*基本データ [#z4b844be]
|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.60|
|&attachref(./F4F_Wildcat.png);|~名称|F4F野猫|~日本版|F4F|
|~|~レアリティ|☆☆☆|>|戦闘機|
|~|>|>|>|~装備ステータス|
|~|~火力||~雷装||
|~|~爆装|+1|~対潜||
|~|~対空|+5|~対空補正||
|~|~命中||~回避||
|~|~索敵||~装甲||
|~|~射程||~運||
|~|~耐久||~ 1機当たりのコスト|-5|
|~|>|>|>|~装備可能艦種|
|~|航空母艦|軽空母|装甲空母|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):戦艦|
|~|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):航空戦艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):巡洋戦艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):重巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):航空巡洋艦|
|~|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):重雷装巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):軽巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):モニター艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):駆逐艦|
|~|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):ミサイル潜水艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):潜水艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):砲戦潜水艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):補給艦|
|~|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):ミサイル駆逐艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):防空ミサイル駆逐艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):ミサイル巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):防空ミサイル巡洋艦|
|~|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):大型ミサイル巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):ミサイル戦艦|>||
|~|>|>|>|~廃棄時獲得資源|
|~|~燃料|1|~弾薬|2|
|~|~鋼材|0|~ボーキサイト|4|
|~|>|>|>|~備考|
|~|>|>|>| |

||LEFT:800|c
|~日本語説明|1937年戦闘機計画で、XF4F-1はもともと複葉機デザインで、F2Aに負けていた。グラマンはそれを基礎とし、単葉機に変更した。大出力のエンジンを換装してからF4Fは1940年代から就役し、アメリカ空母部隊の初期主力戦闘機だった。性能が特に優れているわけではないが、頑丈な構造、強大な火力によりオヘアのようなエースも出現していた。後サラトガとヨークタウンで勤務したサッチ少佐はサッチウィーブ戦術を発明し、F4Fの優勢を発揮し零戦と対戦し、ミッドウェーの戦いで4対1の戦果を挙げた。同時にイギリスの空母部隊にもF4Fが配属され、その優秀さを証明した。|
|~中国語説明|在35年的战斗机竞标中,原XF4F-1为双翼设计,败给了F2A水牛。格鲁曼公司于是在其基础上修改了设计,改为单翼战斗机。在换装更大功率发动机后F4F获得了成功并于40年开始服役。F4F野猫是U国航母初期的主力战斗机,也诞生了诸如奥尔这样的王牌。尽管F4F野猫性能并不占优,但是其结构坚固,机枪火网密集。其中服役于萨拉托加和约克城号的萨奇少校发明了萨奇剪战术,发挥了野猫的优势对付零战,在中途岛中一度打出4比1的战果。同时E国航母也装备了一些F4F野猫,表现不俗。|
*入手方法 [#z3573335]
|CENTER:800|c
|~中国版|
|開発(20:00)&br;[[博格>No123 ボーグ]]、[[普林斯顿>No126 プリンストン]]、[[黄蜂(CV-7)>No225 ワスプ]]、[[卡德>No242 カード]]、[[贝劳伍德>No296 ベロー・ウッド]]、[[瓜达卡纳尔>No311 ガダルカナル]]、[[胜利>No483 ヴィクトリアス]]、[[卡伯特>No536 カボット]]、[[大黄蜂改>ホーネット改]]初期装備|
|~日本版|
|開発(20:00)&br;[[ボーグ>No123 ボーグ]]、[[プリンストン>No126 プリンストン]]、[[ワスプ(CV-7)>No225 ワスプ]]、[[カード>No242 カード]]、[[ベロー・ウッド>No296 ベロー・ウッド]]、[[ガダルカナル>No311 ガダルカナル]]、[[ヴィクトリアス>No483 ヴィクトリアス]]、[[カボット>No536 カボット]]、[[ホーネット改]]初期装備|
*性能や運用について [#m69e6ffe]
-アメリカ製の標準的な戦闘機。
-序盤の敵空母相手ならこれくらいでも何とかなる。流石にⅡ型複数やⅢ型相手には力不足になってくるので、新型機を開発して乗せ換えよう。
-4月28日のVer3.0.0アップデートで''爆装が+1''の上方修正をされた。
-上位互換に[[FM-2]]がある。長らく[[ボーグ改]]と[[プリンストン改]]の初期装備であり、入手性が悪かったが、近年は未改造で持ってくる軽空母が実装されたことに加え、FM-2の開発が解禁されたことで地位を追われつつある。
*元ネタ解説 [#u897b4f3]
|~運用|アメリカ海軍United States Navy&br;アメリカ海兵隊United States Marine Corps &br;イギリス海軍艦隊航空隊Fleet Air Arm &br;フランス海軍航空隊Force maritime de l'aéronautique navale &br;カナダ海軍Royal Canadian Navy &br;ベルギー空軍Belgische Luchtmacht &br;ギリシャ空軍Ελληνική Πολεμική Αεροπορία|
|~正式名称|[[Grumman F4F Wildcat>https://en.wikipedia.org/wiki/Grumman_F4F_Wildcat]]|
|~製造会社|Grumman Aircraft Engineering Corporation|
|~分類|艦上戦闘機|
|~初飛行(生産開始)|1937年9月2日(1940年12月)|
|~乗員|1名|
|~寸法(全長/全幅/全高)|8.76m/11.58m/3.61m|
|~重量(空虚/全備)|2226kg/3367kg|
|~出力(離昇,高度)|Pratt & Whitney R-1830-76 空冷29.99L複列星型14気筒OHV2段2速メカニカル・スーパーチャージャーエンジン1基&br;(1200HP,1050HP/-m,1000HP/5790m)(F4F-3)|
|~最高速度|531.0km/h 高度-m(F4F-3)|
|~航続距離|1360km(F4F-3)|
|~武装|AN/M2 Browning 12.7mm機関砲x4&br;100lb爆弾x2or220L増槽x2(F4F-3)|

