そこに彼にとって極めて重要な写真が収められているというのだ。
だがいずれにせよ、シャルロットはまだ姿を見せなかった。
しかし、記者がやられっぱなしでいるはずがない。『スチームバード新聞』の記者たちは秘密裏に行動を開始した。ある者は人脈を駆使してドーランダーの商売を探り、またある者は人知れず潜水士たちを尾行し、さらにある者は自らのペンで遠回しにドーランダーを非難した…
『スチームバード新聞』の目覚ましい働きにより、ドーランダーの労働者酷使の実態を報じる記事が完成した。
だが、その記事には証拠写真がなかった。記者たちが頭を悩ませていたその時…
新聞社のドアが突然バタンと開き、ぼろきれを身にまとい、モノクルや靴を失くしたシャルロットが大股で入ってきた。彼女は胸元に抱えた「ヴェリテくん」を机に置くと、笑って言った。
「写真ならここにあります!」
彼女に何があったか尋ねる者はいなかった。全員が申し合わせたように仕事を再開し、写真を一枚一枚記事に配置した。
翌日の『スチームバード新聞』にて、「ドーランダー、水中の守銭奴」と一面で報じられる予定だ。確かな証拠を元に不適正な雇用、給与のピンハネ、従業員の健康被害といった劣悪な雇用実態を指摘している。その記事には「スチームバード新聞記者」という署名が入っていた。
新聞発行の前夜、シャルロットはいつも通り、印刷所で最終校正をしていた。
最後の文字を確認し終え、原稿を閉じた時、彼女の手元にはアイスブルーの「神の目」が端座していた。
シャルロットはそれをまじまじと眺め、諦めたようにつぶやいた。
「…まあ、このことは記事にしないでおこう。」

香菱

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キャラクター詳細
「はいはい、豚肉の油炒め!それと、『モラミート』、それから特製大根の揚げ団子。」
璃月には「チ虎岩」という場所があり、「チ虎岩」には「万民堂」という食堂がある。
この賑わう街で目的地にたどり着くには神経を全集中して進まなければならない。
初めてここを訪れる旅人は少しでも気を緩めるとすぐに料理の匂いに釣られてしまう。
または騒音に気を取られ、思わず店の中を見てしまう。
そう、香菱はこの「万民堂」のホールスタッフ兼シェフ、
そして今の彼女は客に出来たての料理を運んでいる。
「空いてる場所に座って!メニューにないものでも作れるからいつでも言って!」
「万民堂」で働くスタッフにとって、相手が「万民堂」の常連かどうかを判断する方法は顔を見る他にもう一つ。それは店に入った後の一言目だ。
メニューを見ずに直接注文するのは少なくとも数回は来ている。
そして「香菱は今日いるのか?」と聞いてくる客は常連客で間違いないのだ。


キャラクターストーリー1
香菱がこれまでに壊した鍋は数えきれない。炎スライムの高温で溶けてしまったものもあれば、霧氷花の急速冷却に耐えきれず、ひび割れたものもある。爆発した後、変り果てた姿になったものも。
この凄惨さを目の当たりにしたことで、香菱の父親も娘に「キッチン出入り禁止令」を出すべきか考えに考えた。
「元々そそっかしい子だからな。それにあの子は溢れんばかりの想像力で、なにか『創作料理』を思いつくとすぐに作ろうとしてしまう。だがそれは決して悪いことではない」……父親はそう自分を慰めることにした。
こうして、「万民堂」の帳簿に鍋購入という項目が増えていくのだ。


キャラクターストーリー2
「料理にはたくさんコツがあるが、一番大事なコツは、料理を愛する心だ。」
香菱が料理を勉強すると決めた時、彼女の父親は自分が心血を注いだ「レシピノート」を彼女に渡した。ノートの扉ページには、その言葉がかかれていた。
見る人によれば、古臭いと文句を言うかもしれないが、香菱はその言葉を今でも大切にしている。
この信念があるからこそ、父親は「璃菜」と「月菜」の派閥の中で、今日までやり遂げたのだと香菱は考えていたのだ。
しかしある時、二つの菜系の闘争は白熱し、たくさんの食堂が圧力をかけられた。もちろん、「万民堂」も例外ではない。
「美食に身分の区別はないはずだよ!」
松茸やカニなどの貴重な食材が独占されるのを見て、香菱は怒りを感じた。
そして彼女が行き着いた怒りを表現する方法は「万民堂」のシェフになることだった。
父の下で自分がこの状況を変えるのだ。
「どんな食材でも、絶品料理を作ってみせるんだから!」


キャラクターストーリー3
香菱の活躍は、絶雲の間のヒルチャールにとっては災難かもしれない。例えば、目覚めると戦闘用の木棒がなくなっているなど。
もちろん、荻花洲の花や草にも同じ不幸が降りかかる。
彼らの協力のおかげで「丘々木の焼き魚」、「馬尾もち米肉」などのレシピが生まれた。
先人たちが残したレシピを使うだけでは、新しい料理は作り出せない。常識を破って、自分だけのレシピを見つけないと。
やがて、香菱はようやく色も香りも味も自信作といえる「特製鳥肉の和え物」を作り出したが、試食した父親を二日も寝込ませてしまった。
「ミントの葉っぱと清心花を一緒に食べると、腹を下す可能性がある…」
こうして、香菱のノートには貴重な情報が一つ増えた。
自分もたくさん食べたけど、なんで何ともなかったんだろう。香菱は少し申し訳ない気持ちになった。
それが香菱の生まれ持った体質なのか、それとも食べすぎて耐性がついたのか、誰も知らない。


キャラクターストーリー4
いつも香菱のそばにいる「謎の生物」について、客人たちから尋ねられる度に、香菱はこの話を彼らに教える。
あの日は大雨が降っていた。突如として降り始めた雨の中、それでも「琉璃袋」を求めた香菱は歩き続けていた。だが、疲れと空腹のあまり、おぼろげな頭で洞窟に入った。
洞窟の中には祠があった。祠のそばに座った彼女は、カバンからピリ辛蒸し饅頭を二つ取り出した。
一つを勢いよく平らげた後、少し休もうと思った彼女は、もう一つの蒸し饅頭を祠の前に置いて、そのまま眠ってしまった。
目覚めた時、置いてあったピリ辛蒸し饅頭は消え、代わりに「謎の生物」がすぐそばで彼女を見つめていた。
「美味しかった?」
謎の生物は頷いた。
「まだいる?」香菱がカバンから干し肉を取り出した。
謎の生物は頷いた。
こうして、香菱に新しい友達ができた。香菱の料理を気に入ったのか、香菱がどこに行っても彼女の後ろについてくる。
香菱は自分の大好物───「グゥオパァー」でその子の名前をつけた。


キャラクターストーリー5
璃月の様々な食材を食べたことで、香菱の料理の技術は目覚ましい進歩を遂げた。彼女の作った「激辛料理」は、二十数年料理人として働いた父親も褒めずにいられなかった。
唐辛子を思い切り使った上で、フルーツやハーブで香りを付け、独特な味を実現したのだ。油と香りに重きを置く璃菜と、新鮮な魚介を使う月菜の特徴を融合した「黒背スズキの唐辛子煮込み」はこうして「万民堂」の看板メニューになった。
香菱のレシピをこっそり真似ようとした人もいたが、その味を再現することはできなかった。
「新鮮な琉璃袋を蜜で一晩漬け、次の日に粉状にして料理に入れるとより香りが立つ。」
これは何回もお腹を下し、何回も膝を岩にぶつけかすり傷を作り、そしていくつもの鍋を犠牲にして得られた――香菱だけのレシピなのである。


香菱の地図
このテイワットの地図には香菱が行った場所とこれから行く場所が書かれている。
「孤雲閣の浅海の貝類がすごくおいしい。怪獣が出没するという噂も?」
「怪獣のお肉は美味しい。今度は北斗姉さんを連れて行く。卵をかけて蒸し焼きにすると、さらに美味しくなるかな」
「モンドに龍がいる?よし!3日分の保存食が用意できたら出発だ。」
「ヴァルベリー甘い!ここにいっぱいあるね。今度かごを持ってくる。木を丸ごと持ち帰りにしようか。」
「このモンドのレストランが出す松茸のバター焼きは贅沢すぎるよ!松茸だけを売ってくれたらいいな。松茸の絶雲の唐辛子炒め、絶対美味しいよね。いっそうのこと明日、厨房を貸し切って作ってみる」
「龍はどこだろう、場所は合ってるのかな?」
……


神の目
「どんな食材でも美味しい料理にする。」
この信念を貫いた香菱は「神の目」に認可された。彼女は全身全霊でずっとこの理想を徹底している。例え作った料理が「恐怖」級と言われても、彼女は動揺せずに様々な組み合わせを何度も試す。
「ぐっ…この清心の花とトカゲの炒めはちょっとまずいかも・・・今度からトカゲは岩焼きにしよう」
「スライム炒飯は良くも悪くもない。今度はスライムとキノコ炒めにする」
「魔神大乱闘」のような味に耐えられなかった友達に、やめようと遠回しに言われても、香菱の頭は、どうすればこの「特殊食材」を美味しくする方法しか考えていない。
単純で執念深い香菱にとって、毒がない限り、「食材」は皆平等だから。
彼女の「神の目」が正にその証明――神でさえもそれを認めているのだ。

シュヴルーズ

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キャラクター詳細
法律が完備されている——というよりも、いっそ複雑なほどの——フォンテーヌ廷には、よそから来た観光客が訝しがるような法律や条例が数多くある。
例を挙げれば、クリームフルーツタルトをまだ温まっていない皿の上に直接置いてはいけない、飲み終わっていないフォンタを道の真ん中にわざと置いてはいけない、ペットの猫の爪を切り忘れてはいけない、といったものである…
このような状況では、法律に違反してしまうことは避けられない。一方、フォンテーヌ人はこれらを熟知しており、彼らは法律違反の取り締まりに来た者の身分から事態の深刻さを判断し、次に何をすべきか決めるのだという。
やってきたのがただの店員ならば、簡単な議論だけで済むはずなので、野次馬になるのも悪くない。ただし、やってきたのが制服姿の共律官ならば、周囲の人々まで煩わしい小言を浴びせられるハメになるため、急いでその場を離れるのが得策だ。そしてやってきたのが執律庭の警察隊員ならば、その問題に関わった者は苦しむことになり、違反金などの支払い義務が発生する可能性もあるため、ただちに自身が違反行為とは無関係であることをはっきりさせるべきだろう。
だが、もしもやってきたのが帽子をかぶり、銃を背負った特巡隊隊長のシュヴルーズと隊員たちであったならば…
それは、悪人が暴力行為をもって逮捕に抵抗したか、あるいは凶悪犯が人質を取ったか…とにかく、そのように悪質な事件が発生している事を意味する。そんなときに取るべき唯一の行動は、特巡隊隊員の誘導に従って速やかにその場を離れ、「強行犯処理係」の行動を邪魔しないよう、十分な空間を作ることだ。また、好奇心は心の奥にしまっておくべきである。どこかに隠れて、近くから特巡隊の公務執行を見物しようなどと思ってはいけない。たとえ取材がしたくても、事件の処理が完了するまでは待ったほうがよい。
何よりも覚えておいてほしいのは、不安や恐れを感じる必要はないということだ。
なぜなら、シュヴルーズ隊長が現れた時点で、凶悪犯が法の網から逃げおおせることなど不可能——これは、フォンテーヌ人ならば誰もが知っていることだからだ。


キャラクターストーリー1
「これ以上いたずらしたら、特巡隊に連れて行かれるぞ!」
フォンテーヌの親たちは、悪さをした子供を叱る時、よくこのような文句から始める。
そんな風に両親から「脅されて」育った子供たちも、長じると、歯磨きをサボったり、寝坊したり、窓を割ったり、ケーキを盗み食いしたりした子のために特巡隊が出動することはないと気づく。それでも彼らは、現特巡隊隊長のシュヴルーズを見ると、思わず姿勢を正し、視線をそらしてしまう。そして本能的に両手を握りしめながら、自分が捕まるようなことをしたのではないかと恐れるのだ…たとえ、罪を犯した記憶がなかったとしても。優秀な警察隊員たちが犯罪撲滅を担う尊敬すべき善良な者たちであることを知っていてもなお、彼らは身をすくめてしまう…
こうした「轟く不吉な名」については、特巡隊内部からも溜め息が漏れる。かつてある者は、こうした「不吉な名」が広まれば、特巡隊のイメージが悪くなると考え、シュヴルーズに次のように進言した——執律庭所属の厳然たる法執行機関である我が隊が過激な行動も辞さず、法的な強硬手段を取るのは、相対する罪人がいずれ劣らぬ極悪人ぞろいだからであり、特巡隊の名前を使って子供を脅すなど、もってのほか…
いっそ、『スチームバード新聞』に隊長のインタビュー記事を載せてもらうよう、依頼してみてはどうか…「特巡隊は凶悪犯罪に対処するための単なる法執行機関であり、そのすべての行動はフォンテーヌ廷の平和と安全を維持するためのものであって、正当な理由もなく市民を困らせることなどない」…そう、隊長自ら強調すべきである——
しかしシュヴルーズはこの提案を却下した。
「その名声が人心に深く刻まれ、一生忘れられないものになれば、人々は道を踏み外しかけた時に特巡隊の『不吉な名』に怯え、尻込みするだろう。」
「…そうすれば、彼らを捕まえる日が訪れずに済むだろうからな。」


キャラクターストーリー2
フォンテーヌにおける法の拘束力を担保する重要部門、「フォンテーヌ廷大執律庭」は厳粛な組織である。この組織に関わる法の執行者たちはみな、厳しい審査と教育を受けることとなる。彼らの発する一言一句が執律庭、ひいてはフォンテーヌ廷の法律を代表することになるからだ。決して間違いは許されない。
しかし、「フォンテーヌ廷特巡隊」のやり方は、他の法執行機関とはまったく異なったものだ。特巡隊は隊員に制式武器の使用を強制せず、非公式の場で制服着用を求めることもない…さらに、シュヴルーズが特巡隊を引き継いでからは、隊の全員が銃を法執行の武器の一つとしてみなすようになり、ついには警備ロボとの共同任務を拒否する者まで現れた。微動だにしないロボは銃使用の妨げとなるうえ、凶悪犯に支配権を奪われ、反撃の材料にされてしまうリスクもあるからだ。また、人材選抜においても、特巡隊は誇りを奪われた罪人の子孫を受け入れ始めた…
一刻も早い凶悪事件解決のために、執律庭はこの状況を容認し、特巡隊やシュヴルーズに対しても忍耐強く接している。だが、そんな執律庭にもどうしても許せないことがある。それはシュヴルーズが凶悪事件の処理を取り仕切るとき、重罪人を「特別顧問」として捜査に当たらせることだ。
シュヴルーズがそのやり方に固執するのは、いち早く犯人を逮捕したいという一念があるからだ。しかし同僚の中には、「犯罪者に犯罪者逮捕への協力を求めるのはフォンテーヌの法律や法の執行者全員を侮辱する行為であり、このままでは執律庭や法の尊厳が失われてしまう」と考える者もいた。
そうした疑問に対して、シュヴルーズは平生通り簡潔に答えた。
「凶悪犯を野放しにしておくことこそ、法への最大の侮辱。」
「執律庭の『尊厳』など、フォンテーヌ廷の安寧に比べれば取るに足らないものだ。」
それは彼女の父親の教えでもある。


キャラクターストーリー3
「ドナテッロ氏は誠実な法の執行者だ。」
——シュヴルーズは自身の父親を、いつもそう端的に評価する。それは、幼少期の彼女が父親に対して抱いた、たった二つの印象のうちの一つでもある。
ドナテッロは常に多忙だった。毎日朝早く出かけて、夜に疲れた様子で帰ってくると、母親とシュヴルーズにハグをして、帰宅を待ちわびていた二人に優しく謝った。帰りが特に遅くなったときには、シュヴルーズにちょっとしたスイーツを持って帰ってきてくれたものだ。しかし、残念ながらシュヴルーズはとっくに歯磨きを済ませていて、もう甘いものを食べてはいけないのだった。
母親は毎回、貴重なプレゼントが夜の間に悪くなってしまうのを気にして、小さなシュヴルーズにスイーツの生クリームを少しだけ舐めるのを許すと、それをコーヒーと一緒に父親の寝室に運んだ。
そんな時、父親は決まって写真と画鋲で埋め尽くされた壁の前で、ぼんやりしたり、歩き回ったり、タバコを吸ったり、髪をかき乱したりしていた。時には拳を振り上げることもあった。しかし、やがてそれをそっと下ろし、力なく机を叩くのだった…シュヴルーズはそれをドアの外からそっと盗み見ていた…
街中で父親の姿を見かけることがあれば、シュヴルーズは興奮して手を振った。多くの場合、彼は微笑みを返すと、すぐにまた忙しい仕事に戻っていってしまった。
「誠実で良い人。」
母や隣人、同僚、さらには近所の子供たちまでもが、父をそう評した。
しかし常日頃から父を誠実だと褒めていた同僚たちが、ある日突然シュヴルーズの家を訪ねてきた。
母親はなす術もなく、家中を歩き回る彼らを見つめるばかりであった。シュヴルーズは自分の部屋にいたが、外から聞こえてくる口論の内容からおぼろげに事情を察した。どうやら父は、それまで彼自身が捕えてきたはずの「罪人」となり、今まさに審判の時を待っているらしい…メロピデ要塞に送られる可能性も、大いにあるようだ。
「パパは…悪いことをしたの?」
彼女は近くにいた見知らぬ大人たちに尋ねた。相手は少しの間すすり泣くと、こう答えた——
「…それでも彼は誠実な法の執行者だよ。」
誠実な罪人。
それが幼いシュヴルーズが父に対して抱いた、二つ目の印象だった。


キャラクターストーリー4
たとえフォンテーヌ廷きっての小説家に頼んだとしても、子供に説明するのは難しいだろう、ということは存在する。例えば、なぜあらゆる証拠が罪をはっきりと指し示しているにもかかわらず、容疑者になかなか判決が下りないのか。なぜ罪なき法の執行者が濡れ衣を着せられた時、誰もが沈黙を貫いたのか。なぜ犯行を目撃しているはずの人々は、真相を明かそうとしないのか。そして、なぜ無実の罪を着せられた者が正義を実現するために、自身の前途や名誉を犠牲にせねばならなかったのか…ということだ。
さらに名状しがたいのが、なぜ正義を貫くために、犯罪をその拠り所にせねばならなかったのかということである。
しかし、より切実なものとしてシュヴルーズに迫ったのは、母親と共に「サーンドル河」に転居した後、暮らしが激変したことだった。
狭い家、さして美味しくはない食事、二度と連絡の取れない友人たち、日に日に疲労の色を濃くしていく母親…父親の同僚たちは、しょっちゅう私服で色々なものを届けに来てくれた。彼らは母に、皆こぞってドナテッロ氏のために陳情しているのだと話した。ドナテッロ氏が法を犯したのは明らかで、法的な減刑は望めない。それでも、せめて彼を厳しい尋問から守りたい…その一心で、警察隊や特巡隊の隊員だけでなく、彼らと顔見知りの共律官までが幾人か加わって、共に嘆願してくれているようだった。しかし、それでも母の表情が晴れることはなかった。
母の面倒を見なければならない。そう思ったシュヴルーズは、幼い子供には不似合いな責任を迷わず背負うことにした。そして「サーンドル河」のほの暗い流れの中に、自ら身を投じたのだ。
噂を聞きつけたのか、あるいは過去に誠実だったという彼女の父親の世話になったことがあったのか——「サーンドル河」では多くの住民がシュヴルーズに救いの手を差し伸べた。親切な店主は彼女に仕事を与えてくれ、隣人夫婦は体の弱い母親の面倒を見ると申し出てくれた。
子供たちは、警察隊員の子が「サーンドル河」に来たと聞いて、まるで裁判官を見つけた原告や被告のように、未解決のもめ事の処理を彼女に丸投げした。
「シュヴルーズ、絶対に正義を貫けよ!」
子供たちは声を合わせてそう叫ぶと、一斉に大笑いした。皆、本気でシュヴルーズに善悪の判断をさせたいわけではなく、子供同士の単なる遊びのつもりだった。
しかし翌日、シュヴルーズは分厚い法律の資料を抱えて子供たちの前にふたたび現れた。そして、けらけら笑う子供たちを前に、まっさらなノートの一ページ目を開き、まじめな口調でこう告げた。
「それではまず、双方の証拠を提出してください。」
こうして「サーンドル河」の一員に、小さな法の執行者が加わった。しかし地上の法の執行者と異なっていたのは、シュヴルーズが自身の下した裁決の監督や執行までを、己一人で担当していた点だ。
彼女は「サーンドル河」で様々な手段を学びつつ、「正義」を徹底的に貫く術を身につけたのだった。


キャラクターストーリー5
「…さて、シュヴルーズさん。本廷の調査によれば、あなたの父親は警察隊の規則を破り、重大事件の情報を漏えいした罪で、メロピデ要塞に送られました。」
「その後、あなたは母親と共に『サーンドル河』に転居した…父親の罪名と『サーンドル河』在住時の経歴を、本廷に対して補足説明してください」
「『サーンドル河』居住中の経歴について、次の通りご説明します…」
法を犯して牢獄行きとなった父親のドナテッロのこと、困窮してやむを得ず「サーンドル河」に転居したこと、「罪人の子」であるが故に執律庭で働けず、特巡隊で犯罪撲滅を続ける選択をしたこと…
特巡隊隊長になるための審査で、シュヴルーズは毎回同じ原稿を読み上げた。刑期を終えて特巡隊に職を得たドナテッロ氏も、原稿に誤りや見落としがないか、何度も確かめた。
職を追われてからかなりの月日が経っていたが、彼は今でも執律庭の考え方というものをよく理解していた。シュヴルーズがスムーズに特巡隊隊長に就任するためには、執律庭のお偉方に「聞こえのいい」説明を用意し、はっきりとした確信を——かつ「一定の余地」を——与えたうえで、任命について公表させるのが一番だ。
シュヴルーズはもはや子供ではないため、当然理解していた。父親が重大事件の情報を漏えいしたのは、記者たちの好奇心を利用して容疑者に関する捜査を進めたかったからだ。「サーンドル河」に移り住んでからも、執律庭の隊員たち、そしてさらには長官までもが密かに援助してくれたお陰で、実のところ、さほど生活に困ることはなかった。しかも特巡隊の長官や同僚たちは下準備をしたうえで、隊にシュヴルーズを招いて実習を受けさせてくれ、早く仕事になじめるようにしてくれた…
しかし、それを口にしたところで、シュヴルーズの特巡隊隊長就任には役立たない。
ドナテッロ氏は娘が自分の背中を追うことに、依然として不安があるようだったが、シュヴルーズはすでに彼が用意した訓練をすべて終えていた。わざと難しく設定していたテストも、彼女は全力で乗り越えた。
シュヴルーズが冬の凍てつく海を必死に泳いでいる間、ドナテッロ氏は一生分ともいえる忍耐力でその場に留まり、幼い娘を抱きしめたい衝動に耐えた。そして、シュヴルーズが震えながら自分の元へと泳ぎ着いた時、ドナテッロ氏はついに気がついた——娘は自分よりも強く、「正義」を貫くのに向いている…と。
だが、そんなことはもう、「サーンドル河」の流れに残していくのがいい。
彼ら父娘は冬の冷たい海を泳ぎ切り、今まさに前進の時を迎えているのだから。
「…父が警察隊の規則に反し、罪を犯したのは確かです。審理に誤りはありません。」
最後に罪状を陳述し、シュヴルーズは原稿を閉じた。
正義は必ずや、予定通りその座につくことだろう。


特巡隊弐型制式銃
初期型と比べて改良された特巡隊の制式銃は、人の肩周りの構造に基づいて銃床のデザインが調整されており、銃身も長くなっている。一部の特殊な弐型制式銃にはさらに、銃本体と銃身の下に多機能ガイドレールが備えられている。このレール上にはスコープ、グレネードランチャー、発煙弾発射器、ソニックブーム発生器、近接武器を含めた各種戦闘装備などが取り付け可能で、あらゆるケースの戦闘任務に対応できるのだ。
しかし、銃の改良によって隊員の戦闘力を高めると同時に、シュヴルーズは銃器使用スキルに関する審査基準をさらに厳しくし、素手での格闘といった銃とは無関係の審査項目を多く加えた。
「特巡隊の目的は凶悪犯を捕まえることだ!銃を持ち歩き、見せびらかすことではない!」
「銃が無かったら、まさかお前たちは任務遂行を拒否するつもりなのか?」
そうして、弐型制式銃のおかげで全隊の訓練量は再び大幅に増えた。
もちろん、シュヴルーズはすべての訓練プログラムを完璧にクリアしている。
鉄人然として訓練場の中央に佇む隊長を見て、隊員たちは口を揃えてこう言った。
「隊長、もう勘弁してください——」


神の目
特巡隊隊長のシュヴルーズが、「神の目」を手に入れた経緯を進んで人々に話すことはあまりない。対外的には、「特巡隊の権限は法律と正義に基づくものであり、神の目の強調は誤解を招くことにもなりかねず…また法律の威厳を保つためにも、あまり多くは語らないほうがいい」というのがその理由だとされている。
しかし、シュヴルーズ隊長のことをよく知る隊員たちは、彼女にとって「神の目」とはむしろ重荷に近いものだということを知っている。
特巡隊に入ってからというもの、彼女は生まれつきの才能と超人的な根性で一連の訓練をすべてクリアし、特巡隊の行動規範や法執行に関連する条例をすべて暗記した。そうして彼女は、その代の紛うことなき最優秀隊員となった。その「正義」を追求する姿勢も相まって、彼女は多くの隊員たちからますます尊敬された。
しかし、当時の指導役であった副隊長グリゼッティはそうではなかった。任務で出動するとき、彼は決してシュヴルーズを抜擢しなかった。隊員たちは、それを「シュヴルーズを守るための決断」であると推測した。彼は以前からシュヴルーズの父ドナテッロ氏と親交が深く、よくシュヴルーズの面倒を見ていたという。それに、シュヴルーズのほうも彼を「おじさん」と呼んでいたというではないか。あるいは、シュヴルーズを育成して、彼女をより重要な仕事に就かせる心算かとも思われた。
一方、シュヴルーズはそのようには考えていなかった。任務執行メンバーの選に漏れること六回、ついに我慢の限界が来たシュヴルーズは、グリゼッティおじさんに、なぜ自分を任務に行かせないのかと尋ねた。
「君はまだ準備ができていない。」
平生はとても話しやすいグリゼッティは、そう答えた。
「理念を見つめ直しなさい、シュヴルーズ。君の理解する正義が『目には目を、歯には歯を』に過ぎないならば、ここを出たほうがいい。ここは私刑の場ではなく正義の声を上げる場なのだから。」
その時のシュヴルーズには彼の言葉が理解できず、一体いつ自分の準備が整うのかも見当がつかなかった。それを理解するには一生かかるのかもしれない。しかし…次の瞬間にすぐ準備を整えなければならないということもある…
ある緊急の追跡作戦において、人員不足のために、グリゼッティはやむを得ずシュヴルーズを隊に参加させた。彼はシュヴルーズに何度も言い聞かせた——自分のそばから絶対に離れないこと、行動するときは必ず指揮に従うこと、その場の衝動で勝手に動かないこと…その後、隊員たちは激しい雨風の中を分かれて行動し、凶悪犯たちの行く手を阻んだ。
シュヴルーズとグリゼッティは共に低木の陰に身を潜めていたが、凶悪犯たちはいっこうに現れなかった。だが…二人が情報に誤りがあると判断してその場をそっと離れようとした、その瞬間——奇襲があり、グリゼッティは撃たれてしまった。もちろん、シュヴルーズはすぐさま直前の銃撃で光が見えた位置から相手の居場所を特定し、正確な狙撃によって凶悪犯を制圧した。しかし、「グリゼッティおじさん」は二度と起き上がらなかった。
残されたのはシュヴルーズと凶悪犯の二人だけ。風雨は、銃声を覆い隠してくれるだろう。特巡隊は…もしかすると、隊員を殺害した凶悪犯が撃ち殺された理由を、詳しく調査しないかもしれない。
さらに重要なのは、彼を殺した犯人が目の前にいるということだ。正義を貫きたいと思うのなら、今しかないのだ。彼女は銃口を上げて凶悪犯の眉間を狙い…それから銃を下ろした。
特巡隊は正義のために声を上げる存在に過ぎず、真の「正義」を下すことができるのは法廷だけなのだ。もしかすると、これこそがシュヴルーズが特巡隊の隊員となるために整えるべき「準備」だったのかもしれない。
「…私はフォンテーヌ廷の特巡隊だ。お前を逮捕する。」
シュヴルーズはそう宣告しただけであったが、凶悪犯はためらうことなく体を跳ね上げ、よろめきながら逃げ去ろうとした。銃声が響いた。凶悪犯の右足に弾が命中する。彼は大声で口汚く喚き散らしながらのたうち回り…駆けつけた他の隊員たちの前に転び出た。
法における「正義」は法廷のみが決められることだが、シュヴルーズにとっての「正義」は、彼女自身によって完遂された。
シュヴルーズは銃を完全に下ろした。その時の彼女はまだ、銃床に「神の目」が宿ったことに、まだ気づいていなかった。
それは風雨の中で青白い輝きを放ち、未だ明かされぬ正義のように、仄暗い光をたたえていた。

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キャラクター詳細
見た目は少年ではあるが、魈の実年齢はすでに2000歳を超えている。
だが、見た目で彼を見下す者はいない。彼が只者ではないと、誰もが肌で感じ取れるからである。
──危険、無口、刃のような鋭い眼差し。
世代も声望も仙人の中では上位であるが、人間の間での名声はあまり高くないようだ。
なにせ、彼は幸福や金運をもたらすような仙人ではない上に、絶雲の間で暮らす仙道の秘密を象徴する衆仙でもない。
仙力を使う魈を見た人物がいるというのなら、おそらくその人は生と死の瀬戸際に立たされ、極めて危険な状態だったのだろう。
それは決して、魈が人に危害を加えているわけではなく──魈がいつも璃月の灯りを呑み込まんとする闇と戦っているからだ。一般人がその戦闘を目撃したのなら多少の影響を受けるのは避けられないだろう。
もちろん、それは口封じを理由に殺されるような秘密ではない。


キャラクターストーリー1
魈は一体何と戦っているか?
真相を婉曲的に表現するのであれば、過去の憎しみ、実現できなかった願望、敗者の嘆きと言えるだろう。
直接的な言い方をすれば、七神制度が確立される前の「魔神戦争」の中で敗れた魔神の残滓だ。
それらはモラクスに敗れ、様々な盤石の下に鎮圧された。
しかし、魔神というのは不滅の体を持っている。その意識は消えども、力と憎しみは沈泥化し、その穢れが民の暮らしを徐々に侵すのだ。
「靖妖儺舞」――真実を知る璃月の実権者は、魈が戦ってきた幾千の夜をそう呼ぶ。
それらの戦闘には勝者がいない、終わりもない。
魈の戦いに立ち会う人もいなければ、彼に感謝する人もいないのだ。


キャラクターストーリー2
「魈」というのはこの夜叉の真名ではなく、安全のためにと、とある人が付けた偽りの名である。
かつて、若く何も知らなかった彼は魔神に弱点を突かれ、その支配下に置かれた後、あらゆる残虐な行為を強要させられてきた。
彼は数多の人を殺め、理想を踏みにじった――敗者の「夢」を無理やり飲み込むことさえあった。彼は苦しんでいた。しかし、体が思いどおりにならない彼は逃げる術がなかった。
やがて魔神戦争の戦場で、岩神モラクスが夜叉を支配する魔神と出会った。
歴史にはこの戦争の勝敗が記されている。
「岩王帝君」は夜叉を解放し、彼に「魈」という名を与えた。
「異邦の伝説で、魈というのは数多の苦難や試練を経験した鬼怪という意味だ。お前はまさにそのようである。今後、その名を使うと良い。」


キャラクターストーリー3
岩神に恩返しするため、魈は璃月を守ることにした。
邪悪な魔神に支配された長い年月の中で、かつて持っていた無邪気さと優しさは消え失せ、今の彼には殺戮の腕と殺業しか残っていない。
戦うことは、唯一彼が璃月の人々のためにできることだ。
では、彼のために人々ができることはあるのだろうか?
普通の人間なら、こういった発想にはまず至らないだろう。なぜなら彼が放つ空気に怯えて逃げてしまうからだ。
しかし…彼に感謝を伝えたい人がいるのなら、ひとついい話がある。
魈の降魔を支援する七星の部下は、表では「望舒」という名の旅館を経営している。
魈はたまにそこで杏仁豆腐を食べているのだ。彼が杏仁豆腐を食べる時に浮かべる表情を見ると、本当に好きなのだろうと分かる。
ただ魈はこの甘さにハマっているわけではない、この「食感」がかつての「夢」と似ているのだ。


キャラクターストーリー4
魈は一体何と戦っているのか?
彼は魔神の残滓が引き起こす現象と戦っていると、璃月の実権者はそう考えている。
しかし魈本人に聞くと、答えはそうでないかもしれない。
かつての魈は邪悪な魔神に使役され、嬲られていた。岩王帝君に出会い、救われ、ようやく自由を取り戻した。
魈の仙力は仙人の間でも上位であり、妖魔の退治は彼にとって難しいことではない。
ただ、魔神の執念は強力で、その残骸から生まれた不浄なるものを倒していくうちに、飛び散った穢れがどんどん魈の精神を侵していく。
それでも穢れを消すために、それらの「業障」を背負わなければならない。長年溜まり続けた業は心を焼き、骨を蝕むほど魈の肉体を苦しめた。
だが、魈は何かに憎しみを抱いてなどいない。2000年を超えた命にとって、全ては瞬く間に消えてしまうものなのである。
千年も晴れぬ憎しみはなく、千年かけて返しきれぬ恩もない。
長い命の旅で己と共にいるのは、己だけだ。
魈の戦いには意味がある。
彼はずっと、自分自身と戦っているのだ。


キャラクターストーリー5
魈は一体何と戦っているのか?
旅人はよく理解している、魈が璃月の人々を脅かす暗黒と戦い、璃月を守っている事を。
ならば、誰が魈を守ってあげるのだろうか?
かつて、一夜の戦いのうちに力を使い果たした魈は敗走寸前に陥ったことがあった。
激戦により荻花の海のほとんどが吹き飛ばされた後、魈は地に刺さる槍を抜いて帰ろうとする。
帰ると言えども、それといって帰るような場所などはなく、ただ戦場から去るだけ。
疲れ果てた魈は、その身を蝕む魔神の怨念により発作を起こす寸前であった。
奥底から無限に湧き上がる憎しみが魈を絡めとり、それに抵抗するたびに、さらに激烈な苦痛が彼に襲い掛かるのだ。やがて、魈は苦痛のあまり荻花の茂みに倒れた。
しかし、なぜか魈を苦しめる痛みが突如消える。
魈自身が邪念を抑えたのではない、謎の笛の音が彼を苦痛から解放し、救ったのだ。
澄んだ音色は、蜒々たる大地を撫で、盤岩に守られながら、そよ風に乗りここへやって来た。
夜明けの光と鳥の羽ばたきと共に、笛の音は段々とはっきりと聞こえるようになった。
笛に乗せた力は、魈の心を落ち着かせ、彼を守護し、しばしの安寧をもたらした。
助けてくれたのは誰なのか?魈は気になったが、深く追及することをやめた。何故なら、彼の心には漠然とした心当たりがあったからだ。
かつて、彼を助けた力を持った者、それは俗世に君臨した七柱の神の一人だった。そして、今回もおそらく――


『空遊餓鬼布施法』
スメール教令院の学者が璃月の民俗に関する研究を行った。研究の結果は『琉璃岩間国土紀行』というスメールと璃月で2種の版が存在する本にまとめられている。
その内、璃月版は『匣中琉璃雲間月』へと書名を変え、巫術と神秘的な内容が大量に削除されている。
『空遊餓鬼布施法』に関する内容は、スメール教令院が蔵する完全版にだけ保留されている。
本によると、「仙衆夜叉」は凄まじい仙力と威厳を持つが、「業障」を背負うゆえに多大な苦しみと恐怖を経験しており、それは幾千万年も消えぬ空遊餓鬼の苦しみである。
また本には夜叉仙人をなだめる方法――例えば食の奉納、妙音による布施などが書かれている。これらの仕来りをなすと、夜叉は喜色を浮かべ、人々の平安を守ってくれる。
仙人の貴族たる夜叉は戦いが得意で、常に戦将が如き姿で自ら戦場を駆ける。しかし、この千年近くは戦乱が多く、夜叉一族も滅亡寸前の危機に陥っている。璃月地域には未だに降魔の夜叉の巨象*が残っているが、既にその顔は無残にも破壊されている。
ちなみに、スメールの学者が書いた内容はとても難解であったため、『匣中琉璃雲間月』の人気は、『テイワット観光ガイド』とエル・マスクの書いた各国の風土記ガイドには全く及ばなかった。


