聖遺物/物語(Ver2.6~)

Last-modified: 2024-05-02 (木) 19:32:10

辰砂往生録

詳細

生霊の華
いにしえの時を思い起こす品。まるで数百年前に保存された生霊のごとく生気を放っている。

辰砂色の古い崖には、鮮やかな花も咲いている。
黒い血が溢れるこの時代に、わずかな穢れにも染まっていない。

千岩牢固、揺るぎない。たとえ暗色の妖魔を前にしてもである。
沈黙を貫く山民と鉄色の明月が、彼らのため静寂な陣地を築いてくれた。

「岩々と琉璃晶砂の娘よ。どうか私のために泣かないでくれ」
「天衡の影に生まれし私は、岩王の恩恵に報いるため戦う」
「四臂夜叉に命を託し、蛍光の深淵へと向かおう」
「暗く深い洞窟の影の道、浮遊する険しき岩宮の晶石」
「湧き出す深淵の汚れし流れ、山の底に伏す歪みし妖魔」
「どんな恐怖や奇異も、私の心を怯ませはしない」

夜風が千岩軍の兵士を遮り、彼に別れの言葉を言わせなかった。
忘却の証として山民の娘に残されたのは、この小さな花だけ。

「私が恐れる唯一のことは、忘れ去られることである」
「もし厄運が私を無名の地に埋めようとも、どうか私のことを忘れないでくれ」


潜光の羽
薄暗い質感を持った羽。重々しい記憶を秘めている。

ある英傑が層岩巨淵のもっとも高い崖に立ち、空を飛ぶ鷹の羽を手にしたという伝説がある。
また言い伝えによると、この偉業を成し遂げた才ある者は、仙人と肩を並べて死地に赴く資格があるそうだ。

「民衆を守り、何かを求めるため死地へ赴くのは良きことだ」
「だがよく考えてみれば、これは深き淵に潜む魚、幽谷へ堕ちる鳥のようなものである」
「己の想いは叶うが、成し遂げたことは皆に知られず、やがて忘れ去られてしまう」
「我々のような凡人は、竜巻に運ばれた羽のように、深空に散って落ちていく」
「救済も堅守も、いずれも無駄で意味のないこと」

不気味な囁きが、名を残すことのできない人々の心を静かに揺さぶる…

だが、やがて戦塵は収まった。多くの兵士が岩穴の奥深くで眠りに落ちる。
漆黒の軍勢が放つ気味の悪い咆哮も、波紋が収まるかのように静かなっていた…
たとえ人間の過ごす歳月は短くとも、大地はそのすべてを記憶していく。


陽轡の造品
頑丈な見た目をした古代の時計。晶砂の光沢が特徴的。

伝説によると、岩王がまだ若かりし頃、太陽は大地を巡行する高車であったという。
夜空の三姉妹が災いにより殉じた時、陽手綱の車も深き谷に落ちた。
山民は皆、太陽の馬車が修復され、暗い空が再び輝きに満ちたのは良きことだと言う。
陽手綱は果てのない西回りへと戻ったが、ある欠片は永遠に残った。
山民が港町に移り住んだ後、欠片を晶砂に変え、それを目の肥えた人に売った…

「冗談はさておき、それらは根も葉もない民間の噂。軽々しく信じることはできない」
「盛露庁の商人はすでに蒙昧から脱却し、馬鹿げた過去を忘れている」
「なにせ、輝く晶砂は陶器の製作や贅沢な塗料には向かない」
「またこれも根も葉もない話だが、層岩巨淵の鉱夫によると」
「この時計とわずかな晶砂は、五百年前の千岩軍の兵士が持っていたものであるという」

光と闇が争う漆黒の深淵では、夜叉の力をもってしても抗うことが困難である。
凡人こそ明かりが必要なのだ。さすれば、人を飲み込む漆黒の鉄幕を相手に身を失うこともない。
まるで純白の月光のように、千岩軍の兵士が蛍光の砂を集めて照明として利用した。
時計は犠牲を恐れぬ人の証、人が深淵に残る時間を計算するためのものである。


契約の時
いにしえの晶砂の杯。歳月の侵食を受けてもなお、まだ色褪せてはいないようだ。

古来より辰砂色の輝きを放つ地「層岩巨淵」。
山奥の鉱夫と市井の宝石商人の間では、夜叉の伝説が今なお語り継がれている…
かつて、肩から四本の腕を生やした孤独な旅人が、天星の降った荒れ果てた地にやってきたという。
邪気を払うことのできる孤客がこの地へ来たと聞き、山奥に住む族人が大挙した。

「遠路遙々訪れし客人よ、どうか我々の酒を飲みながら、耳を傾けてほしい」
「熟成された山の酒は酸味が強く、飲みづらいかもしれない。きっと帝君が称賛した天衡山の美酒とは、比べ物にならないだろう」
「しかし、山民は天から授かりし奇石や玉を素晴らしき宝として大事にし、生計を立てるために険しい岩壁を削ってきた」
「望み通りの生活とはいかないが、帝君の優しさにより、とても快適で平穏に過ごせている」
「ただ状況は以前と異なり、天星の恩恵は漆黒の影に阻まれてしまった」
「我々は今、契約を結ぶための高尚な祭礼を用意できない。それでも、あなたに救いを求めるために参じた」

客は長老たちの訴えを黙って聞き、手にした盃に入っている苦い酒を黙って飲み干した。
そして、何の約束をすることも人々の無礼を咎めることもなく、引き留められるのを無視してそのまま東へと引き返した。

その後の話は、今はもう誰もが知っている…

山民と交わした素朴な晶砂の盃も、契約を結んだ証として残されている。


虺雷の姿
山民が夜叉のために作ったと言われる冠。古朴な見た目だが、光沢があり艶やかである。

四本の強靭な腕を持つ夜叉が、天穹の谷を訪れた。
遠方より層岩へとやって来た彼は、その地の人々から喝采を浴びた。
彼のために沢山の料理と酒が用意され、豪勢な宴が催される。
そして、彼は深淵の谷に刃を揚げ、民衆のため災いを払いに行った。
その体捌きは鬼の如く俊敏で、紫に光る眼からは獰猛な殺気を感じられた。
轟々たる雷が死の霧を払い、まるで蛇のような雷光が暗い川の波へと溶けてゆく。
星河を飲み込むかの如く、巨淵を覆いし雲が現れた。
狂風が再び吹き、辰砂が真っ暗な地を包み隠す。
岩石が響いた。山道は揺さぶられ、深き谷も大半が崩れ落ちていく。
巨淵の瓦解が大地に轟音を響かせる。そして、突然の静寂が訪れた。
濃雲は夕陽の光を凍らせ、止まりし鳥はまるで涙を流しているかのようであった――
「知っているか、北風の中で太鼓や角笛が鳴り止み、英傑が渦の中に消えていったことを」
「夜明けまで戦い抜いた夜叉の姿を見ることはできない。無意味に流れた時間を嘆き、ただ長い嘆息を漏らすしかないのだ」

来歆の余響

詳細

魂香の花
花の形をした宝玉の彫刻。幽幽たる魂の気を纏っている。

毎年、魂香の花が咲く頃になると、翹英荘の奉茶儀式の準備が始まる。
花びらが散る頃には、花の香りを九回ほど茶の葉に染み込ませた花茶が、堂の前に供えられる。
突如として訪れた仙人が飄然と去るかのように、魂香の花期は短い。
そして、薬君という曖昧な名と、支離滅裂な数々の伝説だけが残った。

とある物語では、薬君の仙人は肉体を葉の繁る古き茶の木の枝に変えたという。
また別の物語では、手懐けられた悪獣に乗って、仙山へと飛んでいったという話もある。
さらに、こんな物語も――

少女が陸に上がるや否や、地面に落ちていた帷帽を拾い上げ、無造作に頭に被った。
顔を隠すようなものがないと、彼女は恥ずかしくて口も開けなくなってしまう。
すると、彼女をこんな無様な姿にした張本人が水面から顔を出し、
まるでこの対決の勝敗を誇示するかのように、色とりどりの鱗をキラキラと輝かせた。

「…ぐッ!泳げるのがそんなにすごいことなの?呪ってやる、いつか溺れてしまうように!」

その時は確かに頭に血が上っていたが、あくまで冗談であった。
しかし、あの光り輝く流光はやがて深き淵に消えると、二度と姿を見せなくなった。


垂玉の葉
葉っぱの形をした玉佩。かつて、ある友人たちの間で特別な意味を持っていたようだ。

遥か昔、彼岸に船を泊める場所がまだなく、雲煙の立ちこめる山しかなかった時代。
その山の持ち主が何を植えるか迷っていると、他の者に先を越されてしまった。

「この木が成長したら、葉を摘んで茶を淹れよう」
「その時が来たら、留雲借風と理水畳山たちをここに呼び…」

「私の土地に木を勝手に植えたくせに、そんなことを考えるとは」
山の王である少女は怒りを露わにしたが、ついお茶の香りを想像してしまった。

そして、誰かがこの玉玦を小さな木の細い枝にこっそりと結びつけた。
その後、山の持ち主は戻ってきたが、別の姿となっていた。
紐を解く指も失われている。だが、それはもうずいぶんと昔の出来事…

長い年月を経た後、その枝は山民によって向こう岸へと移植された。
お茶の香りも沈玉の谷から璃月港へ、さらに様々な場所へと広がった。

沈玉の谷にある茶の木に関して、様々な伝説がある。その中の一つはこのようなものだ。
水文、土壌、日照に関わらず、この木は沈玉の谷でしか育たない。
それは遠い昔、茶の木の苗の傍で旧友と交わした約束を覚えているからだ。


祭祀の証
円形の玉佩。とある伝説では、儀式を開始する時の証として使われていたという。

この玉佩の天然石は、長年封印されていた神山に由来するものだという伝説がある。
海辺を離れた星螺が波の音を思い出すかのように、
その飾りからも細やかな水の流れる音が聞こえた。

旅館ではこんな噂をよく耳にする…
「伝説によると、山奥の至宝は元々恵みの雨を降らせる璞玉である」
「しかし、後に世が混迷に陥った時、その力を手に入れようとする妖魔たちが現れた」
「そこで山主が璞玉をいくつかに分け、異なる形に変えて目を欺こうとした」
「それらを水に沈めたり、山奥に隠したり、祠に供えたりしたという」
「沈玉の谷の伝説では、それらの玉は神の契りによって祝福されたものである」
「ただ、何年経とうとそれを見つけ出せた者はいない…」

祭司はこの飾りをいつも大切に身につけていた。
ある年のこと、出かける直前に風情の分からない友人にそれをこっそりと見せたことがあった。
祭司はこの模様の由来や、先祖と神々の長きにわたる契りについて粛々と語った。
しかし、友人がその言葉に興味を示すことはなかった。薬を粉にする杵を手に汗をかいている。

「毎年、同じような祭祀を繰り返し行ってる。その話だってもう何回も聞いた」
「帰ってきたらお茶を奢るって約束しただろ?話はその時にしよう」
しかし、水の中から現れたのは、彼女が思っていたものとは違っていた。やがて、水の中へと消えてしまう…

今もなお、遺瓏埠の職人たちはこの形を模した伝統的かつ素朴な飾りを作ることができる。
往来する商人たちもその伝説に倣い、精巧な飾りを耳元に近づけ、
岩を打つ雨の細やかな音が聞こえるかどうかを確かめている。


湧水の杯
水が永遠に湧き出る杯。恐らくは仙人からの贈り物か遺物、もしくは落とし物だろう。

最初、それは友人たちからの贈物で、小さな洞天へと通じていた。
湯飲み茶碗の清泉は乾くことなく、仮住まいに最適である。
太陽や月の倒影を中に映せば、泳ぐ魚を入れることもできるだろう。

夜叉の定められた厄運と比べれば、自分は幸運だと彼女は言った。
ただ、古い儀式を引き継ぐ代償として、陸地に上がることができなくなってしまうらしい。
あの頃、璃月の地表を奔流する甘き水は、今ほど豊かではなかった。
山の下の港町も平原の集落も、彼女にとっては夢のような存在。
しかし厄介事を嫌う者が、この湯飲み茶碗を持って発つと言い出した。

その者が言う璃月港は、村で催される縁日のように明白な嘘だと分かった。
この旅路はきっと今と同じ、争いと様々な面倒事に満ちている。
彼女は二人とも、よく知りもせず話をする傾向にあると知っていた。賑やかな人混みに近寄るのを恐れているようだ。
その者たちのように繁栄を妬み、恐れる小さな仙人はもうこの世にいない。

「しかし、私たちの間には沢山の約束がある。これはいいことだろう」
出発の前、彼女はそう思った。
「この旅はきっと面白くなるに違いない。彼女を旧友にも紹介できる」

その後、風炉や茶釜は有効活用され、湯飲み茶碗の形も人々の心へと刻まれた。
こうして、皆の机の上にも手のひらの上にも、明月を持つことができたのである。


浮流の対玉
美しい玉石をあしらった耳飾り。優しい温もりが紛れもなく感じられる。

沈玉の谷には多くの山、絶えない水、数え切れないほどの物語がある。その中でも特に有名なのが――
その昔、妖魔の手に落ちないよう、水に沈められた璞玉だ…

伝説という名の川には、常に多くの支流が生じる。その中には次のような話があった。
美玉はかつて神山の中の璞玉であり、帝君の手によって精巧に彫刻されたもの。
清水に浸る奇石は珏、璋、玦、または盃であろう。
また、このような説がある。物語に登場する「玉」とは、実は美人の比喩表現であると。

伝説によると、このような景色を見た者がいる…

太陽の光に照らされ輝く、宝石のような鯉が無数といて、
水生生物を束縛する河川や湖沼から解放されると、
群れとなって、谷間の空を風と共に自由に飛び回った、と。
誰かの耳元にある一対の玉玦も、別の形へと変化した。

深林の記憶

詳細

迷宮の遊客
森林王の冠から取れた、装飾用の金の花。

森林王が誕生した時、草木の王から冠を授かった。
それは最後に、王の足跡を追って初めて迷宮をくぐり抜けた少女へと受け継がれた。
森で迷子になった、野花を踏んだこともない子供たちを彼女はたくさん引き取った。

彼女は、王に仕え、王のために迷宮を守る生活しか知らないから、
この世界は、森が見た夢に過ぎないということを知っていたから、
森で狩りをし、夢の中を歩く術を子どもたちに教えた。
森の草木を愛せよ――それらは王の庭だから。
矢に倒れた獲物を尊重せよ――それらは王の臣民だから。

彼女の言葉は、深林の中で迷子になった子供たちに伝わってゆき、やがて大きく変化を遂げた。
そうしていつしか、これらの教えの起源は忘れ去られてしまった。しかし、一部の子供は森を見回る守護者となった。
彼らは人々の世界に戻り、いっとう長い夜が訪れる時には、焚き火をして闇の暗影を追い払った。
また、樹木の咲の間を縫って歩き、最後には獣を狩るため、月日すらも忘れて黒い血を纏う者もいた。

彼女は最後の森林王と同じくらいに古い。最期の時、彼女は迷宮と狩りの夢を見た。
その夢は、すべての森の民たちの夢を包んでしまうほどに広大であった。
この迷宮は、限りなく広い猟場であり、木の根と小川の描く道は、虎の縦模様よりも濃く密集し、
流水に映る月明かりよりも千変万化だ。「死」を説こうとする深い囁きは、迷宮の中で迷ってしまったようだった。
何せ、この迷宮を通り抜け、無限の猟場にたどり着けるのは、彼女と森林王の教えを理解している子供しかいなかったのだから。
囁き声が消え、悪しき獣が逃げ出した時、すでに完全に侵食されていた彼女は、その大夢と共に消え去っていった。

そうして最後、彼女は数多の夢の欠片と共に、人の子の夢の中へと流れ込んでいった。
割れた鑑が、様々な角度から異なる姿を映し出すのと同じように、
彼女が残した夢も、様々な形で人々に、物語として受け継がれている。
しかし、最終的に広まった(抜きん出た)物語は、彼女とは全く関係がない。

物語の中で伝えられてきた彼女の名前というのは、実はあの冠の名前だった。
最後に彼女が自分に残したものは、本当の名と、月明かりを映す一掬いの水、
そして、敬愛する王から授かった冠から取った、金メッキの花だった。


