武器/物語

Last-modified: 2025-10-31 (金) 15:38:40

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片手剣

☆5

風鷹剣

誰もが知っているように、鷹の見守りは西風の恩恵である。
西風の恩恵が遠方の異民族のものであることは、ごくわずかな人しか知らない。

当時のモンドは旧貴族の支配下にあり、自由を求めようとしていた。
故郷を離れた異民族の戦士は奴隷として、風の国に入った。
欺きと不公平を前にしても、彼女は努力により正義の風を巻き起こした。
横暴な貴族の統治を終わらせ、慈愛に満ちた騎士団と教会を設立し、
神の恩恵を受け、最期は神に召された。

これは彼女が使用していた武器。これは、彼女の苦難と雄姿を見届けた。
彼女が自由と正義の風をモンドの地に届けた証である。
振り回す時、故人の戦いへの思いが感じられる。

圧迫されたら、正義を。
禁錮されたら、自由を。
騙されたら、知恵を。
風の導くままに。それが自由と正義の風である。

天空の刃

天空を貫いた牙。深邃古国の黒金鱗を突き通した。
古国罪人の後継者の喉を切り裂いた。

昔、モンドの繁栄を終わらせるべく魔龍ドゥリンが襲来した。その翼は日の光を覆い隠した。
魔龍の嫉妬が邪悪を産み、その邪悪が大地の生命を侵触した。
その時のモンド周辺は魔物により荒れ果てていた。
風の神は人々の悲痛な叫びを聞き、天から降り立ち、風龍を呼び起こした。
そしてトワリンは風と共に、命ある者のため戦うべく空へと飛び出していった。

トワリンは風神の祝福と共に廃龍と戦った。巨龍による戦いは雲を突き抜けた。
千の風が毒をまとい、日輪は暗色に変わり、燃える空は世界の終焉を彷彿とさせた。
天空を燃やした激戦の末、トワリンは魔神から授かった剣歯で魔龍の喉を噛み切った。
だが、トワリンは魔龍の毒血を飲み込んでしまった。魔龍ドゥリンは悲鳴を上げることなく空から落ちていった。

風龍は猛毒により、苦痛を伴う昏睡状態へと陥った。
最も練達な詩人もトワリンの行き先を知らなかった。
数百年を経た今、モンドの人々は風龍の奮戦を忘れていた。
トワリンが骨の随まで響く毒の痛みに堪え、その地に帰還しても、友の琴声は聞こえてこない。
かつて風龍に守られた人間は彼を遠ざけ、「魔龍」と名付けた。

いつの日か栄光は取り戻され、毒は浄化される。
詩人の旋律が人々の記憶を呼び起こす。
風龍の名誉を挽回するという願いが、この剣には宿っている。

斬山の刃

遥か昔、神々と妖が大地を駆け回っていた時代、 不安定な天地に、人々はこう聞かずにはいられなかった。 「教えて下さい、私の愛する者と子供たちはどこへ行ってしまったのですか」 「教えて下さい、いなくなった人達はいつ帰ってくるのですか」 「ああ、主よ、この恐ろしい時代はいつまで続くのです」

山の固い石に囲まれて育った人々でも、心に深い傷を負う。 何も言わず辛抱強く神へ信仰を捧げる者でも、瞳に激しい炎を灯す。 疑問の声を出さずとも、心の奥底から訴えかける叫びが聞こえてくる。

岩君は神の力を使い、金色の石拍から長剣を削り出した。 そして剣を振るい山頂の一角を削り取ると、 民と固い契約を交わした。 いなくなった人は必ず戻り、 規則を破る者は必ず罰せられる。 愛する者を失った者、大切な物を失くした者、不平を強いられた者達は、必ず償われる。

これは璃月の長い歴史の中で語られた、真偽不明な民話の一つに過ぎないのかもしれない。
ただ、岩君が交わした契約は、 今日の璃月の隅々までに伝わっている。 そして契約に背く事は、 神が治めるこの大地を敵に回す事である。 岩君が斬った山頂が、いずれその者の頭上に落ちてくるだろう。

近頃、農村部では、 いつか真の主が再び地上に降臨すると噂されている。 その時、あの長剣が再び金色の光を放ち、この世最大の不平を両断するのだ… 数千年前、岩君が民衆に誓いを立てたのと同じように。

磐岩結緑

璃月が創られた時、帝君は玉石の剣を持ち、大地を歩んだと言われている。
歳月の試練を潜り抜いて尚、血で洗った濃緑の剣は未だに輝きを放つ、
血は千年もの雨とともに流れ、詰まった思いと恨みは容易に払えない。

「玉石は碧色の水の魂と優しさを持ち、残された宿怨を洗い流す」
「だが、殺戮の武器にされた美玉の痛みは、誰が慰めてあげられるのか?」

名を忘れた友は、ため息と共に不平を吐いた。
だが、止まる事のない運命はその惻隠の言葉をもかき消した。

長い年月を跨ぎ、血まみれに死闘を交わした敵とも喜びを分け合い、
やがて裏切るであろう親友、憎しみが消えた宿敵とも一杯飲み交わせるだろう。
この宝剣もその時、誰かの贈り物として磨き上げられ、
「結緑」と名付けられた緑の玉石も、元は平和と華麗のために彫琢されたもの。

酒器が血で溢れ、温情が冷酷な欲望によって引き裂かれ、塵と化して飛び散った。
贈り損ねた贈り物、伝え損ねた友情、共に旧友へと向ける刃となった。

蒼古なる自由への誓い

過去に流行っていた祝福の歌は、こう歌うーー
「誰かに舌を抜かれても、目で歌える」
「誰かに目を刺されても、耳で聞ける」
「夢を壊そうとする人が居た、乾杯しようと誘う」
「たとえ明日が来なくても、この瞬間の歌声は永遠になる」

育った風土によって性格は異なる。しかし、土地も人も神によって誕生した。
自由気ままの神が、抗争の中で自由への愛を人々に広めたか。
それとも人々が自由のために、氷雪と烈風の中で、自由を愛する風の神を生み出したか。
この問題を解き明かすことは出来ない。

あの曲はいつも暗い時代に歌われた。
烈風の王者が尖塔に君臨した時も、
腐りきった貴族が神像を倒した時も、
幽閉された地下室で、暗い路地裏で、ぼろぼろの酒場で、
烈風と鉄の拳に浸透し、抗争の英雄を紡ぐ。

遥か昔のある日、環状の静まり返った王城で、
誰かの琴声を伴って、叫び声はついに烈風の監獄を突き破った。
ある少年、精霊、弓使い、騎士と赤い髪の流浪騎士は、
空を突き抜ける槍のような、
巨大な影を落とす尖塔の前で自由を誓った。
そして塔の上の孤独な王を倒すと決意した。

尖塔に登れない体の弱い者たちは、普段小さい声でしか歌えなかった。
しかし、あの乾杯と送別の歌を、城壁が揺れ動くほどの勢いで歌い、旗を揚げた勇者たちを応援した。
「誰かに舌を抜かれても、目で歌える」
「誰かに目を刺されても、耳で聞ける」
「でも、誰かに歌う自由と眺める自由を奪われたら」
「ーーそれは、絶対に、絶対に容赦しない」

霧切の廻光

将軍より賜った旗本の銘刀の一振り。雷光の如く夜霧を切り裂くと言われている。
一度粉々になった後、打ち直した際、刀身に雲のような紋が浮かんだ。

歌謡に歌われた「大手門荒瀧、嵐の岩蔵、長蛇喜多院、霧切高嶺」は武を学び子供らが歴史上の武人の名を並べたものだ。
その中の「霧切高嶺」は、秘剣「霧切」で無数の妖魔や祟り神を斬った。
影向の天狗から弓を習い、その技を意中の人に教えた。
しかし秘剣霧切は伝承されず、物語や絵画、童謡の中にしか存在していない。

その生涯の最期、彼は将軍の陣の中で、漆黒の軍勢と対峙した。

愛用の弓を賭け金として彼女に預けていなかったら、もしかしたら違う結果 になったかもしれない。
だが真の博打打ちに待ったはなし。「もしも」なんて、決して言わない。
敵が霧のように湧いてくるというならば、夜霧を切り裂く剣技をお見舞いすれば良い。
斬撃が速ければ、漆黒の霧をも裂いて、光明を見ることができるだろうーー

「浅瀬、お前との約束は……いや、このすべての賭けを終わらせる賭け、絶対に負けられない」
「俺は帰る。賭け金の弓と一緒に、勝ち取った未来も俺のものだ!」

絶えず光る雷光のように、彼は霧切とともに妖魔を斬った。
だが、刀は剣客の執着ほど強靭ではなかった。
漆黒の濃霧が、彼を呑み込んだ……
その刀の欠片の一部が回収され、打ち直したものは霧切の名を継いだ。

暗闇に垂らす蜘蛛の糸を掴むように、砕けた刀の柄を握りしめ、
漆黒の濃霧の中、執拗に自分に言い聞かせた。
賭けの勝負はまだ決まっていない。俺は絶対に、浅瀬のもとに帰るんだ……

波乱月白経津

たたら砂の目付である御輿長が編纂した『稲妻名物帳』に載っている御腰の物。
刀の流派である経津伝が命を受けて鍛造した月白経津には、「波穂」と「波乱」という二振りの刀がある。
そのうち「波乱」は名工・真砂丸が生涯で唯一、刀に銘を残した傑作だ。

人々はよく、刀剣には刀鍛冶の魂が宿っていると言う…
『名物帳』も、そのような言葉から始まっている。
言い伝えによると、「波穂」という刀は経津伝三代目惣領である経津実の手によって鍛造されたものだ。
薄く青い刀身と波のような刃文を持つ華麗な名刀は、将軍の近侍の腰によく下げられていたという。
その後、鬼人の運命を左右する真剣試合で刃こぼれし、それは鍛え直されることとなった。
だが酒や古傷、祟り神の遺恨に長いこと苛まれた経津実は、その頃すでに「焼きなまし」がされていない刃のように、心が折れてしまっていた。
若き四代目、経津弘芳の技術も母と比べればまだまだ劣る。
そこで彼の義兄である経津政芳――人呼んで「真砂丸」が、
この刀を鍛え直し、経津伝の傑作を再びこの世に送り出した。
月白経津の見た目は二振りとも酷似しているが、その気質は全く異なる。

真砂丸が銘を残したのは生涯でこの一作だけだが、その理由は至極単純なものである。
彼は昔、三代目惣領に引き取られた孤児であったのだ。読み書きができず、生まれつき口もきけなかった。
「波穂」の美しさを再現する命を受けたため、彼は同じように銘を刻んだのだ。

経津実が亡くなってからの数年間、真砂丸は弘芳に鍛造技術を教えた。
一説によれば、三代目は彼に跡を継がせたかったようだが、恩人からの頼みを彼は幾度も断ったという。
「波乱」を鍛造したことで、彼は一躍有名となった。その影響は四代目を継ぐ弘芳にまで及んだ。
ゆえに、義弟が一人前になった後、真砂丸はひとり故郷を離れることを選んだのであった。
その後、彼は他の鍛造流派に足を運び、多くの名匠から優れた技術を学んだ。
晩年の彼は楓原景光、丹羽長光、赤目実長の三人の愛弟子を抱え、
その三人はやがて、一心伝の「一心三作」を生み出した。

「あの頃の私は口のきけない、醜く汚れた捨て子に過ぎなかった。」
「寒い夜は暖を求める蛾のように、鍛刀場の炉を眺めていた。」
「そこにいたのは、自由奔放でひねくれていると噂の経津三代目の女職人。」
「しかし、彼女は他の人と違って私を追い出そうとはせず、空腹を満たす玄米まで与えてくれた。」
「鉄砂まみれの私の姿を見て、彼女は『真砂丸』と名付けたんだ。」

口がきけず思慮深い真砂丸は、多くの物語を心に隠しているのだろう。
それらの口にできぬことは、やがて沈んでいき、また波に呑まれて消えてしまう…

「話せない私に対し、三代目は静かに色々と語ってくれた。」
「体の半分を覆う古傷や、母と兄上の願望について、」
「身に纏うことの出来ぬ緋袴や、やがてすべてを飲み込む津波のこと…」

ある夜、子供が恐る恐る鍛刀場に忍び込み、気ままに生きる名匠の姿を見た。
彼女は涙を頬に伝わせながら、懸命に鉄の塊を鍛えていたという…
「さっき見たものは忘れろ、分かったな?」
彼が慌てて頷くと、彼女は突然手を叩いて笑い出した。
「忘れてたよ、あんたが口の堅い友人だってことを!」

「酒に溺れた、気まぐれな人――噂の大半は本当だったようだ。」
「今にして思えば、師匠の誘いに乗って一杯やっておくべきだった…」

『名物帳』には、月白経津の異なる姿が記録されている。
経津実が鍛え上げた傑作であり、夜の澄み切った優美な海面のようであることから名付けられた「波穂」。
そして、言葉を持たぬ政芳が鍛え直した刀は、荒れ狂う嵐のような覇気を持っていることから、「波乱」と呼ばれている。

聖顕の鍵

これは砂の王の夢が泡のごとく破裂し、草木の主宰が魔天の囁きを埋めた後の話。
衰微の歯車は広大な神国を多くの国へと分解し、また規則的にそれを砕いてすべてを砂利にした。
一人の王妃が、幼子の金で飾られた羽織と冠を焼やすと、彼に召使いの粗布の服を着せて逃がした。
数年後、王の子は奴隷市場の商品となっていた。彼はすべてを失い、流浪者へと成り下がっていた。

「蜃気楼の日の出のために、まだ涙を流せた時、ある覇者のもとで策を捧げ、彼と共に幾多の国を滅ぼした。」
「先王の子が誕生した時、こう祝福した――『たとえ彼が死した後も、彼を称える詩歌は世に伝わるだろう…』と。」
「かつて私は、いくつかの人と事柄を見誤った。ゆえに運命の罰として、今の私は何も見えなくなっている。」
「私の弟子となれ。私の目となり、私に黄金の砂原の人と事柄を教えてほしい。」
「いつか英雄の詩を、神の宮殿のもっとも美しい掛絨毯にして織るために…」

金貨が手から手を行き来する時、それは劣化する。しかし、高貴な血統を持つものは、主が変わる時に強くなる。
彼の最後の主は盲目の詩人であった。ここからの物語は、主従から師弟へと変わる。

「別れる時、母は私に言ってくれた。私たちはきっと永遠のオアシスで会えると…」
「この剣を楽園の扉の鍵とし、翠玉とザクロの間で国を再興しよう。」

年老いた詩人は貴族の子の荒唐無稽な話を聞いて、切っ先のない黒剣の輪郭をなぞった。そして彼はこう答える――
「師弟の縁はここまでだ。私はその叙事詩にある取るに足らない一部でしかない。」

「師匠…」

「サイフォス、我らのような詩人の運命はお前に属さない。 お前によって他人の物語を創作すべきではない――」
「お前はジンニーの寵愛を受けし者。その手に聖顕の鍵を持ち、国土を失った王子。」

「衰微した王国を流浪するがいい。お前なら新たな神話をもたらし、永遠のオアシスを見つけられるだろう。」
「私が覇王のために賛歌を、王子のために愛の詩を書いた時代ーー私は運命の主役のために作品を書くのを夢見ていた。」

「母と会い、砂の王の栄光を王国に取り戻す叙事詩は、私に語らせてくれ…」

最後、奴隷から英雄になった王位継承者と玉座から落ちた傭兵、その二人の道が交叉する…

言い伝えでは、空中に砂利で川を形成し、砂の王は古い友人と別れた後に故郷を封鎖した。
泡が破裂し、国が広く分布したのち、鍵は砂上の楼閣と夢の楽園を蜃気楼に隠したそうだ。
それは貨幣のように人の覇者と王のもとを行き来し、最終的には流砂の懐へと帰ったという。
年老いた盲目の詩人は、物語の痕跡と血で塗られた足跡を追う。そして、ついに森へと辿り着いた...

萃光の裁葉

黄金の地から来た流浪者は、心にも体にも戦いの傷が残っている。
かつての一国の王子は、今や曲がりくねった蒼翠の迷宮に迷っている。
年老いた森林王は権力の血の匂いを嗅ぎ、眉をしかめてため息をついた…
白い弓を持つ狩人は呼ばれた。森に属さない囚われの野獣を捕獲するために。

黒い影が拡散し、「死」の囁きは森の迷宮で向かう先を探している。
流亡する者の後を追って、呪いは砂海から蔓延り、「生」の領域を浸食していく。
緑色の回廊と路地を通り抜け、彼女は見知らぬ気配から、来る者の目的に気づいた。
記憶と野望の間で、彼は乱れる水音と鳥の鳴き声の中を彷徨う…

「我が矢に射られたのよ、無礼な侵入者!次の矢はあなたの心臓を狙うわ。」
「雨林を彷徨わないで。子供たちの心地よい夢を邪魔しないで。ここにあなたが欲しがる王冠はないの!」

森のたくましい女狩人はそう警告した。彼女の矢と鋭い目から逃げられた獲物はいない。
だがなぜか、彼女は長弓を少し下げ、わざと道に迷ったあの者に当らないようにした。
草木は困惑し、夢に逃げた子供たちも、血が流れずに済んだことにほっとした…
すべての夢を洞察した森の王は彼女の意図を察し、巨木をも震わせる囁きを発した。

「穢れた地から来たあの凡人はお前とは違う。あの者の手は血に染まり、心は欺瞞と妄想に満ちている。」
「だが森は無邪気な夢しか受け止めない。血は狩りと犠牲のためだけに流され、欺瞞は許されない。」
「もし彼が森の迷宮で栄誉を取り戻す資格があると思うのなら、彼が白い枝を手折るよう導いてくれ…」
「その時になれば、月と星は彼に純粋な霊智を与え、苦い酒のような思い出と欲望を捨てられるだろう。」

そして、彼女は再び白い狩猟弓を握ると、流浪者を迷宮の奥へと慌ただしく追いやった…
それからのことは月と星が見届け、子供たちのあいまいな夢に残るのみであった。
流浪する貴族は、白い枝を自分だけの鋭い剣に仕上げたと言われている。
また、彼はあれから故郷の名を忘れ、王になる夢も忘れたと、子供は夢の中でささやいた。
やがて、王子ファラマーツの名は雨林に消え、風砂と共に砂漠へと帰っていった。

静水流転の輝き

(1ページ目)
「深き罪が永遠の都に没落をもたらし、無数の奴隷と僭主が闇夜の荒波に沈んで命を落としました」
「我らはエゲリアの名にかけて誓う。純水の杯を探し出し、あの方の国に返すと」
「これこそが、我らの生まれ持つ現在を償い、同じ死を避けるための唯一の方法…」
「いかなる犠牲を払おうとも、純水騎士の名において、必ずや気高き使命を果たしましょう」

壮大な楽章の終わりも、また定められし終演を迎えた。揺らぐことなき正義を守る人々は、古の世の栄華を失った廃墟でこう誓いを立てたのだ。
柄が水色のこの杖は、かつてエリニュスという騎士が所有していたものだ。調和と栄光の歌が響き渡る時代、彼女は高海諸国の神に抗う人々を束ねた。
伝説によると、彼女の故郷は遥か昔、神王の憤怒によって燃やされた。そして黄金の都より来た軍団は、彼女の親族をみな奴隷のように酷使し虐殺した。
その運命から逃れられたのはたった二人。一人は戦火の中で高慢な調律師と出会い、最後には権威の継承者に抜擢された。
もう一人は衆の水の主から憐れみを受け、アルモリカ島の領主に引き取られ育てられた。そして、神王に奪われていない純水を守護した。
同じ故郷を持つ末裔であろうとも、運命は彼らを善と悪に隔てた。まるで水中の浮萍が最後には四散するかのように。

こうして、海風と、湖中の少女の優しい囁きに従い、気高く逞しい騎士たちは確固たる足取りで旅に出た。
想像を絶するほど多くの試練と、世にも稀な困難を幾多も乗り越え、ついに人々の最も誠実な願いを高天に伝えた。
善良なる清き心によって無数の犠牲を経て得られた純水の杯により、最終的に衆の水の女主人は古の幽閉から解き放たれた…

「衆の水の主よ、慈心のエゲリアよ、あなたの審判を所望します」
「かつては多くの善行と功績を為した私も、この旅の中で深き罪に染まってしまいました」
「あなたの理想は一点の汚れも受け入れるべきではありません。私の心が安らぐためには追放されるしかないのです」
「衆の水の主よ、慈心のエゲリアよ、どうか最後の悲願を聞き入れ給えーー」

湖水の煌めきのように清く澄んだ朝日の中で、切実で悲痛な言葉が、衆の水の主の心を打つ。
自身に満ちた神は、人の子の願いを聞き届け、彼女の前途を祝福した。
神も知るように、無私な者にとっては正義の審判だけが寛大な赦しとなる。
あるいはそうすることで、その崇高な決意はいわゆる運命をも染め上げたのかもしれない。

湖水の煌めきのように潔白な水色の長剣は、エゲリアの祝福を伴って澄んだ光の中に沈んだ。
剣の持ち主だった騎士は感慨に耽った様子で顔を上げた。谷を去った後、その行方を知るものはいない。


(2ページ目)
「深き罪が永遠の都に没落をもたらし、無数の奴隷と僭主が闇夜の荒波に沈んで命を落としました」
「我らは母なる神の名にかけて誓う。純水の杯を探し出し、あの方を幽閉する束縛を打ち砕かんことを」
「これこそが、我らの生まれ持った原罪を洗い流し、同じ死を避けるための唯一の方法…」
「いかなる犠牲を払おうとも、必ずや正義の名において為すべき使命を果たすのです」

壮大な楽章の終わりも、また定められし終演を迎えた。報復に沈溺する人々は、古の世の栄華を失った廃墟でこう誓いを立てたのだ。
柄が水色のこの杖は、かつてエリニュスという歌い手が所有していたものだ。調和と栄光の歌が響き渡る時代、彼女は高海諸国の神に抗う人々を束ねた。
伝説によると、彼女の故郷は遥か昔、神王の征服によって滅ぼされた。黄金の都より来た軍団は、多くの先住民たちを奴隷のように酷使し虐殺した。
その運命から逃れられたのはたった二人。一人は戦火の中で高慢な調律師と出会い、最後には権威の継承者に抜擢された。
もう一人は崩れた骸骨の間に身を隠し、アルモリカ島の首領に拾われ育てられた。そして、神王に奪われていない純水を守護した。
海風がそよぐ中、共にあの水色の美しい歌に耳を傾けた中であろうとも、運命の流れはついに二人を背反の彼方へと引き裂いた。

こうして、潮汐と、精霊の優しい囁きに従い、仇敵の壊滅に目をむいた剣の歌い手はついに旅に出た。
想像を絶するほど多くの試練と、世にも稀な困難を幾多も乗り越えたが、いまだに純水の杯を見つけ出せずにいる。
それはちょうど高天が万水の女主人を古の幽閉へと再び戻し、それを引き継いだ黄金の君主が、諸海の廃墟を統べていたときのこと…

「万水の主よ、誉れある原初の母よ、どうかあなたの戒めをお与えください」
「かつてあなたのために多くの不義なるものを皆殺しにし、無数の城郭を陥落させました」
「どうか教え給え、諸海の後継ぎはどうすれば絶滅を免れるのか」
「万水の主よ、誉れある原初の母よ、どうかこの一度だけ慈悲をーー」

滴る血のように暗い夕暮れの中で、切実で悲痛な言葉が、万水の主の心を打ち、
自身に満ちた神は、かつてフォルトゥナの君主に述べたことの全てを人の子に語った・
神だけが未だに知らない。独りよがりな願望の報いは、独りよがりな絶望でしか無いことを。
あるいはそれによって、その幻想に満ちた破滅がいわゆる信仰の背景をも染め上げたのかもしれない。

とうの昔に血で汚され、漆黒に染まった水色の長剣は、最後の理性と共に砕け散った。
剣の持ち主だった歌い手は力なくよろめいた。谷を去った後、その行方を知るものはいない。

名誉と報復に酔いしれた首領はついに彼女の夢の国を目にするとができなかった。かつて、同様に偉大な志を抱いた神が、
いわゆる救いを探し出せなかったように。何年も後、黄金の狩人と称される楽師がその名を思い出したとき、
彼の脳裏に浮かんだのは血でも涙でもなく、遥か遠くで響く葦笛の音と、あの水色の月下で揺れる美しい舞だけだった。

有楽御簾切

言い伝えによれば、狐族の有楽斎は酔っぱらった折に、森の舞台にあった金漆の御簾を切り裂いたことから、妖狸の長の恨みを買ったという。
そうした理由で刀はこう名付けられたそして、月明かりの下で披露された妖狐の狂気じみた剣舞は、妖狸以外の見物人に逸話として語られたのであった。
その後、有楽斎は舞台を企画した妖狸に謝罪し、貴重な茶器と様々な宝を贈呈した。
「大手門」は、それまで彼と一度しか面識がなかったが、この件の仲裁に入ったため、名刀「御簾切」を贈られた。

民間の言い伝えには、少々誤りがある。それというのも、「大手門」はスミレウリの木と戦うただの変人ではなかった。風雅にも理解があり、演劇、玩具、衣装も好んでいたそうだ。
戦に向かう時は、いつも金の錦でできた秋草雲の縫箔を身に纏い、色鮮やかな模様を顔に塗った、独特の出で立ちであった。
しかし、古書や小説において、最後の戦いで金を飾った名刀「御簾切」を手にした姿は描かれていない。
数多くの逸話や史話の中で、彼の武器はいつも、彼自身と同じ言いにくい名を持つ「刀」だった。
彼が大小二本の刀を持ち、潮を切り裂く勢いで黒い妖魔と戦う姿を描いた絵巻はあったが、
当時の権威ある書『名物帳』によれば、「大手門」は異変が起きる前のある夏に、すでに「御簾切」を失くしていたのだという。
そのため、「御簾切」が果たして敵を斬ることがあったのかどうかは、酒を酌み交わしながら英雄の逸話について話す人々にとって、常に想像を刺激してくれるものだった。

文字がなく、歌だけで伝説や歴史を伝えてきた鬼族は、『名物帳』と異なるー
ーあるいはそれを補足してくれるような物語を知っている。
ある祭典の相撲大会の後、「大手門」はなんと名刀の「御簾切」を武家の出身ではない裁縫職人に贈った。
その少女は彼の陣羽織からとれそうになっていた、金色の花の飾りを再び縫い付けてやった。だから彼は腰に下げていたそれを報酬として彼女に渡したそうだ。

「報酬がいらねぇとはどういう了見だ。よし、ならこうしよう。この刀をお前の鋏と交換するんだ!そしたら報酬にはならねぇだろ!」
「あぁ?あんだって?布を切るのに使えねぇだと?嬢ちゃん、天狗みてぇにつまらねぇことを言うんだな!」
「『平民と武家とは違う』ってのはどういう理屈だ!?小さいハサミで切れるもんなら、長いほうがもっと切りやすいだろ!」
「な、違っ!この刀をやるのは、元の主がうるさくて、名刀は棚に置いて鑑賞すべきだなんて言ってやがったからだ。」
「…贈り物なんかじゃねぇ、取引だ!しょっちゅうあの狐に刀のことを聞かれるくれぇなら、お前に布を切ったり服を作ったりするのに使ってもらったほうがいい!」
「大声を出すなだと?ああん?俺がうるせぇとでもいうのか?まあいい、目ぇかっぴらいてよく見てろよーー」

そう言いながら、鬼の大将は突然立ち上がり、名刀を鞘から抜いた。冷たい刃に、月明かりと祭りの煙が映る。
彼は躊躇うことなく自らの袖を切り落とした。そして刀を鞘に戻して姿勢を正し…真剣な面持ちで刀を錦の袖と共に差し出した。
普段は町人の前でも気にせず笑ったり怒ったりする、あっけらかんとした鬼て、人の武士だが、真剣な顔になるといささか凶悪な形相であった。

「ほれ、俺みてぇな裁縫ができねぇ荒っぽい野郎でも、この刀を使って布を切り落とせるぜ!あんまり俺をなめるんじゃねぇ!」
「っつーわけだ、この名刀を受け取ってくれ。こいつをうまく扱えるのはお前しかいねぇって信じてる。俺じゃ、こいつを壊すだけだからな。」
「家宝として保管しとけって?ハハッ、俺も考えたことはあるんだけどな!でもそれだと名刀を使う場面がなくて、ちともったいねぇだろ。」
「有楽斎がこれを知ったら、きっと俺をつまらない、風流の分からん奴だとあざ笑うだろうな。」

そのとき、鬼人が見せた真剣な顔は、平民であった仕立て屋の少女を驚かせた。
彼女が恐る恐る貴重な礼を受け取ると、お調子者の武人は大声で笑い、満足そうに去っていった。
こうして、「大手門」はまた町民から「大馬鹿」という素敵なあだ名をもらうことになったが、本人はあまり不快だとは思わなかった。
喜怒哀楽の激しい彼は、長くも短くもない一生の中で、多くの友人と知り合い、多くの命を守った。
異変の後、無数の命を救った神、狐、妖怪、鬼、人を祀るために、文字なき錦の絵巻を作ったときーー
仕立て屋は彼に名刀を返せなかった故に、敵陣において刀が彼の助けにならなかったことを遺憾に思い、二本の刀を振るう彼の威厳ある姿を縫い留めた。
が...それはまた後の話だ。そうなる前に、有楽斎は民家に下げ渡されたことを、あと何年か嘆かなければならなかった。

「大手門」と同じ氏を持つ鬼族の後継者は、昔と変わらぬ華麗な名刀を手にした、もはや少女ではなくなった仕立て屋を見て、昔を思い出しながらこう語った。
「伯父は刀を拭く時、よくため息をついていた。なぜ有楽斎様がこのような美しい品を、自分のような粗野な人に託したのかと。」
「『こいつは世の繁栄を楽しんで、あらゆる賛美を受けるべきだ。殺しや怒りで汚すわけにはいかねぇだろ?』」

本題に戻すが、少女が刀の戦場以外の使い道に気付いたのは、彼女が例の絵巻を作るよりもかなり前のことだった。
あの頃、鬼人の千代が華麗な十二単を身に纏い、刀を手に踊る姿は、まるで春風に舞う花びらのようにきらびやかだった。

赦罪

(1ページ目)
「真心と勤勉はかならず報われる。お母様、あなたはそう教えてくださいましたね。」
「けれど真心を愛する者は、往々にして詐欺師なのです。そして勤勉な者はいつも、他人に利用されてしまう…」
「お母様、あなたも嘘つきだったのですね。そうでなければ、こんな場所で侘しく葬られたりしないでしょう?」
「…ですから、感謝しています。お陰で私はようやく、あなたの教えの神髄が理解できました。」
木材が「斧の柄」になるまでは、手段を惜しんではならず、尊厳にこだわってもならない。
動きづらい礼服も、埃や油や血で汚れたぼろ布も、どちらもこの世の中で上り詰めるための衣装だ。

そのような時代では…いや、たとえ千年、万年経とうが同じだろう。
あまりに早く大人になったがゆえに、「適者生存」の旗を掲げて生きることしかできない——このような少年はいつの時代にも必ず存在する。
そして真心、期待、夢を糧に…地上の都市のごとき、堂々たる怪物に成長するのだ。
陽の光の届く街、届かぬ街…どちらも彼にとっては実り豊かな狩場である。

「おやおや、僕たちのサーンドル河にわざわざやってくるなんて、一体どこのお嬢ちゃんだい?」
そしてサーンドル河に誤って足を踏み入れた貴族の少女は、最も暖炉の上に掛けるにふさわしい獲物であった…
恐れが月光を遮る雲のように、彼女の生まれ持った美しい顔立ちに影を落としている——そう怪物は思った。
彼女は怪物の正体が分かったが、口から出たのは「どうやって自分の変装を見破ったのか」ということだった。
「嘘をつくことに慣れてないみたいだね。よそ者であることを認めているのと同じじゃないか?」
「…それに、君の服は煤や機械油で汚れていないし、血の跡もない。」

彼は少女に手を伸ばし、考えた。これほどのチャンスを逃すわけにはいかない。
蜘蛛の糸が、天上の雲からひそかに垂らされた。これを機に、最も勢いと力のある一族に取り入るのだ。
これは雲の頂へと続く階段であり、真珠の扉を開く鍵だ。
彼女を放してはならない…僕は彼女から、離れてはならない…

「レティシア、君の高潔な魂を心から愛している。」
そう口に出した時、彼は不快な違和感を覚えた。それでも彼は話し続けた…

(2ページ目)
いかなる物事にも予兆がある。それは嵐の前夜のようなものだ。
ある時、彼は普段とは打って変わった様子で、自身の願いについて延々と話した。
「レティシア、こんな世界を想像したことはあるかい。」
「そこには三倍の明るさの太陽と収穫し切れないほどに実り豊かな土地がある。」
「人々は鳥のように自由で、隔たりも嘘も略奪もない。」
「僕らは空を飛び、果てしなく広がる荒野と、川や湖を、あるいは丘や谷を一望する。」
「そして僕らの木を見つけて、そこで二人だけの家を築くんだ。」
「誰にも邪魔されず、何事にも煩わされずにね…」

その時彼は、かつて曖昧な希望が煙のように消えてしまったことを——
あるいは彼らの同胞のように、静寂と血だまりの中にとっくに沈んでいたことを、もはや認めていたのかもしれない。

「僕のレティシア…子供たちのことを考えよう。新たに生まれる苗木のことを」
「大砲の音が響く中、汚れた土や水で育てる訳にはいかない。」
「まさか、怒りの涙と恨みの誓いで子供たちを育てようと——」
「ただ不安な夢だけを子供たちに残し…先の見えない使命を引き継がせようと言うのかい。」

しかし、心配はない。何もかもすでに手配済みだ。
我々の未来…僕の未来に、問題など何もない。
そう考えたところで、彼はすでに慣れ親しんだ違和感を覚えた。

……
その頃の彼は貴族と付き合わなくなってから随分と経っていた。裏切りの理由について問われた彼は、こう答えた——
「褒賞、そしてより高い地位のためだ。」「彼女と子供の平穏のためだ。」
どちらが口をついて出た言い訳でどちらが本当の理由だったか、彼はとうに忘れてしまった。
それも致し方ない。何万回も繰り返した嘘は、吐いた本人でさえ本当のことだと信じてしまうものなのだから。

だから妻が最後に同じ質問をした時も、彼は依然として、よくわかっていなかった。
それでも、かつて彼女と交わした約束だけは覚えていた。少なくとも、最初の契りだけは守り抜くことができるだろう。

岩峰を巡る歌

「命はすべて、花のごとく散るのみか?」
「炎の栄華もやがては塵に埋もるるか?」
「輝やかしき名でさえもいずれは影に消えゆくか?」
「たとえそれが咲き誇る花々のように美しく、軽やかな歌声のごとく、いかに優美であろうとも。」

岩峰を越えるのはもう何度目になるだろう。これまで過ごした冬の日の数を覚えていないように、彼女はその回数など覚えていない。
毎年エンバーコアフラワーが咲く前に、鉱山の女主人は一人でテケメカンの谷の中でも辺鄙な地を訪れる。
古い伝統に従って、黎明を目にすることなく、この世を去った友人たちに露に濡れた花を供えるためだ。
かつては黒曜石のように硬く冷たかった心も、今は歳月によって角が取れ、温もりを帯びている。
しかし、その温もりを分け与えてもらえる者は皆、すでに聖火に還っていた──

鉱山に響く轟音と職人たちが歌う仕事歌で、昔の苦い記憶からあの鉱山の女主人を思い起こしてはじめて、
族長の代理人はナナツカヤンのこだまがここまで広がっていることに気づき、驚いた。
かつては荒れ果て、ひっそりとしていた山々は、今や鈴を振るうような、明るく楽しげな声に包まれている。
それは──彼らが姿を隠すしかなかった時代に、若者が夢見ていたものだった。
暴君を打倒するべく抗った無数の者が願ったもの、そして未来であり、文明の胎動であった。

年を重ねた代理人の口元はほころんでいた。かつて赤い瞳を持つ少年から教わったが、
当時の彼女はくだらない戯れだと思って、恥ずかしさから彼に歌ってやらなかった歌を口ずさんだ。
花で飾りしタンバリンのごとく、涙で飾りしその語り、岩峰の間にたゆたいて、今なお歌に呼応する。
泥まみれの燧石のごとく、木霊するテペトルは、鍛冶の焼入れの火のように、皆に祝福を授けたり。
集い、散り、燃え尽き、蘇り死ぬ。新生の炎の為に、黎明の一角を見せよ。

部族の権力を取り戻してから数千年の間に、無数の物語が夜の月明かりに消えていった。
「平和の再鋳造者」サックカが残した歌の歌詞は、今となっては知る人もない。
しかし、その力強くシャープなリズムは、金づちやたがねの音と共に今日まで伝えられている。
何しろ古から今に至るまで、灼熱の律動は鉱山を流れる血なのだから。
叩きつけられる金づちから飛び散る火花は、抗う者へと贈られる永遠に色褪せない歌である。

「命はすべて、花のごとく散るのみか?」
「一切の喧騒が静寂へと帰した時、心はどこへ向かうだろう?」
「この世に永遠には留まれず、ここも旅路の途中に過ぎぬ。」
「しかし、かつてこの場所は花が咲き乱れ、歌声が響いていた。」

蒼耀

「掟に挑むべからず、律法を疑うべからず、典章に背くべからず。」
「我かく篤く信じ、我かく諭し、我かく此れを宣べ伝ふ。」

「柔き星の光、我が瞳を撫で——」
「白石の詠う山にて啓示あり」
「以て、初めて汝らに明朝の光景を語らんとす。」

「原初の主に屈服せし兄弟姉妹よ、我の見たる真実を汝らに告げん。」
「汝らの中には、月のない夜を歩み、苦き涙を飲み尽くしても尚滅びゆく親類を救えぬ者あり。」
「金箔散りばめたるかの如き砂漠を渡り、生涯、真心と眷恋の何たるかを知る由もなき者あり。」
「針の如き敵意に慄き、約束の潮が楽章の終幕を告げる日を待ち望む者あり。」
「夢の中を彷徨い続け、時止まりし異郷にて未だ訪れぬ出会いを待ち侘びる者あり。」
「いかに嘆願し、献身すれども、汝らの首の枷を解き放つこと能はず」

「然らば、汝らが真に希う夢は、心の底の言い知れぬ胸騒ぎを棄て去ることか。」
「或いは古の日の如く、始まりも終わりもなき永遠に沈み、偽りの約束のために暴虐の限りを尽くすことか。」
「聞け——」
「棄てよ、叛逆せよ、翼を泥濘に浸し、胸中の灼熱の愛欲を、燃え盛る炎の如く咲き誇らせよ。」
「渇望せよ、希求せよ、世界を万民に委ね、万国の栄華を以て高天の威光を凌駕せよ。」
「謳歌せよ、喝采せよ、人類に力を授け、月光の槍を以て創造主の狂想を貫け。」
「無垢なる蒼耀の黎明へと手を伸ばせ。民が存続の許しを哀願せずに済むように。」
「今こそ顔を上げて、蒼耀の暁の星を仰ぎ見る時である。我、汝らを新たなる天へと導く者なり。」

「愛に敵対する支配者も、必ずや揺らぐ時あり。」
「面紗裂かれし時、新たなる曙光がこの大地を照らすべし。」

☆4

西風剣

これは西風騎士の栄光だけでなく、モンドを護る人々の勤労と技術の結晶である。
この剣は簡単に元素の力を引き出せる。だが肝に銘じてほしい。剣の鋭さは護るための力であり、傷つけるための力ではない。

現在の西風剣術は光の獅子エレンドリンの影である幼き狼のルースタンから引き継いだもの。
伝説によると、彼は雨粒さえも斬ることができ、剣を振り回すとその衝撃波は薔薇を両断し、炎をも吹き消すという。
多かれ少なかれ西洋剣術の特徴を表している。軽く、速く、正確。それでモンドの平和を守るのだ。

27歳の時、ルースタンは「幼き狼」の名を授かった。
西風騎士団の伝統によると、獅子か狼の名を授かった騎士は、
いつの日か、騎士団を率い、全身全霊でモンドを護る大団長になる。
しかし、ずっとモンドを守り続け、モンドのために全てを捧げた彼にその日は来なかった。

ルースタンが編み出した剣術を、彼ほど上手く操れる実力者は二度と現れなかった。
だが、彼の忠誠と思いは現在まで引き継がれている。

祭礼の剣

東に海を一望できる崖で、古の住民は時と風の神を一緒に祭った。
「風が物語の種をもたらし、時間がそれを芽生えさせる」という思想が、度々両者を混同させた。
この剣は護りの力と勇気を語るもの。
もともと刃がついていない道具用の剣だったが、風の中で真剣のように鋭くなっていった。

かつては穏やかなグンヒルド一族が所持していた。
祭祀では、彼らは守護者を演じる。

時の風への祭祀は三つの幕に分けられている。
終幕の内容は、守護者が命と自由を護る物語である。

祭祀の慣習と歴史は失われたが、
グンヒルド一族は守護者を続けている。

匣中龍吟

璃月の街に伝わる噂の宝刀。
刀の鞘は沈香をベースに雲母を飾り、戦争伝説の絵が刻まれているらしい。
連城の璧ほどの価値がある貴重な刀の鞘は既に失われた。
この刀にとって、鞘は刃の運命を縛る鎖だった。
非常に鋭く、刺された人は一時間後にようやく自分が死んでいたことに気づくと言われている。

噂によると、クオンがたった一日でこの鋭い宝刀を打ったらしい。
高齢な師は弟子の作品を見て、ただただ嘆き、杖で地面を叩いた。
「無念、無慈悲の極み」
老人は嘆き、無言で去っていった。

そして、クオンは刀剣に一切触れず、三日間ずっと師の言葉について考えていた。
さらに一年の月日を掛け、この沈香の鞘を作り上げた。

若いクオンはこの鞘なら、刀の力を抑えられると思った。
その後、宝刀は町に現れた。鋭い刃だけが残っていて、鞘は伝説になった。
刃は永遠に血に渇く。どんな鞘でも、その衝動を抑えることはできない。

笛の剣

軽い剣。剣身に紋様が刻まれ、穴が空いている。
優れた腕前の持ち主はこの剣を振る時に笛音を奏でる。音調は振る方向と力
に左右される。
楽団が解散したと後、この剣も葬られた。月日が流れるにつれ、今は音を出すこ
とができなくなった。
それにしても、致命的な武器である。

流浪楽団に凛とした剣舞者がいた。
楽団による旧貴族の討伐計画が失敗し、彼女は奴隷戦士になってしまった。

たとえ希望を失い、全ての仲間を無くしても、戦う時は、
彼女の剣は光の唄を歌う。彼女は「夜明けの光剣士」と呼ばれた。

曙の騎士ラグヴィンドは彼女の元のお付きの騎士である。
共に行動し、彼女の剣に感動した。
そのため、彼は自分の騎士名とやるべきことを決めた……

旧貴族長剣

かつてモンドを支配していた旧貴族に使われていた長剣、その材料と細工は極めて凝っている。
よって、長い年月が経った今でも、切れ味は当初のままである。
剣術は貴族の必修科目の一つだった。
身を投じて戦う人の勇猛と違って、彼らの身振りは知性と気品に溢れていた。
しかし記録によると、最終的に彼らの剣術からはその知性や気品は失われてしまった。

二千六百年前、モンドの地で最古の血統は、
新風神が降り立って天地を作ったあとに、厳粛な誓いを立てた。

「永遠にモンドを護り、モンドの青き平原、山と森に永遠の命があらんことを」
「永遠にモンドを護り、暴君の如き風雪と風雪の如き暴君に困ることなく、永遠の自由があらんことを」

時間が経っても、暴君と魔獣に蹂躙されても、たとえこの誓いの石碑が壊されても、
誓いの魂は千風になって、恋人のようにモンドを撫で、父のようにモンドを守る。

黒岩の長剣

希少な黒岩で作られた非常に鋭い長剣。黄金と玉石を簡単に切れる。
明るい月の下なら、暗紅色の剣身がはっきりと伺え、
血のような光がまるで大地を切り裂くように見える。

「試作」ができた後、職人の寒武は新しい武器の設計図に着手し、
希少な黒岩でより優秀な武器を製造しようとした。
黒岩剣は製造時の温度と水の条件により、剣の堅さとしなやかさが変わる、鋳工にとっては大きなチャレンジである。だからこそ、超えなければならない。
寒武は剣を鍛造することに心を奪われた。友人の雲氏の依頼を受け、素材を探しに層岩巨淵へと向かった。
だが坑道が崩落し、彼を含む数人は4日間も坑内に閉じ込められた。

彼らは地下牢獄へと落ち、普通の道具では道を塞ぐ岩を取り除くことができなかった。
漆黒の闇の中で、彼らは迷い狂って絶望した。
その時、坑内の片隅で寒武が持ってきた試作剣が微かに光っていた。
この剣のお陰で彼らはようやく脱出できた。陽射しを浴びた瞬間、手に持っていた剣が粉々になって砕けた。
寒武は驚いた。数ヶ月後に寒武はこの長剣を再現して「黒岩」と名付けた。
人々は黒岩の美しさ、鋭さ、堅さを賛美する。
坑道の崩落事故にあった者は、当時のことを一切口にしなかった…

――暗闇の中、寒武は渾身の力で岩を切り、剣の衝撃波が稲妻のような音を響かせる。
その時から、後に起こる地震のカウントダウンが始まったのかもしれない…

斬岩・試作

璃月の武器工場が作った古い試作剣。製造番号や製造時期は不明。
古い剣身には流雲紋が飾られ、剣を振るう時は微かに金色に光る。

噂によれば、一度は技術不足で製造が中止となり、別の製造方法を考えることになった。
鍛造の名門である雲氏の当主は武器職人である寒武と協力し、「試作」という武器シリーズの設計図を書いた。
設計図に沿って最初に作られた片手剣は音が響く。

天衡山で剣を試す時、寒武はうっかり剣を地面に落とした。
意外なことに、剣は逆巻く風のように岩盤に割れ目を作った。
これは天啓だと思った寒武は剣を「斬岩」と名付けた。

一刀両断、万剣朝宗。
岩を簡単に切れるこの剣は後日、璃月の刀剣の原点となった。


朝宗【ちょう-そう】:古く中国で、諸侯が天子に謁見して帰服・従属すること。転じて、権威のあるものに寄り従うこと。

鉄蜂の刺し

世の全てが璃月にあり。これは偉大な璃月港への讃美である。
他の国の珍宝も人と共に璃月港に来る。
刃がついてない細い剣だが、先は極めて鋭い。振り回すより、突き刺すことに特化した剣。
使いこなすには技術が必要だが、もともと良質な剣のため、修練を必要とせず、使いやすい。

遥か遠い異国からの武器。遠洋航海帆船のオーナーが腰に下げていた。
剣身は細く、優雅な曲線美は帆船の雰囲気に合わない。

剣の詳細を聞かれるたび、オーナーは無視する。噂は風とともに流れていく。
海賊からの戦利品だ、あるいは略奪した物だろう、と噂された。

日が暮れ、帆を下ろしたら、彼はいつもそっと剣を拭う、
風の国の思い出を、遊侠としての失われた時間を、
故郷で出会った少女のことを、報われなかった恋を、そして再会の約束を思い出す。

降臨の剣

これは、あなたが特殊な方法でこの世界に辿り着いた証。
これは「世界」に挑んだ者にしか握れない剣。

過去にこの剣が振られた時、人々は滅びかけた世界を救おうとしていた。
その世界は、彼らの唯一であり最後の居場所。
この剣が挑んだのは、滅び行く世界の運命だった。
――しかし、「生者必滅」の宇宙の法則に対して剣で挑むのは、
馬に乗り、槍を持って風車に突進する行為と同じくらい滑稽なこと…

それ以前に、かような運命と億万の星を呑み込む深い闇と向き合うには、
どのような武器を手にすればいいのか?やはり、この剣こそが相応しいのだろう。
少なくとも、世界と戦う勇敢な記憶を運ぶことはできる…

過去にこの剣が振られた時、あなたは世界に隠された答えを探していた。
このような世界ならば、この武器を使うことができる。
宇宙の暗き目が向きを変えたわけでも、かの世界が元からこのような風格を備えていたわけでもない。
――「追求」こそが、あなたがここに降臨した真の理由であるからだ。

「過去」が消滅する前に、「未来」が降臨する前に、
「現在」が消え行く今、この剣を信じるといい。
身を護るには最適だ。なぜなら、あなたみたいな
「挑戦する者」、「追求する者」のために調整が施されているのだから。
それを持ってして、この世界を行け。

そして、「世界」が残したすべての謎と挑戦を切り開いてみせるのだ。

黒剣

永遠に鮮血を渇望する剣。血の匂いによって目覚める。
持ち主はこの剣から戦い続けられる力を得る。
無垢な人も、やがて返り血によって漆黒に染まる。

純白で高貴な騎士は、正義の道を求めていた。
光沢のある銀の鎧を身に着け、鏡面のように明るい長剣を携えていた。
不公平を訴える人々のところへ、人食いの魔獣が現れたところへ、遠方の炎が燃えているところへ、
騎士はすぐその場に赴く。一、斬る。二、振り下ろす。三、突き刺す。
彼に騎士道や正義、剣術を教えてくれた「幼い狼」の訓戒に従って、
斬って、振り下ろして、突き刺した。そしてまた斬って・・・・・・。
魔獣が動けなくなるまで正義は執行された。

「いつからだろう、斬る、突き刺す、振り下ろす、その感覚に病みつきになった」
「剣と肉の絡み合う感覚は、まるで脊椎に電流が走ったようだ」
「ああ。たぶんこれが正義が執行された感覚だろう」
「このまま切って*、突き刺して、振り下ろし続けていれば、この歪んだ世界の罪も」
「いつか、いつの日にか、粛清されるだろう」

「騎士よ、正義と称しても殺戮は所詮殺戮だ」
「いや、お前は間違っている。正義のための殺戮は即ち正義だ」

一、斬る。二、振り下ろす。三、突き刺す。そのまま正義を貫き続ける!
例え少女からもらった白い花が汚れた血に黒く染まっても、剣の輝きが失われても、
秀麗な顔が歪み、鉄仮面で隠さなければならないようになっても、
守られた人々に理解されないとしても、決して止まらない!