-F4Fワイルドキャット。アメリカのグラマン社が開発した艦上戦闘機。ワイルドキャットは山猫、もしくは意地悪な女の意味。
-初期型のF4F-3とその改良型F4F-3A、折り畳み翼の採用や武装強化を施したF4F-4などが一般に知られているが、このゲームで登場するのがどの型に該当するのかは不明。

-まだ複葉戦闘機F3Fの飛行試験中の1935年。次の複葉戦闘機開発として開発ネームG-16をスタートさせた。
しかし、海軍は1936年に次の戦闘機にブリュースター社の単葉戦闘機[[F2A]]を興味を示していた。一応G-16(海軍名 XF4F-1)はバックアップとして開発は続けられた。
XF4F-1はF2Aに劣っており、グラマンはこれを破棄。代わりに新型の単葉戦闘機XF4F-2を設計した。
-XF4F-2の全体的なパフォーマンスはF2Aにまだ劣っていた。最高速度はわずかに速かったものの操縦性はF2Aに軍配が上がり生産性の高さから最終的にF2Aが選ばれた。
ブリュースターに負けた後、グラマンは新しい主翼とPratt&Whitney R-1830-76(1200hp)を載せたXF4F-3を試作。テストの結果は良好でフランスから注文が入った。
1940年2月に最初の量産型が完成した。フランス向け輸出モデルはG-36Bと呼ばれた。エンジンがWright R-1820-G205A(1200hp)にグレードダウンされ、各種部品がフランス向けに変更されている。
残念ながらフランスに届く前にドイツ軍に侵略されてしまったため、イギリスに輸出された。イギリスではMartlet Mk.Iと命名された。
そして一年以上遅れた1941年10月、米海軍が正式に採用した。