神の目
仙人の全称は「三眼五顕仙人」である。
「三眼」とは、生まれつきある両目とは別の「神の目」のことを指す。
仙人が神の目を授かることは、人間がそれを授かる時と同じ感覚なのだろうか?
その時のことについて、魈は既に忘れている。人間にとっては一生忘れられない特別な瞬間かもしれないが、魈にとっては無尽の戦いの前奏に過ぎないのだ。
魈が本当に忘れられないのは、別の瞬間だった。
世の祭りには喜ばしい物が多いが、その背景にある物語を覚えている者はほとんどいない。
祭りの大半は、人を喰らう怪物が仙人によって退治された日だ。人々は仙人を模倣し、英雄を記念して妖魔を払う儀式を行う、それが徐々に祝祭へと発展したのだ。
モラクスに鎮圧された璃月各地の魔神は、時に異様な怒りと憎しみを爆発させる。その中でも、海灯祭の夜は常軌を逸していた。
命令を受けた魈は「靖妖儺舞」を行い、海灯祭の夜に魑魅魍魎と殺し合う。魈が海灯祭を嫌っているのは、それが原因なのだろう。
だが、魈は決して戦いを恐れない。何故なら、彼の努力によって、璃月は平和を保つことが出来ているから。人々は海灯を町中に掛け、祝福の光は夜空と海を明るく映した。
この瞬間、魈の心の中にも特別な感情が湧き上がる。
寂しさ?安心?それとも、未来への恐怖?
少年の姿をした仙人は自分に問い掛けたが、答えは見つからなかった。

鍾離

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キャラクター詳細
璃月の伝統において、「仙人を送る」ことは「仙人を迎える」ことと同じくらい重要な意味合いを持つ。
その璃月で、最も「送別」が得意なのは七十七代続く胡家の「往生堂」である。しかし「往生堂」の堂主、胡桃は、主に凡人を送ることを得意としていた。
仙人を送る儀式は、鍾離に託すことが多い。
仙人は璃月と共に長い年月を過ごしていたため、3000年にも及ぶ歳月の中、天に召した仙人は極めて少ない。そのため、伝統に関するしきたりは、紙に書くことでしか伝えることができない。あまりに間隔が空き過ぎているのだ。幼い頃に1回見て、死ぬ前にもう一度見れるようなものではない。
だが、最もしきたりに厳しく、古い伝統に夢中な学者たちでも、「往生堂」の送仙の儀式の失敗を見付けることはできない。
儀式の服装、儀式を行う時間、場所、道具、その日の天気、儀式の長さ、参加者の人数、職業、年齢などなど、全てが規則に則っているからだ。
人々が「博学多識」などと鍾離を褒めると、いつも彼は苦笑を浮かべこう返す、「ただ…記憶力がいいだけだ」と。


キャラクターストーリー1
璃月では、細部を必要以上に気にして、特定の物事に譲れない判別基準がある人を形容する時「こだわり」という言葉が使われる。
誰もが自分なりのこだわりを持っている。辛いものを食べない、魚を食べない、豆腐は甘い物でなければいけないなど…
鍾離もこだわりを持つ人である。
たとえば、芝居を観る時は一番人気な役者のものを観る、鳥は最も高いガビチョウを買う、「明月の玉子」を食べる時は、台所に行って料理人に卵液に入れる貝柱と魚肉の比率を、自ら指導するなどだ。
鍾離は服飾、珠玉、瓷器、食、茶、香料、花や鳥など全てに精通しており、貿易や政治、七国の話題でも問題なく語れる。
しかし普段の彼は、使い道のわからない知識しか披露しない。なぜなら、彼は面白いことを共有したいからだ。


キャラクターストーリー2
買い物に値切りは必要不可欠である。
これは璃月の常識である。店主が商品をどう紹介しても、まずは値切りから始まるのだ。そして半額から切ることが多い。
しかし、鍾離が支払う(というより支払ってもらう)時はいつも値段を見ない。彼は気に入った物を、いつも店主の言い値で買っている。店主より高い値を言い出すこともある。
しかし、なぜか鍾離はいつも財布を忘れる。
少額のものなら友人に支払ってもらうが、高額のものなら、彼は何らかの理由で経費で落とすようにしている。
口ではお世辞を言い、内心喜んでいる商人たちには、鍾離にはある変わった特徴があるように見えた。彼は金の本当の価値や意味を分かっており、人間の苦についても理解しているが、自分にも「貧乏」が訪れる可能性があるということを、理解していないようだ。
言い方を変えると、彼は金を持っていない自分自身を想像できないようだ。
こんな人が、なぜ今日まで生きてこられたのか、不思議である。


キャラクターストーリー3
鍾離が餓死することはない。
富の損益は、鍾離が心配することではない。七国と世界こそが、彼が力を入れる領域である。
なぜなら、彼自身が富そのものだからだ。
璃月を統御する「岩王帝君」、七神の中の岩の神、モラクス。テイワット大陸の共通貨幣「モラ」の名はここから取られた。
夜が訪れ、賑やかな璃月港が眠りについた時、時折彼は岩山に立ち、自分の手で作ったこの都市を眺める。
璃月の人々にとって、「岩王帝君」は様々な偉業を成し遂げた存在だ。
神力を用いて璃月港に法律を作った時、彼は「契約の神」になった。
最初の1枚の「モラ」を作り、商業を礎に璃月港を大きく発展させた彼を、商人たちは「商業の神」として崇めるようになった。
無数の年月を経て、七神の最年長である彼を、歴史学者たちは「歴史の神」と呼ぶようになった。
数千年前、璃月港の先民たちが荒れ地を開拓した時、石で火を起こし、岩でかまどを作った時から、岩の神は「炉火の神」となった。
外国人は彼を「モラクス」と呼ぶが、璃月の人々は彼を「岩王帝君」と呼ぶ。
そして、芝居好きや子供たちにとって、数々の偉業の中でも、やっぱり魔神軍を一掃し、璃月を作り守る「武神」の彼が、一番人気がある。
「岩王帝君」が道に迷った時に出会ったグルメ、「岩王帝君」が書いた扁額、「岩王帝君」がエキストラとして出演した演劇…璃月のたくさんの文化や歴史を細かく分析すると、どんな時代もこの神が深く関わっていた。そして、璃月の人々はこの神と共にある歴史を誇りとしている。


キャラクターストーリー4
璃月港の創健者として、この商業の城でモラクスが最も重視しているのは「契約」である。
単純な「金での売買」から、商人たちが結ぶ契約、璃月港創建時にモラクスが自ら制定した律法まで、「契約」はこの都市のあらゆるところに存在する。
商人たちにとっても、引渡しの時間、金額、場所などを定める「契約」は、最も重要な規準である。
良好で厳格な秩序だけが、商業活動を盛り上げられる。そして商業は璃月港の支えとなる。
そのため、モラクスの神託を守るだけでなく、璃月港が常に活力を維持できるよう、法律を違反した人を「璃月七星」は簡単には許さない。
数千年の歴史の中で、歴代の「璃月七星」は法律の解釈に力を注ぎ、様々な「補充条項」で法律をより完全なものにしてきた。気付かれていない法の抜け穴は、商人たちに「禁止されていないから」と黙認され、気付いた「璃月七星」によって、新たな補充条項が追加されるまで、大儲けの道具にされた。
こうしたやり取りの中で、璃月港の法律の解釈本である「補充条項」は、すでに279ページにも及んだ。
この本の改訂を担当する当代の「天権」――凝光は人々からこっそりと「璃月の裁縫師」と呼ばれている。
しかし、凡人たちの法律がいくら複雑に解釈されても、「岩王帝君」本人にとって、大事な法律はただ一つだけだ。
「契約を違えた者は厳罰されるべし」


キャラクターストーリー5
七神で最も古い一柱として、「岩王帝君」はすでに長すぎる時間を過ごした。
「岩王帝君」は今でも、魔神戦争が終わったばかりのことを覚えている。最後の七人の魔神は、それぞれ「神」の座に登り、「魔神戦争」の時代を終わらせた。彼らの性格はそれぞれ異なり、互いとの距離も離れているが、どれも「人類を導く」という責任を背負っている。
時代が変わり、七神の世代交代も少なくなかった。今となっては、最初の七神の中で残っているのは二名だけだ。
「岩王帝君」とあの自由で快活な風神。七神の中で二番目に古いのが自由で快活な風神、バルバトスだ。
2000年前、バルバトスが初めて璃月を訪れた時、「岩王帝君」は最初、この同僚は困っている、自分の助けが必要なのだと思った。
そのため、バルバトスが風から降りる前、岩の神はすでに出迎えの用意を済ませて、彼が口を開けば力を貸せるようにした。
しかし、風の神は彼に酒を渡した。
「これはモンドの酒だけど、君も飲んでみる?」
――酒を渡すために己の責務を放棄することは、岩の神には理解できないことだ。
しかしその後、風神は何度も訪れ、璃月港を巡り歩きながら、様々な質問を彼にぶつけた。この風神の好奇心は彼の手にある酒と同じで、終わりがないのだ。
その時から、あの時代の七神はよく璃月で集まるようになった。
今でも「岩王帝君」は、あの時の酒の味を覚えている。
世界は変わり続け、馴染みのあるものは徐々に消えていく。七神の世代交代も続き、酒の席にいた七人は二人になった。
最初七神の「人類を導く」という責務も、新たに就任した神に重視されなくなりつつある。
3000年余りの時間は、丈夫な岩をも削る。
風も、彼のそばを訪れなくなった。
ある小雨の日、古の帝君は璃月港を歩き、商人が部下褒める*言葉をたまたま耳にした。
「君は君の責務を果たした。今はゆっくりと休むがいい」
……
賑やかな人の群れの中で「岩王帝君」はその足を止めた。
「俺の責務は…果たされたのだろうか?」
神はそう自分自身に問いかけた。


水産物
魔神戦争時、戦火がテイワットのあらゆるところに飛び火した。魔神たちの戦争に乗じて、無数の妖怪が自身の領地を拡張しようとしていた。
その中に、まだ七神になっていなかった「岩の魔神」を困らせていた魔物がいた。
これらの魔物は深海から来たもので、柔らかい皮と鱗、俊敏な手足を持ち、体の一部を切り落とされても生き延びることができる。さらにネバネバした液体を噴射することもできる…
以上の特性だけでも十分に気持ち悪いが、恐ろしいのはこれだけではない。
一番恐ろしいことは、ヤツらがとても小さく、しかも何処にでも存在することだ。
テーブルや椅子、ドアや窓、カーテンや服、さらに茶碗の中、書籍や筆立てからもヤツらの存在を発見できる。
手を伸ばすと、冷たくてネバネバとしたものに触れてしまう。そして、これらの魔物は手を登り、きらきらと光る痕跡を残す…
璃月の先民の願いに応え、モラクスはこの魔物の消滅を引き受けた。だが、人間社会に寄生する魔物を相手に、モラクスは過去のように戦場で無数の石槍を投げたり、大地もろとも砕け散らすようなマネはできない…
しかし、彼は後世に「契約の神」と呼ばれるモラクスだ。彼が約束した願いは必ず叶う。
責任感を感じた彼は、岩の檻を自由自在に操り、これらの魔物を無数の部屋から引きずり出した…
長い殲滅作戦が終わった時、モラクスは初めて「肩の荷が下りる」という言葉の意味を理解した。
面倒すぎた殲滅と水生魔物の異臭を放つ粘液は、彼の中に強い印象を残した。
人間の姿の化身である鍾離は、港都市に住んでいるが、うごめく水産物からは距離を置くようにしている。
だが、見た目から原材料が判断できない海鮮豆腐はまだ食べられるのだ。


神の心
「ファデュイ」の「淑女」が彼の目の前に現れた。
事前に結んだ「契約」により、彼女は岩神モラクスの「神の心」を貰いに来たのだ。
旅人と二人の「ファトゥス」の目の前で、鍾離は自分と「氷の神」との契約を明らかにした。
彼曰く、これは最後の時に結んだ「全ての契約を終わらせる契約」だ。
しかし、今まで璃月港を守ってきた神の力までも失うのは、どう考えても、この取引における岩の神の代償は大きすぎた…
人間同士の契約おいても*「等価交換」が鉄則だ。
数千年に渡り、無数の「契約」を結んできた岩神が、今回のような重要な契約を結んだのは、きっと利があるからこその行動だろう。
岩の神は、自らの「神の心」を取引の天秤に掛けた。
氷の神は、一体どんなモノを天秤のもう片方に掛けて、均衡を保っているだろう。

辛炎

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キャラクター詳細
ロックはフォンテーヌから伝わってきた文化で、璃月港の人間にとっては新しい芸術の1つだ。そして、辛炎はこの芸術の先駆者と言われている。
夜になると、彼女は手作りの楽器を背負い、手作りのステージに立ち、観客に自作の曲を演奏する。
彼女の曲は彼女自身のように率直で豪快で、自信と誇りに満ちていた。
彼女の音楽センスは良いとは言えないが、彼女の熱狂的なファンは、彼女と共にステージを盛り上げ、声と体で日中のストレスと悩みを発散する。
辛炎が我を忘れる時に、彼女の神の目から放出される炎は、まるで夜空を白昼に変える程であった。
「天才ロックミュージシャンであり、場を盛り上げる名人でもある」
「蒸気鳥新聞」はかつて、辛炎をこう評価した。
璃月で生きていくのは簡単なことではない。だが、辛炎は俗世に捉われている人々に向かって告げるのだーー
ロックすれば問題ないと。


キャラクターストーリー1
辛炎の演奏は常識にはまらない。あらゆるものが彼女の楽器になる。
ステージの柱、床、観客の叫び、そして神の目の火花と爆発など、なんでも彼女のロックの一部だ。
臨時のステージは、毎回ライブの途中で燃えてしまい、熱気を纏った黒い木炭だけを残す。
千岩軍が今まで何度も注意してきたが、辛炎は無視し続けたため、見回りを強化し辛炎のライブを止める方針が定まった。
頭脳と体力の勝負、勝者はいつも辛炎だ――彼女はいつもライブに最適な場所を見つけ、神速でステージを作り、観客と一緒に盛り上がる。
信憑性の高い噂によると、多くの千岩軍のメンバーが辛炎のライブを止めようとしているうちに、彼女の「ロックの魂」に惹かれて、結局彼女の熱狂的なファンになったという。
そのため、辛炎はいつも事前にこれらの「ロックフレンド」から千岩軍の見回り計画の情報を手に入れ、無事に見回りの目から逃れることができているわけだ。
そうこうして、始終なんの成果もなく、ライブで怪我人が出ることも聞かないため、千岩軍は辛炎の行為を黙認するようになった。


キャラクターストーリー2
辛炎は大きな体と、黒い肌と、鋭い目つきをもっている。ロックの心境を保つため、彼女はいつもステージに立つときは、奇抜すぎるファッションをしている。
普段、街を歩いている時、他人から見れば、辛炎はいつも怖そうな顔をしていて、まるで乱暴なチンピラのように見えた。
彼女が列を並んでいると、前の人は必ず慌てて避け、順番を譲ってくれる。
誤って子供と目が合ってしまったら、子供はすぐに親の後ろに隠れて大声で泣き始める。
辛炎が何もしていなくとも、強面の彼女は、いつも濡れ衣を着せられる。
辛炎は特に他人の目を気にしていないが、他人を驚かせたり、迷惑を掛けたりすることはよくないと彼女は思っている。そのため、彼女はいつも現状を変えようとしていた。
毎日起床すると、彼女は鏡を見ながら、眉間のシワと目つきを和らげるマッサージをしている。
それに、鏡に向かって笑顔の練習や上品な表情と喋り方の練習もしている。
練習を重ねた彼女はある日、いじめの現場に出くわし、迷わず助けた。
そして、自分が一番優しいと思った笑顔を浮かべながら、子供の頭を優しく撫でた。
その子は確かに一瞬で静かになった――
正確に言うと、その子は魂が抜けるほど驚き、ズボンまで濡らしてしまった。
いじめっ子たちも、蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出した。
「あの怖いババア、人食いの鬼になったんだ!早く逃げろ!!」
「おい、誰がババアだー!鬼ってなんだー!」
怒りの咆哮により、練習は全て台無しとなった。


キャラクターストーリー3
辛炎が全ての物事を判断する基準は二つある。「ロック」か「ロックじゃない」か。
それが正義や勇気に溢れているなら「ロック」。騙しや盗み、背を背けることは「ロックじゃない」。
ロックの精神の中には反発や反抗が含まれているが、もしそれが道徳に反することであれば、それも「ロックじゃない」方に分類される。
具体的な判断基準は、彼女に委ねられている。その時の結果でも変わるし、彼女の気持ちで変わる事もある。だが、この二つの基準は明確なものに変わりはない。
凶悪な外見のせいで、辛炎には友人がほぼいなかった。「万民堂」の香菱は、彼女が意気投合できる数少ない人物の一人だ。
辛炎が「万民堂」を訪れるには、特別な理由があった。そこに行けば、作曲のインスピレーションを得られるからだ。
香菱が新しい料理を開発する度、他人と違って辛炎は積極的に試食した。
味わった事のない酸味甘味苦味辛味、それらが舌の上で爆発する時、彼女の脳内ではインスピレーションが迸る。
「香菱、あんたまたロックな料理を作ったな!」
辛炎にとって、これは最高の評価だった。だが、それを聞いた香菱は、どこか不機嫌そうな様子であった。


キャラクターストーリー4
永遠に変わらないロックのテーマは、反抗である。
辛炎が抗いたかったのは実在するなにかではなく、「先入観」という名の手枷だった。
辛炎は貧しい農家に生まれた。両親は彼女に高い期待を託し、いつも一番いいものを彼女のために残していた。彼女が雀から輝く鳳凰になるのが、両親の夢だった。
――当然、この「鳳凰」とは、人々が考える一般的な鳳凰の姿を意味していた。
だがそんな思いに反して、辛炎は普通の女の子よりも大きく成長し、外見もお世辞にも「可愛い」という言葉では、形容できなかった。
女の子が一通り身につけなければならない料理、家事、縫物、どれを取っても上手くできなかった。
「先入観」に幼少期を支配されていたからこそ、辛炎は「先入観」の本当の恐ろしさをよく知っていた。
ロック歌手になっても、彼女は、幼い頃できなかったことを諦めなかった。
負けず嫌いだったのもあるが、それよりも、才能がなかったと諦めることも、彼女にとっては「先入観」の一つだったからだ。
少し前、ファンの一人である雲菫が、辛炎に招待され彼女の家を訪れた。
ドアを開けたのが辛炎でなければ、雲菫は家を間違えたのかと勘違いする所だった。
部屋は埃一つ落ちておらず、窓は磨かれ、部屋に丁寧に並べられた置物は、ほとんどが手作りのように見えた。
台所が濡れていることから、恐らく少し前まで料理をしていたのだろう。
べッドの前には、途中まで織られた虹色の布が置かれており、辛炎が演出に使う衣装の装飾によく似ていた。
まるで、たおやかな女性の部屋のようで、どこにもロックの気配を感じられなかった。
「ロック」とのイメージからあまりにもかけ離れているため、ファンには受け入れ難いのではないかと、辛炎は心配した。
だがあの後、雲菫の応援や追っかけはますます熱烈なものとなったように感じた。


キャラクターストーリー5
辛炎の目には、大人たちは「先入観」を恐れるために、全力を出し切れず、いつも不安がっているように映っていた。
何のために生活しているのか、未来はどこに向かっているのかも知らないようだった。
彼女はこの考えを歌にしたが、大人たちの冷たい嘲笑をもらっただけだった。
『小娘に人生の何が分かるんだ?」
辛炎は特にそれらを気にすることはなかった。この嘲笑も、彼女の年齢に対する「先入観」からきているものに過ぎないからだ。
仮に「先入観」が簡単に覆せるようなものなら、それは反抗する価値のないものだ。
彼女は、ロックは小さい種だと信じていた。一度のステージで、きっと数人の大人の心にロックの芽が生える。
その人達が次の日目覚めた時、心に何か変化が起きているのかもしれない…ほんのわずかな変化で構わない…もしかしたら、彼らは自分達を捕えていた「難題」は、ただの茶碗に映る風景なのだと気付くのかもしれない。
もちろん、観客と「ロックフレンド」以外、誰もこれが「ロック」のおかげだと思わないだろう。
だが、人々は食後の談笑の時にきっとこう言うのだ。
「あのロックを歌っている小娘は面白いな」


辛炎の楽器
辛炎がメインで使う楽器――独特な形をした琴は、彼女の手作りだ。それは、フォンテーヌから伝わったロックの楽器を土台に、彼女自身がさらなる改造を加えたものだった。
例えば、彼女は楽器の後頭部に、三日月型の斧を付け加えた。いざという時に、すぐに戦えるようにするためだ。
更に、「神の目」の力も楽器の中に組み込み、簡単に炎を噴射し、火花を散らせるようにした。
そして、実は楽器の内部も炎を噴射できるのだ。万が一、楽器が他人の手に落ちても、悪用されないための保険として、自爆するようになっている。
…それ以外にも、数えきれない程の機能がある。
つまり、これは世界で唯一の楽器であり、奏でる音楽も世界で唯一のものだ。
――ん?この改造は、音楽とあまり関係がないと?そう思うなら、君はもう少し辛炎のロックに耳を傾け、その真意を理解した方がいい。


神の目
璃月港は辛炎にとって、しっくり来ない場所であった。「ロック」と遭遇した日、彼女は己の帰る場所を見付けたのだ。
だが、彼女が生まれ育った場所には、ロックの文化はない。ここにいる人達に自分の音楽を受け入れてもらうには、人の注目を集めるしかない。
彼女は音楽の世界に深く入り込み、人々の心を震わす方法を探した。数えきれない程の楽器を壊れるまで弾き、両手にはタコができた。だが、それでも結果は予想通りのものだった。
「うるさいぞ!」
度重なる悪評に、辛炎の頭に諦めの文字が浮かんだ。
彼女は天衡山に座り、夜の璃月港を見下ろした。炎は町の明かりを灯しているが、「ロック魂」をしてはくれない彼女は、どこか遠くのロックを理解してくれる場所に行こうと考えた事もある。しかし、これは逃げることを意味し、ロックの精神を反することを意味する。
――彼女はここに残って、本当の意味で璃月港を照らす「炎」となるのだ。
彼女は、炎を使い人々の心を震わせる試みを始めた。音楽の中に火花と爆発を織り込んだのだ。
だが、普通の人にとって、炎をコントロールするのは簡単なことではない。
練習中、彼女は数えきれなほどの火傷を手に負い、楽器を吹き飛ばした。だが、それでも彼女は毎日、天衡山の上で練習を続けた。
もしかすると、神もこの全く新しい音楽が、七国を席捲することを期待していたのだろう…
燃え滾る「神の目」は、龍の絵に眼を入れた。
辛炎は全速で山を駆け下り、璃月港で一回目のロック音楽会を開いた。
火花と爆発にのって、彼女の音楽の道は始まった。

ジン

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キャラクター詳細
西風騎士団はモンドを守る剣と盾である。
荒野の魔物を退治し、町や道路の安全を守ることだけでなく、騎士団にはモンドの秩序を守るという大事な使命がある。
モンドは自由の都ではあるが、自由を守るルールがなければ、混沌と不安が溢れることになる。
ジンはそれをわかっているからこそ、謹厳であるべきと自分を一番厳しくしてきた。
――そして彼女はいつも自分でも気付かないうちに、月初めにその月に割り当てられたコーヒーを全部飲んでしまう。


キャラクターストーリー1
グンヒルド家は古い騎士の一族である。伝承によると、最初の史詩が生まれた日から既に彼らはモンドを守ってきたそうだ。
しかし、歴史の長い血脈には必然的に重い責任が伴う。ジンは幼い頃から母親に騎士の継承者として育てられた。
騎士に相応しい身だしなみ、礼儀から、騎士の歴史、詩、騎士に必須な剣術、身体能力まで、ジンは全てマスターした。そうしなければ、グンヒルド家の家訓「モンドを守る」ことを実行できないからだ。
昔、酒場ではある冗談が広まっていた。グンヒルド家の長男長女は「ママ」よりも「モンドを守る」という言葉を先に覚えると。
『森の風・ベストコレクション』から顔を上げ、自分と同じくらいの年の子が風車を手に、笑いながら走っている姿を見て、幼いながらもジンはその言葉の意味を理解した。
そして今、たくさんの書類から顔を上げ、風車を手に笑いながら走っていくモンドの子供たちを眺める代理団長は、あの時間に対して少しの後悔も感じていない。
「これは正しいことだ。どんなにつらくても、正しいことは全力で行うべきだ」


キャラクターストーリー2
「ジン団長はとても頼もしい」
「なにかあったら、彼女に頼めば間違いない」
モンドでは、騎士も民衆も、ジンのことを頼りにしている。
助けが必要な時、理由が合理的であれば、彼女は必ず助けてくれる。
たとえ市場の口喧嘩でも、恋に関する些細な悩みでも…
たとえそれが騎士の仕事と全く関係がなくても、ジンに頼めば、彼女は必ず助けの手を差し伸べる。
「なぜ助けるのか?――困っている人を助けることが、騎士の仕事ではないか?」
彼女にとって、「代理団長」の仕事よりも騎士としての責任の方が大切なのだ。そして彼女は、困っている人を助けるには自ら動くのが一番確実だと思っている。これは彼女が配下の騎士たちに対して求めているものでもある。
図書館司書のリサはかつてジンに「たまには、レディのアフタヌーンティータイムを楽しむべきよ」と諭したことがある。
しかしジンにとっては、騎士の責任はレディであることよりも大事である。
「ジン団長はとても頼もしい」
人々は常にそう言って彼女のことを褒める。
しかし彼女にも悩みはある。それは一日の時間に限りがあるということ。たとえ睡眠を犠牲にしたとしても、全ての人を助けることはできない。
頼もしい人間であり続けるための努力は、他人には想像もできないものである。


キャラクターストーリー3
ジンが代理団長になった今、彼女の上に「大団長」がいることを忘れた人は少なくない。
もちろん、彼女はそんな事を気にしたことはない。騎士団内の地位と称号は、彼女の行動になんの影響も与えないからである。
ジンの熱意、正直さ、そして真摯な姿勢は二つの要因から来ている。
一つ目は、彼女が幼い頃に受けた教育と訓練。それらは騎士道精神を彼女の魂の奥深くに刻んだ。
二つ目は、現在席を離れている西風騎士団団長ファルカによる教育だ。あの自由で締まりのない飄々とした騎士は、ジンの成長に大きな影響を与えた。
「大団長、真面目に仕事をして下さい。モンドのあなたに対する期待と向き合って下さい」
「お嬢さん、あんたは俺の助手。俺の仕事を分担するのは当然だよ。そうすれば、この大団長ももっと大事なことをする余裕ができるだろ?」
「……」
彼は征服と伝説を創った騎士。そして彼女は平和と自由を守る騎士である。
ジンはファルカを嫌っているわけではない。ファルカのやり方にも一理あるのかもしれない。だが、ジンは大団長ができなかった正しいことをしなければならない。
半年前、ファルカは西風騎士の精鋭たちを連れて、再びモンドを離れ遠征に出た…
遠征――大団長らしい冒険である。
「騎士団は任せたぞ。ここ数年はあんたが団長の仕事をしてきたしな。」
「安心して任せてください、大団長。」
あなたが帰ってくる日、モンドは今よりも暖かく、平和で、栄えた場所になっているはずだから。
窓から団長を見送った彼女は、そう思ったのである。


キャラクターストーリー4
風立ちの地にある神木は、初代「蒲公英騎士」の終点である。
記載によると、ここは西風騎士団を作り、モンドを再建した初代蒲公英騎士・ヴァネッサが人生の最後に訪れた地だ。
彼女は風立ちの地で自分自身が守ってきた城と別れを告げ、自身の物語と一株の苗だけ残した。
この苗は千風の加護の下、太陽と月に照らされ、天に届く巨木となった。
ジンが「蒲公英騎士」の名を授かったのは彼女が15歳の時。
「蒲公英騎士」、またの名を「獅牙騎士」。それは歴代で最も優れた騎士のみが得られる栄誉である。
称号を授かる儀式が終わった後、ジンは祝いのパーティーをこっそり抜け、憧れの英雄が歩んだ道を追いかけるように、その木の前に来た。
「蒲公英騎士」の名は、ヴァネッサの戦いと慈愛を象徴するもの。自分にそんな偉大な称号を受け継ぐ資格はあるのだろうか?
モンドの再建から1000年以上が経った今、自分にはこの古くから自由と誇りに満ちた土地を守る力はあるのだろうか?
いくら外見が大人びているとは言え、彼女は騎士の成人式を済ませたばかりで、まだ心の準備ができていない少女である。
その時、遠くから一陣の風が吹き、彼女を柔らかく包み込む。そして、その胸にある不安を吹き飛ばし、乱れた心を風の中で整え、揺らぎない決心だけを胸に残していった。
「モンドを守る。」
――ヴァネッサのような、優しくも決して揺らぐことのない戦士になって、同胞のために戦い、自由のために抗う。きっとあの単純で厳しい家訓が伝えたかったのはこれなのだろう。
今でも、疲れや不安を感じた時、ジンはこの木の下に来る。風は彼女の戸惑いを消し、前進する力を与えてくれるから。
風立ちの地にある神木は、初代「獅牙騎士」の道の終点であり、
そして「蒲公英騎士」ジンの始まりでもある。


キャラクターストーリー5
団長ジンには秘密がある。
グンヒルド家は古い騎士の一族だ。ジンはこの誇り高き血筋を、自分の母であるフレデリカから引いている。
ジンの父は有名な冒険者――サイモン・ペッチ。モンドに定住してから、彼は冒険から身を引き、西風教会に参加した。やがて、彼は西風教会の総監に昇進した。通称「払暁の枢機卿」だ。
かつて愛し合った二人はそれぞれ別の道を選ぶ。幼いジンは母の手を握って、父と妹のバーバラの離れていく背中をただ見ている事しかできなかった。
やがて、バーバラも父のように西風教会の一員となり、モンドの人々に愛される牧師となった。
今までジンは、血の繋がった妹のバーバラに接近しようとしたが、バーバラはどうすればいいのか分からず、ずっと避けている。
この似通う不器用さは、正に姉妹の心が繋がっている証拠であろう。
団長ジンには、もう1つの秘密がある。
歴史の書籍を読み尽くし、「蒲公英騎士」の名を背負い、皆に信頼される代理団長ではあるが…
ジンは、恋愛小説が大好きなのである。
少女時代を訓練と激務に費やした事や、親の離婚の影響ではない。
恋愛小説の中で語られる両思いや脆そうで絶妙な関係が好きなのだ。
騎士として、モンドと西風騎士団を最優先しなければならない。
だが…
「もし、私にも…」
深夜の執務室で『少女ヴィーラの憂鬱』を再度読み終えたジン。
「時間があれば、夜明け前の誓いの岬を見に行っても大丈夫。大丈夫なはずだ…」
ジンは俯き、星の光が照らす窓にもたれ掛り密かに考えた。


ジン団長のスケジュール・Ver.17
ここに分刻みのスケジュール表がある。
「朝、アンバーと一緒にランニングし、ついでにリサの朝食を買う。夜は服を手洗いし整理する」細かいことまでちゃんと記載されており、予定がぎっしりと詰まっている。
完成した項目にはマークが付けられている。外部的要因で遅れた項目は、備考欄に原因が記載されている。
体調不良で完成が遅くなった「モンド公共施設評議報告」の項目の備考欄に「夜中3時に完成、今月末の褒美である書籍購入は取り消し」と書かれていた。
このスケジュール表の書き方は、十年前の母が作ってくれた訓練表の影響を受けているのではないかと、ジンはたまに思う。


神の目
単に強さだけで言えば、ジンはすでにモンドで一二を争うレベルの剣士である。だが腐朽と暗闇を突き通す剣より、歌声と自由を護る盾になりたいとジンは心から思っている。
「守護」は「破壊」より難しい。
小隊隊長から副団長に昇進した時、ジンの目の前にこの壁が立ちはだかった。外部はファデュイからの外交圧力で、内部には裏切り者――元督察長の仲間。こんな状況を立て直すのは簡単なことではない
だが、ジンは一人で外部の圧力に屈する事なく騎士団を率い、アビス教団の数々の陰謀を砕き、西風騎士団のかつての栄光を取り戻した。
「神の目」を手に入れた瞬間の事を、ジンは一生忘れはしない。手のひらに吹き上がるそよ風を感じた刹那、その場は静寂に包まれ、空間からは色が消えた。ただ、グンヒルド家の古く厳しい家訓だけが、ジンの頭の中に浮かんでいた。
「モンドを守る」

申鶴

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キャラクター詳細
申鶴は妖魔退治一族の分家の生まれである。しかし様々な偶然が重なり、彼女は仙人の弟子となった。
留雲借風真君を師としているが、申鶴が持つ優れた胆力と智慧により、彼女はたちまち他の仙人の心をも掴んだ。そして、申鶴は仙人たちのもとで方術を学び、人の身でありながら仙人の方術を習得した。
申鶴が持つ気質からか、彼女の一挙手一投足には仙気が漂っているように見える。その姿は、まるで俗世を離れた仙人と言っても過言ではない。
しかし、申鶴は人目の付かない山奥に長年住んできた人間。仙人たちを除いて、彼女の周りにいたのは鳥や獣だけであった。
その結果、彼女の性格は冷たさを感じる、ますます近寄りがたいものとなっていった。


キャラクターストーリー1
璃月の仙人を訪ねようとした者たちの間で、時折語られる噂話がある。それが本物の仙人との邂逅だ。
誰かがどこかで絶望的な状況に陥った時…
ある白髪の儚げな仙人が、間一髪のところで助けてくれるという…よくあるような話だ。
その後の展開は、街角で幾度も歌われてきたようなもの。美しく、酩酊する展開ばかりである。
しかし、当の白髪の仙人がそれについて語る時、全く違う話になる。
「時折、山の中に迷惑な輩が現れる。いぶかしむような目で我を見る様は、実にうんざりする。師匠の邪魔にならないよう、いっそ方術で追い出すか…。
万が一、手加減できずに傷付けてしまった場合…それも自業自得であろう、仕様がないことだ。」


キャラクターストーリー2
自由気ままで、仙人のような生活をする人間の中でも、申鶴はもっとも俗世から離れた者であろう。
若くして山奥に住むことになった彼女は、常識が欠けており、人間関係を上手く維持することができない。
普通の人であれば一つの物事に対し、いくつかの考えを巡らせるだろう。しかし、申鶴の場合はもっとも単純で、直接的なものしか思い浮かばないのだ。
たとえば、誰かと意見が食い違った時、彼女には「交渉」という選択肢が出てこない。その代わりに「脅迫」という手段を選んでしまう。確かに手っ取り早く、効率もいい方法ではあるが…。
そんな彼女だが、俗世から離れていたがゆえに、妙なことで考えに耽ることがたまにある――
食事をするのに、なぜモラを払わねばならないのだろうか?
人々への脅迫と、賊への脅迫になんの違いがあるのだろうか?
また自分の師である留雲借風真君のことを、話術の長けた仙人だと心の底から信じていた。
その点だけ見れば、彼女はとても純粋な人物だと分かる。
子供のように混沌とした、しかし単純な認識と論理だけで世を歩いている。
かつて、理水畳山真君はこう言った。
「申鶴という娘は優れた才を持つだけでなく、一風変わった性格をしている。」
「世事に疎く、常識にも欠けている。無知蒙昧で勝手気ままだ。」
「留雲借風が彼女を弟子にした時も、容易なことではなかっただろう。」