黒く染まった騎士が正義を果たす旅の中で、魔物の跡を追い、
滅ぼされた古国を見つけた。そこで、最大の問題を発見した・・・・・・。

腐植の剣

それは遥か昔のこと…

誕生することを許されない生命、満たすことができない願い、
暗い宇宙を彷徨う、悲しき夢、
私の体を借り、「現世」に降臨しなさい。

そして、私のかわいい子供たち、
雨水が小川に流れ、植物が太陽に伸びるのと同じように、
美しい場所に行き、自分の美しさを満遍なく放ちなさい。

これは、ドゥリンと呼ばれる子供の、「母親」に関する記憶…

「お母さん、ありがとう」
「空を飛ぶ翼と、丈夫な体、全部お母さんがくれたもの」
「僕は、美しい歌声がある場所に行きたい」
「皆のことや、お母さんのこと」
「僕の生まれたところが、どんなに美しいか。全部、彼らに伝えたい」

ダークアレイの閃光

真っ直ぐで高貴な長剣。夜の閃光に似ている。
その刀身は一度も血に触れたことがない。
噂によると、後世の人々はこの剣を元に高貴な騎士の剣を作ったという。

剣は黒く、夜に溶け込む。
なぜなら、その時代は夜になっても平民は灯火をつけなかったからだ。
一部の詩歌によれば、その暗闇は貴族の統治によるものらしい。

古い時代に書かれた先祖の徳政を記録した叙事詩は、貴族の少年の心に反逆の種を植えた。
機は熟した。名門出身の彼は一族を置き去りにし、長剣を盗み路地の奥へと姿を消した。
彼は平民と同じように酒場に行き、貴族から教わった剣術で富者から財物を奪って貧者に施した。
貴族の宝庫から取り出したこの剣は、暗闇の中、貴族の後裔と共に屋上や路地を走った。
長剣の刃は一度もその輝きを失わず、ずっと光っていた。陳腐な貴族の後裔という身分を捨てた義賊の心のように。

歌と酒と若い歳月はいずれ終わる。やがて色々なことが起こった。
最後は月光の下、長年共にしてきた長剣を埋葬し、船に乗って亡命した。
彼はあの日の出来事を思い出した。家を出る前、宝庫からこの長剣を盗み出し、
家族に、過去と未来に、この土地に、腹違いの弟エバハートに誓った言葉
「ほんの少しでも、僕は僕自身の力でこの漆黒の世界を変えて見せる」

天目影打

名刀「薄縁満光天目」の影打ち。
岩蔵流初代当主「道胤」が紺田村に隠居中に世話になった礼として、
柴門家に贈呈したものだ。

岩蔵流の秘剣「天狗抄」は迷いをすべて捨ててやっと使える技だという。
「天狗抄」は「天狗勝」のもじりで、空飛ぶ天狗さえも斬り落とせる剣だ。
数百年間、「胤」の名を世襲してきた岩蔵の剣豪たちは稲妻で秘剣を振るい、無数の妖魔を斬り捨てた。

「天狗抄」が完成したのは、祀られなくなった社の中だった。
秘剣の威力が大きく、建物は尽く壊され、岩蔵道胤の刀も真っ二つになった。
その後、剣術の腕で岩蔵流を創立し、九条家の指南役になった。
当時の天目に依頼して、胤の名とともに受け継いでいく名刀「薄縁満光天目」を打ってもらった。

その刀の逸話も諸説あり、人の縁さえも切れると言われている。
長い号は、岩蔵道胤が直々に指定したものだそうだ。

シナバースピンドル

愉悦を浮かべ烈火より塵を分離し、粗悪なるものから精巧を生み出す。
宇宙が一つのものから派生したように、一つの思索は万物へとなり得る。
あなたの兄である一本角の白馬が成し遂げられなかったことを追求し、
哲学の果てに辿り着いて、あなたの兄と私のために、新たな運命を紡ぎ出さんことを…

籠釣瓶一心

「一心」の名を冠する血の色をした長刀。優れた切れ味を持つが、不吉な色合いである。
水に満ちた隙間だらけの竹かごを、その水を一滴も漏らさず真っ二つにできるという。

刀には、茎から先端にかけて、霊が宿っていると世の人は云う。
つまり、「祟り神」が作った刀には、当然怨霊が宿っているのであろう…
真紅の名刀「籠釣瓶」は、ついに惣領にはなれなかった匠、赤目兼長の作品である。
しかしこの刀は稲光と玉鋼の地ではなく、雪原地帯の北国で鍛造された。
月明かりの下で刀身を見ると、妖しい紅の刃文が水のように流れ、まるで郷里を離れた者の血と涙のようである。

「『祟り神』なるもの、元は大悪なりーー浮世への憎悪を溜め込むものなのだ。」
「刀は大悪の武器。悪がなければ殺すことはできず、恨みがなければ、血の色を理解できない。」
「『一心』とは雑念を捨て去り、純粋な目的のために鍛造を続けること。」
「つまり、生に対する憎しみを糧にして、生き物を真に斬ることのできる刀を鍛え上げることである。」

赤目一門「一心」への執念から、「人斬刀」を極め続けてきた。
その結果、弟子の多くはひねくれ者となり、短命だった。身も心も大毒に侵され傷跡だらけだったのだ。
赤目の門下生が鍛造した刀は、それ故に切れ味に優れるが、魔性が宿るが故にやがて役人から「劣悪」と判断された。
そのため、赤目実長の「一心伝」惣領の職は官府によって取り上げられ、三代も続かず終わってしまった。

その後、赤目兼長は傾奇者の事件に巻き込まれ、大逆の罪を犯してしまう。
彼は名前を変えて雪国へと旅立ち、やっとのことで生きる術を見つけたのであった。
逃亡する「楓原」は、「一心伝」が刀に酔う者たちからの喝采を受けるようにと願うばかりであった。
しかし匠も「祟り神」も刀と同じで、所詮人の使うものや名に過ぎない…

「『一心』などという虚名のために半生を無駄にしてきたが、念願かなって俺も『楓原』になってしまった!」
「ははっ、まあいい。氷雪で鍛えてきたこの刀が、虚名のように脆くないことを祈る…」

楓原一族は知識が豊富で、その作には真砂丸の気骨が見られる。丹羽一族は仁義に厚く、刃の焼入れに長けている。
赤目一門は「一心」への執念から、「人斬刀」を極め続けてきた。
雪原に埋葬されたその時も、逃亡者は名刀一振と楓原の名が無事故郷に還り、感嘆されることをただただ願っていた…

原木刀

「これは、ワルカから伝わる物語…」

あの頃、叢林はまだ、金色に輝く砂漠だった。私たちも、ザクロから生まれてはいなかった。

かつて、三人の仲間がいた。その仲間たちは、アランジ、アランマハ、アランヤマのグループと同じくらいに仲が良かった。
しかし、仲間の一人が大地に戻ってしまい、他の二人もそれを理由に仲間割れしてしまったのだ。
そのうちに一人は、地上に理想的な国を築き、全ての悲しみを消し去ろうと決意した。
もう一人は草木と緑を増やして、この地を知恵と幸せに満ちたものにしようと決めた。

しかし、やがて国は滅亡し、知恵は歪み…幸せの定義も変わってしまう。
あなたがたは夢を忘れ、私たちは夢の中に還り、太陽と月の移り変わりも忘れ去られてしまう。

それでも、砂漠の深部に森林王が足跡を残したように、あなたと私は物語を残す…
過去の友情の痕跡は、種になったアランナラのように、静かに眠っているという。

サイフォスの月明かり

あれは千年も前の出来事——あの愚かな神王が、砂嵐で滅んだ後の時代に起きたこと。
凡人の国は立ち並び、智者の集まるトゥライトゥーラはその中でも秀でていた。
その国には空を思わせるサファイアの天蓋があり、暖かな翠緑の花園が広がっている。
神王が死んだ時代であったが、幸いにも知恵と繁華がこの都市国家で煌めいていた。

人々によると、この青色の国にはサイフォスという名の戦士がいたと伝えられている。
その者は双刃の長剣を巧みに操り、魔物の鋭い爪から少女を救い、宝物を奪ったという。
古いティナル人の伝説によれば、彼の剣には残忍で捻くれ者のジンニーが宿っていたそうだ。
その剣は殺戮により光を帯び、血を浴びれば浴びるほど月色の光を見せた。

「ああ、愛しき主よ。あの深紅の果汁を私に飲ませておくれ、あの深紅の美酒で私を喜ばせておくれ。」
「私の愛は、あなたのためだけに湧き出づる。葡萄のつるの娘が、愛酒家のために血の味の死を捧げたように。」
「主が私の愛を有している限り、月が依然とその永遠と老衰しない顔を照らす限り。」
「敵がこの世に未練を持ち、母親の名を忘れぬ限り、あなたは無敵の戦士であろう。」

その後、月光のジンニーに深く愛された戦士サイフォスは、異国より亡命してきた浪客に出会った。
その浪客は、敵方の王たちから血で汚れた銀銭を受け取っていた。そして、卑劣な王たちの英雄に対する妬みや恨みを抱えていた。
本来であれば酒の友となり得た二人の侠客。彼らは月光が見届ける中で殺し合うことになる。
こうして、ルビーの美酒は剣先を洗った。ザクロは熟し、破裂して鮮紅の滝を噴出させる…
最後、一切が落ち着いた時、青白い明月は勝者を照らし、そして敗者を照らした。

「風向きがどうであれ、命の盃にはさざ波ひとつ立たなかった。」
「死した三人の女神は勇士の運命を定めた、たとえその幽玄を悟れなかったとしても。」

浪客は月色の長剣を手に取り、血に染まった銀銭を拾い上げる。沈黙を保ったまま遠い雨林をゆっくりと歩んだ。
サイフォスの守護を失ったサファイア城は色褪せ、数年で急速に衰退し滅びる。
城と運命は潰され砂利となり、砂原の風はすべてを目に見えない細かな砂の流れへと砕いた。
幼き王子に託された再興の運命と黒き鍵は、最終的に流砂の懐へと沈んでいった…

東花坊時雨

「稲妻の傘。雨を防ぐ道具というより、独自の工芸品と言ったのほうが良さそうだ。竹の骨の感触も、傘の模様も、水や埃が油紙に染みた淡い色でさえ、細やかで細密に見える。狭い路地を通るたび、店舗の前にぶら下がっているこのような傘を見ると、ふと思い出してしまう話がある。昔々、町全体を騒がせたある傘があったそうだ…物語はこんな出だしから始まる——」
「今から数百年前、ある祭りの日、花見の席で狐や狸たちは戯れ、楽しく遊んでいた。普段あまり笑顔を見せない天狗たちでさえ、人々と杯を交わし、談笑していた。中でも最も注目を引いたのは華傘を手にした少女だ——鬼族の美酒を飲んで大いに盛り上がる中、月明かりの下で、少女は花吹雪のように舞った。妖怪も人間も、彼女の踊る姿に歓声を上げた。その後、軍勢と共に出征した時、少女は不幸にも命を落とした。彼女が愛用していた傘は、忠実な眷属たちの手によって神社に寄贈された。」
「ある武家出身の女性は、神社でお参りをする時にこの傘を見つけて惚れ込み、高値でそれを買った。次の日にちょうど雨が降り、彼女は傘を持って出かけようとしたが、着替えも終わらないうちに、遠方から夫が戦死したという訃報が届いた。女性は傷心のあまり、数日も経たないうちに病にかかり、この世を去っていった。葬式の後、彼女が買ったあの傘は、残された父母に不吉なものだと思われて、再び神社に贈り返され、棚にしまわれたまま置き去りにされることとなった」
「まさかその数ヶ月後、雨が降る夜の町で、見たこともない妖怪が祟っているという噂が広まったとは誰も思っていなかった。噂によれば、その妖怪は傘のようで、成人男性よりも背が高く、一つ眼で足も一本しかないという。そして長い長い舌を持つその妖怪は、一人で夜道を歩く人がいると、いきなり飛び出して、通りかかった人を舌で舐めるのだ。フォンテーヌ人から見れば、その妖怪は祟っているというよりも、悪戯をしているように見えた。とは言え、誰もあの妖怪の意図を知るわけではない。しばらくの間、町の人々は不安に駆られ、若い女性などは妖怪に出くわすのが恐ろしくて、出かけることすらできなかった。年寄りたちは、あの方がまだご存命ならば、あのような小妖怪が祟ることはなかっただろうにと口々に嘆いた——しかし、もはやこのような小妖怪の退治法ですら、知っている者は少なくなっていた。」
「その後、ある若い巫女がこのことを聞いて、神社からあの傘を出してきた。彼女は柄杓で水を掬うと、持ち手から石突までを丁寧に洗い、絹で油紙を何度も繰り返し拭った。そして傘にこう言った。」
「『あの時の雨が再び訪れることはないけれど、明日が過ぎても明日はまた来る。あの方がご存命ならば、このようなお姿はご覧になりたくなかったはずでしょう!』」
「そして彼女は、傘を神社の別殿に祀るようにと指示を出した。それからというもの、誰も傘が祟る話を聞かなくなった。」
「…というのが、稲妻の友人から聞いた話だ。しかし、鳴神各地の神社を多く訪問したが、傘を奉っていると言う話はてんで聞かなかった。これについて友人に話したら、彼女は失笑してこう言った。」
「『まさか、レフカダさんってば、怪談を本当の話だと思ったの?』」

サーンドルの渡し守

下水道に流れ落ちてくる廃棄された部品は、いざという時に武器として使える。
最初の相手は「栄養たっぷりの水」で育った魔物だった。
ともあれ、それは無数の「獣」の膝の皿と下顎を粉砕したことがある。
すべてを抱き込むサーンドル河に、同胞を脅かす連中を大勢送り込んだことから、
エドワルドの友人の間では、「渡し守」という愛称で親しまれている。

フォンテーヌの都市開発の終点は、下水道を地下の町としたことだ。
サーンドル河の秩序を守れるのは、むろんフォンテーヌ廷の官僚ではない。
だから、後のギャングの出発点は、拾った銅パイプでワニを撃退したことである。
その後、暴力団の侵入や恐喝から商人や店を保護し、
サーンドル河の「同胞」間の紛争を仲裁して、新婚夫婦を祝福するようになった。
最終的に「日の当たる場所は彼らのもの、サーンドル河は我らのもの」としたのだ。

だが、都市開発に終わりは無い。
人々の位置は変えられないが、位置の座標は変えられる。
ある観点から見れば「彼ら」と「我ら」の間に違いはない。
開発可能な区域と、整理もしくは「移動」すべきゴミがあるだけだ。

サーンドル河の整備に反対して逮捕されたエドワルドの一味は砂漠への流刑が決まり、護送される途中、
その一味に救い出された。一行はモン・オトンヌキで活動していた盗賊と組んでポワソン町を占領し、
護送を担当する執律庭のメンバーを人質に取って、理不尽な要求を数多く出した。
この事件は、最終的にファントムハンターが積極的に介入したことで収まっている。

当時、志願して交渉の要求を伝えたカール・インゴルド記者は、事態が悪化する前にポワソン町である集合写真を撮っていた。
写真の真ん中に立つのがエドワルド・ベイカーで、この有名な(あるいは悪名高い)先の曲がった銅パイプをステッキのように持っている。
エドワルドはもう一方の手を息子のジェイコブの肩に置き、ジェイコブは緊張した面持ちでルネ・ド・ペトリコールの袖を握っている。
二人の左側には、大魔術師「パルジファル」が軽く手すりに寄りかかり、トレードマークである舞台で見せるスマイルを浮かべている。
エドワルドの右側にいるのが、当時ポワソン町の町長だったルノー・ド・ペトリコールだ。このためにわざわざ礼服に着替えたが、襟が曲がっていた。
彼の息子のルネはその前に立っている。写真機という珍しい物に興味津々で、目を丸くしながら少し戸惑っている。
パルジファルの左側で赤ん坊を抱いているのはローザ・リードと夫のトンプソンで、写真の一番右側はトム・オールターだ。
前を見ている彼らの顔は、写真機のライトで白く照らされている。彼らが見つめている先は、インゴルドでも、写真機でもなく――
未来のようだ。

狼牙

何かの偶然なのか運命なのか、モンドの騎士団の中で、
最も尊敬される騎士の名と、それに対応する獣の紋章はいつも次の二つになっている。
まずは騎士団の初代団長の「獅子」を受け継いだ意匠と称号、
二つ目はほぼ同時代にやってきた「狼」の騎士「北風」である。

実際には、北風騎士の名はどこにも記載されていない。
この名前がついたのは、当時巷に広まっていた物語の影響である。
物語の最後で、娘を救ってもらった商人(または農夫)はこう尋ねる。
「騎士様には、なんとお礼をしたらよいやら…」
騎士はこう答えた。「お嬢さんが嫁に行くとき、酒を一杯勧めてくれればいい。」
「ああ、それは申し訳ございません。して、騎士様のお名前は?」
騎士は少し考えてこう言った。
「では、やはり仲間に勧めてやってくれ。彼の名前は『北風』だ。」

通常、この物語は次のように終わる。
その時、森の中(あるいは山の坂道。視界の外のどこか)から、
一陣の風が吹いてきた。商人(または農夫)がその方向を見ると、
暗闇の中に氷のように冷たい獣の瞳があった。
この二つの光はすぐに消えた。気がつくと騎士もいなくなっていた。
物語には多くのバージョンがある。ただ、娘はいつも救われ、騎士はいずれも名がない。

だが、この物語ができる前、彼は長旅でくたびれた古いぼろぼろのマントをまとった、無名の旅人であった。ある人が、そのマントの下に美しい彫刻の施された傷だらけの鎧を着ていることに気づいた。しかし、それでは何の説明にもならないだろう。鎧の主は革新に伴って高貴な地位を失った、ただの落伍者かもしれない。
酒場の主人たちは、彼が本物の金貨と銀貨で払っていることに気づいたが、表面に刻印されている記号は誰も見たことがなかった。しかし、これでは何の説明にもならないだろう。金貨や銀貨は人の手から手に渡り、持ち主が絶えず変わるからだ。このようにいつもその場で飲み代を支払い、酔っぱらっても騒ぎを起こさない人であったため、非常に歓迎された。
物語の発端は、領域外の海から暖かさと平和を求めてモンド海岸にやってきた蛇の妖魔だ。黎明期の騎士団はまだ力が弱かったため、無名の騎士は銀貨一枚の報酬で魔物狩りを引き受け、町の外に出て狩った。そのあと血と腐った肉の匂いに誘われて、幾千もの鷹が数日間ずっと砂浜を旋回していたという——ゆえに、鷹飛びの浜という名の由来は、実は西風の鷹のロマンチックな伝説とは関係がない。
それから数年間、初代の大団長は彼を騎士団に招聘しようと全力を尽くした。だが無名の騎士はずっと首を縦に振らなかった。実をいうと、「北風」の名に関わる物語が対応している実際の事件は、初代大団長と無名の騎士の間で起きたものである。幾度となく拒絶されて業を煮やした大団長が、騎士たちを率いて彼を街中に閉じ込めたのだ。後世に語り継がれる物語に出てくる台詞は、無名の「北風」騎士が立ち去るときに出たもの。双方の口調はそれほどかしこまっていなかったが、大意はだいたい一致している。
とはいえ、こんな事件を詩にしても興ざめである。そのため、才気あふれる詩人たちはこの部分の会話と、騎士のモンドでのいくつかの事跡を結びつけて、数多くの物語を創作した。
彼がモンドに滞在していたのはわずか数年間だけであったが、去るときにはその姿が永遠にモンドに刻まれることとなった。

海淵のフィナーレ

この儀礼剣はある楽師のものであったと伝わっている。その名はもう忘れられてしまった。
幾重にも重なる華美な装飾と燦めく宝石が、楽師の身分の高さを物語っている。

その楽師は、古い壮大な楽章を誇りに思っていた。だが、人前でその曲を演奏したことはないという。
この濁世にはもはや、その楽章のために拍手して涙を流そうとする人はいない。あの複雑な楽譜を清書しようという人はいないという理由で…
フォンテーヌには、彼の生涯を描いた歌劇がある――誰も彼の出自を知らないが、彼の悲喜劇はよく知られている。
貧しい家の出身者が大抵そうであるように、数々の水路が通じる中心街で彼の運命は決まった。

「学生諸君!我々は楽章の編纂者であり、権力の調和者である。楽曲は我々の指揮に従って行進するのだ。」
「我々の楽曲は波と水紋のように、タクトのリズムと恋人に撫でられるように、聴衆という聴衆を征服するだろう。」
高々とそびえる劇場学院で、教授たちが華麗な楽章の講釈をしながら、文明と芸術を無知な学生に教え込む。
楽譜上の音符と音調が完璧な秩序で並び、絶対的な理性と英知によって正しく演奏される…

「しかし、秩序の意志が規則だけに従って実行されるわけがない。楽者は超越者と同行し、崇高な代弁者とならねばならない。」
「ヒバリがさえずる山の峰、嵐の中の怒涛のように、崇高さは力強いものだ。秩序には必ず偉大な情熱が含まれている。」
「そして、栄光は情熱から生まれる。情熱が団結を作り、団結が秩序を固める――楽曲と楽師の役割はここにあるのだ。」
「仇敵を滅ぼす情熱、同胞を愛する情熱――まさに、この崇高な感情が人間を主人と下僕に分けている。」
その後、歌劇に歌われているように、楽章に対する独特の理解と表現によって、楽師は最も華やかな殿堂へと登った…
その時代、楽師の指揮と独断の下、楽章は権威の盾と杖となり、無数の聴衆を征服したのだ。

黄金の時代、聴衆は崇高な美しさに陶酔し、同じ情熱のために喜びと悲しみを分かち合った。
だが、人々の視線が高い山や大波に阻まれると、呑み込まれた者の悲しみは沈黙に変わる…
ついにある日、高々とそびえる歌劇場が津波で崩れ、人々は恐ろしい事実に気づいた――
楽師の情熱によって燃え尽きた人々の屍が、建物の下から姿を現したのだ。

船渠剣

フォンテーヌが今より労働力に依存していた時代によく使われていたツール。
刃の強度は長時間の激しい使用方法に耐えられないが、
切れ味の鈍った部分を折り取ることができて便利。

船渠の労働者は、薄い素材を切断するときや、もつれた縄を解くときによく使う。
この種の道具には規制が多く、許可がないと使用できないが、
不正な方法で広く流通し、庶民の刃だと称えられていた時代もある。
痩せ地の環境での自衛用、水草の生い茂る地に通り道を切り開く用途にも。
粛正の時代に新たな用法を発見した人は多いという。
のちにこの種の刃物は進歩と規制により、フォンテーヌの歴史の舞台から去った。

ツールの所有権がその使用者のものではないとはいえ、
頼りにする者は自分の手足の延長のように思っているため、
失くさないよう、常に取っ手と替え刃に名前を刻んでいる。
この刃物には、ポワソン町の元町長の名前が刻まれていた。

水仙十字の剣

旅路は出会いと別れで溢れている。
最後まで旅人と歩み続けてくれるのは、
剣と遠い夢しかないだろう。

老いる前に、永遠の旅人は幾多の世界を旅し、
無数の物語と、少しだけ明るい未来を残す。

エズピツァルの笛

それは遠い昔、今では神話として語り継がれる時代のことだ。その頃、巨龍はまだ深谷を闊歩していた。
生まれた瞬間に足首を抉られた少女は、伝統に倣い聖王の名を継承した。

当時、深谷はまだ「ミクトラン」として知られておらず、龍の祝福を受けただけの無名な村だった。
古代の烽火は、誇り高い龍の栄光を焼き尽くし、朽ち果てた夢の中へ突き落とした。
そこで龍たちは安住の地を渇望する人間と契約を結び、並外れた才能を持つ聖王を選出するよう命じた…

「我々は、鏡の迷路と霧の要塞を築き、人間という小さな部族を戦火から守ろう」
「対価として、我々が求めるものはただ一つ。我々を夢へ導いてくれる王を選んでほしい」

世界のあり方と同じように、夢もまた欲望の炎であり、人生という薪を燃やしながら飲み込んでいく。
いわゆる運命の王は、夢に捧げられた生け贄にすぎず、やがて煙塵のように冷たい夜風に消えていくのだ。
そのため、聖王に付き添っていたのは笛と無口な従者だけであった。
忠誠心や憐みからなのか、彼は早くに死する運命にあった若い主君の傍を片時も離れなかった。

しかし、後世の人々に尊敬されることになるこの英傑は、すべてを見通す少女がすでに夢の結末を予見していたことをまだ知らない。
勇者が笛の音に導かれて鏡と煙の向こうに辿り着くと、足首を抉られた少女が彼を抱きしめる。
彼女は、夜風にそよぐ囁きを優しい歌に変え、耳にしたすべてを彼の耳元にささやいた…

「……」
「私たちが再び出会う日が来たら、どうか私の心臓を貫き、烽火と灼熱の風で私の名を包んでほしい」
「そうすれば、古い盟約は破棄され、新しい盟約はあなたによって確立される。あなたなら、彼らに真の平和をもたらしてくれるでしょう」
「再会するその日まで、私の最も忠実な従者であるディンガ、王となる運命を背負った龍殺しのマグハン」
「これが私の最後の命令。私だけの英雄、ミクトランの名を千年語り継いで」


灼熱の太陽が、ついに宵闇を打ち砕いた。甘美な夢は霧と共に消え去り、跡形もなく消え失せた。
鮮血の宴の炎はまだ消えておらず、灰燼の都の主は、龍を祀る村を裏切り者の部族の宿敵として糾弾した…
蛇王の激しい怒りの前に鏡の迷路は崩壊し、霧の要塞は押し寄せる軍勢の前に崩れ落ちた。
かつて始炎の殉葬者と共闘した英傑マグハンは、かつての勇気と胆力を失っておらず、果敢にも真っ先に敵陣へ飛び込み、
竜たちが夢から覚める前に、彼らと契約を結んだ反逆者を打ち倒し、戦いに終止符を打った。
しかし、年老いた英雄は灰燼の都の主の恩賞を一切受けず、ただ嘆願という形で王に謁見しただけだった…

「王よ、私は凶獣らに追いつくことができず、煙に包まれた渓谷へ逃がしてしまいました」
「同盟に奉仕するには、この龍殺しはすでに年を取りすぎています。どうか引退をお許しいただき、故郷に帰らせてください」

これが、六大主要部族の一つミクトランが、その後千年にわたる歴史を歩み始めた瞬間であった。
灰燼の都が滅びた後、祭司マグハンの後継者がどのようにして再び龍との盟約を結んだのか、
また、どのようにして最後の願い通りに、聖火ではなく無名の墓に彼を埋葬したのか、
それはまた別の話、龍殺しのマグハンには関係のないことである。

「憂いなく過ごせる日々の夢を見た…ターコイズ色の街は、太陽が昇る土地に築かれ、新たな王が誕生する」
「黄金の使者が現れ、翡翠色をした鳥が飛来し、アロチャクが姿を現す。これが夜の約束」
「貴方の子孫の夢を見た…もう幻夢や灰煙を恐れることもなく、涙も痛みもない」
「燃え盛る炎とその主は、やがて星が止まるその時まで、人間と龍の夢を同じように守ってくれるのだろう」
「これが私の最後の願い。私だけの英雄よ、どうか夢見る明日を現実のものにしてほしい」
「……」

ストロング・ボーン

荒波の中を生きる海獣に、水の声の導きで辿り着く安息の地があるように
燃え盛る炎の大陸を支配していた巨龍にも、亡骸を納める墓がある。
そこには、蜘蛛の足のような白骨がまるで天をつかもうとする巨大な爪のようにうずたかく積まれている。
夜の闇と死の境を見張る秘源装置が、命令を受けて一日中そこを巡回していた。

そこは誰の目にも極めて危険で、凄腕の伝達使でさえも、探索しようとはしない。
それに、残されたわずかな時間を指折り数えるような敵の邪魔をする必要がどこにあるだろう?
部族の集落で焚火を囲んでいたワンジルは、巨龍の墓に関する物語を聞いて喜び勇んで立ち上がった。
この世にこれより恐ろしい敵などいるはずがない。そして、きっとそれはその亡骸から手に入れられる──
怪力を持つワンジルが、この時何よりも渇望しているものだった。

怪力のワンジル──たとえ樹齢百年の鉄の樹でも、彼女の一振りで真ん中から折れてしまう。
鉱石は彼女の手のひらで粉々になり、道を阻む巨石であろうとも、その腕力の前には無力である。
最も硬い金属で作られた物でさえ、彼女の手の中では泥のように形をなくす。
自分に合う武器は、どこで手に入れられるだろうか…ワンジルを日々悩ませていたその問いに、ついに答えが現れた。

彼女はトゥランの山頂から火山に飛び込んで、蛇のように進む造物を躱し、長きにわたり荒れ果てたままの廃墟に辿り着いた。
英雄たちがかつて巨龍と激戦を交えた時の痕跡を追い、武力でもって戦った者たちが壁に残した巨大な痕を辿った。
自分がその時代に生まれていたらどんなに良かっただろう。ワンジルは英雄たちを羨んだ。伝説を残した数多の先人たちが、
雄強な巨龍と戦い、最初の神と武芸を競っていた先祖たちを羨ましがったのと同じように。

しかし、語り部が生き生きと語ろうとも、そこは
惨たらしい死を迎えた数体の巨獣の孤独な亡骸を納める場所に過ぎなかった。
失望し、手を伸ばしてぼんやりしていた少女の目に、翼を広げ飛び掛かってこようとする影が映った。
それが何なのか考える暇もなく、少女は大きく笑いながら金色の影と戦い始めた。
戦いが苛烈を極めたことは言うまでもない。目には目を、歯には歯をもって報いなければ。命がけで抗った。
ついには、部族の勇士が戦いの幕を引いた。勇士が血にまみれた両手で巨龍の翼を引き裂く。
すると金色の影──まるで本当に存在していたような何者かは、一声悲鳴を上げて消えた。

ふと我にかえると、彼女はまだ手を伸ばした時のままだった。まるで、さっきの出来事は儚い夢だったかのようだ。
あれは本当に夢だったのだろうか。しかし夢の中で戦って骨が砕けた腕に微かに痛みを感じる。彼女の手の中に、いつの間にか現れた重い龍骨は、戦いの最中、彼女が掴んだ巨龍の尾と全く同じものだった。

物語が好きな友人、「謎煙の主」のあの祭司にこのことを話すと、祭司は少し眉をひそめた。
「トゥラン大火山は立入が禁止されていて、一般人が入ることはできないはずだ。ましてや、その時君はまだ子供だろう。」
儀式の刃を携えた男はこうも言った。「それは本当のことかい? 君がその剣を抜いたところなんて誰も見たことがない。」
「もちろん本当さ。今までこの剣を使わなかったのは、ほとんど使うまでもなかったからだ。たいていは素手で十分だよ。」
出陣前に篝火の近くにいると、向こう岸に漆黒の巨獣の輪郭が見えるんだ──ワンジルはそう言った。
彼女は剣を固く握り、再び白骨の刃を抜くに値する戦いを静かに待っている。

厄水の災い

光り輝く蝶も、羽化する前は縮こまった青い蛹であったように、
あでやかな赤フラミンゴも、幼い頃は灰色の羽毛の塊にすぎない。
美辞麗句で人々を惑わした偉大な祭司にも、
生まれてから長きにわたり、頭がぼんやりとして一言も発さない時期があった。

部族で祭祀の炎を司る老人は、彼の魂の半分が夜の火の中に消えたと言った。
言葉を失った子供は自らの誕生日に、荒れ果てた石の地へと足を踏み入れ、失った自分を取り戻さなければならない。
しかし、この旅は危険に満ちている。寂静の主に謁見するために、魂は七重の帳を越えていかねばならないのだ。
二つの世界を行き来できる竜の助けがあったとしても、帰ってこられた者はごくわずかだった。
少年と共にその謎の地へと足を踏み出そうとするイクトミ竜は、イクトミ竜の中でも最も掴みどころのないマハンバだけ。

曜石で葺かれた長い階段のある殿堂で、まるで初めてそうするかのように子供は目を開けた。
遥か昔の国の記憶が水のように彼の瞳を流れていく。ゆらめくほのかな光の中で、
本当にその歳月を過ごしているようだった…最初の炎神が火山の前で手を上げ、誓いを立てた。
彼は過去の思い出には存在しない。ただ数々の英雄の影の中に立っている。
煙霧に堕ちた城の僭主が、赤い瞳の少年に討たれた時、空の玉座の階段の前から、
燃える都市と黒淵へと落ちた者の顔を見た。

過去が彼に全てを──言葉、音節、その裏に隠された意味を悟らせた。
そのおかげで、彼は時間の流れをより深く、より長い目で見通すことができた。そして、ついに知ったのだ──
夜の主がこうなるように計画し、すべてを目の前に現したのだと。成長した子供は、
その時から、ナタ全体を覆うほどの影と外界から来た魔物を見るようになった。
孤島を占拠する黒い影を見た。それはまるで寄生虫のように奥深くまで蝕み、あらゆる境界を炎のように蹂躙していく。
黒い影が占拠した場所では、過去の亡者と死にゆく者が悲痛な泣き声をあげていた。

漆黒の霧がナタの部族に迫ろうという時、思わず口を開いた。「やめろ!」
最初の言葉を口にした途端、彼ははっと目を覚ました。そして自分が青い炎の横に倒れていることに気づいた。
マハンバの瞳に微かな光が浮かんだ。老人は祭祀の杖を彼に渡した。

それ以来、過去のすべてを知るサンハジは言葉巧みに人々を欺き、
未来の危険を軽視する無脳な愚か者たちを、遠い昔の言葉で戒めた。
それからというもの、すべての物語を知るサンハジは大きな嘘をつくようになる。
幾重にも重なるウォーベンを迷霧へと変え、触れてはならない過去を隠したのだ。

静謐の笛

霜風と霧に覆われた寒々とした林に、血を渇望せし魂が彷徨っているという噂がかつて流れていた。
その邪霊は残忍で気が短く、林に侵入した者の命を奪っていくという。
北国の横暴な兵士も、ツンドラにたむろする騒々しい盗賊たちも、
ネフィルヘイムの荒涼を語る際には、無意識に声を潜めてしまう。
背後から聞こえる悲し気な唸りが、人生で最後に聞く音となることを恐れて…

だが実際のところ、その唸りは悪霊の呪いなどではなく、無名の狩人の刃から発せられるものであった。
その者は誰の記憶にもない、生涯理想も目標も掲げず戦った沈黙の戦士である。
動乱の時代に家を失い、冷たい森で身を潜めて生きる子供たちのために、
ホラガイを信用の証としていた子供たちを守るために、狩人は森の悪党を皆殺しにした。
しかし、冷たい金属の刃は、ホラガイの音を発することなどできない。過ぎ去った在りし日々が、決して戻ることがないように。
しかし、首筋から温かみをほとばしらせれば、暗殺者たちは沈黙し、子供たちの安らかな眠りを守れる。

かつての皇帝と貴族たちの時代から、新たな秩序が再建されようとしてきた長き年月の中で、
魂のように彷徨う狩人は一度たりとも言葉を発さず、寒い夜を切り裂く狩人の笛の音を絶やさなかった。
帰る場所を失った子供が、冷たい森に身を潜めなくてもよくなった時、
年老いた守護者の最後の言葉が、永遠の白夜の彼方に忘れ去られた時、
狩人は手に持っている剣を捨て、森の奥深くへと消えた。それから彼の姿を見た者はいない。

月紡ぎの曙光

「愛しい子、最愛の子よ。あなたも知っているわね。」
「私たちの血液の中に流れているのは、純粋な銀の光。私たちだけが霜月の主から賜った恩寵を享受できるの。」
「あなたが異邦人の息子と結ばれることはないわ。何故なら、あなたはいつか北の果ての人々のため、楽園の主を産み落とすのだから。」
「霜月の女主人は、すでに銀の糸でこの世の全ての道を編み上げている。この世の全ては、糸に引かれて舞っているに過ぎないの。」

それは漆黒の災厄がまだ諸国を席巻していなかった時代、北の果ての大司祭はただひたすらに冒涜的な愚行を繰り返していた。
神々を敬いすぎたのか…それとも、この世界に光をもたらさなかった今は亡き神に対して、信仰心を抱いたことなどなかったのか…
(元々、それらの間に違いなどなかった。彼女を育てた祖母もまた、それらを区別することなどなかったからだ。)
若き女使用人は、徳の高い大司祭の言葉を全て聞き入れ、忠実に全ての命令を遂行した。
その慈愛に満ちた祖母の優しい言葉にどれほど恐ろしい意図が隠されていようと、彼女が逆らうことはなかった。
鋭い剣である者の糸を断ち切れという命令であっても、ある者の歌声を静かな夜に絶えさせろという命令であっても…
犯した罪は全て、月から賜った聖なる血を純粋なものにするための行い──十分な紅を吸い込んでこそ、無垢なる清純が生まれるのだ。

「愛しい子、最愛の子よ。普段通りやるのよ。」
「彼はあなたを信じている。あなたは知恵をもって彼を呼び覚まし、その心を正して、聖所に連れてくるの。」
「あのソロヴィという男は、信仰を裏切った悪党に過ぎない。悪事を働いておいて私たちの庇護を求めるなんて、言語道断よ。」
「彼がここに来たら、後ろから剣で彼の体を貫き、あの毒にまみれた糸を断ち切りなさい。」

大司祭が返事として受け取ったのは、いつも通りの沈黙であった。そして、従順な者から発せられた沈黙は、往々にして承諾と見なされる。
不浄な苦痛による恨みなど存在しない…女使用人の長きに渡る従順な態度は、そう大司祭を信じ込ませるには十分だった。
そう…彼女は聖なる継嗣をこの世に産み落とす祝福されし者。であれば、その彼女が捧げるものは、古より伝わる予言のためであるはずだ。
こうして、穢れなき銀の刃に背中を貫かれる瞬間まで、北の果ての大司祭がその裏切りの理由を理解することはなかった。

「ふっ…ソロヴィさんの言った通り、私たちに嘘をついていたのだな、ルヴィアおばあさま。」
「もしそうでないのなら... 命の糸が切れた時、なぜ体から銀の月光ではなく、真っ赤な暁が流れたのだ?」

☆3

飛天御剣

剣術に優れた御剣公子が絶雲の間の頂上から飛び降り、
吠える強風を物ともせず、剣に乗り、雲を突き抜けた。
剣の断裂音が体を通じ、頭の中に響いた――
その時、彼は気づいた。剣術ではどうにもならないことがあると。
剣は壊れてしまったが、金創丸剤が手に入った。
御剣公子はまだ諦めない。偉大なる空を駆ける旅は終わっていない!


金創【きん-そう】:金瘡。刃物による切り傷。

チ虎魚の刀

伝説によると、過去の璃月では蝸虎魚(ちこざかな)が豊富で、平民が一番好きな魚であった。
だが、長い歴史の中で、いつからか人々はそれを「チ虎魚」と呼ぶようになった。
今となっては、本物の蝸虎魚は滅多に見られないが、
「チ虎魚」という言葉はは璃月人の食用魚の代名詞となった。

旅道の剣

頼れる鋼の剣。全体的にバランスがよく、持ちやすい。硬くて良質な鋼鉄で作られている。
最大の欠点は全てが竜骨構造でないため、耐久性が落ちている点だ。
その代わりに、空洞の柄に小さな果物ナイフ、ハサミ、発火布などが入っている。
旅の剣と呼ばれる理由はそれが由縁……?

黎明の神剣

この剣の正式名はとても長い。
「黎明を切り開き、勝利へと導く払暁の神剣」
ある日、戦場で一人が倒れた。
暗闇の中、男がこの剣を抜き、勝利を叫んだ。
刹那の間、光が漆黒の夜を白昼に変えた。
その輝きによって、彼は的となり、
雷霆の如く降り注ぐ矢の雨を招いた。

冷刃

硬い鋼材を何度も折り返して鍛え作り上げられた剣。
薄暗く冷たい光が輝いている。
かつて有名な冒険者が所持していた。広く、幽邃な大地を目にしてきた。
魔物の鋼骨を斬り、強盗の刃をも相手にしてきた。
ただ最後は、
少女のために、彼はこの広い大地と果てのない空、
協会の仲間、そしてこの冷たい「鋼の親友」を捨てた。

暗鉄剣

「おじさんはなんで剣を地面に置くの?」
「日焼けさせるためだ」
「どうして?」
「いい質問だ。嬢ちゃん、どんなものが黒いか知ってるか?」
「カラス?」
「そうだ!他には?」
「う~ん……鉄鍋?」
「いい答えだ!じゃ鉄鍋の下に何があるか知ってるか?」
「火!」
「じゃあ、火はどこからくる?」
少女はひらめいた。
「木炭!木炭だ!木炭は黒いの!」
「そうだ、炭によって、鋼はさらに強く硬くなる。だからおじさんは剣を干してるわけだ」
そう言って、おじさんは剣をひっくり返した。

☆2

銀の剣

一般的な言い伝えと違って、実は銀の退魔の力は大きくない。
剣を持った迷いのない旅人こそ、魔を退ける要になる。

☆1

無峰の剣

旅路は出会いと別れで溢れている。
最後まで旅人と歩み続けてくれるのは、
剣と遠い夢しかないだろう。

両手剣

☆5

狼の末路

北風の騎士と呼ばれた者、風神の都で旅の終点にたどり着いた。
流浪の旅人は身を寄せ合う。思うままの旅は所詮彷徨い。

騎士が街に入った時、遠い丘にいた仲間は何も言葉にせずとも、別れを告げた。
城壁と灯火の匂いを好まない狼は広い野原を選んだ。

自由の心を持つ北風の騎士は自らを町に閉ざした。
ともに来た狼は城外を自由のままに走るが、騎士のことをずっと忘れられなかった。

魔物を討伐しに、騎士は再度城外に出た。狼も共に戦っていた。
孤独の狼と騎士は心が通じ合うように連携し、まるで一つになったようだった。

寄り添った二人は歳月の流れに勝てなかった。狼は先に去っていった。
北風の騎士は自分の剣を墓標とし、街から離れた郊外に親友を葬った。
あれから、彼は街を離れ、狼の自由を心に刻んで、また風と共に旅を始めた。

狼の不滅の魂は永遠に、この地に居を定めた。
騎士が護っていたこの青い大地をずっと、ずっと永遠に見守る。

天空の傲

天空を揺り動かす武勇。
罪人の魔龍の子は深淵なる古国に生まれた。
最期は黒金の翼が、風の誇りによって断ち切られた。

昔、モンドの繁栄を妬んだ魔龍ドゥリンが襲来し、万民は塗炭の苦しみに陥った。
人は荒無に慟哭し、泣き声は風の神を起こした。
風の神は人々の声により現れ、眷属を召喚した。
命と自由を護る魔神、その風龍と共に参る。

雲を切り裂く激戦の中、風龍は神の恩恵を受けた六つの翼を展開し、
大剣を振り回すように、天空を切り開き、ドゥリンの鋼鱗を切り裂いた。
驚天動地の戦いの中、風龍は風刃の爪を湾刀のように、
黒く腐っているドゥリンの体の奥まで差し込んだ。

天空を揺り動かす戦いに恐れ知らずの太陽さえ震えていた。
最後に悪龍は喉をトワリンに噛み切られ、空から落ちていった。
風龍は神の祝福により、勝利へと導いた。モンドの人を護ることができた。
しかし、風龍は毒血に侵食され、骨の髄まで腐り始めた。

トワリンは英雄にも関わらず、孤独を共にせざるを得なかった。
深淵の誘惑に風龍は堕落しかけた、その執着は邪悪になったこともある。
復讐心を煽る憤怒や猛毒を伴った激痛を、最後は仕えていた優しい主人が癒してくれた。
親友や新しい仲間と共に、勇気を持って魔物をなぎ払い、風龍の名を取り戻した。

数百年に渡る眠りについていたため、モンドの人々のはトワリンの猛威を忘れていた。
しかし、最近の事件で六翼風龍はまた人々の前に現れた。
バルバドスの歌声と風神の祝福の元で、
不羈の千風を巻き起こした風龍は、再び空を駆ける。

無工の剣

遠い昔、瑠月には龍がいた。
風に乗って飛び回るのではなく、龍は連なる山の中にいた。
身体が山のように大きな石龍であった。

伝説によると、龍は南天門の辺りで、群山と一体になるかのように眠っていたそうだ。
小さく寝返りを打ったり、背伸びをするだけでも、
台地は揺れ動かされた。
当時の岩君は大地を鎮めるため、古龍の元へとやって来た。

伝説によると、大地は長い間平穏だった。
そして、岩君の傍には仲間が一名増えていた。

だが結局、龍と神、そして人は恐らく相容れなかったのだろう……

龍が地底に鎮められた後、仙人や神の怒りに触れることを恐れて、
かつて、一同になって暴れまわり、岩が揺れ動く音を傍聴していたヴィシャップも
山の地底深くに潜り込んだ。
だが、数千年の時が過ぎ、ヴィシャップが再び騒ぎ出す……

伝説によると、勝者は古龍が鎮圧された巨木の傍に剣を突き刺した。
この封印は、魔物や邪悪な心を持つ人には触れることができないものだった。
伝説が本当であれば、清らかな心を持つ人のみ、それに近づく事ができる。
だが、もし伝説が本当であれば、なぜその剣は行方が不明なのだろうか……

松韻の響く頃

昔、平民の間にある歌が流行っていた。
「凹んだ硬貨を遠方から来た歌手と詩人にあげよう」
「花束を少女に渡そう」
「涙が出るほど苦いお酒で」
「取り戻せない昨日に乾杯しよう、歌声を未来に捧げよう」

詩歌と音楽が風と共に流れる国では、人々は楽観的で敏感な魂を持っていた。
話のよると、孤独な王と貴族が一部の和音と調の使用を禁止する時期があった。
敏感な人々が詩人や歌手の音楽から反逆の意志を感じ取ることができ、
実際に歌と詩は抗争者の連絡方法として使われていたからだ。

貴族が統治していた時代、風神を敬う教会が二つに分かれた。
一つは貴族と呑み交わし、神像を倒し、頌詞と聖歌を書いた教会。
もう一つは聖職者という名を持たない信徒。
彼らは地下街と高い壁の外で行動し、安酒を飲む。そして平民の間に伝わる聖書原典と風と共に流れてきた言葉で、
平民と奴隷たちのために祈り、禁じられた詩と歌を書いた。

異国の奴隷剣闘士が風の神と共に蘇り、反旗を掲げた。
無名の牧者と呼ばれる年寄りの聖徒が、西風教会の真の教徒を集め、
彼らと共に自らの血でこの青い土地を潤した。
その反逆の合図は、まさに今まで歌うのを許されなかった歌の残り部分だった。

「鋭い鉄片は命懸けの戦いまで取っておこう」
「絞首台は小賊のために残そう」
「錆びた矢先は研いでおこう」
「松韻の響く頃、低劣なものを撃ち落とそう」

赤角石塵滅砕

全称は「赤角石塵滅砕金塗金嚼獅子」。
「御伽金剛獅子大王」と名乗る傾奇者が愛用していた刀。

しかし…両者の名前があまりにも長く言いづらいため、
子供たちは刀を「赤角大杵」、刀の持ち主を「御伽大王」と呼んだ。

赤角大杵は狂気に魅入られた般若の角から作られており、
いかなる妖狐や妖狸、悪鬼さえをも地面に叩き伏せ、命乞いをさせる。
かの有名な「影向山霊善坊」大天狗ですら、
その禍々しい気に恐れをなし、大王の前に姿を現さない!

