武器/物語(弓)

Last-modified: 2023-12-06 (水) 23:40:08

☆5

アモスの弓

不毛の上古時代。青々とした大地がまだ骨のように白い時代だった。
裸足で雪の上を歩き、少女は偏屈な塔の君王を追いかけた。

彼は彼女の至愛だった。だが烈風の王は凡人の弱さを理解できなかった。
彼は彼女の敵だった。だが彼女の目的はただの復讐ではなかった。

「海の波と砂浜を夢に見たの。緑豊かな森と大地を夢に見たの」
「果実の森で戯れているイノシシを夢に見たの。高い尖塔を夢に見たの」
少女は彼に甘えてみたが、君王は耳を傾けてくれなかった。

やがて盲目な恋から目覚めた彼女は気が付いた。彼が本当の心を持っていないことに。
口では愛を語り続けても、彼の周りには刀のような鋭い風しか吹いていない。
君王の目には、果てしなく続く強風に立ち上がれない民が、
自分を畏れて慕っているように映っていた。

あれは北風の僭主と高塔の君王が戦った時である。
女性の弓使いは君王に愛されていると勘違いしていた。
戦いの最後、反逆の風が吹いた。
無名の少年、無名の精霊、無名の騎士と共に、
塔の最上部に入り、風中の孤高なる君王に挑戦した。

「こうすれば、彼は見てくれるよね」

だが、彼女が弓を引いたその瞬間に、
烈風の王が彼女を引き裂いたその瞬間に、
彼女はやっと気づいた。自分と彼との間に雲泥の差があることに。

天空の翼

天空を貫く琴。
その透き通った琴の音は未だに風と人の心に響いている。
伝説によれば、深邃古国の魔龍もその音に惹かれて風の国に来たらしい。

昔、風の神バルバトスは竪琴を撫でるように奏で、無垢な千風と唄を唄った。
不羈な風と歌に酔い、巨龍トワリンは大地に降り立ち、彼に忠誠を誓った。
バルバトスは新しい仲間ができたことに喜び、モンドを護る使命をトワリンに託した。
流れ者であった風神と風龍の絆により、黎明期のモンドを護った。

伝説に残る一戦。最後は琴声によって魔龍の攻撃が一瞬止まった。
風の龍はその一瞬の隙を狙い、魔龍を仕留めた。

激闘の末、長い眠りについていた風龍が、ついに目を覚ました。
風龍の前にバルバトスは現れず、龍の全身は毒に蝕まれていった。
それは見えない苦しみと聞こえない痛みだった。
毒が全ての悲しみを壊し、風龍を苦しめた。

風龍は自分が護った人々に苦痛を告げた。
かつて忠誠を誓った風の神に恨みを告げた。
自分の苦しみを無視する冷酷さを、
神でありながら、自らの眷属を容赦なく裏切ったことを。

悲憤の眷属は知らなかった。風の神は未だ彼を救うために奔走していることを。
憎しみの情に圧倒されたが、神の象徴である堅琴は思慕の念を抱いている。
百年の誤解は解ける。
風龍は再び神の唄を聴ける日がやってくる。

終焉を嘆く詩

「西方の風が酒の香りを連れて行く」
「山間の風が凱旋を告げる」
「遠方の風に心が惹かれる」
「サラサラと君への想いを歌う」

かつて、いつも悲しげな騎士がいた。
この歌だけが、彼の心の癒やしであった。
広場でこの歌を歌う少女だけが、
彼の仕事の疲れを癒やしてくれた。

古国に降臨した災いの戦火はこの地にまで及んだ。
風が運ぶ喜びの詩は、毒龍の咆哮や、
大地を揺らす魔物の足音、そして啼き声と烈火に飲み込まれた。
王位継承を望まぬ風神は働突に気づいた。
旧き友の夢を守るため、風に恵まれた緑の野原を守るため、
風神は長い眠りから目覚め、天空の紺碧の龍と共に戦った…
そして、騎士と騎士団も自分たちの国と故郷のために戦った。

猛毒の龍が氷結の山に落ち、紺碧の龍が尖塔の古城で眠りについた時、
騎士は谷戸で命を落とした。最期の瞬間、少女の姿が脳裏に浮かんだ。
「遠方に留学した彼女は無事だろうか。もっと彼女の歌を聞きたかった」
「まだエレンドリンとローランドが生きている。彼女が戻ってくる時、この災害は収まっているはずだ一」

神を称賛し、2体の龍の戦いを描写した詩はたくさんあったが、やがて失われていった。
少女が歌っていた大好きな歌も、彼女が帰郷してから歌詞が変わった。
「蒲公英は朝の風と旅に出る」
「秋の風は収穫をもたらす」
「しかしどんな風も」
「あなたの眼差しをもたらしてはくれない」

涙も歌声も枯れた時、少女は命を燃やし、世界を浄化しようと決めた…

飛雷の鳴弦

雷光光る銘弓。 暗闇に浚われても、 光を失わない。
海の向こうから災厄が訪れた苦難の時代、 とある剣豪の得意武器だった。

剣豪が少年の頃、山を闊歩し、偶然出会った大天狗と賭けをした。
若く強い肉体と将軍が賜った弓をお互い賭けて。

あの賭けの過程がどうだったかは、 たぶん酔っていないと思い出せないだろう。
空が白む頃、 三勝三敗、天狗と引き分けた。
不幸なことは、 天狗の小姓になったこと。 幸運なことは、無二の弓を手に入れたこと

「昆布丸、 天狗の弓術はこうだ。よく見ておけ!」
わけのわからないあだ名をつけられたが、 天狗の勇姿も見れた。
雲間を自在に行き来し、 躱したり、急降下したり、 弓を引いて、 雷の矢を放つ......
あれは紛れもなく、 殺意の舞い。 優雅で華やかで、 それでいて鋭く予測不能。

数年後、 小姓とは呼べなくなった歳になり、 弓術や剣術もそれなりに磨いた。
そうして、 気まぐれな主に幕府に推薦されてしまった。
将軍の麾下にいた頃、 武芸が精進し、 友人も仇敵もたくさん作った。
賭け癖が治らず、 それどころか天狗の銘弓を持っていることで、さらに悪化した。

「賭けをしようか。 そうだな、 この弓を賭けよう」
「この世で最も良い弓で、 生きて帰ってくることに賭けてやる」
「それはお前に預けておく。 この高嶺が負けたら、 その弓はお前のものだ」
「浅瀬は俺に弓術を習ったのだから、使いこなせるだろう」
「だが、 もし俺が勝ったら......」