キャラクターストーリー3
璃月の民間に伝わる逸話の中に、名も無き者が仙人に拾われ、指南を受けることで高みへ登って行く…という仙人との縁を描いた物語が数多く存在する。
しかし、申鶴が弟子入りをした背景はそうではない。むしろ、苦しみを伴うものであった。
彼女が五歳の時、母が病気で亡くなった。妻を心から愛していた父は、その痛みに耐えることができなかった。
時が経つにつれ、その痛みは怨嗟へと変わり、狂気に陥った父は旅に出る。
彼は亡くなった妻を蘇らせる方術を求め、夜も眠らずに、一年間休むことなくそのすべを探し歩いた。
彼が幼い申鶴のもとに帰ってきた時、その顔には狂喜が浮かんでいた。
父が見つけたのは、「命の引換」と呼ばれる神秘に満ちた方術。
その方術で召喚できる「仙霊」に生贄を捧げることで、亡くなった人間が蘇るという。
この時の申鶴はただ喜ぶだけで、これから起こる悲劇に気付いていなかった。無理もない、彼女は普通の子供なのだ…長い間、不在だった父がようやく帰ってきたのであれば、それも当然の反応だろう。
彼は裏山の洞窟に贈り物を用意したと言い、申鶴をそこへ連れて行った。
その後の出来事を、申鶴は今も忘れられない――
辿り着いた洞窟には、父が召喚した不気味な黒い「仙霊」がいた。その血走った眼に映るのは、生命力に満ちた申鶴の命のみ。
申鶴は目を見張った。それがどこから来て、この家から何を奪おうとしているのか全く想像ができなかった。
人は危険な状況に陥ると鈍くなるものだ。幼い申鶴も同様に、ある一つのことしか考えられなくなっていた。
彼女を飲み込もうとする魔物を前に、申鶴はただ生き延びることだけを考えた。
彼女は母の魔除けの短剣を握りしめ、震えながら意を決し、黒い「仙霊」に刃先を向けた…
数日後、とある仙人が残留する邪な気配を辿り洞窟を訪れた。そこにいたのは何日も飲み食いせず、満身創痍となった少女。
仙人は、彼女の不幸な運命を憐れんだ。ただ同時に、申鶴が恐ろしい魔物と渡り合ったことを知り、その才に可能性を見出した。仙人は彼女の傷を癒やし、方術の手ほどきをした。
そして、今の申鶴へと成長していったのである。


キャラクターストーリー4
十数年、山で修行していれば、いかに冷めた心でも波打つことがある。
無論、申鶴も例外ではない。ある夜、ふと思い立ち、彼女は一人で山を下りて故郷に帰ったことがある。
故郷や親族に心残りがあったわけではない。ただ、漠然とした感情に従っての行動であった。
かつて住んでいた家に行き、過去のことに執着する父がどのような生活をしているのか、確かめてみたいと思った。
申鶴が故郷に戻って近くの人に尋ねてみると、父は数年前に亡くなっていた。
子供の頃に住んでいた家も質に入れられた後、取り壊され、記憶の中にあった痕跡も風雨にさらされてすべて消えていた。
申鶴は人々の注目を集めていたが気にもせず、声を掛けられても一切答えなかった。
心の奥底に響く音に耳を傾けながら、彼女はただ黙って立ち尽くすのみ。
怨恨?妄念?これで我の心は晴れたのだろうか?
それらが一瞬にして浮かび上がり、そして何も残らなかった。心には、波の立たない古い井戸があるだけ。
それは完全に干上がっており、波紋も広がらない。
彼女は長い間、その場に立っていた。やがて、人々が怪訝そうに見つめる中、彼女は去った。
一歩一歩ゆっくりと、一度も振り返ることなく足を進めて。


キャラクターストーリー5
占星術のように、璃月にも運命を占う方法がある。
その占いが示す結果の中でも、人々が特に避けているのが二つの「命格」だ。
一つは孤辰の運命。家族や友人と離れ離れになり、生涯孤独となる運命である。
もう一つが劫煞の運命。数多の災難に見舞われ、常に危険が伴う運命である。
幼い申鶴を仙人が引き取った後、削月築陽真君が彼女を占ったことがあった。
結果、申鶴はその命格を二つとも背負っていた。彼女は孤独で仇なす者であり、その溢れ出る殺意は千年に一度の凶兆。
申鶴を平穏無事に成長させ、無関係な人間に害を与えないためにも、仙人たちが施したのが赤紐で彼女の魂を縛る術だ。
その術により、彼女が放つ殺意と害意は確かに縛られた。しかし、同時に人間が持つ様々な感情も封じられてしまった。
それ以来、申鶴は些細なことで動じなくなり、人が大切にするものも彼女の目には塵として映るようになった。
人間性が徐々に薄れていく彼女は、まるで欲のない美しい彫像のよう。
だが、ある異郷の旅人との出会いをきっかけに、自分の運命の奥底にある何かが緩んで行くことに彼女は気づいた。
そして、長いこと消えていた馴染みのない感情が、少しずつ彼女に現れ始める。
削月築陽真君が言うように――運命は天が定めるもの、運勢は人が描くものだ。申鶴とこの世の物語は、まだ幕を閉じてはいない…


翠鈿白玉櫛
琥牢山に着いた時、彼女は岩の上に登って雲海を眺めながら何も考えず、一日中無言でいることを望んだ。
眠くなったら服を着たまま眠り、喉が渇いたら山露を飲み、お腹が空いたら清心を摘んで食べる生活。
留雲借風真君の心は鏡のように澄んでいる。彼女のことを邪魔することなく、仙石で作られた翠鈿白玉櫛を申鶴に贈った。
そして、留雲借風真君はこう言ったという。今後、俗世との縁を切り、仙人の弟子となることを望んだ時、この玉櫛で髪を三回梳かすといい。さすれば弟子と見なされる。
すると、申鶴は躊躇うことなく、髪を三回梳いた。不思議なことに、髪を一回梳かすと、その黒髪に銀色の霜が降りた。
二回梳かすと、黒髪と白髪が半々になった。
三回梳かすと、まるで白雪に覆われたかのようになった。
……
申鶴は今でも、その櫛を仙人との縁を結んだ証として身に着けている。
長年の修行を経て、彼女は髪を三回梳かすこの儀式の意味を理解した。
それは、櫛一回で悩みを溶かし、櫛二回で喜びも悲しみも無にし、櫛三回で白髪になっても後悔しないというものであった。


神の目
これはあまり知られていない話。当時、洞窟で父に生贄として捧げられた幼い少女が、どのようにして何日も魔物と戦ったのか。
申鶴は妖魔退治の家に生まれたが、正気を失った父からは魔除けの符術を教えてはもらえなかった。
同年代の無邪気な子供と同じで、彼女は厳しい現実に直面したことがない。
しかし洞窟の暗闇の中で、親の庇護を失い、血縁者に裏切られたその絶望的な状況で申鶴は生まれ変わった。
削月築陽真君の占いが示した通り、申鶴の奥底に眠る激しい怒りと血への渇望、そして不屈の精神が、その瞬間に一気に噴き出したのだ。
それらはまるで不可視の盾であり、目で捉えることのできない剣となって、少女の細い体を包んだ。
そして彼女に力を授け、牙を飾り、目の前の下等な魔物を殺すことを許可した。彼女は誓う、この暗闇の中でもっとも凶暴で邪悪であることを証明するため、それを八つ裂きにすると。
命を賭けた戦いが連日続いた。狩人と獲物が交互に入れ替わり、互角の戦いが続く…
生死を分ける瞬間、その並外れた力を振るう少女に神々が目を向けた。
ぽとりと、輝くものが申鶴の手の中に落ちた。そうして勝利は申鶴のほうへと傾き、勝敗は決した。
澄んだ氷の光が霞光のように闇を突き破り、未来への道を示してくれた。
過去の悲惨な運命から申鶴を救い出したそれは、きっと未来でも、彼女が俗世に戻れるよう導くことだろう。

スクロース

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キャラクター詳細
スクロースは天才錬金術師アルベドのアシスタントであるが、研究の分野は大分異なる。
錬金術の本質の研究や新しい生命を作り出すことよりも、錬金術で現存の生物を改造し、世界をより豊かにすることが彼女の研究分野だ。
彼女は、若くして数々の功績を成した。特殊な薬剤を散布し、スイートフラワーの花蜜の生産高を7割増やした。
開発した特殊スプレーを使えば、採れた夕暮れの実は丸一ヶ月新鮮な状態に保つことができる。
スクロースの研究に疑問を持っていた人も彼女の成果を見れば、彼女の卓越した天賦の才を認めざるを得ない。
だが、スクロースにとっては、これらの実験の結果は成功とは言えない。ただの偶然だった。彼女の目標はもっと壮大だ。
この目標は彼女の秘密であり、彼女の小さなロマンでもある。


キャラクターストーリー1
「生物錬金」の数々の課題は、スクロースの万物に対する疑問から生まれる。
そして、その疑問は彼女の旺盛な好奇心から生まれたものだ。
スイートフラワーのような砂糖の原料に使われている何の変哲もない植物でも、スクロースの好奇心からは免れなかった。
スイートフラワーの最大の特徴は、その生まれつきの甘味だが、それ以外に使い道はないかとスクロースは思った。
そして、彼女はスイートフラワーの観察を始めた。三十種類以上の栽培方法を計画し、さらに天気や気温などの条件によって、対照群を設定した。
しかし、計画が変化に追いつくことはない。実験が始まると、疑問が減る所か、どんどん増えていった。そして、実験によって生まれた新しい現象から、更に閃きを得る。
スクロースは疑問を無視できない。でないと、罪悪感を覚えてしまうからだ。実験が進み、最終的に栽培の数量は約300種類まで増えていた。
こうして、数々の新種のスイートフラワーが開発された。花びらが元の大きさの3倍あるものや、花びらが元の5、6倍大きくなった上、風に乗り飛べるようになったもの、甘くて美味しい実がなるものなどだ。
数ヶ月に渡った実験を通し、スイートフラワーについての疑問を全て解決した。実験記録の整理を終え、彼女はほっと一息を吐いた。
心身とも疲れ果てていたが、三面の壁に貼り付けた生物実験の記録集を眺めると、やはり楽しい時間であったとスクロースは再確認した。


キャラクターストーリー2
他人からすれば、スクロースは内向的で、口数が少なく、他人に興味を示さない錬金術師だ。
だが、実のところは真逆である。スクロースは全てのものに対して、強い興味を抱いている。だが、彼女にとって錬金術と比べると、人との接し方はあまりにも複雑だ。
錬金術は、実験を積み重ねていけば、いずれ答えにたどり着く。しかし、人間関係においては「礼儀」「感情」などデータ化できない要素が多々あり、試行錯誤する機会もない。
そのため、スクロースはなるべくこういった不安要素を避け、自分に慣れた方法で好奇心を満たすようにしている。
例えば、スクロースはいつも、キャッツテールのバーテンダーで、同じ獣耳を持つディオナと自分とは、同じ遺伝子を持っているかどうかについて知りたがった。
普通の人なら、直接相手に質問するだけで答えを得られるだろう。しかし、スクロースはこのような質問は、失礼ではないかと心配してしまう――もしかしたら、彼女は自分の耳について触れられるのが好きではないのかもしれない。
そして、スクロースは自分の得意とする方法――観察で、疑問を解消することにした。
丸一ヶ月、ディオナはずっと誰かに監視されていると、なんとなく感じていた。そして、酒場の客に尾行しているのかと怒っていた。
「遺伝子の原理は似ているが、根源は違う。猫との関連性については研究する価値がある。注:骨は暫く入手できない」
この結論は最近、研究の成果としてスクロースのノートに記入された。
おまけの成果と言えば…
最近、猫の萌えポイントを理解できたスクロースは、猫耳のメガネを作った。しかし、恥ずかしいため、彼女は自分の部屋以外の場所では、つけないようにしている。


キャラクターストーリー3
スクロースは3日に1度、夕方の時間帯に社交活動に勤しむ。彼女にとって、これは貴重で盛大な活動だ。
彼女は順番通りにモンドの肉市場、冒険者協会、そして清泉町の狩人の家に行き、ある特殊な素材を集める。
「こん、にちは、す、…すみません、あの、私は…新鮮な、えっと…できれば…血がついている肉付きの骨がほしいんだけど」
最初、みんなは彼女の異常さを怪しんだ。だが、次第に彼女に慣れてきた人々は、彼女のために新鮮な骨を取っておくようになった。
今回は大収穫だ。普通の鶏骨と豚骨以外に、完全なトカゲの骨と血が滴るヒルチャールの足骨を手に入れた。
珍しい骨に目がないスクロースは、何度も冒険者協会のキャサリンにお礼を言った。
これらのレアな骨は、スクロースの好奇心を満たすと同時に、組み立てる過程で新しいインスピレーションを彼女に与えるのだ。
だが一番重要なのは、骨集めがスクロースの熱狂的な趣味であるという事だ。
ある日、スクロースは偶然、子供を叱っている母親の言葉を耳にした。
「お母さんの言うことを聞かないと、とてもとても怖いおばあちゃんが、麻袋を担いでうちにくるよ。そして、あなたの骨を抜き出して全部持って行ってしまうよ」
好奇心に駆られたスクロースは、その話が本当かどうかを検証した。結果、子供を驚かすこの怪談は、スクロースが生まれる前からすでに存在していたものだった。
真相を知ったスクロースはほっとした。
――あれから、人々はある変化に気づいた。疑われないためか、それとも恥ずかしさからか、スクロースは今まで使ってた麻袋を革袋に変えたのだ。


キャラクターストーリー4
アシスタントとして、スクロースはいつも全力でアルベドの手助けをしている。課題の内容は難しいが、いつも勉強になった。
5日も続いた実験が終わった後、アルベドは体力の限界を迎えたスクロースに、一週間の休暇を与えた。
スクロースはこれを機に、体調を整えるつもりだったが、目覚めた時に、逆に違和感を覚えた。
朝食は目玉焼きとソーセージ、そしてコーヒー1杯。特に変わったものはないし、全て研究したことのある食べ物と飲み物だ。
日光を浴びながら本を読む。これもごく普通で、研究した中で最も良い休日の過ごし方の一つである。本もすでに一度読み終わったもので、疑問に思ったところも全部調査済だ。
洗濯、掃除、家の片付け、どれも何の変哲もない事である。清潔な環境は気分を安らげてくれる、これは疑いようのない事実だろう。
――半日が過ぎたのに、疑問に思うところがなかった。
退屈、煩悶、焦り、全く落ち着かないスクロース。
何でもいいから、スクロースはとにかく研究したかったのだ。この際、ベランダに飾ってある花についてでも構わない。
しかし左側のイグサも、真ん中のスイートフラワーも、右側のセシリアの花も、どれも既に研究し尽くされていた。
結局、自暴自棄になったスクロースは無理やり眠りにつき、翌日の早朝に実験室に向かった。
「実験も問題もない日は休みじゃなくて拷問よ!」


キャラクターストーリー5
スクロースの子供時代は、多くのモンド人と同じようなものだ。仲のいい両親と気の知れた仲間――どれも平凡だが、美しいものだ。
子供時代で一番印象深い出来事は、あの「仙境」の物語だ。
テイワット大陸の一角には、誰も知らない秘境が存在する。そこには、数百メートルの高さもあるピンク色の花やあっちこっちを飛ぶ小さな妖精、そして無垢なユニコーンが生息している。
スクロースと二人の親友は、「仙境」に行けば、永遠の喜びと幸福を手に入れられると信じていた。
時が経ち、一人の仲間は冒険者である両親と遠くへ行き、二度と帰って来なかった。
もう一人の仲間は、家庭環境に大きな変化があった。父を病気で亡くした影響で性格が豹変し、スクロースへの連絡も途絶えた。いつか、また三人で会おうという約束も、虚しい言葉に変わった。
あの時、スクロースは今までに感じたことのない孤独感を覚えた。まだ一緒に「仙境」にも行っていないのに、なぜこんなことに…
二度と会うことがなくとも、かつての仲間のために何かしたい。そう思っていた時、スクロースは本の中で、錬金術の存在を知った。
「仙境」の入口すら見つけていないが、スクロースは自分が「仙境」の創造者になるのだと気づいた。
彼女は「生物錬金」に打ち込み始め、自分の強烈な好奇心と尽きない情熱を注いだ。
彼女はまだ、「仙境」と友情の秘密を誰にも告げたことはない。
「仙境」が本の物語から現実世界に出てきたとき、彼女の仲間は帰ってくるのかもしれない。


三式霧氷花改十七号拡大版
「仙境」に相応しい生き物を選ぶことについて、スクロースは厳しい基準を設けていた。それを満たした実験の成果には「成功」のラベルが張り付けられる。
当初、彼女は物語を真似て、全ての生物にロマンチックな名前をつけるつもりだった。だが、いざその時になると、思いのほかに苦戦した。
長い間、学術研究に携わっている彼女は、名付けに関してもロジックを重視する。
名前の一部に「草花」とあれば、「草の上に生える花」を意味する。「花草」なら「草の下に生える花」を意味する。「草草花」は「たくさんの草の上に生える花」のことだ。
こんな「仙境」感に欠ける名前は、スクロースが実験より数百倍も長い時間を費やし、やっと思いついたものだ。
その後、彼女は名付けを諦め、代わりに実験記録集のコードネームをそのまま名前にした。名前にしては少し長すぎるが…
「仙境」の創造者として、どんな名前を付けようが、スクロースの自由なのだ


神の目
スクロースと「神の目」巡り逢いは、何の変哲もないとある午後の出来事だ。
その時、彼女は丹念に配合した緑色の錬金溶液を大鍋に入れ、159回目の蒲公英の種を煮込む実験を始めようとしていた。
しかし、鍋が急に突沸し、一瞬で部屋が蒸気で満たされた。スクロースは中身の変化を確認しようと慌てて鍋に近付き、興奮のあまりに、鍋の縁に両手をかけてしまい火傷を負った。
残念なことに、今回も蒲公英の種は焦げた塊になっていた。しかし、その黒い塊の中央に、新たに生まれた「神の目」が静かに横たわっていた。
スクロースは少し考えると、鍋に残った溶液と「神の目」を一緒に煮込み始めた。
彼女は、蒲公英の種と「神の目」の間にどんな反応が起こるのかを知りたかった。
しかし残念なことに、三時間煮込んだ後、実験は失敗に終わった。
しかし、スクロースは大きな収穫を得た――「神の目」が提供する元素力。それは今でも、彼女の「生物錬金」の道において、重要な役割を果たしている。

セノ

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キャラクター詳細
教令院のマハマトラたちを率いる大マハマトラ・セノ、彼の教令院内における「威信」を知らぬ者はいない。
彼の責務は教令に違反する者の捕縛、禁令に抵触する研究を中止させることである。それらは院内の風紀を維持するためのものであるが…学者たちからは学術を破壊し、研究を徹底的に禁止するもの、さらには「知識を求める道を断つこと」だと思われている。院内で知識を渇望する学者たちは、その全員が彼の「威嚇」を受けていると言えるだろう…
やがて、セノの姿を見ただけで学者たちは皆、彼とは関わるまいと静かに避けるようになった。
しかし大マハマトラは、このような状況をまったく意に介さない。
もし、その大げさな「威信」が本当に学者たちを震撼させているのなら、院内の風紀を保つ者にとってこれ以上に相応しいものはないからだ。
それに友人であるレンジャー長の言葉を借りると―――
「彼らのほとんどの研究は、マハマトラが直接出向くほど重要なものじゃない」そうだ。


キャラクターストーリー1
知恵は人を啓発するが、同時に人を傲慢にもさせる。
教令院の歴史上、教令を無視して自身の「知恵」を利用し、罪を犯した学者は少なくない。
例えば、とあるアムリタ学院の学者はフライムの身体が膨張する限界を検証するため、禁止されている活性剤を使って超巨大なフライムへと成長させた。しかし、そのフライムは実験中に爆発し、研究所を丸ごと吹き飛ばしてしまったという事例がある。また、あるスパンタマッド学院の学者は、遺跡守衛の田畑を耕す能力をテストしようとしたところ、彼の改造した遺跡守衛が制御不能になり大量の農耕地を破壊し、さらには多大な人的被害を出した。他にも学術の偽造や、私利私欲のために知恵を働かせた事件などが数多とある…
このように教令を無視して他者に危害を加える学者は皆、セノが統率する「マハマトラ」たちによって捕縛され裁判の対象となった。
マハマトラたちと対峙したそういった学者たちは口を揃えて、研究費が絶たれた、教令院が不公平な扱いをしている、自分の研究が盗用された…さらにはマハマトラが自分の才能に嫉妬しているから研究の邪魔をするんだろう、と弁解や非難をする。
それらの詭弁に対して、セノは常に沈黙を保ったまま多言な罪人たちを取り押さえて裁判にかけるのだ。
教令に違反した者は、必ず口八丁に理由を主張するが、必ず同じ結末を迎えることとなる。


キャラクターストーリー2
大マハマトラのセノの名声は教令院だけに留まらない。
アビディアの森のレンジャー長いわく、大マハマトラが深夜の密林を無言で歩いているのを見たそうだ。アパーム叢林の外周部に住んでいる人は鮮明に覚えている。白い髪の少年が彼から飲み水をもらい、一人で荷物を背負って森の深くへ入っていったのを。ソベクオアシスで休息をとる冒険者は、セノに道案内をしたことがあると主張した。しかし、その行き先は魔物がはびこる地である。大赤砂海では無法な振る舞いをする傭兵や宝盗団でさえ、大マハマトラの前で問題を起こす勇気などない。法を犯した学者を匿ったことで砂漠の中に葬られた傭兵団の存在が、狂人たちの教訓となっている。
だが、セノの手に落ちた罪人たちからすると、大マハマトラに対する畏敬の念はまた別の事情が由来していた。
教令院から逃亡する際、罪人たちの大半はパニックに陥り、時には危険な状況に身を置かれて逃げられなくなる。しかし、それを捕らえに来たセノは罪人をそのまま危険な状況に置いておくのではなく、身の安全を必ず確保してから教令院に連れ戻し裁判を受けさせるのだ。
セノと共に大赤砂海を越えたことのある罪人が、審問の前に「なぜ、あのような行動を取ったのか」とセノに質問した。するとセノはこう答えたーー
「お前を裁けるのは教令のみ、俺の職務はお前を裁判にかけるため連れ戻すことだ。」
このヴァフマナ学院出身の学者は刑期を終えた後、セノと共に経験した冒険から『極悪人』という小説を書き、現在でも教令院では人気の読み物となっている。さらにこの学者はヴァフマナ学院の要請で講座を開き、彼の著書で「正義」が描写されている理由を詳しく語った。
しかし、セノによればこの本のいくつかのエピソードは「誇張されすぎている」そうだ。彼らはキングデシェレトの末裔が作った魔物に遭遇していないし、砂漠の底にある生きた迷宮に迷い込んでいない。巨大ワームのヒダで砂嵐を凌いでもいないという。
だが、少なくとも学者が本の中で記述している自身の罪に対する説明は、非常に正確で称賛に値するものであり、今後二度と繰り返さぬようにとセノは言葉を残している。


キャラクターストーリー3
教令院において、マハマトラたちの事務室の話になると学者たちはいつも顔を青ざめさせる。
マハマトラたちの「度重なる悪行」に加えて、学者たちをさらに不安にさせるのが、セノが事務室に足を踏み入れると中から背筋の凍るような乾いた笑いが必ず起こる点だ…
学者たちによれば、あれは間違いなくセノが誰を処罰するか決定し、マハマトラたちが満足している時の反応だという。
だが、実際はセノの独特なユーモアセンスのせいで笑い声が起きていることを、マハマトラたちだけが知っている。
「俺がかつて扱った案件だが、ある学者が論文を何度書いても審査に通らず、そのせいで巨大な学術的プレッシャーを背負っていた。だが、やつがとある論文を書いた時、審査委員を密かに買収してそれを通過させたんだ。しかし、その論文のデータはあまりにも杜撰で、あり得ないものだった。そのため、すぐに学術の不正改ざんが発覚して通報された。事件に関与したその学者を捕らえに行った時、やつは『一体何が間違っていたんだ』と俺に聞いてきた…」
一息の間を入れた後、セノは言葉を続けた。
「俺は『お前の論文が間違っている』と答えた。」
黙り込むマハマトラたちを見て、セノは今のジョークが通じなかったのかと少し心配になり、真剣な面持ちで説明を始めた。
「この話の面白いところはだな。その学者が言う『間違い』とは、そいつがプレッシャーに負けて審査委員を買収し論文を通した点だが、俺の言う『間違い』とはやつの論文自体が間違いだらけだったという点だ。このジョークの巧妙なところは、指示語がすり替わっているところで…」
彼の説明が終わるとマハマトラたちは顔を見合わせ、なんとも言えない苦笑いを浮かべたそうだ…
ぎこちない彼らの笑い声の中、いつもは殺伐としたマハマトラの事務室に奇妙な人間味が満ち始めていた。
この気まずい雰囲気が再び訪れないようにと、マハマトラたちはセノがジョークを言い終えた後、必ず全員で笑ってジョークの解説を始めないようにと示し合わせた。
セノの真似をしてジョークを言ったマハマトラは、他の者に食堂のチケットを没収されるなど厳しい手段をもって重い制裁が加えられる。
マハマトラたちのチームにおいて、「セノ」は一人で十分だということだ。


キャラクターストーリー4
セノは、マハマトラとは知識を求める者の敵ではないと常々思っている。
セノに教えを授けた学者ジュライセンはかつて、もし「知恵」が教令の制約を失ったら「災い」となることを彼に教えていた。
暴走した「知恵」は無知の海に浮かぶ餌となり、分別のない者たちを深淵へと引き入れる。
暴走した「知恵」は学者たちを傲慢で身勝手にし、畏敬の念を失うばかりか生命を蔑視して生死に対して妄言を吐き、世の中に取り返しのつかない傷を残す。
故に賢者たちは絶えず新たな教令を発布した。それは、教令院内の知識を求める者たちがそのような「餌」に導かれ、誤った道を進まないようにするためだ。
つまり、違反した者を逮らえて教令に従い彼らを裁くマハマトラたちは、教令院で知識を求めるすべての人々の「守護者」なのである。
しかし、学者たちが持つマハマトラのイメージは、暴力的な手段で知識を排除しようとする「破壊者」であった。
「脳みそが単純なヒト型キノコン」、「ミスター『禁止』マン」、「シュレッダー」…これらはいずれも学者たちがマハマトラに付けたあだ名だ。
だがもっとも有名なあだ名は、やはりハルヴァタット学院の学者が作った「教令駄獣!」だろう。
初めてそのあだ名を耳にした時、多くのマハマトラは怒りを覚え、学者たちがマハマトラの仕事を蔑んでいると感じた。
しかしセノは、このあだ名を逆にとても気に入っているという。
「マハマトラとは教令を背負って教令院を駆け回る『駄獣』そのものだ。」
「風紀監察権の執行中は、俺たちの誰もが自分の背負っている教令の重みを心に刻んでおかなければならない。」
そう言ったあと、大マハマトラはさらに付け加えた。
「…まあ、別の視点から言えば、責務を遂行するとき俺たちも駄獣のように他人と争わず、仕事を『妥当』に処理すべきだが。」


キャラクターストーリー5
教令院が建設されたばかりの頃、院内の学者たちは望むままに資源を使って、自身の想像力と創造力を発揮していた。
地形の改変、天候の制御、古代遺物の再構築…地上の知識だけで彼らの好奇心を満たせなくなると、一部の学者は星空や生死に干渉しようとした。
…しかし、それらの学識は当時の彼らに干渉できるようなものではなかった。
学者たちが学識のために自らを破滅に追いやらぬよう、賢者たちは六つの「根源の罪」を制定する。
彼らは、この世における万般の罪は六つの「根源の罪」によって、すべて引き起こされるものだとした。
その一、人類の進化にまつわること。
その二、生死に対して妄言を吐くこと。
その三、宇宙の向こう側を探究すること。
その四、言語の起源について追求すること。
その五、神明を畏れることなく奉らないこと。
その六、恐れを知らずに奥秘について語ること。
これら六つの罪に基づいて賢者たちは教令を制定し、続けて新旧様々な院内の規範を改定する。そして、マハマトラたちは教令に則り正義を執行した。マハマトラの監督のもと、学者たちも教令を大人しく遵守するようになった。
このように、教令院内の全員が法に従って自身の義務を果たしている。明晰な叡智と繁栄によって、教令院と学者たちは進歩を続けているのだ。
時が過ぎて状況も変わり、古びた六つの罪は人々に忘れ去られたのか、野心を抱く者たちが現れ始めた…
だが、現代の「大マハマトラ」であるセノにとって、彼がすべきことは何も変わらない。
彼はもっとも古いその「根源の六罪」に基づき、すべての違反者を公正に裁くのだ。
そう、賢者もまた然りである。


セノの「七聖召喚」カードケース
「七聖召喚」のデッキが入ったこのカードケースは、セノがもっとも気に入っている品である。
外装は高品質な革によって何重にも巻かれ、丁寧に縫合がされている。革のところの紐をしっかりと締め付ければ、ケース全体が完全に密封され、水滴ひとつ入る余地もない。さらに内部にはシルクが敷かれており、カードの角が折れるのを効果的に防いでくれる。店主によると、これらはすべて璃月から輸入したもので、霓裳花から織られた上質なシルクを使っているそうだ。しかも、このカードケースには頑丈なベルトが付いており、購入者は好きな位置にこのカードケースを簡単に固定できる。さらにケースの表面には「七聖召喚」のマークと購入者の名前が刻まれている。
セノは、自分が構築した最強のデッキをこのケースに入れていた。このデッキと共に戦う限り、自分は決して負けることがないと彼は信じている。
次にすべきことは、彼と対戦したい相手を探すことだろう。
…もしかしたら、あのレンジャー長なら少し暇をしているかもしれない。


神の目
セノが「神の目」を手に入れた方法について、教令院内では様々な説が流れている。
ある者は、「神の目」を模造する方法を研究していた学者を捕らえる命令を受けたセノが、その過程で得たと言っている。その学者は主のいない「神の目」を研究のために購入しており、それによってセノは手に入れたらしい。またある者は、セノが実はキングデシェレトの末裔であると唱えている。彼は小さい頃から大赤砂海のとある神殿に暮らしており、ある無名のヘルマヌビスの祭司に育てられたそうだ。その祭司がセノの武芸と精神を鍛え、準備が整うと彼に「神の目」を与えたという。そして、彼一人で砂漠を越えさせて教令院に向かわせた後、ヘルマヌビスの意志を遂行させていると説いている。またセノの「神の目」は、教令院の禁じられた技術と関係があると説く陰謀論もあった。でなければ、どうして砂漠の民が教令院であのような地位に就くことができるのか、と。
誰もセノに直接問いただすこともしなければ、彼自身もそんなおかしな流言に無駄な気力を費やそうと思わなかった。
実際のところ、彼が「神の目」を手に入れた経緯はとても簡単なものだ。
それは彼が「大マハマトラ」として着任する前日のこと。いつものようにマハマトラとしての仕事を終えたセノは、図書館に行き教令に関する書物を読んでいた。彼ははっきりと覚えている、その日、彼が読んでいた本は賢者たちが総括した「六つの罪」について述べたものであった。賢者たちによれば、それら罪は数々の罪悪の根源であり、現在の教令院における様々な教令の基礎は「六つの罪」から派生したものだという。彼が「恐れを知らずに奥秘について語ること」の罪を論述した章節を読んでいた時、いくつか内容の理解できないものがあった。そのため、彼は目を閉じて知恵を絞り深く考え込んだ。彼が目を開けると、「神の目」が本のページの上に横たわっていたという。
セノは「神の目」をじっくりと観察し、考えに耽った。彼はまず、既存の教令に「神の目」を授けられることを禁じた条項がないことを確認し、「神の目」に関するいくつかの学術的事例を調べ、この「神の目」が悪意を持った罠でないことを確信する。そして、自分が「大マハマトラ」となった後に直面するであろう課題と、この「神の目」が自分に与えてくれる力について熟考した…様々な判断を繰り返し、最終的にセノはこの神からの贈り物を真摯に受け取ることを決意した。
彼が考えを終えた時、窓の外には朝日が上り始めていたという。セノは「神の目」とまだ読み終えていない本を手にして図書館を去り、「大マハマトラ」の着任儀式の場所へと赴いた。
すべてが順調に進めば、彼は三十分後に教令院の新たな「大マハマトラ」となる。
彼にはまもなく神聖な裁決権が授けられ、そしてその「神の目」は神聖な権力のもと職権を円滑に行使できることを保証していた。

タ行

タルタリヤ

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キャラクター詳細
ファデュイの頂点にいる「ファトゥス」の一員ではあるが、「公子」タルタリヤは、どこかあどけなさが残る青年のような見た目だった。
まるでベルベットに包まれた白銀の刃のように、明るく自信に溢れる外見の下は、極限まで鍛えた刺客の体を隠している。
彼は最も若いファトゥスでありながら、最も危険なファトゥスの一人でもある。
しかし、「公子」はいつまでも、同僚たちとは気が合わないようだ。
純粋な戦士である彼とこの陰謀に満ちた集団は、とても噛み合っていないように見える。


キャラクターストーリー1
ファデュイ成立以来最も若い執行官として、タルタリヤは束縛を受けずに、自分のやり方を貫き通す資格がある。
このやり方は、ファデュイの中では好ましく思われておらず、他の執行官とも風格がずれていた。しかし、その自分勝手なやり方の裏には、責任に対する堅い覚悟と隙のない慎重さがある。
誇り高い故、彼は必ず約束を守る。不可能に思われる約束であっても、彼が反故することは一度もない。
単騎で巣窟内の龍を全て倒したり、危険な秘境から無事に帰ってきたり、または、一人でとある大貴族の領地を転覆させたり…
約束を果たすだけでなく、その首尾もあざやかなものだ。
ファデュイ執行官の先鋒として、「公子」タルタリヤは常に、スネージナヤの敵の弱点の周りに姿を現し、矛盾が爆発する前に攻撃を仕掛ける。


キャラクターストーリー2
スネージナヤの噂によると、タルタリヤは14歳から戦場に立っている
そして不思議なことに、彼は生まれつき武芸の達人であり、様々な殺戮の技に精通している。
そして、もっと恐ろしいのは、この「公子」が戦闘に対する激情である。難しい戦闘に興味津々で、恐ろしい敵がいると狂ったように喜ぶのだ。
「公子」が傲慢さは、数えきれないほどの戦闘による錬磨と、戦いの中で得た経験から来ている。
そんな争いを好む彼の本性が、不必要なトラブルを起さない*ように、他のファデュイ執行官たちは、いつも彼をスネージナヤから離れた土地に派遣する。
しかし、なぜかこの男はいつだって混乱の中心にいるようだ。
非凡な経歴は彼を目立たせ、他人からの称賛を得られた。
ファデュイの控えめなメンバーたちとは違い、タルタリヤはよく演劇を観に行く。時には、自らその中の一員になることもある。


キャラクターストーリー3
氷上釣りは、タルタリヤの幼い頃からの趣味の一つである。
あの頃の彼はタルタリヤでも、ファデュイの「公子」でもなく、父親の憧れの冒険英雄物語から名付けられたアヤックスという名前だった。
父親と凍った湖の水面に穴を開け、魚釣りをする。それは楽な作業ではなく、時には半日かける時もあった。
しかし、厚い氷に穴を開ける間も、魚がかかるまでの長い間も、いつだって父親は物語を語ってくれた。
それは父親の若い頃の冒険であり、タルタリヤが心の中でなりたいと誓った未来である。
そのため、彼はいつも真面目に聞き、物語の主人公に自分を重ねながら、魚が釣れるまで物語を楽しんでいた。
家を出た後のアヤックスも、その後の「公子」タルタリヤも、氷上釣りを趣味にしている。
ただ、昔のように物語を楽しむのではなく、釣りは戦士の根気を鍛錬し、戦い方を反省する修行となった。
こうして、武芸の鍛錬を目的とした長い瞑想が終わった後、魚が釣れたかどうかは、彼にとってはもはや重要ではないのだ。


キャラクターストーリー4
世間の想像とは異なり、タルタリヤの戦闘スキルは、生まれ持った才能ではない。
しかし、その肝心な体験について、タルタリヤは絶対に他人に教えようとしない。
14歳のあの年、平凡な毎日から逃げようと、少年は短剣とパンをもって家を飛び出た。
軽率な少年は雪森の中で迷い、熊や狼の群れに追われ、気付いたら底の見えない暗い隙間に落ちていた。
そこで、彼はもう一つの古い世界に無限なる可能性を見た。
そして、彼は謎の剣客と出会った。
彼がうっかり落ちたというより、暗闇の国が野心家な少年に気付いた方が正しいのかもしれない…
それは後に、ファトゥス「公子」が二度と探ることのできない暗闇だった。
3ヶ月間、少年は剣客から深淵で自由に行き来する特技を教わった。
そして何より、この3か月の間、少年の激動を好む本性の中から、闘争の力が呼び起こされた。
あの3か月の間に、いったい何があったかは誰も知らないし、アヤックスは教えようとはしない。
しかし、母親と姉妹が森で少年を見つけた時、「この世界の時間」は3日しか経っていなかった。
錆びた短剣を握りしめ、少年はこうして初めての冒険を完成した。
彼にとってそれは少年時代の終わりであり、武人への道の始まりである。