…当然、このような話は子供であろうと信じはしない。
確かに、御伽大王は力を持ってはいる。七人まとめてかかっても、彼を土俵から押し出すことはできない。
かつて果実に手が届かない子供を見て、その木を蹴り、スミレウリを落とそうとしたことがあったのだが、
その蹴りで果樹を折ってしまい、老人に山の上まで追いかけられたこともあるそうだ。
また紅葉を楽しむ幕府の歌会に、酒を飲みながら子供たちを連れて現れると、
「この御伽金剛獅子大王が悪鬼退治に馳せ参じたぜ!」と大声で叫んだという。
ちょうどテンションが上がっていた小柄な鬼人と相撲対決したこともあったが、その結果は当然、見るに忍びなかった。

大王はこの程度であり、将軍の旗印を掲げる資格もなかった。
それじゃあ、歌の中の妖怪たちを敬服させられるわけがないじゃないか。子供たちはそう言った。

「この前は、月に向かって酒を思う存分飲んだせいで、風邪を引いてしまっただけだ!」
御伽大王は詭弁を言いながら、飾り気のない大声で笑った。
恥を知らないだけなのか、本当に勝つ自信があるのか…

「今度こそ、妖怪の角を折り持ち帰って、」
「御伽金剛獅子大王の実力を見せてやる。」
「海を渡って来たデカい怪物でも、俺様には敵わない!」

「だから、狐の使者に従って、身を隠せばいい。」
「まあ、俺様が戻ったら、またお前たちと相撲をしてやる。」

相撲という言葉を聞いた子供たちは、小柄な鬼人が容易く、
咆えながら突進してきた御伽大王を空高く放り投げた光景を思い浮かべた。

その後、御伽大王と相撲対決した鬼人は、腕と角が折れたまま逃げ出した。
影向山の大天狗も山に隠居し、人の前に出ることがなくなった。
結果から言うと、この奇妙な形をしている刀の自慢話は確実に真実となったが、
ふらふらと遊んでばかりいたあの傾奇者、御伽金剛獅子大王は、二度と現れなかった。
その後、傾奇者が蹴り倒したスミレウリの木も、再び果実を付けた。

葦海の標

国が興っては砂上の楼閣のように崩れ、英傑が流れ星のように現れては消えた時代、
砂の王が夢を胸に、海雪のように沈んでいった後、かつて貴人であった盲目の流浪詩人は、
鉄のような砂利の大海を気ままに旅し、散り散りになった砂の民から砂海の叙事詩を集めていた。

彼は聞いた。故郷の陥落を、彼の目を刺したあの王子が、その重みに耐えられなかった王位を押しつぶしたことを。
彼は聞いた。あの舞姫が如何にして王者を作り上げ、また如何にして彼らを砂嵐の中に消し去ったかという伝説を。
彼は聞いた。砂の流れに取って代わられる清き泉の哀声を、崩壊し村や部落に分かたれた都市国家の老いた悲鳴を。
彼は聞いた。故郷を失った王子の死と彼の二つの剣の運命を、人殺しが森に消えた物語を…
ここに至り、水のようにつかみどころがなく、砂のように彼を魅了する数多くの歌は、すべて彼の心深くに沈み、積もった。
灼熱の砂嵐の中、廃れて久しい砂漠の夢が、歌の欠片から姿を現した──

「幾重にも重なる砂丘の海の彼方に、赤砂の王の住居は聳え立っていた。」
「多くの街路や路地が赤金の道のように、あの唯一の玉座へと集まっていく。」
「きらめく金の片目のように、貴き心のように、キングデシェレトはかつて、すべての道の終点だった…」
「だが金メッキの熱き夢は遂に醒め、偉大なるその目はまぶしい太陽と砂嵐に眩まされた。」
「運命は歳月の砂のように暗闇の奥底に沈み、流砂の国土は金の塵となった。」

運命の振り子は、王や凡人の愚行のために止まることなどしない。
砂海の中の矮小な国々や卑劣な君王は、やがて流砂に飲み込まれる…
かつて偏執的だった王侯は砂の栄誉を固く守るため、森の外に要塞を築いた。
やがて、王の兵士や民は四散し、彼の名も砂のように消え失せた。
罪人を処刑したレガリアが掘り出された池の廃墟に、
砂の夢を失っても、砂の海を諦めんとする人々が集った。
存在しない葦海の名のもとに、かつて約束していた夢と呼応する…

裁断

「いいかい、レティシア。お前はランドルフ家の長女だということを忘れないでおくれ。」
「私たち貴族が席に就けば、国という船は我々のために傾く。」
「私たちが倒れれば、無数の家々とそこに住む平民たちを押し潰すことになる。」
「だからよく聞きなさい、愛しいレティシア。」
「常に気品ある振る舞いと品位ある身だしなみを保ち、喜怒哀楽をあまり表に出してはいけないよ。」
「なぜなら、私たち一族は平民に富貴を与えることも、サーンドル河に送ることもできるのだから。」

父はそう言ったが、少女は貴族である前に、ただの少女だった。
手が煤や機械油で汚れていないが故に、気持ちは自然と「冒険」に向かう。
父や兄、使用人たちに隠れ、日差しも雨も当たらない地下都市に、変装して忍び込んだ。
彼女はただ、自分の運命を握ることのできない卑小な人々の生活を見てみたかったのだ。
もしかしたら、パルジファルのマジックよりも面白いかもしれない! と少女は密かに色めきだった。
しかし、冒険は彼女の期待とは異なっていた。それもそうだ、それは誰かが用意したものではないのだから。
彼女が得たものは、パーティーで同年代の貴族の友人と笑って話すような物語とは違っていた。
音楽、嘘、毒酒のような、見えない危険が刃を光らせたとき…

「おやおや、僕たちのサーンドル河にわざわざやってくるなんて、一体どこのお嬢ちゃんだい?」
四方から近づく恐ろしい影を払ったのは、柔らかな見覚えのある光だった。
「あなたは…」
彼の名前は喉まで出かかっていたが、実際に口から出たのは「どうやって自分の変装を見破ったのか」ということだった。
「嘘をつくことに慣れていないみたいだね。よそ者であることを認めているのと同じじゃないか?」
「それに、君の服は煤や機械油で汚れていないし、血の跡もない。」
「そうそう、君の歩き方からして、ズボンを履くのにも慣れていないみたいだ。」

彼女の知っているリードが、なぜサーンドル河を自由に歩いているのか聞くと、若い男性はこう答えた。
「ここでの出来事を君の家族や友人、使用人たちに知らせないでくれるかな。そうしてくれるとありがたいんだけど。」
「ボスが言うように、太陽の下にあるものは彼らのものであり、サーンドル河の中のものは僕たちのものだ。」
「大切なレティシア、今は自分がランドルフ家の長女だということを忘れてほしい。」
「一人の人間として僕についてくるんだ。そして埃に覆われたことのない、その明るい両目で見てくれ──」
「君と同じように赤い血の流れる、血気と愛情にあふれる同胞たちが暮らしてる世界を。」
それは結局のところ、彼女の期待する冒険とは異なっていた。それもそうだ、運命の采配のもとで、
彼女はパーティーで同年代の貴族の友人や使用人たちに、笑って話せないような物語を経験したのだから…

「レティシア、君の高潔な魂を心から愛する。」
「僕らはもう、樹木を叩き切る斧の柄じゃない。」
「もしいつか、僕が俗世の栄華に浸ることになったら、」
「その時は君が、僕の運命を裁決してほしい…」

……
しばらく時が経って再び父親に会ったとき、彼女はすでに「ローズ」という偽名を使っていた。
無理やり着せられる華麗な服には慣れず、戦斧の重さのほうにより親しみを持つようになっていた。
ただ、彼女は記憶の中の厳格で心優しい父親の、こんなにも年老いて弱くなった姿を直視できなかった。

「親愛なるお父様、私は自分の愛する人、愛する人々と誓いを立てました。」
「私が今もまだ生きているということは、私たちの血がまだ絶えていないということ。」
「それに私はまだ、自分のせいでランドルフの家名に消えない汚名を着せるようなことはしていません。」

「レティシアよ。私はお前のためにろうそくに火を灯さなかった日は一度もない。」
「お前が過去にランドルフの名を捨てようとしていたとしても、私たちは変わらず親子なのだ。」
「さあ、取るに足らないゲームはもう終わった。私たちの家に帰ろう。」
「お前の子にはもともと罪がないのだから、お前の血肉を無暗に捨てるつもりはない。」
「夫のことに関しては、私もランドルフの魔法を少しは使うことができる…」

……
しかし、彼女は最終的に夢の中で思い出した。その時の艦砲の爆撃は、私たちを少しも動揺させなかった。
猟犬が忍び込む暗い道は、よそ者に知られるべきではない。

山の王の長牙

ウィッツトランの山奥には、威風堂々たる「山の王」コンガマトーが眠っている。
焼け付くような痛みに苛まれ、半覚醒の狂乱状態にある山の王は、すべてを敵とみなし、
何かを奪われるのを防ぐかのように、近づいてきた生き物に無差別な攻撃を仕掛ける。
かつて一族を守っていたコンガマトーは、漆黒の災厄によって不幸にも正気を失ってしまったと人々は言うが、
正気を持っていないはずの山の王が、なぜ近づく者にだけ攻撃を仕掛けるのか、その理由は結局のところ説明できない。

なぜなら、鋭い牙が人の血肉を貫いた瞬間、すでに意識が失われているからだ。
かつて、それと契りを交わした者たちがいたという伝説も、それと共に狩りを行った者たちがいたという伝説も、
どれほど尊い思い出であろうとも、今や、山の王の長きにわたる悪夢の中で失われてしまった。
「コンガマトー」という名さえも、ユムカ竜にとっては聞き馴染みが無いものになってしまったのだ。

それでも、だがそれでも――
たとえこの悪夢から逃れられなくとも、せめて「誰のものでもない」火だけは、守り通さなくてはならない。
その者の正体も、そのような約束をした理由も、とうに忘れ去られていてもだ。

たとえ焼け付くような痛みが、過去の誇り高き肉体を未だ焦がしていても、
耐え難い恥辱が、腐敗した残骸に未だ纏わり付いていても、
それでも、かつての彼の命と火を、汚させるわけにはいかないのだ。

それは今、狂気に囚われた巨大な獣が、
魂が暗黒の穢れに蝕まれる瞬間であっても、
決して譲れない最後の未練。

「最後の火種と引き換えに、夜に『廻焔』の名を返上する」
「往日の灯火は燃え盛り、今日の烈炎に至る。すべては還らぬ命のため」
「すべては炎によって裁かれるだろう。炎の中で再会しよう」

千烈の日輪

「深邃なる夜から見れば、あの太陽ですら、弱弱しく光る星にすぎないのかもしれない」
「しかし、冷酷で狡猾な運命にも唯一奪えなかったものがある。それは──希望」
「勇気と記憶があなたの玉座を築き、死と犠牲があなたを再び燃え上がらせる薪となった」
「幾世代にもわたり輝く不敗の烈日よ、ナタの理想と未来を見届けたまえ!」

それはまるで朝日が投げかける一筋の光、夜明けが闇を破るかのようだった。
天に抗う巨龍が頭を垂れ、長き戦いがついに幕を閉じた。
民を率いる者は、血に染まった長い階段を上り、禁城に燃え続ける源火へと手を伸ばした。
異種に課せられた鎖を打ち砕いた人々は、彼らをどれほどの運命が彼らを待ち受けているのかをまだ知らない。

盗炎の賢者が口を開くのを待たず、死を告げる神が現れ、人の身で神になった者へ定められた運命を示した。
それは人類の想像を絶する恐怖であり、愚かな龍の悪政にも勝る、絶望的な未来だった。
ありとあらゆる命が深き闇に呑まれ、永遠の黒淵で無機質な塵となり果てるだろう。
ナタはまだ勝っていない。戦争を司る「人神」は知っている──新たな戦争がすでに始まっていることを。

将来、ナタを支配する王はマンティコアや狐のようなものだろう、と賢龍は思っていた。
炎の神シュバランケの知恵と狡猾さに畏敬の念を抱くことになろうとは思いもしなかったのだ。
最も深淵なる知恵を持つ龍でさえ、「死」から力を得た「人神」の計略に屈さざるを得なかった。
しかし彼にルールに屈しようという心は無く、盗炎者との誓いを果たそうという気も毛頭なかった。

「ハボリム」の名のもとに、命は不滅の聖火となり、ルールは永遠に燃える神座となる。
たとえ理解を越えた恐怖や絶望であろうと、人々は勇気と不屈の意志で抗う道を選んだ。
無論、儚い命はいずれ燃え尽きる。それでも太陽の光は一度、また一度と闇を退けるだろう。
燃火の国を照らした最初の太陽は見たのだ──源火の中に、灰燼の中に、そして無数の人々の瞳に…

彼は見たのだ──黒淵に呑まれ、蝕まれた者が最期の瞬間まで人類のために戦い続ける姿を。
金の涙に染まりし瞳を持つ職人が、赤い瞳の少年と共に聖火を繋ぎ続ける姿を。
部族が散り散りになり、さまよう大地で自由のために戦い続ける戦士の姿を。
焼けつくような星の光と化した熱き血が長い長い夜を照らし、やがて千の太陽が昇るのを…

「夜神よ、最初の太陽であり、最初の古名、『キオンゴズィ』をどうか記録してほしい。」
「希望は未来に託そう。炎が消えない限り、『希望』 が絶えることはない。」

☆4

西風大剣

西風騎士団の大型の儀礼用剣。団長と教会両方の許可を得ないと所持することは許されない。
モンドの古き聖遺物を研究し、モンドの工学者が元素の活用方法で成果を挙げた。
この重い剣は西風騎士の栄光だけでなく、モンドを護る人々の勤労と技術の結晶でもある。
この剣であれば容易に元素の力を引き出すことが可能だ。だが肝に銘じてほしい。剣の鋭さは護るための力であり、傷つけるための力ではないことを。

今なお引き継がれる、幼い狼ルースタンが編み出した長剣の剣術だが、
一部の派生技は継承されなかった。それは、光の獅子エレンドリンが使用した長剣と大剣の二刀流戦法である。
求められる技量が高すぎるため、天賦の才を持つ者しか会得できずに伝承が途絶えたのだ。

正当な騎士の一族出身のエレンドリンと農民出身のルースタンは、子供の頃から一緒に成長してきた仲間である。
英雄になるという共通の夢により二人は仲良くなった。そして同僚に、さらに団長とその右腕となった。

団長となっても、エレンドリンは神の目を授かることはなかった。力の源は天賦の才と努力によるものである。
彼は自分の力を誇りに思った。騎士団、さらにモンドの人々にも、このような優秀な団長がいてくれることを誇りに思った。
しかし、ルースタンが亡くなって以来、エレンドリンが自らの力を示すことはなくなった。凶暴な魔獣に挑むことが誇りであるとも思わなくなっていた。

祭礼の大剣

東にある海を一望できる崖で、古の住民は時と風の神を一緒に祭った。
「風が物語の種をもたらし、時間がそれを芽生えさせる」という思想が、度々両者を混同させた。
この剣は戦争を語るもの。
元々は刃がついていない道具用の剣だったが、時の風により真剣のように鋭くなっていった。

かつてはエーモンロカー族が所持していた剣。
祭祀では、黒い血に染められた戦争中の戦士を演じる。

エーモンロカー族にとって、戦いは守るものではなく、栄光や開拓のためのものであり、
天上の神々を喜ばせる暇つぶしにすぎないと考えていた。
魔物や盗賊が来たとしても、無事に恋人の元に戻れるかなど心配せず、
血を浴びながらただ全力で戦い、叫ぶことができればいいと思っていた。

こんな一族は、長い歴史の中からすぐ消えるだろう。
彼らの戦いには終わりがない上、その勝利には望みがないからだ。
しかしモンドの誕生によって、彼らは自分の護るべきものをついに見つけた。

雨裁

幽冥の無鋒剣。
昔、その弱く暗い光ゆえ、「幽冥の印」と山賊が名付けた。
その光を目にした者は帰れない。
その光を目にした者は死を待つしかない。

「この世のものとは思えない活殺自在の剣」
「その疾きこと龍の如く、目は剣、横目は槍」

もともと雨裁は無銘の剣だったが、所有者への敬意を込めて名前が付けられた。
無銘の剣の最初と最後の所有者は古華という遊侠である。

噂によると彼は仙人だった。古華の時代、盗賊の行動は制限され、荒野は恒久の平和に包まれた。
古華の侠客は旅の最後、紫色の光の中で星になったという。

古華への恩を返すため、ある人が古華の名で流派を立ち上げた。しかし、流派は所詮消えてゆくものである。

鐘の剣

奇抜な大剣。剣身には華麗かつ精巧な鐘が付いている。
シャンと響く鐘の音は使い手の戦闘を演奏する。
楽団が解散した後、大剣は酸性の水に浸かってしまったため、装飾の歯車は錆び、回ることができなくなった。
それにしても、致命的な武器である。

流浪楽団と共に行動する反逆者の名はクロイツリード。かつてはロレンス一族の一人だった。
この時代、学者と詩人は歴史を語らず、旧貴族は自らの堕落に気づかなかった。
そのため、クロイツリードが剣を振るった時、旧貴族は恐れ慄いた。

反乱は失敗に終わったが、彼の処分内容は不明である。ある意味、彼の血統が証明されたのかもしれない。
爵位を剥奪された後、彼は亡き同士の志を受け継ぎ、貴族政権の転覆を目的とする秘密結社を作り上げた。
そして、遙か西方から訪れた異民族の戦士が起こした反乱に協力することになる。

クロイツリードの組織はずっと機能していたという噂がある。
モンドを護るため、西風騎士の代わりに騎士道の精神に背く汚い仕事を請け負っていたそうだ。
また言い伝えによると、「幼い狼」ルースタンも大団長の名義でこの無名の組織を運営していたという。

旧貴族大剣

かつてモンドを支配していた旧貴族に使われていた長剣、その材料と細工は極めて凝っている。
よって、長い年月が経った今でも、切れ味はそのまま。
戦いは貴族の責任の一つだった。
領土と民を守るために、平和を壊す魔物と戦う。
しかし記録によると、彼らは最終的に自分の使命を忘れ、人を喰う怪物となっていた。

ある研究によれば、今は西風騎士団に禁じれらた闘技の始まりは、
貴族の間で行われた祈祷であった。

やがてそれは、ロレンスによって権力者の娯楽となった。
最終的に騎士団によって禁じられるも、祈祷文の一部は今も残っている。

「モンドの千風よ、我は友と、同胞と、仇敵と、剣と刃が交差する音を鳴らそう、血と汗を汝に捧げよう」
「進むべき道を導く風よ、我が困窮した時には、前へ進む力を与えたまえ。我が迷った時には、善悪を見分ける知恵を授けたまえ」

黒岩の斬刀

希少な黒岩で作られており、大岩のように重く、山をも断つ佇まいの大剣。
黒岩の結晶と紅色の鉱石が混ざった剣身は、黒く赤い墨と炎を彷彿させる。

黒岩武器は「試作」シリーズを継承した品である。その特徴は、岩のように堅く、氷のように冷たく、血のように熱い。
この「斬刀」は大剣であるが、刃の部分は絹布のように薄くできている。
黒岩の結晶と紅色の鉱石が融合した刃に、
離火のトーテムと紅玉が飾ってあり、遠くから見ると円硯から血が滲んだような邪気を感じられる。

職人の寒武は黒岩武器を鍛造するため、坑道に素材を探しに行ったが崩落事故にあった。
負傷した目は暗闇のように光を失い、剣と岩のぶつかり合う音だけが耳に残った。
それ以来、未練は残っていたが寒武は武器の鍛造を辞めた。
寒武の息子である寒策が山の中に妖怪がいるという噂を聞き、寒武にそれを伝えた。
驚いた寒武は、あの時の採掘が山の龍や神々を怒らせたのだと思った。そして、病弱の身でありながら斬刀を鍛造しようと決めた。
斬刀ができた後、父の要求に従い、龍の怒りを鎮めため、寒策は坑道の外に神棚を設置し、その中に「斬刀」を置いた。

数年後、寒武は永遠の眠りについた。
その時、ちょうど一人の冒険者が天衡山の異変に気付いた。
山が揺れはじめ、神棚が勝手に開いた。
神棚の中に置いてあった剣が微かに光り、泣いているように見える。
寒策は急いで斬刀を手元に戻した。
そして現在、天枢がその斬刀に銘をつけた。
「天崩地裂、斬雲断月」

古華・試作

璃月の武器工場が作った古い試作型の巨大な剣。製造番号や製造時期は不明。
希少な鉱石と鋼鉄で作られ、その重さは数十キロにも及ぶ。剣身が艶と輝きを放っており、振るう時の勢いは雲をも飲み込む。

災厄の後、武器に新たな躍進をもたらすため、鍛造の名門である雲氏と武器職人の寒武が再び手を組んだ。
それにより「試作」シリーズという武器が誕生する。最初の「試作」は大剣であった。古めかしい素朴な色合いであった。
黒、金、褐色と、一見すると普通の見た目をしており、重そうだが手を伸ばすと重くないことに気づく。

寒武は北陸に行き、この大剣をある侠客の友に贈った。
侠客は森に行き、試しにこの大剣を振るうと、周りの樹木がすぱっと切れて倒れる。剣の衝撃波の音が響く、100年に一度とない光景であった。

侠客は寒武にこう言った。この大剣、色味は実に優雅で、振るえば一級品だ。
こんな絶世の大剣には「古華」という名が相応しい。
後日、「古華」は璃月の大剣の基盤となった。

白影の剣

世の全てが璃月にあり。これは偉大な璃月港への讃美である。
他の国の珍宝も人と共に璃月港に来る。
良質な材料で作られた精巧な大剣。特徴は鍔に近い部分に刃が付いてないこと。
噂によれば、その部分は柄として扱え、持ち手の部分を変えることで臨機応変に戦えるらしい。

あまり知られていないが、この大剣は異国の職人の傑作である。
謙虚な職人が丹念に鋳り、剣のバランス調整を行った。
火花と共に幾つかの夜をこえて、
丹念に鍛造を続けた彼の心の中に、
恋人の凱旋への期待と未来への不安が募る。

「この戦争が終わったら」
職人はこう思った。
「彼女がこの大剣を使う時が来るかな」
「……彼女は無事に戻って来られるだろうか」
職人はすぐさま雑念を払い、剣の鍛造に全身全霊を注いだ。
余計な心配をするより、集中して良いものを鍛造しようと決めた。

ある日、遠征軍が魔物の討伐から凱旋した。
職人はまだ大剣に彼女の名を刻んでいなかった。
慌てて剣を携え、帰郷した彼女の前に立つ。
その顔には笑みと涙が浮かんでいた。

武器を置いた女戦士は束ねていた長い髪をほどいた。これからは兵士を必要としないだろう。
女戦士は故郷の恋人にプレゼントを用意していた。新品の猟弓である。
「なんてことだ!俺は何年も費やしたというのに。君のためにこれを作ったんだぞ……」
職人は思わず口にした。だが幸いにも、二人は幸せな結末を迎えた。大剣が一流の品であったのは言うまでもない。

チ龍の剣

海獣の脊髄で作られた大剣。冷たい骨に様々な物語がある。
昔の船乗りは、人の命を狙う深海の巨獣を威嚇するために、
獣骨を船首や竜骨に飾っていた。

海が荒れていた遥か昔、船に乗って海に出るのは生離死別と同じだった。
今は陽気な唄も、当時は悲壮な別れの歌だった。
一人の大剣を持つ船頭がいた。出航する前に酒を飲み、歌を歌っていた。大丈夫かと聞かれても、彼は笑ってこう答えた。
「大丈夫さ、酔ってないよ。それより船出の時まで一緒に飲まないか」
と言って、酒杯を高く挙げ、笑ってみんなと酒を飲んだ。

ようやく海流と風向の重なる時が来た。彼らを乗せた巨大船は出航した。
海霧の奥深くは暗流が激しく起伏し、海獣が出没する。
結局、楽観的な船頭を乗せた船は帰らなかった。
やがて、深海巨獣の死体が座礁した。
引き裂かれた傷口から白骨が露出し、血は海水に洗い流されている。

「海流と風向が重なる時、波の音に溺れていた彼女の復讐に出かける」
「海獣に喰われても構わない。それで彼女が眠る深海に、彼女の好きだった歌を届けられるなら」

今の海に、嵐の中で大波を伴ってあらわれる巨獣はいない。
海獣の遺骨を船首や竜骨に飾る風習も、海獣の絶滅によって忘れられた。
しかし、遠洋を航海する際、時々深海から雷鳴のような低い鳴き声が聞こえる。


正確には「螭龍の剣」。「螭」がタイトルには表示できないため暫定の読みを付加した。
螭龍はあまりょう、うりょう、みずちなどの読みがある、雨を起こすといわれる龍の一種。

雪葬の星銀

緑豊かな都が霧によって覆われたとき、
終わりのない吹雪が月明かりを遮り、
起きた出来事や生きた証も、
空から降る寒天の釘に貫かれてしまった…

祭祀の娘は星銀の大剣を異邦の勇士に手渡した、
彼女の言ったことは、吹雪の音にかき消され、相手にを伝えることができなかった。

「ここの4番目の壁画はあなたのために用意されています。あなたの肖像はこの壁に永遠に残ります。」
「この壁画のために、みんなのために、私はいつまでもここであなたの帰りを祈っています…」

雪葬の都の娘が実りのない銀の枝と共に枯れたとき、
氷雪を切り裂くために、この剣を振るう運命にあった異邦人は、遠くで答えを求めている。
月明かりのように輝いていた彼女の最後の思いも、遠くの旅人に伝えることができなかった。

「もう長い間澄んだ空と緑の草原を見ていません。父が望んでいた氷雪が溶ける光景を描くために、どのような青と緑の色を使うべきか、もう分からないままです。」
「もう一度、あなたに会えれば、どんなによかったか…」

これが彼が見つけた答え――

異邦の勇士はついに彼の旅を終えた、
大剣の刃からは黒い血が滴り落ち、
すでになじみのない雪道を重い足で踏んだ。
疲れ果てた異邦人がついに山国の宮殿に戻ったとき、
彼を待っていたのは、死という響きだけだった。

「ここですら、俺の守るものは残っていないのか…」
「天上にいるお前らは、ただ生者の苦しみが見たいだけだろ。」
「だったら、この鋼と血の歌を、お前らに捧げよう。」
異邦人は少女からもらった、風と雪を切り裂くはずだった星銀を壁画の間に残した。
それから山を下り、彼は血を見るために戦いの場に行った。

千岩古剣

古代の千岩軍兵士が愛用していた武器。
璃月港の建造に使われた神鋳基岩を削って作られた。非常に重い。
普通の人は持ち上げることすらできず、戦うことなんてとんでもない。
だが記録によると、古代の千岩軍兵士はそれを実際に使用していた。

千岩軍は当初、岩君の信者が自発的に結成した部隊であった。
その歴史は町が出来たばかりの時まで遡る。
岩君は璃月の名の下、共に歩み続け、絶対に諦めないと誓った。
「千岩牢固、揺るぎない。盾と武器使ひて、妖魔を駆逐す。」
千岩軍の兵士たちは皆この箴言を守り、自身の命よりも重要視していた。

彼らは岩王帝君に付従って妖魔を斬殺し、民を救い璃月の平和を守った。
千岩軍の最も輝かしい功績は殺戮ではなく守護であった。己を盾とし、彼らの故郷を守った。
この巨剣は守護者の責任と意志のように非常に重くて硬い。
最初に岩を削り剣を作った武装兵団の星氏と寒氏は、
将来、この岩剣を自在に扱える人は少なくなると予想した。
やがてこの剣は世界平和の象徴となり、守護者も剣も必要なくなるだろう。

桂木斬長正

たたら砂のとある代の目付が設計した長巻。
本人同様、堅実な性格だと言われている。

異国の技術を輸入し、「御影炉心」を作る前の長い間、
たたら砂は伝統的な「たたら製鉄法」を使っていた。
御輿長正が目付になって、鉄の冷たい美しさに夢中になった。
同じく刀鍛冶に熱中する宮崎造兵司佑兼雄に教えを請うた。
遂にその手でこの堅実な刀「大たたら長正」を鍛え上げた。

御輿家の養子でしかないけれど、養母が御輿家の名に泥を塗ったけれど、
御輿の嫡子である道啓が天涯孤独な自分を捨てて何処かへ消えたけれど、
彼の忠義心が御輿の名を捨てられなかった。
幕府に入り、人一倍の努力で、一族の汚名を雇ごうとした。

自分の部下である桂木の些細な不作為でも、容赦なく斬り捨てた。
その後、この刀の名前と別称が違うものになった。

補足

魔神任務「伽藍に落ちて」と放浪者のキャラクターストーリーで言及されている。たたら砂に置いてある「古い手帳」や聖遺物「華館夢醒形骸記」のストーリーでもこれに言及されており、当時の出来事を垣間見ることができる。

銜玉の海皇

誰もいない真夜中に、その鰓の鼓動は次のように訳すことができる。

「俺が海を離れた時、それは間違いなく死を意味する。」
「心臓が止まり、目が白くなり、生臭い臭いを発する――」
「魚にとって、それは死んだも同然。」

「俺は鰆の中で最も強い。」
「かつては浅海一の強者だった。」
「海獣、鯨や鮫さえも俺を倒せない。」
「しかしそのような俺は強敵に出会った。」
「あの海月、クラゲとも言うのか。」
「波に身を任せているだけの生き物なのに、」
「全ての衝撃を流す力を持っていた。」

「そして俺は力を諦め、」
「クラゲの生きる道を選んだ。」
「長き人生を過ごした後、」
「体のあらゆる器官を制御できるようになった。」
「自分の心臓を止めたり、」
「新鮮な魚とみなされ、さばかれることを防いだりした。」
「俺がただの雑魚だと思っているヤツは多い。」
「俺をお前らの力にならせてくれ。」

「老体を振り回す力士よ。」
「ほほほっ…」
「全ての水路が海に流れ込むまで、」
「全ての星が消滅する日まで、」
「全てが原始の大海で出会う時、」
「この俺と手合わせしてくれないか?」

惡王丸

海祇出身の猛将が使っていた刀。
噂によると、彼が扱った剣術は我流の「月曚雲」と「夕潮」、この二つだけだったそうだ。
だが、この二つの剣術を使った彼は、戦場でも試合でも誰にも負けたことがないという。

ヘビや魚は冷血な動物だとよく言われるが、冷血な生き物であるほど、燃えるような情景に酔いしれるものである。
民衆の夢を実現するために、大御神は凝集した雷雲に挑んだ。
海祇を追って遠征に出た人々の中で、あるひとりの少年が際立って、いた。
海祇は彼の勇猛さと恐れを知らぬ姿を高く評価し、「東山王」の封号を与えた。
しかし年月が経つにつれ、王の称号は忘れ去られ、代わりに敵からの蔑称となった。
「惡王」、大蛇が使役する凶悪なる手下、ヤシオリ島で猛威を振るった魔王…

命のやり取りは、少年を海の塩のように荒々しい戦士へと変えた。
だが、そんな彼でも、
遠征前、神社の傍らで海中の月に託した願いだけは消えなかった。

「いつの日か影向山の頂上に立って、雷王の居城を見下ろす」
「天守閣の上で、伝説の影向大天狗と心躍る決闘をする」
「そして、その面を菖蒲と曚雲姉さんにお土産として持ち帰るんだ!」

最後には、まるで砂上の楼閣を崩すように、波がすべての夢を洗い流してしまった。
赤紅の星のような天狗の面が、戦乱により海砂のように粉々になった。
深海の月光のように、在りし日の少年の心を照らしてくれた巫女は、もう帰ってこない。
そして、「惡王」も大蛇と共に、まばゆい一筋の稲光を正面から受けたのであった。

森林のレガリア

「ずっと昔、森は巨大な迷宮だった…」

最後の森林王は、サルバへと帰っていった。そして彼の侍従だった者が、「虎」の名を受け継いだ。
昔、木陰のあるところはすべて、森林王の領地だった。彼は己の領土を散策することもあったが、
森に頼って生きている鳥と獣は、尊敬と服従の意を示すため、彼が通り過ぎる時は軽く頭を下げるものだった。

歴代の王はみな、自身の宮殿を持っていた。新しい森林王が王座につく度、森は王のイメージと夢に沿って変わっていった。
最後の森林王の宮殿は、多くの樹木とツル草で作られた柵と、水流と崖によって築かれた格子の後ろに隠されていた。
そしてあれは、葉っぱを通して静かな水面に差し込んだ月明かりが形成した、真珠の円盤だった。王は水辺で一人、二倍の月明かりを楽しんでいた。

森の迷宮はこのようにして産み出されたのだ。伝説によると、森林王の目を眩ますまだら模様の中には、迷宮の道筋が描かれていたそうだ。
歴代の王の宮殿が一つまた一つと増えていくうちに、木々の間の小道は交わり、小川は途切れ、あるいは新たな支流を生み、
森の中の道はどんどん複雑になっていた。森林王と、私たちアランナラ、そして王樹の加護を受けた人々だけが、
森林王の領土を自由に行き来し、木々の間や小川の流れに自らの道を見つけることができた。


その後、最後の森林王は森を守るために亡くなった。森は新たな宮殿を作らなくなり、そのために、迷宮も消えてしまった。
また、漆黒の獣たちは嵐のように、木を麦の波の如く倒してしまった。迷宮は死に絶え、森林王も死に絶えた。

この物語を私に教えてくれたアランナラはとても臆病で、私たちに歌を聞かされるのを嫌い、いつも一人になれる場所を探していた。
ある夜、森の迷宮を通り抜け、水の中の明るい月に出会った彼は、最後の森林王の物語を聞くことになったそうだ。
その後、水の流れは変わり、そこに映っていた明るい月も崩れ去ってしまった。色々なことに変化が起きたが、ここから変わらないことも沢山あった。
けれど私と同じように、あなたがたも、たとえ王を見たことがなくても、「虎」が高貴で強い森の王者だという印象は持っていることだろう。

マカイラの水色

言い伝えによれば——千年前、あの愚昧な王が砂丘に沈んだあの時代、
荒廃した果てのない金色に輝く大地に、短命な国がいくつも点在していた。
この大剣は舞子マカイラのもので、彼女は暴君の側室であった。
彼女の凛とした無情の剣舞は君主の寵愛を受け、王子の目を釘付けにした。

退廃した国の高貴な王は、肥えており傲慢。日々を美食と美酒、漫遊や猟をして楽しんだ。
この腐敗した時代のすべての王と同じように、彼もまた征服や破壊、蓄財に心酔していた。

すべてが暗闇へと沈む夜、水色の月光が狂騒なる王国を静めて、一切が安らかに眠る時、
肥えた暴君も睡魔に襲われ、仙霊の微かな歌声の中でウトウトと眠りに落ちる。そして、イビキがまるで雷のように轟いた…
艶やかな側室は壊滅の兆しを早々に見ると、剣を磨いて、最後の舞のために準備を始めた。
若き王子も破滅の兆しをとうに予見し、夜になると心配するマカイラのもとを訪れた。

「熱き砂からやって来るものも、いずれ熱き砂に埋もれる。長き夜の砂海が氷のように冷たくとも、苛烈で熱く滾る運命を忘れることはできない。」
「もし、これがあなた様が心に決めたことなら、どうか一つだけ手を貸してください。あのすでに没落した祖国のために、一つだけさせてください。」
「ほんの小さな復讐で、我らのここにある大患を取り除ける。漫遊と猟に溺れるものも、その溺愛する鷹のために死ぬ。」
「ジンニーの母から七重の剣舞を教わった。もしあなた様のために玉座を手にして、人に媚びずに済むのなら、これもまた私の本望。」

こうして、国を崩す陰謀は寝室で形を成す。愛する人の優しい言葉は鋭利な刃となった。
やがて暴君は目にも当てられぬ方法で熱き砂の大地へと帰り、王国と宮殿を征服する偉業は夢に終わった。
城の朝生暮死は一夕の夢に過ぎない。その間に良民も悪人も麦の殻のように、形のないひき臼によって潰される。
大剣の舞を得意とする側室は王妃になることはなく、このすべてを語る年老いた賢臣も両目を失った。
国を失った者は、すべてを削る渦巻によって砂海へ投げ捨てられた。そして流浪者に、傭兵に、最後は樹海に飲み込まれたのだ…

鉄彩の花

千年に渡って流れる風の中で「風の花」のイメージは徐々に人々に忘れ去られ、
平和な時代の中、愛と喜びの意味が付与された。
征服と勝利を目指す鋼鉄の兵器にも、
時には依頼者や鍛造者の意志で、花が飾られることがある。
この剣は、ある人物が気になる人のためにオーダーメイドした武器らしい。

「鋼鉄にも断つことはできない。牢獄の石壁に閉じ込められることもない。」
「風は未来が来ることを恐れず、絶えず明日へと流れてゆく。」
教会に属さぬ無名の牧者は、風の物語を静かに語り、
まだ目に光を宿し傾聴する者に「花」を贈る。

もし貴種たちが本来の誓いを忘れるなら、もし虚栄の沈黙が広く伝わるなら、
そしてもし血筋の原則が風の流れに背くなら、草木や花の伝説は禁句となるだろう。
あの時代、多くの花は人目に触れないところで咲いていた。
最後に風に吹き飛ばされたとしても、灰色の世界に一瞬の彩りを残した。

「過去の高塔の影に、今の街や路地に、」
「花たちは片隅で小さく光を放っている。」
宮殿を出入りすることのない無名の牧者は、花の叙事詩を静かに語る。

彼は言った。今、「バドルドー祭」は既に貴族に奪われた。
しかし知っているだろうか。烈風が渦巻く古都で、花たちは野原いっぱいに咲き誇っている。
あれは尋常の花ではない。風が強ければ強いほど、その根や茎も強くなり、数を増す。
花が王城いっぱいに咲く頃、高塔が倒れる時が来るだろう。

話死合い棒

テノッチが燃える野原を眺めると、空の果てから濁った黒い潮流が押し寄せてきた。
そこで彼は青銅のラッパを吹き、ずしりと重い黒曜石の棒を肩に担いだ。

「今まさに危機が近づいているのに、部族の族長たちは言い争いをやめない。」
「テノッチが『話死合い棒』を持って、みんなの仲裁をしよう。」
「テノッチはもうどこの部族にも属さないけど、怒りの炎はまだ燃えているから。」

こうして、孤独なテノッチはずしりと重い黒曜石の棒を肩に担いで、
恐竜が駆け回る野原を、温泉と熔岩だらけの険しい地を通り抜けた。

最初に英雄テノッチを迎えに来たのは、情熱的なワンジルとその騒々しい相棒のケウクだった。
彼女のどす黒い肌には英雄とともに冒険した証拠が残っており、深い傷跡がはっきり見える。
大部族と互いに争って疲れ果てていたが、彼女はテノッチに招かれて再び気力を奮い起こした。
ナタの灼熱の大地のため激戦に身を投じようとしているのに、ワンジルと部族の者に断る理由などあろうものか?

二番目に英雄テノッチと抱擁を交わしたのは、勇猛なメネリクとその忠実な相棒のンゴウボウだった。
「さあ、ゆこう!たとえ諸部族がお前を追放したとしても、たとえ俺たちの仲がいつも悪くとも!」
「メネリクから見れば、棒を持ったテノッチは勇士の中の勇士であり、兄弟の中の兄弟だ。」

三番目に英雄テノッチが訪ねたのは、狡猾なサンハジェ·コンポレと掴みどころのない相棒のマハンバだった。
サンハジェは過去に「話死合い棒」に説得されたことがある。英雄が戦利品を譲ることを承諾して、やっと戦士の隊列に加わった。
コンポレはテノッチと自分の壮絶な結末と、その後「燼寂海」と呼ばれる地がどのように誕生するかを予見した。
「だが構わん、毒蛇のように抜け目なく名声を得た悪党が、英雄を気取る日が来るかもしれん。」

四番目に自ら進んで英雄テノッチに追随したのは、若いブルキナとその無謀な相棒のコンガマトーだった。
ブルキナはテノッチとの苦戦を経験したことはないが、雄壮な黒曜石の棒が彼を危険な前途に導いた。
戦いによりテノッチの体に残された無数の傷跡を見て、ブルキナは自分がこのあと通る道を確信した…
変革はそもそも若者の運命である。燃え盛る正義のために血を流すのも、寝台で怠惰に過ごして腐るよりいい。

五番目に英雄テノッチに説得されたのは、鉱山の長であるスンジャタとその穏やかな相棒のムフルだった。
「その昔、諸部族の安定のために、争いが再び起きないよう、炎神にお前を追放する投票を求めたことがある。」
「今なお、血みどろの戦いをあきらめないとは…まあよい、これが我々の世代にとって最後の戦いになるかもしれん。」
「お前が自分の考えを曲げないなら、わしも付き合うが、部族の者を巻き込むな。」

六番目に英雄テノッチと同行したのは、若い頃に不倶戴天の敵であった巨人のトゥパク。その巨体を騎乗させられるものはいなかった。
テノッチが大きな棒を持ってトゥパクの住処を訪ねたとき、彼は挑戦者がその身に残した傷跡を細かく数えているところだった。
「傷跡が三百ヶ所以上、骨折が二十ヶ所以上。それに黒曜石の破片が百個ほど皮膚の奥深くに食い込んでいて、宝石をちりばめたようだ。」
「軽傷は二百カ所余り。肋骨が二本砕け、片目はもう遠近が分からない。お前が残してくれた戦利品も同じくらい豪華だ。」

かつての敵同士は大笑いして、それから握手した。
こうして、テノッチは六大部族から盟友を集め、
明るく輝く野火のように、黒い山岳と激突した…

タイダル・シャドー

輝かしい過去の時代、純白の甲鉄艦「スポンジアン」はフォンテーヌ海軍の誇りだった。
その時代、巨大な重砲と頑丈な衝角を備えた甲鉄艦隊はフォンテーヌ廷の寵児であり、
グロリア劇場の時代には、観客は白い艦隊が魔像の軍団を掃討する物語に拍手喝采を送った。

スポンジアン号の艦橋に立つ傲慢な海軍司令官バザル・エルトンの姿は、彼が退役するまで変わらぬ風景だった。
エルトンの一等航海士ナサニエル・ピックマンは、最終的に所属先を失うことになる。晩年は英雄の虚名の中をさまようしかなかった。
当時、海軍は艦隊がなくなったことから解散し、一時は羽振りが良かった海軍大臣も辞任した。
ピックマンは、フォンテーヌ廷を説得して装甲艦「スポンジアン」の引き揚げと再建をはかろうと長年奔走する。
だがその努力は実らず、フォンテーヌ海軍の再建に意欲を示したことも戦没者遺族から売名行為だと思われた…
最終的に残ったのは虚名と伝説、それから海軍司令官の持ち物だった、この白と青の剣だけだ。

「『スポンジアン』?ひどい名だな…ピックマンはどう思う?」
「ある独裁君主の名前ですが、彼とその王朝は実在しなかったかもしれません――」
「とにかく…思いつきで口をついて出ただけです。失礼しました、長官。」

「いや、ピックマン。この名前でいい。」
「そういう幻とも真実ともつかない感じは、私も嫌いではない。」

「スポンジアン」と「白き艦隊」が成した数多くの伝説は、グロリア劇場が壊滅してからしばらくの間、
エリニュス島に新しく建設された大歌劇場で人気の演目となった——公演中に事故が起きて、上演が禁止となるまで…
中でも忘れられないのは艦隊の最後の一戦、舞台上で十門の艦砲が繰り広げる壮絶な戦いである。
その詳細は、バザル・エルトン旗下の一等航海士の記録から復元されたものだ。
ピックマンもそのでたらめな行動について語ったことがないように、書くに値しないことだと思っていたのか、
それとも脚本家がこの詳細は予期される悲壮な叙事詩と合わないと考え、脚本から善意で省いたのかは分からないが、
バザル・エルトンは数年ぶりに艦に乗り込んだとき、整列したピックマンら乗組員に向かってこうささやいた。
「どうやら、今度こそ敵に向かって発砲できそうだな。」

それから歌劇場の演出と同じように、笑いながら大声で言った。
「どうやら諸君は、私がいないとダメなようだな。だが、昔話は後にしよう。」
「まずは、あの身の程知らずのデカブツを、大瀑布の下へと追い払うのだ!」

携帯型チェーンソー

かつての労働者がよく使っていたチェーンソー。竜骨やパイプの切断用。
シンプルで丈夫な構造をしており、メンテナンスや部品交換がしやすい。
両手で取っ手をしっかり握って、硬い鋼材を断ち切ることができる。
こうした強力な道具はかつて、進歩の代名詞でさえあった。

のちにフォンテーヌの市街地が拡張すると、あらゆる影が次々と秩序の光に追いやられた。
下水道がサーンドル河になり得るのはこうした便利なツールによる貢献が大きい。
サーンドル河の住民は、たとえ日光と雨露のない地下に住んでいても、
有り余る勤勉さと強靱さによって、あるいは地表に住めるだけの権利を獲得し、
あるいは身を寄せる「水の国」を地表のような美しい場所にできると信じている。

これらのチェーンソーは船渠剣、プロスペクタードリルなどの道具とは異なり、禁止されてはいないが、
それは初期のクロックワーク・マシナリーの生産において代替不能な働きをしていたからである。
さらに後の時代、郊外の絶対に安全な場所に最大のクロックワーク・マシナリー工場が建つと、
それを使い熟した者共々、進歩という大きな流れの中で次第に姿を消した。

「スーパーアルティメット覇王魔剣」

「…安いダンボールでできた剣じゃないからな! えっと…その…これはかつてカニ大帝を打ち負かした…スーパーアルティメット覇王魔剣なんだぞ!」

遠い昔、ロマリタイムフラワーがまだその名前で呼ばれていなかった頃、遠い大海の中に偉大なカニ魔大帝が住んでいた。
カニがなぜそんなに偉大なのか、魔大帝が統治する国や民はどこにいるのか、それらを誰も知らなかったが、皆がそう言うので魔大帝の威名も広大な海原へと知れ渡っていった。これが生まれ持った崇高さというやつなのだろうか? 威張るカニ魔大帝はそう考え、皆が自分を敬遠している事実を次第に受け入れていった。
世界の高みにいる(もしくはそう自称する)人間のように、偉大な陛下も大帝である自分の境遇に嘆いた。大帝に友達などいるはずがない(ここにもやや上から目線が含まれている)。つまるところ、チョキチョキと音を立てる鋭いカニの爪は、自分を見慣れていない相手をいとも容易く驚かせることができるし、もっと信念の固いやつの運命の糸を断ち切ることだってできる。そして、大帝の宝物庫にはモン・オトンヌキと同じくらい高さのある金貨が積まれており、フォンテーヌの美味しいクッキーなど簡単にすべて買うことができた──これこそ、王者の身分にふさわしい生活だ!そうであろう?
ただ、彼には一緒に遊んでくれる友達がいない。退屈なときや心が傷ついたとき──つまり、たくさんのクッキーでも楽しい気持ちになれないとき──陛下は、その巨大なハサミで水草を剪定するしかなかった。当然カニ陛下も結局はカニなので、他のあらゆるカニより強くても、水草を剪定する能力はそこら辺のエイと大差ないだろう!
ある日、偉大なカニ魔大帝がブクブクと孤独な泡を吐いていたとき、一人の小さなメリュジーヌに出会った…
「こら! 魔大帝の宮廷に侵入してくるとは度胸のあるやつだ。何しに来た?」
(カニ大帝は激しく火を吹いたが、内心少し嬉しかったし、怖くもあった。海原にいるやつらは、大帝の威厳を前にするとそそくさと去っていくからだ。だから、大帝はもう長いこと誰とも話していなかった。)
「カニさん」と小さなメリュジーヌが言った。「あなた、何だか楽しくなさそうだね。一緒に遊ぼうよ、そしたら楽しくなるよ!」
「わかっていないな」…続けてカニ大帝は最初メリュジーヌが自分のことを「陛下」ではなく「~さん」と呼んだことをとがめようと思った。だが結局そのことは口にせず、こう言った。「覇王は小さなメリュジーヌとは一緒に遊べない。でないと王者の威厳を失ってしまうからな。」
「王者の威厳がなくなっちゃったら、どうなるの?」
「もし威厳を失ったら、覇王はもう覇王ではなくなる。他の奴よりハサミが大きくて甲羅が厚いことを除けば、普通のカニと変わらなくなってしまうな。」
「カニさんのハサミは私の体より大きいし、足だって私より多い、それに甲羅は私の家の壁よりも厚いよ。それに金貨やクッキーの他にもカニさんはいい物をたくさん持ってるし、すっごく楽しいはずだよね? …あっ、わかあった、きっと王者の威厳がカニさんをつまらなくさせているのね。」
「小さなメリュジーヌよ、お前は王になったことがないから知らないのだろう。だから、その無知については大目に見てやる。覚えておけ、帝王は自分が楽しいかどうかなど気にするべきではないのだ。」
「でも、カニさんだって王になる前は普通のカニだったんでしょ? カニさんがつまらなそうにしてたら私もつまらないよ。カニさんのために、王の威厳を捨てさせてあげる!」
「こら!身のほど知らずの小さなメリュジーヌめ。自分の統治を自ら放棄する帝王など、この世のどこにいるというのだ!」陛下は怒ってハサミを振り回した。「そうだな…例えば、あくまでも例えばだが、勇者が聖剣で魔王を倒したら…覇王であった者も小さなメリュジーヌと遊んでやるしかないだろうな。」
「あっ! そんな方法もあったんだ!」メリュジーヌは嬉しそうに大きな声を上げたが、別の問題に思い至って、がっかりした様子で言った。「でも…勇者がどこにいるかも、聖剣がどこにあるかもわからないよ…」
「ええい、そんなことはどうでもいいのだ! 魔王を倒しさえすれば誰でも勇者になれるし、どんな武器でも聖剣となる」と大帝は口早に言った。「オホン! 身のほど知らずのメリュジーヌよ、理解したか?」

「『…カニさんがそう言ってたから、みんな力を貸して!』」彼女がそう言うと、メリュシー村のメリュジーヌたちは、彼女を助けなくてはと思った! 彼女たちは大きな貝殻を拾ってきて彼女のために盾を作り、水草を月桂の代わりにして冠を作り、エリナスの内部の切れ切れになった帆をマントにして、最後に貴重な乾燥したダンボールで宝剣を作った。
こうして、勇者メリュジーヌはカニ魔王を倒すための遠征に出た。そして、究極無敵の魔剣で威張りをきかせるカニ魔王を倒したのであった。こうして魔王でなくなった「カニさん」は、その時からメリュジーヌたちのよき友達となったのだ…

簡単な議論の末──メリュジーヌたちは、かつて映影で異彩を放ったメリュシー村の最強の剣を究極無敵の勇者へと贈り、それを友情の証とすることにした。

アースシェイカー

それは遠い昔、今では神話として語り継がれる時代のことだ。その頃、龍はまだ木々の上空を自由に飛び回っていた。
後世では盗炎者の英傑として崇められているが、当時はただの大胆不敵な若者で、
生まれ持った力と勇気を誇り、森を彷徨っては行き交う者たちに戦いを挑んでいた。
しかし、勇者の従者である半人の英雄の巧妙な足技により、沼地に誘い込まれ簡単に倒されてしまった。

若者の慌てたような姿を見た弓使いは思わず吹き出す。
普段は寡黙な混血の者でも、こうやって他人をからかうのだろうか?
恥ずかしさと怒りが入り混じった若者は決意した。
この奇妙な者たちについて行き、敗北の恥を誤魔化そうと。

「おい、お前ら…まさか…あれを討つつもりなのか? まぁなんでもいいけど、とにかく俺様も連れていけよ!」
「いいか、よく聞け! 俺の名はユパンキ、いずれ世界を変え…おい待てって! 行くなって!」

それから何年か経ち、当時のことを思い出すと、己の子供っぽさや不器用さにいつも苦笑してしまう。
忠告を聞かなかったために何度も危険な目に遭い、騒がしさで寡黙な職人を何度も怒らせたこともあった。
この剣は数えきれないほどの敵を切り倒してきたが、それでも貢献した数は招いた混乱の数よりも少ない。
にもかかわらず、勇者と共に旅に出た仲間たちは、当時まだ若く無知であった彼に対し、寛大な心を持って接していた。
その光景が幻覚の炎に奪われたとき、またもや沈黙の祭司の声が聞こえたような気がした…

「いつか、この翠色の道に足を踏み入れた理由が分かるだろう」
「往日の灯火は燃え盛り、今日の烈炎に至る。すべては還らぬ命のため」
「すべては炎によって裁かれるだろう。これこそが、お前が進むべき道なのだ」

それは、部族の旗が侵食された灰燼の都に属していた時代、誓いはとうに色褪せていた。
徐々に錯乱状態に陥った王は、低い声で何かを呟き、目には恐怖だけが映し出されていた。
かつての人間と龍との共存という壮大な願いが叶わぬものとなってしまったことを、今でも嘆くことは多いが、
年老いた英雄は、唯一生き残っている旧友に対して反旗を翻す決意をまだ固められていない。

結局、すべての翠色の道はこうして本来の色を失っていくのだ、と彼は思った。
情熱とは火のようなものだ。後悔があろうと、不満があろうと、やがて消える。
世の中には廻焔の再燃などない。この世に自分だけの道がないのと同じように。
こうして意気消沈した老人は、大同盟の軍械官という閑職を言葉少なに引き受けた。
旧友の掟にもう二度と干渉しまいと決意した彼は、ただ聖火に返る日を待つのみ…

剣の影から龍を救い出した赤い瞳の青年が、夜中に一人で軍械官の宮殿を訪れると、
奇妙ながらも親しみのある熱意を持って語りかけ、老いた英傑に誓いの鎖を断ち切るよう懇願する。

老いた男は沈黙を守り、直接的に答えはせず、代わりに目を傍らにある埃まみれの大剣に向けると、
長い年月の間、陰りに染まっていたその目は、再び燃えるような輝きを放った。

実りの鉤鉈

コアテペック山の麓、岩の隙間に根を張る母樹は、元々別の場所にあった。
語り部の話によれば、その場所は火山よりも高く、雲の上にも届くほど高い山の麓だったという。
とある若い伝達使がいた。彼は山の反対側に住む竜に、愚鈍そうな動きだと嘲笑されて腹を立てていた。
そこで誓いを立てた。最も高い山の頂へ行き、母樹に実るフレイムグレネードの実を採ってくると。
ユムカ竜の中で最も俊敏な山の王に、自分の実力を見せつけるのだ、と。

しかし、ただ願うだけで成し遂げられるような偉業など、この世には存在しない。
ブルキナという名の英雄は、高山の岩々を素手で登ることができても、
山頂で旋回するクク竜の妨害には敵わなかった。
木の下を堅く守り、果実が実るのを待ち望んでいる多くの獣たちの妨害については言うまでもない。
果実が熟れる時期が迫っているにもかかわらず、ブルキナは枝に近づくことさえできていなかった。
しかし若き英雄は焦ることなく、何か考えついたのか、すぐに立ち去った。

彼はクク竜と共に暮らす部族を訪れ、竜の世話を始めた。
日々の観察を通して、クク竜たちの身体と動きを理解していった。
そしてさらに火山の麓に住む山の民たちに倣って、巨大な石で己の体を鍛えた。
謎煙の中で礼拝を行う大祭司には教えを乞い、より鋭い感知力と意識を会得した。

同じ場所を訪れていたテノッチは、あまりに乱れた友の髪を見て、恐る恐る尋ねた。
しかし、ブルキナの目的を知ると笑みを浮かべて共に行動することを申し出た。
だが、懸木の民の英雄は友の好意を拒んだ。これが修行であると分かっていたからだ。
「成果」を得るために「代価」が必要だ。友人の善意は、
無償ではないかもしれない。いつかは必ず返さなければならないことに薄々感づいていた。
テノッチは友人の決意に気づき、二度と先ほどのような申し出はしなかった。
ただ、自分もわずかばかり、この冒険の力になれるとだけ…

果実が熟したある日、若き伝達使は友と作った武器を背負って、
素早く崖を駆け巡った。その速さは平地を駆けるよう、あるいはそれ以上だったという。
クク竜による妨害も早々に見切った。そのせいでクク竜は動きを乱されることになった。
彼は手にある鉤鉈を振り回し、獣たちの攻撃を躱し、受け流した。
母樹に実ったフレイムグレネードの実に、長いカギ縄を使えば手が届くくらいの所まで来ていた。
だが、英雄は成功を前にして油断した。山頂の強風が彼をよろめかせたのだ。
今にも高所から落ちそうになった時、彼は思った。きっと俺は落ちて、腕に抱えている実と共に汚い泥のようになるだろう、と…

その時、緑色の影が木陰から現れた。
長い舌で口から繊維を弾き出し、絡めとった英雄を生者の崖の端に連れて行った。死の淵から救い出したのだ。
以前彼と戦ったあのユムカ竜がずっと陰から見守っていたのだった。
危ない目に遭った英雄に救いの手を差し伸べて、夜神の呼びかけから救い出した。

ブルキナは命を救ってくれた竜にフレイムグレネードの実を捧げ、その強さを認めてもらった。
これが、廻焔の英雄と山の王「コンガマトー」が仲間になった顛末である。
その後、懸木の民の英傑たちが力を合わせて、フレイムグレネードの母樹を山の麓に移植することとなった。
英雄と山の王を記念して、最上級のフレイムグレネードの実は「山の王」の名を冠するようになったのである。

知恵の溶炎

遥か昔、夜に向かって叫んだ愚者が部族に残した伝統に従い、
胸の炎を真紅に燃え上がらせながら、旅立ちを控えた子孫たちが工房の片隅に腰を下ろしていた。
山間の地からやってきた鍛冶職人が鉄槌を振り上げ、晶石を打ち砕く。カン、カンという音が辺りにこだまする。
この足が不自由な老人は、杖を持っていないほうの手で、竹編みの籠からかつての宝物をそっと取り出した。

「アカマイ、出発しよう。きっとすごい鉱脈とか宝物を見つけられるはずだよ!」
「そうだな、カウカウ。その時は俺たちも、ウォーベンに名を残す探検家になれるぞ。」
昔、流泉の衆の一人と一匹の若者は、ナタの地を隈なく巡ることを誓った。
未知を求め、景勝地を訪ねることは、彼らにとってまさに大霊に授けられた天職であった。
加えて、彼らは神秘的な島や昔の英雄の物語に心を奪われていた。
若者たちはこうして冒険の旅に出発し、足跡を辿ることで巡礼の道を歩んだ。

だが、伝説を残した英雄の物語において、一般人が経験するような数々の苦難が語られることなどない。
それにこの世界には、それほどたくさん宝物があるわけではない。二人が掘り出した鉱石は、
ほとんどが普通の鉱石晶髄であり、極々平凡なものだった。
それでも彼らは、ただ元気に楽しみ続けた。夜の営火の灯りに照らされた場所で、
集めた石を一つ一つ持ち上げ、集めた時の情景と気持ちを思い返す。
これは晶鉱が散らばる山脈にいた時、巨大なテペトル竜の爪下から奪ったもの。
こっちは温水池の近く、酔っぱらった友人を転がせた元凶だ。
この灰に覆われた石は、かつて焼け落ちた古城の崖端に長い間孤独に佇んでいた。
通りすがった物好きな冒険者コンビは、その奇妙で美しい形に目を留め、迷うことなく持っていった。

そして現在、灼石の鍛冶職人がそれらを一つずつ溶かし始めると、過去の思い出が言葉と共に、再び命を帯びていった。
アカマイの子孫が父親たちに倣おうとしていると知った時、彼らはこれらの不思議な石を材料として使うことを決めた。
旅立つ子孫のために、鋭い刃を鍛え上げるのだ。旅路の危険性は彼ら自身が一番理解している。
大剣が鍛え上げられると、アカマイとカウカウは、それを旅立つ若者に贈り物として手渡した。

「君たちと一緒に長い旅に出られない今…過去の思い出を君たちと一緒に行かせるとしよう。」
「かつての記憶はこうして血脈と共に新たな時代へと受け継がれてゆく。まるで、消えることのない新たな火が、絶え間なく燃え続ける儀式の中で、代々伝えられていくかのように。」

万能の鍵

この世に誰も知らない秘密など、ほとんど存在しない。人目に触れない隠し部屋にも、隙間はある。
どんなに複雑で精密な錠前も、作られた瞬間から解かれる可能性を秘めている。
同じように、どんなに綿密な計画であろうと、敵に悟られる手がかりが残る。

大盗賊の継承者を自称する少女にとって、すべての秘密と仕掛けはそれほどに滑稽だった。
北方の傲慢な貴族から、辺境の作り笑いばかり浮かべる商人まで、
彼らの「誰にも解けないご自慢の錠前」 は、この少女の前ではいつもすんなりと開いてしまう。

複雑な構造ほど脆い箇所が生まれる。
そこに力を入れれば、どんな錠だって開くことができる。

こうして、「ブレードブレーカー」の悪名は広まり、貧農の娘 「シャンツコフスカ」の名前を覚えている者は、誰一人としていなくなった。
フェイの王族の末裔を名乗る少女は無数の宝を盗み、真の貴族のように財宝の山の中で談笑していた。
その人生は平凡で退屈、これ以上何事にも心を動かされないはずだった。しかし──

「親愛なる傲慢で滑稽な偽物のお嬢さん。恐らく、あなたはこのメッセージを最初に見た人でしょう。」
「私はいわゆる大公の秘宝には全く興味がありません。この大盗賊の名のように、好きに使ってください。」
「ですが、覚えておいてください。最初に仕掛けを解いたのは私です。私の名前を、あなたの失敗と共に心に刻んでください。」

大公は世界的な大泥棒に対して挑発するかのように、「誰にも盗めない」と豪語しながら、パーティーで秘宝を展示した。
その大公の自惚れた物言いを少女は嘲笑い、足を洗う前に、最後にその秘宝を盗み出してやろうと考えた。
ところが、すでに身を引いたと自称するコソ泥が先回りをしており、壁には彼女を挑発するかのような言葉を残されていた。

その後、彼女は悔しさを抱えながら幾度となく勝負を繰り広げ、数えきれないほどの敗北を味わった。
少女の誇りである鍵開けの腕は、顔すら知らない挑発者に、なぜかいつも敗れてしまう。
失敗が繰り返されるごとに、彼女は憤慨した。そして憤慨するほどに、彼女は宿敵の真の姿を見ようと躍起になった。
そんなある日、彼女を怒りで真っ赤にしてきたあの忌々しい宿敵が、突如として消息を絶った。
そして彼女の耳に、あの盗人が捕まって処刑されたという情報が入った。

彼女は自分でもなぜか分からず、乱雑に埋められた墓を掘り起こした。そして、その石棺をこじ開けたその時…
犯人の屍が横たわっているべき棺桶の中は、彼女に向けたメッセージが刻まれている以外、空っぽだった。

なぜか零れ落ちた涙を拭って、少女は髪を振り乱しながら狡賢い宿敵を罵った。
いつものように、彼女は誓った──残りの人生をかけて、彼が死を偽装したトリックを解き明かすと。
しかし、歳月は彼女の自慢の美貌を、彼女の最後のため息を奪い去って行った。
鍵を開ける力すらも失ったその女性は、彼に対する最後の罵りを口にしながら、空の棺に横たわった。

☆3

飛天大御剣

挫折を味わった御剣公子は、剣術では到底実現できないことがあると気づいた。
それからというもの、彼は自身の剣術に盲信せず、剣そのものに着手をし始めた。
「大きければ大きいほど優れている。そう、剣もそうだ」と彼は考えた――
壮大な孤雲閣で、公子は壮絶な結末を迎えた。
空を駆ける旅はやっと終わりを告げる。それでも、彼と剣の物語は永遠に続いていく……?