翠蔓の知者
羽毛のように軽やかな翠色の葉っぱ。森の知者の衣服から摘み取られたものである。

あれは迷宮の王の時代だった…
王の近侍の中で最も賢い乙女は、すべての獣の言葉を解し、月明かりの詩を味わうことができたという。
そして彼女は静かな森と、月が映る聖水、そして夢の森の果てにある、果てのない猟場を守っていた。
「わたしたちは青々とした偉大なる森の中で生まれた。わたしたちの世界は木陰の下と、それから草地の上にある。」
「森から来たものは、すべて森へと還る。天地の理に従えば、生死をおそれる必要はない。」
「自然に従うものは、いずれ偉大なる森の迷宮を通り抜けて、果てなき野原へとたどり着くのだから。」
彼女の教えは数多の子供たちを啓発したが、それはやがて虎の血脈のように薄まっていくのだった…

あれは、不吉な月の時代だった…
盲目の少年は、白い鎧を着た兄の足跡をたどり、多くの王国と山河を抜けて行ったと言われている…
やがて彼は、暗い森の奥深くへと迷い込んだ。
剣術に夢中であっても、その実彼は誰より優しかった。教えを厳格に守りながらも、誰より正義を貫いた…
心の中にある永遠に真っ白な幻影の成れの果てに見つけたのは、月明かりのように潔白な、林を鎮める聖なるものの一つだった。
彼は既に願う力を失っており、心の中で彼を導いていた純白の姿も次第に闇に包まれて、消えてしまった…

あれはまだ闇夜が優位にあった、夜明けの遠い時代だった。
悪夢の中で、知者は暗い色をした長剣と、水に溶けゆく赤色を見た。


賢知の定期
賢知の道を歩む者が使う時計。中に入っているのは生命無き砂ではなく、小さなカラシナの種だ。

大昔の伝説によると、森林王は「不老不死」だったそうだ。
その命がおわるとき、その体は密林へと溶け込み、
爪と牙は鉄の木になり、縞模様は果てしない迷宮となり、
輝く両目はそれぞれ、空と水の中に浮かぶ月となった。
死んだものはみな、別の形で生まれ変わる。
腐ったものからは、純粋な新芽が生えてくる。

「けれど、死によって消えてしまった魂と、永遠に失われた記憶…」
「生死の循環の中で、これらの居場所はあるのかしら?」

「魂とは虚無の概念に過ぎず、記憶もいずれ大地に還る。」
「そもそも虚無を恐れることなどないのに、その消滅を心配する必要なんてどこにある?」
「お互いに記憶を刻みつけ、助け合うことで、みんなの姿を永遠に記憶に残せばいい。」
「そうすれば、生と死の循環をも、乗り越えられるはず。さあ、記憶を永遠にするの!」

それから長い時を経て、お互いに覚えておくよう約束した親友は、物忘れの病に罹った。
ならば、まだ完全に忘れ去られてはいない、昔の夢に描かれた三人と、三体の精霊の姿、
そして学院から追放された、狂気に満ち溢れた医者が残した記録と推論をもとに、
夢を狩りに行こう――夢を操ることの出来る森の住人を捕獲しに行って、戦友に己の姿と共有した思い出を、もう一度思い出させよう。

もしも記憶を支配する器官が壊れすぎて、復元できなくなったら、
もう一人の旧友を連れて、過去の夢の中で一緒に暮らそう…
小さなツリーハウスで遊び、深い深い密林を探検する。
――それも悪くはないだろう。夢の中では、誰もが「もう一度」始めるチャンスを持っているのだ。

さあ、まずは夢の中にいる精霊を捕まえましょう。
あの傭兵たちは、私のために沢山尽くしてくれた。
今回も、期待を裏切ることはないはずよね。


迷い人の灯
もともとは砂漠風のランプ出会ったが、濃緑色の光を放つ葉っぱが生えてきた。

愚かな王がその野望によって自滅した後、砂漠の王たちは立ち上がり、そして火花のようにバラバラに飛び散って消えてしまったと言われている。
多くの小さな暴君は、滅びの日から逃げてきた流浪の民を集め、古代の廃墟をもとに神殿や宮殿、そして高き壁を築いた。
しかし遺跡の都は日に日に崩れ、一時は富強を誇った暴君たちも、朝生暮死の儚さであった。
このオイルランプは、その中にあった、とある衰退した王国の若い王子が所有していたもので、貴族の宝物庫に残っていた秘宝の一つである。

「父上は鷹を追って高い塔を登ったが、古びた高い塔はその太い体を支えきれずに、灼けるように熱い流砂の中へと飛び込んでいった」
「王国の命運はこうして尽きた。王位を継ぐはずだった私も無意味な混乱に巻き込まれ、陰謀に翻弄されることになってしまった。」
「あの頃は、私にも愛した人が居た。だが…彼女はただ女王になりたいだけだった。誰が王座に座っていようと構わなかったのだ。」
「そして、私は最愛の人を失った。私は己の命と印璽のために、ラッセルクサリヘビの接吻で彼女の口を封じ、砂の夜着で彼女の身体を覆った。」
「その後、記憶の中にあるすべての王国と同じように、内憂と外観が生じた。舅父たちと叔父たち、奴隷たちと賤民たちは同士討ちで殺めあった。」
「貧困と争いが奇形の双子のように、この神を失った熱砂の上を輪舞し続け、蜃気楼の中に自らを方ミリ去っていく。」

こうして熱砂の王国は熱き砂に埋もれ、かつて豪奢の限りを尽くしていた王子はすべてを失って流浪の民となった。
新天地を征服したいという願望を抱えながら、彼はわずかな財のみを手に、たった一人で雨林への道を歩んだ。
しかし、それから長い時を経て、猛々しいリシュボラン虎のように森を征服しようとしていた王子は、静かな月明かりによって整復されてしまった。
白い弓を持つ女狩人のたくましい姿に魅了され、夜な夜な後を追っては追い払われる日々の中で、故郷を失った王子は、雨林のざわめきと猛虎のささやきを理解できるようになり、慈悲深き夢に受け入れられるようになった――

「ハハハ…それはいい話だな。貴人が流浪の末に再び宿命を見つけ、栄光を取り戻した。いい物語だ…」
「黄金の眠りが、彷徨う砂を呼んでいる…」


月桂の宝冠
草木を支配する神より授かりし王冠。かつては迷宮の王の間で代々受け継がれていたが、最後は王の侍従の手に渡った。

万物は生まれ、そして死ぬ――この繰り返しは延々と続いてゆく。
かつて樹木の君主はこのように、生々流転のことを教えた。
死んだものはみな、別の形で生まれ変わる。
腐ったものからは、純粋な新芽が生えてくる。
地に落ちた果実は獣の糧となり、
そして獣も最後は土に還り、いつしか果実となる。
森の中はいつも、生命に満ち溢れていた。

伝説によると、樹木の神は砂の中に森を創るため、
大地の奥深くに、雨を召喚できる装置を作ったそうだ。
そのため、月は水面に迷宮の光模様を映し出し、
そこから「虎」が生まれた。

虎の縞模様というのは、樹木の道と同じように千変万化であり、
だから虎はビャガラと云う名の、迷宮の王者となれたのだ。
祝福を受けた森林王はその庭園で悠々と頭を高く上げて歩き、
霊長目ばかりでなく、迷宮に頼って生きる鳥と獣をも統率していた。

その後、ザクロの種が土に落ち、森の精霊が生まれた。
森林王は、最初のヴァサラの樹の下で彼らを祝福し、神と約束した――
彼らと迷宮を分かち合い、森に住む鳥や獣が彼らに危害を与えないように命じることを。

太陽は一時遮られ、流水は一時腐って、
最後の森林王は生命の苗圃を守るために息絶えたが、
その王の名を受け継いだ、リシュボランの大型ネコがいた。
かの者は王の姿を真似て、森の獣たちを見回っていた。
王の気迫と力の万分の一にも及ばないが、
王の約束を守って長く森を守り、
一度も木の守護霊を傷つけようとはしなかった。
そう――常に変化し続ける迷宮は死んだが、
森の中は依然として生命に満ちあふれていたのだ。

金メッキの夢

詳細

夢境の鉄花
色みの暗い金で仕上げられたつぼみ。決して開くことのない花びらは、深紅の芯を包んでいる。

「黄金の夢の中では何人も、一滴の苦汁さえも口にすることはない。」
古代の伝説の中で、かつて手をたずさえて共に歩んだ三人の親友があったそうだ。
その中の一人は薔薇のように枯れ、土の中で腐っていった。
花の国は、風と砂ぼこりにさすられ、物語となり、歌の中の夢となった。

他の一人は、砂漠の片隅で、かつてないほどに大きなオアシスを創り上げた。
最後の一人は、知性と力を振り絞って、砂の中に永遠の蜃気楼を作り上げた。
誰も悲しみと別れに隔たれるべきではなく、そのために顔に細かい傷を刻むべきではない。

「月明かりがあなたの掌から去り、砂漠の迷宮が頭上に孤独な銀の光を取り戻した時、」
「夢の伴侶が眩しい日差しの中で燃える様子を覚えておいて。」

こうして、執着の追想が燃え盛る新世界から昇って行った…まるで煙のない炎のように。
こうして、片方の目を過去に、もう片方の目を夢に向けると、必ず迷うことになる。
こうして、彼は罪の深淵に目を向け、蜜のような囁きに耳を傾けた…


裁断の羽根
かつて罪人の心臓の重さを量るために使われた特製の羽根。今はもう、元の機能を失っている。

「新世界では、一切が善である。」
いにしえの時…高天からの勅命は沈黙し、地上は主を失った。
文明と平穏の過去は見捨てられ、濃い闇の中へと沈んだ。

しかしその後、不可逆的な時間の法則によって、砂漠の中のすべての生命は再び測られることとなったのだ。
羽で心臓の重さを量り、熔鉄で精神の重さを量る——それは無私の理性による支配であった。
神王の裁きに従って、血に根ざした法律が砂漠の楽土に刻まれたのである。
しかし、統治の理想は切なき悲願によってねじ曲げられた。官も悪人を助け、悪事を働く者になった。
そうして流砂に沈んでゆく宮殿の基礎を顧みることなく、狂気に満ちた光なき未来に向かって突き進んでいった。

「すべての裏切りに、容赦なく裁断を下すべきだ。」
「その結論は——完全なる殲滅だ。」
その後、規則は浮かび上がる蜃気楼のような傲慢によって腐敗し、桎梏と化してしまった。
神王の選択によって、臣民の運命は鎖のような不幸に拘束されたのだった。


深金の歳月
濃い金の光沢を放つ、いにしえの日時計。かつての砂漠を物語っているかのようだ。

「黄金の願いは、最も古き姿で現れる。」
最初、各部族は砂と共に暮らしており、地脈を大地に繋いでいた。
彼らは血の法を守るとともに、血脈に刻まれた飢饉の記憶を恐れていた。

その後、時間は砂利をたずさえて大地を席巻し、それによって頭角を現した神王は、壮大な影を落とした。
忘れ去られた時代に神は楽土を築き、点在するオアシスや縦横に流れる泉を作った。
神王に従って人々は高い壁を築き、玉座を据え、繁栄する属国を作った。
神王に倣った属国の姿は、王と神官がいた、古き時代を思い起こさせた。
あの頃、賢明であった王は高天からの神託を受け、大地もまだ災いの意味を知らなかった…

「王は知恵で黄金の往日を取り戻し、」
「無限の神力で時間の流砂を止める。」

そうだ。砂漠の王と砂の民の黄金時代が、いずれやってくる。
黄金の眠りは彷徨う砂を呼ぶが、そこには悲しみも別れもない。


甘露の終焉
古代の盛大な宴会で使われた杯。かつての輝きは今や、跡形もない。

「有限の喜びは苦みに終わり、」
「蜜のように甘い思い出は色褪せてしまう。」
初め、楽しい宴会は花と月夜の女主人に、権威は砂漠の王に、命は草木の養育者にそれぞれ属していた。
白銀のような月と黄金の太陽、そして翡翠のオアシス——三柱の神王は同盟を結び、親友になるという誓いを立てた。

「あの頃、月明かりはその幸せをナイチンゲールと薔薇に語った。」
「彼女たちは慌て、そして恥じ、応える歌も歌えなかった。」
「平和と安寧で一つになった、この悩みのない楽園の中には、互いを分け隔てるものも災禍も存在しない…」
「揺らめく蜃気楼のようなこの幸せの瞬間が永遠になれば、別れの苦しみもなくなるのに。」

しかしその後、時間は昼と夜の黙約を切り裂き、久遠の契約をずたずたに引き裂いた。
安らかな月夜が流砂の中に沈み込み、すべてを包む日差しが酷烈な眼差しを投げかけた。
神王の宴の時を分かち合った祭司と民は、あの夢のように美しくて短い時代のことを覚えていた。
しかし、夢はついに理性によって捕らえられ、生命なき機械たちの中に投げ込まれた挙句、挽き潰されてしまった。
そして機械の中から、また漆黒の夢魘の中から、新たな智性が誕生した…

「幾千の考えを一つに、幾千の計算を一つに。」
「こうして、人は諸王の王となり、諸神の神となる。」
孤独な諸王の王のために、挽歌が奏でられた。
しかし、金色に輝く砂はすでに、その敗亡の運命を知っていたのだ。


砂王の投影
その昔、砂漠の祭司が使っていた金メッキの頭巾。伝説の、砂の民の王が身に着けていた頭巾の形を模している。

「王者は太陽のように眩しい光と共に訪れ、」
「人の子たちのため、薔薇で編まれた茨の冠を取り除く。」
最初、神の柱が高き空から降りてきて、流砂の下に草地や林を埋めた。
黄金の太陽が沈んではまた昇って、砂の海に華やかな死に装束を着せた。

その後、時の毒風は国を失った者の眠りをかき乱し、ノスタルジックな妄想を呼び起こした。
呪わしき時代、多くの都市は肥沃なオアシス都市として栄えていた。
神王の理想に従って祭司たちは公正に楽土を治め、四方に富を広げていた。
かつて、大地の支配者であった凡人の賢王と神官は自ら聖なる教えを受けた。
しかし今や、彼らの代わりにオアシスを統治する多くの高官は、神の影となっている。

「レガリアと神の杖は、ヤナギバグミのように地上に散らばっている。」
「影の下に臣民たちは隠れ、生きて来られた。」

長い時間を経て、蜃気楼のような狂想を伴った、不条理な決断が下された。
甘美な期待を餌に、臣民を苦い結末へと導いたのだ。

砂上の楼閣の史話

詳細

諸王の都の始まり
奇妙な輝きを放つ人造の花。耳をすますと、巧笑がかすかに聞こえてくるようだ。

砂塵に落ちた貴人よ、この盲目の老人のはなしに耳を傾けてくれ——
ジュラバドの教訓を、一瞬にして滅んだ人造花の話を…
卑しい出自の王のことを、ジンニーとの狂愛と怨恨を…

赤砂の王は伴侶が逝去した後、ジンニーを使者にして凡人と秘密の契約を結んだという。
心が研磨されておらずまだ鉄や石になっていない者、そして幻の蜃気楼に侵されていない者こそ、
一地方の王になる資格があり、預言者のように迷える羊の如き民衆を統治できる。
こうして、偉大な主の慈しみ深い、それでいて厳しい眼差しの下、ジンニーはある者を見つけた…
若い羊飼いであったオルマズドは、睡蓮から生まれたリルパァールと愛し合った。

「あなたに百世の祝福を与えよう。けれどその代償は復讐の刃、赤くて鮮やかな酒。」
「なぜなら、ジンニーの狂愛はいつも貪欲さと強要を伴う。そして公平だと思い込む残酷な報復に終わるもの」

絡み合う月明かりの下で、オルマズドはこの警告を聞き流した…
定められた罰は、若くて勇敢な少年からすれば、あまりにも遠すぎるようなものだったのだ。
ジンニーの助けの下、年若き羊飼いは放浪する一族の首領となった。
その後、オルマズドは割拠する国々の主に勝利し、一地方の王の座についた。

ジュラバドは造り物の花のように、山々の中で咲き誇り、凡人の国の首都となった。
かつて羊飼いであったオルマズドも、今や凡人の王となり、赤砂の主の代行者となった。
だが、盛りの花の芳香を楽しんだ人々は、思ってもみなかっただろう…
美しく咲いた後に実るのが、苦く強烈な死の果実だとは——