キャラクターストーリー5
故郷に戻った後、少年には少し変化があった。
臆病や躊躇いを捨て、軽薄で自信に満ちた姿になった。
まるで、彼こそがこの世界の中心であり、戦いそのものは彼のために存在するようだった。
闘争は常に変化をもたらす。予測不能の変化は、万華鏡のようにアヤックスを吸い込んだ。
父親から見れば、元々やんちゃだった三男が、さらに暴れん坊になり、平和な海屑町に数々のトラブルを引き起こした。
というよりも、彼が闘争の中心になり、彼が行くところでは必ず争いが起きる。――そして、彼自身もそれを楽しんでいる。
ついにある日、危うく死人を出しかけた喧嘩の後、父は仕方なく、愛する息子をファデュイの徴兵団に送り込んだ。
ファデュイの厳しいルールによって、息子の性格が改善されるだろうというのが父親の願いだったが、実際目にしたのは、完全武装したファデュイが一人のガキにボコボコにされ、逃げ出した光景だった。
この件で、父親は大いに失望したが、ファトゥス第5位「プルチネッラ」は、タルタリヤの存在に興味を持つようになった。
彼はアヤックスの戦闘力に驚き、その闘争の中心にいる己を楽しむ性格に、興味を持つようになった…
「プルチネッラ」は処罰という名目で、アヤックスをファデュイの傘下に入れた。下っ端として働いてもらい、「氷の女皇」のために戦うことを、命じた。
こうして、ファデュイの戦闘は、少年の限りなき征服の欲望を満たし、彼の膨れ上がった自我も、強敵に勝った快感で満たされていった…
そして、ついにアヤックスは、ファデュイの「執行官」として抜擢された。「公子」タルタリヤの名を手に入れ、スネージナヤで最も権力を持つ人間の一人になった。
しかし、タルタリヤになったことは終点ではなく、世界を征服する野望の一小節にすぎない。


タルタリヤの手紙
「愛しい妹ちゃんへ、家族のみんなは元気?オヤジの頭痛は治ったか?
オヤジとオフクロ、それと兄貴や姉貴によろしく伝えてといて。
璃月港から頭痛の特効薬を送ったんだ。これで少しはオヤジも楽になるだろう。薬は数日で届くはずだ。
もちろん、君たちへのプレゼントも用意したぞ。
手紙と璃月の凧2つ、でんでん太鼓1つ、稲妻産の磁器人形2つと色々なお菓子詰め合わせを送った。
後アントンに、璃月港の人々は石でできた人じゃなくて、俺たちと同じく人間だって教えてあげてくれ。
やつらは石は食べない。つまらないよな。
トーニャ、焦る必要はない、家でいい子にしてろよ。
俺はもうすぐ帰るよ。
前に言ってたように、璃月の7つの星を手に入れ、女皇陛下に捧げる願いが叶ったらすぐ帰る。
俺は約束は守るからな。
あなたの忠誠な騎士より」


邪眼
タルタリヤの「邪眼」は、過去の栄誉を象徴する勲章であり、現在の力の証でもある。
邪眼を授かり、ファトゥスになったあの日のことを、彼は未だにはっきりと覚えている。
冷酷かつ荘厳な神「氷の女皇」の前で、ファデュイ最初の執行官「道化」*1は、彼にこの勲章を授けた。
あれは恐るべし魔獣を討伐した褒美であり、無数の戦いを乗り越えてきた記念でもある。
だが、タルタリヤは特に喜びを感じなかった。あれは、戦士として当たり前の栄誉だったからだ。
新しい「仲間」の怪訝な顔も彼は無視した。他人の指摘や俳諧は、彼にとって無意味である。
「公子」になった少年が唯一尊敬する相手は、高台に鎮座する女皇のみである。
それは、女皇からより広い舞台と戦いの理由を授かったからだけでなく、彼女の睥睨の目付きも一因だ――
その眼付きは、冷酷で純粋で傲慢で鋭かった。
彼女は尊い神であると同時に、真の戦士でもある。
こうして邪眼を授かった「公子」は、スネージナヤで唯一無二の女皇に忠誠を誓った。

千織

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キャラクター詳細
服屋のドアを開けた――ここはフォンテーヌで最も賑やかな通りに位置する、とあるデザイナーの名を冠した店。
頭の上で澄んだベルの音が鳴り響く。まるで店に来た一人ひとりのお客さんの幸運を祈っているかのようだ。聞いた噂を信じるなら、自分には確かにここの「幸運」が必要かもしれない。
「ようこそ『千織屋』へ。必要なものは?」――出迎えてくれたのは、およそ親切とは言えない自信に満ちた挨拶。
声の主は作業台の後ろからこちらを一瞥した。異国の服、凄みのある眼差し――みんなが言った通りだ。
「オーダーメイド?それとも出来合いのものをお求めかしら?」彼女が再び口を開いた。その口調はまるで――たとえ品位の高い貴族でもここに入ればただの客でしかなく、玉座に座る彼女が、この国に足を踏み入れたものに向かって「自分が望む褒美を選ぶといい」と語りかけているかのようだ。
「オーダーメイドの礼服を作りたい…」と答えた。彼女の表情は少し柔らかくなった。どうやらこの王国では、国王の名のもとに客のスタイルに合わせて綺麗な服を仕立てるのは喜ばしいことらしい。
これは想定し得る中で最も良い状況かもしれない、と心の中で思った。なぜならここを勧めた人は皆揃って、このデザイナーの腕を褒めちぎるからだ。彼らの中には、見せびらかすためにクローゼットを開け、さらにはその中に泊まってほしいと思う人さえいた。ここの店主はあまり店にいないが、逆にいるときは機嫌がいいことを意味していると言われた。
しかし、唾を呑み込む。なぜなら運が悪いと、店主がいるときはとんでもないトラブルに遭遇すると注意されたからだ。例えば…
考えを整理するのを待たずして、ドアのベルが悲鳴を上げた。服屋のドアが何者かによって蹴り開けられたのだ。その人はふらふらと歩き、聞くに堪えない言葉を吐きながら、酒臭いニオイをまき散らす。
「か…賭けに勝ったぞ!今日は店主がいる――」何が起きたのか、はっきりとは見えなかった。その人は言いかけた言葉と共に、美しい放物線を描きながら窓から外に飛んでいった。
千織屋の店主は手をパンパンと叩いて窓を閉めると、何事もなかったかのようにこう行った。「ごめんなさい、最近、天気が悪いからか道端のゴミがよく店に入ってくるの。でも、もう片付けたから気にしないでちょうだい。」
どうやら、この王国はすべての人を無条件で歓迎してくれるわけではないようだ。


キャラクターストーリー1
「千織さん、これまでどういった経験が、今日の成功に繋がったのでしょうか?」ある記者がそう尋ねてきた。
千織は呆気に取られたが、過去の記憶を思い返しながら答えを探した。しかし、なかなか良い答えは見つからない。彼女にしてみれば、自分の過去には何も特別なところがないからだ。
千織は商人の家に生まれた。裕福とは言えないが、子供時代は特に何かに困ったことはない。それに両親は商売に専念していたため、千織に厳しく接することもなかった。その影響で千織は自由奔放な性格になったのだと、両親はよく冗談めかして言っていた。
一部の女の子が茶道や華道を学ぶ年齢になった頃、千織は他の子供たちと一緒に木に登ったり、魚を獲ったりして遊んでいた…両親が習い事をさせようとしなかったわけではない。千織を丸一日おとなしく卓に座らせておくことは、彼女(とその先生)にとって命取りとも言える行為だったのだ。
――では、いっそのこと剣術を学ばせようと、千織の両親は言った。
しばらくして、千織は二本の刀を持って指南を受けに行った。「このほうがもっとすごいでしょ」と、彼女は二本の刀を手にしながら堂々と言ってのけた。
剣術の先生はこのような――千織の父親のやんわりとした言葉を借りれば――個性的な生徒を見たことがなかった。結局、千織は怒って家に帰ってきた。
似たようなことが何度もあったが、千織の両親は彼女を厳しく責めることもなく、ただ「この子はこういう性格なんだ」としか思わなかった。
そしてある日、母親が家に帰ると、千織が一人で静かに机の前に座っていることに気づいた。目の前にある高級な生地を夢中になって見ていたのだ。あの落ち着きのない千織はどこへ行ったのだろうか。
「気に入ったの?」と母親は聞いた。千織は「触り心地がいい」と素直に答えた。「それに綺麗。これ、どうやって作ったの?」
それから、裁縫の先生が何人か来たが、いつものように千織にしびれを切らして出ていった。だが、千織はその中で服を仕立てる手法をいくつも学んだ。
それに千織が裁縫の先生の前にいるときは――他の先生たちの前にいるときと比べて、ずっとおとなしかった。


キャラクターストーリー2
稲妻が鎖国した知らせがフォンテーヌに届くと、人々は「雷電将軍」や「目狩り令」、島の降り止まない「雷雨」のことを奇妙な話の種として、アフタヌーンティー中の話題にした。
何しろ、どんなに巨大な雷であっても、遠い海を超えて彼らの頭上に落ちてくることはない。
しかし、フォンテーヌを席巻する雷はすでに稲妻を離れ、静かにこちらへ向かってきていることをフォンテーヌの人々は知らなかった――その雷の名は「千織」。
それは稲妻を出る旅の中でできた雷で、自分自身をフォンテーヌ――ファッションと芸術の都に落とすと最初から決めていた。
初めはただ、ファッション業界の多彩な空から「ゴロゴロ」と雷の音が聞こえてきただけで、誰も気に留めなかった。
「新鮮さを求めているだけだ」、数日すれば消え去るだろう」…と誰もがそう口にした。まるで、毛色が少しだけ特別な街の猫について話しているかのような口ぶりだ。
だが、「千織」という名の雷が当時のフォンテーヌ・ファッションウィークに落ちると、それがフォンテーヌ中に鳴り響くのをほとんどの人が耳にした。
ある評論家はこう言った――良い服は「見せる」だけでなく、「聞かせる」こともできると。千織にはそれができた。彼女の縫った一針一針が、物語を聞かせてくれる。波の囁き、森の息吹、砂漠の甘泉…
もちろん、ファッション業界の「古い勢力」の一部は、自分の縄張りをよそ者に占拠されることを許せず、旗を揚げてこの「侵入者」に宣戦布告をした――それはもう様々な方法で。
しかし、その者たちは結局、誰もが知る末路を辿ることとなった。敗北だけでなく、人によっては――生まれて初めて――お尻で下水溝に触れる感覚を味わったようだ。


キャラクターストーリー3
いつからか「情報屋」が千織屋のもう一つの呼び名になっていた。それについては、千織本人でさえ訳が分かっていない。どうやら自分の店で聞いた情報を友人に共有すれば、何かしらの出来事に大きな影響を与えるらしい。
後になって彼女は気づいた。千織屋が様々な情報を持っているというより、その情報達が自ら千織屋に流れ込んでくると言ったほうが正しいと。
派手な格好をした富豪や政治家たちは、まるで色鮮やかな蝶々のように、「情報」という名の花粉を艷やかな花である千織屋にばら撒く。だがそういった人たちの本当の目的は、何も情報を千織屋に流すことではない。他の蝶々に自慢するのが本来の目的である。その者たちにとって、自分が持っている情報の数は服を飾る宝石の数よりも誇らしいものなのだ。
――ねえ、知ってる?あの人にまた愛人ができたんだって。
――そういえばあの人、執律庭の方とも成約したらしいわ!
――輸送を担当している人のこと?あら、彼が輸送しているのって確か…
――しーっ!それは言っちゃマズいことでしょ!……
できることなら、千織はそんな話を耳にしたくない。彼女はそのような花粉にアレルギーを持っているようで…具体的には、服を作るのに集中できなくなってしまうのだ。そのため、新しい服をデザインするとき、彼女は店に顔を出さない。
しかし情報の使い道を知ってから、彼女は少なからず他人のために気を留めるようになった。友人の利益、もしくはフォンテーヌ廷の安全に関わることであれば、彼女は親切に相手に手紙を送ったり、直接伝えたりして注意喚起した。彼女にとって、それは裁縫と同じ理屈だ――適切なものをあるべき場所に縫い付ける。
もちろん、商売人の鉄則に則り、千織はちょっとした「見返り」をもらっている。お互いに与え合ってこそ商売でしょ――彼女がよく口にする言葉のように。


キャラクターストーリー4
千織のデザインを本格的に理解するためには、彼女が服をデザインするときの姿を見る必要がある。
初めて千織の作品を見たとき、目の前にあるものが何なのか分かる人はほぼいない。このデザイナーはまるで「規則」とは何なのかを知らないようだ――女性の服に男性の服に使う裁断方法を用いるなどありえないし、また男性の礼服に女性ものの生地を使うなどあってはならないこと。
しかし、彼女の服はある種の魅力を持っており、人々を惹きつけてやまない。「規則」への反抗と否定が合理的で、間違っているのはこちらのほうだと言われている気さえしてくる。
千織が服を作るときも同じである。生地の扱い方を見るに、まるで生まれてこの方、布を見たことがないのではないかと思ってしまう。布目の方向を無視して、思いもよらない角度から裁断したり、途中で新たな要素を追加してはそれを否定したりもする…
時には刀を抜いて、上質な生地を素早く切ることもある。その様子は服を仕立てているというより――決定権を巡って、刀を手に生地と決闘しているかのようだ。そして、最終的に勝つのはいつも彼女のほう。
千織のように服を作り、生地と会話できる者などいない。作業台は手術台となり、彼女だけが生地の完璧な姿を知っている。その裁断一つ一つが、まるで病巣を取り除いているかのよう…
ある店員が、千織の要求する型があまりにも裁断しにくいと苦情を入れた。
――「どうして?持ってる道具がナマクラだから?」
――「そういうことではなく…ただ…」
――「じゃあ、裁断できるわね。」
彼女を見ていると、服を思い通り裁断できないのがマヌケに思えてくる。そして千織屋の服を見ていると、思い通りに生きられないのがなおのことマヌケに思えてくる。
とある記者が「千織さん、服をデザインする方法を教えてください」と質問した。
――「やりたいようにやるだけよ。」


キャラクターストーリー5
夢、それは儚い言葉。千織が触れたどの薄絹よりも儚い。しかしそれを身に着けるのは、時にどんな厚絹よりも重く、息ができなくなることさえある。
彼女は夢を追うためにフォンテーヌを訪れたが、やっと追いつきそうになったところで、それはまた遠くへ行ってしまった。
次はどうすればいい?重荷を背負って前へと進むべきか、それとも現状に満足すべきか?
――いや、どちらでもない。千織は自分に言い聞かせた。
夢を見た後の余韻が好きなのだ、自分を満たすあの充実感が。だが、将来の夢で今の自分を急かすのを彼女は好まない。それはある種の枷だから。
彼女は今を生きることを選んだ。
ファッションウィークの舞台に立つために、昼も夜も服作りに没頭したこともあれば、二週間も姿をくらまし、旅の風景や星空をゆっくりと堪能して、疲れるまで帰ってこなかったこともあった。すべては彼女の気分次第である。
彼女の生き方に口を出したり、彼女に「こうすべき」だと教えたりする者はいない、たとえ彼女自身の夢であっても。もし「生き方」が道を阻むことになったら、彼女は何の迷いもなく、それを窓の外に投げ捨てるだろう。
――「絶対に屈しない」、それが「千織」ブランドだと彼女は言った。
不思議なことに、千織の「夢」は逆に恐れを感じたのか、彼女に近づいてきた。彼女が夢を追っているのではなく、夢が彼女の機嫌を取ろうと媚びる――まるで飼いならされた猛獣が主の元に戻ろうとするかのように。
――千織さん、ご自身のブランドをテイワット中に広めるとおっしゃいましたが、その目標の達成はいつ頃になりそうでしょうか?
――さあ、どうかしら。気分がよくなった頃かもね。


千織のメモ
雪羽ガンが月の倒影に向かって湖に飛び込んだとき、千織は目を覚ました。彼女はまばたきをして、あくびをした後、星星が煌めく黒いドレスのような夜空を眺めた。夢の影は彼女の頭の中に溶けていき、悲しい墨の痕を残す。
「ハサミを――」彼女は体を起こして座った。忠実な仲間が千織のそばに現れ、持っていた道具を彼女に渡す。
「それからペンもお願い」と付け加えると、「たもと」はどこからか使い古された鉛筆を取り出した。
アイデアを探すとき、誰かと一緒にいるよりも一人でいることを千織は好む。あれこれ持っていくのは好きではないため、旅に出るときは手ぶらであることが多い。
彼女にとって、ノートは何か書かなければと急かされているような、ある種の催促めいたものを感じてしまう。地図もまた彼女を制限し、そのファッション王国の領土が勝手に区分けされたかのように思えてくる。
彼女のメモは、どのデザイナーのものよりも読みにくいかもしれない。なぜならそれはメニューや葉っぱ、さらに彼女の服に描かれているからだ…
だがそのメモをもとに作られた服は、どのデザイナーの作品よりも素晴らしい。そこには彼女の目に映る景色、出会った人、そして溶けた夢…すべてが含まれている。
「できた」と彼女は目の前の新聞紙――正確には新聞紙の切れ端――を眺めながら満足そうに頷いた。今日、どうやってそれを手にしたのか彼女は覚えていない。しかし、それは重要ではない。
彼女のメモにはこうして気ままに誕生し、そして気ままに役目を終えるのだ――「千織屋」に持ち帰り、サンプルとなる布地に清書した後、それはお茶のシミがついた鯛焼きの包み紙となってゴミ箱に捨てられた。
そのメモがどれほどのものであったかは、千織の客たちが漏らす感嘆の言葉やファッション誌のトップページの記載に任せよう。


神の目
もうどうしようもない。
千織は机にうつぶせになって、眉をひそめながら自分の初めての作品を見つめた。「たもと」は言葉を発することなく、まるで寝ているよう――あるいは、そもそも目を覚ましたことがないかもしれない。千織は服を作る前に、少量の布切れを使って「たもと」に合わせてみる習慣がある。もし満足できたら、そのデザインを実際のモデルへと移すのだ。しかし、それらのデザインを先生に認められたことは一度もない。
ついさっきも、彼女はまた一人の先生に追い出された。そして、彼女は理解し始めた。先生たちが彼女のデザインを気に入らないのではなく、誰もが彼女のデザインを採用する最初の人になる勇気がないのだ。他人の偏見は、絡み合う糸よりも断ち切りにくいときがある。
「たもとはどう思う?」彼女は目の前の人形に尋ねた。「たもと」はいつも彼女のデザインに文句を言うことなく、どんな服でもおとなしく着てくれる。でも、もし「たもと」が話せたら、彼女は「好き」と言ってくれるだろうか?
先日、小倉屋から働いてみないかと誘われた。千織は小倉澪の気持ちに感謝している。一緒に裁縫を学んでいた子供たちの中で、彼女は千織のデザインをとても気に入っているようだった。
でもダメだ。千織は首を横に振り、その考えを否定した。
結局のところ、あそこは他人の店であり、他人の名前を使っている。彼女は人の家に転がり込む感覚が好きではない。
「フォンテーヌ…」と彼女はぽつりと呟いた。最近、この言葉が彼女の脳裏から離れない。まるで他人が口ずさむ、どうしても忘れられない旋律のようだ。
本によると、あそこはファッションと芸術の都。
商人の話では、あそこは娯楽が求めてられており、興味深いものであればみんなに気に入ってもらえるらしい。
千織は、フォンテーヌは遠すぎると思っていた。
辿り着くだけでも数ヶ月はかかる。しかし今、稲妻のほうがよほど遠くにあるように思えてきた。
自分のデザインはいつまで経っても人々に認められない。
「フォンテーヌ…フォンテーヌ…」彼女はまた数回繰り返した。そうすると、遥か遠い国がまた少し近くなった気がした。
「小倉屋」を真似て、彼女は「千織屋」という名を口にした。
その瞬間、心の弦が弾かれたかのように、「フォンテーヌ」と「千織屋」、この二つの音符が完璧な和音を奏で始めた。
「フォンテーヌの『千織屋』…」彼女は瞼を閉じ、賑やかな街に自分の名前を冠した看板が現れるところを思いうかべ、人々の口がそれをどう響かせるのか想像してみた。すると、急にすべての現実味が増していき、まるで本当にフォンテーヌにいて、今ここにいるのは稲妻に落とされた影でしかないように思えてきた。
彼女はすっと立ち上がり、何も言わずに家を出た。両親は驚いて顔を見合わせたが、どこか散歩にでも行くのだろうと思った。だが、千織が再び家に戻ってきたとき、すでに一部の人に別れを告げ、また別の人に宣戦布告をしてきた後だった――
「千織」という名前は、必ず自分よりも早く稲妻に戻ってくると。彼女は自分にそう誓った。
「明日出発する」と彼女は両親に言った。あの旋律が千織を促している。フォンテーヌにいるあの自分を追いかけろと。
母は責めるように隣にいる夫を見た。その表情は見るに――この子ったら、あなたから何を受け継いだのかと思えば、その頑固な性格だったのね…と言っているようだ。
もちろん、両親は千織を止めなかった。なぜなら、彼らは知っているからだ――自分の子が何かを口にしたら、その時すでに行動は終わっているからだと。
千織が自分の部屋に戻り、荷物をまとめようとしたとき、机の上で何かが急に動いて彼女を驚かせた。
千織が作った服を見せびらかすように、「たもと」はゆっくりとぐるぐると回り、そしてキラキラとした神の目を手にしながら千織の元へと飛び込んできた。

重雲

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キャラクター詳細
歴史の長い璃月港では、魑魅魍魎に関する異聞も少なくなかった。真相はどうあれ、解決をする誰かが必要だ。
重雲は有名な妖魔退治の家に生まれ、幼い頃から妖魔に恐れられる「純陽の体」を持っている。ただその場に座っているだけで、戦わずとも妖魔は恐れて逃げてしまう。しかしその体質に対して重雲はとても困っている──魔除けに関しては百戦錬磨だが、いまだに彼は妖魔自体を見た事が無いのだ。
ちゃんとした方士なら桃符と剣術で妖魔を退治するべきだ。特殊体質を他の理にするのはどうかと彼は思っている。
そのため、特殊体質がなくとも、方士として一人前であることを証明するために重雲は方術と武芸の修行に励む一方、妖魔が出る場所を探し回っている。
しかし…その体質の効果が無くなることはこの先あるのだろうか?


キャラクターストーリー1
重雲が駆け出しだった頃、ちょうど璃月港である怪談が流行っていた。
被害者は七星と直接話せる程の地位を持つ貴婦人だった。
いつからか彼女は毎晩奇妙な音で悩んでいるという。夜になるとその音が勝手に出てくる。音の出所に近づこうとすると、音は急に後ろに接近し耳に近づいてくる。
その怖さは言葉にできないほど*あった。貴婦人はその影響で飲食もちゃんとできず、日に日に痩せている。
貴婦人はたくさんの退治専門家を自宅に呼んだが、全員失敗に終わった。そしてその音はなくなるどころか日々激しくなっていく。
退治は無理かと貴婦人が諦めかけた時、重雲が彼女の屋敷を訪れた。
「すまない、ここ数日は日差しが強くて、出かけられなかった…ここに頑固な妖魔がいると聞いたが、任せてもらえないか?」
重雲は椅子を借り、屋敷の中央にしばらく座り、そのまま何もせず帰った。
その日の夜、貴婦人を困らせていた音は一切聞こえなくなった。
久しぶりによく眠れた貴婦人は翌朝、数箱の金や宝石を持って重雲の屋敷にお礼をしに行った。
重雲は相変わらず仏頂面のまま、数箱の金や宝石から通常報酬の数百モラしか受け取らなかった。
この事件の後、重雲の名声が一気に高まり、その「行動スタイル」が璃月人に気に入られている。さらにある書生が彼に題字を書いた──盤石のような心と氷霜のような顔。


キャラクターストーリー2
実のところ、重雲の行動スタイルは「氷霜」と何の関係もない。
生まれた時から純陽の体を持つ彼は、体内にある過度の「熱血」と「衝動」に対してとても困っていた。
この体質を抑えるために、重雲は様々な方法を試した。
お湯を飲まない、熱いものと辛いものを食べない、厚着をしない、争わない、怒らない、日差しが激しい日は出かけない、妖魔退治する時は傘を持つ…
とにかく世の中のあらゆる「陽」と接触することを避ける。
それでも、重雲の「純陽の体」の力は少しも弱くならなかった。
少し落ち込んだ彼は自分を限界まで追い込もうと決めた。ある日、ドラゴンスパインに妖魔がいると聞いた彼は、薄着で山に入った。
極度の寒さで体温を維持することも難しい状況だったが、それだけでは足りないと思った彼は、凍った湖の表面に穴を開け、妖魔が姿を見せるまで湖の中で待機していた。
半日も待ってようやく物音がした。待っていた甲斐があったと思った重雲は、音を追いかけていった。
山頂から山腹まで追いかけ、どんな敵かと思えば、相手は妖魔などではなく、剣と浮いているお札に驚くただのウサギだった。
その後、重雲が高熱にうなされた時間は他の人より長かったという。


キャラクターストーリー3
重雲にとって、「純陽の体」は方士への道の大きな障害である他、日常生活でも注意しなければならないことが多い。
体質のせいで、彼は「陽」の存在にとても敏感で、油断すると陽の気が暴走し、性格が豹変する。
重雲の家族は昔「万民堂」で祝宴を挙げたことがある。その時も重雲はわざと料理を冷まして食べていたが、まさか口に入れた「万民堂」のお団子が「絶雲の唐辛子」を練り込んだものだったとは、彼も予想だにしていなかった。
その団子を食べた後、なにがあったか、重雲自身はよく覚えていない。
しかし当時の被害者、「万民堂」のシェフ香菱は今でも鮮明に覚えている。
本当は一銭も持っていなかったというのに、重雲はカウンターの上に立ち、今日は自分の奢りだと大声で言った。
それから、彼は他の客の肩をつかんでは自分の家の方術がいかにすごいかを紹介してまわり、ついでに、テーブルを離れる際に人の料理を一口食べるのも忘れなかったという。
挙句の果てには、急に「万民堂」に妖魔がいると言い出し、いくら探しても見つからないからと香菱の額に呪符を貼り、剣を携えて彼女を追いかけまわしたのだ。
店に与えた損害を賠償するために、重雲はその後1カ月間節約生活を送り、ようやく「万民堂」に食事代の返済を完了した。さらにお詫びとして、彼は香菱に手作りの魔除け桃符をプレゼントした。
香菱はというと、被害は受けたものの重雲の「失態」を気にしてはいない。彼女にしてみれば、あの祝宴にいた重雲の姿こそが、皆がなによりも親しみを抱く重雲なのだ。


キャラクターストーリー4
妖魔を探す長い旅の途中で、重雲に信頼できる友ができた。それが行秋だ。
修行に励む重雲に比べ、行秋は生まれつき聡明であるため、重雲よりも機転が利く。
重雲の長年の悩みを聞いた後、行秋はある打開策を思いついた。
「純陽の体の効果を消すんじゃなく、純陽の体を恐れない妖魔を探したら?」
この言葉は重雲に活路を指し示してくれるものだった。重雲は行秋と一緒に「条件に合った」理想の妖魔を探したいと思うようになった。
「なに?雲来の海であの伝説の妖怪傲因を見た?ああ、任せるといい」
「緋雲の丘のあの屋敷が悪鬼に占拠された?すぐ行く」
「望舒旅館に妖魔退治の先生が?ついていけばきっと凶悪な妖魔に出会えるはずだ…ふむ、手ぶらではいけない、なにか手土産を用意しないと」
もちろん、その情報のほとんどは行秋が咄嗟に思いついた口からの出まかせである。そのせいでいつも重雲はなぜ会えないのだと、自分の不運について文句を言いながら帰ってくる。
「全力で探してみたんだ。金を払って妖魔の情報を買ったのに、結局無駄足だった」と悔しがることもあった。
そんな時、もし行秋が暇なら彼は笑顔で「元気出してよ」と重雲を慰め、新しく見つけた冷たい料理を重雲に食べさせるついでに、彼が騙された金を取り戻す。
こんなに頼もしい友は他にいない!と重雲は今日も行秋のことを感謝している。行秋は良いやつだ、行秋以外誰を信じればいい?


キャラクターストーリー5
重雲も、本当は皆と仲良くしたいと思っているが、この「純陽の体」を制御するために、彼は様々な誘いを断らなければいけない。
中でも、彼が最も理解できないのは「温泉に入る」という行為だ。
湯気が立つほど暑いお湯の中に入る――それは、彼にとってドラゴンスパインの凍った湖より百倍恐ろしい。
しかし温泉の話題になると、誰もが行きたいと、熱ければ熱いほどいいと、温泉に入った後の一週間は力がみなぎると口を揃える。
重雲にはそれが本当か、それとも自分をからかう冗談か分からない。
入ってみたくないと言ったら嘘になるが、「純陽の体」である限り、彼は温泉に入ることができない。
ある日、行秋は重雲に問いかけた。
「もしいつか、君が純陽の体を制御できるようになって、この世の妖魔を全て退治したら…君は何をしたい?」
特に深い意味はないであろうその言葉は、重雲を長い間困らせた――
特殊体質の影響で、他人と比べ、重雲はたくさんの経験を逃してきた。
しかし彼はそれを残念だとは思っていない。山が重なり川がくねり、柳に影が落ち花に明かりが灯る。あれから長い時間をかけて、ようやく自分の答えを見つけたからだ。
もし本当にその日が来たら、まずは温泉に入ろうと彼は思った。


『妖魔退治家録』
重雲の一族代々伝えられる奇書には、降伏させた妖魔の情報が記載されている。
無名な雑魚から都市伝説や怪談にある名の知れた妖魔など、目がくらむほどの数が書かれている。
重雲の、天下の妖魔を殺し尽くす志は、正にこの本に書かれた数々のすごい逸話からの影響を受けている。
だが、この本を継いだことは…彼にとって少し不便だ。
本にある妖怪は文字の記載以外に、絵もついている。歴代の継承者たちは画力がバラバラだったが、それでも頑張って妖魔の大体の特徴を描いた。
しかし、重雲が妖魔を退治する時は妖魔と顔を合わせない。文字情報に絵という伝統を壊さないにはどうすればいいのかと、重雲は困っていた。
窮地に陥った重雲は、自分の想像力の思うままに、たくさんの変な絵を描いた。
──あれから、『妖魔退治家禄』はどんどん怪奇になっている。鶏の翼を7枚、鶏の腿を5本を持った凶獣や、半分がヒルチャールで半分が魚の妖怪が本に出てきても、深堀りはしないほうがいい。


神の目
「他の方士なら剣を振るったり、お札を張ったりするのに、お前はここに座ってただけだろう?もう終わったって?報酬?払うもんかよ、馬鹿にしてんのか?あぁん?」
駆け出しの頃、重雲も何度も疑われた。
たくさんの難題とぶつかった。部屋の中に「妖怪がいる」よりも「妖怪がいない」ことを証明する方が難しい。
剣とお札を持つ方士と比べれば、どう見ても重雲は詐欺師に見える。
実力を持っているのに発揮できない。
その上、依頼人に疑われても、重雲は体内の陽気を暴走させないために、何も弁解せずに自分の感情を抑えていた…
最後になっても、彼に詫びを入れた者は数人しかいなかった。
それでも、重雲は大勢に従わない道を選んだ。法事等の妖魔退治ごっこよりも、彼自身の妖魔退治の方法を貫いた。
体質の影響は受けているものの、重雲は一度も諦めようとしなかった。
いつか、彼は璃月随一の妖魔退治師になり、自身の純陽の体を制御し、天下の妖魔を一匹たりとも残らず駆逐する。
この凄まじい闘志が神に認められたのか――重雲は「神の目」を授かった、しかもなんと「炎」の対立である「氷」だった。
この「神の目」が重雲のどの考えに応えて降臨したか、誰も知る余地はない。

ディオナ

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キャラクター詳細
客が毎回「キャッツテール」に入ると、必ず最初にカウンターの方に視線を向ける。
なぜなら、そこには必ず猫耳の少女が立っており、耳を小さく動かしながら、不機嫌そうな顔でシェイカーを振っているのだ。
彼女は、モンドの酒造業の期待の新星、伝統勢力に挑む者、バーテンダーのディオナだ。
美味しい酒を調合するのは、彼女の目的ではない。むしろ、正反対だ。
彼女が酒を調合するのは、他人が見れば「少し不思議」に見える。だが、本人からしたら「一生懸命この嫌な液体を破壊している」つもりだ。
だが、どんな酒でもディオナの手にかかると、たちまち想像もつかないほどの美酒となる。
これはある種の「祝福された体質」だが、ディオナにとっては最大の難題であった。
自称「酒造業の殺し屋」であるディオナにとって、モンドの酒造業を破壊するのが、彼女の目標なのだ。


キャラクターストーリー1
「キャッツテール」のバーテンダーになったのは、ディオナが計画した悪夢の一つである。この悪夢は、彼女の大きな計画の第一歩でもあった。
客がカウンターに腰かけ、バーテンダーである少女の嫌そうな目線を「堪能」しながら、「ディオナスペシャルカクテル」に期待していると…
「さぁ、このサソリとシーソルトのカクテルを飲み干して。あなたの酒飲みの人生に、終わりを告げるのよ…」
ディオナはこのように、いつも酒飲みの気分を台無しにしようと企んでいるのだ。
しかし…
「ゴク…ゴク…あぁ、こんな美味い酒は初めてだ!もう一杯もらえるか?」
「…も、もう一杯?」
今日に至るまで、ディオナはこの「百発百中で美味しい酒を調合できる」体質と戦っている。負けず嫌いの彼女は、真にまずい酒の調合を探す事をまだ諦めていない。
だが結果はいつも同じだった。「キャッツテール」には相変わらず人が集まり、客たちは口々にディオナを称賛する。
ディオナは目の奥に涙をため、怒りで顔をしかめるのだ。
「身の程をわきまえなさいよ!」


キャラクターストーリー2
ディオナの父親、ドゥラフは清泉町で最も優れた狩人だった。
毅然な姿や、飛びぬけた狩りの技術、冷静な判断力を持つ彼は、清泉町全ての狩人から一目置かれる頭領であり、手本である。
ディオナにとって、幼い記憶にいる父はいつも輝いており、彼女の憧れでもあった。
そのため、そんな父の印象がひっくり返った時、ディオナは悲しさの余りに泣きじゃくった。
「あの酔っ払った姿、お腹いっぱいになって泥の中で転げまわるイノシシみたい!」と、ディオナは赤い目を擦りながら言う。
ディオナは、すべてを酒のせいにした。彼女にとって、父は間違いを犯さない、完璧で頼れる存在だったからだ。
「全部酒のせいだ!酒は人を惑わせて、人の頭をおかしくする悪いものだ!」
これが、ディオナが酒を嫌うようになった原因であり、「キャッツテール」の景気を上げた原因でもあった。
「キャッツテール」のオーナーであるマーガレットは、この事態を全く予想していなかった。彼女がディオナを雇った理由は非常に単純だった。
「だってあの子、可愛すぎるもの」


キャラクターストーリー3
客のほとんどは、ディオナの猫耳と猫のしっぽを、バーテンダーの制服の一部であると思っていた。
あの日、ある酔っ払いの客が好奇心で、ディオナの尻尾に触り、暖かく柔らかな感触を知るまでは…
その後、「キャッツテール」はディオナが大暴れしたことにより、大変な騒ぎになった。
猫の外見は、「カッツェレイン一族」の血統の証であり、モンドでは珍しい存在である。
外見が猫に似ていることに加え、ディオナと彼女の父ドゥラフは狩りにおいても、卓越した素質を持っていた。これも古い血統がもたらしたもの。
そのため、追跡、射撃、俊敏に跳ねまわる…これらすべて、ディオナが得意とするものである。
「そうだ、彼女は暗闇でもよく目が効くんだ」
「悪いところはそうだな…怒ると人に噛み付く所だ。気を付けた方がいい」
イーディス博士は『奇異血統の調査研究』の中でそう記した。


キャラクターストーリー4
ディオナの出現は、確かにモンドの酒造業に影響を与えた。
アカツキワイナリーの市場は、突如現れたキャッツテールに打ち負かされそうになった。これは、ワイナリーの営業を担当していたエルザーには、耐えられないことであった。
エルザーはこの「中心人物」について、あれこれ嗅ぎまわり始めた。ディオナが一番打ち負かしたい「ラスボス」はアカツキワイナリーであることも知らずに。
「この奇妙で大胆な調合方法が、美味しさの秘訣ですと?」
ディオナは顔を上げ、先ほどカウンターに座った白髪の男性を見た。
「うん、正に絶品。この中から、酒に対する情熱と愛が伝わってきます」
ディオナのシェイカーを振る手がわなわなと震え始める。鋭いエルザーそれに気付き、直接交渉を仕掛けたーー
「あなたのような優秀なバーテンダーが、我々アカツキワイナリーに協力してくれるなら、モンドの酒造業は前代未聞なまでに繁盛するだろう!」
……
その後、ディルックがエルザーの手に巻かれた包帯について尋ねても、エルザーは珍しく口ごもりながら答えるのだ。
「ね、猫に少し噛まれてしまって…」