理屈責め

どんな弁論においても、論理的かつはっきりと話す。
どんな頑固な人だろうとも、論理的に話し合えば分かり合えるようになる。
これを道理の力という。
最終的に民衆の抗議により製造は中止された。
これは世論の力という。

白鉄の大剣

軽い白鉄で作られた扱いやすい大剣。雪のような白銀色に輝いている。
この大剣は素早く振り回すことで、白鉄の輝く光が相手の目を眩ます。
しかし、この剣はあまり武器として使われない。
昔、命を落とした戦友の傍に、輝く武器を突き立てる風習があった。
時が経ち廃れてしまったが、僅かな人はその儀式の意味を覚えている。

龍血を浴びた剣

伝説によると、ある有名な英雄が毒龍を斬った後、
龍の血を全身に浴びて、刀も槍も通さない体を手に入れようとした。
龍の血の力の賜物か、洗礼を受けた体は、
数え切れないほどの剣と槍を折った。
飛んできた無数の矢を嘲笑いながら、その全てを弾き飛ばした。
だが最後、彼の弱点を敵が発見する。
彼は愛用していた大剣を背負いながら、龍の血を浴びていた。
そのため、背中には大剣と同じ大きさの弱点があった。

鉄影段平

幼いエレンドリンは北風騎士レイヴンウッドの剣の模造品を手に持ち、想像の中のモンド旧貴族へ突撃した。その時、まさか自分が将来、世界に名を轟かせるとは思ってもいなかった。幼い頃、剣術の真似事をしたルースタンが自分の右腕となり、モンドの民に23年を捧げた末に殉職するとも思っていなかった。
今、「光の獅子」が持っていた模造品は、別の若者の手へと渡った。
この神秘的で偉大な宿命は、どのように伝承されていくのだろうか。

☆2

傭兵の重剣

彼はいつも自分の若いころの冒険話をしたがる。
どれも大袈裟で陳腐な話だ。
だが、この使い古された大剣はまるでこう言っているようだった。
「私もその場にいたが、流石にそれは言い過ぎだ」

☆1

訓練用大剣

このような重く大きな大剣を持つ者が一番よく知っている。
大切なのは武器ではなく、己の力量であることを。

長柄武器

☆5

和璞鳶

璃月創立当初、海は巨大な妖怪と魔神の楽園だった。
昔の人は海を恐れながら日々を送った。微力ながらも海と戦っていた。

長い間、巨大すぎる海獣はこの広い海域の王であった。
岩の創造神が作った石クジラと戦っても力は衰えなかった。

あれは璃月の人に「八虬」と呼ばれた魔獣。深海では負け知らず。
海から浮上すると、伴う波は津波のように人の船と家を壊した。

そして岩神は玉石と礒岩を使い、一匹の石鳶を作った。

石鳶は生まれた途端に、大地の束縛から飛び立ち、空を駆け回った。
投げ出した長槍は烈日のように、魔獣と岩クジラの海底の戦場まで貫通した。
そして、二度と浮上することなく、巨獣もろとも深海の底まで沈んだ。
それ以来、璃月の人は海の巨獣の咆哮から解放された。

天空の脊

高天を支える脊。
風神の真摯な着属、風の国を守る決意が動揺することはない。
揺るがない意志は風龍が悪と戦い続ける理由であった。

昔、モンドの平和を終わらせるべく魔龍ドゥリンが襲来し、野原を蹂躙した。
ドゥリンの翼は日の光を覆い隠し、黒い毒雲が散った。
気高い千風は雲に隠していた毒に耐えられず、
黒い雨が降り始め、人の号泣を覆い隠した。
その声に呼び起こされた風の神は、深い絶望で心が千切れた。
そしてトワリンは風と共に、満天の毒雲へと飛び出していった。

巨龍は高空から飛び降り、鋭い風が漆黒の魔龍の翼を切り裂いた。
風龍の翼を追いかけ、各地の疾風が集まり一気に黒雲を撃散した。
トワリンは爪と牙で毒龍を掴み、雲さえ届かないほど高く飛んだ。
漆黒の嵐は黒雲とともに消え、燃える空は巨龍が戦う戦場になった。

最後に風龍の牙は魔龍の喉を切り裂き、爪は胸を貫通した。
罪人の造物は遺恨を残して空から落ちてきた。
驚天動地の戦いは風神の民をアビスの危機から守り抜いた。
しかし、巨龍は毒の血を呑み込んでしまいその体は汚染された。

遺跡に身を隠した風の巨龍は毒により苦しむ。
傷口を紙めながら、トワリンは再び蘇ることを信じた。
再び空を飛び、翳りを取り払い、親友の、風神の琴声で歌うことを。

破天の槍

それは遠い昔、船帆と海獣が波を漂う時代。
当時の璃月港は荒れており、海中では数多の魔獣が暴れていた。

伝説によると、深海には巨大な影がある。
それは渦潮を起こし、堅い船を砕き、獲物を底なしの海へと引きずり込むのだ。
一方、別の伝説によると、海には幻の島が霧の中で出現するらしい......
もし幸運にもそれと出会えたのなら、その者は島に隠されている財宝を見付けるだろう。
さらに別の伝説によれば、その島の正体はうたた寝をしている魔獣だそうだ。

水夫達の間に伝わる話は奇怪なものばかりだ。だが一つだけ、彼らが心の底から信じている話がある。
かつて、岩王帝君の槍が虹を貫き、海を荒らしていた渦潮を深海の中央に刺し止めた。

その日から、頻繁にイルカや鯨がその海域に集まり、泳ぎながら歌っているらしい。
ある人が言うには、イルカと鯨達は自分達が崇拝していた神を憐れんで、悲しみの歌を捧げているとの事だ。
一方で、彼らは虹をも貫ける岩王帝君の宝器に、驚きの声を上げているのだと言う者もいた。

また、こんな言い伝えもある。
いつの日にか、岩王帝君に封印された渦潮が再び目を覚ます。
風は深海の生臭い匂いを陸地へと運ぶ。それは、九つの頭を持つ水龍が引き起こす前兆である。
その時、「海にいるあれ」を鎮めるのは一体誰なのだろう......

護摩の杖

炎ですべての不純を払い、穢れを炎の光と共に、全てを受け入れる中天へと。
この祭儀はかつて世の末時に存在し、各地の薪火を照らし、祝福と退悪の狼煙を起こした。

この灼熱の祭儀は遥か昔、争いの絶えない時代に流行した。
静寂な神骸の妄念と夢は、いずれ疫病や障気と化し、
彼らの物で無くなった民と元から属さない人々を連れ去る。

その際、死を救う医者は夕暮れの如き焔からそれを聞いた、
油が沸き、薪が破裂する音に隠れた囁きを。
「縛り無き焔のみが天地の穢れを浄化する」
「緋色の薪火を上げ、妖魔ども撃退せよ。」

医者は赤い杖を持ち、悪で穢れた物を燃やした。
悪事と災難に巻き込まれた往者と深い悲しみに耐えれぬ死者は、
火の中で塵の蝶に変わり、濁った世界の不幸と傷から解放される。
無数の薪を燃やしてきた医者も、いずれ蝶の如く煙へと変わっていくだろう。

平和と年月とともに祭儀は忘れ去られたが、
暗闇の神の威厳と対面し、心に焔を抱えた者はきっと聞こえるだろう。
煌めく焔の舞が囁き、縛り無き炎のみが天地を浄化すると…

草薙の稲光

薙刀は、穢れを除伐するための武器である。
薙刀を振るう者は、恒常の道を守っている。

雷雲の上に立つ者が大切にしている俗世を俯瞰する時、
目に映るのは浅はかな争い、そして閃滅する泡影・・・
そのような争いは、恒世の敵である無謀な愛執と狂欲に起因するものだ。
不変の恒世を乱す雑草は、雷光により殲滅されるだろう。

「であれば──⬛︎⬛︎の瞳に映るのは、どのような永遠なのでしょう?」
鮮明な記憶の中、櫻の下で彼女と一緒に酒を飲んだ神人は、
このように尋ねた。

実にくだらない質問だ。
酒のせいで、その答えを思い出すのはもう不可能だろう。
しかし、彼女は無数の追憶の中から、その答えを導き出した。
甘美の実には青果、染料には花が必要。
永遠なる静寂の地では、一点の曇りも許されない。

「それでも、 それでも・・・」
「その尊き薙刀で妄念を根絶し、夢想が生滅を許容する可能性を無くす・・・」

「争うこともなく、得失することもない静寂な世界。 それが 記憶を失った謎い道となるでしょう。」
永遠なる心の中、旧友は今でも鮮明で、 緋櫻の香りも新鮮なまま。

年月を経ても記憶は残るように、 あなたのことも決して忘れない。
何故なら・・・

何故なら暗闇の中で大切な人が犠牲になるのを目の当たりにしたから。
理不尽な生と死、そして避けられない運命を、なぜ仇として見ないのか。
誰にも世の無常と緒絶の独楽を覆せないのであれば、
心の中の常世の浄土を、彼女の愛する国に送り届けてあげよう。

息災

俗世のものではない素材により鍛造されたとされる長柄武器。
過去に孤忠で薄幸な人々の手を数多と渡り、
数え切れないほどの殺戮と、面妖な血肉を見てきたという。

伝説によると、邪を祓う者が晶砂の入口を訪れた際、
その深き地から水色の不吉な晶鉱を採取したそうだ。
それを利用して鍛造を依頼すると、出来上がった武器に「息 災」という名を付けた。

「今後、もし災厄が降りかかろうとも、これがあれば鎮めることができるだろう。」
荒涼とした山奥で生きる一族は、口が達者とは言い難い。だが、契約が成立しておらず、 対価も払っていないのであれば、それを受け取ろうとも支障はない。

魔物の軍勢が層岩を侵し、辰砂色の大地を黒に染めた時、
千岩の盾が漆黒の軍勢と衝突して、はぐれた騎兵が死を迎えた。
まるで夕暮れに光る星の如く、息災は渦の中心で瞬いていたという...

黄昏が暗雲を貫いた時、汚泥はついに淵薮の底へと沈んでいった。
息災も、それを振るった夜叉と共に姿を消し、辺りは静寂であった頃に戻った。
それ以降、この長槍を手にした者は皆、似たような運命を辿ったとされる。

しかし、一国の令に縛られることなく敵を討ち、誓いを立てずに民を守る者にとっては、
かような運命を恨みなどしないだろう…

また、この長槍はかつて何者かに借し出され、
冷たい水が侵食する洞窟の中、朋友の反目を見届けたと言われている。

赤砂の杖

まずは陽と月を創った。そして、白昼と闇夜ができた。かつて我が忘れた言葉により、彼女は三つの明月が昇る夜空を語った。ならば、その月の数も三であろう。
世界の影が目覚める時、彼女たちは大地に微かな真珠の光が差し込むことを願った。そうすれば、人々は夜でも砂丘の銀の輪郭を辿り、宿命の終点を見つけられるからだ。

そして、重さを創る。これで砂が沈み、大地となる。重みのないものは空となった。我は決めた——大地に頼りながら、空を夢見ることを。
重さは大きすぎないほうがいい。さもなくば、土地は人の両足を縛るものとなる。人は遠くへ行けず、四方を開拓することもできない。人は飛べず、未来を探求できなくなる。

そして七賢僧を設け、彼らに大地と水、星々が描く軌道を管理してもらおう。たとえ天球がただの幻の造り物だとしても、星月を眺めれば常に神話が誕生する。

元の世界の柵は壊され、闇色の毒が大地に滲みこんだ。あの脆弱で、哀れで、不完全な世界を癒すために、鋭い釘が落ち、大地を貫いた。
だが、我が定めた規律はより優美で緻密、ゆえに必要もない。彼女の付き従ったものが、そのために死んではならない。詩文がこれにより失われてはならないのだ。

毒薬の出処である獣道を隔てるべきだろう。毒を飲むのは空よりも深い罪。しかし、囁きはあまりにも甘美なもの。そこで語られる知恵も、いかに鮮明なものか…
新しい世界で風が密かに吹き始めた。真珠色の月光、琥珀色の残光、草の波と水の根が徐々に沈黙を破り、彼女が残した詩文を吟唱する。

……

七つの輪転を排除しよう——深き秘めごとが絶たれぬように。
恐怖と哀傷を排除しよう——そのためには生死の隔たりを消すことが必要だ。
陽と月と重さを排除しよう——時空に隔たりがあってはならない。
規定、裁決、恩を施すような原始の理を排除しよう——さすれば同族の受ける懲罰に、彼女が怯えることもなくなるだろう。
鳥と獣、魚、竜、人、そして七の僧王を排除しよう——さすれば誰も知恵を盗むことはできない。

……

「隠れた夢の中で王はただ独り、静かに眠り、新たな定理を描く。」
「王の夢で塩水を一滴も飲む必要はない。新世界において、すべては善である。」

……

これで完璧に辿りつく。我は見たのだ、三人が再び楽園で議論する景色を。もう、すぐそこにある。
これでいい、我はようやく理解した。これこそが我の欲するものだと。我が取り戻したいのは、万物の楽園ではない。
すべての理、七の賢僧の詭計、悲しみを取り除いた清浄なる世界、これらはすべてどうでもいい…

ただ、我が誤って飲んだ毒だけは、この世に残してはならない。旧友の仲である彼女を想って——
——我のため、でなくともいい。我らの親友のため、最後に一つだけ…

赤月のシルエット

「カーンルイアの諸貴族の主よ。赤い月の影は深淵の空へと沈み、そなたの血筋も終に盲となった」
「我らを統べる慈悲深き主よ。もし人の子への憐みがまだ残っているというなら、この盃の酒を飲みたまえ」

漆黒の日がまだ地下に照り渡る前の遥か昔、古き栄光の氏族が広大な王国を支配していた。
迂腐なる祭司は、玉座に座する愚昧な君王に信じ込ませた——高天の赤月の骸が即ち万象の支配者であると。
月光が凡人の血肉に流れているがゆえ、深淵の底に隠れし漆黒もまた赤月に現れて然るべきであろう。
ならば、人の王は赤月を名乗り、双界の光と炎によって無常なる運命を裁くべきである。
——それゆえ、超越者が無数の高塔を建ててくれることを切望し、逝きし赤月に救われることを祈っていた。
異端児と罵られた星象学者たちが、映り出された偽りの空に、世のすべての運命の根源を覗き見る前までは…
もはや抑えきれない疑惑と怒りが、野火のごとく夢無き国土を焼き尽くし、終には月光に照らされた高宮へと広がっていった…

やがて漆黒の日が照り渡った時、すでに赤月の名は深紅の色とともに尽き果て、穢れた残痕にあるのは、凶月の名のみだった。
呪われし穢れた者も、運命にまだ染まらぬ無垢なる者も、月骸の信者と自称する者は誰もいなくなった。
一族を滅ぼす災厄を逃れた数人は、黒い日の光が届かぬ影に身を潜めると、赤い月が復讐を遂げ、怨念を払ってくれることを切望した——

しかし、所謂復讐が叶うことはなかった。黒い日も同様に愚昧と傲慢に溺れ、滅んでしまったのだ。
再び滅亡に見舞われた時、灰燼に帰した日の影の上に、嘲笑うような月の光だけが降り注いでいた。

「運命よ、恐るべき蒼白な運命よ。なぜ横暴な簒奪者にへつらうのだ?」
「凶月の骸がすでにそなたの運命を定めたのなら、過ぎ去りし血の復讐に一体何の意味がある?」
「もし彼女が編み出した運命が我々を斯様に嘲笑うなら、我々もその運命を高らかに嘲笑おうではないか」
「灰燼と化した日の最後の残影が旧世界を焼き尽くし、赤い月が無垢なる朝の到来を見届けるまで」

ルミドゥースの挽歌

日差しも雨水も届かない地下の街で生き延びるためなら、たとえ得られるのがカビの生えたパンのみだとしても、
他人に錆びた刃を向け、自身と同じようなちっぽけな命を獲物に平然と略奪ができた。
臆病で無能な弱者は強者の獲物となる。これこそがサーンドル河の「かくあるべき」法則である。
ならば狩りの際は、たとえより強い者に返り討ちにされたとしても、獲物としての結末を潔く受け入れるべきだろう。
灰燼から生まれた者は、いつか灰燼に帰る——母親が生前、彼女に教えたそんな理のように。

思い返せば、今までの人生は何の意味もなく、何も成し遂げられなかったうえ、希望もなかった。
しかし、これが世界の「自然な」姿であるのならば、安心して受け入れることもある意味では幸せだろう。
しかし、期待していた死は彼女の元に訪れなかった。恐怖と不安の中で目を開けて見上げると——
変わった服を着た少女が優しく微笑み、どこから出したのか、一輪の花を彼女の耳元に飾った。

「これはルミドゥースベルってお花よ。花言葉は…えーっと…希望。あなたの髪の色にぴったりでしょ?」
「こんなに綺麗な目をしてるのに、絶望しか映さないなんて、もったいないと思わない?」
「ねえ、サファイアの瞳を持つお嬢さん。このお花と引き換えに、あなたの心をくれないかしら。」

これは、後に最強の決闘代理人と謳われるマルフィサが、初めて地上の世界に足を踏み入れた時の話である。
彼女は、グロリア劇場の豪華なボックス席で見た、舞台に立つ魔術師と助手の笑顔をあまり覚えていない。
覚えているのは、眩しいスポットライトの下で空想と共に咲き誇った花たちが、明るく純粋で、力強かったということだけだ。
もしあの魔術師のように、いかにも「自然な」ことのように日差しの下を歩けるのなら、もう灰燼の中に身を隠す必要はない。
ならば、希望を胸に抱くべきだ——光に触れたこの命を、ルミドゥースのように咲かそう。

こうして、灰燼の中から生まれた少女はついに願いを叶え、自分だけの舞台へと上がった。
師を持たなかった彼女は、驚異的な才能だけを頼りに、その目に映るあらゆる槍術を真似た。
そこに慈悲などなく——ただ花のような赤が、彼女の鋭い槍先から滴った。
舞台の上の冷酷で高潔な姿は、まるで「死」をダンスに誘っているかのようで、
マスター·コペリウスの名作に登場する——死の隙間を見るとされる、サファイアの魔女を彷彿とさせた。

生と死、勝利と敗北、この世のすべてはかくあるべきである。目に見える理に従えば、
善悪や地上の規則とは関係なく、自ずと「勝利」への道が開かれるのだ。
しかし、ついに無敗の物語が終わる時が来た。剣客の狡猾な両目に惑わされ、
故意に遅らせた動きに騙されて致命的な隙を見せてしまったのである。腕を剣先に貫かれた彼女は、自分の槍術の未熟さを痛感せざるを得なかった。

「お前の槍術は面白いが、少し堅い。まるで決められた軌道に沿って進んでいるかのようだ。」
「だが、人の心は変わるものだ——この世に消えない灯火はない。お前の弱点は規則に囚われすぎていることだ。」
「とはいえ、お前の槍術はお前の信じる『規則』に依存している。それを捨てるのは難しいだろう。」
「ならば考え方を変えて、変わらないものをお前の『規則』にしたらどうだ?」
「例えば『正義』を。黄金の狩人が言った通り、世界が崩れ落ちても、正義はこの世に在り続ける。」

「地上の人間に正義なんて語る資格があるの?ちょっと強いからって、偉そうに説教しないで。」
「狩人さん、いつか必ず、あんたは他のやつらと同じように私に敗れ、私の槍の下に倒れるよ。」

そう答えたものの、男の言う通りかもしれなかった——犯罪をした者は処罰されるべきで、嘘は暴かれるべきなのだ。
世界はそう回るべきであり、正義とはかくあるべきだ。そうでなければ、彼は彼女を倒せなかっただろう。
ならば、正義を胸に抱かねばならない——審判を免れようとする者たちに、冷たき哀悼歌を捧げるのだ。
こうして、灰燼から生まれた少女は今までの規則を捨て、紫の服をまとった代行者となり、
「かくあるべき」正義を貫いた。ポワソンを燃やす焔が、罪人のパルジファルを彼女の前に連れてくるその時まで——

……
思い返せば、今までの人生は何の意味もなく、何も成し遂げられなかったうえ、希望もなかった。
しかし、これが世界の「自然な」姿であるのならば、安心して受け入れることもある意味では幸せだろう。
それでも、澄み切った源水の中に落ちた時、「自然なこと」のすべては無意味になった。
記憶が水に溶けてもなお、彼女は知らないままでいた。ルミドゥースベルの本当の花言葉が、希望ではないことを。
母が生前教えてくれた理のように、灰燼から生まれた者は、いつか灰燼に帰るのだ。
そして長い長い追跡の果てに、運命さえも彼女に花のような、かくあるべき哀悼歌を捧げることはなかった。

香りのシンフォニスト

不滅の軍団が高海の諸国を征服しようとしたあの長い年月の中で、記憶に残すべきは終わりなき戦乱だけではない。
黄金の権威が荒れ狂う波のように広がっていたころ——神王が渇望する音律がまだ完成していなかったある晩、
慈悲深き大調律師ユーレゲティアは、「昔日の人」の進言に耳を傾け、彼らの願いに深く思いを巡らせた。

故郷を想う人々…たとえ黄金の都の尽きることなき繁栄に驚嘆し、神王の無上の恩恵にひれ伏そうとも、
杯を掲げて栄光の歌を歌う時、彼らは皿の上の兵糧を眺めながら、かつての美食を懐かしんでいる。
盤石の魔像は飢えや渇きを知らない。しかし、昔日の人の弱き肉体は劣悪な食事によって衰弱する。
最も勇敢な猛将でさえ、輝かしい勝利を掴み続けるためには、兵士を支える数々の雑務から逃れられないのだ。

神王のお導きは至上の理であり、疑うことも逆らうことも許されない。しかし、儚い人の脆さにもまた、一理ある。
繁栄の楽章が、高海のあらゆる生き物を包み込むべきだというならば、彼らのささやかな願いを叶えることも、誤ちではないはずだ。
蛮族の出身である金髪の同僚はいつもユーレゲティアが本分を忘れていると陰で文句を言ったが、表立って彼女を止めることはなかった。
大調律師の意志は本来、地の骨をも揺るがすほどの響きとなり得るものだ。味覚を創造することなど、容易いことだろう——

故郷を失った者の小さな願いのため、帝国の永遠なる栄光と勝利のため、ユーレゲティアは調律を始めた。
聴覚と味覚は響き合う。戦鼓の低音と刀剣が衝突する軽やかな高音は、いずれも音符として使えるものだ。
特別な旋律と簡単な食事の組み合わせで、奴隷たちは思い出の美食の味を思い出し、士気を高めた。
たとえ幻影の慰めにすぎないとしても、元より幻影と塵は、万象の始まりと終わりなのだ。

金の宮殿に生まれ、石の牛と獅子の斑岩の殿堂でその位を極めてきたユーレゲティア——
己の欲を切り離される以前は、彼女もまた優しいメロディーと、蜜のごとく甘美なスイーツに心酔したものだ。
この道を歩み続ければ、いつか位を極めた者も美食を味わうことができるかもしれない。
どのような衝突や意見の相違があろうとも、少なくともこの方法で人々は共感の糸口を見つけることができるのだから…

しかし、その黄金の帝国はついに永遠のフィナーレを飾ることはなかった。
長きに渡る曖昧な変質が、一夜にして白石の城塞を落としたのである。
善悪は等しく海の底に沈んでしまった。しかし、あの最も素朴な願い——
あらゆる栄誉とは関係なく、心ゆくまで美食を楽しみたいという人々の願いは、
調和と栄光の楽章を越えて、今日のフォンテーヌに受け継がれている…

砕け散る光輪

それは、現代を生きる最も博識な詩人でさえ、言葉にできない遠い昔。
寿命の長い古の種族の中でさえ、その多くはまだ目に混沌を宿したままの獰猛な獣であった。
かつて世界を支配した主は、すでに指先で白く果てしない浮遊大地を捻り、弄んでいた──
世を超えた先を追い求めんとする王者が空月を昇らせ、天地万象の巡りと運行の権能を代わりに司る。
甦った後の彼女にとって、あの時の些細な記憶は、既に拭い去られた過去のように思えてならなかった。
はっきりとは分からない。ただの朧げな意識の中に瞬く想いだった。

かつて彼女は全ての炎を司る主に付き添って、月に住まう意志たちが待つ、三つの月面の玉座を訪れていた。
その時、王位はすでに空席であり、天穹には暗雲が垂れ込めていた。龍の領主たちはそれぞれ、自分の思うように動き出した。
全ての炎を司る主はかつて彼女たちから、星間の霧へと足を踏み入れた王の手がかりを得ることを望んでいた。
だが、彼に返されたのは、三つの宮殿にこだまする、三重の沈黙だけであった。
それ以降、たとえ万里の雪原が焼けただれ、焔の山が極寒に閉ざされようとも、
彼女たちが再び口を開くことはなかった…あるいは、開けなかったのかもしれない。
そう…あれは「三」がまだ「三」であった時代のこと。

天空の略奪者は原初の創造主に代わり、彼女たちが世界を動かすための誓いを手に入れた。
だが残念なことに、漆黒の世界に侵食された王が帰還した時、このことは彼の内に怒りの奔流を呼び起こした。
だからこそ、全ての炎を司る主はかつての主の召喚に応じ、仮初めの死の眠りから目を覚ました。
そして、領主たちと摂政に星空の探求と、月を創り出すという偉大なる奇跡の模倣をやめさせた。
しかし、玉冠の女神たちは、本当にそれほど簡単に龍の裔の国を裏切ったのだろうか?
残念ながら、答えを示せたはずの者は、誰一人あの戦争を生き延びることができなかった。

「かすかに覚えていることは、これだけです。」
自分の体を改造し、この武器を作ってくれた少女に向かって、彼女はそう語った。
だが、その少女は思っていたよりもずっと賢く、その賢さゆえに、詮索するような表情をすぐに隠した。
その先のことは、彼女だけの秘密となった。天の囲いが砕けたあの日、玉盤が空から墜ちた。
龍たちはかつて自分たちを裏切った月の死を前にして、残酷な歓声を上げた。だが、彼女はあることを思い出した——
宇宙の行宮にいた沈黙の影たちは、目の前に落ちた月骸の欠片を一片ひそやかに隠していた。
それは今この瞬間に至るまで、旋刃機構の中央にある空洞…
誰も知ることのない場所で、安全に保管されている。

血染めの荒れ地

北の民話によると、かつて大地に温もりをもたらしたソマル王は、ヴィンテル王が最も愛した弟であった。
しかし、思いがけぬ口論の最中、兄は誤ってソマル王を殺してしまう。そして、世界は厳しい冬の統治に陥った。
恐らく、このように理由づけでもしなければ、慈悲深い王がなぜ常に吹雪と共に在るか、人々は理解できなかったのだろう。
そして、長く生きてきたフェイたちだけが、溶けることのない凍土がツァーリより遥か昔から存在していることを知っている。
しかし、蒼星の玉座よりフェイを統率せし白き皇帝は、極北の故郷から戻った後、なぜか一言も発さなくなった。
彼は白樺の林の奥で長い間考え続け、最終的にかつて拒絶してきた人類たちにその扉を開いた。
スネージナヤ・グラードの高炉と共に、凍土の果てに迷宮のように複雑な宮殿が建てられた。
最も知恵ある人類とフェイたちがここに集められ、偉大なる狂想が芽生えた。
その後、ツァーリの最も忠勇な従者たちは、長きにわたってこの罪深き宮殿を守ってきた。
これらの従者は、主君に付き従い続けたフェイたち…そして、陛下への揺るがぬ忠誠を示した凡人の家系の者たちであった。
二人の兄弟はその一族の末代であり、長男は夜鳴鶯の紋章を継いで聖なる御座の側に仕えた。
だが、兄を慕っていた次男は家名を捨て、辺境で栄誉とは無縁の一生を過ごさざるを得なかった。
しかし、私欲が災いを生み、罪深き理想は泡沫となって、二人の運命を変えた。
忠実な護衛は、智者たちの秘密を覗き見たが故に、霊性を持たぬ 「獣」に呑み込まれた。
辺境を守っていた弟は、騒乱を鎮めるために駆け付けた。そして深い雪に覆われた荒野で、
一本の槍を見つけた。かつて銀白の羽飾り*つけられていたその槍は今、貴族の血で黒く染まっている。
長い年月が経ち、家名を継いだ将軍は故郷を捨て、復讐のために荒れ果てた辺境へとやって来た。
彼は槍を撫でるたび、古い宮殿の門の前に立ったあの日に…
あの悲しみに満ちた長い長い雪夜に戻った。処刑台で旧友に言われた言葉が耳元で響く。
月下の世界は悲劇の運命に縛られ、帰路を見失った人々は故郷を彷徨う。
永夜が訪れると共に注がれる月光を浴びながら、ライトブリンガーは消えない灯りを手に、見張りを始めた。

☆4

西風長槍

西風騎士団の儀仗用長槍は閲兵儀式で使われる礼器であり、魔物と対抗する武器でもある。
風中を立つ喬木を探すことで、モンドの工学者が元素の活用方法で成果を挙げた。
この硬い槍は西風騎士の栄光だけでなく、モンドを護る人々の勤労と技術の結晶でもある。
肝に銘じてほしい。槍のように自律し、風の自由を守護することを。

古来より槍を武器にするものは距離の優勢で武芸の不足を補った。
木の棒を尖らした平民でも、剣を持った兵士に対抗できるかもしれない。
貴族の統治を覆した祝いとして、郊外には木の杖と旗ざお、ヘーホークがたくさん刺された。

剣術は貴族の風格と知恵を鍛錬することができるため、昔は必修科目の一つだった。
昔の時代では、槍は異教徒の武器だった。
しかしたった一人槍を使った貴族がいた。
伝えによると、エバハートは夜の軽風を借りて露をつついた。

私生児であったエバハートは幼い頃から貴族の栄光を復興することを目指した。
しかし、腐った根を揺るがすには強い力が必要だった。それならーー
嫡子である兄を唆し盗賊の夢を追いかけさせても、
自分が跡継ぎになっても、
裏で槍使いの魔女の弟子になり、その技を身につけた後、
魔女を殺しても…

「後世に唾棄されても、目的を果たすためにどんな手を使っても構わない」

匣中滅龍

璃月に伝わる噂の長槍。
天に昇る龍の彫刻が槍の柄から穂先まで施されている。
噂によれば、槍の先を包むための龍型の鞘があったそうだ。つまり、龍の鞘から
抜かれた槍で龍を倒したことになる。
だが、今はもう鞘はない。槍が矛先を隠す必要ももうない。
どんな強敵であろうと、流星の如き一撃で貫くことができるだろう。

伝説によれば、クオンはこの長槍を作った時、龍の背骨を槍身に、龍の爪を槍先にしたらしい。
故に槍身が強靭で槍先が非常に鋭く、槍の光沢に龍の凶暴さを感じられる。

昔、竜殺しの勇者がいた。この槍を手にし、海の魔物と戦った。
その後、龍殺しの英雄は行方不明になったが、海からは龍の声が響き続けた。

英雄は伝説上の存在となり、龍殺しの長槍も伝説と共に衰えていった。
いつか過去の束縛から解放された時、海に戻る龍の勢いを再び得るだろう。

旧貴族猟槍

かつてモンドを支配していた古い貴族が収蔵していた槍は、素材から製造まで非常に拘りがあった。
そのため、幾世代がたった今でも、新品のように見える。
しかし、貴族の時代では、それは日の光に当たる事なく、月光を浴びていた。

高貴な身分の者は長剣で戦うべきであると、貴族は考えていた。
刀身がぶつかり合う音は、崇高な魂の叫びである。
槍や弓は、身分の低い兵士や平民の武器だ。

熊手と木の槍を握った平民は、剣を持った貴族にも負けない。
古いモンドの統治者には受け入れ難いが、これは事実なのだ。

言い伝えによると、かつて貴族の血筋を持つ青年は、
探し当てた職人に、一族の美しい家紋が彫られた鋭い武器を作らせた。
それは、青年と同じように血を流させなければ、
決して家族から認められる事のない武器であった。

何かを変えたいのなら、力を持たなければならない。
それは、貴族に相応しくない武器にとっても、
月明かりの下でしか槍を振るえない影にとっても同じだ。

黒岩の突槍

希少な黒岩で作られた槍。雲と風を切り裂けそうな槍先は稲妻を彷彿とさせる。
槍先と槍身は黒い結晶で作られ、紅玉が飾ってある。
月明りの下、槍身はまるで血が流れているように見える。

璃月の武器職人である寒武には一人の息子がいる。その子は寒策と名付けられた。
頭が良く、優れた技術をもっているため、後継ぎになってほしいと願っていた。
だが、寒策は鍛造に興味がなかった。侠客の書籍を読んだり、槍の練習をしたりして、槍客になる夢を抱いた。
求めすぎると求めているものが失われる。
鍛造に興味がない寒策を追い詰めた結果、ある日、何も告げず寒策は家を出た。

寒武は晩年の時に坑道の崩落事故に遭い、性格が激変した。寒策はそれを聞いて、急いで帰省する。
元々おしゃべりであった寒武は無口になっていた。後継ぎになってくれなかった息子を責めなくもなった。
その頃から親子の関係は回復し始める。寒策は親への申し訳なさで、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
数年後、名匠は天に召された。父の遺言通り、寒策は書斎で伝説の「試作」シリーズの設計図を見つけた。
設計図を保存する箱には、一通の手紙が入っていた。
「我が息子よ、この広い世界を存分に楽しむが良い」

設計図には父の思いがこもっている。寒策は悲しみに包まれ、一晩中一人で座っていた。
朝、寒策がドアを開いた瞬間、鉄隕石が家の前に落ちた。
寒策は泣きながら笑った。これは天の意思だ!と。
鉄隕石に父から継いだ黒岩を使用し、設計図を参考にしながら槍を鍛造した。槍先が非常に鋭く、堅くて冷たい光が輝く。
それを持って世界を旅することはなく、鍛造──父の跡を継ぐことを選んだ。再燃の炎は二度と消えることなく今に至った。

星鎌・試作

璃月の武器工場が作った古い長槍。製造番号や製造時期は不明。
黒い鋼鉄と黄金で作られた槍身に稲妻の絵があり、上品かつ豪華に見える。

魔獣の災いが終息した後、兵士たちは帰還し召集は解除された。平和な時代が訪れたが、世間では武術が流行り始める。
武器の供給は不足し、需要がますます高まった。さらなる高みを目指して、鍛造の名門である雲氏の当主と武器の職人である寒武は閉じこもり研究を始めた。
再び人の前に現れた時、二人とも髪の毛と髭が30センチ以上伸びていたらしい。今までの璃月の武器の概念を覆す「試作」シリーズの設計図も完成した。

最初に設計図に沿って作られた黒金色の長槍。槍先は通常の長槍より7センチほど長く、そして非常に鋭い。
月明かりを浴びた槍先は、夜明けに冷たく光る。

雲輝はこの武器を見て、父の若い頃の英姿を思い出した。父の英姿にあやかるように、名前の一文字をもらい命名した。
璃月の槍や戟などの長柄武器の原点は、この「星鎌」である。

流月の針

世の全てが璃月にあり。これは偉大な璃月港への讃美である。
他の国の珍宝も人と共に璃月港に来る。
槍先はとても細長く、極長の針のよう。石突に弦月型の護身用刃が付いている。
設計者の考えは理解できない。それでもコツを掴めば、普通の槍よりも破壊力がある。

異国の武人は璃月人と違い、奇妙な新戦法で勝利を掴むことが得意。
この槍の使い方は、鎧の隙間を狙って刺すこと。音楽と恋のように。

噂によれば、この長槍を作った少女は、命を絶つ生死の隙間が見えるらしい。
生死の隙間は魔法のように、彼女の細長い槍先を吸い込む。
「万物は死を望むでしょう」と
生死の隙間を持たない少女はそう思っていた。

音楽によって彼女は愛を見つけた。愛によって彼女に生死の隙間が現れた。
最後、針に心臓を貫かれたような痛みがその人生の幕を下ろした時、彼女はようやく分かった。
「生死の隙間が現れるのは死を恐れるから。死を恐れるのは恋しい人や大切なものがあるから」

「ああ、もう一度会いたいな。あの捕まらない、殺せない賊に」
「もう一度彼の唄を聴きたい。もし私が生き残れたら、絶対彼に……」

死闘の槍

百戦錬磨の深紅の長槍。ある剣闘士の勇気の証である。
冷たい槍はいつも相手の血に染まり、雷鳴のような喝采を浴びていた。
剣闘士は血に染まる宿命。届きそうで届かない自由のために戦う。
深紅の鋼鉄が体を貫き、戦いに終わりを告げた。

奴隷の剣闘士は最後の一戦を終え、大地を揺らすほどの拍手を浴びた。その時、彼の主はこう言った。
「これで約束の勝利数に達した。よくやった。名誉に相応しい立派な剣闘士だ」
「この長槍は私からの送別の品だ。しかし、本当に戦いを止めるのか?」
「自由の身となっても、自分の、そして私の栄誉のために戦い続けないか?」
数年が経ち、無数の戦士や獣がその槍に貫かれた。
常勝の名は決闘の槍と共にあり、戦士の心は彼の主と共にある。

剣闘士の最期の一戦が終わった。大地を揺らすほどの拍手の中、
長槍は地に落ちた。赤い髪の少女が灼熱の剣で老戦士の心臓を貫いた。
戦士は崩れ落ち、敬愛する主、自分を愛してくれた高貴な主に顔を向けた・・・・・・。
「エバハート、エバハート様・・・・・・最後の闘い、ご満足いただけたでしょうか」
既に主の席には誰もおらず、去り際にこぼした盃と銀皿だけが残っていた。

「最初は自分のために戦った。自由のために闘志と血を沸かした」
「でもいつからか、あの方の名誉のために戦うようになった」
「他人のためになら、愚かな獣のように無心で戦える」
「自分のためではなく、一族のために戦っているお前なら、当然理解できるだろう」

ドラゴンスピア

彼はとてつもなく長い夢を見た…

夢の中で彼は仲間とはぐれ、遠い道を行き、
歌声が響く、緑の草原にたどり着いた。
心優しい人々と共に歌を歌い、
宝石のように美しい巨龍が空を舞っていた。

目を開けると、吹雪が吹き荒れる山脈にいた。
緑の大地は火と血によって赤く染められ、
詩人の琴の音もその中にかき消された。
そして宝石のように美しかった巨龍は、
恋人のようにその牙を彼の首にあてた。

「さらばだ、これで俺の旅は終わった」
「白銀の雪の中に眠るのも悪くない」
「さらばだ、美しい詩人、美しい龍」
「もし違う場所、違う時間で」
「出会い、歌い、踊っていたら、どれだけよかったか」
死に向かう彼はそう思った。

「俺の血に宿いし祝福よ」
「この美しく漆黒の宇宙は」
「お前たちが引き継いでくれ」

千岩長槍

古代の千岩軍兵士が愛用していた武器。
孤雲閣の岩の欠片でできている。龍の鱗をも貫けるらしい……。
あまりの重さに、現在の千岩軍は使用していない。

古代の千岩軍は岩王帝君を敬い、箴言に従って行動していた。
「千岩牢固、揺るぎない。盾と武器使ひて、妖魔を駆逐す。」
千岩軍の使命は、妖魔を討ち滅ぼし、街道や郊外を守ることであった。
平和な現代において、彼らの使命は秩序を維持することである。

昔、地震が頻発する時期があった。
地面を掘り出し、負傷者を救い出すため、屈強な千岩軍の兵士に、
古代戦争で用いられた極めて重い千岩長槍を配ったという。
「千岩長槍の鋭さは、岩をも簡単に貫ける」
「千人が一つになれば、我々の前に阻むものはなし」

遥か昔、激動の時代、
千岩軍の誰もが、この重い武器を自在に操れた。
だから、彼らは岩王帝君の土地を守り、自分の故郷を守ることができた。
千人が一つとなり、千岩長槍の鋭さで全ての妖魔を駆逐する。我々の前に阻むものはなし。

喜多院十文字槍

喜多院文宗が自身の槍術に合わせて設計した変わった形の槍。
素人が扱えば、特殊な重心が扱いづらく感じてしまう。
だが正しい使い手なら、破格の破壊力を発揮できる。

喜多院は遥か昔、「祟り神」を殺す家系だった。
長い間、「ヤシオリ守」を務めてきた。

昔々、稲妻の地に伝わる童謡にこういうものがあった。
「大手門荒瀧、胤の岩蔵、長蛇喜多院、霧切高嶺」
大地を照らした眩い武人たちを讃える歌だ。
昔はもっと沢山の名前があったが、それらは歴史に埋もれていった。
長年妖魔を殺す者は、穢れた血を飲むこともある。

『漁獲』

昔、稲妻に名を轟かせた大泥棒が愛用していた槍。
本来は狩猟用の銛だが、戦闘時にも活躍する。
剣を持つ魔偶でさえも、貫通されたことがある。

「ははっ、かつて俺はこの『セイライ丸』の主だった。」
「十隻以上の船を指揮し、セイラの不死鬼として名を轟かせた。」
「今の俺は海に浮かぶ一枚の葉っぱのようだ。」
「もし蛇目を島の棄民たちがいなかったら、」
「再び船で故郷に足を踏み入れることすらできない。」
「しかし今、俺のセイライはもう既にこのザマだ。」
「稲妻列島にも、もう俺の居場所はない」
「心配症だった神社の年寄の巫女も、いなくなっている…」

かつて赤穂百目鬼と呼ばれた盗賊がこう嘆いた。そして彼はこういった…
「蛇目!俺は今世界で最も自由な男だ!」
「巫女のばあちゃん!お前は世界を見てみたいって言ってたじゃないか?」
「いつも話してた惟神と昆布丸が行った場所とか、」
「この俺、赤穂百目鬼左衛門が連れてってやる!」
「世界の果てがどんなものか、一緒に見に行こうぜ!」

「全ての路線の終点で、必ず再会する!」
「時が来れば、俺が遠国の話をする番だ。」

斬波のひれ長

海祇の名将である「海御前」の薙刀。その刃には海淵の青白い光が輝いている
かつて、この者が鳴神の水軍を畏怖させたことは、長い島唄の中で語り継がれている。

双子の海祇巫女が口ずさんだ鯨の歌は、波に乗って、島民の夢と共に流れていった。
海祇の勇士たちは皆、双子の巫女に希望と闘志を託した。
先陣が、波の花のように白い長巻を高く掲げ、他の島へと進軍せよと叫んだ。
しかし、大御神とその配下である大将の輝きが、まばゆい迅雷に届くことはない…
やがて、曚雲は漆黒の鴉羽に呑み込まれた。彼女たちと合唱していた巨鯨も、海の底へと沈んでいく。
幼い童のように追い縋った先陣の藩主も、大地の裂け目へと消えていった。

「海御前」は波にさらわれ、各島の共通する伝説となった。
その伝説とは、戦友の骸を取り戻すため、単身で天狗の軍陣へと乗り込み、奮 戦の末に命を落としたというもの。
または身を隠した彼女が、旗艦に乗って世界の端にある闇の海へと出航した、という説もある。
彼女が、かつて世に波風を立てたことを証明するものは、この鋭い薙刀しかない。
荒れ狂う波が海にある限り、その歌の記憶は語り継がれていくだろう。
言い伝えによれば、ホラガイと深海に沈んだ巨鯨の腹からは、今も歌の余韻が聞こえてくるそうだ。

ムーンピアサー

「この物語は、月明かりに魅せられたすべての子供達に関わるもの…」

時折、孤独に輝く月を眺めているとき、子供たちはまるで最後の森林王が息を引き取る間際のように悲しんでいる。
こんな伝説もあるーー森林王の足跡は中に留まった満月を映す水を飲むと、王の近侍になれるそうだ。

月に関する物語はこうだ。これはとても古い夢から来た物語で、その夢はサウマラタ蓮の中に隠されている。
アランムフクンダがザクロから生まれるよりも遠い昔…高貴で美しい偉大な種族があなた方の先祖と共に歩んだ時代に、
三人の姉妹がいた。夜になると彼女たちは真珠色の宮殿を抜け出して、砂漠を歩いた。足元にはサウマラタ蓮が咲いていた。

……
やがて、明るい月のうち二つが塵となって、消えてしまった。最後に残った姉妹の一人は悲しみのあまり、彼女の御殿から出てこなくなった。
長い時を経て、月の塵屑がやっと地面に落ちてきた。その時、草木の神は砂漠の地に森をもたらした。
そして…月の屑が落ちてきたところにはサウマラタ蓮が花開き、この月屑を吸い込んだ子供たちの心にはいつも、真珠のように明るい月が宿るようになった。
そんなわけがあって、月に惑わされる子供というのは絶えないのだ。夜になるとサウマラタ蓮が咲くことも、月明かりがこういった子供たちを愛するのもこのためだ。
お互いを映し合う三姉妹は、いつどんな時も離れたくないと願っているのだ。