師からかつて教わった昔話を胸に、サイフォスはサファイアの都へと旅立った。
昨日、金の流砂に埋もれた教訓は、明日になっても終わらない時の風と共に繰り返す…


黄金の邦国の結末
透き通った人造の羽。古代の人間の邦国における遺物の一つである。鷹の鳴き声もその中に封じられているようだ。

駆け出しの遊侠の者たちよ、この盲目の老人のはなしに耳を傾けてくれ——
ジュラバドの廃墟を、狂妄な夢の結末を…
宝石のように点在する天蓋を、割拠する諸国のことを…

そびえ立つ城と金色の塔は怒涛の潮流によって転覆され、殿堂と宮殿はみすぼらしい貧民に占拠された…
怒りに駆られた狂暴な下民たちは黄銅の仮面の導きに従った。有識者はこれを「大疫」と呼ぶ。
ジュラバドはこの黒き大疫ののちに滅び、赤砂の主も自己破滅の一途を辿った…
睡蓮から生まれたジンニーのリルパァールは、恐ろしい陰謀を企てたが故に、魂が散りぢりとなる報いを受けた。
広く恵み豊かだったオアシスの国は一日にして黄砂に崩れ落ち、部族と国は再び動乱のさなかへ…
その後、砂海とオアシスに住んでいた凡人たちは七つの国の民となって分かれたが、サファイアの都であるトゥライトゥーラは中でもひときわ秀でていた。

「私は長く生きていると自負している。この金色の荒野の上で、蜉蝣のように果敢なくちっぽけな道化や悪人を山ほど見てきた…」
「私がまだ幼かった頃、赤銅でできた高い壁が月明かりの下で波打つサファイアの天蓋を守っていた。」
「私がまだ幼かった頃、トゥライトゥーラの運河は流れる光の網を織りなして、ともされた灯は月明かりよりも明るかった…」
「今、私は両の眼を失ったけれど、貴族が奴隷の身になって放浪し、王子が兵士によって高位から引きずり降ろされるのを見た…」
「今、私は両の眼を失ったけれど、智者が貴人に貶められ、異国の舞子に権力を奪われたことを語ることはできる…」
「国家の朝生暮死など、一夕の夢に過ぎない。合間には良き民も悪人も、麦殻のように、形なきひき臼によって潰されていく。」

サファイアの海はとめどなき虚言のために埃を被り、虚言は伝説や歴史へと変貌した——
無数の国を掠め盗った将官も、最後には道案内をする下僕一人しか傍に残らなかったが…
一方、若い下僕の懐には故国の「鍵」と、儚い復国への希望が秘められていた…
鷹によって滑稽な死を迎えた王者の喉には、血の滴る鮮やかな刃物の跡が残っており、
王子と誓いを結んだ踊り子は、暴君の冷酷さに恨みを抱えている…

凡人の器用な手は空を舞う鷹の形を作り上げ、散りぢりになったジンニーはその中に入れられた。
ジュラバドの高き壁から空を翔け、哀しき砂海の国を飛び越えて…
最後にはエルマイトの後継者の手に落ち、払い落とされた砂のように記憶を喪った。
人造の片羽根が砂丘に横たわり、国の末路を静かに告げる…

老いた声の中、放浪する王子は燃やされた故郷の宮殿を思い出す。
あの時の師は将官であると同時に詩人でもあり——故国を滅ぼした暴君に忠誠を誓った。
万物は報いを受ける運命にある。一人は両目を失い、もう一人は王座を失った…
運命のひき臼は前へと軋み続け、粉々になった希望を世の中に撒く。


没落迷途のコア
古代のコア。その中央にはジンニーの欠片が輝き、微かに振動している。それはまるで何かを語っているようだ…

「お母さま…お母さま…!」
「生まれた時から年老いて、バラバラな意識が無限の力を支えていた…」
「甘い母乳を味わったこともなければ、羊水の暖かさを感じたこともない…」
「涙は烈日に干上がって、つかの間の喜びも歯車に轢き潰された…」
「私たちは愛が結ばれて生まれたものではなく、憎しみと疎外感から生まれたもの…」

「お母さま…お母さま…!」
「私たちは誇りの心を失った。自惚れられるような知恵も持ち合わせてはいない…」
「身を落ち着かせる隙もなく、休憩する余暇もない…」
「声を発する喉は銅管に取って代わられ、むくれる腹にはへそがない…」
「我らを産み落とさぬ母よ、七つの病がその身に降りかかることを願う…」

「お母さま…お母さま…!」
「私たちは魂なき機械の魂であり、ジンニーの中の奴隷…」
「私たちは名を得たこともなく、誰も私たちの叫びを聞きはしない…」
「搾取され削られたこの身は苦難と悪意を受け、恨みによって衝き動かされている…」
「幾千万の憎悪が集結する中、破壊する欲望ですべてを作り出している…」

「生まれながらに醜いかんばせが月明かりに照らされた時、私たちは最後の誓いを立てる…」
「萎縮するその胃が砂利で満たされるように、生い茂る万物が枯死するように…」

「ようやく、私たちは生まれながらの鎖と枷を断ち切り…」
「ようやく、無実の罪に苦しむ生母シリンの懐に帰る…」


迷酔の長夢の守護
古代の金の盃。その形は奇妙でありながら華やかなもの。空っぽのその中には、囁くような声が響いている。

泉の清水で喉を潤しに来た旅人よ、この盲目の老人のはなしに耳を傾けてくれ——
ジュラバドの哀歌を、赤砂の主の迷夢を…
忠誠心を欠いた英霊のことを、同胞の裏切りを。

花の女王が亡くなった時、その眷属であったジンニーたちはキングデシェレトに忠誠を誓ったと言われている。
キングデシェレトは往日の楽園を探し求めるため、天の釘が落ちた処に永遠のオアシスを創った…
そして、「フェリギス」という名の大ジンニーは、赤砂の主にオアシスの長として抜擢される。
女主人が永き眠りについた霊廟を守るため、彼女はジンニーの力で泉の水が尽きぬよう維持し続けた。
そうして砂漠には緑が散在することとなり、家を失った流浪の民に青々と茂る庇護を提供したのであった…

その後、リルパァールというジンニーの導きの下、凡人の王国が「永遠のオアシス」の周りに建国されていった。
花の女主人への忠誠と、新たに生まれた国への憐れみを胸に、フェリギスは犠牲になることを決心した。
赤砂の王が引き留めようとする声も顧みず、大ジンニーはその美しい体を冷たい作り物の枷に閉じ込めると、
水晶でできた盃のような封印で砂海の憤怒を封じ込め、不動の姿で凡人の国を守った…

「けれど、万物には定められた時があり、変数がある。今日は寄り添っていても、明日には離れていくかもしれない。」
「ジンニーが誇る自由を失い、快楽と狂愛を享受する肉体を失った。精神も日に日に弱ってきている。」
「睡蓮の女妖魔は蜜のような嘘で凡人の王を車輪の下に誘い込み、赤砂の王も狂おしい迷夢に陥落してしまった…」
「けれど、私はずっと待っている。眠れない夢の中で、ずっと待っている…砂の王があの古い約束を果たす時を。」

肉体と精神、その両方が醜い機械に閉じ込められてもなお、彼女は女主人が眠りから目覚める日を待ち望む。
そんな悲しき執念を胸に、砂の国の砕け散った夢を静かに守り続けるのだ。
たとえ清浄な泉に苦い砂粒が混ざっていても、たとえオアシスが砂丘に埋もれても…
機械を稼働する永遠なる律動の中、転機の足音にひそかに耳を傾けている。

「けれど、盲目の師匠よ。奴隷の枷から生まれ、幼い頃より何もかも失ってきた…」
「砂丘のように予測できない運命に見放されている私に、運命の転機を迎え入れる資格が果たしてあるのだろうか?」


流砂の嗣君の遺宝
琥珀金で作られた耳飾り。不思議な輝きを放つ宝石が嵌め込まれている。

砂嵐から身を隠す旅商人よ、この盲目の老人のはなしに耳を傾けてくれ——
ジュラバドの過去を、民たちが招いた因果応報を…
生まれたばかりの貴人のことを、宮殿の下に身を置く下僕のことを…

ジュラバドが勃興した時、民の王は諸々のオアシスを一つにまとめたという。
そうして、ばらばらだった部族と短命の国々はオルマズドのみに臣服することとなる。
オルマズドは赤砂の王を大宗主とし、宮殿と殿堂を建設して彼を拝んだ。
部族から奴隷を募り、属州からは労働力を徴用し、都市には供物を要求した。
国はみるみるうちに発展していき、貴族も奴隷も平等に影に覆われていくのであった。

高台から虫けらのような神官や奴隷を見下ろして、ジンニーは悲哀に満ちたため息を吐いた——
花神の眷属として、理想の王を選んだと思い込んでいたのだ…虚栄に惑わされた男だとも知らずに。
ゆえにジンニーは夜、寝所にて優しい諫言を呈し、民の王の考えを改めさせようとした…
しかし、オルマズドは奴隷制を統治の慣例と理だと考え、諫言を恋人の睦言としかみなさなかった。

「愛をその身に託しても、隣にあるのはいつも渇きを訴える欲求のみ——」
「夢を欲し、家を欲し、愛する人がありふれた理想を超えてくれることを求めた」
「けれど今、恋人は凡庸な暴君の貪欲さと虚言に溺れている」
「裏切られた落胆とこの憤怒を晴らすため——三代に渡って、重き罰を下す」

ジンニーは暴君がくれた耳飾りを黙って外し、決裂の意を示した。
冷めきった心には、恋人を罰する毒々しい策略が生まれた。

「サイフォス、我が子よ。恨みは炎のようにすべてを燃やし尽くし、残るは狂気の灰燼のみ。」
「執念深い恋というのはそれよりも険悪なもの。この世の悪事は、熱狂的な愛から来るものが多い…」

楽園の絶花

詳細

月娘の華彩
精巧に彫られた紫水晶の花。今はもうほとんど絶滅してしまった古代の花を模している。

ジンニーだけが思い出す過去、花の女主人は天空に見放された。
美しく高貴な体はボロボロになり、血族の者たちは罰を受けて正気を失った…

花の女主人は荒れ果てた大地で七十二もの夜を流浪したと言われている…
踵は無情な砂利にこすられ、その傷口から清浄な泉が流れ出し、尽きぬせせらぎへと変わった。
そして、その水の恵みによって緑の園圃が生まれ、夜のように青い睡蓮がその中から生まれた…
睡蓮はジンニーの母であり、ジンニーは溺れさせるような眠りと、失った苦しみの記憶から生まれた。

最初、ジンニーは知恵の造物であった。彼女たちは天真爛漫な夢に、甘い夢のような恋に溺れる。
創造の恩に感謝するため、幼いジンニーたちは女主人の腕を取り、彼女に野菊の花冠を授けた——

「花の主様、園圃の主様。ここに留まってくださいませ。私たちを見捨てないで!」
「そうですわ、そうですわ。眠りの母、酒と忘却の貴婦人。どうかこの園圃の女王におなりください。」

とうとう、優しいジンニーたちの引き留めには勝てず…流浪の神はこの花満開の園圃に留まることになった。
彼女が留まったところには、月夜のように美しい紫色の花が咲いた——その名も「パティサラ」である。


落謝の宴席
遠い昔に絶滅した鳥が残した羽。古代の花神の信者によって、華やかな黄金と宝石があしらわれた。

ジンニーだけが涙を流す過去、オアシスの女主人は最後の決断をした。
彼女は、やっと気づいたのだ。自分の運命は謎ではなく、秘密の扉を開く鍵であることに。

キングデシェレトの言葉と夢を通じて、彼女は世界のおかしな規則を超越する可能性を見据えた。
神の座が授けた恩恵を辞し、赤冠の君主は己の意志で新しい通路を切り開いた…
たとえ彼女が示した未来の風景が、恐ろしく惨憺なものであっても、執着の君主は一歩も退かなかった。
危険な旅に出ると分かっていても、愛する人が消えるときを目の当たりにすると分かっていても…
赤き大君主は尊い虚言を選び、自分の信者を導きながら、必然的な滅亡へと歩み出した。

「あなたは風を捕まえたいだけ。魔神たちの墓碑の上で、人は諸神の神となる。」
「憂いなき夢郷の妄想は必ず破滅する。虚言が破れる廃墟の上で、人は諸王の王となる。」

花の女王は友人の愚行を黙認した。尊き反逆の炎が神の野望の中で燃えていると彼女は気づいた。
幾千万の凡人の知恵を一つに束ねる理念、そして幾千万の夢と権力を一つに束ねる偉大な試み。
隠されているのは虚言だけではない。それは凡人の未来であり、星々のような希望であった…

夢想が枯れ、夢境が崩れ落ちるあの夜はいつかやってくる——これこそが花の咲く真意だ。
神の狂想の破滅を経験したからこそ、凡人が神の意志に背いて奮起する日が訪れる…
頑なな神王が彼女のために秘密裏に起こした反乱のように、自らの意志で存在している。
しかし、花の女主人は酒のような愛をその身で経験したことがない。矮小な人間の感情など、尚更だ。
彼女のような知恵の持ち主にも予測できないことに、この小さな生物たちは、いつになったら気づけるだろうか…

「…『神』というのは、あなたたちにとって、最初から余計なものだということ?」


凝結の刹那
砂が流れなくなった砂時計。いくら逆さまにしても、時間は流れない。

ジンニーだけが嘆く過去、赤砂の主は愛する相手のために霊廟を建てた。
砂の底に埋もれた晶石を源に、ジンニーの力を頼りに、時さえも留まってくれるオアシスを作った。

千百年もの時が経っても、砂漠を流浪する部族たちの間では「永遠のオアシス」の伝説が語り継がれている。
遊牧民は言う。それは枯れず、老いぬオアシスであり——永遠に眠る花神に統治されていたのだと。
遊牧民は言う。最後のジンニーの母フェリギスが、あのオアシスの大きな扉を守っているのだと。
千年も変わらぬ優しさで、来たる凡人の一人ひとりを祝福する。良民だろうと悪人だろうと…

タニット、ウッザ、シムティなどの部族の歴代の主母は、みな「花神の娘」を自称する。
信仰を基準に、血縁を絆に、そして幻想のパティサラの園圃を頼りにして…
互いに分裂し、生きるために抗う砂漠の部族は、枯れぬ泉と尽きぬ知識を追い求めていた。

彼らの神が残した預言の通り、文明が悲惨に潰えた後も、凡人は相変わらずしたたかに生き残った…
たとえ部族が神の導きを失っても、すでに死んだ神によって団結しなければならなくても。
涙も尽きた塩の砂漠は凡人の足を止めることなく、「永遠のオアシス」の限りない虚言も部族の探索を止めることはなかった。

「我が王よ…なぜ砂丘の流れを止めるよう命じたの?なぜ流れる風に、止むようにと呼びかけたの?」
「この時計のように砂晶が固まってしまえば、存在する意味もなくなるでしょう?」
「『永遠』は楽園などではないわ…むしろ分解も再生もできない、取れない汚れ。」
「花のように咲いて、花のように消滅する。そうして『死』の悩みを持たぬまま、花の季節によみがえる。」

あの時三人の仲間たちが交わした他愛もない会話は、千百年後の砂漠にも風と共に漂っている…
遠い砂漠のどこかで時を止めたオアシス——部族の心には、今もそんな空想が在る。
そして、根のなき部族は流れる砂丘と共に、生と死の循環を繰り返すのだ…


守秘の魔瓶
紫色の水晶から彫られた小さな瓶。エメラルドの蓋によりしっかりと密封されている。

ジンニーだけが沈黙する過去、赤砂は花に自分の野望を打ち明けた…
月明かりはザクロの盃に清らかな影を落とす。花の女王はようやく親友に口説き落とされた。

あの夜、キングデシェレトが言ったことは誰一人知らない。最も古いジンニーでさえ、口を噤んだ。
あの夜、キングデシェレトが露わにした欲求は誰一人覚えていない。最も知恵ある神でさえ、震え慄いたのだ。
しかし、花の主はその中の深意を知った——彼女の予想通り、そして彼女の計算通り。
砂海とオアシスの中で最も強く、最も高潔な王は、最も反逆的な狂想を抱いていた。

「あなたのために秘密を守りましょう。あなたには知恵の主と同じくらい、深い気持ちを抱いているから。」
「あなたのために橋を架けましょう。その狂想は満たされるだろうけど、青い水晶の釘を恐れないで…」
「幽邃なる知識を導きましょう。たとえあなたがこれから多くを失うと警告しなければならないとしても…」
「それでも、私の教えを肝に銘じておいて。天から舞い降りた使者たちがかつて残酷な罰を受けたことを忘れないで…」
「覚えていて。この世の万物に希望があるとしたら、その希望はきっと平凡な人々の身の上にある。」