災厄が海から迫りくる時代 侍と強がりな巫女が賭けをした。
深淵より生還する機会と、 将軍から賜った銘弓を賭けて。

漆黒の穢れが大地に沈み、 再び平穏が戻っても、剣豪は帰ってこなかった。
賭けに勝った巫女の手に、 将軍から賜った銘弓があった。
その後、 狐斎宮が姿を消した杜の中、 約束の場所で、 深淵より足を引きずりながら帰ってきた人は、若くない巫女と再会を果たす。
血の涙が乾ききった漆黒の瞳に光がさした瞬間、鈍く光る矢に射抜かれた。

冬極の白星

「我はかつて世界に裏切られ、傷を負った狼」
「我らは新たな世界を創造する、誰も裏切ることのない世界を」

「白夜のように燦爛たる無垢の衣を身に纏い」
「我らは白銀のような雪国より訪れ」
「陛下の威厳を示す角笛を吹き鳴らした」

「我らはしばし月のない夜を歩いている」
「時に、金箔を散りばめたような砂漠を渡ることもある」
「時に、影に潜んだ刺さるような敵意を感じ」
「時に、遠い故郷にいる恋人を夢見る」
「だが、我らの胸のうちには、蒼白の炎が燃え続けている」
「明星のように輝くファトゥスたちは」
「我らの進むべき道を導いてくれるのだ」

「『神』の名を騙る者から目を逸すならば」
「白日の終わりに悔恨を抱き、偽りの誓いに怒りを覚えるのならば」
「蒼白の星を見上げよ、それこそ我らの旗である」
「我らの同士となり、軍靴で万雷の如く大地を揺るがすのだ」
「友に白夜極星へ向かう者を、我らが見捨てることは絶対にない」
「我らと暗き地に歩もうとする者よ、共に新たな世界を創造しよう」

「全ての破滅は、新たな秩序の始まりである」
「滅亡の果てに、無垢の夜明けが待っているのだ」

若水

水の色は常に移ろいゆき、形は変わり続ける。鍛えれば鋭い刃となり、良弓に姿を変ずる。
世のあらゆる物質の中で、水こそがもっともしなやかであり、もっとも強靭なもの。
十八般兵器において、この良弓は水を呼び起こす奇妙な力を持っている。

「あらゆる汚泥を包み、あらゆる穢れを濯ぎ、そして自らを清らかに保つ」
「その形は無限に変化し、無窮の命を模倣できる。千変万化でありながら、その本質を失わない」
「無数の流れに分かれ、密になろうと規律正しく。合わされば荒波の如く、断ち切ることができない」
「澄んだ藍の下、その奥深くには光さえも通さない数多の秘密が隠されている」
「これは水の神秘であり、千の心と知恵を持ってしても、その変化を理解できはしない」

群玉閣の貴人の下で働く機会に恵まれる前、年配の先達にとある教えを聞いたことがある。
権謀術数の世界では、暗礁と嵐に見舞われることが多く、難破した船の残骸が散在している。
だが野心に燃えた、莫大な財を持つ人であれば、往々にして風を切りながら航海できるそうだ。
こうして、偏在する争奪と悪意をかわしながら、逆流する瀑布の間を登っていくのである。

「とはいえ、傑物足る気質など持っておらず、膨大な退屈にも耐えられはしない」
「茶室で茶を愉しみながら、六面賽子が導く千万の世事を見るほうがいい」
「夜闇に乗じて、賊人が潜む拠点に潜入したことがある。異国の難敵の陰謀を暴いたこともある」
「しかし、これらは長者や権力者のために敵を排除したわけではない。ただ、水にも源泉があるゆえのこと」

源泉の清浄を維持するため、水の優しき意志を鋭い刃へと変え、良弓とする。
薄青色の満月の下、陰謀と暗号が交錯する中、綽然でありながらも、あらゆる状況をさばけるものが水の知恵である。

狩人の道

白き枝で作られた金メッキの弓。森の祝福が秘められている。
このような純白の枝を伸ばす木は、もう地上でほとんど見かけなくなった。
かつて祝福は黒い血に覆われた。しかし、その汚れはすでに、水で洗い流されている。

漆黒の獣を追う狩人。彼女の狩りが終わることはないようだ。夜な夜な枯れた葉っぱたちの下で待ち続けた日々、肉塊の中で狸寝入りをした日々。
それらはすべて、心臓を貫く矢を放つため。そして、また新たな獲物を探すのだ。

そのうちに狩人は、風が自分の居場所を獲物に伝えてしまうことを気にしなくなった。葱のような色をした野花を使って、人の匂いを隠すこともしなくなった。
何しろ、彼女の発する匂い自体が、獣に馴染みのあるあの生臭い匂いに近づいて来たのだ。

狩人になる前から、すでに彼女は人の言葉を忘れていた。
終わりのない狩りの日々が続く中で、時間や年月、
そして彼女に許された果てなき猟場までもが、忘れ去られていった。
そして、彼女を最初に見つけ、白き枝で作られた弓を渡し、漆黒の獣道へと導いた盲目の少年のことすら、
一心に狩りをしていた間に、彼女は忘れてしまったのだ。

「血に染まった者は永遠に、あの果てない緑の猟場に辿り着けない」
「──違う。師匠、この悪しき獣の横行する世界こそが、俺の猟場なのだ…」

狩人は月明かりに照らされた清らかな水の中で、自らも知らず知らずのうちに獣の姿になっていたことに気づいた。獣が残した道を辿ってきた黒騎士の姿と剣の刃が水面に映り──その目が、なすすべもなく慌てふためく彼女を捉えた…

「水中の月に惑わされた、ただの駆除すべき魔獣だったか。」
「それにしても奇妙だ。一瞬、森の中で迷子になった少女だと思ったのだが…」

「西に向かい続けよう。正義のために…そして、人を獣に歪めた罪を、清算す るために。」

始まりの大魔術

「私は大魔術師――『偉大なる者』パルジファル!」
「これからお目にかけるのは、皆さんが想像もできない夢の世界です!」
「例えば、このシルクハットは東方の伝説の仙境に繋がっています!」
「例えば、この鏡の中は私たちの時空に縛られないスリリングな場所!」

マジックと詐欺、窃盗にはそれぞれ似たところがある。
前者は演技と物語性に、後者は技法を頼りとしたものだ。

「さっきのマスター・コペリウスのお芝居で、神出鬼没の義賊がいたでしょ?」
「私たちの芸名はそれにしよう!どう?」
サーンドル河の水路沿いの屋台で、若者が興奮冷めやらぬ様子で言った。
「パルジファル?じゃあ、私は…あなたに攫われたサファイアの美女ね?」
パートナーはこう応えた。陽の光が差さない地下の町から笑い声が響いた。