この物語を語った後、あのサウマラタ蓮は散ってしまった。そして彼女は、長い間待っていたーー砂漠が森になり、偉大な種族が衰えてしまうまで。
それは私たちが地上に出るとともに、この物語を私たちに語ってくれた、彼女と話ができるあのアランナラが彼女の前に現れるのに、十分な時間だった。
かのアランナラはその後、沢山の記憶を失い続けた。ヴァナラーナが滅ぼされ、私たちが夢の中に入るまで…
けれど、それでも構わない。月の物語は、私たちとあなたがたの心の中で、真珠のように輝く月へと育っていくのだから。

月に魅せられた子供が月を眺めると涙が出てしまうのは、月が細かい砂になって目に入ってくるからだ。
数多くの物語の中で流す涙は、決して無駄にはならない。

風信の矛

故郷を離れた旅人が遠方より帰る時の道しるべ。どこにいても、銀の鷹は風の行く先を見る。
青色の羽は彼女の軽やかな歌声でひらりと落ち、帰郷する人を柔らかな風の吹く彼方へと導く。

「君の出身を気にしない、その犯した罪も気にしない。ただ…」
認められない「坊ちゃま」はそう言って、そっと少女の顔にある血を拭き取った。
「変革の風が大地へと吹き届いた時、君は私のそばにいてほしい。」
「鷹は私が殺した。この件は、君と私だけの秘密にしよう…」

将来、凶器の槍によって血縁者が掲げられ、滴る赤い血が雪の中で黒に変わるのを見るように、
彼女の心も、その心にいる本当の「坊ちゃま」によって、形なき弓矢によって射抜かれた。
その時から、彼女は一つの目を下女として自分が処理すべき事柄に向けて、
もう一つの目を彼が描く未来に必要な「任務」に向けた。
彼のそば——いや、その後ろにいる大勢の一人でも構わないと夢を見て。
もし本当の「坊ちゃま」と一緒に、自分の理解できない風を浴びることができたら…
そのためには、抜かなければならない「釘」と「ほぞ」が数多とある。盤石の存在を傾けなければならない…

「プリシラ、悲しんではいけない。この世の万物には、代償が付きものだ。」
「覚えておいてくれ。たとえ不幸にも事が発覚しようと、望風海角で狼煙を起こすことを。」
「変革の風が大地の果てまで吹いた時、君と私は狂嵐の先駆者となるだろう。」

「はい、エバハート坊ちゃま。」
そう、血筋も職責も忘れ、別れと憧憬を忘れよう。
釘はもう多くない。その時は近づいていて、昔日の栄光の風は間もなく帰ってくる。

しかし…
家族の猟犬が事件の経緯を朧気に察するまで、その帆は岬に姿を現すことはなかった。

最後、彼女は軽く笑った。かつての彼女は自分の運命に満足せず、無数の人の運命に対しても良いと思ったことはなかった。
だがこの時、この瞬間、彼女が首をもたげ、あの蒼白の月光を見た時、あの月光のような剣影を見上げた時——
雑多な貴族の嘲笑の中で、なぜか彼女には戸惑いも怨恨もまったく湧かなかった。

釘はもう多くない。その時は近づいていて、昔日の栄光の風は間もなく帰ってくる。
坊ちゃまもまた風見鷹のように、狂風が吹くほうへと導くだろう。
私のことを嘆かないで。もうすぐ、私は千風の中の一筋となる…

フィヨルドの歌

伝説によると、冬はヒュペルボレイアから来たという。かの地のフィヨルドとオーロラは狼の牙のように曲がりくねっており鋭い。
氷の川と雪の砂が絶えず新しい裂け目を切り開き、また埋めるため、地形は目まぐるしく変わる。
しまいには、この凍土にまるで意思や願望でもあるかのように、自分と大陸のへその緒を切断した。
残されたのは氷海の奥深く、黄金と白石の国を発見した少年アヤックスの伝説だけだ。
ぶ厚い氷から放たれる寒気の中、英雄たる少年の物語は、ほのかな温もりと光をもたらしてくれる。
彼の物語はたくさんある。船に乗って巨鯨の腹の中に飛び込んだり、雪原の龍と七日間に渡って対峙したりもした。
スネグーラチカと恋に落ちたが、生霊を入れ替える悪戯で恋人を失った——悲しい物語だ。

最後に語るに値する物語は、次のようなものだ。
銛で海氷の下から魚を獲って暮らしていた少年は、見たこともない王国に落ちた。
太古の災禍で大地の奥底に沈んだ都は、地底にあるにもかかわらず、昼間のように明るい。
厳かで寡黙な王は白い石で作られた巨大な玉座に鎮座し、手にした杖には虫喰いもなく、
庭園にある銀色の木の根は母親か恋人のように、賢明なる祭司を懐に抱いている。
美しく不思議な生命と、ひねくれて凶暴な魔物が、千年の長き眠りから目を覚ます…

遥か彼方から声が聞こえる…

「……父さん!ねえ、父さん!魚がかかったよ!」

「…おっと、すまん。」

「それで?それからどうなったの?」

「確かに…最後に少年は、王国の奥深くに眠る龍と戦って勝った。」
「龍の財宝は尽きることのない黄金だった。だが少年は善良で聡明だったから、黄金こそが災いを引き起こす本当の原因だと見抜いて、自分にとって必要な、親友の病気を治せるわずかな分だけを持って帰った。」

「あれ?それでおしまい?」

「おしまいだ。」

「そっか…じゃあ、別のお話をして!」

「別の話か…また今度な。今日はここまでにしよう。魚がみんな怯えて逃げてしまう。」

正義の報酬

コソ泥はしょせんコソ泥だ――たとえ、どんなに巧妙な手品を使おうとも…
犯罪は公然と処罰されねばならず、嘘は皆の前で暴かれなければならない。
世界はそう回るべきであり、正義とはかくあるべきだ。
だが「かくあるべき」ことは、なかなか上手くはいかないもの。

若い頃、ある剣客と刃を交えた。狡猾な両目に惑わされ、故意に遅らせた動きに騙されると、
ついに致命的な隙を見せてしまった。そして、腕を剣先で刺され負傷したのだ。自分の槍術の未熟さを痛感せざるを得なかった。
その剣客を探し出し、もう一度全力で戦い、決着をつけようと思ったが…はからずも早々に引退したことを知った…
彼は奉公時に傷を負ったことで、マスクをつけて生活していた。以前は歩くたびに聞こえた挑発するかのような軽薄な声も、もう聞こえない。
数々の問題に向き合うのに嫌気の差したファントムハンターは、強い酒に溺れることになった。

これは間違いなく、これまでの人生に対する裏切りだ。しかし、槍使いは自分でその事情を明らかにしたかった。
そこで彼女は剣客の足跡と傷を追って、ひたすら運命の相手を探した…
大事な人が運命の決闘場で倒れ、心がボロボロであるにもかかわらず、
剣客が残したマスクを追うと、あらゆる変化が報われるかのようだった。

しかし、追跡の終着点は意外にも、伝説の決闘代理人が求めていた正義とは無関係なものであった…

「おお、今回はかの有名なマルフィサか…」
「安心するといい。君の槍術は有用だ。」

「マスター。これはもう二人目です。次はおそらく…」

「分かっている。」

プロスペクタードリル

地面や石材を簡単に掘削できる便利なツールで、
探鉱などの様々な作業に幅広く使われる。
石工や建設に従事する職人もその特性を利用して、
石材を切削し、おおまかな形を作っている。

かつて作業場や船渠で流行したチェーンソーと同じく、
相対的に効率の低い燃料を動力源としている。
制御可能なプネウムシア対消滅が発明されていなかった当時、
クロックワーク·マシナリーは運動学と動力の制約により、
まだ大半が物珍しいオブジェクト、嗜好品程度の扱いだったため、
様々な力作業を人力でこなす必要があった。

長い柄は燃料タンクなので、乱暴に扱うべきではない。
しかしかつて戦闘に使われていたという文書や記録もある。

こうした長柄のドリルの穿孔、切削能力に並ぶものはない。
熱したナイフをバターに刺すかのように深々と岩石に食い込めるため、
岩石ほど硬くない物であればなおさら易々と扱える。
様々な進歩に伴いフォンテーヌの歴史の舞台から去り、
他のツールと同様、許可なく所有することは禁止された。

砂中の賢者達の問答

キングデシェレトに使えた七人の賢者が姿を消した後は、その功績も風にさらわれ、医師に刻まれた名前だけが残された。
しかし、今や医師に刻まれた名前さえも時と共に蝕まれ、黄金のような砂になり果てた。
赤砂の副王、七賢者の長、卿相の中の卿相——羊の王。
太陽のもとへと飛んでいく鳥、王の魂――聖者ベンヌ。
ライオンの身体と人の顔を持つ者、王の意思――聖者シェセブアンク。
そして最後に、王の血肉を授かったが、自らを七賢者に属するとは考えていない龍――アブ・アペプ。

ワニの王とトキの王は常に言い争い、その日も彼らは物質の転換について論争していた。
ワニの王は不思議な術に通ずる者を探してきた。この地に留まる純水精霊の祝福を受けたために、その手に触れたあらゆる液体が、適切な調合によって美酒へと変わっていくのだと言う。
トキの王はもう一人の才ある者を呼びつけた。それは、古の魔神の墓に入り、誤ってその死骸に振れたために呪いを受けた者だった。
その手に触れたあらゆるものは純銀へと化していく——今では、物を黄金やモラに変えるのは、貴金の神にだけ許された神業であるにもかかわらず、である。
二つの不可思議な転換は果たしてどちらが勝つのか…二人は賭けをした。そして、彼らはヘルマヌビス——七賢者の最期の一人——に結果を予測するよう頼んだ。
ヘルマヌビスは砂漠の賢人であり、祭司たちの長でもあった。さらに彼は勇者であり、賢者でもあった。人には錬金術という学問があるが、彼もそれに精通していたため、判断を彼にゆだねるのは合理的だと考えた。

「二つの偉大な力は相反し、まるで鋭い矛と堅い盾のようだ。」ヘルマヌビスは続けた。「二者はそれぞれ一歩譲るであろう。それが均衡の理だ」
結局、杯は純銀となり、砂を含んだ砂は銀の粒こぼれる美酒となった。

しかし、ワニの王とトキの王はヘルマヌビスの忠告に耳を傾けることなく、論争を続けた。その後、彼らは奇妙な召喚魔法を発明した。
ワニの王とトキの王は千年を超えてなお、七星召喚の戦場であの時の勝負を続けている…
それがいわゆる、「召喚王」の物語である。

虹の行方

それは遠い昔、今では神話として語り継がれる時代のことだ。その頃、龍はまだ流泉の上空を自由に飛び回っていた。
使命を背負い、異郷から流れ着いた精霊は、水面のような月光の下で毅然とした青年と出会った。
彼の名はウヌク、メツトリ出身で、後に 「虹を踏む者」の英雄として知られるようになる青年だ。
流泉の水に決まった形が無いように、「虹の王」の伝説もまた、さまざまな起源がある。
しかし、どの物語であろうと必ず語られるのは、彼と水の精霊である少女との出会いについてだろう。

「私は原初の杯から生まれた涙、澄んだ泉と甘露、穏やかな風と霧の娘」
「弱きものを守るために旅立つ英雄、あなたが追い求める正義こそ、私が求める理想」
「どうか、私の歌であなたの槍に祝福を。そして、孤独な旅に同行させてください」
「ただ、あなたが王になったその日に、凶獣が棲む流泉を褒美として私に与えてほしいのです」

衆の水の主の慈悲深く高貴な理想のため、平等な愛を水の流れに沿って大地全体に広げなければならない。
そのためには、灼熱の水を澄んだ泉に変え、水脈から溢れ出る過剰な燃素を完全に除去する必要があった。
そして正義の名の下に、兵士たちを導き、龍に支配された秩序に抵抗せよ──

精霊の真意を知り、自分を利用しようとしているだけだと理解していても、
共通の敵がいる以上、裏切られる前に自身を騙す少女と肩を並べて戦うべきだろう。

それで十分だと彼は思った。たとえすべてが彼女の誘惑だとしても、すべてがやがて雨や煙の中に消え去るのだとしても、
少なくとも自分が固く信じる正義、弱き者たちを「団結」させる正義は、この道の果てで色褪せることはないのだから。

数十もの冬が過ぎても、余生を尽くしても、最後まで約束を果たせなかった「王」は、
最初から揺るぎない信念を持っていたことを、輝かしい旅の最後に後悔したのだった。

流泉の水に決まった形が無いように、人間と精霊の心も夜風に揺れて形を変える。
龍王の業火が青年の体を焼き尽くそうとした時、彼女は自分の目的がすでに変わっていたことに気づいた。
ここで正義を盲信する者たちをここへ連れてきて、そして見捨てればいい。まして彼に対して村を捨てろと忠告していたのなら、なおさらそうするべきだろう。
王となる別の人物を見つければいい、ただそれだけで良かったのだ。それに、彼の理想は彼女とは関係がない。

それなら、彼の愚かさのために、龍の業火に立ち向かう必要はどこにあるのだろうか?
ひょっとするとこれこそが、衆の水の主が求める「意思疎通と理解」なのかもしれない、と少女は思った。
太陽のような炎を覆い、立ち上る水蒸気の中に虹色だけを残して、彼女は最後に彼へ微笑みかけた。

……

メツトリに古くから伝わる巻物は、それとはまったく異なる物語が描かれている──
穏やかな月光の下、英傑ウヌクは水の精の少女と出会い、恋に落ちたが、
一時の疑心暗鬼から、彼はシネイラ(またはイアイネイラ)という名の恋人と離れ離れになってしまった。
「人の心は潮の満ち引きのように気まぐれだと言う。潮を制するのはたやすいが、人の心を制するのは難しい」
自責の念を抱きながら、英傑ウヌクは愛する人を探すため、焼け野原を彷徨い歩いた。
何十年かけて探し歩いた末、とうとう水の精霊の少女の固く閉ざした心に、憐みの感情が生まれた。
彼女は空から柔らかな雲を摘み取ると、それを虹に変え、英傑を海の向こう側へと導く。
聖火の祝福を受け、英傑ウヌクはついに恋人と再会し、以降二人が離れることはなかった。
部族の長老たちは、現在の貝殻が、当時海に落ちた虹のかけらそのものだと信じており、
貝殻が常に一対になっているのも、まさに再会の願いを象徴しているからだという。

鎮山の釘

あの頃、暗黒の潮流はまだ湧き上がっていなかった。ナナツカヤンの山々の間では鍛冶師の槌音が歌声のように天を震わせ、炉には炎が燃え続けていた。
この数ヶ月間鉱夫たちは、とある重要な物を作るため、日夜働き続けていた。決して手抜かりがあってはならない物なのだ。
年寄りたちに「鎮山の釘」と呼ばれるそれは、鉱山の安全と部族の存続に関わる物だと言われている。
大地が震え、山々を揺るがす時、それを洞窟の奥深くに投げて山の霊に捧げれば、安寧を得られるのだそうだ。

すでに千年以上伝わってきた儀式だが、若きスンジャタはそれを鼻で笑った。
彼は岩層の様子や鉱脈の経絡を把握していて、頻繁に起こる山崩れには必ず理由があると考えていたのだ。
過度な採掘で山に負荷がかかり過ぎたか、またはテペトル竜が泉の下でちょっとした悪さをしている可能性もある。
いずれにしても、彼は部族の禁忌の地に足を踏み入れ、その中に封印された秘密を探ろうと決心した。

岩々の脈を辿って、漆黒の洞窟の中を進んでいく。彼を阻むものは何もない。
辿り着いた洞窟の最深部には、山のような高さの釘がずらりと立ち並び、さらに奥へと続く洞窟の入り口を塞いで いた。
ここは数千年も誰も足を踏み入れていない禁域のはず。しかし洞窟の入り口には最近掘られた痕跡があった。
洞窟は地下で蛇のように曲がりくねり、どこに繋がっているのかは誰も知らない。

地下水脈の流れに逆らって上流へと戻ったところで、ついにトンネルの出口の微かな光を見つけた。
久しぶりの眩しい光に目が慣れてきた頃、灰に覆われた遺跡が目の前に姿を現した。
そこはかつて灰燼の都の僭主の城であり、遥か昔に鉱山に暮らした職人たちの隠れ家でもあった。
今も岩壁の中に棲む盲目の剣龍こそが、禁域の洞窟を蘇らせた存在のようだ。

「そう、これは暴虐の蛇王によって灰燼の都へ連れていかれた職人たちしか知らない洞窟。」
「羞恥の念に苛まれる僭主が龍の痕跡を消そうとした時、そして彼の愚行が天魔や悪鬼を招いた時──」
「祖先はこの洞窟から脱出し、人の気配がしない山へとやってきた。」

しかし、龍の洞窟へと繋がる道をふさいでも、血に飢えた獣の群れは匂いを追ってやって来る。
テケメカンの谷の上、新たな故郷を守るため、部族の勇士たちはこだまの戦歌を響かせた。
鋭い槍を携えて漆黒の地に踏み入って、さらに深い漆黒の名もなき者を相手取り、激しい戦いを繰り広げた。
手に持つ武器は次々に折れたが、山の民はそのたびに金石を鍛え、武器とした。
どれほど夜を越えただろう、悪夢のような咆哮と金石のぶつかる音がみな、止んで静まりかえった。

これが「鎮山の釘」である。かつて身を隠し、自由と故郷を取り戻すために戦った者たちへ──
夜明けを迎えることを望みながら、黎明を目にすることなく犠牲になった人々へ──今まで受け継がれた祝福である。

暗黒の潮流が空の果てから湧き上がった時でも、ナナツカヤンの山々では鍛冶師の槌音が歌声のように天を揺るがし、炉には炎が燃え続けていた。
炉で溶かされ水のようになった金石は、職人たちの寸分狂わぬ正確な仕事によって鋭利な槍の穂先となる。
鉱山の長、スンジャタは剣龍ムフルの背によじ登り、岩壁に並ぶ槍のうちの一本を抜き取った。
灰燼から再び燃え上がる新たな炎と無数の願いが込められた祝福を携え、新たな征戦が幕を開けた。

玉響停の御噺

言い伝えによると、燐火の如く漂う鬼火の中には、稲妻の古き霊体が混じっていることがあるらしい。
かつて秘密を盗み聞きをすることを好んでいた無形の妖怪は、炎のような身体で囲炉裏と火鉢の間を行き来していた。
薪が燃え盛るぱちぱちという音の中で、湯呑を手に語られる秘め事を盗み出す。
そして、夜行者の宴で興味深い話を一つひとつ面白おかしく話すのだ。なぜなら──
所謂「御伽衆」は、元々このようにお偉い様に酒の肴を提供するものだからだ。

「ああ、今宵はなんと楽しかったことか。また今宵の様な夜があってほしいものだ。」
上座に座り、妖狐に囲まれた狐の主「白辰」は残念そうに、感慨深くこぼした。
「いまこの時間が、玉響のように一瞬でも停まればよいのにのう」そう言いながら盃を掲げ、
舞台上にいる無名のしがない妖怪に「玉響停」という名を与えた。

ただ、切実な祈りが往々にして届かぬように、世の大半の事柄は思い通りに行かない。
そして白辰の主がふと見せた寂しさも、漆黒の波に飲まれ、現実のものとなる。
夜行の百妖が再び此のように飲み明かすことは永遠になく、灯の周りには慟哭と哀哭が空しく纏わりつくのみであった。
この地獄絵図のような戦場に、かつて戯言で笑いを取っていた自分の居場所など果たしてあるのだろうか?
それでも自分に名を授けてくれた方を思い、微々たる妖力しか持たない妖怪は力を尽くすことを誓った。
天幕が影に覆われし日には、自分の魂を燃やして炎の中を駆けずり回り、
かつて小噺を語った舌は、数々の戦場の戦況と敵の情勢を語るのに使われるようになった。

ただ長きにわたる奔走による消耗は激しく、
妖力を使いすぎた妖の魂は尽きてしまった。
行燈の照らす中、巧みな語りは失われ、
かけがえのない思い出すらも至る所に散らばってしまった。

そして今、理性を失った妖はすべてを忘れ去り、
人々が集まり、言葉が行き交う中だけにふっと現れるそうだ。
おそらく、語り手の口から流れる幻の様な奇談の雰囲気が、
戻らぬ過去を微かに思い起こさせるのだろう。

金掘りのシャベル

種は果実を実らせるまでに、どれだけの雨粒を必要としているのだろうか?
人は幸せという名の軌跡を掴むために、一生のうちどれほどの選択をしなければならないのだろうか?
凡人の一生を代償にして、神でさえ知らないことを、もがきながら試するのだ。
今、貧農の子スイニーは選択を突き付けられた。彼は手に持っている鉄のシャベルを、思わず握りしめた。

なんと、荒れ果てた畑から秘宝が出てきたのだ。闇市で売りさばけば、貧しい生活から抜け出せるかもしれない。
しかし、ボロボロの服を身に纏った者が持つ宝など、争奪の対象になる*決まっている。歩み寄る冬の寒さにおびえ、彼は血みどろの選択をするほかなかった。
賢い貧農はファデュイの制服を買って、その威勢で虎視眈々と狙う悪党どもを退かせ、初めての取引を成功させた。
しかし、その喜びもつかの間、こっそりつけてきていた黒影が突如目の前に現れた。その人物は、以前彼に服を売った盗賊だった。
「宝物を渡せ! さもないと、この荒野がお前の墓になるぞ。」刃を向けられた貧農は、仕方なく従った。
二人は秘宝が埋められている場所にやってきた。盗賊の視線が黒い屍に留まり、そして狂喜に染まった。
「これは大盗賊の遺体に違いない!」 盗賊は震えながら両手で「それ」を持ち上げた。そして彼は、背後に対する警戒を怠った。
鈍い音と共に、農民の鉄製シャベルが盗賊をあの世へと送り込んだ。そして、スイニーはもう自分が農園には戻れないことを悟った。

血に染まった秘宝は、闇市の頂点へと続く危険な道を作り、スイニーはそれを黙々と歩いた。
彼は今、金の甘い匂いに引き寄せられる無法者たちに、「ゴッドファーザー」と呼ばれている。
「英明なるゴッドファーザー! あなた様の知恵は我々を導いてくれます。闇市にあなた様がいてくれて、本当に良かった。」
しかし、なぜゴッドファーザーの玉座に古びたシャベルが置かれているのかは、誰も知らない。

剣と血の時代において、この鉄製シャベルは彼の自分に対する戒めであった──「窃盗は命の綱渡りである。」
しかし現在、数え切れないほどの富が辺境の島に埋もれている。それは忠誠と恐怖を引き換える取引材料となる。
当初と比べて、今は決断の重みが相当軽くなっている。今の彼には、間違った選択肢を排除するだけの権力と財力がある。
時間の流れと共に、裕福な者は裕福に、貧しい者は貧しくなる。これは世界を回す秘密の秩序である。
今のゴッドファーザーは、当時の貧農よりも賢いわけではない。しかしその行いは、かつて貧農を殺そうとした盗賊と何も変わらない。
「それなら、一体なぜ私はシャベルで掘り出した宝を手に入れ、あの盗賊はシャベルによって命を落とした?」
まさか、偶然? 全ては偶然に過ぎないのか? ただ幸運があの盗賊ではなく、当時の自分に訪れただけだというのか?
何千もの選択をし、一生という時間を捧げて幸せを手に入れようともがいたのに、その全てはたった一度の偶然に敵わないのか?

スイニーはこの不公平な秩序に対して嫌悪を抱いた。「これが私の全財宝の在処だ。」
彼は自分の宝の地図を公開し、辺境の人々が自分たちの力でこの偶然を掴めるか、争わせた。
誰かが勝って、誰かが負ける。しかし、他人の勝敗にスイニーはまったく興味を持てなかった。
煌びやかな服をまとい、鉄のシャベルを手にするゴッドファーザーは、レッド・ミラーの正義を悟った。

「もし世界の均衡が乱れており、金は金に流れ、土は土に還るというなら…
誰かがその均衡を取り戻さなければならない。そして、その『誰か』こそが盗賊なのだ。」

聖祭者の輝杖

「大司祭の杖を受け取りなさい。最も純粋で善良な私の娘…ルヴィアよ」
「あなたの優しさと思いやりだけが、迷える子羊たちを呼び戻し、彼らに安らぎと穏やかな幸せを与えることができるでしょう」
「あなただけが彼らに、導かれる幸せ、弱き者の幸せを与えられる…弱き者は生まれながらに帰る場所を求めているからです」
「あなただけが、月下の邪悪な誤謬、歪んだ誤謬を正すことができる…真理への道は、他にないからです」
「霜月の女主人は、銀の糸でこの世の全ての道を編み上げられました。この世の全ては、糸に引かれて踊っているに過ぎないのよ。」

古の祝福は寒い夜のともし火のように少しずつ消えていき、若き侍女は前の大司祭からその力を受け継いだ。
それは本来選ばれるはずのない、祝福を受けぬ者。自身が養子であることすら知らぬ、異邦の孤児であった。
白く輝く霜月はすでにその視線を向けることはなく、どんなに純粋な血筋を持つ聖者も、その光を自在に操ることはできなくなっていた。
日に日に離れていく人心と、憂いに満ちた囁きの中で、老い衰えた大司祭は養女を、崩れかけた聖座へと押し上げたのだ。
それは彼女の善性が、異なる考えの信徒たちをもう一度まとめ上げることを願っての行動であった。たとえ、その血にあの澄んだ月の光が流れていなくとも…

大司祭が望んだ通り、憐れみ深く、弱い者に寄り添う彼女は、どこまでも「正しさ」を信じて疑わなかった。
光と影、明と暗、善と悪、生と死。月下の俗世における万象には、ことごとく正誤があり…
だからこそ、絶対的に「正しい」道を進むことのみが、衆生を幸福へと導くことができるのだと。
わずかでも糧を飢えし者に与えることは正しく、病に伏せる者を徹夜で看病することもまた、正しい。
誠実と理解をもって不和の亀裂を埋めることは正しく、憂いに沈む同胞を慰めることもまた、正しい。
正しい善意は、やがて寒き夜のともし火となり、冷え切った心を温め、恨みを消し去るのだと──

真の聖者のように人々を憐れむ少女ルヴィアは、そう信じて疑わなかった──
彼女と血の繋がりがない妹、あの北の果ての最も純粋な血脈を継ぐ聖女が、
人心を得られずにいた姉を庇おうと暗殺を企てた裏切り者の刃に倒れる、その時までは。
溢れ出る銀白を前に、悲鳴を上げることさえできずにいた少女は、ついに新たな結論を得た。

──今まで選んできた道は 「正しい」ものではなかったのだ。
軟弱な善意こそ、許されざる「誤謬」なのだ。

真実の月が希望を与えてくれないならば、偽りをもって温かな曙光を紡ぎ出せばいい。
弱者が長らく望んでいた熱狂を煽り立て、苦難の子羊たちに等しく憩える「楽園」を約束するのだ。
儚い新月が二度と昇らないのであれば、絶対的な権威をもって、この世の望みを支配すればいい。
道を誤った羊の群れを再び従わせるのだ…無駄に枯れゆく才能に心を痛めることのないように。

そう、それこそが「正しい」愛。迷える衆生の涙を拭う、唯一の救済。
月光の紡ぐ糸を見たことはなくとも、この道は必ずや「正しい」善へと続いているはず。
そして、この「正しさ」にあえて逆らう者は、その血で清められるべき、誤謬という悪なのだ。
妹の遺した子供が聖なる継嗣を産むその日まで、「正しさ」の道を汚すいかなる悪人も許しはしない。

こうして、憐れみ深く弱き者に寄り添い、月下の苦しみにいつも涙を流していたあの聖女は、
自らを縛るように、純粋で穢れた、偽りに満ちた角冠を、その額に受けたのであった…

☆3

黒纓槍

ある日の夜、白紐の槍を持つ士官は詩人と共にお酒を楽しんでいた。
一番盛り上がったところで、詩人がうっかりと硯を倒した。
零れた墨で槍の白紐が墨色に染められた。
「もちろん、これは士官と詩人の物語であり」
「わしが持っているこの黒紐の槍と関係はないのじゃ」
と言いながら、年寄りの職人が弟子の頭を軽く叩く。
弟子は真新しい白紐の槍を墨染めにしてもらった。

鉾槍

武術を学んだ人であれば、誰でも長矛の力を発揮できる。いわゆる「一寸の長さは一寸の強さ」とのこと。
長矛の先に厚くて重い刃をつける。さらに重くなるが、叩き切ることを実現した。様々な場面で使える。
このような長柄武器は腕力に自信のある者に人気があり、千岩軍士官の勇武の象徴でもある。
今の璃月港は平和であるが、街中に斧と矛を持ち歩く人を見かける。

千岩軍の隊長はいつも部隊の先頭に立ち、畏れずに進む。
彼らを守るのは忠実な戦友と自分自身の武術である。
近づいてくる敵にとって、斧と矛を振り回す隊長は一番厄介な者になる。
そして盤石な陣形の真ん中にいる兵士こそが、千岩の陣の要である。

白纓槍

千岩軍の兵士は長柄武器使いとして有名である。
手にする白紐の槍は黒岩場の量産型の物。
この武器は数千年の間に起きた戦いを経験してきた。
白い紐が汚れても、戦場に舞う。

伝説によれば、かつて千岩軍に槍術の達人がいた。
千軍万馬の戦場で槍の白紐を汚さずに敵の将軍の首を簡単に取ったという。
「その伝説の主人公は槍ではなく、英雄の人だ」
「その武器はただの普通の武器だ」
と言いながら、年寄りの職人が弟子の頭を軽く叩く。
弟子は新しく作った槍に白紐をつけてもらった。

☆2

鉄尖槍

ほぼ迫力を感じさせないみすぼらしい武器。
守るべきものがある人や、
己の身一つしか持たない旅人にとっては、
そんな武器でも、十二分に力を発揮できるだろう。

☆1

新米の長槍

モンドでは昔、槍を持つ事は貴族によって禁止されていた。
表向きでは、剣術こそが高貴な嗜みであるためだと言われていたが、
実際は、多くの鍛錬をせずとも扱える槍を
平民の手に渡らないようにし、反乱を防ぐのが理由であった。

法器

☆5

四風原典

極めて古い風の教典。風神を祭る者の間に代々伝わっている。
シミだらけのページは無数の手形を残し、一部は風と共に消えていった。

高塔の暴風君王による暴政が蔓延る時代、教典は人々の絶望による訴えを記録した。
一面の氷雪が消えた時代になると、教典は命の新生による歓喜を記録した。

旧貴族による傀儡政権の時代、
奴隷の間に伝わっていた教典は千風への渇望を記した。

モンドの人々は、耐え忍び、抗争し、喜び、そして自由を楽しむ。
それらの貴重な時代に、風の教典は厚く重くなっていった。

しかし、新しいモンドが誕生し、教会が旧貴族の束縛から解放された時、
四風の教典は、高い棚に置き去られることを望まず、教会の宝庫から消えていった。
恐らく、この本はモンドの風や人と同じく、なにものからも縛られたくないのだろう。

標題紙に綺麗な字でこう書いてある。

風の神の子よ、永遠に覚えておきなさい。
命は風と共に誕生し、また風と共に去っていく。
だから、どうか悲しまないで。
土に還ったのは骨と肉だけ。
本当の私は千の風となった。

花の香りや草木のざわめきを感じるのは、
私が自由と風を唄っているから。

天空の巻

千風万雲通覧。
北の大陸全土の風と雲を、詩と絵の形で記した典籍の謄本。
十万筋の雲があり、一筋一筋に雲と風が絡み合う。
雲の絵は風に形を与えた。詩は風に独特な性格を与えた。
本来は風を持たない千風だが、バルバトスにとっては親友や家族のような存在。

伝説によれば、上古時代に、風の神は典籍の原本で四風を呼び寄せた。
氷雪を吹き飛ばし、凶暴な怪獣を撃退した。さらに雨を降らし、モンドを創った。
寛容な風神はこの典籍の内容を人々に共有し、「千風万雲」と名付けた。
時が経った今では、典籍に記載されていない内容も多く存在する。
無数の風と雲を記載したてん席は、歌謡や伝説となり人々へ伝わった。

風神が存在し続ける限り、千風の歴史は決して終わらない。
魔龍ドゥリンの翼が日の光を覆い隠した時、バルバトスは現れた。
激戦の中、風神は千風を詠い、風龍を召喚した。
この典籍を心得た者は、千風万雲の真名とその偉大なる力を手に入れる。

今、モンドの空は穏やかに晴れている。
風神と風龍は新たな帰る場所を見つけた。
この典籍も信頼できる者へと託した。

浮世の錠

「これが盟約の印であり、私からあなたへの挑戦状でもある」
「わたしの全ての知恵を、この石錠に閉じ込めた」
彼は初めて少女を見たときの事を思い出した。ぷかぷかな着物を着て、印を持った彼女は、わざとらしい位に真面目な顔をしていた。
本当に愚かだ。まだ正式な契約を結んでいないと言うのに。
彼はまた、昔、琉璃百合の咲き乱れる野原で、二人が初めて出会った情景を思い出した。
それと、琉璃百合の中で、彼女と最後に交わした言葉も。

「あの小さな者達は、塵のようにちっぽけで軟弱だ」
「ちっぽけだから、いつ自分達が天災や事故で死ぬのか、いつも怯えている」
「怯えているから、もっと賢くなろうと、いつも努力している。私には分かる」
「だから、あなたの力には遠く及ばないけど、私達は技術と知恵を使えばいいと思うの」
「同時にあなたの力と私の頭脳があれば……この街は素晴らしい場所になるはずよ」
彼女は寂しそうに笑うと、ゆっくりと細かい塵と化した。
「やっぱり、あなたとは共に歩めそうにないわ。錠前の事は、忘れて」

「これが盟約の印であり、私からあなたへの挑戦状でもある」
「わたしの全ての知恵を、この石錠に閉じ込めた」
「もし、これを解く事が出来るのなら──」
何年経っても、彼にはそれを解く事が出来なかったし、その言葉の続きも知らなかった。
月日が流れるにつれ、野生の琉璃百合もほとんど姿を消していった。

不滅の月華

珊瑚宮の紋章「真珠海波」、伝説では海祇の波を抱擁する景色と、
明るい真珠が描かれている。しかし、大御神の玉輪は、月のように永遠に珊瑚の国を照らしているという説もある。

海綿や珊瑚が棲む深海の夢の中、そして流れゆく雲と海の砂が共に踊る深海の底で、
海祇と同じ夢を見る神の子たちの血脈には、不滅の希望が永遠に受け継がれていく。
天の色彩は常に変化し、海淵の下で定まらぬ影を形成している…
深き海淵が隠しきれない慈悲は、このように静寂な極楽の中で消散するとした。

その時代、最初の現人神の巫女は珠玉如き知恵で同胞を導いた。
そして彼女は、新たに太陽を知った人々の中から聖職者を選び、神と共に日の光を恐れる人々を助けた。
後世、鳴神軍を震わせた「海御前」は、彼女らと共に鯨の歌を歌い、
空游の海月と共に踊り、「鍵紋」の形を描いた。

時が経つにつれ、一筋の雷霆が海祇の民の夢を砕いた。
雷暴に立ち向かうことは、必然と無情の権現に直面することになる。
しかし、真珠の心を持った神子巫女たちは忘れなかった。
数え切れないほどの物語と感謝の気持ち、そして海玉の輪は永遠に語り継がれることだろう。
そして、それによって彼らはより明るく、より美しく輝いていくのだ。

折れた玉枝や真珠を育む史話、
或いは深海の邪物を征服したり、日差しを蒼白の淵下の国にもたらすことも。
影向山に立つことを夢見た少年が、「悪王」の名を持つようになり、天狗と壮絶な決闘を果たした…
これらはすべて、天からの真珠、月光の下の波のように、海祇の民の心を照らすだろう。
喪失の痛みを塩の混じった海の中に運び、輝く真珠の中に蓄える。
神々の時代の物語と犠牲が、この「真珠海波」の紋章とともに永遠に受け継がれることを願おう。

たとえ嵐の雲が集まってきても、紫電の獰猛さが予測不可であっても、
海祇の月華は、雲を突き抜け、光を照らしてくれるだろう。

神楽の真意

かつて御前で踊られたその舞は、鈴の音を今なお響かせている。
かつて追い求めた白き姿は、彼方へと去り、覚めやらぬ夢を志した…

「あの時の妾は、ただの小さきものに過ぎず、白辰主母様の霊智には遠く及ばんかった」
「無鉄砲で、まるで食べ物を求めて雪の中を駆け回るかのように、殿下の気を引こうとした」
「可笑しな話じゃが、その不器用で恐れ知らずな振る舞いのおかげで、妾は殿下の慈愛を賜ったのじゃ」
「それから妾は殿下に仕え、手足を温めるというささやかな特権を得た」

「じゃが…その後、斎宮様は帰ってくることができんかった。かつての先代方も、ある事情によってはなれていった」
「才に欠けた妾であったが、『神子』の職を継ぎ、今のように成長したんじゃ」
「こうして、殿下を喜ばせるという責務は、不幸にも妾の方にのしかかった」
「初めて神楽舞を献上したあの夜、やっと『過去』がどれほど重いものかを知った」

鈴の音が遠くへ響き、師であり友であった白銀の大狐が、夢のように長き川へと消えた。
再び鈴が鳴り響いて、牢固な砂州が次第に緩み、果てなき渦へと溶けてゆく。
かつての穏やかで純白な姿は、とうに漆黒に染まった記憶となり、
仙狐一族の孤女は神楽の鈴で、生に満ちた「現在」のために舞う。

かつて頭の固い若き天狗と出会い、「鍛錬」と称して彼女を山で修行させたことがある。
その奔放な振る舞いから、九条の頑固頭たちへと彼女を推薦した。
かつて負けず嫌いな鬼族と勝負した時、その尋常ならざる根気に敗れたことがある…
だが、ほんの少しの工夫で、勝負そのものを面白いものにした。
かつて遠国の半仙との交流で、柔らかく新鮮な海の幸を送ったことがある。
それでもなお、彼女の愚直なまでの愛を理解するに至らなかった。仙人にとって、それは一種の束縛ではないのだろうか?
月光が枝や花びらを伝い、誰も居ない庭に降り注ぐ。
無数の真珠のように美しく、この浅はかな心に輝いた…

「この短き数百年、妾は様々身分で世を奔走してきてた」
「常人と縁を結ぶような幸運には恵まれんかったが、人の美しさを深く知った」
「妾が友と呼ぶ殿下には、限りない時間があることじゃろう」
「共にこの不完全な世を見届け、愛憎と離合の執着を愉しもうぞ」

長きに渡り、殿下が永遠の夢に沈んでいる間、誰かが民衆を見守る必要がある。
悪鬼「黒阿弥」の怨怒を鎮めるため、不祥なる力を見せた。
禿狸小三太の大騒動を収めるため、僅かな法力を用いて手の平で転がした。
島々の秩序を乱す海賊林蔵は、些細な離間計により裏切られた。
「彼」が正しき道を歩み、災いにならぬことを願おう。
漆黒に塗られた剣豪の残魂も、神林に隠れし災異の獣も、すべて祓い清められた…
殿下と共に追い求めた永遠の夢に比べれば、それらは儚き須臾の間奏に過ぎない。
殿下の目覚めを待つ日々が、果てなきものであろうと、時間はいくらでもあると思えた。

「なにせ、無風無月の浄土にある永遠に枯れぬ蓮と優曇に比べれば」
「俗気にまみれた妾では、かような孤独に耐えられぬ。心も夢もなき者は、実につまらぬであろう」
「酔狂で雷櫻の枝を折り、勝手気ままな妖怪たちと戯れるほうがよほどマシじゃ」
「これらすべて、そう遠くない過去と、希望に満ちた未来」
「雪解けの頃、果たして殿下と共にあの薄紫の初芽を楽しむことができるじゃろうか」

千夜に浮かぶ夢

「万物は生まれ、そして死ぬ──闇夜と黎明の繰り返しが延々と続いていくように。」
「このランプにある物語が、あなたの期待に応える夢をもたらそう。」

御苑が消え去る時、「光」を知ることのなかった少女は、夢の中で彼女のささやきを聞いた。
もともと「夢」と共に去ることを決めていた幼子は、涙の中で彼女の慈悲を目にした。

蒼翠のランプは静かな月光を照り返し、星々の影とその永世の歌を共に語っている──
碧の瞳を持つ踊り子は、垂れる絹に軽く口づけし、色鮮やかな魚が真珠のような浄水の中を踊る。
夜をゆく楽士はジンニーの炬を導き、砂海の中にある金色の城塞とザクロ色の琴を詠嘆する。
饒舌な船乗りは栄誉の航海に出た──ただ夢にある歌声と彼岸にある緑の花園を探索するために。

静かな明かりは崩れ落ちた御苑を照らす。千の世界の美しく幻想的な夢がランプの中で回り、
柔らかな林風が埃を被った帰路へと流れ、迷子になった幼子をもはや静かではなくなった宮殿の外へと導く。
次第に明るくなる天光は細やかな葉の間に落ち、千夜の夢を語る翠のランプはますます暗くなっていった──
夢の境を彷徨うかのようにふと振り返ると、盲目の少女はようやく森が消え、夜が明けたことに気づく。

あの夢の中にあるランプが光ることはもうない。旧夜の夢は流れる時に飲み込まれ、
曙光を迎えた鳥は依然として歌い、花が咲き誇るかのような言葉を口ずさむ。
あの夢を見ていない子供たちのために、勇気と希望、喜びを贈り、永遠に終わりを見せない千夜の歌を紡ぐ。そして夜明けを待ち、一晩の明かりを灯す。

千の夜を渡った迷夢で、夜鶯が鳴き止み、夕日がもう一度沈むまで、終焉に辿り着いた旅人は、再びあの蒼翠のランプを見る。あの遥か遠い母国では、
露のついたバラが今も月を浴び、風の中で揺らいで、新しい物語を語っている──
「たとえ昨夜の思い出がなくとも、今夜の甘い夢のために歌おう。」

トゥライトゥーラの記憶

かつてまだらな銀色が降り注ぐ砂丘をそぞろ歩いて、明月の三姉妹と共に踊った。
かつて影の伸びる大地を、血と涙が織りなした泉の園圃を走った…
花の女王の悲しみによって、サファイアの都は涙のように浮かび上がった。
サファイアの天蓋の下、ティナル人は智者を輩出することを誇りにしていた。

ティナル人のトゥライトゥーラの国は、花の女王が一番気に入っていた珠玉であったと言われている。
黄金の時代、月のように白い顔色も琥珀のような蜜の輝きを放っていた。
花園に咲き誇る、夢のような紫色のパティサラ…膨らんだザクロは高らかに歌う…
運河は輝きながら縦横に流れ、神が死んだ日々でさえ砂嵐に阻まれたことはなかった。

「サイフォス、流浪する貴族、わたしの愛する人…」
「サイフォス、国の剣、ジンニーの寵児…」
「月の色のヴェールがあなたに平和を授けますように。今夜の舞はあなただけに捧げるわ。」
「明日は旅立ちのとき。智者たちはこの身をバッダナー王国に売った。」
「彼の曽祖父がわたしの故郷を壊したことを、わたしの親族を奴隷にしたことを忘れはしない。」
「わたしはこれから敵に奉仕しに行く。軽やかな舞とへつらいの言葉、夜風のような絡み合いで…」

「でもサイフォス、わたしの愛する人…今宵の星空と睡蓮はすべてあなただけのもの。」
「サイフォス、ねえ…わたしの愛する人。少なくとも今宵は、わたしの名を忘れないでちょうだい。」

衰退してゆく王に媚びを売って、トゥライトゥーラを統治する智者たちへ貢物を贈る。
宮廷の踊り子マカイラの名も名簿にあったために、金色の瞳の恋人との別れを余儀なくされた。
その後の物語は、多くの人々によって口伝され、多くの人々に忘れられていった…

マカイラの復讐はかなった。砂海の自惚れた王国を滅ぼしたのだ…
その命は毒蛇に飲み込まれ、重い金の砂を衣服にして、醒めない眠りへと落ちた。
サイフォスは貴族の名誉をかなえた。だが、彼を疑い恐れた貴人を守るため、犬死にをした…
トゥライトゥーラの鋭い剣は、栄誉と希望を失ったもう一人の放浪していた王子の手によって折られたが、
彼の放浪はまさにジンニーが産み育てた踊り子——毒蛇のような心を持った踊り子によるものなのであった…

結局、すべての良民と悪人は、等しく運命のひき臼によって潰された。
サファイアの都は色を失い、バラバラになった。まるで涙が、烈日の下で乾いたように。

碧落の瓏

伝説によると、碧色の美玉は空から降ってきたもので、絶えることなく流れる緑水に洗われていたという。
暗晦の土や緑青の残滓、そして腐った木から解放され、
古の素朴なその身は、若い人間の職人によって削られ、彫られた。
最後は精緻な玉器となり、祭器として水に投げ込まれる佳日を待つだけとなった…

「私の言う通りだ」と、雨林の国の学者は茶を飲みながらこう言った——「歴史の本質は衰微と破滅にある。」
「人間の堕落を防ぐことができるのは、神の慈悲と知恵だけだ。そうでなければ、ただの人は自らを滅ぼしてしまう。」
「山川の間にある人けのない幽深なる遺跡を見てみろ。仙力と言語を失った山にいる獣を見てみろ…」
「過去の民は誰にも知られず亡くなった。たとえ過去の諸王や酋長でさえ、さざ波をあまり立てることはなかった。」

沈玉の谷の先人たちは元々そこに住んでいたわけではなく、彼らは代々紅紫の鉱山に住んでいた。
部族と世家は鉱坑を中心に生活し、彼らは山に沿って住処と集落を建ててきた…
しかし、鉱坑の底に隠されている深き罪悪は誰にも知られず、地下に埋もれている。
高天の裁きは人を許すことなどない。災厄の後、先人たちは一族を率いて北上するのを余儀なくされた。

翹英荘の年寄りは、沈玉の谷の先人たちは南にある天坑から移動してきたと言う。
彼らは玉からなる壮大な祭壇をもたらし、誰も解読のできない古の廃墟を残した…
魔神たちの残酷な戦争が始まった時、沈玉の谷の先人たちはすでに無数の部族に衰退していた。
彼らの末裔はかつて、とある忘れ去られた魔神を信仰していたが、それもやがて歴史の中で塵となって消えていったのだ。

「それは違う」と、黒い長衣に身を包んだ客卿が答えた。「人の歴史にはいつも新生が含まれている。」
「繁栄も堕落も、すべて人間自身から来るものだ。選択がなければ、盛衰など語れないだろう。」
「古い遺跡は、今や訪れる人がいない。だが、その住民たちは苦難を乗り越えて今日まで生き残った…」
「先人たちは消えることで、今の繁栄と引き換えた…たとえ彼らがすでに、新たな神の民として溶け込んでいたとしても。」
「この世には力の及ばぬことが数多とあるが、時局に彼らは飲まれたのではなく、彼ら自身が選択をしたのだ。」
「そして神の法度と知恵は、人間の共通認識に基づくものであり、好き勝手にやるものではない。」

しばらくして、茶席でのこの小さな議論は終わった。人と神との言い争いは、いつもいわれのない口論で終わるのだ。
しかし、碧水の川は変わらず流れている。その中に投げ込まれた祭器の碧玉の瓏も、先主のように、輝きを変えることはなかった。

久遠流転の大典

「我々は千年の誓いを心に刻み、水都の基礎を守る。」
「蜜のように魅惑的な罪がもたらした束縛を忘れるな、」
「我々が負う足枷のような重い責任も忘れるな、」
「神の、我々に対する蜜のように甘い恩賞と信頼を意味する。」
「我々は水色の災禍を防ぎ止める盾であり、決壊口の防衛線である。」

最初の監視者は、いつも新たな加入者を連れて厳かに誓う。
そう、誰もこんな生活は選びたくないが、何事にも代価がある。
我々はかつて暴力の喜びに屈し、あるいは貪欲に駆り立てられていた。
これは正義の報償であり、最後の救いでもある。
ここには日差しも家族もないが、少なくとも喜びがある。
時には、彼らが果たして自分と共に誓いの言葉を述べたのか、
それとも彼らにとっては少しも意味のない音をやむなく発したに過ぎないのかと疑うことはあっても、
やはり心から期待しているのは、神が重責を託した時の狂喜が、
彼の味気なく何の希望もないことが決められている未来を照らし、
その「兄弟姉妹」すべての行く先を照らし、残された命に意味を与えること。
これは監視者たちに何代も伝わる教えとなり、流れる水の如く絶えることはない。
もし滅亡の前兆が訪れても、洪水がすべてを洗い清めるからだ。
我々は使命と幸福を心に抱いて戦うだろう、まさに神が我々を心に抱くように。

私の使命はすでに果たした。神の恩恵と使命は頼んだぞ。
最初の監視者が不思議な光を放つ鉱脈に埋葬されたのは、
そこが一番明るかったからである。何年も影の中で生活した男は、
いつか見た光を胸に抱いて、決壊口近くの地下で静かに眠っている。

最後にすべてを洗い清める洪水は、決壊口からは噴き出さない。
運命は栄誉ある死を果たす機会をなかなか賜らない。
か細い水流が盗人のようにこっそりと隠修会を侵蝕している。
その行列に加わるしかない者、水の下で暮らす者はますます増えているが、
誓いを立て、誓いの意味を理解し、教諭書の教えを知るものは少なくなっている。
歳月が過ぎ、雄壮にして薄暗く不気味な要塞が海底から上昇してくる頃には、
かつて監視者を、神の恩寵を担う者を自任していた最後の修道士──
その墓所の在処を知る者はいなくなっていた。

相対的にここはまだ恵まれているほうで、
別の閉じられた決壊口は、数年後に企みを抱く者に見つかった。

凛流の監視者

金銭の流通する道は、世界に勢いよく流れる血管を描き出す。
無数の生命がその血潮の中で浮き沈みし、やがて巻き込まれ、吞み込まれる。
当然、本来すべてが我々「人」の功績である。
まさに数字と数学が金勘定のために生まれたように、
文字は借用証を書くために存在し、法は所有者の変わる財を制約するためにある。

「人」は金銭の奴隷ではなく主たるべきで、
黄金の心臓は「人」の世界のために拍動するべきなのだ。
——当然、真に金銭を所有できる者はいない。
それは結局、我々「人」の手を経由して、
世界の片隅から時間の終結へと流れるにすぎない。

ゆえに最も理解し難いことと言えば、
いわゆる「世界の片隅」が選ばれ、制約を受けること。
ゆえに最も受け入れ難いことと言えば、
そもそも我々「人」に属するべき偉業が、
いわゆる「神」という代物に横奪され、制約されること。
それこそ我々が取って代わらねばならない理由。
金銭の心臓が異郷の「神」に奪われた以上、
彼らはしばらく人々を奴隷のように酷使することができる。
たとえ黄金の心の持ち主になることはできずとも、
すべての人に平等に金銭を掌握させるべきだ。

「こう言うと想像しにくいかもしれないな。腹案を披露させてほしい。」
「まずは新しい貨幣を創り出し、モラへの依存を置き換える。」
「場所となると。世間と断絶した小型の経済圏。」
「目星を付けている場所がある。神の力の及ばない、国の中の国だ。」
「浸透させるのにそれほど時間はかからないだろう。」

「名前をどうしようか…命名するのは本当に嫌いなんだ。そうだ、こうしよう。」
「実験を許可していただけたことを記念して、『特別許可券』と呼ぼう。」

製造した精密機械の監督者はブンブンと音を立て、ちっぽけな国の金の流れを観察している。
疲れを知ることなく、すべての金銭の動き、すべての人の貯蓄と浪費、
様々な価値の変動、特定期間内の貨幣毎の流通回数を記録する。
その間、唯一の法律は貯め込む者の私法で、唯一の制裁は貧しさか死だけだ。
あるいは利益を貪り権力を握る支配者となり、あるいは支配され死ぬまであくせく働く。ルールはいつも公平だ。