キャラクターストーリー5
ディオナの故郷では、「泉の精霊」の伝説が伝わっていた。
精霊は井戸の側で絶望に打ちひしがれていた親子に、救いの手を伸べた。枯れ井戸の中から水を呼び起こし、泉に変えた。
病に侵され虫の息だった子供は、奇跡のような泉の水によって回復した。
当時、人々は次々とこの祝福の泉を一目見ようと訪れ、やがて、泉を囲むようにして集落ができた。これが「清泉町」の誕生である。
今の清泉町では、ほとんどの人がその話をただの伝説だと思っている。「観光業界の陰謀」だと言う者までいた。
幼いディオナだけが泉の精霊の存在を固く信じ、父が深い眠りにつくと、いつも泉に映る月に向かって話しかけていた。
それは応えるに値する、純粋で、素直で美しい心…
きっと泉の精霊はそう思った。
だからディオナは奇妙な友情を手に入れた。それは全てを打ち明け、孤独を取り除いてくれる存在。
ディオナが7歳になった日の夜、泉に反射した月明りが彼女の顔を照らした。泉の精霊の囁きがディオナの耳元に響いた。
「狩人の娘を祝福し、成長の証と餞別の印に、この贈り物を授けましょう。あなたの杯が永久に喜びの美酒で溢れ、千年の雪をも溶かす甘美な清泉となるように」
その後、泉の精霊は二度とディオナの前に姿を現す事はなかった。その記憶は、幻想の影のように幼いディオナの中に残った。
今のディオナはまだ気づいていない。自分の厄介な体質の原因は、「あの夢」が原因であると。


クールシェーカー
ディオナの父であるドゥラフは偶に自分で酒を作る趣味を持っている。
夜になり、父がシェイカーを振り始めると、盗み見ていたディオナも知らないうちにしっぽを振っていた。
父がシェイカーを振る日はいつもより酷く酔っていて、眠る前のお話も語ってくれずにそのまま倒れて眠ってしまう。
そこである日、父が狩りに出かけた後、ディオナはこっそりとシェイカーをベッドの一番奥に隠した。
だが、父は探す事すらせず、翌日新しいものを持って帰ってきたのだ。
ディオナが「キャッツテール」のバーテンダーになるべく、面接に挑んだ日、マーガレットはディオナが持っている、やや彼女に似つかわしくないシェイカーに気づいた。
器用なオーナー、マーガレットの手により、可愛らしい猫のしっぽがついたシェイカーは「デビューのプレゼント」として、ディオナの元に返ってきた。
「これであなたにふさわしくなったわ」マーガレットは満足げに頷いた。


神の目
ディオナの酒に対する嫌悪は、「憎しみ」ではなく、「渇求」から来ているものであった。
彼女は父がずっと自分の憧れの姿でいてくれることを願っていた。常に家族に寄り添い、決して酒で幸福を「分かち合う」ことをしない。
ある時、大雨が三日間降り続いていた。そして、狩りに出かけていた父も、三日間帰ってこなかった。
劣悪な天候は、西風騎士団の救助隊の捜索を困難なものにした。この時、「失う」ことへの恐怖が、深くディオナに刻まれた。
「分かち合う」ことも許せないのなら、「全てを奪い去る」ことにどうして耐えられるのか。
ディオナは飛び出し、暴風雨の中をひたすら走った。未知の力が、彼女の前に立ちはだかる激流を氷へと変えた。
己の天賦の追跡能力を頼りに、ディオナは崖の下で父を見つけた。
他の狩人に助けられ家に戻り、父に大事がないことを確認したディオナは、泣きながら笑顔を浮かべた。
「よかったら…お酒作ってあげようか?飲めば、少しは痛みも紛らわせられるよね?」
恐らく、それはディオナが唯一、真面目に酒を調合した時だった。
「冷たくて、本当に美味いなあ、ハハハハ…いたた…」
娘が調合した酒という事実は、アルコールよりも遥かに大きな鎮静効果を発揮しただろう。
――この出来事はディオナに氷元素を操る力を獲得させたが、彼女を酒と和解させる事はできなかった。

ディシア

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キャラクター詳細
「エルマイト旅団」という言葉は特定の集団を指すものではなく、砂漠に生まれ、成人後は武力で生計を立てるすべての傭兵を指している。
この荒れ果てた世界において、人類はみな等しく、ちっぽけな存在だ。生きていくために人々は自ずとゆるりと集まって、まとまりがないながらも傭兵組織を形作る。
「エルマイト旅団」に属するものは数多くいるが、その殆どは黄砂に忘れ去られてしまう。人々の記憶に爪痕を残せるのは、ディシアのようなごく一部の逸材たちだけだ。
勇猛でたけだけしい「熾鬣の獅子」、ディシアーー獅子は彼女の力を象徴し、熾鬣は彼女の熱き性格を代弁する。
もし護衛として傭兵を雇いたいのであれば、ディシアを検討してみるといいだろう。けっして値段は安くないが、彼女の能力はその価値に見合うものだ。
キャラバン宿駅の路上で自画自賛に溺れるズル賢い傭兵や、力ばかりが取り柄の新人にディシアは遥かに思慮深く、頼りにできる存在だ。
さて、話はここまでにしよう。彼女の雇い主になりたければ、できるだけ早く決断することだ。ディシアを雇いたい者の数と言えば、長蛇の列ができるほどなのだ。出遅れれば、機会はないと思ったほうがいいだろう。


キャラクターストーリー1
ディシアを含むすべての砂漠の民は、生まれた時から砂漠を理解することを学ぶ。
空の青は果てしなく続き、どこまでも終わらない。金色の砂丘は天と地の境まで、止め処なく延び広がるーーそのような環境の中を生きる人間は常に、己がいかに小さいか、実感せざるを得ないだろう。
砂漠の風景を見慣れている者でさえ、折につけ自然の雄大さに震慄し、足元の砂に口づけしたくなってしまうのだ。
軟弱な心はこの地に恐れをなす。ゆえに、この広大な砂海を思うがままに駆け巡ることができるのは、屈強な魂のみである。
そして砂漠の民の中で最も勇敢であり、過酷な環境をも厭わず風砂の中を疾駆し続ける者たちこそ、「エルマイト旅団」の傭兵だ。
だが、そのような暮らしは決して楽なものではない。そのため傭兵たちにとって、互いに助けあいができる関係というのはとても貴重であり、その重みは血縁に勝るとも劣らないのだ。
ディシアが幼かった頃、彼女の「家族」は父親と、彼の傭兵団の成員たちであった。ディシアが一人前に生長した頃、彼女の家は自らが所属する「熾光の猟獣」になり、傭兵団の成員たちが彼女の新たな「家族」になった。
共に長く戦えば、互いに絆が生まれる。すると、視線を交わしたり頷いたりするだけで、互いの考えを即座に理解できるようになる。
だからこそ、雇い主からの依頼をこなすために、砂漠を離れて雨林ヘと遠出した一時、皆と夜に営火を囲んで歌った歌はディシアは懐かしんだ。
どこにいようと、彼女は砂漠の娘なのである。


キャラクターストーリー2
個体差を考慮しないという前提で言えば、一般的に女性の身体能力は男性にやや劣ると言われている。
ディシアは、生まれつき力がとても強いというわけではない。それでも傭兵たちが彼女を深く認めているのには、当然ながら理由があるのだ。
まず、彼女の力は傭兵集団の中で一番とはいかないものの、充分に強い。
この点に疑問を抱くのであれば、彼女の大剣を持ち上げてみるといい。あれ程重い武器を振り回すには、ある程度の膂力が不可欠だ。
つぎに、彼女は豊富な戦闘ノウハウの持ち主だということである。大剣のように鈍重な武器を扱うとき、必然的に敏捷性の一部が犠牲になってしまうのは万人の知るところだろう。機動性に優れた相手と戦闘する際、一撃で仕留められなければ、重い武器は戦士の不利な要素になってしまう。そんなとき、彼女は並外れた観察力と戦闘テクニックを用いて相手に対処しなければならない
時には武器を置いて拳で戦い、時には武器を投げつけて今にも消えそうなチャンスを掴み取る。具体的にどう対処するかは、すべて戦況次第だ。
そんな彼女は戦闘以外についても、砂漠におけるサバイバル術を数多く心得ている。
砂漠の傭兵たちが受ける主な依頼には、略奪を防ぐための護衛や、砂漠の危険生物の駆逐、気象災害から逃れる雇い主のサポートなどがある。
ときにはガイドとなって、キャラバンや冒険者、学者たちのために道を探すこともある。
驚いたサソリの群れに対する処置も、敏捷な鷲たちに付きまとわれないよう避けるコツも、盗賊に遭遇した際に衝突を最小限に抑える交渉法もーーディシアはすべて知っている。
実際の需要に応じて問題を速やかに解決することこそ、雇い主にとってもっとも重要なこと。雇い主の間でよい評判を得たいのであれば、戦闘以外にも色々とスキルを身につける必要があるのだ
たとえ何百人、何千人という敵を倒すことが出来たとしても、黄砂においては、その意味に限界がある。ひとたび天地を覆う大砂嵐が吹き荒れれば、戦士たちはみな砂礫の下に埋もれてしまうからだ。
真に聡明な傭兵は、戦うべき時と退くべき時を把握している。戦闘の中で目的を達成すると同時に、己も守るーーこれぞ、上策と言えよう。


キャラクターストーリー3
ディシアが自らの実力で「エルマイト旅団」における評判を高めていった頃、旅団の成員たちも皆、それを誇らしく思っていた。そんなある日のこと。偶然にも全員が揃った場で、普段から騒がしくヤジを飛ばすのが好きだった何人かの仲間たちが、「世に響き渡るようなあだ名」をディシアに付けたいと言い出した。
今後、ディシアが相手を打ち負かすたびに、そのあだ名を掲げよう。だから、カッコいいだけじゃなく、口にするだけで鳥肌が立つようなものにしないといけない。
通りすがりの商人が聞いただけで逃げ出すような。凶暴で恐ろしい、血腥さに満ちた名前にするべきだ。一番年若いメンバーたちが、乗りに乗った様子でそうはしゃぐ。
その頃ディシアはすでに、右も左も分からぬ新人傭兵ではなかったので、他人が自分に抱く恐れや尊敬が、一つの名前に収まることはないことも知っていた。ただ、皆が楽しそうにそのことで暇をつぶしていたから、ディシアも意見しなかったのだ。
皆が出していく、くだらない、おかしなアイデアの数々に、ディシアも思わず大笑いしていしまう。その雰囲気はまるで、幼い頃に父親から物語を聞いていたときのようだった。当時、父はいつもメンバーたちを集めて、英油単や乱闘の芝居で皆を楽しませていた。これといった目的もなく、ただ、寂しい砂漠の夜を盛り上げるために。
せっかく楽しい雰囲気だったのに、あのだらしないクソオヤジのことを思い出しちまうなんて…ディシアは興ざめに思って、誰にも気付かれないようにそっと口をゆがめた。
その夜、ディシアは「砂漠第一」や「血腥大剣」といった、面白いだけで何の迫力もない名前を立て続けに断った。
ーーそろそろお開きにしよう…所詮、あだ名なんてある意味、別称にすぎないんだ。砂漠のやり手っていうのは、何も虚名なんかで生計を立ててるわけじゃないーーディシアはそう思った。
その時、とある年配の傭兵が話に加わった。彼はまず皆の趣味の悪さを鼻で笑ってから、こう問いかけたーー「獅子の伝説を、聞いたことはあるか?」
もちろんディシアはそれを耳にしたことがあった。古臭い物語ならば、幼い頃、父から耳にたこができるほど聞かされてきたのだ。一度は父に関するすべてを忘れようともしたが、脳裏に深く刻まれた記憶をかき消すことは困難だった。
そうしてディシアが少しばかり気を散らしていた間に、なんと仲間たちは、すでに「世に響き渡るようなあだ名」を思いついていたーー「熾鬣の獅子」。
ディシアは獅子の伝説から連想してしまうあの人物のことが嫌いだった。そのため、その称号を受け入れるつもりもなく、断りの返事が今にも喉まで出かかった。しかし同時に、そんな些細な事で善意を無下にするのは、些か度量に欠けるとも思った。
もう自分とは関係のない人間を思い出したくないと言うだけで、その人物と関わりのあるすべてを避けなければならないものだろうか?いや、そんな必要はない。まして、あれらの物語がディシアにもたらした温もりは、紛れもなく本物だ。そのおかげでディシアは、世界に向けて足を踏み出し、自らの目で見て、感じることができているのだから。彼女の体感したことのすべてに、偽りはない。
ならば、こうしようーー「熾鬣の獅子」か。なかなか悪くない名じゃないか。


キャラクターストーリー4
ディシアは美しい。彼女を知るものならば、誰もがそれを認めるだろう。
息を呑むようなアイスブルーの瞳、日の光を反射して煌めく飴色の肌、そして彼女の軽快な歩調に合わせて颯爽と揺れる、黒と金色の髪ーーすべて、彼女が持つものだ。
砂漠の民にとって、綺麗でたくましい女性は生命力の晶蝶であり、賞賛されるべき存在だ。
ディシアも、自らの美しさをとても大切にしている。周囲の環境が許す限り、機を見つけては風呂に入り、汗の匂いがしないよう心掛けている。そして、暇さえあれば市場まで身の回りのものを買いに行くのだが、そんなときには必ず、パウダーアイライナーやフェイスパウダーをはじめとした化粧品を買って備えておく。彼女は毎日化粧をする習慣があるため、そういった消耗品はすぐになくなってしまうのだ。
傭兵は比較的荒っぽい集団だ。暴力に慣れきっており、自らを着飾ることに気を遣うことはあまりない。そんな集団の中で、ディシアのそういった習慣は些か目立ってしまう。中には仲間から理解を得られず、なぜそれらにこだわるのかと聞かれることもあった。
なぜかって…他に何がある?砂漠の男どもは往々にしてひどい臭いなのだ。靴を脱いだときの匂いなど、意識が飛んでしまうほどだ。
十日から半月も洗ってない足、むせ返るような酒臭さをを漂わせる口、それらを併せ持つ汗まみれの男。部屋の空気を濁すには十分だ。
そんな者たちが山ほどいる光景を想像できるだろうか…ディシアのような強者でさえも、彼らに近づこうとは思わないだろう。
見た目に気を遣わない仲間たちと自分を区別するため、雇い主に良い印象を与えるため、そして自らが常に美しくあるために、ディシアは多くの習慣を頑なに続けているのだ。
精一杯たくさん稼いだモラの一部を使って、自分へのご褒美に装飾品や化粧品を購うのは、至極当然のことである。
武器、敵、ビジネスといった、疲弊するものに囲まれた毎日の中で、それらのちょっとした繊細さとやさしのみが、張り詰めた弦を緩めさせてくれるからこそ、彼女は柔らかな気持ちで未来の生活に期待できる。
ディシアはたしかにとても強い傭兵だ。だが傭兵である前に、彼女はとても美しく、何ものにも縛られない一人の女性でもあるのだ。


キャラクターストーリー5
一度砂漠を離れれば二度と帰らない者たちとは違い、ディシアは常に自分が砂漠の出身であることを誇りに思っている。しかし、この生まれが彼女に多くの不便をもたらしたことも事実だ。彼女は多くの「エルマイト旅団」の傭兵と同じように、系統立てられた教育を受けたことがなく、武力と砂漠で生き残るための知識を除けば、複雑な技術を何一つ持たない。
それが砂漠の民の限界であることを、ディシアはよく理解している。彼らの精神力と求知心は、とっくの昔に強風と熱砂に蝕まれてしまったのだ。もしもディシアが、知恵によって作られた教令院の創造物を見ていなかったら、モンド産の美酒を味わったことがなかったら、璃月で造られた精巧な器やフォンテーヌ人の機械技術に出会ったことがなかったら…おそらく彼女もこのような生活における限界というものを、深く認識することはできなかっただろう。
こと勇敢さにおいて、荒々しく勇ましい砂漠の民に、雨林の民は敵わない。忍耐においても、風蝕地をボロボロに傷つけるほどの強風が吹き荒れる中で、一代また一代と生活を営んできた砂漠の民の頑強さは、山や石にも勝ると言えよう。
しかし、視界の先にあるものを見据えることができなければ、砂漠の民は永遠に砂の中を手探りで歩むしかない。稼いだモラを美酒や美食に使えば、僅かな財も簡単に食いつぶされて、乾いた砂に落ちるように消えてゆく。変化を追い求めることの重要さを知る、ごく一部の聡明な者でさえ、より良い生活を手に入れた途端、古く老いた砂漠のことは忘れて、己のことしか考えなくなる。
「どうしてもっと優れた、賢い人間になろうとしない?どうしてあたしたちは、命懸けで力を尽くすことでしか、マシな生活を手に入れられないんだ?」――
砂原は彼らを育むと同時に、彼らを制限してきた。砂漠の民がこの制限から解放されることこそ、ディシアの願いなのである。今も彼女は、この先どうすべきかについて考え続けている。
どこまでやれるかは、個人の意志だけでどうにかできるものではなく、ディシアもそれをよく理解している。だがそれでも、彼女は機会を見つけては砂の中へと希望を送り、そこに生きる人々のために尽くそうとする。
彼女は、己の帰るべき場所が黄砂であることをけっして忘れない。


獅子の物語
クセラによれば、一度獅子が吠えれば、烈日さえも震えるらしい。
幼いディシアは本物の獅子を見たことがなく、彼の話にはすべて耳を傾けた。
烈日が如何にして大地を焼き、泥を粉末と化したか、クセラは生き生きと幼いディシアに話して聞かせた。地表の空気は灼熱の太陽によって歪み、獅子の燃えるような熱い地を駆ける。雄叫びをあげながら追いかけてくる獅子に、太陽ですら為す術はなく、やがて姿を消してしまう。
獅子とは、それほどまでに強大な動物なのだ。
幼いディシアはそれを聞いて、夜のキャンプに灯された焚き火よりも明るく瞳を輝かせた。
「そうだな…」、クセラは辺りを見渡し、やせ細ったメンバーを捕まえて例をあげる。「こいつみたいな体格のやつなら、獅子一頭だけで、十人は相手にできるだろう」
「じゃあクセラは?クセラは獅子に勝てる?」
「どうだろうな…だがおれにはテクニックがある。たぶん勝てるかもな。」そういった彼はとても真面目ぶった表情で、ホラを吹いている気配はまったくなかった。
「獅子が突っ込んできたら、こうして…一瞬しゃがみ込んで、そいつの体の下に潜り込むんだ。そして…ナイフで腹を掻っ捌く、それでおしまいさ。」
話だけでは飽き足らず、クセラは成員の一人に獅子を演じさせ、獅子を仕留めるところをディシアに見せた。しかし、皆演技が下手すぎて、獅子の咆哮にも勢いがないどころか、まるで犬の鳴き声のようだった。
しかし幼いディシアは驚かなった。
クセラとはそういう人なのだから、彼の話をすべて真に受ける必要はない。
もしそんなことをすれば、損をするのはこちらなのだから。こんな時は、彼と一緒に笑えばいい。
ただ、獅子の物語は確かに、彼女の心に爪跡を残したのであった。
そして、長い年月が過ぎた。仲間たちと「世に響き渡るあだ名」を決めていたとき、ディシアは獅子と聞いて、その古い物語とそれを演じたクセラのことを思い出した。
しかし当時のディシアは既に父と縁を切っており、和やかな気持ちでその記憶を振り返ることはできなかった。
今になって、ようやくクセラのの思いを理解したディシアであったが、故人はすでに、永遠の夢の世界へと逝ってしまった。
これは、彼女の人生における取り返しのつかない後悔だ。だが、良いほうに考えよう…砂漠で暮らしていくには、何事も良いほうに考えなくてはならないのだから。ーー今、彼女は父から聞いた物語を素直に、そして満足げに話すことができるようになった。
幼い頃の記憶を思い返すたび、ディシアはふいに目を輝かせる…まるで夜のキャンプに燃えていた、あの焚き火のように。
彼女は真の獅子となり、クセラの語った物語は、彼女の中で生き続けるのだ。


神の目
実は、ディシアはこの「神の目」をいつ手に入れたのか、よく覚えていない。おそらくは、独立して間もない頃のことだろう。
当時、彼女が毎日考えていたことはただ一つ――強くなることだ。
彼女は傭兵である。実力が足りなければ、十分な数の依頼を受けることはできない。そうなればモラは稼げず、食事にもありつけないのだ。
そんな節目の時期に、「神の目」は降臨した。当時のディシアは金に困っており、それを売り飛ばすことさえ考えた。
この光り輝く装飾品は、神の恩恵を受けている証明なのだと人々は言う。しかしディシアはこう思った――どうせくれるなら、目先の報酬を得るのにも役立たないこんなガラクタよりも、毎日モラをくれたほうがマシだった、と。
確かに神の目は元素力を操るのに役立つが、真に戦闘の勝敗を決めるのは、戦闘テクニック、判断力、策略、そして身体能力といったことなのである。
傭兵の歴史には、神の目を持たずして、努力のみで強者になった有名な戦士が山ほどいる。
ディシアには分かっているのだ。もし神の目を持っているだけで、己が神の眼差しをも受けられる存在なのだと勘違いし、思考を止めて目の前のものを大切にしなくなれば…敵にやられるよりも先に、過酷な砂漠がその代価を支払わせるのだ、と。
後に彼女が経験した出来事は、神の力にも限界があるということをさらに証明するものであった。偉大な力と偉大な知恵を持っていたとしても、神は束縛を受けることがあるのだ。
ディシアは自身の神の目を気に入っているが、その眼差しだけで神の狂信的な信徒になることはあり得ない。
彼女は武器を振るって生き残る傭兵であり、そういう者が最も信頼するのは、今までにくぐり抜けてきた無数の戦いで流した、汗水のみなのである。

ティナリ

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キャラクター詳細
アビディアの森を通る者は、たまに特別なレンジャー長に遭遇する。
その特徴は大きな耳と長いしっぽ、そして年若い顔立ちだ。よく見なければ、森に生息する珍しい生き物と勘違いしてしまうかもしれない。
しかし彼と接してみれば、凛々しく引き締まった、落ち着きのある話し方をするとすぐ気付くだろう。
「ちょっと待って、その装備を見るに、スメールシティを目指している商人だよね? 方向が違うよ、早く戻っておいで!」
「ほら、振り返ってあっちを見てごらん。植物が密集し、湿度が高い。どう考えても、シティへ向かう道じゃないでしょ。」
「あれ、水筒が空っぽじゃないか。」
「ほら、僕のを分けてあげる。綺麗な飲用水が雨林では必要ないと思ったら大間違いだよ。」
「野外で変な水を飲みでもしたら、あとでスメールシティの『ビマリスタン』のベッドで目覚めるかもしれない。」
「もちろん、それが君の計画していた『ルート』なら、大した発想だけど。」
一連の指導が済んだ後、気がつくとその迷子になっていた通行人は無事に誘導されている。
「その…ありがとうございます! で…ですが、あなたはいったい…?」
自分より頭一つ低い身長のレンジャー長に深々とお辞儀する旅商人を見て、レンジャーたちは堪えきれず大笑いした。
「あははっ…この人は、僕たちの大…えっと、ティナリレンジャー長だ。」


キャラクターストーリー1
もっとも基本的な雨林の整備以外にも、レンジャー長は多くの人為的な問題に遭遇する。
占拠され好き放題にされている拠点、植生を邪魔する小屋の建設、汚染源となる生活ゴミの山、完全に消火しきれていない焚き火…
これらは目の前の状況を解決するだけでなく、問題を起こした者にも少しばかりの教育が必要だ。しかし、その教育が正しく伝わらないことも多い。
こういったことは、ティナリがレンジャー隊に加入してから大きく改善された。
その理由の一端が、学者気質ゆえに弁が立ち、容赦なく問題を起こす者に「説教」をする点にある。
そして、それ以上に重要な部分が、ティナリの説教は相手が一番理解しやすい形で、正確に、正しい理由を伝えるからだ。
ティナリにとって、こうしたサバイバルガイドも知識の一種であり、他人にそれを理解させるには技術が必要だと考えている。
また事務的にアドバイスするより、相手の間違いと問題点、そして利害関係を指摘するのが有効だと彼は考えている。
それゆえ、ティナリは教令院が推している「アーカーシャ端末」に対して、かなり批判的だ。
知識は本来、あらゆる生き物が持つ宝であり、その共有を制限して、生存するための単なる道具になってはならない。知識に興味を抱く者がいれば、温かく迎えるべきなのだ。
ただ残念ながら、若き学者であるティナリには、教令院に立ち向かえるほどの力がない。今のところ、限られた範囲で出来ることに尽力するのみである。
そして同時に、現実は必ずしも理想通りにはいかないーー
そのためアビディアの森では、今もティナリに説教される不運な人々がよく見られる。


キャラクターストーリー2
ティナリがガンダルヴァー村に来た当初、彼はまだ他の者と変わらないレンジャー長の一人だった。
「教令院のおかしな『大プロジェクト』に参加するよりも、自分の知識や学んだことを活かして雨林の環境を改善したほうが有意義だ。」
ーーこれはアムリタ学院を卒業すると同時に教令院を離れ、レンジャー隊に入ったティナリの初志である。
しかし入って数日で、レンジャー隊の中にも色々と問題があることに気付いた。
メンバー全員に雨林を守るという情熱はあるものの、レンジャー隊全体を見た時、合理的な規律や科学に基づいた指示が欠けていたのだ。
何かを変えるには必ず困難に直面する。だが、それを放置するようなティナリではない。
並外れた行動力を持つティナリは、すぐに状況の改善に取り掛かった。
科学的な観点を用いたパトロール日誌の作成、一人一人の長所に応じた任務の割り当て、メンバーに対して定期的な博物学の講義…
レンジャーたちの協力の下、アビディアの森でのパトロール効率はどんどん上がっていった。特にガンダルヴァー村付近の効果は著しかった。
気が付けばレンジャーたちの目には、この博識で行動力のある学者が「リーダー」として映っていた。
そんなある日、仲間たちが自分の呼び方を変えたことにティナリは気付いた。
「大レンジャー長!今日の日誌を書き終えましたのでご確認ください。」
「大レンジャー長!チンワト峡谷付近で小さな包みを拾った、遺失物保管所に置いときますぜ。」
「まったく、サグったらどこ行ったの…大レンジャー長、見かけませんでした?」
最初はメンバーたちの呼び間違いだと思ったが、何度も聞くうちにティナリも訝しむようになった。
「うちに『大レンジャー長』なんて肩書きはあっただろうか?…ああ、もしかして『大マハマトラ』の呼び方を真似たとか?」
…これについて、何があったか過程は省略するが、ティナリの強い要望により呼び方はまた「レンジャー長」、「師匠」、「ティナリ先生」へと戻った。
「『大レンジャー長』なんて大げさだ。僕にそう呼ばれる資格なんてないよ。」
これはティナリが実際に口にした理由である。
「なんて恐ろしい。誰かさんが言ってた『大マッハマシン』なんていうダジャレを思い出してしまった…」
これはティナリが言葉にしなかった、もう一つの理由である。


キャラクターストーリー3
森のとある色鮮やかな花がスメール人の間で流行し、多くの人が好んで買っては部屋に飾るようになったーーそんな流行が徐々に広まった時期がある。
しかし残念ながら、この類の花は雨林を離れると咲き続けることが非常に困難になり、摘んだ後は一、二日しか鮮度を保つことができない。
枯れ始めた花はいつしか捨てられ、大地の上で腐敗していき、誰の目にも無残な姿として映るようになる。
このままでは当然よくない。またゴミや汚染といった問題だけでなく、長期的に見れば雨林の生態系を崩す一因にもなりかねなかった。
レンジャー隊のメンバーたちが頭を悩ませていた時、ティナリがシティで花を売る露店に協力を持ちかけた。
レンジャー側が人員を割いて、露店の主人に代わって花の収集を無償で行うというのだ。その代わり、花の状態が悪くなる二日目にそれを主人に返却すればチケットがもらえ、その三日後にドライフラワーと交換できるようになると、客に持ちかけて欲しいと伝えた。
ドライフラワーの装飾品はもちろん、ティナリの指示のもとレンジャー隊メンバーが作って提供する。その費用はチャリティーショップのように、払うかどうか、いくら払うかを購入者の判断に委ねた。
このお金の一部は花の回収に協力してくれた露店の主人への謝礼となり、残りはレンジャー隊が雨林を整備する際の資金となった。
この案は順当に進んだ。露店の主人は雨林の深くまで入らずとも花が手に入り、収入も増えた。レンジャー隊は科学に基づいた方法で花を摘む工程と量を管理し、同時に臨時収入を得た。購入する側は新鮮な花を短期間楽しむことができ、その後は長期間保存できる記念品を手に入れることができた。
結果を見れば皆が満足しているが、レンジャー隊は「どうして、この類の花を摘むのを禁止にしないのか?そのほうが簡単に解決できたのではないか?」と疑問の声を上げた。
これを聞いたティナリは首を横に振り、耳を揺らした。
「そんな単純な方法ではいけない。強制的に規則を設ければ、融通の利かない教師が学生に押し付けるかのように、理解されないばかりか反発を招くことになる。」
「そうなってしまえば、レンジャー隊の評判はともかく、花の密売人が現れて解決するのにより苦労してしまうよ。」
「それに流行は常に変化するものだ。心配しなくとも、人々が他に目を向けるまでそう時間はかからない。」
この言葉はとても理に適っており、レンジャー隊はすぐに納得した。特にコレイは首を一番強く縦に振っていたという。
「師匠から教わった方法で作ったドライフラワーは、子供たちの間で大人気なんだ!」


キャラクターストーリー4
ティナリの同族は数が少ない。またその行動には定まりがないため、人付き合いが嫌いだと思われている。
しかし、ティナリはどうやら違うようだ。
彼は学問に没頭していたため、人間関係に特別気を遣っていたわけではないが、偶然が重なり多くの仲間と出会うことになった。
教令院の学生時代、ティナリは成績が優秀だったため、多くの学生から課題の相談を受けた。講義が終わると、よく記念写真を撮ろうとも持ちかけられた。
ティナリは少し戸惑いはしたものの、それらにすべて応えたという。
その結果、「ティナリは何でも知っている上に、とても付き合いやすい人!」という印象が広まり、彼のもとを訪れる人がさらに増えた。他の学院の学生からも協力の依頼が来るほどだ。
ある日、ティナリの「人気」は大マハマトラ、セノの目にも留まったーー
徒党を組み、勢力を形成している…まさに学術を腐敗させる前兆の一つだ!
しかし、長期に渡り密かに観察した結果、ティナリが人から声をかけられるようになったのは、あまりにも「いい人」であるからだとセノは気付いた。
そして、ティナリ自身は学問に心血を注いでいるため、人から誘われることにあまり乗り気ではないことに気づく。
たとえ協力の依頼を引き受けたとしても、それは研究を優先した上での結果であった。
最終的にセノは、このような結論に辿り着く。「彼は正直で信頼できる人材だ。決して学術の腐敗をもたらすことはない、警戒する必要もないだろう。」
そんな純粋な印象を受け、知識や学者を故意に遠ざけていた大マハマトラも警戒を解き、ティナリとの親交を深めていった。
そして、このような縁が重なった結果、ティナリは新たな仲間を迎えることになるーー
「この子は…『コレイ』というんだね?」
「文字が分からなくても大丈夫、そう落ち込まないで。誰だってゼロから学ぶんだ、君は他の人と何も変わらない。」
「最初の授業は、自分の名前の書き方からにしよう。」


キャラクターストーリー5
研究を好む者は誰しもーーそれを楽しんでいるかどうかは別としてーー未知なるものへの好奇心を持っている。
ティナリも例外ではない。そんな彼の好奇心は、生まれ持ってのもののようだ。
同年代の子供たちがまだ童話を読んでいるような時期、ティナリはすでに両親の学術書を物色していた。
昆虫を研究している父から総合的な教科書を借り、古生物学者の母の部屋からはこっそりと化石の図面を持ち出したという…
こうして、幼いティナリは自分の尻尾を引きずりながら、理解できたりできなかったりする知識を大量に蓄えていった。
しかし、ティナリは知れば知るほど、「知りたいと思う未知の世界」が広がっていった。
例えば、どうして他の人は自分や家族みたいに耳や尻尾がないのか?
家にあった古書をすべて探し回ったティナリは、先祖が残した「ワルカシュナ」に関する手記を見つけた。
記録によると、ワルカシュナはかつてキングデシェレトの配下であり、広大な砂漠に住む種族だったらしい。
その多くは明るい色の毛と放熱のための大きな耳を持っていたようだ。
その後、厄災によってキングデシェレトの国土は滅びたが、ワルカシュナは草神の恩恵により生き残り、毛が緑色になった。
「…記載によると、『ワルカシュナ』はキツネ族に似ているようだが、その名の本当の意味は『砂漠の大型犬』だそうだ。」
「森と関係の深い人間の友人によると、『アランナラ』という小さな生物が『ワルカシュナ』の命名の由来になっているという。」
「なんだって!」ここまで読んだ幼いティナリは驚いて声を上げた。「僕は『砂漠の大型犬』だったのか!」 しかし実際は違う。ティナリの先祖はワルカシュナと共に生活しており、共生関係にあったため今のような血筋になったのだ。
だが、好奇心に駆られた小さな子供の目には、そんなことは関係ない。ティナリはすぐ父親に、次の砂漠への探検に自分も連れて行ってほしいと頼んだ。「砂漠の大型犬」は、砂漠を見てみたくなったのだ。
しかし、この話には予想外の結末が待っている。砂漠の中を数メートルも歩かないうちに、ティナリは日光に耐えられずにすぐさま雨林へと戻されたのだ。
「どうして…」ツリーハウスで意識を取り戻した幼いティナリは、深く悲しんだという。「『砂漠の大型犬』は、僕の代で退化してしまったのか。」 長い年月を経て、ただの子供から頼もしい学者へと成長したティナリ。この過去の出来事も笑い話となった。
今のティナリには、「アランナラ」という小さな生物がなぜそのような命名をしたのか、そしてどうして自分は砂漠の暑さに弱く、気絶してしまったのかを理解している。
前者は極めて単純だ。狐と犬は生物学的には同じイヌ科であり、この名前を付けたアランナラが特別博識だったというだけだろう。
後者については…認めたくはないが、当時自分の頭を撫でながら、父が笑顔で言っていたことが原因なはずだーー
「この黒のように濃い緑。砂漠の暑さには、きっと耐えられないだろうな!」


初心者用虫メガネ
幼い頃のティナリは、雨林を一人で探険する時に虫メガネを持ち歩く習慣があった。
それは母から貰ったプレゼント。軽くてシンプルで、子供でも扱いやすいものだと一目で分かる。
「あなたの耳なら遠くの音が聞こえるはず。だから、この虫メガネを使ってより小さなものを観察してみて。」
ティナリはこの虫メガネを使って、葉の裏の毛や蝶々の羽の鱗粉、雨林に住む蛇の痕跡などを観察した…
このような小さな観察、記録、考察を経て、彼は教令院でも最大のアムリタ学院へと早期入学し、生論派の賢者と共に本格的な学問の旅を始めることになった。
ティナリは使い込んで傷だらけになった虫メガネを、真新しい教令院の招待状の上に置き、頬杖をついてしばらく考え込んだ。
やがて、幼い頃から共に成長してきたこの虫メガネを、装飾品へと丁寧に作り変えて服に付けた。
教令院に入ればより深遠な書物を読み、より繊細な器具に触れることになる。初心者用の古びた虫メガネを使うことはもうない。
しかし、これは知的好奇心を常にくすぐってくれる仲間だ。これからも広い世界を共に見て、一緒に歩み続ける存在である。


神の目
教令院では学ぶ者も働く者も、必然的にさまざまな学術会議に参加することになる。
学術会議では講壇に立って雄弁に語る人と、熱心に耳を傾ける聴衆の姿が見られる。
しかし、広大な知識の海を探検する時、それに比べて取るに足らない存在である「知識の探求者」が、永遠に間違いを犯さないなどあり得るだろうか?
ティナリが出席したとある会議で、彼の知識とは矛盾する内容があった。
当時、ただの傍聴者に過ぎなかった学生のティナリ。無意識に周りを見渡したが、仲間や先生たちはその間違いに対して無反応だった。
どうするべきか?誰もがその誤りに気付きながらも、相手の面子を考えて発言していないのだろうか。
それとも、この誤りは自分しか気づいておらず、ここで訂正しないと間違った知識が広まってしまうのではないか…
ティナリは一瞬迷った後に決心した。
身分とその場の空気という障害が立ちはだかったが、知識に対する真摯な思いが勝ったのだ。
知識は、夜空に輝く星のように何ものにも揺るがされないもの。
そう思いながら、ティナリは手を挙げたーー
「すみません、少しいいでしょうか…」
壇上の学者は、下から聞こえてきた子供っぽい声に少し驚いたが、すぐにティナリの発言を許可した。
結果、ティナリの行動は正しかった。
講壇に立つ学者はその説明に耳を傾けた上で、素直にティナリの指摘を受け入れた。
彼らの対話を聞いていた他の学生や先生も発言をし、その会議で議論されていたテーマについて、新たな方向性を見出すことができた。そしてティナリは、何名かの著名学者たちから名刺をもらうことになる。
一段落して、ティナリは心の中で「ふぅ」と深く息を吐いた。
共に学問を論じる相手が、知識を真剣に考える人たちであったことは幸運…いや、とても喜ばしいことだ。
この時のティナリは、さらなる幸運が待っていることに気づいていなかった。
会議が終わり、ティナリが傍聴席から立ち上がる、すると「カラン!」と軽快な音が響いた。
ーーそれは服から神の目が滑り落ちた音であった。