-米海軍では主に太平洋戦線で運用された。
直接戦うことになった日本の[[零戦二一型]]と比較すると、重量や運動性の関係で格闘戦では劣るものの、「グラマン鉄工所」とも渾名される頑丈な機体構造と防弾装備によって生存性能が高く、急降下による一撃離脱性能では勝っていた。
またZBホーミングデバイスという半径48kmであれば自分の位置を空母に伝えられる装置を積んであり、多くの米海軍パイロットが救われた。
--開戦初期に陸上基地に配備されていたF4F-3は当時の日本軍にとってもなかなかの強敵だったが、空母艦載機仕様となったF4F-4は重量が増加して空戦性能が落ちており、後述のサッチウィーブ戦法が確立するまで日本軍機に劣勢だった。
-零戦に乗る熟練パイロットと格闘性能の高さからF4Fは苦戦を強いられた。後にジョン・サッチが「ビーム・ディフェンス・ポジション(通称 サッチウィーブ)」という戦闘機動が考案された。
これは2機が機織り機のようにお互いにクロスするようにS字旋回を続けることで、片方が後ろを取られてももう片方がカバーに入ることができる戦い方。それまでは攻撃と援護が決まった形で行われていたが、この方法で柔軟に援護しあえるようになり効率的に敵と戦えるようになった。
また、零戦と戦う際に一撃離脱戦法を徹底させるように指導した結果、F4Fのキルレシオは大幅に改善された。
--導入前のミッドウェー海戦までの撃墜:被撃墜率は1.7:1だったが、対策後は6.9:1まで伸ばしている。

-後に[[F6F]]が開発されるとグラマン社はそちらの生産に集中し、F4Fシリーズはゼネラルモーターズ(GM)社に生産が移管された。F4F-4とほぼ同型の機体が「FM-1」と形式番号を改めてGM社で生産されており、生産数自体はこちらの方が多い。
また、大戦後期には軽量化モデルの[[FM-2]]も開発され、主に小型・低速な護衛空母の艦載機として船団護衛などにも活躍した。
FM-1で爆弾やロケットを装備できるようになったため1943年以降は駆逐艦や護衛の艦艇への攻撃もこなすようになった。
F4Fシリーズは最終的に15553の戦闘を行い1327機を撃墜した。

-イギリスは[[フルマー]]戦闘機の暫定的な代用品としてF4Fを購入することに決めた。イギリス海軍はスピットファイアが使いたかったが、空軍には海軍に回す余力が無かったのである。
1940年12月25日クリスマスにF4Fはヨーロッパで最初の勝利を収めた。撃墜したのはスカパ・フローの海軍基地を目指すJu 88爆撃機だった。
この勝利はイギリス軍によるアメリカ製戦闘機の初の勝利でもあった。
-その後欧州戦線各地で活躍し、1945年3月にノルウェーで4機のBf 109戦闘機を撃墜がイギリス海軍艦隊航空隊での最後の航空機に対する勝利となった。