こうして人は、自身の持つ野心と財産を頼りに、神と肩を並べる。
そうした競争の中ですべてを失った弱者は、人の世の流れに吞み込まれる。
もはや神の力が介入し、貧者の目の前で富者の威勢を飾ることはない。
もはや神の財産がなだれ込み、富者の足元から貧者の尊厳を救うことはない。

鶴鳴の余韻

それは遥か昔、「繁栄の港町」がまだなかった時代こと。
仙人の洞府であっても、紛争の戦火から逃れられるとは限らない。
かつて神として崇められていた者たちも皆、それぞれの理由のために戦い、血と炎、離散と背信──そういったものが俗世の全てを染めていた。

激しい動乱の中、全てを失った人々は山々に逃げ込んで仙人に庇護を求めたが、
生き残った彼らのすぐ後ろに迫っていたのは、既に心を失った数え切れないほどの魔物たちであった。
その名を知る者はおらず、その数は計り知れない。その勢いはさながら山の洪水のようで、たちまち至るところを覆い尽くしてしまった。
魔物たちが崇敬する主は既に亡くなっており、狂暴な咆哮は彼らにとって最後の慟哭なのであった。

しかしこの時、人々はまだ知らなかった。この山河を守る府君が既に亡くなっていたことを…
洪水のごとく荒れ狂う災厄の前に、生死を分けるものは、ただそこに居た数名の護法夜叉のみであった。
連日の激戦によって、白い衣が赤く染まり、その赤も黒く染まっていったが、魔物は絶えず現れ続けた…

長い時が経った今、その後の物語には様々な説がある。ある者はこう言う──人々が苦しむさなか、
青と純白の羽を持つ仙が雲を突き破り、激しい風のように天穹から舞い降りてきた。
孤高にして厳かなその仙は、寡黙で慎み深かったが、威厳をもって多くの護法や当時の人々を率い、
全く希望のなかった結末を覆し、あの果てのないように見えた魔物の軍勢を打ち砕いたのだ──

また、ある者はこう言う──窮地に陥ったその時、翡翠で作られた二羽の鶴が蒼穹から真っ直ぐ降りてきた。
そして雨のように降り注ぐ呪符と共に、一瞬のうちに数え切れないほどの妖魔を消し去った…まるで、北風がたなびく雲を吹き散らすかのように。
もう一度目を開けた時には、玉の鶴はどこにもおらず、ただ空中で仙人が手中の扇子を軽く閉じた──

さらにこのように言う人もいた──仙君の大いなる能力は凡人に理解できるものではない。当時の人々も鶴の声を聞いただけであった。
しかしその時、果てしない魔物が一瞬のうちに灰となり、日差しに照らされて、塵のように散っていったのだ──

いずれの説からも、後世の璃月人が留雲借風という名の仙君について語る時、
彼らの言葉には常にいくらかの敬意が込められていることがわかる。では、当時の本当の状況はどうだったのだろうか…

「フン、そんな遠い昔のことに興味を持つとは、お前もずいぶん暇を持て余しているようだな」
「まあよい。妾も少しばかり気が向いた。話してやろう」
「そっちの椅子を持って来い。そんなに長い話でもない。まあ、八、九刻といったところか…」
「…む? 今、妾の目を盗んで逃げようとしておらんかったか!?」

サーフィンタイム

これは、火山大王とナタ諸部族の人々との、闘争の物語の一部である。

忌まわしい火山大王については、誰もがすでに十分知っているだろう。それは黒と紫の巨大な怪物で、イモリのような体をしている。太古の龍たちがいないのをいいことに、ひそかにトゥラン大火山を占領し、ナタの大地に大混乱をもたらすと、数え切れないほどの悪事を働き、さまざまな部族の人々に耐え難い苦しみを与えた。幸いにも、今となっては暗黒の火山大王はナタから完全に追い出されているため、子供たちが怖い思いをすることはない。
今回話すのは、かつての炎神コシャニナ様が、狡猾な火山大王を「流泉の衆」から追い出した話だ。

その日、火山大王は火山の中で寝転がり、自分の真っ黒な身体を見つめながら、またもや邪悪な考えを思いついた。
「ああ、火山の下は暗すぎる。月明かりのない真夜中よりも暗い。自分の身体さえ見えない」
「南にある『流泉の衆』の湧き水は、ナタの湧き水の中でも一番澄んでいると聞いたことがある。もし、火山の下に溜まっている暗く汚いものを全部そこに投げ込んで洗ってしまえば、この場所を綺麗にできるかもしれない!取るに足らない部族の者がどう思うかなぞ、そんなことはどうでもいい」
火山大王は、自分が綺麗になることに興奮せざるを得なかった。そこで、火山に濃い煙を噴き上げさせ、その煙に身を隠し、「流泉の衆」の部族の場所までやってきた。皆の反対を無視して、火山大王が湧き水にそれらの暗いものを全て一気に放り込んだため、部族全体が大混乱に陥ってしまう。浮流ペンギンさえも耐えられなくなり、翼をバタバタさせて飛び去っていった。
このままではだめだ!そこで部族の長者たちは大急ぎで当時の炎神コシャニナ様を探して、その経緯を報告した。
コシャニナ様はため息をついた。ナタの土地で火山大王が狼藉を働くのはこれが初めてではなかったのだ。だが、火山大王はあまりにも厄介な存在。これまでに何度も炎神に打ち負かされてきたが、いつも運良く逃げおおせ、暗い火山の底にしばらく潜むとまた戻ってくるという始末。そこで、コシャニナ様は火山大王をこの土地から永久に追放する策を思いつく。彼女は、かの有名な「ウヌ・パチャクティの刃」という愛用の武器ではなく、ただのサーフボードだけを持っていったのだ。
火山大王の元を訪れたコシャニナ様が目にしたのは、真っ黒に染まった温泉にゆったりと横たわり、丸いお腹を揺らして気持ち良さそうにしている姿。
「偉大なる火山大王よ、哀れな民が浸かる温泉で、あなたの大切な宝を洗い流すなどできますでしょうか?太古の昔から「流泉の衆」によって受け継がれてきた秘宝、偉大な英雄ウヌクが残した『虹の杯』だけが、あなたの高貴さにふさわしい」
「ほほう?」火山大王が食いついてきた。目の前にいるのは一介の部族の女だが、彼女の提案と謙虚な態度に引き込まれたようだ。「それなら、さっさと余にふさわしい宝を取りに行こうではないか」
「偉大なる火山大王よ、その宝は地上にはなく、海の底深くに隠されているのです。残念ですが、あなたはサーフィンができませんし、私たちのような小人では、あなたの巨体が入る大きな船を作ることもできません…」
「ふん!余を見くびるでない!」火山大王は憤慨した。昔からずっとそうだった。取るに足らない部族の者に「あなたにはできない」と言われれば、必ず「できる」と虚勢を張るのだ。「案内しろ!サーフィンなんて、どうってことないわ!」
こうして、コシャニナ様は火山大王を深海へと導いた。ずんぐりとした巨体を持つ彼が、部族のサーフィンチャンピオンに勝てるはずもない。ただサーフボードの後ろをついていくことしかできず、彼女が作り出す波を何度も飲み込んでしまった。火山大王が目を回し、方向感覚を失うと、コシャニナ様はピョンピョンプクフグを遠くに投げ、大声で叫んだ。
「宝なら、あそこにあります!あれが宝を入手する鍵です!」
波しぶきのせいで、火山大王は彼女が何を投げたのかわからなかった。しかし、偉大なる火山大王とあろう者が、どうして他人より劣っていることを認められるだろうか?そこで、大きな咆哮をあげて「秘宝」に飛びかかったが、ピョンピョンプクフグの針に刺されてしまい、その痛みに彼はサーフボードから海へ落ちてしまった。
広大な海に比べれば、火山大王といえども小さな砂粒にすぎず、ましてや海には火山よりも恐ろしいものがたくさんある。彼は長い間海の中で苦戦し、ついに葦を掴んで岸まで浮かび上がってきた。コシャニナ様は依然として奴をナタから完全に追い出すことはできなかったが、それ以来、火山大王は二度と「流泉の衆」を狙うことはなかったという。

祭星者の眺め

灼熱の煙に染まった彼女の瞳は、雑多な色に惑わされることはない。
両の足首を燧刃で祝福された彼女が、愛する同胞を捨てることはない。
夜の託宣者は古からの契約に従い、星のように輝く魂を持つ幼子を選んだ。
そして、その幼子に鷹の羽でできた儀式用の冠をかぶせ、古代の民を夜の眠りへと導かせた。

夢にふける龍の群れも、闇の中で終わりなき争いを続ける聖者たちも、
賢者と名乗る者の策略には気づけなかった。深谷の民と貴族が結んだ盟約により、
血を渇望する長たちの烽火は阻まれ、迷煙の中には安らかな死の静寂だけが残された。
谷で最も勇敢な戦士の進むべき道と言えば、祭星者に仕えることくらいだった。
遠大なる計画からは外れているが、堕落した者の惨めな姿は賢者の癇に障った。
ならば、少しばかり策を講じて、善意でもって彼女をそそのかし、龍の群れに盾つかせよう。

賢者と名乗る者が思った通り、人の心を操ることは非常に簡単だった。
苦しみの波をちょっと立ててやり、そこに「希望」をほんの少し与えてやれば、
蟻のようにか弱く、枯木のように愚かなで凡庸な少女は彼の言いなりになった。
こうして彼は、彼女が古の謎煙を眺められるように、彼女を危険に満ちた夜域に導いた。
もっとも、彼女の未熟さでは、つかみどころのない煙を眺めたところで、何も見えはしなかっただろうが。
あとは軽くひと押ししてやれば、滑稽な夢は跡形もなく崩れ去るだろう。

賢者と名乗る者の予想通り、龍たちに従順だった少女は
葦笛と歌声で、見知らぬ異邦人を煙の壁の向こうへと導き、
寡黙な従者、ディンガを深谷から送り出した——すべてが計画通りで完璧だった。
次は、征服と殺戮の炎が、この世から隔絶された地へと引き寄せられていくだろう…

それから長い年月が経ち、英雄マグハンが蛇王の金の刃でかつての主の心臓を突いた。
その時になって初めて、人の心を操れると思い込んでいた賢者は悟った——裏切りの火種はとうの昔に撒かれていたのだ、と。
しかし、それは彼の予想を裏切るものだった。夢に溺れる龍たちに対するものではなかったのだ。
それは、新たに生まれた大霊の歌声と共に、夜域の奥深くにある殿堂の中に築き上げられた、
その後の千年で、「ミクトラン」という部族が誕生するための礎だった。
迷煙の中、目に見えぬ七重の幕が、古の混沌に満ち、光を失った地を封じている。
夜風と冷たい太陽の中、賢者と名乗る者が触れられなかった秘儀を、蟻が盗み出したのだ。

「希望を夜に託してはいけない。諸聖の慈悲を頼みにしてもいけない。まして、あの賢者と名乗る者の甘言に惑わされることのないように」
「たとえ臆病になろうとも、醜さや悪徳に染まろうとも、人が頼れるのは自分だけ」
「とはいえ、凡人とは儚いもの。たとえすべてが私の思惑通りに進んでも、境界がもつのは、せいぜい百年ほどでしょう」
「だからこそ、語りなさい。あらゆる部族に語らせましょう。英明で勇敢な栄誉ある者の物語を」
「『記憶』を語り、ウォーベンに過去を織り込み、いずれナタと名付けられる故郷の礎を築いて」
「ディンガ、私の最も忠実な従者。最初の太陽が昇ったら、旅立ちなさい」
「私だけの英雄、私はいつまでもあなたを見つめている。あなたの肩に結びつけられた糸のように、ずっと」
「いつか幽遠なる安寧の中で、あなたと私の魂が絡み合って、死さえも私たちを引き離せなくなる、その日まで」

寝正月の初晴

「夢の中で銭湯に行ってたから、待ち合わせ場所にもう着いてるものだと思って寝坊してしまった。」
眠そうな少女はいつもの冷めた態度で自身の恥じらいを誤魔化し、友人に遅刻した理由を告げた。
ただ元日早々寝坊したことを素直に認めたくないがために、責任を夢の中のあたたかい銭湯に押し付けることにしたのだ。

「昼想夜夢という言葉があるが、木石の様な巫女さんがが今回の休暇をこんなにも楽しみにされてるとは。思いもよらなかった。」
「はぁ、かわいそうに。高嶺兄さんが空いてないから、小生と長正に付き合ってもらうしかないのだな…いててて!」
「まったく、人が羨むほどの吉夢を見たんだ。そんな仏頂面ではなく少しは笑えばいいのに。」

ひょうひょうとした少年は冗談半分でそう行ったが、セイライの少女にじろりと睨まれた。
少年は鬼の養子に助けを求めるような視線を向けたが、剛毅な見習いはただ静かに視線をそらした。

後に陰陽術の祖として敬われることになる少年は、決して適当なことを言ったわけではない。稲妻には確かにそういう言い伝えがあるのだ。
それが「一湯二鷹三鳴神」である。新年、この夢を見ると縁起が良いとされており、
銭湯は病を退け寿命を逃す意、鷹は高く舞い上がる意、鳴神は願いが叶う意をそれぞれ持っている。

しかし、あの時から巫女の夢に銭湯が出てくることはなく、
あの無邪気に騒いだ日々は、鈴のような笑い声と賑わいは、
銭湯のあたたかな湯気の如く、無数の冷たい夢の中に消え去った。

……

「賭けをしようか。そうだな、この弓を賭けよう。」
「この世で最も良い弓だ。生きて帰るほうに賭ける。」

男は笑いながらそう言ったが、口調は相変わらず軽く、重々しい雰囲気などは一切なかった。
博打好きの阿呆め、巫女はそう思った。その名を轟かす剣豪のくせして稚拙極まりない。
だがーーそんなことはどうでもよい。あの夢が示すように、あの高嶺の鷹のように、
百戦錬磨の武者は、きっと彼女の夢に現れた吉兆の如く、災い転じて福となすだろう…

しかし、あの時から巫女の夢には羽を振るわせる鷹が出てくることもなく、
ただ残されたかの羽根が散らばるのみ。鷹は地に落ち、彼女の夢に舞い込むことはもうなかった。

……

「新年の夢?ははっ、巫女のおばさん、まさかそんなくだらない話、まだ信じてるんじゃないだろうな?」
「縁起がいいも悪いも、結局は子供だましの戯言に過ぎないよ!」

かつての友人が言っていた通り、夜の夢は結局、昼の悩みに過ぎないのかもしれない。

夢の中の鳴神の旗が、絶え間ない雷光の如く海の向こうに浮かんだとき、
巫女はついに吹き出し、予兆が表すものとどこに向かうかも分からぬ前途を嘲笑った。

申し訳ございません、師匠。あなたから教えていただいた技をこのように乱用し、
あなたが忠誠を誓った旗を敵に回し、あなたの清廉を悪名で汚してしまいました。
しかし、それも今更どうでもよいこと。
我が心を知らぬ人よ、何とも言わば謂え。
我は身を惜しまじ、名をも惜しまじ。
ただ今回だけは、彼に生きていて欲しい…

……

「わかったよ!適当な冗談を言った小生が悪かった!まったくもう、長正も何か言ってくれ!」
「せっかくの休日の銭湯なのに、我らが巫女さんは閉店までここでぼうっと突っ立っているつもりか?」

ふと気づくと、狡知な少年は依然とおちゃらけており、いたずらな笑顔はいつも通り癪に障るものだった。
もしかすると、移りかわる時代は銭湯で見た一夢に過ぎず、覚め来たれば初春の一眠に帰す程度のものなのかもしれない。

ヴィヴィッド・ハート

漆黒の枯れ潮がまだ空の果てから消え去っていなかった時代——太陽を追う六英傑は夜風の中に足を踏み入れていた。
ぶつかり合う部族の間では貪欲の暗流が静かに渦巻き、権力欲と野心が毒虫のように蠢いている。
わずかに残された余燼の権力を求める者や、部族を手中に収めようと企む者もいた。
この地に生きるものたちを蹂躙する、山岳のごとき強大な災厄のことなど忘れてしまったかのように…

「過去を振り返る瞳も、明日を見据える勇気も持たない——闇に潜む虫けらどもが」
「あなたたちに、神が残した空席について論じる資格なんてないわ」
「その目が宿すのは、玉座が奪われることへの恐怖心だけ」
「一度でも顔を上げて、この焼け野原に広がる苦難を直視したことがある?」

諸部族が争う中、議事堂に猛然と入ってきたのは、かつてワンジルの後ろに立っていた少女だった。
花翼の集に嫁いだ豊穣の邦の娘は、骨の刃を長机の真ん中に半分ほどまで突き刺し、恐怖で震える一族を睨んだ。
火花のように飛び散った木片が、騒々しい継承者争いを終わらせた。各部族は古の盟約に従い、
漆黒の濁流が落ち着くまで、あらゆる紛争を一時的に停止し、共に許されざる大敵に立ち向かうことにしたのだった。
もし神の炎が堕落し、英雄の光が消えたなら、凡人がかそけき炎を再び灯そう。
たとえ身を燃やそうとも抗い、明日に生まれる「英雄」のために道を切り開く——

古名を得たことのないフィエテナ、英雄になることを期待されたことのないフィエテナ。
かつて篝火の傍で、ワンジルの英雄伝説に夢中になっていた少女は、
英雄の仮面を被り、掠れた歌声で戦士を集結させた。
彼女は鉱山の孤児トラオレと協力して巨岩を砕き、溶岩を引き出して人々を守る川を作った。
深谷の祭司ンザンベと共に罠を仕掛け、腐った沼地を切り裂く暴風を起こした。
しかし、凡人は所詮凡人。災いが収まった時、枯れ潮はすでに彼女の骨髄をも染めていた…
最後の影が断末魔と共に崩れ落ちた時、もう若くないフィエテナは仮面を外した。
そして、数年間「英雄」を演じるために使ってきた道具を、自分の背中を追う花翼の集の少年に渡した。

「どうやら幕引きみたいね…ねえ、そんな顔をする必要はないのよ」
「嵐の後は虹が出る。けれどそんなものは、所詮水蒸気が見せる幻に過ぎない」
「英雄であろうと、英雄を演じた凡人であろうと、いつかは退場の日が必ず訪れる…」
「それがレスラーの定め。これからは、この仮面があなたの進む道を見届けるわ、タイカ」

夜を紡ぐ天鏡

「『恒月』が落ちた時、天地は覆された」
「『虹月』が砕け散った時、赤き影は淵海へと消えた」
「『霜月』が動きを止めた時、諸国は落ちた」
「『永遠』の加護を失った世界は、今や終焉へと向かっている」
「『楽園』が降臨し、原初の歯車を動かすまで」

古の予言に従い、黄金の都の生き残りたちは、荒廃したツンドラに世俗から遠く離れた聖堂を建てた。
千年に渡る月光は、霜のように純白な森の中をひっそりと流れ行き、極北の末裔たちは未だ古き儀式と信仰を守っている。
彼らは瑕無き秘銀で蒼色の冠を作り、人々を導く最も純潔な大司祭を選び出した。
そして今までのように、遥か昔に亡くなった神に祈りを捧げ、もう応えぬ高天に唄を捧げた。

よそ者の目には、このような無意味な儀式は、古い考えに捉われた者の愚行として映るだろう。
しかし、その祈祷、その千年前の儀式だけが、故郷を失った者を繋ぐ勲章となる。
運命の歯車は錆び、銀の糸も輝きを失った。予言に込められた願いだけでは、人々に希望をもたらせない。
「誰が死んだ神を敬う?誰があの幻想のために、希望なき苦境を耐える?」
大地の奥深くに還った無数の時代のように、無知な人々は常に確実な導きを求める。
そのため、異邦人に知られたことのない儀式は、外界を遮断する高い壁を築いた。

千年前も、千年後も変わらない。古の予言に約束された楽園が訪れ、
幾多の世代を経てきた純粋な血筋が、世界中が屈服する聖なる継嗣を産み落とせば、
嘘であれ罪であれ、許しと賛辞を受けるだろう。なぜなら皆、月の下の無垢なる楽園のために在る存在なのだから…

その後の物語は、よそ者を拒まぬ霜月の子の聖なる旅路に関する話だ。
最初の詠月使、恩典を授かった聖徒、神の降誕を見届けた純粋なる者。その者はアイラとして知られている。
後に知られる物語によると、彼女は新月の誕生を予見し、啓示によって往日の祭礼を捨てる決断をした。
「生まれた時から祝福を授かった選ばれし者。月下の世界にある無数の穢れに染まったことのない、敬虔なる者。」
「彼女は歯車の静寂と銀の糸の絶望を見た——なぜなら、千年もの間変わらぬ礼賛は、ただの虚ろな反響に過ぎなかったからだ。」
「過ぎ去りし輝きが、荒れ果てた辺境に憐れみを示すことはない。誕生する新月だけが、真の希望をもたらす。」
「極北の大司祭でさえ、アイラの敬虔な信仰に敬意を表し、彼女に心を開いた。」
「祭司は人々を率いる権力を彼女に心から託し、彼女が自ら古の聖地を封じることを許した。」
「栄光を埋葬し、かつては執着していた名前と無意味な過去を捨て、新たに生まれる神の訪れを待った。」
そして、ヒュペルボレイアの大司祭という身分はこの世から消え、詠月使だけが純粋なる輝きを浴びることができるようになった。

……

無数の月が昇っては落ちた。楽園を夢見た者は斧の影をその身に突き刺し、救済を渇望する者は流れる光に堕ちた。
天穹の外を見た怪僧は知性を失い、蒼星の玉座はかつての主を失い、白き皇帝は穢れた黒い波に堕ちた。
最後には夜鳴鶯さえ口を噤み、無数の名前が月下の世界から去り、人々の口で語られる過去となった。
ライトブリンガーと約束した通り、新月の乙女は祈祷の歌を紡ぎ、それを聖所と共に埋葬した。
白夜があの時代を経験した最後の者を洗い流した後、月光だけが千年前と同じように静かに流れ続けた。

「『恒月』が落ちた時、天地は覆された」
「『虹月』が砕け散った時、赤き影は淵海へと消えた」
「『霜月』が動きを止めた時、諸国は落ちた」
「『永遠』の加護を失った世界は、今や終焉へと向かっている」
「『新月』が訪れ、運命の歯車が動き出すその時まで…」
「潮汐を追う人々は、歌と祈りを止めなかった」
「なぜなら古の予言にあるように、新たな月の神が降臨するから」

真言の匣

ラムシャフ王の高塔は、やがて蜜色の悪夢のように腥臭い砂嵐の中に滅び去ると、
王権は朝露のように短命な国々の間を渡り、やがて血と涙に埋もれていった。
サファイアのドームの下で、一度は暴君に手綱を捧げた貴族たちもその束縛からは解放されたが、
偽りの智者を名乗る僭称者に従って、烈日が照りつける荒野で血と砂のゲームに身を投じることとなった。

誇り高きトゥライトゥーラの人々は、すでに沈黙する賢者たちの警告を忘れ去ってしまっていた。
そしてグルカンの名と共にその野心が風に散るまで、反逆の代償を悟ることはなかった…
残忍なハガンたちが馬に乗ってやってきた時、千柱の花園を守る勇士はすでにおらず、
金色の夢に溺れる人々は、馴らされた獣のように、新たな主にただ頭を垂れて従うほかなかった。

遠方からやってくる貪欲な兵士と徴税人は、疲弊する民から搾取していく。
仁道を掲げる蒼青色の王宮は、民に対する残酷さの面では、他とまったく変わりなかった。
よそ者の支配に苦しんだ人々は詩となった過去に慰めを求め、
灼熱の太陽が届かない冷たい影の中で、かつてのフーマユーン王の短き覇業を口ずさんだ。

同胞を鎖から解放するため、若き貴族グーダルツは砂の下に深く埋もれた聖なる宮殿に足を踏み入れた。
伝説によれば、その宮殿はトキの王——七賢僧の中で最も賢い書記官にして、星と月を司る秘密の使者の物であったという。
しかし、それは絶望的と言えるほどの策だった。いくら国を救いたくても、征服者の太陽のような眩しき軍勢に敵うはずがない…
智者たちは既に遠くへと去り、砂の中の偉大な賢者の壮麗な宮殿も鉄色の砂海に埋もれていた。
しかし、乾いた泉の奥底からは、彼の祈りに応じるかのように、神聖で古めかしい声が響いてきた…

「血気盛んな若者よ…烈日と砂嵐の偉大なる力を渇望し、流砂を以て再び高塔を建てようとするとは」
「渇いたラクダに苦い塩水を与えるように、予言者や信徒らが未だ目にしたことのない力を、吾輩は授けることができる」
「ただ——花とオアシスの主は、我が仕える赤砂の王に三つの謎を授けた」
「かの知恵と英知を持つ王でさえ、毒の夢の中に沈むまで、その意を解することはなかった」
「もしそなたが、我が長きにわたるこの迷いを晴らしてくれたら…褒美に力を授けよう」

若きグーダルツはこう答えた——
「聖諭、文書、医薬、そして知恵を司る聖者よ、その古の謎を聞かせてください」
「誠実な心で人としての答えを捧げましょう——私の往く道に、偽りの影は許しませんから」

すると、智者はこう告げた——
「盛衰を巡らせるもの…頂点まで上り詰め、また衰えるものとは何だ?」
「月のように満ち、月のように欠け…」
「智者も愚者も、等しくそれを渇望し…」
「潮の如く、心の中で満ち引きするもの…それは何だ?」

若きグーダルツはこう答えた——
「それは陰謀と裏切り、そして善意と正義を語る智者の衣の下で育つ弱さと疲弊です」
「その脆弱さゆえに、青きドームは崩れ去り、民は嘆き悲しんだのです。」

智者は高らかに笑い、若き貴族の答えの是非を問うこともなく、
ただ約束の通りに、「虚言」の力を少年に委ねたのであった…

やがて、グーダルツの名は歴史から消えていき、
代わりに彼は、サリブ・ドーレイ王として威名を残すことになる。
かつて嘘を許さなかった勇士は、狡猾な手段で王権を築き、
黄昏の薄れゆく色彩の上に黄金時代の幻影を投じたのであった…

……

最も完璧な嘘でさえ、溢れる権力欲を制御することはできず、
砂の主の構造物でさえ、聖なる幻影を偽造することはできなかった。
トキの王の声が再び響き渡り、彼に同じことを問いかけた。
そして、年老いた王はジュラバドの哀歌と共に、最後の答えを与えた。

「聖者よ、私が吐き出せるのは虚言のみ。私でさえ、私の言葉を信用できませぬ」
「今の私にできることは、剣を抜いて死闘に挑むことだけ——少なくとも、助けに来た兄弟たちを裏切るわけにはいきませぬ」
「聖者よ、真実を求めるにせよ、嘘を求めるにせよ…私の温かな血から味わっていただきたい」

その後、王権は異族のデイズによって奪われ、国は砂原の風によって塵となった。
月光の琥珀、蜜の如く。聖者は王の遺した真意を答えとして受け取ったのであった。

☆4

西風秘典

西風騎士団の魔法学者の間に伝わっていた秘伝の書。彼ら全員の知恵を記録している。
本には元素が凝縮された結晶玉が嵌められている。西風秘伝の書が少ない理由はこれである。
結晶が珍しいわけではない。西風秘伝の書は学者たち自らの手で制作しなければならいからである。
元素の真髄を習得した人に限り、この結晶宝玉を作ることができる。

騎士団設立後、暁の騎士ラグウィンドは旧貴族の室内浴場を図書館に改装させた。
無数の詩人、学者、旅人のおかげで、今のモンドは北大陸において最大の蔵書量を誇る。
歌声や美酒は所謂一瞬の娯楽であり、物語と知識こそ永遠に続く美しい光。

実は今の図書館は最盛期の広さの六分の一である。
「春分の大火」という大火災で、図書館の一部が消失した。

図書館の地下室に、ポプラの木で作られた頑丈な扉がある。
図書館と騎士団設立の前からあったその扉は、
大火災においても無事だったらしい。
騎士団公式の知らせによると、そこは禁書エリアである。
しかし噂によると、もっと深い秘密を抱えているようだ。

祭礼の断片

モンドの先民は、激しい風の吹く崖に劇場を建設し、神を敬う習慣がある。
祭祀には演劇の形で行われる。神様は物語と唄を好むと彼らはそう信じている。
この台本の歴史は数千年以上。すべてを読むことは難しい。

遠い昔、烈風の君王と北風の王狼の戦いは、モンドの大地に砂のような風雪を巻き起こした。
極寒に耐えられない人々は、モンドの東部にある高い崖で神殿を設立し、神様のご加護と恩恵を祈る。

風の息吹は今を吹くが、時の灼熱は永遠であり、誰にも止められず、抗うことはできない。
風神は台本のページをめくる。だが、台本の字を掠れさせるのは冷酷非情な時の神である。

風の神と時の神、両者は似たような悲しみをもたらす。
こうして、神殿の祭祀対象は風神だけだと勘違いされていった。

昭心

滅多に見かけない天然琉璃で作られた美しい魔導器。
伝説によると、昭心の玉はつやつやして明るかったが、月日が経つにつれて輝きを失った。
また、静かな夜は昭心から微かな音が聞こえるらしい。
その音はまるでそよ風や泉水のようであった。

昭心は仙人の遺物だった。その後、璃月の民を伝って雲氏の手に渡った。
ある日、雲氏は山の散策中に、仙人を訪れてきた錬金術師である黄生と出会った。
二人は意気投合し、雲氏は昭心を黄生に譲ろうと思った。黄生は慌てて断ろうとしたが、雲氏はこう言った。
「これは自然の精粋である。無垢な心の持ち主にしか扱えないものだ」

黄生は雲氏にお礼を言い、昭心を身に着け、璃月へと出発した。道中は雨にも風にも邪魔されることはなかった。
仙人を探して各地を歩き回った黄生は、街で水や食べ物を買う時、
一度も騙されたことが無かったらしい。多種族が混在する地ではとても珍しいことだった。
どうしても納得できず、尋ねる者がいた。「この呆けた男はなぜ一度も騙されなかったんだ?」
黄生が答えた。「この昭心のおかげさ。悪意を感知すると震えて教えてくれるんだ」

「昭心」という2つの字は、「人の心をあきらかにする」という意味。だがその仕組は誰も知らず、「そういう伝説だから」と民に広まった。
深夜になると、岩の間を流れる湧き水のように、窪みに吹くそよ風のように、微かに音が聞こえるらしい。
この二つの音は、かつて人々に善を説いた少女の伝説に登場する、邪念を食べる妖怪の騒ぐ音に似ている。

流浪楽章

楽譜と楽団メンバーの旅行記が載っているメンバー共有のメモ帳。
流浪楽団は根源を遡れないほど悠久な歴史を持ち、モンドの再建前にすでに解散している。
メモ帳は楽団メンバーと共に、異なる世界を見てきた。
演奏記録から、観客の喜びやその力強さを感じ取れる。

流浪楽団は旧貴族時代に結成され、
希望、或いは恐怖の心を持つ人々は彼らを剣楽団と呼んだ。
当時のモンドは、唄さえ許されていなかった。

彼らは剣を笛の代わりに、弓を琴の代わりに、反乱の響を奏でた。
最後は城内に攻め込み、暴虐な貴族に天誅を下そうと試みた。

剣楽団は既になくなり、彼らの反逆も人々に忘れられた。
だが、反逆の意思は、血の繋がりと共に、永遠に伝わっていく。

旧貴族秘法録

精美な巻物。封鎖されているため、時間が経っても、腐らず蝕まれずに残った。
宮廷魔法使いの魔法研究が載っている巻物。中身は今見ても先鋭的な内容である。
宮廷魔法使いの仕事は各地の管理や魔物の退治である。それ以外に、貴族の教師も担当する。
巻物には歴史、問題解決、地方管理、文化知識がたくさん書かれている。そのため、旧貴族の統治を終わらせた後に、宮廷魔法使いもモンドの外に追い出された。
旧貴族を善に導く彼が責任を果たせなかったからだ。

モンド成立当初、ロレンス一族の主母ヴァニーラーレは人々を率い、
神の奇跡を称えるため、広場に巨大な神の石像を作らせた。

神像の下に刻まれている銘文は、昔各集落のリーダーがモンドを永遠に護ると誓った誓約の言葉である。
しかし、時の流れにつれ、ロレンス一族は先代の願いに背き、神像も倒された。
賢明な宮廷の魔法使いたちも、その歴史と誓約をなかったことにした。

西風騎士団の時代になり、神像は再建された。
だが、誓約の言葉は永遠に忘れられた。

黒岩の緋玉

希少な黒岩で作られた魔導器。自然の力を操る。
装置の中心に嵌め込まれた血色の宝玉は、時に暗く、時には明るく光る。

天衡山や岩層淵など、岩王帝君の管轄地域に豊富な鉱物資源があった。
しかし発掘を始めてから、天衡山とその周りに坑道が増えてきた。中には地中奥深くまで掘ったところもあった。
ある日突然、大地の怒りが爆発した。山は揺れはじめ、坑道が崩落した。
地中深くには崩落に巻き込まれた死者の魂が漂い、夜になると慟哭が聞こえる。

ある日、軽策山を訪れた人がいた。
男は長衣を纏い、錬金術師と名乗る。璃月の雲氏と寒氏を探しに来たらしい。
雲氏の娘、雲凰はちょうどその時軽策山にいた。この話を聞き、すぐ寒武の息子である寒策を呼んできた。
男は昔、雲氏と寒氏二人に魔導器を造ってもらった話を雲凰と寒策に教えた。
錬金術師は、今の璃月は危ないからと、二人に血の宝玉を渡した。

二人はすぐ黒岩魔導器の製造に着手し、この血の宝玉を魔導器に嵌めた。
血の宝玉は大地に反応し、これから起こる災難を警告するように、明滅する。
この魔導器は天衡山の下に設置され、大地の怒りを買わぬよう人々を導いた。
そして、大地の怒りが収まった時、黒岩の血玉も消えていった。

金珀・試作

璃月の武器工場が作った古い魔導器。製造番号や製造時期は不明。
混元を意識して作られた円型の魔導器。真ん中に宝玉が飾ってあり、蒼穹の星を意味する。

災い終息後、残った魔物が各地に点在している。よって武器以外に、魔導器も必要とされた。
だが、魔導器の生産の水準が数百年と変わらなかった。壊れやすくて使い物にならない。
錬金術師が璃月の雲輝を訪れ、新しい魔導器の設計を依頼した。
雲輝は「試作」シリーズに魔導器を加えた。

古木と希少な鉱石を素材として使用した。真ん中の宝玉は方士流派からの献上品であった。
宝玉を50日間焼き続けて、そしてまた50日間山の泉に浸すことで完成に至る。
火と水の元素を吸収した宝玉は割れない強度の他に、天地のエネルギーをもっている。この宝玉を使った魔導器は、それ自体が魔力を練ることが出来る。

宝玉は透き通って琥珀のように輝く。雲輝は魔導器を「金珀」と名付けた。璃月の全ての邪悪な武器の起源であった。


邪悪な武器:誤訳。原文では「靖妖祓邪」とあり、「妖を靖んじ邪を祓う」、つまり邪悪を払うということである。

万国諸海の図譜

世の全てが璃月にあり。これは偉大な璃月港への讃美である。
他の国の珍宝も人と共に璃月港に来る。
大陸周辺の海域を集録した図譜に、各水域の海流、暗礁、風向のことが細かく記載されている。
異国の典籍らしく、開拓者精神、冒険者の知識、勇気、そして信仰が秘められている。

標題紙にこう書いてある。
「海風と海流を愛せ。さすれば風と水が目的地まで導くだろう」
「海風と海流を怖れよ。風と水は時に鋼鉄をも引き裂くだろう」

全ての海の性質を把握するため、満遍なく暗礁を探り、貿易風を感じ、鯨の群れを探す。
無数の船員が全ての出来事を、このしみだらけの本に記録した。恋人の髪と肌を描くように夢中になった。

異国では、ベテランの船員は海洋を恋人だと考える。そして塩辛い海水を「彼女」と呼ぶ。
海の心は秋の空か、それとも海のロマンか。
そして、この典籍は海と同じように、誰かの所有物ではない。夢とロマンを求める水夫のように、世界を旅する。

匣中日月

璃月の街に伝わる暗金の宝珠。
かつて天地日月の光を吸い込んだ後に、木の匣に数千年保管されていた。
こうして中の力は保存された。木の匣がなくなった今、宝珠は再び輝く。
天地と古今を知る者が使えば、数千年の静寂の力を引き出せるだろう。

璃月港の宝石商の間に、名匠クオンが天地の光を一つの匣に集めたという伝説が伝わっている。
そして匣を玄武岩で作られた密室に保存した。こうすれば、50日後に太陽と月の光が実体化する。

信じられない話ではあるが、クオンの神業は神をも凌駕すると信じている璃月の人はたくさんいる。
神業について、年老いたクオンに話を聞いた人がいたが、彼はただこう答えた。
「継続するのじゃ」

彼の弟子の話によると、「匣中日月」が完成した時、天地に異変が起こった。
これは偶然なのか、それとも神をも驚かせたのか。

冬忍びの実

フィンドニールの祭司の娘がこの白の樹の下で誕生したとき、
祝福と共に、緑豊かな山脈の国は喜びに満ちた。

シャール・フィンドニールの幸福は永遠に、
大地をまたぐ枯れることのない白銀の樹のようにーー
だれもがそう、思っていた。
かつて無数の人や事柄を見てきた記録者ですら、
姫の美貌と才徳は月の光のように照らし続けると・・・

しかし世界を凍らす鋭釘が突如降り、
この樹さえも粉々に砕かれたとき、
あの少女は一本の枝を持っていった、
この国を覆い隠す樹の命をつなぎとめるために。
しかし結局、それも叶わぬ夢となった。
刃のように冷たい吹雪は、月の明かりを遮ってしまった・・・

それから長い月日が経った遥か昔ーー
漆黒の龍と風の龍が命をかけて戦い、
腐植の血が灰のような山を赤に染めたとき、
樹は自身がまだ死んでいないと気づき、
貧欲なまでに、自らの根で大地の温かみに触れた。

ある人がくれる緋紅のエキスにより、
当の昔に死んでいた白の樹は、過去を思い出し、
すべての力で、果実を実らせた・・・

我が守った者、我に祈りをささげた祭司、
我のそばで絵を描いていた美しい少女、
手にできなかった幸せが、緋紅の果実となる。

悪の世界に正義をもたらすことができる者に、
「苦しみ」を乗り越えられる、正義を捧げよう。

ダークアレイの酒と詩

優雅に装幀した書籍。昔の貴族の間で流行った楽譜が記載されている。
今なお雛菊と成熟した酒の香りが残っている。
詩の内容はでたらめであるが、かつての路地裏と酒場で広く歌われていた。

「あれが酒好きの義賊だとみんな知っている。しかし彼がどこからきたか誰も知らない。彼はいつも突然路地裏に現れる」
「彼は歌い、飲み、通りや屋根を飛び回る。でも彼はとてもいいやつだってみんな知っている」
「腰につけている鳥頭の柄の剣は貴族から盗んだ家宝。さらに背中の漆黒の弓は百発百中」
「彼の優れた剣術は夜を切り裂く彗星のようであり、歩調は木の葉をそよがす西風の如く軽い」
「シードル湖の水を含んだ『午後の死』を全部飲んでも、夜に1人で貴族の寝室に忍び込める」
「義賊は富者から財物を奪って貧者に施した。風のように瘴気を吹き散らし、光のように暗闇を切り裂いた」

「義賊は無数の少女の白馬の王子様。少女たちは自分の部屋まで盗みに来て欲しいと夢に見る。しかし彼が好きなのは仲間と酒を飲むこと」
「ある日、彼はいつものように豪邸に忍び込んだ。盗れるだけ盗った後、帰り際に貴族の銀盃も盗んだ」
「その時、彼は月光の下で、窓に佇んでいる美女を見かけた」
「彼女の瞳は青い宝石のように、貴族の銀盃についている済んだ水晶と同じようであった」
「義賊は迷わず水晶を外して渡した。美女は乙女のような照れた笑顔を見せた」
「最後は、彼らが貴族の統治を終わらせた。二人は冒険に旅立ち、互いの心に留まる暖かな光になった」

物語はここまで。徳政が行われている今では、義賊のことを歌う人は誰もいない、義賊も必要とされなくなった。
酒と剣、美人と英雄、爽快な始まりと完璧な終わり、これらの要素が詰まっているのだ。平民に愛されてもおかしくはない。
事実がどうであろうと、二人の結末がどうであろうと、酒と希望に満ちた歌は、
不幸な人々に、明日と、そして権力者と立ち向かう勇気を与える……。

ドドコの物語

伝説によるとね、すごい遠い場所に、霧がかかった海があるんだって。その海の真ん中には群島があって、「金リンゴ群島」と呼ばれてるんだ。
それでね、穏やかで可愛いドド一族が、この群島にある島々でほのぼのとした生活を送ってるらしいよ。
ドド一族は優しい性格をしてて、やんちゃなところもあって、イタズラとか遊びが大好きな生き物なんだ。だから、みんな退屈したり、悲しんだりすることはないの。
「ドドコ!」ーーお互いにそうやって呼ぶらしいよ。意味は「最高の友達!」なんだって。

空を飛ぶ蒲公英のように、「ドドコ」もいつか風と海流に乗って、もっと広い世界を冒険するんだ。とある四つ葉のクローバーを探すためにね!
どうしてそうするかって?
「金リンゴ群島」で長いこと生活してると、ドドコはお互いが誰なのか分からなくなるんだってーーだって、みんな見た目が同じ「ドドコ」だから!区別なんてつかないでしょ?
炎みたいに赤い四つ葉のクローバーにだけ、「ドドコ」が何なのか彼らに分からせることができるんだ。そうすれば、お互いに見分けがついて、自由気ままに仲間たちと遊べるね!
ーー少なくとも、なんでもできるママはそう言ってたよ。
こうして、何が「ドドコ」なのかを理解するために、彼らはそばにいる友達から離れて、遠くに行くことを選ぶんだ。そこで友達を作って、彼らの「ドドコ」、つまり「最高の友達!」になるの!
一緒にたくさんの景色を眺めて、面白いことをたくさんやって、たくさんの仲間を見つける…そして、自分自身を振り返ったその時こそーー火花と共に輝く四つ葉のクローバーの登場!

だからね、もしモフモフの「ドドコ」が「金リンゴ群島」から海に転がり落ちたり、風に乗って遠くに飛びだったりすると、これから最高の友達に出会えるってことなの。
この貴重な本はね、世界で一番自由なママから世界で一番運のいい娘へのプレゼントなんだ。ここには、ドドコが彼女と出会う前に経験した無数の冒険が描かれてる。それと、彼女と出会った後に経験した火花と宝物と仲間たちに満ちた大いなる冒険も!

白辰の輪

「早すぎる出会いと別れ、 まるで一夜の夢のよう」

平凡な一生を、
私は充実に過ごしたと思っている。

私は白辰の狐として、
かわいい眷属たちと、
鳴神の野原を山々を駆けた。

すべてが終わったら、
あの子たちがまた楽しく走れるように……

月のようにきれいな鬼族の少女と、
一緒に御前で舞いを披露したことがある。
彼女の剣舞は美しく、
彼女の美貌、勇姿、 佇まい、
すべてが千年後に語り継がれれば良いと思った。

あの少女の美しさを思い出したら、
お面を被って顔を隠したくなる……

影向の天狗の族長と速さを競った。
修験霊山の参道を表も裏も走り抜け、
それぞれの力を比べた。

勝ったのは、意外にも白辰一族の私だった。
今思えば、 手加減をされていたのだろう。
そう思うと、少し悔しい……

私に歯向かう妖狸を策ではめて、
誠心誠意将軍様に降伏するように仕向けた。
同時に恐れ多くもあの方にも、
生意気な大妖狸王を麾下に加えさせるように仕向けた。

あの夜、月の光が御苑の枝や花びらに降り注ぎ、
庭がキラキラと無数の真珠のように美しかった。
その景色が今でも私の浅はかな胸の中に光っている……

覚えていてほしい、 別れの前に、 無礼を承知で告げた箴言を。

「騙されず、動揺せず、 あなたの信じた道を歩んでください」
この言葉が、嘘や悪意から少しでも彼女を守ってあげられれば。
あのわんぱくで純粋な狸の子が、 私の最後の嘘を恨まないように……

今、最も暗い場所にいても、
この景色を忘れない。
雲を射抜く月の光のように、
小さく脆い心を照らして。

私は人の姿でいることもあった。
短命で美しい小さな生き物とともに生きることも。
色々な身分で、 沢山の人間の友になった。
故郷の神社のために鳴神で修行をする巫女も、
夏祭りで大人とはぐれた子供も、
仙家の術の修行をするために適月へ行ったやさしい少年も、
町の繁栄のために尽力した勘定も、
鋭い刀剣を鍛えることに夢中な職人も、
匠な技で流星を造り夜空に咲かせた一族も、
皆、意図せずできた大切な友たちだ。

彼らを守る結界が、 いかなる暗闇にも侵されないように……

すべてが、 なつかしい。

「だから、 私を蝕む漆黒の意思よ」
「私にはもう力がない」
「この白辰の血をお好きにどうぞ」
「ただ、願いを聞いてはくれないかもしれないけれど」
「もし叶うのならば……」

「私の大切なものが見えるのなら」
「あの生き物たちを許してやってください」
「願わくば」
「私の明るい記憶たちを」
「私の愛した土地に還してください」
「あなたが通った後も」
「素敵なものが残るように……」

誓いの明瞳

「我に海淵の神になれと?」
純白の巨蛇が、目の前の童を見下ろしながら言葉を発した。
「我が未知なる海へと落ち延びたのは、貴金の神と鳴神に敵わなかったゆえのこと。」
「それでも光を望むのなら、いつかまた必ず、亡失を再び味わうことになる。」
「我の死は取るに足らぬもの。無為に生きる屈辱、汚名による恥辱ーーもう十分だ。」

巨蛇は、蛇の瞳のような宝珠を見せた。
「ならば、この宣誓の瞳を前に誓え」
「我と珊瑚の眷属も、このように結盟した。」

「皆、先師スパルタクスの教えを忘れたのか?」
「神を崇めるな。頼れるのは己のみだ!」
白蛇はなにも語らず、海淵の民の意志を尊重することにした。
この愚かな崇拝が、新たな信仰に敗れたのなら、
それは抗う人々に対する屈辱になるだろう。

「ならば、この宣誓の瞳を前に誓おう。」
「かつて、我がすべてを失った時のように。」

「月日は流れ、島が成り立ち、ヴィシャップは退いた。そして、聖土は法によって治められている。」
「珊瑚宮家、地走官衆、我の御使いーーこの瞳を前に大願は成就した。」
「以後、淵下において二者以上の不和が生じた際、他の決断を下す。」
「大日の塔は汝らの決議を聞き、自らの意志で崩落する。これまでの全てを消滅させるだろう。」

最後の言葉を言い終えた蛇神は、
残りの民を率いて海へと向かっていった。
ついに、天の都との誓いを果たすときが訪れたのだ…

満悦の実

「実は、月はいつも真珠のように丸いわけではない…」

それは遠い昔のこと…とても怖い話だ。幸い、それは単なるお話で、私の記憶でも、あなたの記憶でもない。
月が鋭い牙の形、そして凶悪な笑みの形になった。月明かりが葉っぱを通して、草むらに差し込み、夜露を真珠に変えることもなくなった。
木は風に吹かれ、麦の波のように倒れた。大地は大きな悲しみに包まれていた。
その悲しみはあまりにも濃く、深すぎて、小川の水でさえも塩と鉄の味に変わってしまったのだった。

私たちを作った千樹の王は、森を私たちに託した。それで、私たちは漆黒の獣、鉄鋼の巨人、そしてマラーナと戦った。
彼女は森にいた多くの子供たちとともに砂漠へ入り、災難の根を燃やし、厄災の枝を折ったが、最終的に木陰の下に戻れた者はごくわずかだった。
私たちはヴァナラーナを失い、多くのアランナラが早々に大地へと還った。
結局、最後に得られた物語までもが、苦いものだった。

しかし、私達はついに厄災に打ち勝った。たとえ深い砂の海の中であっても、ハスの花は咲くものなのだ。
私たちを創った彼女は、大地の心にポッカリと空いた穴を埋めるため、砂漠の中にまた新たな生き物を想像した。

……
どんなに苦い物語にも、勇気と力は潜んでいる。たとえ物語が「記憶」ほどには強くなかったとしても、そこには力があるのだ。
あなたがくれた、私たちとの冒険物語を大切にしよう。月が再び変化した時、それはあなたのために森を守ってくれるだろう。

彷徨える星

あれは千年も前の出来事——あの愚かな神王が、砂嵐で滅んだ後の時代に起きたこと。
王国を失った流浪の王子は生い茂る樹海へと逃げ、静かな月光に包まれた。
新天地を手にしようと希望を心に秘めてやって来たものの、白弓の女狩人に追われ、
狼狽した浪客はツル草の枝に囲まれてしまう。冷たい月光の下、彼は猛虎の唸り声を聞いていた。

「雨林の中を進むことは困難を極める。凡人はただ葉の隙間から見える夜空で、前方の道を判断するしかない。」
「明滅する晩星は浪客のために方向を示していたが、彼を致命的な罠へと陥れた。」
「樹林をうろつく女狩人は手に白弓を持ち、次々と招かれざる客を追い払う。」
「老いた虎の咆哮とともに排除の命が下された。しかし、彼の命に手は出さなかった。」

年老いた盲目の詩人は、こうして流浪の王子にあった出来事を繰り返し言葉にする。その声はかすれていた。
すでに両目を失っているが、無意識に明月の隣にある晩星へと目を向けた。
明滅する晩星は浪客を新しい希望へと導いた。しかし、それは滅亡の始まりでもあった。

何年も後に、すべてを失った浪客が死に直面して選択を迫られる…「死」の教えが耳元で囁かれ、彼は初めて警告の意味を理解した…

「あなたは森に属さない、死にも属さない、王の宮殿から離れよ。」
「命と記憶をまだ大事にしたいのであれば、暗闇の危地に深入りするな。」

「そんな馬鹿げた話を繰り返すのをやめろ…」
「もし流浪の宿命が、私を月色の白弓へと導いたのなら…もしあの晩星が末路を示しているのなら。」
「自分の運命を喜んで受け入れよう、鷹の追求で死ぬよりいい。」

古祀の瓏

岩王帝君が訪れたとき、沈玉の谷の先人はとうに山あいの村落に後退していた。
岩間の清水のように美しい玉を切り開き、古い儀式に従って荘厳な祭りを行っていた。
吉日になると、一族の人々は煩わしい労働から抜け出し、美玉を祭器として水に投じて祀った…
青い空の上で久しく沈黙している使者を記念し、来年の幸福と災禍を占うのだ。

沈玉の谷を支配していた魔神が異郷で命を落とし、岩王帝君の秩序がこの地を引き継いだとき、
山野に落ちぶれていた先人の村落は、璃月からの文明を受け入れつつも、祭祀の伝統を残していた。
歳月が流れるにつれて、硬い石も柔らかい水に磨かれて丸くなり、当地の古い伝統も璃月の移民に受け入れられた。
そのため、ここでは璃月港とは異なる風習が発展していく。璃月港の人とは異なる温和な気風を持つようになった。

果てしない歳月が再び流れ、先人の氏族と村落は移民と融け合って、新しい宗族と集落ができた…
玉を彫刻する古い技術を失ったため、新たな時代では茶栽培が生業となる。このため沈玉の谷には茶畑が広がった。
沈玉の谷の民は、もはや清水のような玉器を永遠に流れる川に投じることはなくなり、多くのことを忘れてしまった…
だが、遺瓏埠に登って先人と故人を祀る儀式は、谷間の清らかな宝玉のように、今も残っている。

時折、薬草摘みの者が谷間の廃墟から碧色の玉瓏を見つけることがある。
もう古き高天に応えることはできないが、今世の光はなおも輝いている。
物言わぬ玉瓏は、先人の流離漂泊の古い歴史を自ら語ることはない。
過去の謎はすべて、何気なく拾った者の推測と想像に任せるだけだ。

純水流華

周知の理由で、『クロックワークコッペリア』の脚本は公開も出版もされていない。ただ、当時のグロリア劇場の生存者のうち、一部の観客が記憶に基づいて幕間の休憩までのあらすじと台本を書き写している。
コペリウス氏の遺族と上記の方々の同意を得て、弊社はその原作の一部を復元できるよう、関連資料をまとめて整理した。
一部分から全貌を推し量ることができれば幸いである。

内容概要:コペリウスの計画がファントムハンターに露見し、劫罰を受ける前にコッペリアに最後の別れを告げる。

コペリウス:私のために歌っておくれ、私のコッペリアよ。わが愛欲、わが罪、わが魂よ――最後に私のために歌っておくれ。
コペリウス:私の心に絹糸を巻きつけ、それで私をしっかり縛り、首かせをはめるのだ。君の見ている前で、破滅を迎えさせておくれ。
コペリウス:私の心は決まっている。だから、これからは私を喜ばせてくれる人を探すのではなく、私が選んだ人に喜びをもたらしたい。
コペリウス:それで君に笑われようとも…それは私の考えが愚かなのではなく、私の行動がかくも不器用だからだ。
コッペリア:私に何を歌えと仰るのですか、愛する人よ。この罪と避けることのできない罰のために、どう歌えというのです?
コッペリア:世の人々は、表面的に華やかな現象を見ただけで喜びます。情熱的な人が、命取りになる毒が潜んでいることにも気づかず、金メッキの果実を求めるようなもの。
コッペリア:コペリウス、私のコペリウス、あなたが追い求めたものは空虚な場面のように跡形も残っていません。誘惑はいつも旅を終わらせるものだからです。聡明な人であれば知っています。

内容概要:コッペリアは同行していた青年に旅に出た真意を打ち明けると、彼女の目の前で亡くなった創造者の後を追うことを決意した。
ナサニエル:この件は荒唐無稽だが世の常だ。知恵ある者は、いつも愚か者の言いなりになる。人生は低俗な喜劇のようなものだ。
コッペリア:まさにその通りです。私のことはご心配に及びません。すぐにこの辛い苦難は跡形も無く消えるでしょう。
コッペリア:私を創造してくれた人は、この世を去りました。あとはこの錆びた歯車も同様に消えてしまえば、一切の罪は忘れられるでしょう。人間にとって、忘れることは許しを意味します。
コッペリア:私はもう陽や月や星を見る必要はありません。林の中を飛び回る鳥の歌を聞く必要はありません。この心臓を与えてくれた人が去った世で、なお鼓動を続ける必要はありません。
ナサニエル:どうするつもりだい?コッペリア:この心――人間のように鼓動する心臓は、すでに旅の途中で同じ重罪に染まっています。苦痛と後悔に苛まれる心は、どこで安らぎを求めるべきなのでしょうか。

果てなき紺碧の唄

此岸と彼岸の狭間、現在と過去の狭間、
空は広大で果てしない、一面の自由な碧。
花は大地に根を下ろしつつ、限りない天空に憧れ、
翼を持たずして尚、飛び上がろうと上を向く…

草花の運命は結局、深い大地に張る根に縛られる。
蒲公英の命は空の限りない自由を味わう運命。
果てしない碧の世界は、円蓋のように大地の四方を逆さに映す。
白い雲が漂い、穏やかな大空を飾る。

あたかも粘り強い蒲公英や野菊のように、
青緑の大地の人々は、自由への信仰に掌を握りしめる。
荒れ狂う暴政の吹雪に見舞われても、
高潔な節操が堕落し腐敗しても。

しかし、天空を吹く風を称える伝統が綴られ続ける限り、
この貴い自由が代々の人に賞賛の言葉と共に伝えられ続ける限り、
数多の民衆は天空へと飛ぶ蒲公英のように、
自由な心で次から次へと縛るもののない幸福を追ってゆく。

ヤシュチェの環

それは遠い昔、今では神話として語り継がれる時代のことだ。その頃、龍はまだ灼熱の平原を闊歩していた。
数えきれないほどの試練を乗り越え、離れ離れになった双子の英雄が悪龍の屍の前で再会し、誓いを立てた。

「父は龍王の気まぐれで命を落とし、母も我が子を守るために身を犠牲にした」
「もし、豊穣と鉱山の親族の助けがなければ、アホブとイキが再会することもなかった」
「ゆえに、我々は聖なるキワタノ樹に誓わん。この世から死と破壊と苦痛を根絶することを」
「世の強者が弱者を虐げることを防ぎ、昼も夜もないこの大地に光をもたらせるように」

こうして「力」と「祝福」の道を辿り、双子の英雄は共に冒険の旅に出た。
暴れん坊の青年と穏やかな少女は、お互いの欠点を補い合いながら進む…

「我々はただの弱い人間だが、汝は風雨を操り、空を震撼させる巨大な龍だ」
「汝が雷を三度召喚し、それでも我らを倒せなければ、こちらの攻撃も三度受けてもらおう」
「高貴なる龍よ、汝は人間と競う勇気があるのか? まさか逃げ出すつもりではあるまいな?」

凡人が想像し得なかったような気概で、太陽の神を自称する傲慢な者に挑んだ。
山々を揺るがす雷霆に立ち向かい、最終的には偽りの太陽を矢で撃ち落とした。

「ご覧ください、尊き王よ、どうして凡人の粗末な技でこのような完璧な宝石を作れましょうか?」
「愚兄と私は、主の命により、あなた様の傷を癒す秘薬を捧げるために参りました」
「主から授かった宝石はここにございます。どうぞご自身でお確かめください。ああ、企みなぞ一切ございません」

このように、凡人が目にしたことのない火を使い、本物と変わらない宝石を作り出すと、
地震を引き起こした巨大な龍に秘薬を飲ませてその力を奪い、山に生き埋めにした。

想像を絶する数え切れない冒険伝説は、後の世に豊穣の邦と鉱山の伝統の起源となった。
すべての道が交差するその先で、勇者と出会った双子の英傑は、共に夜風に身をゆだねた...