こうして、詐欺や窃盗で生計を立て、グロリア劇場に出没していた泥棒姉妹は、
舞台で演じられた義賊の喜劇に魅せられ、劇場に入った当初の目的を忘れた。
そして、自分のやり方と演技で舞台へと上がり、スポットライトを浴びると、
ショーの光でボックス席の賓客も立ち見席の観客も、公平に照らしたいという夢が芽生えた。
一人が「パルジファル」を演じ、もう一人が助手のジョセフィーヌ。
最初のショーはエドワルドの酒場、用水路のそば、露店のそばで…
泥まみれの子供たちのキラキラした目と住民の拍手の中で行い、
後は太陽のように明るいスポットライトが照らす、グロリア劇場で行われた。
「サナギから蝶へ」、「仙境」、「鏡の中の火」、「金魚」…
こうしたショーの光が劇場の豪華なボックス席と立ち見席を照らすように、
パルジファルの名は地上の街でも地下の街でも褒め称えられた。

人には自分の居場所があるとよく言われるが、舞台でも同じだ――
そう、舞台を見下ろせる洗練されたボックス席でも、立ち見の席であっても。
だが、ショーの光が両者を平等に照らすとしても、劇場の外において、
一時的に忘れられた怒りと悔しさは、木の根が石垣にもぐり込むようなものである。

サーンドル河の整備が進む中、石垣はついに倒壊した。
いつもジョセフィーヌ役を担当していた少女は、サーンドル河に戻った。
長年漂っている錆びた鉄と腐敗した匂いのほかにあるのは、
怒りと悲しみと、完全に乾くことのない血のみ。

皆が知っているのはパルジファルで、助手は助手にすぎない。
それだけのことであれば、シンプルですっきりしている。
鋭い剣で真っ二つにされる助手が、いつも無傷であるように…
消えた懐中時計が、それを見失った観客の手元に戻ってくるように…
少女はついに安心して暮らせる「居場所」を失った。
そこで彼女は、自分たちだけの「大魔術」を考案した。

「私は大魔術師――『偉大なる者』パルジファル!」
「これからお目にかけるのは、皆さんが想像もできない夢の世界です!」
「貴族も王もおらず、皆さんに向けられる刀剣もありません。」
「生まれつきの富貴もなければ、抜け出せない貧困もないのです!」

☆4

西風猟弓

西風騎士団の特製リカーブボウ。在籍年数の長い優れた弓使いにのみ授けられる。
橡木で作られた弓。特殊な手法により、木の強度を保ち、尚且つ金属を軽量化している。
弓弦に錬金術と魔法の力が秘められており、弓を100回引いても虎口への負担はない。
この弓はモンドの守護者へのご褒美であり、モンドを護る武器でもある。

過去、西風騎士団には極めて優秀な弓使いの斥候部隊があり、偵察騎士と呼ばれていた。
創立者は璃月出身の傭兵リーダー。彼は自分の見聞と知識の全てを偵察騎士たちに教えた。

荒野における追跡スキルや、危険を察知する直感など、どれも騎士団が持てなかったものだ。
故に、偵察騎士の力は騎士団にとって非常に貴重なのである。

ある日突然、最初の偵察騎士が騎士団をやめた。原因は誰にも分からない。
それ以来、この部隊は名前だけの存在になった。当時の編成もそのまま残っている。
しかし、今なお偵察騎士の名に泥を塗らないように、日々頑張っている人々がいる。


虎口【こ-こう】:弓道において、親指と人差指の間の親指の付け根あたりを指す。

祭礼の弓

東にある海を一望できる崖で、古の住民は時と風の神を一緒に祭った。
「風が物語の種をもたらし、時間がそれを芽生えさせる」という理想が、度々両者を混同させた。
この弓は開拓を語るもの。その難しさを示す。
もともと引けない弓だったが、時の風で強靭さと柔軟さを両立させた。

この弓はかつて誇り高いロレンス一族が所有していた。
遠い昔、彼らは雪の中に道を拓く勇者を演じた。

祭祀演劇の第1章は開拓者が力と知恵で大地を征服することを描いた。
長い歴史の中、例え祭祀自体がなくなっても、彼らはそう演じ続けた。

しかし、その信念は歪んでいった。結局彼らは自分を征服者、王者だと考えた。
歪んだ道を歩んだ末、彼らはモンドの風の寵愛を失った。

弓蔵

鉄のように硬い古びた弓、ある有名な弓使いが所有していた。
弓は弓使いと共に、魔物や盗賊を簡単に倒す場面を経験してきた。
彼は弓術の極みの道を追いかけていた。
弦音は鳴りやまない雷のようで、
天空を貫いた矢は日の光を覆い隠す鉄の雨のようだった。

晩年の弓使いは悟った。
「極めし者、無に還る」

それから弓による決闘の話や、
鉄の弓で魔獣妖怪を討伐した話を二度と語らなかった。

その後、彼は弓を埋葬し、城外の山に隠居した。

彼の最期に伝説が残っている。
彼が生きていた時、夜になると屋敷は眩しく紫色に光り、妖魔も恐れて近寄らなかった。
亡くなった日の夜は激しい嵐だった。落雷は一度だったが、伴った閃光は天空を突き抜けた。

絶弦

精巧な彫りが美しい弓。弓弦はいろいろな種類の糸が撚り込まれている。
弓弦を弾いて鳴らすと、癒しの流水音を奏でる。
しかし同時に、心臓を射抜く矢を放つ。音色とともに死をもたらす。

楽団の解散後、全ての弓弦が切られた。切る際には非常に耳障りな音が鳴った。
弓は美しい音色を失い、弦だけが残った。それでもなお強力な武器であることに変わりはない。

流浪楽団は鳥を地上に落とせる。鳥たちは弦音に惹かれたか、あるいは弦音を伴う矢に射抜かれたか。
音楽と共に散りゆく微風と星拾いの崖の花のように、琴師は軽薄ながらも揺るぎない信念を持っている。
反乱失敗後、楽団のメンバーは四方八方に逃げ始めた。
琴師は仲間を援護するため、音を失い、矢を使い果たしても、最後の最後まで戦っていた。

琴師の出身地は華やかで美しいフォンテーヌ。各国を旅して本当の自分と運命を探していた。
彼が故郷の宮廷に別れも告げずに去っていったことに、周囲の少女たちは、声が出なくなるほど泣き続けた。

彼はモンドの平民に恋したが、その子はバドルドー祭の悲惨姫に選ばれてしまった。
無名のまま他国で亡くなった運命を、彼は悔やんだりしなかったらしい。
唯一の遺恨は、やっと愛を見つけたのに、それを唄うことができなかったこと。