-F4Fは全体で7885機が生産された派生型は以下の通り
--XF4F-1(G-16):試作機。複葉機として設計されるも競合他社の[[F2A]]よりも劣るため不採用となり制作されていない
XF4F-2(G-18):単葉戦闘機として再設計された試作機。1機制作
--XF4F-3(G-36):XF4F-2のエンジンをPratt & Whitney R-1830-76(1200hp)に換装した試作機。
F4F-3:量産型。派生型合わせて285機生産。
F4F-3A:エンジンをPratt & Whitney R-1830-90(1200hp)に換装したモデル。(F4F-6とも呼ばれていた。)
F4F-3P:偵察機型
F4F-3S Wildcatfish:フロートを装備した水上機型。二式水上戦闘機からインスパイアされた。既にF4Fの旧式化が始まっており1機のみ制作
--F4F-4:改良型。Pratt & Whitney R-1830-86(1200hp)に換装、折り畳み翼に変更、12.7mm機銃を4門から6門に追加。1169機生産。
F4F-4A:エンジンをPratt & Whitney R-1830-90(1200hp)に換装した輸出用モデル。固定主翼
F4F-4B:エンジンをWright R-1820-40B(1100hp)に換装した輸出用モデル。F4F-4よりスマートなエンジンカウルになっている。固定主翼
F4F-4P:偵察機型
FM-1:General MotorsとEastern Aircraft製F4F-4。軽空母や護衛空母で運用できるように軽量化。12.7mm機銃を6門から4門に削減し250lb爆弾2つかロケット6発を装備できるようになっている。1060機生産。
F2M-1:FM-1をベースにエンジンをWright XR-1820-70に換装する計画。生産されなかった。
--XF4F-5:F4F-3にWright R-1820-40(1100hp)を搭載した試作機。2機改造
--F4F-7:偵察機型。Pratt & Whitney R-1830-86(1200hp)に換装、軽量化と燃料タンクの増量、偵察カメラが追加された。21機生産。
--XF4F-8:新型のフラップとカウルを搭載した試作機。量産はGeneral MotorsとEastern Aircraftが行った。
[[FM-2]]:XF4F-8のエンジンをWright R-1820-56(1200hp)に換装した量産型。4127機生産。ゼネラルモーターズがライセンス生産した。
--Martlet Mk.I(Wildcat Mk.I):フランスが発注したG-36A型のイギリスでの呼び方。エンジンをWright R-1820-G205A(1200hp)にグレードダウンしている。フランスがドイツに降伏したためイギリスに輸出された。
もともとフランス向けにDarne7.5mm機銃6門が装備され、フランスの計測器やスロットルレバーに変更されていたがイギリスに輸出されたときにエンジン以外の装備はアメリカ仕様に戻された。後にWildcat Mk.Iに呼び方が変わった。
Martlet Mk.II:G-36B(F4F-3)型のイギリス輸出モデル。Pratt & Whitney R-1830-S3C4-G(1200hp)に換装され、折り畳み翼を装備する。また武装はF4F-4と同じ。90機生産。折り畳み翼に変更する追加注文を受け入れる前に納品された10機は固定翼のままだった。
Martlet Mk.III(A):固定翼だったMartlet Mk.II(G-36B)の初期輸出型10機を分類し直したもの。
Martlet Mk.III(B):ギリシャへ輸出する予定だったF4F-3Aのイギリスでの呼び方。F4F-3A同様折り畳み翼を装備されておらず陸上で使われた。ギリシャが発注したがイタリアに敗北したためイギリスに輸出された。
Martlet Mk.IV:F4F-4Bのイギリスでの呼び方。
Martlet Mk.V(Wildcat.V):FM-1のイギリスでの呼び方。312機を購入した。
Wildcat Mk.VI:FM-2のイギリスでの呼び方。

//-戦後に創作された「零戦神話」の中では零戦にカモにされた戦闘機のように扱われ、零戦より格下と扱われ続けていたが、近年になって零戦神話の創作性が明らかになると共に再評価され、現在は零戦とほぼ同等という評価が一般的である。
//実際、緒戦では零戦が得意(かつF4Fが苦手)とする格闘戦に乗ってしまい辛酸を舐めさせられることが多かったが、対抗戦術を研究してF4Fが得意(かつ零戦が米機に対して苦手)な一撃離脱戦法の徹底や、2機1組の編隊連携戦術「サッチウィーブ」の考案・普及により、次第に零戦と互角に戦えるようになっていった。つまり「お互いに自分の土俵で戦えば優位に立てる」関係であったと言えるだろう。
//長期的な視点では、(後方支援の体制含め)パイロットの保護が考えられておらず生存性の低かった零戦に対し、多少の被弾ではビクともしない頑丈なF4Fは生存性に優れるため熟練パイロットが生還しやすく、また実戦経験を積んで生還できる新兵も多かったため、パイロットの質を長期に渡って維持できたというのも大きい。
*コメント [#xcbd7fb9]

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