ディルック

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キャラクター詳細
詩と酒の城として、モンドの造酒業は全大陸に名を馳せていた。
「アカツキワイナリー」のオーナーであるディルックは、モンドの造酒業の半数を握っている。それはつまり、金の流通と酒場に流れる情報も握っているということだ。
ある意味、彼はモンドの無冠の王と言えるかもしれない。


キャラクターストーリー1
モンドの空気は常に酒の香りが漂っている。
その香りの源を辿るとディルックの「アカツキワイナリー」に行きつく。
木でできた看板には、ワイナリーの名前が書かれており、その下に小さく「始まりから終わりまで忘れない」と書かれている。
人々はこの言葉を、ワイナリーの酒は最初から最後まで美味しい、まるで朝日の光のように希望に満ちていると解釈している。
そして、実務に励む西風騎士たちはそれを見て、ワイナリーとモンドが助け合った歴史を思い出す。
ワイナリーでは時折、パーティーが開催される。そして酒が進むにつれ、未だ独身の貴公子に、娘を紹介しようとする人も少なくないが、その多くは周りにからかわれるだけだった。
「ディルック様が仕事と結婚したおかげで、我々は美味い酒が飲めるんだ!」
相手が誰であろうと、どのような用件であろうと、ディルックの対応はいつも完璧だ。
色々な意味で、ディルックは完全無欠な紳士である。


キャラクターストーリー2
ディルックは、過去を口にすることを嫌う。
「もしディルック様が、まだ騎士団にいたらいいのにな」
ベテラン騎士は酔っぱらうと、時にそう嘆いてしまう。
それはかなり昔のことだ。ディルックの父親、ワイナリーの先代オーナークリプスは、息子にモンドを守る騎士になってほしいと願っていた。
父親の願いを叶えるべく、ディルックはラグヴィンド家の家訓の元、自分を厳しく鍛えた。騎士団の試練を通過し、モンドを守ると誓いを立て、ディルックは騎士となった。そして、最年少の騎兵隊隊長として抜擢される。
数え切れないほどの任務と見回りの中で、モンドの人々はこの情熱に満ちた騎兵隊長ディルックのことを知った。
どんなに大変な任務でも、騎士の気概と熱意は色あせない。どんなに難しい挑戦を前にしても、鋭い剣のように最前線で活躍する。仲間と民衆の笑顔と称賛は、赤髪の少年の決意をより固くした。
しかし、最も大切なのはやはり――
「よくやった。さすが私の子だ」
父親の褒め言葉は、ディルックの胸に炎を灯すように、彼に前進する力をくれた。
「信念」は彼の心の中で熱く燃え続ける。
――あの時のディルックはそのような少年だった。


キャラクターストーリー3
「人生は、時に一瞬で変わる。」
ディルックの騎士人生は、父親のその言葉によって終わりを告げた。
あの日、恐ろしい魔物が彼と父親の馬車を襲った。
あまりにも突然で、西風騎士団に連絡する余裕すらなかった。そして、強大過ぎる魔物を前にして、若き騎兵隊隊長はなす術がなかった。
この遭遇戦の結末は、ディルックの予想を超えた――神に認められなかった父親が、騎士になれなかった父親が、見たことのない不吉な力を操り、魔物を倒した。そしてその後、彼は邪な力の反動により、ディルックの腕の中で死んでしまった。
悲しみと疑惑を抱え、西風騎士団に戻ったディルックが、当時の督察長から受けたのは「真実を隠せ」という命令だった。
騎士団の名誉を守るため、父親の死は「不幸な事故」として発表しなければならないと。
この馬鹿げた命令を聞いた時、ディルックは弁解しようとすら思わなかった。
世界は信念のある人を裏切らないと、父親は言った。
しかし、それならなぜ、自分の信念は西風騎士団にとって何の価値もないのか?そして父親は…最期、「信念」をどう捉えたのだろうか?
ディルックは「神の目」を含めた全てのものを捨て、騎士団を辞めた。
彼は父親の仇を取り、そして、父親が使ったあの邪な力が、一体どこから来たのかを究明すると誓った。


キャラクターストーリー4
騎士の肩書きと「神の目」を捨てた後、ディルックはワイナリーの業務をメイド長に任せ、一人でモンドを出た。七国を巡る旅の中で、ディルックは自身の求める秘密に徐々に近づいた。
全ての手がかりは「ファデュイ」――巨獣のような大組織に繋がっている。
彼らは「神の目」の模造品「邪眼」を密かに作り出した。それは、使い手を侵食するものであり、父親を殺した元凶でもある。
父がこんなものを探し求めたのは、正義を貫く力を手に入れたかったからだろうか?
今となっては、ディルックにそれを知るすべはない。しかし真実を全て知る前に、退きたくはなかった。
荒野で生きる鷹のように、ディルックは殺戮と狩りの旅を続けた。数え切れないほどの戦いの中で、体が傷だらけになっても、彼の気持ちが揺らぐことはなかった。そして、彼の実力も戦いの中で磨かれ続けた。
しかし「ファデュイ」の11人の執行官も只者ではない。ディルックが何度もファデュイの拠点を破壊した後、執行官が彼の元にやってきた。
生死の境をさまよった彼を、北大陸から来た地下情報網の観察者が助けた。
観察者曰く、自分はディルックを長い間「観察」し、そのやり方を認めているとのことだ。
命拾いしたディルックは長い怒りから目覚め、自分のやり方を見直すことにした。その後、彼はその地下情報網に加入した。
騎士団に入った頃のように、ディルックは最も真剣な態度で全てに臨み、自身の天賦の才で情報網の上層部に近づいていった。
地下情報網では、自ら名誉や身分、名前すら捨てた戦士はいくらでもいる。
彼らと長く過ごしたディルックは、父親の死で打ち砕かれた信念を取り戻すことはできるのか…?


キャラクターストーリー5
「始まりから終わりまで忘れない」――この言葉の背後の物語については、たくさんの見解がある。だが、ディルックにとってそれは一つの単純な意味だった。
「すべての罪悪を駆逐する。
凡庸の人生だが使命を忘れるな、真のアカツキはまだ来ていない」
ディルックの一人旅は3年も続いた。
4年後、青年になったディルックはモンドに戻り、家業を継ぎ、「アカツキワイナリー」の新たなオーナーとなった。
4年の間に、イロックは反逆者と認定され、騎士団に粛清された。大団長ファルカは遠征し、新しい副団長ジンが「代理団長」を務めることとなった。
「アカツキワイナリー」のオーナーの帰還は、モンドの一大事になるはずだったが、今回はそうでもなかった。
それは、当時のモンド人の注目の的は全て、裏でモンドを護る謎の「守護者」に奪われていたからだ。
その者は、時折漂う焦げた匂いと夜に閃く赤い影しか確認されていない。
モンド人をずっと困らせた魔物が死体となって、荒野で発見された。指名手配の盗賊が、神像に吊り上げられていた。西風騎士団全員で出動し、倒そうとしたアビスの魔術師がすでに死んでいた…
酒の肴として、この守護者の実績はモンド人の間に広がっていった。そして最近、彼に呼び名がつけられた――「闇夜の英雄」。
傍から見ると、ディルックはこの英雄に好意を抱いていないらしい。この名前を聞く度に、彼は思わず眉間にしわを寄せた。
酒造組合会のエルザーは、真実を知るごく一部の者だ。彼は一度、密かにディルックに聞いたことがある。「暗夜の英雄」に対する嫌悪は、騎士団に疑われないための演技か?
ディルックはいつものように眉間にしわを寄せ、仕方なく答えた。
「名前のセンスがひどすぎるんだ」


アカツキワイナリーのアップルサイダー
モンドの酒造業を取り仕切るディルックは、酒が好きではない。
ディルックのリクエストに応じて、「アカツキワイナリー」は数々のノンアルコールドリンクを開発した。それは、酒以外のドリンクを飲みたいモンド人から大好評を得た。
特に「アップルサイダー」と名付けられたフルーツ味のドリンクは、毎月の売上が蒲公英酒に匹敵する程である。
酒へのこだわりが高いため、ディルックは人前では、どこにでも売っている普通の酒を飲んだりしないと思う人がいる。
また、酒がディルックに亡き父を連想させるため、飲まないのだと言う人もいる。
度重なる質問に、ディルックはこう説明した。アルコールを摂取すると眩暈が起き、「日常の仕事」に支障をきたすから。
理解不能なことに、ワイナリーのオーナーとして、日常生活において酒を一滴も飲んではいけない理由とは一体何なのだろう?


神の目
クリプスの人生には、2つの悔いが残っている。1つは騎士になれなかったこと。もう1つは「神の目」を授からなかったこと。
そのため、ディルックが「神の目」を手に入れた瞬間、彼は自分と父の理想がやっと神に認められたと思った――自分はやっと、父の期待に応えられた。
数年後、ディルックの父は暗い日に亡くなった。「神の目」の中に燃える期待と理想は、あの夜の大雨に消された。
善良な正直者でも、何の前触れもなく亡くなる。正義を守ることとは、所詮こんなものか?
「神の目」は騎士になることと同じだ。何の役にも立たず、大切なものも守れず、ただ見捨てられる。
自分の弱さに気づいた時、「神の目」は邪眼のような厄介者になった。
偽りの美名は必要ない。彼が欲しがったのは、全てを燃え*尽くす炎と揺るぎない信念であった。信念だけが、真相を探求する人を呼び起こせる。炎だけが、正義を封印する氷を溶かせるからだ。
モンドに戻った後、「神の目」もディルックのそばに戻った。洗練されたディルックは、父の意思を継いだ英雄になった。毎晩、彼はモンドのために裏で戦っている。
彼は過去を語らないが、否定もしない。
人生の道に迷う人にとって、「神の目」は神から授かった導きの灯りかもしれない。
だが、強い信念を持つ人にとって、「神の目」は力の延長、意思の具現化、経歴の勲章と過去を振り返る標識である。

ドリー

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キャラクター詳細
「ドリー・サングマハベイーーアルカサルザライパレスの主にして、すべてを有する万能なる大商人!」
ドリーの名刺を手にとると、そのような文言が堂々と書かれている。
事実、彼女はスメールに数いる商人の中でも最も特別と言える人物だ。
すでに数えきれないほどの富を有しているが、それでもモラを稼ぐことに高い情熱を注いでいる。
彼女は名高いキャラバンを数隊所持しているものの、自らの足でスメールを回り、品物を売っている。
そんな彼女が扱う商品は、実にバラエティに富んだものだ。特製の旅行バッグ、野外用乾燥機、全自動雪玉ランチャーなど…その品揃えの良さは、モラさえあれば何でも買うことができるほどである。


キャラクターストーリー1
「あらあら、お客様は砂漠を目指していますの?では、こちらの上質な品はいかがでしょう?」
「雨林は湿度が高く、毒蛇や猛獣がたくさんいますわ。万全の準備をするに越したことはありませんの。さあさあ、こちらの道具はいかがでしょう!今ならちょうど20%オフのセール中ですの!」
「おや、お待ちください、お客様。まさか、ここを通るおつもりで?この先には魔物がうようよといますの。護身用に武器を買ってはいかがでしょう?」
「アクタモンエプタ王遺跡に行きたいと?でしたら、私に聞いて正解ですの。まずは採水道具一式が必要になるかと。ふふっ、ちょうど私が扱っていますの。」
スメールを旅する者の間では、このような話が伝わっている。
危険な場所に足を踏み入れようとすると、まるで待っていたかのように小さな人影が現れる、と。
険しい山脈、不毛な砂漠、暗い雨林、そして魔物が跋扈する無人地帯、どんなところに行こうとも彼女の微笑む姿が見られる。
そして、彼女はいついかなる時も、旅する者を苦境から助ける不思議なお宝を持ち歩いているそうだ。
ーーもちろん、値段は決して安くない。
「絶望的な状況から助かること」と「大量のモラを失うこと」という全く異なる二つの感情がぶつかるため、旅をしている者は彼女に対して愛憎両方の複雑な感情を持っているようだ。
そしてドリーはいつも、彼らの悩む顔を無視して、受け取ったモラをパンパンに膨らんだ財布に詰め込むと笑顔で帰っていく。
「毎度ありですわ、うふふっ。」


キャラクターストーリー2
他人から見れば、ドリーの商売は順風満帆に映るだろう。だが、誰も想像できないような問題に何度も遭遇してきたことを、ドリーだけは知っている。
ある時、スメール各地からドリーに注文が殺到したことがあった。しかし、ドリーはそれほどの量の品を予定通りに納品することができなかったのだ。
その理由は、周辺の貿易ルートに大量の物資を運べるような広さがなかったからである。
商隊のメンバーは、一部の注文を断るようドリーを説得した。仮に断ったとしても安定した収入があり、このまま続けていればやがて大金持ちになるのは間違いない。
だが、ドリーは非常にリスクのある行動に出た。妙論派と提携をして、危険なエリアに新しい貿易ルートを開拓したのだ。
彼女はこれら新しいルートを周辺の商隊に開放すると、それを機に商会を設立して資源の統合を行い、ついには問題を打開したのである。
今ではドリーの新しい貿易ルートはスメールの各地で見られる。「サングマハベイ様」の名声は高まる一方となった。
それと同時に広まったのが、当時ドリーがキャラバンのメンバーに放った言葉だ。
「注文を諦めるなんて、おバカなキノコしかやらないことですわ。」
「稼げるモラは余すことなく稼ぐ、なぜならそこにモラがあるからですの。」


キャラクターストーリー3
かつてドリーは、ひどい不眠症に悩まされたことがある。特に理由はないのに夜になっても眠れず、次の日には濃いクマを目の下にこしらえて商会に行くことがよくあった。
もっとも腕の立つ医者に診てもらっても原因が分からず、精神を安定させるお香を焚いても眠れないーーむしろ咳が止まらなくなったほどだ。
そんな時、通りすがりの医師がドリーにこう言った。
「砂時計をベッドの横に置いて、砂が落ちる音を聞きながら眠りにつく人がいるそうだ。」
ドリーはそれを何日か試してみたが、それも効果はなかった。だが、ふとひらめいて彼女は特大の砂時計を特注する。
その中身は砂ではなく光り輝くモラ。
夜、モラがぶつかる音を聞くことで、ドリーはぐっすりと眠ることができた。
それ以降、ドリーは「不眠症」への対策を完璧に理解した。
「ぐっすり眠る秘訣は、自分を安心させることですわ。」


キャラクターストーリー4
モラへの思いが人一倍強いからか、ドリーはモラ以外にも「モラをもたらしてくれる存在」に興味を示す。
例えば、彼女の商隊が荷物を運ぶのに使っているのは主に駄獣だ。そこでドリーは駄獣が休んでいる間、自由に走り回れる「楽園」を作った。
そして彼女は、駄獣たちが強く美しく育つよう、栄養バランスの良い上質な餌を厳選した。
もちろん、敏腕商人である彼女は商機を一切見逃しはしない。
種類の異なる駄獣が共に遊んでいるのを見て、この楽園は面白いものだと気づいた。ドリーは楽園に観光客を呼び込み、チケットや飲食物、お土産を販売して早々に元金の回収に成功したのだ。
彼女の駄獣への愛情は本物であり、それで小さな儲けを得たのも事実である。
この点においてもっとも説得力を持つのは、ドリーのランプに潜んでいるジンニーだろう。最初はドリーに騙されてランプの中に入ってしまったが、今ではずっと離れず傍にいる。
戦いのたびにドリーに呼び出されるが、戦いが終われば、ドリーはジンニーの願いを叶えている。
ジンニーはたまにこう思う、言い伝えにある物語は逆ではないかとーー
ランプの中にいるのが強靱な戦士で、ランプの持ち主こそが願いを叶える精霊なのだと。


キャラクターストーリー5
ドリーとアリスの出会いについて、その経緯を知る者はいない。だが、確かにこの二人は商人たちが嫉妬するほどのビジネスパートナーだ。
世界中を旅しているアリスが、スメールに長居することはない。そのため、アリスは人に頼んで自分の新しい発明品を時々ドリーに送っている。
そして、ドリーはその発明品を売った後、何らかの方法でアリスを探してモラを渡していた。
アリスはたまに手紙を一緒に送ることがあるーー私はいま危険な場所にいるから、モラはとりあえずドリーのところで預かっておいて。
それでもドリーは人を手配して、アリスにもっとも近い安全地帯までモラを届ける、彼女が一刻も早くモラを受け取れるようにだ。
人件費、輸送費、保険費など…あらゆる費用がかかるが、ドリーは決してそれをケチることなく、前払いする。
「大善人であるドリーは、決して支払いを滞らせたりしませんの。」
「それに、アリスさんの出費は決して少なくないもの。モラで困ることがないように、保証しなければなりません。」
ドリーはいつもこのような言葉を口にし、モラが届いたかどうかを何度も確認する。
アリスがドリーの唯一の仕入れ先でなくなった今でも、彼女はこれをもっとも重んじている。
おそらく彼女は、出会った日に交わした約束をずっと胸に刻んでいるのだろう。
「数え切れないほどのモラが欲しい?ええ、いいわよ。不思議な道具をたくさんあげる。でも、売れるかどうかはあなたの腕次第よ。」
「心配不要ですわ。この私がいい値で売って、モラを大量に稼ぎますの。そして、できるだけ早くあなたに分け前を届けますわ…私はあなたの最高のビジネスパートナーになりますの。」


モラオルゴール
モラの美しい音をより心地よく聴くため、ドリーは自ら「モラオルゴール」を特注した。
オルゴールの上部には、モラがちょうど通る大きさの穴が空いている。
そこからモラを入れることで、内部の複雑なからくりに沿って転がっていき、時折軽快な衝突音を響かせながら美しい音楽を奏でる。
ドリーも音楽に合わせて、広々としたアルカサルザライパレスの中で踊るのだ。
「モラ、モラ、キラキラとしたモラ。」
「モラ、モラ、数え切れないモラ。」
「美しいモラは私のモラ。」
「他人のモラも、私のところへおいでまし。」
何度耳にしても、この曲は決して飽きることがない。
曲が終わるタイミングで、ドリーはいもしない観客に向かって深々とお辞儀する。
それと同時に、モラはオルゴールの底へと辿り着き、モラの山にぶつかるーー
「チャリン」という軽妙な音を響かせ、無事に幕を閉じるのだ。
だが一回だけでは聞き足りないドリーは、よくモラをもう一枚オルゴールに投入する。


神の目
年の近い二人の少女が手を繋ぎ、少し変調の歌を口ずさみながら、無邪気な日々を共に歩んでいた。
春になると野花を折って互いの耳を飾り、夏の小川を裸足で走った。
秋には黄金色の砂丘を一緒に滑り降り、冬には太陽の下で寄り添いながらで同じ本を読んだ。
時間が長く感じられ、いつまでもずっと終わらないように思えた。
だが時が過ぎ、少し年上の姉が突如咳き込むと吐血した。それから、家の中には見知らぬ大人がたくさん集まるようになった。
大人たちは自分には理解の及ばない病状を真剣な面持ちで説明した後、家の中で首を横に振り、ため息を吐いた。
事情を知らない妹は、毎日姉の様子を見に行った。姉はいつも明るい笑顔でこう言っていた。
「大丈夫、少し休めば元気になるから。」
その笑顔を見て、純粋な妹は期待の表情を浮かべ、次こそは一緒に外で遊ぶのだと胸を躍らせた。
しかしある日、自分の認識が甘かったことに彼女は気付く。物語を話す姉が突然、妹の胸元をぎゅっと握り締めてきたのだ。
その痩せこけた体がベッドの上に倒れ込む。手を差し伸べた妹は初めて気付いた。姉の体が驚くほど軽いことに。
…まるでそれは羽毛のようで、誰も触れることのできない彼方へとゆっくり漂うかのようだった。
その後、姉の枕の下からくしゃくしゃになった紙を見つけた。
それは医師が記した処方箋ーーそのほとんどが根絶した薬材であった。いずれも数少ない個人コレクターしか有していない代物ばかり。
購入するには少なくとも数千万モラが必要だろう。貧しい家庭では想像もつかない額だ。
いつも笑顔で提案を断っていた姉は、恐らく夜中に隠れて処方箋を眺めては、「生きる」というわずかな希望を夢見ていたのだろう。
妹は処方箋を服のポケットにしまうと決心した。
「モラをたくさん稼ごう。」
「もう二度と親しい人の悲しみに満ちた笑顔を見ないためにも。もう二度とモラがないせいで何かを失わずに済むように…」
神の視線が注がれたのは、その瞬間かもしれない。
しかし、「野心」が急激に膨れ上がった彼女にとって、「神の目」を手に入れたことはほんの始まりに過ぎなかった。
それからの無数の日々、彼女は「冷静であるよう」自分に言い聞かせ、心の中で自分を励まし続けた。
「執念を持つだけではダメですの。私は、最後の力を使い果たすまで、欲しいもののために働き続けますわ。」
「サングマハベイ様にできないことなんてありませんの。」

トーマ

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キャラクター詳細
神里家におけるトーマの正式な役職は「家司」である。
掃除や料理など、様々なことを担当するのが業務だ。
社奉行に顔を出すたび、トーマは様々な業務に追われることになる。
何事もそつなくこなし、神里家の執事である古田も彼の能力を高く買っているようだ。
だが、トーマはほとんど社奉行にはおらず、他のところで内密に事を処理している。
たとえば社奉行が遭遇した問題を解決したり、当主に代わって情報収集したり、お嬢の願いを叶えたりなど。
そのような見えないところで、トーマは常に独自のやり方を通して、社奉行の影響力を世に広めている。


キャラクターストーリー1
トーマは生まれながらのお人好しだ。
要人であろうと巷の商人であろうと、トーマはいとも容易く会話の糸口を見つけ、陽気におしゃべりすることができる。
社交性に長けたトーマは顔も広い。稲妻に来たばかりの頃は、その洞察力とコミュニケーション能力を頼みの綱とし、様々な業界の人と出会ってきた。
のちに、多くの人がトーマと懇意になりたいと名乗りを上げたほどである。
知り合いが増えれば、人脈が増えるのも至極当然のこと。トーマは彼らから様々な情報を得たり、彼らが気付かぬうちに社奉行へ利益をもたらす「取引」を行ったりした。
しかし、トーマはその人脈を私利私欲のために使ったり、社奉行の名義で他人に強要したりはしない。
幅広い人脈、正確な判断力、そして適切な手段。これらがあるからこそ、トーマは稲妻で名を馳せることができたのかもしれない。


キャラクターストーリー2
整った顔立ちに、明るい性格のトーマだが、意外にも可愛い動物相手には無防備になるようだ。
トーマは外出する時、動物用のおやつを常に持ち歩き、野良猫や野良犬を見かけると餌をやっている。
動物たちが食べ物を頬張る姿を見て、顔をほころばせるトーマ。
彼にとって、動物たちは自分と同じ、この世界を構成する一員なのだ。
人目のつかないところでも、精一杯生きようとしている。
生きている限り、必ずいいことがある…トーマは常にそう信じてきた。
たとえ今までに会ったことがなくとも、自分との出会いが彼らの幸せに繋がることを願っているのだ。


キャラクターストーリー3
神里家の家司として、家政に関して「全能」であるトーマ。
掃除、料理、裁縫、他にも園芸、看護、接待などいずれも軽々とこなす。
そんなトーマにとって、家政とは仕事や責務であるだけでなく、趣味でもあるようだ。
彼は部屋を新居のように磨き上げ、手すりにはホコリが一つも残らないようにする。綺麗に片付いた社奉行を前にすると、彼はとても幸せな気分になるのだ。
掃除をすることで達成感を得るためか、機会があれば箒やはたきを手に取り、目に付いた汚れを一掃する。
また、トーマは同僚の日頃の生活にも気を配っている。
とある冬の日、稲妻の気温が急に下がり、社奉行の護衛が見回り中に風邪を引いてしまったことがあった。数日後、その護衛はトーマの編んだセーターを貰ったのだ。
ちょうどいい大きさのセーターを見て、護衛は毎年冬になると母親から送られてきていた服のことを思い出した。
だが母はもう高齢で、何年も服を送ってきていない。
故郷を懐かしんだ護衛は、長期休暇を取って家族と会うため帰省した。彼が帰ってきた日、トーマは故郷のお土産を渡される。それがきっかけとなり、二人は仲が良くなることとなった。


キャラクターストーリー4
トーマの父は稲妻人で、母はモンド人だ。
トーマはモンドで育ち、幼い頃からその自由気ままな雰囲気に慣れ親しんできた。その影響からか、トーマは誰とでもすぐに打ち解けることができる。
一方で、幼い頃から父親に教えられてきた「忠誠」という言葉も彼は大切にしていた。
父が稲妻に帰った後、モンドのお酒を飲めなくなった彼を心配して、トーマは蒲公英酒を積んだ船に一人乗り、稲妻へ向けて出港した。
だがその途中、大波によって船が転覆し、トーマは海に落ちてしまう。幸いなことに、彼は意識を失いながらも海を漂流し、稲妻の浜辺に辿り着くこととなった。
稲妻に着いた当時、トーマには何もなく、家族もいない。それでも楽観的に稲妻での生活を始めるトーマ。
しかし、どれだけ懸命に探しても、稲妻にいるはずの父を見つけることはできなかった。
そのもっとも辛く苦しい時に、トーマは稲妻で生涯「忠誠」を尽くせる人物と出会ったのだ。


キャラクターストーリー5
異国の血が流れているという理由で、トーマは稲妻人から「外の人」扱いされてきた。
奇異な目を向けられたり、根も葉もない噂話をされたりもしたが、トーマは何の不満も見せることなく、どんな質問にも笑顔で応じたという。
社奉行において、トーマはもっとも温厚な人物として認知されているが、外部の人間から見たら決してそうではない。
「トーマを怒らせるな!でないと、収拾がつかなくなる。」
いつの頃からか、そのような言葉が町には広まっていた。多くの人が、それを鵜呑みにして信じている。
トーマに関わったことで怖い思いをした人は、彼のことを聞くと恐怖がよみがえるらしい。
「普段は優しい顔をしているが、あいつには騙されるな!俺は社奉行からはした金を騙し取っただけなのに、あいつは…」
そう、社奉行の利益を害したり、神里兄妹を蔑ろにする輩がいたりした時、トーマは必ずその代償を払わせるのだ。
彼はこれを自分の責務と考え、誠意を尽くしている。だが、自分の功績を決して人には自慢せず、たとえ批判されても弁解はあまりしない。
「そんなの誰も気にしないよ。しかも、オレがどんな人間であろうと、知るべき人が知っていれば問題ない。」


古びたはたき
トーマが愛用するはたき。共にたくさんの「戦場」を経験してきた。
長く使いすぎたせいか、どんなに手入れしても古臭く、ホコリを被っている感じがする。それでも、トーマは捨てようとは思わない。
このはたきは、トーマが社奉行で初めて掃除を任された時にもらったもの。
これを見ると、あの頃の大変な思いと、それでも楽しかった思い出がよみがえるのだ。
当時のトーマは、まだ掃除に対して特別な心得はなかった。経験不足から、夜遅くまで掃除や片付けに追われることも多々あった。
その時、彼の傍にいたのが夜空の月明かりと、夏夜の虫の声、そして梁を叩くはたきの音。
掃除といっても、その種類はさまざまである。簡単な掃除から、隅々まで行う大掃除まで、トーマはそのすべてを経験した。
最初はつまらない作業だと感じていたが、慣れてくると掃除をしている時のほうが落ち着いて物事を考えられるように感じた。
そのため、今でもトーマはこのはたきをよく使って仕事をしている。
目の前のホコリをはたきながら、トーマは頭の中にある霧も払った。


神の目
モンドに住んでいた頃のトーマは、強い願いを特別抱いていたわけではない。
毎日、彼は早朝の太陽と花の新鮮な香りで目を覚ます。朝食の後は、ゆったりと街中を散歩したり、大自然の中を自由に散策したりした。
当時のトーマは、人は悠々自適に生きる幸せを享受すべきだと考えていた。
そのまま、平穏な一生を送るのもよかったのかもしれない。
だが、この穏やかな考えは波にさらわれ、小舟で見知らぬ国に辿り着いた瞬間に消えてしまった。
ここでは、人の好意を受けなければ生きていけない。こうして、トーマに「恩返し」という思いが生まれた。
10年前、社奉行である神里家が勢力を失い始めた頃。
両親の死により、当主の継承権をめぐる争いに巻き込まれた神里綾人は、トーマにこう語った。
「稲妻の状況がはっきりしない今、神里家が直面する紛争は増える一方です。君は危機を察知できる人、巻き込まれたくないのなら、早めに帰ってください。」
神里家から多くの恩恵を受けてきたトーマが、このまま去っていいのだろうか。去ることを選べば、後悔と罪悪感を抱いたまま普通の生活に戻ることになる。
迫りくる嵐の中、トーマは海に浮かぶ葉のように迷った。
「今、去ってしまうと、忠誠心を捨てることになる。父さんは忠誠の大切さを教えてくれた…オレは若とお嬢のために、自分の役割を果たすべく、微力ながら最善を尽くしたい。今後、お二人が歩まれる道でオレは、必ずや助けとなりましょう。」
忠誠と義に燃えた意志は強い願望を生み出し、神の注意を引いた。
トーマの選択に呼応するかのように――運命の分かれ道となったこの夜、彼の傍らに炎のような、真っ赤に輝く「神の目」が現れた。

ナ行

ナヴィア

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キャラクター詳細
フォンテーヌの法律は非常に厳格だが、社会の気風は比較的自由だ。フォンテーヌに存在する大小の民間組織――マフィアとも云う――は、起源も、沿革も、目的も、スタイルも異にしている。
例えば、一時台頭していた「ボウシクラゲ団」は、水域の生態環境の保護を主張する団体だったが、実は爆弾愛好家たちによって設立された。
そういった組織に比べて、棘薔薇の会は若い会長がやや活発すぎるものの、基本的には法を遵守しており、信頼している良い組織である。
対外的な公式説明によると、棘薔薇の会は「民衆の生活を第一に考え、各業界にまたがって人々のために全力で難題の解決に取り組み、必要があればフォンテーヌ政府とも連携する団体」である。
一方、ナヴィアに言わせれば、棘薔薇の会は「どんな人でも受け入れ、どんなことでも手伝い、適時適切に声をあげ、適切に発砲するビジネスパートナー」だそうだ。
どちらの説明もほぼ間違ってはいないため、好きな方を採ればよい。ただ、後者を採った者は、ナヴィアと友達になれる可能性が高いだろう。


キャラクターストーリー1
フォンテーヌで「劇を観て育った」と言う人がいれば、それは「水を飲んで育った」と言っているのと同じことで、取り立てて言うほどのことではない。
ナヴィアも例外ではなかった。幼い頃は舞台上で繰り広げられる物語に夢中になり、父親にねだってチケットを買ってもらった。ただ舞台下の観客席に座って舞台上の役者と共に波瀾万丈の一幕一幕を経験するために。
しかしナヴィアが持っていた劇への感情は、棘薔薇の会の仕事に関わり始めてから変わり始めた。劇における「衝突」は、交渉のテーブルにおけるものほど頻繁ではないようだ。メイクで表現される傷跡は、サーンドル河の住民の体にいつでも見られるものだ…
次第に、彼女は歌劇場に足を運ばなくなり、周りの人の面倒を見ることに時間をかけるようになった。舞台上の悲劇は人目を引くが、ナヴィアはそんな悲劇が現実に演じられることはあってほしくなかった。
立場の違いから一緒になれない恋人が、抗争の泥沼から抜け出すにはどうすればいい?事故で仕事を失った壮年の者が、家族を養っていくにはどうすればいい?
——世の中にはこうした問題が山積みだ。それは棘薔薇の会の活動を支える主要なビジネスとは異なり、円満に解決させられたとしても何の収益も得られない。それでもナヴィアは力の限り手を差し伸べ続けた。
そんなお節介を拒絶する者がいれば、彼女は胸を張ってこう反論するだろう。「それがどうして些細なことだなんて言えるの!」ナヴィアは相手が二の句を継げないように、あえて堂々と言った。「こうやってあたしは、小さな問題が大きなトラブルを引き起こすのを防いでるのよ。それに、歌劇場の舞台に立つ人が一人でも減れば、パレ・メルモニアを助けたことにもなるでしょ?」
そんな時、彼女はお嬢様やボス…そして他のあらゆる立派な肩書きの一切を名乗らない。ただの、「親切な市民ナヴィア」になるのだ。


キャラクターストーリー2
今でこそ人々を助け、トラブルを解決してくれると名高いナヴィアだが、幼い頃は彼女自身が一番のトラブルメーカーだった。
多忙なカーレス会長は、よく棘薔薇の会の構成員に娘の世話を頼んだ。しかし彼らが世話を焼くべき相手はいつも、あっという間に姿を消してしまうのだ。ある時、残されたお目付役はあちこち探し回った末に、ようやく屋根の上にハットのはしっこを見つけた。しかし、慎重に屋根に登ってみると、それは本当にただの小さなハットであった。
その頃、ハットの持ち主はと言えば、モン・オトンヌキで楽しく遊んでいた。彼女は好奇心が旺盛で、遊び相手がいなくても自分で楽しみを見つけられる子供だった。例えば、小さな池があればそれを丸一日眺めていられた。浅瀬で羽をぱたぱたさせながら水浴びしている鳥を見たり、水の底から浮かび上がってきて背泳ぎをするラッコを見たりするだけで、随分長く楽しめたのだ。そんな日は、楽しませてくれたお礼にと、鳥に餌をやり、ラッコに貝殻をプレゼントしたものだった…
時には、自分から遊び相手を探すこともあった。サーンドル河の子供のほとんどはおもちゃを持っていなかったので、ナヴィアは彼らと一緒にかくれんぼをして遊んだ。シルクのスカートの裾を引きずってパイプの中に隠れるのである。勝っても負けても、ナヴィアはいつも他の子供より収穫が多かった。隠れ場所から出てくると、隅っこで拾った何かの部品や、誰かが落としたモラ、そして使い古しの工具箱を懐から出してみせ、仲間たちから感嘆の眼差しを向けられた。
ナヴィアはいつもあちこち駆け回っていたが、大人たちは彼女に特別寛容なようだった(ただし父親は除く)。棘薔薇の会の構成員は擦りむいた膝に包帯を巻いてくれ、サーンドル河のおばさんは破けた服の裾を繕ってくれた。こんなに沢山の人に愛されているんだ——ナヴィアはますます、嬉しい気持ちになった。
ある日、ナヴィアは近所のおばあさんが他の人にこんな話をしているのを耳にした。「…あの子には父親しかいないのに、父親は構ってやる暇もない…いつも一人で外をぶらついていて、見ていてかわいそうでね…」
それを聞いたナヴィアは一瞬、少し嫌な気持ちになった。自分は幸せだ。父親からも愛されているし、周りの大人や子供たちにも好かれていると思っているのに、どうしてそれをかわいそうなどと思う人がいるのだろう。
もしかして、自分がはっきり表現しないから、誤解を与えてしまったのだろうか?これはよくないことよ——ナヴィアは思った。
それ以来、小さなナヴィアは愛されていると感じるたびに、大声で相手にこう言うようになった。「あたしを愛してくれてありがとう、嬉しいわ!」