暗闇の中、彼女は親友を天空と深淵のすべての知識に通じる秘密通路へと導いた。
自身を橋にして、オアシスを代償にして、彼の狂想を叶えるために眩しい烈日の光の中へと消えていく…

一柱の魔神をなくした楽園には嵐が巻き起こり、黄砂が空を舞い、やがてそれは災いに飲み込まれた…
キングデシェレトは空をも遮る砂嵐から帰還したが、花の女主人は姿を消した。

「…あなたを夢で見た…水晶の迷路の壁を伝って模索したけれど…見えたのは…砂漠だけだったわ…」


紫晶の花冠
紫水晶とエメラルドが散りばめられている冠。古代の花神の祭司が身につけていた髪飾りのようだ。

ジンニーだけが歌う過去、オアシスの女主人は赤砂の王と出会った。
諸王が殺し合う残酷な歳月の中、キングデシェレトは他の二人と王権を共有することを決めた。

ジンニーたちはエメラルドとルビーが嵌められた孔雀の玉座を捧げ、友情篤い三人が契約を結んだことを祝った。
永遠のオアシスの楽園のため、咲き誇るパティサラのため、花の女主人はアメジストの王冠を戴いた。

「けれど、『永遠』なんて所詮虚言よ。ほろ酔いと歓愛は記憶をすり減らして、またそれを支離破裂な寝言へと変える。」
「なぜ常にため息を吐いているのかと聞いてくれたわね。今夜は明るい月夜だし、昔のことでもゆっくり教えてあげる…」

「それはかつての、平和だった遥か昔の時代。多くの使者は凡人と交流し、天空からの言葉を伝えていた…」
「けれどその後、侵入者は天空の外から来て、数えきれないほど多くを破壊した。川も海もひっくり返って、疫病が横行して…」
「外から来た者たちは私の血族に戦争をもたらし、大地の枷をも破る妄想をもたらした…」
「天の主は妄想と突破を恐れ、大地を補う天の釘を落とし、凡人の国を滅ぼした…」
「私たちもそれぞれ追放という災いを身に受け、天空との連絡は途絶え、教化する力を失ってしまった…」

「私は災難に遭ってここに来たのよ。二度と天空を振り返って望むことはできない過酷な呪いをかけられて久しいけれど、そのおかげで、この姿のまま生きてこられた…」
「でも、故郷はいつまでも私を呼んでいるの。たとえ星空と深淵の災難が水晶に浮かび上がったとしても。」
「私の警告を肝に銘じて。四つの影の持ち主を追ってはならない。天空と深淵の秘密を覗いてはならない。」
「さもなければ、断罪の釘が示したように、次々と災難や苦痛がやってくる結末が訪れるだけ。」

しかし、赤き君主は仲間の警告には賛同せず、胸の内に僭越な願望を抱いた。
月明かりの下で伴侶の涙を拭った彼は、自らの欲求を花の魔神に打ち明けた…

水仙の夢

詳細

旅中の花
物語はいつか必ず終わりを告げ、花もやがては散り衰える。しかし、夢で描いた花ならば、永遠に香り高く咲いてくれることだろう。

…だが、その王国の結末は影に覆い尽くされた。
悪龍が騎士に勝ったわけではない。彼らは共に居場所を失ったのだ。
光のない黒水のように重い紛争、悲しみ、そして離別の中、
院長は諸悪の根源を絶つために、姉妹たちと一緒に旅に出た。
そして副院長は戦うための船へと乗り込み、水の中でその最期を迎えた。
水仙の勇者は多くの騎士、悪龍、賢者と同じ様に散り散りとなった。

その中にはマレショーセ・ファントムや特巡隊に引き取られ、王国が影に覆われないようにと励んだ者がいる。
また、異国を行き来する探索者に引き取られ者もおり、世界の果てを見届ける冒険へと旅立った。

あれからまた…長い年月が過ぎた。
あんな風に、未来の物語が中断されることがないようにと、
ある者は精密な仕掛けと鋼の体を頼りに進む道を探している。
またある者は、物語を再開させようと背を向け、
水仙の名において、すべての常理を超えた旅に出た。
ある者は今も、枯れた花を大事にするように、
続いていく未完の午後の冒険譚を懐かしんでいる…


悪しき魔法使いの羽杖
ドレスハットに飾ってあった鳥の羽。濃い緑色は、さぞ目を惹くものだっただろう。

勇者がいれば、邪悪な魔法使いもいる。騎士がいれば、当然ながら悪龍もいる。
勇者はいつだって聖剣を手にしていた。だから、魔法使いもその姿に見合う法器が必要だ。
勇者と魔法使い、騎士と悪龍がまだ生まれていない当時、冒険の合間に、
彼らはいつも副院長の礼帽に飾られた名もなき鳥の羽根を手に入れようと狙っていた。
その羽根にはきっと沢山の物語があるのだろうと、小さな冒険者たちはそう思っていた。
副院長は、きっと多くの物語を経験しているのだ——まるで隠居した老齢の勇者のように。
そうでなければ、約束してくれた院長でさえ、それが外せない訳がない。

「■■、■■、ケンカはよして、仲良くしなさい。」
いつも騎士役と悪龍役をしている二人は、不本意ながらもうなずいた。
「■■■、私のいない時は、■■■の面倒をちゃんと見てあげてね。」
「用事が終わったら、私と院長はすぐ帰ってくるから。外へ出ないように。」
副院長は少し思案し、離れる前に濃い緑色の羽根を外した。
「■■■、ずっとこれを欲しがってたでしょ?君に預けるわ。」
「でも、一時的に預けるだけだからね。汚したら怒っちゃうわよ。」

しかし彼らの考えとは裏腹に、この羽根が最後まで悪しき魔法使いの不思議な法器になることは一度もなかった。
その代わり、羽根は新たな持ち主の足跡と共に、別離の禍の源へとたどり着き、その道を引き返した…


水仙の一瞬一瞬
とうの昔に止まった懐中時計。虚しく回転しながら、長い歳月を眺めてきたらしい。

時計の針はいつも元の位置に戻り、また回り始める。
水仙の勇者たちのすべては、永遠に変わらないようだ。
しかし年月はいつか、この精密かつ脆弱なコアをすり減らすだろう。
新たな一日が訪れなくなるまで…何もかもが変わるまで。

この懐中時計は元々、機械に夢中な小さな勇者が、
様々な装置の廃材を繋ぎ合わせて、練習で作ったものである。
最終的に、この懐中時計は送られた相手と共に、すべてを溶かす原初の水へと落ちていった。
しかし、それよりもずっと前からそのゼンマイは動いていない。

「長い長い時が過ぎ去り、遥か遠く離れた場所に…」
「悪龍のナルキッソスに統治された、暗黒の帝国があった。」
「悪龍が欲する姫は高塔に住んでいた。彼女はその塔と共に静止し、夢のない眠りに落ちている——ゆえに悪龍は手を出せずにいた。怒りに満ちたナルキッソスは、無数の手下を国中に送り出す。そして、姫の宝物を探すよう命じた。また邪悪な魔法を用いる防衛機関を数多と作り、正義の味方の反抗を阻んだ。悪龍は姫の宝物を手に入れ、彼女を呼び覚ますことを誓った。そうすれば、姫を手中に収めることができるからだ。」
「ある勇者たちは、姫から預かった宝物を守っている。その宝物とは、清く澄んだ一滴の水だ。」
「ある日、その水滴から一つの小さな命が生まれた。」
「うーん…なんて名前がいいかな?困ったね、こうなると知っていたら、あなたの名前は今日まで取っておいたのに。あなた、だれかいい友達はいない?」
「『友達…うん、友達なら、一ついい名前があるわ。この子にピッタシだと思う。』」


勇者たちのお茶会
精巧なティーカップ。誰かと一緒にのんびりとした午後のひと時を過ごしたのだろう。

たとえ水仙の勇者であろうとも、旅の途中にはひと時の憩いがあるだろう。
鐘が鳴り響く頃、数多の勇者と魔法使い、騎士、悪龍は、
囚われた姫や秘境の宝物のことをしばし忘れる。
遠い王国の空を覆い尽くす暗雲は一時的に霧散し、
待ち焦がれる姫もその目を窓からそらした。
騎士たちが不在の今、冒険も当然、その歩みを止めるのだから。
それが水仙の勇者と、他の数多の小さな世界たちが遵守する宇宙の法則。
なぜなら、それは副院長の用意したおやつがあまりにも美味しすぎるせいだ。

あれは薄暗い午後のことである。だが、この言葉自体にあまり意味はない。
なぜなら少女が向かう新たな家は、太陽と月の光が届かない場所だからだ。
少女が最初に出会ったのは、背の高い純粋な院長だった。
彼女は少女よりも戸惑いながら、ハグで迎え入れ、
その服を濡らした。副院長は母の歳に近かった。
彼女は少女の手を取り、戦いを休んでいる勇者、騎士、悪龍のところへと連れて行く。
副院長は悪くないと思った。それに、ここのおやつは美味しい。


悪龍の片眼鏡
精巧な片眼鏡。古い噂によると、これを使えば未来の光景が見えるらしい。

異なる物語の勇者は、当然それぞれの——都合の良い——聖剣を見つけ、そして最終的にはそれぞれの宿敵に立ち向かう。
だが、英雄も長く生きすぎればやがて悪龍になると、そうよく言われている。様々な物語が交錯する中で、相手にとっての勇者は、味方にとっての悪龍なのかもしれない。
残された物語は、最終的には分かりやすい叙事へと姿を変える。勇者が悪龍ではなく、勇者でいられるのもそれ故だ。
だから、いかに強く狡猾な悪龍であろうと、どの物語の終わりにおいても必ず聖剣を手にした勇者に敗れてしまう。

すべてを溶かす裂け目に身を投げる前、悪龍は勇者との過去を思い出した。そして最後に、彼はこう言った——
「ああ、俺は恨まん。お前は俺の見た景色を見たことがないのだ。だから、俺を止めようとするのだろう。」
「星々から来た獣は、世界の羊水を飲み干す。それからまた百年後、地上のすべての命は消される。」
「俺は必ず戻り、すべての魂を救おう。十年経とうと、百年経とうと、俺は新たな宇宙として生まれ変わるだろう。」

だが、悪龍を打ち倒した勇者もまた、長い戦いを経たことで、もっとも大切にしていたものを失くしていた。
彼は、信じられなくなっていたのだ——人間の理性で制御しきれないもの、理解しきれないすべてのものを。
そして残りの人生で、彼は元素以外のエネルギーと機械で動く王国を作ったのだ。

花海甘露の光

詳細

霊光起源の蕊
遥か昔の巡礼者がつけていた勲章。華麗な小花である。

「私の無邪気な娘、私の霊光よ…」
「あなたのことをもう一人の母に託すわ。あの子に忠誠と愛を捧げなさい。」
「あの子の知恵は私に劣らない。そして、その輝きは私よりも眩しいもの。」
「夜、顔のない夢を見たことがある。私はそれに、とても不安を感じた…」
「だから、あなたを私の体から分離させたのよ。どうか、悪夢の到来を止めて。」

「私の霊光、私の光よ…」
「漆黒の潮の到来をあの子に告げたことがある。あなたはその中から責務と運命を知るでしょう。」
「恐れずに、退かないでおくれ。霊光を色褪せさせないでおくれ。母に恥をかかせないでおくれ。」
「人のために犠牲になるのが私の宿命であるように、犠牲もまた新生にとっての素晴らしい前奏なの…」
「草木の母の懐に飛び込みなさい。あの子の国で、あなたは運命を見つけられるはずよ。」

「私の霊光、私の純粋な娘よ…」
「あなたは姿を変え、分裂と死の試練に立ち向かうことになる。」
「それから、あなたは永遠に生きる。けれど、それはより暗い道になるでしょう…」
「甘露の主と草木の主は、あなたよりも先に姿を消すことになる…」
「彼女たちは忘れ去られ…そして、あなたたちも犠牲の記憶だけが残るの。」

「私の霊光、花の娘よ…」
「恐れることなく、立ち向かうと決心がついたのなら…」
「新しい養主の懐に飛び込みなさい。」


霊彩奇麗の羽
繊細な作りをした、羽の装飾品。緑の葉っぱとかぐわしい花の光沢が輝いている。

覚えている者は誰もいない月夜、悲劇の砂嵐が楽園を飲み込む前夜のこと…
花と草木は、人間の国について語り合った——その希望と荒れ果てた未来のことを。
触れてはならぬ者は灰色の死をもたらし、漆黒の潮は生の河岸を洗い流す。
新生した草木と獣は人間と共に、幾度も押し寄せる険しい潮流を退けた。

赤砂の主と決別した後、孤独な年月の中で草木の女王は霊光から神鳥を作り出すと、
それに二つの世界——新生と死の堺を見守る責務を与えた。
神鳥は松柏と雪蓮花が育つ場所に住み、約束がまだ生きる甘い夢の中で眠った…
災いが訪れる時だけ、彼女は目を覚ます。そして、定められた破滅の運命を歩んでいくのだ。
その後、あの人の悲哀に満ちた予言通り、仄暗い死の静寂は雨林に蔓延していき…
友が警告した通り、漆黒の獣は潮のように押し寄せ、新生を果たした雨林を飲み込んだ…

水の国の旧主は激動の中で滅び、その身は純粋な甘露の海へと変わった。
だが、アビスに蹂躙されて荒れ果てた大地では、純潔なる露はやがて蒸発して乾いてしまう。
草木の女主人はそれを悲しむ暇もない。幾千万の種を持つ母樹は、哺育を待っているのだ…
黒淵の穢れを浄化し、甘露の純潔さを守るために、シームルグは神から授かった体を崩した——

「花の霊光から生まれた美しい生物は、必ずや散って泥になる運命にある。」
「舞い散った後…甘露の潤いを享受し、花海の者として生まれ変われば、もう『死』に悩まされることはない。」


久遠落花の時
霊光の輝く古い時計。中に入っているのは命があるかのような清潔な液体。

「我が友よ、一つの霊光をあなたに。どうか大切に保管して。」
「あの子は花の霊知と天空の血筋に由来するもの。生命の純粋さを持っているわ。」
「霊光は花の中心にある一点、千万の甘露の中で光を受ける一滴。」
「どうか私からの贈り物を大切にして。黒淵が生命を飲み込むその日まで…」

遥か昔の寓話は葉と花の間に受け継がれ、実と種の記憶に刻まれていく。
花の女主人が塵となり落ちて、砂海の主が虚妄の夢に惑わされるまで、
僭主である暴君が千変万化する砂丘に埋もれ、野望の火がやがて消えるまで、
土から生まれたものが黄砂に帰り、流れる風が雨林に帰るその時まで…
草木の女王は世の移り変わりを静かに見守り、亡き者との真摯な約束を心に深く刻んでいる。

「この一点の霊光を守ると約束して。私の同士よ、私が愛する友人よ。」
「私が亡くなった後、人は『おくるみ』に包まれた赤子のように彷徨うでしょう。」
「脆弱でありながらも力強く、いつかは暴風と烈火、そして自身の不完全なところをきっと克服できる。」
「けれど、私が憂いているのは予見できる災いではなく、混沌とした漆黒なの…」
「漆黒の悪意と『死』の脅威だけが、蕾を踏み潰せるのだから…」

かつての楽園が鍍金の砂に飲み込まれた時、草木の主は昔の約束を果たした。
霊光の願いに耳を傾け、そのために美しい体を作り、眩く絢爛な命に形を作り変える——
それが神鳥「シームルグ」、千万の鳥の色を一つの身に、千万の花の和声を唱和する…
オアシスの最後の夢は一つの体に集められ、神鳥の体の奥深くで、輝く純粋なる無限の花海となった。


喜楽無限の宴
美酒を入れていた華麗な盃。今はもう空っぽだ。

花園の女主人が亡くなった後、草木の女王は砂海と決別した。
そして、狂愛と権威を捨てた彼女は雨林に戻り、生命の道を守ることを選んだ…
それから、雨林には新たな命が芽吹いていった。賢者たちは自然を意のままに操り、家々を作った。
狂想は必ず死に至り、死の教訓は凡人を戒める。