旧貴族長弓

かつてモンドを支配していた旧貴族に使われていた長弓。その材料と細工は極めて凝っている。
そのため、長い年月が経った今でも当時から劣化していない。
狩りは貴族の暇つぶしの一つだった。
大自然に自分の力を示し、とれた獲物を民に配り、恩恵を施した。
しかし記録によると、彼らは最終的に徳望を忘れ、支配する力も失ったとされている。

反乱が起こり、長い間モンドを統治していたロレンス政権が倒れた。
新しく設立された騎士団は徳政の名の下に、ロレンス一族を深く追及しなかった。
その代わりに、一族の残党を追放した。

「追放の最中、父は人の裏切り、時代の変化、歴史の終結を嘆いた」
「かつて故郷を追われた臣民が、緑豊かな地で、歌い、踊っているのを見かけた」
「何年も経った今、やっとわかった。裏切られ変わったのはロレンス一族の私たちだ。モンドは本来そういう都だ」
ヴァネッサは腐った政権に止めを刺した。彼女は怒りを露わにし、その力を示した。
人々に密かに称賛される義賊や、生死の隙間を見る少女、あるいは暗殺を企てた剣楽団のように、
モンドの人々には反抗の血が流れているのだ。

黒岩の戦弓

希少な黒岩で作られた長弓。風に導かれた矢は百発百中となる。
弓柄の中央は黒いが、両端は血のように紅く、握れば冷たく感じる。放たれる矢はまるで流星のよう。

璃月の雲氏一族は長い歴史をもつ鍛造の名門である。さらに七代目の雲輝は七星の一人で名望が高い。
雲輝には一人の娘がいる。名前は雲凰。一族の慣習に倣うと、雲凰の夫になる人が雲輝の跡を継ぐことになる。
幼い頃から武術を学んだ気が強い雲凰。彼女は「女性でも跡を継ぎたい」と主張し、一時話題になった。
しかしこの時、雲凰が跡を継ぐ可能性は低いと思われた。

当時の大地は危険だった。頻繁に坑道が崩落していた。
崩落によって鉱物が地中深くに埋まり、採掘ができなくなった。武器の鍛造や跡継ぎの話も難しくなってきた。
その日の夜、彼女は眠れずに居た。一族の歴史が自分の代で終わるのではないかと心配した雲凰は、
悲しみに暮れ、神に祈るしかなかった。

翌日、かつて父の跡を継がなかった寒策は職人の衣装で現れた。
そして、木の匣を雲風に渡した。中には「試作」を改良した設計図が入っている。さらに一張の弓も取り出した。
「全ての始まりは黒岩である。終わる時も黒岩であろう。雲さんは弓使いと聞いたが、差し支えなければぜひ使ってくれ」
雲凰はその弓を引いた。矢は稲妻のように天へと飛んでいき、弦の空気を震わす音が山に響き渡った。
雲を裂く一矢。鉛色の空から顔を出した月を見て、彼女は転機を予感した。

澹月・試作

璃月の武器工場が作った古い長弓。製造番号や製造時期は不明。
樹齢五十年以上の木を使った長弓。金色の絹が飾ってある。
弦は大地の深所にある銀白の木を使ったため、強靭さを持つ。

かつて、璃月の雲氏は「試作」という伝説の武器シリーズの設計図を書いた。
主流武器である長弓も当然その中にある。
寒武は友である雲輝の依頼を受けて、長弓の製作を始めた。

彼は海の商人に頼んで、柘木、精鋼、銀の枝を手に入れた。
全ての素材は上質な物である。できた弓は少し冷たいが、頑丈で使いやすい。
弧は残月のように美しい。しかし、月と比べると少し薄暗い。
弓を引くと弦が美しく光る。一度見たらその美しさを忘れられない。

長弓の名は「淡月」。
絶世の美女のように、一度見たらまた見たくなる。後の璃月の長弓の原点はこの淡月である。

リングボウ

世の全てが璃月にあり。これは偉大な璃月港への讃美である。
他の国の珍宝も人と共に璃月港に来る。
短弓だが、特別な構造と卓越した製造方法により、長弓よりもはるかに破壊力がある。
ただ、日常の手入れもより難しい。武器というより、異国の知恵の結晶と言うべきだろう。

異国の学者に改造された、滑車をつけた弓。
元々学者は武器に興味がなく、誰の血も見たくなかった。
弦を張った姿と、矢が飛んでいる時の美しさを見た時から、
彼はこの「兵器」に心奪われた。彼は弓をより強くするために改造を始めた。

自分の成果は今後の戦争に、人を殺すために使われると分かっていた。
しかし、学者は改造の快感に溺れた。
結果を考えず、ただただひたすら改造を続ける。

ある兵士がこの弓を使って、雁を射落とした。
「いい弓だな」
兵士は思わず口にした。
死に際の雁が発した悲鳴に、兵士の心は強く打たれた。

蒼翠の狩猟弓

ある狩人の弓。緑色の弓は簡単に野原に溶け込める。
朝日が差した緑の草木や林間を行き交う獣のように純粋で、
一切の悪意を持たない弓。無益な殺生は行わない。

無名の狩人は都市から離れた地で育てられた。
「我々は大自然の中で生まれた。草木さえあれば、我々の前に阻むものはない」
「我々は鳥獣と変わらない。天地の理に従えば、生死に怯えることはない」
「大自然の理に従う万物は、最後に果てのない野原にたどり着く」

狩人は跡を残さず、大自然を敵に回さない。この信念に従い、
矢に心臓を貫かれた獣を慰めていた。その命が大自然に還るまで。
もし災害が起こらなければ。血の跡を追って、
いつもの休憩場所の木の下で、死にかけの盲目の少年と出会わなければ、
彼女は復讐に駆られず、鮮血と火花に突き動かされることは無かった・・・・・・。

「忘れないで、善良なヴィリデセルン」
「忘れないでよ、あなたは緑の森の子だから」
「争い、憎しみ、あるいは名誉のために矢を放ってはいけない」
「血に染まった者は永遠に、あの果てない緑の野原に辿り着けない」

「せめて、この弓は憎しみや血に汚れないように」
「師や先祖に会える彼方にたどり着けないというのなら」
「この弓だけは無垢なままにしたい。代わりに私の思いとお詫びの気持ちを伝えてもらいたい」