「勇者よ、汝の行く道が悪龍の殲滅に通ずるならば」
「勇者よ、あなたの行く道が苦悩と不幸の解消に通じているのなら」
「我らは聖なるキワタノ樹と先祖に誓う」
「アホブの吹き矢とイキの鍛冶の火をあなたに授けよう」


それは、多くの部族の旗がまだ灰色の埃をかぶっておらず、盟約もまだ色褪せていなかった時代。
灰燼の都の新たな王は、まだ権力のすべてを掌握しておらず、誓いを反故にする計画もまだ立てられていない中、
かつては互いに頼っていた双子の英傑も、それぞれの立場から次第に疎遠になっていった。

同じ血筋に生まれ、かつて始炎の殉葬者と共に旅に出たとはいえ、
復讐に塗れた戦士の瞳に映る龍は、鍛冶の火を扱う職人とは異なる見え方をしていた。
勇者の教えに公然と反対したことはないものの、龍に対する敵意は周知の事実である。
だからこそ、灰燼の都の主が逃亡した悪龍の追跡を命じたとき、
この呼びかけに応じたのは、当時同盟に所属していた英傑の中で、アホブただ一人だけだった。
「族長」という名の下に、無数の豊穣の邦の戦士たちを率いて鉱山へ向かい、
ナナツカヤン族の族長に「山に潜む凶獣」を引き渡すよう要求し、武力衝突を回避しようとした。
数日間の対峙の後、苛立った豪傑は妹を再会の地に招き、
誠意ある言葉であの日交わした誓いを思い出させようとした。しかし…

「愚か…なんと愚かな! 鍛冶の火の煙が汝の心を曇らせ、過去の血の恨みを忘れさせたか?」
「新王の命はとうに下された。汝はあの残忍な凶獣を守り、同盟の誓いを破るつもりか?」

「灰燼の都の僭主と手を組んだあなたこそが誓いを破った逆賊です、愚かな兄上…勇者の訓戒をまだ覚えていますか?」
「もしあなたが、静かに暮らす龍たちをどうしても傷つけようというのなら…ナナツカヤンはあなたを同盟を裏切った仇敵と見なします」
「兄上、愚かな兄上よ…あなたが求めていたものはもはや復讐ではなく、血に飢えた自己満足ではありませんか?」

煽り立てる言葉と嘲笑う月光は、燃えるような怒りを伴い、彼の理性の最後の一片さえも奪っていった。
かつて巨大な龍と戦った英傑は、腰から剣を抜き、愛する者の首筋にそれを突き付けた。
当初の意図は、相手を威嚇し、鉱山の温厚な支配者を新王の法に従わせることのみだったが、
燃え上がる朱色は、言葉での論争に終止符を打ち、悲痛な叫び声だけを残した。
「力」と「祝福」の道の果てに、愛するものを抱きかかえた英傑は業火の中を進み行く。

部族間の狼煙は上がることはなく、二人の族長が消息不明になったことで、静寂が守られた。
龍族に恩赦を与えるふりをした王は、峡谷と肥沃な土地に使者を遣わせ、同盟に対し一時的に権限を委譲するよう説得した。
二つの主要部族が新しい族長を選出し、栄光の象徴である旗を部族に返すまで。
一方で、龍を守る人々の名前を密かに記録し、裏切者の命を奪う好機を待っていた。
そして、後に部族の代表として崇められることになるサックカは、運命に与えられた道をまだ知らなかった…

先見の明がある僭主でさえ、権勢への障害がこれほど簡単に取り除かれるとは思いもしなかった。
悲しみと喜びが交錯する中、花翼の集の若き後継者が、もう一つ密告を行った…

蒼紋の角杯

人々が歌うのをよく耳にしたり、それを話題にする姿もよく目にしたりした。
この楽しいパーティーで、人々が集まるその時に。私の願いは、あなたのために新しい歌を歌うこと。
弦を弾き、メロディを奏で、
さあ歌おう、そして物語を語ろう。
古代の祖先、巨体の英雄トゥパックの物語を…
……
若く勇敢なテノッチは、この言葉を聞くと怒るだろう。
猛々しいワニのように、誇り高いブラウンディアのように。
彼は長い棒を高く掲げ、トゥパックに言い放った。
なぜ海に来た? なぜ波を越えてきた?
君の祖先であるウヌクさえ、ここまで傲慢ではなかった。
もし俺を止めようものなら、魚の腸に埋めてやるからな!

山のように屈強なトゥパックは、その言葉に吹き出した。
猛々しいサイのように、誇り高いエミューのように。
彼は角杯をしっかりと握りしめ、テノッチに言い放った。
あんたみたいな小さい奴が、どうやって俺を傷つけるんだ?
この角杯は、俺のものであり、故郷の同胞のものでもある。
もしこれを奪う勇気があるなら、俺とレスリングで勝負してみろ!

山のように屈強なトゥパックは、常に英雄的な存在であった。
彼はかつて、怒りに任せて素手で山を壊し、
また、岩を大地に突き刺して地中から温泉を湧き出させたこともある。
(現在、南西にある温泉は、
彼の遺産であり、今でも目にすることができる)
かつて、彼は一人で海に行った時、二つの尾を持つの*巨鯨と激しく戦ったことがあり、
猛獣の牙を折って、常にそれを持ち歩いていた。
あの時湧き出た湯のように、彼の心は熱く荒々しかった。
若く勇敢なテノッチは、彼の目にどう映っていたのだろうか?
……
山のように屈強なトゥパックは、急に数十年前のことを思い出した。
テノッチとの一戦で、角杯を奪い合った時のことだ。
彼は炎の主の前で、話をする。
山のように屈強なトゥパックは、角杯を炎の主に献上しようとしていた。
それを捧げることで、最後の希望を実現させようとしたのだ。
そのために、彼は炎を高く掲げた。
息絶えるまで、炎を握りしめていた。
息絶えるまで、彼は決して誓いを破らなかった。
……
俺の物語はここまでだ。若者よ、どうか覚えておいてほしい。
俺が発した言葉を、古き伝説を覚えておいてほしい。
かつて父は歌ってくれた。黄金の海風の中で。
母もまた教えてくれた。俺がまだ純真で無知だった頃に。
漆黒の時代はとっくに過ぎ去って、災厄も今は静かなものだ。
流泉の上ではいつも歌が響いて、夕暮れの下ではいつも宴が催される。
しかし若い世代よ、この戒めを忘れてはならない。
団結だけは放棄してはならず、約束だけは反故にしてはならないのだ。

波乗りの旋回

かつて流泉が集まる谷を烈風が吹き抜けていた時、山のように大きな巨人が海と空の間に立っていた。
砂岩のような身体には灼熱の心があり、立ち上る湯気は空を覆った。
彼がメツトリのトゥパックだと、誰もが知っていた。この世に彼よりも大きな者はいない。
山から海、林から野原に至るまで、ナタの人々で彼に敵う者はいなかった。

その時はナタにとって貴重な良い時代であり、辺りは平和で、古き影の敵さえも静かだった。
人々は太陽の下で繁栄と安寧を満喫し、夜巡の古い儀式も忘れかけていた。
部族に認められ、反逆の英雄でさえ敵わないほど強いにもかかわらず、
大柄なトゥパックは鬱々としていた。彼の荒々しい勇猛さは、まるで池の中で息をひそめる龍のようなものだった。

「本当はもっと昔に生まれて、英雄シュバランケと共に悪龍の首を斬るはずだった。」
「それか金の瞳の王旗を掲げて荒れ狂う蛇王を討ちとって、万民を災いから救うはずだったんだ。」
「平和な時代に生まれてしまったが故に、こんな力を持ってるってのに、ただ平凡に生きてくしかねぇのか?」

波が彼の足を洗い、カモメが岩礁の上を旋回する。海風は長い歌を奏でていた。
彼の相手はこの地には存在しない。ならば、誰も足を踏み入れていない外の世界に求めるしかない。
巨獣の骨か太古の秘宝を持ち帰ることができれば、この人生にも価値があったと言えるかもしれない。
そう思うやいなや、彼は怒涛の中に身を投じ、果てしない海流に身を任せて、未知なる地へと旅立った。

最初に出会ったのは古の賢王に追放されたクク竜だった。その両翼は風を呼ぶ帆となった。
次に、かつて波を逆流させた漆黒の鯨に出会った。その骨は巨人の白い舟となった。
その次は深淵に棲む、巨大で貪欲なウミヘビに出会った。その長い牙は巨人に最もふさわしい武器となった。
海底に棲む巨大なイカを酒のつまみにして、うまいうまいと食べた後、トゥパックはついに海の果てに辿り着いた。

「トゥパック、焔土の豪傑、勇猛な巨人よ、貴方の傲慢の荒波もここまで。」
「貴方が悩み苦しんでいるのは、死の道や闇の扉をまだ見ていないから。」
「肉体を鍛え、鉄の鎧としなさい。その筋肉が金のハンマーとなるまで磨き上げるのよ。」
「かつて貴方が敵対した追放者が帰ってくるまで、その真心を持ち続けて、誓いを忘れないように。」

最後の瞬間、山のように大きく、たくましいトゥパックはやっと自分の使命を理解した。
炎を背負った主が炎の帰る場所にやって来た時、夜神の言葉が耳元で響いた。
彼の伝説は永遠に、太古の英雄にも劣らないほど、強く大地に刻まれるだろう。
そして、死の扉が彼の前に姿を現した。まるで、彼が神に誓いを立てた時のように。

烏髄の孤灯

もし権力が威厳に満ちた高塔だとすれば、その重みを支えるには、どれほどの煉瓦が必要となるのだろうか?
煉瓦は建物になろうという意識を持ったことなどない。どの煉瓦が土台となり、どの煉瓦が頂点となるか、誰が決めているのだろうか?
一見隙のない秩序は、完全なる偶然によって、傲慢に煉瓦の運命を定める。
そして、一つの重要な煉瓦が仮初の正義に従うことを拒絶すれば、いとも容易く高楼は崩れてしまう。

「ゴッドファーザーの秘宝は闇市の奥。」古い秩序を破る盛宴はこうして幕を開け、財宝を狙う盗賊が押し寄せた。
これは万人の万人に対する闘争である。最も致命的な脅威はゴッドファーザーの砦ではなく、互いを貶め合う仲間であった。
最初に宝庫の深部に足を踏み入れたのは、一人のフェイだった。世間を渡り歩いた彼は、いかにして利益を求め、害を避け、危ない駆け引きを遠ざけるかを知っていた。
彼は狡猾に人の心を地図のように読み、騙し合い貶し合いの隙を突いて、最も安全な道を歩んだ。
次に訪れたのは、一人の少女だった。彼女にとっては、ゴッドファーザーの出した謎より、フェイとの勝敗のほうが大事だった。
彼女は素朴に、刃ですべての錠を砕き、最もシンプルな方法で、精巧な機構を処理した。
最後に挑戦したのは一人の狩人だった。彼はこの迷宮を冬より厳しい狩場だと見なし、慎重に進んだ。
彼は勇猛に、忍耐力を毒の罠、鋭い勘を血に染まった刃とし、もっとも原始的な戦い方で敵を退けた。

しかし、フェイも、少女も、狩人も、宝庫の門の前で敗北することとなった。
黒服に身を包んだ執事が三人を捕らえて、順番に奥の部屋に連れていった。
「ゴッドファーザー様、ゲストの方々が着席いたしました。どうぞご指示を。」
ゴッドファーザーはザイトゥン桃を咀嚼しながら、順番に執事が連れてきた客人たちに声をかけた。

「君は世の秩序を顧みず、他人の所有物に手を出そうとした。故に、私は君に褒美を与えたいと思う。」
「秩序という物は、秩序を作った者の利益のためにある。しかし、私はこの理を受け入れるつもりは無い。だから、君の助力が必要なのだ。」
「世界の秩序に則ると、裕福な者が裕福に、貧しい者が貧しくなっていく。そして、盗みだけが均衡を取り戻せる唯一の方法である。」
「これから道理を守り、盗みを働くなら、大盗賊の遺骨を前にこの果実を食べるがいい。」
フェイは幼い頃より、貴族の虚飾から逃れたいと思っていた。彼はゴッドファーザーの言葉に感服し、バブルオレンジを飲み込んだ。
少女はゴッドファーザーと同じ考えを持っていた。彼女は上に立つ者に屈服したことなどない。故に、彼女は素早くググプラムを飲み込んだ。
最後に狩人が、ヴァルベリーを飲み込んだ。彼が寒さの厳しい森の奥に逃げ込んだのは、元々穢れた世の中で妥協しながら生きていきたくなかったからだ。
「よろしい。では、ここに秩序のフルーツ団を結成を宣言する。忘れるな! 今日から君たちは、不公平に抗う力の要だ。」

客人たちが離れるのを見届けた後、ゴッドファーザーは空っぽの宝庫の壁をそっと撫でた。
彼は秩序の高楼の最も重要な煉瓦を引き抜いた。しかし、その後の事態までは予想できなかった。
ゴッドファーザーが腹の痛みに顔を歪める様を眺めながら、傍で執事が微笑んだ。
彼女は大盗賊の黒々とした遺骸をさっと拾い上げ、解毒用のドドリアンを無造作に置いて、颯爽と立ち去った。

「盗賊たちに語った言葉は、大盗賊の理念を広めるに足るものでした。その事実を考慮し、命は奪わないで差し上げます。」
「ですが真の公平は、秩序の下には存在しません。誰も秩序を定められぬ時のみ、真の公平は存在し得るのです。」

天光のリュート

古き宮殿の廃墟を抜けた荒原の果てには、アームスヴァルトニル湖に寄り添う静かな聖なる森がある。
森の金枝を手折った者は、白昼にその身を隠す仙霊の王宮を見つけられると言われている。
それは天光の届かぬ影に隠れ、時と空に忘れられた古の国である。
かつての主は遥か昔に去っており、長きに渡って手入れされていない庭園と、時の流れに華美な装飾を剥ぎ取られた広間だけが残っている。
しかし、誰もいないはずの宮殿には、少女の声なき哀歌が響き渡っている。
「天空の巨匠はかつて金色の琴の弦を用いて、生きとし生けるものの運命を紡いだ。」
「それは天空の神聖なる計画。従えばこの世は幸福に染まる。」
「しかし無知な者は夢を見て、その夢の中で彼女のもう一つの未来を覗いた。」
「彼女は人々が天に通ずる塔を建て、高塔の聖徒が天に敵対する様を見た。」
「彼女は山より巨大な獣が、轟音と共に大地の束縛を断ち切る様を見た。」
「彼女は三つの月が海を照らし、太古の巨龍が波のように湧きたつ様を見た。」
「全ては夢が覚めると同時に、最初から何もなかったかのように消えてしまった。」
「最後に残ったのは、星のような瞳のきらりと光った一瞥だけ。」
「それは愛? それとも希望、野心、死への欲望が混ざった妄念?」
「しかし、もうどうでもよい。彼らの物語の幕は閉じ、楽園はフィナーレを迎えた。」
「かつての秋夜に響いたひぐらしの声は、放逐されし者の吟唱であり、人類の口から出た初めての歌声。」
「彼らは姿かたち、そして神が宿る故郷を失い、残されたのは歌と思い出だけ。」
最後の歌い手が、最初の仙霊が、終末の曲を弾きながら天の使いの広間に座っていた。
かつてここに立ち入った狼は、遥かの昔に去った。ここでは果たせぬ夢が、ただ幻影を追い続けている。

霜辰

「忘れないで、アヴィレリアン…あなたは、運命が私に与えたただ一つの宝」
「あなたの血には千年の呪いが流れている。でも私は、あなたがただ安らかな一生を送ることだけを願っているわ」
「何があっても、決してナド・クライには足を踏み入れないで。楽園の妄想に耳を傾けてはなりません」
「月下の俗世に、凡人のための楽園が築かれたことなどないわ。高天の主が創造したものには、限界があるのよ」

オーロラが優しく撫でる雪国の夜、かつて聖女と崇められし者は、再び故郷にまつわる予兆の夢を見た。
生まれ故郷に別れを告げたのち、何年も忘れようとしてきたあの囁きは、霜のように温かな眠りを犯す。
その身に宿した新たな生命が、眠っていた霊視の力を呼び覚ましたのであろうか。纏わりついて離れぬ幻視は、近頃ますます鮮明になっていく。

最初は、終わりのない悪夢だった。幾度も繰り返される悪夢だ。
天命によって生み出されたものでない生命の種は、銀白の枯れ枝から荒れた都の廃墟に落ち、
翼を持たない二足歩行の動物は、流れ込む知恵と繁栄を満喫していた。
その後に続いたのは、数多の美名を冠した、際限なき強欲と私欲であった。
憎しみ、呪い、裏切り、争い、略奪、殺戮、同族による殺し合い。
星散る町の善悪を、神の御使いはただ黙して見ているばかりであった。
───泥まみれの大地の諸王が、永遠の高天に挑戦するまで。
やがて美しき高塔は戦火の中に崩れ落ち、奴隷たちの哀号をも、がれきの下に埋めてしまった。

千年と千年の夢のない夢──それはまるで泡沫のようだった。
秘境の中、枯れ木の下には無数の冠が積もり…やがてそれも忘れ去られた。
しかし、ついに…神聖な計画が壊れる時が来た。そして、黄金の都が築かれたのだ。
輪廻の終わりに満足できない人々は支配者が抱くような野心を胸に、
世界の空位の王座を狙い、魔天を隔てる境界を打ち砕こうとしたのである。
無限の楽園も最終的にはあらゆる儚い悲願のように潰え、
光焔の龍王は霧の黒い淵に堕ち、海の波が白石の帝国を呑み込んだ。
死にゆく世界は終末へと向かい、旧日の影だけが深廊を彷徨う。

無数の血、涙、罪にまみれた夢、遥かな夢…
そして、長年のわだかまり、長きに渡る憎しみが、星のない夜に回り続ける。
ある時…今までに聞いたことのない…それでいてどんな知り合いよりも親しい声が、
漆黒の苦痛の果てに、柔らかな光のような憐憫をもって、彼女に囁きかけた。

「ならば俺がこの地上の争いを終わらせ、永遠の楽園を築こう」
「誰かの王になるためではない…誰も王になることのないように」

夢はいつも約束の瞬間に覚め、意識が現実の浅瀬に引き戻される。
霜色の朝の光の中で、腹の中の命の微かな鼓動を感じる。
若い母親はため息をつき、胸元にある銀白の護符を撫でた。
そして、傍にいる愛する人の顔を見つめながら、護符を撫でていた手を腹に当てた。

「ねえ…どうしてそんなに落ち着かないの?」
「私の心を知って…怯えているの?」

☆3

翡玉法珠

翠玉で作られた軽い法器。耐久性があり、値段も安く、人気の商品である。
精巧に作られた法器は見た目が小さく、璃月の人に「翠玉丸」と呼ばれている。
護身用法器としては使いやすいほか、アクセサリーとしても悪くない。

魔導緒論

この版の「魔導諸論」は発刊当初から大きな論争を巻き起こした。
「第七章: 風の元素の運用原則」の常識のずれはともかく、
水と雷の元素についても、基本的なミスが沢山あった。
明らかに発刊前に校閲されていない。
しかしながら、この本は現在においても最も代表的な魔導入門書である。


「この版」とは武器の概要文からVer.12と思われる。時代発展などの内容が追加され、Ver11の誤字を修正したもの。

龍殺しの英傑譚

五人の英雄は魔龍討伐の道へと旅立った。
剣使いの騎士は栄光のために。
勤勉な魔法使いは研究のために。
敏捷な傭兵は賞金のために。
百発百中の弓使いは復讐のために。
あとは博学で知識豊かな作家、物語のために。
私は話し上手で書き上手。文章とアイデアも完璧である。
実は、私はなかなか仕事が見つからず、仕方なく誰でもできる職についた。
しかも私は作家ではない、二十半ば過ぎても、ろくな仕事についたことのない若者にすぎなかった。

異世界旅行記

安っぽいファンタジー小説。一人の一般人が、死後に別の世界に行ったことを綴る小説。
その世界は危機に瀕している。何千人もの人々が、地下に潜む鋼鉄怪獣に飲み込まれた。
力のある人は、指を鳴らすだけで世界を変えられる。全く非現実的な物語。
ただ現実と同じことが一つだけあった。貴金属はごく一部の人に所有されていて、宝庫に隠してあることだ。

特級の宝玉

外装は豪華だが、適当に店の一番目立つところに置かれている玉器。
箱の中に、誰も聞いたことのない何らかの機関が発行した鑑定書が入っている。
宝玉の真贋を判別する眼力がなければ、あっさりとこんな外装と鑑定書に騙されるだろう。ただ、本物の美玉と比べたら、この玉器の値段はまだ優しい。

☆2

ポケット魔導書

生徒たちの間で流行っている魔術指導書は、ポケットに入れられるサイズだ。
教科書に書かれた長ったらしい原理と練習問題を省き、テストに出る内容だけが取り纏められている。
だが『魔導論』第十二版の改変により、現時点では使い物にならないようだ。

☆1

生徒ノート

文字を使って学んだ事、実験結果、呪文を記録した。
文字と文字の間にある空白に、生徒の努力を記録した。

☆5

アモスの弓

不毛の上古時代。青々とした大地がまだ骨のように白い時代だった。
裸足で雪の上を歩き、少女は偏屈な塔の君王を追いかけた。

彼は彼女の至愛だった。だが烈風の王は凡人の弱さを理解できなかった。
彼は彼女の敵だった。だが彼女の目的はただの復讐ではなかった。

「海の波と砂浜を夢に見たの。緑豊かな森と大地を夢に見たの」
「果実の森で戯れているイノシシを夢に見たの。高い尖塔を夢に見たの」
少女は彼に甘えてみたが、君王は耳を傾けてくれなかった。

やがて盲目な恋から目覚めた彼女は気が付いた。彼が本当の心を持っていないことに。
口では愛を語り続けても、彼の周りには刀のような鋭い風しか吹いていない。
君王の目には、果てしなく続く強風に立ち上がれない民が、
自分を畏れて慕っているように映っていた。

あれは北風の僭主と高塔の君王が戦った時である。
女性の弓使いは君王に愛されていると勘違いしていた。
戦いの最後、反逆の風が吹いた。
無名の少年、無名の精霊、無名の騎士と共に、
塔の最上部に入り、風中の孤高なる君王に挑戦した。

「こうすれば、彼は見てくれるよね」

だが、彼女が弓を引いたその瞬間に、
烈風の王が彼女を引き裂いたその瞬間に、
彼女はやっと気づいた。自分と彼との間に雲泥の差があることに。

天空の翼

天空を貫く琴。
その透き通った琴の音は未だに風と人の心に響いている。
伝説によれば、深邃古国の魔龍もその音に惹かれて風の国に来たらしい。

昔、風の神バルバトスは竪琴を撫でるように奏で、無垢な千風と唄を唄った。
不羈な風と歌に酔い、巨龍トワリンは大地に降り立ち、彼に忠誠を誓った。
バルバトスは新しい仲間ができたことに喜び、モンドを護る使命をトワリンに託した。
流れ者であった風神と風龍の絆により、黎明期のモンドを護った。

伝説に残る一戦。最後は琴声によって魔龍の攻撃が一瞬止まった。
風の龍はその一瞬の隙を狙い、魔龍を仕留めた。

激闘の末、長い眠りについていた風龍が、ついに目を覚ました。
風龍の前にバルバトスは現れず、龍の全身は毒に蝕まれていった。
それは見えない苦しみと聞こえない痛みだった。
毒が全ての悲しみを壊し、風龍を苦しめた。

風龍は自分が護った人々に苦痛を告げた。
かつて忠誠を誓った風の神に恨みを告げた。
自分の苦しみを無視する冷酷さを、
神でありながら、自らの眷属を容赦なく裏切ったことを。

悲憤の眷属は知らなかった。風の神は未だ彼を救うために奔走していることを。
憎しみの情に圧倒されたが、神の象徴である堅琴は思慕の念を抱いている。
百年の誤解は解ける。
風龍は再び神の唄を聴ける日がやってくる。

終焉を嘆く詩

「西方の風が酒の香りを連れて行く」
「山間の風が凱旋を告げる」
「遠方の風に心が惹かれる」
「サラサラと君への想いを歌う」

かつて、いつも悲しげな騎士がいた。
この歌だけが、彼の心の癒やしであった。
広場でこの歌を歌う少女だけが、
彼の仕事の疲れを癒やしてくれた。

古国に降臨した災いの戦火はこの地にまで及んだ。
風が運ぶ喜びの詩は、毒龍の咆哮や、
大地を揺らす魔物の足音、そして啼き声と烈火に飲み込まれた。
王位継承を望まぬ風神は働突に気づいた。
旧き友の夢を守るため、風に恵まれた緑の野原を守るため、
風神は長い眠りから目覚め、天空の紺碧の龍と共に戦った…
そして、騎士と騎士団も自分たちの国と故郷のために戦った。

猛毒の龍が氷結の山に落ち、紺碧の龍が尖塔の古城で眠りについた時、
騎士は谷戸で命を落とした。最期の瞬間、少女の姿が脳裏に浮かんだ。
「遠方に留学した彼女は無事だろうか。もっと彼女の歌を聞きたかった」
「まだエレンドリンとローランドが生きている。彼女が戻ってくる時、この災害は収まっているはずだ一」

神を称賛し、2体の龍の戦いを描写した詩はたくさんあったが、やがて失われていった。
少女が歌っていた大好きな歌も、彼女が帰郷してから歌詞が変わった。
「蒲公英は朝の風と旅に出る」
「秋の風は収穫をもたらす」
「しかしどんな風も」
「あなたの眼差しをもたらしてはくれない」

涙も歌声も枯れた時、少女は命を燃やし、世界を浄化しようと決めた…

飛雷の鳴弦

雷光光る銘弓。 暗闇に浚われても、 光を失わない。
海の向こうから災厄が訪れた苦難の時代、 とある剣豪の得意武器だった。

剣豪が少年の頃、山を闊歩し、偶然出会った大天狗と賭けをした。
若く強い肉体と将軍が賜った弓をお互い賭けて。

あの賭けの過程がどうだったかは、 たぶん酔っていないと思い出せないだろう。
空が白む頃、 三勝三敗、天狗と引き分けた。
不幸なことは、 天狗の小姓になったこと。 幸運なことは、無二の弓を手に入れたこと

「昆布丸、 天狗の弓術はこうだ。よく見ておけ!」
わけのわからないあだ名をつけられたが、 天狗の勇姿も見れた。
雲間を自在に行き来し、 躱したり、急降下したり、 弓を引いて、 雷の矢を放つ......
あれは紛れもなく、 殺意の舞い。 優雅で華やかで、 それでいて鋭く予測不能。

数年後、 小姓とは呼べなくなった歳になり、 弓術や剣術もそれなりに磨いた。
そうして、 気まぐれな主に幕府に推薦されてしまった。
将軍の麾下にいた頃、 武芸が精進し、 友人も仇敵もたくさん作った。
賭け癖が治らず、 それどころか天狗の銘弓を持っていることで、さらに悪化した。

「賭けをしようか。 そうだな、 この弓を賭けよう」
「この世で最も良い弓で、 生きて帰ってくることに賭けてやる」
「それはお前に預けておく。 この高嶺が負けたら、 その弓はお前のものだ」
「浅瀬は俺に弓術を習ったのだから、使いこなせるだろう」
「だが、 もし俺が勝ったら......」

災厄が海から迫りくる時代 侍と強がりな巫女が賭けをした。
深淵より生還する機会と、 将軍から賜った銘弓を賭けて。

漆黒の穢れが大地に沈み、 再び平穏が戻っても、剣豪は帰ってこなかった。
賭けに勝った巫女の手に、 将軍から賜った銘弓があった。
その後、 狐斎宮が姿を消した杜の中、 約束の場所で、 深淵より足を引きずりながら帰ってきた人は、若くない巫女と再会を果たす。
血の涙が乾ききった漆黒の瞳に光がさした瞬間、鈍く光る矢に射抜かれた。

冬極の白星

「我はかつて世界に裏切られ、傷を負った狼」
「我らは新たな世界を創造する、誰も裏切ることのない世界を」

「白夜のように燦爛たる無垢の衣を身に纏い」
「我らは白銀のような雪国より訪れ」
「陛下の威厳を示す角笛を吹き鳴らした」

「我らはしばし月のない夜を歩いている」
「時に、金箔を散りばめたような砂漠を渡ることもある」
「時に、影に潜んだ刺さるような敵意を感じ」
「時に、遠い故郷にいる恋人を夢見る」
「だが、我らの胸のうちには、蒼白の炎が燃え続けている」
「明星のように輝くファトゥスたちは」
「我らの進むべき道を導いてくれるのだ」

「『神』の名を騙る者から目を逸すならば」
「白日の終わりに悔恨を抱き、偽りの誓いに怒りを覚えるのならば」
「蒼白の星を見上げよ、それこそ我らの旗である」
「我らの同士となり、軍靴で万雷の如く大地を揺るがすのだ」
「友に白夜極星へ向かう者を、我らが見捨てることは絶対にない」
「我らと暗き地に歩もうとする者よ、共に新たな世界を創造しよう」

「全ての破滅は、新たな秩序の始まりである」
「滅亡の果てに、無垢の夜明けが待っているのだ」

若水

水の色は常に移ろいゆき、形は変わり続ける。鍛えれば鋭い刃となり、良弓に姿を変ずる。
世のあらゆる物質の中で、水こそがもっともしなやかであり、もっとも強靭なもの。
十八般兵器において、この良弓は水を呼び起こす奇妙な力を持っている。

「あらゆる汚泥を包み、あらゆる穢れを濯ぎ、そして自らを清らかに保つ」
「その形は無限に変化し、無窮の命を模倣できる。千変万化でありながら、その本質を失わない」
「無数の流れに分かれ、密になろうと規律正しく。合わされば荒波の如く、断ち切ることができない」
「澄んだ藍の下、その奥深くには光さえも通さない数多の秘密が隠されている」
「これは水の神秘であり、千の心と知恵を持ってしても、その変化を理解できはしない」

群玉閣の貴人の下で働く機会に恵まれる前、年配の先達にとある教えを聞いたことがある。
権謀術数の世界では、暗礁と嵐に見舞われることが多く、難破した船の残骸が散在している。
だが野心に燃えた、莫大な財を持つ人であれば、往々にして風を切りながら航海できるそうだ。
こうして、偏在する争奪と悪意をかわしながら、逆流する瀑布の間を登っていくのである。

「とはいえ、傑物足る気質など持っておらず、膨大な退屈にも耐えられはしない」
「茶室で茶を愉しみながら、六面賽子が導く千万の世事を見るほうがいい」
「夜闇に乗じて、賊人が潜む拠点に潜入したことがある。異国の難敵の陰謀を暴いたこともある」
「しかし、これらは長者や権力者のために敵を排除したわけではない。ただ、水にも源泉があるゆえのこと」

源泉の清浄を維持するため、水の優しき意志を鋭い刃へと変え、良弓とする。
薄青色の満月の下、陰謀と暗号が交錯する中、綽然でありながらも、あらゆる状況をさばけるものが水の知恵である。

狩人の道

白き枝で作られた金メッキの弓。森の祝福が秘められている。
このような純白の枝を伸ばす木は、もう地上でほとんど見かけなくなった。
かつて祝福は黒い血に覆われた。しかし、その汚れはすでに、水で洗い流されている。

漆黒の獣を追う狩人。彼女の狩りが終わることはないようだ。夜な夜な枯れた葉っぱたちの下で待ち続けた日々、肉塊の中で狸寝入りをした日々。
それらはすべて、心臓を貫く矢を放つため。そして、また新たな獲物を探すのだ。

そのうちに狩人は、風が自分の居場所を獲物に伝えてしまうことを気にしなくなった。葱のような色をした野花を使って、人の匂いを隠すこともしなくなった。
何しろ、彼女の発する匂い自体が、獣に馴染みのあるあの生臭い匂いに近づいて来たのだ。

狩人になる前から、すでに彼女は人の言葉を忘れていた。
終わりのない狩りの日々が続く中で、時間や年月、
そして彼女に許された果てなき猟場までもが、忘れ去られていった。
そして、彼女を最初に見つけ、白き枝で作られた弓を渡し、漆黒の獣道へと導いた盲目の少年のことすら、
一心に狩りをしていた間に、彼女は忘れてしまったのだ。

「血に染まった者は永遠に、あの果てない緑の猟場に辿り着けない」
「──違う。師匠、この悪しき獣の横行する世界こそが、俺の猟場なのだ…」

狩人は月明かりに照らされた清らかな水の中で、自らも知らず知らずのうちに獣の姿になっていたことに気づいた。獣が残した道を辿ってきた黒騎士の姿と剣の刃が水面に映り──その目が、なすすべもなく慌てふためく彼女を捉えた…

「水中の月に惑わされた、ただの駆除すべき魔獣だったか。」
「それにしても奇妙だ。一瞬、森の中で迷子になった少女だと思ったのだが…」

「西に向かい続けよう。正義のために…そして、人を獣に歪めた罪を、清算す るために。」

始まりの大魔術

「私は大魔術師――『偉大なる者』パルジファル!」
「これからお目にかけるのは、皆さんが想像もできない夢の世界です!」
「例えば、このシルクハットは東方の伝説の仙境に繋がっています!」
「例えば、この鏡の中は私たちの時空に縛られないスリリングな場所!」

マジックと詐欺、窃盗にはそれぞれ似たところがある。
前者は演技と物語性に、後者は技法を頼りとしたものだ。

「さっきのマスター・コペリウスのお芝居で、神出鬼没の義賊がいたでしょ?」
「私たちの芸名はそれにしよう!どう?」
サーンドル河の水路沿いの屋台で、若者が興奮冷めやらぬ様子で言った。
「パルジファル?じゃあ、私は…あなたに攫われたサファイアの美女ね?」
パートナーはこう応えた。陽の光が差さない地下の町から笑い声が響いた。

こうして、詐欺や窃盗で生計を立て、グロリア劇場に出没していた泥棒姉妹は、
舞台で演じられた義賊の喜劇に魅せられ、劇場に入った当初の目的を忘れた。
そして、自分のやり方と演技で舞台へと上がり、スポットライトを浴びると、
ショーの光でボックス席の賓客も立ち見席の観客も、公平に照らしたいという夢が芽生えた。
一人が「パルジファル」を演じ、もう一人が助手のジョセフィーヌ。
最初のショーはエドワルドの酒場、用水路のそば、露店のそばで…
泥まみれの子供たちのキラキラした目と住民の拍手の中で行い、
後は太陽のように明るいスポットライトが照らす、グロリア劇場で行われた。
「サナギから蝶へ」、「仙境」、「鏡の中の火」、「金魚」…
こうしたショーの光が劇場の豪華なボックス席と立ち見席を照らすように、
パルジファルの名は地上の街でも地下の街でも褒め称えられた。

人には自分の居場所があるとよく言われるが、舞台でも同じだ――
そう、舞台を見下ろせる洗練されたボックス席でも、立ち見の席であっても。
だが、ショーの光が両者を平等に照らすとしても、劇場の外において、
一時的に忘れられた怒りと悔しさは、木の根が石垣にもぐり込むようなものである。

サーンドル河の整備が進む中、石垣はついに倒壊した。
いつもジョセフィーヌ役を担当していた少女は、サーンドル河に戻った。
長年漂っている錆びた鉄と腐敗した匂いのほかにあるのは、
怒りと悲しみと、完全に乾くことのない血のみ。

皆が知っているのはパルジファルで、助手は助手にすぎない。
それだけのことであれば、シンプルですっきりしている。
鋭い剣で真っ二つにされる助手が、いつも無傷であるように…
消えた懐中時計が、それを見失った観客の手元に戻ってくるように…
少女はついに安心して暮らせる「居場所」を失った。
そこで彼女は、自分たちだけの「大魔術」を考案した。

「私は大魔術師――『偉大なる者』パルジファル!」
「これからお目にかけるのは、皆さんが想像もできない夢の世界です!」
「貴族も王もおらず、皆さんに向けられる刀剣もありません。」
「生まれつきの富貴もなければ、抜け出せない貧困もないのです!」

白雨心弦

フォンテーヌの劇作家は常日頃から弦を心に喩える。いわゆる「心弦」だ。
まさにハープの弦のように、人の心もまた運命と共につま弾かれ、様々な音色を奏でるのだ。
心弦という言葉はフォンテーヌ最古の芝居の一つである『ドリュアス』にも記載がある。
ただし最初に劇中で比喩に用いられた「弦」はハープではなく弓の弦であった。

劇の主人公はアウレリウスと言い、後世のコペリウス著『アウレリウス戦記』における同名の登場人物の原型である。
台本で、彼はフォンテーヌのため、離反した数々の王国や都市国家を征服し、黄金のように輝かしき英雄として称えられる。
ただし史実にはその人物に当てはまる記述がなく、ゆえに「アヤックス」同様、劇の中だけに存在する虚構の人物であると考えられてきた。

伝説の中で、彼は出征時にうっかり仇敵の仕掛けた罠にはまり、松林で味方の大軍とはぐれる。
しかし、刺客の刃に命を奪われそうになったその瞬間、銀白色の矢が雨のように大気を貫いた。
そして彼は弓の弦が鳴るほうへ目を向けた。「神はこれほどの美貌を創造しておきながら、凡人を哀れんで、その金型を壊したのだろう。」
少女ドリュアスティスは、もはや繊細な感覚を失っているだろう彼の手を引いて、血に染まった松林から連れ出した。

「私はただ、誰かがここで無駄な死を遂げるのをこれ以上見たくないだけです。水に洗い流された悲しみの涙はあまりにも多い…」
「高貴なる戦士よ、一つだけお願いがあります。どうかこの地から紛争を連れ去ってください。」
「そしてもう二度とこの清らかな水を『死』で汚さないでください。我々に最後の故郷を残すために…」

戦いに向かった時、英雄の少年は、己の心と体はすでに城を築く純白の石のごとく強靭なものだと思っていた。
しかしやがて王都はあっさりと静寂に包まれ、翻弄された弦は英雄の叙事詩に不協和音を刻んだ…

長い年月の中で伝説は変化し、劇は改編され、この古い物語には様々な展開が与えられた。
そのうちいくつかの物語では、無数の王国と都市国家を征服した英雄が、ついには精霊の少女の忠告を聞き入れる。
そして彼女からロングボウを与えられ、兵を撤退させて帰路につくが、途中で狡猾な裏切り者に謀殺され、海の底に葬られる。
別の物語では、誉れ高きアウレリウスが気が触れるほどの苦しい恋に落ち、大軍を率いて松林に飛び込む。
そして彼女の行方を捜し求め、再会し、彼女を恋人に迎え、そばに置きたいと切に願う。
一方、少女は川のほとりに逃げ、英雄の執念から救い出してくれと、泣きながら純水の母に哀願する。
衆の水の主は彼女の運命を哀れみ、彼女を松の木に変えた。そして彼の心を射止めた弓の弦も——
心と共に断ち切れて少女のそばに音もなく落ち、咲き誇る無数のプリュイロータスに埋もれるのだった。
ひどく嘆き悲しんだ英雄の少年は水中の花の影を見つめたまま、ずっとその場を離れようとせず、ついには深い水底へと堕ちていった…

後世の自然哲学者たちの考証によれば、かつてその場所には「ドリュアス」という名の蛮族の集落があったという。
彼らは、この松林はそこから名付けられたというが、このようなロマンの欠片もない説は、演劇にはふさわしくないだろう。
どちらにせよ、結末は深海に沈んだままだ。果てしない年月の中で意志も思慕の念も擦り切れたのか、
あるいは何年も後についには陸地に上がったものの、新しい時代の白い艦隊やファントムハンターの手によって死したのか。
いずれにせよこの小さな英雄の物語はここでおしまいである。ドリュアスティスに関することもまた、混乱の時代における一つの伝説にすぎない。

しかしアウレリウスの運命を翻弄した弓は大勢の所有者の手を渡って、水中の深くに住む人物に拾われた。
そして再び美しく飾られ、故郷の子供たちが舞台で使う道具に改造された。これもまた、もう一つの物語である。

星鷲の紅き羽

それは、今では伝説と呼ばれる遠い昔のこと。聖主を名乗るある僭越者が、彼のただ一つ愛する神のために同盟を裏切った。
人と龍の誓いは、燃え尽きた篝火のように黒く色褪せ、灰燼の都の孤独な影は、怯えるささやき声の中に深く静かな夜を埋めた。
融和は衰弱し、暖かな日差しと共に遠ざかっていく。蛇王の壮大で狂気に満ちた夢の中には、冷たい夜風だけが残されていた。

その時、主を失い混乱に陥っていた高崖の上では、表向きは服従の姿勢をとっていた花翼の集の長老が、ある少年を部族から追放していた。
竜たちをかばうと決意した彼が僭主に捕らえられることのないように。鷲のように勇敢な英雄は、その夜から巡礼の旅に出た。
闇の中で赤く燃える、太陽のような彼の赤い瞳には、夜空に高く浮かぶ水のように清らかな月だけが映っていた。

後世の詩人たちは、八弦のニャティティを奏で、赤い瞳の解放者の伝説を無数の美しい歌で語る。
多くの詩は幻想から生まれた。それらは輝く星々のように幾千年もの歳月をかけて、様々な人々の思いを紡いだものだ──

「さあ聴くがいい、我が歌を。さあ聴け、我らが英雄の歌。赤き瞳の救世主と、彼と歩みし旧友を、讃える歌を聴きたまえ──」
「彼を旅へと導くは、かつて龍を主とせし、尊き生まれの子孫という。その目には、遥かな宇宙と星々の、色を映す赤鷲あり。」
「誉れ高き彼の理想がいかにして、この聖鳥の胸を打ち、聖鳥が己が血肉をもってして、鋭き長弓とするに至るかを、歌い聴かせん。」
「祝福受けし英雄を、いかにその羽で導いて、我らが尊き先祖たる、サックカとの出会いを導くか、さあ歌い聴かせよう。」
少年が一人で巡礼の旅に出たと信じない詩人たちは、存在しない案内人を作り上げた。

「私が歌う伝説は、こだまの子のものとは違う。赤い瞳の英雄が、理由もなく、森の鳥の歌声を追うことなどあるのだろうか?」
「おそらく彼ははじめから、ただの人ではないのだろう。夜域から戻った、苦しむものを救おうとする、始炎の殉葬者の一筋の意思。」
「この長弓こそ、辿り着けないかの地から、彼が生きて帰った証。凡人に呪われた灰燼の都を燃やすことなどできないだろう? 」
「いつかナタがもう一度、危機に瀕するその時に、彼は再び炎から、炎の中から現れて、この世の偏りを正し、我らを前へと導くだろう。」
少年が凡人の身体で再び偉業を成し遂げたということを信じたくない詩人たちは、このように彼を最初の人間の神と結びつけた。

伝説のバリエーションが多すぎるせいで、名の無い英雄を語る数々の歌に、誰もが認めるものはない。
幾千年の時間は月光のように流れていったが、唯一認められたのは赤い瞳の少年がかつて人の身で神座へと登ったことだけ。
今日に至るまで、「人が神になる」ことは、この燎原の共通認識として、英雄に憧れるすべてのナタの人々の心に刻まれている──
「信仰をいわゆる崇高な名に託す必要はありません。自分以外の全てに対して、無益な祈りをささげる必要もないのです。」
「サックカ、どうか私の名を抹消してください。誰もが人々を導く神になれるのだと、皆に知ってもらえるように。」

「私と共に炎に帰すことを望まず…その上、あなたと共に歴史に名を残すことすらも許さないと…」
「…本当に自分勝手だな。あなたも、あの人と同じでそういうやり方が好きなのか。」
「ふん…そっちがその気なら、私も好きなようにさせてもらうぞ、■■■■■」
「あなたが私に残してくれたこの羽根を──あなたが一度も帰らなかった故郷で千年受け継ぐことにしよう。」

☆4

西風猟弓

西風騎士団の特製リカーブボウ。在籍年数の長い優れた弓使いにのみ授けられる。
橡木で作られた弓。特殊な手法により、木の強度を保ち、尚且つ金属を軽量化している。
弓弦に錬金術と魔法の力が秘められており、弓を100回引いても虎口への負担はない。
この弓はモンドの守護者へのご褒美であり、モンドを護る武器でもある。

過去、西風騎士団には極めて優秀な弓使いの斥候部隊があり、偵察騎士と呼ばれていた。
創立者は璃月出身の傭兵リーダー。彼は自分の見聞と知識の全てを偵察騎士たちに教えた。

荒野における追跡スキルや、危険を察知する直感など、どれも騎士団が持てなかったものだ。
故に、偵察騎士の力は騎士団にとって非常に貴重なのである。

ある日突然、最初の偵察騎士が騎士団をやめた。原因は誰にも分からない。
それ以来、この部隊は名前だけの存在になった。当時の編成もそのまま残っている。
しかし、今なお偵察騎士の名に泥を塗らないように、日々頑張っている人々がいる。