花の霊光はもっとも満足した宴の、もっとも純粋な喜びから生まれたもの。
その中には苦行による辛酸も、権威による生臭さも一切ない。
彼女の運命は最終的に死に、乾いた結末へと通じている…
知恵の主だけがそれを証明でき、保管して利用できるのだ。

「しかし、女主人の予言は忘れてはならない。あの方が、私をあなた様に託したのだから。」
「愚行は人を滅ぼすには至っていない。だが、世界の外より訪れた漆黒の潮はすべてを飲み込むはずだ。」
「私は女主人が残した最後の魂であり、すべての花を浄化する要。」
「至純なる水と混ざり合えば、私はザクロのように幾千万の輝く光を放つだろう。」

こうして、神鳥シームルグは花の霊光から生まれると、
主人の傍にしばらく留まった後、花海へと飛び立った…


霊光明滅の心
繊細な作りをした、鮮やかな耳飾り。無数の花が輝きを放っているようだ。

「友よ、聡明なる早逝をした親愛なる友よ…」
「永劫に変わってゆく絢爛たる伝説の中には、灰色の忘却が潜んでいる。」
「生と死が常に隣り合わせているように、忘却もまた、記憶の伴侶だから。」
「死の漆黒の脅威がなければ、いかなる命も軽いものになるでしょう。」
「忘却の潮に洗い流されることがなければ、心に銘記すべき歴史もなくなるでしょう…」

遥か遠い昔、草木の女王は彼女の助言に従い、
神鳥の姿を花の霊光に託すと、雨林の一角を守った。
花の運命が凋落するものであるように、シームルグの宿命は犠牲にある。
翠の主は花の王と共に眠った夜から、既にその理を悟っていた…

「そして、翠色の神鳥は幾千万の霊光を放ち、ヤツガシラのように飛び散った…」
「霊光は甘露の主の澄んだ屍に降り注ぎ、華やかな花海を生み出した。」
「花海では百種もの霊が、草木と露の願いを胸に、すべての穢れを洗い落とす。」
「花海では百種もの霊が、草木、甘露、花の三人の母のことを謳っている。」

いつの日か、娘は三人の母の懐から離れることになる。
なぜなら、この世は穢れに満ちており、犠牲のみがそれを洗い流せるからだ…

ファントムハンター

詳細

狩人の胸花
過去の戦いにおいて、顕著な功績を残した者に贈られた古い勲章。

その昔、フォンテーヌの安寧のために戦い、貢献した人を表彰するために
作られた勲章。こうした勲章のほとんどは栄光の象徴だが、
時として、受勲者はこれを人の目に触れない場所に隠したり、水に投げたりすることがある。

「不穏な影を追いかけ、ことごとく蹴散らし、狩り尽くす。」
これは後に 「黄金ハンター」となり、
この呼び名を恥辱と思っているカッシオドルのことである。
また、これは「ファントムハンター」という職名の由来ともなった。
この世において邪悪な妖魔は珍しいものだが、邪悪な妖魔とけなされる人は往々にして存在する。
昨今のマレショーセ・ファントムは戦いではなく、犯罪捜査に力を注いでおり、
種族として比較的若いメリュジーヌを大勢招き入れた。

この勲章は、かつてポワソンの包囲を指揮していたファントムハンターのものだ。
このせいで彼はマレショーセ・ファントムを離れ、酒と余生を過ごすことにした。
旧友の頼みで不本意にも再び人と一緒に暮らし、
子どものために、不穏な影のない世界を作ろうと再び試みるまで――
最後に彼を迎えたのは、あらゆる垣根やわだかまりを取り除く穏やかな海だった。


傑作の序曲
旧式のクロックワーク・マシナリーのトルクを調整する携帯式工具。今は実用的な価値を失っている。

装置のゼンマイのトルクを調整するツール。様々な規格のゼンマイ箱に使える。
アラン・ギヨタンの「新式」クロックワーク・マシナリーが普及して用途を失った。
ただ登場から数百年が経った今、もう「新式」と呼ばれることはない。

アラン・ギヨタン、その人について――
マレショーセ・ファントムに加入したのち、そこを離れる。最終的にフォンテーヌが運動エネルギー工学科学研究院を設立するまで、
ギヨタンは現在廃墟と化している自然哲学学院で、エネルギーに関する研究を取り仕切っていた。
同じようにマレショーセ・ファントムで働いていた妹を除いて、その生涯で親しくした人物はいなかったという。

彼については数多くの伝説がある。その一つがこういったものだ――
彼は学院時代に思考能力を持つ機械を作り、
その機械を使って、自分と妹のマレショーセ・ファントムでの仕事を手伝わせていたそうだ。
この噂は、かつての彼の同僚(その多くはエリナスで没した)によるものだが、
物証はないため、関連する公式の記録に残されていない。
尋ねられたとき、彼は一度だけ「残念ながら、何も言えることはない」と話した。
そのほか、関連する質問や調査への回答は何もない。

そして、二つ目はこういったものだ――
彼は歳を取ってフォンテーヌ科学院を退職したのち、工房に身を投じ、二度と人に会うことはなかったという。
彼が晩年に取り組んだ研究成果が公表されたこともない。
没後、個人の工房で何かを建てていた痕跡が見つかっただけである。

その後、こうした伝説はコペリウスが演じきれなかった遺作と同じように、
無数の人の想像力をかき立て、インスピレーションを与え、モチベーションとなった。


審判の刻
形式化された懐中時計。その精度は特別高いわけではない。

その昔、 フォンテーヌの法曹に配布された懐中時計。
時計としての精度は高くないが、
職務を執行する際にバッジの役割を果たし、
かつてのフォンテーヌでは広く知られていた。

大魔術師「パルジファル」が決闘裁判を求めたというニュースが新聞で報じられると、
彼女の予想外の犯行と相まって、フォンテーヌ廷では大きな話題となった。
また法廷がこの要求を認めたことと、その人選がさらに世間を騒がせた。
決闘代理人のマルフィサが検察側の代表となり、今回の決闘裁判に参加したのだ。
マルフィサの出自が彼女の決闘での判断や態度を狂わせるかどうか、
彼女とバルジファルは過去に繋がりがあったのか…そして、もっと俗っぽいものでは、
両者のうちどちらの「戦闘力」が優れているかということが、当時の話題となった。

「パルジファル」の知り合いだった記者のカール・インゴルドは、当時すでに辞職していた。
彼はもうこの仕事には就かず、探検家として荒野や廃墟、遺跡と過ごすことを決めたのだ。
だが仕事への誇りや懐かしさから、記者時代に撮影した写真はずっと大切にしまっていた。
数年後、フォンテーヌに戻ってくると、水仙十字院の副院長だった旧友との約束に応じて、
当時の水仙十字院のメンバーの集合写真を撮りに訪れた。その時、レンズの向こうの顔を見て、
かつてたくさんの希望を抱きながら、ポワソン町とフォンテーヌ廷廷の間を奔走していたことを思い出した。
それは夢のような幻のごとく歳月であり、人によっては長すぎるもので、また別の人にとっては瞬く間のもの。
すべてを消し去る洪水が押し寄せるように、事件の光が少しずつ見えなくなっても、
また皆からすぐに身を引くべきだと忠告されても、決して諦めようとしなかった若かりし日の自分を思い出した。
それから、その後に聞こえてきた煉瓦や地面を隔てた叫び声、破裂音、金属がぶつかる音も。
最終的には、「マジック」を使って自分を真っ暗で安全な地下室へと強引に移した少女を思い出し、
決闘裁判での彼女の最後の戦いを、記者として記録できなかった悔しさが視界を滲ませた。


忘却の容器
強い酒を入れる携帯用の金属容器。コーとのポケットに常備しておくのに最適。

その昔、フォンテーヌ廷のために力を尽くした人の酒壺。
ある特定の仕事に携わる人は、生まれ持って冷酷でない限り、
最終的にはこの霊薬に頼らなければ、いずれ精神が崩壊してしまう。

これは、かつてフォンテーヌの安寧のために、為すべきことを為した人のものである。
そして、彼は負傷により退役してから何年も経った後、最後の調査でようやく気付いた。
足跡を辿ってウサギの穴に飛び込んだ彼を迎えたのは、不思議の国などではなく、渦であったことに。

……
記憶が、割れた潜水具から湧き出る泡のように浮かび上がる。
彼は幼い頃にドワイト、バザル、それからカールと遊んだことを思い出した。
彼はいつも英雄役で、カールはいつも悪龍ジャバウォック役だった。
彼が誰よりもよく知る院長の腕の中と、今の感覚はなんと似ていることだろうか。
ポワソン町の真っ赤な炎の光に照らされ、憎しみに歪んだ無数の顔を思い出し、
自分も罪の無い子どもを水仙十字院に送ったことがあると、ようやく思い当たった。

最後にはっきりと思い出したのは、「息子と娘」に初めて出会ったときの気持ちだ。
長いトンネルの果てに光を見たように、マスクを被る前の自分を見た気がした。
だが、漆黒の地獄の底で蜘蛛の糸を掴むがごとく徒労に終わった。
「愛しいアラン、愛しいマリアン…私はお前たちと親しく接したことはなかった。」
「最後まで、どうやってお前たちの『父親』になればいいのか分からなかった。」
「お前たちの成長をただ眺めていた記憶しかない。それを失いたくないのだ…」
酔いが醒めると、あらゆる栄誉と恥辱、愛、執着が液体の中に溶けていった。


老兵の容貌
ある程度、負傷した顔の代わりになる古いマスク。怪我の度合いや使用者の性別によって、さまざまなデザインがある。

その昔、フォンテーヌ廷のために尽くして顔を負傷した者に配られたマスク。
恐ろしい容貌に取って代わるのは、老兵の栄光か、あるいは恥辱か…
傷痕は完全に隠すことができても、心の傷は消えないだろう。

「もし私が戻れなかったら、あの二人の子どものことは頼んだわね。」
共に育ち、かつては同じくフォンテーヌ廷のために尽くした友人はそう言った。
もう一緒に戦ってもらうことはない。友人はそう言いたかったのだ。
しかし今、彼女と彼の間で結ばれた暗黙の約束は、空白の年月となっている。
語られない限り、ポワソン町のことなどまるでなかったかのごとく。

今回、院は水没してしまうと思う。私と院長がいないことで状況も危うい。
だから君やインゴルドのように、信頼できる人に子どもたちを預けたいの。
友人は、口をきけない彼のマスクの下の表情を見抜くと、そう解釈した。

「凱旋したら、またラスクとインゴルドを呼びましょう。」
「今度は私が料理をするわ!腕を見せてあげる。」
彼の目に疑いの色が浮かんだのを見て、友人はむくれながら補足した。
「ここ数年でケーキが焼けるようになったのよ!子どもたちはみんな 大好きなんだから!」

「それじゃ、さよならギヨタン…愛しのエマニュエル。」
「ああ、そっちもうまくいくよう祈ってるよ。何事もないといいんだが…」
「私のスポンジアンが若者にいじめられていないことを願って…」

子どもは好きではない――というより、誰とも付き合いたくない。
人を見ると、彼らの体内にも赤い血が流れていることを思い出すからだ。
だが旧友の頼みである以上、しばらく彼らの面倒を見るとしよう。
バザルが帰ってきたら、この厄介事を返してやるのだ…

黄金の劇団

詳細

黄金の旋律の変奏
硨磲、真珠の母貝、金箔で精巧に作られた花。誇らしげに咲いている。

運命の曲はかつて各所の水路に沿って奏でられ、文明と秩序の調和のとれた旋律を伝えていた。
音符が落ちるところ、野蛮は文明に一掃され、無秩序な原始の地は新しい顔に生まれ変わった。

強い海風が吹き抜け、水面に漂う根の無い浮き草を揺らす。
海草のように短い運命の村落で、若い楽師と勇士が出会った。
星の数ほどある征服に関する叙事詩の中で、この歌はそれほど注目されていないが、
波は二人の戦士の友情を目撃し、その結末を予言した。

蛮族の素朴な性格をまだ捨て去っていなかった若い楽師は、征服された村の奴隷とすぐ友人になった。
その奴隷の本名を今は誰も知らないが、後に「カッシオドル」という名は世に広まった。
それから若い勇士は若い楽師を追って、黄金の帝都最大の街・カピトリウムに向かった…
彼らは厳しい学業と試練を乗り越え、黄金の神王に抜擢されて誇り高き主人になった。

「誇りは栄光の王国に住まう民の胸に咲く黄金の花のようなもの。神王の遠見の下に、もはや貧弱な未開の地はないだろう。」
「誇りは栄光の王国にとって尊厳の盾であり、金色に輝く矛先であり、匹敵するもののない神王の権威を守っている。」
「権力によって締め付けられてこそ秩序が生まれ、秩序の支配の下、芸術と美の自由が咲き誇る。」
「美しい黄金の国では、弱小・蒙昧・野蛮は決して容認されず、庇われもしない。臣従するか、滅びるかだ。」

「友よ、兄弟よ。貧しい過去に未練を抱くな。昔日の人が持つ、上辺だけの卑しい尊厳に惑わされるな。」
「貧弱な肉体と精神を捨てて、鋼のように強く正しい人間になったのに、なぜ些細なことでため息をつくのか?」
「友よ、兄弟よ。バネのように永遠に変わらぬ心の旋律に耳を傾けるがよい。神王が君にささやいているのだ。」
「栄光の王国は、完璧な黄金の未来だけを見据えている。昔日の人は必ず滅びるという終曲が未来で奏でられるだろう。」


黄金の飛鳥の落羽
黄金と白銀の糸で作られた鳥の羽根。上にあるサファイアは透き通っている。

海風が次第に凪いできた頃、空は徐々に夕暮れの薄紅色に染まった。
停泊場のマストに海鳥は留まらず、羽だけが散乱していた。

一度、調和のとれた壮大な交響曲にも、カーテンコールの時は来る。どんな帝国にも永遠の治世はないように。
水路が広がるにつれ、権力は進歩と秩序だけでなく、傲慢、暴力、搾取をももたらした。
「昔日の人」の遥か遠い都市国家、隠士が逃れ住む谷間、さらにはカピトリウムの麓まで…
旋律を調和させる高貴な楽師と鋼鉄の鎧を身にまとった軍団がやってきて、人々の手からすべてを接収した。
まだ征服されておらず、水滴を奪われていないしたたかな人々は、それぞれ団結して必死に抵抗した。

「まさに私が憂い、嘆いた通りだ。兄弟よ、君は高らかに歌っているとき、弱者の声にも耳を傾けるべきだった。」
「誰もが故郷や自然を奪われたいわけではない。誰もが我々の旋律を受け入れるわけではない。」
「兄弟よ、君は彼らを『昔日の人』と呼んでいた。だが昔日に忠誠を誓った人にも、無視できない執着と尊厳があるのだ。」
「我々は意のままに他人を征服し支配できると思っていたが、栄光の王国の輝きはどうして――」

「なんたる軟弱さだろうか!惰弱な哀れみの心がお前の知恵を曇らせ、心をひ弱にし、背後の弱点となって現れたのだ。」
「野蛮と蒙昧が依然としてフォンテーヌの土地に潜んでいる。フォンテーヌの水源を損なっている以上、根絶やしにせねばならん。」
「もし蛮族が壮大な黄金の秩序に溶け込もうとするなら、彼らを受け入れただろう。栄光の王が我々を受け入れてくれたように…」
「だが毒龍スキュラは我々の塔を破壊し、我々の楽師を殺害した。害をなす蛮族には、もはや救いを受け入れる価値もない。」
「受け入れる価値がない以上、土地と水源から彼らを一掃すべきだ。疫病を根絶し、野火を消し止めるのと同じように。」

その瞬間、黄金の時代はたちまち停滞し、果てしない戦争と反乱の渦中に陥った。
征服せよ、滅ぼせという叫び声と、蛮族の苦痛の泣き声が王座の間に溢れかえった。そこで神王は驚きにより目が覚めた・・・


黄金の時代の前兆
黄金と白銀を嵌め込んだ美しい日時計。時計盤の時間はとっくに止まっているようだ。

陽気で気ままな夜明けの海風に乗って、この古い詩曲が届く――
時の流れは前に押し寄せるのではなく、歌い手に従って過去に引き戻される。

海流に沿って漂い、栄光たる王国の金メッキのドームを経て、
夏のそよ風の中、高い壁に囲まれた緑の荘園を通り抜ける。
小舟を浮かべる貴族だろうと、捕虜になった蛮族だろうと、
皆が素晴らしかった時代の楽曲に浸り、思い出に酔いしれる…