風花の頌歌

モンドのおとぎ話に、このような軽やかな花がある、
烈風と極寒で育ち、乱舞する氷晶の中で咲く。

強風で根こそぎにされる普通の草花とは違い、
「風の花」と呼ばれる花は、風が強いほど根も強くなる。
今では、暴君に反抗した長き戦いは祭日の逸話として語られている。
花の姿も日につれてぼやけ始め、遠き風のような琴の音の中に溶け込んだ。

「無名の花を捧げよう。君の経験していない春は決して無意味ではない。」
「希望と笑顔を返報とし、我と共に烈風が止まる日を迎えよ。」

高塔の暴君が人々を見下す時代、自由の心を持つ人々はこうして呼び合った。
勇気と夢を求め立ち上がる人々はこれらを暗号とし、未知を歩んだ。
かつて孤独で脆かった花々は風に吹かれ、嵐に荒らされた山々に咲き満ちた。
そして、波の流れに従っていた群衆は、 誇り高き英雄となった。
眉をひそめ高塔を守る君王は身を縮こめ、二度と荒れ狂う怒涛を吹き散らすことができなかった。

「無名の花を捧げよう。彼女から英雄の名を授かり、春と青空を守り続けよう。」
「朝の輝きが精霊になり、私たちと同行し、心地よいそよ風の中を漫遊しよう。」

古き尖塔の廃雄、生まれ変わった人々の歓声、歌声、 涙の中、
とある赤髪の戦士が新生の神に背を向け、浪に落ちる雨粒のように群衆の中に埋もれた。
彼は風の花で隠語を伝えた先駆者であり、夜明け前の長い暗闇の中で暁を迎える。
彼の名はとっくに時に埋もれてしまった。しかし彼の行いは詩で広く永く歌われている。
千年後、もう一名の赤髪の騎士は彼と同じように、旧貴族の暗き歴史を照らした。
重圧に圧され、奮起という選択しか残されていないときに花を咲かせるー一そう、「風の花」の運命のように。
この一族の運命も、決して変わらないだろう。最も暗い間に身を投じ、夜明けの光をもたらす…

千年に渡って流れる風の中で、「風の花」のイメージは徐々に消えていった。
平和な時代の中、その名には愛と喜びの意味が付与された。
これこそ、暗間の中を揺るがなく歩んだ人々が望んだことなのだろう…

「満開の花は、反抗の狼煙や旗を揚げる者の暗号ではなく、」
「愛と、春の到来を象徴するものであるべきだ…」

ダークアレイの狩人

暗い色に塗られた上等な弓。幽邃な夜色に溶け込むことができる。
凛とした貴族が狩猟する時に使っていた弓であったが、
一度も捕らえられたことのない義賊の手に落ちた。

この弓の持ち主は、闇に紛れて貴族の王冠を射ち落とすこともあれば、
きつく締められた首縄を切り、追っ手の武器を射ち落としたこともあった。
彼は暗い時代に光をもたらすと、
迫害を受けた者に公平を、富と笑顔をもたらすと誓った。

彼は誓いを果たした。そして、貴族に恐怖と怒りをもたらした。
夜の路地。雨のような足音と、酒場や広場に居る詩人の歌声が響く。
鋭い長槍を持ち、賊を狩る碧眼の魔女に、貴族から奪った紺碧の水晶を渡した。

しかし、想いを寄せた冷たいサファイアのような魔女の笑顔を、
最後まで目にすることはなかった。
そして、死を追う魔女の花のような顔には罪人の入れ墨が彫られ、やがて行方不明となった…
最後、義賊の男は弟に諭され、誓いを捨てて海に向かった――
「彼女はまだ俺の歌を覚えているだろうか。路地に漂う酒の匂いと彼女に贈った歌をまだ覚えているだろうか」

幽夜のワルツ

……
「お嬢様、巡礼の中で流した涙は決して無駄にはなりません」
静寂の国の巡礼が終わった時、オズヴァルド・ラフナヴィネスは皇女にそう言った。

長い時空を超えた旅の中で、「断罪の皇女」「昼夜を断ち切る黒鴉オズ」は無数の物語の終わりを見届けてきた。雨の一滴一滴が、旅の終わりに海へと流れ込み、少年たちの怒りは鎮まる。情熱が時間に摩耗されなければ、逆巻く古樹のパラノイアとなる。時の木に立つ壮大で偉大なレマ共和国の枝はやがて切り落とされ、狼の双子のもう一人に国を明け渡すだろう。
世の全ては破滅とともに、皇女の未来の国へと来たる。静寂と暗闇に包まれているガーデンの中で、眠りにつける片隅を探す。
それでも、ドゥロクトゥルフトが少年の夢と未だ落ちぬ雨雫のために「世界の獣」に寝返り、その爪で切り裂かれた時、皇女は涙を流した。

「覚えておきなさい。オズヴァルド・ラフナヴィネス、幽夜浄土の皇女は涙なんて流さないわ。」
彼女はそう答えた。「この世は、誰もが罪を背負っているの。判決の鐘が鳴り響く時、幽夜が再び世界を覆う。人も獣もその中でもがく姿は、ただの幽夜のワルツ過ぎないわ。」

「お嬢様のおっしゃる通りでございます。」
「ふん、分かればいいわ。」
「ではお嬢様、この物語は、まだ覚えていらっしゃるでしょうかーー」

原初の宇宙に香り漂う海を輝かせ、アランニャの獣をかき鳴らしていた三つの月のうち二つは、世界の果てを引き裂く剣によって砕かれ、皇女の魔眼にすら映らないほど細かい砂となった。
あるいはこうだーーかつて宇宙を照らし、安らかに眠る三つの世界の人々に夢と歌をもたらし、夜明けと夕暮れの間を彷徨う獣に欲望を生み出させた月は、ついに砂となったーーそれでも、皇女のそのすべてを凝視する鐘に宿り、より多くの儚い光をもたらすことを願う。

そう、皇女は涙を流さない。
あれは、無礼な砂が彼女の目に入り、体が起こした拒絶反応に過ぎないのだ。

~完~

破魔の弓

「降りろ、船の上じゃ女は邪魔だ!」
赤穂百目鬼と呼ばれた海賊がそう言って、背を向けた。
その言葉を聞いた巫女は不意に笑った。
私に弓術を教えた人が戦地へ赴いていなかったら、
私たちの子供は、左衛門くらいの歳になるだろう。
私の名字は高嶺になるか、彼の名字が浅瀬になっていたかもしれない。

左衛門の口調や、わざと背を向ける仕草は、
あの人が刀を提げて去っていく時とそっくりだった。
今度は、絶対にこの人を死なせない。
「雷の三つ巴」の旗と敵対してでも……