キャラクターストーリー3
ナヴィアが銃と傘を一体化させたそもそもの動機は、単純なものだった。他のことをするのに邪魔になるようなものを、あまり手に持っていたくなかったのだ。
フォンテーヌでは雨がよく降るうえ、雨あがりの日差しは決まって厳しくなるため、外出時には必ず傘を持って行かなければならない。また、銃も棘薔薇の会の「お嬢様」にとっては欠かせないものだ。ナヴィアが手にしている銃をただの飾りだと思う者はいないだろう。
彼女の射撃術は見よう見まねで学んだもので、ターゲットに命中させられるならば銃をプクプク獣に置いて構えても構わないと言わんばかりのものだ。
これに対して、きちんとした訓練を受けてファントムハンターの射撃術を受け継いだクロリンデはしきりに首を横に振りつつも、「これほどポジティブに戦場に向き合えるというのは、大したものだ」と評価する。
ナヴィアはこれを純粋に褒め言葉だと受け取っている。彼女は大人になった(と、自分としては思っていた)十数歳の頃からクロリンデとは知り合いであり、彼女の話し方には慣れているのだ。ナヴィアは、すごく的を射た褒め方!——と思った。
「ポジティブ」というのは確かに、得難い素質だ。意識してそうなろうとしても、生活上の困難に笑顔で向き合うのは多くの人にとってなかなか難しいことだ。しかしナヴィアは生まれつき、それができる。彼女からすれば、世の中の問題は二種類しかない。解決できるものと、解決できないものだ。解決できるトラブルに出会ったら直ちに行動し、どうしようもなければ、自分の気持ちを切り換えて受け入れるのである。
ポジティブだけでなく、寛容さも生活の質を改善するのに非常に役立つ長所だとナヴィアは感じている。この長所は、棘薔薇の会の精神を受け継いだものだ。なにしろ棘薔薇の会は手広く事業を営んでいるというだけでなく、構成員も多種多様で、どこから来たのか分からないテントガメまで存在するのだから。
このテントガメはカーレス氏の友人で、名をコンシリエーレという——「参謀」のような意味だそうだ。ナヴィアも何度か話しかけたことがある。忍耐強く、物静かで、長い時を生きてきた彼は、悩みをぶちまけるには絶好の相手だ。ところがある日、ナヴィアが彼に向かってぽつぽつ話しかけていると、通りかかったシャルロットがカメラを向け…その写真を見た多くの人がそのテントガメのもとに押し寄せる事態になってしまった。それ以来、ナヴィアはめったに彼に会いに行かなくなった。
「コンシリエーレさんとおしゃべりする機会を他の人にもあげないと」。ナヴィアは真剣な顔で言う。


キャラクターストーリー4
世の中というのは、そもそも矛盾だらけなものなのだろう。
例えばナヴィアの父、カーレスも矛盾だらけの人間だった。もし棘薔薇の会がもっと大きなアピール力を持っていれば、多くの仕事はもっとやりやすかったはずだ。しかしカーレスはアクアロードが完成した後、パレ·メルモニアが授けようとした栄誉称号を固辞した。
また、棘薔薇の会の様々な仕事についてカーレスは娘にあえて隠すことはせず、商売上のテクニックについても、知っていることは何でも話した。彼自ら、あるいは人を介して武器の使い方を教えたり、さらには交渉の現場に連れて行ったりと、カーレスは娘を棘薔薇の会の後継者として育てようとしているようだった。一方で、ナヴィアの母親の死因についてはひた隠しにし、ナヴィアに気持ちを吐露したことすらなかった。一時期、ナヴィアは父親と親しいのかそうでないのか分からなかった。
ナヴィアは考えに考えた末、とある結論にたどり着いた。父が自分にこのように接するのは、守るためなのかもしれない。たくさん勉強させ、知識を蓄えさせるのは、将来自分の力で、生活に押しつぶされずに生きていけるようになってほしいからだ。負担や悲しみについて話さず、クレメンタインの死にも触れないのは、悲しませたくないからだ。不必要な負い目を感じさせることを望まないからこそ、たとえどれだけ妻が恋しくとも、彼は娘にそのことを打ち明けないのだろう。
栄誉を捨てたのは、棘薔薇の会は一般市民と触れ合う機会が多いからかもしれない。カーレスは、もし人々が彼を恭しく「カーレス伯爵」と呼び始めれば、知らず知らずのうちに身分の垣根が築かれてしまい、棘薔薇の会が得てきた人々の信頼が失われる可能性があると考えたのではないだろうか…
これらは、あくまでナヴィアの勝手な推測にすぎない。
そして…ナヴィアもまた矛盾を抱えていたと言える。勇敢で、ビジネス以外では思ったことを率直に言ってのける彼女だが、こうした推測を父親に直接確かめることは一度もなかったのだ。
「——パパはあたしを守るためにそうしてるんでしょ?あたしを信じてくれてるはずなのに、あたしの感情コントロール力を甘くみてない?」
…そんな話を、彼女は父親にしたことがない。どうせ急ぐ話ではないし、頑固な父親が今ほど感情を隠さなくなり、自分ももう少し大人になって落ち着いた頃に、ゆっくり話をしても遅くないだろう…そう彼女は思っていたのだ。
結局、時間が答えを出した。それは、父親が彼女に教えてくれなかったことも教えてくれた。
たいていの物事は、同じようなものだ——備えることのできないことは、いざとなってから臨機応変に受け入れていくしかない。マルシラックがいなくなった後、ナヴィアが自分でメモを整理し始めたように。
最初はうっかりしてしまうこともあるだろうが…大丈夫だ。彼女ならすぐに覚えるだろう。


キャラクターストーリー5
水の国であるフォンテーヌには、古くから水に関する逸話が多く伝わっている。例えば、天から降る雨は水の龍王の涙であるという話や、地上大湖には人間の感情が含まれているといった話がある…
前者は子どもをあやす童謡の歌詞にすぎないと思われているが、後者は、殆どの一般人が証明できないことであるにもかかわらず、「予言」の件の影響もあって、次第に人々の心の拠り所となっていった。
厄災が過ぎ去ってからというもの、フォンテーヌの復興作業は着実に進んでいる。そして同時に、水辺に留まる者が増えていることにナヴィアは気づいた。特に、ポワソン町一帯で、である。
棘薔薇の会の会長を継いで以来、ナヴィアはずっと奔走し続けてきた。しかしある日、とある水辺を通りかかった時、水中に映っている自分の姿を見て、彼女はふと少し足を止めたいと思った。ただひたすらに池を眺めていた、幼い頃のように。 ナヴィアはかがみ込んで、手で水をすくった。水は彼女の指の隙間から少しずつこぼれていき、最後にはわずかに手のひらに残るのみであった。ナヴィアはこの水から、何も感じなかった。ただ雨で薄められた血の跡と、海水が引いた後に残された服だけを思い出した。
ナヴィアは物事の明るい面を見るのが好きだ。それに、悲しい気持ちが周りの仲間にうつるのも嫌なので、泣くことはめったになかった。しかし…彼女の流してこなかった涙は長い年月の間に溜まり続け、ついに出口を見つけたようだった。
それは風に吹かれて乾いたために、水中に落ちることはなかったが、時間とともに消えることはないだろうとナヴィアは思った。
彼女の流したわずかな一滴は、世に在る他の水と同じように、蒸発し、凝結し、そしてまた小雨となって降り注ぎ…雨季が訪れるたびに、彼女と再会するのだろう。


一番のタイミング
背伸びをしなくても棚の一番上に手が届くようになった頃、ナヴィアはカーレスから一冊のノートをもらった。中身に日付はなく、決まった書き方もなく、一部には句読点さえ打たれていない。そのノートは、母親のクレメンタインの手によるものだった。
初めは驚き喜んだナヴィアであったが、読んでいくうちに内心いらだちを覚えていった。
カーレスと共にルキナの泉を訪れた話から始まるそれは、母親の随筆だった。二人で子供を産み育てると決めた時から、母親はきっと常にナヴィアのことを想っていたのだろう。金色のヒマワリを見ては子供の髪の色を想像し、澄み切った湖を見ては子供の瞳の輝きに思いを馳せる。
母親はそうした期待や願いまでもを、そのノートにひとつひとつ書き記していた。自分たちの子供が素晴らしい美徳をたくさん育んで、世の中の食べ物や冒険を存分に味わって、色んな幸せと楽しみを手にできるようにと、願いを込めて。
ナヴィアが母親の残した記録を読んだのはこれが初めてのことではない。しかし彼女はこのノートを読んで、これまでで一番喜び、そして怒ったーーなぜ父は今までこれを渡してくれなかったのか?と。
しかしこの怒りは長くは続かなかった。薄いノートを、ナヴィアはすぐにすべて読み終えた。最後には、とても簡潔な一文が記されていた。
「子供のことばかり書いてしまったけれど…これはあくまで、私の願い。」
血の繋がりのなせる業だろうか?ナヴィアはすぐにこの言葉の意味を理解した。クレメンタインは、ナヴィアが成長する過程で、自分の願いが重荷になってしまうことは望んでいなかった。だからこそカーレスは、ナヴィアがナヴィア自身の思い描く大人になるのを待って、このノートを彼女に渡したのだ。
この日、ナヴィアは珍しく外出せず、自分の部屋に長いこと閉じこもっていた。そして珍しく、父親の独断専行を認めた。
きっと、本来なら母はこのノートを直接手渡したかったはずだ…大きくなったナヴィアに、一番いいタイミングで——


神の目
何年も前の誕生日パーティで、ナヴィアは大好きなテーブルゲームを引っ張り出した。
その日は彼女がついに成人した記念すべき日だからか、ゲームに参加する人も格段に多かった。にぎやかな雰囲気の中で、誕生日の主役であるナヴィアがそのままシナリオの主役を演じたことを除けば、誰もが知恵を絞って自分とはかけ離れたキャラクターを作り上げた。
いつもは冷静沈着なマルシラックがそそっかしい依頼人となって、自分の一族にかけられている古い呪いを一緒に解いてほしいと——あるいは「受けてほしい」と言うべきか——皆に声をかける。いつもは身なりの整った礼儀正しい男であるソニィが変身したのは、言葉遣いの汚いコソ泥だ。彼はこのために大きな犠牲を払い、ほとんどずっと着ていた薄い色のコートを脱いだ。会場を通りかかったために卓に引きずり込まれてしまったシルヴァは当時、まだ棘薔薇の会に入ったばかりの、ほやほやの新人であった。皆は戦々恐々とする若者のために、神秘的で強大な力を持つ魔術師の役を作り上げた。
最も致命的だったのは、これまでゲームの進行役を務めるのみであったクロリンデが、この時ばかりは「お嬢様」のコードネームを冠する著名な冒険者と「グルになる」ことを選び、撃てば必ず外す銃使いの専属医として登場人物に転じたことだ。回復役はどうしても必要だろう、というのが彼女の述べた理由である。いなくなったゲームマスターの穴埋め役として、白羽の矢が立ったのは、カーレス氏であった。彼は手にしたソフトドリンクを置き、観客席(ベンチ)を離れてみんなの真ん中(ソファ)に座ることを余儀なくされた。
ナヴィアはこの始まりにとても満足だった。
ゲームは冒頭から思わぬアクシデントが続いた。お嬢様の誕生日パーティに乱入してきた見知らぬ依頼人は、ドアを突き破って入ってきた挙句にひどい「判定」を出し、三段のケーキに頭を突っ込んで窒息しかけ、最初の五分で千年にも及ぶ一族の呪いの件を自己解決してしまうところだった。お嬢様は急いで、親切な医者に彼を助けさせた。「彼を助けることは敵を助けることにも繋がるでしょう」——医者はそう言いながらサイコロを振った。
ゲームマスターは顔色ひとつ変えず、低い声を響かせながら自分の役目を忠実に果たした。
『雨の中飛び込んできた若者は全身ずぶ濡れで、両手が震えていた。』
『彼は懸命に顔と体のクリームを拭い取ったが、まだそこかしこに残ってしまっていた。』
「この邪悪な呪いに立ち向かおうとしてくださるなんて…ありがとう、親切な皆さん!」
ゲームの中盤では、案外幸運が続いた。問題を解決するには、まず問題の根源を調査せねばならない。そこで魔術師は、依頼人の先祖が何らかの理由で悪魔と契約を結んだのではないかと推測した。「もっと運が良かったら原因がはっきり分かっただろうに…」と魔術師は悔しがった。「それじゃあ、そいつのバカな先祖は代償の大きい契約を交わしたってことか。子孫への裏切りだな!」とこそ泥は吐き捨てるように言った。「じゃあ、契約書を盗んで捨てちゃえばいいんじゃない?」とお嬢様は何の気なしに提案した。
経験不足のゲームマスターは、彼らの行動を許したことをきっと後悔したに違いない。しかし、コソ泥の運は並外れて良かった。
『…「お嬢様」は知略に長けており、「怪盗」もそういうことには造詣が深かった』。*
『契約書がこうも簡単に手に入れるとは誰も思っていなかった。しかし、そこに書かれた文字は難解だった…』
そして、物語は思いのほか、円満に幕を降ろした——大変努力した、大変善良な(そして大変不慣れな)ゲームマスターのおかげで、ついにお嬢様は様々な能力値を持つ仲間たちを引き連れて太古の悪魔と相まみえることになった。戦闘は、例に洩れず大混乱だった。魔術師はいつも真っ先に正気度を失い、医者の弾丸は一発も命中しない。皆の命が尽きかける中、冒険者のお嬢様は危険を冒してでも行動するしかなかった。彼女は一回の行動で悪魔のそばに移動すると、辛うじて正面攻撃に耐えた。そして破れかぶれになって、「あんたの銃で撃たれたほうがまし!」と医者に言った。
ゲームマスターが口を開くのも待たずに、医者はサイコロを投げた——カーレスは黙って点数を数えると、三度に渡って深呼吸した。
『…弾丸は悪魔の弱点に風穴を開け、巨体は深淵に落ちていった。』
『それは闇に還り、深い眠りにつこうとしているのだった。そのでたらめな呪いと共に…』
『歓呼の声を上げるがいい!勇敢な冒険者のため…そして悪運に取り憑かれていた戦友のために!』
会長の言葉に応えたのか、それともただ抑えきれなかったのか——皆は歓声を上げた。その後…賑やかな声に満ちる中、道具を片付け始めたカーレス氏だけが、呆然としていた。彼はサイコロを入れる箱の中から、金色の宝石を取り出した。「ナヴィア…これはお前のものだと思うが。」
その場には多くの人がいたが、この神の目は確かにナヴィアのものだった。なぜなら彼女がちょっと念じただけで、岩元素の巨大な刃が誕生日ケーキを真っ二つにしたからだ…それも、テーブルごと。
夜が更ける頃には、パーティ会場の喧噪も彼女の興奮も収まっていた。ナヴィアはベッドに横たわっていたが、神の目を得た時に自分が何を考えていたか、どうにも思い出せないでいた。あの時自分は、さんざん苦労したシナリオがついに勝利で締めくくられたことにほっとしていたのだろうか。あるいはこれからも毎年、誕生日には家族や友人がそばにいてくれることを願ったのだろうか…
前者ではまるで、円満な結末を迎えるためには、これからも必ず数々の困難を乗り越えなければならないと言われているようだ…だから、やはり後者のほうがいい。
ナヴィアは半ば夢うつつでそう考えながら、神の目を握ったままゆっくりと眠りに包まれていった。

七七

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キャラクター詳細
キョンシーなのだから、表情が固いことも許されるだろう。
キョンシーではあるが、七七はきちんと体を鍛えている。
記憶力が極めて悪い。それは、七七が人に対して冷たい理由の1つだった。
七七の外見は、ずっと亡くなった時のままであるため、実年齢は推測不可能である。
キョンシーを動かすには、勅令が必要だ。しかし、ある原因で七七は自分で自分に勅令を下しているのだ。


キャラクターストーリー1
通常、キョンシーの体は冷たく硬いため、飛び跳ねるようにして動く。
普通の人に近い状態を保つため、七七はいつも柔軟体操をしている。
「往生堂」の七十七代目堂主胡桃は、これをよく思っていなかった。
彼女は七七と合う度に、熱心に提案する。「私に葬られたほうが楽だよ」
もちろん、七七は葬られたくはない。
そのため、彼女はいつも人気のない夜に、体を鍛えているのだ。
不死身の七七は、記憶力が一般の人よりも悪い。
記憶力の強化練習を常にしていなければ、3日も経たないうちにすっかり忘れてしまう。
だが、これはいいことなのかも知れない。苦痛な思い出を持つ人にとって、忘却は解放でもある。
七七にとって、現在最も記憶する必要がある人は…殴りたくなるような顔で、毎日彼女の目の前に現れる。
そのため、七七は特に「記憶力が悪い」ことを気にしていないのだ。


キャラクターストーリー2
体は小さいが、七七は凄まじい戦闘力を持つキョンシーだ。小さな体は不利になる所か*、むしろ高速で移動できる利点を持つ。
戦闘中の七七は、日常的に意識している制御を止め、体をキョンシーの状態に戻す。すると、力も速度も普段より格段に上がるのだ。
「死んだ」
無表情に敵を仕留めた後、七七は筋肉を制御し、普段の状態に戻る。
一人で薬草取りに行く時、「宝盗団」に狙われたこともある。
一人でいる小さな女の子は、どう見ても格好のターゲットだ。
しかし、ごく普通に見えるこの女の子が…相手全員をボコボコにするなんて、誰が予想できたのだろう?
だから忘れてはいけない。人は見かけによらないのだ。それは、キョンシーでも同じである。


キャラクターストーリー3
通常、キョンシーが行動するには、自身を呼び起こした者の勅令が必要だ。
しかし、厳密に言うと、七七は誰かに呼び起こされたわけではない。/*そのため、彼女はこの世界では珍しい、自分で自分に勅令を下すキョンシーになったのだ。
「敵を倒す」などのかんたんな任務なら、特に問題はない。
だが、「絶雲の間の険しい崖で薬草取り」のような任務の場合、七七は時庵崖の途中で引っかかってしまう。しかし、彼女は登ることに失敗しても諦めない。
もちろん、勅令を開場する方法はある。しかも、とても簡単な方法だーー後ろから七七を抱きしめ、「大好きだよ」の類いの言葉を言ってやれば解除できる。
白朮はいつも感情を込めずにやるから、効果はいまいちだ。
もしいつか…このような言葉は、軽い気持ちで人に言ってはいけないことを知っていて、もじもじしながら、七七の勅令を解除してくれる人が現れたら…
七七はどんな反応をするのだろう。


キャラクターストーリー4
この古い物語はとっくに人々に忘れられていた。
七七というごく普通の薬草取りの娘が、誤って仙境に入り右足を怪我した。
怪我を処置するため、彼女は慌てて洞窟に入った。
傷口に包帯を巻いていると、彼女はこの世界に存在しないものの声を聴いた。まさか、巨大な音がした後、自分が永遠に生死の境をさまよう存在になるとは、彼女は思ってもいなかった。
仙と魔、正義と邪悪…どちらも彼女はただ巻き込まれてしまっただけの犠牲者であるとわかっていた。
これは天の意思かもしれない。瀕死の彼女はなんと「神の目」を手に入れ、仙魔大戦を終結させた。
彼女を不憫に思った仙人たちは、各々の仙力を七七の体内に注ぎ、彼女を復活させようとした。
しかし、蘇った七七は体内の仙力を制御できず、暴走し始めた…
この騒動を治める*ために、「理水畳山真君」は仕方なく、この不幸な娘を琥珀に封印した。


キャラクターストーリー5
数百年後、琥珀に封印されていた七七は、やっと人々に発見され、埋葬するため「往生堂」へ送られた。
険しい山道を行く途中、琥珀はあっちこっちにぶつけられた。加え、長い年月の中で、七七の封印は今にでも解かれそうな状態であった。
ある夜、七七は完全に覚醒し、こっそり琥珀を打ち破り逃げ出した。
生前の習慣の影響により、七七は山森に向かった。途中で偶然であった薬舗「不卜廬」の店主白朮が彼女を引き取った。
白朮は医術に優れているが、誰でも救う聖人ではない。
しかし、例え七七の記憶力が悪く、薬剤の分別に間違いがあっても、彼は七七を引き取ると決めた。
七七に対する寛容は、彼が個人的いに追い求めているものと何らかの関係性があるらしい。
七七の動きは遅いが、頭の回転は遅くない。七七はとっくに白朮の狙いに気付いていたが、あまり心に留めてはいなかった。
経験し過ぎたのか、それとも孤独な時間が長過ぎたのか…例え、この「善意」の裏に何らかの企みがったとしても、七七は彼を感謝している


「不死身向けの旅に関する実用書」
七七はいつもノートのようなものを持ち歩いていた。
七七は記憶力が悪い。それは、日常生活に支障をきたさないようにするための必需品だ。
中身は数百年前の字体で書かれており、字はとても綺麗だった。
最初のページには、柔軟体操の練習方法が書いてある。
次のページからは、様々な薬草についての詳細や「勅令に」ついて書いていた。
七七は自分に勅令を下す必要があるため、勅令については特に詳しく書いている。
毎日やるべきこともきちんと書いてある。
最近は、「脳トレ」や「記憶力増強方法」に関する内容も追加された。
こうして、このノートのような物は、旅の実用書のような本になった。
ただ、もしいつか、七七がこれを見ることすら忘れてしまったら…それこそおしまいだ。


神の目
七七の「神の目」は死ぬ直前に授かったものだ。
時を止めて、過去の日々に戻りたいと思った時。
死への恐怖、生存への渇望、そして家族への思い…この全てが「氷」の模様になった。
「もし過去に戻れたらいいな…」
涙が瀕死の娘の目からこぼれ落ち、突如現れた「神の目」に落ちた。
「三眼五顕仙人」たちは、彼女の「三眼」としての正当性を認めた――過ぎ去った日々への渇望も、守護の意思の一つだ。

ナヒーダ

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キャラクター詳細
「マハールッカデヴァータ」はスメールの雨林を創造しただけではなく、教令院を通じてその英知も民に授けた。この世から去った今も、その英名は世に流布される物語によって語り継がれている。
それに対して、その神が逝去してから賢者たちにスラサタンナ聖処へ迎え入れられた「クラクサナリデビ」は、ある種のシンボルとして存在している――そう、神の庇護がこの地から去っていないことを証明するものとしてだ。
しかし、彼女がいったい何者で、どのようにして生まれ、そしていかなる権能を持っているのか、その答えを知る者はごく僅かである。
シティの賢者が「クラクサナリデビ」についてはぐらかしていることから、民衆は次第に真実を察し、神の英知が降りかかるという過分な望みを抱かなくなった。
「アーカーシャ」は今も昔も効率的で便利なもの、これも「マハールッカデヴァータ」が残した神の御業である。しかし、民衆は知らない――「アーカーシャ」が新たに誕生した神の耳や目になっていることを。
彼女は「アーカーシャ」を通じて人々の喜怒哀楽を渡り歩き、古い神への崇拝と新たな神への失望、そして「知恵の神はもう存在しない」という民衆の認識を当然知っている。
絶え間なく学び続け、誰よりも早く成長することのみが、世界のもっとも深き処から訪れる脅威と相対する方法であることを、彼女はしかと理解していた。これは彼女にとって避けられない運命である。
理解されずとも、重要視されずとも、ナヒーダはこれらに対して異論を唱えはしない。


キャラクターストーリー1
学びと成長の過程は楽しいものだ。この世界にまつわる知識は、いつもナヒーダの旺盛な好奇心を満たしてくれる。
少しずつ自然や元素の法則を掌握し、空と海の生態を理解していった彼女は、それらすべてを知り尽くした上で、理から外れることなく想像を超える美しい夢を創り上げる。
この夢の本質は彼女が得意とする不思議な比喩と同じものであり、全く関係のない二つの物事にある共通点を人々に理解させ、悟らせることができるものだ。
しかし、そんな彼女が知恵を絞っても答えを見つけられないことがある。その多くが、人間や世間にまつわることと向き合うときだ。
例えば、真実を告白すれば罰を免除されるというのに、沈黙を貫いたり嘘をついたりする人がいる。また、心から愛している人と過ごしているのに、いつも鋭利な言葉を吐く人もいる。
まるで世界中の矛盾が人間という生き物に集まって表現されているかのように、その感情の変化はナヒーダを困惑させた。
不思議な比喩もこの時ばかりは力を発言できない。なぜなら、世界中を見た渡してもそのような混迷とした仕組みはみつけられず、参考にできないからだ。
彼女は人それぞれに特殊な点があって、その特殊さゆえに似たような感情に対してもかけ離れた反応を見せると解釈することしかできなかった。
ただし、そのような解釈だけではもちろん彼女を満足させるには不十分である。人間を理解するには、冷たい知識とルールだけでは足りないのだ。
もしかしたら、それらを知ったときになってようやく、莫大な犠牲を払い、揺らぐことなく人間の味方で有り続けた「彼女」の考えをナヒーダは理解できるのだろう。
なぜなら「その者たち」はすべて、この世で唯一無二の存在だからだ。


キャラクターストーリー2
ナヒーダの生活は単調なものではあるが、彼女はスメールで最も幻想的で生命力に溢れた夢を持っている。
「アーカーシャ」を通じて昼に掌握した知識は、夜に夢となって弾むように再現されていく。彼女の掌握する知識量が増えるにつれ、夢も次第に精巧で賑やかなものとなっていった。
これは彼女の精神を安らげるだけでなく、学んだばかりの知識が常識に沿ったものか検証し、漏れがないかを確認する機会でもある。
初めて暝彩鳥を夢で見た時、それは切り株に立った姿勢のまま空を旋回し、サラに翼も広げていなかった。
その光景はどう見ても奇妙なものであり、すぐにナヒーダの目を引きつけた。彼女はこのことから翼の用途を理解し、やがて暝彩鳥は夢の中で自然に翼を使って飛び回るようになった。
これを皮切りに、彼女は似たような方法で川の底で眠っていたキノシシ、リンゴの木に実っていたダイコン、羽の色が異なる晶蝶を修復していった。
知識は世の万物を合理化することに使われるだけでなく、子供心に満ちた「遊び」のためにも使われる。
理論上、キノシシは地面しか歩けないはずだが、翼の用途を知れば、翼の生えたキノシシも空を飛ぶことができるのではないだろうか?
キノシシが飛べるなら、ワニは二足歩行が出来るし、ハッラの実だって人とコミュニケーションをとることが出来る…
このナヒーダの知識体系を構築する方法は、間接的に誰の邪魔も入らない小さな楽園を築いた。夢の中で、彼女はこの上ない幸せを手に入れたのだ。


キャラクターストーリー3
子どもたちの見聞は狭く、しかも感情に左右されやすい。しかし、これは子供の尊厳を踏みにじり、好き放題に嘲笑し、愚弄していい理由にはならない。
挫折や落胆は子供に現実を教えるが、純粋な思いや熱い感情も失わせてしまう。
不幸にもこのような問題に遭遇した子供は、いつもと変わらぬ夜に、ある優しい声をよく聞く。
彼女は真剣に子供の話に耳を傾け、時に不思議な比喩で子供に道理を説明してあげる。遊びに付き合ったり、好きなゲームやお菓子について話し合ったり…夜が明けるまでそれを続けるのだ。
一夜の付き添いは短いものであるが、それはこの世にまだ自分を理解してくれる人が存在することを子どもたちに信じさせてくれる。
憎しみや対抗心は温かな感情の中で溶けてゆき、自信や元気を取り戻した子供たちは、人生の転機を迎えるチャンスをまた手にできるのだ。
しかし、夢で聞いた声の主を見つけられた子供は一人もいないーー何しろ、比類なき「マハールッカデヴァータ」の英名は知っていても、その偉大な彼女はもうこの世か去っているからだ。
子供たちは何人かこっそりと集まり、この不思議な現象について話し合った。突然、とある物知りな子供が「クラクサナリデビ」というあまり耳馴染みのない名前を口にした。
子供たちは、すぐにそれが夢の声の主であること受け入れたという。もちろん、それを信じてくれる親は一人もいなかったが…
だが、それになんの関係があると言うのだろうか?「クラクサナリデビ」はもう既に子供たちの友達なのだから。


キャラクターストーリー4
スメールの緑化を担当する責任者のところに、謎の手紙届いたことがある。その手紙には「熱心で暇なスメールの一般市民」という署名がされていた。
手紙にはアドバイスが事細かに書かれており、その計画も大変周到なものであった。それは風や雨、日差しなどの影響がすべて考慮されており、実用化のための需要も満たしている。
手紙に書かれている専門知識から、差出人は名前を表に出したくない生論派の学者だと判断された。
匿名である理由はわからなかったが、上層部からの命令でも受けたかのように、関係者は手紙に書かれた計画通りにスメールシティでそれを実現させた。
結果、その計画はかなり高く評価されることとなる。ある日、ナヒーダがキャサリンの体を借りて街を歩いていると、植物の配置が彼女の考えたものと全く同じになっていた。それを見た彼女はとても喜んだという。
そう、その手紙はナヒーダが書いたものであった。知識は無論重要であるが、実践が欠けていてはならないというのが彼女の考えなのだ。
しかし、賢者たちによる管理はとても厳重なもの。ナヒーダはようやくこの役に立つか分からない手紙の送付を賢者たちに認めさせた。
ナヒーダにとってこの初めての試みは大成功を収め、勇気づけられた彼女は次の瞬間、空を飛ぶかのように自信に満ち溢れた姿で歩いていた。
しかし、次の曲がり角まで歩いたナヒーダは、予想外の光景を目にする。色が全く合わない花が何本か一緒に植えられていたのだ。
よく確認したところ、そのうちの一種類は色が変わる可能性のある花であることを考慮しておらず、さらに栽培環境を厳密に定めていなかったのが原因だと分かった。
この植物がここ数十日放置されていたかもしれないことを考えると、この「美しさの欠片も感じない」配置が大勢の人に見られたことになる…
ーーその日、普段はいつも微笑みながらカウンターの後ろに立っているキャサリンであるが、両手で顔を隠しながら植木鉢の傍でうずくまり、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている姿を多くの人が目撃したという。


キャラクターストーリー5
どうすれば世界樹に対する「禁忌の知識」の脅威を完全に排除できるのだろうか?
ナヒーダは、かつて自分がこの問題の解答者であると考えていたが、まさか彼女自身が同時に「答え」そのものであるとは思っていなかった。
誰かが何かを成せば、必ずその人の痕跡が残る。そして、その人が自分自身を排除しようとすると、そのすべてがパラドックスに繋がる。
ゆえに、その目的を成すには、必ず他人の助けが必要だ。
ナヒーダがこれらすべてを理解したとき、時間がもうほとんど残されていなかった。考える猶予もなく、長年培ってきた学識さえも目の前にある窮地を打破する役には立たない。
しかし、「■■■■■■■■■■■」が言っていたように、智者として答えを見つけられたこの喜びを噛みしめるべきであろう。
彼女はただ残酷な決定を下すために生まれたわけではない。「禁忌の知識」が根本から解決されてようやく、彼女はスメールの未来に目を向けることができ、この国だけにある美しい景色を見ることが許される。
未来へ歩みだそうとする国は、存在の消える名前を覚えていられないのか?
それはもう重要なことではない。
「本当にもう重要なことではないのかしら?」
ナヒーダならきっと違う見解を述べるのだろう。ただ残念ながら、時間があまりにも足りなすぎる。二人がすれ違ったその刹那、「■■■■■■■■■■■」は反論する機会さえも彼女に与えなかった。


ナヒーダのおもちゃ箱
見た目はよくあるおもちゃ箱と大差ないが、中に入っているのは実験的な複製品が多い。
ナヒーダは現在流行している各種ゲームに非常に興味を持っている。そのルールはシンプルながら、面白さと深みを兼ね備えたものだ。謎解きをするにしても、対決するにしても、それらは人を長時間夢中にさせる。
分かりやすいが簡単ではない、これこそがデザインした者の「知恵」を体現するものだろう。バラして組み立て直すことも、もちろん滅多にない勉強のいい機会である。
しかし、教令院の学者たちは彼女の奇妙な考えに見向きもせず、彼女が持つおもちゃへの欲求も満たそうとしない。だから彼女は一歩譲って、木材や道具だけを要求した。
「アーカーシャ」からの情報を参考に想像を巡らせ、彼女は様々なおもちゃを作り出す。棋やカード、ジグソーパズル、立体パズルなど…
その出来栄えに、ナヒーダは一時的な満足感を味わうことができた。しかし、すぐに彼女はもう一つの問題に気づく。
対戦形式のゲームの場合、ちょうどいい相手が見つからないし、謎解き形式のゲームなら、製作者であるためその解き方が分かってしまう。
「誰か一緒に遊んでくれる人がいてくれればよかったのに。」
彼女はいつもそう考えていた。だから、それに見合う人が現れるまで、これらおもちゃはしばらく箱の中にしまっておくことにしよう。


神の心
「アーカーシャ」の存在は、手段であり目的ではない。「禁忌の知識」が完全に排除された瞬間、「アーカーシャ」はついにその使命を果たした。
神の心の力を狙う者がすべてを企て、そして最後にその牙を剥く。
ナヒーダが異国の神の心を盾にしたことで、卑怯で狡猾な敵は保険である「断片」をやむなく失うこととなった。
しかし、そのすぐ後に相手もある取引を提示するーーそれは世界の「真実」にかかわる重要な知識であった。
彼はこの大地に根ざす価値観をよく理解している。それに、最初からナヒーダの好奇心と責任感を利用しようと企んでいた。「知識」を切り札に使うのは、彼にとってもっとも相応しい使い方だ。
まだ神の心を一つ持っているナヒーダは迷わずにはいられなかった。彼女の神の心への理解は、いわゆる世界の「真実」ほど多くはない。
神の心ーーそれは所詮、膨大な元素力が凝集した、彼女が自在に扱えるコアに過ぎないのだ。しかし、もしただそれだけなら、なぜ躍起になってこれらすべてを集めようとする神がいるのだろうか?
交渉を成立させることは双方が平等に譲歩したということである。どちらが上回ることもなく、どちらが勝者とも言えない。だが、交渉を拒絶することはある種の「無知」を意味する。そのような不利益は、いとも簡単に局面を制御不能なものへと変えてしまう可能性が高い。
「知恵の神」は瞬きの間に答えを導き出した…

魔神任務3章5幕後

変更があるストーリーのみ。
変更、類似部分は太字にしてあります。


キャラクター詳細
遥か昔、草神はスメールの雨林を創造しただけではなく、教令院を通じてその英知も民に授けた。幾千万もの物語が彼女の功績と美徳を賛美するために紡がれた。
民衆にとって草神の存在は、ある種のシンボルとなっている――ゆえに、人々は神の庇護がずっとこの地にあることを信じている。
シティの賢者たちは草神を賞賛し崇めると、民衆も揺らぐことなくそれに追従した。
そして、数多の影響をもたらしている「アーカーシャ」システムは、「クラクサナリデビ」の耳と目になっている。
それは彼女に人々の喜怒哀楽を渡り歩く力を与え、ありとあらゆるものを見られるようにし、そして賛美以外の声も届けた。
見聞が広がるほど、彼女は絶えず学び続けなければならないことを認識していった。誰よりも早く成長することのみが、世界のもっとも深き処から訪れる脅威と相対する方法なのである。
これは彼女にとって避けられない運命。
現状に不満を抱く人がほぼ皆無だとしても、ナヒーダのその考えは揺らがない。その粘り強さは信念から来るものであり、彼女は誰よりも理解している――ここでは、彼女はすべての人の頼りであり、精神的な支えであることを。


キャラクターストーリー1
学びと成長の過程は楽しいものだ。この世界にまつわる知識は、いつもナヒーダの旺盛な好奇心を満たしてくれる。
少しずつ自然や元素の法則を掌握し、空と海の生態を理解していった彼女は、それらすべてを知り尽くした上で、理から外れることなく想像を超える美しい夢を創り上げる。
この夢の本質は彼女が得意とする不思議な比喩と同じものであり、全く関係のない二つの物事にある共通点を人々に理解させ、悟らせることができるものだ。
しかし、そんな彼女が知恵を絞っても答えを見つけられないことがある。その多くが、人間や世間にまつわることと向き合うときだ。
例えば、真実を告白すれば罰を免除されるというのに、沈黙を貫いたり嘘をついたりする人がいる。また、心から愛している人と過ごしているのに、いつも鋭利な言葉を吐く人もいる。
まるで世界中の矛盾が人間という生き物に集まって表現されているかのように、その感情の変化はナヒーダを困惑させた。
不思議な比喩もこの時ばかりは力を発言できない。なぜなら、世界中を見た渡してもそのような混迷とした仕組みはみつけられず、参考にできないからだ。
彼女は人それぞれに特殊な点があって、その特殊さゆえに似たような感情に対してもかけ離れた反応を見せると解釈することしかできなかった。
ただし、そのような解釈だけではもちろん彼女を満足させるには不十分である。人間を理解するには、冷たい知識とルールだけでは足りないのだ。
もしかしたら、それらを知ったときになってようやく、莫大な犠牲を払い、揺らぐことなく人間の味方で有り続けた「■■■■■■■■■■■」の考えをナヒーダは理解できるのだろう。
なぜなら「その者たち」はすべて、この世で唯一無二の存在だからだ。


キャラクターストーリー3
子どもたちの見聞は狭く、しかも感情に左右されやすい。しかし、これは子供の尊厳を踏みにじり、好き放題に嘲笑し、愚弄していい理由にはならない。
挫折や落胆は子供に現実を教えるが、純粋な思いや熱い感情も失わせてしまう。
不幸にもこのような問題に遭遇した子供は、いつもと変わらぬ夜に、ある優しい声をよく聞く。
彼女は真剣に子供の話に耳を傾け、時に不思議な比喩で子供に道理を説明してあげる。遊びに付き合ったり、好きなゲームやお菓子について話し合ったり…夜が明けるまでそれを続けるのだ。
一夜の付き添いは短いものであるが、それはこの世にまだ自分を理解してくれる人が存在することを子どもたちに信じさせてくれる。
憎しみや対抗心は温かな感情の中で溶けてゆき、自信や元気を取り戻した子供たちは、人生の転機を迎えるチャンスをまた手にできるのだ。
しかし、夢で聞いた声の主を見つけられた子供は一人もいないーー比類なき偉大な草神は多忙であり、子供たちの心を気に掛ける余裕などないはずだからだ。
子供たちは何人かこっそりと集まり、この不思議な現象について話し合った。無数の可能性を挙げて、あらゆる奇抜な考えを話す子供たち。
しかし、いくら話し合おうとも同じ答えに辿り着く。このようなことをしてくれるのは「クラクサナリデビ」しかいないのだ。あるいは、彼らはそうであると信じたかったのだろう。
もちろん、それを信じてくれる親は一人もいない…
だが、それになんの関係があると言うのだろうか?「クラクサナリデビ」はもう既に子供たちの友達なのだから。