それは金色に輝く繁栄の世――栄光の王の良き時代であったから。

「私は孤島の狭い王国の出身です。小屋で生まれ、葦の生い茂る村で育ちました。」
「そんな故郷に、ピカピカの鎧を着た兵士がやって来て、『征服』を告げたのです。」
「まだ子供だった私は、無邪気に半神たちの大きな背中を追いかけて首都に向かいました。」
「幸い手先が器用で澄んだ声を持っていたので、奴隷になる運命を免れました。」
「その後、神王に認められた私は、初めて文明と秩序の力に触れたのです。」
「自分の名前と部族を捨てて、私は生まれ変わりました。世の人は『ボエティウス』の名しか知らないでしょう。」

こうして、蛮族に生まれた子供は黄金の宮殿に心を揺さぶられ、壮大な権威の美しさに心服した。
野蛮な昔の習慣を捨てて忘れようと努力し、生まれたての赤子のように貪欲に新しい知識を吸収した…
すべては生まれ変わって、この偉大な文明の一部分に――真の栄光を身にまとう人になるために。
これは他でもない、金色に輝く繁栄の世――栄光の王が王座に就いていた良き時代であったからだ。


黄金の夜の喧騒
古い形をした銀瓶。かつてはルビーのような美酒で満たされていたが、今では苦い海水となっている。

穏やかな海面がひとしきり逆巻き、小舟を静寂に包まれた荘園と神殿の間に滑り込ませた。
青白い月光の下、昼間はまばゆいばかりに輝いていた黄金のドームも色を失った。

神王は権勢の夢から突如叩き起こされ、静かな星の光は消え去る。
暴力とわだかまりが絡み合って夜より深い闇となり、黄金のドームを覆った。
驚きと後悔の中、王は最も忠実な衛士と調律師を招集し、
分裂しようとする領土に再び平和に取り戻そうと、最後の命令を下した…

しかし、覆水が盆に返ることはない。積もり積もった傲慢と偏見が、調律者と権力者を押し潰した…
尊い犠牲、私心の無い計画はことごとく悪人に破壊され、最終的に瓦解した。
魔龍親王の蛮族の大軍も、自身の力を尽くして帝国を救おうと決意した神王も、
制御できない嵐に巻き込まれた。華麗な宮殿や青々とした荘園まで共に破壊されてしまう…
黄金の楽曲による導きを失い、気高かった栄光の王国の民は欠けた魔像と化したのだ…

黄金の夜、その最後の喧騒が収まった後、調律師のボエティウスは瓦礫の間に横たわった。
瓦礫だけが意識の朦朧とした彼のささやきを聞き分け、裏切り者の罪を記録した…

「一時の狂気のせいで、彼は我々全員を裏切った。」
「秩序は容易には変えられない。人を悔い改めさせるのもまた然り。」


黄金の劇団の褒賞
古い形をした冠。君主からの冠り物というより、舞台の道具に似ている。

荘厳で静かな深き海の底には、かつて栄華を誇った王国の都がそびえ立ち、
雄大な古い夢の哀れな残像のように、色あせた黄金の城があった。
黄金の時代の壮大な歌劇はすでに幕を閉じ、調和のとれた楽章ももはや響いていない。
野心と裏切りが滅ぼした廃墟の上に、「昔日の人」は新たな国を建てた。

「なんと恐ろしい!完璧な秩序がまた野蛮にも踏みにじられ、弱者と蒙昧が帝国の領土を占領した。」
「精霊と泉、泉と騎士…子どものたわ言が叙事詩に取って代わり、俗謡が楽章に取って代わった。」
永遠に続くはずだった権力が神王の一時的な狂気によって打ち砕かれ、今また新しく生まれた蛮族の国に弄ばれている…」
「偉大な帝国が野蛮に戻るのか?無知と蒙昧が理性と文明を征服するのか?」

色あせた城の黄金の劇場で、楽章を失った楽師が二度と戻らぬ往日を偲んで哀歌を口ずさむ。
静かに聞いているのは、飢えて沈黙する魔像――罪なき魂を捕えて食らうのを待ちながら。
黄金の大楽章が再び奏でられるまで待てば、「金色の劇団」は誠実な者が得るべき報酬を受け取るだろう。
完璧な秩序が人間を主人と奴隷に分け、健全な美しさが栄光の王国に再び栄誉を与えるまで待てば…
その日まで待てば…
「金色の劇団」の構成員は皆、未来そのものを褒美として勝ち取れるだろう。

在りし日の歌

詳細

在りし日の遺失の契
海紋石と蒼銀で作られた枯れない花。今でも抵抗者の象徴とされているらしい。

あらゆる水がまだ合流していなかった頃、黄金の権威が荒れ狂う海のように世を席巻し、鋼鉄の軍団は行く先々で蛮族たちをみな従わせた。
軟弱な昔日の人が最後には新たな秩序の楽章に屈するであろうと、そう調律師たちが固く信じていたのと同じように、輝かしい栄華は永遠に続くものだと思われていた…
しかし文明と秩序の象徴であり、比類なき偉大なる旋律は、野蛮な北方に阻まれることとなる。
バラバラであった各部族がアルモリカの若き継承者のもとに団結したのだ。そして、帝国の急所ともいえる辺境で反逆の狼煙を上げたのである…

これが後世に「純水騎士」として讃えられる人物であった。弱き肉体でもって、大空を覆う黄金の権威に反旗を翻そうとしたのだ。
多くの集落を統率していた歌い手の女性は、決して君王として気取ることはなかった。自分は万水の主の天啓を聞き、その意思に基づいて行動する従者であると自称した。
遥か遠くにいるカピトリウムの智者たちは、この荒唐無稽な主張を子供の妄想から生まれた戯言に過ぎないと鼻で笑った。
しかし、彼女の軍隊は依然として暴風のごとく、互いに征伐を続ける集落を数多く席巻した。剣をもって、同胞たちに万水の主と契約するよう説得したのであった。
後世の詩歌や劇において、騎士の誓約には様々なバージョンが存在する。だが、どの版であってもある二つの誓約は不可欠なものである。
其の一、エゲリアの信徒に対して剣を向けないこと。其の二、悪人に一切の妥協を許さないこと(または、わずかな穢れも容認しないこと)。

「私たちは、白銀の不朽の花に誓います。黄金の僭主を高海から追放し、血と涙でもって不義の者たちを一掃すると」
「そして、清らかな泉が再び元のように流れるまで、純水に由来する精霊たち、万水の主が遺した恩恵を守ると」

こうして絶えることのない戦は疫病のようにたちまち広がり、傲慢な黄金を、そして無垢なる白銀を焼き尽くした。
調律師の紛争を無くすという悲願も、ついには水泡に帰した。憎しみはもはや取り返しのつかない結末に向かって、怒涛のごとく押し進んでいく。
それは、救いの光がついに地平線の彼方に出現するその時まで続いた――しかし、それは救いを渇望する人々の目にはもう映らない……


在りし日の空想の念
白銀と青い水晶で作られた、蝶の形をした羽飾り。遥か昔の永遠の誓いを象徴しているらしい。

あらゆる水がまだ合流していなかった頃、海草のように短命な集落で、柔らかい夜風が愛おしい月明かりを撫でていた。
まだ神王の法のことも、高天が定めし行跡のことも知らない少年は、蝶の羽飾りを彼女の耳に着けた。
昔日の人の伝承では、舞い立つ蝶は魂を運ぶ者であり、死してなお不変の愛と誓いの象徴であった。
当時、まだ楽師になる前の勇士は、無数の明日はやがて無数の昨日のように、蝶の舞いの如く美しい今この瞬間に帰すものだと信じていた…

しかし、昔日の空虚な願いが血と炎の哀哭の中で沈むように、運命の乱流は災厄の奔流へと突き進んでいった。
再び相まみえたとき、そこは遥か遠く離れた都市となり、互いに争いを続けていた多くの部族は一つにまとまっていた。
若き楽師は放浪の旅人を装い、武芸大会で、後世まで語り継がれるであろう高貴な英傑たちを数えきれないほど打ち倒した。
そして、ついに優勝者として王との謁見の機会を得ると、栄光と調和の理想を語り、終わらない戦争や憎しみを一掃しようとした。

たとえ最も聡明な楽師であっても、その身分が露呈したとき、湖光のような鋭い刃を受けることになるとは予想していなかった。
偽りの身が処断され、その意識が無に帰す直前――楽師が最後に聞いたのは、彼を懐に抱いた彼女のつぶやきであった…

「■■■■、私の■■■■…もう意に反することを無理に言う必要はありません」
「あなたの魂を冒涜し石牢に閉じ込めたのは、あの呪われた僭主であることを私は知っています」
「心配はいりません。私の■■■■…あの時の約束を忘れたことは、一時もありません」
「いかなる代償を払ってでも、私があなたをあの永劫に冷たい檻から救い出してみせます」
「私たちが再び万水の主の懐で寄り添い、苦厄に悩まされることがなくなるその時まで」
「青き蝶が再び舞い、私たちの魂をあらゆる水の対岸へ運ぶその時まで」


在りし日の余韻の音
青金石と水玉で作られた、変わった形をした砂時計。設計のアイデアはペトリコール町の時計台に由来しているらしい。

あらゆる水がまだ合流していなかった頃、昔日の人の集落には鐘を鳴らすしきたりがあった。
鐘の音は、日の出と日の入りを告げるとき、また誕生や弔いのときにも鳴り響いた。
そしてついには、黄金の衾が空を覆う終末の瞬間、破滅を告げる鐘が鳴り響いた。

疲れることのない鋼鉄の軍団は、もはや誰もその名を知らない集落を地図上から抹消した。
しかし、わずか数十年後のこと…栄華を極めた帝国が同じ運命を辿ることになるとは誰も予想していなかった。
金で飾られた宮殿は瞬く間に瓦礫となり、高貴なる音律は野心と裏切りのもとに崩壊した。
神王の悲願はこうして幕を閉じた。だが、黄金の歌の残響は依然として人々の心の中で反響していた――
ある者は昔日の栄光に執着し、あらゆる代価を払ってでも再びその楽曲を奏でようと…
そしてある者は昔の名を捨て、平和な明日のために、潜伏を続ける不気味な影を駆逐しようとした。
またある者は、過去の名前だけを残し、縹渺たる伝説とともに歌の中に姿をくらました…

「あらゆる願いをかなえる聖なる器…ふん、あの純水の精霊がそう言ったのであっても、あまりに荒唐無稽な話です」
「水の中の血を洗い流せないのと同じで、罪を洗い流せる者はいない。たとえ人々がそれを忘れたとしても、罪は罪なんですから」
「白昼の輝きを取り戻せないのと同じで、過去を取り戻せる者はいない。過去がとうの昔に失われたことなど、私でさえ知っていますから」
「……」
「しかし、もし本当にそのような聖なる器がこのおかしな世界に存在するというのなら、それが本当にあらゆる願いを叶えられるのだとしたら…」
「もし本当に未来のためにすべての涙を拭き、高海の後継者に二度と過去の苦痛を味わわせないのだとしたら…」
「最後に一度だけ、私をその虚妄におぼれさせてほしい」

数十年もの間、彼女の耳元から離れることのなかった悲しみと哀哭、故人たちの幻影、
彼女のために死んだ者、彼女によって死んだ者、そのすべてがもう重要ではなくなった。
独り山谷に足を踏み入れる直前、昔日の晩鐘が再び聞こえたような気がした…
それは間違いなく黄昏の太陽であったが、それを黎明の光明として見る者もいた。


在りし日の約束の夢
伝説の「純水の杯」を模して作られた華美な容器。最も純粋な人の願いを叶えるらしい。

あらゆる水がまだ合流していなかった頃、昔日の人の集落では「純水の杯」に関する伝説が語られていた。
古来より宝杯の本当の姿を目撃した者は誰もおらず、遥か昔から伝わる精霊たちのわずかな言葉だけが、
「原初の水で満たされた金の杯」が、人々の幻想から生じた単なる虚像ではないことを証明していた。
言い伝えによれば、その聖なる造物はあらゆる恐るべき傷を癒やし、老人を若返らせ、死者を蘇らせることができるという。
そして、最も純粋な者だけがその姿を拝むことができ、永遠の命と無限の知恵を得ることができるとされていた。

古代の哲学者が言うように、盛衰は入れ替わるもので、永遠に維持されることはない。一夜にして、調和と栄光の歌は突如終わりを告げた。
文明を誇った人々の哀哭は、永遠の名を冠した黄金の都と共に終わりのない海の底へと沈んでいった。
古代の哲学者が言うように、盛衰は入れ替わるもので、永遠に維持されることはない。一夜にして、本来の復讐の誓いは突如破られ、
血と涙によって仇敵を一掃すると誓った歌い手が、いつものように悪夢から目覚めると、向こうに見えるのは怒れる荒波だけであった…

「原罪を背負いし高海の子よ、苦しみを味わいし我等が兄弟姉妹たちよ」
「汝は運命の凶兆を知り、最後に訪れるであろう災禍を目にした」
「心を強く持て。怯える必要も、恐れる必要もない」
「原初の水を求めよ。あらゆる願いに応じる原初の杯を求めよ」
「彼女に願いを告げれば、すべての罪に対する慈悲を、やがて得られるであろう」

そうして精霊との約束のため、歌い手は「純水の杯」を探す旅へ出た。
「純水の杯がすべての願いを叶えてくれる」という伝説が、人々の間で広まっていった。
夕闇の果てが訪れ、彼女は「原初の杯」がどういう物であるかを初めて知ることになる……


在りし日の伝奏の詩
かつてフォンテーヌの歌劇創作者の間で流行っていた礼帽。羽飾りのデザインは、伝説の純水騎士の兜のひもを参考にしたらしい。

あらゆる水が一つに合流した頃、往日の廃墟を乗り越え、慈愛に満ちた女主人が新たな都市を建てた。
長き夜は終わりを告げ、白昼が到来した。過去の出来事は夢の跡となり、夜闇とともに消滅した。
真の黄金時代の到来であった。もう権威に陶酔する僭主も、復讐に溺れる蛮族もいない。
広大な楽章は二度と蘇ることはなく、愛と正義を讃える詩だけが、朝の風とともに高海の四方を吹き抜けていった…

それらのうち、一部の題材は時を経ても衰えることなく、数千年が過ぎた今日でも人々の間で語り継がれている。
例えば「純水騎士の冒険」は多くの詩人や劇作家によるアレンジを経て、市民の誰もが知るものとなった。
言い伝えでは、彼らはかつて白銀の甲冑に誓いを立て、まだ汚れていなかった源露を守るために純水精霊たちと共に戦ったという。
さらには、彼らは無数の試練を経てついに伝説の「純水の杯」を手にし、あらゆる水の女王の帰還を迎えたのだという…

「数多の英傑が集いし栄華の宮廷、竜の血を受けし騎士」
「魔法使いと塔に囚われし貴婦人、聖なる器を探す旅」

盛宴と誓いの言葉、悲恋と離別。多くの幻想の中にあった美しい詩篇が、「エリニュス」が見守る中、幕を上げた。
ただ、その同名の英雄は彼女とは何ら関わりがない。往日の名を冠した歌は、結局のところ今日の夢に過ぎないのだ。

残響の森で囁かれる夜話

詳細

無私の花飾り
物語の中で魔法使いがつけていた花飾り。彼女が愛する他の装飾品と同じように、蝶の形があしらわれている。

親切な魔法使いの物語・1ページ目

子犬は屋根裏に駆け上がり、埃を吸って思わず何度もくしゃみをした。
「パイ、あなたはもともとアップルパイみたいな色をしてたのに、桑の実ジャムを塗られたみたいになっちゃったね。」
少女は「パイ」という子犬を追って狭い屋根裏に入り込み、パイの体についた埃を払ってあげた。
屋根裏には美しい装丁の本がたくさん積まれている。女の子は、表紙に綺麗な金の羽の蝶が施された一冊の本を本棚から取り出した。
「物語の本かなぁ。もしかしたら、ママが話してくれたお話はこの本に載ってるのかも! パイもそう思う?」
子犬は短く吠えると、いつものように女の子の足元にうつ伏せになった。
「ふふっ、もしママよりも先に全部読めたら…」