「帆を上げる時が来た。銛も刀も鋭く磨いた」
「官兵どもに、セイライの意地を見せてやれ!」

出航の歌を聴きながら、巫女は弓を下ろした。
影向山でこっそり学んだ本物の「法術」
天狗の師匠には申し訳ないけれど、ここで使わせてもらう。
千年の大結界を解き、
紫電の鳶の死に際の恨みに、
雷神の旗もとの船を壊してもらおう。
あの老いた猫が、雷に突っ込んでこないことを願って……

プレデター

依頼を受けた鍛冶屋に、このような作りとこのような名前にする理由を聞かれた。
その答えはかなり複雑なものだった。世界に満ちた機械獣だの、長柄武器はオーバ
ーライドコードがないだの。

しかし鍛冶屋はすぐに理解した。つまりこの弓は、強大な機械生物を狩って殺すた
めの強力な武器であり、その世界最強のプレデターだったわけだ。

しかし、不思議な少女は彼を訂正した。
単純に、この世界では弓矢で獣肉を獲得できるようなのだ。次はこれを使って、イ
ノシシを狩ると彼女は考えた。

曚雲の月

海孤島の巫女である曚雲が使っていた長弓。
月明かりに照らされた波の花のように、純白で美しい。

巫女は遠海の妖獣を友とし、海祇の泡のように儚い夢のため雷雲と戦った。
心の通じ合う仲間と共に波を渡り、船首が立てる波の花に身を隠した…
海祇の後を追う、帰ることの出来ない旅であった。最後は、共に凄惨な終わりを迎えている。

「海祇大御神様が起こした戦争、その実りのない結末は、最初から決まっていたのかもしれない」
「だが、その記憶を残し、『犠牲』の種を植えれば、価値あるものになるかもしれない」

過去の唄は、海祇の双子である彼女と「海御前」の通じ合う心を讃え、
船首が立てる白い波の花の中、弓を引き、槍を持った二人の姿について歌っている…
遠い唄は、彼女と若い「東山王」が海獣に乗り、夜に遊んだことを思い出させた。
かつて彼女が勇士に語った砕けた明日と、耳もとで囁いたあの優しくも悲しい声…

波の静かな日には、巫女である双子が深海の巨鯨と合唱し、
淵下の淡く光る白夜と漆黒の常夜、そして大御神と燃えるように輝く玉枝のことを語った。
彼女は月明かりの下、力以外に取り柄を持たない、あの無鉄砲な少年と共に波と戯れた...

「俺が伝説の大天狗からお面を奪い取ったら、約束通りやり残したことを果たしてくれるよな」

「いいよ。でも、もしその時になってもまだ君がくだらないことを言っていたら、巨鯨に荒波を立てさせて、君の口を洗ってやれって命じるから」

落霞

天上の雲霞を射落とすことができる、玉のように輝く長弓。貴重な宝珠がはめ込まれている。
長い間、漆黒の深淵に浸かっていたが、未だ黄金色を失わず煌々と輝いている。

辰砂の深谷が黒き災いに汚染されていた時代、数多の千岩軍が名乗り上げ、身を挺して災難へと立ち向かった。
それら多くの豪傑の中に、岩山から生まれ、深淵に落ちた弓を持った若き英雄がいた。

「我は岩々と琉璃晶砂の娘であり、この身に弱者の血は一滴も流れていない」
「多くの千岩兵士が、 自らを犠牲にして死地へ赴いた。山民である我々が、傍観するわけにはいかない」
「目と耳で感じていない災禍は、実に共感のしづらいものだろう」
「しかし、この大難が迫りし時、守護の責務を軽々しく放棄できるわけもない…」

剛毅な少女は夜間に乗じて、族長である父の長弓を盗み、千岩軍に追従した。
二度と太陽の光を目にしまいと内心で決意する。そして、弓幹に飾られた宝珠が煌々と輝いた。

「手を掲げて漆黒の蝠獣を射落とし、身を伏せて巨大な亀を黒い泥沼に釘付ける」
「白玉と黄金で作られた長弓は雲の如き舞い、矢先から放たれる冷たき光が凶暴な獣の血肉を切り裂いた」
「湧き出づる深淵の穢れし潮流、山の底に潜む歪みし妖魔、それらが種々雑多と存在した…」
「果てのない恐怖と奇異の中、彼女は微塵もたじろぎはしなかった」

山民はかような歌で娘を讃えた。だが、歌われし者は帰ってこなかったという。
歌は時と共に流れ、霞光のように変化していった。しかし、 長弓の持ち主は未だ戻ってこない。

「私が唯一恐れることは、 忘れ去られることである」
「もし厄運が私を無名の地に埋めようとも、どうか私のことを忘れないでくれ」

王の近侍

「むかしむかし、シンナモンという姫がいた…」
「…最後、彼女は虎とともに、宮殿から遠く離れたちへと旅立っていった。」

しかし、この物語はあなたがたの物語だ。この中のすべての言葉には、意味があるはずだ。
あなたがたの物語の中で、「宮殿」とはシンナモンが、彼女の人としての全てを構成した場所であると、私は知っているーー
血で結ばれた他者、大きな住まい、常識と道理ーーそして王は、月明かりのように彼女の心に潜む、願いだ。
それでも私たちにとって、宮殿は宮殿であり、シンナモンはシンナモンであり、森林王は森林王であり、月明かりは月明かりなのだ。

私が聞いた物語は、シンナモンの物語とは異なる。
昔、森の中に迷子の子供がいた。彼女は森林王の残した足跡を辿り、虎の庭へと辿り着いた。
「ガオー。あらゆる獣と鳥たちは、俺の五臓六腑の中を巡礼し、最後には大地へと還るのだ。」
「俺は森の王。多くの命を殺め、多くの命を守ってきた。まあ、お前のような小さな人間を食べたことはまだないがな。」
虎はそう言った。もっとも、当時の彼女はまだあなた方の言葉を忘れておらず、虎の王の言うことなど、もちろん理解できなかった。

「ガオー。」と、子供は言った。

森林王は、かえってえそれを面白がった。普段は彼が話すと、あなたがたの仲間は木造の家の中に隠れるし、
獣たちは怯えて地面に伏せ、身動きもしなくなり、鳥たちは太陽に向かって飛んでいく。リシュボランの雄々しい大型のネコでさえも、藪の中に隠れるほどなのだ。
「ガオー!礼儀知らずだな、小さいの。まあいい、森の道理と森の言葉を教えてやろう。」
「これから、お前は俺の近侍だ。森の宮殿はお前のために開かれ、森の獣たちもお前に害を加えられない。」

「覚えておけーーこの世界は森の夢に過ぎない。いつの日かお前はいずれ、現実から目を覚まし、果てのない猟場へとやってくるだろう。」
「獲物たちの向かうところに、俺たちもいつか辿り着くのだ。このことだけは、決して忘れてはならない。」