キャラクターストーリー4
スメールの緑化を担当する責任者のところに、謎の手紙届いたことがある。その手紙には「熱心で暇なスメールの一般市民」という署名がされていた。
手紙にはアドバイスが事細かに書かれており、その計画も大変周到なものであった。それは風や雨、日差しなどの影響がすべて考慮されており、実用化のための需要も満たしている。
手紙に書かれている専門知識から、差出人は名前を表に出したくない生論派の学者だと判断された。
匿名である理由はわからなかったが、上層部からの命令でも受けたかのように、関係者は手紙に書かれた計画通りにスメールシティでそれを実現させた。
結果、その計画はかなり高く評価されることとなる。ある日、ナヒーダが街を歩いていると、植物の配置が彼女の考えたものと全く同じになっていた。それを見た彼女はとても喜んだという。
そう、その手紙はナヒーダが書いたものであった。知識は無論重要であるが、実践が欠けていてはならないというのが彼女の考えなのだ。
しかし、神は威厳を持つべき身分であり、このような些事に干渉すべきではない。何度も悩んだ結果、彼女はようやくこの役に立つかわからない手紙を匿名で送った。
そして、この初めての試みは大成功を収め、勇気づけられた彼女は次の瞬間、空を飛ぶかのように自信に満ち溢れた姿で歩いていた。
しかし、次の曲がり角まで歩いたナヒーダは、予想外の光景を目にする。色が全く合わない花が何本か一緒に植えられていたのだ。
よく確認したところ、そのうちの一種類は色が変わる可能性のある花であることを考慮しておらず、さらに栽培環境を厳密に定めていなかったのが原因だと分かった。
この植物がここ数十日放置されていたかもしれないことを考えると、この「美しさの欠片も感じない」配置が大勢の人に見られたことになる…
ーーその日、「クラクサナリデビ」が両手で顔を隠しながら植木鉢の傍でうずくまり、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている姿を多くの人が目撃したと証言したが、誰もそれを信じなかったという。

ニィロウ

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キャラクター詳細
「スメールで暮らしているなら、ニィロウの公演を見逃すわけにはいかない。」これは大勢のスメール人が認めている事実だ。
ニィロウの踊りには垣根など存在せず、誰もが楽しんで「夢中」になれる時間を与えてくれる。
ニィロウの観客たちはみな身分が異なり、物知りな学者から戦いに身を置く傭兵までいる。そして、誰もが彼女の優美なる踊りの姿に引き寄せられるのだ。
ニィロウが舞台に上がるたび、グランドバザールにはいつも人だかりができる。
理性と知恵を尊重するスメールにおいて、感性の象徴である芸術はあまり重要視されるものではない。
しかし、知恵は神がスメールに与えた意義だとするならば、芸術とは人間が自ら追い求める意義になるだろう。


キャラクターストーリー1
この大陸にいる芸術家の一族に生まれた典型的な踊り子とは異なり、ニィロウはごく普通のスメールの家庭で育てられた。
三人家族のかつての暮らしは、下城区で生活するその他の大勢のスメール人とあまり変わらないものだったという。
アーカーシャから得た知識は、平凡な毎日を送るのに十分であった。
もし、その中に特別なことがあるとするなら、両親が一人っ子であるニィロウを非常に可愛がっていた点だろう。
スメールには学識を重要視する雰囲気があったが、彼女の両親はニィロウをよその子と比べることもなく、他より優れた学者になることを望むこともしなかった。
彼女が楽しく成長し、穏やかな暮らしを送ることが両親の唯一の願いであった。
このような愛情と尊重に満ちた環境で育ってきたため、ニィロウは純粋で人の機微に敏感であり、他人を思いやることが得意な子に成長した。
両親の間で意見の食い違いが生じたり、時にケンカに発展したりしても、ニィロウの思いやりある仲裁のおかげですぐ元通りになれたという。


キャラクターストーリー2
グランドバザールのあらゆる場所に、ニィロウの足跡は残されている。グランドバザールのすべての人が、ニィロウの心にしっかりと刻まれている。
そして彼女はまるで家族を紹介するかのように、グランドバザールの人々を詳しく紹介できた。
ジュートさんはいつも早起きしてタフチーンを作る。もし出来たてを食べたいのなら寝坊は厳禁。
アフシンさんは昔話を語るのが得意で、その奇妙な構想によって人々はつい彼の商品を買ってしまう。
おもちゃ売りのフーシャングさんはすごく器用で、とても面白いおもちゃを作れるから子どもたちに大人気。
もちろん、人々もこの天真爛漫な赤髪の少女を家族のように思っている。
ニィロウが買い物にやってきてグランドバザールを歩くたび、彼女の手は買い物リストに書かれたもの以上の品で埋め尽くされる。その重さはまさに皆の気持ちを表しているかのようだ。
もちろん、ニィロウも皆に優しく接する。
フーシャングとファルハードが賭けごとで揉めている時、ニィロウが現れるだけで二人はすぐに仲直りできる。
アフシンの駄獣が人のものを盗み食いしてしまったら、ニィロウも一緒になって謝ってくれる。
彼女に「どうしてそんなに親切なのか」と聞くと、彼女は笑顔でこう答えるのだ。
「だって、助け合うのが家族でしょ?えへへ。」
ニィロウにとって両親との家は「小さな家」、グランドバザールのみんながいる家は「大きな家」を意味している。


キャラクターストーリー3
先生と出会ったのは八歳の花神誕祭でのことだ。ニィロウは、その出来事を鮮明に覚えている。
当時、幼いニィロウは花の騎士からたくさんのヤルダーキャンディをもらい、両手いっぱいにそれを抱えながらズバイルシアターの前を通った。
花神誕祭を祝う時、舞いの披露は欠かせないもの。今ではグランドバザールが独自のシアターを構えるようになり、興奮して胸踊らせる観客たちが新しいステージへと群がっているが、以前はステージを仮設し、外部の劇団の人に歌や踊りを依頼していた。
幼いニィロウが苦労して人混みをかき分けて舞台の前まで行くと、そこには舞い*を披露する先生がいた。それが先生との初めての出会いである。
ステージ上に花の装飾など存在しないのに、その瞬間、幾千もの花々がそこで咲き誇っているかのように見えた。
ニィロウは無意識に抱えていたキャンディをバラバラと落とし、ステージ上の先生と一緒に踊り始める。
踊りが終わると、幼いニィロウは自分がしたことにようやく気づき、自分のために場所を開けてくれた人たちに慌てて謝った。
それを見た先生は舞台から下りてくると、ニィロウと一緒にキャンディーを拾い始めた。
そして、彼女はニィロウに向かって手を伸ばし、優雅な立ち振る舞いでこう言った――
「どう?これからも私と一緒に踊らない?」と。


キャラクターストーリー4
知恵の都スメールにずっと暮らしているが、ニィロウは「知識」方面で才能を見せることはなかった。しかし、彼女は独自の方法で他人の気持ちを慰めることができるようだ。
「きっとこれは、クラクサナリデビ様が贈ってくださったプレゼントね。」
先生のもとで踊りを習い始めると、ニィロウは「身体による表現」の力を確かに感じることができた。
彼女は自分の才能と表現を組み合わせて、身体の動きによる「癒し」を編み出した。
例えば、ズバイルさんが激昂すれば、シアター全体は戦々恐々とした緊張感に包まれる…
するとニィロウが優しく微笑みながら、腕と指で空中に不思議な模様を描くのだ。
「想像してみて。雨が降ったばかりの雨林の中で、あなたは私と一緒に前に進むの。通り過ぎる動物たちに手を振りながら挨拶をして、他のことは全部後ろに置き去りにする…」
他人からすれば幼稚で滑稽に見えるかもしれない。だが当事者からすると、ニィロウの優しい語り口が抱えている怒りをいつの間にか鎮めるのだ。
さらに不思議なのは、アフシンいわく彼女のこの「癒し」が最近さらに進化しているらしい。彼の頑固な二匹の駄獣にさえも効果が出始めたという…


キャラクターストーリー5
日常生活でも舞台の公演でも、ニィロウが昔から考えていることはとてもシンプルであるーー
みんなの心配事を消し去り、楽しい気持ちになってほしいというものだ。
しかし、自分自身に「悩ましいこと」が降りかかると、彼女はいつも判断ができずに苦しんでしまう。
「タフチーン」は美味しいし、「ピタ」も外せない、路上には「ポテトボート」を手に取っている人もいる…うーん、今夜は何を食べよう?
聞いた話だと、スメールシティから離れたところには真っ白な雪山があったり…巨人のように大きな風車があったりするんだって。私も旅行に行ってみようかな?
どのような選択肢であろうと、ニィロウはぴったしの理由を見つけることができる。その理由はお腹を膨らませて互いに向かい合いながら座っているツリーカエルみたいなもので、誰も頷けないものであるが…
しかし、もしこのとき決断のできる人が現れて、自信を持って冷静に彼女にこう言ったらーー
「それぞれ食べ物を半分ずつ用意して、食べたいものを一緒にシェアしよう。」
「見知らぬ場所でも危険なんかないよ。もうそこには行ってきたから。」
…ニィロウはきっとふいに何かを悟ったように、両腕を上げて優雅な踊りで感謝するはずだ。そして、大きな問題を解決できた喜びに長いこと浸るだろう。


観客からの手紙
舞台では観客からプレゼントを受け取らないことが、ズバイルシアターの古くからのしきたりだ。
ただ、親切で熱烈な観客からやむを得ずプレゼントを受け取ることがある。そういった時には、翌日その相手の家の前に必ずメッセージ付きの返礼品が届いたーー
「あなたのお気持ちに感謝します。ニィロウの公演を気に入っていただけたことをお伝えしたいのでしたら、次からは贈り物ではなく、ズバイルシアター宛てにお手紙をお送りください。」
すると雪花が舞うかのように、熱心な観客の手紙が暝彩鳥にくわえられてシアターのポストに届けられた。
公演やリハーサルのない空き時間、ニィロウはそれら手紙をじっくりと読み、ズバイルシアターのメンバーたちに共有して大切に保管した。
手紙に書かれた文字、込められた真摯な感想の数々は、感動的で深く心に刻むべきものだ。
ニィロウの踊りが日増しに成熟していくにつれ、その名を聞いてやってくる観客もどんどん増えていった。薄い紙切れに過ぎないそれら手紙は年月を重ね、やがて分厚いアルバムのようになる。
もし誰かが冗談で「ニィロウはズバイルシアターが持つ最大の財産だ」と言ったら、彼女は優しく微笑んで否定するだろう。
「私たちの財産は観客たちからの声援だよ。それはとっても不思議な箱の中に収められているの」と。


神の目
ニィロウは、先生が踊りの意義について語るのを何度も聞いたことがある。踊りは人間の暮らしから生まれ、終始人間のものであると。
「感情を踊りで伝え、そして観客の笑顔はまさに彼らの感情から来る反応である。」
彼女は教令院の学者ではないし、物事の裏にある「意義」を考えるのも得意ではない。しかし、毎日先生のもとで練習を積んだニィロウは知らないうちに影響を受け、その道をひたすら歩むことになる。
初めて舞台に上がった時、ニィロウはますます踊りに夢中になり、余すことなくすべてを表現しようとした。
彼女は風や月、ローズが静かに咲く音、暝彩鳥の尾羽の感触、幾千もの美を想像する。
そして、その想像を身体の動きで表現し、自身の内にある美をすべての観客に見せたいと思った。
舞台は徐々に水しぶきを上げ、それが湖となり、ニィロウの軽やかなステップは蝶が水面に触れるかのように波紋を広げる。
彼女の姿はまるで湖に浮かぶ睡蓮であり、その場にいた観客全員が清らかで幻想的な美しさに息を飲んだ。
踊りが終わった後、ニィロウは舞台裏の椅子に座って深呼吸をした。
彼女の腰元には、蓮の花びらについた水晶の雫を思わせる水元素の神の目があったという。
ニィロウはその時、自分にとっての踊りの意義を見つけたのかもしれないと思ったーー
美を成すこと、そして芸術の美しさと価値を伝えることである。

ヌヴィレット

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キャラクター詳細
ヌヴィレットは孤独だ。
彼に近づこうとするフォンテーヌ人は、例外なくその礼儀正しい振る舞いにより遠ざけられてきた。今日に至るまで、最高審判官の姓は知られていても、その名を知る者は誰一人としていない。なぜなら、彼自身が姓で呼ことを皆に勧めているからだ。
他者と親しい間柄になる、あるいは情を交わすことは、判決の公正性に疑いを持たせる原因となると彼は考えていた――自分は公正を象徴する絶対的な存在でなくてはならないのだ、と。
世の中には執拗な者がいる。彼らは「ヌヴィレット様、誰もが出廷の機会を得られるわけではありません。あなたにも、裁判官席にいない時間というものがおありでしょう」と言う。
だが、果たして本当にそうだろうか?ヌヴィレットは本心を口に出さない。
想像を絶するほどの巨大な時間尺の下では、川もいずれ氾濫する時が訪れる。比喩でもトリックでもなく、フォンテーヌの人々は皆、罪人なのだ。そして、終末と審判はすべてのフォンテーヌ人に降りかかるだろう。
――しかし、ヌヴィレットはそれを人に説明できない。
ヌヴィレットは実に孤独な存在だ。


キャラクターストーリー1
ヌヴィレットは私欲を持たない。
物好きが新聞記者と手を組み、法廷の外にいるヌヴィレットをフォンテーヌ各地で追いかける——ショーの来賓席や今にも夕立が降りそうな曇り空の渚で、あるいは午後の日差しが落とす日陰の下で。
一時期、ヌヴィレットは何もかもを審判に奉げた「超人」だと思われていた。これについて誤解を解かざるを得なくなった当人は、おおよそ次のように釈明した。「見届け、審判を下すことは自分にとって誇らしい責務ではあるが、私は審判の愛好家ではない。最高審判官というのは一側面でしかなく、人生の一つの段階にすぎない。」
こうして噂を否定するも、次はもっと厄介な噂が流れ始めた。「驚いた!ヌヴィレットは最高審判官の職を単なるキャリアの踏み台だと豪語したぞ。出世が目的なのか…いや、もしかしたら他言できないような、もっと大きな野望を抱えているんじゃ!?」
今度の噂は相手にする気にすらならなかった。あるいは、その噂が事実であり、自身の主義ゆえに否定できなかったのかもしれない。それが果たしてどちらなのかは、誰にも分からずじまいだ。
ヌヴィレットは酒をほとんど飲まず、フォンタも好まない。腕のいいシェフが振る舞う馳走でさえ、心から褒めたことは一度もない。すると今度は、食へのこだわりがないのは味が分からないからではないか…と疑う者が現れ始めた。
この疑いに対して、ヌヴィレットは飲料水を飲み比べするサロンを開いた。土地が違えば水の味もこんなにも違うのかと人々は驚き、最高審判官の洗練された味覚に脱帽した。しかし、ヌヴィレットと一般人の者たちが、どれほどの本心をそこに込めていたかは分からない。
ともあれ、ヌヴィレットは実に私欲を持たない存在だ。


キャラクターストーリー2
ヌヴィレットは公平無私だ。
——もし彼にそのような資質がなければ、最高審判官の職は務まらなかったかもしれない。
子供の目には、審判官席のおじさんの仕事と言えばただカツラを被り、秩序を維持し諭示機の言葉を伝えることだと映る。しかし実際には、司法システムを運営し続けるべく、様々な管理業務を人知れず行わなければならない。
フォンテーヌの歴史的要因、伝統の名残りゆえに、最高審判官自身も法の執行権と公訴権を持つ。世が混乱に陥っても効率よく法を執行できるように、そう取り決められているのだ。今のように制度が整備されても、開拓精神にあふれながら法の精神にそぐわないその決まりは、象徴のように残されている。それゆえ最高審判官が調査と公訴を行う際、不信感を抱かれないよう審判官席に座る者を入れ替えなければならない。ヌヴィレットもわずか数回だが自ら事件を処理したことがあり、この決まりに従った。
注目すべきは、フォンテーヌで長期間に渡って最高裁判官を務められたのはヌヴィレットぐらいだということだ。本人も想像だにしなかったほど息の長い審判官となったのは、神様が彼を認めたからかもしれない、と人々は憶測した。ゆえに、上述したような素質が彼になければ、長い在職期間中に何かしら問題が生じるはずなのだ。
彼が眷属なのか、それとも不思議な水生生物なのか、その実態について人々の間で様々な意見が飛び交った。だが、彼自身はいかなる反応も示していない。
ヌヴィレットは実に公平無私な存在だ。


キャラクターストーリー3
フォンテーヌでは、様々な理由から法律に奇怪な条文が多く残されてきた。ヌヴィレットもその中の一条に貢献している。「メリュジーヌに対しては物を指す『代名詞』ではなく、人を指す『彼女』を使う」。
一見すると確かに奇怪な条文だが、よく考えてみれば道理にかなったものである。メリュジーヌたちは近現代のフォンテーヌの様々な方面に彩りを添えている。その呼称を発端に彼女たちの平等な権利を主張することは、非常に強いメッセージとなって伝わった。
フォンテーヌの人々は皆、ヌヴィレットの態度がメリュジーヌと人間とで温度差があることに気づいていた。それについて人々は、彼の抑圧された優しさが父の愛情へ変わり、心の拠り所を見つけたのだとしか考えなかった。
これは確かに的を射ているのかもしれない。だが、ヌヴィレットの素性をよく知る人物からすれば少し奇妙に感じるだろう。
——ヌヴィレットは水の龍である。彼は確かにメリュジーヌを自身の眷属であり後継者、すなわち最も優れた新世代の水のヴィシャップだと見なしている。しかし、それと同時に彼はこの世界の秩序を壊す者であり、神々の審判者、人類の敵でもある。彼はなぜメリュジーヌのために人間の権利を勝ち取ろうとするのだろうか?
旅人を除いて、そのことを彼に質問できる者はいない。そうして彼はこう答えた——「メリュジーヌたちは人間と一緒にいることのほうが好きなのだ。どうしようもできない。」


キャラクターストーリー4
ヌヴィレットは日頃から晴天よりも雨天を好む。湿った空気が彼を穏やかな気持ちにさせるのだ。しかし、彼はもう久しく思い切り雨に濡れていない。
フォンテーヌと共にすることを選んで以来、まるで規律を重んじる正しい人を演じているかのようだ。「正しい人」は傘も差さずに雨の中へ飛び込んだりしないし、雨で髪が濡れるのを放っておいたりはしない。
特筆すべきは、最高審判官が彼の素顔であり、水の龍が彼の本質であり、この「正しい人」という部分だけが演技ということだ。
人は孤独と罪悪感から神を創造して自らを裁き、また貪欲と罪悪感から神を創造して自らに救いをもたらした。神が不在となった今、ヌヴィレットはその期待に応えた。
彼は今、人間の罪を許して、本来の姿を取り戻したのだ。
こうして彼はようやく雨の中に飛び込み、思う存分濡れることができるようになった。
そして、ヌヴィレットは本当にそれを実行した。雨の中立ち尽くし静かに遠くを眺めながら、ずっと昔に手紙を受け取った日のことを思い出した。
一通の手紙。当時のヌヴィレットのもとにこれを送った方法は不明で、宛名は空欄となっており、文中でははっきりと彼のことを「キミ」と呼んでいる。
特別なキミ、特殊なキミ。ヌヴィレットはその呼び方を否定することも受け入れることもしなかった。今の世で既得権益を手にする者たちが、自分をそう評する立場にないことを彼は漠然と感じていた。
そして、その手紙が魔神フォカロルスの手によって送られたものであることを知っていた。フォカロルスは「最大の劇場で、最高に見晴らしの良い席をキミのために用意しておこう」と書いて、彼をフォンテーヌ廷に招待したのだ。
ヌヴィレットは後に本当にその席に座った。エリニュス島、エピクレシス歌劇場の最前列中央。彼はそこで様々な公演を鑑賞した。その見晴らしの良さは、フォカロルスの手紙にあったとおりだった。
その後のことについては広く明らかにされていない——おそらく人々は、王座の崩壊とは何か、水の力が完全に戻ることが何を意味するのかを理解するすべがない。恩赦とその必要性に至っては、さらに広大ゆえに要約の難しい複雑な物語である。
こうして幕は閉じた。有史以来、最も盛大な演劇がフォンテーヌで円満に終了した。
円満?その瞬間、ヌヴィレットはふいに理解した。あの手紙に書かれていた席とは、歌劇場内の一つの椅子だけではなかったのだ。
フォカロルス、もしくはフリーナは自分のいた座席を他の者に譲り、一人で舞台に上がって劇中のヒロインとなった。
座席の総数は最初から決まっている。一人が座ればもう一人は席を立たなければならない。以前彼に届いた手紙は、数百年に渡って続く招待状である。
水の龍よ、人類の観衆の一部となった気分はどうかな?
人間の演じる劇は気に入っただろうか?


キャラクターストーリー5
彼ほど偉大であっても、照らしてくれる星屑はもう存在しない。結局「運命」とは、この世界の現在の主が生命を弄んだに過ぎなかったのだ。
今の彼はこの世の七分の一の権力を取り戻し、「完全なる龍」の王座と肩書きを再び作り上げた。「人の世界」を外れて対等に歩むことから離れた彼は、世の理から言って「運命」という名の体系に加わる必要などもうない。
彼には、運命という星空のもとに多くの星が互いに紡がれ、目の前に複雑で脆い世界を形成しているのが見えた。彼はもともと、この「神聖なルール」で取り繕った操り人形の糸が、いずれ裁きの烈火によって焼き尽くされるであろうことを気にも留めていなかったが、様々な甘言で説得されもした。
「それなら、キミはフォンテーヌの人々を見ていればいい。彼らが胎海の水から生まれた以上、この星由来の生命であることを意味していて、キミが見るべき種に属すのだから。」
彼は、自分が人間の悲喜に魅了されていることを決して認めなかった。彼は「人も雨の日の水たまりに起こる波紋を見て魅了されることがある」と弁解し、「王たるニーベルンゲン」の考え方は間違っており、すべての生命が一致団結した時だけ、漆黒の無に対抗することができる」と説いた。
彼は最終的に「運命」の中に加わった。天が彼に残した特殊で高貴な地位それは執政者と世界に匹敵する者だけが持てる、自らの影である。
もちろん、彼は生まれつき人の姿をしている。では、なぜ彼の星座の名前はリヴァイアサンなのだろうか?これらはすべて、まったく別の世界のことであり、運命とはあまり関係のない版があるのかもしれない。
「ヌヴィレット」という名前の時の彼は、たまにメリュジーヌたち(特にシグウィン)につきまとわれる。彼女たちはスチームバード新聞の星座コーナーやスメールの占星術冊子を持ってきて、占ってみたいと言うのだ。だがヌヴィレットは、自分には命ノ星座がない、もしくは自分の命ノ星座は「ヌヴィレット」座であるなどとは到底口にできないだろう。


フォンテーヌの童謡
「水龍——水龍——泣かないで——」
原作者も書かれた年も不明なこの童謡は、自然とフォンテーヌで広まった。ヌヴィレットもこのことに関して少し疑問を抱いている。彼はすでにフォンテーヌの人々と長い歳月を共に過ごし、多くの出来事を経験してきたが、彼はいまだに人々が真の彼の姿——「水の龍」に対してどう考えているのか、はっきりと分からなかった。
水元素を支配する力を持つだけでなく、かつての水の龍は原初の海の支配者でもあった。外来の生命が創造されるよりも前、この星で生まれたすべての生命はみな原初の海より誕生した。後世の人々がこの深く静かな水域に贈った「胎海」の名は、相応なものと言える。そして「水の龍」もまた、この星本来の「生命の神」であると言える。
ヌヴィレットも、すべての川が必ず海に流れ込むのと同じように、自然とこのことを理解していた。胎海の水は人類にとっては特に意味のないものだが、その中にある微細な記憶のすべてをヌヴィレットは区別できる。外来の僭主が自ら「生命の神」を任命して生態系を正したこと、僭主が「彼女」を作り出し、この星本来の生命力を抑制したこと、そして「彼女」がどのようにして原罪を犯したのかも…
そこまで考えると、ヌヴィレットはこの童謡の作者やフォンテーヌの人々は水龍のことを理解していないのでは?ということに気づいた。水龍が泣くものだと思っていたとは。彼らの頭の中にある水龍は、まさか善良で人々を憐れむやつだとでも言うのだろうか?


神の目
ヌヴィレットは本来、神の目を使って元素の力を発動させる必要がない。ただ、彼が最後に完全体になるまで知らなかったこともある。
復讐の大戦において重傷を負い、僭主は機能を損傷し自らの絶対的権威によって、この世界本来の秩序を抑圧する力を失った。憤りや憎しみを良しとしない世界を鎮圧し征服するため、僭主はもう一人の後継者と共に「神の心」を作り出した。この世にはそういった秩序を立てるべきであり、人々もこの七つの考えしか持つことができなかった。原初より生まれた欠片のすべては使役されて互いに併呑しあった。
その後、人間の欲望が天まで達したとき、物質世界の七人の執政者は人間のために贈り物を授けた。一体誰が、あるいはどのような願いが神の境地に達したのかは分からないが、それでも七神には自分の支配権の断片を他者に分け与える必要があった。そして贈り物を受け取った人は使命を果たしたあと…神々が受け取った返礼もまたさらに豊富となった。
ヌヴィレットは天の命令には応じなかったが、人類の意義を認めている。彼もまた、最も伝統的な龍の宝と同じように自分の一部を差し出し、勇敢な者が受け取りにくることを待っている。

ノエル

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キャラクター詳細
一般的な騎士団メイドに比べて、ノエルには大きな夢がある。
千年も西風騎士団に守られてきたこの都市で、彼女は普通の少年少女と同じように、いつか栄誉を象徴する鎧を身にまとうことを夢見ていた。
たとえ自身の能力では、まだ厳しい騎士選抜に合格できないとしても、せめてもっと近い距離で騎士の精神を学びたかった。
訓練や勉強以外の時間を全て捧げ、助けを求める人々に寄り添う生活を彼女はとても気に入っている。
「お任せください!なんでも私にお任せください!」
これは彼女の口癖である。助けが必要な時は、彼女の名前を呼んでみるといい。きっと彼女は喜んで手を差し伸べてくれるはずだ。


キャラクターストーリー1
ノエルは人々から万能なメイドだと思われている。
彼らがノエルに対するコメントにはある共通点がある。それは「どこにでも現れる」ということだ。
たとえば、とあるパーティーで子供が皿を取ろうとした時のこと。だが、皿は無造作に積まれた状態で食器棚に仕舞ってあったため、子供が棚を開けた瞬間、一気に崩れ落ちてきた、そんな危機的状況…
「ノーエールー!」
子供がそう叫ぶと、ノエルはすぐに現れた。彼女は流れるように食器棚を床に倒し、中から皿を取り出し子供に手渡す。ついでに、炙り焼き肉を食べた後、すぐに冷たいドリンクを飲むと胃腸が痛みますよと言い聞かせ、その後棚を元に戻し、残った皿を綺麗に仕舞った。
そんなどこにでも現れるノエルは、人々にとってとても不思議な存在である。
だがメイドの仕事は神話でも伝説でもなく、ノエルはただ彼女のポリシーを守っているだけである。
「多くもなく、少なくもなく、あるべきものは全てあって、ないものはあってはいけない。」
自分が特別だなんてノエルは思わない。人より少し多く考えているだけだ。


キャラクターストーリー2
ノエルは頼もしいが、その手伝いはたまに度が過ぎることもある。
たとえば、通りかかった彼女にバーベキューの火の起こし方を聞くと、彼女はためらいもせずその場で火を起こし、焼網の設置や食材の処理を済ませ、肉を焼き、試食、きちんと焼いてくださいねと注意をし、最後に火の消し方を教えてからその場を去る。
こういう手助けには誰も悪い気はしないが、例外もある。
かつて、モンドで酒の商売をしようと、スネージナヤから来た商人がいた。
まずはモンドの地に根を下ろしたように見せかけ、徐々に故郷の酒を輸入して市場を占有し、モンドの酒造業に大打撃を与える…というのが彼の計画だった。
彼は妻子を連れて、モンドでビジネスを始めようとする普通の商人を装った。そして、彼らは遠くから来た客人として、ノエルのおもてなしを受けることになる。
隅々まで行き届いたノエルのおもてなしに、モンドの田舎者とは大違いだと最初は喜んだ商人も、日が経つにつれ違和感を覚えるようになった。
ノエルがいつも商人の行動を予測し、一足先に用意を済ませているからだ。
毎日食卓に出されるスネージナヤの料理は、いつも家族の好物で、娘の寝る時にぬいぐるみがないと眠れない癖も見抜かれ、手作りのぬいぐるみをプレゼントされた。
そこまでプライベートを把握されては、商人も何時どうやって計画を進めればいいのか分からない。ノエルのニコニコした顔を見る度に寒気がして、何もかも見透かされたような気分になった。
結局、耐えきれなくなった商人は妻子を連れてモンドを去り、その後二度と顔を見せることは無かった。
ノエルはというと、自分のおもてなしが行き届いていなかったせいだと、数日落ち込んだ。彼女はいつだって仕事に真面目なのだ。


キャラクターストーリー3
ノエルは安心できる存在ではあるが、たまに例外もある。
たとえばある日、冒険者がドラゴンスパインで遭難したと聞いた彼女は、すぐに荷物を整え、一人で山へ向かった。
その日の吹雪は、安全に進める道を見つけるのも困難なほど激しかった。
しかしノエルは怯まなかった。彼女は半日かけて、遂に洞窟の中で凍死寸前の冒険者を見つけ出した。
その時点で彼女の服は雪のせいで濡れそぼり、水筒の水も氷になっていたが、それでも彼女は飢えと寒さに耐えながら力を絞り出し、冒険者を背負って山を下りた。
冒険者は無事に助かったが、ノエルは倒れ三日も高熱にうなされた。幸い、その後すっかり回復し大事には至らなかった。
しかし、こういった出来事は一度や二度ではないため、騎士団の先輩たちはとにかくノエルが心配なのだ。
熱心なノエルがまた危険に巻き込まれに行かないよう、ジンはできるだけ彼女が安全にこなせる仕事を「作る」しかなかった――万が一危険に巻き込まれた時は、ガイアの出番だ。
モンドで龍災が発生した時も、ノエルは災害の源をなんとかしようとうずうずしていたのだが、ガイアの入念な手配の下、危機が解決される日まで彼女はたくさんの「緊急任務」に駆り出され、多忙な日々を送ることとなった。


キャラクターストーリー4
ノエルの華奢な体には、とても強い力が秘められている。それは、彼女の揺るぎない意志だけを指しているのではない。彼女は本当に力持ちなのである。
ある時、実験器具をうっかり本棚の下に落としてしまったリサが、レディとして床に這いつくばって拾うのはいかがなものかと悩んでいたところ、たまたま通ったノエルが颯爽と本棚を持ち上げて、下にあった器具をリサに渡した。その際、中の本は一冊たりとも崩れたり落ちたりしなかったそうだ。
またある時、荷物を乗せた馬車がモンド側門で炎スライムの襲撃を受け、積み荷が火に包まれた。偶然そこへ通りかかったノエルは、瞬時に馬車ごと積み荷をシードル湖に放り投げ入れたかと思うと、すぐに湖の中に飛び込み、荷物を無事すべて回収したらしい。
そんなノエルは昔、鍛冶屋のワーグナーを、引退を考えさせるほど落ち込ませたことがある。
ワーグナーが十数種もの配合を試して作りあげた自慢の長剣を、ノエルは2、3度使っただけで鉄塊へと変えてしまったからだ。
始め、ワーグナーはノエルの使い方が間違っているのだと思ったが、彼女の戦いをよく観察した結果、単なる強度不足だと気付いた。ワーグナーは職人の名誉にかけてノエルに重くしっかりした大剣を作り、さらにノエル自身の持つ岩元素の力で補強をかけ、そうしてやっと彼女の武器問題を解決した。
強い力を持っているとはいえ、ノエルは必要でない時にその力を披露することはない。彼女自身が暴力的なことを嫌うからだ。
ただ噂によると、ノエルがオーダーメイドの大剣を手に入れた日、酔漢峡で酔っぱらった宝盗団メンバーたちにいいカモだと思われ襲われたらしい…
それが本当ならば、彼らがノエルの前に現れることは二度とないだろう。


キャラクターストーリー5
ノエルの最大の敵の一つ、それはバドルドー祭である。
バドルドー祭開催中、大聖堂広場にはたくさんの長いテーブルが並べられ、その上には様々な料理が所狭しと置かれる。
本来、テーブルにある料理は、腕に自信のある市民たちが自発的に提供するものだが、自分に厳しいノエルもその期間中に調理、配膳を担当している。
平時と比べ仕事量がそこまで多くなるわけではないが、メイドとしてノエルは並べられる料理の試食をしなければいけない。
香ばしく焼きあがった「ムーンパイ」、サクサクの「モンド風トンカツ」、チーズと肉でできた「お肉ツミツミ」、それから揚げ物やバーベキュー…みんな祭りの定番料理。
美味しそうに酒を飲み祭りを楽しむ人々を見ているだけでノエルも楽しくなるが、少しふくよかになった自分のお腹に目を落とすと思わずため息が漏れる。
だから、バドルドー祭が終わった後の1ヶ月間、運動量を増やすために、ノエルはいつも西風騎士の夜の見回りに参加するようにしている。
祭りが終わっても、彼女の戦いは終わらないのだ。


「バラの警告」
騎士団のメイドには超えてはいけない一線がある。そのうちの一つは「騎士団メンバーの個人情報は、厳密に保管しなければならない」こと。
これは外部者に対してのみでなく、騎士団メンバーに対しても同じだ。
例えば、ジンの個人部屋に何かあるとか、アンバーのウサギ伯爵には何か仕込まれているのかとか、ガイアの特殊眼帯は一体何本あるかとか、クレーが爆弾を隠した場所は一体何箇所あるかとか……これら全てがトップシークレットだ。
うっかり口を滑らさないように、ノエルは赤い布でたくさんのバラの造花を作った――モンドでバラは「口の堅さ」を象徴するものだ。
さらに彼女は自分への警告として、一枚を自分の手甲につけている。
秘密漏洩はメイドにとって重大なミスで、騎士を目指す人間が犯してはならないことだ。
そのため、誰かの秘密を知りたいなら、ノエル以外の人に聞いた方がいい。
彼女からは何も聞き出せないからだ。


神の目
かつてはノエルも、早く夢を実現したいと思っていた。数年前、事前に落選すると分かっていた七度目の選抜が終わった後、ノエルは意気消沈した。
苦労して学んだ礼儀、剣術、言葉遣い…全部水の泡になるのだろうか?彼女は正規騎士一人一人の優れたところを全て覚えているが、失敗者の彼女の努力は誰も覚えていない。
彼女は騎士になることへの憧憬を一度も諦めなかったが、ただ、今回は疲れ果て、いつものように立ち上がることができなかった。これはかなり危険なサインだ。極寒の氷原で、昼夜を問わず何日も休むことなく行動した後のような眠気が襲ってきた。
ちょうどその時、騎士の選抜を担当する代理団長ジンが出てきた。
ノエルがどんな顔をしていいかを考えているうちに、体は反射的に騎士の敬礼をした。
次の瞬間、彼女は自分がとんでもない行為をしてしまったことに気づいた。
落選した者があんな敬礼をしたら、ジンにどう思われるかを想像するだけで不安になった。
ノエルが恥ずかしさのあまりにその場から逃げ出そうとした時、ジンは足を止め、ノエルに同じ敬礼を返した。
ノエルはびっくりし、そして笑みを浮かべた。間抜け顔ではあったが、その笑顔は純粋だった。
その日はノエルが忘れられない幸運な日だった。彼女は2つのものから認められたのだ。一つはジン。もう1つは神。
やはり努力は、必ず誰かに認められるのだ。
その日から、「神の目」を持つようになった彼女は、いつか自分にも騎士の兜を身に纏う日が来ると信じている。彼女はより優しく頼れる人になり、「どこにでも現れる」存在となった。


*1 実装時は「ペドロリーノ」だったが後に変更された。変更Verは未確認