虎口【こ-こう】:弓道において、親指と人差指の間の親指の付け根あたりを指す。

祭礼の弓

東にある海を一望できる崖で、古の住民は時と風の神を一緒に祭った。
「風が物語の種をもたらし、時間がそれを芽生えさせる」という理想が、度々両者を混同させた。
この弓は開拓を語るもの。その難しさを示す。
もともと引けない弓だったが、時の風で強靭さと柔軟さを両立させた。

この弓はかつて誇り高いロレンス一族が所有していた。
遠い昔、彼らは雪の中に道を拓く勇者を演じた。

祭祀演劇の第1章は開拓者が力と知恵で大地を征服することを描いた。
長い歴史の中、例え祭祀自体がなくなっても、彼らはそう演じ続けた。

しかし、その信念は歪んでいった。結局彼らは自分を征服者、王者だと考えた。
歪んだ道を歩んだ末、彼らはモンドの風の寵愛を失った。

弓蔵

鉄のように硬い古びた弓、ある有名な弓使いが所有していた。
弓は弓使いと共に、魔物や盗賊を簡単に倒す場面を経験してきた。
彼は弓術の極みの道を追いかけていた。
弦音は鳴りやまない雷のようで、
天空を貫いた矢は日の光を覆い隠す鉄の雨のようだった。

晩年の弓使いは悟った。
「極めし者、無に還る」

それから弓による決闘の話や、
鉄の弓で魔獣妖怪を討伐した話を二度と語らなかった。

その後、彼は弓を埋葬し、城外の山に隠居した。

彼の最期に伝説が残っている。
彼が生きていた時、夜になると屋敷は眩しく紫色に光り、妖魔も恐れて近寄らなかった。
亡くなった日の夜は激しい嵐だった。落雷は一度だったが、伴った閃光は天空を突き抜けた。

絶弦

精巧な彫りが美しい弓。弓弦はいろいろな種類の糸が撚り込まれている。
弓弦を弾いて鳴らすと、癒しの流水音を奏でる。
しかし同時に、心臓を射抜く矢を放つ。音色とともに死をもたらす。

楽団の解散後、全ての弓弦が切られた。切る際には非常に耳障りな音が鳴った。
弓は美しい音色を失い、弦だけが残った。それでもなお強力な武器であることに変わりはない。

流浪楽団は鳥を地上に落とせる。鳥たちは弦音に惹かれたか、あるいは弦音を伴う矢に射抜かれたか。
音楽と共に散りゆく微風と星拾いの崖の花のように、琴師は軽薄ながらも揺るぎない信念を持っている。
反乱失敗後、楽団のメンバーは四方八方に逃げ始めた。
琴師は仲間を援護するため、音を失い、矢を使い果たしても、最後の最後まで戦っていた。

琴師の出身地は華やかで美しいフォンテーヌ。各国を旅して本当の自分と運命を探していた。
彼が故郷の宮廷に別れも告げずに去っていったことに、周囲の少女たちは、声が出なくなるほど泣き続けた。

彼はモンドの平民に恋したが、その子はバドルドー祭の悲惨姫に選ばれてしまった。
無名のまま他国で亡くなった運命を、彼は悔やんだりしなかったらしい。
唯一の遺恨は、やっと愛を見つけたのに、それを唄うことができなかったこと。

旧貴族長弓

かつてモンドを支配していた旧貴族に使われていた長弓。その材料と細工は極めて凝っている。
そのため、長い年月が経った今でも当時から劣化していない。
狩りは貴族の暇つぶしの一つだった。
大自然に自分の力を示し、とれた獲物を民に配り、恩恵を施した。
しかし記録によると、彼らは最終的に徳望を忘れ、支配する力も失ったとされている。

反乱が起こり、長い間モンドを統治していたロレンス政権が倒れた。
新しく設立された騎士団は徳政の名の下に、ロレンス一族を深く追及しなかった。
その代わりに、一族の残党を追放した。

「追放の最中、父は人の裏切り、時代の変化、歴史の終結を嘆いた」
「かつて故郷を追われた臣民が、緑豊かな地で、歌い、踊っているのを見かけた」
「何年も経った今、やっとわかった。裏切られ変わったのはロレンス一族の私たちだ。モンドは本来そういう都だ」
ヴァネッサは腐った政権に止めを刺した。彼女は怒りを露わにし、その力を示した。
人々に密かに称賛される義賊や、生死の隙間を見る少女、あるいは暗殺を企てた剣楽団のように、
モンドの人々には反抗の血が流れているのだ。

黒岩の戦弓

希少な黒岩で作られた長弓。風に導かれた矢は百発百中となる。
弓柄の中央は黒いが、両端は血のように紅く、握れば冷たく感じる。放たれる矢はまるで流星のよう。

璃月の雲氏一族は長い歴史をもつ鍛造の名門である。さらに七代目の雲輝は七星の一人で名望が高い。
雲輝には一人の娘がいる。名前は雲凰。一族の慣習に倣うと、雲凰の夫になる人が雲輝の跡を継ぐことになる。
幼い頃から武術を学んだ気が強い雲凰。彼女は「女性でも跡を継ぎたい」と主張し、一時話題になった。
しかしこの時、雲凰が跡を継ぐ可能性は低いと思われた。

当時の大地は危険だった。頻繁に坑道が崩落していた。
崩落によって鉱物が地中深くに埋まり、採掘ができなくなった。武器の鍛造や跡継ぎの話も難しくなってきた。
その日の夜、彼女は眠れずに居た。一族の歴史が自分の代で終わるのではないかと心配した雲凰は、
悲しみに暮れ、神に祈るしかなかった。

翌日、かつて父の跡を継がなかった寒策は職人の衣装で現れた。
そして、木の匣を雲風に渡した。中には「試作」を改良した設計図が入っている。さらに一張の弓も取り出した。
「全ての始まりは黒岩である。終わる時も黒岩であろう。雲さんは弓使いと聞いたが、差し支えなければぜひ使ってくれ」
雲凰はその弓を引いた。矢は稲妻のように天へと飛んでいき、弦の空気を震わす音が山に響き渡った。
雲を裂く一矢。鉛色の空から顔を出した月を見て、彼女は転機を予感した。

澹月・試作

璃月の武器工場が作った古い長弓。製造番号や製造時期は不明。
樹齢五十年以上の木を使った長弓。金色の絹が飾ってある。
弦は大地の深所にある銀白の木を使ったため、強靭さを持つ。

かつて、璃月の雲氏は「試作」という伝説の武器シリーズの設計図を書いた。
主流武器である長弓も当然その中にある。
寒武は友である雲輝の依頼を受けて、長弓の製作を始めた。

彼は海の商人に頼んで、柘木、精鋼、銀の枝を手に入れた。
全ての素材は上質な物である。できた弓は少し冷たいが、頑丈で使いやすい。
弧は残月のように美しい。しかし、月と比べると少し薄暗い。
弓を引くと弦が美しく光る。一度見たらその美しさを忘れられない。

長弓の名は「淡月」。
絶世の美女のように、一度見たらまた見たくなる。後の璃月の長弓の原点はこの淡月である。

リングボウ

世の全てが璃月にあり。これは偉大な璃月港への讃美である。
他の国の珍宝も人と共に璃月港に来る。
短弓だが、特別な構造と卓越した製造方法により、長弓よりもはるかに破壊力がある。
ただ、日常の手入れもより難しい。武器というより、異国の知恵の結晶と言うべきだろう。

異国の学者に改造された、滑車をつけた弓。
元々学者は武器に興味がなく、誰の血も見たくなかった。
弦を張った姿と、矢が飛んでいる時の美しさを見た時から、
彼はこの「兵器」に心奪われた。彼は弓をより強くするために改造を始めた。

自分の成果は今後の戦争に、人を殺すために使われると分かっていた。
しかし、学者は改造の快感に溺れた。
結果を考えず、ただただひたすら改造を続ける。

ある兵士がこの弓を使って、雁を射落とした。
「いい弓だな」
兵士は思わず口にした。
死に際の雁が発した悲鳴に、兵士の心は強く打たれた。

蒼翠の狩猟弓

ある狩人の弓。緑色の弓は簡単に野原に溶け込める。
朝日が差した緑の草木や林間を行き交う獣のように純粋で、
一切の悪意を持たない弓。無益な殺生は行わない。

無名の狩人は都市から離れた地で育てられた。
「我々は大自然の中で生まれた。草木さえあれば、我々の前に阻むものはない」
「我々は鳥獣と変わらない。天地の理に従えば、生死に怯えることはない」
「大自然の理に従う万物は、最後に果てのない野原にたどり着く」

狩人は跡を残さず、大自然を敵に回さない。この信念に従い、
矢に心臓を貫かれた獣を慰めていた。その命が大自然に還るまで。
もし災害が起こらなければ。血の跡を追って、
いつもの休憩場所の木の下で、死にかけの盲目の少年と出会わなければ、
彼女は復讐に駆られず、鮮血と火花に突き動かされることは無かった・・・・・・。

「忘れないで、善良なヴィリデセルン」
「忘れないでよ、あなたは緑の森の子だから」
「争い、憎しみ、あるいは名誉のために矢を放ってはいけない」
「血に染まった者は永遠に、あの果てない緑の野原に辿り着けない」

「せめて、この弓は憎しみや血に汚れないように」
「師や先祖に会える彼方にたどり着けないというのなら」
「この弓だけは無垢なままにしたい。代わりに私の思いとお詫びの気持ちを伝えてもらいたい」

風花の頌歌

モンドのおとぎ話に、このような軽やかな花がある、
烈風と極寒で育ち、乱舞する氷晶の中で咲く。

強風で根こそぎにされる普通の草花とは違い、
「風の花」と呼ばれる花は、風が強いほど根も強くなる。
今では、暴君に反抗した長き戦いは祭日の逸話として語られている。
花の姿も日につれてぼやけ始め、遠き風のような琴の音の中に溶け込んだ。

「無名の花を捧げよう。君の経験していない春は決して無意味ではない。」
「希望と笑顔を返報とし、我と共に烈風が止まる日を迎えよ。」

高塔の暴君が人々を見下す時代、自由の心を持つ人々はこうして呼び合った。
勇気と夢を求め立ち上がる人々はこれらを暗号とし、未知を歩んだ。
かつて孤独で脆かった花々は風に吹かれ、嵐に荒らされた山々に咲き満ちた。
そして、波の流れに従っていた群衆は、 誇り高き英雄となった。
眉をひそめ高塔を守る君王は身を縮こめ、二度と荒れ狂う怒涛を吹き散らすことができなかった。

「無名の花を捧げよう。彼女から英雄の名を授かり、春と青空を守り続けよう。」
「朝の輝きが精霊になり、私たちと同行し、心地よいそよ風の中を漫遊しよう。」

古き尖塔の廃雄、生まれ変わった人々の歓声、歌声、 涙の中、
とある赤髪の戦士が新生の神に背を向け、浪に落ちる雨粒のように群衆の中に埋もれた。
彼は風の花で隠語を伝えた先駆者であり、夜明け前の長い暗闇の中で暁を迎える。
彼の名はとっくに時に埋もれてしまった。しかし彼の行いは詩で広く永く歌われている。
千年後、もう一名の赤髪の騎士は彼と同じように、旧貴族の暗き歴史を照らした。
重圧に圧され、奮起という選択しか残されていないときに花を咲かせるー一そう、「風の花」の運命のように。
この一族の運命も、決して変わらないだろう。最も暗い間に身を投じ、夜明けの光をもたらす…

千年に渡って流れる風の中で、「風の花」のイメージは徐々に消えていった。
平和な時代の中、その名には愛と喜びの意味が付与された。
これこそ、暗間の中を揺るがなく歩んだ人々が望んだことなのだろう…

「満開の花は、反抗の狼煙や旗を揚げる者の暗号ではなく、」
「愛と、春の到来を象徴するものであるべきだ…」

ダークアレイの狩人

暗い色に塗られた上等な弓。幽邃な夜色に溶け込むことができる。
凛とした貴族が狩猟する時に使っていた弓であったが、
一度も捕らえられたことのない義賊の手に落ちた。

この弓の持ち主は、闇に紛れて貴族の王冠を射ち落とすこともあれば、
きつく締められた首縄を切り、追っ手の武器を射ち落としたこともあった。
彼は暗い時代に光をもたらすと、
迫害を受けた者に公平を、富と笑顔をもたらすと誓った。

彼は誓いを果たした。そして、貴族に恐怖と怒りをもたらした。
夜の路地。雨のような足音と、酒場や広場に居る詩人の歌声が響く。
鋭い長槍を持ち、賊を狩る碧眼の魔女に、貴族から奪った紺碧の水晶を渡した。

しかし、想いを寄せた冷たいサファイアのような魔女の笑顔を、
最後まで目にすることはなかった。
そして、死を追う魔女の花のような顔には罪人の入れ墨が彫られ、やがて行方不明となった…
最後、義賊の男は弟に諭され、誓いを捨てて海に向かった――
「彼女はまだ俺の歌を覚えているだろうか。路地に漂う酒の匂いと彼女に贈った歌をまだ覚えているだろうか」

幽夜のワルツ

……
「お嬢様、巡礼の中で流した涙は決して無駄にはなりません」
静寂の国の巡礼が終わった時、オズヴァルド・ラフナヴィネスは皇女にそう言った。

長い時空を超えた旅の中で、「断罪の皇女」「昼夜を断ち切る黒鴉オズ」は無数の物語の終わりを見届けてきた。雨の一滴一滴が、旅の終わりに海へと流れ込み、少年たちの怒りは鎮まる。情熱が時間に摩耗されなければ、逆巻く古樹のパラノイアとなる。時の木に立つ壮大で偉大なレマ共和国の枝はやがて切り落とされ、狼の双子のもう一人に国を明け渡すだろう。
世の全ては破滅とともに、皇女の未来の国へと来たる。静寂と暗闇に包まれているガーデンの中で、眠りにつける片隅を探す。
それでも、ドゥロクトゥルフトが少年の夢と未だ落ちぬ雨雫のために「世界の獣」に寝返り、その爪で切り裂かれた時、皇女は涙を流した。

「覚えておきなさい。オズヴァルド・ラフナヴィネス、幽夜浄土の皇女は涙なんて流さないわ。」
彼女はそう答えた。「この世は、誰もが罪を背負っているの。判決の鐘が鳴り響く時、幽夜が再び世界を覆う。人も獣もその中でもがく姿は、ただの幽夜のワルツ過ぎないわ。」

「お嬢様のおっしゃる通りでございます。」
「ふん、分かればいいわ。」
「ではお嬢様、この物語は、まだ覚えていらっしゃるでしょうかーー」

原初の宇宙に香り漂う海を輝かせ、アランニャの獣をかき鳴らしていた三つの月のうち二つは、世界の果てを引き裂く剣によって砕かれ、皇女の魔眼にすら映らないほど細かい砂となった。
あるいはこうだーーかつて宇宙を照らし、安らかに眠る三つの世界の人々に夢と歌をもたらし、夜明けと夕暮れの間を彷徨う獣に欲望を生み出させた月は、ついに砂となったーーそれでも、皇女のそのすべてを凝視する鐘に宿り、より多くの儚い光をもたらすことを願う。

そう、皇女は涙を流さない。
あれは、無礼な砂が彼女の目に入り、体が起こした拒絶反応に過ぎないのだ。

~完~

破魔の弓

「降りろ、船の上じゃ女は邪魔だ!」
赤穂百目鬼と呼ばれた海賊がそう言って、背を向けた。
その言葉を聞いた巫女は不意に笑った。
私に弓術を教えた人が戦地へ赴いていなかったら、
私たちの子供は、左衛門くらいの歳になるだろう。
私の名字は高嶺になるか、彼の名字が浅瀬になっていたかもしれない。

左衛門の口調や、わざと背を向ける仕草は、
あの人が刀を提げて去っていく時とそっくりだった。
今度は、絶対にこの人を死なせない。
「雷の三つ巴」の旗と敵対してでも……

「帆を上げる時が来た。銛も刀も鋭く磨いた」
「官兵どもに、セイライの意地を見せてやれ!」

出航の歌を聴きながら、巫女は弓を下ろした。
影向山でこっそり学んだ本物の「法術」
天狗の師匠には申し訳ないけれど、ここで使わせてもらう。
千年の大結界を解き、
紫電の鳶の死に際の恨みに、
雷神の旗もとの船を壊してもらおう。
あの老いた猫が、雷に突っ込んでこないことを願って……

プレデター

依頼を受けた鍛冶屋に、このような作りとこのような名前にする理由を聞かれた。
その答えはかなり複雑なものだった。世界に満ちた機械獣だの、長柄武器はオーバ
ーライドコードがないだの。

しかし鍛冶屋はすぐに理解した。つまりこの弓は、強大な機械生物を狩って殺すた
めの強力な武器であり、その世界最強のプレデターだったわけだ。

しかし、不思議な少女は彼を訂正した。
単純に、この世界では弓矢で獣肉を獲得できるようなのだ。次はこれを使って、イ
ノシシを狩ると彼女は考えた。

曚雲の月

海孤島の巫女である曚雲が使っていた長弓。
月明かりに照らされた波の花のように、純白で美しい。

巫女は遠海の妖獣を友とし、海祇の泡のように儚い夢のため雷雲と戦った。
心の通じ合う仲間と共に波を渡り、船首が立てる波の花に身を隠した…
海祇の後を追う、帰ることの出来ない旅であった。最後は、共に凄惨な終わりを迎えている。

「海祇大御神様が起こした戦争、その実りのない結末は、最初から決まっていたのかもしれない」
「だが、その記憶を残し、『犠牲』の種を植えれば、価値あるものになるかもしれない」

過去の唄は、海祇の双子である彼女と「海御前」の通じ合う心を讃え、
船首が立てる白い波の花の中、弓を引き、槍を持った二人の姿について歌っている…
遠い唄は、彼女と若い「東山王」が海獣に乗り、夜に遊んだことを思い出させた。
かつて彼女が勇士に語った砕けた明日と、耳もとで囁いたあの優しくも悲しい声…

波の静かな日には、巫女である双子が深海の巨鯨と合唱し、
淵下の淡く光る白夜と漆黒の常夜、そして大御神と燃えるように輝く玉枝のことを語った。
彼女は月明かりの下、力以外に取り柄を持たない、あの無鉄砲な少年と共に波と戯れた...

「俺が伝説の大天狗からお面を奪い取ったら、約束通りやり残したことを果たしてくれるよな」

「いいよ。でも、もしその時になってもまだ君がくだらないことを言っていたら、巨鯨に荒波を立てさせて、君の口を洗ってやれって命じるから」

落霞

天上の雲霞を射落とすことができる、玉のように輝く長弓。貴重な宝珠がはめ込まれている。
長い間、漆黒の深淵に浸かっていたが、未だ黄金色を失わず煌々と輝いている。

辰砂の深谷が黒き災いに汚染されていた時代、数多の千岩軍が名乗り上げ、身を挺して災難へと立ち向かった。
それら多くの豪傑の中に、岩山から生まれ、深淵に落ちた弓を持った若き英雄がいた。

「我は岩々と琉璃晶砂の娘であり、この身に弱者の血は一滴も流れていない」
「多くの千岩兵士が、 自らを犠牲にして死地へ赴いた。山民である我々が、傍観するわけにはいかない」
「目と耳で感じていない災禍は、実に共感のしづらいものだろう」
「しかし、この大難が迫りし時、守護の責務を軽々しく放棄できるわけもない…」

剛毅な少女は夜間に乗じて、族長である父の長弓を盗み、千岩軍に追従した。
二度と太陽の光を目にしまいと内心で決意する。そして、弓幹に飾られた宝珠が煌々と輝いた。

「手を掲げて漆黒の蝠獣を射落とし、身を伏せて巨大な亀を黒い泥沼に釘付ける」
「白玉と黄金で作られた長弓は雲の如き舞い、矢先から放たれる冷たき光が凶暴な獣の血肉を切り裂いた」
「湧き出づる深淵の穢れし潮流、山の底に潜む歪みし妖魔、それらが種々雑多と存在した…」
「果てのない恐怖と奇異の中、彼女は微塵もたじろぎはしなかった」

山民はかような歌で娘を讃えた。だが、歌われし者は帰ってこなかったという。
歌は時と共に流れ、霞光のように変化していった。しかし、 長弓の持ち主は未だ戻ってこない。

「私が唯一恐れることは、 忘れ去られることである」
「もし厄運が私を無名の地に埋めようとも、どうか私のことを忘れないでくれ」

王の近侍

「むかしむかし、シンナモンという姫がいた…」
「…最後、彼女は虎とともに、宮殿から遠く離れたちへと旅立っていった。」

しかし、この物語はあなたがたの物語だ。この中のすべての言葉には、意味があるはずだ。
あなたがたの物語の中で、「宮殿」とはシンナモンが、彼女の人としての全てを構成した場所であると、私は知っているーー
血で結ばれた他者、大きな住まい、常識と道理ーーそして王は、月明かりのように彼女の心に潜む、願いだ。
それでも私たちにとって、宮殿は宮殿であり、シンナモンはシンナモンであり、森林王は森林王であり、月明かりは月明かりなのだ。

私が聞いた物語は、シンナモンの物語とは異なる。
昔、森の中に迷子の子供がいた。彼女は森林王の残した足跡を辿り、虎の庭へと辿り着いた。
「ガオー。あらゆる獣と鳥たちは、俺の五臓六腑の中を巡礼し、最後には大地へと還るのだ。」
「俺は森の王。多くの命を殺め、多くの命を守ってきた。まあ、お前のような小さな人間を食べたことはまだないがな。」
虎はそう言った。もっとも、当時の彼女はまだあなた方の言葉を忘れておらず、虎の王の言うことなど、もちろん理解できなかった。

「ガオー。」と、子供は言った。

森林王は、かえってえそれを面白がった。普段は彼が話すと、あなたがたの仲間は木造の家の中に隠れるし、
獣たちは怯えて地面に伏せ、身動きもしなくなり、鳥たちは太陽に向かって飛んでいく。リシュボランの雄々しい大型のネコでさえも、藪の中に隠れるほどなのだ。
「ガオー!礼儀知らずだな、小さいの。まあいい、森の道理と森の言葉を教えてやろう。」
「これから、お前は俺の近侍だ。森の宮殿はお前のために開かれ、森の獣たちもお前に害を加えられない。」

「覚えておけーーこの世界は森の夢に過ぎない。いつの日かお前はいずれ、現実から目を覚まし、果てのない猟場へとやってくるだろう。」
「獲物たちの向かうところに、俺たちもいつか辿り着くのだ。このことだけは、決して忘れてはならない。」


一代の森林王が老いると、新しい王がその後継者となる。あなたがたも、私たちも、そして森に生きるすべての命がそうなのだ。
その近侍は、王と一緒に老いてゆく運命をたどる前に、同じく迷子になり、落ち葉を一つも踏まずに宮殿に足を踏み入れた子供に出会った。
そして、その子にすべてを教えた。この物語が私に伝わったように、その子も教えを次の子供へと伝えていった。
その後、一部の子供たちは森の守護者となり、森の言葉と、王の領土を守る責任をより多くの人に伝えた。
また、他人の大きな苦しみに直面したときに、人生の果ての猟場に別れを告げ、悪しき獣を恐れさせるような狩人になることを決意した者もいた。

竭沢

かつては、さらさらと流れる水が黄砂の中に流れ込んでいたのだが、それも今は遠い昔のこと。
その後、偉大な者たちが大地の轟音と天命を辿って砂漠に入っていったが、生きて還った者はほとんどいない。
さて、高原にある巨大な湖には、矢のように空間をまっすぐ射貫く魚がいた。
それは槍のように真っ直ぐな形をしており、聖跡を辿ってほうぼうを泳いでいた。
しかし小川が砂の中に染み込んでいくと、湖は水たまりサイズにまで縮んでいった。
そして最後には、水たまりの中で体を丸くせざるを得なくなり、巡礼者の餌食になってしまったのだ。

この物語は、こう教えてくれるーー
敬虔な心と善行を忘れずにいれば、たとえ砂の海でも魚が取れるのだ、と。

トキの嘴

本来は『召喚王』第一部完結編の事前予約特典として作られた工芸品のサンプル。
試作時、形があまりに特殊なため、本物の武器として作らなければならないと誤解されてしまった。
その結果、八重堂の編集者一同は、この弓を受け取った時、意思疎通のすれ違いに頭を悩ませることとなった…しかし、その場に居合わせた福本先生はかえって感銘を受け、以下の文章を書きおろした。後に、この文章は発売書籍の付録として配布された。

「この弓を持つ者は、大赤砂海の王に従う配下の中で、最も弓術に優れた弓使いだ。」
他の者たちだけでなく、青い肌をした少年もそう信じていた。トキの王が多くの秘宝を披露した時、彼は一目でこの砂岩色の弓幹を持つ、宝珠をあしらった長弓を気に入った。あの頃、まだ運命に翻弄されていなかった少年にとって、欲するすべてが手に入る報奨であり──
どこまでやれるかという、努力の程度にしか違いはないのだと考えていた。
彼は声を張り上げてトキの王に問うた。「もしも俺がこの全員の中で最も優れた弓使いになれたら、もしも俺が諸王の中で最も名高い権力を持てたら、この長弓を貰ってもいいですか?」
広間は水を打ったように静まり返った──照明の明かりが届かない影の中にいる者たちは、誰もその質問に答えられなかった。
ただ一人、上座に座る隼のような眼力を持つ男だけが、笑って少年の希望を許可した。
その日は必ず来る──青い肌の少年は、そう考えていた。

しかしそれは遠い遠い昔の話だった…
戦を司る王がその願いを実現したのは、数百年後のことだった。秘典の箱を開けた少年に憑依して、再び封印されし「決闘の間」に入り──そこでやっと「影」の手の中にある長弓を目にすることができたのだ。
その瞬間、時が止まったようだった。彼の残魂は壊れた扉と長い廊下を通り抜けた。そして裏切りと密謀の広間へと戻り、秘儀の弓によって打ち出された、避けようもなく身に迫る金の鏃の矢を掴んだ。そうして、本来貫かれるべきだった己の躯を救おうとしたのだ。
そしてこれこそ、彼の本来の計画だった。
しかしその時。秘法は解除され、弓矢が壊れ…弓を持つ者の「影」も一瞬で消えた。
長弓は支える力を失い、地に落ちる寸前で、彼に受け止められた。
彼は幾度となくこの黄金で鋳造された長弓を奪おうと謀ったが達成できず、トキの王との決裂の理由も、少なからずこの弓と関係があった。しかし彼が念願の宝物を手にした時、その心は腐った沼の泥水のように冷たいままであった。ワニの王は、自分がもう少年の頃のようには、心満たさぬ渇望に対する欲を持たなくなったのだろうと思った。
威厳ある赤砂の王は長い歴史の中で姿を消し、花の女主人の姿も消えた。霊廟の玉座を争った諸国同士の紛争が起き、戦乱は止まなかった。彼は「決闘の儀」の機を借りて、広大な金色の砂海を踏破し、更なる混乱と闘争を図って、幾多の世界の間にある障壁を消してしまおうとした。そんな彼を止めるため、一人の老人が黄金の弓を支えに、秘奠の階段を登った…
それもまた、遥か昔の出来事であった。
彼はずっと弓にあしらわれた宝玉を指でさすっていたが、突如、その輝きをかき消したのは、表面についた見えない埃などではないと悟った。

「やめよう」…戦を司る王はそう思った。
彼は「決闘の間」のテーブルが再び動く音を聞いた。残魂に憑りつかれた少年が、対決を待ち望んでいた。
彼は長弓を脇に携えている。これは、かつての自分が夢見ていた勝利の姿だったのかもしれない。
青い肌の王は、ゆっくりと運命が用意した戦場へと歩を踏み出した。

烈日の後嗣

黄砂の王が大地の四方を支配していた時代、威厳が太陽のように降り注いだ砂丘。
遊牧民が残した民謡は砂漠にいる虫の鳴き声のように、忘れられた黄金の時代を繰り返し謡っている。
それによれば、かつて紅き主が烈日と輝きを競い、ついに流星のように大地に落ちたそうだ。
祭司の中には藩王に殺されなかった者がいて、キングデシェレトから伝わった弓術を残したという…

祭司の子孫は「烈日の後裔」と自称し、キングデシェレトの国が行っていた過去の儀式を絶えず修めた。
最も情報通である遊牧商人でも、この不思議な集団についてはわずかな噂しか知らない。
エルマイトの子孫にはキングデシェレトの祭司の遺産を伝承する資格のある者も、古い文献を読める者も滅多にいない。
古の祭司たちが精通していた優雅で荘厳な棍術、槍術、自慢の弓術については言うまでもないだろう。

エルマイト旅団はこうした人々を「隠者」と呼んでいる。彼らの中には、スメールにだけ残る神王に忠誠を尽くすようになった人もいた。
そして、ほとんどの人は果てしない砂漠に消え、蛇やサソリ、旧藩国の幽霊が群がる所に隠れている。
雨林に忠誠を尽くす者は依然として隠居と寡黙な習慣を保っており、自身の力で古き恩恵に報いている。
だが心の底では、千年前に惨禍に見舞われた先祖やキングデシェレト陛下を哀悼してやまない。

こうして、古風な弓術の儀式は祭司の後裔によって受け継がれてきた。
多くの古い文字や図案の意味が失われたり、誤って伝えられたりしても、
赤き王が弓を引く勇壮な姿はとうに砕け散り、昔日の夢になっていたとしても…
歴史ある国の微かな火種はなおも消えておらず、より神秘的な要素となって、
彼らが伝承してきた古の知識で、今の文明を守り続けている。

砂漠に消えた「隠者」の中には、祭司の道から外れた者もいる。
彼らは権力という儚い幻に心を奪われ、村落の改革を企てた。
古の厳しい儀式により、迷子になった子供を訓練して「猟鷹」にした。
本来、崇高な戦士を育てるために代々進歩してきた技法であったが、今では誤った道を進んでしまい、
新たな「王」の誕生を助けるために、何の考えも持たない走狗を生み出すこととなった…
だが、これはまた後の話のこと。野心を持ちすぎた者は往々にして砂漠に消えていく。
ひっそりと音も立てず、苦い涙が果てしない海に溶け込んでいくかのように。

静寂の唄

海淵に落ちた勇者が残したとされる不思議な弓。弓幹は金銀の光沢を帯びていたという。
真っ暗な深海や光のない真空で弾いたかのように、弦は音も無く振動する。

遥か昔の壮大な時代に、魔像が軍団を組んで深海の龍族と戦ったことがあった。
海に棲む龍の末裔はかつては暴虐な一族で、スキュラという親王が統治していた。
当時、龍王スキュラは蛮族と龍族からなる大軍を率いて古い国の関所に突撃した。
そして、弓を持った軍団が赴き抵抗する。それは大調律師がスキュラの力を封印するまで続いた…

その後、かつて栄えた王国は完全に海底に点在する廃墟と化した。
しかし魔像軍団の残りの兵は、陽の光の届かない所で龍の末裔と戦いを繰り広げていた…
静かな海淵は戦いでかき乱されることはなく、硬い石と化した心は次第に崩れてゆく。
最後の弓使いと孤立した龍の末裔は、あるとき和解に合意した。

鋭い爪と牙の果てしない衝突は、次第に人の心を苛つかせ、
刀剣と弓矢は光のない海淵の下において、もはや人目を引かない。
亡国の騎士と龍族の勇者は思わず大笑いした。
もはや邪魔となった武器を捨て、無意味な戦いから抜け出したのだ…

後に静かな海淵の下で起きたことは、後世の歌劇ごとに無数の解釈と演出がある。
彼らはそれぞれ自分の故郷を裏切り、他の流刑者と共に新しい集落を作ったとも言われている…
この古い弓と同じように、多くの物語はついに音の無い海淵に沈み、荒唐無稽な伝説となった。
最終的に「野蛮」がかつての国土を支配し、数多の物語や歌も無害な架空の芝居として演じられた…

レンジゲージ

かつて都市建設と遺跡調査によく使われていたツール。
角度の測定のほか、当時とても先進的だった距離測定の機能もある。
精密に加工された特製の矢と訓練を受けたプロの手により、
発射する矢の軌道を、一筋の光のように真っ直ぐにできる。

計画と建設のほか、探索や事件の捜査にまで役立つこともある。
熟練者の手にかかると、こうしたレンジゲージはとても高い測量精度を発揮できる。
過去、レムリア遺跡を探索中の探険隊は常にレンジゲージを携行しており、
主に瓦礫と歳月の中で埋もれた古跡の位置を測定するために用いていた。
後世で流行したハーロック小説の中にも、
それを利用して隠し部屋を探すシーンがある。

今では骨董屋か屋根裏部屋、穴蔵に堆く積まれ、埃を被っているものが少なくない。
もっと便利で、誰にでも使いやすい同類のツールが普及するにつれ、
特製の矢を作る者がいなくなり、これもまた埃を被って姿を消した。
何かを疑われることなく携行できる長弓のため、
一部の特別な時代には、想定されていない目的で用いられたこともある。

築雲

古い言葉で、こんなものがある。「天衡に山脈連なりて、岩集まりし処には玉の輝きあり」。千岩の国は豊穣の地として世に知られてきた。
そのうち、最も重要な鉱物産地であり、精錬、鍛造場所でもあるのが天衡山に位置する「黒岩場」である。

「黒岩場」は山岳に穴を掘って造られ、無数の工房や溶鉱炉、塵と杯で黒くなった行動がつながってできている。
あちこちで狼煙が上がり、大地が赤く染まる毎日の中、この地は折り重なる岩山に住む諸部族の先人たちによって、避難所としても使われた。
話によれば、とうの昔に世の人々から忘れ去られた古い坑道があり、そこは大地の奥深くにある古の国に通じているのだとか…

『石書集録』によれば、山で最初に坑道を掘り進めたのは、現在も続く璃月の名家・雲家の祖だという。
代々鍛造を生業としてきた雲一族は、その頃から歴史の表舞台に名を残し始めるようになり、祖たる人物は後世の数多の職人たちから師と崇められた。

ただし、その人物に関する記載は、数えるほどしか歴史書に残されていない――
「優れた技を持つ雲氏は、木を切って鳶となし、竹を削って鵲となす。三日飛び回っても落ちぬ様は、まさに天下一の職人技と言えよう。」

仕掛けの知識も鍛造の技術も、その始まりは仙人と切っても切れない関係にある。
ゆえに、かの人物は仙人の弟子と見なされ、技術は仙人から授かったものであるとされていた。
その者は世の秩序が乱れた際に帝君について戦に赴いたというのも、有名な話である。
そこで功績を立てた結果、相次いで三人の仙人からその才を認められ、仕掛けに関する秘術の教えを賜ったそうだ。

その技術の妙なること、遥か高天の雲をもぎ取り、楼閣をいくつも建設できるほどで、
さらには質の低い朽ちた木材を彫って走り回る鳥獣を作り出すことができた。それらは、本物と見紛う程であったという。
「黒岩、雲より築かれん」という言葉は璃月に知れ渡っているが、
岩、雲の印象の衝突は、これまで詩人や講談師によって嬉々として語られてきた題材である。
「築雲」の伝説は後世の人々による一族の姓を使ったこじつけに過ぎないとしても、
昔、かの者が人生を黒岩場に奉げ、匠の技を教え伝えたこともまた紛れもない事実である。

生涯、そして伝説の最後、その者は浄土の天光の中で高みへと昇りつめ、職人を庇護する星になったとされる。
しかし伝説は結局のところ、伝説にすぎない。黒岩場を築いたのは仙人の秘術でも、つかみようのない雲や風などでもない。
それは山を一歩ずつ掘り進めた工具の力であり、岩間にこぼれた汗であり何千年もの間に大勢のごく平凡な職人がなしてきた努力の賜物なのである。
何しろ貴金の神の契約で「凡人の決意は遥か雲の上の仙人による奇跡に劣る」などと定められたことは一度もない。

「優れた技を持つ雲氏は、木を切って鳶となし、竹を削って鵲となす。三日飛び回っても落ちぬ様は、まさに天下一の職人技と言えよう。」
「その功績を並べれば、岩を彫りて工房とし、雲を築いて楼閣とし、天衡を貫いて黒岩とした。これは民に利するものである。」
「雲氏曰く、『巧とは何か? 拙とは何か。民に利することを巧と言い、その他はみな拙である』。」

チェーンブレイカー

それは遠い昔、今では神話として語り継がれる時代のことだ。その頃、龍はまだ鬱蒼とした森を闊歩していた。
捨てられた少女は龍の母に引き取られ、風が吹き渡る緑豊かな環境で、鳥のさえずりを聞きながら育った。

「リアンカ、私の自慢の娘、最愛の娘よ」
「兄弟たちと同じように、自分の道を見つけなさい」
「あなたには鋼のような鱗も、刀のように鋭い爪もないけれど」
「でもこれだけは覚えておいて、どんな時でも、あなたは龍の母の娘にして、高潔な王女」
「人間であろうと龍であろうと、この世にあなたが膝を折るにふさわしいものは何一つ存在しない」
「誇りを持って自分の道を歩んで、真の龍のように」

こうして、龍の伝統に従い、リアンカという名の少女は母から長弓を受け取ると、
咲き誇る花々とカワセミに導かれ、一人で「道を探す」旅に出た。
人間と龍の地をいくつも旅し、深い森にも慣れてきた頃、少女はようやく気づいた。
こんなにも世界は広いのに、森の中で小鳥のように自由に飛び回れるのは、贅沢なことなのだと。
法は人間を縛り、執着は龍を閉じ込めている。いわゆる自由とは、常に強者のみに許されるものなのだと。
──それなら、弱者が空を飛ぶのを妨げる足枷を、すべて打ち砕いてしまおう。

当初、行き場を失い、彼女に助けられた孤児が数人だけ付き添っていたが、
次第に、部族のルールに縛られることを拒んだ流浪の戦士が、彼女の歌に従うことを選び、
追放された龍たちも彼女の保護を求めて森へやってきた。
無冠の王女は、それが人間であれ龍であれ、かつての敵であれ友人であれ、すべてを受け入れた。
棒一つでそびえ立つ強大な敵を打ち負かし、心から笑い、過去の恨みを忘れ、
傲慢な悪龍を三度撃ち落とし、三度癒し、親しい友人となった。
これが、その後千年に渡り続く、「花翼の集」と呼ばれる部族の始まりだった。
弱く無力な者でも、これからは風と空を恐れる必要がなくなった。

「あなたは誤解しているようね。勇者と呼ばれる異邦人よ、私は彼らの王ではないし、彼らが誰かに服従する必要もない」
「誰しも王だと主張することはできない。なぜなら、誰しもが無冠の王だから。形式張ったことは忘れましょう、私たちを楽しませてくれるのは歌だけなのだから」
「しかし、もしあなたが本当に言葉通り誠実で、本気で永遠の足かせを焼き尽くすための燃えるような風を起こしたいと望むのであれば」
「もし本当に、弱者に平等な庇護を与えたいと願うのならば、勇者と呼ばれる異邦人よ、私もあなたと共に行くわ」


「母上には王の崇高な決断が理解できない。もし知られれば、花翼の集は間違いなく大同盟に対して真っ先に反旗を翻すだろう」
「王よ、輝かしい明日と千年の願いのために、我々は一刻も早く潜在的な危険を排除すべきです。もはや躊躇してはなりません」

それは、多くの部族の旗がまだ灰色の埃をかぶっておらず、盟約もまだ色褪せていなかった時代。
キヌバネドリが鳴き止んだ夜、薄暗い暖炉の傍で、若者は僭主にそう提案した。
野心を煽られたのか、あるいは貪欲さのせいなのか、今となっては分からない。
人々はただ、灰燼の都で血塗られた宴の火が、王の最後の恐怖を焼き尽くしたことだけを知っている。

「ああ…友よ、私一人を処分すれば良いものを、まさか何百人もの兵を送り込んでくるなんて…」
「しかし、この血統を見誤ったのは私自身…それならば血をもって償うわ」

弓の弦は切れ、血は流れ出し、携えていた一振りの短刀も折れてしまった。
かつて無数の悪龍を空から撃ち落とした英傑も、とうとう力尽きた。
それでも、花翼の集のリーダーは、溢れんばかりの朱の中に凛と立っていた。
裏切者の子孫に最初の矢を、僭主の配下に残りの矢を。
彼女の脛骨はとうに砕けた。ならば、最後の矢で残躯を玉の弓に釘づけよう。
その旅路の果て、死さえも誇り高き龍の娘を跪かせることはできなかった。

「敬愛する母よ…あなたの娘はついに自分の道を見つけた」
「苦しみと歌だけがこの身にふさわしい…これらを墓碑銘として残すことにするわ」
「それらを擁していたことを…そして、最後にそれらを『超越した』ことを記念して」
「これまですべての者にこの命を捧げてきた。今…この世に私の死を捧げよう」

花飾りの羽

「最後にもう一つ聞いてくれんか。『超越』の名を継ぐ英雄の物語だ。」
「その血に流れる災いは、お前の名よりも遥かに古い。」
「もしお前が今でも、先祖たちのようにこの世の命を憐れんでいるのなら、」
「その首を刎ね、苦しみから解放される喜びを与えてやれ。」

老いた賢者がそう告げても、無数の苦難を味わった勇士には届かなかった。
これまであまりに多くの別れを経験してきたからか、彼はただ死に瀕した仔竜を抱きしめるばかりだった。
賢者が去り際についた溜息など気にも留めず、血に染まった仔竜の羽を珍しい秘薬で優しく撫でていた。

「僭主であれ狂龍であれ、呪いであれ運命であれ、」
「花翼の集の後継者を屈服させる資格を持つ者などいない。」
「この馬鹿げた呪いが、生まれながらにしてこの子を縛る鎖だと言うのなら——」
「栄誉ある先祖のように、俺がその鎖を砕いてみせよう。」

こうして、メネリクという名の勇士は、忠実な仲間のンゴウボウと共に巡礼の旅に出た。
花翼の集に今日まで伝えられてきた数多くの歌と絵巻には、一人の人間と一頭の竜にまつわる壮大な物語が描かれている。
勇士がどのようにして雷鳴のような音を響かせる弓で山々を切り裂き、誇り高い仔竜がいかにして悪しき蛇の喉に牙を突き立てたのか。
彼らがどのようにして巨大な魔物と四十日間も戦い、どのように一匹のカマスで魔物を倒したのか…
燃え盛る岩の下で、部族から追放される前のテノッチと戦ったことや——
どのようにして勇猛な壮士を敬うようになり、その何年か後に彼の隣で漆黒の潮流と戦うこととなったのか。
五百年の間、無数の詩人に歌い継がれ、今や灼熱の地で知らないものはいない伝説である。

世の中の出会いというものは、運命の別れに繋がっていると言われているが、
それでも「希望」を信じる者がいる。
焼け焦げた大地にも、新しい花が咲くのだ。
だが、ままならない力が多くの悲劇の根源であるように、
世の苦しみをかたどった鋳型も、往々にして善意を抱いた希望となるのだ。
明日、また明日、また明日になれば——彼はいつもそう唱えて自分を慰めた。
すべての希望が裏切りへと変わり、明日の訪れない日が来るまで。

「忠実なる仲間、ンゴウボウ。ここで休むといい。」
「よく眠るんだ。用事を済ませたら、すぐに帰って来るから。」
「漆黒の潮が引いたら、すぐに戻ってきて、起こしてやる。」
「また大地に春が訪れたら、咲いたばかりの花を崖まで一緒に見に行こう。」

羅網の針

この世に誰も逃れられない罠などほとんどない。丁寧に織られた編みにも、糸の通る隙間はある。
人を死地に追い込もうとする仕掛けにも、その鈎と牢の間には一筋の勝機が隠れている。
同じように、心を完全に閉ざすことを望む人など、この世にはおらず、どれほど警戒していても解かれる隙があるのだ。

幼い頃から宮廷で育ったフェイにとって、こびへつらいの言葉は仕掛けより百倍恐ろしい。
貴族たちは人々の物を不当に奪い続けるため、集めた財宝に幾重もの罠を仕掛けた。
ここから生きて帰れる者は誰一人としていない──そう思いこんでいたものの、器用なフェイは一度たりとも失敗しなかった。

複雑な構造ほど脆い箇所が生まれる。
タイミングさえ見計らえれば、どんな障害でも乗り越えられるのだ。

こうして、「さすらい者」の異名は広まった。彼が高貴な出自であることを知る者は、誰もいない。
冗長な礼節の儀と虚飾に耐えながら、彼は王や貴族たちが人前に出さず、大事にしまっている秘宝を盗み去った。
その一生は冷静で控えめ、何事にも左右されないはずだった。しかし──

「ちょっと! あんたいつも隠れて回ってるわよね! できるもんなら、あたしと一緒に大公のパーティーに出席してみなさいよ!」
「あんたとあたし、どっちが先に公爵の秘宝を手にいれられるか、勝負なさい! 勝った人だけが大盗賊の名を継承できるわ。」
「でも、忘れないで。負けたら貴族の金銀財宝を本当に必要とする人にあげること。それこそが大盗賊のやり方よ。」

面倒事から逃げる術に長けたフェイは関わろうとしなかったが、パーティーで高位の者に対し、せせら笑いを浮かべた少女を見つけた。
彼女はうまく貴賓を装っていたが、おべっかに染まらないその姿のせいで、一目で彼に正体を見抜かれた。
彼が「ブレードブレーカー」の挑発を受けるのは勝敗のためではなく、彼がこの世で滅多に見られぬ 「素顔」のためだった。

策を破るよりも、最初から策に落ちないほうが優位に立てる。故に、狡賢いフェイがいつも一枚上手だった。
しかし、怒りに満ちた少女は敗北を認めようとはしなかった。今回、彼女は貴族の最大の栄誉を奪おうとしていた。
彼女は女皇が授けた宝を盗み出し、貧しい子供たちに贈った。そして、勝利を確信した。
しかし、少し離れたところにいたフェイは微笑みながら、子供たちのボロボロになったの布のおもちゃを貴族の展示棚に戻した。
除幕式では、少女も貴族と同じように驚いた。勝者は明白だった。

しかし貴族たちも、これ以上下賤な者による挑発を許さなかった。今回、逃れられない罠を仕掛けたのだ。
宝物を盗んだ者と、おもちゃを入れた者が別だと思う者はいない。フェイは自ら罠に飛び込み、全ての罪を背負った。

彼はフェイの名門出身者であったため、その処刑は公表されず、最後の願いをする権利も貰った。
沈黙していたフェイは、ようやく口を開いた。「私の墓には、空の棺桶を入れてください」──その願いは、なんと聞き入れられた。
フェイは微笑み、高い壁から永遠の静寂へ向かって跳び込むことで、生殺与奪の権を高位の者の手から盗み取った。
しかし、その「さすらい者」という名の泥棒は、結局死の影から逃れることはできなかった。

この世に誰も知らない秘密など、ほとんどない。その秘密を墓までもっていかない限りは──
「親愛なる友よ、この謎を貴方が一生解けないことを願う。」

☆3

シャープシューターの誓い

伝説によれば、遠い昔の出来事である。
あれは上古時代の悲劇。兄弟が武器を使って殺し合った。
その中で、ある偉大な弓使いは侮辱を受けた。彼は敵を討つ誓いを立てた。
そして、敵を討つ前に、敵の喉を突き通す前に、
その血を流し尽くすまで、絶対に足を洗わないと誓った。
噂によれば、その人は最期、足の病気に感染して亡くなったらしい。

鴉羽の弓

噂によれば、渡鴉は死を告げる使者。
鴉の羽を弓幹に飾れば、
弓を引いた時、弦の振動は獲物の死を宣告するだろう。
少なくとも、武器商人たちはこう言っている。

弾弓

昔、弾弓の射程と精度を改善しようとする男がいた。
弾弓のゴムを変えて射程を伸ばせば、精度が落ちる。
彼は弾弓の弾を長い木製の竿に変えて、竿の後部に鳥の羽をつけ、空気抵抗を一定に保つよう改良を加えた。
長い竿を使えるようにするため、弓弭を伸ばし、逆さまにすることで、弾力を増すことに成功した。
結局、一張の弓を作ったことに彼は気づいた。


弓弭(ゆみはず・ゆはず)とは弓の両端の弦の輪をかける部分のこと。

文使い

噂によれば、遠い昔、
璃月港に矢文を放つ文化があった。
「でも、それは街の人を傷つける可能性があるじゃないか」
「だからこそ、この一張は骨董品になれたのさ」
と骨董屋の店主は顎を撫でながらニヤッと笑った。

リカーブボウ

木材に、動物の骨と腱を組み合わせ、念入りに作ったリカーブボウ。
腕の立つハンターが使えば、空を飛んでいる鳶を射落とせる。
ハンターの誇りであり、卓越した弓術の証である。
ただ、標的となった鳶は無駄死にだった。

☆2

歴戦の狩猟弓

狩人は山の背に立つ事を避け、風下に身を置かなければならない。
それは獲物が野獣でも魔物でも極悪人でも同じ事だ。

☆1

狩猟弓

言い伝えによると昔、モンドでは弓の弦を楽器として奏でていたと言う。
また、琴の弦で矢を射る吟遊詩人もいたらしい。
だが、どちらも所詮古い民間の言い伝えに過ぎない。

コメント

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  • 未記入の項目のスクショを貼ってもらえたら暇な時に記入します -- 2020-11-19 (木) 13:31:50
    • どこかSSだけを投下できる場所もあれば便利かもなぁ。うpろだでも作ろうかしら -- 2020-12-20 (日) 21:14:51
  • 狼の末路と冬忍びの実を追記しておきました。 -- 2021-01-12 (火) 13:54:31
  • 行数オーバーになりました -- 2021-02-15 (月) 18:37:21
    • 片手剣/両手剣/長柄武器と法器/弓に分け、黒岩の長剣の文章を記載しました -- 2021-02-15 (月) 19:09:33
  • 螭龍は「ちりゅう」ではないでしょうか -- 2021-02-16 (火) 12:38:16
  • 千岩古剣 -- 2021-02-24 (水) 14:33:31
  • 千岩古剣:古代の千岩軍兵士が愛用していた武器。璃月港の建造に使われた神鋳基岩を削って作られた。非常に重い。普通の人は持ち上げることすらできず、戦うことなんてとんでもない。だが記録によると、古代の千岩軍兵士はそれを実際に使用していた。 千岩軍は当初、岩君の信者が自発的に結成した部隊であった。その歴史は町が出来たばかりの時まで遡る。岩君は璃月の名の下、共に歩み続け、絶対に諦めないと誓った。「千岩牢固、揺るぎない。盾と武器使ひて、妖魔を駆逐す。」千岩君の兵士たちは皆この箴言を守り、自身の命よりも重要視していた。 彼らは岩王帝君に付従って妖魔を斬殺し、民を救い璃月の平和を守った。千岩軍の最も輝かしい功績は殺戮ではなく守護であった。己を盾とし、彼らの故郷を守った。 この巨剣は守護者の責任と意志のように非常に重くて硬い。最初に岩を削り剣を作った武装兵団の星氏と寒氏は、将来、この岩剣を自在に扱える人は少なくなると予想した。やがてこの剣は世界平和の象徴となり、守護者も剣も必要なくなるだろう。 -- 2021-02-24 (水) 14:53:40
  • とりあえず、千岩武器二種について書き込みました。誤字などあれば訂正をお願いいたします。 -- 2021-02-25 (木) 14:50:16
  • 行数オーバーになったので、武器種ごとに分割して埋め込みました。 -- 2022-08-23 (火) 14:09:51
  • 鶴鳴の余韻を追記しました。誤字などあれば訂正お願いします。 -- 2024-02-14 (水) 05:40:43