一代の森林王が老いると、新しい王がその後継者となる。あなたがたも、私たちも、そして森に生きるすべての命がそうなのだ。
その近侍は、王と一緒に老いてゆく運命をたどる前に、同じく迷子になり、落ち葉を一つも踏まずに宮殿に足を踏み入れた子供に出会った。
そして、その子にすべてを教えた。この物語が私に伝わったように、その子も教えを次の子供へと伝えていった。
その後、一部の子供たちは森の守護者となり、森の言葉と、王の領土を守る責任をより多くの人に伝えた。
また、他人の大きな苦しみに直面したときに、人生の果ての猟場に別れを告げ、悪しき獣を恐れさせるような狩人になることを決意した者もいた。

竭沢

かつては、さらさらと流れる水が黄砂の中に流れ込んでいたのだが、それも今は遠い昔のこと。
その後、偉大な者たちが大地の轟音と天命を辿って砂漠に入っていったが、生きて還った者はほとんどいない。
さて、高原にある巨大な湖には、矢のように空間をまっすぐ射貫く魚がいた。
それは槍のように真っ直ぐな形をしており、聖跡を辿ってほうぼうを泳いでいた。
しかし小川が砂の中に染み込んでいくと、湖は水たまりサイズにまで縮んでいった。
そして最後には、水たまりの中で体を丸くせざるを得なくなり、巡礼者の餌食になってしまったのだ。

この物語は、こう教えてくれるーー
敬虔な心と善行を忘れずにいれば、たとえ砂の海でも魚が取れるのだ、と。

トキの嘴

本来は『召喚王』第一部完結編の事前予約特典として作られた工芸品のサンプル。
試作時、形があまりに特殊なため、本物の武器として作らなければならないと誤解されてしまった。
その結果、八重堂の編集者一同は、この弓を受け取った時、意思疎通のすれ違いに頭を悩ませることとなった…しかし、その場に居合わせた福本先生はかえって感銘を受け、以下の文章を書きおろした。後に、この文章は発売書籍の付録として配布された。

「この弓を持つ者は、大赤砂海の王に従う配下の中で、最も弓術に優れた弓使いだ。」
他の者たちだけでなく、青い肌をした少年もそう信じていた。トキの王が多くの秘宝を披露した時、彼は一目でこの砂岩色の弓幹を持つ、宝珠をあしらった長弓を気に入った。あの頃、まだ運命に翻弄されていなかった少年にとって、欲するすべてが手に入る報奨であり──
どこまでやれるかという、努力の程度にしか違いはないのだと考えていた。
彼は声を張り上げてトキの王に問うた。「もしも俺がこの全員の中で最も優れた弓使いになれたら、もしも俺が諸王の中で最も名高い権力を持てたら、この長弓を貰ってもいいですか?」
広間は水を打ったように静まり返った──照明の明かりが届かない影の中にいる者たちは、誰もその質問に答えられなかった。
ただ一人、上座に座る隼のような眼力を持つ男だけが、笑って少年の希望を許可した。
その日は必ず来る──青い肌の少年は、そう考えていた。

しかしそれは遠い遠い昔の話だった…
戦を司る王がその願いを実現したのは、数百年後のことだった。秘典の箱を開けた少年に憑依して、再び封印されし「決闘の間」に入り──そこでやっと「影」の手の中にある長弓を目にすることができたのだ。
その瞬間、時が止まったようだった。彼の残魂は壊れた扉と長い廊下を通り抜けた。そして裏切りと密謀の広間へと戻り、秘儀の弓によって打ち出された、避けようもなく身に迫る金の鏃の矢を掴んだ。そうして、本来貫かれるべきだった己の躯を救おうとしたのだ。
そしてこれこそ、彼の本来の計画だった。
しかしその時。秘法は解除され、弓矢が壊れ…弓を持つ者の「影」も一瞬で消えた。
長弓は支える力を失い、地に落ちる寸前で、彼に受け止められた。
彼は幾度となくこの黄金で鋳造された長弓を奪おうと謀ったが達成できず、トキの王との決裂の理由も、少なからずこの弓と関係があった。しかし彼が念願の宝物を手にした時、その心は腐った沼の泥水のように冷たいままであった。ワニの王は、自分がもう少年の頃のようには、心満たさぬ渇望に対する欲を持たなくなったのだろうと思った。
威厳ある赤砂の王は長い歴史の中で姿を消し、花の女主人の姿も消えた。霊廟の玉座を争った諸国同士の紛争が起き、戦乱は止まなかった。彼は「決闘の儀」の機を借りて、広大な金色の砂海を踏破し、更なる混乱と闘争を図って、幾多の世界の間にある障壁を消してしまおうとした。そんな彼を止めるため、一人の老人が黄金の弓を支えに、秘奠の階段を登った…
それもまた、遥か昔の出来事であった。
彼はずっと弓にあしらわれた宝玉を指でさすっていたが、突如、その輝きをかき消したのは、表面についた見えない埃などではないと悟った。

「やめよう」…戦を司る王はそう思った。
彼は「決闘の間」のテーブルが再び動く音を聞いた。残魂に憑りつかれた少年が、対決を待ち望んでいた。
彼は長弓を脇に携えている。これは、かつての自分が夢見ていた勝利の姿だったのかもしれない。
青い肌の王は、ゆっくりと運命が用意した戦場へと歩を踏み出した。

烈日の後嗣

黄砂の王が大地の四方を支配していた時代、威厳が太陽のように降り注いだ砂丘。
遊牧民が残した民謡は砂漠にいる虫の鳴き声のように、忘れられた黄金の時代を繰り返し謡っている。
それによれば、かつて紅き主が烈日と輝きを競い、ついに流星のように大地に落ちたそうだ。
祭司の中には藩王に殺されなかった者がいて、キングデシェレトから伝わった弓術を残したという…

祭司の子孫は「烈日の後裔」と自称し、キングデシェレトの国が行っていた過去の儀式を絶えず修めた。
最も情報通である遊牧商人でも、この不思議な集団についてはわずかな噂しか知らない。
エルマイトの子孫にはキングデシェレトの祭司の遺産を伝承する資格のある者も、古い文献を読める者も滅多にいない。
古の祭司たちが精通していた優雅で荘厳な棍術、槍術、自慢の弓術については言うまでもないだろう。