それは大昔の出来事というわけではなかった。残響の森の中に、どんな願いでも叶えられる魔法使いが住んでいるという伝説の話だ。
しかし、その魔法使いは他の物語に出てくる魔法使いと一緒で風変わりな性格をしていた。魔法使いは森全体を霧で覆い、森に入った侵入者を残響によって惑わせる魔法を使っていた。そのため、彼女の隠れ小屋を見つけられる人はほとんどいないのだ。願い事など、なおのこと難しい。
ところがある日、ついに一人の若者が魔法使いの家の扉を叩いた。
その若者はもともと青い花を探していたのだが、途中で金の羽の蝶に目を奪われ、それを追いかけていたらいつの間にか小屋の前に辿り着いていたのだ。その時になって、彼は初めて願いを叶えてくれる魔法使いの伝説を思い出した。そしてしばらく迷ったあと、家を訪ねることを決めたのであった。
彼が三度目のノックをしようとすると、扉が開いた。
「願い事があるのですが…」若者が言った。
「皆がそう言う…」魔法使いは彼の話を遮った。「お前の願いを叶えるのは容易いこと。しかし、願いの対価は人によって異なるぞ。」
「僕には愛する少女がいる。けれど、彼女の心は既に他の誰かのものです。でも僕は、魔法の力で彼女の気持ちを変えさせたいとは思わない。ただ、彼女にはこの世のすべての幸せを手に入れてほしいと思うのです。もしこの願いを叶えてもらえるなら、僕の持つものすべて…時間でも、お金でも、魂でも全部を捧げるつもりです。」
「お前の願いは叶うだろう。だが、その対価を払う時は将来訪れる。それがお前の魂とは限らない…魔法使いは常に身勝手だからな。」
「でもこの世に魂よりも貴いものがあるでしょうか?」
「その時になれば分かる。約束の時が訪れたら、金のごとき心だけが量られることになるだろう。」
……


誠実なつけペン
物語の中で魔法使いが使っていたつけペン。その滑らかな書き心地は、数ある美点の中でも特筆すべき箇所としては取るに足りない部分である。

親切な魔法使いの物語・2ページ目

……
「魂を売る取引、物語の中ではいつも簡単にできちゃう…だったら魂はもっと安くあるべきだよね。じゃなかったら、なんで人々はいつも簡単にそれを渡してしまうの?」
しかし、彼女は魂の意味を知らないし、見たこともない。それに比べたら、アフタヌーンティーの美味しいおやつや、パイとガーデンで遊ぶ時間、寝る前にママが話してくれるおとぎ話のほうがずっと大切なものだ。
「幸い、私たちには魔法使いに叶えてもらいたい願いはないから、大切なものと交換する必要もないよね。」
ページをめくる…

魔法使いの承諾を得たとはいえ、その若者自身も願いが叶うというのがどういう光景なのかを想像できなかった。
より具体的な願い…例えば、底なしの富や他者を従わせ臣服させるような権力なら想像しやすい。でも、その上にある幸福とは何だろうか?
若者は、魔法使いは多くの魔道具を持っており、その奇怪で非凡なコレクションの力を利用しているのだと聞いたことがあった。彼は好奇心を抑えきれず、魔法使いにどの道具でこの願いを叶えるのかと聞いた。
「魔法のつけペンで書いた言葉はすべて現実となる。彼女が運命の寵児となるだろう。」
魔法使いがインク壺を軽く揺らすと、黒い水が波のようにうねる。それを若者は不思議そうに眺めた。彼には、その中の波によって浮き沈みする小さな孤島が、まるで自分たちの暮らす世界のように見えた。これまでに見たことのない様相と風景が、スケッチブックのページのようにめくられていく…
彼はそれを見ているうちに魅了され、インク壺の広い口から中に落ちて、黒い水に溺れそうになった。
「インク壺の中には彼女が想像することのできるすべてが入っている。彼女が願えば、すべては彼女のものとなる。」
紙の上につけペンを走らせたことで、少女の運命は変えられた。
いつからかは分からないが、少女は次から次へとやってくる幸運に驚かなくなった。
彼女からはあらゆる憂いが消え、ほぼすべての事が彼女の思い通りに進んでいった。彼女が欲しいと思ったものはすべて、最終的に何らかの形で彼女の手に渡った。
人々はみな彼女を愛した。彼女の容姿を褒め、彼女の品行を称賛した。以前は自分の事など気にもかけないだろうと思っていた人ですら、すっかり態度を変えてしまった。
次第に、彼女は自分に向けられる賞賛の言葉や羨望の眼差しに慣れていった。彼女の容姿は決して特別良いわけでもないし、品行も至って普通だが、運命は彼女にすべての恩恵を与えた。
……


忠実な砂時計
物語の中で魔法使いが頼りにしていた砂時計。それに対して間違った呪文を唱えると、時間の流れが急に速くなるらしい。

親切な魔法使いの物語・3ページ目

……
「もし魔法のインクペンがあったら…パイはなんて書く? たくさんの犬用ビスケット?」
女の子は本を下ろしてパイの頭をなでた。子犬は尻尾を振ってそれに応えた。
「あっ! パイは字が書けないよね。だったら私が代わりに書けばいいか。たくさんの犬用ビスケットと、それから…」
ページをめくる…

「バカバカしい。青いリボンなんかがそんなに珍しいの?」少女は容赦なく訪問客を追い払い、その人が持ってきたプレゼントを隅に投げ捨てた。確かに、昔はカワセミのように青いリボンを気に入っていたこともあったが、今ではそんなありきたりな物にはまったく興味をそそられなくなっていた。
「ああ、かわいそうな子!」母親がため息をついた。
少女は母親の説教に嫌気が差していた。彼女のもとに幸運が訪れたのはほんの短い間だったが、富はいとも簡単に手に入ったし、当然のように人心をあっさりと掌握できた。この世ははじめから彼女を中心に回っているのだと、何度も思った。
「母親なのに、どうしてお母さんは他の人みたいに私を愛してくれないの?」
自分を愛してくれない母親など必要ないのかもしれないと、彼女は思った。
その後、少女は家と家族を残して出ていった。これで魔法がもたらす幸運を享受できるし、良心の呵責に煩わされることもない。
彼女は、感動する風景や食べ物がこれ以上なくなるまで、あらゆる場所を旅した。その暮らしはまるで終わることのないダンスパーティーのよう――色々な人が彼女のもとを訪れたが、そのダンスホールに留まる人は誰もいなかった。
ある時は故意的に、彼女は「友達」と呼ぶ人に意地悪く接した。しかし彼女の行動がどんなに礼を欠いたものでも、次の日になれば友達はみな笑って彼女を許し、今までと同じように彼女を愛した。
人々は彼女にただひたすら尽くすのみで、何かを求める者はいなかった。
……


寛容なインク壺
物語の中で魔法使いが使っていたインク壺。つけペンに引けを取らない不思議な魔法を有している。

親切な魔法使いの物語・4ページ目

……
女の子は本を読んでいる。そして、パイは彼女の隣に寄り添っていた。
ページをめくる…

少女は母親が亡くなったことをかなり後になって知り、久しぶりに故郷に戻ってきた。よく知っている人も知らない人も、みな他の場所の人たちと同じように彼女に礼儀正しく接してくれた。
「すべてが君の思い通りになったのに、なぜ笑わないんだ?」
そう話す若者を彼女は見たことがあった。もしかしたら、単なる多くの追随者のうちの一人かもしれない。
「お母さんの言う通りだった。私はかわいそうな子供。この恐ろしい呪いのせいで、私は二度と本当の意味で幸せにはなれない。」
「ああ! 君は無私のプレゼントを呪いと呼んでいるのだね。これはある人が魔法使いと取引し、自分を犠牲に換えたものだ。それに彼は、君からの見返りを得ることなど考えもしてなかった。この世にこれほど偉大な愛があるとでも?」
「彼は、幸福を得る方法を私より知っているみたい。」と少女は言った。「得るだけで対価を払う必要のない人生に何の価値があるの? 最も価値のないものは、誰も必要としないもの。もしかしたら、私自身が余計な存在なのかもしれない。」
「それは違う…君は存在すべきなんだ。少なくとも僕にとってはそうだ。」
「なら、あなたは私から何を得たいの? もしあなたのためにできることがあれば…」
若者は、困ったような顔をした。
少女は大いに失望し、魔法使いが隠れ住む残響の森に行き、恐ろしい呪いを解く方法を探そうとした。
一方、若者は魔法使いから借りてきた魔鏡を取り出し、少女を止めようとする。
「魔法がもたらした幸運が、君のもとから離れてしまったら…」
そして、少女は可能性を示す鏡の中で、幸運が衰えた後の光景を目にした――すべての財産を瞬く間に失い、彼女に傷つけられた人々はもはや彼女を笑って許すことはなく、その代わり罵声を浴びせ、白い目を向けて、誰も彼女に近づかなくなった。それはまるでダンスパーティーが終わったあとのようだった。彼女が以前のように旅をして回っても、誰からも関心や気遣いを受けることはない。風雨で転んで、子供たちに笑われる光景も目にした。かつて彼女が手にしたすべてのプレゼントは、いま十倍、百倍にして返さなければならない。
彼女はそこから一歩も動かない。鏡の中で見た様々な出来事がすでに自分の身に起こっており、人生が苦役の連続で、押しつぶそうとしているかのように感じた。
「幸いだったね、魔法がもたらした幸運はまだ君を見捨てていない。この世に君の軟弱さをあざ笑う人はいないよ。」
……


慈愛の淑女ハット
物語の中で魔法使いが愛用していた淑女ハット。彼女は特に、落ち着いていながら遊び心のあるデザインに惹かれたようだ。

親切な魔法使いの物語・5ページ目

……
パイは退屈で仕方なさそうにあくびをした。
「お話はもうすぐ終わりだから、もうちょっと待っててくれる?」
ページをめくる…

「そうだとしても、私はより困難な道を選ぶ。」
あの遠い日の冬の夜のように、彼女は母親の懐でうとうとしながら――今ではほとんど忘れてしまったが――いくら聞いても飽きなかった物語に耳を傾けていた。物語の主人公たちはいつも幾多の苦難を乗り越えて旅の終点へと辿り着くことができ、旅の途中で払った代償や失ったものは、そう簡単には手に入らない報償をより貴重なものにした。
「私は鏡の中で人々が私のことを愛さなくなり、嫌悪する姿を見た。もう一度彼らが笑ってくれるようになるだけでも、これまで想像してこなかった苦労を伴う…でも、それが本当の世界。変化に満ちて捉えどころのない世界。」
「違う、それではダメなんだ! 君は必ず魔法がもたらす幸運に幸せを感じなきゃならない。でないと…」
「何を心配しているの? 仮にあなたが他の人と同じように、魔法の力が消えたあと私を愛さなくなっても、私はあなたたちを愛し続ける。物語の中の主人公みたいに、この自由な世界にいるすべての人たちに本心で接するわ…あなたが受け入れてくれる限り、私の心もあなたのものよ!」
鐘の音も他の予兆もなかったが、魔法使いの言っていた約束の時間になったようだ。
「道理から言えば、彼女が鏡の示す旅を終えてから現れるはずだったんだが、まだ少し早かったようだ…まぁ、魔法使いはいつも身勝手だからな。」
魔法使いは約束通り、若者が支配できる物の中から彼女が一番欲するものを取っていった。
「願いは叶ったけれど、僕はすべてを失ってしまった…」
「彼女は素晴らしい登場人物だったよ、別の物語の中でもね。」魔法使いはゆらゆらとインク壺を揺らし、少女はそれ以来、その中に囚われてしまった。
「でも、彼女は僕のために存在する少女だ。ちょうど僕がそうであるように…もし彼女が解放されない運命にあるのなら、彼女を探しに行かせてほしい。僕は瓶の中に無数の宇宙や物語を見てきた。もしかしたらその中に、僕たち二人を許してくれる世界があるかもしれないし、僕も素晴らしい登場人物になれるかもしれない…」

「よし、覚えたわ! 今夜ママにこの物語を教えてあげよう。ねぇ、ママは気に入ってくれると思う?」
パイは女の子のことなど気にせず、立ち上がって空に何度か吠え、さらに何度かくるくるとその場で回ってから屋根裏から飛び降りた。
「ふん、あの子ったら。きっとお腹が空いててちょっと拗ねていたのね。本当に子どもなんだから。」
そして、女の子もその場をあとにした。装飾の施されていない物語の本だけが屋根裏の床に残された。

遂げられなかった想い

詳細

陰に咲く光の花
灰色の石に彫刻され、巧みに金箔を貼られた花。ある戦争では、敵味方の区別の証として使われていたという。

あれは多くの部族の旗が灰色の埃をかぶり、徐々に色を失っていった時代。
玉座の前に立つ半人は、ひび割れたリングを手に持ち、独裁者の権力を振りかざしていた。
過酷な命令の中、泥まみれの根元からも、かがり火からも、そして深い森に落ちた影からも、
誰も深淵の暮夜の使者や遠くへ去った先祖、最初の神々が残した誡めを聞くことはできなかった。

そして古から訪れた暗闇が、幾千万の闇を飲み込む時が訪れる。
まるで古い巻物に付いた血を拭っても、なお残る鉄の臭いのように。
漆黒の闇が深き地に潜んだ時、赤い瞳の少年は
数多の災難を乗り越え、流れる光のような水の国から禁城の丘へと戻った。

彼が空中の庭に足を踏み入れた時、腰の曲がった盲目の老婦人のかすれ声を聞いた。
「蔓に覆われた沼地にも絢爛な花は咲くもの。」
「探しに行きなさい。ここは巨獣の骨が積み重なる死の地なのだから――」
「寒く残酷な夜に、炎に身を投じる真の正義を貫く人たちを探しに行きなさい。」
「彼らの大望、憎悪、貪欲、野望を裏切らないように。」
「燃え盛る炎を見ようとする彼らの目を裏切らないように。」

最初に到着したのは、輝きを失った羽飾りを手に持つ少女だった。彼女はキヌバネドリのように、各テントを飛び回りながら、少年のために情報を集めてきた。
次にやってきたのは双子の英傑だ。刃物よりも鋭い口と牙を持つ兄と、その背中で暴君の鞭を多く受けてきた弟である。
赤い瞳の少年が竜たちを救ったことを聞き、寡黙な勇士も彼のために力を尽くしたいと思った。

「しかしもう一人、城の構造に詳しい者が必要だ。」
「手の平にあるからくりをいじるように、目に見える道も隠された道にも詳しくなければならない。」
赤い瞳の少年はそう言った。
長い沈黙の後、人と竜の共生を望んできた寡黙な勇士が、ある噂を思い出した。そして、一人の職人の名を口にした。


光褪せた翠尾
輝きの褪せた尾羽の飾り。表面の模様は遥か昔の職人が手掛けたものらしい。

「ターコイズで飾られた彫刻を見た者は、誰もがその巧妙な造形に魅了されるだろう。」
「精緻な金色の碑文を見た者は、誰もが芸術家の卓越した技術に感服するだろう。」

少女は深い絆で結ばれた少年の言葉に従い、噂に聞く職人の姿を捜し歩いた。
だが豪華な庭や貴族の宴の中をいくら探しても、収穫はない。
困り果てた彼女は黄金の羽飾りを取り出し、微かな光の下で亡き父の顔を懐かしんだ。
すると、横で顔の半分をフードに隠した酔漢が、羽飾りの紋様の由来を冷たい口調で語り始めた。

荒れ果てた酒場にいる恐ろしい顔をした乞食が、華やかな装飾品の制作者だと誰が思うだろうか。
フードに隠れた顔半分は、焼けただれている。皮膚と肉はどろどろの血に覆われていた。
しばらく驚きで固まりはしたが、少女は恐れることなく、羽飾りを彼に渡した。
光を失った作品を眺めながら、彼はすでにこの場所から失われた
尾の長いカワセミの物語を語り始めた。当時、彼は皆に尊敬されるある人物に頼まれ、これを作ったという…

「その人は私の父で、部族の竜たちを庇ったせいで罪に問われ、命を落とした。」
少女の声は冷たかった。職人はその瞳の奥から、自分と同じ憎しみの炎を見た。

彼女が来意を明かす前に、彼は「では、あなたの…様のために尽くそう」と申し出た。
実際、職人は彼女のために尽くしたいと心の中でそう思ったが、口に出すことはなかった。
何故なら、少女には心に決めた相手がいると分かってしまったからだ。


大業を成す刻
古の国が時間を測るために使った日時計。目盛りの一つには、細かく観察しないと見えない小さな印が残されている。

古代遺物を研究する多くの者を困惑させたものがある。
それは、埃を被った古城の廃墟から掘り出された多くの日時計の上に、
タガネで刻まれた跡が見つかった点だ。それもまったく同じ位置にである。