エルマイト旅団はこうした人々を「隠者」と呼んでいる。彼らの中には、スメールにだけ残る神王に忠誠を尽くすようになった人もいた。
そして、ほとんどの人は果てしない砂漠に消え、蛇やサソリ、旧藩国の幽霊が群がる所に隠れている。
雨林に忠誠を尽くす者は依然として隠居と寡黙な習慣を保っており、自身の力で古き恩恵に報いている。
だが心の底では、千年前に惨禍に見舞われた先祖やキングデシェレト陛下を哀悼してやまない。

こうして、古風な弓術の儀式は祭司の後裔によって受け継がれてきた。
多くの古い文字や図案の意味が失われたり、誤って伝えられたりしても、
赤き王が弓を引く勇壮な姿はとうに砕け散り、昔日の夢になっていたとしても…
歴史ある国の微かな火種はなおも消えておらず、より神秘的な要素となって、
彼らが伝承してきた古の知識で、今の文明を守り続けている。

砂漠に消えた「隠者」の中には、祭司の道から外れた者もいる。
彼らは権力という儚い幻に心を奪われ、村落の改革を企てた。
古の厳しい儀式により、迷子になった子供を訓練して「猟鷹」にした。
本来、崇高な戦士を育てるために代々進歩してきた技法であったが、今では誤った道を進んでしまい、
新たな「王」の誕生を助けるために、何の考えも持たない走狗を生み出すこととなった…
だが、これはまた後の話のこと。野心を持ちすぎた者は往々にして砂漠に消えていく。
ひっそりと音も立てず、苦い涙が果てしない海に溶け込んでいくかのように。

静寂の唄

海淵に落ちた勇者が残したとされる不思議な弓。弓幹は金銀の光沢を帯びていたという。
真っ暗な深海や光のない真空で弾いたかのように、弦は音も無く振動する。

遥か昔の壮大な時代に、魔像が軍団を組んで深海の龍族と戦ったことがあった。
海に棲む龍の末裔はかつては暴虐な一族で、スキュラという親王が統治していた。
当時、龍王スキュラは蛮族と龍族からなる大軍を率いて古い国の関所に突撃した。
そして、弓を持った軍団が赴き抵抗する。それは大調律師がスキュラの力を封印するまで続いた…

その後、かつて栄えた王国は完全に海底に点在する廃墟と化した。
しかし魔像軍団の残りの兵は、陽の光の届かない所で龍の末裔と戦いを繰り広げていた…
静かな海淵は戦いでかき乱されることはなく、硬い石と化した心は次第に崩れてゆく。
最後の弓使いと孤立した龍の末裔は、あるとき和解に合意した。

鋭い爪と牙の果てしない衝突は、次第に人の心を苛つかせ、
刀剣と弓矢は光のない海淵の下において、もはや人目を引かない。
亡国の騎士と龍族の勇者は思わず大笑いした。
もはや邪魔となった武器を捨て、無意味な戦いから抜け出したのだ…

後に静かな海淵の下で起きたことは、後世の歌劇ごとに無数の解釈と演出がある。
彼らはそれぞれ自分の故郷を裏切り、他の流刑者と共に新しい集落を作ったとも言われている…
この古い弓と同じように、多くの物語はついに音の無い海淵に沈み、荒唐無稽な伝説となった。
最終的に「野蛮」がかつての国土を支配し、数多の物語や歌も無害な架空の芝居として演じられた…

レンジゲージ

かつて都市建設と遺跡調査によく使われていたツール。
角度の測定のほか、当時とても先進的だった距離測定の機能もある。
精密に加工された特製の矢と訓練を受けたプロの手により、
発射する矢の軌道を、一筋の光のように真っ直ぐにできる。

計画と建設のほか、探索や事件の捜査にまで役立つこともある。
熟練者の手にかかると、こうしたレンジゲージはとても高い測量精度を発揮できる。
過去、レムリア遺跡を探索中の探険隊は常にレンジゲージを携行しており、
主に瓦礫と歳月の中で埋もれた古跡の位置を測定するために用いていた。
後世で流行したハーロック小説の中にも、
それを利用して隠し部屋を探すシーンがある。

今では骨董屋か屋根裏部屋、穴蔵に堆く積まれ、埃を被っているものが少なくない。
もっと便利で、誰にでも使いやすい同類のツールが普及するにつれ、
特製の矢を作る者がいなくなり、これもまた埃を被って姿を消した。
何かを疑われることなく携行できる長弓のため、
一部の特別な時代には、想定されていない目的で用いられたこともある。

☆3

シャープシューターの誓い

伝説によれば、遠い昔の出来事である。
あれは上古時代の悲劇。兄弟が武器を使って殺し合った。
その中で、ある偉大な弓使いは侮辱を受けた。彼は敵を討つ誓いを立てた。
そして、敵を討つ前に、敵の喉を突き通す前に、
その血を流し尽くすまで、絶対に足を洗わないと誓った。
噂によれば、その人は最期、足の病気に感染して亡くなったらしい。

鴉羽の弓

噂によれば、渡鴉は死を告げる使者。
鴉の羽を弓幹に飾れば、
弓を引いた時、弦の振動は獲物の死を宣告するだろう。
少なくとも、武器商人たちはこう言っている。

弾弓

昔、弾弓の射程と精度を改善しようとする男がいた。
弾弓のゴムを変えて射程を伸ばせば、精度が落ちる。
彼は弾弓の弾を長い木製の竿に変えて、竿の後部に鳥の羽をつけ、空気抵抗を一定に保つよう改良を加えた。
長い竿を使えるようにするため、弓弭を伸ばし、逆さまにすることで、弾力を増すことに成功した。
結局、一張の弓を作ったことに彼は気づいた。


弓弭(ゆみはず・ゆはず)とは弓の両端の弦の輪をかける部分のこと。

文使い

噂によれば、遠い昔、
璃月港に矢文を放つ文化があった。
「でも、それは街の人を傷つける可能性があるじゃないか」
「だからこそ、この一張は骨董品になれたのさ」
と骨董屋の店主は顎を撫でながらニヤッと笑った。

リカーブボウ

木材に、動物の骨と腱を組み合わせ、念入りに作ったリカーブボウ。
腕の立つハンターが使えば、空を飛んでいる鳶を射落とせる。
ハンターの誇りであり、卓越した弓術の証である。
ただ、標的となった鳶は無駄死にだった。

☆2

歴戦の狩猟弓

狩人は山の背に立つ事を避け、風下に身を置かなければならない。
それは獲物が野獣でも魔物でも極悪人でも同じ事だ。

☆1

狩猟弓

言い伝えによると昔、モンドでは弓の弦を楽器として奏でていたと言う。
また、琴の弦で矢を射る吟遊詩人もいたらしい。
だが、どちらも所詮古い民間の言い伝えに過ぎない。