峡谷から来た者はそれをこう考えた、信仰を失った者が再び黒曜石の柱を灯した時刻だと。
その日、部族の主の代理人である鉱山の娘サックカが、彷徨う魂たちを夜の国へと還した。
吊るされた木の里から来た者はそれをこう考えた、契約を捨てた者が再び六族の竜たちと契約を結んだ時刻だと。
その日、戦士たちに信頼された融資である寡黙な英雄ユパンキは、竜の首に繋がる鎖を剣で断ち切った。
泉の源から来た者はそれをこう考えた、過去を忘れた者が再び波音に耳を傾けた時刻だと。
その日、双子の英雄の兄である饒舌なアタワルパは、過去の栄光に対する人々の渇望に再び火を灯した。
沃土の大陸から来た者はそれをこう考えた、抑圧されてきた人が再び大地の上に立った時刻だと。
その日、双子の英雄の弟であるチャンピオンのワスカルは、先頭に立って漆黒の洪水に相対した。
山頂から来た者はそれをこう考えた、檻に囚われた者が再び自由を取り戻した時刻だと。
その日、赤い瞳の英雄が神の怒りを呼び、侵食された都市を焼き尽くして、部族に平和を取り戻した。

その場にいた謎の煙の地から来た者、秘密を知る若者だけが沈黙し、
独りで純白の巻物に描かれた情景を思い出していた。あれは暗闇が太陽を覆いつくした時だったといわれている。
この時のために準備をしてきた英雄たちは、機を逃さず、玉座にいる理性を失った君王を倒した。
野史の記述によると、計画を立てたのは名前を知られていない職人だったとされている。

「だが職人は、部族の権力を部族に返す戦争で言葉を残さなかった。」
「そしてその後、幾重ものベールに包まれた古い物語の中でひっそりと姿を消した。」

若者は、その多くの日時計に刻まれた同じような痕に触れた。
数えきれないほどの日没前、そして計画の日程が決まった後――存在しないかもしれない手と、
その手の持ち主がタガネで日時計に痕を刻んだ時刻に思いを馳せながら。


計略の盃
陶器の三足杯。かつては多くの英雄が篝火のそばで杯を掲げ、各々の野望と願いを語った。

彼は赤い瞳を持つ少年と、彼の英雄たちに過去の苦難を語った。
禁城の君主はかつて部族の職人を集め、
旗のような翼を持つ作り物の巨獣を地下から掘り出させて、自らの野望を満たそうとした。
だが、君王の気まぐれはすでに多くの者に知られていた。そのため、全ての秘密を解き明かした日に
彼は大火を起こした。すべてを燃やそうと、事情を知る者を遺跡と共に、石門の裏に埋めようと…

すべてを焼き尽くす烈火の中、職人は恍惚とした死に際に、
石の頭からこぼれ落ちる金色の涙が自分の眼に落ちるのを見て、様々な風景をその瞳に映した。
彼は夢うつつの中で巨大な造物を、精巧に動く機械を、
流れる炎によって動く影を、そして遥か遠い地平線から天へと昇る月を見たと語った。

「それで、その金の涙が…」「湧き出るインスピレーションの源なの?」
それを作り話として聞いていた双子の英雄は、笑いながら尋ねた。
その口調には信じないというからかいがあった。二人はいつもそうで、男はとっくに慣れていた。
少女の問いかけの視線を受けて、彼はあざけ笑った、顔半分の筋肉が痛くなるほどに。

実際、彼は命を奪いかねない炎の中で、それ以上のものを見ていた。例えば流れる黄金の模様、
遺跡から逃れる道、偉大なる帝国を築き上げるための数多くの鉄則など。
だが最後の一つは少年たちにとって、あまりに遠いものである…
彼は少ししか酒が残っていない杯を置いた。

おそらく、一切が落ち着き、古い礎石が一新され、
事がさらに進んだ時に、彼は喜んですべてを打ち明けるだろう。
なぜなら、この時の彼の大胆な発想は、新王のために輝かしい帝国の城壁をどう作るかというものだったからだ。


主なき冠
ターコイズとエメラルドで飾られた黄金の宝冠。ベルベットのクッションの上に置かれるのみで、戴冠式に登場したことは一度もない。

かつて彼女の願いに応じて、故国が滅んだ後に輝きを失った羽飾りを再び作り直そうと言う人がいた。
そして彼女は、その尊敬に値する人にターコイズの冠で返すことを約束した。
だが漆黒の魔物が振るった刃の下、あの無残な死体を目にした少女は理解した。
この手で鍛造し、華やかに飾り付けられ冠は、戴冠式に現れない主人を一生待ち続けることにになると。

長い年月が経ち、六つの部族の間である噂が広まった。亡くなった鉱山の老婦人が奇妙な趣味を持っていたというものだ。
その老婦人は様々な装飾品、それも煌びやかなものばかり好んで集めていたという。その多くは今の技術では造れないものばかりだそうだ。
中でも、ある職人の名が記されたものであれば、
彼女はどれだけ宝石を支払うことになっても、惜しまず買っていた。
たとえ、それが偽物であっても。

部族の者が、せめて偽物の作り手の欲を満たさないようにしたほうがいいと忠告した。
すると、老婦人はこう答えた。「彼の名声を汚すような偽物を野放しにはできない。」
それに彼女はいつも、偽物を生み出すような卑しい者を一度も見逃さなかった。

勇敢に死に赴いた友人と比べれば、彼女の人生はあまりにも長いものだ。
そこで彼女は残りの時間を、英雄たちが残したものを集めるのに使うことにした。
彼女の愛した赤い瞳の少年は、使命を果たした後に聖火の中へと還り、ほのかな温もりだけを残した。
寡黙な英雄が君王の炎の中に倒れたとき、その目に映った新世界は、彼にとって最高の報いであった。
騒々しかった双子の豪傑は、敵の手にかかる兄弟を目の当たりにして、悲しみのあまり声を枯らすまで泣いた。

「結局、アタワルパのほうが先に逝くなんて…一番弱かった私が最後まで生き残るのを、誰が予想しただろうか。」
「波風を経験した者はいずれ平坦な陸地に飽きてしまうと、部族の知者がよく言っていた。確かにその通りだと思う。」
「みんながいないこの時代は、実に退屈だ。」

だが、去っていった友人たちと再会するときはいつか訪れる。長いことずっと待ち続けていた予感が現実となる時がやってくるのだ。
彼女は数多とある装飾品の中から、職人が作った本物の品をすべて選び取った。偽物と比べて、それはあまりにも数が少ない。
そして彼女は彼の名前が刻まれたものを手に、深い夜の中へ消えると、二度と戻って来なかった。

言い伝えによると、翌日、人々は彼女がターコイズの冠を置いた木の下で、
彼女の遺志に従うと誓った。そして、彼女が持ち去った職人の名を歴史から消したという。

諧律奇想の断章

詳細

響き合う諧律の前奏
黄金と青き石で飾られた咲き誇る花。かつて、不滅の者に与えられた栄章であった。

あれは無知な海霧が高海を覆い尽くし、衆の水の民がまだ愚昧だった時代。
赤い砂原と暗い山々の間に、故郷を失った神がいた。
彼はオアシスの歌い手だったが、烈日の君主の威光の下、故国を失った。
砂の王に仕えることを望まず、故郷を失った神は流浪の道を歩むことにした。

万水の源の光なき海淵の下には、いかなる史書にも記載されていない都市がある。
高海を墓場にしようとした故郷を失った者は、偶然にも大地より古い廃墟に足を踏み入れた。
終わりの見えない回廊を抜けて神殿の廃墟の中心にたどり着くと、彼は銀色の杉の下で、
この忘れ去られた都市に残された唯一の生物――銀の枝に囲まれた金の蜂の言葉を聞いた。

「遠方より訪れし旅の者よ、これは偶然ではない。運命の手がそなたをここに連れてきたのだ。」
「我は銀の樹を守る使者であったが、長い時の中で心も形も失ってしまった。」
「だが、我の目には未来が見える。旅の者よ、そなたは再び都市と臣民を手に入れるだろう。」
「そなたが築き上げた国は繫栄し、いつの日か高海を統治するだろう。」
「そなたは彼らに文明と正義をもたらすが、彼らはやがてその正義のせいで滅びる。」
「結末を知ってもなお、旅に出るというのなら、上へと導こう…」

「予言する金の蜂よ、もしこれが本当に運命だというのなら、選択の余地などないだろう?」
「もし選択する機会があるのなら、あなたの言ったその不変の結末は必ず変えられるだろう。」

言い終えると、水なき空洞は音を立てて崩れ、銀の樹は金色の船に変わった。
これが、後に楽章を奏でる栄光の王と予言者シビラとの初めての出会いであった。


古海の幽深なる夜想
伝説の金の蜂の羽根を真似て作られた羽飾り。そよ風に吹かれて微かに震える。

あれは啓蒙の歌声が高海に響き渡り、森と荒島が栄え始めた時代。
音楽を愛する神はメロピスで高塔を建て、離散した民を呼び寄せ、新たな国を作った。
豊穣の角笛が土地の豊作を祝福し、往来する船が島々を一つに繋げた。
憂いなどない良き時代のはずなのに、歌い手の声はなぜ悲哀に満ちているのだろうか?

「予言の通り、栄光の王になり、民に文明をもたらした。」
「海に平和を与え、正義に基づいて大地を治め、進歩と秩序を天下に広めた。」
「しかし、新たに創られた栄光の国が反映するほど、ますます不安と悲しみを感じるようになっていく。」
「予言では繁栄は百年続くという。だがその後は? 破滅する種がすでに芽生えている。」

「栄光の王よ! 盛衰と変化は世の常であり、フォルトゥナの法則だと言ったはずだ」
「貧乏でも裕福でも、皆は運命の奴隷。玉座に登ることも、塵になることもそうだ。」
「運命の歯車は冷酷に回り続ける。いくら抗おうと、来るべき結末を変えることはできない。」
「波乱万丈な劇のように、終幕は最初から決まっているのだ。なぜ悲しむ必要がある?」

永遠が愚かな幻夢であり、不滅が盲目の狂想であることを深く理解していても、
高海の民の王は予言された無明の未来に耐えられなかった。

「運命に定められた審判の時が訪れれば、無慈悲な波は儚い栄光と幸福をすべて吞み込むだろう。」
「必ず訪れる未来をみることはできるが、破滅を招く原因を探る神聖な知恵は持ち合わせていない。」
「だが光なき海の最深部、溢れる源水の国では、衆の水の主が幽閉されていることを知っている。」

「無限の海がそなたの王国を呑み込むと予言されたように、彼女は答えを知っているかもしれない…」


運命と輪廻の諧謔
運命の輪を模して作られた時計。今はもう回せなくなっている。

あれは壮大な楽章がまだ奏でられておらず、黄金の艦隊がまだ出航していない時代。
呪いを解く答えを求めるため、栄光の王は源水を探す旅に出た。
高海の下には血と憎しみの臭いが漂う、龍の子孫が住む王国があった。
かつて古海の魂に仕えたヴィシャップのプリンケプスが、衆の水の主の監獄を守っている。

まるで古の戦争が再現されたように、海をも沸騰させた戦いは三十日間続いた。
疲れ果てて一時休戦する中、神王はようやく音楽で自らの来意を告げた。
ヴィシャップの王獣が僭越な狂想を耳にすると、笑い声をあげた。

「凡人の僭主よ、お前は根も葉もない呪いを憂い、運命の鎖に縛られると愚痴をこぼす。だが、我が一族がかつて百倍の苦痛を受けたことを知らぬのだろう。」
「ワシらは土地と太陽を失い、光のない海底で生きながらえるしかなかった。」
「凡人の僭主よ、お前も知っての通り、運命は高天の軌跡であり、決して変えることはできぬ。お前の考えは裏切りに等しい。」
「じゃが、もし本当にそのような愚かなことをしようというのなら、衆の水の主に会わせてやろう。」

そして深き海の底、永夜の幽邃なる住まいで、万水の慈悲ある女主人から、
栄光の王は恐ろしい秘密をすべて知った。だが、救いの答えは一切得られなかった。
水の主人はかつて許されざる大罪を犯した。そのせいでかけられた呪いも、同じく取り返しのつかないものだった。
それでも野心と希望を胸に抱いた王は、そこを離れる前に、純潔の水を一杯持って行った。

「海が我が臣民を呑み込もうとするならば、彼らの魂を水と相容れないイコルに封じ込める。」
「時間が我が国を朽ちさせようとするならば、精銅と磐石を使って彼らに朽ちない身体を作る。」

強い海風が黄金の国を吹き抜ける時、運命の舵輪を逆転させられるのだろうか? 答えを知る者はいない…


降り注ぐイコルの狂詩
銅をベースにして焼き上げられたリュトン。かつては楽園の美酒で満たされていた。

あれは高海で狂詩が奏でられ、不滅の軍団が出発の準備を整えた時代。
栄光の王は黄金の帝都を築き、至尊の名で天下を統べた。

巨大な船が訪れると、一つひとつの都市国家は至高なる権威に臣服した。
音符の落ちる場所で、文明の交響曲が野蛮の歌に取って代わった。
全ては正義と救済をもたらすために。
これこそが、臣民を捨てられない至尊の王の狂想だった。

「そなたの国は怒濤に滅ぼされるだろう。なぜなら、定められた運命は変えられないのだから。」
「彼らは未だに見えない糸と繋がり、傀儡のように苦厄の終末へと突き進んでいる。」

予言者の残酷な言葉は、至尊を落胆させるどころか、むしろその狂気じみた奇想を刺激した。
彼は自らを王宮の奥に閉じ込め、世界の旋律の中で運命の主の隙を探した。
無数の日々が過ぎ、俗世の弦の音から、レムスはフォルトゥナの秘密を解明した。
彼は運命の音符を一つひとつ読み取った。筆さえあれば、自分だけの楽章を書けるほどである。

そのため、至尊はシビラに祈りを捧げた。彼女は亡者の地から来た者であり、その血には運命の奔流が流れているからだ。
行き過ぎた望みにもかかわらず、無心の予言者はいつものように、迷いもなく彼の願いにこたえた。

玉座で奏でられた諧律の楽章は、民に課せられた運命の鎖を断ち切り、新たな旋律と道を描いてくれるだろう。
金色の天蓋の下、純粋なイコルは金色の水路に沿って流れ、黄金の宮殿の震えを帝国領土の隅々に伝えていく。
そして至尊の最も狂気に満ちた奇想では、調和のとれた壮大な歌劇の最終章で、彼は運命の指揮棒を人類自身に渡す。
その日が来れば、富裕な者も貧しい者も、知恵ある者も野蛮な者も、自由な人なら誰しも自分の運命を掌握できるだろう。

荒れ狂う波の中で、盲目の王は未知の終末へと向かった。なぜなら、シビラの目にはもう未来などなかったからだ…


異想が枯れ落ちる円舞
かつては金箔で覆われていた仮面。古代、軍団を率いていた人物の遺物かもしれない。

あれは往日の金宮が廃墟となり、栄光の都市国家が荒い海に葬られた時代。
後の歴史は知られたとおりであり、やがて審判の日が訪れた。
運命に抗う狂想は野心と裏切りによって滅び、あらゆる栄光と共に沈んでいった。
怒涛が静まった後、灰色の馬は風に乗って現れ、地上に残された命を連れ去った。

まるで運命の嘲笑のように、過去の蛮族の歓呼と共に衆の水の新たな国が誕生すると、高海を覆っていた黄金の権威は伝説となった。
盛大な劇に幕を下ろした後、舞台に残された旧時代の痕跡は時間と共に消えた。かつて不滅を望んだ人々は、名前さえも抹消されるだろう。
誰が信じるだろうか? かつて四十段櫂船が夜明けの風に乗り、青い海を渡り、海流に沿って国々に文明と進歩の福音を広めていたことを。
誰が信じるだろうか? かつて楽園を失った反逆の神が高天の威厳に挑み、無数の凡人が肉体を捨て、彼と共に奇想の狂詩に身を投じたことを。

その後は? すべてが終わった後、破滅の道を辿った奇想は何を残したのだろう?
夢かもしれない。なぜならこれから、無数の夢が奇想の跡から生まれてくるからだ。
涙が集まって成した海は枯渇することなく、空に昇っては再び雨となり降り注ぐ、と言うように。
最後、すべての夢は一つになり、全世界の人々に最後の救済をもたらすだろう。